連載小説
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諸卿監視役
さて、そんなわけで諸卿監視役を探すことになったのだが…
当然のごとく、何の手がかりもなかった。
そもそも、そんな人の存在さえついさっき知ったばかりなのだ。
見た目の特徴とか、いそうな場所なんて知っているはずがない。
ただ…

「その諸卿監視役、ってのは情報を集めにきているんだよな?」
「ええ。そうよ。それも一般市民から、それとなく、ね。」

だったら…情報収集の基本、酒場に行けば、領主に関して尋ねる旅人の話を聞けるかもしれないし、本人が直接見つかるかもしれない。
そうして俺たちは、馴染みの酒場、レイノルズ亭に向かったのだった。

あんな外観とは言え、酒場は酒場だ。
俺達みたいな常連もいるし、こんな時となればそりゃあ混み合う。
だが、その混雑が今は好都合だった。
知人に会いでもしたら、なぜ来なかったのかそういったいらぬ詮索を受けることになる。
今はそんなことにかまけている場合ではないのだ。

三人別々に分かれ、はしごしていそうな酔っ払いたちからそれとなく話を聞き出す。
彼らの話は支離滅裂で、断片的なものではあったが、三人よればなんとやら。
狐の面をつけて、領主のことを尋ねる怪しい旅人がいるという酒場、「黄金亭」を突き止めたのだった。

黄金亭へとひた走る。
途中、何人か友人が驚いたような顔をしていた気もするが気にしない。
黄金亭の前の、最後の曲がり角を曲がろうとする。
…と、目の前に、狐面の人影があらわれた。

「そこの女…顔の火傷はどうした?」
「「え…?」」

いきなり、相手の方から話しかけられた。
ずいぶんと若そうな、女の声だ。

「あぁ、すまない。いきなり初対面の、それもこんな狐面をつけた怪しいものから問われれば、困惑もしような。
 話したくない、というならば視なかった事にするが、出来るならば話してほしい。私は旅人だからな。町の人間ではどうしようもないことでも、力になってやれるかもしれん。」

話しかけられただけではなく、協力まで持ちかけられた。
すごく、いい人なのかもしれない。
それとも、どこかで領主が絡んでいるかもしれないという洞察故、だろうか。だがそんな事情はどうでもいい。
協力して欲しかった相手と思しき人物から手を差し伸べられているのだ。
掴まない理由があろうか。

「あなたは…諸卿監視役の方、ですよね?」
「む、付き添いが居たのか。
 確かに、そのとおりだが…それを知っている、ということは、君…どこの貴族の手の者かね?」

途端、狐面の女の友好的な雰囲気は一変した。
祭りの楽しげな雰囲気さえも塗り潰していくような敵意。
一体なにが、彼女をここまでさせるのだろうか。

「いや、俺達はそういうアレじゃなくってですね!
 その、あなたに相談したいことがあったというか……!」
「冗談だよ。少なくとも、貴族の配下ならば、直接話しかけるような愚行はしない。
 だが、驚いた。貴族の配下でもないのに我々を知っているものがいるなんてね。
 ぜひ、そのあたりの事情も含めて聞きたいものだが…静かな場所に、心当たりはないかね?」

…冗談なら、もっと面白いものか、嘘だとわかるものにしてほしい。

「まぁ、無いではないですが…でも、内密の話だったら、騒がしいところでしたほうがいいんじゃ?」
「まぁ、そういう話はよく言うがね。
 密偵がいるかどうかを探れるのなら、静かな場所のほうがいいのさ。
 雑踏に紛れられたらどうしようもないが、静かな場所ならどうにでも捉えられる。」

なるほど。まぁ、諸卿監視役、なんて仕事をしているのだ。そのあたりは、彼のほうが詳しいのだろう。

「まぁ…分かりました。でも、俺の家くらいしか無いですけど、いいですか?」
「構わないよ。家に上げる、というのは大層な信頼の証でもあるからね。
 罠だったとしても突破は容易だろうし、女性の家にいきなり上がり込むのは気が引ける。」

いちいち言うことがもっともだ。
そこで俺は、未だ呆然としているイルファとドッペル、それに狐面の女を連れて、我が家へと向かったのだった。
11/04/24 14:32更新 / 榊の樹
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■作者メッセージ
これで役者は揃った。
あとは彼次第。

大団円は、もう間近。

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