読切小説
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予定外の事態
記念すべき浦原学園高校の第五十七回卒業式が終わり、また今年も生徒たちが巣立っていく。
(湿っぽいのはいつもながら嫌いだ。)
泣いている女子もいた、精一杯笑おうとしている男子もいた。
彼らにとってこの学校で過ごした日々が思い出深いものになってくれたようで、本当に喜ばしい限りだ。
教員用の通用門から一歩出たところで煙草を吸っていた支倉颯真は、そんな風に思いながら空を見上げていた。
皆が皆、満足してこの学校を去っていくものでもないだろう。
「やらずに後悔するよりは、やって後悔しろ。」
生徒にいつも言ってきた彼の言葉だった。
しかし今年は、彼にはできずに後悔していることが一つだけあった。
仕方のないこととは理解していても、だからと言って納得できるようなものではない。
「考えるべきじゃねーんだろうな。」
携帯灰皿を取り出して、吸っていた煙草の火を消して、職員室に戻ろうとした。
今頃生徒たちは最後の打ち上げ、卒業記念のパーティに行っているころだろう。
自分は一国語教師、担任として受け持っているクラスもないから、卒業生とはそこまで深く関わっていないしパーティにも出席しない。
例え心残りがそこにあるとしても、行くわけにはいかないのだ。
「ここにいらしたんですね。」
凛とした声音が、颯真の後ろから響いた。
そこに立っていたのは卒業生の一人、黒江涼花、A組のクラス委員長で、颯真が顧問を受け持っていた文学部の部長でもあった。
「何してんだ涼花。」
驚く以前に疑問が口から先に出た、彼女は今ここにいてはおかしいはずだ。
「予定にあった『先生にお礼を言う』をまだ果たしていないことに気付き、探していました。他の皆には先に行ってもらっています。」
事務的な、淡々とした口調で涼花は颯真に自分が何をしに来たか告げる。
「わざわざ探す必要もねーだろ。」
「そう言うわけにはいきません。後で後悔します。」
やはり事務的に答える、アヌビスの性質を考えると予定通り事が運ばないのは確かに嫌なことかもしれないが、そんなことを果たすためだけに
「今までありがとうございました、先生。」
心のこもったお礼の言葉とともに、涼花は深々と頭を下げる。
今迄に面倒を見てきた生徒たちのうち、ここまで心のこもった礼を言ってくる生徒は彼女が初めてだった。
少しだけ胸に刺さるような痛みを感じながら、彼女のオオカミの耳が生えた頭を見つめる。
これが彼女に会える最後の日、教え子と教師の関係である最後の日。
今日は彼女との唯一のつながりが、消え失せる日でもあるのだ。
「………それと…先生……あのですね……」
いつもはっきりとものを言う涼花には珍しく、口ごもる。
三年間涼花の顧問として彼女を見てきた颯真も、彼女のそんな姿は初めて見た。
「私は! 先生のことが好きです!!」
怒鳴りつけるように、涼花は大声でそんなことを口にした。
「今までにも何度か言われたな、先生のこと好きだよ、とか。」
生徒とはそれなりに近しい立場で会話してきたために、生徒からの受けはいい方だと自覚している。
「そうでは、なくて……ええと……うぇえええ」
涼花はしどろもどろになったと思ったら、次の瞬間には泣き出した。
あまりに突然の謎の百面相に颯真はかなり面食らった、国語教師として生徒に物を教え、相談にも乗ってきた颯真だったがこんな事態は初めてだ。
「おい!? 涼花、どうした!!?」
大粒の涙を零しながら泣きじゃくる教え子に駆け寄った颯真だが、どうすればいいのかわからず声をかけることしかできない。
「計画……立てたのに…なんでこんな………こんなこと予定にない……」
謎の言葉を呟きつつうずくまった涼花、その様子をうかがうことしかできないことが、颯真にはもどかしくて仕方なかった。
「俺を好きってのは……もしかしてラヴの方か? ライクじゃなく?」
「……そう……です……」
弱弱しい声で答えた涼花は、
「具体的な時期は不明ですがずっと前から好きで……でも迷惑はかけられないししばらくしたらこの気持ちも消える予定だったのに全然消えないどころかどんどん強くなって……」
と自分が今まで颯真のことをどれほど想っていたのかを語り始めた。
「今日が……最後でっ! ……やっぱり大好きで……っ」
「告白しようと計画立ててたのに、全然うまくいかなかったんだな?」
颯真の言葉に涼花は声を出さずに首を縦に振る、その様子に胸が締め付けられるような痛みを感じた。
颯真には、今年の卒業式で特別な心残りが一つだけあった、それが涼花の存在だった。
教師としてあるまじき感情、あるまじき恋心。
どんな結末を迎えるかわからず、そしてどんな結末を迎えたとしてもいい結果は生まないだろうと予想できた。
けれど、彼にこれ以上後悔を続ける度胸はなかった。
やらずに後悔するよりもやってから後悔しろ。
それは他ならぬ彼自身が生徒に教えてきたことだったのだ。
「………涼花。」
優しく彼女に声をかける。
涼花が自分の顔を見た瞬間を好機と言わんばかりに、颯真は彼女を抱きしめた。
「俺もお前が好きだ。今すぐにでも嫁に来い。」
一生放しはしない、そう言わんばかりに、力の限り抱きしめた。
「この展開は………予定外です………」
そう言いながらも、涼花は尻尾を振りながら颯真に抱きついていた。



その日の夜、パーティ帰りの涼花を車で迎えた颯真は教え子たちに祝福されながら彼女を家に連れ帰り、一夜を共にした。
二人にとって何より予定外だったのはその一夜で涼花が子を宿したことだろう。
その後、二人の間に生まれた娘を支倉走狗という。
両親ともに教師であった家庭の事情からか彼女もまた教師を志し、そしてかつての両親と同様に教え子と恋に落ちた。
そのお話は、また別の機会に。
12/03/25 23:36更新 / なるつき

■作者メッセージ
変化球? 魔物らしくない?
すいません、こんな古典的なのしか思い浮かばなかったんです。

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