連載小説
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ある英雄の話
自分だけではどうにもならない時というものは誰にだってある。
もちろん事態を収拾しようとして最大限の努力はするだろうけどもさ。
今言っているのはそれでも駄目なような時のことだ。
そういう時、他人に助けてもらうっていうのは最もポピュラーな解決法なんだろうと思う。
童話や小説なんかでよくあるのは、旅の勇者(単体ないし複数人)がやってきてその問題を解決するというやつだ。
僕らのもとにも、幸運なことにその勇者ってやつがやってきたらしい。


「はぁ〜…なんで僕がこんなことやらなきゃならないんだ…」

もう何度目になるだろうかわからないセリフを、いつも通りため息とセットで吐く。
街道の分かれ道に生えてる木の下で、彼は一週間毎日同じセリフを吐き続けていた。
端から見れば、何の目的もなくただ座っているように見えるが、彼には重大な仕事が任されていた。

「好きでこんなことやってんじゃないんだよ…」

まぁ、強引に押しつけられた仕事なのだが。
彼はこの街道脇で人を待っていたのだった。と言っても特定の個人を待っているわけではなく、文字通り人なら誰でもよかったのだが、とにかく人を待っていたのだった。

「村の大人連中はこんなんで本当に人が来るとか思ってるのかぁ…?」

賭けてもいい。こんなもので村に来るのは相当のバカか、でなければ文字が読めなかっただけだ。

彼は心の中でそう毒づき、自らの隣にある旗に目をやった。
そこには大きな文字で「勇者募集中!」と書いてあった。


―――――――――――――――――――――――……


彼の村はひとつの問題を抱えていた。
村の人員総出でその問題の解決を図ったものの、結果は失敗。
そのため、問題を解決するために村の外から人手を求めているのであったが、そもそも村は周辺に街はおろかほかの村も存在しないような外れであり、一番近い人里に行くには歩いて2週間はかかるという有り様であった。
また、問題解決のためにはかなりの腕っぷしが要求されるので、街に行って適当な人を連れて来ればいいというわけにもいかなかった。

そこで、村の人たちは街道を通る旅人に目をつけた。
今のご時世、旅をするにもある程度身の安全を守る術が要求される。
個人ならば本人が、隊商などの複数人の組織ならば用心棒を雇っていたりする。
つまり、ある程度腕が立つであろうことが予想される旅人に声をかけて、なんとか村を助けてもらおうじゃないかという考えなのだ。
そのための旗であり、村の代表として彼が街道に立たされているのであった。

しかし

「はぁ〜…」

彼のため息からもわかる通り、結果は7日にして0であった。
そもそも外れ村の脇の街道なぞ人が通ること自体まれなのだった。
定期的に通る隊商も、季節の変わり目に一回通る程度である。


今日もなんの進展もないんだろうなぁ…と半ば諦めていた。
そうやって何の進展もないまま、昼時になろうとしていた。

「とりあえず昼飯でも食べよう…」

そうつぶやいて、いつも通り昼ごはんのパンを取り出そうと横を向いたとき

「……ん?」

最初は見間違えかと思ったのだが

「あれは…もしかして人!?」

間違いない! 遠くに人影が見える!
ついに待ちに待った旅人が来たのであった。

これでようやくこの忌々しい仕事から解放される!
そう思った彼は、街道に飛び出して

「す…すいません! そこの方! 少し話を聞いてくれませんか! すいません!」

そう言いながら、こちらの存在に気付いてもらうため全力で先ほどの旗を振りまわし始めた

…のだが

「すいません! すいま……うん?」

遠目に見える人影の姿勢がおかしい。

急に屈んだように見えるけど、どうしたのだろう。
こちらに気付いて何らかのアクションを起こしているのだろうか?
そういえばあの姿勢
『何かを振りかぶっているような姿勢』に見えるような…

そう思った次の瞬間

ひゅぅん

バキぃ!

ドスッ!



「………へぁっ!?」

彼の身に降りかかったことを、自身が理解するのに数秒の時間が必要だった。
上記の擬音に従って説明すると
先ほどの人影が動いて”ひゅぅん”という何らかの風切り音が聞こえ
”バキぃ!”で、持っていた旗の途中が砕け散り
”ドスッ!”で、彼の後方1メートルの地面に何かが刺さったのだった。

いや、それが分かったからってなんだっていうんだ!?
え? ちょっと、なにこれ!? なんなの!?

一度飲み込みかけた事態を反芻して彼が混乱していると

「いやっほぉぉぉぉう! やった! やったぜ! 大当たりだ! なああんた、今の何点だ? 何点になる!?」

どうやら先ほどの元凶らしき男がムカつくくらいに明るい顏で話しかけてきた

「へ…? いや…何点って、そのっ…どういうことです…か?」
「え? お前何言ってんの?」
「えっ」
「えっ」

話がまったくかみ合わない

「その、”何点”とか”大当たり”とかって…え? もしかして当たりって、コレやったのって…」

そう言って彼が1/3程度ぽっきりとイった棒を指し示すと

「だってあんたがやってたんじゃん。旗ぶんぶん振りまわして"これを撃ち落として見せろ"ってさぁ」
「いや、あれはそういうことじゃないよ!?」

いろいろとツッコミ所が多すぎる男である。

「じゃあ、撃ち落としてもらう以外の目的で旗振ってたんだよ、ありえないだろ」
「普通それ以外の目的のほうがメジャーだろうが! お前は旗振ってるやつはみんな的になるためにやってるとか思ってんのか!?」
「え? 旗振るのって自分の存在をアピールするためじゃないの?」
「そうじゃな…いや、そうだよ!! それわかってるならなんでいきなり…えーっと」

そこで、彼はその男が投げた物を認識しようとして、初めて振り返って地面に刺さったそれを見た。
彼の手にあった旗を粉砕したであろうそれは、長さ2メートルはあろうかと言う見事な槍だった。

「あの槍! なんでお前いきなり槍投げるんだよ! おかしいだろうが!」
「いやぁ、あんたが旗振ってるの見てたら"あれ的にしてみてーなー"って思っちゃったからさ」
「一歩間違えれば僕に当たってたかもしれないんだぞ! わかってんのか!」
「ところで、この旗ってなに? 応援団の練習かなにか?」
「人の話を聞けよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

まったく自由すぎる男だった。
とにかく、話を前に進めないと…。彼がそう思っていると、後ろから別の男の声がした。

「まったく、あなたは何をしているのですか?」

見ると先ほどの男の連れ合いだろうか、男と同年代らしき別の人が歩いてきている。
この人なら話が前に進むかもしれない、そう思って彼は話しかけた。

「ちょっと! あな「いきなり槍を投擲したかと思うと走りだして…少し落ち着いたらどうなんです?」
「いや、ちょっ「スピット! これ何点だと思う!? なあお前採点してくれよ!」
「あの、だか「約80m遠方からの投擲、的となった棒は直径およそ6cm、個人的には100点の結果だと思います」
「すいま「マジで!? やったぜ、今日も絶好調だ!」
「そ「通常の競技に使用する槍と比較しても、あなたの結果は人間とはかけ離れています。魔物並ですね」
「「いやー、そんなに褒められると照れるなー。そんなに言うんだからお前相当驚いたんだろ!」
「あなたの出した結果に感服した、という意味では驚いたと「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

二人同時にこっちを見た、きょとんとしてんじゃねえ。
でもすぐにまた二人向き合って話し始めた…ってオイ!

「いやあんた! そこのナルシストっぽい喋り方の奴! オイ! 話聞けよ!」
「………?」

きょろきょろすんじゃねえ、お前だよお前。

「なぁスピット、俺のしゃべり方ってそんなにナルシストっぽいか?」

お前じゃねえよ! 黙ってろ!

「いえ、客観的に判断するにこの男性は私のことを言っているのだと思われます」
「わかってんなら人の話聞けっつってんだよ!」
「もちろん聞いていましたよ、"ちょっと、あなた""いや、ちょっと""あの、だから話を""すいません、もしもーし""すいません、こっちの話を""その…""あの…""人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! "…それ以外に何か言うことが? 」
「………へ?」
「あなたの今までの発言はこちらが足を止めるに値しないと、そう思います。それ以上こちらになんの益もない発言しかしないのであれば、私たちの妨害をしていると見做し相応の手段を持って排除させていただきます」

やっぱこいつも変だ! なんだこいつら、変人しかいねえ!

「二度目の警告です。これ以上私たちの邪魔をするのであればあなたを殺害という形で排除させていただきます」
「へえぁあ!?」

唐突すぎる宣言に変な声でた。やべえ、変人じゃなくてサイコだった!

「最終警告です。この宣言が終了すると同時にあなたを排除させていただきます」

何かしゃべってるけどあまりに唐突すぎて体が動かねえ!
思えば幸せな人生でした…思い残すこと…って早い早い! 人生を見返すのは早いって!
ああ、やべえ! どうする、逃げるか!? いやでもこいつら逃したら別の旅人くるかどうかわからん! なんとかしないと!

彼が混乱した頭で思考をめぐらしていると

「おーい、お前らなぁにやってんだぁ? そこの坊主が縮こまってるじゃねえか」

! やった! どうやら別の同行者もいたみたいだ! コイツに話してこの事態を収束させないと…

「ああ! 助かった! すいません、僕の話を聞いてこの人たちを止めても…ら…」
「? んん? なんだ? なんで途中で喋るのやめるんだ? 気になるだろうが? おい坊主?」


なんだコイツ。

でけえ。

威圧感すげえ。


思わず彼は圧倒されて言葉が詰まってしまった。
振り返った瞬間見えたのは身の丈190はあろうかという大男だった。
それだけならまだよかったのだが、その風体が問題だった。

何でコイツ甲冑なんか着こんでんだよ!?

全身を旅行用マントで包んでいるので全てわかるわけではないが、包まっていない手や脚の部分からはやたらごっつい金属が主張している。
田舎育ちの彼にとって初めて見るそれが、どれだけの威圧感を生んでいたかは想像に難くない。

ああ、母さん。俺は今日ここで若い命を散らします。
先立つ不孝をどうかお許しください。

すっかり走馬灯モードに入ってしまっていた、その時

「なあお前! オイこれ! なあ!」

最初の槍の自由人が何か持って話しかけてきた

「ふへん?」

もはや恐怖でまともな受け答えも出来ずに振り返ると

「なあ、お前勇者探してんのか? なあ!」

その手には男が吹き飛ばした生き別れの旗がしっかりと握られていた。


彼にとっておそらくありがたい事なのだろうが、求めていた勇者とやらがどうやらやってきてくれたらしい。
その時の彼には幸運と思えるような思考は残っていなかったのだが。


―――――――――――――――――――――――……


「わざわざ来ていただいて、本当にありがとうございます…えーっと、お名前お伺いしてもよろしいかな?」
「ルースです!」
「スピット」
「オディといいます」

あの後、僕はこの3バカ(客人に失礼だって? こいつらなんかバカでいい、バカで!)に軽く事情を説明してなんとか村に連れて帰ることに成功した。
村長は大層喜んでこいつらを熱烈歓迎しているけれども…正直僕は不安でならない。

「話は来る途中にあの子に大体聞きました…なんでも村の危機だとかで…」
「オディ、話は正確に言いましょう。正確には村の女性の危機でしょう?」
「スピット! そうじゃなくて魔物退治なんだろ? そうだろ! じいちゃん!」
「村長です…ええ、お三方のおっしゃることで間違いはございません…順に説明していきましょうか…」

村長の話によると、初めに異常が出たのは半月ほど前のことだったらしい。
最初に倒れたのは村長の孫で、急に熱を訴えて苦しみだしたのだという。
それを皮切りに村の女性が次々と同様の症状を訴えて倒れ始めた。
最初は流行り病を疑って警戒していたのだが、おかしなことに倒れるのは女性だけで男性には一向に症状が現れる気配がない。
不審に思って調べてみると、倒れた女性はみな"珍しい果実"を口にしていたのだった。
なんでも、皆で木の実を取りに行った際に森の奥で見つけ、それを食べたという話なのだ。
話を聞き、症状があらわれていない少女に案内してもらいその場所に行ってみるとそこに行ってみると、確かにそこには見たこともない果実が生る木が多く生えていた。
しかし、そこで見たものはそれだけではなかった。
現場に行ったものはみな意識も定かではない様子で村に帰ってきたのだった。
話を聞いても一向に要領を得ず、やっと聞き取れたことを解釈するに、そこにいたのは頭に角が生え、禍々しい羽と尻尾を持った何らかの魔物だったという話だ。
それ以上詳しい話は聞けなかった。現場に行ったものはその魔物の毒にやられたのか、みな家に籠ってしまい声を上げて苦しんでいるのだ。
その後、村の中で一番の腕前を持つ者が名乗りを上げてその魔物とやらを退治しに行ったのだが、結果は返り討ち。
ほかの者と同様に家に籠り苦しんでいるのだという。

「…魔物の毒にやられたものはみな家に籠り鍵をかけ窓を閉め切り、私たちの前に姿を現そうとはしません…魔物の毒で無残な姿になってしまったのか、毒をうつすまいと我慢しているのかもわかりません…明確な治療法も見いだせず、もし無理にこじ開けて家に入り毒が飛散してしまったら…と心配して我々も手出しできない状態なのです…とにかく今わかることは、その魔物がこの事態に関係していることだけなのです…旅のものであるあなた方に頼むのは心苦しいのですが、どうか我々を救ってはくださらないでしょうか?」

「………」

誰も声を上げない。そりゃそうだ、こんなこと急に言われても困るだけ「わかった! やるぜ!」
おいまたかてめえ! モノローグに割り込むんじゃ「報酬次第では考えましょう」
だから勝手に「おお! やってくださるか! もちろん報酬は精一杯のものを用意いたしますぞ!」
お前ら邪魔すんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

彼は心の中でそうツッコんだのだった。


―――――――――――――――――――――――……


「それで? 具体的には何をすればいいんだ?」
「では、もう一度作戦を復唱します。まずオディと私が村に残り、村人の手当をします」
「おーぅ、了解」
「それで、森の奥にいると予想される件の魔物の対処はルース、あなたにやってもらいます」
「よっしゃよっしゃ! 頑張ってくるぜ!」
「そこまでの案内はこの村人A(仮称)にやっていただきます」
「いや! Aとかいうなよ! 僕にはちゃんとした名前があるんだよ!」

あまりの失礼さ加減にツッコんでしまった

「ですが村人A、私はあなたの名前をまだ聞いてはいないのですが?」
「ぐっ…確かに名乗ってなかったな…じゃあ聞けよ、僕の名前はアッシュっていうんだ」
「アッシュ…Aでも問題なさそうなので呼称の変更はなしでいいですね」
「よろしくな! A!」
「ぶっ殺すぞ! お前ら!」

やっぱり失礼な奴らだった。

「あー…すまんなアッシュ。こいつらちょーっとだけおかしなやつなんだ…許してやってくれないか」

やべえ、見た目はめっちゃ怖いのにこの人が一番マトモだ…

アッシュは思わず涙が出てしまった。ちょっとだけおかしい、というところには同意しかねたが。

「とりあえず、日が暮れる前に済ませてしまいたいので私たちはここで」
「おーぅ。ルース、アッシュのことちゃあんと守るんだぞ? いいな?」
「心配すんなって! ちゃんとやるからさ! よし、行こうぜ! A!」
「だから名前で呼べよ! あと勝手に行こうとするんじゃねえ! こっちだよ!」

前途多難である。


―――――――――――――――――――――――……


「ところでさ…あんたほんとに大丈夫なのか?」

しばらく森の中を進んでいたとき、アッシュがたずねた。

「ん? 何か知らんが大丈夫だ! 問題ない!」

そう言ってルースは槍を振り回しながらくねくねしていた。
さっきからこんな調子で、ひと時たりとも落ち着いたためしがない。
どう見ても不安しか募らない。アイツは話を聞かないからなというレベルではない。

「…まぁ、最初に僕の持ってた旗を撃ちぬいたからそこそこの腕はあるんだと思うけど…あのごっつい…オディ? とかいうやつが来た方がよかったんじゃないか? アンタあの人より腕が立つのか?」
「いや? 俺オディに勝ったこと一回もないよ?」
「オイ! そこは嘘でもいいから僕を安心させろよ!」
「ついでに言うと、スピットにも結構負け越してるな!」
「おぉーい!! いいのか!? いいのかそれで!? 本当に大丈夫なのか!?」
「まぁなんとかなるだろ! 泥船に乗ったつもりで安心しろ!」
「できねぇーーーー!」

なんだか頭が痛くなってきた。本当にコイツらに任せてよかったんだろうか。
だけど、村の連中にもどうにもできなかった事態だ。藁にもすがるような思いでコイツらに託すほかない。
そう無理やり納得しようとしたとき

「…っと…オイ着いたぞ、多分みんなの話からここに間違いないと思う」

例の果樹園に到着した。

「…うん、見たことが無い果実が一杯なってる…」

そこには薄紅色の瑞々しい果実が森一杯に生っていた。
離れていてもわかるほど甘い香りを発しており、先入観さえなければ今すぐにでもかぶりつきたい気持ちになるほどであった。
しかし、村のみんながこれが原因で苦しんでいると思うと、その匂いも瑞々しい見た目もおいしそうな色もすべてが魔物の巧妙な罠にしか思えなかった。
なんとなく、果実がなっている木も禍々しいたたずまいに見えるほどである。

「…この果実に村のみんながやられてるんだ…早く魔物を倒さないと…!」

アッシュは改めてそう強く心に思った。

「村のみんなの話だとここらへんに魔物が出たって話だ。気を付けて先に…」

そう言ってルースの方に振り向こうとしたとき

「うっひょー! このフルーツ超うめー!」
「いや、あんた何やってんだよ!?」

自由人にもほどがあるだろ!? 人の話聞いてないどころじゃねえ!

「Aは食べないのか? すっげえ甘くてうめえぞ!」
「いやいやいやいや! それで村のみんながやられてんだぞ!? 食うわけねえだろ!」

……! というかそういう話じゃない! 早く吐き出させないとルースまでやられてしまう!

そう思い、ルースに果実を吐き出せと、そう言おうとしたとき

「…! ぐっ! ぐぐぐぐぐぐぐ…!」
「! まさか…! 果実の毒に!」

まずい! 手遅れだったか! と、絶望しかけたが

「ぐぐぐ…! 種が歯に挟まった! とれねえ! くっそムカつく!」
「………ムカついてんのはこっちだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

どげしっ

そういって、アッシュは見事なドロップキックを炸裂させた。
ルースは変な笑いを上げながら木の向こうにすっ飛んで行った。

「…おーい。村人Aよーい」
「なんだよ! 次は母さん直伝のベアクロー喰らわすぞコラァ!」
「いやさぁ。ここには村の施設か何かでもあったのか?」
「んだよ! 村の施設って! こんなところに村の施設なんかあるわけないだろ!」
「だよなぁ…じゃあさ、あそこに建ってるのはいったいなんだ?」
「あぁ!? 何つまらないこと言ってんだ? 父さん直伝のDDTかけられてえ…え?」

ルースに文句を言いながら、彼が吹き飛んで行った木のむこうに行くと

アッシュの目の前には、見たこともない大きな建物が建っていた。


―――――――――――――――――――――――……


「やっぱり、この中にいる感じだな!」

二人は先ほどの建物の入り口と思わしき扉の前に立っていた。
見たこともない魔物の意匠ではあったが、一目見ただけで豪華な造りだとわかる。
周りの外壁や屋根に見た目きらびやかな装飾が多数施されており、大きさもゆうに15メートルは超えている。
ただ、建物の外見や入口周りの様子をみると

「…なんだろう、屋敷って言うよりかは…何かのお店?」

いわゆる貴族様が住むようなお屋敷というよりは、その方形状のたたずまいと入口にかけられている明らかに何かの看板と思われるものから受ける印象は、人が住むものではなく商いをするためのものにしか見えなかった。
しかし、この建物がなんにせよ、原因となった果実の生る果樹園の中心にこの建物は位置している。
この事態に少なからず関係しているのは明白だった。

「それじゃあ、入りますかー」
「ちょっと待てよ! いいの、そんなにあっさり入って? 罠かもしれないんだぞ?」

もしここに件の魔物が住んでいるとしたら、入った瞬間に四方から仲間の魔物が飛んできてフクロにされるかも…
そう思ってルースを止めたのだが

「お邪魔しまーす!」
「…こんの…自由人めぇ〜…!!」

やっぱり話を聞かなかった。
ルースは元気よく中に入って行ったのだった。


キィー……バタン


建物の中は薄暗く、なかなか奥まで見通すことができなかった
なんとか目を凝らして周りを観察すると、彼らの目に映ったのはいくつかの椅子と机が配置されたゆったりとしたエントランスと思わしき部屋と

「……あぁ〜ら♪いらっしゃーい♪」

明らかにカウンターと思われる机の向こうに座る一人の女性だった。

「あ、どうもー。すんません、ここってなんなんですかー?」

何の警戒のそぶりも見せずルースがたずねる。

「あら? なに? ご新規さん? それとも偶然入ってきちゃった? それなら説明させてもらうわね〜」

そう言ってカウンターから出てきた女性の姿は人間のソレではなかった

「……ッ! お前…! まさか!」
「ん〜? 何? 坊やとは初対面のはずだけど? 駄目よ、初めて会う人に"お前"なんていっちゃ」

その女性の頭には山羊のような角が生えており、背中には蝙蝠のような羽、そして何とも形容しがたい尻尾が生えていた。
明らかに、人間ではない。

ということは、彼女こそ村人が言っていた魔物なのではないか。

「んー…よくみたらあなたたち両方とも男の子? それとも片方はアルプなのかしら〜。まあどっちでもいいわ」

彼女はゆっくりと、扇情的に腰を振りながら近づき喋り始めた。

「ここはね〜、人や魔物が愛を育むための宿屋なのよ〜♪」
「………は? 宿屋?」

不意に飛び出した言葉が理解できず、アッシュは思わず聞き返してしまった。

「そう、宿屋♪いうなればラブホテルってところね〜。ここに来たお客様はぁ、誰にも邪魔されない森の中で、二人っきりでゆったりと繋がりあって愛を育むの♪自然の中、いつもとは違うシュチュエーション。いつも以上に燃え上がる二人! あ、あとね、ごはんには虜の果実をふんだんに使った料理をだして、奥様の美容と強壮にも役立てようってそう思っているの〜」
「虜の果実ってあれか? あの外に一杯なってたやつか?」
「あら、あなたもう食べちゃったの〜? 悪い子ねぇ。っま、いいわ♪食べ放題もウリの一つにしようと思ってたからとやかくは言わないわ〜。この間来た子たちもおいしく食べてったみたいだしね♪」
「ッ! やっぱりあれはお前の仕業だったのか!!」

アッシュはそういきり立った。

「? 私の仕業って何のこと?」
「とぼけんな! うちの村の女たちがあの得体のしれない果物食ったのはお前の仕業かって聞いてるんだよ!」
「…あら、あなたこのあいだの子たちの知り合いだったの? どう? 彼女たち喜んでたでしょ♪」

コイツ…! 悪びれる様子もなく…!

飄々と、半ば自分の仕業だと白状する魔物に対して、アッシュは湧き上がる怒りを抑えきれずにまくしたてた。

「ふざけんな! アンタのせいで村のみんなが苦しんでるんだぞ! みんな外に出られないほど苦しんでんだぞ! それがなんだ!? 美容に強壮? 愛を育む? ほざきやがれ! アンタは凶悪な魔物だ! ここにいてはいけない存在なんだ! アンタみたいなやつ、俺がぶったおしてやる! うぉあぁぁああぁぁぁぁあぁ!」

勢いに任せて魔物に殴りかかろうとしたが

パシッ

「あら、やだぁ。私乱暴な人は嫌いよ?」
「!? ぐっ! 離せ! 離しやがれ!」

いともたやすく止められてしまった。

「もうっ。あなたもこの間やってきた別の人たちと同じで私を退治するー、とかそういう感じ? 困っちゃうなぁ…」
「だったらなんだっていうんだ!」

そう強がってはいたものの、先ほどからそれほど強く拘束されてはいないはずなのに一向に抜け出せずにいた。
それどころか、だんだんと力が抜けていくような感覚さえした。
なんとか自力で立ってはいたものの、すでに足腰が震え始めており、心なしか体中が火照っているようにも思えた。

まさか…魔物の毒に侵されて…!

そう思うと、村を出てくる前に聞いた村長の言葉を思い出してしまった。
―魔物の毒で無残な姿に変えられてしまったのか、毒をうつすまいと我慢しているのかわからない
今の自分もその毒にやられているのだとしたら。
もはや、彼に先ほどまで湧き上がって来た怒りはなかった。
そのかわりに、今から自分に訪れるかもしれない惨状に対する言いようのない恐怖が、彼の体を支配していた。

「まぁ、いいわ。それならこの間とおんなじくしちゃうだけだからね〜♪」
「…ッ!」

いやだっ。いやだいやだ! 僕は、僕は!

魔物の言葉を聞いて、すでに激昂する気力も体力も残ってはいなかった。
つい数刻前にスピットによって覚悟したおふざけのような恐怖とは違う

明確な死の恐怖

「…うぇぇ…えぅっ………うぁぁぁん…」
「…あらやだ、この子泣いちゃった?」

こんなところで、この魔物にこれからいともたやすく殺されてしまうのか。
そう思うと彼はもはや自らの目からあふれる涙を、恐怖を止めることはできなかった。

「うふふ…まぁ、そういうのもお姉さん燃えてきちゃうんだけどね〜。覚悟してね〜、ぼ・う・や♪」
「嫌だ! 嫌だぁ! だれか助けてぇ! だれかぁ!」

彼にはそう叫ぶことしかできなかった。
抵抗することも、逃走することも全て忘れてしまっていた。

一緒に来ていた同行者の存在さえも

ズッ
ひゅぱッ!

初めてその男と会った時と同じように、何が起こったのか理解するのに同様の時間を要した。

「……なんのつもりかしら〜」

アッシュから手を放し、いくらか間合いをあけて魔物はたずねた。

「いやー。なんかあんたが村人Aに手を出そうとしてたみたいだからさぁ、悪いんだけど邪魔させてもらっちゃった」

そういいながら、ルースは腰砕けで立てないアッシュをかばって魔物の前に仁王立ちしていた。
その手には、あの寸分たがわず旗を打ち貫いた槍を持ち、その切っ先をしっかりと魔物の方に向けていた。

「もう、別に危害を加えようとしたんじゃないわよ? ちょっとキモチイイことしようとしただけなのよ〜?」
「んー、まあそれはわかってるんだけど、もし何かあったらスピットに焼かれかねないからさ? 念のため?」

いろいろ言い返したい部分もあったが、アッシュにはそんな元気も思考も残ってなかった。
ただただ目の前の男に助けてもらったという感謝の気持ちしかなかった。

「うぁぁぁぁぁ…ぐすっ……ありが…あり……ありがとぉ…」
「ん? なんでお前泣いてんの? ほら、一緒にあいつやっつけようぜ?」

そんな無茶言うなよ、とそう思ったとき

「隙ありっ♪」

よそ見したルースに向かって魔物がいきなり飛びかかって来ていた

「!! ルース! あぶな…」
「おっと」

ヒュッ!

ガスッ!

アッシュが注意し終わるより早く、ルースはこともなげに槍を振り、柄の部分で魔物を撃ち落としていた。

「〜〜〜〜///!! ちょっとぉ! 顔面は反則でしょ! 乙女の顏にきずが残ったらどうするのよ!」
「え〜…? でも名乗りの前に飛びかかってきたのはそっちでしょ? 俺あんまり悪くないと思うんだけど…」

名乗りて。ずいぶんと古典的だな。

「生意気言うじゃない…! わかったわよ、名乗ってあげるわよ! 私は「ああ、俺はルース。んで、後ろのこいつが村人Aな」
「いや、違うから…アッシュだから…」

相変わらず自由な奴だ。ていうか、まだ村人Aって呼ぶのかよ。
見ろよ、名乗り遮ったからあの魔物、若干涙目になってるじゃんか。

「ぐぬぬ……まあいいわ! 私はサキュバスのセーラ! ふふっ。馬鹿な人…むやみに自分の名前をさらしちゃって…」

! コイツサキュバスだったのか!
そういえば、家にある魔物図鑑で見たことがある(ずいぶんと古い書物だったが)。
サキュバスとは、人間の精を喰らって生きる魔物だと。そのため、その姿は男を惑わすために非常に扇情的な姿をしており、そのしぐさや言葉は抗いがたいほどの欲情をもたらすと…!
だとすれば、今この状況はまずい!
先ほど自分たちはこの魔物に名前を名乗ってしまった。
名前とは自分を表す基本的な情報であり、自らの存在にもっとも直結している。

いい代えると、名前は魂そのものなのである。

このような精神的な攻撃を得意とする魔物相手に名前を知られたということは、自らの魂を鷲掴みされたようなものだ。
そんな状態でサキュバスに誘惑なんてされたら…!

「ルース! 逃げて!」
「ふふっ…もう遅い♪」

瞬間、周りの空間そのものがピンクに染まったかのように思えた。
戻りかけていた体力が根こそぎ持っていかれるような感覚。
いや、正確に言うと自らの体力が全て体の一部分に集まるような感覚がした。
もはや動くのすら億劫な体を動かしてなんとか自分の下半身に目をやると、そこには見るだけで痛みを感じてしまうほどにそそり立った自らの分身がいた。
口から洩れる声は意味を成しておらず、単なる呼吸に付随する雑音となっていた。

「あぁ…ああぁ…あぁっ…♪」
「くすっ…"アッシュ"はもう我慢できないって感じね…♪」

〜〜〜ッ!!

自らの存在そのものに刻み込まれるかのような誘惑。
自分の名前を呼ばれてしまっては、もうまともな思考はできなかった。
早くヤリたい。
この分身を目の前のメスにツッコんでキモチヨクなりたい。

「さぁ…あなたも早く私とヤリたいでしょう…♪"ルース"っ♪」
「!!!」

前傾姿勢になって胸の谷間をさらけ出しながら上目づかいで腰を振り、サキュバスのセーラはそういった。
このような淫らな姿勢を取られてしまっては、もはやなすすべなどない。
彼女の魅了は完璧にルースをとらえていた。
ルースも彼女の術中に堕ちてしまった

そのはずだったのだが

「……いんや? 全然やりたいとか思わないんだけどっ!」

ヒュッ! ドガァッ!

ルースは勢いよく彼女の顔面めがけて槍を振り下ろした。
惜しくも直前でサキュバスが飛翔して避けたため床を破壊しただけであったが、それでもさきほどまで周囲を包んでいた空気は霧散していた。
なんとか体が自由になり、アッシュも立ち上がることができた。

「ルー…ス…大丈夫なの…?」
「んん? ……あー、これ? うん、大丈夫。俺魅了とか超余裕だし」
「超余裕じゃないわよ! あんた、一度ならず二度までも! 乙女の顏面を狙ったわね!?」
「ああ、今回は狙いやすかったから。つい」
「ついですむかぁーーー! それに! なんで魅了が効かないのよ! 名前まで名乗ってるっていうのに!」

そうだ、そうなのだ。
先ほどルースは確かに名を名乗った。
彼女の魅了は確実に効くはずだった。
現にアッシュには効いていたのだ。
それなのに、何故。

その疑問に対して彼はなんでもないかのようにこう言い放った。

「いやぁ…俺さぁ、"魂が無い"からさっ!」

次の瞬間、彼はサキュバスに向かって飛び上がり、三度顔面に向かって槍をフルスイングしたのだった。


―――――――――――――――――――――――……


「…さっきルースが言ってたことさ…本当なの?」
「うん? 何が?」
「だから、『魂が無い』とかなんとかさ…」

一連のごたごたが終わって、二人は村へ帰るためにまた来た道を戻っていた。
もちろん、先ほど退治した(といってもいろいろと話を聞くために気絶させただけだが)サキュバスも一緒にだ。

「ああ、あれは本当だよ。なんだか偉い魔術師さんやら、高名な召喚士とかからも言われたしね」
「でも…それって、大丈夫なの?」

人が人であるためには3つの構成要素が必要なのだ。
『体』と
『心』と
『魂』である。

体は心と魂の器として、心は体と魂の橋渡しとして
そして魂は、体と心をこの世に打ち付ける楔として

互いに互いが柱となって、人が人であるために支え合っている。
どれ一つとして欠けては人でいれなくなる。

体が欠ければ、この世に干渉できない精神存在に
心が欠ければ、何も考えない只の人形に
魂が欠ければ、そもそも存在することすらできない

これがこの世の理であり、崩れることが無い絶対の法則
そうだったはずなのだが。

「うーん…確かにこの世の万物にはすべて魂が宿るって言われてるもんなぁ…」
「そうだよ! 空気とか土とか…水とか全部に魂は宿るってそう聞いたのに…」
「あー…なんでも両親の話によるとずいぶん大変だったらしくてなー…」

ルースが生まれる前、母親の胎内にいるとき
母親が魔術師としても優秀な医者にかかり、その際に驚愕の事実を告げられた。

あなたの体が魔力によって魔物になろうとしている、と

だが、本当の問題はそこではなかった。
彼女はすでにルース身ごもって長く、医者を訪ねたのも出産の相談のためだった。
通常であれば胎内にいる赤子は母親の魔力によりその身を変え、魔物として生まれるはずだった。
しかし、ルースの場合そうはならなかった。
母親の魔力によってその身に宿るはずであった魂が合致せず、その身は緩やかに自壊していくだけだと
そうして、ルースという存在はこの世から完全にいなくなってしまうはずだった。

しかし、両親と周りの人たちは決してあきらめようとしなかった。
医者はあらゆる文献を読み解き、魂というものの本質を解き明かそうとし、ルースを助けようとしたのだった。
残念ながらその試みは失敗に終わったのだが、その研究のおかげでなんとか彼を存在させることだけは成功した。
魂とは単に名前だけではなく、それを持つ者の運命や加護、現世でなすべき役割などを担っているのではないかと言われているらしく、それを逆手に取ることにより、ルースは助かったのだという。

「つまり、生まれる前にそいつの役割と名前なんか決めちまったらなんとかなるんじゃないかって、そういう話になったんだってさ」
「そんな無茶苦茶な…」
「そうか? でも現に俺はこうやってこの世に存在できてる。…まぁ、それ以外にも難しい術式とかいろいろとやってるから、一概にそれだけのおかげって言うことはできないんだけどな」
「でも…何か悪いこととかはないの?」
「んー…なんでも魂を持たないってことは運命が決まった形を持てないってことらしくて、俺の人としての本質が定まらないんだって。俺が落ち着きがないのはそこから来てるんじゃないかとか言われてる。あとは、加護が受けられないからすげえ運が悪いとかな。特に戦闘の加護は全くない」

そういえば、ルースはサキュバスを倒すときも結構な時間がかかっていた。
最初の3回の攻撃はどれも『完璧に相手が油断している』という絶好のチャンスだったのに
80メートル遠投で旗を正確に打ち貫ける腕前を持って
理解するのに数秒要するようなスピードを持っているのに

最初は、偶然足が滑り踏み込みが甘く
次は、偶然サキュバスの勢いが弱まり、当たりが浅く
最後は、偶然直前にサキュバスに気付かれてしまい

サキュバスを倒したのは4度の攻撃をもってやっとだったのである。
いくら魔物が強いからと言って、これらの現象をただの偶然と決めつけてよいものなのだろうか。

「まあ、はっきりとそれが原因だとか言えないんだけどねー。オディには"修練が足りない"っていつも言われてるし」

知らなかった。
このお気楽でお調子者の自由人が、そんなにも重い事実を背負っていただなんて。
しかし、ここで飛び出したあの全身甲冑に包まれた大男の名前により、アッシュにはある一つの考えがうかんでいた

「……ん? ルースは魂が無いんだったよな?」
「そうだけど?」
「…もしかして、とは思うんだけど…あとの二人も何か魂が無かったりするの?」
「あー…すごい惜しい!」

まさかとは思ったけど、やっぱりあとの二人にも何かあんのか…

アッシュが呆れ半分、驚き半分なのも知らずルースは続けた

「あんなー、スピットの奴はさー『心が無い』んだよ。んで、オディは『体が無い』!」
「……納得」

なるほど、あの辛辣で無表情で究極に客観な青年と、全身総甲冑の男の理由もすべて納得した。

アッシュが彼らの事情を大体飲み込んだころ

「お。村が見えてきたな」
「あ…本当だ」

いつのまにやら村に帰ってきていた。
時間も、もうとっぷりと日も暮れて夜になろうとしていた。

「着いたとなるとこいつに話を聞かないとな…!」

そう言って、さっきからルースの槍に縛り付けられているサキュバスのセーラに目をやった。
まるでイノシシをつるしてるみたいな恰好だった。

「まぁ、話を聞かなくても多分スピットがなんとかしてくれてるから安心しなー。あ、腹減ったなぁー。もっとあの果実くってくりゃよかった」

事情を知ってもやっぱりこの自由人ぷりには腹が立つなぁ…
あらためてアッシュはそう思った。


―――――――――――――――――――――――……


「おお! アッシュ! 戻って来たか! …それでそこにいるのが例の…」
「はい。諸悪の根源の魔物です」
「ちょっと〜、乱暴しないでよ〜。私緊縛プレイはあんまり好きじゃないんだけど〜」

槍につるされながらサキュバスは口答えした。

やっぱりもう少し痛めつけておくべきだったか…?

「あ、でもSMプレイは嫌いじゃないわ〜。なんだかんだで、さっきのお兄さんの立派なヤリでめちゃくちゃにされたの、興奮したのよね〜」

前言撤回。こいつは放置がお似合いだ。

「お前の趣味嗜好はどうでもいいんだよ! お前にはどうやったら村のみんなを元に戻せるのか、白状してもらうからな!」
「え〜? 村のみんなをもとに戻すですって〜?」
「そうだよ! お前がなんかしたんだろうが! 村のみんなは家に閉じこもって出てきてすらくれないんだぞ! お前が何かやったんだろ!」

アッシュがそう言ってサキュバスに詰め寄ろうとしたが、そのとき村長がバツが悪そうに言った。

「あ〜…アッシュ、そのことなんだがなぁ…」
「村長! 止めないでください! コイツはこんな見た目と違って中身は凶暴なんです!」
「いや…そうじゃなくてなぁ…村のみんなの件なんだがなぁ…」
「もう終わりましたということですよ」

その声の方にふりかえると、スピットとオディが部屋の戸口から入ってくるところだった。

「あぁー…なぁるほど、やっぱりこういうわけだったかぁ…」
「私も最初から十中八九サキュバスの仕業であると踏んでいました。予想に間違いはありませんでしたね」
「いや…スピットさん、終わりましたってどういう…」

アッシュはスピットにそう問いただした。

「ですから、最初からすべて問題などなかったのです」
「いや…だからそれがどういうことなんですか?」
「あなたはやはり私の見立て通り、浅薄な思慮しか持ち合わせていない単純な人間なのですね。これだけの情報から結果が推察できないというのは、あなたの知能に障害があることを疑った方がよろしいですね」

なんか当然の質問をしたらものすごくバカにされた。

スピットは、まったく表情を変えずに説明し始めた。

「そもそも、村の女性が口にしたという果実は"虜の果実"と呼ばれるものであり、それを口にしたところで何か重大な障害が起きるものでも、命を脅かすような代物でもありません」
「でっ…でも! 現に村のみんなは倒れて…」
「ですから、その"倒れた"というところの認識が間違っているのです。あれは病気で倒れたのではなく、単に発情したために倒れただけなのです」

…………はい?


なんでもスピットさんが説明するにはこういうことらしい。
"虜の果実"とは、魔界で見られる(人間から見れば)特殊な果実らしく、魔物の魔力をたっぷり蓄えた果実なんだそうだ。
魔物が食べる分には美容効果が得られる程度なのだが、人間が食べると別の現象が起きるのだという。
果実を食べた人間は、果実に含まれる魔力によって、体がより魔物の性質に近くなっていくのだという。
体がより美しく変わり、性格も男性が好むようなものになっていく。
そして女性の体からは男性を惑わすフェロモンが発せられるようになるのだとか。
そして、女性自身もその過程で発情してしまい、男性が欲しくて欲しくてたまらなくなるのだとか。

つまり村のみんなが訴えた熱というのは、体が男を求めて発情して火照ってしまったためのものだという。

「いやいや! でも、男のみんなはどうなるんですか! 彼らも家から出てこないじゃないですか!」
「それは"出てこれない"のではなく、"出てこようとしない"だけなのです」
「え? いや、それってどういう…」
「だから言ったじゃないの、あなたもおんなじくしてあげる、って♪」

そのセリフによって、先ほどの彼女の居たホテルとやらでの自らの痴態を思い出してしまった。

「つまり…それって…」

嫌な考えしか思い浮かばないが、アッシュはサキュバスに問い返した

「うん、みんな残らずキモチよくさせてあげただけ♪」
「やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

なんのことはない、みんな確かに毒にやられたようなものだった。
つまり、村の男連中はこのサキュバスの淫毒にやられて発情してしまい、一日中外に出ずにヤッてるだけの性欲魔人と化しただけだった。
かろうじて、ほかの皆にその様子を見られたくないという理性だけ残っており、扉と窓を閉め切って仲良くしっぽり、というわけである。
つまり、みんながあげていたという苦しそうな声というのも

「ただの喘ぎ声かよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

もうツッコミ疲れた。一日になんどツッコめば気がすむというのだ。

「何ならあなたも私にツッコんでキモチよくなる〜?」
「うるせえ! うまいこと言ったつもりか! この迷惑痴女!!」

もういろいろと限界だった。


―――――――――――――――――――――――……


結局、あの後みんなの命に別状はなかったことにより(あと気持ちよかったから許すという声により)
あのサキュバスにはちょっとしたお説教だけで森に帰すこととなった。
やっぱり魔物は迷惑な存在だと、僕はそうぼやいたのだが、ルースさんたちに言わせればそれは違うらしい。

そもそもこの騒動の主たる原因は、村のみんなが今現在の魔物を知らなかったためもあるのだという。
今の魔物は魔王が代替わりしたことにより、その性質を大きく変えているのだという。
今現在の魔物は、英雄譚やおとぎ話に出てくるような人に害を為す存在なのではなく、人間と共にあろうとするよき隣人なのだという。
この世界を"人間"とともに構成する、ただの"魔物"という生物でしかないと。
大事なことは最初から拒絶することではなく、彼女らを理解してともにより良い世界にしようとする心構えなのだと。

「…それでもやっぱりあいつらと仲良くできるとは思えないんですけど…」
「いやぁ、そんなことはないぞ? 俺は村人Aなら大丈夫だと思うぞ?」
「だからアッシュですって!」

まだ僕の名前ちゃんと覚えてなかった。というかそうじゃなくて

「…ルースさんはなんでそう思うんですか…僕と彼女とのやり取り見てたでしょ?」
「だってさ、お前はヒトじゃない俺ら三人とも問題なくやれてるだろ?」
「!」

その言葉にハッとさせられた。
そうだった。
この目の前にいる男は
ルースという男は
魂を持たない
ヒトではないナニかだったのだ。

彼だけではない
スピットも
オディも
それぞれ、心と体を欠いている

人と呼ぶにはあまりにも大事なものが欠けている。

それでも彼らは問題なく存在しており、この世界を構成しているのだと。

「…その言い方は卑怯なんじゃないかと思うんですが…」
「ハッハァー! そりゃあそうだったな! ごめんごめん!」

快活に笑いながら彼はそう答えた。

確かに彼らはヒトとは言えない。
でも、それでも、彼らも隣人なのだ。
それを、思えば魔物と手を取り合うことなど造作もないのだと。
彼はそれを気づかせてくれたのだった。

「ありがとうございますルースさん」
「うん?」
「村を救ってくれたこと」
「よせやい。俺が救ったんじゃなくて、はなから問題が無かっただけじゃない」
「それでも、あなたは紛れもなく…」

アッシュは精一杯の感謝の気持ちを込めて、言葉を紡いだ。


「僕たちにとって…勇者様です」


そう言われたルースは、一瞬驚いたような顏をして、そして心底嬉しそうな顏で答えた。

「ああ…そいつは俺にとってなによりの誉れだね」


―――――――――――――――――――――――……

次の日
村を救った勇者ご一行は、皆からのねぎらいもそこそこに村を早々に発つと言ってきた。

「本当によろしいのですか? …私どもからの謝礼も受け取らないだなんて」
「いやぁ、いいんだよ。もとより俺らは何にもしてないようなもんだし」

そう、彼らは僕たちからの謝礼と言って取り出されたお金を受け取らなかったのだ。
そして意外なことに、それを言い出したのはスピットさんだった(オディさんは若干渋っていた)

「そもそも、あれは今回私たちがしたことを考えると適正な量の謝礼ではありませんでした。私たちがしたことを考えると、食料などの物資を少々頂く程度でつり合いが取れます」
「しかしですなぁ…あれは我々の感謝の気持ちも含まれておりまして…」
「そのような非定量的なものを報酬額に上乗せすること自体ナンセンスなのです。感謝の気持ちなど、いくら積まれてもお金になどなりえません」

断り方は辛辣にすぎるが。
見ろよ、村長涙目になってんじゃんか。

「あー…まぁ、うちのモンがこう言ってますから…そのお金はみんなでとっておいてくださいよ」

オディさんがフォローに入る。…あの人苦労してるんだろうなあ…

「そうおっしゃるのもわかりますが…感謝の代わりのパーティーにも参加しないで…」
「気持ちはうれしぃんですけどねぇ。うちらもそんなに暇な旅ってわけでもないですし…気を使っていただかなくても結構ですよ…いやホント…まぁどうしても、何か感謝の気持ちを示したいってんなら、一つだけ頼みがありますかね」
「はい! なんでもおっしゃってください!」
「そのー…あの魔物娘と仲良くやってくれませんかね? それだけやっていただければ、うちらにとって何よりの感謝の気持ちになりますかねぇ…」
「? はぁ…それは構いませんが…」

村長はそんなことで? と訝しがっていたが(というのも、すでにあのサキュバスとは虜の果実の定期的な取引を約束していたのだった。このエロジジイめ)事情を理解しているアッシュには全てわかっていたのだった。
人ならざる者と仲良くやる。
そのことが彼らの存在を肯定する。彼らにとって一番の誉れとなる。
それが、彼らが『人』であるための一番の許しであると。

「さーって! そろそろ行かないといけないんで! お暇させてもらいますね!」
「それなりに有意義な取引はできましたしね」
「そういうことなんで…どうもでした」

そう言って彼らは街道に向けて歩いて行った。

その背中を見ていて、僕はひとつ気になることを思い出してしまい、彼らの事を追いかけてたずねた。

「あっあの! ルースさん!」

その声を聞いて、僕の英雄はゆっくりと振り返った。

「あの! 一つ聞いてもいいですか!」
「んー? 何? 何聞きたいの?」
「そのっ…ルースさんの両親があなたにくれた、あなたの役割ってなんなんですか!?」

それを聞いたとき、スピットさんとオディさんは(表情わからないんだけど)は心底呆れたような目でルースさんを見ていた。
それに対し、ルースさんは初めて会った時と同じような明るい表情でこう答えた。

「あー、それはねー!」


「俺に"英雄"っていう役割をくれたんだ!」


これが、僕の体験したある男の英雄譚のすべてだった。


―――――――――――――――――――――――……


「ンモー…あの人ったら、わたしをあれだけめちゃくちゃにしておいて、ほったらかしにしてどっか行っちゃうだなんて…」

薄暗いエントランスで、ソファに寝そべりながらつぶやいていた。

「魂が無いから魅了がきかないだなんて…そんなの反則じゃないの〜…」

足をバタつかせて、心底暇そうにして彼女はぼやいていた。

「ん〜…でもそういう子を振り向かせるっていうのも面白そうね〜」

そういうと何か思いついたように起き上がり

「決ーめたっ♪」

そう言って、サキュバスのセーラは極上の笑顔を浮かべたのであった…
12/07/17 03:40更新 / ねこなべ
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■作者メッセージ
はい、へたれ物書き、作者のねこなべです。
いろいろと厨二くさいオリジナル設定とかばんばん飛び出していますが、心ではなく魂で理解したっ!というJ○J○的な勢いで話半分に受け止めていただければ幸いです。
というか、設定とかそんなに活用する気もないです。ああ!すいません!あやまるから物を投げないで!

えー…ここで、いくつか来るんじゃないかなという質問を、セルフで答えましょう(ただの言い訳である)

Q:エロあるの!?

A:予定にはないです。というか、書けません。
もしかしたら、これからの話の流れで書くことにはなるかもしれません。
期待しないで、ズボン穿いて待っていてください。


Q:おい、魔物分少ねえじゃねえか、ふざけんな

A:ごめんなさい。これからもっと増えると思うので、待っててください。


Q:主人公たちの設定はよ

A:ある程度物語が進んだら、詳しい設定とかのページ作ります。
待っててね。


今回は、ジャンプで言うところの連載一回目の巻頭カラー回のようなものです。これからお話がどうなっていくかとか、ちゃんと面白い物語が書けるかはわかりません。
ですが、皆様が決して退屈しないような、そういう作品にするために一生懸命頑張りたいと思います。気長に見守ってください!

では、作者のねこなべでした。また次回。

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