連載小説
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ある騎士の話
はじまりは、どこにでもあるようなありふれた約束だった。

ぐずるわが子を寝かしつけるために、母親がお話を読み聞かせてくれる。
お話の内容は、正義の騎士様が活躍するという他愛のないおとぎ話。
そんな、どこにでもある当たり前の光景。
話し終えた母親は、子供にやさしく語りかける。

―ねえ、「   」は大きくなったらなにになりたい?
―ぼくはねー、すっごくつよい「きしさま」になりたい! それでね、わるい「どらごん」にさらわれたおひめさまをたすけにいくんだ!
―あらあら。お母さんは助けてくれないのかしら?
―おかあさんもたすける! どんなわるいやつがやってきてもぼくがたおしちゃう! みんなをわるいまものたちからまもる、むてきのきしさまになるんだ!
―くすくす…お母さん、「   」が騎士様になるのを楽しみにしてるからね。

そんな無邪気な子供が語る、自分だけの夢物語。

時を経て男の子は少年へ、少年は青年へと成長した。
そして青年は、憧れの騎士団に入団した。
彼はかつて語った夢の通り、どんな魔物にも負けない強い騎士になった。
気付けば彼は、騎士団でも指折りの騎士となり、多くの従士を持つようになった。
そんなある日、騎士団は彼にある任務を下した。

―騎士団長! 騎士「   」、ただいま参上いたしました!
―よく来たな「   」。早速だが、君には部隊を率いてある魔物を討伐してきてほしい。
―はっ! かしこまりました! それで、その魔物とはいったい…?
―ふん…それがな、伝令によるとその魔物というのがだな…

―……「ドラゴン」、だそうだ。


―――――――――――――――――――――――……


もうすぐ街が見えようかという頃合いの街道は、行きかう人々でにぎやかになっていた。
その内容の多くは次の町へ商品を仕入れに行く商人や、その日の糧を得るために働きに行く日雇いの労働者、そして自らの腕を磨こうとする職人たちが主であった。
そんな中、明らかにそのどれにも属さないであろう雰囲気の彼らも、ほかの者たちと同じ方向へ歩みを進めていた。

「ようやく到着すんな! すげえ楽しみ!」
「アホみたいにはしゃぐんじゃあない。俺らまでおのぼりさんだと思われるだろうが」
「そうですよ。私の知性が疑われるようなマネだけはひかえてください」

彼ら三人は、そんないつも通りのやりとりをしながら、街道の先にある町を目指していた。
だが、そんな彼らの普段通りの光景に、見慣れない同行者が加わっていた。

「ねえ、ダーリン…? アタイ頭いい方じゃないから、その…何かダーリンに迷惑とかかけてないよね…?」
「大丈夫ですよイザヤ。あなたは私の妻ですので、とりあえず私のそばにいてくれるだけで十分満足していますよ」
「ほんとかい!? アタイもダーリンのそばで守ってあげることができて幸せだよ!」
「そうですか、恐縮です。ああ、それと私の呼称は“ダーリン”ではなく、名前の方で呼んでいただけると嬉しいのですが…」
「そうかい? わかったよスピット! これからはダーリンのことスピットって呼ぶよ!」

「……あー…なんというか…なぁ…とりあえず、ごちそうさまだなぁ…」
「ん? オディなんかうまいもんでも食ったのか?」
「いや、そういうわけじゃなくてだなぁ…ルースは純粋だな…」

かつては男臭かった彼らの旅路に、新たに一人魔物の仲間が加わっていたのだった。

前回、自分たちにありもしない集合場所を伝えた男、スピットより先に彼ら、オディとルースはなんとか自力で森の出口を見つけたのだった。
二人は(というかおもにオディが)、常日頃から容赦なく投げかけられる様々な罵詈雑言をそっくりそのまま返す機会が巡って来たとあって、冷血天然マシーンの身を(文句を言われて理解できる状態であるようにと)案じつつ、到着を心待ちにしていたのだったが、日が昇ってからしばらくして、森の中から彼は無事にやってきたのだった。
オマケつきで。

以下がその時のやりとりである

「オディ、ルース、無事で何よりです」
「どうも、はじめまして!」
「「えっ」」
「紹介します、彼女はアマゾネスのイザヤ。彼女と私は先ほど夫婦になりました」
「「えっ」」
「彼女にもこれからの旅についてきてもらいます」
「「えっ」」
「妻のイザヤってんだ、二人ともよろしくね!」
「「なにそれこわい」」

以上

オディはともかくルースも突然のことに面食らってしまい、一瞬キャラがどっかに行ってしまっていた。
まあ、彼らの旅に魔物が加わっても特に問題はないし、スピットの(あとついでにルースの)奇行は今に始まったことではないので、ほっとくことにしたのだった。

「いや、あおりを受けんのは全部俺じゃねえか!」

モノローグに突っ込まないでいただきたい。

とにかく、新しい仲間を加えた一行は、目的地としていた次の町―

「それよりみんな! あれ見ろ! あれ! 次の街が見えてきたみたいだぞ!」
「ああ…ようやく辿り着くのかぁ…予定よりも大分遅れちまったなぁ」
「ねえねえ、あれがスピット達が目指してた町かい?」
「ええそうです、あれが私たちの目的地である…」

鉱山都市ディグバンカーにたどり着いたのであった。


―――――――――――――――――――――――……


この町があった場所にはもともと、ジャイアントアントの広大な巣穴が山一面に広がっていた。
あるとき、ここを偶然通りかかった隊商が彼女らに襲われてお持ち帰りされてしまったのだが、その時女王蟻に見初められた男というのがどうも腕利きの商人だったらしく、何かこの巣を使って彼女らの生活をより豊かにするための商売はできないかと考えたらしい。
そして彼らが巣をあらかた調べたところ、巣の中に多種多様の鉱物が大量に埋蔵していることが判明したので、彼女の巣穴をそのまま坑道として利用し、この鉱物を取り、売り込むことにしたのだった。
しばらくすると、良質の鉱物が大量にとれるという噂が広まり、徐々にこの巣と取引をしたいという商人が集まるようになり、そうなると商人が泊まるための宿屋、旅をするために必要な食料などを売り込む農民、鉱山で働きたいという人、巣でとれる鉱物で物を作りたいという各種鍛冶職人(ドワーフ含む)、巣で働くジャイアントアントとその夫のために各種夜のお供グッズを売りに来た魔物、そもそも鉱山に来た男達を狙う魔物、etc、etc…
気付けばかつてジャイアントアントの巣があった場所には、人(と魔物)が暮らしていくには十分すぎるほどの規模の都市ができあがっていたのであった。

それがこの都市、ディグバンカーの成り立ちである。

今では鉱山都市ということもあってか、様々な地方から質のいい金属を求めて鍛冶職人が集まってきており、町のそこら中から冶金や鍛造の煙が上がっているという、職人の町となっているのであった。
職人は毎日他の職人と鎬を削り合い、互いに精進し合っていい製品を作りあげており、若手の職人も熟練の職人に鍛えてもらいたいと言って修行のためにこの町に集まってくるのであった。

そんな場所に彼らが何を目的にして訪れていたのかというと

「で、俺ら何しに来たんだっけ?」
「まぁた忘れたのかお前は…セインとキリアの頼みで買い付けに来たんだろうが」

彼らは共通の知人の頼みで、ほかの商人たちと同様、鉱物の取引に来ていたのだった。

「ついでに我々の装備の調整も行う、というのも目的のひとつです」
「ねえスピット! アタイこの剣を鍛えてもらいたいんだけどいいかい?」
「ええ、かまいませんよ。それとも、婚約指輪代わりに新しい剣を拵えてもらうというのはどうでしょうか? もしくは私の暗器とイザヤの剣の意匠を揃えてもらうというのは」
「えっ!? そんなぁ…スピットとお揃いの剣だなんてぇ…えへへー♪」
「いや…そういうのはまず頼まれごとを片づけてからだなぁ…」
「そいじゃあ俺も槍を研いでもらってくる!」

話がこういう流れになるともうどうしようもないのをオディはよく心得ていた。
しょうがないので、流れをスムーズにするためにオディは彼らに提案した。

「…ああ、もう…めんどくせぇ…おい! おまえら!」
「「「うん?」」」
「実はな、鍛冶屋に関しては俺に個人的なツテがあるんだ。それでだ、先にそっちに行ってお前らも装備を整えてもらう。そして、鍛冶屋に頼んだ仕事が終わるまでの間に頼まれていた買い付けに行く。全部済んだら、あとは向こうさんの手続きやら準備が終わるまで宿取ってこの町にとどまる。これでいいだろ?」
「おお! それいいな!」
「ええ、そうですね。オディの発案で問題ないかと思います」
「アンタもバカかと思ったら意外にちゃんと考えてたんだねえ。やるね、えーっと…ハガネのでっかいの!」
「オディだ。せめて名前くらいはちゃんと覚えてくれよイザヤぁ…」
「そうかい? すまないねテディ!」
「オディだ!」

彼のツッコミと心労は絶えないが、とにかくこの町での行動は決定したのだった。


―――――――――――――――――――――――……


ややあって
予定通り彼らはオディにツテがあるという鍛冶屋を探していたのだった。
その道中で、周りに立ち並んでいる様々な店と商品を見て一行は楽しんでいた。
特にイザヤはこういうものを見るのは初めてらしく、スピットにくっついてキャーキャーいいながらはしゃいでいた。

「なぁスピット! あれ見てあれ! あのばかでかい剣! 斬馬刀だって! アタイ初めて見るよ! あっちにあんのはケバブだって! なんだかおいしそうだよ! ねえ、一緒にあれ買って食べない?」
「いえ、多分こういうときは…」
「お〜いみんなー。ケバブってうまそうだから買ってきたよー」
「…こうなるので」
「ああ、ありがとうルース! ほら、スピット。あ〜んってして! あ〜んって」
「あー…んぐっ…もぐ…もぐ…うん、これはおいしいですね」
「ほら、今度はアタイにやっておくれよ! ほら、あ〜ん♪」
「どうぞ」
「んっ…むぅ…んぐっ…っぷはぁ♪おいし…♪ねえ、これってスピットとアタイで関節キスしたことになるねぇ♪」
「そうなりますね。あと関節ではなく間接ですね」
「ねぇ…スピットぉ…♪今夜になったらさぁ…その…アタイと…♪」
「ああ、わかりました。では今夜になったらセックスしましょうか」
「やった♪それじゃあアタイ、あの店にあるあのどんな人でも盛り上がること間違いなし! 媚薬成分1000mg配合レポビタンBっての買ってくるねー!」

新婚さんはイチャイチャしていた。
イザヤさん、危ないから尻尾を振り回さないでください。

「…お前らは落ち着くということを知らないのか…まったく…あとスピット、お前は少し言葉を慎め、往来でなんてこといいやがる」
「なあ、オディ、オディ」
「あん? どうしたルース?」
「あーんってして」
「できるか! バカタレ!」

完全におのぼりさんと化していた。

そうこうしているうちに

「ん…おい3人とも、鍛冶屋についたぞ」

彼らは鍛冶屋「山の乙女」をみつけたのであった。

店は石造りの建物で、表には客が入るであろう木の扉が一つだけで、その他の窓の類は一切なく、建物のところどころにある空気穴のようなところから煙が立ち上っているだけで、店内の様子をうかがい知ることはできない。
周りの店が軒先に自らの店で鍛えたであろう剣や防具や日用雑貨を平積みする中、この店だけは表に先ほどの看板が掲げられているだけで、そうと知らなければ鍛冶屋とは思えない店構えだった。

「ここがオディの言ってた鍛冶屋なのかい?」

イザヤが戻ってきて尋ねた。
手には先ほどのレポBが入った袋をぶら下げていた。

「ああ、そうだ。俺の恩人の弟子のひとりでなぁ。この町でいい人を見つけて店を持ったっていう話だったんでなぁ。ちょうどいい機会だから訪ねようと思ってたんだ…ああ、鍛冶の腕もかなりいいぞ。アイツの弟子だからな、問題はないはずだ」
「あなたの主観はどうでもいいです。職人の腕は直接みて判断するのに限りますから」

予想通りの返答すぎて乾いた笑いしかでてこねえ

「ははっ…まあそうだな。これに関してはお前らが見て直接決めればいい」
「なあ、早く中入ろうぜ! 俺早くこの槍鍛えてほしいんだよー」
「そうだな、店の前で長話してもしょうがねえしな。じゃあ中に入るか」

そう言って彼らは扉を開け、店の中へと入って行った。

店の中は窓の外見とは裏腹に、思ったよりは暗くなかった。
というのも、店のすぐ奥で炉を動かしているらしく、炉の中で赤熱した金属が放つ光が店の中を淡く照らしているようであった。
しかし、店の中には客のために用意されているであろう長椅子と机がひとつ設置されているだけで、商品の類はまたしても一切陳列されておらず、店主が客と具体的な応対をするためのカウンターにも何もおいてなかった。
ついでに、そのカウンターにいるべき店主もいないのはいかがなものかと思うのだが。

「…オディ。この店は本当にあなたの言う鍛冶屋なのですか?」

さすがに、直接見えるわけではない炉の照り返しだけでこの店を鍛冶屋と断定することはさしものスピットでも難しかったようである。

「確かにここのはずなんだが…おーい! すいません! 誰かいませんかぁ!」

店の奥に向かって声を張り上げてみたものの、まともな返事はかえってこなかった。

まともではない返事ならかえってきたのだったが。

――あっ♪いやっ♪ちょぉ…ちょっと、やめっ、あぁん♪待ってってば♪お客が…お客さんが来てっ、ひゃぁぁぁぁ♪すいませぇんっ、お客さ、あっ♪ちょっとだけぇ…すぐ行きますぅぅぅぅぅん♪いやっ♪もうだめっ♪イクゥゥゥゥゥゥゥゥ♪

「「「……」」」「…っ♪」

イザヤさん、内またになってもじもじしないでください。


―――――――――――――――――――――――……


しばらくして、ほんのりと頬を赤く染め、まるで全力疾走してきたかのような汗をかいたドワーフが店の奥からやってきてカウンターの上に座った。
心なしか彼女、ツヤツヤしているような気がしていた。

「いやぁー、すまない待たせちゃって。旦那がどうしてもって聞かなくってさぁ…♪」
「あー…まぁ、個人の自由だからなぁ…気にしないでもいいぞ」
「そうかい? それにしてもオディさん久しぶりだね。わざわざ訪ねに来てくれてありがとう。お連れさんも、まあゆっくりしていくといいよ。ちょっと店の奥からお茶でもとってくるからさ」
「いえ、おかまいなく。それよりも私たちはあなたの鍛冶の腕を見せてもらいたいのですが、えー…」
「ああ、見てわかるかもしれないけど、あたしはドワーフのスミっていうんだ。んで旦那がクライヴ。よろしくね。あんたらの名前は?」
「俺はルース!」
「スピット」
「アタイはアマゾネスのイザヤっていうんだ!」
「うん、ルースにスピットにイザヤね。よろしく! それで、あたしの鍛冶の腕が見たいってことは何か作ってもらいたくて来たんだよね? なに作ってほしいの?」
「あんなー、俺はこの槍を鍛え直して欲しいんだよ。ずいぶんボロが目立つからさ」
「私は、この暗器をイザヤの剣と一緒に新調してほしいのです。その時に、できれば彼女の剣と同じ意匠を取り込んだ特別なものに仕上げてほしいです」
「おん? お揃い? というとお二人は夫婦かなにか?」
「はい、私の妻です」
「いやぁ…えへへ…夫です♪」
「うんうん、仲良きことは美しきってね。わかった! その依頼、受けようじゃない!」
「いえ、ですからあなたの腕を見てからですね…」
「ああ、そうだったそうだった。えーっとね、こんな感じのを作ってるんだけど、みんなのお眼鏡にかなうかな?」

彼女はそう言うとカウンターからひょいと降り、下から適当な数打ちを取り出して彼らに配った。
3人は、渡された剣を適当に振ったり、光の反射をみたり、刀身をたたいて音を確認したりして、その剣の出来を各々確認した。
そして、出来を確認し終わったルースとイザヤは満足そうな顔をしていた。
ただ一人表情の変化がないスピットも、受け取った剣を丁寧に返却して言った。

「あなたの鍛冶の腕はよくわかりました。数打ちの剣でこれだけの出来とは、あなたの腕の良さがよくわかります。あらためて、依頼をさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「もちろん大歓迎さ! あんたらも見たところ、物の良し悪しがちゃんと見分けられる人みたいだからね! あたしも腕の振るい甲斐があるってものさ!」

スミは自分の仕事に対するスピットの素直な賞賛を聞いて、とても満足そうにそう言った。
そして、この店を勧めた張本人であるオディも、一連のやり取りを見て満足そうにうなずいていた。

「スピットも満足したようでなによりだよ。あー、スミ。商談がまとまったとこで悪いんだが、俺の方の用事も片づけていいか?」
「ああ、大丈夫だよ、ちゃんとわかってるよ。クライヴさーん! 疲れてるところ悪いけど、お客様と意匠の打ち合わせをやっといてもらえない? オディのことはあたしじゃなきゃできないからさ! 頼んだよ!」

そう言って彼女は旦那と入れ替わりで炉が置いてある店の奥のさらに奥のほうにひっこんでいった。
オディもそれについていき一緒に奥の部屋に入って行った。

二人が入った部屋は先ほどまで照らしていた炉の光が届かないため、最初は真っ暗だったが、スミがごそごそと何かやったかと思うと、にわかに部屋が光で満たされて明るくなった。
どうやら天井に松明のようなものが設置されているらしく、彼女が何かしたことによってその松明に火がともったようであった。

「…またおかしなものだな、こんなに白く明るい松明は初めて見る」
「師匠の教えを応用して、魔力を灯りとして利用してるんだよ。さしずめ魔力灯ってとこ」
「ははっ…俺の頭じゃあ、原理は到底理解できそうもないな」
「それじゃあ、とりあえずマントとか全部脱いで、その台の上に寝てもらえる?」

それを聞いたオディは、自らの体を包み込み体のラインをわからなくしているその旅行用のマントの留め金を外し、持っていたすべての荷物を床に置き、鎧だけを残して台の上に横たわった。
その鎧は全体が汚れでくすんで黒味がかっており、人間の肌色が露出している隙間が一切なく、着用者が外をみるためについている兜の隙間の中にも、人間の雰囲気は感じられない。
そして鎧は人間の体にぴったり合わせたようなものではなく、そのラインには直線の部分が多く、そして明らかに飾りとも違う付属物や穴が鎧のあちこちについていた。

「外側はだいぶ汚れが目立ってるね…傷は無い?」
「大丈夫だ、修正が必要そうな傷は一切ないはずだ」
「そうだね、外側は磨いてしまえば細かい傷も消えそうだね。それじゃあ、はじめさせてもらうよ?」
「この後用事があるからな、なるべく早くしてくれ」
「了解♪」


―――――――――――――――――――――――……


スミとの用事を早く済ませてもらった後、スピットとイザヤのバカップルコンビはもう少し話し合って意匠を決めたいと言ったので、あとで集合する宿屋の場所だけ伝え、ルースとオディの二人だけで鉱石の買い付けに行くことになった。
あの二人のそばにいるだけで、全身がむずがゆくなるような、口の中が甘ったるくなるような、そんな気がしていたので二人を鍛冶屋に置いておくのはこの男二人にとってありがたいことだった。
そんなわけでふたりは町の中心にある、鉱山の管理と採掘物の卸しを行っている会社、ディグアントに来ていた。

建物に入ってすぐの受付には、先ほどの鍛冶屋と同じように長椅子と机が置かれていたが、今度はあちこちに観葉植物や町の職人が作ったと思われる置物などが設置されており、ちゃんと客をもてなすという心が見て取れた。
部屋の大きさも先ほどとはけた違いであり、銀行の取引窓口のように横に長いカウンターには実際にお客とやり取りをする会社の社員が等間隔に座っていた。
ちなみに、この会社の社員はこの町の元となったジャイアントアント達とその夫たちで構成されている。
とにかく、毎日多くの商人や採掘希望の労働者など、さまざまな目的の人たちが訪れていくるので、この入口の部屋はそんな人々を整理するための受付窓口なのであった。

さて、その窓口に二人はやってきていたのだったが、窓口の様子は明らかにおかしかった。
そこには大量の人がごった返していて、中には怒号を上げて受付のジャイアントアントに詰めかかろうとしているものもおり、彼女らの夫でもある警備員たちがなんとか事態を収めようと、躍起になって彼らをせき止めていた。
この場は、明らかに普段とは違う雰囲気をかもしだしていた。

「…なあ、オディ。ここに来る連中はみんなこういうガラの悪いやつばっかなのか?」
「いやぁ…そういうことはないと思う。商人なんかはガラが悪かったら取引なんてしてもらえないだろ?」
「だよねー…どうする? 鉱石の買い付けの交渉ができるとは思えないけど」
「いや、実は買い付けの注文だけはすでにセイン達が注文書を送って済ませてあるんだ。俺たちは、セイン達のところからきたっていう証明書を提出して、取り置きしてある鉱石を受け取って帰るだけだ」
「それじゃあ、とりあえずどうすればいい?」
「そうだなぁ…さすがに全社員がこれの応対をしているわけでもないだろう。手の空いてそうな社員に声かけて、事情を説明して…っと」

丁度そのとき、一人のジャイアントアントがわたわた急ぎながら入口から入ってきた。
オディとルースはとりあえずなんとかしてもらおうと思って、彼女に話しかけた。

「あのぉ…すいません…」
「はい!? 呼びましたか!?」

呼びかけられた彼女はずり落ちそうな書類を器用に足に挟みながら、やはりずり落ちそうな眼鏡を直し、応対した。

「忙しいところ申し訳ないんですけど…私ら注文だけ先に済ませてありまして、その鉱石が取り置きしてあるはずなんですよ。ですから、それだけ持ち帰れればいいだけなんですが…あいにくと窓口があんな状況になって困ってるんですよ…そのぉ…どうにかならんもんですかね?」
「あ〜…そうなんですか? でも申し訳ありません、今は何もできないんですよ」

事情を聞いたジャイアントアントは困ったという顔をしながらこう答えた。

「あのさー、お姉さん。今こんな風になってるってことは何かあったの?」
「はい…実は鉱山の方が昨日から閉鎖されてしまっているんです…」
「閉鎖? するとなんですか、落盤か何かで?」

オディは山が崩れて坑道が塞がれてしまってものだと思ったのだがそうではなかった。
彼女は自らの足をすり合わせて(指をいじくる的な行為なのだろうか?)泣きそうな顔をしながら答えた。

「いいえ、違うんです…鉱山が閉鎖されたのはですね…」

「…鉱山にドラゴンが立て籠もってるんです…」


―――――――――――――――――――――――……


「へぇ〜、鉱山にドラゴンがねえ…クライヴさんこのこと知ってた?」

妻であるスミの言葉に対し、クライヴは静かに首を横に振った。

社員に事情を聞いた二人は一旦宿屋に戻った後、まだ帰ってきてなかったバカ二人を迎えに先ほどの店に戻り、スミ夫妻も交えて事の次第を説明していたのだった。

「でも、ドラゴンは鉱山に立てこもっただけなんだろ? それだったら別に新しい鉱石が取れないだけで、以前に採掘した鉱石の保管とかしてるんじゃないのかい? どうなのさ?」

不思議そうな顔をしてイザヤがそう聞き返した。

「それがなぁ…やっこさん倉庫の方も襲ったらしくてなぁ…保管してた鉱石の大半も一緒に鉱山の奥に持ってかれちまってるらしいんだ…」

オディがそう答える。

「それで? ドラゴンが立て籠もっている理由などは判明していないのですか?」

イザヤに続いて、今度はスピットが当然の疑問を口にした。

「いやー。お姉さんの話だと、ドラゴンの目的はわかってないんだってさ。光る物が好きだから立て籠もったんじゃないの?」
「なんだい? ドラゴンってのはずいぶんと偏った食生活なんだねぇ」
「イザヤ。多分お前は全く違うものを想像してる」

無論、ここで言ってるのは宝石や貴金属のことであって、決してアジやコハダのことを指しているわけではない。

「ああー…もしかしたらあれかな? マジカント鉱石が目的なのかも」
「スミさん。マジカント鉱石とはなんですか? 初めて聞く名前ですが…」
「あれ? スピットさん知らなかった? マジカント鉱石っていうのはね、このディグバンカー鉱山で初めて見つかった鉱石なんだよ。精錬しても普段の見た目はそこらの鉄となんら変わりないんだけど、ちょっと面白い特性があるんだよ」
「面白い特性? スミ姐さん、その特性っていうのはなんなんだい?」
「えーっとね、そのマジカント鉱石はね、魔力や精力を吸収するっていう特性があるの。それで力を吸いこんだマジカント鉱石はとってもきれいな輝きを放つんだよ」
「精力を吸うと光るだなんて…なんだかロマンチックじゃないか…♪」

イザヤがうっとりしていた。
やはりアマゾネスでも、(魔物的な)ロマンや雰囲気は大事にするようであった。

「そもそもだなぁスピット、俺らが頼まれて買い付けに来てる鉱石ってのがそのマジカント鉱石のことだぞ? 知らなかったのか?」
「私たちの目的は鉱石を受け取るだけなので、受け取る鉱物の内容を覚えておく必要はないと思っていました」

スピットはしれっと弁明した。

「あと、忘れていてもセインなら別にいいや、と思いまして」
「…お前セインの事嫌いなのか…?」
「嫌いではありません、虫唾が走るのです」

そういうのを嫌いと言うのだが。

「でもさ、それだったらなおさら問題じゃないかい? もし本当にドラゴンがマジカント鉱石を目的としてるなら、このおつかいは絶対に失敗ってことになるんじゃない?」
「いいではありませんか。こういう事態はしょうがないと割り切って、素直に報告すればいいのです。この問題は解決したので、装備だけ整えてしまいましょう」

そう言って、この問題は終了とばかりに話を切って、自分たちのウエディングウエポンの話に戻ろうとしていた。
しかし、さっきまで(二人がディグアント社から戻ってくるまで)嬉々として仕事の話をしていたはずのスミはバツの悪そうな顔をして、心底申し訳なさそうにこのアマゾネスと冷血魔術師の戦闘民族’sにこう答えた。

「実はねぇ…その…二人の武器の意匠に組み込もうとしてたものにね…マジカント鉱石が必要で…このままだと二人の依頼の品も完成しないんだけど…」
「とっととドラゴンをナマスにしてやりましょう。私たちの邪魔をしてくれたことを思い知らせてやるのです」
「アマゾネスに伝わる戦闘術、特と味わってもらおうじゃないかね!」

一気に掌返しで物騒なことを言い始めた。

「お前なんか、イザヤとくっついてから明らかに感情が芽生えてねぇか?」
「いえ。私は人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら、という言葉に従っているだけです」
「アタイたち夫婦の道は誰にも邪魔させないんだよ!」

まさかスピットから恋路とかそんな言葉が飛び出すとは思わなかった。
なんだかんだ言って、イザヤと(いきなり)くっついたのは満更でもなかったようである。

その様子を見ていたルースだったが、そんな二人にぽつりとこう質問した。

「でもさー、ドラゴンを倒しに行くのはいいんだけどさー、二人は武器なしで戦えんの?」
「「……」」

完全に失念していたって顏だった。
そもそも、今この鍛冶屋にいる理由は武器を新調してもらうためであり、ルースの槍は別として、スピットとイザヤは前回の夫婦喧嘩によって武器が大分消耗していたのだった。
そんな不完全な武器の状態で、あのドラゴンに太刀打ちできるはずもない。

「だ…大丈夫さね! アタイのダンビラならたかがドラゴン一匹何とでもなるよ!」

そう言って自分の剣を軽く振ったが、次の瞬間留め金が外れて刀身だけ床に落ちた。

「暗器が無くても私には魔法があります、問題ないです」
「残念だが、お前レベルの魔法でもドラゴンの鱗を貫くのは無理だ。諦めろ。」
「…! …!」

こころなしかこの男、若干悔しそうにも見える。
どんなに威力ある魔法でも、ドラゴンの鱗は強力な退魔の力を持っており、並外れた威力か、なんらかの媒体を介さない魔法攻撃では傷一つつけるのも難しいと言われている。

「そんなぁ…それじゃあアタイたちのお揃いの武器はなしってことかい…」
「……」

イザヤは、尻尾も完全にへたっており、全力で“無念”の気持ちを体現していた。
スピットも腕を組んで黙り込んでしまい、二人の残念な気持ちがひしひしと伝わっていたのだった。

そんな様子を見てため息を一つ漏らしてから、ゆっくりと鎧をきしませながら立ち上がり、パーティ唯一のツッコミ役が、彼女らに向かってこういった。

「二人とも心配すんな。俺がお前たちへの祝儀代わりにドラゴンを退治してきてやるよ」


―――――――――――――――――――――――……


―おいお前! 大丈夫か! しっかりしろ!
―大丈夫だよ隊長! あんなバケモノにやられてたまるかってんだ!!
―ハッ! それだけ言えるならまだ心配ないなァ? オイ!! あの子の様子は!?
―かなり危ない状態です! ここでは十分な治療ができません!! せめてコイツの手の届かないところに行ければ…!
―隊長!! 大変です!! 後詰めの連中が…!
―…みなまで言うなよ、最悪すぎて気絶しそうなんだからよ…ああ、本当にどうしようもないなぁ? せっかく昔からの夢叶えられるチャンスだと思ったのによお?
―隊長の夢ですか? 気になりますねえ! せっかくだからその夢を僕らに教えてくださいよ! 夢ぇ語ってかっこよく死んで行けますよ!
―ほんとお前らはいい性格してるよなぁ!! じゃあリクエストに応えて教えてやるよ!! 俺の昔からの夢っていうのはだなぁ…!
―隊長ぉ! 危ない!!! 避けてください!!!


「オディ!」

急に声をかけられ、肩を跳ね上げて驚いてしまった。

「どうしたんだよ? 急に黙り込んじまってさー」
「ああ…なに…ちょっとな…」

オディが言葉を濁して答えた。
どうして俺はあの時の事なんて思い出してんだろうなぁ…

「おーい、オディー」
「ちゃんと聞こえてるよ…あんまり先走りすぎるんじゃねぇぞ?」
「大丈夫だって、ちゃんとわかってっからさ…あっ! この石すげえ綺麗! 持って帰る!」
「はぁ…ルースぅ…お前ってやつは…」

こいつには緊張感というものが無いんだろうか…
ルースの行動にオディは頭を抱えていた。
彼らは、手に持ったカンテラの光を頼りに、ひたすら坑道の奥へ奥へと進んでいたのだった。

ディグアントの人は、彼らが坑道に入ることをあっさり許可した。
ドラゴンの退治をしたいので、鉱山の中に入れてもらえないだろうかと頼んだら、応対した社員は目をまるくさせて驚いたあと、上の人に話を伺ってきますと言って、彼らを応接間に通したのだった。
そして、なんと社長であるジャイアントアントの女王とその夫がわざわざやってきて、まさに渡りに船で助かった、お礼は十分にするといったことを言って感謝したのだった。

「お前…あんまりはしゃいでると落盤に巻き込まれちまうぞ。閉じ込められても知らんぞ?」
「ははっ、そん時はオディが何とかしてくれるだろ?」
「まぁ、何とかしてやらんでもないが…っておい、お前それどっから持ってきた?」

薄暗くて気が付かなかったが、いつのまにやらルースは大きな宝箱を抱えていた。

「えっ? なんか置いてあったから持ってきたんだけど。せっかくダンジョンに潜るんだから宝は回収していかないとさ!」

いや、ここは別にダンジョンじゃなくてただの鉱山なんだが…
だが、今重要なのはそんなことではない。

「…ッ! ルース! その宝箱から離れろ!!」
「え? なんで? もったいないじゃん」
「いいから早く! そいつは宝箱じゃない! ミミックだ!」

オディがそう叫んだ瞬間、ルースが抱えていた宝箱は勢いよくその蓋を開け、認識する間も無くルースを中に引きずり込んだ。

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……………」
「ルース! ルース! …クソッ!!」

オディは床に落ちた宝箱に近づきすぐに蓋を開けたが、すでに中身はなくただの空き箱になっていた。

「ほかの魔物がいることも考えておくべきだった…! 整備された坑道だから大丈夫だと思ってた…! 完全に油断した…!」

普段いろいろ口うるさく言ってるのに、いざとなったらこのザマだ。
本当にあの時から何の進歩もない…!

「よーう、オッサン。あんた今一人かい?」
「!?」

今度は急に後ろから声をかけられた。
すぐさま後ろを振り返り灯りを向けてみると、緑色の肌と角をはやした魔物、オーガが手の骨を鳴らしながらこちらへ近づいてきていた。

「全身甲冑なんて着こんで、そのままだと暑いんじゃないか? 少し脱いだらどうだい?」
「脱ぎたくても脱げないものでなぁ…大体脱いだら俺のこと犯すだろ?」
「まぁそうだけどね! それでしこたま犯した後にあいつのところに連れてってやるよ!」
「…あぁーはいはい、なるほどねぇ…つーことは、お前らここに来たドラゴンとグルってわけか?」
「へへへ…お前の相方は随分ときれいに罠に嵌ってくれたもんだね? おかげでやりやすくなったよ…」

つまりは、ルースをさらったミミックもドラゴンの仲間か。
だったら問題はない。
コイツは俺を犯した後におそらくドラゴンのところに俺を連れて行くのだろう。
どうしてかはわからんが、多分ドラゴンにそう頼まれたのではないかと思う。
だったら、ルースも同様にドラゴンのところに連れていかれたはずじゃないだろうか。

「つまり、このままドラゴンのところを目指せばいいだけの話だな」
「へへ…そう焦るなって。どうせ犯した後にあいつに会わせてやるんだから急ぐことはないんだ。それに…みんなもオッサンのこと犯したいみたいだしなぁ?」

そう言った彼女の背後に別の魔物の気配と声がする。

「ねえ? こいつを縛り上げてやったら、どんな素敵な悲鳴をあげてくれるかしら?」
「早く体いっぱいに精液浴びたいなぁ…♪」
「しょくりょうーしょくりょうー」

まずいな…このままここにいたら、こいつら全員の相手をせにゃならん。
当然そんなことはごめんこうむりたいので、さっさと逃げ出そうとして通路を先に進もうと振り返ると

「逃がさないんだからね〜」
「ヴぁー…うぁー…」
「ねえ、早くあの鎧剥がしちゃおうよ!」

完全に囲まれていた。

「さぁ、さっさと観念しておとなしく犯されちまいな! 最高に気持ちよくしてやるよ!」
「…はぁー…やっぱりドラゴンなんかと関わったのが間違いなのかねぇ…」

安請け合いなんかするんじゃなかった。
だけども、ここで引くわけにはいかない。
ルースがドラゴンのところにいるのだ。
もうあの時みたいに仲間を失うわけにはいかないのだから。

「お前らさぁ…本当に悪いんだがなぁ…」
「あん? なんだ? 何してんだ?」

何でこの男、手を突き出したりなんかして…
オーガがそう思った次の瞬間

「少しの間萎えててくれ」
「!?」

…ヒュゴォォォォォォォォォ!!!

急に風が吹き始めた。
だが、明らかにただの風じゃない。
その風はまるで竜巻のように彼女らを吸い寄せようとしていた。
そして、その竜巻はオディの手のひらから発生していた。

「クッ…! お前魔術師だったのか!!」

オーガはその風を魔法で発生させているものだと思っていたが、実際はそうではなかった。

「残念ながら魔法じゃないんだなぁ!! スミの奴の自慢の改造を応用してるだけだよ!!」
「そいつはどういう…!?」

必死に風に耐えていた彼女らだが、だんだんと体中から力が抜けてきていた。
しかし、そもそも必死に耐える時点でおかしいのだ。
なぜならこの風の勢いはそんなに強いものではなく、人一人どころかそこらへんに転がってる石ころも浮き上がっていない程度のものなのである。
それなのに、何故竜巻のような風だと勘違いしていたのだろうか。
その疑問が浮かんだ頃には、もうすでに足腰が立たないようになっており、全員地面に転がっていたのだった。

「ッ…はっ…オッサン…何しやがった…?」
「なあに、ちょいとお前らの魔力吸い取らせてもらっただけだよ」
「はぁ…? 魔力を…吸い取ったぁ…?」
「お前ら魔物が男から精力食べるだろ? アレを応用した仕掛けがこの腕についてるものでね、そこから魔力を吸い取らせてもらった。お前らには風が吹いてるように感じただろうが、あれは俺が吸い取った魔力の流れを感じていただけだ」
「なんだよ…それ…魔物の魔力吸い取るって…反則じゃん…か…」

そう言って、オーガ達はみな気絶してしまった。

「今回の改造は当たりだったかな…便利だなこれ」

だが、別に彼女たちは死んだわけではない。
魔力を吸い取られたことによって精根尽き果ててしまっているだけである。
ちょうど、人間の男性が精力根こそぎ吸い尽くされて倒れてしまうのと同じだ。

「さぁて…さっさとドラゴンのとこへ行って、囚われの姫君を返してもらうとしますかぁ…」

まぁアイツは姫君なんて、そんな御大層なタマじゃないんだけどな。
オディはルースの持っていたカンテラを拾って、奥に進み始めた…


―――――――――――――――――――――――……


一方のルースは、ミミックに引きずり込まれたあと、なんやかんやあってドラゴンのところに連れてこられていた。

「なー、早くほどいてくれないかなー。さっきからふとももがかゆくてしょうがないんだよー」

ルースは縄で体をぐるぐる巻きに縛られていた。
まるで蛹か、出来の悪い新種のラミアのようであった。

「うるさい! 縄ほどいたらまた槍振り回して暴れるつもりでしょうが!」

ミミックの少女はそう言いながら、ルースに叩かれてこさえたでっかいたんこぶをさすっていた。

「そらそうだよ、あたりまえじゃん? だからさー、早くこのツチノコスタイルをなんとかしてくれよー」
「暴れるって宣言した奴をほどくかー! 私の部屋を荒らしたんだから反省しなさい!」

ミミックの異次元空間に吸い込まれたルースは、そこでしこたま暴れまわったあとミミックの麻痺魔法を喰らってようやく止まったのだった。
いきなり箱の中に引きずり込まれて驚くどころか、「すげーすげー」とはしゃぎながら暴れまわるだなんて…なんて非常識な奴なんだろうか、と涙目になっていた。

「ねぇー…もうこいつ、さっさと搾り取ってそこらへんに捨ててきていいでしょ?」
「ふふふ…そうはいかぬ…こやつは我の計画に必要不可欠なのだ…」

ミミックに問いかけられた彼女は、うずたかく積まれた鉱石の山のてっぺんに座りながら、胸を張ってそう答えた。
彼女こそが、この鉱山に立てこもりルースたちが対峙すると決めたドラゴンなのであった。

「そうよ…人間。貴様には大事な役割があるのだ…この我の威光を! 我の強さを! すべての人間に伝えるために! 我の脅威を貴様には身を持って味わってもらうぞ…? ククク…せいぜい怯え竦んでおるがよい…数刻のちには、もしかしたらまともな姿ではないかもしれぬぞ? …ククク…ハハハ…ハァーッハッハッハッハッハァ!!」

見事な赤い長髪をなびかせて、見たものを射竦める瞳で、魂にまで響くかのような声で。
その姿が、その所作が、その存在が、すべての生物を屈服させるのに十分なものであった。
まさに、その姿は力の体現であり、魔物の最高峰そのものだった。

「おーい、そんなに胸張ったら鱗はじけ飛ぶんじゃねーの?」
「きききき貴様! どこを見ているのだ!! この変態めぇ!」

彼にはあまり関係なかったが。
せっかくの雰囲気が台無しである。

「ふ…ふんっ! まあよい! 直に貴様の仲間もここに連れてこられる…せいぜいその時までに辞世の句でも考えておくのだな…!」

なんとかもちなおした。
威厳復活である。

「ん? なんだ、お前オディも捕まえて連れてくるつもりなのか?」
「そうだとも…愚かにも我の居る場所に許可なく入ってきたのだ…当然許すはずがなかろう? 我の同胞に捕えられて、犯しつくされた姿はさぞかし無様なのだろうなぁ? …ああ! それともその仲間は貴様を見捨てて逃げ出しているかもしれぬなぁ!? どちらにせよ貴様には希望など残されておらぬわ! ハァーッハッハッハッハァ!!」

先ほど恥をかかされた意趣返しとばかりに、ルースの気勢を削ぐような挑発を言い放つ。
だが、その言葉を聞いても、ルースは調子を崩さずに言った。

「あー…多分その予想、両方ともハズレだ」
「…ほう? ずいぶんな余裕だなぁ? それほどまでに信頼しているとでも?」
「うん、まぁ信頼してるのもあるけどなぁ。あいつは対魔物のエキスパートだから」
「なんだと…? 今…貴様、対魔物のエキスパートと言ったか…!」

その言葉を聞いて、ドラゴンの表情が変わった。
先ほどまでの余裕がある態度とは違い、明らかに怒っている。
その目の奥に、憎悪の光を宿し。
口の端から薄く炎を上げながら。
彼女は乱暴に近づいてルースの首を片手で締め上げ、空中にぶら下げるようにもちあげて言った。

「言え!! そのオディについて!! 洗いざらい知っていることを全部吐け!! 」
「ちょ…! ちょっと駄目だって! それ以上いけない! そのままだと死んじゃうよ!」
「言えよ! さっさと言えってば!! 何黙ってるのよ!! 早く教えなさいよ!!」
「う…! ぐ…ゲホッ…! カハッ…!」

先ほどの様子とは全く違い、自らの感情をむき出しにしながらルースに対して必死に問い詰めていた。
もはや言葉づかいを気にする余裕すら失っているのか、その姿には先ほどの威厳はなくなっており、一人の女が癇癪を起しているようにしか見えなかった。

「ねえダメだってば!! 手を離して!!」
「…チィッ!!」

ミミックの静止によってなんとか踏みとどまったのか、首を絞めるのをやめて乱暴にルースを投げ捨てた。

「ガハッ…! ゲッホ、ゲホッ…!」

受け身を取ることもできず、地面に叩きつけられたルースは体に走る衝撃によって肺の空気を漏らすことしかできない。
だが、気道を絞める手が無くなったことによって、自由に喋ることはできるようになった。

「ケホッ…なんだよ…対魔物つったら急に怒り始めて…お前、以前に討伐かなんかで痛い目でもみたのか…?」
「…ハッ! 我が人間にだと? 冗談じゃない。我は不覚などとっておらぬ…だがな…貴様ら人間が! 我のマ…母上と父上に対して行った所業は断じて許されるものではない!!」

その声を、憎しみで震わせながらドラゴンは続けた。

「奴らは…教団の騎士団は…大勢でやってきて…我ら家族を襲ったのだ!! 我らは何もしておらぬというのに!! 魔物というだけで奴らは!! 母上はその時の傷のせいでもう2度と空を飛ぶことができぬ体になってしまった! 父上も目をやられて光を感じることも出来ぬようになった! それに私たちを守るために他の魔物が大勢亡くなったという…! 父上の大事な友人も…全員…! 貴様ら人間は…魔物だけでなく同胞にも…! そんなことをいともたやすく…残酷に…!」

それ以上は続けなかった。
もう、言葉では今の感情を表し切れないのだろう、それ以上言葉をつなぐことはなかった。
その様子を見たルースが、思いついた疑問を投げかけた。

「…じゃあ、お前はもしかして人間に復讐するためにこんなことをしてるのか?」
「復讐だと? 野蛮な人間らしい発想だな。我はそんな低俗な目的のためにやっているのではない。我は魔物の威光を人間に知らしめるためにやっているのだよ」
「…威光?」
「そうよ。魔物と人間が愛し合い、認め合う。そんな関係を我は否定したりはせぬ。だがな、それでも愚かな人間は我らに対して牙をむくことを止めぬのだよ。なれば、我らの武を、我らの威を、我らの恐怖を、愚かな人間どもに知らしめ、その牙を抜いてしまえばよいまでよ。二度と我らに刃向うという意思を持てぬようにな。だからなぁ、人間よ。貴様のその減らぬ口も、二度と叩けぬように我の恐怖をその身に刻ませてもらう。その姿を見た人間が、魔物に逆らうなどと思えなくなるほどに痛めつけさせてもらう」

そう言って、彼女は鋼鉄すら引き裂くというドラゴンの鋭利な爪をゆっくりと振り上げ、ルースに対して振り下ろそうとした。

「減らず口を閉じさせるってぇのには俺も同意させてもらおうかぁ」

その言葉を聞いて、ドラゴンは爪を振り上げた状態で動きを止めた。
そして、ゆっくりと声のした方へ振り返った。
彼女らがいる大部屋の入り口には、全身を甲冑で覆った大男が立っていた。

「よう、ルース。無事か?」
「ああ、大丈夫だよ。オディ」

鋼鉄の体を持つ男が、ルースを助けに来たのだった。

「あ! あいつだよ! あいつがこいつの仲間のオディってやつだよ!」
「…そうか、あいつが…」

ドラゴンは、オディに対してちゃんと振り返り、相対して彼に問うた。

「おい貴様! オディとか言ったか!」
「あぁ? それがどうかしたか?」
「そこの人間から聞いたが、貴様は対魔物のエキスパートらしいな!」
「…それで?」
「貴様…もしや教団の騎士団の者ではあるまいな!!」
「!」

オディはその問いを聞いて、答えるのをためらっているようであった。
彼はその問いに答えようとしなかった。

「さぁ答えろ!! 答えねばそこの者の命はないものと思え!!」

それを聞いたミミックが、あわてたようにルースの槍を彼自身に突きつけた。
さすがにその脅しに対して無言を貫くわけにはいかないと見えて、彼は観念して白状した。

「…ああ、そうだよ。今は違うが、俺は教団の元騎士だよ…それがどうした…って聞くまでもなさそうだけどなぁ…」

彼の答えを聞いたドラゴンは、もはや全身から放たれる怒気を止めようとしなかった。
髪は重力に逆らい、燃え盛る炎のようになっていた。
瞳は肉食獣のように縦一文字に開いており、もはや威嚇ではなく明確な殺意を放っていた。
先ほどまでは一部をのぞかせていた肌も、今ではすべてが強靭な鱗で覆われている。
その姿はかろうじて魔物娘だとわかる程度で、醸し出す雰囲気や様子は旧魔王時代の魔物と遜色ないものであった。

「コロス…! 騎士団の人間は全て…! 絶対に許さない…! ママとパパにしたこと…! パパの大事な友達と、守ってくれた魔物のみんなの仇!! お前は消し炭すら残さない!!」
「あぁ…やっぱりドラゴンに関わるとろくなことにならねえ…」

オディは自らに殺意を向けるドラゴンに相対して構えた。
そこで、一つ思い出したことがあったので、ドラゴンの気にあてられて固まっているミミックに向けて声をあげた。

「おい! そこのミミックの嬢ちゃん!!」
「ひゃい!? なっ…なんなのよ! なんの用よ!」
「このままだとお前も巻き込まれるかもしれないからなぁ。悪いがうちのルース連れてちょっと引っ込んでてくれねえか?」
「なっ、なんであんたの言うこと聞かなくちゃいけないのよ! そんなのお断りよ!」
「…じゃあ、お前そこのドラゴンの嬢ちゃんに焼き殺されるかね? たぶん見境なしだぜ?」
「そ…それは…!」

そう言われて、ミミックはドラゴンの方に視線を向けた。
そこには、激昂に身を任せ、もはや周りの様子も確認できないであろう友人の姿があった。
それを見てしまったら、もはや躊躇してる時間などなかった。

「〜〜〜! もうわかったわよ! コイツ連れて引っ込んでるわよ!」
「お? なんだ? お前俺も連れてってくれるのか?」
「いいからおとなしくしなさい! また部屋の中で暴れたら承知しないんだからね!?」
「オッケー、もう暴れないよー。それじゃあオディ、頑張ってなー」

そう言い残して、ルースはミミックの少女に再び引き込まれ、箱の中に姿を消した。
とりあえず仲間の無事を確保できたので、オディは目の前の魔物に集中することにした。

「コロス!! コロス!! 仇!! ママとパパの仇ぃぃぃぃ!!!」
「元騎士ってだけで嫌われたもんだな…ちょっと落ち着いてもらおうかお嬢ちゃん?」

シュゴォォォォォォォォォォォォォ!!!

そう言って彼は、先ほどのオーガ達と同じように魔力を吸い尽くそうとした。
だが

「そんなモンが効くかぁぁぁぁぁぁ!!」
「何っ!?」

馬鹿な!? 魔力を吸えない!? どういうことだ!?
オディが狼狽えている隙に、そのままドラゴンは大きく息を吸い込んで

「喰らぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

ドゴオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ!!

「うわっ!?」

オディは避ける間も無く、ドラゴンが吐いた炎の息に飲み込まれてしまった。
彼の姿は、炎の揺らめきの中に消えてしまった。

「ハァッ…! ハァッ…! そうだ…苦しめ…! お前ら騎士団に焼かれた人たちの苦しみを思い知って死んでいけぇ!!」

もはや、ああなっては助からないだろう。
いくら甲冑を着込んでいても、炎にまかれては無事では済まない。
じきにドラゴンの業火で焼き尽くされ、灰も残さずに死んでしまうだろう。
そう思っていたのだが

ドシュウン!
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
ズガッ!!

「あ゛?」

突然、炎の向こうから何かが飛び出し、右の頬をかすめて背後の岩壁に突き刺さった。
何が刺さったのか確かめるために振り向こうとしたのだが、次の瞬間

キュィィィイイィィイィイイイィイイィィィイン!!

耳障りな金属音を響かせながら何かが近づいてくる。
その正体はすぐにわかった。

「おっ…らぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ッ!? 貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ドゴォ!!

炎の向こうから火花を散らせて飛び出したのは、業火に焼かれて消し炭になったはずのオディだった。
彼は床との間に火花を散らせながら、左腕から伸びている金属製のワイヤーを勢いよく巻き取り、その勢いのまま右の拳でドラゴンの腹部を殴りぬけた。
しかし

「そんなもんが効くかぁ!!!」

ごぅっ!
ズバン!!

ドラゴンは腹部への殴打をものともせず、そのまま腕を振るい、オディの腹を爪で切り裂いた。

「っ!!」

オディはたまらずドラゴンの脇をすり抜けて、先ほど左腕から放った杭のところまで走り抜けて一気に転身してワイヤーを巻き取って杭を抜いた。
彼の鎧の腹部は、ドラゴンの爪を受けて大きく抉り取られていた。

「やっぱり…その爪喰らったら只じゃすまないか…」
「なんなの? あんたのその鎧…私の爪喰らってその程度で済んでるだなんて…それに炎に包まれても全く問題が無いなんて…」
「なぁに、ちょいと特別性なだけだよ」
「それに鎧に奇妙な仕掛けを施して…さっきからうざったいなぁ…!」
「そうかい? 中にはこういうのもあるんだぜ?」

ボシュッ
がしっ

甲冑の膝の部分が開いて中から飛び出した棒切れをうまくキャッチした。

「ほらほら! 俺を殺すんじゃぁなかったのか!?」

バシュゥゥゥゥゥゥン…

するとその棒切れの片方から光が伸び始め、気付けば刀身を形成していた。

「今度は光の剣…まるで大道芸みたいに…とことん馬鹿にしてくれるわね…!」
「スピット風に言うなら、正しくは魔力の剣です、ってところだ!」

魔力で形成された刃を確かめながら、剣をドラゴンに構えた。

「無駄なことを…そんな剣が私に効くかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

今度はドラゴンの方がオディに向かって飛びかかった。
しかし、その爪で彼を引き裂こうと腕を振りかぶったその時

「へっ、毎度ありぃ!!」

ヒュッ
ビュッ
カッ!!

「うわぁ!? なんだ!? 何をしたっ!前がっ!前が見えない!!」

いきなり目の前で閃光が炸裂したため、一気に視界を喪失してしまった。
何が何だかわからないままうろたえていたが

ガシッ

両腕を思い切り掴まれる感覚。

「貴様!? 何を!!」
「ちょいと失礼しますよっと…! それじゃあ早速いただきますだ!!」

ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!

一応言っておくがキスしたわけではない。
オディはドラゴンの両腕を直接つかんで、そこから魔力を吸い取りはじめたのだった。

「うああぁぁぁあぁぁぁあぁ!!!」
「…! よしっ! 今度は効いてる!」

思った通りだ!
さっきは距離があった上に、強靭な鱗が魔力の流出を防いでいたようだったが、直接つかんで吸い取れば問題ない!
このまま魔力を吸い取っておとなしくなってもらう!
そう思って一気に魔力を吸い上げるべく、勢いを上げた。

「ぐうぅぅぅぅぅうう…がああああああああああああああ!!」
「くっ…! ふぐぅ…! なんてぇ…魔力量だよ…!」

だがしかし、全力で吸い取ってなお、彼女の魔力は尽きる気配すらなかった。
直接つかんでもいても、強力な魔力耐性を持つ鱗に阻まれているのだ。
さらには、彼女自身が先ほどのオーガ達とは比べ物にならない量の魔力を保持しているのだ。
ちょっとやそっとのことでは吸いきれるわけもなかった。

「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…離れろぉぉぉぉぉぉぉ!!」

どごすっ!!

「うおぉ!?」

両腕を掴まれ、魔力を吸い取られているこの状態から逃れるために、彼女は足に全力の力を込めて渾身の蹴りを放った。
ドラゴンの力で放たれた蹴りとあっては耐えきれるはずもなく、両手を離して吹き飛んでしまった。
そのまま背後の岩壁にその身を思い切り叩きつけられて、床にずり落ちたのだった。

「ハァッ…ハァッ…!よくもやってくれたわね…!」

ドラゴンはガクガクと足を震わせながら、なんとかその場に立ち上がっていた。

「そりゃ…お互い様だろ…しこたま打ち付けやがって…」

対してオディも腹部をおさえながら、壁を支えに床から立ち上がった。

「もうさっきみたいな卑怯な手は喰らわないわよ! マジカント鉱石で目くらましだなんて…!」
「ばれちまっちゃぁしょうがねえかぁ…」

そう言って腹部をおさえていた左手を離すと、そこには拳大の鉱石が握られていた。
先ほどの、一瞬にして視力を奪った閃光は、隠し持っていたマジカント鉱石を相手の前に放り投げ、剣を通じて急激に魔力を流し込むことにより鉱石の特性によって強烈な光を放ったというわけであった。

「利用できるもんはなんでも使うのが信条でね、悪いね」
「そんなふざけた口をいつまでも叩けると思うなよ!!」

ズギャア!!
ガリガリガリガリッ!

今度はオディにとびかかろうとせずに、その場で思い切り爪を振るった。
その一撃で地面がめくれあがり、大小無数の岩がオディに襲い掛かった。

「これでも、ルースやスピットよりは自重してるはずなんだがなぁ!!」

キュィイイイィィィイィィィィィィイィ!

再び、鎧の足についているローラーダッシュを唸らせて、飛んできた岩から高速で真横に移動することによって身をかわす。

ドシュウ! ドシュウ!

そのまま相手の方へ向かいつつ両腕に付いている射出式パイルを放つ。

「しゃらくさいっ!!」

ガキンガキン!

向かった杭があっさりとはじかれる。
そのはじいた杭の一つが、そのまま彼めがけて戻ってきていた。

「っ!? まずっ…!」

ガギャァ!

飛んできた杭が彼の脚を貫いた。

「あがっ…!!」

ドガッ
ズザザザザザザザザザザザザザザ!

一気にバランスを崩して倒れてしまい、体が地面にこすり付けられる。
その隙をついて、ドラゴンが爪を振り上げて襲ってきた。

「シネぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「くっ!」

バシュゥゥゥゥン!

すぐに魔力剣を展開させて攻撃を受けようとしたが

ひゅん、バシィ!

ドラゴンは尻尾を振るって剣を弾き飛ばした。

「そんなっ…!」
「うわあぁぁああぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁあ!!」

ドギャア!!

守る術を失ったオディは、そのままドラゴンの爪を頭部に受けてしまった。
その爪は、いともたやすくオディの頭を貫いた。
その一撃によってオディは一瞬四肢を痙攣させたが、すぐに力を失って動かなくなってしまった。

「…はっ…ははっ! アーッハッハッハッハッハァ!! ざまあみろ!! ついにやった! 騎士団の奴にやってやった! 仇をとった! みんなの仇をとれたんだ! パパとママをひどい目にあわせた奴をやっつけたんだ!! どうだ人間!! 思い知ったか!! 私たちの力を思い知ったか!! ええ!? 何とか言ったらどうなんだ!! ほらぁ! なにか言いなさいよ!!」

すでに力なくドラゴンの爪に刺さりぶら下がっているだけのオディは、何も答えなかった。
彼女はその様子に構うことなく、オディに言葉を投げかけ続けた。

「なんで何も言わないのよ!! それとも何にも言えないのぉ!? アッハハハハハハハハ!! そうよねぇ!! 何も言うわけないわよね!! あなた死んじゃったんだから!! そうよ死んだんだから…死んだ…死…えっ?」

えっ? 死んだってことは、この目の前にぶら下がっている人間は死んじゃったってことで…なんで死んだのかっていうのは、私がコロシタからで…つまり、私は人間の男をコロシテしまったってことで…えっ?
そこまで行って、彼女はひとつの事実に気が付いてしまった。
…つまり…私はこの男性を殺してしまった…?

「…ッッッッッッ!!!!!! 嫌っ…!! そんなっ…!! 私…人を…男の人を殺しちゃって…!! そんなっ…! 嘘よ!! そんな!! 嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

彼女は急に取り乱し始めた。
それもそのはずだった。
いくら彼女が強力なドラゴンだと言っても、彼女は魔物なのである。
魔物が生きるためには人間の男性の精が必要となる。
そのため、どんなに抗っても魔物の本能は男性を求め、男性を愛してしまっているのだ。
そんな魔物が、自らの怒りにまかせて人間の男性を殺してしまったとしたらどうなるか。
冷静になった彼女が、本能では愛し求めている男性を殺めてしまったと認識したら。

「う…うぁ…うぁぁぁぁぁん…」

もう自らへの後悔の気持ちを止めることはできない。
罪悪感が剣となって彼女の心を切り裂いていく。
そうして溢れ出た心の血は、涙となって彼女の目から溢れ出ていた。

「やだぁぁぁぁぁぁ…ごめんなざぃぃぃぃぃぃ…私…わたじぞんなづもりじゃなぐでぇぇぇぇぇぇ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…あやまるがらぁぁぁぁぁぁぁぁ…お願いだからめぇざまじでぇぇぇぇぇぇぇぇ…ゆるじでぇぇぇぇぇぇぇ…ゆるじでぐだざいぃぃぃぃぃぃぃぃ…うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん…」

トンッ

「…えっ…?」

キィィィィィィィィィィィィィィィィィン…!!

『ザザッ、ガガーピーzzzz、ガガッいいや、ザザーダメだね―ザザッ』

ノイズ混じりの音声で彼は優しげに言った。

『gggggg悪い子゛にはザーーーーお仕置kガガガピーしないとttttttttt』

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオン!!!……・

彼女の記憶はそこで途絶えたのだった。


―――――――――――――――――――――――……


―…生き残った奴はいないのか…? おい…誰か…返事をしてくれ…

どこか遠くで声が聞こえる。

―ねぇあなた…もういいんです…無理をしないでください…あなた…!
―そういうわけにはいかない…俺はお前たちを何が何でも守らなきゃならないんだ…!

誰だろう、私はこの声を知ってるはずなのに。

―せめてお前を守りきれなかったら…死んでいったあいつらは…何のために…!
―もういいんです…その気持ちだけで私は救われたんです…もうこれ以上あなたが傷つく姿なんて見ていられない…!
―何諦めてんだ! ここで諦めたらシェリルはどうなるんだ!! 奴ら子供にだって容赦しないんだぞ!?

ああ…そうか…これはあの時の記憶だ…
子供のころに騎士団が襲ってきたという、その時の記憶だ。

―私が出て行けば彼らは満足するでしょう…その間ここに隠れていれば、少なくともあなたとシェリルは助かるんです!
―それだけは絶対にダメだ! お前がいない人生なんて生きていたってしかたないじゃないか! 俺が出て行って時間を稼ぐから、その間にお前たちだけでも逃げるんだ!
―おい…この辺に…そっちはどうだ…
―どうやら追手が近づいてきてるらしい…この目でどこまでやれるかはわからんが…できる限り時間を稼いでやる…!
―駄目です! あなた行かないで! 駄目!
―おい! そっちで誰かの声がしたぞ!!

ああ、駄目だ。
このままだとみんな死んでしまう。
大好きなパパとママが騎士団に殺されてしまう。
でも今の私では小さくてどうにもならない。

―見つかった!! さぁ行け! ここは俺に任せて! 早く!

だれでもいい、だれでもいいから

―いやぁ! あなたぁ!! いやぁぁぁぁぁぁ!

パパとママを守って!

―ぐあっ! うおっ! ぎゃあっ!

ドサドサドサッ…

―何っ!?
―え…?

えっ…?
誰かがパパとママを守ってくれた…?
一体誰が…?

―いやぁ…遅くなってすいませんねぇ! 隊長!

そこに立っていた男は
白銀に輝く甲冑を身に纏い
返り血を浴びてもなお、誇りを失わないその剣を持って
胸とマントには、私の大嫌いな騎士団の紋章をつけた

パパとママを守ってくれた本物の騎士様が立っていた。

―その声…! ――か!? お前、無事だったのか!?
―おかげさまでピンピンしてますよ隊長! 俺が簡単にくたばると思ってました?
―ですが…ああ、そんな…! あなた腕を…!
―ん? ああ、こいつですか? いやぁ、例の新兵器と戦ってる時にどっかに落としてきちまいましてねぇ。まぁ、なんとかなりますよ。奥さんみたいなべっぴんさんに心配されて、痛みもどっかにすっ飛んじまいましたよ、ハァッハッハッハッ!
―お前…冗談言ってる場合じゃないんだぞ!
―いいじゃないですか。うちらは騎士団一の不良部隊なんですから、いつだって冗談と軽口叩いて任務をこなしてきたじゃないですか。今更止めろって言われてもそれは無理って話ですよ。…奥さん、この松明を持って行ってください。この洞窟を抜ければ安全な森へ出られるはずです。騎士団の調査ではその森は魔物の住処になっています。事情を話せば魔物の皆さんが保護してくれるでしょう…それと…

あの騎士様がこっちに近づいてきて、私の頭を撫でてくれた

―シェリルちゃん…大きくなって…いい女になって…隊長みたいないい人見つけて幸せになるんだよ……それでは隊長、今までお世話になりました! 奥さんとお幸せに!
―待て! ――! 待つんだ!! ――!! 行くなぁぁぁぁぁぁ!!

そうして、騎士様は飛び出していった。
その命を盾として、私たちを守るために。
本物の騎士様はいってしまったのだ。


―――――――――――――――――――――――……


「…ハッ!」

ガバッ!

夢から覚めたドラゴンは、勢いよくベッドから起きあがって周囲を見渡した。
どうやら地上の町の宿屋かなにかの部屋にいるらしい。
窓の外を見てみると、もうすっかり日も沈んでしまい、空には月と星が瞬いていた。
体には丁寧に包帯が巻かれており、治療のあとが見受けられた。

「…私は…どうして…ここはいったい…?」

あの時、あの甲冑の男が最後に放った攻撃で私は気絶した。
なのに、なんで五体満足で宿屋のベッドの上に寝かされているんだろう…
そう思ってふと横を向くと、そこには自分を気絶させた男が立っていた。

「っ!! お前は!!」
『おいおい、そっちは俺じゃねえよ。それはただの抜け殻だよ』

えっ?
その聞き覚えのある声は、目の前に立っている鎧からではなく部屋の真ん中にある机の上から聞こえてきていた。
机の上には人影など無く、そこには一定周期で光の走査線が浮かぶ奇妙な箱しか置いてなかった。

『何ぽかんと見てるんだよ? 俺はここだよ、この箱から喋ってんだよ』
「えっ!? 箱の中!? いったいどういうことなのよ!」
『どうもこうも、見たまんまだよ』

何でもないかのように彼は続けた。

『俺には肉体が無いんだよ』

「…えっ?」

理解できずに聞き返してしまった。
肉体が無いって?
でもさっきまで戦っていた時は鎧を着て動いていたじゃないか。
その混乱の様子を読み取って、オディがさらに補足した。

『もうちょい詳しく言うとな、俺の心と魂はこの箱の中に入ってるんだよ』

彼の魂と心は、このルーン文字が刻まれ光の走査線が走るこの奇妙な箱に封じ込められているのだった。

オディは自らの『体』を失ったままこの世に存在している。

だが肉体の無い存在というのは、実のところとりたてて珍しいわけではない。
なぜなら、魔物の中には“ゴースト”という魂だけで存在しているものがいるからである。

しかし、それは魔物の魔力によって魂の中身が変質したものであり
彼のように、魂を人のものとしたままの存在はやはり特異であった。

彼の心と魂は、その依り代である肉体を失っている。
それは、人間がその命を失ってしまったことと同じである。
つまり、彼の心と魂は天へと召されて還っていくはずだった。

だが、彼の心と魂は、ありとあらゆる術式と技術がつぎ込まれているこの箱の中に確かに存在しているのであった。

これはわかりやすくいいかえると、肉体というコップに入った心と魂という飲み物をほかのコップに移し替えたのである。

だが、簡単に言い換えられるこの事象は、そうそう簡単に成し得るものではない。

なぜなら、人の体が朽ち果てて天へと還るのは避けることができない法則であり、法律なのだ。
体が朽ちても魂がこの世に残ってしまうという無法が許されてしまえば、地上はあっという間に死んでいった者たちが残した魂で埋め尽くされてしまう。
魂が、最初どこにあって、どうなっていたか、どこから来てどこへ還っていくのか、どこかへ還った魂がどうなるか、それらはまったくわからない。
だが、それでもとにかく『残る』ということだけは許されないことなのである。

彼の魂と心が入っている箱はあらゆる外法と禁術を用いて作られた罪の塊なのであった。

だがしかし、なんとか魂と心をその箱に収めても、自由に動かせる肉体はすでに存在しないので、結局そのままでは何もできないのである。
その解決法として、あの普段オディとしてふるまっている鎧甲冑があるのである。
専門的な理屈はともかくとして、彼は自らの核である魂と心が収まった内殻からあの鎧のような外殻に干渉することによって、人としてのふるまえる自由な手足を得ているのだ。
また、あくまで鎧は体の機能を肩代わりしているだけで、本当の意味での体に当たるのはさきほどの“箱”であり、この箱が失われない限りオディはその心と魂を失うことがないのである。

「それじゃあ…私と戦ってる時に炎にまかれたのも、頭を貫かれたのも…」
『ああ。俺には痛みも無ければ感覚も無いからなぁ』

感覚が無いということは、痛みもないし熱を感じることもない。
疲れることもないし、汗もかかず、廃棄物を出すこともない。
そして、愛する人とまぐわうこともできない。

それでも、痛みも疲れもない体は便利なように感じるが、そんなことはない。
人の肉体は代謝によって細胞を新しくし自らを保持しているが、彼の体は傷ついてもそのままであるし、外殻を構成する金属はただひたすら劣化していくだけなのだ。

そのため、定期的に自らの『体』を検査し、異常があれば修理しなければならないのだった。

『まぁ大体そう言う事情だ。わかったか?』
「……」

いきなりすぎて理解が追い付かない。
今まで見てた甲冑は、実はただの抜け殻で本体はこの小さな箱だなんて…

『しかしなぁ…せっかく今日整備したばっかりだったってぇのに…また修理に出さなきゃならんなぁ…旅の途中じゃなくて本当によかったよ、まったく…』
「…なんで助けた…」
『あん?』
「だから! なんで私を助けたって聞いてるのよ!!」

不思議でならなかった。
こっちは殺そうとしていたのに。
鉱山の中で暴れまわって、さんざん迷惑をかけたのに。
何故ご丁寧に治療までされて、ベッドの上に寝かされているんだ。

『そりゃあ当たり前だろ。昔世話になった恩人の娘にひどいことができるわけないだろ?』
「え…? 恩人の娘って…」
『いやぁ、俺も年を取ったからなぁ…思い出すのにずいぶん時間かかっちまったよ…もうあれからざっと50年か? 隊長は元気にしてるか? ドラゴンの奥さんは元気か?』
「…! それじゃあ、あなたもしかして…!?」

そんな、そんなことって。
それじゃあこの人は、わたしと戦ったあの甲冑の男は。
あのとき、私たちを守ってくれたあの本物の騎士様は。

『いやぁー…久しぶりだなぁ? “シェリル”? ずいぶんと大きくなって分からなかったなぁ、ハッハッハッ!!』
「!!!!」

このオディこそが、私を救ってくれた騎士様だったなんて。

「でもっ…! そんなはずは…パパは…あの時の仲間はみんな死んだって!!」
『ああー…まぁ隊長にはあれ以来ずっと会えなかったからなぁ…あの後、奴らにとっつかまっちまったからさ…』
「…詳しく教えてもらえないかしら…」
『そうか? 長くなるぞ? …まぁいいか』

オディはぽつぽつと語り始めた

『まず聞きたいんだが、あの時の事はどこまで聞いてるんだ?』
「…突然パパとママのところに騎士団が攻め込んできて…それで二人が怪我して…魔物たちがたくさん死んで、パパの友達もみんな死んじゃったって…」
『…まぁおおむねそれで間違ってはいない。確かにあの時、魔物の集落に騎士団が攻め入ったんだが…だがうちの隊長もその騎士団の一員だったんだよ』
「そんなバカな!? だってパパは騎士団にやられたっていうのに! パパがその仲間だなんてデタラメ言うな!!」
『まぁ正しく言うとだなぁ…集落に攻め込んだ騎士団は隊長の所属とは別の部隊だったんだよ…それに、うちの隊は騎士団の中でも扱いづらかったり問題を起こした連中が集まるような鼻つまみの部隊だったからな。隊長も例にもれず騎士団としては変な部類に入るんだろうなぁ。討伐対象の魔物に情けをかけて手加減することなんてしょっちゅうだったし、魔物の巣に行くときも明らかにわざと時間をかけて魔物たちがちゃんと逃げれるように仕向けてたしなぁ』
「…そうだったんだ…」
『それでまたこれがおかしいんだけどなぁ。隊長の奴、ある時ドラゴンの討伐を命令されたんだけども、そのドラゴンに会ったときに一目ぼれしちまったんだとよ…プクク…今思い出しても…ハァッハッハッハッハッ! 笑いが止まらんよ、ハッハッハッハッハッ!!』
「もしかして…そのドラゴンが…」
『ああ、その通りだ。お前のお母さんだよ。…それから二人はそのまま夫婦になったんだが…隊長は教団にばれないように、奥さんとは別々に暮らしていた。奥さんが町から離れた魔物の集落でひっそり暮らして、隊長がたまにそこを訪れて二人で過ごしていた…俺たちはそんな二人の仲を知ってたし、あえて騎士団に知らせるような真似もしなかったよ。そもそも、人類のためだのなんだのと大層なお題目を掲げて、その免罪符で許された気になって魔物の夫婦を殺めたり、親魔物派だと密告された連中を皆殺しにしたり…そんな教団のやり方にみんなうんざりしてたんだ。何より、俺たちは隊長を信頼してたし尊敬してたからな。皆で協力して、その集落の事がばれないように教団の連中をうまいこと欺いていたよ』
「…でも、騎士団は攻めてきた…」
『…俺たちもその知らせを聞いたときは耳を疑ったよ。すぐに隊長は一人で奥さんを救いに行こうとしてたが、俺たちも事情は知ってたから隊長についていくって無理に頼んだんだよ。そうして、部隊全員で集落の救出に向かったんだ。攻め入ってた騎士団の連中はびっくりしたんだろうなぁ。同じ騎士団に攻撃されたとあって、奴らはひるんでいたよ。その隙に隊長は奥さんと…生まれたばかりのお前を連れ出した。俺らもその集落の魔物を逃がそうとしたんだ。…ただ、上手くいったのはそこまでで、そこからはひどいもんだったよ…』
「何があったの?」
『攻めてきた騎士団はまともな部隊じゃなかったんだよ。奴らは対魔物の新兵器や新技術を研究する実験部隊でなぁ…その集落に攻めてきてたのも、奴らの新兵器を試すためだった…その新兵器は、教団の戦士や勇者の代わりに魔物と戦うために生み出された、カラクリ仕掛けだったんだよ。まるで鋼鉄でできた巨大なドラゴンみたいだったよ、あれは。俺らの部隊は人間相手だったら決して引けを取ることはなかったんだがなぁ…魔物とはまた違う、鉄でできた巨大なバケモノなんて戦ったことが無いからな…俺たちは必死に抵抗したものの、どうすることもできずにやられていった…それで、魔物たちを必死に守りながら戦って…最後に残ったのが隊長と俺だけだったよ』
「…それであなたはどうしたの」
『最後に、隊長を逃がすために俺一人残ってそのバケモノと戦ったよ…部隊のみんなが戦って残してくれたダメージのおかげで、俺はなんとかそのバケモノを倒すことができた…だけど、満身創痍だった俺はそのまま奴ら実験部隊の連中に捕まった。そうして奴らの研究所に連れて行かれた俺は…奴らの実験で“体”を失った』
「っ!」
『その時のことは思い出そうとしてもよく思い出せないんだ…かろうじて思い出せるのは、奴らの魔法によって無理矢理肉体から魂と心が分離したときの苦しみだけだ。とにかく、そのときに俺の魂と心はこの箱に収められて、ゴーレムとは違う対魔物人型機動兵器として、そこにあるような鋼鉄の体の動力源に利用されるはずだった。だけど、幸運…って言っていいのかどうかはわからんが、当時の技術では鋼鉄の肉体を動かすことができなかった。そして、奴らは失敗作として俺の魂と心ごと兵器の廃棄を決定した』
「そんな…」
『廃棄された俺は、何十年も倉庫でほったらかしにされた…まるで時間が永遠に思えたよ…このまま二度と目覚めることも、死ぬこともないのだろうなってそう思ってた。だが今度は研究所が魔王軍によって制圧された。その時の魔物が倉庫に眠っていた俺のことを銅像だと勘違いしたんだろうなぁ、俺に魔力を注ぎ込んで魔物に変えようとしたんだ。その魔力によって、俺は再び目覚めることができたんだ…あとは、その時の魔王軍の部隊が俺のことを持って帰って研究し、自由に動けるようにあの体を作り変えてくれた。そのあとは、彼女らの元を離れて傭兵として各地を転々としていたんだ…これで俺の話は全部終わりだ』
「…」

何も言葉が出なかった。
鉱山の奥で、自らの激昂に任せて殺そうとした男がパパの知り合いだったなんて。
私たち家族を助けるためにその身を張ってくれた恩人だったなんて。
そのせいで、想像もできない苦しみを味わっていたなんて。

「その…」
『ん?』
「ごめんなさい…」

こんなことで自分のしたことが償えるとは思えない。
それでもこう言うしかなかった。
心の底から謝るしかなかった。

『…』
「…」
『…よくできました』
「えっ?」

彼の返事は意外なものだった。

『悪いことしたってわかったんだろ? それをちゃんと謝れたんだから。お前は偉いよ』
「いや…そうじゃなくて…」
『そういうことにしておけ。俺たちの役割は、子供が悪いことしたらお仕置きして、ちゃんと反省出来たら偉い偉いと褒めてやることだからな。…そのかわり、反省したならもう人を殺そうだなんてするんじゃないぞ? まぁそれは心配いらないと思うがな』
「それはそうだけど…そうじゃなくて…あなたは私のせいでその体を…」
『おっと。そういう時に言うセリフはそうじゃないだろ? 人に何かをしてもらったんだったら、相手が聞きたいのは謝罪の言葉じゃないだろ?』
「え…? …あっ…! えっと…その…」


彼の言っていることを理解して、シェリルは言った。

「ありがとう…ございました」
『どういたしまして』

そうさ。
謝るのは、自分が間違ったことをした時だけでいいんだよ。
お前は人を殺そうとしたけれど、実際に殺すことはなかった。
だったら、それには謝るだけでいいんだ。
酷いことしてごめんなさい、迷惑かけてすいませんでいいんだ。
人に何かしてもらって、それに対して報いるセリフはそうじゃない。
そういうときは素直に感謝すればいいんだよ。

その言葉だけで、体を失ったかいがあるってもんだ。

『さぁて、俺の話も終わったしシェリルも十分反省したからな。今回はこれで万事解決だな! 早く傷を治すためにも、今日はもう寝ておけ。もっとも、ドラゴンの治癒力なら一晩経たずに治るだろうけどな…あぁ、その前にもう一つだけ聞いておきたいんだが』
「えっ? 何?」
『ルースから聞いたんだが…お前、あの威厳たっぷりのしゃべり方はどうしたんだぁ? …くくっ…聞いた話とずいぶん口調が違うから…ぷぷっ! 気になってて…くくく…アーッハッハッハッハッハッハッハッ!! 駄目だ耐えられん!! ハッハッハッハッハッハァ!! 我の威光を示すためだ人間(キリッ)だぁってぇ!! アッハッハッハッハッハッハァ!』

オディは大爆笑していた。
それを聞いてシェリルはひどく赤面した。
あの時のしゃべり方は、必死に威厳を出そうとして無理して作っていたキャラだったのだ。
それを今掘り返されて笑いものにされて、ひどく恥ずかしかった。
シェリルは真っ赤な顏して、ぷるぷる震えながら涙目になっていた。

「…わ」
『ヘッヘッヘッヘェ…ひーひーひー…! …あぁ?』
「忘れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

町中に響きそうな咆哮で、彼女は叫んだのだった。


―――――――――――――――――――――――……


次の日
問題が解決したことによって、ディグバンカーの町はまた元通り鉱山を開くことができた。
ディグアント社からは多くの謝礼をもらい、もともと予定していた鉱石の取引もただにしてもらえた。
ただし、その謝礼と浮いたお金のほとんどは、オディの修理に費やされることとなった。

「まったく…どうして昨日整備したものを次の日に修理しなきゃならないんだろうねまったく…」
『いやぁ、すまんなぁ。スピットとイザヤの武器も作ってもらうってのになぁ』

オディの体は、スミの手によって修理されていた。
特に、腹部と頭部の損傷がひどく、この二か所は新たに作り直したほうが早いくらいであった。

「はぁー…まぁ、私の作った仕掛けが役に立ったみたいだからよしとするか」
『それに関しては一言言わせてもらいたいんだが…お前いつの間にあんなもの仕込んでたんだよ!? 腕に大砲仕込むだなんて冗談じゃねえぞ!?』
「大砲じゃないよ!! あれには龍撃砲っていう名前がついてるんだから!!」
『知らねえよそんなの!!』

あの、最後にシェリルに放った一撃は、彼の掌底部から放たれたものだったのだ。
その威力たるや、ドラゴンの鱗をやすやすと貫くほどの威力だった。

『あんなに威力あるもんだとは思わなかったから焦ったじゃねえか!! 逆にこっちがあの子殺しちまったと思ったくらいだよ!!』
「それは、ちゃんと考えて使わなかったそっちの責任でしょ? 大体ね、あれは大砲じゃなくて、体内の魔力を腕に送り込んで高圧に圧縮し、それを一気に開放することによって魔力と空気の急激な燃焼を引き起こして、その爆圧によって攻撃するものだから正確には大砲とは別物なんだよ?」
『さして変わんねえよ!! 今回は役に立ったからいいものの、どうしてお前らは俺の体に勝手に何か仕込みたがるんだよ!!』

そうなのだ。
戦闘中に利用していた数々のギミックはもともとあったものではなく、オディを整備する際に、彼女の師匠やその弟子たちが勝手に取り付けたものなのだ。
そして、それは今でも増え続けているのだ。

『ついこの間はケツに火炎放射つけられて、町中でケツから炎を出して走り回る羽目になったんだぞ!? どうしてお前らは勝手なことすんだよ!!』
「だって師匠が“オディを整備するときは、各人自慢の仕掛けを付けること”って言うんだもん」

初耳だ。
耳は無いけど初耳だ!
無いはずの頭と胃が痛む気がする!
なんだって職人気質の魔物はこんなのしかいないんだよ!

「よっと…ほら、オディ。組み立て完了したから、元に戻すよ」

そう言うとスミは横に置いてあった箱をひょいともちあげて、見た目は元通りになった鎧の腹部を開き、収まるべき台座にオディを設置した。
そして、ちゃんと接続がされているかを確認したのち、鎧の腹部を閉じた。

キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…
プシュー…

動力となる魔力が、魔力炉によって正常に全身に送られる音。
そして、各関節や駆動部の冷却のための排気音を漏らしながら。

ブゥン

兜の奥のメインカメラが動き始め、鎧は再び“オディ”へと戻ったのだった。


―――――――――――――――――――――――……


「いやぁー、それにしてもドラゴンが帰ってくれてよかったねー」
「これでやっと採掘を再開できるねー」

採掘を担当しているジャイアントアント達は、つるはしを担いでいつもの仕事場に向かおうとしていた。

「それにしても、その冒険者さんのおかげだよねー」
「ねー。それに人の被害が何にもなくてよかったよねー」

その言葉を聞いてジャイアントアント達の一人が語り始めた

「…本当に被害がなかったと思う?」
「えっ? どっ…どういうこと…?」
「実はさぁ…あれから一度も顔を出してない子がいるんだよね…それで、噂によるとその子はドラゴンが来たときに運悪く坑道の奥にいてしまったために、避難が遅れちゃったんだって…」
「そっ…それで…?」
「その子も事態に気が付いて、必死に逃げようとしたんだけど…ほかのみんなはすでに非難しちゃって…ひとりぼっちで脱出しようと頑張ったんだけど…ドラゴンのせいでところどころ道が崩れてて…自分がどこにいるのかわかんなくなっちゃったんだって…」
「ごっ…ごくり…」
「その子は一人さまよいながら、心細くなって喋りはじめたんだって…“みんなどこ〜…わたしを置いてかないで〜…出口はどこなの〜…”…って言うの…そして…その子は最後には落盤に巻き込まれちゃって死んじゃったんだって…でも、その子はいまでも自分が死んだことに気が付いてなくて…出口を探して坑道をさまよい歩いているの…“みんなはどこ〜…私をおいてかないで〜…”って…無意識に自分の仲間をあの世に連れて行こうとしながら…ほら…あなたの後ろにも…彼女が近づいてきてるんじゃない…? 出口はどこ〜…誰か助けて〜…って…」
「…やっ、やだなぁ! そんな話あるわけないでしょ!? もしそうだったとしたらもっと騒がれてるはずだもん! もお〜、急に変な話しないでよねー!」
「あははー。ごめんねー。もちろん作り話だよー。実際にはそんなことなんて…」

…どこなの〜…出口はどこなの〜…

「えっ…」
「…ちょっと…まだ怖がらせようとしないでよー」
「いや…私は別に何も言ってないわよ?」
「私も言ってないわよー」
「というか、私達の声じゃなかったわよね…」
「……………」

全員、さっきの作り話を思い出していた。
まさか、本当に出てきたんじゃ…
そんなことないと、頭の中で否定しようとしたその時

ぽん

出口はどこですかぁ〜

『ぎゃぁぁぁあぁああぁぁぁぁああぁぁああぁぁぁぁあぁ!!!!!!!』

坑道にジャイアントアント達の絶叫が響いた。

「でたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!? 」
「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
「やだぁぁぁぁぁぁぁ!! あなたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ぎゃーぎゃーぎゃー…

「ちょっと〜! 置いてかないでよ〜!」

一人取り残されたサキュバスが言った。
肩に手を置いて道を聞いただけで逃げられるだなんて…

「ひぃ〜ん…ここどこぉ…? あの人はどこにいるのよぉ〜…」

ドラゴンの去ったはずの坑道を、なぜか彼女はさまよっていた。

「あの人がここにいるって聞いたから入って来たのにぃ…もうやだぁ…出口はどこ〜? 」

サキュバスのセーラがもう一度日の光を見るのは、もう少し先の話になりそうだった…

ちなみに、顏を出していないというジャイアントアントは、後日自宅で夫と交わり続けていただけということが判明し、無事が確認されたのだった。
12/07/17 03:27更新 / ねこなべ
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■作者メッセージ
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

俺に足りないもの!それは!
情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ!
そして何よりもぉー!
早さが足りない!!

作者のねこなべです、前回が次の日に投稿だったのにこのていたらく。
お待ちしていた皆様申し訳ありません・・・

さて、今回は体が無い男、オディのお話でしたがいかがでしょうか?

うん、騎士団を絡めると設定が重い重い・・・
方々からお叱りを受けるんじゃないかとびくびくしております。

あと、今回がぶっちぎりで長いのは読み切りとして書こうと思っていたなかでも、一番最後に考えていたものなので、本格的にここに載せようと思っていたなかで力を入れて考えていたために、かなーり長くなってしまいました。
その分量、前二つのおよそ2倍である。恐ろしいね。

あと、オディの体の事なのですが、各種ロボットのテイストをふんだんにちりばめちゃいました。
どれがどれだか何となくわかるとは思います。
途中の擬音には各自好きなSEを入れてみてね。
最初書いたときには擬音の中にブッピガァンが入ってましたが、さすがに合わなかったのでなくなりました。

さて、メインの3人の話が終わったので、次回からはヒロイン3人をメインに据えたお話を書いていこうかなーと考えております。

あとは、できれば6人の設定集をまとめたいなーと思います。

それでは次回もみなさんを楽しませられるような作品を目指して頑張ります。

またお会いしましょう。
それでは

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