連載小説
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ある冷血漢の話
「なぁ…やっぱりこれは迷ってるんじゃないか…?」
「いいえ、迷ってなどいません」

その、大男の問いに対して表情を変えることなく、やや早口で彼…スピットはそう答えた。

「でもなぁ…予定だと日の暮れる頃合いにはもうこの森を抜けて、次の町にたどり着いてるはずだったんだが…」
「それは、あなたの予定であって私の予定ではありませんよ、オディ」

オディと呼ばれたその男の再びの問いに、スピットはやはり表情を変えずに早口で答えた。

「あなたは誤差というものを予定にいれていないのです。私の想定した予定では、この森を抜けるのに±3日の誤差が出ると踏んでいました」
「いや、−3日の誤差はおかしいだろう…」

オディはため息を吐きながら(実際には吐けないのだが)スピットの言い分を聞いていた。

「…それで、ルースはどこをほっつき歩いているのです?」
「あぁー…むしろほっつき歩くっていうよりはなぁ…」
「そうですね。物事は正確に言わないといけませんね。彼はどこをほっつき飛び回っているのです?」

スピットがあるかどうかも疑わしい言葉を言いつつ、もう一人の同行者の所在を気にしていた。
と、次の瞬間であった。

いやっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!

「………」
「ああ、帰ってきたようですね」

そうスピットが言うと同時に

ガサッ、ガサッ!

ひゅっ!

すたん!

小気味よい音を響かせて、頭上から身の丈以上ある槍を携えた男が降ってきた。

「おかえりなさい、ルース。それで? 首尾の方は」
「んー? 首尾? …楽しかったぞ!」

最後の同行者であるルースが、答えになっていない返答をした。
それに対してスピットは怒りを見せるでもなく呆れるでもなく、ただ淡々とこう言った。

「なるほど。では質問を変えましょう。森の出口と思わしきものは見つかりましたか?」
「そんなものはない!」
「ありがとうございます」

やはりまったく表情を変えずにスピットは礼を言ったが、ルースの返答はある明確な事実を彼らに突きつけることとなった。

「オディ、ルース。遭難しました」
「いや、最初から遭難してるんだよ!」


―――――――――――――――――――――――……


彼ら、ルース、スピット、オディはそれぞれに人として大切なものを欠いた者同士であった。

ルースは『魂』を
スピットは『心』を
オディは『体』を

彼らは誰が仲を取り持つでもなく自然と惹かれあい、誰が言うともなく自然と旅をするようになった。

彼らに明確な目的はなく、それぞれがそれぞれを補いあうために旅をしていたのだった。

そんな彼らだが、今はとりあえず北の鉱山地帯に行こう、ということになっており、今いる森を抜ければちょうどその目的の鉱山街が目前というところであった。

その森において、彼らは迷子になってしまったのだった。

「ではとりあえず、みなさん遺書を書いてください」
「いや! 早いよ! スピット、お前あきらめるのが早い!」

とりあえずオディがツッコんだ。
この面子の中で、天然なルースと、ド真面目なスピットのボケに対するツッコミは彼しかいないのである。

「スピット! かけたぞ!」
「ルース! お前はまじめに書いてるんじゃない!」

というよりは完全に保護者である。
確かに年齢で言うと、彼らの中でオディが一番の年上なので間違ってはいないのだが

「オディ。あなたは何を不思議に思っているのです? こういう事態において、常に最悪の事態を想定するというのは冒険において基本中の基本なのではないですか?」
「確かにそうだがなぁ!」

ああ、前に立ち寄った村は随分気楽で済んだのに…あのアッシュとかいう小僧がここにいてくれたらなぁ…
オディは心の中でひそかに懐かしんでいた。
ボケしかいない空間ほど辛いものはないのである。

「それにオディ。完全に夜も更けてしまいました。今私たちができることはここで座して待つことしかないのですよ」
「確かにお前の言う通りだが…」
「やはりオディは肉体が無いせいで論理的な思考をまとめることができないのでは? 一度でいいのであなたの思考プロセスを理解するために、あなたを分解したいのですが」
「やめろバカ!! 俺の体は絶対にお前には触らせたくない!」
「なるほど、心があるくせにその心は狭いのですね、オディ」
「ぐっ! …お前なぁ…」

言い返そうとしたが、彼の口から発せられた言葉は、彼自身が思うより重い言葉だった。
スピットは心が無いので、自らの感情というものが常人と比べて著しく薄いのであった。
それは、いわゆる感情の抑揚が小さいという言葉で表し切れるものではない。
感情自体が無いと言っても過言ではなかった。

その彼の口から心に関する軽口が飛び出したのだ(スピットは大真面目だが)
その言葉の意味は事情を知る者にとってはおいそれて口出しできるほど軽いものではない。
結果として皮肉にはなっているが、彼には皮肉を言っているということを自覚する自虐の心すらないのだから。

「やはり、オディは世間一般で称される脳筋にカテゴライズしてもよさそうですね。次からは、あなたのことを脳筋と称します」
「オイ! 待てや!」
「よろしくな! 脳筋!」
「ルゥゥスゥゥゥゥゥゥゥ!」

まぁ、心が無いので辛辣なこともいくらでも言ってしまうのであったが。


―――――――――――――――――――――――……


しばらくして、彼らはとりあえず一晩明かすためのキャンプをそこに形成した。

「よーし…とりあえずのキャンプは作れたと…」
「これでとりあえず一晩明かせんな! やったな脳筋!」

もう、ルースのことは放っておこう。
気分屋だから明日には忘れてるだろう。
オディはそう結論付けた。

「あと決めることはひとつだな…」
「脳筋、重要な情報を欠いた会話は相手を混乱させるだけですよ」

コイツは早いうちにどうにかしよう。
放っておくと一生脳筋呼ばわりされるかもしれない。
そう思いながら、スピットの問いに答えた。

「…だからな、今夜の見張りを決めないといけないなっていうことだ」
「ああ、そのことですか。わざわざ口に出すまでもなく、当たり前の事じゃないですか」

本当に口が減らんなぁ…

だが、オディの心配はもっともだった。
ここが人里のちゃんとしたベッドの上であったならまだしも、薄暗く木々によって視界を遮られているため、碌に遠くを見通せない森の中である。
決して安全なところなどではないのだ。
魔王が代替わりし、魔物の性質が人を残忍に喰らうソレではなくなったものの、油断すればその身の安全は保障できない(種馬的な意味で)
それに魔物だけではなく、狼や熊といった普通の動物がいないわけではない。
魔力の薄い土地では、そういった普通の動物が存在しており、それらに襲われるということも当然考えられるのである。
そのためには、誰か一人が見張りに立ち、周囲の安全を確認しないとならないのだが

「見張り! ? いいよ! 俺やる! やりたい! やらせて!」
「「ダメ」」

ハモった。
ルースは、落ち着きがなく注意力散漫である。
たとえばいきなりシカがでてきたとして、嬉々としてそれを追い回してキャンプに二度と戻ってこない、なんてことが十分に考えられた。
そんなわけで、彼に見張りを任せるのは不可能であった。

「えー! たまにはいいじゃん! ほら! やらせてみ? なんせ俺は英雄だからな!」
「まぁ、こいつはありえないとしてだ…どれくらいで交代にするかね?」
「森の見張りは神経をすり減らします。半時での交代が妥当ではないかと」
「おーっし、それならそういうことにするかぁ」
「なんでさー! ちゃんとやるのにー!」

まぁいつもの光景だった。
彼らの間では野宿をするときはオディとスピットが交代で見張りをするのが通例だった。


―――――――――――――――――――――――……


しばらくして、晩の食事を済ませた後、いつも通りオディとスピットの見張りが始まるのだった。
ちなみにルースは速攻で爆睡していた(これもいつものことだが)

安全のためにたき火は燃やしたまま、先に見張りを始めたスピットは、一寸先も見通せない森の暗闇をいつもと同じ表情で微動だにせず凝視していた。

「………」

かすかに聞こえる鳥と虫の鳴き声のみが響く中、スピットはいつものように情報を羅列するだけの思案を始めていた。

自分の名前はスピット
年齢は20
今は無職、あえて言うならば冒険者をしている
特技は魔法を使役できること、それと商売に長けているということだ
自らの最大の特徴として、心を持たないことがあげられる
これは先天的なものではなく後天的なものだ
理由はよく覚えていないが、周りの者から伝え聞いているので理解はしている
原因は魔法の実験の失敗
失敗した理由は不明
後から実験ノートを見返したものの、不明瞭なニュアンスが多かったために理解不能
情報を統合すると、どうやら真理に触れるという実に不合理な実験だったらしい
周囲の者は、真理に触れようとして神々の怒りを買ったと言っていた、理解不能
ともあれ、実験の失敗によって私は心というものを失った
心は人間を構成する3柱の一つ
心は体と魂をつなぐ橋であり、それが無ければ体と魂の間で情報伝達が行われない
感情や思考というものは、その橋で生まれる副次的な現象にすぎない
心が欠けた人間は、情報伝達が行われないために感情や思考を喪失
自らは何も行動することがない肉の塊となり、直に朽ち果てる
私の場合もそうなるはずだった
しかし、実験の失敗によって私に降りかかった事態は単純ではなかった
確かに私は心を失っていたようだが、体と魂の情報伝達は失われていなかった
どうやら、実験により暴走した魔力が心の役割を補うようになっているのだ
しかし、それは心の機能を補うには不完全であり、思考はできるものの感情は
目の前に女がいる

「!!!」

急に、彼の取り留めもない情報の整理に割り込んできた新しい情報に反応し、彼はすぐさま臨戦態勢を取りその情報源を確認した。

「………」

やはり先ほどの情報に間違いはなく、目の前には確かに女が存在していた。
しかし森の薄暗さゆえその女が魔物かどうかの判断まではつかなかった。

「あなたはどなたですか? 目的は?」

とりあえず、質問を投げかけて相手の反応をうかがう。
女はただ微笑むだけでその問いかけには答えなかった。

いや

女”達”はその問いかけに答えなかった。

「!!!」

いつの間にか囲まれていたのであった。
その時、たき火の揺らめきにより目の前の相手の姿を一瞬だけ捕捉できた。
黄色と黒の警告色、それに手にぶら下げていた壺。それらから察するに彼女たちは

「なるほど…ハニービー」

彼はそう結論づけた。

ハニービーとは、女王を中心として形成される共同体に所属する昆虫型の魔物である。
彼女たちは女王を中心として生活を行っており、通常の蜂と同様に、働き蜂が花の蜜などを集めて、彼女らの食料としているのである。
しかし、その働き蜂にはもうひとつ重要な役割が課せられている。
それは女王の夫の選定である。

しかし…だとしてもおかしいですね

彼がそう訝るのも無理はなかった。
ハニービーは女王のために夫となる男を探すが、自身も女王の選定にあぶれた男性を夫としてもらうのである。
そのため、昼間は女王のために仕事をし、夜になると愛する夫のもとへ帰って一晩中交わることにより労働の疲れをいやすのである。
たとえ夫を持たない個体であっても、夜は巣に戻り労働の疲れをいやすはずなのだ。
それなのに、こんな夜中に彼女らが、なぜ。

その彼の疑問には、新しく現れた来訪者が答えてくれた。

べきっ! ばきばきばきばきっ!

「おっと…」
「んふふ〜…こんばんは〜…」

周りの木をへし折りながら現れた新たな客は、ハニービーの天敵であるグリズリーだった。
彼女を観察すると全身が何か淡く甘い香りのする蜜でどろどろになっていた。

なるほどこれですべて心得た。

要するに何がどうなってこうなったかというと
グリズリーが見つけたハニービーの巣を粉砕
それにより中に蓄えられていたアルラウネの蜜が周囲に飛散
それによって発情したハニービーとグリズリーが一番近くにいた我々の精に反応し
で、今に至るというわけだ

あ、先ほどの目録にキラービーを追加する。よく見たらハニービーにまぎれていた

「えへへー…」
「おいしそうな男の人ー…」
「ねぇ…私たちと気持ちよくなろう…? 」

ほかの魔物たちのセリフは割愛する。
どうせ似たようなことしか言っていないので特に問題ない。

ああ、それとさっきの目録にオークとゴブリンと…もう碌に認識できないが、そのほかの魔物も追加だ。

もうすでに彼らの周りには、この森の魔物が全部集まってるのではないかと思えるほど、魔物たちに囲まれていた。

こうなってしまってはもはやふつうに立ち向かってどうこうという選択肢は存在しない。

「さて…そうなるととるべき手段はひとつですね」

そう言って彼は

「走れ! 炎の演舞!」

そう叫んで、残りの二人が寝ているテントに、魔法による火を撃ちこみ

「光あれ!」

続けざまにそう叫ぶと

カッ!

瞬間、あたりを稲妻が走ったような閃光が包んだ。

「!」
「キャー!」
「へぁあ…目が…目がぁー!」

さっきまで、手をワキワキさせていろいろと準備万端で襲い掛かろうとしていた魔物たちはこの閃光をモロに受けてしまい、視界が白一色で染まってしまったのだった。

有体にいえば目くらまししたわけである。

「いいですか! 二人とも! 集合場所はα地点ですからね! わかりましたか!?」

彼女らに魔法による足止めが問題なく成立したのを確認し、自分の分の最低限の荷物をひっつかみ、あとの二人に向けて緊急の集合場所を告げると、二人の安否も確認しないでスピットはその場から脱兎のごとく駆けだした。

あらかじめ、問題が起きた場合の対処は普段から決めてあったので、彼はそれにしたがって、問題なく職務を全うしたのだった。

ある一点を除いて

「あっちぃー!? 何!? 何!? バーベキュー!? 俺今Qされちゃってる!?」
「うろたえるなルース! 今すぐ逃げろってスピットの合図だろうが! アイツの声も聞こえただろ!」
「マジで!? じゃあ逃げる! オディ! スピットの言ってたα地点でまた会おうなー!」
「おう! 了解した! お前も無事でな!」

そう言って残された二人はいまだに視界が復活せずに転げまわってる魔物を掻き分けて、手に荷物をとり森の闇の中にスピットと同じように駈け出して行ったのだが

((……で、α地点ってどこだ?))

スピットは、肝心の集合場所を伝えていなかったのだった。


―――――――――――――――――――――――……


「ここまで逃げればもう大丈夫でしょう」

まったく息を乱すことなく立ち止まり、彼はそう結論付けた。

あの後彼はわき目も振らずに、決まった方向にひたすらまっすぐ逃げ続けていたのだった。
今いるのは、先ほどのキャンプ地からおよそ10kmほどの地点である。
目をくらませた魔物が復活して追いかけてきていたとしても、視界がおぼつかない魔物ならば、途中で脱落して追跡を中断しているでしょう。

そうふんで、一息つこうと腰を下ろした次の瞬間

「つーかまーえたっ」
「!!?」

気付けばスピットは自分が腰かけたはずの地面を真上に見ていた。
スピットはなんらかの魔物の触手に捕えられ、宙づりにされてしまっていたのであった。

「ふむ…この独特の甘い匂いのする蔦から察するに…アルラウネですか」
「ぴんぽーん、だいせーかい!」

スピットが冷静に状況を分析すると、真横からその分析相手が姿を現していた。

アルラウネは森林に生息する植物型の魔物である。
普段はあまり動かないが、近くに男性が近寄ると、自らの蔦を使って男性を絡め取り捕獲。
その後、自らの花弁の中に取り込み、男性を催淫効果のある自身の蜜に付け込み、その精をいただくのである。

そのアルラウネにスピットは捕まってしまったわけだ。

「注意を欠いてはいなかったのですがね…」

こういう森の中にアルラウネが生息していることは珍しいことではない。
そのため、彼もアルラウネが生えていないかと、周囲をよく観察し、アルラウネの痕跡が無いか十分に注意していたのだったが

「アルラウネは木の上にも生息できるのですね、初めて知りました」
「んふふー、ありがとうねー」

そのアルラウネは木の幹と枝のわずかな隙間を足場にして、樹上に自らの花弁を形成していたのだった。
これでは地面ばかりみていたのでは気付かないのも無理はない。

「それで、何故私を選んだのですか?」

スピットはこの状況を打開するための策をめぐらせる時間を稼ぐため、とりあえず自身も若干気になっていた質問を投げかけた。

「えへへー。あなたからどことなく私の匂いがするのー」

へんな偶然もあるもので、先ほどのハニービー達がかぶっていたアルラウネの蜜というのが、どうもこのアルラウネのものだったらしい。

「そうでしたか。では有意義な時間が過ごせたので私はここらへんで…」

そう言って彼が先ほどと同様に、強烈な光で目くらましして逃げようとしたが

「それじゃあ、さっそく私とイイことしましょっ♪」
「グッ!?」

先にアルラウネに口をふさがれてしまった。
どうやら、蔦の先端に蜜をしみこませていたようで、不意に口に突っ込まれたそれを思いきり飲み込んでしまった。

「! …! …」
「んふふー。どう? 私の蜜? 体の芯から熱くなってくるでしょー?」

彼女はそうたずね、トロトロに蕩けたスピットの顏を覗き込んだ。

はずだったのだが

「………」
「あ、あらぁ?」

おかしい。
確かに自分の蜜を飲ませたはずなのに。
彼の顏はトロトロになるどころか、先ほどとまったく変わらず無表情のままだった。

それもそのはずなのだ。
彼には心が存在しない。
ゆえに感情が無い。
つまり欲情もしない。

もっとも、アルラウネはそんなこと知らないので、自分の蜜をちゃんと飲ませられていないのではないかと思い、彼にさらに蜜を飲ませようと奮闘していた。

「えいっえいっ、このっ、なんで効かないのよ〜!」
「………(フッ」
「あ! 今ちょっとバカにしたわね! むぅ〜、こうなったら絶対にあなたを逃がさないんだから!」

アルラウネがぷりぷり怒って、彼の全身を蔦で愛撫し始めた。
スピットはそろそろこの拘束を解いて、集合場所に行かなきゃ間に合わなくなるなー、とそう思い、アルラウネの拘束を解くべく、彼の持つもう一つの武器を使おうとした
その瞬間である。

シュバっ!

「このっこのっ…って、あらぁ?」

気付けばアルラウネの蔦の中に彼はいなかった。
どこに行ったのだろうか、と彼女が周囲に目を凝らすと

「悪いねアルラウネ! この男はアタイが貰っていくよ!」
「え? あれ? …あっ! ちょっと待ちなさいよー!」

視界の端に一瞬とらえただけだったが、どうやら別の魔物に獲物を横取りされてしまったようだった。

「むきー! 人の獲物を横取りだなんて、この泥棒猫ー! 覚えてなさいよー!」

アルラウネは去りゆく背中に、そう捨て台詞を吐いて見送ることしかできなかった。


―――――――――――――――――――――――……


「すいませんが、そろそろ降ろしていただけませんか?」

しばらく、自分を連れ去ったであろう魔物に身を任せていたスピットだが、周囲の様子を見渡し、危険が無いことを確認できたので、先ほどから自分をお姫様抱っこしている魔物に頼んだ。

「ん? 駄目だぜ? あんたはこれからアタイの夫になるんだからな!」

危険が無いと断じた先ほどの評価を改めなくてはならなくなった。
今自分を抱いている魔物が、とりあえずの現時点の脅威である。

「ならば、仕方ありませんね…」

シャキッ!

シャシャッ!

そう言うと、彼は先ほどのアルラウネに使う予定だった武器を、自らを抱いている魔物に向けて振るった。
攻撃自体は傷つけるつもりもない単なる脅しでしかなかったが、それでもその魔物が身を転じて、彼の拘束を解除する程度の効果は得られたのだった。

「ふーん…やっぱりアタイが見込んだ男だけあるね、やっぱり股にイチモツ隠していたね!」
「おそらく、その言葉を正しく言うと腹に一物だと思いますが」
「どっちでも似たようなもんだろ! …それに、手首に隠しナイフとは、あんたもなかなかえげつないことするじゃないか」
「それも、正確に言うのであれば暗器と言います。隠しナイフでも仕込みナイフでも意味は通じるとは思いますが」

そう言うと、彼は自らの手首を動かして、先ほど魔物に振るった暗器を手首から出し入れしていた。

「あの至近距離で私の振るった武器を見極めるとは、さぞかし武勇に覚えのある魔物だとお見受けしますが、名をお聞かせしていただいてもかまわないでしょうか」

彼は魔物に対して半身で構えながら、そう質問した。

「ふふっ、そうさね! せっかくだから覚えておきな!」

そう言って彼女は腰に差していた剣を抜いて、高らかに名乗った

「アタイはアマゾネスのイザヤ! あんたの妻になる女さ!」

なるほど、アマゾネス。
一見強引ともいえる手段も納得だった。

彼女たちアマゾネスはサキュバスの一種である。
彼女の社会において女性は戦う戦士であり、男性はか弱い存在であるとして、人間とは逆に家を守る存在であるのだ。
そう考えている彼女たちは、オーガ種のように、気に入った男を無理やり引っ張ってきて、自らの夫とする性質を持っている。
また、夫を得たアマゾネスは、初めてほかのアマゾネスに成人したと認められるのである。

簡単に言うと、このアマゾネスにどういうわけか気に入られてしまい、連れ去られそうになっている。ということなのだ

「さぁ、アタイが名乗ったんだからそっちも名前を聞かせておくれよ!」

さてどうしたものか。
名前とは魂。
自らの性質を指し示すものであり、今現在のように相手を魅了する術をほぼ確実に持っている魔物娘に対し、名を明かすことは大なり小なり危険を孕んでいるのであったが。

「さぁ、どうしたんだい! 名乗るのかい! 名乗らないのかい! 男は度胸だろう! あんたそのままだと男としての汚名を返上することになるよ!」

うん、大丈夫だ。彼女はそんなに賢くない。
そう踏んで、こちらも名乗ることにした。

「私は”心無い”魔術師、スピットと申します。以後お見知りおきを」
「へぇー! 心許無い魔術師だなんて、ずいぶん御大層な二つ名を名乗ってるじゃないか!」

やっぱり、名乗っても問題なかった。
なるほど、これが本当の脳筋というものなのでしょうね。
それに比べればオディは随分と知性を持ち合わせていますから、呼称をもとに戻さねばなりませんね。
心の中で多方面にケンカを売っていた。

「さて、それではまず前提としてあなたに伝えておかねばならないことがあります」
「んん? なんだい? なんでも言ってごらん!」
「まず、残念ながら私はあなたの夫になるつもりはありません」
「なんだ、そんなことかい! 大丈夫さ! アタイの体を味わっちまえばあんたもその気になるだろうからね!」
「それは素敵なお誘いなのでしょうが、あいにく今の私はそれに心動かされたりはしないのですよ。残念ですが、今回は縁がなかったと思ってあきらめてください」
「いーや、アタイはあんたにほれ込んだんだ! 絶対に逃がしたりしないよ」
「互いに譲る気はありませんか。困りましたね」
「まぁ、あんたがそこまで言うのであれば、アタイに考えが無いわけではないよ!」
「ほう、お聞かせ願えますか?」

その言葉を聞いて、彼女はニヤッと笑って剣を突きつけた

「簡単な話さ! アタイとあんたが戦って、負けたほうが勝った方の言い分を聞くってのはどうだい!」
「…なるほど、ずいぶんとシンプルで分かりやすい方法ですね」

戦闘種族であるアマゾネスらしい答えだ。
それほどまでに彼女は自分の腕に自信があるらしい。

「ええ、わかりました。その条件、お受けいたしましょう」
「ふふっ、そうかい! それじゃあ始めるとしようか! 開始の合図は…そうね、日の光が差してきた瞬間だ!」

逃げるのに必死で気付いていなかったが、すでに東の空が赤く染まり始めていた
日の出まで、あと一分もないのではないかと思われた。

「………」
「ふーんふふーんふーん♪」

スピットは無言で、アマゾネスのイザヤは剣を振り回して準備運動しながらその時を待っていた。


そして、ついに二人の間に戦いの開始を知らせる日の光が差し込んだ。


「!」
「よし行くよ! こいつをくらいなぁ!!」

そう叫んでイザヤはスピットに対し剣を振るった

だが

「……あん?」

ダダダダダダダダダ……

すでにその間合いにスピットの姿はなかった。
というかスピットはすでに逃げ出していた。
キャンプから逃げ出した時と同じ勢いで。

「…ふ、ぅーん…そういうことをしちまうのかい…あんたは…」

イザヤのこめかみには明らかに彼女の怒りを表す血管が浮き出ていた。
いったんは勝負を受けた奴が、てのひら返しで逃げ出すなんて。

「上ッ! 等! じゃないか! ええ!? 逃げられると思わないことだね! こうなったら無理やり犯して連れ帰ってやるんだからねぇ!!」

完全に怒髪天をついた様子で、彼女はスピットの後を追いかけようとした。
その時であった。

「雷帝よ!! 貫け!!」
「!!!」

彼が逃げた方向ではなく、真横からいきなり彼の声とともに雷撃が走った。

声に反応してなんとかよけたものの、先ほどまで自分がいた場所は雷撃によって黒く焦がされていた。

彼は逃げたのでもなんでもなく、ただ自らに有利になるように身を隠しただけだったのだ。

「大地に眠る破壊の力よ!!」
「チッ!!」

今度は、全く別の方向から彼の声と魔法が飛んできた。
耳障りな轟音を上げながら、大地が隆起し、彼女へと襲う。
先ほどから、魔法の威力に遠慮というものが見られない。
かろうじてかわしてはいるものの、かすっただけでも危険であるのは明らかだった。

「森の命よ、その力を解き放て!!」
「ああ! もう! うっとおしいねえ!」

そして視認できないアウトレンジからの攻撃もまた厄介だった。
魔法を避けて、声の聞こえた方向へと行こうとするも、次の瞬間には別の方向から声がして魔法が飛んでくる。
いったいどういう理屈でやっているのか、彼女には皆目見当がつかなかった。

だがしかし
彼女はアマゾネスである。
闘いの神の加護を一身に受ける、戦いの申し子である。

何回かの攻撃を捌いたときには、すでに対処法を思いついていた。
彼女は、先ほどの攻撃で隆起していた地面から、大きめの石を拾い上げた。

「荒ぶる風たち…」
「そこっ!」

ビュンッ!

ガスッ!

彼女はスピットが攻撃の瞬間にはっする詠唱を聞き取り、彼がそれを終えて魔法を発動させる前に、石を投擲することによって妨害したのだった。

「手ごたえなかったね…だがまだ弾は残ってるんだよ」

これなら、魔法を避けて相手を追う必要もなく、直接相手に攻撃できる。
ついでに魔法も妨害できるので、先ほどとはうってかわって彼女が一方的に攻撃するような形になっていたのだった。

「我は放つ光の…」
「そこかっ!」

ビュンッ!

ガスッ!

「氷結は終焉、せめて…」
「見えるっ!」

ビュンッ!

ガスッ!

もはや、形勢は完全に逆転していた。
スピットが魔法の詠唱を言い終わらぬうちにイザヤが石を投げる。
まるでモグラたたきのような状態であった。

しかし、これで終わったわけではなかった

「天光満る所、我あり。黄泉の…」
「そこだぁ!」

ビュンッ!

ドガッ!

明らかに先ほどとは違う音が響いた。

「! よし、当たった!」

そう確信し、彼女は一気に声のした方に駆けて行く、すると

「ぐぅ…!」
「ふふっ…ようやく追いつめたよ!」

そこには、期待通り足をおさえてうずくまるスピットの姿があった。

「ぐっ…ぐぅ…!」
「さーて、これで勝負はアタイの勝ちだね!」

ようやくこの男を自分の夫にできた。
その喜びをかみしめて、怪我をさせてしまった足の治療をしようと近づいたとき

サァァ…

「なっ!?」

先ほどまで足をおさえていた男が目の前で塵となって消えた。
思わず彼女は目の前の現象がどういう事か理解できずに、脳が思考を停止してしまった。
彼はその瞬間を狙っていたのであった。

「ッ! そこかぁ!」

イザヤは背後から流れてきたわずかな殺気を感じ取り、反射的に背後に剣を振るった。

ガキィン!

「おや、ばれてしまいましたか。タイミングに問題はなかったのですが…」
「はっ! やっぱりあんたはアタイの見込んだ通り最高の男だよ! 」

背後から飛びかかったスピットは、手首の暗器により一気に勝負を決めようとしたのだが、残念ながらイザヤのアマゾネスとしての勝負勘がそれを許してはくれなかった。
イザヤは、スピットがまたさっきと同様の戦法をとるものと思い、剣を押し出して距離を詰めようとした。

しかし、意外なことに彼はその場から逃げ出そうとはしなかった。

「えっ?」
「…シッ!」

ギャリッ!
シュパッ!

一瞬、彼は両手首の暗器で抑えていた剣から力を抜き、相手がバランスを崩したところを見計らって突きを繰り出した。

「ちぃっ!」
「…フッ!」

ヒュッ!
ヒュガッ!
ガキッ!

すんでのところで避けたイザヤは、避けた勢いを利用し相手の胴を横なぎにしようと腕を振るった。
しかし、その攻撃はあえなく止められてしまった。

仕方なく、思い切り弾き飛ばして、相手との距離を取ることにした。

コイツ…ただの優男かと思ったら…なかなかどうして…

最初の不意打ちから、若干ペースを崩されていたが、ここで間合いを取ったことにより、イザヤに余裕が生まれた。
コイツが間合いを取らないで近接戦闘を挑んでくるというなら、息もつかせないほどの打ち合いで、消耗戦に持ち込んでやる!
得物の頑丈さならこっちの方が上だ! あの暗器を一気にへし折ってやる!
そう決めた彼女は丹田に気合を込め、一気にスピットに向けて突進した。
そして、彼女の心中での宣言通り、息をもつかせぬような連撃を叩き込んだ。

ヒュン! ヒュッ! ヒュヒュッ!
ビュン! ビュン!
ビュッビュッ!
シュパッ! ガキン!
ガッ! シュパッ!

はた目から見ればこの勝負は一方的にイザヤが攻撃し、押しているようにも見えたが、実際はその逆であった。

なんでコイツにさっきからアタイの攻撃が当たらないんだい!?

スピットはイザヤの攻撃を完全に見切り、薄皮一枚の距離で彼女の剣を的確によけていたのだった。
たまに受け止めたかと思っても、それは体重の乗らないジャブのような弱い攻撃で、相手の武器にまったく負担を与えられていなかった。

まったく、なんてデタラメな奴なんだい。でもだからこそ、それだからこそ

「…さすがアタイのほれ込んだ男だよっ!!」
「ありがとうございます」

もはや、型もなにもあったもんじゃなく力任せに剣を振るい、当たる見込みはなかったが、それでも攻撃する手を止めなかった。

そして、しばらく攻撃を続けていた時に、その異常に気が付いたのだった。

「………ハァッ……………フッ………」

自らが振るう剣の風切り音に混じって、確かにその音を聞いた。
どう聞いても、息が上がっているような呼吸音を。

その音に気が付いて、よくよくスピットの顏を観察すると、彼の顏は最初から変わらず無表情なままだったが、顏は紅潮し、息をするのも辛そうであった。

彼は通常の人と同じく疲労するものの、表情が一切変わらないため、その変化を読み取るのは容易ではない。
そのため、相手には彼が底なしの体力を持つバケモノに見えるのであった。
その精神的アドバンテージは、戦いというものにおいて非常に大きなものとなるのであった。
しかし、それは疲労の様子が明らかに見て取れない場合のみの話である。

ここまで、戦闘が長引いたのは彼自身初めてだった。
すでに薄皮一枚で避けていたような見事な動きは見てとれず、拳一つ分は余計に動いていた。
彼がそこまで疲労しているのを見て取ったイザヤは、今度こそ勝負を決めようとその剣を振ろうとしたのだが、彼女の方も相当に疲労がたまっており、思ったように剣を振るえなかった。
最初に一方的に攻撃されていたことと、勝負を決めようと繰り出した全力の連撃を捌かれたことが響いていたのだった。

こうなってしまっては、あとはどちらの体力が先に尽きるかという勝負になっていた。
もはやどちらもまともに動けるだけの体力は残っておらず、イザヤは初めて剣を握った子供のようになっており、一方のスピットも出来の悪いダンサーのような動きしかできなかった。

そんな不毛な打ち合いの中、スピットが唐突にたずねたのだった

「そう言えばっ…あなたにっ…聞きたいことがっ…あるのですっ…!」
「へえっ! そうかいっ! なんでもいいなっ! 答えてやるよっ!
「あなたはっ…なんでっ…私にっ…惚れたのですかっ…!」
「ああっ!? それはねっ! アンタのっ! 心に惚れたのさっ!」

思いもかけず飛び出したイザヤのセリフが気にかかり、スピットはイザヤと距離を開けてしまった。
お互い息も絶え絶えになりながら、スピットは質問を続けた

「あなたは…面白いことを言いますね…私の心に惚れただなんて…」
「あん? そんなにおかしなことかい…?」
「ええ…おかしいですよ…だって…私には…」

心が無いのに。
そのセリフを言おうとしたのに、なぜか彼は言葉に詰まってしまった。
その様子を見ながらイザヤは言った。

「ははっ…なんだかわからないけど、あんたにはこの答えが相当不思議だったらしいねえ…そういえば、あんたは最初っから表情ひとつ変えないねぇ…もしかしてそれを指して”心許無い魔術師”とか呼ばれてるのかい?」
「いえ…私の二つ名は”心許無い”ではなく”心無い”が正しいのですが…」
「そんなこと些細な問題さ! …アタイはね、あんたがあのキャンプから逃げる時も、あのアルラウネに捕まったときもアンタを見ていたんだよ!」

なんと、あのキャンプを囲んでいた魔物に加わっていたのか
やはり自分の観察にはまだまだ穴がある。

「あの時は、どちらもどうしようもないような、絶望的な状況だった。それでもアンタはその状況を見て、すべてを投げ出して諦めるんじゃなく、勇猛果敢に立ち向かってたじゃないか!」
「いや、キャンプの時はただ逃げただけ、アルラウネのときはただなすすべなく軽口をたたいていただけでしたが?」

彼はそう言って、彼女の言った事実を否定しようとしたが、それを聞いた彼女は言った。

「そんな結果なんて重要じゃないのさ! 大事なのはあんたがどちらの時も決して諦めなかったってことさ! あのときのあんたには、どんな状況でも活路を見出すような希望を持っていた! 瞳にすべてをひっくり返すような強い意志を秘めていた! だからね、アタイは…!」

「その、あんたの『強い心』に惚れたのさ!」

彼女の告白を聞いていたスピットは、ほんの一瞬だけ、微笑んだかのように見えた。
イザヤがそれに気が付いたと思った時には、いつもの無表情をしていたので、見間違えじゃないかとも思った

だが彼女は、確かに彼の笑い顔を

在りし日のスピットという男を垣間見たのだった。



「…さて、わたしからの質問は以上です。回答のほう、ありがとうございました」

そう言ってスピットは再び半身に構えた

「ああそうかい? ところで、この戦いもそろそろ終わりにしようと思うんだけどねぇ?」

イザヤもそう答えながら剣を上段に構えた

「互いに体力も残っていないでしょうし、次の一撃で決めるというのはいかがでしょうか?」
「ああ、そいつは面白いね! アタイもそれに異論はないよ!」

そう言って二人は残った体力を振り絞り、最後の一撃を放つために、居合抜きのような緊張を体に張りつめさせた。

「始まる合図はどうしますか?」
「そんなの適当でいいじゃないか。どちらかが動きたい時に動くってので」
「それでは公平性が保たれないですよ。ではこうしましょう。どちらかの汗が地面に垂れた瞬間というのは」
「ああ、もうそれでいいよ! アンタの決めたことだったらなんでもいい!」
「そうですか、ではそれで。」

そう言って、二人は互いに見つめ合っていた。

いつしか二人の頬には、火照った体を冷やすための汗が伝っていた。

その汗がゆっくりとほかの汗を巻き込みつつ、徐々に顎の方に伝い

「………」
「………」

そして、ほぼ同時に二人の汗が二人の顎を離れ

「………!」
「………!」

地面に落ちた。

「…せぇぇぇぇい!!」
「うおりゃぁぁぁぁぁ!!」


ガッキィイ!!


合図と同時に駆けだした二人は、対峙していたちょうど真ん中で剣閃を交わし、残心。

この二人の戦いに対して、偉大なる闘いの神は

「…どうやら引き分けのようですね」
「…そうみたいだな…」

どちらにも微笑まなかった。

最後のスピットの一撃は、イザヤの剣の勢いをいなし切れずに大きく狙いがそれ、イザヤの角をかすめるだけで、最後までイザヤに届くことはなかった。
一方イザヤの一撃は、スピットの暗器によって軌道を逸らされて、わずかに彼の脇腹をかすめ、服を切り裂く程度にとどまってしまった。

つまり、どちらも届かずノーゲームとなったのであった。

「あーあ…引き分けかぁ…」
「まぁ、引き分けということですので、最初の取り決めは無しということになりますね」
「絶対勝てると思ったのに…」
「私の試算でも、7割がた勝てる勝負と思っていました」
「…ははっ、言うじゃないか…」

そう笑いながらも、イザヤは内心がっかりしていた。
闘いに身を置く彼女らにとっては引き分けなぞ負けに等しかったのである。
理屈としては、引き分けとなったのだからどちらの言い分も通らず、最初の状態に戻っただけなのであったが、彼女の心はそうはいかない。
勝てる勝負だと高をくくって挑んだだけに、彼女の心理的ダメージは大きかった。
しょうがないから、すっぱり諦めてほかの男を探そうかなぁ
と半ば自棄的に考えていたが

「ところで先ほどのあなたの求婚ですが、正式に了承したいと思います」
「はへぇ!?」

あまりに唐突すぎる宣言に不意打ちを食らってしまった。

「え? え? でもアンタさっきはアタイの夫になるつもりはないって…」

戦い始める前に彼ははっきりとそう宣言していたのに、急にどういう心変わりなのか

「いえ、あなたが私を好きになった理由を聞き、あなたに興味がわきました」
「アタイの告白って…あの途中のアレかい?」

彼女のまっすぐな心がとらえた、彼のありのままの姿。
その告白は確かに彼に届いていた
心の無い男の心を射止めていたのだった。

「ええ、心が無い私に対して強い心と言ったのを聞きまして、これは現状に対するなんらかの打開策が見いだせるのではないかと、そう思ったのです。とりあえず、あらためて私の方からも問いますが、私、スピットはアマゾネスのイザヤと一生を添い遂げたいと、そう思っています。この申し出、是非受けていただけないでしょうか?」
「はい!! うけまひゅ!! 受けさせていただきます!!」

焦って言葉を噛みながらも彼女はうれしそうにそう答えたのだった。


―――――――――――――――――――――――……


しばらくして、イザヤとスピットは自らの身の上や先ほどの戦いの所感を語り合いながら、森の出口を目指していた。

「こちらが森の出口なんですか?」
「ああそうだよ。アタイにとっちゃこの森は庭みたいなもんさ」
「この森全体が庭とは、ずいぶんと手入れに手間がかかりそうですね」

相変わらずくそまじめな返答をしながら二人が歩いていると、前方に出口と思われる開けた平野が見え始めていた

「そういえばさぁ…」
「なんでしょうか」
「あの…ほかの連れ合いの二人は大丈夫なのかい?」
「……ああ、それなら大丈夫ですよ」
「ほんとに? でも、アンタがハニービーから逃げるときに、なんだか知らないけど集合場所みたいなのを叫んでいたじゃないか」

確かにそうだった。あの時彼は、彼の頭の中にしか存在しないα地点とやらを合流場所に指定した。彼自身もそれを忘れていたわけではなかったのだが

「ああ。大丈夫です。彼ら二人にα地点を伝えていなかったことは、逃げている途中で思い出しましたから」

何も大丈夫ではない。
それはスピットが気付いただけで、ほかの二人は今でも存在しないα地点を必死に探しているかもしれない。
そう思って、イザヤはスピットを問いただそうとしたが

「それに、彼らの性格を思うに、おそらくこちらで大丈夫ですよ」

そう言って彼はすでに目前となった森の出口の方を振りかえった。

そして彼の言う通り、そこには何やら見覚えのある甲冑の大男と、やたら落ち着きのない槍を持った男が二人待ち構えていた。

それを見たスピットはやや満足げな表情(と思われる顏)をしながらイザヤの方を向いて

「ね?」

と言ったのだった。


―――――――――――――――――――――――……


「ちょっと〜、ここはいったいどこなのよ〜」

もはや涙目になりながらぼやく

「ああもう、髪の毛に蜘蛛の巣が引っかかっちゃった…」

そう言いながら歩いていると

「…あら?」
「んー?」
「えへへー」

そこには全身蜜に塗れたグリズリーと、何やら八つ当たりの対象をみつけたと言わんばかりの顔をしたアルラウネがいた。

「ハ…ハロー…あ、あの…ちょっと森の出口を教えてほしいんだけど…」
「んー? 森の出口ー?いいよー」
「でもー、その前に私たちとイイことぉ…しましょ?」

彼女たちがにじり寄ってくる

「あの…私、その…レズプレイはあんまり好みじゃないかな〜、なんて〜…」

そう言いながら彼女は後ずさったが、時すでに遅し

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!」

森の中に彼女の、サキュバスのセーラの悲鳴が響いたのだった…
12/07/17 03:48更新 / ねこなべ
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■作者メッセージ
前回、筆が遅いといったな。

あれは嘘だ。

すいません、嘘じゃありません、ほんとです。

じゃあなんでこんなに次の投稿が早いんだよ!と突っ込まれるでしょうがこれには理由があるのです。

もともとこの連載は主人公となる人たちを別個にとりあつかった読み切りという形で公開しようかと思っていたのですが、なんだか考えているうちに主人公の設定が一部似通ってきてしまい(〜が無いの部分)それならばいっそ、と思い、3人の旅路にしてみようとしたら、思いのほかさっくりと合致してしまいました。
そのため、もともと読み切りで出そうと思っていた部分は割と話がまとまっているので、すぐに出せるという寸法なのです。

まぁ、それはさておき、アマゾネスのイザヤちゃんが出てきました。スピットの嫁です。熱血娘です。うーん、このわざとらしいまでの対比芸!

そして、本格的なバトル描写でございます。
文章だけで伝えきるのがどれだけ難しいのか思い知らされた。
文章でバトルの流れを過不足なく伝え切れる方は天才だと思います。ホント。

今回のお話は割と魔物娘を絡ませられたかなーと勝手に納得しております。
え?まだ少ないって?ごめんなさい。僕だってヤロー3人のからみより、可愛い女の子が旦那さんとちゅっちゅらぶらぶするさまが書きたいです。
ですので、これからはイザヤさんとスピットさんには積極的に2828するような展開を繰り広げていただきたいと思います。

さて、この短い間になんと一件の感想をいただいております。ありがとうございます!

その感想の中で出ていたことに関して一つお答えしましょう

Q:魔物殺し合いとかあかんぞよ?

A:やらないよ!
今回みたいに魔物娘とのちょっとしたバトル展開はあるかもしれませんが、そこで魔物娘たちをひどく痛めつけたり、ころころしちゃうような展開は書くつもりはありません。
鬱展開とか現実だけで十分なんや…

あ、でもオディの生い立ちは大方の予想通り鬱だよ、ぶっちゃけて言うと、彼、元教団の騎士団所属っていう設定です。……まぁ直接的なKILL描写をしないからセーフ…だよね?よね?

そんな一抹の不安を感じつつ、次は全身甲冑の男オディがメインのお話でございます。彼の嫁も出ます。可愛く描写したいです。

それでは、また次の機会に
ねこなべでございました。

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