ある熱血娘の話
「なぁ…おい…おいってば! 寝るなよ! ちゃんと起きろよ!」
「…あぁ? う〜ん… もう食べられないよ…」
「ごまかすんじゃねえよ! いまどきそんな寝言言うやついるか!?」
「あぁ… クソッ… めんどくさいから寝たことにしてやり過ごそうと思ったのに…」
悪態をつきながら、相方の呼びかけに応えてその男は目を覚ました。
まぁすでに日も落ちてしまいずいぶん時間がたっているので、彼が眠ってしまうのも無理はない話なのだが。
しかし見張りという立場上、眠ってしまっては意味が無いのであった。
「ぼやいてる暇があったらさっさと見張れよ! また雇い主に怒られて給料減らされたいのか?」
「ああ… 最悪だ、最悪だ… 最悪すぎて吐き気がする… あの程度のことで怒るなんて、本当に器の小さい雇い主だよ…」
「仕事放棄して、ほかの連中と博打やってるのを怒られないと思ったのか!?」
「大体、こんなだだっぴろい平野のど真ん中になんの危険があるっていうんだ? 周りには危険な野生動物の姿もないし、身を隠せるほどの高さの草も岩も何もないって言うのにだ! おまけに今夜は満月だ! この条件で接近する危険に気が付かない阿呆なんていると思うか?」
「お前の言い分も分かるが、そのあるかもしれない危険を排除すんのが見張りの仕事だよ! いいからさっさと仕事しろ!」
口うるさい相方にケツをひっぱたかれて見張りの仕事を再開する。
ああ… こんなことならギルドにはもっと楽な仕事を紹介してもらうんだった…
「おい! 隠れてサボろうとか思うなよ! ちゃんと仕事しろよ?」
「ああ、わかってるよ…」
「本当にわかってんのか? 大体、お前はいつもいつも…」
………?
「おい… 途中で喋るのを止めるなよ。 気になるだろうが」
………返事が無い。
「おい、人が話してるんだから返事くらいしろよ!」
そう言いながら後ろに振り返って先ほどまで喋っていた相方の姿を確認しようとしたが、そこには相棒の姿はいなかった。
「…え?」
おかしい。
何故急にいなくなる?
本隊のところに帰った? いやありえない。
ここからあそこまで行くにしたって、300m位あるぞ?
それを俺が振り返るまでの一瞬で、姿を捕捉されることなく到達する?
馬鹿な、ありえない。
それじゃあ、アイツは一体…?
相棒に何が起こったのか彼には皆目見当がつかなかったが、とにかく相棒は一瞬にして姿をくらました。
「…! やばい…ヤバイヤバイヤバイ! なんだかわからんが何かヤバイ! はっ、早く知らせないと…!」
何らかの異常を感じ取り、隊に戻って事態を伝えようと走り出した矢先。
「うあっ!? うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
彼の叫び声が聞こえなくなったとき、先ほどの相棒と同様に彼の姿も忽然と消えていたのであった。
その日、隠れる場所のないこのだだっぴろい平地において
一つの隊商が、何の痕跡も残さずに消え去ってしまった。
―――――――――――――――――――――――……
鉱山都市ディグバンカー。
山からは採掘や精錬の煙が上がり、町のあちこちからは生活のための炊事の煙や鍛冶職人たちが働く煙が上がっていた。
町はいつもと変わらない日常を送っていた。
そんな日常を取り戻した町の路地を、3人の冒険者と2人の魔物娘が歩いていた。
「それじゃあ、シェリルも旅に同行することにしたんだ」
「はい。 オディおじさんのことをパ… お父さんに紹介して喜ばせて上げたいですし、なによりオディさんに迷惑をかけたお詫びもしたいですし…」
「シェリル? 別にそんなに固くなる必要なんてないぞ? 敬語なんて使わずに、普段通りして気軽に接すればいいぞ?」
「え? でも… それは…」
「そうですよ、シェリルさん。 我々の旅に同行するというのであれば、イザヤのように気兼ねなく接していただいて構いません」
「そうだよ! そんな小難しい言葉なんてしゃべらずに、アタイみたいにもっと気楽に話しなよ! 気楽にさ!」
「で…でも… そう言われてもこれが普段の私なので… その… とりあえずみなさん、これからよろしくおねがいします」
「おう! よろしくな! シェリルはあの偉そうなしゃべり方よりも、こっちの方が断然いいな!」
「だから、それは蒸し返さないでってばぁ!」
赤くなっているシェリルを見て、4人は楽しげに笑っていた。
長槍を扱う超自由人の英雄、『魂の無い男』ルース。
常に辛辣で客観的な魔術師、『心の無い男』スピット。
全身を鋼で覆った苦労人の騎士、『体の無い男』オディ。
それに、押し掛け女房のアマゾネスのイザヤと新たに加わったドラゴンのシェリル。
3人の男と2人の魔物娘は、特に目的の無い旅をする冒険者なのであった。
「しかし、オディにドラゴンの知り合いがいたとは驚きましたね」
「まぁ、俺もそれを思い出した時にびっくりしたんだがなぁ… まさか50年経ってから騎士団時代のつながりにたどり着くなんて思わなかったからなぁ」
「そうだよなー。 オディが元騎士団なのは聞いてたけど、オディがロリコンなのは初めて知った」
「ちょっと待て!! なんで俺がいつのまにかロリコンにされてるんだよ!?」
「え? そうじゃないのかい? だって、シェリルは自分の知り合いの娘さんなんだろ? アタイはてっきり二人がそう言う関係なんだと…」
イザヤの言葉を聞いて、さっきよりもさらにシェリルが赤くなっていた。
その赤さたるや、もはや彼女の真紅の髪と同化してしまいそうなほどであった。
オディの方は顔色こそ変わらないものの、モノアイ(整備のスミ作)の光を真っ赤に染めて明滅させながら抗議した。
「待て待て待て待て!!! なんでいきなりそうなってるんだ!!? 俺とシェリルがいつそんな関係になったって言った!!?」
「え? だって、鉱山でシェリルにぶっといモノをやったりとったり、手をつないで吸ったりなんだり、最後にはシェリルのお腹に思いっきりぶちまけてフィニッシュしたってアタイは聞いてたんだけど?」
「あってるようで、まるで何もあってない!! ていうか、ルース!! 原因はテメェだな!?」
「え? 俺はちゃんと言ったよ?」
「嘘つけ!! どうせ適当にふわふわした感じの情報を流したんだろうが!!」
「オディ。 趣味は人それぞれだとは思いますが、責任を取らないのは男としていかがなものかと思いますが」
「頼むから正しい情報を更新して!! ていうか俺の体のこと知ってるだろ!? お前ら絶対に茶化してるだろ!?」
そもそも、彼の仮の体には生殖機能なんてついていない。
正しくは、ぶっとい“杭”をやったりとったり、手をつないで“魔力”を吸い取ったりなんだり、最後にお腹に“砲撃”を思い切りぶちまけてフィニッシュ、である。
この様子を見て、いまだに顏は赤いままでシェリルがオディに言った。
「…オディおじさんも苦労してるんですね…」
「わかってもらえるか…! この苦労を…!」
彼はようやくこの状況に同情してくれる仲間を手に入れたのだった。
同時にそれはシェリルが彼と同じようにツッコミ役になる、ということでもあったが。
「とっ、とにかく! 私とオディおじさんはまだそういう関係じゃないです!」
「なーんだぁ… アタイが早とちりしただけかぁ… つまんないの」
「つまるつまらんで人を勝手にロリコンにされてたまるか! スピットもイザヤの夫なんだったら、ちゃんと間違いを訂正してやってくれ…」
「素質は十分にあると思ってましたから、別に訂正する必要はないかと」
「もう… 勝手にしてくれ…」
大きく肩を落として落ち込んだ。
イザヤを妻にしてから、スピットがさらに手を付けられなくなってる気がしていた。
そして、先を行く4人を見ながら道に立ち止まっていたルースは、彼らに聞こえない声でぽつりとつぶやいた。
「…“まだ”ってことは、いずれそういう関係になることもあるのか…」
―――――――――――――――――――――――……
ややあって
彼らは大きな建物の前に到着していた。
その建物には、冒険者ギルドを示す紋章が大きく掲げられていた。
彼ら冒険者は、普段は自由気ままにあちらこちらを旅してはいるが、旅をするための資金もどこかで稼がねばならない。
もともと潤沢な財産を持っている者もいるが、多くの者は長期間旅をできるようなお金は持ち合わせていない。
そんな彼らは路銀を稼ぐために、旅先で何かの仕事をしなければならないのだが、この冒険者ギルドはそういった者たちにも仕事を紹介する仲介役なのである。
その仕事の内容は、臨時の日雇いから冒険者の旅先での知識や技術を求めたもの、そして一番人気の仕事が冒険者の腕っぷしを見込んだものであった。
「今日も素敵な仕事に出会えるといいなー」
「私は荒事が無い仕事がいいです」
「よく言うぜ…いざ戦闘となったら、景気よくバカスカ魔法ばらまく癖によぉ…」
「大丈夫だよスピット! アタイがあんたのことをちゃんと守ってあげるからさ!」
「わ…私もみんなのこと精一杯守ります!」
そんなやり取りをしながら一行はギルドの扉を開け、中に入っていった。
ギルドの建物は、大勢の人で賑わっていた。
酒場が併設されていることや、町の規模が大きいことと人の出入りが激しいことも関係してか、数多くの冒険者がこのギルドに来ているようであった。
飲み食いをして騒ぐ者、ほかの冒険者と意気投合し語り合う者、隅で値踏みするように一人佇んでいる者、ひたすら仕事を掲示板で探す者、酔いつぶれて寝ている者など、実にバラエティに富んだ人が集まっているし、中には魔物の姿もちらほら見うけられた。
しかし、その中においてもこの3人の足りない男達は、特徴的というか悪目立ちするほうであった。
先ほどまで騒いでいた男たちは、建物に入ってきた彼らを見て口々にひそひそ話を始めていた。
「おい… あの男見てみろよ… ものすげえ甲冑身に着けてるぞ… おまけにでけぇ」
「よく見りゃ先頭のアイツもすごい槍をもってやがるぞ… ありゃ2mはあるんじゃないか?」
「あいつ“心無い魔術師”じゃないか…? 俺見たことあるぞ…」
「おっ、おい! あれ見ろあれ! あのドラゴン、鉱山に立てこもっていた奴じゃないか!?」
「ああ、そうだ! 間違いない!」
「ということは、あいつらが例の鉱山の冒険者か…!」
「ヒュー… こいつは参ったぜ… こりゃ、今日のいい仕事は持ってかれちまうな…」
やはり鉱山の件を解決したのは、ここでも噂になっているようだった。
「オディおじさん… その…」
「ああ、気にすんな。 ディグアント社にも謝罪は済んでるんだ。 何も問題はないんだから、胸張って歩けばいいさ」
「オイ聞いたか!? あいつ、ドラゴンに“おじさん”とか言わせてるぞ!?」
「なんて野郎だ…! あの大男、いい趣味もってやがるぜ!」
「あんなカワイコちゃんにおじさんなんて、俺も呼ばれてみたいもんだね。 いやまったく、あやかりたいもんだよ」
「おい、あいつらぶちのめしてきていいか。 日頃の鬱憤を全部あいつらにぶちまけてきてやるんだ!」
「おじさん! 気持ちは分かるけどやめて!」
「まぁ、オディはほっといてさっさと仕事を探しましょう」
「そうだなー。 なぁ! いい仕事何かないかな!」
ルースは、元気よくカウンターにいる酒場の主に訊ねた。
「あぁ。 いい仕事なら山ほど入ってきてるさ。 あんたらの噂は聞いてるぜ? 鉱山の問題を見事解決した凄腕だってな」
「世辞は結構ですので、仕事を紹介してください。 時間の無駄です」
「なん… だと…? マスターの世辞を一発で!」
「ああ… バッサリだったな…!」
「なるほど… 心無い魔術師ってのは伊達じゃないってわけか…!」
変に盛り上がっていた。
「あ…あぁ… それじゃあ仕事を紹介させてもらうが… まず条件を確認しないとな。 あんたたちの人数と希望する仕事内容を頼む」
「私たちは、男3人に魔物が2人。 仕事内容はおまかせします」
「おまかせって言われるとなぁ… 5人で仕事か… となると… おお、そうだった。 あんたら、行商隊の護衛の仕事なんてどうだい?」
「護衛ですか。 次の目的地をスオミ港にしているので、そちら方面であれば是非」
「それならちょうどいいのが何件かあるから、その中から選びな。 えーと… スオミ、スオミっと… あったあった。 それじゃあこの中から…」
ズボッ
マスターがそう言って依頼書の束を渡そうとしたとき、横の壺から女の子が飛び出し、一枚の紙をマスターに渡したのだった。
「ディグバンカー支部のマスターですね? ギルドから緊急の通達がありますので、確認してくださーい」
「おお、お仕事お疲れさん。 ほら、サンドイッチやるからよかったら食べな」
「いいんですか? ありがとうございまーす。 それでは〜」
そう言ってサンドイッチを受け取ったつぼまじんの子は、壺の中に帰っていった。
マスターは緊急の通達だというその紙に目を通すと、その表情を険しいものに変えた。
「悪いが事情が変わった。 スオミへの護衛の依頼はなしだ。 代わりと言っちゃあなんだが、ギルドから来た緊急の依頼があるから、そっちに参加してもらえるとありがたい」
「内容を伺っても?」
「それは今から全体に向けて説明をする。 ちょっと待っててくれ」
そう言ってマスターはカウンターから出て、建物の中心部のよく目立つ場所に移動して、その場にいた全員に向けて喋りはじめた。
「この場にいる全冒険者ギルド所属員に告ぐ! 先ほど、ギルドから緊急の通達を受け取った! それによると、スオミ方面への街道に問題が生じたため、しばらくの間スオミ方面への街道を封鎖するとのことだ!」
マスターの突然の通達に、みな驚きを隠せない様子だった。
口々に疑問の声や抗議の声を上げていた。
「静かにしろ! 何故街道が封鎖になったかという話だがな。 一昨日スオミからディグバンカーへ向けての途上で、一つの行商隊が突然姿を消したらしい! 行商隊の荷物はおろか、彼らのメンバーも一人残らず行方不明だ! 彼らが存在したという痕跡は、見晴らしのいい平野にわずかに残った馬車の轍の跡だけだ! そのため、行方不明となった彼らの安否が確認されるまでは、街道を危険地帯と判断して封鎖したそうだ!」
酒場のざわめきがさらに強まった。
みなの興味は、街道で突然消え去った行商隊の行方に向いているようだった。
「静かにしろってんだ! やかましい! ここからはギルドからの緊急クエストだ! 近隣の冒険者ギルドに所属しているもので、この問題の調査、および解決をするものを募集している! このクエストは参加制限なしだが、身の安全は保障できないので、実力の伴わないものの参加は断らせてもらう! このクエストの報酬に関しては未達成でも支払われる! だが、クエストの達成具合でさらに追加報酬を支払うそうだ! また、行商隊の荷物と人員を無事に救出したものには、商人ギルドからの報酬も支払われる! 詳しい内訳はあとで張り出すから、それを参照してくれ! 受ける奴は、紙に名前とギルドの登録番号を書いて俺に提出しろ! パーティで参加したい奴は全員の名前と、ギルドに登録している奴は番号を書いて提出しろ! 平均ランクとか割り出してこっちで合格不合格を決める! それでは、各自好きにしろ!」
マスターの話が終わり、静かに耳を傾けていたギルド所属者たちは、周囲の冒険者と先ほどの話を語り合ったり、紙に名前と番号を書きはじめたり、一緒にやってくれる即席のパーティメンバーを募集したりしていた。
元のカウンターに戻ったマスターは、スピット達に向けて話し始めた。
「そういうわけだ。 うちとしては、鉱山での活躍を聞いているから、あんたらにも是非とも参加してもらいたいんだが…」
「おう! なんだか面白そうだから、是非参加させてくれよ!」
「私は荒事になりそうなのでごめんなのですが…」
「でも、問題が解決されないとスオミ方面への道は閉鎖されたままですよ…?いいんですか?」
「シェリルの言う通りだ。 問題が解決せんことにはスオミに行けないからな。 それに、道すがらの片手間だと考えればそこまで悪い話でもないぞ?」
「それじゃあ決まりだね! オッサン! この依頼受けさせてもらおうじゃないかい!」
「よし! 交渉成立だ! ああ、あとそこの嬢ちゃん二人も、よければ冒険者ギルドへの登録を済ませておいてくれ。 やってると後々便利だからな… それじゃあ、明朝にまたここへ集合してくれ! よろしく頼んだぞ!」
―――――――――――――――――――――――……
「へえー… そんなことがあったんだ… 鉱山閉鎖といい、つくづく商人たちは運が悪いね…」
「ごめんなさい…」
「ああ、シェリルちゃんに文句を言ったわけじゃないよ。 ごめんね」
一行は、4度山の乙女にたむろしていた。
しかし、何の目的もなく集まっているわけではなく、ちゃんとここに来るに足る理由は存在している。
ここにはこれからの旅路のために、シェリルの装備を整えに来ているのだった。
「それじゃあ、これがシェリルちゃん用の軽鎧一式ね。 ドラゴンの鱗に敵うかどうかはわからないけど、少なくとも足しくらいにはなると思うよ」
「ありがとうございます。 …うわぁ… とても軽くて… それにこの強度なら私の鱗よりもすごいかも…」
「ははは! ドラゴンに褒められるなんて光栄だね! それと… 武器も用意してあるんだけど…」
「え? 武器… ですか?」
「へー、いいじゃんいいじゃん! 貰っちゃいなよ! 貰えるものは何でも貰わないと損だぜ?」
「一応言っておくがなぁルース。 ちゃんと代金は払ってんだよ…」
「え!? そうなんですか!? そんな… みなさんすみません… 私のために…」
「あーあー、気にすんなって。 おじさんからお前へのプレゼントみたいなもんだ。 遠慮せず受け取ってくれ。 …それに、その武器はお前の修行の意味合いもある」
「修行ですか? それってどういう…」
「それは受け取ってから話す」
「は… はぁ…」
オディの言葉に疑問を抱きながらも、とりあえずスミから武器を受け取った。
「これは… 長い… 鈍器?」
「まぁ、初めて見た感想はそうなるわな…」
「それはね〜… このスミさんの自慢の新兵器! 名付けて『龍撃銃』! 内部の構造や原理はオディの腕に搭載した龍撃砲と一緒だけど、こっちは爆圧じゃなくて内部で圧縮した魔力をそのまま弾丸として飛ばして攻撃するの!」
「銃…? あの火薬を利用した遠距離用の武器とかいう?」
「あんな黒目の見える位置まで近づかないとどうにもならない欠陥品とは違うよ! これは使用者の魔力を利用する武器だから、いちいち弾込めする必要もない! しかも使用者のさじ加減ひとつで威力は調整できるっていう優れもの! 最大まで溜めれば、有効射程は1kmまで届くんじゃないかな?」
「また、とんでもなくえげつねぇ武器を作ったものだなぁ… あと、スミ。 今の銃は一昔前のマスケットから、ちゃんと進歩してるとだけ言っておく」
「あの… この武器で修行ってどういうことなんでしょうか…」
「あぁ、それについて説明してやらんとなぁ… ということで…」
オディは長机の前に移動してから言った。
「全員集合だぁ!! てめぇらぁ!! おら、ケツ蹴りあげられたくねぇんだったら、とっととそこに整列しやがれぇ!! 」
「「!?」」
「Sir! 整列しました! Sir!」
「Sir. 整列しました。 Sir.」
突然のことに魔物娘2人は対応できなかった。
一体なにが始まったというのだ。
「そこの2人ぃ!! 何してんだぁ!! さっさと整列しやがれぇ!! 俺は、女子供も、老若男女も、人外魔物も、みな平等に扱う!! 無論新参だからって手は抜かねぇぞ!! 覚悟しやがれ!!」
「はっ…はひぃ!!」
「わかったよ! 鋼の大将!」
「鋼の大将じゃない!! お前らに講釈垂れるときは、俺は貴様らの教官だぁ!! 口から愛の言葉を吐くときだろうが、前と後にSirを付けろよ!! デコ助野郎どもぉ!!」
「さっ、さー! いえっさー!!」
「さー! こんな感じでいいのかい? さー!」
「そこらのアリスの方がマシなレベルだなぁ!! 次からもっと気合入れろぉ!! いいか!! 今からお前らの戦闘の批評をしてやる!!新婚初夜の新郎が、ベッドの中で彼女にやる手ほどきくらい丁寧にやってやる!! ありがたいかぁ!!」
『Sir! Yes! Sir!』
この、どこぞの戦争作品にでてくる軍曹みたいなキャラになってるオディは、通称教官モードと呼ばれている。
騎士団時代に散々しごきしごかれた経験から、戦闘の指南をする際はどうしてもこのキャラが出てきてしまうのであった。
「まずは、ルース!! 貴様、このパーティにおける戦闘での役割を言ってみろ!!」
「Sir! 持ち前の体躯と長槍を活かして、先陣切って敵陣に切り込んで相手を混乱させます! Sir!」
「上出来だ!! あとで腕立て100回を命じてやる!! スピットぉ!! お前の役割は!?」
「Sir. 基本的には、味方後方からの魔法による支援攻撃を主とします。 Sir.」
「野外でのワーバットみたいな声出しやがって!! 心だけじゃなくてタマまで落としたか!! だが、回答自体は正解だ!! お前にも腕立て100回くれてやる!! じゃあイザヤぁ!! 貴様にできることを言ってみろ!!」
「サー! ええと… とりあえず剣振り回せるよ! サー!」
「ふざけるなぁ!! 生まれたてのレッサーサキュバスの方がまだマシな答えを出すぞ!! いいか、耳かっぽじってよーく聞けぇ!! 貴様の役割はルースと同じだ!! 前線に突っ込んでピクニック気分で憎き盗賊野郎や、盛りの入った魔物どもに鉄拳制裁を加える役割だ!! 分かったら腕立て300回だ!! うれしすぎて悲鳴もあげられんか!! 次はシェリルだ!! さっさと答えんかバカタレぇ!!」
「さ、さー! ドラゴンの爪とか、炎とか、鱗とか、とりあえず役に立つと思います! さー!」
「その胸を脳みそに詰めなおして来い!! 貴様は団長殿に何を教わってきたんだぁ!? 今やれる貴様の役割は、炎による中距離からの牽制と、近距離での圧倒的な蹂躙だ!! 理解したか!? 理解したなら、貴様は腹筋500回だ!! 次は古参二人に質問だ!! 答えられなかった奴はスクワット1000回だ!! 俺の役割を答えてみろ!!」
「Sir! まずはその装甲を活かした前衛、盾役です! Sir!」
「Sir. あとはその意外な機動力を活かし、すぐに中距離へと転じて攻撃もできます。 Sir.」
「正解だ!! 無事正解できたお前らには背筋1000回プレゼントしてやる!! それでは最後に新参二人!! どっちでもいいから今までの役割を総括してパーティに足りない役割を言ってみろ!!」
「サー! わかんねえや! サー!」
「さー! もしかして後衛が少ないことですか? さー!」
「そうだ、シェリル!! よくわかったからお前らには花丸くれてやる!! うちのパーティは後衛担当が少ない!! そのため、前衛が封じられた場合、スピットにすべての負担がいっちまう!! そのため、一番オールマイティに対応できるシェリルが後衛をやれば、バランスが取れてちょうどいいんだ!! これで、アヌビスもニコニコだ!! わかったか紳士淑女ども!! では今日の講義は終わりだ!! 寝る前と後に歯磨きでもしておけ!! 以上!!」
締めくくったあと、オディが元の位置に戻った。
「…まぁ、そういうわけで、お前には遠距離武器を使った立ち回りを覚えて欲しいんだ… わかったか?」
「さー! よくわかりました! さー!」
「もうそれはつけなくていいぜ? 俺があのモードになっちまった時だけつけりゃあいいさ」
「さー!…じゃなかった。 わかったわ、おじさん…」
「普段はうだつの上がらない昼行燈のくせに、どうして戦闘指導の時だけはしゃぐのか不思議でなりません」
「さぁー… 何でだろうなぁー… ハハハハハハハハ」
多分、普段の鬱憤を思い切り発散しているせいもあるのだろう。
「オディはこのパーティの指導役もやってるんだねぇ。 アタイ知らなかったよ」
「今はこんなナリでも、元騎士団ですからね。 戦闘経験と知識が我々とは段違いなのです」
「俺、いまだにオディから一本取ったことないんだよなー」
「ルース… お前は無駄なフェイントが多いんだよ… 初見の敵にはまだいいが、見知った相手じゃぁ手の内も知れてるから対策もとれちまうんだよ」
「ははは。 戦闘指導もいいけど、こっちのこともいいかい? シェリルに武器の使い方を説明しないと」
「ああ、すまんすまん…」
スミはシェリルに渡した武器の使い方を説明し始めた。
その説明が終わるのを待つ間、オディがふと思い出して訊ねた。
「そういえば思い出したんだが… スピット、イザヤ。 お前らの武器はどうなったんだ?」
「それならちゃんとあるよ! ほら、これ!」
そう言って、イザヤは自慢げに新しい剣をかざして見せた。
その剣の刀身には、イザヤの体のペイントを思わせる飾りの紋様が刻み込まれていた。
「もちろん、私の暗器とお揃いです」
見ると、スピットの暗器にも同様の飾りが施されている。
「おおー! すげー綺麗だ! なんかあれだ! 伝説の武具みたいな感じだ!」
「大したもんだなぁ… 儀式用の武器みたいだな」
「ですが、これはそれだけではありません」
そう言って、スピットが暗器に手をかざした。
すると、飾りの紋様の部分がどんどん光を帯び始めた。
そして、あっという間にそこから炎が揺らめいていた。
「このように、魔力を吸収して、さまざまな属性を帯びることができます。 この場合は火炎の魔力を込めましたので、標的を火によって追加攻撃することができます」
「ほぉ〜… マジカント鉱石を使うって、こういうことだったのかぁ…」
「最初は完全に飾りのつもりだったらしいのですが、試してみたらこのような思わぬ恩恵を受けることができました」
「じゃあさー、イザヤの剣も同じなのか?」
「アタイの剣はスピットとはちょっと違うよ。 アタイの剣は、持ち手の感情が高まるにつれてその性質が高まるようにできているのさ!」
「すごいもんだなぁ… とんでもない魔法剣に仕上がったってわけかぁ…」
思わぬ拾いモノに二人は満足しているようだった。
「まぁ、なんにせよこれで二人の装備も整ったってわけだなぁ」
「そうさね! これで、思う存分スピットの事を守ってあげられるってもんだよ!」
「ちょっと待ってください、イザヤ」
スピットがイザヤに口を挟んだ。
「守るのはあなたの方ではなく、私の方です。 私がイザヤを守るので安心してください」
その時、何かがひび割れるような音を聞いたような気がした。
「……ははっ。 面白いことを言うね、アタイの旦那様は。 アタイのこと守るだってさ」
「いえ、冗談ではありません。 私がイザヤのことをしっかり守ると、そう言ったのです」
二人の、見た目なんともないやり取りで、場の空気がどんどん剣呑になっていく。
「なぁスピット… 今のは何かの間違いだと思うから、もう一回聞いてあげるよ。 誰が、誰を守るって?」
「何度も言わせないでください。 私がイザヤを守ると、そう言っているのです」
見る見るうちにイザヤが不機嫌になっていくのが見て取れる。
やべぇ、イザヤのこめかみに青筋たってる!
「なぁイザヤぁ! ちょーっとスピットと明日のクエストについての大事な話し合いがあるんだ! 少しコイツを連れてっても…」
ドギャァ!!
「ぶへぇ!?」
間に入って収拾をつけようとしたオディは、イザヤの見事な回し蹴りを喰らって壁にめり込んだ。
「いやいや… 言ってくれるじゃないか…? アタイの旦那になってくれたから、当然理解しているものだと思っていたけど… いいかいスピット? アンタは、素直にアタイに守られていればいいのさ。 アタイを守る必要はないんだよ? わかったかい?」
「言ってる意味がよく理解できないのですが… 夫になった以上、妻の身を守るのは当然のことだと思うのですが。 第一、自分の身は自分で守れますので、余計な心配かと」
「………これって、もしかして結構まずいのかなー…」
「い、いやルースさん… これはそんな呑気していられるレベルではないと、そう思うのですが…!」
まるで、二人の間に見えない陽炎がたっているかのような緊張感だ。
「へぇぇ…! じゃあアンタはあれかい? アタイが男の後ろで頭抱えて縮こまって、きゃーきゃー言ってるだけの腰抜け戦士だって、そう思っているのかい!? これはとんだ侮辱をされたもんだねぇ!! あぁん!? やっぱりスピットとはちゃんと決着をつけておくべきだねぇ!! 表へでなぁ!! 久々に切れちまったよ!!!」
完全に怒髪天を突くという様子だった。
彼女たちアマゾネスは生まれついての戦士であり、通常の彼女らの価値観に置いては夫に守られるなんて考えられないようなことなのだろう。
いたくプライドを傷つけられたようで、まるで赤色を目にしてしまったケンタウロスのごとく暴走していた。
「ちょっ、ちょっとイザヤさぁん! 落ち着きましょう! 頭を冷やして、冷静になりましょう? ねっ?」
「うるさいねぇ!! 感情に任せて鉱山占拠して、その上恩人殺しかけたドラゴンがほざいてるんじゃないよ!! 何が、我が威光を知らしめるのだ人間、だよ!! キャラが全然違うじゃないかい、作者が困ってるじゃないか!! そのうえ、オディおじさん♪とかあざとすぎるんだよ!!」
「ぐはぁ!?」
いろいろと図星(と本音)を突かれて、シェリルが轟沈した。
オディと合わせて、撃墜スコアが二つ増えた。
「ああ!シェリルがやられちゃった!この人でなしー!」
「彼女はアマゾネスですから、もともと人ではないですよ、ルース」
「いやいや、冷静に受け答えしてる場合じゃないと思うぞ!? スピット! 早く謝れって! イザヤ、超怒ってるじゃん!」
なんということでしょう。
あの自由人だったルースが、珍しく場を収めようとしているではありませんか。
「なぜですか? 別に私は、何も間違ったことを言ったつもりは無いのですが」
「やっぱ無理でしたー!?」
「大体、私はイザヤに守ってもらうほど衰えたつもりはありませんよ」
真顔で火に油を注いだ。
「うおぉぉぉおおぉぉあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁあぁ!!!」
「もうだめだぁ… おしまいだぁ…」
「誰かっ! 誰か抜いてくれ! 挟まっちまったぜ! 誰かぁぁぁぁぁ!」
「あんたら店の外でやりなさいよ!! うちで暴れないでぇぇぇ!!」
阿鼻叫喚だった。
―――――――――――――――――――――――……
次の日
ディグバンカーからスオミへの街道は、冒険者ギルドの呼びかけに応じて、さらにはギルドのお眼鏡にかなった連中が、ぞろぞろと行列をなして歩いていた。
やはり、参加するだけで報酬がもらえるとあって、とりあえずの気持ちで参加したものも多くいるようだ。
その多くが気の抜けたような連中だった。
「しかし、参加するだけで金が貰えるなんて、こんなありがたい話は無いなぁ! かるぅーく調査を完了して、帰ったら一杯やりたいもんだなぁ!」
「実はさぁ… この依頼達成したら恋人に告白しようと思うんだ」
「僕は妹の治療費がこれでたまりそうなんだ… あと一歩だからな… 待っててくれよ!」
「おっと、突然お守り代わりのペンダントにひびが…」
「こんな有象無象と一緒に任務なんかできるか! ワシはとっとと済ませて自分の家へ帰らせてもらう!」
ざっと5本は旗が立った。
もはや、この時点で彼らのオチが見える。
しかし、そんな気の抜けた連中の中でも彼らの雰囲気は一線を画していた。
「おい… 例のあいつらを見ろよ…! すでに近寄りがたい雰囲気を醸し出してやがる!」
「あぁ! やっぱり凄腕ってのは違うんだな! クエストの最中は一瞬も油断しねえんだな!」
「フッ… 何を世迷言を… あれでは気を張りすぎて本番では役に立たんさ… とんだ素人だよ、あれでは… どうやら買いかぶりすぎていたようだな…」
ざわざわと、口々に勝手なことを言っていたが、彼らが先ほどから着火寸前の火薬のような空気なのは、主に昨日の夫婦喧嘩が原因であった。
「…ふんっ!」
「…」
「雰囲気最悪です…」
「そもそも、スピットの奴は人に対して遠慮とかしないうえに、妙に頑固だからな… 困ったもんだよ…」
「オディ… 俺なんか胃が痛い気がする」
「一瞬同情しかけたが、たまには俺がいつも味わう苦労の一端を知れ。 社会勉強だ」
「こんなので、本当にクエストを達成できるんでしょうか…」
夫婦が冷戦状態のままではあったが、依頼は依頼だ。
ベストからはかなりかけ離れたコンディションではあったが、それでも問題に対処しなければならないのだ。
今はただ、時間が経って自然に調停が結ばれるか、特に問題のない依頼であることを祈るしかなかった。
そんな風にしばらく歩いていると、徐々に先頭集団の速度が落ちてきていて、自然とある地点で冒険者たちは停止していた。
「? なんで急に止まっちゃったんですか?」
「どうやら目的地に着いたみたいだなー。 俺、そこらへんちょっと見て回ってくるよ」
「頼んだぞルース。 …あぁー… それでスピットとイザヤには「私はルースについていきます。 彼は迷子になりかねませんからね」
「アタイは、こんな冷血漢と一緒に居たくないからね! シェリル、二人であの野郎とは反対側を見てこようじゃないか!」
「あ、え? あの、それじゃあおじさん。 とりあえず魔力の痕跡とかを探して「それは私の方が得意ですので、問題ないですシェリル。 イザヤと一緒におとなしくしていてください。 今の彼女は、感情に任せて暴走しかねないので」
「あぁ…?」
「なんですか?」
ちゃっ…
すっ…
「スピットぉ!? ちょーっとイザヤに頼みたいことがあるから、シェリルと魔力痕が無いか調査を…あれ?これデジャブ?」
Yes.
ドゴォ!
「ぬわぁぁぁぁ!!」
「おじさぁぁぁん!?」
今度はスピットの魔法で吹っ飛ばされた。
「やっぱり… あんたは一度徹底的にぶちのめして、立場というものを弁えてもらおうじゃないかい…?」
「私は、私の領分というものをちゃんと把握しているつもりですが、何か?」
二人の間にはゴゴゴだのドドドだのの書き文字が見えるかのようであった。
周りの冒険者たちも、何が何やらで止めに入れる雰囲気ではなかった。
「ぶった切って…」
「我焦がれ、誘うは…」
二人がまさに戦闘を開始しようとしたとき。
「スピットぉ!? ちょっと俺と一緒に来てくれよぉ!?」
「イザヤさん!! とりあえず一緒に来てくれませんか!!」
事態を察知してすっ飛んできたルースと、オディの遺志を継いだシェリルが二人の喧嘩を止めに入った。
そのまま二人はそれぞれ強引に連れていかれたのだった。
―――――――――――――――――――――――……
先ほどとは少し離れた場所で、ルースとスピットは行商隊が消えた原因の痕跡が無いか、調査していた。
周りにも、チラホラと同じように痕跡がないか探している冒険者がいる。
「やはりと言いますか、痕跡のようなものは見つけられませんね」
「うーん… やっぱりギルドの調査で発見できないものを、俺らがぽんぽん発見できるわけがないか…」
スピットは、ところどころ禿げて地面が見えている草原の真ん中にしゃがんで、しらみつぶしに痕跡を調べていた。
だがルースの方はというと、先ほどからちらちらとスピットの様子をうかがって、どこで話を切りだすかべきかと機会を探っていた。
「…あのさぁ、スピット… ちょっと話が…」
「今はイザヤの事について喋るつもりはありません。 無駄口を叩くくらいならば、もっとましな働きをしてください」
ばっさりと袈裟懸けに切り付けられた気分だ。
だが、ルースがこの程度でひるむことはなかった。
「スピット。 俺だって、たまにはまじめになるんだ。 いいから話を聞けよ」
「…何も答えませんよ」
「別にいい。 俺は答えが欲しいんじゃない。 スピットに考えて欲しいだけなんだから」
ルースはいつものちゃらんぽらんな感じではなく、確固たる意志を持ってスピットと向き合っていた。
そのまま、視線を合わせることなく黙々と作業をするスピットに対して、ルースは語り始めた。
「いくらなんでも、イザヤに対するあの物言いは普段のスピットらしくない。 いくらスピットが他人に対して辛辣なことを言うといっても、本気で怒りだしたら自分の発言を見返して、問題を見つけることはしてきたじゃないか。 でも、あの時のスピットは頑固に意見を貫き通すのとはまた違って、イザヤのことをわざと怒らせにいってるようにも感じた。 どうして、急にそんな突き放すような真似を? 今のスピットは、まるで俺と初めて会ったときみたいだ。 すべての他人を寄せ付けないようにしていたあの頃にそっくりなんだ」
「…」
スピットは何の反応も示さず、その場の魔力の痕跡をたどろうとして、検索用の魔方陣を展開していた。
ルースのほうも、それに構わずに続けた。
「…正直言うと、スピットがイザヤと夫婦になったって聞いたとき、ものすごく驚いたけど、俺もオディも喜んでいた。 以前のスピットだったら、面倒だ、とか、ありえません、とか… とにかく絶対に誰かと一緒になろうとはしないと思ってた。 そんなスピットが、他人の気持ちに応えて、共に歩んでいくことを選んだのは、スピットが進歩した証拠だって思った。 ディグバンカーまでの道のりでも、町についてからも、ちゃんとイザヤの気持ちに応えてあげれていた。 なのに、なんで今になってイザヤを突き放すような態度をとっているのか、俺もオディもそれを気にしているんだ。 …もしかしたら、スピットの心が本当に失われる兆候なんじゃないかって心配してるんだ」
「…」
本当に心を失う。
なるほど、他人から見れば今の自分はそう言う風に見えるのだろう。
無いはずの心を失うなど、まるで矛盾している。
だが、一度生涯の伴侶だと受け入れておき、それを放棄するような今の状況も、矛盾しているように思う。
「なぁ、スピット。 お前の事だから、きっと全部自分の中で完結して、答えを出してしまうんだろうと思う。 でも、内に秘めるだけじゃ何も伝わらない。 すべてを察することができるほど、人は完璧じゃない。 ちゃんと自分の思いをしゃべって、他人と思いを共有し合わなければ、人は絶対に分かり合えない。 だから、今は何もしゃべりたくないのかもしれないけど、いつかはちゃんと教えてくれ。 そうしてくれなきゃ、俺も、オディも、シェリルも、そしてイザヤも、スピットと本当に分かり合うことができないんだ。 それだけは分かってくれ」
「…そうですか」
確かに、他人から一方的に情報を求めるだけでは、情報を無理やり奪っているだけにすぎない。
こちらからも情報を提供しなければ、相手は不十分な情報で推論した答えしか導き出せない。
人と人とが、互いに求めている最適解を出し続けるためには、常に情報を交換し合うのがベストである。
実に合理的な考えだ。
ならば、こちらも自らの想いを告白しなければフェアではないだろう。
そう結論付けて、スピットはルースに向き合って喋りはじめた。
「…答えが出せないのです」
「…それは、イザヤとの結婚を後悔してるってこと?」
「そういうことでは… いえ、ある側面では後悔していると言えます。 そもそも、あなたは先ほど彼女の気持ちに応えたと、そう表現していましたが、自分は彼女に恋焦がれて一緒になったというふうには思っていません。 彼女の一部の言動に、私の興味を引いたものがあったため、彼女を観察するために結婚という手段をとったと、そのように考えていました。 そのような経緯とはいえ、夫婦になった以上は誠実に夫としての役割を果たすべきだろうと思い、彼女の要求には極力応えてきました。 私とのキスを望めばキスをしてあげましたし、手をつなぎたいと言えば手をつないであげましたし、私とのセックスを望めば希望通りに体を重ね合いました。 しかし、そうしているうちに、今の状況がベストな状況からかけ離れていってるのでは、と思うようになりました。 今、イザヤと私は夫婦であり、彼女も自身が私の妻であるということを自覚し、その事実を喜んでいますし、何より魔物の本能で私を愛してくれているでしょう。 しかし、私の方は彼女のことを愛していると結論づけることができません。 私はただ、彼女の求める通りに夫という役割を演じているだけです。 これではあまりにも不公平ではありませんか。 これでは彼女の心をもてあそんでいるのと同義です。 いえ、そもそも観察という目的で彼女と一緒になったこと自体が失礼です。 とにかく、本当に彼女との関係はこのままでいいのか、彼女は私ではない別の人と結婚した方がいのではないか、それとも彼女が満足している以上この関係を継続させていくべきなのか、関係を崩さないのであれば彼女の希望に沿い続けて行くべきなのか、愛という形でのお返しができないのであれば別の方面で彼女に報いるべきなのか。 これらの答えが複雑に絡み合ってしまい、明確な回答が導き出せないのです。 今も、彼女の希望に沿って素直に守られるべきなのか、それとも彼女を守ることによって彼女への想いの代わりにすべきなのかで悩んでいるのです」
スピットは、自分が抱えている感情を、理解されるためでも、解決してもらうためでもなく、ただ単純にすべてを語っただけだった。
それを聞いたルースは、まったく表情を変えずに、非常に複雑な悩みを抱えていたスピットの葛藤を知り、同時にスピット自身は理解していない彼の想いに気付き、全て問題ないことがわかって安心していた。
「スピット。 多分スピットはひとつだけ間違ってるよ」
「私が間違っている?」
「スピットは夫の役割を演じているだけで、イザヤのことを愛してないってそう言ってたけど、それは多分間違ってる。 スピットはちゃんとイザヤのことを愛してるよ」
「ルース、それはありえません。 なぜなら私には心が…」
「スピットは確かに心の機能を大きく失ったかもしれないけど、それは別に心を全部失ったわけじゃないさ。 スピットは、間違えて心をほとんど落っことしちゃったけどもさ、ほかの人よりもちょっと足りないだけでちゃんと自分の心を持っているんだよ」
「心が…足りないだけ?」
「それにさ、スピット。 本当に心を失ったんだったら、そんなに相手の事なんて心配しないよ。 他人に関心を持って、その人の幸せを心配して、それで悩んでるんだったら、スピットはもう立派にイザヤの事を愛しているんだよ」
「…私が… 心を… 彼女を愛して…」
ルースの言葉によって、スピットは大きく揺らいでいた。
そう言えば、彼女と一緒になったときもそうだった。
彼女は、私に対して強い心を持っているとそう言った。
そして今、ルースは私の心が他人と比べて少し足りないだけだと言った。
もし、彼の言う通り足りないだけで、ちゃんと心があるのだとしたら。
足りないだけなら、どうすればいいのか。
その答えは単純じゃないか。
足りないものは、どこかから補えばいい。
足りない心は、イザヤに補ってもらえばいい。
そして、その代わりに彼女の足りない部分を補ってあげればいい。
スピットは、自らの問題に対して、一つの答えを導き出したのだった。
「俺にスピットの想いを伝えてくれてうれしいよ。 俺はもうこの問題について心配なくなったから、あとは夫婦二人で仲直りして、それでまた話し合って解決すればいいさ。 なんか、余計なおせっかいみたいでごめんな?」
「…いえ… やはりスピットに出会えたことは、私にとって大きなプラスでした。 私個人の問題解決に協力していただき感謝します」
「いやー、そんなに褒められると照れるなぁ〜。 まぁ、スピットの中でも問題が解決したみたいだし、ここからは気持ちを切り替えて異変の調査をしようぜ!」
「ええ、そうですね、そうでした。 あたりもすっかり暗くなってしまいましたし、魔力痕の調査を終えたら、元の場所に戻りましょうか」
もう、すっかり日も沈んでしまい、辺りは闇に包まれていた。
ずいぶんと長い時間、喋ってしまっていたようだ。
二人は旅行用の簡易照明に火を入れて、周囲の調査を再開した。
「うぇ… さすがに暗くなったらなんにもわかんねえや…」
「魔力の探知は暗くとも問題なく調査できますし、幸いにも月明りがありますので、足元が分からなくなることはないですが… やはり何もなさそうですね…」
「そうだねー。 周りの人もみんなどっかいっちゃったみたいだし。 もう俺ら二人しか残ってないよ。 …見てよ、みんなキャンプを張り始めてるみたい」
遠くの方には、クエストで集まった冒険者たちのテントが集まって、拠点のようになっていた。
その明りは、この広い平地の真ん中に急に村が出来上がったようであった。
「本当ですね。 どうやら、全員で泊まり込みでの調査になりそうですね… …?」
そこまで喋っていて、ふと、ひとつだけ引っかかることがあった。
その疑問は相方も感じていたようで、二人で同じ方向をみながら確認しあった。
「ルース、一つだけ聞いてもよろしいでしょうか」
「奇遇だね。 俺も一つ聞きたいことがある」
「恐らく同じことを考えているでしょうから、そちらからどうぞ」
「それじゃあ、こっちから先に質問するけどもさ…」
ルースは、もう一度よく確認してから、その疑問を口にした。
「なんで、キャンプの周りに誰もいないんだ?」
確かに、キャンプ地の周辺には誰もいなかった。
いくら夜だと言っても、月明りはあるからちょっとした人影くらいなら見えてもいいはずだし、照明片手に調査を続ける人がいてもいいはずだ。
何かに隠れて見えないだけだろうとも思う人もいるだろうが、そもそもここは周囲に森どころか木の一本も生えていないような平地なのだ。
それに、全員キャンプの陰に隠れて見えないだなんてそんなバカげた話があるわけないだろう。
もちろん単純に考えれば、彼らが長く話をしていただけで、もうほかの冒険者はみなキャンプに帰還済みであるのだろうけれども。
本当に、そこまで長く話していただろうか?
他の冒険者は、全員とっとと調査を切りあげてキャンプに戻るほど、根気よくなかったのだろうか?
そもそも自分たちは、他の冒険者が帰るところを目にしていただろうか?
「ルース、周囲を警戒してください。 私もすぐに探査魔法を撒きます」
「了解した。 背中合わせで少し離れた位置にいるから、何かあったらすぐに声をかけて」
二人は素早く臨戦態勢に入った。
これがただの杞憂であるならばそれでいい。
だが今の状況は、ここで消えた隊商とまったく同じ道を辿っている。
もうすでに事は起こっているかもしれないのであれば、彼らの行動はむしろ遅すぎるくらいなのだ。
そして実際に彼らの行動はすでに遅かった。
「…うん? スピット? どうしたんだ? 探査魔法を撒くんじゃなかったのか? おいスピット?」
ルースは、いつまでたっても探査魔法を撒きはじめない相方の方に振り返った。
まるで、あの隊商の見張りと同じように。
そしてあの時とまったく同じく
「……スピット?」
相方の姿は、影も形も残さずに消え去っていた。
―――――――――――――――――――――――……
少し時を戻して
復活したオディを中心に、イザヤ達はキャンプを作り始めていた。
「すまん、イザヤ。 ちょっとそこにこの杭を打ちつけてくれ」
「…」
ひょい
どすっ
「すいません… イザヤさん、そこの荷物から食料を…」
「…」
ごそごそ
ぽーん
「…」
「…」
「…」
((くっ… 空気が重い…!))
オディとシェリルは、この如何ともし難い空気をずっと味わっていたのだった。
イザヤは、この場にいない夫に対して、怒ってはいるようだったが、愚痴を言って同意を求めてくるでもなく、所作を荒々しくして感情を表すのでもなく、ただただ不機嫌にしているだけだった。
「あの… オディおじさん… なんとかならないんですか?」
「無茶言わないでくれ… 俺はこういうとき女性に対してどう接していいかまったくわからん…!」
騎士団のやもめ暮らしでは女性とのまとも縁なんてあるはずもなく、今の体になった後も傭兵暮らしで各地を歩き回っていたので、女性と接してきた経験は少なかったのだ。
「シェリル… 女同士ってことでなんとかしてもらえないか…?」
「無理ですよぉ…! 私、イザヤさんと知り合ってからまだ1週間も経ってないんですよぉ…!?」
「俺だって、イザヤとの付き合いが長いわけじゃないぞ…!」
そうなのであった。
共通の話題があったオディとシェリルは、出会ってすぐに二人のことをある程度理解しあえてはいたが、イザヤとの関係に関してはさっぱりなのであった。
「………おい」
「「はい!?なんでしょう!」」
「…テントで少し休んでる。 何かあったら起こして…」
「「ど…どうぞどうぞ!」」
イザヤはそう言って、出来上がったテントの中に入っていった。
「うぅ… 結局何も言えませんでした…」
「イザヤの方もずいぶん堪えてるみたいだなぁ…」
「でも、どっちが守るか守られるかであそこまで怒るなんて…」
「あぁー… イザヤは自分の腕に自信があるみたいだからなぁ…」
「自分の腕を侮辱されたと思ったんでしょうか?」
「だろうなぁ… 自分の武勇に命を懸けているのかもしれんなぁ」
「武闘派の魔物の気持ちはよくわかりません…」
「お前も、魔物の威光を知らしめるだの言ってたじゃないか」
「そ… そもそも私はそんなに争い事は好きな方では…」
テントの前で、二人は好き勝手語り合っていた。
「…全部聞こえてるんだよ… まったく…」
テントの中でイザヤはつぶやいた。
「適当なことばっかり言いやがって…」
アタイがスピットに対して怒ってたのは、何もアタイの腕を疑われたことだけじゃないんだよ。
彼女があそこまで怒ったのは、単純に自分の腕を侮辱されたのに腹が立ったわけじゃない。
彼女とて自分の腕は把握してるし、世の中にはもっと強い奴がいくらでもいることも知っている。
彼女が怒っているのは、彼女の腕を否定したのがほかでもない自分の夫だったということだ。
アマゾネスは、独自の集落を作って生活する一族だ。
そのため、彼女たちの価値観は、人間ともほかの魔物たちともまた違った特殊なものなのだ。
アマゾネスは、幼少のころから一流の戦士になるべく教育される。
アマゾネスの社会では、女性が剣を取って家族を守るために戦い、男性は彼女たちに守られる存在なのだ。
だからこそ、彼女はスピットを守ることに固執していたのだ。
その守るべき対象である夫から、自らの腕を否定されるような発言をされたのだ。
彼女の戦士としての誇りを傷つけられたからこそ、あそこまで激怒したのだった。
そんなことも知らないのに、オディもシェリルも、それにスピットも…みんな勝手なことばっかり…
アタイとはたった数日の付き合いなのに…
みんなアタイのプライドなんて何もわかってないくせに…
「だけど… それはアタイも同じか…」
スピットとアタイだって、あの森で初めて出会って、アタイが勝手に惚れて、強引に詰め寄ってお嫁さんにしてもらったんだ。
スピットがアタイの事を全部理解していないように、アタイだってスピットの事を全部理解しているわけじゃない。
この数日間で、スピットはアタイの希望に反対することはなかった。
だけど、それは本当にアタイの事を理解して受け入れてくれた証拠だったのだろうか。
たかだか数回体を合わせたくらいで、彼のすべてを理解し、彼の心を手に入れたつもりになっていただけなのではないだろうか。
彼の本当の心はどこにあるのだろうか。
「スピットの心… か…」
アタイはスピットの強い心に惚れたと、あの時彼にそう宣言したが、あとで話を聞いたところ彼はその心を失っているのだという。
彼にとって、他人というものはどういう風に感じているのだろう。
もしかしたら、彼にとってアタイは煩わしい存在だったのかもしれない。
一方的に愛を注いで、自分の周りを付きまとって、無いはずの心に惚れたなどとうそぶく女は、彼からすればいつのまにやらついてきた野良犬くらいの捉え方しかされていないのかもしれない。
そこにあるのはただの義務感だけで、本当はアタイの事を愛してなんかいないのかもしれない。
そもそも、彼は心が無いと言ったのだ。
ならば、彼には他人を愛するという心を持つことなんて、最初からなかったのかもしれない。
だとすると、今のアタイは実に滑稽じゃないか。
アタイの方こそ、気に入った野良犬をちょっとペットにしたようなものじゃないか。
それをして夫婦なんだから、だって。
アタイが彼を守ってあげて彼とアタイで支え合うんだなんて、悪い冗談じゃないか。
どんなに彼に尽くしても、彼のほうから帰ってくる愛なんてないというのに。
彼は、明日にでも自分のことを突き放してどこかに行ってしまうのかもしれないのに。
でも、たとえ事実がそうであったのだとしても
「うぇぇ… ひぐっ… うぁぁ…… やだよぅ… そんなのいやだぁ…… 置いてかないでよぉ… アタイは… あんたのことを…」
たとえ彼が愛してくれていなかったとしても
彼にとって自分がただのペットのようなものだったとしても
「スピットぉ… 愛してるんだよぉ… アタイのこと見捨てないでよぉ… お願いだからぁ… うぁぁぁぁん…」
突然出会って、無理やり夫婦にしてもらった仲だったとしても
彼のことを全て理解していないのだとしても
この気持ちは絶対に偽りではない。
彼を、スピットを愛しているというこの気持ちだけは、どんなことがあっても忘れられるはずもないのだ。
アマゾネスの価値観がなんだ。
女が男を守らなきゃならないなんて決まりはどこにもないんだ。
戦士の誇りを侮辱されたのがなんだ。
そんなもの、彼への愛より大事なもののはずがないんだ。
彼が愛してくれないからなんだというのだ。
そんなことで萎えてしまうくらいなら、本物の愛じゃないはずだ。
心が無かったらなんだっていうんだ。
だったらアタイの心を分けてあげればいいじゃないか。
どんな障害があったって構うものか。
アタイはスピットのことが大好きなんだ。
どんなことがあっても、どんな手段を用いても、たとえ生き方を曲げることになろうとも
絶対に彼と添い遂げてやるんだから。
この戦いに、負けるわけにはいかないんだから。
「ぐすっ… 何を怒ってたんだろうね、アタイは…」
どっちが守られるかなんてどうでもよかったのだ。
アイツがアタイを守って、アタイがアイツを守ってあげる。
どっちかが背中に隠れるような関係じゃなく、背中合わせで支え合う。
そんな関係でいいじゃないか。
アタイは、アマゾネスの戦士の誇りよりも、女としての幸せのほうがいいのだから。
だからこそ、里を出てきたんじゃないか。
「あ〜あ… 結局空回りしてただけか… これじゃぁ母様にどやされちまうよ…」
イザヤは、自分の原点とスピットへの想いを再確認した。
帰ってきたらスピットに対して謝ろう。
そうして、スピットに自分の想いをもう一回全部告白しよう。
それで、彼が否定しても絶対にあきらめてやらない。
アマゾネスってのは、狙った獲物は逃さないんだ。
スピットがアタイの方を振り向くまで、彼のことを愛してやるんだから。
彼女もまたスピット同様に、この問題に一つの答えを導き出したのだった。
「…よしっ。 とりあえず、おいしい料理でも作ってアイツの帰りを待とう。 アタイの愛情たっぷりの料理でもって、メロメロになってもらおうじゃないか!」
そう決めて、イザヤはテントの外に出た。
外は完全に日が暮れており、どこのテントも照明をつけていた。
「あっ… イザヤさん… その…」
シェリルがイザヤに気付いて話しかけてきた。
その様子を見るに、刺激しないように慎重に言葉を選んでいるようだった。
「ああ、ごめんねシェリル。 気ぃ使わせちまったみたいだね。 アタイはもう大丈夫さ。 ちゃんとスピットと仲直りすることにしたから、安心しな」
「いえ… そうじゃないんです… イザヤさん… その…」
「?」
シェリルは、なんだかはっきりしなかった。
イザヤはてっきり、シェリルは自分がまだ怒っているものだと思って言葉を選んでいるのだと思っていたのだが、どうやら違う理由だったようだ。
どういうことかと訝しんでいたが、その時ふと気づいた。
「あれ? そう言えばオディはどこに行ったんだい? もしかして、アタイに気を使って席を外してるのかい?」
「そうじゃないんです… あの… イザヤさん? 落ち着いて聞いてくださいね?」
「? 何を落ち着いて聞けばいいんだい?」
「そのですね… 実は…」
「オイ! シェリル! 大変だ!」
シェリルが何か言いかけたその時、オディがちょうどテントに帰ってきた。
彼は不機嫌というか慌てているというか、とにかくただならぬ様子だった。
「オディ? いったいどこに行ってたんだい?」
「! イザヤ!? あぁ… なんて言えばいいんだ… その…」
「ああ、オディもすまなかったね。 アタイはもう怒ってないから、そんなに気を使わないでも…」
「違う、違うんだ。 そうじゃないんだ。 いいか、イザヤ。 落ち着いて聞いてくれ」
彼はそう前置いて、一拍置いてから彼女に告げた。
「ルースとスピットが帰ってきてない。あいつら、行方不明になっちまったんだ」
―――――――――――――――――――――――……
行商隊が忽然と消えてしまったその現場は、今は冒険者たちのテントが集まっており、ちょっとした拠点のようになっていた。
そのテント群の中心の、ちょうど少し開けた広場のようになっているところに、各パーティの代表が一堂に会して話し合っていた。
「…それで? 結局何人いなくなってンだ? あぁ?」
「判明している人数は12人だ。 クエストに参加した人数が40人ほどだから、およそ1/3がやられた計算になる」
「個人で参加していた奴もいる… もう少し増えるかもしれぬ…」
「ハッ! どうせどっかそこらへんで迷子になっているだけなンじゃねーの?」
「てめー… 頭脳が間抜けか? こんな平地のど真ん中で、どうやって迷子になれっていうんだよ?」
「なんだとぉ…?」
「今は争ってる場合じゃないんじゃない? もしかしたら、私達もここで消えた行商隊と同じ目に合うかもしれないんだしねぇ」
「だが、いなくなった連中は全員外に調査に行っていた連中だろ? それなら、むやみにここから離れなきゃ、安全なンじゃねーの?」
「思い出せ… ここで消えたのは“行商隊が全部”丸ごとだ。 群れていれば安全だとは必ずしも言えぬよ」
「だったらどうしろってンだ? 大体、安全だのなんだの言ってるが、もともと俺らはここで起きた異変の調査にきてンだぜ? 消えてもらった方が逆に原因の特定につながってありがてーンじゃねーの?」
「貴様! 何て言い草だ!」
「ギルドも深く考えねーからこーなンだよ。 いなくなった奴らはどーせ参加しただけでも金が貰えるって聞いて集まってきた無能どもなンだろうよ」
「同感だ… 要するに、これから俺らがすることは、当初の予定通りこの問題を解決しちまえばいいんだ。 お前らは、せいぜい自分が行方不明にならないように気を付けるんだな…じゃあな」
「そう言うわけだ! せいぜい自分の取り分が減らないように頑張るンだなぁ! あばよ!」
そう言って、何人かが自分のテントに戻っていった。
「あらやだ… これだから何も考えない男っていやだわぁ… ねぇ、そこの甲冑のお兄さんは何かないの? さっきから黙りっぱなしじゃなぁい」
そう言って褐色の女性がオディに話題を振った。
それに応じて、オディはゆっくりと語りはじめた。
「…俺は、行方不明になった者たちが全員無能だったとは思えん… それに、一つ気になっていることがあるんだ」
「…申してみよ」
「確かに、行方不明になったやつは、全員このキャンプから離れて周囲を調査していた連中だ。 だが、調査に行った者が全員いなくなったのかというと、そういうわけじゃない。 現に、俺は一回ここから離れて軽く周囲の地形を確認しに行ってるが、いなくなることもなくこうして無事にしている。 となると、行方不明になる条件はここから離れていたことだけじゃないと思うんだ」
「なるほど… 確かに一理ある。 ではおぬしは何が原因だと踏んでいる?」
「…行方不明が騒がれ始めたのはついさっき、日が落ちてからだ。 となると、夜になったことが何か関係してるんじゃないか?」
「あぁ〜ん、なるほどねぇ。 たしかに、行方不明者は暗くなってから判明しはじめたわねぇ。 でも、これだけじゃあ原因は分からないわねぇ…」
「とにかく、詳しい原因は分からないが、今は警戒するに越したことはない。 自分は関係ないとか、キャンプだから安全だ、なんて高をくくらないで、常に気を張ることをお勧めする。 そして、異常を察知したら、すぐに周囲に知らせるんだ。 …俺はそろそろ自分のテントの様子を見てくる。 それじゃあ皆の無事と健闘を祈る」
その言葉が合図となったのか、この集まりは自然と解散になった。
建設的な集まりとは言えなかったが、それでも意識の共有はできたから、一応の収穫とした。
オディがテントに戻ってみると、シェリルもイザヤも晩御飯を食べることなく、ただうつむいてオディの帰りを待っていたようだった。
「…今戻ったぞ」
「! オディ! どうだった!? 何か行方不明の手がかりはつかめたかい!?」
オディが静かに首を振ると、イザヤは意気消沈した様子で座り込んでしまった。
「…それで? 結局みなさんどうすることになったんですか?」
「どうもこうもないさ… 冒険者なんて勝手な奴らばっかだからなぁ。 とりあえず、みんな気を付けましょうねー、で解散だよ。 あいつら今の状況をちゃんと理解しているのかねぇ…」
「…そうですか…」
シェリルもがっかりした様子で、うつむいてしまった。
八方ふさがりの状況でどうしようもないという雰囲気の中、イザヤが両手を握りしめて声を震わせて言った。
「…嫌だよ… もう会えないだなんてアタイは嫌だ…」
「イザヤ…」
「スピットとケンカしたまんまで… 仲直りもしないで… お互いの事ちゃんと分かり合わないままなんて… アタイはそんなの絶対に認めない…! スピットもルースも…! 二人とも絶対に助けてやるんだからね!」
「…ハハッ。 その意気だよイザヤ! それに、あいつらがこんなことで簡単にくたばるもんかよ。 もしかしたら、そのうちひょっこり帰ってくるかもなぁ! ハァッハッハッハッ!」
「もう… おじさんってば、調子いいんですから…」
「まぁ、士気も高まったことだしいいじゃねぇか! だが、余計なお世話かもしれんが、お前ら絶対に気は抜くなよ。 今この状況も危険だと思えよ」
「たとえどんな危険だろうと、アタイの恋路を邪魔したんだ! その代償はたっぷりとその身に刻んでもらおうじゃないか!」
そう言いながら、イザヤは威勢よく卸したての剣を振りまわした。
その太刀筋を見ていたオディは、一つ奇妙なことに気が付いていた。
「…? おいイザヤ。 その剣…なんだか妙じゃないか?」
「え? この剣がなんだって?」
「いや… なんというか… その剣の光なんだがな… さっきから変なタイミングで光ってるというか…」
「あ。 本当だ。 なんだか変な感じにぴかぴか光ってますね」
イザヤの剣の紋様の光は、先ほどから妙な明滅を繰り返していたのだった。
よく観察すると、その光は周期的に明滅しているようだった。
「イザヤ、この剣は元々こういうものなのか?」
「いや… 別にそんな機能はついてなかったはずだけどねえ… この剣が光るのは、アタイの感情が高まったときと… あとはもう一つの剣とリンクして光るんだって… 夫婦の絆によって覚醒する剣なんてロマンチックでしょー、ってスミ姐さんが…」
『…………』
もう一つの剣?
この剣はイザヤとスピットがわざわざ意匠を揃えて作ってもらった特注品だ。
ということは、もう一方の剣というのはつまり
「……! おい! イザヤ! ちょっとその光をよく見せてくれ!」
「え? え? 別にいいけど… どうしたんだい?」
「イザヤさん! わからないんですか!? この光は、スピットさんからのメッセージかもしれないんですよ!」
「えぇ!? スピットからのメッセージって… あっ! もしかして…!」
「そうだ、イザヤ! あいつは自分の暗器に自由に魔力を注ぎ込める! それを利用して俺たちに何か伝えようとしているのかもしれん!!」
「でも… 光を点滅させて何を伝えようってんだい? オディには何かわかるのかい?」
「あぁ…! こいつはおそらく、軍や船舶で使われる信号だよ! あらかじめ決められたパターンで光を明滅させたり音を出したりして、相手に信号を伝えるっていうのがあるんだよ! 一度あいつに教えたことがあるんだが… ちゃんと覚えていてくれたとはなぁ…! 助かったぜ!」
「それで! おじさん! スピットさんは何て言ってるんですか!?」
「ちょっと待ってろ…! オ・ミ・ロ・ウ・エ・オ・ミ・ロ・ウ… ずっと同じことを言ってるな… オミロウエ? どういうことだ?」
「あの… それってもしかして、『ウエヲミロ』って言いたいんじゃ…」
「上を見ろ? なんでさ? 上を見たってお星さましか見えないはずじゃ…」
3人は一斉に上を向いたが、確かにそこには黒く染まった夜空とまたたく星しか見えなかった。
そして、3人はその瞬いている星と“目があってしまった”。
それを認識した瞬間、突然ことは起こったのだった。
「!? 二人とも俺の陰に隠れろ!!」
「ええっ!? ちょっといきなり何を…」
言うが早いか、オディが二人を無理やりひっぱって、自分の体に隠れるようにして二人のことをかばった。
その行動が終わるか終らないかというとき
ひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅん!
カンカンカン!
ドスドスドスドスドスドスッ!!
突然空から無数の何かが降り注いできた。
そのうちの何本かはオディの鎧に跳ね返され、それ以外は地面に突き刺さっていた。
何かの攻撃が終わったのを見計らい、オディはすぐさま立ち上がって周囲の状況を確認した。
「…! こいつはまずいな…! 今のでほとんどの連中がやられちまった!」
他の冒険者たちの多くはこの強襲でやられてしまい、地面に倒れてしまっていた。
―おっ、おい!なんだ今のは!
―矢が! 空から矢が降ってきた…ぐっ…!
―ヤバイ! 矢に痺れ毒が塗ってある! 絶対に当たるんじゃ…うわぁぁぁぁぁ!
―なんだ!? あいつ急に空に浮かびあが…!? なんだ!? 何かが俺の肩を掴んで…
―みんな迎撃しろぉ! 相手は魔物だ! ブラックハーピーが襲ってきたぞ!
「なるほどねぇ…! コイツはブラックハーピーの仕業だったのかい…! 舐めた真似をしてくれるじゃないかい…えぇっ!?」
「なるほど… 平地だから大丈夫だと油断した連中を、闇夜に紛れて空から襲うとは…! 考えられてるなぁ! シェリルぅ!! 銃構えろ!! あいつらを撃ち落とすんだ!!」
「はい! 龍撃銃『ドヴァーキン』セット! 魔力充填完了! ファイア!」
ズガガガガガガガガガガガガガ!!!
ドサドサッ!
「上出来だ! 今ので2匹撃ち落としたみたいだ! イザヤぁ!! 俺らは他の連中の援護に回るぞ!! シェリルもなるべく離れないようについて来い!! 弾幕張るのを忘れるな!! 奴らに二の矢をつがえる暇を与えるな!!」
「「Sir!! Yes!! Sir!!」」
3人は、一気に駈け出して、攻勢に転じた。
「うわぁ!! やめろ!! 離れろ!! 離してくれぇ!!」
「こいつ…! 抵抗するんじゃ…!」
タタタタタタタタ!!
スタンッ!
助走をつけて、思い切り飛び上がる。
「えっ!?」
「チェストォォォォォォォ!!」
ズバッ!!
ドサッ…
そのまま空中から一気に斬りつけて、ハーピーを仕留めた。
「安心しな! 峰打ちだよ!」
「あぁ! 助かった! ありがとう!」
「そこのアンタ! 感謝してる暇があったら、そこのハーピーふん縛っておきな!」
「いいぞ、イザヤ! その調子でほかの奴らも無力化するんだ!」
「ガッテンだ! オディの旦那!」
「おじさん! あれ!」
―うわぁぁぁぁ!! 高い!! 降ろしてくれ!! いや、でも離さないで!! あぁでも、連れてかないでー!!
「余裕があるんだか無いんだか…! シェリル!! 俺に合わせて撃ち落としてくれ!!」
「了解!! 目標までおよそ120m…! よーく狙って…! ファイア!」
ズガァァァァァァン!!
バスッ!!
シェリルが放った魔力弾は、目標の翼をかすめただけだったが、それでも捕まえていた男を離させることは成功した。
―うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
「オーライ…! そのまま落ちてきてくれよ!」
キュィイイィィイィィィィイィイィィイィィイ!!
ローラーダッシュを唸らせながら、落下予測地点に先回りする。
ドサッ…!
「ナイスキャッチだね! おじさん!」
「た…助かった…」
「ほら、腰抜かしてないでお前も迎撃しろ!」
「それが… 毒で体が…」
「それなら、そこで休んでろ!」
ぽいっ
ぼすっ
「ぶへっ!」
3人は、他の者を助けながら次々ハーピーを仕留めていく。
「ほーら、あぶねえぞ!! そんなところにいたら轢いちまうぞ!?」
バシュゥゥゥゥゥ…
ズバァ!
「ほらほらほらほらぁ!! そんなへなちょこ矢なんていくつ撃ってもあたりゃしないよ!」
スパスパスパスパ…!
「こんのぉ…! 落ちろ蚊トンボぉ!!」
ズダダ!ズダダ!ズダダ!
ビシッ!バスッ!
―あいつら、やっぱりすげぇ…!
―俺らも続くぞ! やられっぱなしでたまるか!
彼らの活躍もあって、奇襲によって混乱した冒険者たちも、徐々に盛り返してきていた。
「くそっ…! みんな退却だ! 退却!」
さすがに、旗色が悪いと見たのか、ブラックハーピー達は怪我をしたものをかばいながら、ほうほうの体で引き揚げて行った。
「ふぅ… なんとかしのぎ切ることができたか…」
「おい! 甲冑の方! おぬし無事であったか!」
「お? アンタあの集まりにいた人か! 無事でよかったなぁ!」
「おぬしらの働きのおかげでなんとかな! …だが、他の者たちの被害は甚大だ… ほとんどの者たちは最初の痺れ毒にやられてしまって動くことができぬ。 無事だった者たちも、何人かはそのまま攫われて… 他にも深手を負ってしまったものが多くて…」
「あぁ… となると、怪我もしてなくてまともに動けるのは何人くらいだ?」
「おぬしら3人と拙者を含めて… 5人だ…」
「40人が気付いたら5人ねぇ… いやはや…」
オディは頭を抱えたくなった。
この人数で、どうやって問題を解決すればいいってんだ。
「おーい! オディおじさーん!」
「うむ? 貴殿の仲間がおぬしを呼んでいるぞ?」
「そうみたいだなぁ… おーい! シェリル! どうしたぁ!?」
「なんだか、ダークエルフの人が呼んでいますー! 早く来てくださーい!」
「ダークエルフというと… あのときの褐色の姉ちゃんか…」
ダークエルフだったんだな… 全然わからなかった…
すぐに、イザヤの呼びかけに応えて、ダークエルフの人が呼んでいるという場所に行くと、そこでは先ほどの褐色の女性が逃げられなかったブラックハーピーにお仕置きをしていた。
「ほぉらぁ、早く仲間の居場所を白状しないと大変なことになるわよぉ?」
「ちょっ…! やめっ、ひぁぁ!? そんなところっ…! いじるな…ひゃぁぁん!」
「んぅ? どぉ? こんなことされたことないでしょぉ? とっても気持ちいいでしょぉ? でもねぇ、あなたが白状してくれない限り、絶対にイカせてあげないんだからねぇ♪」
「そっ、そんなぁ…! 早くイカせて… じゃなくて! 私は絶対に喋ったりなんか…うひゃぁん♪」
「………うわぁ…」
「………なんとも刺激的であるな…」
これって拷問って言ってもいいんだろうか。
「あぁー… その… まずは無事で何よりだった、と言っておくべきかなぁ…」
「あらっ。 あの時の甲冑の人じゃなぁい♪ おかげさまで、私は元気よぉ♪」
「うん… そうか… それでその子に何を…」
「それはねぇ♪ ちょっとした調教をねっ♪」
「あぁ… そう… それでなにか分かったのか?」
「ぜ〜んぜん。 この子たちったら、ちっとも喋ってくれないんだもの」
よく見ると、彼女の後ろにはすでに仕置き済みのハーピー達が転がっていた。
「南無…」
「それじゃあ… 結局手がかりは何一つ無いってことか?」
「いいえ? それは違うわよぉ。 この子たちが何も白状しないってことは、それほど大事な何かを隠してるってことだとは思わなぁい?」
「…そう言われてみると…」
「それにねぇ、この襲撃はこの子たちの習性に当てはまらないわぁ。 人間の男性を攫うのはともかく、行商の荷物も全部持って帰るだなんて。 そんな習性、私は聞いたことがないもの。 魔物は金銭や物品には基本的に無頓着なのよぉ?」
「なるほど… すると、貴殿はこの襲撃には何かの裏があると?」
「そぉいうこと♪ でも、肝心のこの子たちが白状してくれないんじゃお手上げなのよぉ」
「ひぁぁん♪ あっ♪ 誰が…しゃべる…もんです…くぅぅぅぅぅん♪ 絶対に口を割るなんて…ひゃぁん♪ らめぇぇぇ♪」
「…そ、そうか… だが、手がかりが無いとなると困ったな… どうすれば…」
その時、イザヤがオディのところへ走ってきた。
「オディ! オディ! またアタイの剣が光ってるんだ! さっきとは違う光り方をしてる!」
「本当か!? よし、でかしたぞスピット! これで何か分かるかもしれん!」
「おお。 確かに彼女のダンビラが面妖な光を放っておるな… だがこれで何がわかると申すのだ?」
「ちょっと、待っててくれ…! ………ク・ロ・マ・ク・サ・ン・ゾ・ク……ハ・ア・ピ・イ・カ・ゾ・ク・ヒ・ト・ジ・チ……! 『黒幕、山賊』…!『ハーピー、家族、人質』…!?」
「どういうことだい!? それって、本当は山賊が黒幕で、ハーピーは人質を取られて脅されてるってことかい!?」
「へぇ… ちょっと、彼の言ってることは本当なのぉ?」
ダークエルフはブラックハーピーへの淫らな拷問の手を止めて、彼女に確認した。
「……えぇ、そうよ! 全部そいつの言う通りよ! 私達は夫や娘を山賊たちに人質に取られてるのよ! それで、私達が従わなければ家族の命は無いって脅して… それで私達は奴らに従うしかなくって…! だから、ここを通った行商を襲って… 証拠を残さないように全員攫って… でもそれももう全部台無しよ! お前たちを全員仕留めきれなかったから! 今頃巣に戻ったみんなから伝わってるでしょうよ! 奴らは帰ってこれなかった私たちの家族を殺すのよ! 全部お前たちのせいなんだから! 私の家族は…! あの人はあいつらに殺されちゃうのよぉぉ… うあぁぁぁぁぁぁぁぁん…! ばかぁぁぁぁぁぁぁぁ…!」
ハーピーは、自分の家族が山賊に殺されてしまうのだと確信して、ただ泣きじゃくるしかなかった。
そんな彼女の心中を察してか、周りの者は彼女に何も言うことはできなかった。
「何やってんだい…!」
しかし、イザヤだけは違った。
彼女は目の前で泣きわめくハーピーの両肩をしっかりと握りしめて、力強く言った。
「アンタ… 何で諦めてるんだい!! 何で自分の旦那を勝手に殺してるんだい!? アンタ本当にそれでも妻かい!?」
「何よぉ…! お前に何がわかるんだよぉ…!」
「あぁ、わからないよ!! まだ、間に合うかもしれないのに、全部諦めて愛する夫の命をドブに捨てるような奴の気持ちなんかわかりたくもないよ!! アンタ…自分の夫の事を愛してないのかい!? アンタにとって自分の夫って言うのは、すぐにとって代えられるような存在なのかい!?」
「そんなわけないでしょぉ…! あの人は世界に一人だけなんだからぁ…! 代わりなんてあるわけないでしょぉ…! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁん…」
「そうでしょ!! アンタにとって掛け替えのない人なんだろ!? だったら簡単に諦めちゃだめじゃないかい!! 何が何でも自分の愛する人を助けてあげなきゃダメだろ!? 今からアタイたちをはっ倒して!! 急いで巣に戻って!! 山賊たちから大事な人を取り戻そうとしなきゃダメだろ!?」
「無理よぉ… さっきので私の羽が傷ついちゃってるのよぉ… 飛んで帰るなんてできないわよぉ…」
「だったら、今度は歩いて帰ればいいじゃないか!? 歩くのが無理なら地面を這って!! それが無理なら転がって!! それでもだめなら、アタイたちに土下座でもなんでもして、お願いします、助けてくださいって! そう言えばいいじゃないか!!」
「…うぇ…? あなたたち私たちの事助けてくれるの…?」
「あたりまえじゃないか!! 何で頼みもしないうちに助けてくれないって決めつけてるんだい!!」
「そうよぉ? 大事な人を人質にするだなんて… 同じ魔物として許せるわけないでしょぉ?」
「許さんぞ、人間のクズめ!! 悪漢どもに御仏の慈悲は無用!!」
「どうやら、消し炭にしてあげる必要がありそうですよねぇ…?」
「そう言うわけだお嬢ちゃん。 今から山賊どもに正義の鉄槌を下しに行くぞ」
「うぁ……みんな…ありがとぉぉぉぉ! うわぁぁぁぁぁぁん!」
「ほら、泣いてる暇はないよ! アタイたちには時間が無いんだ! 早く巣の場所を教えておくれよ!」
「うん…! 私達の巣は今ちょうど月の真下にある、あの山の麓にあるんだ… 奴ら、多分行商隊から奪ったもので酒盛りして騒いでるから、近くに行けばすぐに分かると思う… 私たちも怪我が治ったらすぐに行くから… だから… 必ずみんなを助けて…!」
「おうさ! 任せときな!! 人の恋路を邪魔した奴は、アマゾネスに蹴られちまうんだからねえ!! 覚悟してもらうよ!!」
そう言って、イザヤはブラックハーピー達の巣へ向けて一気に駈け出して行った。
「…ウフフ… ずいぶんと熱い娘なのねぇ♪」
「あぁ、そうだな。 あいつはこうと決めたら止まらねぇんだよ! その勢いで、うちの堅物野郎を射止めたくらいだからなぁ!」
「素敵な娘ねぇ♪ お姉さんぞくぞくしちゃう♪」
「私たちも行きましょう! 絶対にルースさんとスピットさんを助けるんです!」
「うむ。 この世に悪は栄えぬということを、山賊どもに知らしめてやろうではないか!」
残った者たちも、イザヤの熱気にあてられたのか、一気に同じ方向へ駈け出して行ったのだった。
―――――――――――――――――――――――……
薄暗い洞窟の中…
スピットとルースは洞窟の床の上に転がされていた。
洞窟の外からは、下卑た山賊の笑い声が響いてくる。
「みんなは大丈夫かなぁ…」
「心配いらないと思いたいですが… 」
二人は両手両足を縛られた状態で捕らえられていたのだった。
その顔には青あざが浮かんでおり、山賊たちに暴行されたことがうかがえる。
「うぅ… すみません… うちの家内がとんだことを…」
「いえ、あなたたちの責任ではありませんよ。 全ては外で騒いでいる山賊たちが悪いのですから」
「そうだよ! 奥さんたちは無理やりやらされてるだけなんだからさ!」
「お兄ちゃんたち怒ってないの…?」
「まったく怒っていませんよ。 むしろ、普段味わえない空中散歩を経験できたので、ご機嫌なくらいです。 ですからお嬢さんも気に病むことはないのですよ」
この人たちは、山賊に捕まってしまったブラックハーピーの家族たちである。
彼らにも山賊に暴行を加えられた跡が見受けられ、中には手足があらぬ方向に曲がっている者もいた。
「それよりも、なんとかこの縄をほどいて、奴らをのしてやらないとな!」
「そんな無茶な! あなたは武器を取り上げられているじゃないですか!」
「確かにルースはそうでしょうが… 私には魔法がありますからね」
「ほーぅ? なんでぃ、お前さん魔術師だったんかぁ? ぐえっへっへっへっ!」
見るからに知性の感じられない下品な男が、ジョッキを片手に彼らの様子を見に来ていた。
「だけど残念だったなぁ。 お前らを縛ってるその縄には魔法を封じる効果があるんだよ。 悪いが魔法は使えねえんだよ! ゲーッヘッヘッヘッヘッヘ!」
「おやまぁ。 そのような貴重な縄を私達に使ってもよろしいのですか?」
「いいんだよぉ! どうせお前たちを殺して、その縄は回収するんだからなぁ! せいぜい今のうちに自分の命を実感しておくんだなぁ!」
「つーことはあれか? もしかして、この前の行商隊もみんな殺したのか?」
「あん? この間の行商隊かぁ? あいつらは身代金を要求してやるために生かしてやってるさぁ! お前らも、身代金のアテがあるんだったら考えておきなぁ。 もしかしたら生かしておいてやるかもしれねえからな。 つっても、金さえ受け取っちまえば、その時はもう用済みで殺しちまうんだけどよ! じゃあな冒険者ども! ゲーッヘッヘッヘッヘッヘェ!」
不快な笑い声を上げ、どすどすと足を踏み鳴らして、山賊はまた元の宴会に戻って行った。
だが、2人は山賊の言葉は意に介していない様子で、彼が漏らした情報を確認していた。
「いい機転でしたねルース。 これで商人たちの無事が確認できました」
「なんか、ああいうのは扱いやすくて楽だねー。 とりあえず、俺ら以外の冒険者たちも他のところに捕えられてるんだろうね」
「そうですね。 少なくともまだ殺されてはいないようで、安心しました。 奴らの下種な嗜虐趣味のおかげですね。 感謝したいとは思いませんが」
「あの… あなたたちは怖くは無いのですか…?」
ハーピーの夫の一人が訊ねた。
両手両足を縛されて、明日には殺されているのかもしれないというのに、何故彼らがこうもあっけらかんとしていられるのか不思議でならなかった。
その質問に対して、さも当たり前だという風にルースは答えた。
「だって、オディ達が助けてくれるだろうから。 俺は何も心配してないよ?」
「そんなことを言っても! あなたたちの仲間は、この場所のことを知らないんですよ!? 悠長に夜が明けるのを待ってから探されたら、もうその時には殺されているのかもしれないのに!?」
「その心配も、もっともでしょうけれど、彼女に限ってそのようなことはありえないでしょう。 私は彼女が一晩も待っていられる人とは思えないのです。 自らの命を賭してでも、必死に私達のことを探してくれるでしょう。 少なくとも私はそうであると信じています。 そして、彼女の事を信じているからこそ、私の信号にきっと気が付いてくれると、そう思っています」
「し、信号? しかし、その状態でどうやって信号を…」
「ちょっと待って。 なんだか向こうの方が騒がしくない?」
確かに、ルースの言う通りだった。
先ほどまで山賊たちが楽しげに騒いでいた声が聞こえなくなっており、その代わりに彼らの怒号のような声が響いてきていた。
声の調子から、何やらケンカのようなものが始まっているのではないかとも思われる。
それに、山賊の声だけでなく、女性の許しを請うような悲鳴も聞き取れる。
「な、何がどうなっているのでしょうか…」
「それは分かりませんが… とりあえず事態を静観することにしましょうか」
そう言って、彼らは山賊たちの怒号に耳を傾けて、何が起こっているのかを必死に把握しようとした。
しかし、この洞窟の中では彼らの声が反射して響いており、よく聞き取ることができなかった。
そうして、数10分が経っただろうか。
山賊たちの喧嘩口論は収まるところを知らなかったが、その音に混じって誰かが乱暴に音をたてながら自分たちの元へ近づいてきているのに気付いた。
その音の主は、先ほどルース達の様子を見に来た、あのゲス野郎であった。
「おい!! フェルシアってやつの夫はどいつだ!!」
「そう言われて、はいそうですと言って名乗るものはいないと思うのですがね」
「うるせえ!! てめえはせいぜいおとなしくしてろ!! それで、どいつがフェルシアの夫だ!! ええ!? 素直に名乗り出ねえと片っ端からブッ殺していくぞ!!」
山賊は大声と物騒な言動でハーピーの家族たちを威嚇していた。
「おー… これがスピットが常日頃から言ってる、知性の足りない人っていうやつか…」
「あぁん!? てめぇ… なんだったら今ここでてめえを殺してもいいんだぞ!? 自分の立場ってもんを弁えねえか!! このっ…ダボがぁ!!」
どげしっ!
山賊は感情のままに、縛られて動けないルースの腹めがけて蹴りを入れた。
「ぐぼっ…!」
「ルース!」
「ああ… 大丈夫だ… でもちょっとだけ戻しそうになった…」
「ずいぶん余裕だなぁ…!! それなら、もう少し痛めつけても問題なさそうだなぁ!! コラァ!!」
ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ!
ルースの体に、山賊の容赦ない蹴りが浴びせかけられる。
「ぐっ… ぐほっ… オエッ…」
「や… やめろ! 止めないか! 僕がフェリシアの夫だ! お前は僕を痛めつけるつもりだったんだろう!? なら、その人を痛めつけるのをやめてくれ! 僕が代わりになるから!」
「…ほぉーぅ? 大した根性じゃねぇか… まぁ、俺の目的は元々てめぇだったからな… 素直に名乗り出たお礼に、こいつへの八つ当たりは勘弁してやるよっ!」
ドゴォ!
最後の語気を強めながら、山賊は駄目押しの一発を叩き込んだ。
「ぐはっ…!」
「あ〜ぁ… てめえが早く名乗り出ねえから、肋骨が何本かイっちまったんじゃねえかなぁ? 俺し〜らねっと…」
「自分のなした行為をすでに忘却しているとは、あなたの脳みそは相当貧相なものなのでしょうね。 それとも、脳みそというものが存在しないのでしょうか? 脳みその代わりにチーズでも詰めたほうがよっぽど効果的なのではないでしょうか?」
「ちょ…ちょっと! やめてください! おい! もう僕は名乗り出てるんだ! 早く僕の事を連れて行くんだ!」
「……いーや、もう遅いぜ…!! やっぱりてめえらは真っ先に殺しておくべきみてぇだなぁ…!! てめえも一緒に来い!! そこで転がってるてめえもだ!! 他の冒険者に先だって、真っ先にぶっ殺してやるよ!!」
そう言うと、山賊は一旦元の場所に戻り、応援を連れてきて彼らを引きずっていった。
そのまま彼らは洞窟の外に引っ張り出されて、山賊たちの中心に放りだされた。
「ぐえっ!」
「ぐっ!」
「…!」
まるで芋虫のように地面につっぷする姿に対し、山賊たちは下品な笑い声をあげていた。
「おーう? なんだぁ? フェリシアってやつの夫は3人もいんのかぁ?」
「さすがは魔物様だぜ! 節操がないったらありゃしねえなぁ!」
「毎日4Pとは、とんだ淫乱もいたもんだなぁ! おい!」
『ギャーッハッハッハッハッハッハッハッハ!!』
「くそっ… やつらフェリシアの事を馬鹿にしやがって…!」
「ルース! 大丈夫ですか!」
「ごめ… 結構ヤバイかもしれない…」
「おい! とりあえず誰を最初に殺そうかぁ!?」
「どうせ殺すんなら、面白い殺し方をした方がいいんじゃないかぁ!?」
「それなら… オイ! そこの鳥! お前ちょっとこっちへ来い!」
山賊の一人に促されて、ブラックハーピーの一人がひどく怯えながら近づいてきた。
「なぁ、せっかくだから殺す順番はお前に決めてもらおうと思うんだが… お前誰を一番最初に殺すべきだと思う?」
「おいおいマジかよ! 殺す奴を選ばせるとかどんだけ鬼畜だよー!」
「でも、こいつら自分の家族以外なら躊躇なく襲うんだろ!? だったら余裕なんじゃねぇの?」
「それもそうだなぁ!!」
『ギャーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!』
「そんな…! 誰か選べなんて、そんなこと…!」
「あぁん? なんだ? お前俺の言うことが聞けねえってのか? だったらしょうがねえなぁ。 不本意だけど、お前の家族を先に殺すことにするかなぁ」
「!!!? やっ、止めて!!! あの人にだけは手を出さないで!!」
「だったら早く選びなぁ!! 俺たちは何事も即時即決がモットーなもんでなぁ!! 早くしねえと、お前の家族を選びたくなっちまうかもなぁ!!」
「そっ、そんな…! でもっ…! 選ばなきゃあの人が…! でも…! あぁ… なんてひどい…!」
ハーピーは目から涙をこぼし額には脂汗を浮かべながら、苦悶の表情で3人のうちのだれをいけにえに捧げるか選ばされていた。
「まったく、これだから山賊という連中は嫌いなのですよ…」
「あぁ? おい、そこに転がってる芋虫がなんか喋ってるぞ!!」
「わりいなぁ!! 俺ら芋虫の言葉は分からないもんだからなぁ!!」
「本当に、まったく知性の欠片すら存在しないのですね、あなた方は。 私のしゃべる言葉をどう聞けば芋虫の言語に聞こえるのですか? そもそも、あなたたちはご存じないのかもしれませんが、芋虫は情報伝達の手段に言語を用いることはありません。 そのような基本的なことも知らないのですか? それとも、あなた方の文化圏で称される“人間”の定義が間違っているのかもしれませんね。 事実、私は先ほどからあなた方が発する言葉を解釈するのにひどく多くの時間を費やさねばなりません。 もしや、あなた方は人間や魔物とはまた違う生き物なのではと思うくらいです。 もしかして、あなた方は進化に取り残されてしまった原生生物なのでは? もしそうであるならば、いろいろな点で説明がつきます。 では、特に問題がなさそうなので、あなた方を新種の原生生物種として認定しましょうか。 学名は“バカ”でよろしいでしょうか? みなさん?」
「…………」
「………おい、てめえ俺たちの事馬鹿にしてんのか? あぁ?」
「おや、ここまで言葉を重ねないと侮辱されていることも認識できないのですね。 これは新しい発見ですね。 バカを識別する際の特徴として覚えておきましょうか」
ガタン!
カランカランカラン…
山賊のひとりが急に立ち上がったため、彼のそばに置いてあったコップが弾き飛ばされて、音をたてながら地面を転がっていった。
「おい、野郎ども!! 最初に殺すのはこの命知らずの兄ちゃんに決定だぁ!! 文句はねえなぁ!!」
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
山賊たちの同意の雄叫びが周囲に響き渡る。
山賊の頭目らしき男が、スピットの首元を締め上げながら言った。
「おい、兄ちゃんよ… 世の中渡り歩いていくつもりなら、言葉ってやつには気を付けなきゃならねえなぁ… でなきゃ今みたいに痛い目にあっちまうんだぜ?」
「ええ… グッ… 存じ上げて… おります… つい昨日… ゲホッ… それで失敗した… ばかりですから…」
「おぉ、そうかい。 なら、いい勉強になったじゃねえか。 それなら、この経験を来世で生かせるようにしなぁ!」
ドガァ!
持ち上げていたスピットの体を、近くにあったテーブルの上に叩きつけた。
「スピットぉ!! ゲホッ! ゲホッ!」
「ルースさん! あまりしゃべらないでください! 骨が肺に刺さってしまう!」
「さーてぇ、兄ちゃんよぉ。 これから俺に殺されるわけだが… 最後に何か言い残すことはあるかい?」
「いいえ… 何かを言い残すつもりも、ここで最後になるつもりもありませんので…!」
「へぇー! 大したこと言うじゃねえか! こんな状況でもまだ助かると思ってるのかい!」
「ええ、そうです… なぜなら、彼女が… イザヤが絶対に助けに来てくれるからです」
「へっ! ヘェッヘッヘッヘッヘッヘッヘ!! 聞いたかコイツの言葉! 彼女が助けに来てくれるんだとよぉ! 女々しい野郎もいたもんだよ、まったく!! ヘェーッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘ!!」
「いいえ、女々しいのではありません。 私は彼女を信じているのです…! イザヤは私のことを守ってくれると、そう約束してくれました…! ならば私は、彼女の夫としてその言葉を信頼してあげなければいけません! それこそが、私が彼女の愛に報いる数少ない方法の一つなのですから!」
「この期に及んで愛と来たもんだよ! こいつ頭のねじが外れてやがるぜぇ!! そしたら、せいぜい彼女が間に合うことを祈るんだなぁ!! それじゃああばよぉ!!」
「スピットォォォォ!!」
山賊の頭目が、まさにスピットの首をはね落とそうとして、その剣を大上段に構えたその時だった。
「うおりゃあああああああああああああ!! スピットおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「!?」
ガサガサガサガサッ!!
シュバッ!!
「やらせるかああああああああああああああああ!!!!」
ヒュゴッ!!
ズバァン!!
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!?」
突然茂みから飛び出してきたアマゾネスは、そのままの勢いで最愛の夫の元へ走り抜け、その途中にいた障害を、光り輝くその剣で思いきり斬り捨てたのだった。
「スピット!! またせたねぇ!! アタイが助けにやって来たよ!! もう大丈夫だから安心しな!!」
「ああ、イザヤ。 待っていました。 助けてくれてありがとうございます」
「何言ってんだい!! 必ず守ってあげるって、そう言ったじゃないか!!」
「ありがとうございます、イザヤ。 やはり、あなたと結婚してよかったと思っています」
そのまま、夫婦は敵陣のど真ん中でイチャつき始めた。
「なぁんだぁてめえはぁ!!」
「よくも頭目をやりやがったなぁ!!」
「野郎ども!! やぁっちまぇ!!」
「このアマぁ!! 覚悟しやがれぇ!!」
いきなり現れた狼藉者を倒すため、山賊たちは一気に飛びかかろうとしたが。
「覚悟するのはそっちの方だよ!! この外道どもがぁ!!」
キィィィィィィィィィィィィィィィン…
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』
先ほどの茂みの方角から、いきなり大砲をぶっぱなしたかのような爆圧と火炎が山賊を襲った。
「ドヴァーキン…最大出力…! モード拡散タイプ…! Fus… Ro Dah!!」
ズゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
『ぎゃあああああああああああああ!!』
今度は、光の柱のようなものが彼らを薙ぎ払った。
「我が攻撃に、二の太刀はいらぬ…!! 喰らえ!! 幻魔流剣術、奈落逆落とし!!」
ズバババババババババン!!
『ぐあぁ…』
ドサァ…
人影が山賊たちの間を縫うように通り抜けたかと思うと、次々と山賊が血しぶきをあげて倒れていった。
「ほらほらほらぁ!! お前たちに発言を許した覚えはないよぉ!! せめていい声で鳴いて楽しませておくれよぉ!!」
ひゅんひゅんひゅんひゅん!
ビシィ!バシィ!
「あぁんそんなぁ!!」
「痛いのに気持ちいいいいぃぃぃぃ!」
「ありがとうございますぅ!! ありがとうございますぅ!!」
「ぶひぃ! ぶひぃ! ぶひぃぃぃぃぃん!」
褐色の女性が見事な腕前で鞭をしならせ、その鞭に叩かれた者たちは痛みと快感でもだえ、悦んでいた。
彼らの活躍によって、山賊たちが蹴散らされていく。
一部始終を目撃していたブラックハーピー達も、縛られて放り出されているフェリシアの夫にも、状況が理解できなかった。
「こっ…これはどういう…!?」
「ゲホッ… だから言ったろ…? 仲間が助けに来てくれるってさ… ゲホッゲホッ!!」
そうして、彼ら山賊たちは助けに来た仲間たちの手によって、あっという間に鎮圧されたのだった。
―――――――――――――――――――――――……
「あなだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 無事でよがっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「ちょっと、フェリシア! 大丈夫だから! 僕は大丈夫だから、そんなに泣かないでよ! みんなが見てるじゃないか!」
「だぁっでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ… もう会えないがど思っでだがらぁぁぁぁぁ… うれじぐでぇぇぇぇぇ… うぇぇぇぇぇぇぇぇぇん…」
「もぅ… あの子は本当に泣き虫なのねぇん」
「まぁ、彼女も愛する亭主の元に戻れたのだ。 安心して涙するのも仕方あるまいて」
山賊を全員倒した後、彼らはブラックハーピーの巣を隅々まで調べて、捕らえられていたブラックハーピーの家族や、行商隊のメンバー、先にさらわれていた冒険者たちを開放していき、代わりに山賊たちを片っ端から縛っていったのだった。
そして、解放されたブラックハーピーの家族たちは、自らの愛する妻と感動の再会を果たしている、というわけなのである。
そして、そんな中に混じって感動の再会を果たしているものが、ここにもいたのだった。
「スピットぉぉぉぉ… また会えて良かったよぉぉぉぉ… ひぃぃぃぃん…」
「イザヤ、泣かないでください。 さっきから、オディ達が若干腹立たしい笑顔でこちらを見てきていますので…!」
「でもぉ… アタイ、スピットに謝らなきゃと思ってぇ… 変な意地張って怒ってごめんなさいってぇ… それ言わなきゃと思ってぇ…」
「いえ。 あれに関しては私の方も謝らせていただきます。 わざわざ傷つけるような発言をして申し訳ありませんでした。 どうかこの通り許してください…」
「やめてよぉ! 頭なんか下げなくてもいいよ! アタイはスピットにまた会えただけでも十分なんだから!」
「それだけではだめなのです。 会えただけで十分ではいけないのです。 私はあなたから愛してもらってばかりですので、それに負けないくらいにあなたにお返しをしてあげなければいけないのです。 ですので、会えただけで十分だ、などと言わずに接吻の一つや二つねだってもいいのですよ。それでもまだおつりがくるくらいですから」
「もぅ… スピット大好きぃ…♪」
スピットとイザヤはケンカをした反動もあってか、見ているほうが逆に恥ずかしくなるくらいいちゃついていたのだった。
「あぁー… クソッ… なんか体中がむずがゆくなってきたように感じるぜ…」
「でも、よかったじゃないですか。 二人がちゃんと仲直りできたようで」
「これが… 雨降って血固まるってやつ… ゲホッ!ゲホッ!」
「お、おい! ルース! 何も無茶してボケなくてもいいんだぜ!? 大丈夫か!?」
「ゲホッ… ケホッ… ごめん… 軽口をたたくキャラはしばらくの間、お休みだね…」
「お休み… ということは、ルースさんの天然って… まさかわざとやっているのでは…」
「うぅっ! 謂れのない誹謗中傷によって、肋骨がさらに肺に…!」
「嘘つけぇ! お前もしかして全部か!? 今までの天然発言は全部わざとやってたのか!? 俺の反応を見て楽しんでやがったのかぁ!?」
「ゲホッ!ゲホッ! ちょっとオディ…! マジでやめて…!骨が刺さる…!」
「ちょ、ちょっとおじさん! やめてあげてください! それ以上いけない!」
「彼らもずいぶんと騒がしい連中であるな…」
「そぉ? ああいうの楽しいと思うけどねぇ〜♪ それに、あのルースって子。 なんだか私好みだしぃ♪」
「……せいぜい捕まらぬよう頑張るのだな… 槍の武士よ…」
侍は、このダークエルフに見初められたルースの行く末を案じていた。
「あらぁ、もちろん私はあなたも好みなんだけどねぇ♪」
「なっ!?」
他人事ではなかった!?
「ねぇ… よかったらあなた私と組まない? お互いの腕も見せ合ったことだしぃ。 何よりあなたのこと気にいっちゃったぁ♪」
「いや! せっかくだがおぬしの申し出は断らせていただく!」
「そぉ? じゃあしょうがないわねぇ… 勝手についていくことにするからぁ♪」
「ナムサーン!?」
このような女子と袖を振りあいとうはなかったぁぁぁ!!
まるっと(?)おさまったところで、先ほどのブラックハーピーのフェリシアとその夫が、イザヤ達のところにやってきた。
「あのぉ… すいません…」
「ん? なんだい? あの時のブラックハーピーじゃないかい。 アンタもまた夫に再会できてよかったねぇ!」
「はいぃ… その節はどうもありがとうございましたぁ… ぐすん… あなたに励まされなかったら… もう二度と会えなかったかもしれないです… 感謝しても、し足りないです…」
「妻から聞きました… うちの家内を励ましていただいたとかで… それに、スピットさんもありがとうございました…!」
「はて… 感謝されるようなことをした覚えはないのですが…」
「あの時、山賊が僕を連れて行こうとした時も、三人の中から誰を最初に殺すか選んでいた時も、スピットさんはわざと山賊を挑発して自分が身代わりになろうとしてくれました。 自分も殺されるかもしれないというときに、僕の命を救っていただいて… 本当に感謝しています… 本当にありがとうございました!」
ハーピーの夫婦は、アマゾネスの夫婦に深々と頭を下げて感謝した。
だが、イザヤは自分の夫の一見立派な行動に対し、ひどく驚いていた。
「スピット!? そんな危ないことしてたのかい!? 何考えてるんだいアンタは!! 山賊に殺されちまってたかもしれないんだよ!?」
「イザヤ、イザヤ。 落ち着いてください。 危うい橋を渡ったことは謝ります。 ですが、あの時はしょうがなかったのです」
「何がしょうがなかったんだよぉ!! アタイを未亡人にするところだったんだよぉ!?」
「それはそうなのですが、あの時は何と言いますか。 ルースも怪我をしていましたし、長々喋って時間を稼げば何とかなるかと思ってましたので。 …それに…」
スピットはイザヤから目を逸らして言った。
「その… イザヤが守ってくれると… 信じていました… ので」
「…ふぇ? そ、それってどういう…」
「ですから! 私が危機に陥ったときはイザヤが私を助けて、イザヤが危機に陥ったときは私がイザヤを助ければいいという話なのです! そうすれば、双方に信頼関係が築けると…」
「……ぷっ。 アッハハハハハハハハハハハハハ!!」
「おぉ… 何故かはわかりませんが、イザヤさんが大爆笑してます…」
「それに… スピットの奴… あれはもしかして、照れてたのか…!?」
「…ケホッ… ほらね… やっぱり全部なくしたわけじゃなかっただろ…?」
「イザヤ? なぜ笑うのですか? 私は冗談を言ったわけではないですよ?」
「ハハハハハハハハハハハ! いやぁ… だってねぇ…!」
だっておかしいじゃないか。
あれだけ不安になって悩んでいたことだったのに
もうどうしようもないかと思っていたことが、全部解決してしまったんだもの。
スピットはアタイの事をどうとも思っていないわけじゃなかった。
それだけじゃなくて、アタイが頑張って出した結論と一緒の答えを出していたんだ。
その事実がなんだかうれしくて、誇らしくて…
そう思ったらなんだかおかしくなっちゃって、笑いが止められなくなっちゃったんだ。
「ハッハハハハハハハハハハ、ハァ… ねぇスピット…?」
「えっ、はい? なんでしょうか?」
「今からアタイが言うことをよ〜く聞いてね?」
これから何度だって言ってあげる。
あなたから言われなくても構わない。
この嘘偽りないアタイの心をあなたに分けてあげるんだから。
そして、イザヤは大きく息を吸い込んで、辺りに響くほどの大声でスピットに向けて言った。
「アタイはあんたのことを愛してるからねぇー!!」
―――――――――――――――――――――――……
「うぅ〜… これからどうすればいいのよ…」
サキュバスのセーラは、一人うなだれていた。
ようやく、坑道から出てこれたのはいいけれど、あの人の手がかりを完全に失ってしまったのだ。
「もう、あの村に帰りましょうかしら… いえ、でもここで諦めるわけにはいかないし〜… かといって、何かあてがあるわけでもないし〜… うぅ〜…」
「姉ちゃん… 悩むのもいいけど、いつまでもここに居られちゃ困るんだがね…」
あーでもないこーでもないと悩む彼女に向かって、冒険者ギルドのマスターが苦言を呈した。
「何よ〜! わたしは今傷心中なの! 乙女のハートはもうボロボロなんだから、優しくしてくれたっていいじゃない!」
「だからって、もう半日もここにいられたらほかのお客が近寄りづらいだろって言ってるんだよ!」
「うぅ… どこにいるの… 私の大事な人…」
人の話を全く聞かないこの魔物娘にマスターはうんざりしていた。
しかし、ここで彼はいいことを思いついたのだった。
「なぁ、サキュバスの姉ちゃんよ。 その人の手がかりを探したいんだったら、冒険者ギルドに入って探すってのはどうだ?」
「え? 何よそれ、どういう事よ?」
「だからな? 姉ちゃんの大切な人ってのは方々歩き回ってるやつなんだろ? だったら、無理に後を追おうとせずに、ギルドに所属して仕事をしながら、各地を歩き回ってそいつを探し回ればいいじゃねえか! どうだ?」
「……それいいわね! あの人の通ったかもしれない道に思いをはせながら、彼を訪ねて三千里! あぁ〜ん♪ いいわね〜、浪漫じゃな〜い♪ それじゃあ、早速ギルドに入るわ! 申込書お願い!」
「へへっ、毎度! 姉ちゃんのいい人ってのが早く見つかるといいな!」
「ええ! 待ってなさいよ〜! セーラちゃんの旅が今ここに幕を開けるんだからね!」
セーラは、これからのロマンチックな旅路と、その果てに待つ愛しのあの人を思い浮かべて喜んでいた。
だが、ここでマスターに訊ねていれば、彼の行先はすぐにわかったというのに、セーラは運悪くその絶好の機会を逃してしまったのだ。
この決断が、さらに愛しの彼から離れていく結果になろうとは、このときの彼女は知る由もなかった…。
「…あぁ? う〜ん… もう食べられないよ…」
「ごまかすんじゃねえよ! いまどきそんな寝言言うやついるか!?」
「あぁ… クソッ… めんどくさいから寝たことにしてやり過ごそうと思ったのに…」
悪態をつきながら、相方の呼びかけに応えてその男は目を覚ました。
まぁすでに日も落ちてしまいずいぶん時間がたっているので、彼が眠ってしまうのも無理はない話なのだが。
しかし見張りという立場上、眠ってしまっては意味が無いのであった。
「ぼやいてる暇があったらさっさと見張れよ! また雇い主に怒られて給料減らされたいのか?」
「ああ… 最悪だ、最悪だ… 最悪すぎて吐き気がする… あの程度のことで怒るなんて、本当に器の小さい雇い主だよ…」
「仕事放棄して、ほかの連中と博打やってるのを怒られないと思ったのか!?」
「大体、こんなだだっぴろい平野のど真ん中になんの危険があるっていうんだ? 周りには危険な野生動物の姿もないし、身を隠せるほどの高さの草も岩も何もないって言うのにだ! おまけに今夜は満月だ! この条件で接近する危険に気が付かない阿呆なんていると思うか?」
「お前の言い分も分かるが、そのあるかもしれない危険を排除すんのが見張りの仕事だよ! いいからさっさと仕事しろ!」
口うるさい相方にケツをひっぱたかれて見張りの仕事を再開する。
ああ… こんなことならギルドにはもっと楽な仕事を紹介してもらうんだった…
「おい! 隠れてサボろうとか思うなよ! ちゃんと仕事しろよ?」
「ああ、わかってるよ…」
「本当にわかってんのか? 大体、お前はいつもいつも…」
………?
「おい… 途中で喋るのを止めるなよ。 気になるだろうが」
………返事が無い。
「おい、人が話してるんだから返事くらいしろよ!」
そう言いながら後ろに振り返って先ほどまで喋っていた相方の姿を確認しようとしたが、そこには相棒の姿はいなかった。
「…え?」
おかしい。
何故急にいなくなる?
本隊のところに帰った? いやありえない。
ここからあそこまで行くにしたって、300m位あるぞ?
それを俺が振り返るまでの一瞬で、姿を捕捉されることなく到達する?
馬鹿な、ありえない。
それじゃあ、アイツは一体…?
相棒に何が起こったのか彼には皆目見当がつかなかったが、とにかく相棒は一瞬にして姿をくらました。
「…! やばい…ヤバイヤバイヤバイ! なんだかわからんが何かヤバイ! はっ、早く知らせないと…!」
何らかの異常を感じ取り、隊に戻って事態を伝えようと走り出した矢先。
「うあっ!? うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
彼の叫び声が聞こえなくなったとき、先ほどの相棒と同様に彼の姿も忽然と消えていたのであった。
その日、隠れる場所のないこのだだっぴろい平地において
一つの隊商が、何の痕跡も残さずに消え去ってしまった。
―――――――――――――――――――――――……
鉱山都市ディグバンカー。
山からは採掘や精錬の煙が上がり、町のあちこちからは生活のための炊事の煙や鍛冶職人たちが働く煙が上がっていた。
町はいつもと変わらない日常を送っていた。
そんな日常を取り戻した町の路地を、3人の冒険者と2人の魔物娘が歩いていた。
「それじゃあ、シェリルも旅に同行することにしたんだ」
「はい。 オディおじさんのことをパ… お父さんに紹介して喜ばせて上げたいですし、なによりオディさんに迷惑をかけたお詫びもしたいですし…」
「シェリル? 別にそんなに固くなる必要なんてないぞ? 敬語なんて使わずに、普段通りして気軽に接すればいいぞ?」
「え? でも… それは…」
「そうですよ、シェリルさん。 我々の旅に同行するというのであれば、イザヤのように気兼ねなく接していただいて構いません」
「そうだよ! そんな小難しい言葉なんてしゃべらずに、アタイみたいにもっと気楽に話しなよ! 気楽にさ!」
「で…でも… そう言われてもこれが普段の私なので… その… とりあえずみなさん、これからよろしくおねがいします」
「おう! よろしくな! シェリルはあの偉そうなしゃべり方よりも、こっちの方が断然いいな!」
「だから、それは蒸し返さないでってばぁ!」
赤くなっているシェリルを見て、4人は楽しげに笑っていた。
長槍を扱う超自由人の英雄、『魂の無い男』ルース。
常に辛辣で客観的な魔術師、『心の無い男』スピット。
全身を鋼で覆った苦労人の騎士、『体の無い男』オディ。
それに、押し掛け女房のアマゾネスのイザヤと新たに加わったドラゴンのシェリル。
3人の男と2人の魔物娘は、特に目的の無い旅をする冒険者なのであった。
「しかし、オディにドラゴンの知り合いがいたとは驚きましたね」
「まぁ、俺もそれを思い出した時にびっくりしたんだがなぁ… まさか50年経ってから騎士団時代のつながりにたどり着くなんて思わなかったからなぁ」
「そうだよなー。 オディが元騎士団なのは聞いてたけど、オディがロリコンなのは初めて知った」
「ちょっと待て!! なんで俺がいつのまにかロリコンにされてるんだよ!?」
「え? そうじゃないのかい? だって、シェリルは自分の知り合いの娘さんなんだろ? アタイはてっきり二人がそう言う関係なんだと…」
イザヤの言葉を聞いて、さっきよりもさらにシェリルが赤くなっていた。
その赤さたるや、もはや彼女の真紅の髪と同化してしまいそうなほどであった。
オディの方は顔色こそ変わらないものの、モノアイ(整備のスミ作)の光を真っ赤に染めて明滅させながら抗議した。
「待て待て待て待て!!! なんでいきなりそうなってるんだ!!? 俺とシェリルがいつそんな関係になったって言った!!?」
「え? だって、鉱山でシェリルにぶっといモノをやったりとったり、手をつないで吸ったりなんだり、最後にはシェリルのお腹に思いっきりぶちまけてフィニッシュしたってアタイは聞いてたんだけど?」
「あってるようで、まるで何もあってない!! ていうか、ルース!! 原因はテメェだな!?」
「え? 俺はちゃんと言ったよ?」
「嘘つけ!! どうせ適当にふわふわした感じの情報を流したんだろうが!!」
「オディ。 趣味は人それぞれだとは思いますが、責任を取らないのは男としていかがなものかと思いますが」
「頼むから正しい情報を更新して!! ていうか俺の体のこと知ってるだろ!? お前ら絶対に茶化してるだろ!?」
そもそも、彼の仮の体には生殖機能なんてついていない。
正しくは、ぶっとい“杭”をやったりとったり、手をつないで“魔力”を吸い取ったりなんだり、最後にお腹に“砲撃”を思い切りぶちまけてフィニッシュ、である。
この様子を見て、いまだに顏は赤いままでシェリルがオディに言った。
「…オディおじさんも苦労してるんですね…」
「わかってもらえるか…! この苦労を…!」
彼はようやくこの状況に同情してくれる仲間を手に入れたのだった。
同時にそれはシェリルが彼と同じようにツッコミ役になる、ということでもあったが。
「とっ、とにかく! 私とオディおじさんはまだそういう関係じゃないです!」
「なーんだぁ… アタイが早とちりしただけかぁ… つまんないの」
「つまるつまらんで人を勝手にロリコンにされてたまるか! スピットもイザヤの夫なんだったら、ちゃんと間違いを訂正してやってくれ…」
「素質は十分にあると思ってましたから、別に訂正する必要はないかと」
「もう… 勝手にしてくれ…」
大きく肩を落として落ち込んだ。
イザヤを妻にしてから、スピットがさらに手を付けられなくなってる気がしていた。
そして、先を行く4人を見ながら道に立ち止まっていたルースは、彼らに聞こえない声でぽつりとつぶやいた。
「…“まだ”ってことは、いずれそういう関係になることもあるのか…」
―――――――――――――――――――――――……
ややあって
彼らは大きな建物の前に到着していた。
その建物には、冒険者ギルドを示す紋章が大きく掲げられていた。
彼ら冒険者は、普段は自由気ままにあちらこちらを旅してはいるが、旅をするための資金もどこかで稼がねばならない。
もともと潤沢な財産を持っている者もいるが、多くの者は長期間旅をできるようなお金は持ち合わせていない。
そんな彼らは路銀を稼ぐために、旅先で何かの仕事をしなければならないのだが、この冒険者ギルドはそういった者たちにも仕事を紹介する仲介役なのである。
その仕事の内容は、臨時の日雇いから冒険者の旅先での知識や技術を求めたもの、そして一番人気の仕事が冒険者の腕っぷしを見込んだものであった。
「今日も素敵な仕事に出会えるといいなー」
「私は荒事が無い仕事がいいです」
「よく言うぜ…いざ戦闘となったら、景気よくバカスカ魔法ばらまく癖によぉ…」
「大丈夫だよスピット! アタイがあんたのことをちゃんと守ってあげるからさ!」
「わ…私もみんなのこと精一杯守ります!」
そんなやり取りをしながら一行はギルドの扉を開け、中に入っていった。
ギルドの建物は、大勢の人で賑わっていた。
酒場が併設されていることや、町の規模が大きいことと人の出入りが激しいことも関係してか、数多くの冒険者がこのギルドに来ているようであった。
飲み食いをして騒ぐ者、ほかの冒険者と意気投合し語り合う者、隅で値踏みするように一人佇んでいる者、ひたすら仕事を掲示板で探す者、酔いつぶれて寝ている者など、実にバラエティに富んだ人が集まっているし、中には魔物の姿もちらほら見うけられた。
しかし、その中においてもこの3人の足りない男達は、特徴的というか悪目立ちするほうであった。
先ほどまで騒いでいた男たちは、建物に入ってきた彼らを見て口々にひそひそ話を始めていた。
「おい… あの男見てみろよ… ものすげえ甲冑身に着けてるぞ… おまけにでけぇ」
「よく見りゃ先頭のアイツもすごい槍をもってやがるぞ… ありゃ2mはあるんじゃないか?」
「あいつ“心無い魔術師”じゃないか…? 俺見たことあるぞ…」
「おっ、おい! あれ見ろあれ! あのドラゴン、鉱山に立てこもっていた奴じゃないか!?」
「ああ、そうだ! 間違いない!」
「ということは、あいつらが例の鉱山の冒険者か…!」
「ヒュー… こいつは参ったぜ… こりゃ、今日のいい仕事は持ってかれちまうな…」
やはり鉱山の件を解決したのは、ここでも噂になっているようだった。
「オディおじさん… その…」
「ああ、気にすんな。 ディグアント社にも謝罪は済んでるんだ。 何も問題はないんだから、胸張って歩けばいいさ」
「オイ聞いたか!? あいつ、ドラゴンに“おじさん”とか言わせてるぞ!?」
「なんて野郎だ…! あの大男、いい趣味もってやがるぜ!」
「あんなカワイコちゃんにおじさんなんて、俺も呼ばれてみたいもんだね。 いやまったく、あやかりたいもんだよ」
「おい、あいつらぶちのめしてきていいか。 日頃の鬱憤を全部あいつらにぶちまけてきてやるんだ!」
「おじさん! 気持ちは分かるけどやめて!」
「まぁ、オディはほっといてさっさと仕事を探しましょう」
「そうだなー。 なぁ! いい仕事何かないかな!」
ルースは、元気よくカウンターにいる酒場の主に訊ねた。
「あぁ。 いい仕事なら山ほど入ってきてるさ。 あんたらの噂は聞いてるぜ? 鉱山の問題を見事解決した凄腕だってな」
「世辞は結構ですので、仕事を紹介してください。 時間の無駄です」
「なん… だと…? マスターの世辞を一発で!」
「ああ… バッサリだったな…!」
「なるほど… 心無い魔術師ってのは伊達じゃないってわけか…!」
変に盛り上がっていた。
「あ…あぁ… それじゃあ仕事を紹介させてもらうが… まず条件を確認しないとな。 あんたたちの人数と希望する仕事内容を頼む」
「私たちは、男3人に魔物が2人。 仕事内容はおまかせします」
「おまかせって言われるとなぁ… 5人で仕事か… となると… おお、そうだった。 あんたら、行商隊の護衛の仕事なんてどうだい?」
「護衛ですか。 次の目的地をスオミ港にしているので、そちら方面であれば是非」
「それならちょうどいいのが何件かあるから、その中から選びな。 えーと… スオミ、スオミっと… あったあった。 それじゃあこの中から…」
ズボッ
マスターがそう言って依頼書の束を渡そうとしたとき、横の壺から女の子が飛び出し、一枚の紙をマスターに渡したのだった。
「ディグバンカー支部のマスターですね? ギルドから緊急の通達がありますので、確認してくださーい」
「おお、お仕事お疲れさん。 ほら、サンドイッチやるからよかったら食べな」
「いいんですか? ありがとうございまーす。 それでは〜」
そう言ってサンドイッチを受け取ったつぼまじんの子は、壺の中に帰っていった。
マスターは緊急の通達だというその紙に目を通すと、その表情を険しいものに変えた。
「悪いが事情が変わった。 スオミへの護衛の依頼はなしだ。 代わりと言っちゃあなんだが、ギルドから来た緊急の依頼があるから、そっちに参加してもらえるとありがたい」
「内容を伺っても?」
「それは今から全体に向けて説明をする。 ちょっと待っててくれ」
そう言ってマスターはカウンターから出て、建物の中心部のよく目立つ場所に移動して、その場にいた全員に向けて喋りはじめた。
「この場にいる全冒険者ギルド所属員に告ぐ! 先ほど、ギルドから緊急の通達を受け取った! それによると、スオミ方面への街道に問題が生じたため、しばらくの間スオミ方面への街道を封鎖するとのことだ!」
マスターの突然の通達に、みな驚きを隠せない様子だった。
口々に疑問の声や抗議の声を上げていた。
「静かにしろ! 何故街道が封鎖になったかという話だがな。 一昨日スオミからディグバンカーへ向けての途上で、一つの行商隊が突然姿を消したらしい! 行商隊の荷物はおろか、彼らのメンバーも一人残らず行方不明だ! 彼らが存在したという痕跡は、見晴らしのいい平野にわずかに残った馬車の轍の跡だけだ! そのため、行方不明となった彼らの安否が確認されるまでは、街道を危険地帯と判断して封鎖したそうだ!」
酒場のざわめきがさらに強まった。
みなの興味は、街道で突然消え去った行商隊の行方に向いているようだった。
「静かにしろってんだ! やかましい! ここからはギルドからの緊急クエストだ! 近隣の冒険者ギルドに所属しているもので、この問題の調査、および解決をするものを募集している! このクエストは参加制限なしだが、身の安全は保障できないので、実力の伴わないものの参加は断らせてもらう! このクエストの報酬に関しては未達成でも支払われる! だが、クエストの達成具合でさらに追加報酬を支払うそうだ! また、行商隊の荷物と人員を無事に救出したものには、商人ギルドからの報酬も支払われる! 詳しい内訳はあとで張り出すから、それを参照してくれ! 受ける奴は、紙に名前とギルドの登録番号を書いて俺に提出しろ! パーティで参加したい奴は全員の名前と、ギルドに登録している奴は番号を書いて提出しろ! 平均ランクとか割り出してこっちで合格不合格を決める! それでは、各自好きにしろ!」
マスターの話が終わり、静かに耳を傾けていたギルド所属者たちは、周囲の冒険者と先ほどの話を語り合ったり、紙に名前と番号を書きはじめたり、一緒にやってくれる即席のパーティメンバーを募集したりしていた。
元のカウンターに戻ったマスターは、スピット達に向けて話し始めた。
「そういうわけだ。 うちとしては、鉱山での活躍を聞いているから、あんたらにも是非とも参加してもらいたいんだが…」
「おう! なんだか面白そうだから、是非参加させてくれよ!」
「私は荒事になりそうなのでごめんなのですが…」
「でも、問題が解決されないとスオミ方面への道は閉鎖されたままですよ…?いいんですか?」
「シェリルの言う通りだ。 問題が解決せんことにはスオミに行けないからな。 それに、道すがらの片手間だと考えればそこまで悪い話でもないぞ?」
「それじゃあ決まりだね! オッサン! この依頼受けさせてもらおうじゃないかい!」
「よし! 交渉成立だ! ああ、あとそこの嬢ちゃん二人も、よければ冒険者ギルドへの登録を済ませておいてくれ。 やってると後々便利だからな… それじゃあ、明朝にまたここへ集合してくれ! よろしく頼んだぞ!」
―――――――――――――――――――――――……
「へえー… そんなことがあったんだ… 鉱山閉鎖といい、つくづく商人たちは運が悪いね…」
「ごめんなさい…」
「ああ、シェリルちゃんに文句を言ったわけじゃないよ。 ごめんね」
一行は、4度山の乙女にたむろしていた。
しかし、何の目的もなく集まっているわけではなく、ちゃんとここに来るに足る理由は存在している。
ここにはこれからの旅路のために、シェリルの装備を整えに来ているのだった。
「それじゃあ、これがシェリルちゃん用の軽鎧一式ね。 ドラゴンの鱗に敵うかどうかはわからないけど、少なくとも足しくらいにはなると思うよ」
「ありがとうございます。 …うわぁ… とても軽くて… それにこの強度なら私の鱗よりもすごいかも…」
「ははは! ドラゴンに褒められるなんて光栄だね! それと… 武器も用意してあるんだけど…」
「え? 武器… ですか?」
「へー、いいじゃんいいじゃん! 貰っちゃいなよ! 貰えるものは何でも貰わないと損だぜ?」
「一応言っておくがなぁルース。 ちゃんと代金は払ってんだよ…」
「え!? そうなんですか!? そんな… みなさんすみません… 私のために…」
「あーあー、気にすんなって。 おじさんからお前へのプレゼントみたいなもんだ。 遠慮せず受け取ってくれ。 …それに、その武器はお前の修行の意味合いもある」
「修行ですか? それってどういう…」
「それは受け取ってから話す」
「は… はぁ…」
オディの言葉に疑問を抱きながらも、とりあえずスミから武器を受け取った。
「これは… 長い… 鈍器?」
「まぁ、初めて見た感想はそうなるわな…」
「それはね〜… このスミさんの自慢の新兵器! 名付けて『龍撃銃』! 内部の構造や原理はオディの腕に搭載した龍撃砲と一緒だけど、こっちは爆圧じゃなくて内部で圧縮した魔力をそのまま弾丸として飛ばして攻撃するの!」
「銃…? あの火薬を利用した遠距離用の武器とかいう?」
「あんな黒目の見える位置まで近づかないとどうにもならない欠陥品とは違うよ! これは使用者の魔力を利用する武器だから、いちいち弾込めする必要もない! しかも使用者のさじ加減ひとつで威力は調整できるっていう優れもの! 最大まで溜めれば、有効射程は1kmまで届くんじゃないかな?」
「また、とんでもなくえげつねぇ武器を作ったものだなぁ… あと、スミ。 今の銃は一昔前のマスケットから、ちゃんと進歩してるとだけ言っておく」
「あの… この武器で修行ってどういうことなんでしょうか…」
「あぁ、それについて説明してやらんとなぁ… ということで…」
オディは長机の前に移動してから言った。
「全員集合だぁ!! てめぇらぁ!! おら、ケツ蹴りあげられたくねぇんだったら、とっととそこに整列しやがれぇ!! 」
「「!?」」
「Sir! 整列しました! Sir!」
「Sir. 整列しました。 Sir.」
突然のことに魔物娘2人は対応できなかった。
一体なにが始まったというのだ。
「そこの2人ぃ!! 何してんだぁ!! さっさと整列しやがれぇ!! 俺は、女子供も、老若男女も、人外魔物も、みな平等に扱う!! 無論新参だからって手は抜かねぇぞ!! 覚悟しやがれ!!」
「はっ…はひぃ!!」
「わかったよ! 鋼の大将!」
「鋼の大将じゃない!! お前らに講釈垂れるときは、俺は貴様らの教官だぁ!! 口から愛の言葉を吐くときだろうが、前と後にSirを付けろよ!! デコ助野郎どもぉ!!」
「さっ、さー! いえっさー!!」
「さー! こんな感じでいいのかい? さー!」
「そこらのアリスの方がマシなレベルだなぁ!! 次からもっと気合入れろぉ!! いいか!! 今からお前らの戦闘の批評をしてやる!!新婚初夜の新郎が、ベッドの中で彼女にやる手ほどきくらい丁寧にやってやる!! ありがたいかぁ!!」
『Sir! Yes! Sir!』
この、どこぞの戦争作品にでてくる軍曹みたいなキャラになってるオディは、通称教官モードと呼ばれている。
騎士団時代に散々しごきしごかれた経験から、戦闘の指南をする際はどうしてもこのキャラが出てきてしまうのであった。
「まずは、ルース!! 貴様、このパーティにおける戦闘での役割を言ってみろ!!」
「Sir! 持ち前の体躯と長槍を活かして、先陣切って敵陣に切り込んで相手を混乱させます! Sir!」
「上出来だ!! あとで腕立て100回を命じてやる!! スピットぉ!! お前の役割は!?」
「Sir. 基本的には、味方後方からの魔法による支援攻撃を主とします。 Sir.」
「野外でのワーバットみたいな声出しやがって!! 心だけじゃなくてタマまで落としたか!! だが、回答自体は正解だ!! お前にも腕立て100回くれてやる!! じゃあイザヤぁ!! 貴様にできることを言ってみろ!!」
「サー! ええと… とりあえず剣振り回せるよ! サー!」
「ふざけるなぁ!! 生まれたてのレッサーサキュバスの方がまだマシな答えを出すぞ!! いいか、耳かっぽじってよーく聞けぇ!! 貴様の役割はルースと同じだ!! 前線に突っ込んでピクニック気分で憎き盗賊野郎や、盛りの入った魔物どもに鉄拳制裁を加える役割だ!! 分かったら腕立て300回だ!! うれしすぎて悲鳴もあげられんか!! 次はシェリルだ!! さっさと答えんかバカタレぇ!!」
「さ、さー! ドラゴンの爪とか、炎とか、鱗とか、とりあえず役に立つと思います! さー!」
「その胸を脳みそに詰めなおして来い!! 貴様は団長殿に何を教わってきたんだぁ!? 今やれる貴様の役割は、炎による中距離からの牽制と、近距離での圧倒的な蹂躙だ!! 理解したか!? 理解したなら、貴様は腹筋500回だ!! 次は古参二人に質問だ!! 答えられなかった奴はスクワット1000回だ!! 俺の役割を答えてみろ!!」
「Sir! まずはその装甲を活かした前衛、盾役です! Sir!」
「Sir. あとはその意外な機動力を活かし、すぐに中距離へと転じて攻撃もできます。 Sir.」
「正解だ!! 無事正解できたお前らには背筋1000回プレゼントしてやる!! それでは最後に新参二人!! どっちでもいいから今までの役割を総括してパーティに足りない役割を言ってみろ!!」
「サー! わかんねえや! サー!」
「さー! もしかして後衛が少ないことですか? さー!」
「そうだ、シェリル!! よくわかったからお前らには花丸くれてやる!! うちのパーティは後衛担当が少ない!! そのため、前衛が封じられた場合、スピットにすべての負担がいっちまう!! そのため、一番オールマイティに対応できるシェリルが後衛をやれば、バランスが取れてちょうどいいんだ!! これで、アヌビスもニコニコだ!! わかったか紳士淑女ども!! では今日の講義は終わりだ!! 寝る前と後に歯磨きでもしておけ!! 以上!!」
締めくくったあと、オディが元の位置に戻った。
「…まぁ、そういうわけで、お前には遠距離武器を使った立ち回りを覚えて欲しいんだ… わかったか?」
「さー! よくわかりました! さー!」
「もうそれはつけなくていいぜ? 俺があのモードになっちまった時だけつけりゃあいいさ」
「さー!…じゃなかった。 わかったわ、おじさん…」
「普段はうだつの上がらない昼行燈のくせに、どうして戦闘指導の時だけはしゃぐのか不思議でなりません」
「さぁー… 何でだろうなぁー… ハハハハハハハハ」
多分、普段の鬱憤を思い切り発散しているせいもあるのだろう。
「オディはこのパーティの指導役もやってるんだねぇ。 アタイ知らなかったよ」
「今はこんなナリでも、元騎士団ですからね。 戦闘経験と知識が我々とは段違いなのです」
「俺、いまだにオディから一本取ったことないんだよなー」
「ルース… お前は無駄なフェイントが多いんだよ… 初見の敵にはまだいいが、見知った相手じゃぁ手の内も知れてるから対策もとれちまうんだよ」
「ははは。 戦闘指導もいいけど、こっちのこともいいかい? シェリルに武器の使い方を説明しないと」
「ああ、すまんすまん…」
スミはシェリルに渡した武器の使い方を説明し始めた。
その説明が終わるのを待つ間、オディがふと思い出して訊ねた。
「そういえば思い出したんだが… スピット、イザヤ。 お前らの武器はどうなったんだ?」
「それならちゃんとあるよ! ほら、これ!」
そう言って、イザヤは自慢げに新しい剣をかざして見せた。
その剣の刀身には、イザヤの体のペイントを思わせる飾りの紋様が刻み込まれていた。
「もちろん、私の暗器とお揃いです」
見ると、スピットの暗器にも同様の飾りが施されている。
「おおー! すげー綺麗だ! なんかあれだ! 伝説の武具みたいな感じだ!」
「大したもんだなぁ… 儀式用の武器みたいだな」
「ですが、これはそれだけではありません」
そう言って、スピットが暗器に手をかざした。
すると、飾りの紋様の部分がどんどん光を帯び始めた。
そして、あっという間にそこから炎が揺らめいていた。
「このように、魔力を吸収して、さまざまな属性を帯びることができます。 この場合は火炎の魔力を込めましたので、標的を火によって追加攻撃することができます」
「ほぉ〜… マジカント鉱石を使うって、こういうことだったのかぁ…」
「最初は完全に飾りのつもりだったらしいのですが、試してみたらこのような思わぬ恩恵を受けることができました」
「じゃあさー、イザヤの剣も同じなのか?」
「アタイの剣はスピットとはちょっと違うよ。 アタイの剣は、持ち手の感情が高まるにつれてその性質が高まるようにできているのさ!」
「すごいもんだなぁ… とんでもない魔法剣に仕上がったってわけかぁ…」
思わぬ拾いモノに二人は満足しているようだった。
「まぁ、なんにせよこれで二人の装備も整ったってわけだなぁ」
「そうさね! これで、思う存分スピットの事を守ってあげられるってもんだよ!」
「ちょっと待ってください、イザヤ」
スピットがイザヤに口を挟んだ。
「守るのはあなたの方ではなく、私の方です。 私がイザヤを守るので安心してください」
その時、何かがひび割れるような音を聞いたような気がした。
「……ははっ。 面白いことを言うね、アタイの旦那様は。 アタイのこと守るだってさ」
「いえ、冗談ではありません。 私がイザヤのことをしっかり守ると、そう言ったのです」
二人の、見た目なんともないやり取りで、場の空気がどんどん剣呑になっていく。
「なぁスピット… 今のは何かの間違いだと思うから、もう一回聞いてあげるよ。 誰が、誰を守るって?」
「何度も言わせないでください。 私がイザヤを守ると、そう言っているのです」
見る見るうちにイザヤが不機嫌になっていくのが見て取れる。
やべぇ、イザヤのこめかみに青筋たってる!
「なぁイザヤぁ! ちょーっとスピットと明日のクエストについての大事な話し合いがあるんだ! 少しコイツを連れてっても…」
ドギャァ!!
「ぶへぇ!?」
間に入って収拾をつけようとしたオディは、イザヤの見事な回し蹴りを喰らって壁にめり込んだ。
「いやいや… 言ってくれるじゃないか…? アタイの旦那になってくれたから、当然理解しているものだと思っていたけど… いいかいスピット? アンタは、素直にアタイに守られていればいいのさ。 アタイを守る必要はないんだよ? わかったかい?」
「言ってる意味がよく理解できないのですが… 夫になった以上、妻の身を守るのは当然のことだと思うのですが。 第一、自分の身は自分で守れますので、余計な心配かと」
「………これって、もしかして結構まずいのかなー…」
「い、いやルースさん… これはそんな呑気していられるレベルではないと、そう思うのですが…!」
まるで、二人の間に見えない陽炎がたっているかのような緊張感だ。
「へぇぇ…! じゃあアンタはあれかい? アタイが男の後ろで頭抱えて縮こまって、きゃーきゃー言ってるだけの腰抜け戦士だって、そう思っているのかい!? これはとんだ侮辱をされたもんだねぇ!! あぁん!? やっぱりスピットとはちゃんと決着をつけておくべきだねぇ!! 表へでなぁ!! 久々に切れちまったよ!!!」
完全に怒髪天を突くという様子だった。
彼女たちアマゾネスは生まれついての戦士であり、通常の彼女らの価値観に置いては夫に守られるなんて考えられないようなことなのだろう。
いたくプライドを傷つけられたようで、まるで赤色を目にしてしまったケンタウロスのごとく暴走していた。
「ちょっ、ちょっとイザヤさぁん! 落ち着きましょう! 頭を冷やして、冷静になりましょう? ねっ?」
「うるさいねぇ!! 感情に任せて鉱山占拠して、その上恩人殺しかけたドラゴンがほざいてるんじゃないよ!! 何が、我が威光を知らしめるのだ人間、だよ!! キャラが全然違うじゃないかい、作者が困ってるじゃないか!! そのうえ、オディおじさん♪とかあざとすぎるんだよ!!」
「ぐはぁ!?」
いろいろと図星(と本音)を突かれて、シェリルが轟沈した。
オディと合わせて、撃墜スコアが二つ増えた。
「ああ!シェリルがやられちゃった!この人でなしー!」
「彼女はアマゾネスですから、もともと人ではないですよ、ルース」
「いやいや、冷静に受け答えしてる場合じゃないと思うぞ!? スピット! 早く謝れって! イザヤ、超怒ってるじゃん!」
なんということでしょう。
あの自由人だったルースが、珍しく場を収めようとしているではありませんか。
「なぜですか? 別に私は、何も間違ったことを言ったつもりは無いのですが」
「やっぱ無理でしたー!?」
「大体、私はイザヤに守ってもらうほど衰えたつもりはありませんよ」
真顔で火に油を注いだ。
「うおぉぉぉおおぉぉあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁあぁ!!!」
「もうだめだぁ… おしまいだぁ…」
「誰かっ! 誰か抜いてくれ! 挟まっちまったぜ! 誰かぁぁぁぁぁ!」
「あんたら店の外でやりなさいよ!! うちで暴れないでぇぇぇ!!」
阿鼻叫喚だった。
―――――――――――――――――――――――……
次の日
ディグバンカーからスオミへの街道は、冒険者ギルドの呼びかけに応じて、さらにはギルドのお眼鏡にかなった連中が、ぞろぞろと行列をなして歩いていた。
やはり、参加するだけで報酬がもらえるとあって、とりあえずの気持ちで参加したものも多くいるようだ。
その多くが気の抜けたような連中だった。
「しかし、参加するだけで金が貰えるなんて、こんなありがたい話は無いなぁ! かるぅーく調査を完了して、帰ったら一杯やりたいもんだなぁ!」
「実はさぁ… この依頼達成したら恋人に告白しようと思うんだ」
「僕は妹の治療費がこれでたまりそうなんだ… あと一歩だからな… 待っててくれよ!」
「おっと、突然お守り代わりのペンダントにひびが…」
「こんな有象無象と一緒に任務なんかできるか! ワシはとっとと済ませて自分の家へ帰らせてもらう!」
ざっと5本は旗が立った。
もはや、この時点で彼らのオチが見える。
しかし、そんな気の抜けた連中の中でも彼らの雰囲気は一線を画していた。
「おい… 例のあいつらを見ろよ…! すでに近寄りがたい雰囲気を醸し出してやがる!」
「あぁ! やっぱり凄腕ってのは違うんだな! クエストの最中は一瞬も油断しねえんだな!」
「フッ… 何を世迷言を… あれでは気を張りすぎて本番では役に立たんさ… とんだ素人だよ、あれでは… どうやら買いかぶりすぎていたようだな…」
ざわざわと、口々に勝手なことを言っていたが、彼らが先ほどから着火寸前の火薬のような空気なのは、主に昨日の夫婦喧嘩が原因であった。
「…ふんっ!」
「…」
「雰囲気最悪です…」
「そもそも、スピットの奴は人に対して遠慮とかしないうえに、妙に頑固だからな… 困ったもんだよ…」
「オディ… 俺なんか胃が痛い気がする」
「一瞬同情しかけたが、たまには俺がいつも味わう苦労の一端を知れ。 社会勉強だ」
「こんなので、本当にクエストを達成できるんでしょうか…」
夫婦が冷戦状態のままではあったが、依頼は依頼だ。
ベストからはかなりかけ離れたコンディションではあったが、それでも問題に対処しなければならないのだ。
今はただ、時間が経って自然に調停が結ばれるか、特に問題のない依頼であることを祈るしかなかった。
そんな風にしばらく歩いていると、徐々に先頭集団の速度が落ちてきていて、自然とある地点で冒険者たちは停止していた。
「? なんで急に止まっちゃったんですか?」
「どうやら目的地に着いたみたいだなー。 俺、そこらへんちょっと見て回ってくるよ」
「頼んだぞルース。 …あぁー… それでスピットとイザヤには「私はルースについていきます。 彼は迷子になりかねませんからね」
「アタイは、こんな冷血漢と一緒に居たくないからね! シェリル、二人であの野郎とは反対側を見てこようじゃないか!」
「あ、え? あの、それじゃあおじさん。 とりあえず魔力の痕跡とかを探して「それは私の方が得意ですので、問題ないですシェリル。 イザヤと一緒におとなしくしていてください。 今の彼女は、感情に任せて暴走しかねないので」
「あぁ…?」
「なんですか?」
ちゃっ…
すっ…
「スピットぉ!? ちょーっとイザヤに頼みたいことがあるから、シェリルと魔力痕が無いか調査を…あれ?これデジャブ?」
Yes.
ドゴォ!
「ぬわぁぁぁぁ!!」
「おじさぁぁぁん!?」
今度はスピットの魔法で吹っ飛ばされた。
「やっぱり… あんたは一度徹底的にぶちのめして、立場というものを弁えてもらおうじゃないかい…?」
「私は、私の領分というものをちゃんと把握しているつもりですが、何か?」
二人の間にはゴゴゴだのドドドだのの書き文字が見えるかのようであった。
周りの冒険者たちも、何が何やらで止めに入れる雰囲気ではなかった。
「ぶった切って…」
「我焦がれ、誘うは…」
二人がまさに戦闘を開始しようとしたとき。
「スピットぉ!? ちょっと俺と一緒に来てくれよぉ!?」
「イザヤさん!! とりあえず一緒に来てくれませんか!!」
事態を察知してすっ飛んできたルースと、オディの遺志を継いだシェリルが二人の喧嘩を止めに入った。
そのまま二人はそれぞれ強引に連れていかれたのだった。
―――――――――――――――――――――――……
先ほどとは少し離れた場所で、ルースとスピットは行商隊が消えた原因の痕跡が無いか、調査していた。
周りにも、チラホラと同じように痕跡がないか探している冒険者がいる。
「やはりと言いますか、痕跡のようなものは見つけられませんね」
「うーん… やっぱりギルドの調査で発見できないものを、俺らがぽんぽん発見できるわけがないか…」
スピットは、ところどころ禿げて地面が見えている草原の真ん中にしゃがんで、しらみつぶしに痕跡を調べていた。
だがルースの方はというと、先ほどからちらちらとスピットの様子をうかがって、どこで話を切りだすかべきかと機会を探っていた。
「…あのさぁ、スピット… ちょっと話が…」
「今はイザヤの事について喋るつもりはありません。 無駄口を叩くくらいならば、もっとましな働きをしてください」
ばっさりと袈裟懸けに切り付けられた気分だ。
だが、ルースがこの程度でひるむことはなかった。
「スピット。 俺だって、たまにはまじめになるんだ。 いいから話を聞けよ」
「…何も答えませんよ」
「別にいい。 俺は答えが欲しいんじゃない。 スピットに考えて欲しいだけなんだから」
ルースはいつものちゃらんぽらんな感じではなく、確固たる意志を持ってスピットと向き合っていた。
そのまま、視線を合わせることなく黙々と作業をするスピットに対して、ルースは語り始めた。
「いくらなんでも、イザヤに対するあの物言いは普段のスピットらしくない。 いくらスピットが他人に対して辛辣なことを言うといっても、本気で怒りだしたら自分の発言を見返して、問題を見つけることはしてきたじゃないか。 でも、あの時のスピットは頑固に意見を貫き通すのとはまた違って、イザヤのことをわざと怒らせにいってるようにも感じた。 どうして、急にそんな突き放すような真似を? 今のスピットは、まるで俺と初めて会ったときみたいだ。 すべての他人を寄せ付けないようにしていたあの頃にそっくりなんだ」
「…」
スピットは何の反応も示さず、その場の魔力の痕跡をたどろうとして、検索用の魔方陣を展開していた。
ルースのほうも、それに構わずに続けた。
「…正直言うと、スピットがイザヤと夫婦になったって聞いたとき、ものすごく驚いたけど、俺もオディも喜んでいた。 以前のスピットだったら、面倒だ、とか、ありえません、とか… とにかく絶対に誰かと一緒になろうとはしないと思ってた。 そんなスピットが、他人の気持ちに応えて、共に歩んでいくことを選んだのは、スピットが進歩した証拠だって思った。 ディグバンカーまでの道のりでも、町についてからも、ちゃんとイザヤの気持ちに応えてあげれていた。 なのに、なんで今になってイザヤを突き放すような態度をとっているのか、俺もオディもそれを気にしているんだ。 …もしかしたら、スピットの心が本当に失われる兆候なんじゃないかって心配してるんだ」
「…」
本当に心を失う。
なるほど、他人から見れば今の自分はそう言う風に見えるのだろう。
無いはずの心を失うなど、まるで矛盾している。
だが、一度生涯の伴侶だと受け入れておき、それを放棄するような今の状況も、矛盾しているように思う。
「なぁ、スピット。 お前の事だから、きっと全部自分の中で完結して、答えを出してしまうんだろうと思う。 でも、内に秘めるだけじゃ何も伝わらない。 すべてを察することができるほど、人は完璧じゃない。 ちゃんと自分の思いをしゃべって、他人と思いを共有し合わなければ、人は絶対に分かり合えない。 だから、今は何もしゃべりたくないのかもしれないけど、いつかはちゃんと教えてくれ。 そうしてくれなきゃ、俺も、オディも、シェリルも、そしてイザヤも、スピットと本当に分かり合うことができないんだ。 それだけは分かってくれ」
「…そうですか」
確かに、他人から一方的に情報を求めるだけでは、情報を無理やり奪っているだけにすぎない。
こちらからも情報を提供しなければ、相手は不十分な情報で推論した答えしか導き出せない。
人と人とが、互いに求めている最適解を出し続けるためには、常に情報を交換し合うのがベストである。
実に合理的な考えだ。
ならば、こちらも自らの想いを告白しなければフェアではないだろう。
そう結論付けて、スピットはルースに向き合って喋りはじめた。
「…答えが出せないのです」
「…それは、イザヤとの結婚を後悔してるってこと?」
「そういうことでは… いえ、ある側面では後悔していると言えます。 そもそも、あなたは先ほど彼女の気持ちに応えたと、そう表現していましたが、自分は彼女に恋焦がれて一緒になったというふうには思っていません。 彼女の一部の言動に、私の興味を引いたものがあったため、彼女を観察するために結婚という手段をとったと、そのように考えていました。 そのような経緯とはいえ、夫婦になった以上は誠実に夫としての役割を果たすべきだろうと思い、彼女の要求には極力応えてきました。 私とのキスを望めばキスをしてあげましたし、手をつなぎたいと言えば手をつないであげましたし、私とのセックスを望めば希望通りに体を重ね合いました。 しかし、そうしているうちに、今の状況がベストな状況からかけ離れていってるのでは、と思うようになりました。 今、イザヤと私は夫婦であり、彼女も自身が私の妻であるということを自覚し、その事実を喜んでいますし、何より魔物の本能で私を愛してくれているでしょう。 しかし、私の方は彼女のことを愛していると結論づけることができません。 私はただ、彼女の求める通りに夫という役割を演じているだけです。 これではあまりにも不公平ではありませんか。 これでは彼女の心をもてあそんでいるのと同義です。 いえ、そもそも観察という目的で彼女と一緒になったこと自体が失礼です。 とにかく、本当に彼女との関係はこのままでいいのか、彼女は私ではない別の人と結婚した方がいのではないか、それとも彼女が満足している以上この関係を継続させていくべきなのか、関係を崩さないのであれば彼女の希望に沿い続けて行くべきなのか、愛という形でのお返しができないのであれば別の方面で彼女に報いるべきなのか。 これらの答えが複雑に絡み合ってしまい、明確な回答が導き出せないのです。 今も、彼女の希望に沿って素直に守られるべきなのか、それとも彼女を守ることによって彼女への想いの代わりにすべきなのかで悩んでいるのです」
スピットは、自分が抱えている感情を、理解されるためでも、解決してもらうためでもなく、ただ単純にすべてを語っただけだった。
それを聞いたルースは、まったく表情を変えずに、非常に複雑な悩みを抱えていたスピットの葛藤を知り、同時にスピット自身は理解していない彼の想いに気付き、全て問題ないことがわかって安心していた。
「スピット。 多分スピットはひとつだけ間違ってるよ」
「私が間違っている?」
「スピットは夫の役割を演じているだけで、イザヤのことを愛してないってそう言ってたけど、それは多分間違ってる。 スピットはちゃんとイザヤのことを愛してるよ」
「ルース、それはありえません。 なぜなら私には心が…」
「スピットは確かに心の機能を大きく失ったかもしれないけど、それは別に心を全部失ったわけじゃないさ。 スピットは、間違えて心をほとんど落っことしちゃったけどもさ、ほかの人よりもちょっと足りないだけでちゃんと自分の心を持っているんだよ」
「心が…足りないだけ?」
「それにさ、スピット。 本当に心を失ったんだったら、そんなに相手の事なんて心配しないよ。 他人に関心を持って、その人の幸せを心配して、それで悩んでるんだったら、スピットはもう立派にイザヤの事を愛しているんだよ」
「…私が… 心を… 彼女を愛して…」
ルースの言葉によって、スピットは大きく揺らいでいた。
そう言えば、彼女と一緒になったときもそうだった。
彼女は、私に対して強い心を持っているとそう言った。
そして今、ルースは私の心が他人と比べて少し足りないだけだと言った。
もし、彼の言う通り足りないだけで、ちゃんと心があるのだとしたら。
足りないだけなら、どうすればいいのか。
その答えは単純じゃないか。
足りないものは、どこかから補えばいい。
足りない心は、イザヤに補ってもらえばいい。
そして、その代わりに彼女の足りない部分を補ってあげればいい。
スピットは、自らの問題に対して、一つの答えを導き出したのだった。
「俺にスピットの想いを伝えてくれてうれしいよ。 俺はもうこの問題について心配なくなったから、あとは夫婦二人で仲直りして、それでまた話し合って解決すればいいさ。 なんか、余計なおせっかいみたいでごめんな?」
「…いえ… やはりスピットに出会えたことは、私にとって大きなプラスでした。 私個人の問題解決に協力していただき感謝します」
「いやー、そんなに褒められると照れるなぁ〜。 まぁ、スピットの中でも問題が解決したみたいだし、ここからは気持ちを切り替えて異変の調査をしようぜ!」
「ええ、そうですね、そうでした。 あたりもすっかり暗くなってしまいましたし、魔力痕の調査を終えたら、元の場所に戻りましょうか」
もう、すっかり日も沈んでしまい、辺りは闇に包まれていた。
ずいぶんと長い時間、喋ってしまっていたようだ。
二人は旅行用の簡易照明に火を入れて、周囲の調査を再開した。
「うぇ… さすがに暗くなったらなんにもわかんねえや…」
「魔力の探知は暗くとも問題なく調査できますし、幸いにも月明りがありますので、足元が分からなくなることはないですが… やはり何もなさそうですね…」
「そうだねー。 周りの人もみんなどっかいっちゃったみたいだし。 もう俺ら二人しか残ってないよ。 …見てよ、みんなキャンプを張り始めてるみたい」
遠くの方には、クエストで集まった冒険者たちのテントが集まって、拠点のようになっていた。
その明りは、この広い平地の真ん中に急に村が出来上がったようであった。
「本当ですね。 どうやら、全員で泊まり込みでの調査になりそうですね… …?」
そこまで喋っていて、ふと、ひとつだけ引っかかることがあった。
その疑問は相方も感じていたようで、二人で同じ方向をみながら確認しあった。
「ルース、一つだけ聞いてもよろしいでしょうか」
「奇遇だね。 俺も一つ聞きたいことがある」
「恐らく同じことを考えているでしょうから、そちらからどうぞ」
「それじゃあ、こっちから先に質問するけどもさ…」
ルースは、もう一度よく確認してから、その疑問を口にした。
「なんで、キャンプの周りに誰もいないんだ?」
確かに、キャンプ地の周辺には誰もいなかった。
いくら夜だと言っても、月明りはあるからちょっとした人影くらいなら見えてもいいはずだし、照明片手に調査を続ける人がいてもいいはずだ。
何かに隠れて見えないだけだろうとも思う人もいるだろうが、そもそもここは周囲に森どころか木の一本も生えていないような平地なのだ。
それに、全員キャンプの陰に隠れて見えないだなんてそんなバカげた話があるわけないだろう。
もちろん単純に考えれば、彼らが長く話をしていただけで、もうほかの冒険者はみなキャンプに帰還済みであるのだろうけれども。
本当に、そこまで長く話していただろうか?
他の冒険者は、全員とっとと調査を切りあげてキャンプに戻るほど、根気よくなかったのだろうか?
そもそも自分たちは、他の冒険者が帰るところを目にしていただろうか?
「ルース、周囲を警戒してください。 私もすぐに探査魔法を撒きます」
「了解した。 背中合わせで少し離れた位置にいるから、何かあったらすぐに声をかけて」
二人は素早く臨戦態勢に入った。
これがただの杞憂であるならばそれでいい。
だが今の状況は、ここで消えた隊商とまったく同じ道を辿っている。
もうすでに事は起こっているかもしれないのであれば、彼らの行動はむしろ遅すぎるくらいなのだ。
そして実際に彼らの行動はすでに遅かった。
「…うん? スピット? どうしたんだ? 探査魔法を撒くんじゃなかったのか? おいスピット?」
ルースは、いつまでたっても探査魔法を撒きはじめない相方の方に振り返った。
まるで、あの隊商の見張りと同じように。
そしてあの時とまったく同じく
「……スピット?」
相方の姿は、影も形も残さずに消え去っていた。
―――――――――――――――――――――――……
少し時を戻して
復活したオディを中心に、イザヤ達はキャンプを作り始めていた。
「すまん、イザヤ。 ちょっとそこにこの杭を打ちつけてくれ」
「…」
ひょい
どすっ
「すいません… イザヤさん、そこの荷物から食料を…」
「…」
ごそごそ
ぽーん
「…」
「…」
「…」
((くっ… 空気が重い…!))
オディとシェリルは、この如何ともし難い空気をずっと味わっていたのだった。
イザヤは、この場にいない夫に対して、怒ってはいるようだったが、愚痴を言って同意を求めてくるでもなく、所作を荒々しくして感情を表すのでもなく、ただただ不機嫌にしているだけだった。
「あの… オディおじさん… なんとかならないんですか?」
「無茶言わないでくれ… 俺はこういうとき女性に対してどう接していいかまったくわからん…!」
騎士団のやもめ暮らしでは女性とのまとも縁なんてあるはずもなく、今の体になった後も傭兵暮らしで各地を歩き回っていたので、女性と接してきた経験は少なかったのだ。
「シェリル… 女同士ってことでなんとかしてもらえないか…?」
「無理ですよぉ…! 私、イザヤさんと知り合ってからまだ1週間も経ってないんですよぉ…!?」
「俺だって、イザヤとの付き合いが長いわけじゃないぞ…!」
そうなのであった。
共通の話題があったオディとシェリルは、出会ってすぐに二人のことをある程度理解しあえてはいたが、イザヤとの関係に関してはさっぱりなのであった。
「………おい」
「「はい!?なんでしょう!」」
「…テントで少し休んでる。 何かあったら起こして…」
「「ど…どうぞどうぞ!」」
イザヤはそう言って、出来上がったテントの中に入っていった。
「うぅ… 結局何も言えませんでした…」
「イザヤの方もずいぶん堪えてるみたいだなぁ…」
「でも、どっちが守るか守られるかであそこまで怒るなんて…」
「あぁー… イザヤは自分の腕に自信があるみたいだからなぁ…」
「自分の腕を侮辱されたと思ったんでしょうか?」
「だろうなぁ… 自分の武勇に命を懸けているのかもしれんなぁ」
「武闘派の魔物の気持ちはよくわかりません…」
「お前も、魔物の威光を知らしめるだの言ってたじゃないか」
「そ… そもそも私はそんなに争い事は好きな方では…」
テントの前で、二人は好き勝手語り合っていた。
「…全部聞こえてるんだよ… まったく…」
テントの中でイザヤはつぶやいた。
「適当なことばっかり言いやがって…」
アタイがスピットに対して怒ってたのは、何もアタイの腕を疑われたことだけじゃないんだよ。
彼女があそこまで怒ったのは、単純に自分の腕を侮辱されたのに腹が立ったわけじゃない。
彼女とて自分の腕は把握してるし、世の中にはもっと強い奴がいくらでもいることも知っている。
彼女が怒っているのは、彼女の腕を否定したのがほかでもない自分の夫だったということだ。
アマゾネスは、独自の集落を作って生活する一族だ。
そのため、彼女たちの価値観は、人間ともほかの魔物たちともまた違った特殊なものなのだ。
アマゾネスは、幼少のころから一流の戦士になるべく教育される。
アマゾネスの社会では、女性が剣を取って家族を守るために戦い、男性は彼女たちに守られる存在なのだ。
だからこそ、彼女はスピットを守ることに固執していたのだ。
その守るべき対象である夫から、自らの腕を否定されるような発言をされたのだ。
彼女の戦士としての誇りを傷つけられたからこそ、あそこまで激怒したのだった。
そんなことも知らないのに、オディもシェリルも、それにスピットも…みんな勝手なことばっかり…
アタイとはたった数日の付き合いなのに…
みんなアタイのプライドなんて何もわかってないくせに…
「だけど… それはアタイも同じか…」
スピットとアタイだって、あの森で初めて出会って、アタイが勝手に惚れて、強引に詰め寄ってお嫁さんにしてもらったんだ。
スピットがアタイの事を全部理解していないように、アタイだってスピットの事を全部理解しているわけじゃない。
この数日間で、スピットはアタイの希望に反対することはなかった。
だけど、それは本当にアタイの事を理解して受け入れてくれた証拠だったのだろうか。
たかだか数回体を合わせたくらいで、彼のすべてを理解し、彼の心を手に入れたつもりになっていただけなのではないだろうか。
彼の本当の心はどこにあるのだろうか。
「スピットの心… か…」
アタイはスピットの強い心に惚れたと、あの時彼にそう宣言したが、あとで話を聞いたところ彼はその心を失っているのだという。
彼にとって、他人というものはどういう風に感じているのだろう。
もしかしたら、彼にとってアタイは煩わしい存在だったのかもしれない。
一方的に愛を注いで、自分の周りを付きまとって、無いはずの心に惚れたなどとうそぶく女は、彼からすればいつのまにやらついてきた野良犬くらいの捉え方しかされていないのかもしれない。
そこにあるのはただの義務感だけで、本当はアタイの事を愛してなんかいないのかもしれない。
そもそも、彼は心が無いと言ったのだ。
ならば、彼には他人を愛するという心を持つことなんて、最初からなかったのかもしれない。
だとすると、今のアタイは実に滑稽じゃないか。
アタイの方こそ、気に入った野良犬をちょっとペットにしたようなものじゃないか。
それをして夫婦なんだから、だって。
アタイが彼を守ってあげて彼とアタイで支え合うんだなんて、悪い冗談じゃないか。
どんなに彼に尽くしても、彼のほうから帰ってくる愛なんてないというのに。
彼は、明日にでも自分のことを突き放してどこかに行ってしまうのかもしれないのに。
でも、たとえ事実がそうであったのだとしても
「うぇぇ… ひぐっ… うぁぁ…… やだよぅ… そんなのいやだぁ…… 置いてかないでよぉ… アタイは… あんたのことを…」
たとえ彼が愛してくれていなかったとしても
彼にとって自分がただのペットのようなものだったとしても
「スピットぉ… 愛してるんだよぉ… アタイのこと見捨てないでよぉ… お願いだからぁ… うぁぁぁぁん…」
突然出会って、無理やり夫婦にしてもらった仲だったとしても
彼のことを全て理解していないのだとしても
この気持ちは絶対に偽りではない。
彼を、スピットを愛しているというこの気持ちだけは、どんなことがあっても忘れられるはずもないのだ。
アマゾネスの価値観がなんだ。
女が男を守らなきゃならないなんて決まりはどこにもないんだ。
戦士の誇りを侮辱されたのがなんだ。
そんなもの、彼への愛より大事なもののはずがないんだ。
彼が愛してくれないからなんだというのだ。
そんなことで萎えてしまうくらいなら、本物の愛じゃないはずだ。
心が無かったらなんだっていうんだ。
だったらアタイの心を分けてあげればいいじゃないか。
どんな障害があったって構うものか。
アタイはスピットのことが大好きなんだ。
どんなことがあっても、どんな手段を用いても、たとえ生き方を曲げることになろうとも
絶対に彼と添い遂げてやるんだから。
この戦いに、負けるわけにはいかないんだから。
「ぐすっ… 何を怒ってたんだろうね、アタイは…」
どっちが守られるかなんてどうでもよかったのだ。
アイツがアタイを守って、アタイがアイツを守ってあげる。
どっちかが背中に隠れるような関係じゃなく、背中合わせで支え合う。
そんな関係でいいじゃないか。
アタイは、アマゾネスの戦士の誇りよりも、女としての幸せのほうがいいのだから。
だからこそ、里を出てきたんじゃないか。
「あ〜あ… 結局空回りしてただけか… これじゃぁ母様にどやされちまうよ…」
イザヤは、自分の原点とスピットへの想いを再確認した。
帰ってきたらスピットに対して謝ろう。
そうして、スピットに自分の想いをもう一回全部告白しよう。
それで、彼が否定しても絶対にあきらめてやらない。
アマゾネスってのは、狙った獲物は逃さないんだ。
スピットがアタイの方を振り向くまで、彼のことを愛してやるんだから。
彼女もまたスピット同様に、この問題に一つの答えを導き出したのだった。
「…よしっ。 とりあえず、おいしい料理でも作ってアイツの帰りを待とう。 アタイの愛情たっぷりの料理でもって、メロメロになってもらおうじゃないか!」
そう決めて、イザヤはテントの外に出た。
外は完全に日が暮れており、どこのテントも照明をつけていた。
「あっ… イザヤさん… その…」
シェリルがイザヤに気付いて話しかけてきた。
その様子を見るに、刺激しないように慎重に言葉を選んでいるようだった。
「ああ、ごめんねシェリル。 気ぃ使わせちまったみたいだね。 アタイはもう大丈夫さ。 ちゃんとスピットと仲直りすることにしたから、安心しな」
「いえ… そうじゃないんです… イザヤさん… その…」
「?」
シェリルは、なんだかはっきりしなかった。
イザヤはてっきり、シェリルは自分がまだ怒っているものだと思って言葉を選んでいるのだと思っていたのだが、どうやら違う理由だったようだ。
どういうことかと訝しんでいたが、その時ふと気づいた。
「あれ? そう言えばオディはどこに行ったんだい? もしかして、アタイに気を使って席を外してるのかい?」
「そうじゃないんです… あの… イザヤさん? 落ち着いて聞いてくださいね?」
「? 何を落ち着いて聞けばいいんだい?」
「そのですね… 実は…」
「オイ! シェリル! 大変だ!」
シェリルが何か言いかけたその時、オディがちょうどテントに帰ってきた。
彼は不機嫌というか慌てているというか、とにかくただならぬ様子だった。
「オディ? いったいどこに行ってたんだい?」
「! イザヤ!? あぁ… なんて言えばいいんだ… その…」
「ああ、オディもすまなかったね。 アタイはもう怒ってないから、そんなに気を使わないでも…」
「違う、違うんだ。 そうじゃないんだ。 いいか、イザヤ。 落ち着いて聞いてくれ」
彼はそう前置いて、一拍置いてから彼女に告げた。
「ルースとスピットが帰ってきてない。あいつら、行方不明になっちまったんだ」
―――――――――――――――――――――――……
行商隊が忽然と消えてしまったその現場は、今は冒険者たちのテントが集まっており、ちょっとした拠点のようになっていた。
そのテント群の中心の、ちょうど少し開けた広場のようになっているところに、各パーティの代表が一堂に会して話し合っていた。
「…それで? 結局何人いなくなってンだ? あぁ?」
「判明している人数は12人だ。 クエストに参加した人数が40人ほどだから、およそ1/3がやられた計算になる」
「個人で参加していた奴もいる… もう少し増えるかもしれぬ…」
「ハッ! どうせどっかそこらへんで迷子になっているだけなンじゃねーの?」
「てめー… 頭脳が間抜けか? こんな平地のど真ん中で、どうやって迷子になれっていうんだよ?」
「なんだとぉ…?」
「今は争ってる場合じゃないんじゃない? もしかしたら、私達もここで消えた行商隊と同じ目に合うかもしれないんだしねぇ」
「だが、いなくなった連中は全員外に調査に行っていた連中だろ? それなら、むやみにここから離れなきゃ、安全なンじゃねーの?」
「思い出せ… ここで消えたのは“行商隊が全部”丸ごとだ。 群れていれば安全だとは必ずしも言えぬよ」
「だったらどうしろってンだ? 大体、安全だのなんだの言ってるが、もともと俺らはここで起きた異変の調査にきてンだぜ? 消えてもらった方が逆に原因の特定につながってありがてーンじゃねーの?」
「貴様! 何て言い草だ!」
「ギルドも深く考えねーからこーなンだよ。 いなくなった奴らはどーせ参加しただけでも金が貰えるって聞いて集まってきた無能どもなンだろうよ」
「同感だ… 要するに、これから俺らがすることは、当初の予定通りこの問題を解決しちまえばいいんだ。 お前らは、せいぜい自分が行方不明にならないように気を付けるんだな…じゃあな」
「そう言うわけだ! せいぜい自分の取り分が減らないように頑張るンだなぁ! あばよ!」
そう言って、何人かが自分のテントに戻っていった。
「あらやだ… これだから何も考えない男っていやだわぁ… ねぇ、そこの甲冑のお兄さんは何かないの? さっきから黙りっぱなしじゃなぁい」
そう言って褐色の女性がオディに話題を振った。
それに応じて、オディはゆっくりと語りはじめた。
「…俺は、行方不明になった者たちが全員無能だったとは思えん… それに、一つ気になっていることがあるんだ」
「…申してみよ」
「確かに、行方不明になったやつは、全員このキャンプから離れて周囲を調査していた連中だ。 だが、調査に行った者が全員いなくなったのかというと、そういうわけじゃない。 現に、俺は一回ここから離れて軽く周囲の地形を確認しに行ってるが、いなくなることもなくこうして無事にしている。 となると、行方不明になる条件はここから離れていたことだけじゃないと思うんだ」
「なるほど… 確かに一理ある。 ではおぬしは何が原因だと踏んでいる?」
「…行方不明が騒がれ始めたのはついさっき、日が落ちてからだ。 となると、夜になったことが何か関係してるんじゃないか?」
「あぁ〜ん、なるほどねぇ。 たしかに、行方不明者は暗くなってから判明しはじめたわねぇ。 でも、これだけじゃあ原因は分からないわねぇ…」
「とにかく、詳しい原因は分からないが、今は警戒するに越したことはない。 自分は関係ないとか、キャンプだから安全だ、なんて高をくくらないで、常に気を張ることをお勧めする。 そして、異常を察知したら、すぐに周囲に知らせるんだ。 …俺はそろそろ自分のテントの様子を見てくる。 それじゃあ皆の無事と健闘を祈る」
その言葉が合図となったのか、この集まりは自然と解散になった。
建設的な集まりとは言えなかったが、それでも意識の共有はできたから、一応の収穫とした。
オディがテントに戻ってみると、シェリルもイザヤも晩御飯を食べることなく、ただうつむいてオディの帰りを待っていたようだった。
「…今戻ったぞ」
「! オディ! どうだった!? 何か行方不明の手がかりはつかめたかい!?」
オディが静かに首を振ると、イザヤは意気消沈した様子で座り込んでしまった。
「…それで? 結局みなさんどうすることになったんですか?」
「どうもこうもないさ… 冒険者なんて勝手な奴らばっかだからなぁ。 とりあえず、みんな気を付けましょうねー、で解散だよ。 あいつら今の状況をちゃんと理解しているのかねぇ…」
「…そうですか…」
シェリルもがっかりした様子で、うつむいてしまった。
八方ふさがりの状況でどうしようもないという雰囲気の中、イザヤが両手を握りしめて声を震わせて言った。
「…嫌だよ… もう会えないだなんてアタイは嫌だ…」
「イザヤ…」
「スピットとケンカしたまんまで… 仲直りもしないで… お互いの事ちゃんと分かり合わないままなんて… アタイはそんなの絶対に認めない…! スピットもルースも…! 二人とも絶対に助けてやるんだからね!」
「…ハハッ。 その意気だよイザヤ! それに、あいつらがこんなことで簡単にくたばるもんかよ。 もしかしたら、そのうちひょっこり帰ってくるかもなぁ! ハァッハッハッハッ!」
「もう… おじさんってば、調子いいんですから…」
「まぁ、士気も高まったことだしいいじゃねぇか! だが、余計なお世話かもしれんが、お前ら絶対に気は抜くなよ。 今この状況も危険だと思えよ」
「たとえどんな危険だろうと、アタイの恋路を邪魔したんだ! その代償はたっぷりとその身に刻んでもらおうじゃないか!」
そう言いながら、イザヤは威勢よく卸したての剣を振りまわした。
その太刀筋を見ていたオディは、一つ奇妙なことに気が付いていた。
「…? おいイザヤ。 その剣…なんだか妙じゃないか?」
「え? この剣がなんだって?」
「いや… なんというか… その剣の光なんだがな… さっきから変なタイミングで光ってるというか…」
「あ。 本当だ。 なんだか変な感じにぴかぴか光ってますね」
イザヤの剣の紋様の光は、先ほどから妙な明滅を繰り返していたのだった。
よく観察すると、その光は周期的に明滅しているようだった。
「イザヤ、この剣は元々こういうものなのか?」
「いや… 別にそんな機能はついてなかったはずだけどねえ… この剣が光るのは、アタイの感情が高まったときと… あとはもう一つの剣とリンクして光るんだって… 夫婦の絆によって覚醒する剣なんてロマンチックでしょー、ってスミ姐さんが…」
『…………』
もう一つの剣?
この剣はイザヤとスピットがわざわざ意匠を揃えて作ってもらった特注品だ。
ということは、もう一方の剣というのはつまり
「……! おい! イザヤ! ちょっとその光をよく見せてくれ!」
「え? え? 別にいいけど… どうしたんだい?」
「イザヤさん! わからないんですか!? この光は、スピットさんからのメッセージかもしれないんですよ!」
「えぇ!? スピットからのメッセージって… あっ! もしかして…!」
「そうだ、イザヤ! あいつは自分の暗器に自由に魔力を注ぎ込める! それを利用して俺たちに何か伝えようとしているのかもしれん!!」
「でも… 光を点滅させて何を伝えようってんだい? オディには何かわかるのかい?」
「あぁ…! こいつはおそらく、軍や船舶で使われる信号だよ! あらかじめ決められたパターンで光を明滅させたり音を出したりして、相手に信号を伝えるっていうのがあるんだよ! 一度あいつに教えたことがあるんだが… ちゃんと覚えていてくれたとはなぁ…! 助かったぜ!」
「それで! おじさん! スピットさんは何て言ってるんですか!?」
「ちょっと待ってろ…! オ・ミ・ロ・ウ・エ・オ・ミ・ロ・ウ… ずっと同じことを言ってるな… オミロウエ? どういうことだ?」
「あの… それってもしかして、『ウエヲミロ』って言いたいんじゃ…」
「上を見ろ? なんでさ? 上を見たってお星さましか見えないはずじゃ…」
3人は一斉に上を向いたが、確かにそこには黒く染まった夜空とまたたく星しか見えなかった。
そして、3人はその瞬いている星と“目があってしまった”。
それを認識した瞬間、突然ことは起こったのだった。
「!? 二人とも俺の陰に隠れろ!!」
「ええっ!? ちょっといきなり何を…」
言うが早いか、オディが二人を無理やりひっぱって、自分の体に隠れるようにして二人のことをかばった。
その行動が終わるか終らないかというとき
ひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅひゅん!
カンカンカン!
ドスドスドスドスドスドスッ!!
突然空から無数の何かが降り注いできた。
そのうちの何本かはオディの鎧に跳ね返され、それ以外は地面に突き刺さっていた。
何かの攻撃が終わったのを見計らい、オディはすぐさま立ち上がって周囲の状況を確認した。
「…! こいつはまずいな…! 今のでほとんどの連中がやられちまった!」
他の冒険者たちの多くはこの強襲でやられてしまい、地面に倒れてしまっていた。
―おっ、おい!なんだ今のは!
―矢が! 空から矢が降ってきた…ぐっ…!
―ヤバイ! 矢に痺れ毒が塗ってある! 絶対に当たるんじゃ…うわぁぁぁぁぁ!
―なんだ!? あいつ急に空に浮かびあが…!? なんだ!? 何かが俺の肩を掴んで…
―みんな迎撃しろぉ! 相手は魔物だ! ブラックハーピーが襲ってきたぞ!
「なるほどねぇ…! コイツはブラックハーピーの仕業だったのかい…! 舐めた真似をしてくれるじゃないかい…えぇっ!?」
「なるほど… 平地だから大丈夫だと油断した連中を、闇夜に紛れて空から襲うとは…! 考えられてるなぁ! シェリルぅ!! 銃構えろ!! あいつらを撃ち落とすんだ!!」
「はい! 龍撃銃『ドヴァーキン』セット! 魔力充填完了! ファイア!」
ズガガガガガガガガガガガガガ!!!
ドサドサッ!
「上出来だ! 今ので2匹撃ち落としたみたいだ! イザヤぁ!! 俺らは他の連中の援護に回るぞ!! シェリルもなるべく離れないようについて来い!! 弾幕張るのを忘れるな!! 奴らに二の矢をつがえる暇を与えるな!!」
「「Sir!! Yes!! Sir!!」」
3人は、一気に駈け出して、攻勢に転じた。
「うわぁ!! やめろ!! 離れろ!! 離してくれぇ!!」
「こいつ…! 抵抗するんじゃ…!」
タタタタタタタタ!!
スタンッ!
助走をつけて、思い切り飛び上がる。
「えっ!?」
「チェストォォォォォォォ!!」
ズバッ!!
ドサッ…
そのまま空中から一気に斬りつけて、ハーピーを仕留めた。
「安心しな! 峰打ちだよ!」
「あぁ! 助かった! ありがとう!」
「そこのアンタ! 感謝してる暇があったら、そこのハーピーふん縛っておきな!」
「いいぞ、イザヤ! その調子でほかの奴らも無力化するんだ!」
「ガッテンだ! オディの旦那!」
「おじさん! あれ!」
―うわぁぁぁぁ!! 高い!! 降ろしてくれ!! いや、でも離さないで!! あぁでも、連れてかないでー!!
「余裕があるんだか無いんだか…! シェリル!! 俺に合わせて撃ち落としてくれ!!」
「了解!! 目標までおよそ120m…! よーく狙って…! ファイア!」
ズガァァァァァァン!!
バスッ!!
シェリルが放った魔力弾は、目標の翼をかすめただけだったが、それでも捕まえていた男を離させることは成功した。
―うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
「オーライ…! そのまま落ちてきてくれよ!」
キュィイイィィイィィィィイィイィィイィィイ!!
ローラーダッシュを唸らせながら、落下予測地点に先回りする。
ドサッ…!
「ナイスキャッチだね! おじさん!」
「た…助かった…」
「ほら、腰抜かしてないでお前も迎撃しろ!」
「それが… 毒で体が…」
「それなら、そこで休んでろ!」
ぽいっ
ぼすっ
「ぶへっ!」
3人は、他の者を助けながら次々ハーピーを仕留めていく。
「ほーら、あぶねえぞ!! そんなところにいたら轢いちまうぞ!?」
バシュゥゥゥゥゥ…
ズバァ!
「ほらほらほらほらぁ!! そんなへなちょこ矢なんていくつ撃ってもあたりゃしないよ!」
スパスパスパスパ…!
「こんのぉ…! 落ちろ蚊トンボぉ!!」
ズダダ!ズダダ!ズダダ!
ビシッ!バスッ!
―あいつら、やっぱりすげぇ…!
―俺らも続くぞ! やられっぱなしでたまるか!
彼らの活躍もあって、奇襲によって混乱した冒険者たちも、徐々に盛り返してきていた。
「くそっ…! みんな退却だ! 退却!」
さすがに、旗色が悪いと見たのか、ブラックハーピー達は怪我をしたものをかばいながら、ほうほうの体で引き揚げて行った。
「ふぅ… なんとかしのぎ切ることができたか…」
「おい! 甲冑の方! おぬし無事であったか!」
「お? アンタあの集まりにいた人か! 無事でよかったなぁ!」
「おぬしらの働きのおかげでなんとかな! …だが、他の者たちの被害は甚大だ… ほとんどの者たちは最初の痺れ毒にやられてしまって動くことができぬ。 無事だった者たちも、何人かはそのまま攫われて… 他にも深手を負ってしまったものが多くて…」
「あぁ… となると、怪我もしてなくてまともに動けるのは何人くらいだ?」
「おぬしら3人と拙者を含めて… 5人だ…」
「40人が気付いたら5人ねぇ… いやはや…」
オディは頭を抱えたくなった。
この人数で、どうやって問題を解決すればいいってんだ。
「おーい! オディおじさーん!」
「うむ? 貴殿の仲間がおぬしを呼んでいるぞ?」
「そうみたいだなぁ… おーい! シェリル! どうしたぁ!?」
「なんだか、ダークエルフの人が呼んでいますー! 早く来てくださーい!」
「ダークエルフというと… あのときの褐色の姉ちゃんか…」
ダークエルフだったんだな… 全然わからなかった…
すぐに、イザヤの呼びかけに応えて、ダークエルフの人が呼んでいるという場所に行くと、そこでは先ほどの褐色の女性が逃げられなかったブラックハーピーにお仕置きをしていた。
「ほぉらぁ、早く仲間の居場所を白状しないと大変なことになるわよぉ?」
「ちょっ…! やめっ、ひぁぁ!? そんなところっ…! いじるな…ひゃぁぁん!」
「んぅ? どぉ? こんなことされたことないでしょぉ? とっても気持ちいいでしょぉ? でもねぇ、あなたが白状してくれない限り、絶対にイカせてあげないんだからねぇ♪」
「そっ、そんなぁ…! 早くイカせて… じゃなくて! 私は絶対に喋ったりなんか…うひゃぁん♪」
「………うわぁ…」
「………なんとも刺激的であるな…」
これって拷問って言ってもいいんだろうか。
「あぁー… その… まずは無事で何よりだった、と言っておくべきかなぁ…」
「あらっ。 あの時の甲冑の人じゃなぁい♪ おかげさまで、私は元気よぉ♪」
「うん… そうか… それでその子に何を…」
「それはねぇ♪ ちょっとした調教をねっ♪」
「あぁ… そう… それでなにか分かったのか?」
「ぜ〜んぜん。 この子たちったら、ちっとも喋ってくれないんだもの」
よく見ると、彼女の後ろにはすでに仕置き済みのハーピー達が転がっていた。
「南無…」
「それじゃあ… 結局手がかりは何一つ無いってことか?」
「いいえ? それは違うわよぉ。 この子たちが何も白状しないってことは、それほど大事な何かを隠してるってことだとは思わなぁい?」
「…そう言われてみると…」
「それにねぇ、この襲撃はこの子たちの習性に当てはまらないわぁ。 人間の男性を攫うのはともかく、行商の荷物も全部持って帰るだなんて。 そんな習性、私は聞いたことがないもの。 魔物は金銭や物品には基本的に無頓着なのよぉ?」
「なるほど… すると、貴殿はこの襲撃には何かの裏があると?」
「そぉいうこと♪ でも、肝心のこの子たちが白状してくれないんじゃお手上げなのよぉ」
「ひぁぁん♪ あっ♪ 誰が…しゃべる…もんです…くぅぅぅぅぅん♪ 絶対に口を割るなんて…ひゃぁん♪ らめぇぇぇ♪」
「…そ、そうか… だが、手がかりが無いとなると困ったな… どうすれば…」
その時、イザヤがオディのところへ走ってきた。
「オディ! オディ! またアタイの剣が光ってるんだ! さっきとは違う光り方をしてる!」
「本当か!? よし、でかしたぞスピット! これで何か分かるかもしれん!」
「おお。 確かに彼女のダンビラが面妖な光を放っておるな… だがこれで何がわかると申すのだ?」
「ちょっと、待っててくれ…! ………ク・ロ・マ・ク・サ・ン・ゾ・ク……ハ・ア・ピ・イ・カ・ゾ・ク・ヒ・ト・ジ・チ……! 『黒幕、山賊』…!『ハーピー、家族、人質』…!?」
「どういうことだい!? それって、本当は山賊が黒幕で、ハーピーは人質を取られて脅されてるってことかい!?」
「へぇ… ちょっと、彼の言ってることは本当なのぉ?」
ダークエルフはブラックハーピーへの淫らな拷問の手を止めて、彼女に確認した。
「……えぇ、そうよ! 全部そいつの言う通りよ! 私達は夫や娘を山賊たちに人質に取られてるのよ! それで、私達が従わなければ家族の命は無いって脅して… それで私達は奴らに従うしかなくって…! だから、ここを通った行商を襲って… 証拠を残さないように全員攫って… でもそれももう全部台無しよ! お前たちを全員仕留めきれなかったから! 今頃巣に戻ったみんなから伝わってるでしょうよ! 奴らは帰ってこれなかった私たちの家族を殺すのよ! 全部お前たちのせいなんだから! 私の家族は…! あの人はあいつらに殺されちゃうのよぉぉ… うあぁぁぁぁぁぁぁぁん…! ばかぁぁぁぁぁぁぁぁ…!」
ハーピーは、自分の家族が山賊に殺されてしまうのだと確信して、ただ泣きじゃくるしかなかった。
そんな彼女の心中を察してか、周りの者は彼女に何も言うことはできなかった。
「何やってんだい…!」
しかし、イザヤだけは違った。
彼女は目の前で泣きわめくハーピーの両肩をしっかりと握りしめて、力強く言った。
「アンタ… 何で諦めてるんだい!! 何で自分の旦那を勝手に殺してるんだい!? アンタ本当にそれでも妻かい!?」
「何よぉ…! お前に何がわかるんだよぉ…!」
「あぁ、わからないよ!! まだ、間に合うかもしれないのに、全部諦めて愛する夫の命をドブに捨てるような奴の気持ちなんかわかりたくもないよ!! アンタ…自分の夫の事を愛してないのかい!? アンタにとって自分の夫って言うのは、すぐにとって代えられるような存在なのかい!?」
「そんなわけないでしょぉ…! あの人は世界に一人だけなんだからぁ…! 代わりなんてあるわけないでしょぉ…! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁん…」
「そうでしょ!! アンタにとって掛け替えのない人なんだろ!? だったら簡単に諦めちゃだめじゃないかい!! 何が何でも自分の愛する人を助けてあげなきゃダメだろ!? 今からアタイたちをはっ倒して!! 急いで巣に戻って!! 山賊たちから大事な人を取り戻そうとしなきゃダメだろ!?」
「無理よぉ… さっきので私の羽が傷ついちゃってるのよぉ… 飛んで帰るなんてできないわよぉ…」
「だったら、今度は歩いて帰ればいいじゃないか!? 歩くのが無理なら地面を這って!! それが無理なら転がって!! それでもだめなら、アタイたちに土下座でもなんでもして、お願いします、助けてくださいって! そう言えばいいじゃないか!!」
「…うぇ…? あなたたち私たちの事助けてくれるの…?」
「あたりまえじゃないか!! 何で頼みもしないうちに助けてくれないって決めつけてるんだい!!」
「そうよぉ? 大事な人を人質にするだなんて… 同じ魔物として許せるわけないでしょぉ?」
「許さんぞ、人間のクズめ!! 悪漢どもに御仏の慈悲は無用!!」
「どうやら、消し炭にしてあげる必要がありそうですよねぇ…?」
「そう言うわけだお嬢ちゃん。 今から山賊どもに正義の鉄槌を下しに行くぞ」
「うぁ……みんな…ありがとぉぉぉぉ! うわぁぁぁぁぁぁん!」
「ほら、泣いてる暇はないよ! アタイたちには時間が無いんだ! 早く巣の場所を教えておくれよ!」
「うん…! 私達の巣は今ちょうど月の真下にある、あの山の麓にあるんだ… 奴ら、多分行商隊から奪ったもので酒盛りして騒いでるから、近くに行けばすぐに分かると思う… 私たちも怪我が治ったらすぐに行くから… だから… 必ずみんなを助けて…!」
「おうさ! 任せときな!! 人の恋路を邪魔した奴は、アマゾネスに蹴られちまうんだからねえ!! 覚悟してもらうよ!!」
そう言って、イザヤはブラックハーピー達の巣へ向けて一気に駈け出して行った。
「…ウフフ… ずいぶんと熱い娘なのねぇ♪」
「あぁ、そうだな。 あいつはこうと決めたら止まらねぇんだよ! その勢いで、うちの堅物野郎を射止めたくらいだからなぁ!」
「素敵な娘ねぇ♪ お姉さんぞくぞくしちゃう♪」
「私たちも行きましょう! 絶対にルースさんとスピットさんを助けるんです!」
「うむ。 この世に悪は栄えぬということを、山賊どもに知らしめてやろうではないか!」
残った者たちも、イザヤの熱気にあてられたのか、一気に同じ方向へ駈け出して行ったのだった。
―――――――――――――――――――――――……
薄暗い洞窟の中…
スピットとルースは洞窟の床の上に転がされていた。
洞窟の外からは、下卑た山賊の笑い声が響いてくる。
「みんなは大丈夫かなぁ…」
「心配いらないと思いたいですが… 」
二人は両手両足を縛られた状態で捕らえられていたのだった。
その顔には青あざが浮かんでおり、山賊たちに暴行されたことがうかがえる。
「うぅ… すみません… うちの家内がとんだことを…」
「いえ、あなたたちの責任ではありませんよ。 全ては外で騒いでいる山賊たちが悪いのですから」
「そうだよ! 奥さんたちは無理やりやらされてるだけなんだからさ!」
「お兄ちゃんたち怒ってないの…?」
「まったく怒っていませんよ。 むしろ、普段味わえない空中散歩を経験できたので、ご機嫌なくらいです。 ですからお嬢さんも気に病むことはないのですよ」
この人たちは、山賊に捕まってしまったブラックハーピーの家族たちである。
彼らにも山賊に暴行を加えられた跡が見受けられ、中には手足があらぬ方向に曲がっている者もいた。
「それよりも、なんとかこの縄をほどいて、奴らをのしてやらないとな!」
「そんな無茶な! あなたは武器を取り上げられているじゃないですか!」
「確かにルースはそうでしょうが… 私には魔法がありますからね」
「ほーぅ? なんでぃ、お前さん魔術師だったんかぁ? ぐえっへっへっへっ!」
見るからに知性の感じられない下品な男が、ジョッキを片手に彼らの様子を見に来ていた。
「だけど残念だったなぁ。 お前らを縛ってるその縄には魔法を封じる効果があるんだよ。 悪いが魔法は使えねえんだよ! ゲーッヘッヘッヘッヘッヘ!」
「おやまぁ。 そのような貴重な縄を私達に使ってもよろしいのですか?」
「いいんだよぉ! どうせお前たちを殺して、その縄は回収するんだからなぁ! せいぜい今のうちに自分の命を実感しておくんだなぁ!」
「つーことはあれか? もしかして、この前の行商隊もみんな殺したのか?」
「あん? この間の行商隊かぁ? あいつらは身代金を要求してやるために生かしてやってるさぁ! お前らも、身代金のアテがあるんだったら考えておきなぁ。 もしかしたら生かしておいてやるかもしれねえからな。 つっても、金さえ受け取っちまえば、その時はもう用済みで殺しちまうんだけどよ! じゃあな冒険者ども! ゲーッヘッヘッヘッヘッヘェ!」
不快な笑い声を上げ、どすどすと足を踏み鳴らして、山賊はまた元の宴会に戻って行った。
だが、2人は山賊の言葉は意に介していない様子で、彼が漏らした情報を確認していた。
「いい機転でしたねルース。 これで商人たちの無事が確認できました」
「なんか、ああいうのは扱いやすくて楽だねー。 とりあえず、俺ら以外の冒険者たちも他のところに捕えられてるんだろうね」
「そうですね。 少なくともまだ殺されてはいないようで、安心しました。 奴らの下種な嗜虐趣味のおかげですね。 感謝したいとは思いませんが」
「あの… あなたたちは怖くは無いのですか…?」
ハーピーの夫の一人が訊ねた。
両手両足を縛されて、明日には殺されているのかもしれないというのに、何故彼らがこうもあっけらかんとしていられるのか不思議でならなかった。
その質問に対して、さも当たり前だという風にルースは答えた。
「だって、オディ達が助けてくれるだろうから。 俺は何も心配してないよ?」
「そんなことを言っても! あなたたちの仲間は、この場所のことを知らないんですよ!? 悠長に夜が明けるのを待ってから探されたら、もうその時には殺されているのかもしれないのに!?」
「その心配も、もっともでしょうけれど、彼女に限ってそのようなことはありえないでしょう。 私は彼女が一晩も待っていられる人とは思えないのです。 自らの命を賭してでも、必死に私達のことを探してくれるでしょう。 少なくとも私はそうであると信じています。 そして、彼女の事を信じているからこそ、私の信号にきっと気が付いてくれると、そう思っています」
「し、信号? しかし、その状態でどうやって信号を…」
「ちょっと待って。 なんだか向こうの方が騒がしくない?」
確かに、ルースの言う通りだった。
先ほどまで山賊たちが楽しげに騒いでいた声が聞こえなくなっており、その代わりに彼らの怒号のような声が響いてきていた。
声の調子から、何やらケンカのようなものが始まっているのではないかとも思われる。
それに、山賊の声だけでなく、女性の許しを請うような悲鳴も聞き取れる。
「な、何がどうなっているのでしょうか…」
「それは分かりませんが… とりあえず事態を静観することにしましょうか」
そう言って、彼らは山賊たちの怒号に耳を傾けて、何が起こっているのかを必死に把握しようとした。
しかし、この洞窟の中では彼らの声が反射して響いており、よく聞き取ることができなかった。
そうして、数10分が経っただろうか。
山賊たちの喧嘩口論は収まるところを知らなかったが、その音に混じって誰かが乱暴に音をたてながら自分たちの元へ近づいてきているのに気付いた。
その音の主は、先ほどルース達の様子を見に来た、あのゲス野郎であった。
「おい!! フェルシアってやつの夫はどいつだ!!」
「そう言われて、はいそうですと言って名乗るものはいないと思うのですがね」
「うるせえ!! てめえはせいぜいおとなしくしてろ!! それで、どいつがフェルシアの夫だ!! ええ!? 素直に名乗り出ねえと片っ端からブッ殺していくぞ!!」
山賊は大声と物騒な言動でハーピーの家族たちを威嚇していた。
「おー… これがスピットが常日頃から言ってる、知性の足りない人っていうやつか…」
「あぁん!? てめぇ… なんだったら今ここでてめえを殺してもいいんだぞ!? 自分の立場ってもんを弁えねえか!! このっ…ダボがぁ!!」
どげしっ!
山賊は感情のままに、縛られて動けないルースの腹めがけて蹴りを入れた。
「ぐぼっ…!」
「ルース!」
「ああ… 大丈夫だ… でもちょっとだけ戻しそうになった…」
「ずいぶん余裕だなぁ…!! それなら、もう少し痛めつけても問題なさそうだなぁ!! コラァ!!」
ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ!
ルースの体に、山賊の容赦ない蹴りが浴びせかけられる。
「ぐっ… ぐほっ… オエッ…」
「や… やめろ! 止めないか! 僕がフェリシアの夫だ! お前は僕を痛めつけるつもりだったんだろう!? なら、その人を痛めつけるのをやめてくれ! 僕が代わりになるから!」
「…ほぉーぅ? 大した根性じゃねぇか… まぁ、俺の目的は元々てめぇだったからな… 素直に名乗り出たお礼に、こいつへの八つ当たりは勘弁してやるよっ!」
ドゴォ!
最後の語気を強めながら、山賊は駄目押しの一発を叩き込んだ。
「ぐはっ…!」
「あ〜ぁ… てめえが早く名乗り出ねえから、肋骨が何本かイっちまったんじゃねえかなぁ? 俺し〜らねっと…」
「自分のなした行為をすでに忘却しているとは、あなたの脳みそは相当貧相なものなのでしょうね。 それとも、脳みそというものが存在しないのでしょうか? 脳みその代わりにチーズでも詰めたほうがよっぽど効果的なのではないでしょうか?」
「ちょ…ちょっと! やめてください! おい! もう僕は名乗り出てるんだ! 早く僕の事を連れて行くんだ!」
「……いーや、もう遅いぜ…!! やっぱりてめえらは真っ先に殺しておくべきみてぇだなぁ…!! てめえも一緒に来い!! そこで転がってるてめえもだ!! 他の冒険者に先だって、真っ先にぶっ殺してやるよ!!」
そう言うと、山賊は一旦元の場所に戻り、応援を連れてきて彼らを引きずっていった。
そのまま彼らは洞窟の外に引っ張り出されて、山賊たちの中心に放りだされた。
「ぐえっ!」
「ぐっ!」
「…!」
まるで芋虫のように地面につっぷする姿に対し、山賊たちは下品な笑い声をあげていた。
「おーう? なんだぁ? フェリシアってやつの夫は3人もいんのかぁ?」
「さすがは魔物様だぜ! 節操がないったらありゃしねえなぁ!」
「毎日4Pとは、とんだ淫乱もいたもんだなぁ! おい!」
『ギャーッハッハッハッハッハッハッハッハ!!』
「くそっ… やつらフェリシアの事を馬鹿にしやがって…!」
「ルース! 大丈夫ですか!」
「ごめ… 結構ヤバイかもしれない…」
「おい! とりあえず誰を最初に殺そうかぁ!?」
「どうせ殺すんなら、面白い殺し方をした方がいいんじゃないかぁ!?」
「それなら… オイ! そこの鳥! お前ちょっとこっちへ来い!」
山賊の一人に促されて、ブラックハーピーの一人がひどく怯えながら近づいてきた。
「なぁ、せっかくだから殺す順番はお前に決めてもらおうと思うんだが… お前誰を一番最初に殺すべきだと思う?」
「おいおいマジかよ! 殺す奴を選ばせるとかどんだけ鬼畜だよー!」
「でも、こいつら自分の家族以外なら躊躇なく襲うんだろ!? だったら余裕なんじゃねぇの?」
「それもそうだなぁ!!」
『ギャーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!』
「そんな…! 誰か選べなんて、そんなこと…!」
「あぁん? なんだ? お前俺の言うことが聞けねえってのか? だったらしょうがねえなぁ。 不本意だけど、お前の家族を先に殺すことにするかなぁ」
「!!!? やっ、止めて!!! あの人にだけは手を出さないで!!」
「だったら早く選びなぁ!! 俺たちは何事も即時即決がモットーなもんでなぁ!! 早くしねえと、お前の家族を選びたくなっちまうかもなぁ!!」
「そっ、そんな…! でもっ…! 選ばなきゃあの人が…! でも…! あぁ… なんてひどい…!」
ハーピーは目から涙をこぼし額には脂汗を浮かべながら、苦悶の表情で3人のうちのだれをいけにえに捧げるか選ばされていた。
「まったく、これだから山賊という連中は嫌いなのですよ…」
「あぁ? おい、そこに転がってる芋虫がなんか喋ってるぞ!!」
「わりいなぁ!! 俺ら芋虫の言葉は分からないもんだからなぁ!!」
「本当に、まったく知性の欠片すら存在しないのですね、あなた方は。 私のしゃべる言葉をどう聞けば芋虫の言語に聞こえるのですか? そもそも、あなたたちはご存じないのかもしれませんが、芋虫は情報伝達の手段に言語を用いることはありません。 そのような基本的なことも知らないのですか? それとも、あなた方の文化圏で称される“人間”の定義が間違っているのかもしれませんね。 事実、私は先ほどからあなた方が発する言葉を解釈するのにひどく多くの時間を費やさねばなりません。 もしや、あなた方は人間や魔物とはまた違う生き物なのではと思うくらいです。 もしかして、あなた方は進化に取り残されてしまった原生生物なのでは? もしそうであるならば、いろいろな点で説明がつきます。 では、特に問題がなさそうなので、あなた方を新種の原生生物種として認定しましょうか。 学名は“バカ”でよろしいでしょうか? みなさん?」
「…………」
「………おい、てめえ俺たちの事馬鹿にしてんのか? あぁ?」
「おや、ここまで言葉を重ねないと侮辱されていることも認識できないのですね。 これは新しい発見ですね。 バカを識別する際の特徴として覚えておきましょうか」
ガタン!
カランカランカラン…
山賊のひとりが急に立ち上がったため、彼のそばに置いてあったコップが弾き飛ばされて、音をたてながら地面を転がっていった。
「おい、野郎ども!! 最初に殺すのはこの命知らずの兄ちゃんに決定だぁ!! 文句はねえなぁ!!」
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
山賊たちの同意の雄叫びが周囲に響き渡る。
山賊の頭目らしき男が、スピットの首元を締め上げながら言った。
「おい、兄ちゃんよ… 世の中渡り歩いていくつもりなら、言葉ってやつには気を付けなきゃならねえなぁ… でなきゃ今みたいに痛い目にあっちまうんだぜ?」
「ええ… グッ… 存じ上げて… おります… つい昨日… ゲホッ… それで失敗した… ばかりですから…」
「おぉ、そうかい。 なら、いい勉強になったじゃねえか。 それなら、この経験を来世で生かせるようにしなぁ!」
ドガァ!
持ち上げていたスピットの体を、近くにあったテーブルの上に叩きつけた。
「スピットぉ!! ゲホッ! ゲホッ!」
「ルースさん! あまりしゃべらないでください! 骨が肺に刺さってしまう!」
「さーてぇ、兄ちゃんよぉ。 これから俺に殺されるわけだが… 最後に何か言い残すことはあるかい?」
「いいえ… 何かを言い残すつもりも、ここで最後になるつもりもありませんので…!」
「へぇー! 大したこと言うじゃねえか! こんな状況でもまだ助かると思ってるのかい!」
「ええ、そうです… なぜなら、彼女が… イザヤが絶対に助けに来てくれるからです」
「へっ! ヘェッヘッヘッヘッヘッヘッヘ!! 聞いたかコイツの言葉! 彼女が助けに来てくれるんだとよぉ! 女々しい野郎もいたもんだよ、まったく!! ヘェーッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘ!!」
「いいえ、女々しいのではありません。 私は彼女を信じているのです…! イザヤは私のことを守ってくれると、そう約束してくれました…! ならば私は、彼女の夫としてその言葉を信頼してあげなければいけません! それこそが、私が彼女の愛に報いる数少ない方法の一つなのですから!」
「この期に及んで愛と来たもんだよ! こいつ頭のねじが外れてやがるぜぇ!! そしたら、せいぜい彼女が間に合うことを祈るんだなぁ!! それじゃああばよぉ!!」
「スピットォォォォ!!」
山賊の頭目が、まさにスピットの首をはね落とそうとして、その剣を大上段に構えたその時だった。
「うおりゃあああああああああああああ!! スピットおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「!?」
ガサガサガサガサッ!!
シュバッ!!
「やらせるかああああああああああああああああ!!!!」
ヒュゴッ!!
ズバァン!!
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!?」
突然茂みから飛び出してきたアマゾネスは、そのままの勢いで最愛の夫の元へ走り抜け、その途中にいた障害を、光り輝くその剣で思いきり斬り捨てたのだった。
「スピット!! またせたねぇ!! アタイが助けにやって来たよ!! もう大丈夫だから安心しな!!」
「ああ、イザヤ。 待っていました。 助けてくれてありがとうございます」
「何言ってんだい!! 必ず守ってあげるって、そう言ったじゃないか!!」
「ありがとうございます、イザヤ。 やはり、あなたと結婚してよかったと思っています」
そのまま、夫婦は敵陣のど真ん中でイチャつき始めた。
「なぁんだぁてめえはぁ!!」
「よくも頭目をやりやがったなぁ!!」
「野郎ども!! やぁっちまぇ!!」
「このアマぁ!! 覚悟しやがれぇ!!」
いきなり現れた狼藉者を倒すため、山賊たちは一気に飛びかかろうとしたが。
「覚悟するのはそっちの方だよ!! この外道どもがぁ!!」
キィィィィィィィィィィィィィィィン…
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』
先ほどの茂みの方角から、いきなり大砲をぶっぱなしたかのような爆圧と火炎が山賊を襲った。
「ドヴァーキン…最大出力…! モード拡散タイプ…! Fus… Ro Dah!!」
ズゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
『ぎゃあああああああああああああ!!』
今度は、光の柱のようなものが彼らを薙ぎ払った。
「我が攻撃に、二の太刀はいらぬ…!! 喰らえ!! 幻魔流剣術、奈落逆落とし!!」
ズバババババババババン!!
『ぐあぁ…』
ドサァ…
人影が山賊たちの間を縫うように通り抜けたかと思うと、次々と山賊が血しぶきをあげて倒れていった。
「ほらほらほらぁ!! お前たちに発言を許した覚えはないよぉ!! せめていい声で鳴いて楽しませておくれよぉ!!」
ひゅんひゅんひゅんひゅん!
ビシィ!バシィ!
「あぁんそんなぁ!!」
「痛いのに気持ちいいいいぃぃぃぃ!」
「ありがとうございますぅ!! ありがとうございますぅ!!」
「ぶひぃ! ぶひぃ! ぶひぃぃぃぃぃん!」
褐色の女性が見事な腕前で鞭をしならせ、その鞭に叩かれた者たちは痛みと快感でもだえ、悦んでいた。
彼らの活躍によって、山賊たちが蹴散らされていく。
一部始終を目撃していたブラックハーピー達も、縛られて放り出されているフェリシアの夫にも、状況が理解できなかった。
「こっ…これはどういう…!?」
「ゲホッ… だから言ったろ…? 仲間が助けに来てくれるってさ… ゲホッゲホッ!!」
そうして、彼ら山賊たちは助けに来た仲間たちの手によって、あっという間に鎮圧されたのだった。
―――――――――――――――――――――――……
「あなだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 無事でよがっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「ちょっと、フェリシア! 大丈夫だから! 僕は大丈夫だから、そんなに泣かないでよ! みんなが見てるじゃないか!」
「だぁっでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ… もう会えないがど思っでだがらぁぁぁぁぁ… うれじぐでぇぇぇぇぇ… うぇぇぇぇぇぇぇぇぇん…」
「もぅ… あの子は本当に泣き虫なのねぇん」
「まぁ、彼女も愛する亭主の元に戻れたのだ。 安心して涙するのも仕方あるまいて」
山賊を全員倒した後、彼らはブラックハーピーの巣を隅々まで調べて、捕らえられていたブラックハーピーの家族や、行商隊のメンバー、先にさらわれていた冒険者たちを開放していき、代わりに山賊たちを片っ端から縛っていったのだった。
そして、解放されたブラックハーピーの家族たちは、自らの愛する妻と感動の再会を果たしている、というわけなのである。
そして、そんな中に混じって感動の再会を果たしているものが、ここにもいたのだった。
「スピットぉぉぉぉ… また会えて良かったよぉぉぉぉ… ひぃぃぃぃん…」
「イザヤ、泣かないでください。 さっきから、オディ達が若干腹立たしい笑顔でこちらを見てきていますので…!」
「でもぉ… アタイ、スピットに謝らなきゃと思ってぇ… 変な意地張って怒ってごめんなさいってぇ… それ言わなきゃと思ってぇ…」
「いえ。 あれに関しては私の方も謝らせていただきます。 わざわざ傷つけるような発言をして申し訳ありませんでした。 どうかこの通り許してください…」
「やめてよぉ! 頭なんか下げなくてもいいよ! アタイはスピットにまた会えただけでも十分なんだから!」
「それだけではだめなのです。 会えただけで十分ではいけないのです。 私はあなたから愛してもらってばかりですので、それに負けないくらいにあなたにお返しをしてあげなければいけないのです。 ですので、会えただけで十分だ、などと言わずに接吻の一つや二つねだってもいいのですよ。それでもまだおつりがくるくらいですから」
「もぅ… スピット大好きぃ…♪」
スピットとイザヤはケンカをした反動もあってか、見ているほうが逆に恥ずかしくなるくらいいちゃついていたのだった。
「あぁー… クソッ… なんか体中がむずがゆくなってきたように感じるぜ…」
「でも、よかったじゃないですか。 二人がちゃんと仲直りできたようで」
「これが… 雨降って血固まるってやつ… ゲホッ!ゲホッ!」
「お、おい! ルース! 何も無茶してボケなくてもいいんだぜ!? 大丈夫か!?」
「ゲホッ… ケホッ… ごめん… 軽口をたたくキャラはしばらくの間、お休みだね…」
「お休み… ということは、ルースさんの天然って… まさかわざとやっているのでは…」
「うぅっ! 謂れのない誹謗中傷によって、肋骨がさらに肺に…!」
「嘘つけぇ! お前もしかして全部か!? 今までの天然発言は全部わざとやってたのか!? 俺の反応を見て楽しんでやがったのかぁ!?」
「ゲホッ!ゲホッ! ちょっとオディ…! マジでやめて…!骨が刺さる…!」
「ちょ、ちょっとおじさん! やめてあげてください! それ以上いけない!」
「彼らもずいぶんと騒がしい連中であるな…」
「そぉ? ああいうの楽しいと思うけどねぇ〜♪ それに、あのルースって子。 なんだか私好みだしぃ♪」
「……せいぜい捕まらぬよう頑張るのだな… 槍の武士よ…」
侍は、このダークエルフに見初められたルースの行く末を案じていた。
「あらぁ、もちろん私はあなたも好みなんだけどねぇ♪」
「なっ!?」
他人事ではなかった!?
「ねぇ… よかったらあなた私と組まない? お互いの腕も見せ合ったことだしぃ。 何よりあなたのこと気にいっちゃったぁ♪」
「いや! せっかくだがおぬしの申し出は断らせていただく!」
「そぉ? じゃあしょうがないわねぇ… 勝手についていくことにするからぁ♪」
「ナムサーン!?」
このような女子と袖を振りあいとうはなかったぁぁぁ!!
まるっと(?)おさまったところで、先ほどのブラックハーピーのフェリシアとその夫が、イザヤ達のところにやってきた。
「あのぉ… すいません…」
「ん? なんだい? あの時のブラックハーピーじゃないかい。 アンタもまた夫に再会できてよかったねぇ!」
「はいぃ… その節はどうもありがとうございましたぁ… ぐすん… あなたに励まされなかったら… もう二度と会えなかったかもしれないです… 感謝しても、し足りないです…」
「妻から聞きました… うちの家内を励ましていただいたとかで… それに、スピットさんもありがとうございました…!」
「はて… 感謝されるようなことをした覚えはないのですが…」
「あの時、山賊が僕を連れて行こうとした時も、三人の中から誰を最初に殺すか選んでいた時も、スピットさんはわざと山賊を挑発して自分が身代わりになろうとしてくれました。 自分も殺されるかもしれないというときに、僕の命を救っていただいて… 本当に感謝しています… 本当にありがとうございました!」
ハーピーの夫婦は、アマゾネスの夫婦に深々と頭を下げて感謝した。
だが、イザヤは自分の夫の一見立派な行動に対し、ひどく驚いていた。
「スピット!? そんな危ないことしてたのかい!? 何考えてるんだいアンタは!! 山賊に殺されちまってたかもしれないんだよ!?」
「イザヤ、イザヤ。 落ち着いてください。 危うい橋を渡ったことは謝ります。 ですが、あの時はしょうがなかったのです」
「何がしょうがなかったんだよぉ!! アタイを未亡人にするところだったんだよぉ!?」
「それはそうなのですが、あの時は何と言いますか。 ルースも怪我をしていましたし、長々喋って時間を稼げば何とかなるかと思ってましたので。 …それに…」
スピットはイザヤから目を逸らして言った。
「その… イザヤが守ってくれると… 信じていました… ので」
「…ふぇ? そ、それってどういう…」
「ですから! 私が危機に陥ったときはイザヤが私を助けて、イザヤが危機に陥ったときは私がイザヤを助ければいいという話なのです! そうすれば、双方に信頼関係が築けると…」
「……ぷっ。 アッハハハハハハハハハハハハハ!!」
「おぉ… 何故かはわかりませんが、イザヤさんが大爆笑してます…」
「それに… スピットの奴… あれはもしかして、照れてたのか…!?」
「…ケホッ… ほらね… やっぱり全部なくしたわけじゃなかっただろ…?」
「イザヤ? なぜ笑うのですか? 私は冗談を言ったわけではないですよ?」
「ハハハハハハハハハハハ! いやぁ… だってねぇ…!」
だっておかしいじゃないか。
あれだけ不安になって悩んでいたことだったのに
もうどうしようもないかと思っていたことが、全部解決してしまったんだもの。
スピットはアタイの事をどうとも思っていないわけじゃなかった。
それだけじゃなくて、アタイが頑張って出した結論と一緒の答えを出していたんだ。
その事実がなんだかうれしくて、誇らしくて…
そう思ったらなんだかおかしくなっちゃって、笑いが止められなくなっちゃったんだ。
「ハッハハハハハハハハハハ、ハァ… ねぇスピット…?」
「えっ、はい? なんでしょうか?」
「今からアタイが言うことをよ〜く聞いてね?」
これから何度だって言ってあげる。
あなたから言われなくても構わない。
この嘘偽りないアタイの心をあなたに分けてあげるんだから。
そして、イザヤは大きく息を吸い込んで、辺りに響くほどの大声でスピットに向けて言った。
「アタイはあんたのことを愛してるからねぇー!!」
―――――――――――――――――――――――……
「うぅ〜… これからどうすればいいのよ…」
サキュバスのセーラは、一人うなだれていた。
ようやく、坑道から出てこれたのはいいけれど、あの人の手がかりを完全に失ってしまったのだ。
「もう、あの村に帰りましょうかしら… いえ、でもここで諦めるわけにはいかないし〜… かといって、何かあてがあるわけでもないし〜… うぅ〜…」
「姉ちゃん… 悩むのもいいけど、いつまでもここに居られちゃ困るんだがね…」
あーでもないこーでもないと悩む彼女に向かって、冒険者ギルドのマスターが苦言を呈した。
「何よ〜! わたしは今傷心中なの! 乙女のハートはもうボロボロなんだから、優しくしてくれたっていいじゃない!」
「だからって、もう半日もここにいられたらほかのお客が近寄りづらいだろって言ってるんだよ!」
「うぅ… どこにいるの… 私の大事な人…」
人の話を全く聞かないこの魔物娘にマスターはうんざりしていた。
しかし、ここで彼はいいことを思いついたのだった。
「なぁ、サキュバスの姉ちゃんよ。 その人の手がかりを探したいんだったら、冒険者ギルドに入って探すってのはどうだ?」
「え? 何よそれ、どういう事よ?」
「だからな? 姉ちゃんの大切な人ってのは方々歩き回ってるやつなんだろ? だったら、無理に後を追おうとせずに、ギルドに所属して仕事をしながら、各地を歩き回ってそいつを探し回ればいいじゃねえか! どうだ?」
「……それいいわね! あの人の通ったかもしれない道に思いをはせながら、彼を訪ねて三千里! あぁ〜ん♪ いいわね〜、浪漫じゃな〜い♪ それじゃあ、早速ギルドに入るわ! 申込書お願い!」
「へへっ、毎度! 姉ちゃんのいい人ってのが早く見つかるといいな!」
「ええ! 待ってなさいよ〜! セーラちゃんの旅が今ここに幕を開けるんだからね!」
セーラは、これからのロマンチックな旅路と、その果てに待つ愛しのあの人を思い浮かべて喜んでいた。
だが、ここでマスターに訊ねていれば、彼の行先はすぐにわかったというのに、セーラは運悪くその絶好の機会を逃してしまったのだ。
この決断が、さらに愛しの彼から離れていく結果になろうとは、このときの彼女は知る由もなかった…。
12/07/20 08:08更新 / ねこなべ
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