連載小説
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第七話 吹雪とヘラトナの住民たち
朝起きると、俺が着ている服が制服であることに疑問を覚える。
少し考えて周囲を見回してみるが、俺の見知らぬ風景ばかりがそこに広がっている。
考えること数秒、そして俺は昨日の出来事を徐々に思い出してくる。
俺は友達三人と一緒に異世界に来る魔法を発動させて、そしてこの世界を訪れた、しかし一緒に魔法を使った仲間三人とははぐれてしまい、現在俺はこの家の家主である魔物、サラマンダーのハートに部屋を借りている。
確か今日は彼女がお世話になっているふもとの村の人々にあいさつしに行く日だったはずだ。
とりあえず、朝食を摂ることにしよう。
そこそこ広い家を適当に歩きまわり、十分ほどでリビングにたどり着く。
台所の中を(無論無断で)調べてみるが、食器は見当たっても食材は見当たらない。
どうしたものかと考えていると、俺が目をそらしながらつけたせいでところどころずれた下着姿のままハートもリビングに入ってきた。結局その恰好のまま寝たんだな。
「ん〜……あ〜〜〜……誰?」
どうやらまだ目が覚めてほんのちょっとしか経っていないらしく、寝ぼけ眼のままハートは俺に向かって質問してくる。眠そうに眼をこすって、ふるふると頭を振って、それでもまだ若干眠そうな表情で俺を見据えて、
「ああフブキ、おはよ……」
それだけ言ってハートはリビングから出ていく。
「おはよう。」
とりあえず俺も挨拶を返しておいた。
低血圧で寝起きがよくないのか? なんかちょっと可愛いとも感じた俺は変なのかな。
数分して、ハートが戻ってくる。顔を洗ったらしく表情はさっきよりいくらかすっきりとしていて、髪形も整えられている。
あとで洗面所のある場所教えてもらって俺も身だしなみを整えよう。
とか思いながら、俺はその前にすることを思い出す。
「なぁ、食い物はどこにあるんだ?」
とりあえず俺は一日三食とらなくては気が済まないタイプの人間だから、朝飯をまず食わないことには一日が始まらない。
「あぁ、シイナ様のところでついでに食わせてもらえばいいかなって。」
「シイナ様?」
なんだか日本人のような名前だが、一体誰なんだろう。
「麓の町の町長、二百年近く昔はジパングで偉い人やってたんだって言ってたな、三百年以上も生きてる妖狐のお姉さんだよ。」
麓の村の村長も魔物なのか、しかもジパングって確か昔の西洋人から見た日本の呼び名だったよな? どういうことだ?
とりあえずその疑問は後回しにすることにして、とりあえず洗面所の場所を教えてもらい、出立の準備をすることにした。


家を出て三十分ほど経過。
麓の村がすぐそばまで来たところで、俺たちは青色の肌をして目が一つしかない女性に出くわした。作業服のような色気のない服に身を包む彼女もこちらに気づいたようだ。
「あれ、パイじゃないか、何してるんだ?」
「……鉱石…探し……たまに……いいものがある。」
パイと呼ばれたおそらく魔物の女性は、ハートに声をかけられるとぼそぼそと小さな声で必要最低限の返事だけをした。
「紹介するよ、異世界人のフブキだ。フブキ、こいつはパイって言って、麓の村で鍛冶屋をしてるサイクロプスだ。」
サイクロプス……もっと大きいものだと思ってたけど、そうか人間の男が必要ならサイズもそっちに合わせたほうが都合がいいか。サイズが違っても性行できるなんて漫画の中の話だよな。
「よろしく。」
握手を求めて手を出した瞬間、パイは俺の手首をつかんで捻る。
そのまま大きな一つ目で俺の手の平をじっくり眺めてから、今度は手の甲を観察し始める。
「……面白い。」
何が面白いのやら。
「その手に合った獲物を作る……一週間したら取りに来て……」
そう言い残してパイは山を歩き去っていく。
なんだかちょっと上機嫌そうに見えるのは気のせいなんだろうか。
「気に入られたな、剣の代金に性行しろって言われるかもしれないぞ。」
「なんだそりゃ……」
「サイクロプスってのは大体そうなんだよ、無口で人と関わりを持たずに、最低限のコミュニケーションで済ませるやつばっかり。」
こいつもそうだが魔物娘は大概個性派なのか?
ひょっとしたらまた襲われる危険とかあるのかねぇ……
パイの後を追うように俺たちも麓の村に入る。
「シイナ様のお屋敷はこっちだ、まずシイナ様のところに言ってから、それからほかの皆にあいさつしたほうがいい、私も『シイナ派』だし。」
「シイナ派?」
また聞きなれない言葉が出てきた。
「この町の魔物は二手に分かれるんだよ、って言っても行事のたびに何かにつけて張り合ってるだけでいつもは例外除きみんな仲良いんだけど……」
「それが『シイナ派』と、もう一つは?」
「『ヴィオラ派』だな、ヴィオラはこの町のサバトの親玉だ。」
サバト……また俺のよく知らない単語が出てきたな。
本当に飽きるくらいいろいろこの世界に対する知識が欠如してる。
ハートも俺が異世界の人間だってことを忘れてるのかそれともただ単に説明できなくて余計混乱させるだけだから何も言わないのか、本当に簡単なこと以外は一つも説明してくれないし。
大通りを通っているときに気づいた。村だと思っていたが、意外に大きな町だったようだ。
「あれは何だ?」
広場に出て、あるものに気づく。
ヤギの角を生やした、昨日のハートの下着とどっこいかそれ以上に破廉恥な格好をした幼い少女と数人の幼い少女たちが何やら声を張り上げて宣伝をして、チラシを配っている。
日本ならまず間違いなく児童ポルノ法で逮捕されるよな、あの恰好。
「あ……ヴィオラ……」
「あれが? どいつ?」
「真ん中の角生やしてるやつ、バフォメットっていう上位の魔物だよ。」
あんな子供がこの町の魔物の半分を取り仕切るリーダー?
とてもそんな風には見えない、ただの生意気そうな小中学生程度の見た目だ。
「まだ子供だな、あれが本当にリーダーなのか?」
「……バフォメットは見た目あれ以上年を取らないんだよ、サバトの教義は『ロリの魅力と背徳を何より愛する』だからあれでいいんだ、サバト所属の女はみんなああだぞ。」
ロリコンのための集団か、本当に活動を維持できるほどの需要があるんだろうか。綺麗なお姉さんの方がタイプの俺には理解しがたい。
「こっちに気づいてないみたいだし、さっさと行こう絡まれると面倒なんだよあいつ。」
何か前に嫌なことでもあったんだろうか、ハートはそんな風に言うと気づかれないように足早に立ち去っていく。
しばらく歩いていくと、前のほうに大きな屋敷が見えてきた。
和風の屋敷で、おそらくあれがシイナ様のお屋敷なんだと予想できた。
ハートは門の前に立つと、勝手に門を開けて中に入る。
俺も仕方なく後に続く。
「いらっしゃいませ、お早いご到着で。」
真っ黒に染めた巫女装束のような恰好をして、銀色の髪と狐の耳を持ち、三本の尻尾を生やした若い女性が俺たちを出迎えてくれた。
結構タイプだ、ハートと違う魅力がある。
「この人がシイナ様か?」
「いんや、これは娘のエナだ、シイナ様は尻尾七本あるし。」
「因幡吹雪と申します、よろしく。」
「英奈と申します、こう書いて英奈ですよ。」
英奈と名乗った女性は狐火で自分の名前を映してみせる。
とりあえず握手を求めるが、英奈さんはにこにこと笑顔を見せるだけで何の反応もしない、握手拒否ということなのだろうか。
俺の不満顔を無視して英奈さんは廊下を歩いていく、どうやら本気で握手拒否をし続けるつもりらしい。
長い廊下を進み、行きついた突き当りの障子を英奈さんが開く。
「よく来た、異邦の旅人よ。」
そう言って俺を招き入れたのは、着物を着崩した、英奈さんより少し年上にしか見えない絶世の美女だった。はっきり言って反則的なくらいにきれいすぎて俺はその人を表現する手段を思い浮かばないほどだ。
英奈さんと同じ銀色の髪、着崩した服のあちこちから除く透き通るような白い肌、見つめられたらそれだけで息子が起ってしまいそうな、鋭い吊り目から向けられる妖艶な視線。
そして彼女を彩るためにあるかのような銀色の七本の尻尾と、狐耳。
「儂がこのヘラトナの町長、妖狐の椎奈じゃ。」
椎奈さんが細く艶めかしい指を立てると、その先端から出た炎が『椎奈』という文字を示す。
「……初めまして、俺は」
「知っておる、因幡吹雪じゃろう、娘に名乗ったのが聞こえておったわ。」
どれだけ耳がいいんだろう。
「昨日はお盛んだったようじゃな、ハートと楽しんだのじゃろう?」
「ぶっ!!」
いきなりすぎる発言に思わず吹き出してしまう。
「あれだけ派手に照らしておいて、しらばっくれはせんじゃろうな?」
煌々と照らしていたハートの尻尾の炎はこの屋敷から見えていたらしい。
「そりゃ言い訳はしませんが……」
「お母様、セクハラはおやめになった方がいいですよ、お二人が困っています。」
いつの間にか椎奈様の隣に立っていた英奈さんが、母親を諌める。
「良いではないか。」
とても美しい笑顔で椎奈様は言い返す。
「サラマンダーの中には美意識の欠片もない、ゴチゴチの筋肉ダルマと結ばれるやつも少なからずおるのにこの好青年と結ばれたのじゃ、祝福ついでにからかっても罰は当たらん。」
そういや、最高の戦いを提供した相手に惚れるってことは容姿問わないってことだもんなぁ、たしかにハートもそんなガチムチ男と結ばれる可能性だってあったわけか。
なんかちょっとその光景を想像してイラっときた。
別段俺は自分の見た目がそれほどいいと思ったことはないが、悪いと思ったこともない。ワイルドと言われたことは何度かあるが正統派の美男子ではない。
「さてと、英奈、飯の用意をするように使用人に言ってきておくれ、儂はまだこの二人と話がある。」
「畏まりました、では、吹雪さん、ハートさん、また後程。」
一礼してから英奈さんは立ち去っていく、綺麗でお淑やかなお嬢様って感じだな、なんか悪の親玉っぽい椎奈様とは態度の点であんまり似ていない。
「さて、吹雪よ。」
椎奈さんはそこそこ真面目そうな表情で俺に向き直る。
「お主は異世界人じゃろう? それもおそらく日本の生まれじゃ、違うか?」
今椎奈様ははっきりと「日本」と言った。
俺の聞き間違いではなかったはずだ、何せハートは首をかしげている。
「……どうしてそれを?」
「知っておるのではないぞ、予想がついただけじゃ。儂は過去にもお主のようにあちらの世界からこちらの世界に飛ばされてきた人間と出会っておる、お主のように正規の手続きを踏んで来るものは極めて稀じゃがな。」
正規の手続きっていうのはおそらく俺たちが使った魔法陣のことだろう、けどあれ以外にどんな手段でこっちの世界に来ることがあるんだろうか。
「話が逸れたわ。おそらくお主を呼び出したのはローディアナ王国の誰かじゃろう、あの王国ということは極めて面倒な予測しか立たんが……お主一緒に来た仲間はおるか?」
「いるにはいますが、この世界に来てすぐ逸れました。」
来てすぐというべきか来た直後というべきかには困るが、少なくとも逸れているのは事実だ。
「ふむ、それは困ったのう……」
「ところでローディアナ王国って?」
さっきから気になっていたことだ、俺はこの世界に来て本当に少ししか経過してないから、当たり前のように会話に取り入れられてる知識がところどころ欠如していることを忘れないでほしい。
「このイグノー王国の隣国じゃ。もっとも、今では緊張関係にある。」
「何かあったんですか?」
「一年ほど前に向こうから一方的に宣戦布告され、国境近くの町村がいくつか襲われたのじゃ、完全な奇襲に国境守備隊も対応しきれず、町村が滅ぼされ男たちの多くを殺され、女子供が大量に連れ去られておる。」
「もともと長いこと思想的に相容れない関係にはあったんだけど、内乱ばかりのローディアナにそんな戦力があるとはこっちも思ってなかったんだ。」
腹立たしげに二人が続けて言う。
「ローディアナで今何が起きておるのかはよく解らんが、少なくともお主がこの世界に来た理由を握るのはあの国、もしかしたらお主の仲間もそこにおるかもしれん。」
「とはいえ、とても安全とは言えない土地だ。」
椎奈様が立ち上がると、さっき英奈さんが出て行った方の襖が開く。
「食事の用意ができたそうです、皆様食堂へお集まりください。」
英奈さんが顔を出して事務的にそう伝えると、また歩き去っていく。
「飯を食うぞ、腹が減っていては回る頭も回らぬわ。」
椎奈様はそう言うとすぐに部屋を出て行った、どうやら腹が減っていたらしい。


「御馳走様でした。」
「お粗末さまでした。」
エプロンドレスに身を包んだ二人の女性が、俺たちの言葉に向けてそう返事をする。
使用人も魔物なのかと思ったが、普通に人間だった。
「今日もまことに美味じゃったぞ。」
椎奈様の言うとおり、二人の料理は非常にうまかった、日本食とよく似た料理だったけれどどこか違っていて、その違いがまた結構良かった。
食後俺たちがくつろいでいると、
「シ―――――――――――――ナ―――――――――!!!!」
どこかから幼女の声が聞こえてきた。
この声って……さっき聞いた気がする……
襖を蹴破るように乱暴に開いた破廉恥な格好の幼女は、ヤギの角を生やして大きな鎌を片手で持っていた。
「なんじゃ、寸胴つるぺた娘か……」
うんざりしたような声で、椎奈様は侵入者を迎える。
入ってきたのはこの町のもう一人の魔物のリーダー、ヴィオラだった。
「貴様ワシのサバト会員の一人を誑かしたじゃろう!!」
「知らんわ、勝手に儂に追従を始めた男なら数人知っておるが、儂は一人として男を誑かしたことはないぞ?」
「そいつの言った言葉が『俺はやっぱりシイナ派に移ります! 巨乳万歳!』だったんじゃ! ロリの背徳と魅力を知るサバト会員が自然とそんな風になることなどありえん!!」
「……ヴィオラ、一言言わせてもらうぞ。」
椎奈様が立ち上がってヴィオラのほうに歩いていく。
身長の差およそ四十センチメートル、ヴィオラが小さいこともあるんだろうけど椎奈様背丈だけなら俺よりデカい……尻尾で膨張して見えるだけだと思ってた。
「知ったことか。」
見おろしながら、いいや見くだしながら椎奈様はきっぱりと言い切る。
「貴様の布教不行き届きを儂に文句つけるでないわ小娘が、どうして自然によってたかってくる男の事まで儂が責任を持たんといかんのじゃ。」
まぁあの美貌の前には幼女好きとか年上嫌いとかあんまり関係ないんだろうな、俺だって「娘がいる=結婚してる」の理解がなけりゃ玉砕覚悟で口説きたかったところだし。
ちなみに俺は年上はジャンルでも人妻はジャンルにない、他人の手垢ついた女ってなんかヤダ。不倫は犯罪だと思うタイプの人間だし。
「ワシの布教に不行き届きがあったわけなかろう! 貴様のほうこそしらばっくれた挙句にその態度は何じゃ女狐が!」
ヴィオラはヴィオラで自分が悪かったかもとはつゆほども思ってないみたいだし、もしかしてこの二人の組み合わせがハートの言ってた「例外的に仲が悪い」人たちなんだろうか。
「大体貴様のしゃべり方から態度までワシと被っておって気に入らんのじゃ! 男に媚びる女狐はもっと下賤なしゃべり方をせい!」
「フン。」
あ、鼻で笑った。
「貴様のように幼児ぶって媚びねば男も拾えんようなみじめな小娘と一緒にするでないわ、儂はさっきから言っておろう。『勝手に男の方から寄ってくる』んじゃ一度も媚を売ったことはないわ。」
すっごく低レベルな口喧嘩だ。
「貴様バフォメット族を愚弄するか!」
「バフォメットを愚弄してはおらんわ、儂が愚弄しておるのは貴様じゃ。」
「お二人とも、そこらでお止めを。お客様が呆れております。」
「「ぬ……」」
状況を見るに見かねた英奈さんがそう言って二人を止める。
「おお、お主!」
今更気づいたのか、ヴィオラが俺を見て楽しそうな表情を浮かべる。
「その逞しい体! 猛々しいのにどこか優しげな顔つき! お主はまさに『お兄ちゃん』の適任者じゃ! ワシのサバトに来るがよいロリっ子たちが歓迎しよう!!」
うわ、思いっきり犯罪者予備軍に勧誘された。
「俺はロリに興味がない。」
とりあえず一蹴。
椎奈様やハートが笑い出し、それどころか英奈さんまでもが笑いをこらえていることがよく解る、どうやらここまでバッサリ断られると面白いらしい。
涙目になったヴィオラが見つめてくるが、大した罪悪感はない。
ヴィオラがまた口を開く。
「ならばワシと決闘するのじゃ! お主が負けたらワシが徹底的にロリっ子の魅力と背徳をその体に刻みこんでやろう!!」
「俺が勝ったら?」
「そんなことは有り得ん!」
言い切りやがったこの小娘。
ちらりと助けを求めるように椎奈様を見るが、首を横に振ってくれた。
次に英奈さんに視線を向けてみるが、同情の眼差しを返されるだけ。
ハートに目を向けると、なんだかちょっと楽しそうにしてる気がしなくもない。
「最悪だ……」


俺たちが案内されたのは、町のはずれにある決闘場だった。
「これから生まれ変わる貴様の古い余生の未練を断ち切るために、ワシがハンディキャップをくれてやろう。ワシがお主の心を完全にたたき折るまでに一発でもワシに攻撃を当てられたらお主の勝ちじゃ。」
傲岸不遜と言い表してもまだ足りないほど傲慢に胸を張って言って見せる。
完全に舐めてくれているが、果たして俺の実力を一度も見ていないのにこのでたらめな自信はどこから来るんだろう。
「では、決闘を始めます、両者向き合ってください。」
英奈さんが真剣な顔で言う。
「構え。………始めっ!」
「出でよ! 土巨人!」
ヴィオラがそういうのと同時に、彼女の背後から山のような体躯をした上半身だけの土の巨人が姿を現す、おいおいこれはちょっとデカくないか?
「ブォオオオオオオオオ!」
巨人が耳が痛くなりそうな唸り声をあげながら腕を振り下ろしてくる。
右に滑るように回避して、一気に巨人の体の下まで走りこむ。
しかし、ヴィオラまであと二メートルと言ったところで、高さ三メートルほどの壁が行く手を阻む。
壁に正面衝突するのを避けるために後ろに飛び退く。
そこに巨人の腕が振り下ろされるが、狙いが大雑把だったため当たらずに済んだ。壁で俺がどこにいるのかわからないんだろう、ヴィオラの攻撃もやむ。
壁が崩れると、巨人はもう一度俺に向かって攻撃してくる。
しかし腰を使った動きができない分攻撃パターンが単純すぎる、腕を振り下ろすか振り払うかのどちらか。
範囲が広いし威力も大したものだけど、使い勝手の悪い魔法だ。
とはいえ、崩せないような壁を作られたら攻めようがないんだよな、一応向こうも鎌持ってるから接近戦で押し切れるとも限らないし。
少しだけ考えてから、とりあえずプランAを立案。
さっきと同様巨人の腕をすり抜けてから、一気に突撃。
やはりさっきと同じ距離で土の壁が阻んでくる。
ここで俺は一瞬ヴィオラの視界から消えるわけだ。
足運びだけでやや右に方向転換しながら、「前に跳ぶ」技を使う。
よく原理は教えてもらってないが、後足を前に出しながら、前足で地面を力の限り強く蹴りつけて急加速する技術だ。その後前に出た後足で急ブレーキをする必要があって、両足に強い負担があるからあまり使いたくない。
先生は連続使用で五メートルの高速移動が可能だったが、俺は二メートルが限度。
とはいえ、今はこれで十分。
突然自分の左に現れた俺に目を見開くヴィオラの頭に、俺は木刀を軽く当てる。
「一本、それまで。」
英奈さんが俺が勝者とする判定を出してくれた。
呆然とするヴィオラ、今でも自分が何をされたのか、俺が何をしたのかさっぱり理解できていないようだ。
「やれやれ、やはりバフォメットと言え小娘は小娘か。」
椎奈様が呆れるのも無理はないだろう。
本気で振りぬいてたらヴィオラの首の骨は確実に折れて、俺は彼女を即死させていた、ハートほど頑丈な体をしていないのは見ればわかる。
ヴィオラは隣で木刀を方において立っている俺を呆けたように見上げ、
「マサカワシハマケタノカ?」
機械のような片言の口調で俺に訊ねた。
「うん。」
即答する。
ぶわっとヴィオラが泣き出した。
「ずるいのじゃぁああああああ!! 何でそんなに強いなんて一言も言わないんじゃぁああああ! こんなのひぎょうなのじゃあああああああ!!」
滝のように涙を流しながら、ヴィオラはうずくまって泣きじゃくる。
「俺は言ったよな? 『俺が勝ったら』って聞いたよな?」
「本気で受け取るわけないのじゃぁああああああ!!」
まだまだ涙をとめどなく流しながらヴィオラが即答する、しばいてやろうかこのチビ。
「自分が負けるわけがないという油断がお主を負かしたのじゃヴィオラよ。」
椎奈様が近くに寄ってきて、優しい目でヴィオラに言う。
「これからは常に全力を持って相手に向かうんじゃな、今回のように不手際でサバトからの離脱者を生むことがないように。」
「うんっ」
ヴィオラは頑張って笑顔を作って見せたが、俺は呆れた。
今この人、堂々とヴィオラに自分の不手際認めさせるよう誘導したぞ。
「…………ってあぁっ!!」
やっと気づいたようだが、椎奈様はとっくにいなくなっていた。
「そうそう、フブキお兄ちゃん。」
ヴィオラは今度は俺に向き直ってきた、全然いい予感しない。
「ワシのお兄ちゃんになって♪」
「うん、お前がスタイル抜群のお姉さんになったらな。」
ロリに全く興味のない俺は笑顔で無理難題を吹っかけてやる。
「それは無理じゃっ!!」
引っかからんかったか。

なんだか、前途多難の予感がギンギンするぜ。

11/07/10 20:21更新 / なるつき
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■作者メッセージ
なぜ既に現影最終話と同じだけの話が綴ってあってこんなにビューが伸びない!? と思ったら一気に四話+キャラ紹介と掲載するからですな。
あちこち修正しました

椎奈派(シイナ派)
ヘラトナの住民たちの中で「あるがままの魅力」を重視する派閥。
サバトとの対比と勧誘方法の違いから、主に巨乳や大人型の魔物が中心。
リーダーは椎奈だが、基本的に思想に干渉はしない。

ヴィオラ派
ヘラトナの住民の中で「ロリの魅力と背徳」を重視する派閥。
全員がサバトの会員であり、シイナ派に勝手に対抗している。
ガチガチの思想統制の傾向があり、抜けることは基本許されない。

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