第二十八話 昊とお話
ベルトラ草原でのウォード軍との不毛な争いから一夜明け、僕たちは結局ベルトラ平原を領土に持つ四つの領地すべての軍隊を壊滅させて北進することになった。
レジスタンスと合流したら王都を攻めるわけだが、その前にはっきりさせておきたいことがある。色々な疑問があって僕もまだ今立てている仮説が本当に正しいのか確信が持てないけれど、姫様にちょっと聞いておくに越したことはないだろう。
丁度僕たちは姫様と一緒に動いているから、話そうと思えばいつでも話せる。
一緒にいるのはランスとその恋人猫姉妹、領主代行の二人、それに一緒にこの世界に来た四人の仲間と、吹雪が連れてきた英奈さんとハート。そしてリィレさんと姫様。
このメンバーなら迂闊に口を滑らすことも考えづらいし、知っておいてほしいと思うくらいだから話を切り出しても問題ないだろう。
「姫様、ちょっとお訊ねしたいことがあります。」
「はい。何でしょう?」
笑顔のまま馬上の姫様は僕の方を見る、小柄で幼い外見に似合わず、物腰は淑女のそれだ。
ちなみに、馬はウォード軍が持っていたものを奪った。手に入れた二十頭の馬の多くは大型馬だったので荷車を曳いているが、こうやって誰かを乗せている馬もいる。
「僕たちに隠していることがありますよね、そのことについてなんですが。」
姫様は僕の言葉を聞いても笑顔のまま、
「隠していること、とは?」
「偶然にしてはあまりに上手くいきすぎていることがいくつかあります、先王フローゼンスとクロードさんの出会い、僕がクルツに、如月が王城にそれぞれ飛ばされたこと、それに計画の一つが上手くいかなかったからといきなり貴族議会の貴族が反乱にまで至ったこともあまりに短絡です。」
「やっぱりお気づきになられましたか、いつ切り出そうか迷っていたんですが……」
姫様はちょっとだけ困ったような顔をして見せる、どこまで本気なのかわからないけれど僕たちが気づかないとは思ってなかったようで何よりだ。
「正解発表の前に、僕の立てた推察を聞いてもらえませんか?」
前に進みながら姫様にそう言う、他の皆も顔を向けているのはハートくらいだけど興味津々に聞き耳を立てていることが感じられる、その証拠に猫姉妹とネリス、そして話し合っていたランスとハロルドさんがいきなり静かになった。
「恐らく、先王には二人の協力者がいました。片方はクルツの、特にクロードさんの足跡をつかみ国王と引き合わせられる誰か。もう一人は貴族議会に影響力を持ち、さらに僕たちをこの世界に呼び出した魔術にも何らかの細工を施すことのできる立場にある人物。」
「ここまでは正解ですよ、楽しみを奪って申し訳ないですが。」
姫様はやはり笑顔を崩さずに僕の言葉に答える、余裕というより、こうやって誰かに仮説を立てられることを期待していたからわざと黙っていたような口ぶりだ。
「クルツの協力者は、ルミネさんですね?」
「………そうです、少し考えれば誰でも『あの人しかいない』と思い当たりますよね。」
周囲の空気が僅かに冷える、水辺に近づいてきたことだけではなく、わずかに他の皆が緊張を強めたからだろう。
仮に誰かが何かをしたとしても即座に止められるよう、もしくは安全な場所に避難できるように身構えて、次の動きを待っている。
「どうやってルミネさんは先王と知り合ったんです? そして連絡を取ることも可能な立場まで成り得た理由も聞きたいですね。」
「お父様のお話では、二十四年ほど前に寝所にいきなり現れたそうです、結界が張られているはずの王城に当たり前のように現れるあたり、相当な力を持った淫魔だと最初は判断していたそうですね。」
ちょっとなるほどと思った、やりかねない。
天満が作った結界も当たり前のように看破してたくらいだ、実はルミネさんはかなり強力な淫魔なのかもしれない、あの時は天満が弱かっただけだと思ってたけど。
「彼女からどのようにお父様に話が通ったのかはわかりませんが、それ以降お父様は外の世界で起きていることに関心を持ち、国のあちこちを回るようになったようです。」
「そして、ルミネさんの手引きにより若かりし頃のクロードさんに接触した、そういうことですね。」
「はい。」
僕の確認に対する姫様の確認の言葉から、皆が少しだけ黙る。
「しっかし、わからんな。どうしてルミネさんはわざわざこんなに回りくどいことを? あの人が直接動けば全部片付く話ってことにならないか?」
数秒の静寂を破り次に口を開いたのは吹雪だった。隣でハートも首を縦に振っている。
「人間が自分の手で変わることが重要だそうです。お父様もそれについては同意見だったようで、彼女の計画に乗るにも『人間が主体となること』は最低条件だったようです。」
「なるほどねぇ。」
吹雪がまた考え込む、無いとまではいかないがそこまで内容の多くない頭を吹雪なりに頑張って使っているようだ。
「クルツ側の協力者の話はもう結構です、僕もある程度予想していたことですし。聞かせていただきたいのはむしろ『王都にいるはずの協力者』の方です、そちらについては如月から話を聞いてもなお人物像が浮かんできませんでしたので。」
如月にはその人物の情報が全くまわっていなかったから想像することすらできなかったと言った方が正しいのかもしれないが、特に気にする必要もない違いだろう。
「そうですね……目的地のフィロスまではあと半日ですし、語るには十分な時間もあることですからお話しさせていただきましょうか。」
そう言って、姫様は馬から降りないままに顔を上に向けて少しの間考え込むように黙り、それからゆっくりと口を開いた。
「私の協力者のもう一人は王国の宮廷魔術師のアッシュ・ソクト司祭、王国七大貴族ソクト侯爵家の候弟で、私やリィレ、それにナンナには多くの縁がある方です。」
「なるほど……王国の宮廷魔術師。」
そして、侯爵の弟つまるところの貴族、それなら確かに貴族や王国の動きに対してある程度影響力を持っていてもおかしくはない、けれど候弟ということは侯爵ではないということだ、発言力があるんだろうか。
「ソクト侯爵家は昔から魔術の名門で、現ソクト侯ファリオンも強力な魔法を作り出したことで名声を得ましたが、本当はその魔法の体系はアッシュの開発だと言われています。」
姫様が言っていることの意味は少し考えればわかる。
つまり、ファリオンに自分が開発した魔術を譲る代わりに何らかの交渉を持ちかけているということ、やり方としてはある程度理にかなってる。表に出ないから悪目立ちすることもないし、不信がられる心配も少ない。
「俺たちをこの世界に呼び出した魔法もそいつが細工したのか?」
「ある意味そうですね。ルミネさんの協力のもと王都を守る『翼の天蓋』という魔法結界と反作用を起こし強い魔力を秘めた人間をクルツに飛ばすよう、それに一人を王宮に飛ばすようにも仕込んでありました。アッシュは凄まじく不満げでしたけどね。」
懐かしそうに姫様が言う、もしかしてアッシュさんって姫様の……
ないな、たぶんない。
「俺と天満が見当違いの方角に飛んだのは?」
「純然たるエラーです、予定人数二人の魔法でしたので。」
まさか異世界に行きたがってるような奴が四人も同じところにいるとは想定してなかったってことだろう、おかげで天満については要らない心配を沢山させられた。
こうしてうまいこと集まって、しかも戦力として換算できる要素が結果的に大きくなったのはよかったというべきだろう、吹雪は割と納得いかないみたいだけど。
「フブキさん、アマミさん。申し訳ありませんでした、いろいろ大変な目にあったようで。」
そう言って姫様は吹雪と天満それぞれに頭を下げた、「いろいろ大変」ではなくて「エロエロ大変」が正しい表現だと思ったけど、そこは突っ込まないでおく。
「いや別にかまわん、確かに大変な目には合ったけど、ハートや英奈さんに会えたこともこいつが手に入ったことも含めて総合的によかったんで。」
吹雪は隣を歩いていたハートや英奈さんの肩を軽くたたいてから、自分の腰に収まっている鋼鉄製の「切れない刀」を示してそう言う、この世界に来た時も持っていた愛用の木刀は英奈さんの母親に預けてきたらしい。
「あたしはむしろよかった要素ばっかりかな、こうやって昊とも一緒になれたし、あっちの世界にいたころより毎日刺激的で楽しいし。」
天満が僕の腕を抱きしめながら言う、如月が何か微妙な顔をした気がした。
「……まぁ、それは何よりですが……」
姫様も微妙な顔で二人の返事に対して言葉を発し、黙り込む。
何か神妙な顔で考え込んでいることを考えると迂闊に話しかけていいものか悩むけれど、吹雪は全く構わずに口を開いた、
「ところで、もう決戦間近だから聞くけどこの戦争が終わったら、みんなはどうするつもりなんだ?」
あまり表情を変えなかったのが僕と姫様とリィレさん、きょとんとした顔をしたのが天満と如月と猫姉妹、もしかしたら僕も驚いた顔をしていたのかもしれないけれど自分の顔は見えないし変わった感じもしなかったから無表情のままだと思う。
考え込むような顔をしたのがハロルドさん、ランス、ネリスさんと英奈さんの四人。
「私は無論のことながら王位を引き継ぎ、それから復興にイグノーとの関係の修復、領主を失った領地の処遇の決定に魔物に対する規則の制定。やることは山積みです。」
「私は今迄通り姫様の補佐だな、元帥になれと言い出す輩も出るかもしれんが、女で平民の娘が元帥など保守的な連中は死んでも認めんだろうし私も嫌だ。」
姫様とリィレさんは当たり前に答える、まぁこの二人にこれ以上の回答を要求するのは酷だし、吹雪も納得してるようだ。
「僕はクルツに移住かな、いろいろ知りたいことも身に着けたい技能もある、それにあそこで暮らすうちにあそこを自分の居場所だと認識しちゃったんだよ。」
「あたしは、もちろん昊と一緒!」
僕の腕に飛びつきながら天満が答える、少し照れくさいけど、天満が一番快適に過ごせるのは多分クルツだろう、外界、特に王国はこれからもしばらく魔物に過ごしやすい環境にはなれないだろう。
(それに、天満とせっかく恋人になったんだからしばらくはイチャイチャしてたいし。)
口には出さなかったけど、こっちの方が何より正直な本心だ、ゆっくりじっくり天満と一緒に交わっていられる時間を満喫していたいと思ってる。
次に口を開いたのはハロルドさんだった、
「僕は……少なくとも父さんから『クルツの正式な自治権承認だけはどんな無理してももぎ取って来い』とは言われてるけど、帰って娘の顔も見に行きたい。けど復興を手伝うのは多分確定かな。」
そう言えば、若いからそうは見えないけど一人子供がいるんだっけ、性別も聞いた覚えはなかったけど、どうやら娘さんらしい。
「私はクルツに帰って、お母さんに事の顛末を詳しく報告ですね、そこからはハロルドさんとよく似た流れになると思います。」
次に口を開いたのはネリスさん、言っていることはハロルドさんとあまり変わらない。
「俺の仕事はとりあえず、これを添削して発行してもらうことまでだ、そのあとはまたクルツの南部開発局統括として必死にお仕事だ、猫姉妹も一緒に。」
ランスが鞄の中から一つ巻物を取り出していった、恐らくあれが今まで地道に書いてきたこの戦争に関する記録なんだろう、どんな風に書いてるのかは知らないけど巻物の大きさを見るになかなか内容は多そうだ。
「ランスさん、文才があったんですか?」
「猫姉妹の父親アレミネル・リージーはクルツ唯一の小説家です、あの人から構文や表現技法は大体習いました。なのであまり問題はありませんね。」
姫様の言葉に対してランスは当たり前のように答える。
「そうですか、よかったら一番最初に私に読ませてくださいね。」
「先約がありますね、猫姉妹が先です。」
「あら………」
楽しそうに姫様とランスが会話していると、クリムとシェンリがほぼ同時にランスの両足を払って宙に浮かせて、そのまま一回転させるように投げ飛ばした。
ランスが地面に落ち、そのまま猫姉妹に引っ張られていく、どうやらほかの女性と楽しそうに会話していたのが気に入らなかったらしい。目だけ笑っていない笑顔を見せていた。
「………」
気を取り直して、
「吹雪はどうするんだ?」
気になったので聞いてみる、すると吹雪は、
「俺はイグノーの、ヘラトナ村に戻って傭兵の仕事だな、ヴィオラを除いて世話になった連中にも礼を言いたいし色々やっておきたいこともある。だから俺はイグノーに帰る。」
「そうか……まぁ…頑張って。」
結果的にヘラトナの魔物の多くに気に入られてしまい非常に面倒な女難を被っていると聞いていたけど、それでもやっぱり暖かい人たちのことは好きなんだな。
そう感心した僕の少し前で、いまだに一人だけ悩んでいる人がいた。
如月だ、彼女だけはまだ何も言わない、言い出していない。
深く考え込んでいて、こちらの会話も全く耳に入ってない様子だ。
「キサラギさん。」
隣を歩いていた姫様が如月の頬に指を突き刺す、そこそこ痛かったようで、如月は姫様に対して一瞬だけ怒った顔を向けてすぐ相手に気付き普通の顔にする。そして
「どうかされましたか?」
と平然を装って聞いて見せた、明らかに何か無理をしている。
「この戦争が終わったら、どうなさるおつもりです?」
「え……えっと、ご迷惑でないなら姫様のお手伝いをしたいな……とは思ってます。」
「それはもちろん迷惑でなどありませんよ、信頼できる方が近くにいてくれた方が助かりますし安心できます。」
あっさり言い切る。
「そっか、じゃあこの戦争が終わったらしばらくはお別れなんだね。」
「そうなるな、けど別に会えないくらい遠くに行くわけでもなし、その気になれば会いに行くくらい………数日かかるけどどうにかできるだろ?」
「……うん、そうだね。」
「あはは、まぁ会える状態なのか分かんないけどね。」
最後に冗談めかして天満が締める、確かにこの戦争、勝てなかったら死んでる可能性の方がずっと高いんだから言ってることに間違いはない。勝手も死んでる可能性だって、一応あるんだ。
「絶対に、生きてまたこんなつまらない話をしよう。」
「当たり前だ。」「死ぬつもりなど毛頭ありません。」「努力はします。」
僕の言葉に、みんなが口々に言葉を返してくれる。
そうやって、僕は僕が本当に手に入れたかったものを手に入れたことを実感した。
だからこそ、僕はここから先もこの宝物を守るために最善を尽くす。
僕たちはこの世界で生きることを決めたのだから。
しばらく進軍して、そして休み。それを繰り返して効率よく進軍速度を維持する。
戦慣れした人間が少ない割に、王女軍の進行はこの手法で非常に速く進んでいた。
しばらく進み日が傾いたところで、前方に町が見えてきた、あちこちで火事が発生しているのか煙が上がり、そして何かが宙を舞っている。
「あれが、目的地のフィロスです、どうやら交戦中のようですね。」
数百メートル単位の距離の離れた町を確認し、姫様が冷静に言う。
「これより我々はフィロスに突入! レジスタンス軍を支援します、体の動く方はついてきてください!」
その声とともに、僕たちはまた戦場に殴りこんだ。
激しい戦いの、幕開けになった。
レジスタンスと合流したら王都を攻めるわけだが、その前にはっきりさせておきたいことがある。色々な疑問があって僕もまだ今立てている仮説が本当に正しいのか確信が持てないけれど、姫様にちょっと聞いておくに越したことはないだろう。
丁度僕たちは姫様と一緒に動いているから、話そうと思えばいつでも話せる。
一緒にいるのはランスとその恋人猫姉妹、領主代行の二人、それに一緒にこの世界に来た四人の仲間と、吹雪が連れてきた英奈さんとハート。そしてリィレさんと姫様。
このメンバーなら迂闊に口を滑らすことも考えづらいし、知っておいてほしいと思うくらいだから話を切り出しても問題ないだろう。
「姫様、ちょっとお訊ねしたいことがあります。」
「はい。何でしょう?」
笑顔のまま馬上の姫様は僕の方を見る、小柄で幼い外見に似合わず、物腰は淑女のそれだ。
ちなみに、馬はウォード軍が持っていたものを奪った。手に入れた二十頭の馬の多くは大型馬だったので荷車を曳いているが、こうやって誰かを乗せている馬もいる。
「僕たちに隠していることがありますよね、そのことについてなんですが。」
姫様は僕の言葉を聞いても笑顔のまま、
「隠していること、とは?」
「偶然にしてはあまりに上手くいきすぎていることがいくつかあります、先王フローゼンスとクロードさんの出会い、僕がクルツに、如月が王城にそれぞれ飛ばされたこと、それに計画の一つが上手くいかなかったからといきなり貴族議会の貴族が反乱にまで至ったこともあまりに短絡です。」
「やっぱりお気づきになられましたか、いつ切り出そうか迷っていたんですが……」
姫様はちょっとだけ困ったような顔をして見せる、どこまで本気なのかわからないけれど僕たちが気づかないとは思ってなかったようで何よりだ。
「正解発表の前に、僕の立てた推察を聞いてもらえませんか?」
前に進みながら姫様にそう言う、他の皆も顔を向けているのはハートくらいだけど興味津々に聞き耳を立てていることが感じられる、その証拠に猫姉妹とネリス、そして話し合っていたランスとハロルドさんがいきなり静かになった。
「恐らく、先王には二人の協力者がいました。片方はクルツの、特にクロードさんの足跡をつかみ国王と引き合わせられる誰か。もう一人は貴族議会に影響力を持ち、さらに僕たちをこの世界に呼び出した魔術にも何らかの細工を施すことのできる立場にある人物。」
「ここまでは正解ですよ、楽しみを奪って申し訳ないですが。」
姫様はやはり笑顔を崩さずに僕の言葉に答える、余裕というより、こうやって誰かに仮説を立てられることを期待していたからわざと黙っていたような口ぶりだ。
「クルツの協力者は、ルミネさんですね?」
「………そうです、少し考えれば誰でも『あの人しかいない』と思い当たりますよね。」
周囲の空気が僅かに冷える、水辺に近づいてきたことだけではなく、わずかに他の皆が緊張を強めたからだろう。
仮に誰かが何かをしたとしても即座に止められるよう、もしくは安全な場所に避難できるように身構えて、次の動きを待っている。
「どうやってルミネさんは先王と知り合ったんです? そして連絡を取ることも可能な立場まで成り得た理由も聞きたいですね。」
「お父様のお話では、二十四年ほど前に寝所にいきなり現れたそうです、結界が張られているはずの王城に当たり前のように現れるあたり、相当な力を持った淫魔だと最初は判断していたそうですね。」
ちょっとなるほどと思った、やりかねない。
天満が作った結界も当たり前のように看破してたくらいだ、実はルミネさんはかなり強力な淫魔なのかもしれない、あの時は天満が弱かっただけだと思ってたけど。
「彼女からどのようにお父様に話が通ったのかはわかりませんが、それ以降お父様は外の世界で起きていることに関心を持ち、国のあちこちを回るようになったようです。」
「そして、ルミネさんの手引きにより若かりし頃のクロードさんに接触した、そういうことですね。」
「はい。」
僕の確認に対する姫様の確認の言葉から、皆が少しだけ黙る。
「しっかし、わからんな。どうしてルミネさんはわざわざこんなに回りくどいことを? あの人が直接動けば全部片付く話ってことにならないか?」
数秒の静寂を破り次に口を開いたのは吹雪だった。隣でハートも首を縦に振っている。
「人間が自分の手で変わることが重要だそうです。お父様もそれについては同意見だったようで、彼女の計画に乗るにも『人間が主体となること』は最低条件だったようです。」
「なるほどねぇ。」
吹雪がまた考え込む、無いとまではいかないがそこまで内容の多くない頭を吹雪なりに頑張って使っているようだ。
「クルツ側の協力者の話はもう結構です、僕もある程度予想していたことですし。聞かせていただきたいのはむしろ『王都にいるはずの協力者』の方です、そちらについては如月から話を聞いてもなお人物像が浮かんできませんでしたので。」
如月にはその人物の情報が全くまわっていなかったから想像することすらできなかったと言った方が正しいのかもしれないが、特に気にする必要もない違いだろう。
「そうですね……目的地のフィロスまではあと半日ですし、語るには十分な時間もあることですからお話しさせていただきましょうか。」
そう言って、姫様は馬から降りないままに顔を上に向けて少しの間考え込むように黙り、それからゆっくりと口を開いた。
「私の協力者のもう一人は王国の宮廷魔術師のアッシュ・ソクト司祭、王国七大貴族ソクト侯爵家の候弟で、私やリィレ、それにナンナには多くの縁がある方です。」
「なるほど……王国の宮廷魔術師。」
そして、侯爵の弟つまるところの貴族、それなら確かに貴族や王国の動きに対してある程度影響力を持っていてもおかしくはない、けれど候弟ということは侯爵ではないということだ、発言力があるんだろうか。
「ソクト侯爵家は昔から魔術の名門で、現ソクト侯ファリオンも強力な魔法を作り出したことで名声を得ましたが、本当はその魔法の体系はアッシュの開発だと言われています。」
姫様が言っていることの意味は少し考えればわかる。
つまり、ファリオンに自分が開発した魔術を譲る代わりに何らかの交渉を持ちかけているということ、やり方としてはある程度理にかなってる。表に出ないから悪目立ちすることもないし、不信がられる心配も少ない。
「俺たちをこの世界に呼び出した魔法もそいつが細工したのか?」
「ある意味そうですね。ルミネさんの協力のもと王都を守る『翼の天蓋』という魔法結界と反作用を起こし強い魔力を秘めた人間をクルツに飛ばすよう、それに一人を王宮に飛ばすようにも仕込んでありました。アッシュは凄まじく不満げでしたけどね。」
懐かしそうに姫様が言う、もしかしてアッシュさんって姫様の……
ないな、たぶんない。
「俺と天満が見当違いの方角に飛んだのは?」
「純然たるエラーです、予定人数二人の魔法でしたので。」
まさか異世界に行きたがってるような奴が四人も同じところにいるとは想定してなかったってことだろう、おかげで天満については要らない心配を沢山させられた。
こうしてうまいこと集まって、しかも戦力として換算できる要素が結果的に大きくなったのはよかったというべきだろう、吹雪は割と納得いかないみたいだけど。
「フブキさん、アマミさん。申し訳ありませんでした、いろいろ大変な目にあったようで。」
そう言って姫様は吹雪と天満それぞれに頭を下げた、「いろいろ大変」ではなくて「エロエロ大変」が正しい表現だと思ったけど、そこは突っ込まないでおく。
「いや別にかまわん、確かに大変な目には合ったけど、ハートや英奈さんに会えたこともこいつが手に入ったことも含めて総合的によかったんで。」
吹雪は隣を歩いていたハートや英奈さんの肩を軽くたたいてから、自分の腰に収まっている鋼鉄製の「切れない刀」を示してそう言う、この世界に来た時も持っていた愛用の木刀は英奈さんの母親に預けてきたらしい。
「あたしはむしろよかった要素ばっかりかな、こうやって昊とも一緒になれたし、あっちの世界にいたころより毎日刺激的で楽しいし。」
天満が僕の腕を抱きしめながら言う、如月が何か微妙な顔をした気がした。
「……まぁ、それは何よりですが……」
姫様も微妙な顔で二人の返事に対して言葉を発し、黙り込む。
何か神妙な顔で考え込んでいることを考えると迂闊に話しかけていいものか悩むけれど、吹雪は全く構わずに口を開いた、
「ところで、もう決戦間近だから聞くけどこの戦争が終わったら、みんなはどうするつもりなんだ?」
あまり表情を変えなかったのが僕と姫様とリィレさん、きょとんとした顔をしたのが天満と如月と猫姉妹、もしかしたら僕も驚いた顔をしていたのかもしれないけれど自分の顔は見えないし変わった感じもしなかったから無表情のままだと思う。
考え込むような顔をしたのがハロルドさん、ランス、ネリスさんと英奈さんの四人。
「私は無論のことながら王位を引き継ぎ、それから復興にイグノーとの関係の修復、領主を失った領地の処遇の決定に魔物に対する規則の制定。やることは山積みです。」
「私は今迄通り姫様の補佐だな、元帥になれと言い出す輩も出るかもしれんが、女で平民の娘が元帥など保守的な連中は死んでも認めんだろうし私も嫌だ。」
姫様とリィレさんは当たり前に答える、まぁこの二人にこれ以上の回答を要求するのは酷だし、吹雪も納得してるようだ。
「僕はクルツに移住かな、いろいろ知りたいことも身に着けたい技能もある、それにあそこで暮らすうちにあそこを自分の居場所だと認識しちゃったんだよ。」
「あたしは、もちろん昊と一緒!」
僕の腕に飛びつきながら天満が答える、少し照れくさいけど、天満が一番快適に過ごせるのは多分クルツだろう、外界、特に王国はこれからもしばらく魔物に過ごしやすい環境にはなれないだろう。
(それに、天満とせっかく恋人になったんだからしばらくはイチャイチャしてたいし。)
口には出さなかったけど、こっちの方が何より正直な本心だ、ゆっくりじっくり天満と一緒に交わっていられる時間を満喫していたいと思ってる。
次に口を開いたのはハロルドさんだった、
「僕は……少なくとも父さんから『クルツの正式な自治権承認だけはどんな無理してももぎ取って来い』とは言われてるけど、帰って娘の顔も見に行きたい。けど復興を手伝うのは多分確定かな。」
そう言えば、若いからそうは見えないけど一人子供がいるんだっけ、性別も聞いた覚えはなかったけど、どうやら娘さんらしい。
「私はクルツに帰って、お母さんに事の顛末を詳しく報告ですね、そこからはハロルドさんとよく似た流れになると思います。」
次に口を開いたのはネリスさん、言っていることはハロルドさんとあまり変わらない。
「俺の仕事はとりあえず、これを添削して発行してもらうことまでだ、そのあとはまたクルツの南部開発局統括として必死にお仕事だ、猫姉妹も一緒に。」
ランスが鞄の中から一つ巻物を取り出していった、恐らくあれが今まで地道に書いてきたこの戦争に関する記録なんだろう、どんな風に書いてるのかは知らないけど巻物の大きさを見るになかなか内容は多そうだ。
「ランスさん、文才があったんですか?」
「猫姉妹の父親アレミネル・リージーはクルツ唯一の小説家です、あの人から構文や表現技法は大体習いました。なのであまり問題はありませんね。」
姫様の言葉に対してランスは当たり前のように答える。
「そうですか、よかったら一番最初に私に読ませてくださいね。」
「先約がありますね、猫姉妹が先です。」
「あら………」
楽しそうに姫様とランスが会話していると、クリムとシェンリがほぼ同時にランスの両足を払って宙に浮かせて、そのまま一回転させるように投げ飛ばした。
ランスが地面に落ち、そのまま猫姉妹に引っ張られていく、どうやらほかの女性と楽しそうに会話していたのが気に入らなかったらしい。目だけ笑っていない笑顔を見せていた。
「………」
気を取り直して、
「吹雪はどうするんだ?」
気になったので聞いてみる、すると吹雪は、
「俺はイグノーの、ヘラトナ村に戻って傭兵の仕事だな、ヴィオラを除いて世話になった連中にも礼を言いたいし色々やっておきたいこともある。だから俺はイグノーに帰る。」
「そうか……まぁ…頑張って。」
結果的にヘラトナの魔物の多くに気に入られてしまい非常に面倒な女難を被っていると聞いていたけど、それでもやっぱり暖かい人たちのことは好きなんだな。
そう感心した僕の少し前で、いまだに一人だけ悩んでいる人がいた。
如月だ、彼女だけはまだ何も言わない、言い出していない。
深く考え込んでいて、こちらの会話も全く耳に入ってない様子だ。
「キサラギさん。」
隣を歩いていた姫様が如月の頬に指を突き刺す、そこそこ痛かったようで、如月は姫様に対して一瞬だけ怒った顔を向けてすぐ相手に気付き普通の顔にする。そして
「どうかされましたか?」
と平然を装って聞いて見せた、明らかに何か無理をしている。
「この戦争が終わったら、どうなさるおつもりです?」
「え……えっと、ご迷惑でないなら姫様のお手伝いをしたいな……とは思ってます。」
「それはもちろん迷惑でなどありませんよ、信頼できる方が近くにいてくれた方が助かりますし安心できます。」
あっさり言い切る。
「そっか、じゃあこの戦争が終わったらしばらくはお別れなんだね。」
「そうなるな、けど別に会えないくらい遠くに行くわけでもなし、その気になれば会いに行くくらい………数日かかるけどどうにかできるだろ?」
「……うん、そうだね。」
「あはは、まぁ会える状態なのか分かんないけどね。」
最後に冗談めかして天満が締める、確かにこの戦争、勝てなかったら死んでる可能性の方がずっと高いんだから言ってることに間違いはない。勝手も死んでる可能性だって、一応あるんだ。
「絶対に、生きてまたこんなつまらない話をしよう。」
「当たり前だ。」「死ぬつもりなど毛頭ありません。」「努力はします。」
僕の言葉に、みんなが口々に言葉を返してくれる。
そうやって、僕は僕が本当に手に入れたかったものを手に入れたことを実感した。
だからこそ、僕はここから先もこの宝物を守るために最善を尽くす。
僕たちはこの世界で生きることを決めたのだから。
しばらく進軍して、そして休み。それを繰り返して効率よく進軍速度を維持する。
戦慣れした人間が少ない割に、王女軍の進行はこの手法で非常に速く進んでいた。
しばらく進み日が傾いたところで、前方に町が見えてきた、あちこちで火事が発生しているのか煙が上がり、そして何かが宙を舞っている。
「あれが、目的地のフィロスです、どうやら交戦中のようですね。」
数百メートル単位の距離の離れた町を確認し、姫様が冷静に言う。
「これより我々はフィロスに突入! レジスタンス軍を支援します、体の動く方はついてきてください!」
その声とともに、僕たちはまた戦場に殴りこんだ。
激しい戦いの、幕開けになった。
12/02/22 21:06更新 / なるつき
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