まもむす結婚相談所-黄色いメイドさん-
私はビオラ。普段はこのお屋敷で働いているハニービーです。他にも働いている子はたくさんいて、私はその245番目。名札にも『ビオラ。245/たくさん』って書いてあります。今日は私に起こったとっても大きくて幸せなできごとを皆さんにお伝えしようと思います。
「そろそろわたくしも、伴侶となる夫が欲しいですわ」
きっかけは女王様が優雅に椅子に座っておやつを食べながら言ったその一言でした。ぽつりと放たれたその一言で、たまたまお世話当番だった私の他10人に、新しい出逢いのチャンスが与えられることになったのです。
女王様は居住まいを正すと、おかわりの紅茶を後ろに控えさせた子に注がせながら言います。
「良いですかお前たち。これから各自自由に動いて、わたくしの夫となるに相応しい方を連れて来るのです」
「それは良いですけど女王様。どういった人を連れて来れば良いですか」
「そうですわね……あなた達がそれぞれ好みだと思う殿方を連れてきなさい。その方がおもしろそうですわ」
「わ、わかりました」
じゃあ解散と、女王様の号令で皆思い思いに探しに行ってしまいました。私も例外ではありません。女王様のお部屋を出て、吹き抜けになっているお屋敷内を通って3階から1階に降ります。
「あら、皆さん急いで出て行きましたけれど、お嬢様から何か言いつけられたのですか」
「あっ、メイド長さん」
私が玄関から外に出ようとすると、後ろからキキーモラのメイド長さんが話しかけてきた。この人は私達ハニービーにメイドとしての振る舞いや働きを教えてくれる人で、女王様が呼んできた人です。私もお世話になっています。
「そうなんです。これから皆で女王様の夫探しに行くんですよ。私好みの人を連れて来いって言われちゃいました」
「まぁ、それはそれは……なるほど。さすがはお嬢様ですね」
好みの人を連れてきて良いというところでつい笑みが出てしまった私に対して、メイド長は笑みを浮かべています。
「それじゃ、いってきます」
「はい。今日の仕事は誰かに代わって貰うよう手配しておきますので、心配せずに行ってきてください」
一礼するメイド長を背に、私は浮かれた気分でお屋敷を後にしました。
黄色くて大きな窓が目立つお屋敷を出て振り返ると、私と同じフレンチスタイルのメイド服を着たハニービーの子達が、忙しそうに飛び回っています。常に男の人を誘惑できるようにとミニになっているスカートをたなびかせ、お屋敷の後ろにある蜂蜜工場に向かって飛んでいるのです。
女王様は羽新製蜜という会社を経営されていて、現代における世界蜂蜜シェアトップ3に入る程の凄いお方なのです。工場では交代で私達働き蜂の子が、日夜新たな配合を研究したり、商品を量産したりしています。労働環境はとてもきれいらしく、メイド長が初めてここに来た時感激していたのを覚えています。
メイド長に教わったようにスカートの裾を両手で掴み恭しくお屋敷に向かって一礼すると、私は元気よく外へ飛んでいきました。
「とはいえ、なかなか良い男の人がいませんねぇ」
街に出て女王様の夫探しを始めたは良いのですが、誰もかれもが恋人連ればかりです。2階建の屋根に座って足をブラブラさせながら眺めているんですが、見つかる気配がありません。今日は土曜日なので、こんな昼間から探しても誰かいるだろうと思っていた私が甘かったです。しかもうっかりお財布を忘れてきてしまったので、空いた小腹を何とかすることができません。お腹すきました。
「おやや。もしかしてあなた、男漁りですか」
「えっ」
急に声をかけられ上を見上げると、そこにはスーツをしっかりと着たハーピーのお姉さんがいました。
「あはは。そうなんですけど、男の人が全然見つけられなくて……しかも誰でも良いわけでもなくてですね」
「なるほど。でしたら私と一緒にあのビルに行きませんか。実は私、あそこにある結婚相談所の職員なんですよ」
「そうなんですかっ」
「はい。ですから条件にもよりますが、お力になれると思いますよ」
「わかりました。ぜひお願いします」
元気よく返事をしたと同時に私のお腹がクゥと鳴って、ちょっと恥ずかしかったです。
「ようこそ、まもむす結婚相談所へ」
ハーピーのお姉さんに連れてこられたそこは、綺麗な施設でした。柔らかそうな絨毯とよく消臭された空気。置いてあるテーブルや受付のカウンターには塵一つありません。もし私がこれ程綺麗にお掃除ができたら、メイド長はきっと私の頭をたくさん撫でてくれるに違いありません。
「よ、よろしくお願いします」
「はい。ではまずこの用紙に、希望する男性のことを記入して下さいね」
受付カウンターの下から用紙を出すと、ハーピーのお姉さんは笑顔で促してきました。
好きな髪色からホクロの位置まで、項目が結構細かいです。そういえば私の理想の男性って、どんな人なんでしょうか。毎日あくせく働くことに手一杯で、あんまり深く考えたことなかったです。同じ働き蜂の子なんかは「その時になったらビビっとくるでしょ。蜂だけに」っていってましたけど……。
結局見た目はあまりこだわらないよう無難に書いて、性格だけは『誠実な人』と書いて提出しました。あ、でも顔の欄に『できたらイケメン』にチェックを入れました。
「それではこちらの席でお待ちください。あ、でもその前に」
「なんですか」
「10秒待ってください」と言い残して奥へ行くと、ハーピーのお姉さんは白い何かを持ってやってきました。そしてそれは、とってもおいしそうだと直感で知ることができました。
「コホン。魔物娘の誓い。1つ、腹ペコのまま外を出歩かないこと、ですよ。性が欲しくて見境なく襲われては困りますからね。これで補給してください」
「あ……ありがとうございます」
私は申し訳ないと思いつつそれを受け取ると、食べる前にいったい何なのか眺めてみました。あったかいけどスベスベで、まるで水まんじゅうみたいです。一口食べてみましょう。あ、おいしい。
「これ、見たことのない食べ物ですけどいったい何ですか」
「それはですね、精液をたっぷり注がれたスライムの赤ちゃんです」
「ブフォッ」
「……なーんて、冗談ですよ。美容の為に新発売された、コラーゲンと性の補給食材ですよ」
「もう、驚かさないでください」
ケラケラ笑うお姉さんに抗議の目を向けながら完食すると、ちょうど面談室の準備ができたみたいでした。そしてお姉さんに案内されると、そこには布で顔の下半分を隠した女の人が座っていました。
「貴殿が花嫁志望のおなごだな。私はクノイチだ。これからよろしくお頼み申す。まずはかけてくれ」
「あ、よろしくお願いします」
促されるまま椅子に座って周りを見ると、少しだけ防音が施された部屋だということがわかりました。ただそれ以外の、例えばここで出会った男女が気兼ねなく交尾する為の設備は無いように思えます。
「始めに言っておくが、ここでも性行為は禁じられておる。ここでされては部屋が1つ使えなくなってしまうのでな。ヤるなら然るべき場所で分別を持ってヤる。それが現代に生きる魔物娘のルールだ」
「は、はい」
「それと、相手の殿方も私が面倒を見るが、安心して欲しい。私は既に心に決めた主人がいる。つまり既婚だ。というか、面談する魔物娘は既婚者が相手をする決まりになっている。でなければ不公平だからな」
「なるほど〜」
確かにそうだなぁと、私ってばのほほんと聞いていました。見れば確かにクノイチさんの左手薬指には、キラキラと輝く指輪が見えます。
「それで本題に入るが……ふむ。男の好みはあなたのものだが、あくまで女王の為か。ハニービーの特性を考えればそうなるな」
「相手の人に申し訳ないですか、やっぱり」
「いや、そんなことはない。今いる子との種族被りを防ぐ為に、わざわざ詳細な希望を出すバイコーンだっているのだ。これくらいなら何も問題はない」
「そうですか、よかった」
「そうだな、2日後にまたここに来ると良い。好みに合うような男を見繕っておこう」
「ありがとうございます」
席を立ってメイド式の礼をすると、私は退室しました。部屋を出る時に「今度は空腹で来るなよ」と声をかけられて恥ずかしかったです。
「貴方達は飛べるからといって、足元の汚れを疎かにする癖がまだ抜けていませんね。ここにまだ、こんなに汚れがありますよ。これではお客様が訪問された時、お嬢様に恥をかかせてしまいます」
「は、はい、すみません」
次の日から、私はまたお屋敷でメイド長の指導を受けながらお仕事の日々です。今怒られているのは私じゃなくて、新しく働くことになった子達です。私は空を飛べないメイド長の代わりに、空からの監督役です。監督役と言えば偉い立場に思えますが、私が見落とすとメイド長にこっぴどく怒られるので、余裕なんて全然ありません。
私以外の夫探しを命じられた子はというと、見つけてきた子が半分くらいです。そしてその誰もが、まだ女王様のお気に入りになっていません。そうなると、早く見つけなければとプレッシャーを感じてしまいます。
「ビオラ先輩凄いよねー。今日は私達の監督やって、しかも女王様の夫探しもしているんでしょー」
「えへへ、そうだよ」
「ちょーマジ尊敬するー。CMSだしー」
後輩の子達をお昼ご飯を食べながらお話するひと時はとても楽しいです。だけど私なんかが自動的にどんどん先輩になっちゃって、やっぱりプレッシャーだったりします。
この子達は生まれた時からハニービーなのですが、実は私は違うんです。私は元々人間で、早くに両親を失くしてしまって塞ぎ込んでいた私を可哀想に思った女王様が、皆と一緒に楽しく暮らそうと言ってくださり、自ら進んでハニービーになりました。おかげで今は仲の良い友達もできて、幸せに暮らしています。
……ただ今回、本当は刺すはずの私なのに、胸にチクリと刺さっているような感じがあるんです。女王様から言いつけられた日から。
「ビオラさん、そろそろじゃないかしら」
「え、あ、メイド長。……あ、そっか」
「良い人が見つかるといいわね」
「はい。いってきます」
そういえば今日は相談所へ行く日でした。昨日はお休みだったんでした。
「あ、お待ちしておりましたよ」
「遅れてしまってすみません」
道をよく覚えていなかったせいか、行くまでに少し手間取ってしまい少し遅れてしまいました。お屋敷にはどこからでもすぐに帰ることができるのですが、逆に行くとなると苦手です。
「さてまずは、汗を拭き取って匂いを消してもらおう。それらはフェロモンになるからな。正常な判断ができない状態にさせては事情の説明もできないだろう」
面談室の前でクノイチさんに言われた私は、消臭スプレーやウェットシートで汗を拭き取ります。おかげで急いで来たから出た汗とは違う、緊張から来る汗も拭き取ることができました。
「紹介しよう。彼がいつき。そしてこちらがビオラだ」
「ど、どうも」
「よろしくお願いします」
部屋に入った私を待っていたのは、スーツに着られている印象を受ける若い人でした。背は私より少し高いくらいで、中肉中背といったところでしょうか。整った顔立ちで、私の基準では十分イケメンです。
「まぁ立ったままでもなんだ。座るといい」
しばらくお互いに固まったままでしたが、クノイチさんに促されて慌てて2人とも腰掛けます。それがちょっとおかしくて、少し緊張がほぐれたのを感じました。
「ビオラの事情は話してある。それでいつき、あなたが希望した理由だが、自分で言うか」
「そうですね。自分で言おうと思います」
「わかった、なら後は2人で過ごすといい。私は外で待機しているから、安心して親睦を深めろ」
それだけ言うと、クノイチさんは部屋を出てしまいました。
「えっと、それでは。改めまして、いつきって言います」
「あ、ビオラです」
「僕が今日ここに来た理由ですが、実はそんな大した理由じゃないんですよ。皆にどうしても行けって言われましてね。僕昔から押しに弱くて……」
恥ずかしそうに、申し訳なさそうに苦笑いして彼は言いました。だけどその時、私の中で何かが弾けたのです。この人だ、この人しかいないと。
「あのあのっ、きっと聞いているのって私の事情だけですよね」
「え、まぁそうですが」
「だったら私、私のことについてちゃんと知ってください」
この時の私は本当凄かったと思います。身を乗り出し、背中の羽を震わせながら詰め寄っていたんですから。
「私ビオラ……って、名前はもう言いましたっけ。えっと、いつもは女王様のところで働いていて……あ、これも知ってますよね。えっとそれからそれから」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいビオラさん」
「えっ、あ、すみません。つい」
「もしよければ、この後どこかでゆっくりお話しませんか。こういうところでは落ち着けないと思うので」
そう言って笑顔を見せてくれたいつきさんに、私はもう完全に虜になっていました。促されるまま部屋を出て、笑顔で手を振るハーピーのお姉さんと無表情なクノイチさんに見送られて、下の階にあるカフェに入ります。
「つい好きだったのでカフェに来てしまいましたがよかったですか」
「はい……よかったです」
「実は僕、まだ大学生なんですよ。だから今回のことは、親に秘密だったりします。あ、ホットで」
「そうだったんですか。私はレモンティーでお願いします」
注文を取りに来たゴブリンの店員さんが、不思議そうに首を傾げながら戻っていきました。メイド服だからでしょうか。メイド服を着ているのがハニービーだからでしょうか。
「あの、応募しておいてなんですが、いつきさんはそれで良いのですか」
「んー、別にいいんじゃないですかね。結婚が決まっちゃうわけではないんですよね」
「はい。女王様次第ですが」
「だったらお見合いみたいなものだと思えば、特に気にすることはありませんよ」
「ならいいんですが……ちなみに、いつ頃来れますか」
「そうですね、ちょっと待ってください」
いつきさんはスマホを取り出すと、画面を数回フリックした後スマホをズボンのポケットにしまいました。
「今週の日曜なら空いているので行けると思います。何か用意するものとかありますか」
「いえ、そういうのは特に無いと思います。強いて言うなら、当日は来る前にお風呂に入っておいて貰えると有難いです」
受け答えをしながらも、私の胸が高なっていくのを感じます。いつきさんがお屋敷に来る。そう考えるだけで嬉しくなるのを止められません。羽が勝手に羽ばたいてしまいます。
「それでは当日はここに、午後2時頃お越しください」
「わかりました」
いけません。この流れだとこのまま解散になってしまいます。何とかもうちょっと、何か話題を出して彼を引き止めないと。
「あっ、あの」
「なんですか」
「えっと……その……」
浮かびました、言うことは確かに浮かびました。でもこれって、結構恥ずかしいし初対面だし……。
ええいままよ。
「あのっ、私、私にはそのっ、け、敬語じゃなくて、普通にお話してくれませんかっ」
「えっ、あ……はい……じゃなくて、うん。いいよ」
やった、やりました。嬉しい、嬉しい。
「あー、ビオラさん。うれしいのはわかるんだけど、その辺にしておいた方がいいと思うよ。後ろ、後ろ」
「え、後ろですか」
いつきさんに指摘されて後ろを振り返ると、コーヒーカップを手に持ったサンダーバードさんが私をジト目で睨んでいました。よく見ると、お洋服にコーヒーの染みができてしまっています。
「いやわかる、わかるよ。オレだって魔物娘だ、関係が進展して嬉しいのはわかるし、正直そんな小さい羽なら大したことないだろって風圧舐めてた。だからクリーニング代はいい。どうせ彼氏と着衣っクスして電気でバリッとやれば消し炭になっちまうしな。ただオレは今無性にコーヒーが飲みたい。しかもデカいのを飲みたい」
「ヒャァーーー、ごめんなさい、ごめんなさい」
ひたすら平謝りして、私はサンダーバードさんに一番大きなコーヒーを奢ることになってしまいました。メイド長が見ていなくて本当によかったです。見つかっていたらと思うと……うぅ、考えたくありません。
「ビオラさんて、意外とおっちょこちょいなんだね」
「恥ずかしいところを見せてしまいました」
「僕は結構かわいいと思うよ」
「本当ですかっ」
「あ、う、うん」
顔を逸らしたいつきさんの顔が赤かったのは、きっと夕焼けのせいではないはずです。そこからはお互いに黙ったまま、話を切り出せず並んで歩くだけでした。
「あ……じゃあ僕、あそこに自転車停めてあるから」
「はい、今日はありがとうございました」
せめて最後はいいところを見せようと、私はメイド式の礼をしようとしました。ですが足を一歩後ろに下げた際何かに引っかかったのか、バランスを崩してしまいました。転ぶ前に飛んだのはいいのですが、空中で変な姿勢になってしまい恥ずかしいです。
「ぷっ……あははは」
「わ、笑わないでくださいっ」
「ごめんごめん。それじゃ、また来週」
わらいながら、逃げるようにしていつきさんは去って行きました。立ち直した私は、さっきまでの楽しかった余韻に浸りながらも、また胸にチクリとしたものを感じるのでした。
実際に連れてくるまで、女王様に夫候補の人柄や容姿を言ってはいけないことになっています。女王様曰く「事前に知ってしまうなんて、楽しみも何もあったものではありませんわ」だそうです。なので私も女王様には何もお話していません。
「それでついに、先輩もビビっときちゃったんですね、蜂だけに」
そう、女王様にお話はしていませんが、そこはステキな出会いを自慢したくなる魔物娘。働き蜂仲間の皆にはとっくに拡散済みなのです。というかそのギャグ流行っているんですか。
「私は154番の先輩から聞いたんですけど、その先輩もまた別の先輩に聞いたらしいですよ」
「つまり流行っているんですね」
ちなみに番号は女王様の気まぐれで決まる背番号のようなものなので、若い番号だから先輩とかはありません。
「でも先輩が選んだ人かぁ。どんな人なのかなぁ。今日来るんですよね」
そう、今日はついにいつきさんがお屋敷に来る日。だから私は朝からそわそわしっぱなしです。どうせ浮かれて仕事にならないからという理由で、そういった特別な日はお休みになることが決まっています。さすがはメイド長です。ただいつきさんが来てからは、ご案内するという重要な役目があります。
「ええ、楽しみですね。なので尊敬する先輩の為を思うなら、あなたはこんなところにいるべきではないと思いますよ」
「うわっ、メイド長っ、すすすす、すみませせせせんっ、すぐ掃除に戻ります」
中庭のベンチで一緒にくつろいでいた後輩の子へ向かって、急に後ろから声がかけられました。かわいそうに、大慌てで文字通りすっ飛んで行きましたよ。
「まったくあの子はすぐにサボろうとするんだから。私もまだまだメイドとしての精進が足りませんね。これは御主人様に後でお仕置きしてもらわないといけません」
あの子の代わりに私の横に来たメイド長は、ホゥ……とため息をつきました。自分への戒めにお仕置きを所望だというのに、どうして嬉しそうなんでしょうか。凄く尻尾振ってます。
「そろそろ到着する頃合いかしら。手順はわかっていますね」
「はい。しっかりやれます」
「大丈夫、お嬢様は優しい方よ。皆幸せになるわ」
「……はい」
優しい声色で私に語りかけると、メイド長は私の頭をゆっくり撫でてくれた。
辛い時や悲しい時など、メイド長はこうやって皆を慰めてくれます。そしてその子が安心するまで、ずっと側にいてくれるのです。
「あら、インターフォンが鳴ったわ」
私がそうして身を委ねていると、不意に呼び鈴が鳴りました。ついに彼がやってきたのです。それは彼にとっても私にとっても、運命を左右する時間の幕開けでした。
「いらっしゃいませ、いつき様。お嬢様がお待ちです」
勧誘した者が最後まで案内するのが道理。私は入り口で恭しくいつきさんをお出迎えします。
いつきさんの服装は、相談所で見たときと同じスーツ姿でした。ご自身がまだ学生と言っていたせいもあってか、確かにまだスーツに着られている雰囲気が拭えない印象を受けます。これもあの時と同じで、私は少し嬉しくおもいました。
「ビオラさんが出迎えてくれるんだね」
「はい。私が最後まで面倒を見させていただきます。さ、こちらへ」
いつもと変わらない応対の筈なのに、何だかだんだんと胸のチクチクが大きくなっていく気がします。無意識にそれを隠そうとしているのでしょう。本当はもっといつきさんをリラックスさせてあげたいのに、心なしか口から出る言葉の温度が冷たい気がしています。
「ここで少しお待ちください。今日の為に用意した、特別なお飲物を持って参ります」
「うん、ありがとう」
お屋敷内2階の客間へ案内すると、私は部屋の扉を静かに閉めて台所へ行きます。そしてそこで、女王様との交尾に耐えられるようになる特別な蜜の入った飲み物を受け取ると、お茶菓子と一緒にいつきさんに持っていった。
「失礼します。こちらがそのお飲物にでございます。お茶菓子はただの嗜好品ですので、安心してお召し上がりください」
「ありがとう。ねぇ、ビオラさんも一緒に食べないかな」
「わたっ……私は、女王様との交尾が終わるまで、必要以上に接触することを禁じられていますから」
「そっか……なんかごめんね」
あまり会話すると、私の心が持ちそうにありません。なので「準備ができたらまたお呼びします。それまでおくつろぎください」とだけ言い残して、逃げるように部屋を後にしました。
違うんです。別に女王様にいつきさんを取られてしまうかもしれないのが悲しいとか、そういうのではないんです。ええ、違いますとも。……ごめんなさい、確かにそれはちょっとあります。仮に女王様のお気に入りになっても、私も一緒にいつきさんを愛してあげられるとは思います。だって女王様ですから。だけどやっぱり彼の一番になりたい気持ちはかなりあります。
さっきから辛いのは、そんなことじゃないんです。いつきさんが来てから感じるこのチクチクの正体。これがわからないのが辛いんです。
女王様のものになってしまうことを考えてチクチクが大きくなるなら、これが嫉妬だって納得できます。魔物娘として、好きな人と結ばれなくなる悲しみなんだって理解できます。でもそうではないらしいんです。ならこの痛みは、いったいなんでしょう。
「ーーんぱい、先輩ってば」
「はっ、な、何ですか」
ずっと考え込んでしまっていたのでしょう。私の目の前には、心配そうな顔をした後輩の子が立っていました。
「大丈夫スか。女王様が準備できたって」
「あ、え、は、はい。わかりました。すぐに行きます」
私が立ち尽くしていたのは部屋を出てすぐだったので、回れ右するだけでよかった。
「いつき様、準備が整いましたのでおいでください」
「わかったよ」
ノックをしてしばらく待つと、さすがにとても緊張した面持ちのいつきさんが出てきました。無理もありません。いくら特製の蜜を飲んだとはいえ魔物娘、しかも女王と交尾をするんですから。
「失礼します」
3階へと通じる吹上まで来ると、私はいつきさんを抱えて飛びます。そして女王様のお部屋前でいつきさんを降ろすと、何も言わず礼だけをしてまた下へ降りました。
この後私がすることは、自分の部屋で待機することです。女王様の夫になれなかった場合、所有権は連れてきた私に移ります。そうなった時、わざわざ女王様自ら運んできてくれるのです。噂によれば、その時何か言われるから安心できるのだとか。
晴れて女王様の夫になった場合は、やはり女王様が私の部屋に来るわけですが、その場合は私が女王様のお部屋へ案内され、夫となったいつきさんと3人で交尾をします。ただそこで交尾をした後は次にいつきさんと交尾できるのかわかりません。
これがハニービーの働き蜂の宿命といってしまえばそれまでですが、女王によってその辺はかなり違うようです。中には女王優先のルールこそあるものの、基本的には自由に交尾して良いところもあるのだとか。
「ビオラ、起きていて。入りますわよ」
どれくらい時間が経ったのでしょうかわかりません。ですが女王様の声が聞こえました。私にとって運命の時です。
「さてビオラ。覚悟はよろしいかしら」
「……はい、女王様」
顔に出さないように言われているんでしょうか。いつきさんの表情からは何も読み取れません。なので神妙にして女王様のお言葉を聞くことにしました。
「コホン……この男、いつきは…………」
「……」
「残念ながら、わたくしの夫とはなり得ませんでしたわ」
「えっ、そ、それじゃ」
「ええ。今からこの男は、連れてきたあなたのものですわ。よかったですわね」
女王様が優しく微笑みかけてくれました。私は嬉しさで胸がいっぱいで、口元を覆うのが精一杯で涙が、涙が止まりません。
「うっ……ひっく……うえぇぇぇぇん」
「ちょ、ちょっとビオラっ。こらいつき、しっかり慰めてあげなさいな。こういうの、わたくしは苦手でしてよ」
「ビオラさん、ビオラさん。大丈夫、もう大丈夫だから」
「いつきさん……いつきさぁん。わたし、わたしぃ」
わかった。わかってしまいました。胸のチクチクの正体がわかってしまいました。魔物娘故にわかってしまいました。こんなことってあるんでしょうか。
「わたしぃ、わたしごめんなさいぃぃぃ、わぁぁぁぁぁん」
さっきとは違う涙が止まりません。今ではもう声も抑えきれず立つこともできなくなって、ペタンと座って赤子のように泣きじゃくることしかできません。
「ど、どうしたのビオラさん。どうしてごめんなさいなんて……まさか僕のこと嫌いとか」
「そんなわけないじゃないですかぁぁぁぁ。好きです、大好きなんですぅぅぅぅ」
「……ふむ」
どうしてこのタイミングで。むしろこのタイミングだからなのか。そう、私は思い出してしまったのです。今ではもう殆ど忘れてしまっている人間だった頃の記憶、その1つを。昔読んだ本。それにはこうありました。
魔物娘図鑑記載
女王以外のハニービーには、生殖能力はない。
つまり私には、いつきさんの子供を産んであげることができない。
まだ完全に魔物娘に染まりきっていない私には、それがとても重大なことに思えたのです。
「ごめんなさいぃぃぃ、ごめんなさいぃぃぃぃぃ」
ひたすら泣きじゃくる私と、理由がわからずどうしたら良いのか慌てるいつきさん。そんな中、女王様だけは何故か黙ったままでした。
「……ビオラ、泣き止みなさい」
「ふぇ」
女王様が静かに言いました。それは私の大声でもかき消せない、女王の命令権を持っての発言でした。
「そういえばあなたは元々人間でしたわね」
「えっ、そうなの」
驚くいつきさんに向かって、私は小さく頷きます。
「いつきよく聞きなさい。この子みたいな働き蜂の子はね、子供を作ることができないの。そういう風になっているのよ。この子はそれで、あなたの子供が産めないことが申し訳なくて泣いているの。まだ少し、人間だった時の価値観が残っているのね、きっと」
「なんっ」
「最後まで聞きなさい」
「くっ……はい」
「ただこのわたくしは違うわ。女王ですもの。確かに魔物娘だから確率はひくいけれど、しっかり子供を産むことはできるわ。だからねビオラ、お願いがあるの」
「な、なんですかぁ」
「きっと産んでみせるって約束するわ。それに貴方達2人の好きな時でいい。だからいつきの子を産ませて。もちろん子供は貴方達2人に託すから」
「じょおうさま……」
優しく私の手を握る女王様の顔は、私が見たこともない真剣な表情をしていました。それはあぁ、この人は確かに女王なんだなと思わせて、私に全幅の信頼を置かせるに十分だったのです。
「わかりました……お願いします」
「確かに。承りましたわ。いつきもそれでよろしいですわね。というか、今更ビオラとの関係を切るなんて言わせませんわよ」
「何言ってるんですか、あの時ちゃんと言ったじゃないですか」
「確かにわたくしは聞きました。でも肝心のビオラに伝えていないでしょう。さぁビオラ。いつきから話があるそうです」
「いつきさん……」
よろよろと立ち上がると、私はいつきさんの顔を見ました。するといつきさんの顔はなんだか赤いです。
「えっとその……さっき勢いで先を越されちゃったけど……僕も、ビオラさんのこと好きです。会ったのはあの日だけなのに、あれからずっとビオラさんのことが頭から離れなくて。ちょっとドジだけど一生懸命なところが凄くいいなって思って。その……よかったら僕と付き合ってください」
「はぁ。此の期に及んで付き合うですって。いつき、覚悟を決めなさいな」
「くっ、け、結婚してくだ」
「はいっ」
もう最後まで待ちきれませんでした。私は思わず被せ気味に返事をすると、そのままいつきさんの胸の中へ飛び込みました。
「好き好き、愛してますぅぅぅぅ」
「あーあ、この子ったらまた泣いてますわ。こんなに泣き虫な子だったかしら」
「泣き虫でもいいですぅぅ。いつきさん、いつきさん」
「やれやれですわ。わたくしはこの後商談がありますからいつき。しっかりビオラを慰めて受け止めてあげるんですのよ」
「わかりました」
女王様は最後に私の頭をひと撫ですると、部屋を後にしました。残されたのは私といつきさんだけ。
「あの……ビオラさん。そんなにくっつかれると」
「何ですか」
「いや……その何て言うか」
いつきさんの表情から、彼が何を言いたいのかすぐに察することができました。そういえば女王様の選考に落ちた人は、中途半端な状態になると聞いたことがあります。
私がいつきさんの股間に手を這わせると、そこにはガチガチに硬くなったものがありました。
「いつきさん。私……いつきさんとしたいです」
「いいの、ビオラさん」
「はい。私、ひとつになりたいんです」
「……わかったよ」
いつきさんをベッドに座らせると、私は目の前でゆっくりとメイド服を脱ぎ始めます。どうすれば男の人の劣情を掻き立てる脱ぎ方ができるのかは、魔物娘の本能が知っているようでした。特に練習した覚えはないのですが、スルスルと脱ぐことができます。
「きれいだね」
「うぅ、やっぱり恥ずかしいです」
ヘッドドレス以外を脱ぎ捨て、ついに私はいつきさんに全てをさらけ出してしまいました。ヘッドドレスを外さないのはメイド長の教えです。「ヘッドドレスをつけたままの方が、ちゃんとメイドを犯している気分になれるから興奮してもらます」とのことです。せっかく制服を着ているのですから、全部脱いでしまったら意味がなくなるのだとか。
「それでは、えっと、私の蜜を味わってくださいね」
丁寧にいつきさんの服を脱がせると、私はいつも携帯しているポーチから媚薬入りの蜜を取り出しました。これをいつきさんの体に塗って、気持ちよくなってもらいます。
「うわわっ」
蓋を開けて、いつきさんに詰め寄るまでは良かったです。けれど私の視線がずっとそそり勃ったいつきさんのおちんちんしか見ていなかったのが原因でした。踏み出す歩幅を間違えてしまい、多い被さるようにして盛大に転んでしまいました。そしてその時持っていた蜜を、私が全身で浴びることになってしまったのです。
「大丈夫ですか、いつきさん」
「うん、僕は大丈夫だけど。でもごめん。ある意味もう大丈夫じゃないや」
「え、それはどういう…ひゃん」
「……甘いね」
あわわ、蜜で敏感になっているところを舐められてしまいました。いつきさんの顔をみれば、もうすっかりメスを犯すオスの表情をしています。
私はなすがままに体位を変えられ、押し倒された格好にされてしまいました。
チュッ、チュッ
ペロペロ
「あっ、ひぃあ……んぅ」
最初は首筋、そして二の腕
スリスリ……スリスリ
かと思えば太腿からゆっくりと腰にかけて、蜜を塗り込むような動きで
「ん……きゅぅぅ……あっ、あっ」
上からはキス、下からは撫でるような愛撫と、私はいつきさんに全身を溶かされていってしまいます。堪えているつもりでできていない声をあげるだけで、私は快感に身を任せることしかできません。
「ビオラさん、おいしいよ」
「そんなぁ、やですぅ」
耳元でそんな優しく囁かれたら、もう何も考えられなくなってしまいます。
「いつきさぁん……キスぅ……みつくださぁい」
「いいよ。……チュ」
「えへへ、いつきさんもおいしいですぅ」
でももうたりません。すいっちはいっちゃいました。
「もうじゅんびいいですからぁ。ください。いつきさんのおちんぽ、じぶんでみつをかぶってとろとろになっちゃうおばかなめいどにくださぁい。おしおきしてくださぁい」
「うん。僕ももう、そろそろ限界だったんだ。それじゃ、入れるね」
私の秘所は、愛液で蜜を洗い流してしまったのではと思う程出ています。そこは周囲の蜜と愛液とか混ざり合い、金色に淫靡な輝きを放っていました。
「んあぅっ、ひぁぁぁぁ」
「うっっっくっ」
いつきさんのおちんちんが入ってきたのを感じたと同時に、私の身体をとてつもない快感が駆け巡ります。そしてそれに耐えきれず、思わず全身をビクビクと痙攣させ大声を出してしまいました。きっとこれが『イッた』ということなのでしょう。
「大丈夫、ビオラさん」
「ハッ、ハッ、ハッ」
ダメです。息も絶え絶えで、返事ができません。
快感と1つになれた嬉しさとで、震えた身体から『ブブブブブ』と蜂特有の音がはしたなく出て止まりません。
「うご……いて……ください……いいですからぁ」
「うん……ごめん。もう我慢できそうにない」
ヌチャっという蜜を含んだ粘液質な音を響かせながら、いつきさんが腰を振り出しました。
一突き毎に、私の身体は震えて逃げるように暴れます。けれど腰をがっしりと掴まれ、逃げられない快楽をいつきさんから叩き込まれるのです。まるで無理やり犯されているような交尾なのに、私はそう思うと余計に感じてしまっていました。
「うっ、出るよビオラさん」
「はぃ、ください。いつきさんのせーしくださいぃ」
段々と激しくなっていく抽送から一変、それまでより強い一突きで再奥まで突かれた後、私の膣内に熱い性液が勢いよく注がれました。それを少しでも多く吸収しようと、私は本能のままに膣内を蠢かせ、もっともっと、いつきさんを気持ちよくさせようと頑張ります。
「は…………ふぅ。すご、すごかったです。これがエッチなんですね」
やっと終わった射精の余韻に浸りながら、私は呼吸と整えそう言うのが精一杯でした。好きな人に処女を捧げられ、結ばれることがこんなに幸せで気持ちいいことだなんて。
処女膜が破られた時にでた筈の血は、蜜と愛液ですっかり洗い流されてしまったようで、赤い色を見ることはできませんが。
「ビオラさん、その……いいかな」
「え、何ですか。きゃ」
抱っこして貰おうと伸ばした腕を掴まれ、私は繋がったまま膝立ちになっていたいつきさんに抱き寄せられてしまいました。そしてそのままベッドの上で立ち上がると、駅弁の体位にされてしまいます。
「まだ治らなくて……だからもっとしたい。もっとビオラさんを感じたいんだ」
そういうといつきさんは私の返事も待たず、いきなり激しく腰を動かしだしました。
「ちょ、あっ、ひぅ、やっ、いっ、いっ、つきさっ、あっ、あっ」
下から突き上げられ、耳元から入ったいつきさんの荒い息遣いが脳内で響いて、おまけにさっき出された性液がねっとりと溢れ滴り落ちていくのがわかって、もう頭がぐちゃぐちゃです。
そぉでした。いつきさんは女王様と交尾する為の蜜を飲んでいたのです。ただのハニービーである私が、その増幅された欲情に勝てる訳がないのでした。
「ああ、あああああ、ああ」
「ビオラっ、ビオラっ、ビオラっ」
ベッドのスプリングも手伝って、最初よりも深く、勢い良く私の膣が擦られていきます。もう最初から羽で浮いていつきさんの負担を減らすことなんて頭になくて、身体を委ねっぱなしです。
「ああイクっ、イクよビオラ」
いつきさんがそう言って私をぎゅっと抱きしめると、さっきよりも濃くて勢いのある精液が注がれました。
「あっ……ぅゅ」
言葉にならない声をあげ、私は目の前が真っ白になるのを感じます。そしていつきさんの胸に顔を埋めると、そのまま一緒にベッドに倒れるようにして横になったのでした。
「ダメです。もっとなでなでしてください」
散乱した蜜と精液と愛液の処理もそこそこに、その夜私といつきさんはベッドでくっついていました。私のベッドは1人用のベッドだったので、必然的にくっつかなくてはいけません。女王様がお祝いに2人用のベッドを下さるそうですが、これ2人用のベッドにする必要ないんじゃないですかね。
蜜の効能で高まりすぎていたとはいえ、私を無理やり犯した格好になってしまった罪悪感からか、いつきさんは私のお願いを1つ聞いてくれることになりました。なのでこうして今、私はいつきさんに抱っこされながら、ずっと頭を撫でてもらっているのです。
「ビオラさんってこんなに甘えん坊だったんだね」
「そうですよ。もしかして、もっとしっかりしてる人がよかったですか」
「ううん。そういうところもかわいいと思うよ」
「えへへ……嬉しいです」
明日は女王様主催で私たちの為にパーティーを開いてくれるそうです。なので今日はこれからずっと、こうしていつきさんと一緒に過ごそうと思います。
「そういえばいつきさん、どうして女王様に選ばれなかったのか理由って聞きましたか」
「あーうん、聞いたよ」
何でしょう。苦笑いして歯切れが悪いですね。
「それがさ、理由を説明しようにも何て言うかな、とてもざっくりした理由だったんだよね」
「まぁ確かに、女王様ならそうかもしれませんね」
何たってあの女王様ですからね。
「色、形、感度、性格、見た目、全て申し分ありませんわって言われたよ」
「え、ならどうして」
「ただ……ビビッと触角に感じませんわ、蜂だけに。って言われてそれっきり」
「ふふっ、何ですかそれ」
まさかあのギャグ、女王様が最初に言い出したんでしょうか。十分あり得ます。
「でもそのおかげで、僕はこうしてビオラさんと一緒になれたから良かったんじゃないかな」
「はい、さすがは女王様です。子供のことについても……その、いつきさんさえよければ私は女王様の提案を受け入れたいと思います」
「あっ、うん。そうだね」
やはりまだ子供という大きな責任を負うとなるとプレッシャーがあるのでしょう。いつきさんは少し苦い顔になりました。これだけ仲間がいるんです、誰の子供でも皆で協力して育てるんですから、それ程気に病むことはないんですけどね。
「あ、いつきさん。撫でる手が止まっていますよ」
「ごめんごめん」
「それからですねまだお願いがあるんですけど」
「何かな」
「あの……もう夫婦になるんですし、私のことはその……ビオラって呼んで下さい」
「えっ、いいの」
「むしろ呼んでくれなきゃ嫌です」
「わかったよ……ビオラ」
「っ、はい」
ああ、名前で呼ばれるだけなのに、なんて幸せなんでしょうか。
「いつきさん、大好きですー」
「僕もだよ、ビオラ」
ぎゅーっと抱きついたまま、私といつきさんはその夜静かに眠りについたのでした。
「それじゃ行ってくるよ、ビオラ」
「はい。お気をつけていってらっしゃいませ。私も夜にはそちらへ到着できると思います」
あれから数年が経ちました。いつきさんは立派な男性に成長され、羽新製蜜の重役の1人として活躍されています。今日は他支店の重役の方との会議で出張です。
女王様は相変わらず凄いお方で、この前他の子の為に出産されたばかりだというのにもう海外へお出かけになっています。「他の子の為に産むのも良いですが、わたくしだって夫が欲しいですわ。それには海外進出ですわ」って言っていたのをメイド長から聞いたので、そのバイタリティたるや恐ろしいものです。
まだ私達の間には子供はいませんが、焦らず女王様にお願いすることにしています。
いつきさんの姿が見えなくなると、私はお仕事に戻る為に入り口の門から玄関に戻りました。
「先輩ってば、何年経っても変わらないスね」
私が今日のお仕事を確認しようとすると、台所から後輩の子が小さな包みを持って私のところへやってきました。あれ。その持っている包みに見覚えがありますよ。
「当然じゃないスか。先輩が張り切って作ってた弁当なんスから」
「あぁー、そうでしたそうでした」
私は後輩の子からお弁当を受け取ると、大慌てで外に飛び出しました。
中身が溢れてしまわないよう気を使いながら、全速力でいつきさんの後を追って飛びます。
今日は電車での出張なので、まだ乗っていなければチャンスはあります。そして改札をくぐる前のいつきさんを見つけることができました。
「いつきさんっ」
「あれ、ビオラどうしたの。来るの夜じゃなかった」
「それが……お弁当を私忘れてしまたので」
「あはは、相変わらずだね。それじゃ一緒に行こうか」
「え。あ……」
「あーそっか。届けるのに夢中で、用意をついでに持って来るの忘れたんだね」
「うぅ……すみません」
「本当にビオラらしいよ。じゃあデートは夜の楽しみにしておこうかな」
笑顔で頭を撫でられ幸せに浸っていると、もうすぐいつきさんの乗る電車が来るというアナウンスが放送されました。
「もう時間か。それじゃ今度こそ行ってくるよ」
「はい。道中お気をつけくださいませ」
改札を抜けたいつきさんが見えなくなるまで、私は礼の姿勢を崩さずお見送りしました。
「そろそろわたくしも、伴侶となる夫が欲しいですわ」
きっかけは女王様が優雅に椅子に座っておやつを食べながら言ったその一言でした。ぽつりと放たれたその一言で、たまたまお世話当番だった私の他10人に、新しい出逢いのチャンスが与えられることになったのです。
女王様は居住まいを正すと、おかわりの紅茶を後ろに控えさせた子に注がせながら言います。
「良いですかお前たち。これから各自自由に動いて、わたくしの夫となるに相応しい方を連れて来るのです」
「それは良いですけど女王様。どういった人を連れて来れば良いですか」
「そうですわね……あなた達がそれぞれ好みだと思う殿方を連れてきなさい。その方がおもしろそうですわ」
「わ、わかりました」
じゃあ解散と、女王様の号令で皆思い思いに探しに行ってしまいました。私も例外ではありません。女王様のお部屋を出て、吹き抜けになっているお屋敷内を通って3階から1階に降ります。
「あら、皆さん急いで出て行きましたけれど、お嬢様から何か言いつけられたのですか」
「あっ、メイド長さん」
私が玄関から外に出ようとすると、後ろからキキーモラのメイド長さんが話しかけてきた。この人は私達ハニービーにメイドとしての振る舞いや働きを教えてくれる人で、女王様が呼んできた人です。私もお世話になっています。
「そうなんです。これから皆で女王様の夫探しに行くんですよ。私好みの人を連れて来いって言われちゃいました」
「まぁ、それはそれは……なるほど。さすがはお嬢様ですね」
好みの人を連れてきて良いというところでつい笑みが出てしまった私に対して、メイド長は笑みを浮かべています。
「それじゃ、いってきます」
「はい。今日の仕事は誰かに代わって貰うよう手配しておきますので、心配せずに行ってきてください」
一礼するメイド長を背に、私は浮かれた気分でお屋敷を後にしました。
黄色くて大きな窓が目立つお屋敷を出て振り返ると、私と同じフレンチスタイルのメイド服を着たハニービーの子達が、忙しそうに飛び回っています。常に男の人を誘惑できるようにとミニになっているスカートをたなびかせ、お屋敷の後ろにある蜂蜜工場に向かって飛んでいるのです。
女王様は羽新製蜜という会社を経営されていて、現代における世界蜂蜜シェアトップ3に入る程の凄いお方なのです。工場では交代で私達働き蜂の子が、日夜新たな配合を研究したり、商品を量産したりしています。労働環境はとてもきれいらしく、メイド長が初めてここに来た時感激していたのを覚えています。
メイド長に教わったようにスカートの裾を両手で掴み恭しくお屋敷に向かって一礼すると、私は元気よく外へ飛んでいきました。
「とはいえ、なかなか良い男の人がいませんねぇ」
街に出て女王様の夫探しを始めたは良いのですが、誰もかれもが恋人連ればかりです。2階建の屋根に座って足をブラブラさせながら眺めているんですが、見つかる気配がありません。今日は土曜日なので、こんな昼間から探しても誰かいるだろうと思っていた私が甘かったです。しかもうっかりお財布を忘れてきてしまったので、空いた小腹を何とかすることができません。お腹すきました。
「おやや。もしかしてあなた、男漁りですか」
「えっ」
急に声をかけられ上を見上げると、そこにはスーツをしっかりと着たハーピーのお姉さんがいました。
「あはは。そうなんですけど、男の人が全然見つけられなくて……しかも誰でも良いわけでもなくてですね」
「なるほど。でしたら私と一緒にあのビルに行きませんか。実は私、あそこにある結婚相談所の職員なんですよ」
「そうなんですかっ」
「はい。ですから条件にもよりますが、お力になれると思いますよ」
「わかりました。ぜひお願いします」
元気よく返事をしたと同時に私のお腹がクゥと鳴って、ちょっと恥ずかしかったです。
「ようこそ、まもむす結婚相談所へ」
ハーピーのお姉さんに連れてこられたそこは、綺麗な施設でした。柔らかそうな絨毯とよく消臭された空気。置いてあるテーブルや受付のカウンターには塵一つありません。もし私がこれ程綺麗にお掃除ができたら、メイド長はきっと私の頭をたくさん撫でてくれるに違いありません。
「よ、よろしくお願いします」
「はい。ではまずこの用紙に、希望する男性のことを記入して下さいね」
受付カウンターの下から用紙を出すと、ハーピーのお姉さんは笑顔で促してきました。
好きな髪色からホクロの位置まで、項目が結構細かいです。そういえば私の理想の男性って、どんな人なんでしょうか。毎日あくせく働くことに手一杯で、あんまり深く考えたことなかったです。同じ働き蜂の子なんかは「その時になったらビビっとくるでしょ。蜂だけに」っていってましたけど……。
結局見た目はあまりこだわらないよう無難に書いて、性格だけは『誠実な人』と書いて提出しました。あ、でも顔の欄に『できたらイケメン』にチェックを入れました。
「それではこちらの席でお待ちください。あ、でもその前に」
「なんですか」
「10秒待ってください」と言い残して奥へ行くと、ハーピーのお姉さんは白い何かを持ってやってきました。そしてそれは、とってもおいしそうだと直感で知ることができました。
「コホン。魔物娘の誓い。1つ、腹ペコのまま外を出歩かないこと、ですよ。性が欲しくて見境なく襲われては困りますからね。これで補給してください」
「あ……ありがとうございます」
私は申し訳ないと思いつつそれを受け取ると、食べる前にいったい何なのか眺めてみました。あったかいけどスベスベで、まるで水まんじゅうみたいです。一口食べてみましょう。あ、おいしい。
「これ、見たことのない食べ物ですけどいったい何ですか」
「それはですね、精液をたっぷり注がれたスライムの赤ちゃんです」
「ブフォッ」
「……なーんて、冗談ですよ。美容の為に新発売された、コラーゲンと性の補給食材ですよ」
「もう、驚かさないでください」
ケラケラ笑うお姉さんに抗議の目を向けながら完食すると、ちょうど面談室の準備ができたみたいでした。そしてお姉さんに案内されると、そこには布で顔の下半分を隠した女の人が座っていました。
「貴殿が花嫁志望のおなごだな。私はクノイチだ。これからよろしくお頼み申す。まずはかけてくれ」
「あ、よろしくお願いします」
促されるまま椅子に座って周りを見ると、少しだけ防音が施された部屋だということがわかりました。ただそれ以外の、例えばここで出会った男女が気兼ねなく交尾する為の設備は無いように思えます。
「始めに言っておくが、ここでも性行為は禁じられておる。ここでされては部屋が1つ使えなくなってしまうのでな。ヤるなら然るべき場所で分別を持ってヤる。それが現代に生きる魔物娘のルールだ」
「は、はい」
「それと、相手の殿方も私が面倒を見るが、安心して欲しい。私は既に心に決めた主人がいる。つまり既婚だ。というか、面談する魔物娘は既婚者が相手をする決まりになっている。でなければ不公平だからな」
「なるほど〜」
確かにそうだなぁと、私ってばのほほんと聞いていました。見れば確かにクノイチさんの左手薬指には、キラキラと輝く指輪が見えます。
「それで本題に入るが……ふむ。男の好みはあなたのものだが、あくまで女王の為か。ハニービーの特性を考えればそうなるな」
「相手の人に申し訳ないですか、やっぱり」
「いや、そんなことはない。今いる子との種族被りを防ぐ為に、わざわざ詳細な希望を出すバイコーンだっているのだ。これくらいなら何も問題はない」
「そうですか、よかった」
「そうだな、2日後にまたここに来ると良い。好みに合うような男を見繕っておこう」
「ありがとうございます」
席を立ってメイド式の礼をすると、私は退室しました。部屋を出る時に「今度は空腹で来るなよ」と声をかけられて恥ずかしかったです。
「貴方達は飛べるからといって、足元の汚れを疎かにする癖がまだ抜けていませんね。ここにまだ、こんなに汚れがありますよ。これではお客様が訪問された時、お嬢様に恥をかかせてしまいます」
「は、はい、すみません」
次の日から、私はまたお屋敷でメイド長の指導を受けながらお仕事の日々です。今怒られているのは私じゃなくて、新しく働くことになった子達です。私は空を飛べないメイド長の代わりに、空からの監督役です。監督役と言えば偉い立場に思えますが、私が見落とすとメイド長にこっぴどく怒られるので、余裕なんて全然ありません。
私以外の夫探しを命じられた子はというと、見つけてきた子が半分くらいです。そしてその誰もが、まだ女王様のお気に入りになっていません。そうなると、早く見つけなければとプレッシャーを感じてしまいます。
「ビオラ先輩凄いよねー。今日は私達の監督やって、しかも女王様の夫探しもしているんでしょー」
「えへへ、そうだよ」
「ちょーマジ尊敬するー。CMSだしー」
後輩の子達をお昼ご飯を食べながらお話するひと時はとても楽しいです。だけど私なんかが自動的にどんどん先輩になっちゃって、やっぱりプレッシャーだったりします。
この子達は生まれた時からハニービーなのですが、実は私は違うんです。私は元々人間で、早くに両親を失くしてしまって塞ぎ込んでいた私を可哀想に思った女王様が、皆と一緒に楽しく暮らそうと言ってくださり、自ら進んでハニービーになりました。おかげで今は仲の良い友達もできて、幸せに暮らしています。
……ただ今回、本当は刺すはずの私なのに、胸にチクリと刺さっているような感じがあるんです。女王様から言いつけられた日から。
「ビオラさん、そろそろじゃないかしら」
「え、あ、メイド長。……あ、そっか」
「良い人が見つかるといいわね」
「はい。いってきます」
そういえば今日は相談所へ行く日でした。昨日はお休みだったんでした。
「あ、お待ちしておりましたよ」
「遅れてしまってすみません」
道をよく覚えていなかったせいか、行くまでに少し手間取ってしまい少し遅れてしまいました。お屋敷にはどこからでもすぐに帰ることができるのですが、逆に行くとなると苦手です。
「さてまずは、汗を拭き取って匂いを消してもらおう。それらはフェロモンになるからな。正常な判断ができない状態にさせては事情の説明もできないだろう」
面談室の前でクノイチさんに言われた私は、消臭スプレーやウェットシートで汗を拭き取ります。おかげで急いで来たから出た汗とは違う、緊張から来る汗も拭き取ることができました。
「紹介しよう。彼がいつき。そしてこちらがビオラだ」
「ど、どうも」
「よろしくお願いします」
部屋に入った私を待っていたのは、スーツに着られている印象を受ける若い人でした。背は私より少し高いくらいで、中肉中背といったところでしょうか。整った顔立ちで、私の基準では十分イケメンです。
「まぁ立ったままでもなんだ。座るといい」
しばらくお互いに固まったままでしたが、クノイチさんに促されて慌てて2人とも腰掛けます。それがちょっとおかしくて、少し緊張がほぐれたのを感じました。
「ビオラの事情は話してある。それでいつき、あなたが希望した理由だが、自分で言うか」
「そうですね。自分で言おうと思います」
「わかった、なら後は2人で過ごすといい。私は外で待機しているから、安心して親睦を深めろ」
それだけ言うと、クノイチさんは部屋を出てしまいました。
「えっと、それでは。改めまして、いつきって言います」
「あ、ビオラです」
「僕が今日ここに来た理由ですが、実はそんな大した理由じゃないんですよ。皆にどうしても行けって言われましてね。僕昔から押しに弱くて……」
恥ずかしそうに、申し訳なさそうに苦笑いして彼は言いました。だけどその時、私の中で何かが弾けたのです。この人だ、この人しかいないと。
「あのあのっ、きっと聞いているのって私の事情だけですよね」
「え、まぁそうですが」
「だったら私、私のことについてちゃんと知ってください」
この時の私は本当凄かったと思います。身を乗り出し、背中の羽を震わせながら詰め寄っていたんですから。
「私ビオラ……って、名前はもう言いましたっけ。えっと、いつもは女王様のところで働いていて……あ、これも知ってますよね。えっとそれからそれから」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいビオラさん」
「えっ、あ、すみません。つい」
「もしよければ、この後どこかでゆっくりお話しませんか。こういうところでは落ち着けないと思うので」
そう言って笑顔を見せてくれたいつきさんに、私はもう完全に虜になっていました。促されるまま部屋を出て、笑顔で手を振るハーピーのお姉さんと無表情なクノイチさんに見送られて、下の階にあるカフェに入ります。
「つい好きだったのでカフェに来てしまいましたがよかったですか」
「はい……よかったです」
「実は僕、まだ大学生なんですよ。だから今回のことは、親に秘密だったりします。あ、ホットで」
「そうだったんですか。私はレモンティーでお願いします」
注文を取りに来たゴブリンの店員さんが、不思議そうに首を傾げながら戻っていきました。メイド服だからでしょうか。メイド服を着ているのがハニービーだからでしょうか。
「あの、応募しておいてなんですが、いつきさんはそれで良いのですか」
「んー、別にいいんじゃないですかね。結婚が決まっちゃうわけではないんですよね」
「はい。女王様次第ですが」
「だったらお見合いみたいなものだと思えば、特に気にすることはありませんよ」
「ならいいんですが……ちなみに、いつ頃来れますか」
「そうですね、ちょっと待ってください」
いつきさんはスマホを取り出すと、画面を数回フリックした後スマホをズボンのポケットにしまいました。
「今週の日曜なら空いているので行けると思います。何か用意するものとかありますか」
「いえ、そういうのは特に無いと思います。強いて言うなら、当日は来る前にお風呂に入っておいて貰えると有難いです」
受け答えをしながらも、私の胸が高なっていくのを感じます。いつきさんがお屋敷に来る。そう考えるだけで嬉しくなるのを止められません。羽が勝手に羽ばたいてしまいます。
「それでは当日はここに、午後2時頃お越しください」
「わかりました」
いけません。この流れだとこのまま解散になってしまいます。何とかもうちょっと、何か話題を出して彼を引き止めないと。
「あっ、あの」
「なんですか」
「えっと……その……」
浮かびました、言うことは確かに浮かびました。でもこれって、結構恥ずかしいし初対面だし……。
ええいままよ。
「あのっ、私、私にはそのっ、け、敬語じゃなくて、普通にお話してくれませんかっ」
「えっ、あ……はい……じゃなくて、うん。いいよ」
やった、やりました。嬉しい、嬉しい。
「あー、ビオラさん。うれしいのはわかるんだけど、その辺にしておいた方がいいと思うよ。後ろ、後ろ」
「え、後ろですか」
いつきさんに指摘されて後ろを振り返ると、コーヒーカップを手に持ったサンダーバードさんが私をジト目で睨んでいました。よく見ると、お洋服にコーヒーの染みができてしまっています。
「いやわかる、わかるよ。オレだって魔物娘だ、関係が進展して嬉しいのはわかるし、正直そんな小さい羽なら大したことないだろって風圧舐めてた。だからクリーニング代はいい。どうせ彼氏と着衣っクスして電気でバリッとやれば消し炭になっちまうしな。ただオレは今無性にコーヒーが飲みたい。しかもデカいのを飲みたい」
「ヒャァーーー、ごめんなさい、ごめんなさい」
ひたすら平謝りして、私はサンダーバードさんに一番大きなコーヒーを奢ることになってしまいました。メイド長が見ていなくて本当によかったです。見つかっていたらと思うと……うぅ、考えたくありません。
「ビオラさんて、意外とおっちょこちょいなんだね」
「恥ずかしいところを見せてしまいました」
「僕は結構かわいいと思うよ」
「本当ですかっ」
「あ、う、うん」
顔を逸らしたいつきさんの顔が赤かったのは、きっと夕焼けのせいではないはずです。そこからはお互いに黙ったまま、話を切り出せず並んで歩くだけでした。
「あ……じゃあ僕、あそこに自転車停めてあるから」
「はい、今日はありがとうございました」
せめて最後はいいところを見せようと、私はメイド式の礼をしようとしました。ですが足を一歩後ろに下げた際何かに引っかかったのか、バランスを崩してしまいました。転ぶ前に飛んだのはいいのですが、空中で変な姿勢になってしまい恥ずかしいです。
「ぷっ……あははは」
「わ、笑わないでくださいっ」
「ごめんごめん。それじゃ、また来週」
わらいながら、逃げるようにしていつきさんは去って行きました。立ち直した私は、さっきまでの楽しかった余韻に浸りながらも、また胸にチクリとしたものを感じるのでした。
実際に連れてくるまで、女王様に夫候補の人柄や容姿を言ってはいけないことになっています。女王様曰く「事前に知ってしまうなんて、楽しみも何もあったものではありませんわ」だそうです。なので私も女王様には何もお話していません。
「それでついに、先輩もビビっときちゃったんですね、蜂だけに」
そう、女王様にお話はしていませんが、そこはステキな出会いを自慢したくなる魔物娘。働き蜂仲間の皆にはとっくに拡散済みなのです。というかそのギャグ流行っているんですか。
「私は154番の先輩から聞いたんですけど、その先輩もまた別の先輩に聞いたらしいですよ」
「つまり流行っているんですね」
ちなみに番号は女王様の気まぐれで決まる背番号のようなものなので、若い番号だから先輩とかはありません。
「でも先輩が選んだ人かぁ。どんな人なのかなぁ。今日来るんですよね」
そう、今日はついにいつきさんがお屋敷に来る日。だから私は朝からそわそわしっぱなしです。どうせ浮かれて仕事にならないからという理由で、そういった特別な日はお休みになることが決まっています。さすがはメイド長です。ただいつきさんが来てからは、ご案内するという重要な役目があります。
「ええ、楽しみですね。なので尊敬する先輩の為を思うなら、あなたはこんなところにいるべきではないと思いますよ」
「うわっ、メイド長っ、すすすす、すみませせせせんっ、すぐ掃除に戻ります」
中庭のベンチで一緒にくつろいでいた後輩の子へ向かって、急に後ろから声がかけられました。かわいそうに、大慌てで文字通りすっ飛んで行きましたよ。
「まったくあの子はすぐにサボろうとするんだから。私もまだまだメイドとしての精進が足りませんね。これは御主人様に後でお仕置きしてもらわないといけません」
あの子の代わりに私の横に来たメイド長は、ホゥ……とため息をつきました。自分への戒めにお仕置きを所望だというのに、どうして嬉しそうなんでしょうか。凄く尻尾振ってます。
「そろそろ到着する頃合いかしら。手順はわかっていますね」
「はい。しっかりやれます」
「大丈夫、お嬢様は優しい方よ。皆幸せになるわ」
「……はい」
優しい声色で私に語りかけると、メイド長は私の頭をゆっくり撫でてくれた。
辛い時や悲しい時など、メイド長はこうやって皆を慰めてくれます。そしてその子が安心するまで、ずっと側にいてくれるのです。
「あら、インターフォンが鳴ったわ」
私がそうして身を委ねていると、不意に呼び鈴が鳴りました。ついに彼がやってきたのです。それは彼にとっても私にとっても、運命を左右する時間の幕開けでした。
「いらっしゃいませ、いつき様。お嬢様がお待ちです」
勧誘した者が最後まで案内するのが道理。私は入り口で恭しくいつきさんをお出迎えします。
いつきさんの服装は、相談所で見たときと同じスーツ姿でした。ご自身がまだ学生と言っていたせいもあってか、確かにまだスーツに着られている雰囲気が拭えない印象を受けます。これもあの時と同じで、私は少し嬉しくおもいました。
「ビオラさんが出迎えてくれるんだね」
「はい。私が最後まで面倒を見させていただきます。さ、こちらへ」
いつもと変わらない応対の筈なのに、何だかだんだんと胸のチクチクが大きくなっていく気がします。無意識にそれを隠そうとしているのでしょう。本当はもっといつきさんをリラックスさせてあげたいのに、心なしか口から出る言葉の温度が冷たい気がしています。
「ここで少しお待ちください。今日の為に用意した、特別なお飲物を持って参ります」
「うん、ありがとう」
お屋敷内2階の客間へ案内すると、私は部屋の扉を静かに閉めて台所へ行きます。そしてそこで、女王様との交尾に耐えられるようになる特別な蜜の入った飲み物を受け取ると、お茶菓子と一緒にいつきさんに持っていった。
「失礼します。こちらがそのお飲物にでございます。お茶菓子はただの嗜好品ですので、安心してお召し上がりください」
「ありがとう。ねぇ、ビオラさんも一緒に食べないかな」
「わたっ……私は、女王様との交尾が終わるまで、必要以上に接触することを禁じられていますから」
「そっか……なんかごめんね」
あまり会話すると、私の心が持ちそうにありません。なので「準備ができたらまたお呼びします。それまでおくつろぎください」とだけ言い残して、逃げるように部屋を後にしました。
違うんです。別に女王様にいつきさんを取られてしまうかもしれないのが悲しいとか、そういうのではないんです。ええ、違いますとも。……ごめんなさい、確かにそれはちょっとあります。仮に女王様のお気に入りになっても、私も一緒にいつきさんを愛してあげられるとは思います。だって女王様ですから。だけどやっぱり彼の一番になりたい気持ちはかなりあります。
さっきから辛いのは、そんなことじゃないんです。いつきさんが来てから感じるこのチクチクの正体。これがわからないのが辛いんです。
女王様のものになってしまうことを考えてチクチクが大きくなるなら、これが嫉妬だって納得できます。魔物娘として、好きな人と結ばれなくなる悲しみなんだって理解できます。でもそうではないらしいんです。ならこの痛みは、いったいなんでしょう。
「ーーんぱい、先輩ってば」
「はっ、な、何ですか」
ずっと考え込んでしまっていたのでしょう。私の目の前には、心配そうな顔をした後輩の子が立っていました。
「大丈夫スか。女王様が準備できたって」
「あ、え、は、はい。わかりました。すぐに行きます」
私が立ち尽くしていたのは部屋を出てすぐだったので、回れ右するだけでよかった。
「いつき様、準備が整いましたのでおいでください」
「わかったよ」
ノックをしてしばらく待つと、さすがにとても緊張した面持ちのいつきさんが出てきました。無理もありません。いくら特製の蜜を飲んだとはいえ魔物娘、しかも女王と交尾をするんですから。
「失礼します」
3階へと通じる吹上まで来ると、私はいつきさんを抱えて飛びます。そして女王様のお部屋前でいつきさんを降ろすと、何も言わず礼だけをしてまた下へ降りました。
この後私がすることは、自分の部屋で待機することです。女王様の夫になれなかった場合、所有権は連れてきた私に移ります。そうなった時、わざわざ女王様自ら運んできてくれるのです。噂によれば、その時何か言われるから安心できるのだとか。
晴れて女王様の夫になった場合は、やはり女王様が私の部屋に来るわけですが、その場合は私が女王様のお部屋へ案内され、夫となったいつきさんと3人で交尾をします。ただそこで交尾をした後は次にいつきさんと交尾できるのかわかりません。
これがハニービーの働き蜂の宿命といってしまえばそれまでですが、女王によってその辺はかなり違うようです。中には女王優先のルールこそあるものの、基本的には自由に交尾して良いところもあるのだとか。
「ビオラ、起きていて。入りますわよ」
どれくらい時間が経ったのでしょうかわかりません。ですが女王様の声が聞こえました。私にとって運命の時です。
「さてビオラ。覚悟はよろしいかしら」
「……はい、女王様」
顔に出さないように言われているんでしょうか。いつきさんの表情からは何も読み取れません。なので神妙にして女王様のお言葉を聞くことにしました。
「コホン……この男、いつきは…………」
「……」
「残念ながら、わたくしの夫とはなり得ませんでしたわ」
「えっ、そ、それじゃ」
「ええ。今からこの男は、連れてきたあなたのものですわ。よかったですわね」
女王様が優しく微笑みかけてくれました。私は嬉しさで胸がいっぱいで、口元を覆うのが精一杯で涙が、涙が止まりません。
「うっ……ひっく……うえぇぇぇぇん」
「ちょ、ちょっとビオラっ。こらいつき、しっかり慰めてあげなさいな。こういうの、わたくしは苦手でしてよ」
「ビオラさん、ビオラさん。大丈夫、もう大丈夫だから」
「いつきさん……いつきさぁん。わたし、わたしぃ」
わかった。わかってしまいました。胸のチクチクの正体がわかってしまいました。魔物娘故にわかってしまいました。こんなことってあるんでしょうか。
「わたしぃ、わたしごめんなさいぃぃぃ、わぁぁぁぁぁん」
さっきとは違う涙が止まりません。今ではもう声も抑えきれず立つこともできなくなって、ペタンと座って赤子のように泣きじゃくることしかできません。
「ど、どうしたのビオラさん。どうしてごめんなさいなんて……まさか僕のこと嫌いとか」
「そんなわけないじゃないですかぁぁぁぁ。好きです、大好きなんですぅぅぅぅ」
「……ふむ」
どうしてこのタイミングで。むしろこのタイミングだからなのか。そう、私は思い出してしまったのです。今ではもう殆ど忘れてしまっている人間だった頃の記憶、その1つを。昔読んだ本。それにはこうありました。
魔物娘図鑑記載
女王以外のハニービーには、生殖能力はない。
つまり私には、いつきさんの子供を産んであげることができない。
まだ完全に魔物娘に染まりきっていない私には、それがとても重大なことに思えたのです。
「ごめんなさいぃぃぃ、ごめんなさいぃぃぃぃぃ」
ひたすら泣きじゃくる私と、理由がわからずどうしたら良いのか慌てるいつきさん。そんな中、女王様だけは何故か黙ったままでした。
「……ビオラ、泣き止みなさい」
「ふぇ」
女王様が静かに言いました。それは私の大声でもかき消せない、女王の命令権を持っての発言でした。
「そういえばあなたは元々人間でしたわね」
「えっ、そうなの」
驚くいつきさんに向かって、私は小さく頷きます。
「いつきよく聞きなさい。この子みたいな働き蜂の子はね、子供を作ることができないの。そういう風になっているのよ。この子はそれで、あなたの子供が産めないことが申し訳なくて泣いているの。まだ少し、人間だった時の価値観が残っているのね、きっと」
「なんっ」
「最後まで聞きなさい」
「くっ……はい」
「ただこのわたくしは違うわ。女王ですもの。確かに魔物娘だから確率はひくいけれど、しっかり子供を産むことはできるわ。だからねビオラ、お願いがあるの」
「な、なんですかぁ」
「きっと産んでみせるって約束するわ。それに貴方達2人の好きな時でいい。だからいつきの子を産ませて。もちろん子供は貴方達2人に託すから」
「じょおうさま……」
優しく私の手を握る女王様の顔は、私が見たこともない真剣な表情をしていました。それはあぁ、この人は確かに女王なんだなと思わせて、私に全幅の信頼を置かせるに十分だったのです。
「わかりました……お願いします」
「確かに。承りましたわ。いつきもそれでよろしいですわね。というか、今更ビオラとの関係を切るなんて言わせませんわよ」
「何言ってるんですか、あの時ちゃんと言ったじゃないですか」
「確かにわたくしは聞きました。でも肝心のビオラに伝えていないでしょう。さぁビオラ。いつきから話があるそうです」
「いつきさん……」
よろよろと立ち上がると、私はいつきさんの顔を見ました。するといつきさんの顔はなんだか赤いです。
「えっとその……さっき勢いで先を越されちゃったけど……僕も、ビオラさんのこと好きです。会ったのはあの日だけなのに、あれからずっとビオラさんのことが頭から離れなくて。ちょっとドジだけど一生懸命なところが凄くいいなって思って。その……よかったら僕と付き合ってください」
「はぁ。此の期に及んで付き合うですって。いつき、覚悟を決めなさいな」
「くっ、け、結婚してくだ」
「はいっ」
もう最後まで待ちきれませんでした。私は思わず被せ気味に返事をすると、そのままいつきさんの胸の中へ飛び込みました。
「好き好き、愛してますぅぅぅぅ」
「あーあ、この子ったらまた泣いてますわ。こんなに泣き虫な子だったかしら」
「泣き虫でもいいですぅぅ。いつきさん、いつきさん」
「やれやれですわ。わたくしはこの後商談がありますからいつき。しっかりビオラを慰めて受け止めてあげるんですのよ」
「わかりました」
女王様は最後に私の頭をひと撫ですると、部屋を後にしました。残されたのは私といつきさんだけ。
「あの……ビオラさん。そんなにくっつかれると」
「何ですか」
「いや……その何て言うか」
いつきさんの表情から、彼が何を言いたいのかすぐに察することができました。そういえば女王様の選考に落ちた人は、中途半端な状態になると聞いたことがあります。
私がいつきさんの股間に手を這わせると、そこにはガチガチに硬くなったものがありました。
「いつきさん。私……いつきさんとしたいです」
「いいの、ビオラさん」
「はい。私、ひとつになりたいんです」
「……わかったよ」
いつきさんをベッドに座らせると、私は目の前でゆっくりとメイド服を脱ぎ始めます。どうすれば男の人の劣情を掻き立てる脱ぎ方ができるのかは、魔物娘の本能が知っているようでした。特に練習した覚えはないのですが、スルスルと脱ぐことができます。
「きれいだね」
「うぅ、やっぱり恥ずかしいです」
ヘッドドレス以外を脱ぎ捨て、ついに私はいつきさんに全てをさらけ出してしまいました。ヘッドドレスを外さないのはメイド長の教えです。「ヘッドドレスをつけたままの方が、ちゃんとメイドを犯している気分になれるから興奮してもらます」とのことです。せっかく制服を着ているのですから、全部脱いでしまったら意味がなくなるのだとか。
「それでは、えっと、私の蜜を味わってくださいね」
丁寧にいつきさんの服を脱がせると、私はいつも携帯しているポーチから媚薬入りの蜜を取り出しました。これをいつきさんの体に塗って、気持ちよくなってもらいます。
「うわわっ」
蓋を開けて、いつきさんに詰め寄るまでは良かったです。けれど私の視線がずっとそそり勃ったいつきさんのおちんちんしか見ていなかったのが原因でした。踏み出す歩幅を間違えてしまい、多い被さるようにして盛大に転んでしまいました。そしてその時持っていた蜜を、私が全身で浴びることになってしまったのです。
「大丈夫ですか、いつきさん」
「うん、僕は大丈夫だけど。でもごめん。ある意味もう大丈夫じゃないや」
「え、それはどういう…ひゃん」
「……甘いね」
あわわ、蜜で敏感になっているところを舐められてしまいました。いつきさんの顔をみれば、もうすっかりメスを犯すオスの表情をしています。
私はなすがままに体位を変えられ、押し倒された格好にされてしまいました。
チュッ、チュッ
ペロペロ
「あっ、ひぃあ……んぅ」
最初は首筋、そして二の腕
スリスリ……スリスリ
かと思えば太腿からゆっくりと腰にかけて、蜜を塗り込むような動きで
「ん……きゅぅぅ……あっ、あっ」
上からはキス、下からは撫でるような愛撫と、私はいつきさんに全身を溶かされていってしまいます。堪えているつもりでできていない声をあげるだけで、私は快感に身を任せることしかできません。
「ビオラさん、おいしいよ」
「そんなぁ、やですぅ」
耳元でそんな優しく囁かれたら、もう何も考えられなくなってしまいます。
「いつきさぁん……キスぅ……みつくださぁい」
「いいよ。……チュ」
「えへへ、いつきさんもおいしいですぅ」
でももうたりません。すいっちはいっちゃいました。
「もうじゅんびいいですからぁ。ください。いつきさんのおちんぽ、じぶんでみつをかぶってとろとろになっちゃうおばかなめいどにくださぁい。おしおきしてくださぁい」
「うん。僕ももう、そろそろ限界だったんだ。それじゃ、入れるね」
私の秘所は、愛液で蜜を洗い流してしまったのではと思う程出ています。そこは周囲の蜜と愛液とか混ざり合い、金色に淫靡な輝きを放っていました。
「んあぅっ、ひぁぁぁぁ」
「うっっっくっ」
いつきさんのおちんちんが入ってきたのを感じたと同時に、私の身体をとてつもない快感が駆け巡ります。そしてそれに耐えきれず、思わず全身をビクビクと痙攣させ大声を出してしまいました。きっとこれが『イッた』ということなのでしょう。
「大丈夫、ビオラさん」
「ハッ、ハッ、ハッ」
ダメです。息も絶え絶えで、返事ができません。
快感と1つになれた嬉しさとで、震えた身体から『ブブブブブ』と蜂特有の音がはしたなく出て止まりません。
「うご……いて……ください……いいですからぁ」
「うん……ごめん。もう我慢できそうにない」
ヌチャっという蜜を含んだ粘液質な音を響かせながら、いつきさんが腰を振り出しました。
一突き毎に、私の身体は震えて逃げるように暴れます。けれど腰をがっしりと掴まれ、逃げられない快楽をいつきさんから叩き込まれるのです。まるで無理やり犯されているような交尾なのに、私はそう思うと余計に感じてしまっていました。
「うっ、出るよビオラさん」
「はぃ、ください。いつきさんのせーしくださいぃ」
段々と激しくなっていく抽送から一変、それまでより強い一突きで再奥まで突かれた後、私の膣内に熱い性液が勢いよく注がれました。それを少しでも多く吸収しようと、私は本能のままに膣内を蠢かせ、もっともっと、いつきさんを気持ちよくさせようと頑張ります。
「は…………ふぅ。すご、すごかったです。これがエッチなんですね」
やっと終わった射精の余韻に浸りながら、私は呼吸と整えそう言うのが精一杯でした。好きな人に処女を捧げられ、結ばれることがこんなに幸せで気持ちいいことだなんて。
処女膜が破られた時にでた筈の血は、蜜と愛液ですっかり洗い流されてしまったようで、赤い色を見ることはできませんが。
「ビオラさん、その……いいかな」
「え、何ですか。きゃ」
抱っこして貰おうと伸ばした腕を掴まれ、私は繋がったまま膝立ちになっていたいつきさんに抱き寄せられてしまいました。そしてそのままベッドの上で立ち上がると、駅弁の体位にされてしまいます。
「まだ治らなくて……だからもっとしたい。もっとビオラさんを感じたいんだ」
そういうといつきさんは私の返事も待たず、いきなり激しく腰を動かしだしました。
「ちょ、あっ、ひぅ、やっ、いっ、いっ、つきさっ、あっ、あっ」
下から突き上げられ、耳元から入ったいつきさんの荒い息遣いが脳内で響いて、おまけにさっき出された性液がねっとりと溢れ滴り落ちていくのがわかって、もう頭がぐちゃぐちゃです。
そぉでした。いつきさんは女王様と交尾する為の蜜を飲んでいたのです。ただのハニービーである私が、その増幅された欲情に勝てる訳がないのでした。
「ああ、あああああ、ああ」
「ビオラっ、ビオラっ、ビオラっ」
ベッドのスプリングも手伝って、最初よりも深く、勢い良く私の膣が擦られていきます。もう最初から羽で浮いていつきさんの負担を減らすことなんて頭になくて、身体を委ねっぱなしです。
「ああイクっ、イクよビオラ」
いつきさんがそう言って私をぎゅっと抱きしめると、さっきよりも濃くて勢いのある精液が注がれました。
「あっ……ぅゅ」
言葉にならない声をあげ、私は目の前が真っ白になるのを感じます。そしていつきさんの胸に顔を埋めると、そのまま一緒にベッドに倒れるようにして横になったのでした。
「ダメです。もっとなでなでしてください」
散乱した蜜と精液と愛液の処理もそこそこに、その夜私といつきさんはベッドでくっついていました。私のベッドは1人用のベッドだったので、必然的にくっつかなくてはいけません。女王様がお祝いに2人用のベッドを下さるそうですが、これ2人用のベッドにする必要ないんじゃないですかね。
蜜の効能で高まりすぎていたとはいえ、私を無理やり犯した格好になってしまった罪悪感からか、いつきさんは私のお願いを1つ聞いてくれることになりました。なのでこうして今、私はいつきさんに抱っこされながら、ずっと頭を撫でてもらっているのです。
「ビオラさんってこんなに甘えん坊だったんだね」
「そうですよ。もしかして、もっとしっかりしてる人がよかったですか」
「ううん。そういうところもかわいいと思うよ」
「えへへ……嬉しいです」
明日は女王様主催で私たちの為にパーティーを開いてくれるそうです。なので今日はこれからずっと、こうしていつきさんと一緒に過ごそうと思います。
「そういえばいつきさん、どうして女王様に選ばれなかったのか理由って聞きましたか」
「あーうん、聞いたよ」
何でしょう。苦笑いして歯切れが悪いですね。
「それがさ、理由を説明しようにも何て言うかな、とてもざっくりした理由だったんだよね」
「まぁ確かに、女王様ならそうかもしれませんね」
何たってあの女王様ですからね。
「色、形、感度、性格、見た目、全て申し分ありませんわって言われたよ」
「え、ならどうして」
「ただ……ビビッと触角に感じませんわ、蜂だけに。って言われてそれっきり」
「ふふっ、何ですかそれ」
まさかあのギャグ、女王様が最初に言い出したんでしょうか。十分あり得ます。
「でもそのおかげで、僕はこうしてビオラさんと一緒になれたから良かったんじゃないかな」
「はい、さすがは女王様です。子供のことについても……その、いつきさんさえよければ私は女王様の提案を受け入れたいと思います」
「あっ、うん。そうだね」
やはりまだ子供という大きな責任を負うとなるとプレッシャーがあるのでしょう。いつきさんは少し苦い顔になりました。これだけ仲間がいるんです、誰の子供でも皆で協力して育てるんですから、それ程気に病むことはないんですけどね。
「あ、いつきさん。撫でる手が止まっていますよ」
「ごめんごめん」
「それからですねまだお願いがあるんですけど」
「何かな」
「あの……もう夫婦になるんですし、私のことはその……ビオラって呼んで下さい」
「えっ、いいの」
「むしろ呼んでくれなきゃ嫌です」
「わかったよ……ビオラ」
「っ、はい」
ああ、名前で呼ばれるだけなのに、なんて幸せなんでしょうか。
「いつきさん、大好きですー」
「僕もだよ、ビオラ」
ぎゅーっと抱きついたまま、私といつきさんはその夜静かに眠りについたのでした。
「それじゃ行ってくるよ、ビオラ」
「はい。お気をつけていってらっしゃいませ。私も夜にはそちらへ到着できると思います」
あれから数年が経ちました。いつきさんは立派な男性に成長され、羽新製蜜の重役の1人として活躍されています。今日は他支店の重役の方との会議で出張です。
女王様は相変わらず凄いお方で、この前他の子の為に出産されたばかりだというのにもう海外へお出かけになっています。「他の子の為に産むのも良いですが、わたくしだって夫が欲しいですわ。それには海外進出ですわ」って言っていたのをメイド長から聞いたので、そのバイタリティたるや恐ろしいものです。
まだ私達の間には子供はいませんが、焦らず女王様にお願いすることにしています。
いつきさんの姿が見えなくなると、私はお仕事に戻る為に入り口の門から玄関に戻りました。
「先輩ってば、何年経っても変わらないスね」
私が今日のお仕事を確認しようとすると、台所から後輩の子が小さな包みを持って私のところへやってきました。あれ。その持っている包みに見覚えがありますよ。
「当然じゃないスか。先輩が張り切って作ってた弁当なんスから」
「あぁー、そうでしたそうでした」
私は後輩の子からお弁当を受け取ると、大慌てで外に飛び出しました。
中身が溢れてしまわないよう気を使いながら、全速力でいつきさんの後を追って飛びます。
今日は電車での出張なので、まだ乗っていなければチャンスはあります。そして改札をくぐる前のいつきさんを見つけることができました。
「いつきさんっ」
「あれ、ビオラどうしたの。来るの夜じゃなかった」
「それが……お弁当を私忘れてしまたので」
「あはは、相変わらずだね。それじゃ一緒に行こうか」
「え。あ……」
「あーそっか。届けるのに夢中で、用意をついでに持って来るの忘れたんだね」
「うぅ……すみません」
「本当にビオラらしいよ。じゃあデートは夜の楽しみにしておこうかな」
笑顔で頭を撫でられ幸せに浸っていると、もうすぐいつきさんの乗る電車が来るというアナウンスが放送されました。
「もう時間か。それじゃ今度こそ行ってくるよ」
「はい。道中お気をつけくださいませ」
改札を抜けたいつきさんが見えなくなるまで、私は礼の姿勢を崩さずお見送りしました。
17/12/08 15:38更新 / NEEDLE