第五の研究!
「すぅ……すぅ……ふぇー……? ……あれー? わたしー、なんでー、檻に入ってるんですかー?」
鉄の檻の中に、一匹のワーシープが捕えられていた!
手足には枷をはめられ、脱出もままならない!
檻の外には一人の男が立っていた!
「フハハハハハハハハ! そうやって余裕でいられるのも今のうちだぞぉ! 神の禁忌を犯せし魔物よぉ! フハハハハハハハハハ!」
男は、自らの白衣を翻し、魔物に対して威圧的な雰囲気で高らかに笑った!
「ふわー? あなたー、真っ白ですねー。仲間ですかー?」
魔物が男に向かって尋ねる!
「フハハハハハハハハハハハ……ホァッ!? ワガハイがキサマの仲間だとぉ!? よく見ろぉ! ワガハイは誇りある教団騎士の、そのうえ上級幹部の一員であるぞぉ! キサマを生かしておいたのは、ワガハイがこの国における教団騎士団魔物対策技術研究班第一責任者であるからだぁ! キサマはワガハイの魔物研究の実験材料になるのだぁ!! ブァーッハハハハハハハハハハハハハハハハ! ゲホッ!ゲホッ!……ハハハハハハハハ!」
そう、彼こそが!
彼こそが、教団騎士団魔物対策技術研究班第一責任者だ!
魔物研究の第一人者としても名高い、教団騎士団魔物対策技術研究班第一責任者なのだ!
ワーシープの不利は火を見るより明らかだ!
「ほわぁ……なんだかー、よくわかりませんがー、すごいんですねー」
素直に感嘆する魔物娘!
「そうだぞぉ! すごいんだぁ! 最近は『あいつの研究、成功したところみたことない』とかぁ! 『むしろ逆効果』とかぁ! 『始末書研究班』とかぁ! 『のど大丈夫か、無理すんな』とかぁ! 散々なことを言われているがぁ! 本来のワガハイはすごいんだぞぉ! そうなんだぁ! すごいんだぁ! かっこいいんだぁ! フハハハハハハハァ!」
男は自らのことを褒めちぎる!
だが、確かに彼の言う通り、彼自身は侮りがたい実力を持っている!
一言でいえば百戦錬磨のつわもの!
舐めてかかると、痛い目を見る!
「ぱちぱちぱち〜」
魔物の方はゆるゆると拍手している!
「フハハハハハハハハハハハ! もっとだぁ! まだ足りんぞぉ! 万雷の拍手を送れぇ! フハハハハハハハハハハハハ! ゲホッ! ゲホッ! 水……水を飲まんと……」
男はすっかり上機嫌だ!
最近、上司や部下にも、文句や嫌味しか言われていなかったのだ!
称賛を浴びるのは素直にうれしい!
だけど、相手は魔物だぞ!
それでいいのか責任者!
「ぐびぐび……ぷはぁ……フハハハハハハ! フハハハハハハ……って違うわぁ!! キサマなんぞに褒められる筋合いはなぁいぃ! そうではなくぅ! キサマには、ワガハイの熾烈、苛烈、強烈な実験の被験体になってもらうのだぁ! どうだぁ! 恐ろしかろぉ!」
自分のペースに戻すために、震えてしまうような脅し文句を投げかける!
想像しただけで恐ろしくなるような文言だ!
「…………ぐぅぐぅ……むにゃむにゃ……」
だが、魔物のほうは眠っていて聞いていない!
聞かれていなければ、脅し文句は成立しない!
「キサマァァァァァァァ!! 寝るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
すかさず、起こそうとする!
「ぐぅ……むにゃ? あー、おはよー」
おはよう!
「人がしゃべっているときは、眠ってはいけないとお母さんに教わらなかったのかぁ!? まったく、非常識きわまりなぁいぃ! いいかぁ! キサマは捕虜なのだぞぉ! 実験台なのだぞぉ! 少しは怖がったりせんかぁ! まったく、どいつもこいつもぉ!」
魔物の自由奔放な振る舞いは、やはり人間の感性とはずれている!
苛立つ気持ちもわかる!
「そなのー? ごめんねー」
だが、飽くまで魔物のほうはマイペースである!
これも彼女の気質ゆえだ!
しょうがないと言えばしょうがない!
だが、素直に謝れるのはえらいぞ!
「まあよいわぁ! どうせ、キサマが寝ていようが寝ていまいが構わぬぅ! キサマにはぁ! これからぁ! 眠れぬほどの騒音を味わってもらうのだぁ!フハハハハハハハハハハハハハァ!」
なんと騒音だと!
いったいどんな意図があるのか!
「ワガハイは気づいたのだぁ! 魔物どもの行動原理をぉ! キサマラの行動原理は、すべて生物の基本欲求に従っているのだぁ! つまりはぁ! 食欲ぅ! 性欲ぅ! 睡眠欲だぁ! そのうち、魔物の場合、性欲が占める割合が大きいがぁ! それ以外の食欲と睡眠欲もぉ! 性欲と結びついて、魔物の行動原理を決める要因の一つとなっているぅ!」
確かに彼の言う通り、魔物は自分の欲求に素直だ!
寝たい時に(男と)寝る!
食べたい時に(男を)食べる!
性欲は言わずもがなだ!
「ならばぁ! もし、この欲求を阻害できたならばぁ! キサマラに、大きな精神的打撃を与えることができるのではないかぁ! ワガハイはそう考えたのだぁ! そこでぇ! 普通であればもっとも抗い難い欲求である睡眠欲ぅ! まずは、これを阻害する実験をキサマに施すのだぁ! 常日頃眠っているキサマに効果的ならばぁ! 他の欲求を阻害することも、魔物どもに効果があると推察されるぅ! そうすれば、今度こそ教団の優位は揺るがぬのだぁ! フハハハハハハハァ!」
なんという奇抜な戦法だろうか!
相手の行動原理を読み、それを阻害し、ストレスを溜めさせようというのだ!
快楽をむさぼるというのなら、快楽を与えなければいいという考えだ!
いわばこれは、精神的兵糧攻め!
快楽を興じることを至上とする魔物には、これほど有効な戦法はないだろう!
やはり天才か!
「フハハハァ! どうしたぁ? 自らに降りかかるであろう事態に、言葉を失ってしまったかぁ? んんぅ?」
魔物の反応がないと見えて、調子に乗りまくっている!
責任者、余裕の挑発だ!
ドヤ顔が実にムカツク!
しかし、魔物の方も無反応だ!
やはり、恐怖に打ち震えているのだろうか!
「…………Zzz………Zzz……」
まさかの、掟破りの居眠りだ!
この魔物、大胆不敵にすぎる!
実に気持ちよさそうに寝ている!
「キサマァァァァァァァァァァァァ!! ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
責任者、怒髪天を衝く!
二度も居眠りをされてしまったのだ!
これはもう、完全にバカにされている!
この反応もしょうがない!
「ふぇ……? あー……おはよー……」
おはよう!
「ワガハイにあまり大声を出させるんじゃあないぃ! この間、医者に大声を控えるように言われたばかりなのだぞぉ!? えぇい、もはやキサマには一切の情け容赦すらかけぬぅ!! 二度とまともに眠れると思うなよぉ!! 不眠の果てに、キサマが廃人になるまで実験を続けてやるぅ!! わかったかぁ!!? この薄汚い魔物めぇ!!!!」
抑えきれない不満と悪意を、言葉に変えて投げかける!
一切手心を加えない、全力の口撃である!
これは怖い!
「……むにゃむにゃ……もーたべられないよー……」
だが、全く意に介さず!
どこまでも我が道を行くワーシープ!
「ウオアアアアアアアアアアアアアアァ!!!! 起きろおおおおおおおおおおおぉ!!!! ゲェーッホ! ゲホオ! ゲボォ! 血が……咽喉から血が出た……」
頭の血管が千切れんばかりに激怒する責任者!
もはや、こうなってはだれにも止められない!
魔物の命運もついに尽きたか!
だけど、体は大事にしよう!
倒れない前に!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「フハハハハァ……睡眠欲を満たせない苦しみはどうだぁ……神に悔いてもいいのだぞぉ……? フハハハハハハァ……」
研究室の中!
魔物の檻の前!
片手でハンドベルを鳴らし続けながら、語りかける責任者!
だが、彼の言葉にもいつもの精彩が欠けている!
眼は血走り、深々とした隈が刻まれている!
「むー……うるさくて眠れないよー……」
魔物娘のほうは、ふくれっ面で不満を漏らす!
だが、その言葉にはまだまだ余裕が見える!
「フハハハハァ……強がるんじゃあないぃ……もう今日で5日目だぁ……一瞬たりとも寝かせないためにぃ……ワガハイ直々にぃ……付きっ切りで、あらゆる睡眠妨害を施したのだぁ……少しくらい弱音を吐いたとて、誰も責めはせぬぅ……ワガハイはすこぶる喜ぶがなぁ……フハハハハァ……」
な、な、なんという拷問なのだろうか!
諸君は徹夜をしたことがあるだろうか!
一日程度であれば、人間は睡眠をとらずとも活動できる!
しかし、それが数日にまたがってとなると話は別だ!
実際の人体実験で、一睡もさせなかったものが精神に異常をきたしたという例もある!
5日間、一睡もさせなかったということは、まさに想像を絶する苦痛を伴うだろう!
「えー……あなたー、大丈夫なんですかー?」
しかし魔物は変わらぬ様子!
そう、むしろこの拷問は、責任者のほうがダメージが大きい!
彼自ら、付きっ切りで睡眠を妨害しているのだ!
誰にも交代することなく!
それは、当然、自分も眠れないということに他ならない!
これはもはや自爆戦法!
魔物と心中してでも、実験をやり遂げようとする鋼鉄の意志の表れだ!
「フハァ……フハァ……人の心配をして、やさしくしてもらおうという魂胆かぁ……? ……確かにワガハイも少々寝不足だがぁ……憎き魔物に一泡吹かせるためだぁ……このくらいなんてことはないぃ……人類を舐めるなよぉ……フハァ……フハハァ……フハハハハハハァ……」
口では強がるものの、誰がどう見ても満身創痍だ!
このままでは責任者が死んでしまってもおかしくないほどだ!
これほどの犠牲を伴った実験だったのだ!
魔物への効果はあったのだろうか!
「あのー……申し訳ないんですけどー……わたしー、実は寝てましたよー?」
な!
なんだってぇー!
ここにきて、まさかのちゃぶ台返しだぁー!
「……馬鹿言えぇ……ブラフにしても、もう少しやりようがあるだろうがぁ……キサマは一睡もしていなぁいぃ! これはワガハイの主観などではなぁいぞぉ! この部屋ではぁ! 誰かが眠った瞬間にぃ! この魔導式睡眠感知装置に反応がでるぅ! この部屋のものは誰一人ぃ! 一切寝ていなぁいぃ!!」
対する責任者の言い分が飛ぶ!
装置による測定ならば、明確なデータが残る!
まさか機械がウソをつくということもないだろう!
やはり、魔物娘のブラフだったのだろうか!
「んー……確かにー、その魔法器具はー、睡眠を監視しますけどー……それはー、完全に寝た時だけですよー? わたしー、ワーシープですからー、この毛皮の魔力でー、半分だけ寝れるんですよー」
半分だけ寝るだと!
なんという荒唐無稽な話か!
これも動揺を誘う嘘か!
いや、違う!
現実に、半球睡眠といって、脳を半分ずつ休止させることができる生物がいるのだ!
つまり、このワーシープもそれができただけに過ぎない!
責任者は、ずっと無駄なことをしていたということになるのだった!
なんたる骨折り損か!
これには、さしもの責任者も絶望してしまうだろう!
しかし!
「ククク……その事実を白状するべきではなかったなぁ……確かにぃ……これまでの実験が無駄になったのは確かだぁ……しかしぃ……キサマの魔力の根源が、その毛皮にあるというならぁ……ワガハイはそれを刈りつくしてぇ……実験を仕切りなおすまでよぉ……!」
やはりめげない!
どこまでもめげない!
転んでもただでは起きない!
すかさず、手に持っていた得物をハンドベルから、鋏に替える!
そして、鉄の檻を開き!
ワーシープの毛皮に飛びついた!
「毛刈りの時間だぁ!! 覚悟しろよぉ!! ファーッハッハッハッハッハッハッハァ!!」
すさまじい勢いで!
ワーシープの毛を!
刈る!
刈る!
刈る!
ひたすら刈る!
「いやああああああああああ!!?」
研究室中に!
ワーシープの毛皮が!
舞う!
舞う!
舞う!
舞い踊る!
「ヒャァーッハハハハハハハハハハ!!! ハァーッハッハッハッハッハハハハハハハハハハァ!!」
狂ったように笑いながら!
研究者の男が!
暴れ!
滾り!
そして!
「ハハハァ!! ハハハハァ……! ハハァ…… ハァ……フハッ……」
どさりと音を立てて!
研究者が倒れた!
そして、ぴくりとも動かなくなった!
まさか、死んだか!
「あー、びっくりした。私たちの毛皮は、眠りの魔力でいっぱいなんですよ? こんなに散らかしたら、魔力に包まれて、ぐっすり寝ちゃうに決まってるじゃないですか」
彼女の毛皮は、のちに高級寝具として利用されるほどの安眠効果がある!
その効果は、彼女自身が半球睡眠で精神を保護できたほどだ!
5日も寝ていない人間ではひとたまりもない!
抗うこともかなわず、責任者は夢の彼方に誘われてしまったのだ!
「あーん、毛皮を全部刈られちゃいましたぁ……なんだか、ムラムラしてきたなぁ……そうだっ♪ 帰りに、教団の誰かを連れて帰っちゃおーっと♪」
毛皮を刈りつくされたワーシープが、ゆっくりと研究室を後にする!
そして、この後、またも無垢なる教団兵士が魔に墜ちてしまうのだ!
「おにょれぇ……まものめぇ……ワガハイにひれふすのだぁ……フハハハハァ……Zzz……Zzz……」
しかし!
それを止めるべき責任者はすっかり夢の中だ!
またもやいっぱい喰わされてしまった!
だけども、寝顔は幸せそうだ!
ゆっくりおやすみ、責任者!
徹夜もほどほどに、責任者!
教団の夢を叶えるために!
鉄の檻の中に、一匹のワーシープが捕えられていた!
手足には枷をはめられ、脱出もままならない!
檻の外には一人の男が立っていた!
「フハハハハハハハハ! そうやって余裕でいられるのも今のうちだぞぉ! 神の禁忌を犯せし魔物よぉ! フハハハハハハハハハ!」
男は、自らの白衣を翻し、魔物に対して威圧的な雰囲気で高らかに笑った!
「ふわー? あなたー、真っ白ですねー。仲間ですかー?」
魔物が男に向かって尋ねる!
「フハハハハハハハハハハハ……ホァッ!? ワガハイがキサマの仲間だとぉ!? よく見ろぉ! ワガハイは誇りある教団騎士の、そのうえ上級幹部の一員であるぞぉ! キサマを生かしておいたのは、ワガハイがこの国における教団騎士団魔物対策技術研究班第一責任者であるからだぁ! キサマはワガハイの魔物研究の実験材料になるのだぁ!! ブァーッハハハハハハハハハハハハハハハハ! ゲホッ!ゲホッ!……ハハハハハハハハ!」
そう、彼こそが!
彼こそが、教団騎士団魔物対策技術研究班第一責任者だ!
魔物研究の第一人者としても名高い、教団騎士団魔物対策技術研究班第一責任者なのだ!
ワーシープの不利は火を見るより明らかだ!
「ほわぁ……なんだかー、よくわかりませんがー、すごいんですねー」
素直に感嘆する魔物娘!
「そうだぞぉ! すごいんだぁ! 最近は『あいつの研究、成功したところみたことない』とかぁ! 『むしろ逆効果』とかぁ! 『始末書研究班』とかぁ! 『のど大丈夫か、無理すんな』とかぁ! 散々なことを言われているがぁ! 本来のワガハイはすごいんだぞぉ! そうなんだぁ! すごいんだぁ! かっこいいんだぁ! フハハハハハハハァ!」
男は自らのことを褒めちぎる!
だが、確かに彼の言う通り、彼自身は侮りがたい実力を持っている!
一言でいえば百戦錬磨のつわもの!
舐めてかかると、痛い目を見る!
「ぱちぱちぱち〜」
魔物の方はゆるゆると拍手している!
「フハハハハハハハハハハハ! もっとだぁ! まだ足りんぞぉ! 万雷の拍手を送れぇ! フハハハハハハハハハハハハ! ゲホッ! ゲホッ! 水……水を飲まんと……」
男はすっかり上機嫌だ!
最近、上司や部下にも、文句や嫌味しか言われていなかったのだ!
称賛を浴びるのは素直にうれしい!
だけど、相手は魔物だぞ!
それでいいのか責任者!
「ぐびぐび……ぷはぁ……フハハハハハハ! フハハハハハハ……って違うわぁ!! キサマなんぞに褒められる筋合いはなぁいぃ! そうではなくぅ! キサマには、ワガハイの熾烈、苛烈、強烈な実験の被験体になってもらうのだぁ! どうだぁ! 恐ろしかろぉ!」
自分のペースに戻すために、震えてしまうような脅し文句を投げかける!
想像しただけで恐ろしくなるような文言だ!
「…………ぐぅぐぅ……むにゃむにゃ……」
だが、魔物のほうは眠っていて聞いていない!
聞かれていなければ、脅し文句は成立しない!
「キサマァァァァァァァ!! 寝るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
すかさず、起こそうとする!
「ぐぅ……むにゃ? あー、おはよー」
おはよう!
「人がしゃべっているときは、眠ってはいけないとお母さんに教わらなかったのかぁ!? まったく、非常識きわまりなぁいぃ! いいかぁ! キサマは捕虜なのだぞぉ! 実験台なのだぞぉ! 少しは怖がったりせんかぁ! まったく、どいつもこいつもぉ!」
魔物の自由奔放な振る舞いは、やはり人間の感性とはずれている!
苛立つ気持ちもわかる!
「そなのー? ごめんねー」
だが、飽くまで魔物のほうはマイペースである!
これも彼女の気質ゆえだ!
しょうがないと言えばしょうがない!
だが、素直に謝れるのはえらいぞ!
「まあよいわぁ! どうせ、キサマが寝ていようが寝ていまいが構わぬぅ! キサマにはぁ! これからぁ! 眠れぬほどの騒音を味わってもらうのだぁ!フハハハハハハハハハハハハハァ!」
なんと騒音だと!
いったいどんな意図があるのか!
「ワガハイは気づいたのだぁ! 魔物どもの行動原理をぉ! キサマラの行動原理は、すべて生物の基本欲求に従っているのだぁ! つまりはぁ! 食欲ぅ! 性欲ぅ! 睡眠欲だぁ! そのうち、魔物の場合、性欲が占める割合が大きいがぁ! それ以外の食欲と睡眠欲もぉ! 性欲と結びついて、魔物の行動原理を決める要因の一つとなっているぅ!」
確かに彼の言う通り、魔物は自分の欲求に素直だ!
寝たい時に(男と)寝る!
食べたい時に(男を)食べる!
性欲は言わずもがなだ!
「ならばぁ! もし、この欲求を阻害できたならばぁ! キサマラに、大きな精神的打撃を与えることができるのではないかぁ! ワガハイはそう考えたのだぁ! そこでぇ! 普通であればもっとも抗い難い欲求である睡眠欲ぅ! まずは、これを阻害する実験をキサマに施すのだぁ! 常日頃眠っているキサマに効果的ならばぁ! 他の欲求を阻害することも、魔物どもに効果があると推察されるぅ! そうすれば、今度こそ教団の優位は揺るがぬのだぁ! フハハハハハハハァ!」
なんという奇抜な戦法だろうか!
相手の行動原理を読み、それを阻害し、ストレスを溜めさせようというのだ!
快楽をむさぼるというのなら、快楽を与えなければいいという考えだ!
いわばこれは、精神的兵糧攻め!
快楽を興じることを至上とする魔物には、これほど有効な戦法はないだろう!
やはり天才か!
「フハハハァ! どうしたぁ? 自らに降りかかるであろう事態に、言葉を失ってしまったかぁ? んんぅ?」
魔物の反応がないと見えて、調子に乗りまくっている!
責任者、余裕の挑発だ!
ドヤ顔が実にムカツク!
しかし、魔物の方も無反応だ!
やはり、恐怖に打ち震えているのだろうか!
「…………Zzz………Zzz……」
まさかの、掟破りの居眠りだ!
この魔物、大胆不敵にすぎる!
実に気持ちよさそうに寝ている!
「キサマァァァァァァァァァァァァ!! ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
責任者、怒髪天を衝く!
二度も居眠りをされてしまったのだ!
これはもう、完全にバカにされている!
この反応もしょうがない!
「ふぇ……? あー……おはよー……」
おはよう!
「ワガハイにあまり大声を出させるんじゃあないぃ! この間、医者に大声を控えるように言われたばかりなのだぞぉ!? えぇい、もはやキサマには一切の情け容赦すらかけぬぅ!! 二度とまともに眠れると思うなよぉ!! 不眠の果てに、キサマが廃人になるまで実験を続けてやるぅ!! わかったかぁ!!? この薄汚い魔物めぇ!!!!」
抑えきれない不満と悪意を、言葉に変えて投げかける!
一切手心を加えない、全力の口撃である!
これは怖い!
「……むにゃむにゃ……もーたべられないよー……」
だが、全く意に介さず!
どこまでも我が道を行くワーシープ!
「ウオアアアアアアアアアアアアアアァ!!!! 起きろおおおおおおおおおおおぉ!!!! ゲェーッホ! ゲホオ! ゲボォ! 血が……咽喉から血が出た……」
頭の血管が千切れんばかりに激怒する責任者!
もはや、こうなってはだれにも止められない!
魔物の命運もついに尽きたか!
だけど、体は大事にしよう!
倒れない前に!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「フハハハハァ……睡眠欲を満たせない苦しみはどうだぁ……神に悔いてもいいのだぞぉ……? フハハハハハハァ……」
研究室の中!
魔物の檻の前!
片手でハンドベルを鳴らし続けながら、語りかける責任者!
だが、彼の言葉にもいつもの精彩が欠けている!
眼は血走り、深々とした隈が刻まれている!
「むー……うるさくて眠れないよー……」
魔物娘のほうは、ふくれっ面で不満を漏らす!
だが、その言葉にはまだまだ余裕が見える!
「フハハハハァ……強がるんじゃあないぃ……もう今日で5日目だぁ……一瞬たりとも寝かせないためにぃ……ワガハイ直々にぃ……付きっ切りで、あらゆる睡眠妨害を施したのだぁ……少しくらい弱音を吐いたとて、誰も責めはせぬぅ……ワガハイはすこぶる喜ぶがなぁ……フハハハハァ……」
な、な、なんという拷問なのだろうか!
諸君は徹夜をしたことがあるだろうか!
一日程度であれば、人間は睡眠をとらずとも活動できる!
しかし、それが数日にまたがってとなると話は別だ!
実際の人体実験で、一睡もさせなかったものが精神に異常をきたしたという例もある!
5日間、一睡もさせなかったということは、まさに想像を絶する苦痛を伴うだろう!
「えー……あなたー、大丈夫なんですかー?」
しかし魔物は変わらぬ様子!
そう、むしろこの拷問は、責任者のほうがダメージが大きい!
彼自ら、付きっ切りで睡眠を妨害しているのだ!
誰にも交代することなく!
それは、当然、自分も眠れないということに他ならない!
これはもはや自爆戦法!
魔物と心中してでも、実験をやり遂げようとする鋼鉄の意志の表れだ!
「フハァ……フハァ……人の心配をして、やさしくしてもらおうという魂胆かぁ……? ……確かにワガハイも少々寝不足だがぁ……憎き魔物に一泡吹かせるためだぁ……このくらいなんてことはないぃ……人類を舐めるなよぉ……フハァ……フハハァ……フハハハハハハァ……」
口では強がるものの、誰がどう見ても満身創痍だ!
このままでは責任者が死んでしまってもおかしくないほどだ!
これほどの犠牲を伴った実験だったのだ!
魔物への効果はあったのだろうか!
「あのー……申し訳ないんですけどー……わたしー、実は寝てましたよー?」
な!
なんだってぇー!
ここにきて、まさかのちゃぶ台返しだぁー!
「……馬鹿言えぇ……ブラフにしても、もう少しやりようがあるだろうがぁ……キサマは一睡もしていなぁいぃ! これはワガハイの主観などではなぁいぞぉ! この部屋ではぁ! 誰かが眠った瞬間にぃ! この魔導式睡眠感知装置に反応がでるぅ! この部屋のものは誰一人ぃ! 一切寝ていなぁいぃ!!」
対する責任者の言い分が飛ぶ!
装置による測定ならば、明確なデータが残る!
まさか機械がウソをつくということもないだろう!
やはり、魔物娘のブラフだったのだろうか!
「んー……確かにー、その魔法器具はー、睡眠を監視しますけどー……それはー、完全に寝た時だけですよー? わたしー、ワーシープですからー、この毛皮の魔力でー、半分だけ寝れるんですよー」
半分だけ寝るだと!
なんという荒唐無稽な話か!
これも動揺を誘う嘘か!
いや、違う!
現実に、半球睡眠といって、脳を半分ずつ休止させることができる生物がいるのだ!
つまり、このワーシープもそれができただけに過ぎない!
責任者は、ずっと無駄なことをしていたということになるのだった!
なんたる骨折り損か!
これには、さしもの責任者も絶望してしまうだろう!
しかし!
「ククク……その事実を白状するべきではなかったなぁ……確かにぃ……これまでの実験が無駄になったのは確かだぁ……しかしぃ……キサマの魔力の根源が、その毛皮にあるというならぁ……ワガハイはそれを刈りつくしてぇ……実験を仕切りなおすまでよぉ……!」
やはりめげない!
どこまでもめげない!
転んでもただでは起きない!
すかさず、手に持っていた得物をハンドベルから、鋏に替える!
そして、鉄の檻を開き!
ワーシープの毛皮に飛びついた!
「毛刈りの時間だぁ!! 覚悟しろよぉ!! ファーッハッハッハッハッハッハッハァ!!」
すさまじい勢いで!
ワーシープの毛を!
刈る!
刈る!
刈る!
ひたすら刈る!
「いやああああああああああ!!?」
研究室中に!
ワーシープの毛皮が!
舞う!
舞う!
舞う!
舞い踊る!
「ヒャァーッハハハハハハハハハハ!!! ハァーッハッハッハッハッハハハハハハハハハハァ!!」
狂ったように笑いながら!
研究者の男が!
暴れ!
滾り!
そして!
「ハハハァ!! ハハハハァ……! ハハァ…… ハァ……フハッ……」
どさりと音を立てて!
研究者が倒れた!
そして、ぴくりとも動かなくなった!
まさか、死んだか!
「あー、びっくりした。私たちの毛皮は、眠りの魔力でいっぱいなんですよ? こんなに散らかしたら、魔力に包まれて、ぐっすり寝ちゃうに決まってるじゃないですか」
彼女の毛皮は、のちに高級寝具として利用されるほどの安眠効果がある!
その効果は、彼女自身が半球睡眠で精神を保護できたほどだ!
5日も寝ていない人間ではひとたまりもない!
抗うこともかなわず、責任者は夢の彼方に誘われてしまったのだ!
「あーん、毛皮を全部刈られちゃいましたぁ……なんだか、ムラムラしてきたなぁ……そうだっ♪ 帰りに、教団の誰かを連れて帰っちゃおーっと♪」
毛皮を刈りつくされたワーシープが、ゆっくりと研究室を後にする!
そして、この後、またも無垢なる教団兵士が魔に墜ちてしまうのだ!
「おにょれぇ……まものめぇ……ワガハイにひれふすのだぁ……フハハハハァ……Zzz……Zzz……」
しかし!
それを止めるべき責任者はすっかり夢の中だ!
またもやいっぱい喰わされてしまった!
だけども、寝顔は幸せそうだ!
ゆっくりおやすみ、責任者!
徹夜もほどほどに、責任者!
教団の夢を叶えるために!
13/12/24 01:48更新 / ねこなべ
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