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第八話 如月と王様
離宮で私がすごすようになってから三日が経ち、二人に連れられて見学に行く場所もなくなってきた日の昼のことだった。
「やぁっ!」
「ふん。」
勢いに任せた私の左手の突きをリィレさんは長剣で軽々と受け止める。
「ふっ!」
「んっ!」
逆にリィレさんが剣を振り下ろしてくる場合になると、私は両手を使ってやっと彼女の一太刀をどうにか受け止めることができる程度という実力の差を見せつけられる。
私は暇な時間はリィレさんに鍛えてもらっている、どうやら二人は私を王国軍の近衛騎士団としてこの離宮に置くつもりらしい。与えられたのは二本の細い片刃ナイフで、リィレさんに仕込んでもらった技術は双剣を用いた対多数用の近接戦闘だ。
もともと近衛騎士団は上級貴族の子弟だけがなれる名誉職だったけど、フローゼンス王がそれでは近衛騎士の実力が育たないからと出自に関係なくどんな階級の人でも目に留まれば職に就いてもらえるようにした。だから、離宮に本来いるはずのない私がいる理由としては一番近衛騎士であるからという理由がもっともらしい。
ほかにも主に農民階級に対して減税を施したり市民階級のための福祉を充実させる政策を採ったりと、アリアン姫のお父様はとてもいい王様のようだ。
そのため民衆からは支持されていたけれど、王国貴族たちの腐敗を解決するための政策に出ようとしたところ貴族たちの猛反対を受け、結果としてこの離宮に軟禁されている。
アリアン姫は「憂慮すべき事態です」なんて言っていた、それは事実だと思う。
そのアリアン姫はどこかにお出かけ、リィレさんが一緒じゃないってことは特別な事情があるんだろうけれど、どこに行ったのかは教えてくれない。
リィレさんに蹴り倒されて、組手が終わる。
「少しは腕を上げたが、まだまだだ。」
「ですよね、もう一回お願いします。」
「ならん、姫が戻ってきたからな。」
そう言ってリィレさんは中庭の出入り口に向かって顔を向ける。
そこには咲き誇らんばかりの笑顔をした姫がいた。
「キサラギさん、会って欲しい方がいるんです。」
そう言って姫様は私の腕をつかむとぐいぐい引っ張る。
それに任されるまま、私は離宮の行ったことのない区画に連れてこられる。
明らかに雰囲気が違う。
何が違うって、空気の重さが全然違う。
今まで私が自由に行動していた区画はほとんどアリアン姫の自由にできる区画だったんだろう、どこか穏やかな感じのする場所が多かった。
けれどここは違う、冷たく重厚な、それこそ厳格な寺院のような重々しい空気。
「ふむ……ここに来るということはいよいよですか。」
「はい、いよいよです。」
リィレさんは姫様と何やら会話しているけれど、私にはそれが何か解らない。
「ここです。」
辿り着いたのは一つの扉の前。
姫様はドアをノックしながら、
「お父様、キサラギさんをお連れしました。」
と言った。
お父様? えっとあれ? 姫様がお父様って呼ぶっていうことは、もしかして私が今から会う人って……この国の王様?
手に汗がにじんでくる、顔からも冷や汗が湧いてきた。
そんな私の緊張ぶりを見たリィレさんが
「あまり固くなるな、できる限り私たちもフォローする。」
と言ってくれた。
『よく来ましたね、開いているから入ってください。』
丁寧な、それでいてどこかのんびりした感じの声が中から聞こえてくる。
言われたとおりアリアン姫が扉を開くと、そこにはアリアン姫と同じ金髪と赤い瞳をした、穏やかそうな男性と、真剣を思わせる雰囲気のリィレさんと同じ髪色の男性がチェスをしていた。
「チェックメイト、これで三十と七連敗ですよ陛下。」
青髪の男性が落ち着いて言い放つ。
「いやはや、やはりグラハムに戦略では勝てませんね。」
「……あくまで駒が対等ならの場合ですがね。」
皮肉めいた口調でグラハムと呼ばれた男性が答える。
「……またお二人で遊んで……父上も父上ですが陛下もそんなに暇なら体を鍛えたらいかがですか?」
「嫌ですよ、僕は肉体労働派じゃありませんので。」
リィレさんの言葉に王様は笑って答える。
王様は私のことを一瞬だけ見ると、アリアン姫に視線を戻す。
「アリアン、彼女が異世界から来た女の子ですか?」
ゆったりとした雰囲気の王様はそう訊ねた。
「はい、異世界から来たキサラギさんです。」
「そうですか……」
王様は椅子から立ち上がるとこちらに歩いてくる。
「……申し訳ありませんでした。」
目の前で止まったかと思いきや、王様はいきなり私に向かって頭を下げた。
「僕のようなふがいない男が王だったばかりに、あなたにひどく苦労を掛けてしまっています、そしてまだ、あなたに迷惑をかけ続けることでしょう……」
王様にそんなことを言われてしまって、私は混乱した。リィレさんや姫様から聞いた王様はとても立派な方だったのに、目の前にいるこの人は年下の少女に深々と頭を下げている。どちらが本物なんだろう。
「……お気になさらないでください、私、ここに来られて嬉しいんです。」
王様が顔を上げる、その目には明らかな疑問が浮かんでいる。
「……私の両親は、兄にしか興味がなかったんです、私がどんなに頑張って兄を追い抜こうとしても親は私のことを見てくれませんでした。」
実際に何度か兄を追い抜いていたのに、それでも親は私のことは見向きもしなかった。
お金だけ与えてそれで終わり、いつも私は一人だけ。
誰も私のことを見てくれないと知った日から、私は努力するのをやめた。
ただあるがままを受け入れるだけ、努力はしない。
そんな日々を過ごしているうちに皆に会った。
そのころにはもうあの三人は三人一緒に行動していて、クラスで孤立していた私を半ば引きずるように因幡君が連行したところから交流が始まったんだったと思う。
それでもあの世界を受け入れられなくて、皆と一緒にこっちの世界に逃げてきた。
「こっちに逃げてきて、二人に会って、居場所が手に入った気がしたんです。」
姫様もリィレさんも私のことを受け入れてくれた。
だから、手に入れた居場所を守るために二人に協力したい。
「どうやら、覚悟があるようですね。」
王様はため息をつきながらそう言った。
グラハムさんがチェス盤を持ち上げると、その下には書類が隠されている。
「ケインからの報告がありました。」
「本当ですか!?」
書類を取った王様の言葉に、アリアン姫が嬉しそうに反応する。
「ケイン?」
「近衛騎士団の一人……私とは畑違いの人間だが大変有能な男だ。」
「どんなふうに?」
「情報収集・情報操作など、影の仕事の専門家だ。正面から戦えば九割以上の確率で私が勝つが、ルール無用の殺し合いになれば奴はこの国の人間の中で最強だろう。」
「ケインが本名なのかも誰も知りませんね。」
それはそうかもしれない、裏方が本名で仕事をしていたらいざという時に足がついてしまって不便だとは私も思う。
「報告の内容は?」
グラハムさんがその質問をすると一瞬で場の空気が重々しくなる。
「……市民階層でレジスタンスの編成が始まっているようです、それと同様に貴族たちも戦の用意でもするように武具を補充している、兵士たちに呼びかけられた通達があった……つまりついに強硬手段に出る準備が整ってしまったと記述されています。」
それってかなりまずいんじゃないですか?
そう私が口を開こうとした瞬間、
「ケインに任せてある仕事はどうなったのですか?」
姫様が私より一瞬だけ早く口を開いた。
「……成果は上々のようです、貴族の隠蔽し続けてきた事実を素直に受け入れたレジスタンスが貴族の動きを察知できるようにしてくれています。何より護民派の兵士たちがレジスタンスに協力したことも大きいです。」
一体ケインさんは何を任されていたんだろう。
「二重革命なんて滅茶苦茶な策、普通練りませんね。だからこそ勝算があるわけですが。」
「二重革命?」
「そうだ、貴族たちが王族に向けて形だけの反乱を起こすのと同時に、レジスタンスによって貴族たちに向けた反乱を起こさせる。」
グラハムさんが重々しく述べた。
「混乱に乗じてアリアン・リィレ・キサラギさんは三人で先行して脱出、その後僕とグラハムはレジスタンスを全軍脱出させたのち、後を追います。」
王様は作戦の大まかな概要を話してくれた。
けれどこの作戦は、王様とグラハムさんに危険が及ぶんじゃないだろうか。
それにレジスタンスを脱出させるといっても、一体どこに脱出させるんだろう。
「最大の山場が最初の一コマ、王城からの脱出になります。」
私の心配をよそに、王様自ら作戦の手順を説明してくれる。
「反乱が始まってすぐ王城は貴族に包囲されるでしょう、隠し通路なんて便利なものが存在しているという報告もありません、なので手薄であると予想される南東門から強行突破という形になります、近衛騎士団皆の力量にかかっていますが……くれぐれも無理はしないように。」
王様はそう言って、書類をめくる。
「脱出後、僕たちはレジスタンス保養予定地へ、アリアンたちは僕たちとは別行動して南西クルツ自治領付近まで逃げてもらいます、あそこなら、王国軍も迂闊に近寄れないはずです。」
「庇護は期待できないが……それが確実でしょうな。」
「どうでしょう……クルツにはロイドやアイリがいるはずです……運よく彼らと接触できれば」
「不可能と考えた方がいいでしょう、門を守るのはあの『百人組のマリア』です。彼女が王国に抱く憎悪は深い、王族を通すとは思えません。」
「ひゃくにんぐみのマリア?」
全然わからないその謎の言葉に疑問を覚えた私に向かって、みんなの視線が集中する。
「……かつて王国で最強と言われた魔物です、襲撃した百人を超える騎士軍団を壊滅させ、勇者たちですら歯が立たず、二十六年前に王国魔術師団三十名が全出動して返り討ちに会いました。」
「しかしその時王国軍は彼女の夫を殺している、恨まれて当然だな。」
それはまた……王国のやってきたことがここになって災いを招くとは。
「……責任転嫁をするわけではないですが。クルツの出現によって、貴族の専横がさらに目立つようになったのも事実です、それまでと違い魔物がどこにいるかわからず一応警備はしなくてはいけなかったものを、魔物がクルツに集まったおかげで警戒の必要は消えましたから。」
「クルツに批評は今はどうでもいいです、それより、作戦はいつ決行なんです?」
「反乱があればすぐにでも。……予想される限り早くてあと二日でしょうか。」
王様は冷静に答える。


私たちは部屋に戻った。
けれど、私の胸の中にはいろいろモヤモヤがあった。
レジスタンスが本当に私たちの予定していたように動いてくれるんだろうか。
もしかしたら私たちのことを敵だと判断して殺そうとするんじゃないだろうか。それにレジスタンスがもし逃げられなかったらどうなるんだろう、やっぱり処刑されてしまうんだろうか。
王都から脱出してからのこともいろいろと心配だった。
無事に逃げられるのか、王様とグラハムさんは大丈夫なんだろうか、それに王都から逃げることがもし成功したとしても、そのあと一体どうするつもりなんだろうか。
一番気がかりだったのは友達のことだった。
協力してくれるはずだったのに、気づいたら私の方がこんな大事に巻き込まれてしまっている、もしかしたら昊君たちもこの大騒ぎに巻き込まれてしまっているんじゃないだろうかと、そのことが一番不安だった。
姫様は書類を長いこと眺めていたかと思ったら、不意にわたしのほうに歩いてきた。
「キサラギさん、これ見てください。」
そう言って姫様が私に示したのは、一枚の地図だった。
王都から、三本の直線が伸びている。
「……これは?」
「キサラギさんのお友達が飛んで行ったおおよその方角です、北西イグノー王国方面に一人、南西クルツ自治領方面に一人、そして北北東イグノー王国方面に一人です。ケインがあちこち駆けずり回って調べてくれました。」
まさか、ケインさんがそんなことをしていたとは思わなかった。
「どうしてですか?」
「あら? お手伝いすると言いましたよね?」
姫様は当たり前のような表情で答えてくれる。
たぶんケインさんが自分から探してくれたんじゃなく姫様がケインさんに頼み込んでくれたんだろう、いつそんなことをしていたのかまでは分からないけれど、やっぱり姫様はどこか隙がない。
「王都を出たら、とりあえず南西に跳んだ人のことを探してみましょう、ちょうど方角が一致するから粘り強く探せば見つけられるかもしれません。」
南西に跳んだのは誰だろう、あのときは方角とかも全然わからなかったし三人ともばらばらの方角に跳んで行ってしまったから誰がどこにいるのかもさっぱりわからないのが事実だ。
「探知魔法でもあればそれに越したことはないけれど、私もそのあたりは分野外ですからね……」
姫様は残念そうな顔で言う。
「これだけご迷惑をかけてしまっているんだから、私たちも何かキサラギさんに恩返しをしたいんですけれど……できることがこの程度しかなくて……」
「いえ、十分です。」
姫様たちだって苦しい状況、甘えたことは言っていられない。
「それより、計画は大丈夫なんですか?」
「八割方大丈夫ではなかろう。」
様子を静観していたリィレさんが冷静に答える。
「……どういうことです?」
「我々の味方勢力は多く見積もっても千、それに対し貴族側に付く勢力は少なくとも四千、いかに我々近衛騎士団が強かろうが、圧倒的な数の差までは覆しようがない。それにレジスタンスなどと言っても所詮武装した民、戦力はたかが知れているどころか、我々が守る必要すらある。」
「勝ち目は最初から薄いんです。皆が生きて脱出するなど土台無理でしょうね。」
冷静に姫様は言い切る。
「……本当に、皆が生きて脱出するなんて無理なんです……だから、覚悟は決めてます……」
目に決意とそして不安をともしながら、姫様は言った。
大きなうねりが私を飲み込んでいく音が、気づけば耳元に迫っていた。




11/07/10 20:21更新 / なるつき
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■作者メッセージ
王国近衛騎士団
王城階層離宮にいる王国騎士団の精鋭部隊。
現在のメンバーは顧問役のグラハムを含めて五人(如月含め六)である。

王国軍勢力分布
騎士団 全1000 うち護民派200 兵団 全3000 うち護民派700
教会騎士団 全1000 うち護民派100 貴族私兵 全500

如月編人間ばっかりでごめんなさい……
そして彼女らの誰も魔物にする予定なくてごめんなさい……

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