連載小説
[TOP][目次]
ルビーが語る 「女帝マナ」(バトル)
今度は私か。
別に待ってなどいなかったぞ、むしろ来てほしくなかったくらいだ。
人の家に来ておいてすぐさま逃げようとするとは失礼だな、ロイド扉をふさげ。……よしよくやった。
そう怯えるものではない、座れ。座らねば足を折って無理やり座らせる。
聞きたいのだろう、話をしてやろう、とっておきの話をな。
これは十八年前、私の母様と父様の命日の話だ。
かつてのマリアと並び王国最強を誇った赤いドラゴン、私の母上であった女帝の異名を持つ彼女が、夫を人質にとられて卑怯な人間どもに殺される話だ。


当時の私たち家族はある山岳地帯で暮らしていた。
人の寄りつかぬ山奥に簡素な家を建てて、そこで狩猟生活。
狩りの方法を身につけた私は、両親の許可を得て毎日飛行練習もかねて近くの森で狩りを行っていた。その日も私は鹿を一頭とらえ、家に帰った。
騒ぐ鹿を首をねじって殺してから、獲物を玄関に置いて
「ただいま帰りました」
とあいさつする。
とりあえず奥に進むと、
「………お帰り、ルビー。」
母様が、エルガマナディア(略称マナ)が不機嫌そうに出迎えてくださった。
どうやら、また父上と何かあったらしい。
王国軍からは女帝と言われ恐れられた彼女と、妻を全く恐れぬ画家であるその夫の出会いは極めて奇妙なものだったと聞いている。

さっきも言った通り父様は画家で、全身全霊を込めて描き上げることのできる至上の題材を求めて王国各地を旅していたところ、母様の話を聞きつけたのだそうだ。
最強の魔物の一種であり極めて美しいと言われるドラゴン。
それに会いたいと思った父様は母様が暮らすその山へ分け入り、ごくまれに出没すると言われた沢のほとりで何日か待ち続けた。
そして出会った母様の美しさに一目ぼれした父様は母様に向かい「あなたほど美しい人には出会ったことがありません! どうか僕と一緒になってください!」とプロポーズしたらしい。
母様は驚く以上に呆れた、そんな命知らずを言い出す馬鹿に初めて会ったからだ。
そして母様はとりあえずまず蹴った、死なない程度にかなり手加減して。
それでも宙を舞った父様は起き上がるとまた求婚した。
今度は殴ったらしい、沢に向けて飛ばしたんだそうだ。
父様はそれでもあきらめず、沢から上がるとまたすぐに求婚した。
今度は爪を使って脅したが、男は動じなかった。
あらゆる手段をもってしてもその男を動かすことができないと知った母様はその父様の精神的な強さに感服して、自ら妻になることを申し出たらしい。

こんなバカげた馴れ初めの二人だが、夫婦仲は良かった。
しかし父様はどこか変わった人で、毎朝母様の寝顔をスケッチしていた。
そのスケッチが気に入らないといつまでもやり続けて、母様が起きて夫と性的な意味で寝ようとしても無視し続ける始末。
それが原因で、たまに機嫌を悪くしてしまうのだ。
母様曰く「その絵に向けた情熱をすべて私に向けさせたい」だそうだ。
「食事にしましょう、父様は?」
「マナ、やっと書き終わったよ」
「遅い!!」
壁が吹っ飛びそうな大音量で母様が父様を怒鳴りつける。
どうやら今日も朝からスケッチにご執心だったらしい。

調理が終わると食事の時間だった、私たちの食事は基本的に狩りで得られた肉に、自家製のパンなどが主体、野菜の量は今に比べれば少ない。
しかし食事の真っ最中に、家が攻撃を受けた。
屋根が崩れ、材木が降ってくる。
母様はそれを尻尾の風圧だけで飛ばして父様を守り、私はテーブルを利用して身を守る。
「無粋な……」
舌打ち交じりに母様はそういうと、父様を抱きしめて飛翔した。
私もすぐに後に続き、家だった瓦礫の山の上空で止まる。
家の周りには、三百近い騎士や兵士と、それに三基の投石器があった。
「人に害をなす恐ろしき魔物め! 神の名において断罪してくれよう!!」
片腹痛い、母様は一度も自分から人間に襲いかかったことはなく、寄ってくる人間たちを叩きのめしていただけだった。むしろ、母様がここにいることを利用して地方貴族が略奪をしていただけだろう。
母様はひとっ飛びして父様を少し離れた高台においてくると、迷わず騎士の集団に向かって急降下した。翼で一気に減速しながら逃げ遅れた男一人の顔面を足場に別方向に跳び、とんだ先の男から槍を奪う。
しかし母様は槍など使えない、力が強すぎて槍の方が根を上げてしまう。
驚くべきはその利用法にあった。
槍を突き刺して六人の体を貫くと、そのまま人間団子状態の槍を振り回す。
そんなもの見せられて、騎士たちが戦意を保っていることは非常に難しい。
すぐに騎士たちの多くが腰が引け、戦線を離脱するものまで出始める。
それすら許さず、母様は槍を扱って敵たちを叩きのめす。
迂闊に攻撃すれば味方に当たる、だから騎士たちも攻撃できない。
「どうしたどうした! 貴様ら騎士は逃げるしか能がないのか!」
「ぎゃぁああ」「ぐげっがべっ」「ひぃいいいい」「もあ゙あああああ」「助けてくれぇ!」「やめぇえええ」
阿鼻叫喚の光景は、人の重さや母様の力に耐えきれず槍が折れたことで終わる。
しかしもはや暴力的と言える圧倒的な戦力の差を見せつけられておきながら、それでも勝てるという自信が保っていられるのならそいつはただのバカだ。
上空から見守っていても、私が加勢するなど全くあり得ないと言い切れる。
「どうした! 人の家を壊しておいて貴様らはその程度か!」
逃げ回る騎士たちを叩きのめしながら、母様は怒鳴る。
しかし指揮官の男は不敵な笑みを浮かべると、
「女帝マナ、貴様の天下はこれまでだ、あれを見ろ!!」
男が指差したのは、父様を避難させていた高台だった。
そこに、数人の兵士たちによって捕えられた父様がいた。
「あの上に貴様が夫を避難させることは知っていた、だから下に兵を配置しておいていくとすぐに夫のところに向かわせたのよ!」
「むぅ……」
母様が困った顔をする。
私が父様を助けに行こうとすると、
「おっと下手な真似をするなよ仔龍、貴様らのどちらかが動けば男は崖から突き落とす。」
そう指揮官が釘を刺した。
「……何が狙いだ?」
「貴様が大人しく我々に討伐されれば、夫は生かしておいてやろう。」
そう言った男の指示で、大弩、つまるところのバリスタと呼ばれる兵器が母様に三門向けられる。普通遅すぎて母様にはどう頑張っても当たらない兵器だが、母様が止まっているのなら当たるだろう。
「さぁ、撃て!!」
バリスタが発射されて、母様の腹と右足と脇腹を貫く。
「がはっ! ぐぁっ!」
母様が痛みにうめく姿を見るのは、私の人生それが最初で最後だった。
見るからに致命傷だった、いくら生命力に優れたドラゴンであっても、体の三か所に重大な損傷を受ければ再生が追い付かずやがて死滅してしまう。
男もそれをわかっているのだろう、満足した笑みを浮かべると、
「さてと、望み通り夫を開放してやろう、『この世から』な。」
指揮官の合図とともに、父様が崖から突き落とされる。
私は大急ぎで救助に向かった、ギリギリ直進すれば間に合うはずだったが、
「うぐっ!」
上から下から降り注いできた矢が、私の体のあちこちを貫いた。
特に羽の一部を損傷した傷が大きく、飛行制御ができなくなった私はその勢いのまま岩壁に体当たりをする形になり、そのまま父様と並んで落下していく。
グヂャ ズダァン!
体が無駄に頑丈なドラゴンの私はともかく、肉体的にはただの人間だった父様が落下の衝撃に耐えられるはずもなく、父様の体は奇妙に折れ曲がり、頭に至っては粉砕してしまっていた。
母様が信じられない速度で飛んでくる、体を数本の槍に貫かれたままで。
そして傷だらけの私と、冷たくなった父様を見ると、
「……ルビー? 生きてる?」
弱弱しい声で私に訊ねてきた。
「生きています、どうにか。」
「そう、よかった、見ての通り私はもうダメよ。」
「……わかっています。」
ここで私たち家族の幸せな生活は終わりだということは幼かった私にも簡単に理解できた。そして二人が私を置いて逝ってしまうことも。
「さて、」
母様は振り返ると、近づいてきていた兵士たちに向けて怒声を放つ。
「私の宝をこうしてくれた罰だ! 楽に死ねると思うなよ!!」
それと同時に、母様は龍の姿へと、旧魔王の時代にあった伝説の中に今も確かに生きる「地上の王者」の姿へと変身した。
驚愕する眼前の兵士たちに向かい、左腕が無慈悲に振り下ろされる。
地面を砕き、目にもとまらぬ速さで突っ込んだその爪が、三人の兵士を一瞬で躯に変える。口を開き、そしてそこから赤く熱を帯びた風が生まれる。
風が通り過ぎていくと、通過点にあったものはすべて炭と灰に変わる。
尻尾が振り回されれば、長さ五メートルほどの扇状に物が消し飛ぶ。
「戦え! 相手は手負いだ何を恐れることがある! ここを凌げば我らは英雄だぞ!!」
兵士たちは必死に応戦するが、その姿になったドラゴンは全身が剣を通さぬ鋼
よりも堅い鱗に覆われる。どんなに努力しようと、そんなものではドラゴンを殺せはしない。
怒りに任せて、母様は進軍して蹂躙する。手負いであろうと、もう長くない命であろうと、母様は私たちのために必死で戦った。
やがて前線が壊滅すると、敵の取った行動は二つに分かれた。
必死で、自暴自棄になって応戦するか、逃げるか。
母様はまず応戦してくる者たちに対して戦闘を始めた、敵を踏み潰し、剣をへし折り、尻尾でなぎ倒して残らず地獄に突き落とす。
向かってくる敵をすべて叩きのめすと、今度は逃げる敵を追い始めた。
空中から強襲し、大木すらなぎ倒して敵を殺して、次の敵をまた殺す。
そして母様はもう一度戻ってきた、私たちのところに。
変身を解き元の姿に戻ると、父様の遺体の上に覆いかぶさるように倒れこむ。
「ルビー、どこ?」
「ここにいます。」
どうやらもう、目が見えていないようだった。
体の三か所を貫かれた傷は異常ともいえるほど大きく、よくこれであれだけ戦えていたものだと思いもしたが、しかしそれ以上に重要なことがある。
「遺言になりますがよく聞きなさい、私は夫に会えて、そして生まれてきたばかりのあなたに会えてとても幸せでした、どうかあなたも生涯の伴侶に会って、私にとってのあなたたちような……」
母様は一瞬だけ言葉を詰まらせると、
「最高の家族を作れることを願っています」
「……はい。」
溢れてくる涙を止められず、私はそこでしばらく泣いた。


流す涙も枯れ果てたころ、私は母様と父様を抱き合うような姿勢で穴に埋め、そこを二人の墓にした。そして行く当てもない旅の末クルツにたどり着き、クロや、この町で生きている人々に出会ったわけだ。
今では私も愛する男との間に子供ができるのを待つ身だ。
次はどこに行くんだ? ランスのところ?
奴は純粋なクルツ生まれの中心だから、まぁいい話が聞けるんじゃないか?
そうだ私が送ってやろう、何遠慮をするな。
では、行って来い。
ゴギャッ!



11/07/18 06:51更新 / なるつき
戻る 次へ

■作者メッセージ
エルビティステア(ルビー)
ローディアナ王国ロアン山脈生まれ 魔物:ドラゴン 職業:教師
現状のクルツ自治領最強(のはず)であるドラゴン、元勇者ロイドを夫に持ちその夫に対しての愛情と、夫に色目を使う女への嫉妬心はかなり強い。
素直にならないが夫に触れることや褒められることは大好き。

エルガマナディア(マナ)
出生不明(曰く「どうでもいいから覚えてない」) 魔物:ドラゴン 職業:なし
かつて王国でマリアと並び最強を誇ったドラゴン、その圧倒的な強さゆえに伝説とすら言われ、夫を人質に取られなければ今も健在であったことは容易に想像できる。レベル換算人・45 竜・60
ルビー以上の独占欲の持ち主、夫至上主義者。

なんだかマリアにしてもマナにしても悪役のすることがすごくベタな気がします。まぁ常套手段で結構有効だからこそベタにもなるんでしょうし敵対性のある相手なら潰せるときに確実に潰しておくことは戦略の基本ともいえるでしょうからと目を瞑ってあげてください。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33