咎人と、判決
我が家に帰ってから、俺とイルファは狐面の女と軽い自己紹介をし、その間にドッペルには簡単なお茶を用意してもらうことにした。
ドッペルというのは、ドッペルゲンガーから事情説明を受けている最中に仮に決めた彼女の呼び名だ。
実にひねりも、何も無いネーミングだが、当面はこれでいいだろう。
また後日、落ち着いてから考えればいいことだ。
「私の名前はソフィア。
ソフィア・アーツフォルムだ。知っているとは思うが、諸卿監視役をやっている。」
「俺はルベル・カドゥーム。こっちが幼馴染のイルファ・ローゼンベルトで、今あっちでお茶を入れてもらってるのが…」
「…ドッペルゲンガー…か。」
「え!?わかるん…じゃなくて。
どうしてそう思うんですか?」
「見た目も、立ち居振る舞いも、ほとんどイルファさんにそっくりじゃないか。
双子だってそんなに似やしない。だったら、ドッペルゲンガーしか無い。
おまけに、魔物の魔力を感じるからな。そうなんだろ?」
「う…おっしゃるとおり、です。
あ!でも、彼女は人に害をなすようなやつじゃなくってですね…」
「安心しろ。私は魔物と人間がどうこう、なんて話に興味はないし、教会の教えを盲信しているわけでもない。」
「え、そうなん…ですか…?」
意外だ。
帝国に使えている人だから、そういうのには厳しいかと思った。
「魔物なんかよりも、腐った貴族共のほうがよっぽど問題だ。
他の諸卿監視役かどう思っているかは知らないが、私は…」
「…?なんですか?」
「…いや、関係の無い話だ。
では、話してもらおうか。君たちに何があったのかを。」
イルファの方を見る。
俺はもう、ドッペルのおかげで知ってしまっているが、本来ならば俺も知らなかったはずの内容なのだ。
やはり、最後の判断は彼女に任せるべきだろう。
「…はい。お話ししますね、ソフィアさん。
私たちと、イーヴル伯との間で、何があったのかを…」
……あたかも初めて聞くことであるかのように、イルファの話に耳を傾ける。
ドッペルの話の時には省略されていた「恋人生活」の内容など、新しく聞くこと柄もあったが、そのいづれも、伯爵への害意を損ねるどころか、ますますかきたてるものでしかなかった。
「ああ、もうそのあたりで十分だ。
君がどれだけあの伯爵から被害を受けたのかはよくわかった。
ただ…うむ…どうしたものかなぁ。」
「なにか問題でもあるんですか?」
「いや、ノイシェさんを助け出すだけなら、簡単だ。今から彼の城まで飛んでいって、問い詰めればそれだけで完了。」
「じゃあ、なにか問題でも?」
「君たちの心のことだ。」
「え…」
驚いた。
本当に、この人はいい人みたいだ。
「つまり、だ。ノイシェさんを拉致、監禁していることを見つければ、一応罪には問えるが、罪は相当軽いだろうね。せいぜい罰金が関の山。
それに、一般的な貴族なら、それだけでも名前に傷がつくから十分罰は与えられるんだが、イーヴルに限ってはそうもいかない。
彼は、シュトレンゼハイム家の評判を地の底まで落としたから」
「なるほど…」
「だからこそ、諸卿監視役の情報にはとても敏感なんだよ、あいつは。
我々としても、大きな罪で捕らえて、廃位にしたいところだからな。それを、分かっているんだろう。
だが…ふむ。どうしようか。イルファさんに傷を負わせて、あいつの前に連れて行って自白させる…って手もあるが、危険が伴うし、なによりしらばっくれられたらおしまいだからなぁ。」
「あの…」
イルファが、おずおずと声をかける。
「ん?なんだろうか。」
「あの、復讐なんて、いいです。危なかったりするくらいなら、そんな事しなくても、ノイシェさえ…妹さえ、無事に取り戻せるなら…」
「ふーん…と、彼女は言ってるが、君はどうだね、ルベル君?」
「俺、ですか。」
「ああ。君だ。彼女の身を誰よりも案じていたのは君だろうし、彼女のつぎには、君しかいない。」
俺は…俺は、どう思うのだろうか。
イルファの思いを踏みにじった、その男を、許せるのか?
そんな答えは決まってる。許すことなんで、出来るはずもなかった。
「俺は…許せません。罪には、罰を与えないと。俺に危険があるならそれは承知のうえです。だから、なんとかしてやつに罰を与える方法は、ありませんか…?」
そう、罪には罰が必要だ。
俺の罪にも…
「ルベル…」
「ふむ…あえて私の私見をいうなら、私はルベルくんに賛成だな。
気が収まらない、というのは人間として正しい感性だ。相手は犯罪を犯しているのだから、相応の罰で報いねばならない。
それに、あの手の輩は一度見逃すとまた同じことを繰り返すさ。
今度はもっと巧妙に、明るみに出ないように、ね。
そこで、だ。ドッペル=ゲンガー。」
「え、私、ですか?」
「そうだ、君だよ。君に、どうするのかの裁定を任せたい。」
「え…どうして、私に…?」
「君は、もう一人のイルファさん。つまりは被害者だ。」
「いえ…私は、むしろ、加害者側のような…」
「その罪悪感は、今は不要だ。この一件が片付いたあと、そこの三人でゆっくり消化してくれ。
ただ、いまは聞きたいんだ。君は、復讐するべきだと思うか、否かを。」
…そうか。
ドッペルも、俺と同じ罪悪感を背負ってたんだ。
自分のせいで、イルファが殺されかけてしまったかもしれない、という罪悪感をなら、次の言葉は…
「私…は…」
「復讐、という言い方が正しいかはわかりませんが」
「罪には、罰が必要だと思います。」
ドッペルというのは、ドッペルゲンガーから事情説明を受けている最中に仮に決めた彼女の呼び名だ。
実にひねりも、何も無いネーミングだが、当面はこれでいいだろう。
また後日、落ち着いてから考えればいいことだ。
「私の名前はソフィア。
ソフィア・アーツフォルムだ。知っているとは思うが、諸卿監視役をやっている。」
「俺はルベル・カドゥーム。こっちが幼馴染のイルファ・ローゼンベルトで、今あっちでお茶を入れてもらってるのが…」
「…ドッペルゲンガー…か。」
「え!?わかるん…じゃなくて。
どうしてそう思うんですか?」
「見た目も、立ち居振る舞いも、ほとんどイルファさんにそっくりじゃないか。
双子だってそんなに似やしない。だったら、ドッペルゲンガーしか無い。
おまけに、魔物の魔力を感じるからな。そうなんだろ?」
「う…おっしゃるとおり、です。
あ!でも、彼女は人に害をなすようなやつじゃなくってですね…」
「安心しろ。私は魔物と人間がどうこう、なんて話に興味はないし、教会の教えを盲信しているわけでもない。」
「え、そうなん…ですか…?」
意外だ。
帝国に使えている人だから、そういうのには厳しいかと思った。
「魔物なんかよりも、腐った貴族共のほうがよっぽど問題だ。
他の諸卿監視役かどう思っているかは知らないが、私は…」
「…?なんですか?」
「…いや、関係の無い話だ。
では、話してもらおうか。君たちに何があったのかを。」
イルファの方を見る。
俺はもう、ドッペルのおかげで知ってしまっているが、本来ならば俺も知らなかったはずの内容なのだ。
やはり、最後の判断は彼女に任せるべきだろう。
「…はい。お話ししますね、ソフィアさん。
私たちと、イーヴル伯との間で、何があったのかを…」
……あたかも初めて聞くことであるかのように、イルファの話に耳を傾ける。
ドッペルの話の時には省略されていた「恋人生活」の内容など、新しく聞くこと柄もあったが、そのいづれも、伯爵への害意を損ねるどころか、ますますかきたてるものでしかなかった。
「ああ、もうそのあたりで十分だ。
君がどれだけあの伯爵から被害を受けたのかはよくわかった。
ただ…うむ…どうしたものかなぁ。」
「なにか問題でもあるんですか?」
「いや、ノイシェさんを助け出すだけなら、簡単だ。今から彼の城まで飛んでいって、問い詰めればそれだけで完了。」
「じゃあ、なにか問題でも?」
「君たちの心のことだ。」
「え…」
驚いた。
本当に、この人はいい人みたいだ。
「つまり、だ。ノイシェさんを拉致、監禁していることを見つければ、一応罪には問えるが、罪は相当軽いだろうね。せいぜい罰金が関の山。
それに、一般的な貴族なら、それだけでも名前に傷がつくから十分罰は与えられるんだが、イーヴルに限ってはそうもいかない。
彼は、シュトレンゼハイム家の評判を地の底まで落としたから」
「なるほど…」
「だからこそ、諸卿監視役の情報にはとても敏感なんだよ、あいつは。
我々としても、大きな罪で捕らえて、廃位にしたいところだからな。それを、分かっているんだろう。
だが…ふむ。どうしようか。イルファさんに傷を負わせて、あいつの前に連れて行って自白させる…って手もあるが、危険が伴うし、なによりしらばっくれられたらおしまいだからなぁ。」
「あの…」
イルファが、おずおずと声をかける。
「ん?なんだろうか。」
「あの、復讐なんて、いいです。危なかったりするくらいなら、そんな事しなくても、ノイシェさえ…妹さえ、無事に取り戻せるなら…」
「ふーん…と、彼女は言ってるが、君はどうだね、ルベル君?」
「俺、ですか。」
「ああ。君だ。彼女の身を誰よりも案じていたのは君だろうし、彼女のつぎには、君しかいない。」
俺は…俺は、どう思うのだろうか。
イルファの思いを踏みにじった、その男を、許せるのか?
そんな答えは決まってる。許すことなんで、出来るはずもなかった。
「俺は…許せません。罪には、罰を与えないと。俺に危険があるならそれは承知のうえです。だから、なんとかしてやつに罰を与える方法は、ありませんか…?」
そう、罪には罰が必要だ。
俺の罪にも…
「ルベル…」
「ふむ…あえて私の私見をいうなら、私はルベルくんに賛成だな。
気が収まらない、というのは人間として正しい感性だ。相手は犯罪を犯しているのだから、相応の罰で報いねばならない。
それに、あの手の輩は一度見逃すとまた同じことを繰り返すさ。
今度はもっと巧妙に、明るみに出ないように、ね。
そこで、だ。ドッペル=ゲンガー。」
「え、私、ですか?」
「そうだ、君だよ。君に、どうするのかの裁定を任せたい。」
「え…どうして、私に…?」
「君は、もう一人のイルファさん。つまりは被害者だ。」
「いえ…私は、むしろ、加害者側のような…」
「その罪悪感は、今は不要だ。この一件が片付いたあと、そこの三人でゆっくり消化してくれ。
ただ、いまは聞きたいんだ。君は、復讐するべきだと思うか、否かを。」
…そうか。
ドッペルも、俺と同じ罪悪感を背負ってたんだ。
自分のせいで、イルファが殺されかけてしまったかもしれない、という罪悪感をなら、次の言葉は…
「私…は…」
「復讐、という言い方が正しいかはわかりませんが」
「罪には、罰が必要だと思います。」
11/04/24 18:19更新 / 榊の樹
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