「幼馴染」の事情
目の前にいる魔物、ドッペルゲンガーから話を聞いて、全てに合点がいった。
なぜ、イルファに告白した夕暮れ、俺よりも先に家にいたのか
なぜ、レイノルズ亭での会話に違和感があったのか
なぜ、レイノルズ亭での【いたずら】をやめる、とも、する、とも断言できなかったのか。
そしてなぜ、外見も、記憶も、性格も、なにからなにまでそっくりなイルファが二人も居たのか
つまりは、すべてが俺が感じた寂しさのせいなのだった。
まぁ、あくまでそれはドッペルゲンガーを引き寄せただけではあるらしいが、原因には違いない。
家にいたイルファはこのドッペルゲンガーで、それ以外の場所で出会ったイルファが本物。
そして、レイノルズ亭に行った時にした話や、降臨祭の日に俺が誘ったことをドッペルゲンガーが知っていたのは、イルファの記憶を完全に読み取ったからなのだという。
まだいくつか…いや、もしかするとこれもまた1つの原因から起こったことなのかもしれないが、とにかく納得のいっていないことがあった。
「まぁ、お前という魔物の下地はなんとなくわかった。
それを認めれば、大抵の疑問は解決するし、信じてもいい。」
「それは嬉しいわね。
それで?やっぱり魔物は許せないから、教会に突き出すのかしら?」
寂しそうな、それでいて攻撃的な、そんな表情で問いかけてくる。
なるほど。やっぱりそれは気になるか。
「いや、それはしない。
教会が行っている通りの性質を持ったやつならそうしたかもしれんが、お前はそう有害には見えない。」
「イルファの姿をしているから、かしら?」
「それもないではないな。
ただ、お前と過ごした感想というか、そんな感覚的なものなんだが、お前の話したドッペルゲンガーの性質。それが嘘には思えないんだ。」
これは、嘘偽りのない真実。
だが、それを聞いてもなお、寂しそうな表情は変わらなかった。
「あなた…私の説明を忘れたのかしら?
ドッペルゲンガーは性格や記憶をコピーするだけじゃなくて、その上にさらに、あなたから見た理想を元に改変を施しているのよ?」
「…ってことは、つまり?」
「本物のイルファや、私が本当は大嘘つきの腹黒女だったかもしれない、って話よ。」
…なるほど。たしかに、理にはかなっている。
だが、自分が好きな相手の理想に近づこうとする行為は人であれなんであれする、美しい行為、だと思う。
だとすれば、完全なまでに理想をコピーしてしまう、という性質を持ったドッペルゲンガーというのは
とても美しく、それでいて悲しい、魔物なのだと思う。
相手の理想を映しだしてしまうが故に、誰かのかわりとしてしか愛されない。
誰かのかわりとしてしか愛されない故に、本当の自分を愛してもらうことが出来ない。
分かり合って、愛し合っているように見えても、結局は代役。
そんな悲しいことがあるだろうか。
もっとも、そんなことはとても言えないので、
「いや、俺はお前を信じる。そう、決めたんだ。
もちろん、イルファのことも信じてる。俺が信じると決めたんだから、それだけで十分だ。」
「ルベル…」
「だが、後二つ、聞きたいことがある。本当ならイルファに聞くべきなのかもしれないけど、聞いてもいいか?」
「ええ。構わないわ。【私】もあなたに聞いて欲しいと思ってるだろうから。」
「じゃあ、聞かせてもらうな。
一つ、イルファが俺に言っていた、【事情】ってのは何だ?
二つ、イルファにこんなことをしやがった野郎は、どこのどいつだ?」
「その答えは、どちらも一人の人物に収束するわ。」
あぁ、やっぱり。
俺に起こったいくつかの異変が、俺とドッペルゲンガーの出会い、という1つの原因であったように
イルファに起こった異変も、同じ原因だったのだ。
「その人物の名は、イーヴル。イーヴル・シュトレンゼハイム伯爵よ。」
「イーヴル伯…?っていうと、昨日街で見かけた…?」
「ええ。昨日、私とルベルが二人で出歩いていることを目撃されたことが、イルファがこんなことになった、直接の原因になっているようね。」
「なっ…っ!」
絶句。
それはきっと、
俺が不用意に、ドッペルゲンガーと出歩きさえしなれば、こんな事にはならなかったということなのだろう。
なら、俺は…
「とにかく、時系列を追って、説明するわね。
事の発端は3ヶ月前。ノイシェがイーヴル伯に保護…というか、拉致されたところから始まるの。」
「ノイシェが…拉致…?だって、隣町で製糸の勉強をしてるんじゃ…!」
「あなたには、そういう事にしていたみたいね。
そのことを知ったら、彼の城まで直談判に行っていたでしょうし。」
「当然だ。いくら領主といえども、そんなことをしていい道理はない。」
「だからこそ、イルファは隠していたのよ。
イーヴル伯が、ノイシェの安全と引換に提示してきた条件はシンプルだった。
半年間、内密に彼の恋人として過ごし、その後、伴侶となる。
伴侶となったあかつきに、ノイシェを解放する。」
「…」
思わず、黙りこむ。口の中は苦いものでいっぱいだった。
昨日見たときは、お忍びで領地の祭りに参加する愉快な貴族にしか見えなかった男が、そんなことをしていたなんて。
イーヴル伯に対する嫌悪感は、同時に俺自身を苛む罪悪感となって胸を満たした。
そんなことにさえ気づけずに、イルファの事情には精通している、なんて自負していた自分が情けない。
「そして、彼女は、その条件を飲んだわ。
あなたに心配をかけないよう、嘘をついて、自分の気持ちまで騙して。
この三ヶ月間、あなたとイルファの間が疎遠になっていたのはそんな事情もあったのよ。」
…なんてことだ。
ノイシェがいない間に告白して、帰って来たら驚かせてやろう、なんて考えてた自分が呪わしい。
「降臨祭期間にノイシェのところにいく、と言っていたのは半分本当よ。
つまりは、イーヴル伯に呼ばれていたわけね。
そして昨日、イーヴル伯は、自分の城にいるはずの【私】が、あなたと一緒にいるのを見て、一計を案じた。
こっちにいた【私】が、城へ戻れる程度の時間、こっちで時間を潰した後、城に帰って、何も知らないイルファを見つけた。そして…」
「いや、それ以上はいい。
これ以上聞かされたら、自分を抑えられなくなる。」
「そう、ね。話していて気分のいい話でもないわ。」
さて。
今すぐにでも、イーヴル伯を八つ裂きにしたい、というのが本音だったが、それよりも先に、気にかけるべきことがあった。
「ノイシェは…
ノイシェは、このあと、一体どうなるんだ?」
「さぁ…わからないわ。
人質としての価値はなくなったし、【私】のかわりにしようとしているか、それとも…」
なんてことだ。そんなことになってしまったら、自分の身を犠牲にしてまで妹を救おうとしたイルファの思いが報われない。
「だったら、いますぐにでも、ノイシェを助けに行かないと!」
「待って!」
何を、言っているんだ。この女は。
今すぐにでも助けに行かないと、ノイシェが…!
「あなたの気持ちは、痛いほどわかるわ。
コピーしただけ、とは言っても、私も本物と同じだけ、妹のことを想っているんだもの…
でも、だからこそ、待ってほしいの。
何の策もなくシュトレンゼハイム城にいったところで、ノイシェの城での立場を悪くするだけだし、なによりあなたの身が危険よ」
「俺のことなんてどうでもいい!
ノイシェの立場?そんなモノ、はじめっから…!」
パァン!
「な…」
「いいから、落ち着きなさい。
それにね。分かっているとは思ってたけど。
あなたのことは、ノイシェと同じ、もしくはそれ以上に大事に思ってるのよ?私たちは。」
見事な、ビンタだった。
それによって沸騰していた俺は、一気に引き戻されたのだった。
「だが…だからといって、ここでじっとしているわけには…」
「ええ。もちろんじっとしているつもりはないわ。
私たちには、取れる道が二つある。」
二つ?二つもあるっていうのか、この絶望的な状況で。
「それは、一体…」
「一つ目。降臨祭が終わり次第、あなたとイルファの二人で街の参議会へ訴え出る。」
「そんなのは無駄だ。参議の連中が伯爵に対して何もできるわけがないし、そもそも、説得することさえ不可能だろ。」
この辺り一帯を支配している領主とは別に、町の自治を司っているのが参議会だ。
領主に訴えでたいことがあるときは、参議会を通すこと、とはなっているものの、その力関係は明らかで、到底頼りになるとは思えない。
なにより、証拠がないのだ。
【囚われているノイシェ】は、その存在が証明出来れば有力な証拠だが、城を捜索しないことには存在が証明できない。
「ええ。そうね。こっちは無理だと思ってる。」
「だったら…!」
「話は最後まで聞いて。
二つ目の案…ちょうど今、この町を訪れている諸卿監視役を探し出して、訴え出る。
これが、本命よ。」
しょけいかんしやく…?
聞きなれない響きだ。一体何者だろうか。
「諸卿監視役、というのはね。帝都から派遣される役人で、各地の領主が悪政を敷いていないかをチェックする人たちなの。
普段は、不定期に各地を回っているらしいんだけど、今はちょうど、この町に来ているらしいのよ。」
「へぇ…そんな人達が居たのか。
でもなんで、そんなことを知ってるんだ?」
「イーヴル伯から聞いたのよ。
本来、貴族にも一般市民にも気付かれないよう、隠密に行動しているそうなんだけどね。何故か彼は知っていた。
昨日、彼が外出していた理由もそれよ。
監視役がどんな情報を得ているのか。それを確認するためだったらしいわ。」
「なるほど…その人に相談すれば、なんとかなるんだな?」
「ええ。彼らは疑わしきは罰する、を信条としているそうだから、訴えれば確実に、城内を捜索してくれるでしょうね。それも、余す所なく。」
「よし!なら、すぐにさがしにいかないと!
いつ町を出るかもわからないんだろ?」
「ええ。そうね。イルファももう、大丈夫でしょうし、早速いきましょうか。」
簡単に身支度を済ませ、ドアに手をかける。
と、後ろから、声が聞こえた。
「待って…私も、行くわ…」
「イルファ!?もう、傷は大丈夫なのか!?」
「ええ。大丈夫よ。話も、参議会の話が出たあたりから聞いてるから、何をするのかはわかってる。だから…」
「いや…ダメだ。
今は大丈夫かもしれないけど、あんなにひどい傷を追っていたんだから…」
「……連れていきましょう。」
「ドッペル!?」
「彼女の気持ちは、分かり過ぎるほどにわかるわ。だって、私は彼女のドッペルゲンガーですもの。」
「その気持ちは…わかる。だけど…」
「体のことなら、大丈夫よ…
目が覚めてから、伯爵にされたことが嘘かのように思えるほど、調子はいいの。だから…お願い。私も連れて行って…」
縋るような顔。
やめてくれ。
俺は…
「…わかった。三人で、いこう。」
自己嫌悪は、後だ。
今は、
この悪夢を、早く終わらせないと。
俺達は、祭りの興奮覚めやらぬ、夜中の町へとかけ出した。
なぜ、イルファに告白した夕暮れ、俺よりも先に家にいたのか
なぜ、レイノルズ亭での会話に違和感があったのか
なぜ、レイノルズ亭での【いたずら】をやめる、とも、する、とも断言できなかったのか。
そしてなぜ、外見も、記憶も、性格も、なにからなにまでそっくりなイルファが二人も居たのか
つまりは、すべてが俺が感じた寂しさのせいなのだった。
まぁ、あくまでそれはドッペルゲンガーを引き寄せただけではあるらしいが、原因には違いない。
家にいたイルファはこのドッペルゲンガーで、それ以外の場所で出会ったイルファが本物。
そして、レイノルズ亭に行った時にした話や、降臨祭の日に俺が誘ったことをドッペルゲンガーが知っていたのは、イルファの記憶を完全に読み取ったからなのだという。
まだいくつか…いや、もしかするとこれもまた1つの原因から起こったことなのかもしれないが、とにかく納得のいっていないことがあった。
「まぁ、お前という魔物の下地はなんとなくわかった。
それを認めれば、大抵の疑問は解決するし、信じてもいい。」
「それは嬉しいわね。
それで?やっぱり魔物は許せないから、教会に突き出すのかしら?」
寂しそうな、それでいて攻撃的な、そんな表情で問いかけてくる。
なるほど。やっぱりそれは気になるか。
「いや、それはしない。
教会が行っている通りの性質を持ったやつならそうしたかもしれんが、お前はそう有害には見えない。」
「イルファの姿をしているから、かしら?」
「それもないではないな。
ただ、お前と過ごした感想というか、そんな感覚的なものなんだが、お前の話したドッペルゲンガーの性質。それが嘘には思えないんだ。」
これは、嘘偽りのない真実。
だが、それを聞いてもなお、寂しそうな表情は変わらなかった。
「あなた…私の説明を忘れたのかしら?
ドッペルゲンガーは性格や記憶をコピーするだけじゃなくて、その上にさらに、あなたから見た理想を元に改変を施しているのよ?」
「…ってことは、つまり?」
「本物のイルファや、私が本当は大嘘つきの腹黒女だったかもしれない、って話よ。」
…なるほど。たしかに、理にはかなっている。
だが、自分が好きな相手の理想に近づこうとする行為は人であれなんであれする、美しい行為、だと思う。
だとすれば、完全なまでに理想をコピーしてしまう、という性質を持ったドッペルゲンガーというのは
とても美しく、それでいて悲しい、魔物なのだと思う。
相手の理想を映しだしてしまうが故に、誰かのかわりとしてしか愛されない。
誰かのかわりとしてしか愛されない故に、本当の自分を愛してもらうことが出来ない。
分かり合って、愛し合っているように見えても、結局は代役。
そんな悲しいことがあるだろうか。
もっとも、そんなことはとても言えないので、
「いや、俺はお前を信じる。そう、決めたんだ。
もちろん、イルファのことも信じてる。俺が信じると決めたんだから、それだけで十分だ。」
「ルベル…」
「だが、後二つ、聞きたいことがある。本当ならイルファに聞くべきなのかもしれないけど、聞いてもいいか?」
「ええ。構わないわ。【私】もあなたに聞いて欲しいと思ってるだろうから。」
「じゃあ、聞かせてもらうな。
一つ、イルファが俺に言っていた、【事情】ってのは何だ?
二つ、イルファにこんなことをしやがった野郎は、どこのどいつだ?」
「その答えは、どちらも一人の人物に収束するわ。」
あぁ、やっぱり。
俺に起こったいくつかの異変が、俺とドッペルゲンガーの出会い、という1つの原因であったように
イルファに起こった異変も、同じ原因だったのだ。
「その人物の名は、イーヴル。イーヴル・シュトレンゼハイム伯爵よ。」
「イーヴル伯…?っていうと、昨日街で見かけた…?」
「ええ。昨日、私とルベルが二人で出歩いていることを目撃されたことが、イルファがこんなことになった、直接の原因になっているようね。」
「なっ…っ!」
絶句。
それはきっと、
俺が不用意に、ドッペルゲンガーと出歩きさえしなれば、こんな事にはならなかったということなのだろう。
なら、俺は…
「とにかく、時系列を追って、説明するわね。
事の発端は3ヶ月前。ノイシェがイーヴル伯に保護…というか、拉致されたところから始まるの。」
「ノイシェが…拉致…?だって、隣町で製糸の勉強をしてるんじゃ…!」
「あなたには、そういう事にしていたみたいね。
そのことを知ったら、彼の城まで直談判に行っていたでしょうし。」
「当然だ。いくら領主といえども、そんなことをしていい道理はない。」
「だからこそ、イルファは隠していたのよ。
イーヴル伯が、ノイシェの安全と引換に提示してきた条件はシンプルだった。
半年間、内密に彼の恋人として過ごし、その後、伴侶となる。
伴侶となったあかつきに、ノイシェを解放する。」
「…」
思わず、黙りこむ。口の中は苦いものでいっぱいだった。
昨日見たときは、お忍びで領地の祭りに参加する愉快な貴族にしか見えなかった男が、そんなことをしていたなんて。
イーヴル伯に対する嫌悪感は、同時に俺自身を苛む罪悪感となって胸を満たした。
そんなことにさえ気づけずに、イルファの事情には精通している、なんて自負していた自分が情けない。
「そして、彼女は、その条件を飲んだわ。
あなたに心配をかけないよう、嘘をついて、自分の気持ちまで騙して。
この三ヶ月間、あなたとイルファの間が疎遠になっていたのはそんな事情もあったのよ。」
…なんてことだ。
ノイシェがいない間に告白して、帰って来たら驚かせてやろう、なんて考えてた自分が呪わしい。
「降臨祭期間にノイシェのところにいく、と言っていたのは半分本当よ。
つまりは、イーヴル伯に呼ばれていたわけね。
そして昨日、イーヴル伯は、自分の城にいるはずの【私】が、あなたと一緒にいるのを見て、一計を案じた。
こっちにいた【私】が、城へ戻れる程度の時間、こっちで時間を潰した後、城に帰って、何も知らないイルファを見つけた。そして…」
「いや、それ以上はいい。
これ以上聞かされたら、自分を抑えられなくなる。」
「そう、ね。話していて気分のいい話でもないわ。」
さて。
今すぐにでも、イーヴル伯を八つ裂きにしたい、というのが本音だったが、それよりも先に、気にかけるべきことがあった。
「ノイシェは…
ノイシェは、このあと、一体どうなるんだ?」
「さぁ…わからないわ。
人質としての価値はなくなったし、【私】のかわりにしようとしているか、それとも…」
なんてことだ。そんなことになってしまったら、自分の身を犠牲にしてまで妹を救おうとしたイルファの思いが報われない。
「だったら、いますぐにでも、ノイシェを助けに行かないと!」
「待って!」
何を、言っているんだ。この女は。
今すぐにでも助けに行かないと、ノイシェが…!
「あなたの気持ちは、痛いほどわかるわ。
コピーしただけ、とは言っても、私も本物と同じだけ、妹のことを想っているんだもの…
でも、だからこそ、待ってほしいの。
何の策もなくシュトレンゼハイム城にいったところで、ノイシェの城での立場を悪くするだけだし、なによりあなたの身が危険よ」
「俺のことなんてどうでもいい!
ノイシェの立場?そんなモノ、はじめっから…!」
パァン!
「な…」
「いいから、落ち着きなさい。
それにね。分かっているとは思ってたけど。
あなたのことは、ノイシェと同じ、もしくはそれ以上に大事に思ってるのよ?私たちは。」
見事な、ビンタだった。
それによって沸騰していた俺は、一気に引き戻されたのだった。
「だが…だからといって、ここでじっとしているわけには…」
「ええ。もちろんじっとしているつもりはないわ。
私たちには、取れる道が二つある。」
二つ?二つもあるっていうのか、この絶望的な状況で。
「それは、一体…」
「一つ目。降臨祭が終わり次第、あなたとイルファの二人で街の参議会へ訴え出る。」
「そんなのは無駄だ。参議の連中が伯爵に対して何もできるわけがないし、そもそも、説得することさえ不可能だろ。」
この辺り一帯を支配している領主とは別に、町の自治を司っているのが参議会だ。
領主に訴えでたいことがあるときは、参議会を通すこと、とはなっているものの、その力関係は明らかで、到底頼りになるとは思えない。
なにより、証拠がないのだ。
【囚われているノイシェ】は、その存在が証明出来れば有力な証拠だが、城を捜索しないことには存在が証明できない。
「ええ。そうね。こっちは無理だと思ってる。」
「だったら…!」
「話は最後まで聞いて。
二つ目の案…ちょうど今、この町を訪れている諸卿監視役を探し出して、訴え出る。
これが、本命よ。」
しょけいかんしやく…?
聞きなれない響きだ。一体何者だろうか。
「諸卿監視役、というのはね。帝都から派遣される役人で、各地の領主が悪政を敷いていないかをチェックする人たちなの。
普段は、不定期に各地を回っているらしいんだけど、今はちょうど、この町に来ているらしいのよ。」
「へぇ…そんな人達が居たのか。
でもなんで、そんなことを知ってるんだ?」
「イーヴル伯から聞いたのよ。
本来、貴族にも一般市民にも気付かれないよう、隠密に行動しているそうなんだけどね。何故か彼は知っていた。
昨日、彼が外出していた理由もそれよ。
監視役がどんな情報を得ているのか。それを確認するためだったらしいわ。」
「なるほど…その人に相談すれば、なんとかなるんだな?」
「ええ。彼らは疑わしきは罰する、を信条としているそうだから、訴えれば確実に、城内を捜索してくれるでしょうね。それも、余す所なく。」
「よし!なら、すぐにさがしにいかないと!
いつ町を出るかもわからないんだろ?」
「ええ。そうね。イルファももう、大丈夫でしょうし、早速いきましょうか。」
簡単に身支度を済ませ、ドアに手をかける。
と、後ろから、声が聞こえた。
「待って…私も、行くわ…」
「イルファ!?もう、傷は大丈夫なのか!?」
「ええ。大丈夫よ。話も、参議会の話が出たあたりから聞いてるから、何をするのかはわかってる。だから…」
「いや…ダメだ。
今は大丈夫かもしれないけど、あんなにひどい傷を追っていたんだから…」
「……連れていきましょう。」
「ドッペル!?」
「彼女の気持ちは、分かり過ぎるほどにわかるわ。だって、私は彼女のドッペルゲンガーですもの。」
「その気持ちは…わかる。だけど…」
「体のことなら、大丈夫よ…
目が覚めてから、伯爵にされたことが嘘かのように思えるほど、調子はいいの。だから…お願い。私も連れて行って…」
縋るような顔。
やめてくれ。
俺は…
「…わかった。三人で、いこう。」
自己嫌悪は、後だ。
今は、
この悪夢を、早く終わらせないと。
俺達は、祭りの興奮覚めやらぬ、夜中の町へとかけ出した。
11/04/24 14:48更新 / 榊の樹
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