マリアが語る 「百人組」(バトル)
あら、今度はわたくしたちですの?
てっきり人気を博していらっしゃるルビーさんあたりが選ばれるものだと思っておりましたわ、ですので何一つとしてお話しするような面白いことが用意できてございませんの。
面白くなくてもいいからわたくしたちの過去を聞きたい?
……よろしいですけど…あまり語りたくはありませんわね、ああほら、皆さんお静かにお願いしますね? 間違っても襲い掛かってはいけませんわよ?
すみません、わたくしたちにとってあのことは余り触れられて嬉しいことではございませんの。ですので途中でわたくしたちが暴れだしてしまったらすぐにお逃げくださいね、殺してしまうかもしれませんので。
これはわたくしたちにまだ恋人がいたころのお話。
ずっと昔、もう二十六年は前になるのでしょうか。
わたくしたちが「百人組」であった最後の日のこと。
幸せに過ごす「わたくしたち」を襲った、理不尽極まりない悲劇の話です。
その方のお名前はリセルと言いました。
綺麗な空色の髪に、エメラルド色に輝く瞳が特徴的な、外見年齢でいえばハロルドさんくらいの年の方でした。インキュバスになられてもう十数年というくらいですので、本当の年齢はプラス十歳といったところですわ。
とても魅力的でとても素晴らしい方でしたわ、わたくしもうメロメロでしたもの。
百と七人のわたくしたちのうち、彼に奉仕できるのは本体であるわたくしを含めて八人が限度でした。
それ故にわたくしを除くすべての分体の皆さんはローテーションでわたくしたちの住居であった洞窟の見張りをしたりリセルさんが必要となさる料理の食材を集めてきたり料理なさったりといつもお忙しかったのです。
「んくっ ン……ぷはぁっ」
わたくしとのキスをやめたリセルさんは
「今日もきれいだよ、マリア」
とわたくしの顔を見ながら笑顔でおっしゃいました。
けれども、わたくしたちは当然と言えば当然ながら皆が「マリア」ですので、ちょっと困ることがあるのです。
だって、誰が褒められたのか解らないではないですか。
彼のペニスを膣で受け入れ、彼とキスをするわたくしなのか、彼の左手によって胸を揉まれているわたくしなのか、彼の右手をおまんこに受け入れ気持ちよさそうな顔でだらしなく喘いでいるわたくしなのか、腕に寄り添っているわたくしなのか首筋を舐めているわたくしなのか。
「さっぱりわからないですわ、その一言だけでは。」
甘えるようにリセルさんの体にすり寄りながら、皆で訊ねます、
「どなたに言ったのですか?」
リセルさんは一瞬だけ困った顔をしましたが、すぐに笑ってくださいます。
いつも言うことに変わり映えがございませんけど、彼の言葉がわたくしたちは大好きでした。
「皆だよ、一人残らず綺麗だ。」
「うふふ、優柔不断な発言ですわね。」
そう言いながら、わたくしがもう一度キスしようとしたところでした。
外の見張りをしていたわたくしが、不穏な集団を視認した情報が流れてきたのは。
「……リセルさん、こちらへ。」
リセルさんを抱きしめて、わたくしたちの奥まで連れて行きます。
ほかの皆さんにも戻ってきて戦闘配備に移るように指示しました、洞窟付近を洞窟の中あちこちに作った小さな穴から外に出て監視していた皆さんが、すぐに戻ってきます。
すでに情報伝達を受けていたため、皆さんの配備は早いものでした。
「汚らわしい魔物に裁きを! 王国魔術師団、進め!!」
どうやら、わたくしたちを討伐するためにわざわざお家にこもっておかしな研究ばかりなさっている魔術師団を駆り出したようでした。当たり前と言えば当たり前なのですけどね、わたくしたちに物理攻撃なんかまったく効きませんし。
痛くないわけじゃないのですよ? けがをしないから痛みを無視してかまわないだけで。
洞窟の、わたくしたちのいる大広間に向けた曲がり角をお一人が抜けてきた瞬間でした。
近くにいた皆さんに一斉にパンチを繰り出させて、気絶してもらいます。
こぶしを固めて威力を増す「結晶化」も施しておいたせいなのか、男の方はあちこち骨を砕かれて絶命してしまいます。
「くっ、怯むな! 必ず仕留めろ!」
お仲間だった肉の塊を乗り越えて、魔術師団が姿を現します。
およそ三十名、あとから聞いた話では王国魔術師団の全員がこの戦いに参加していたそうです。
もう一度パンチを繰り出しますが、今度は来ることが分かっていたのでしょう、風の刃によって伸ばした拳が切り落とされます。
魔術師のお一人が炎の弾丸を数発発射します。
本体であるわたくしを狙ってきていましたが、分体のお一人が盾になります。
別段わたくしが指示したわけではありませんよ、本体を失えばクイーンスライムは終わりといえ、体の一部を失うことは気が進みませんので。
皆さんに指示を送り、腕を刃状に変化・その形で結晶化させます。スライムのスライサー、ということでスラスライサーと命名してあるわたくしたちの攻撃の一つです。今でも使えますよ?
魔術師団の近くにいた十数人の分体の皆さんが、それを用いて一気に数人の首を切り落とします。
噴出した血を刃に取り込み、さらに大きさを増す刃。
それに向かい魔術師団もやられるばかりというわけではありません。
ある人は魔術によって反撃を、ある人は防御を試みます。
けれども圧倒的な物量を誇るわたくしたちにとり、防御など意味をなしません、それくらいなら攻撃したほうがいくらか賢明であると考えられます。
何せ、防御しても絶え間ない連続連携攻撃によってあっという間に削られ、障壁など一秒持てばいい方ですからね。
防御を試みた魔術師の一人を四人で取り囲み、それぞれ別方向からお体を貫かせていただきます、一発二発ならば防ぐことができたとしても、別方向から襲い掛かってくる鉄をも切り裂く八本の刃を同時に防げる人はわたくしの知る中にはいません。
一瞬前までは自分たちの仲間であった死体を触媒に、魔術師の一人が「死体を利用して周囲を破壊する」魔法を行使して、囲んでいた四人が一瞬で消滅させられます。
しかしそういった相手はすぐに把握して倒すのが常套戦術です、わたくしたちのうち六人が、その男を援護する魔術師に妨害された数を半数にしながらもその男を倒します。
体に付いた血は、男性の性と異なりすぐに体の一部に取り込んで体の材料にすることはできません、それに失った体を補充しようにも戦場でセックスなど初めては戦っている皆さんの気が散って大変なので、わたくしはリセルさんを抱きしめながらじっと奥で待機します。
「大丈夫、すぐに終わらせます。」
そうリセルさんに宣言しました。
いつもすぐに終わってきたのです、百人近い騎士に攻められたときも十数人の勇者パーティに襲撃された時も、わたくしたちは迅速に彼らを殲滅してきました。だからこそ、わたくしたちは「六十人騎士団」「八十魔群」「百人組」などとほしくもない異名を与えられて、幾度となく平穏を乱されたのです。
分体の中でも特に戦闘能力に優れた一人が、腕を伸ばしながら一気に三人の魔術師を倒し、しかし魔術によって凍らされて破壊されます。
事実上今まで最もわたくしたちが苦戦していた戦いでした。
状況が大きく、一部だけは相手にとって望み通りだったとしても結果としてお互いにとって望まぬ方向に動いたのは、三分の二近くの魔術師団を屠り、わたくしたちも三十七人の人員を失った頃でした。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
まるで巨大な化け物が洞窟を破壊しようとしているかのような猛烈な地響きの音がし始めたのは。
「作戦成功だ! 全軍引け!!」
魔道師団はその言葉とともに回れ右をして洞窟から逃げていきます。
「……何ですの?」
そうわたくした呟いた瞬間でした。
上から降ってきた岩の塊が、リセルさんを押しつぶしたのは。
その瞬間に気づきました、今までの戦いはすべて、この洞窟を壊すためにやっていたのだと。わたくしたちの住処を破壊して、わたくしたちを地面に埋めてしまおうと考えていらしたことを。
そして、半分は願いが叶いました。
彼らの思惑通り、わたくしたちの過ごしていたガラテア洞窟は、すべて落石に埋もれてしまったのです。
瓦礫から這い出したわたくしたちが見たのは、勝ち誇ったように高笑いを上げる魔術師団の団長の姿でした。
「やったぞ、われらの勝利だ!! 王国を悩ませてきた汚らわしい魔物を」
それ以上の言葉は聞き取れませんでした。
なぜなら、わたくしたちがその男をひねり殺していたからです。
そしてわたくしたちは、二人一組になると片方の体をハンマー状に組み替えます。
そして倒れた男を叩きました。
愛する夫を奪われた怒り、思い出の場所を奪われた怒り、今まで懸命に耐えてきた理不尽に平穏を奪われる怒り、そして愛する人ひとり守れない自分に向けた怒り。
体の奥から沸き起こってくるあらゆる怒りに任せ、わたくしたちはその男を何度も何度もたたきました、それこそ、原型を完全に失ってしまうほど。それが人であったことすら、たとえ医者であろうが判別することは不可能なほどに。
あっけにとられて動きを止めていたほかの魔術師団の方々も、捕まえては同じように粉砕していきました。
わたくしたちの愛する夫がなってしまったのと同じ姿に、夫を奪った人たち全員を変えていきました。
「うふふふふふふふふふっふふふふふふふふふふふふふ」
自然と笑い声が漏れていたことをよく覚えています。
きっとあの時のわたくしたちは、怒りで狂っていたのだと思います。
「ふふふふふふふふふっふふふふふふふっふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっふふふふふふふふふふふふふっふううふふふふふふふふふ」「あはははははははあははははあはははははははははははは」「きゃははははあははははははははははは」
わたくしたちの笑い声と、肉と骨が砕かれる音だけが洞窟の跡地でしばらく静寂を乱し続けました。
やがて日が暮れると、そこには腐臭を放ちハエのたかる「何か」がたくさんと、体中が真っ赤になってしまうほどの血をすすってようやく落ち着いたわたくしたちの姿だけが残りました。
一通りの殺戮を終え、わたくしたちの胸に去来したのは虚無感でした。
愛する夫はもうこの世のどこにもいない。
たとえ理不尽に夫を奪っていった人たちを皆殺しにしたとしてももう帰ってこない。
わたくしたちにとって、リセルさんこそが世界のすべてでした。
彼を失ったということは、わたくしたちには何も残っていないのと同義です。
わたくしたちがぼんやりと空を見上げる日々は、そこから始まりました。
四年ほどたったころのことです。
「あんたが、『百人組』のマリアか?」
旅人のような恰好をして、黒く塗った長い棒を持った男の方がわたくしたちの前に現れたのは。
「…………」
無視しました。
どうでもよかったのです、何もかもが。
既に人数は十人まで減っていました、生命を維持するために分体を体の一部に組み替えることによって、わたくしたちは全員の死を免れていました。
極限まで空腹に陥り、魔物の本能をいつ暴発させてもおかしくない状態でした。しかし、彼は全く恐れることなくわたくしたちに寄ってきました。
「俺はクロード、十八年くらい前までは勇者だった。」
勇者という言葉にわたくしたちは反応して男を見ました。
「警戒しないでくれよ、俺にあんたと戦う意思はない、勝てないし。」
クロードと名乗った男はそう言って、わたくしたちの射程内に座ります。
「……夫を失ったんだってな、何も悪いこともしてないのに。」
「…………」
「勇者だったころから俺は魔物と戦うことに疑問を感じてた、この国のあちこちに魔物は確かにいるけど、どれも人間との戦いなんか求めてないやつばかりだった。」
あの当時は魔物も王国のところどころにいました。だからこそ、王国軍が魔物を利用して重税を課すには今以上に都合のいい時代だったともいえるでしょう。
「俺たちは、魔物と人間が共存できる街を作ってる、今はまだ情けないくらい小さな規模だけど、いつか俺たちは魔物と共存できる世界を作りたい。」
クロードさんは、あくまで落ち着いた様子で語ります。
「あんたたちのような悲劇を生まないために……協力してくれないか?」
それが、わたくしたちとこのクルツ自治領との出会いでした。
そういうわけでわたくしたちはこのクルツの住民の加わったわけです。
あれからいろいろなことがありましたけれど、ちっとも後悔はしていません。
これでわたくしたちのお話は終わりですよ。
次はどなたのところに?
え? ルビーさん?
それはまた、難儀ですね。
怒らせてはだめですよ、あの方意外と短気ですから。
では、また機会があれば。
てっきり人気を博していらっしゃるルビーさんあたりが選ばれるものだと思っておりましたわ、ですので何一つとしてお話しするような面白いことが用意できてございませんの。
面白くなくてもいいからわたくしたちの過去を聞きたい?
……よろしいですけど…あまり語りたくはありませんわね、ああほら、皆さんお静かにお願いしますね? 間違っても襲い掛かってはいけませんわよ?
すみません、わたくしたちにとってあのことは余り触れられて嬉しいことではございませんの。ですので途中でわたくしたちが暴れだしてしまったらすぐにお逃げくださいね、殺してしまうかもしれませんので。
これはわたくしたちにまだ恋人がいたころのお話。
ずっと昔、もう二十六年は前になるのでしょうか。
わたくしたちが「百人組」であった最後の日のこと。
幸せに過ごす「わたくしたち」を襲った、理不尽極まりない悲劇の話です。
その方のお名前はリセルと言いました。
綺麗な空色の髪に、エメラルド色に輝く瞳が特徴的な、外見年齢でいえばハロルドさんくらいの年の方でした。インキュバスになられてもう十数年というくらいですので、本当の年齢はプラス十歳といったところですわ。
とても魅力的でとても素晴らしい方でしたわ、わたくしもうメロメロでしたもの。
百と七人のわたくしたちのうち、彼に奉仕できるのは本体であるわたくしを含めて八人が限度でした。
それ故にわたくしを除くすべての分体の皆さんはローテーションでわたくしたちの住居であった洞窟の見張りをしたりリセルさんが必要となさる料理の食材を集めてきたり料理なさったりといつもお忙しかったのです。
「んくっ ン……ぷはぁっ」
わたくしとのキスをやめたリセルさんは
「今日もきれいだよ、マリア」
とわたくしの顔を見ながら笑顔でおっしゃいました。
けれども、わたくしたちは当然と言えば当然ながら皆が「マリア」ですので、ちょっと困ることがあるのです。
だって、誰が褒められたのか解らないではないですか。
彼のペニスを膣で受け入れ、彼とキスをするわたくしなのか、彼の左手によって胸を揉まれているわたくしなのか、彼の右手をおまんこに受け入れ気持ちよさそうな顔でだらしなく喘いでいるわたくしなのか、腕に寄り添っているわたくしなのか首筋を舐めているわたくしなのか。
「さっぱりわからないですわ、その一言だけでは。」
甘えるようにリセルさんの体にすり寄りながら、皆で訊ねます、
「どなたに言ったのですか?」
リセルさんは一瞬だけ困った顔をしましたが、すぐに笑ってくださいます。
いつも言うことに変わり映えがございませんけど、彼の言葉がわたくしたちは大好きでした。
「皆だよ、一人残らず綺麗だ。」
「うふふ、優柔不断な発言ですわね。」
そう言いながら、わたくしがもう一度キスしようとしたところでした。
外の見張りをしていたわたくしが、不穏な集団を視認した情報が流れてきたのは。
「……リセルさん、こちらへ。」
リセルさんを抱きしめて、わたくしたちの奥まで連れて行きます。
ほかの皆さんにも戻ってきて戦闘配備に移るように指示しました、洞窟付近を洞窟の中あちこちに作った小さな穴から外に出て監視していた皆さんが、すぐに戻ってきます。
すでに情報伝達を受けていたため、皆さんの配備は早いものでした。
「汚らわしい魔物に裁きを! 王国魔術師団、進め!!」
どうやら、わたくしたちを討伐するためにわざわざお家にこもっておかしな研究ばかりなさっている魔術師団を駆り出したようでした。当たり前と言えば当たり前なのですけどね、わたくしたちに物理攻撃なんかまったく効きませんし。
痛くないわけじゃないのですよ? けがをしないから痛みを無視してかまわないだけで。
洞窟の、わたくしたちのいる大広間に向けた曲がり角をお一人が抜けてきた瞬間でした。
近くにいた皆さんに一斉にパンチを繰り出させて、気絶してもらいます。
こぶしを固めて威力を増す「結晶化」も施しておいたせいなのか、男の方はあちこち骨を砕かれて絶命してしまいます。
「くっ、怯むな! 必ず仕留めろ!」
お仲間だった肉の塊を乗り越えて、魔術師団が姿を現します。
およそ三十名、あとから聞いた話では王国魔術師団の全員がこの戦いに参加していたそうです。
もう一度パンチを繰り出しますが、今度は来ることが分かっていたのでしょう、風の刃によって伸ばした拳が切り落とされます。
魔術師のお一人が炎の弾丸を数発発射します。
本体であるわたくしを狙ってきていましたが、分体のお一人が盾になります。
別段わたくしが指示したわけではありませんよ、本体を失えばクイーンスライムは終わりといえ、体の一部を失うことは気が進みませんので。
皆さんに指示を送り、腕を刃状に変化・その形で結晶化させます。スライムのスライサー、ということでスラスライサーと命名してあるわたくしたちの攻撃の一つです。今でも使えますよ?
魔術師団の近くにいた十数人の分体の皆さんが、それを用いて一気に数人の首を切り落とします。
噴出した血を刃に取り込み、さらに大きさを増す刃。
それに向かい魔術師団もやられるばかりというわけではありません。
ある人は魔術によって反撃を、ある人は防御を試みます。
けれども圧倒的な物量を誇るわたくしたちにとり、防御など意味をなしません、それくらいなら攻撃したほうがいくらか賢明であると考えられます。
何せ、防御しても絶え間ない連続連携攻撃によってあっという間に削られ、障壁など一秒持てばいい方ですからね。
防御を試みた魔術師の一人を四人で取り囲み、それぞれ別方向からお体を貫かせていただきます、一発二発ならば防ぐことができたとしても、別方向から襲い掛かってくる鉄をも切り裂く八本の刃を同時に防げる人はわたくしの知る中にはいません。
一瞬前までは自分たちの仲間であった死体を触媒に、魔術師の一人が「死体を利用して周囲を破壊する」魔法を行使して、囲んでいた四人が一瞬で消滅させられます。
しかしそういった相手はすぐに把握して倒すのが常套戦術です、わたくしたちのうち六人が、その男を援護する魔術師に妨害された数を半数にしながらもその男を倒します。
体に付いた血は、男性の性と異なりすぐに体の一部に取り込んで体の材料にすることはできません、それに失った体を補充しようにも戦場でセックスなど初めては戦っている皆さんの気が散って大変なので、わたくしはリセルさんを抱きしめながらじっと奥で待機します。
「大丈夫、すぐに終わらせます。」
そうリセルさんに宣言しました。
いつもすぐに終わってきたのです、百人近い騎士に攻められたときも十数人の勇者パーティに襲撃された時も、わたくしたちは迅速に彼らを殲滅してきました。だからこそ、わたくしたちは「六十人騎士団」「八十魔群」「百人組」などとほしくもない異名を与えられて、幾度となく平穏を乱されたのです。
分体の中でも特に戦闘能力に優れた一人が、腕を伸ばしながら一気に三人の魔術師を倒し、しかし魔術によって凍らされて破壊されます。
事実上今まで最もわたくしたちが苦戦していた戦いでした。
状況が大きく、一部だけは相手にとって望み通りだったとしても結果としてお互いにとって望まぬ方向に動いたのは、三分の二近くの魔術師団を屠り、わたくしたちも三十七人の人員を失った頃でした。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
まるで巨大な化け物が洞窟を破壊しようとしているかのような猛烈な地響きの音がし始めたのは。
「作戦成功だ! 全軍引け!!」
魔道師団はその言葉とともに回れ右をして洞窟から逃げていきます。
「……何ですの?」
そうわたくした呟いた瞬間でした。
上から降ってきた岩の塊が、リセルさんを押しつぶしたのは。
その瞬間に気づきました、今までの戦いはすべて、この洞窟を壊すためにやっていたのだと。わたくしたちの住処を破壊して、わたくしたちを地面に埋めてしまおうと考えていらしたことを。
そして、半分は願いが叶いました。
彼らの思惑通り、わたくしたちの過ごしていたガラテア洞窟は、すべて落石に埋もれてしまったのです。
瓦礫から這い出したわたくしたちが見たのは、勝ち誇ったように高笑いを上げる魔術師団の団長の姿でした。
「やったぞ、われらの勝利だ!! 王国を悩ませてきた汚らわしい魔物を」
それ以上の言葉は聞き取れませんでした。
なぜなら、わたくしたちがその男をひねり殺していたからです。
そしてわたくしたちは、二人一組になると片方の体をハンマー状に組み替えます。
そして倒れた男を叩きました。
愛する夫を奪われた怒り、思い出の場所を奪われた怒り、今まで懸命に耐えてきた理不尽に平穏を奪われる怒り、そして愛する人ひとり守れない自分に向けた怒り。
体の奥から沸き起こってくるあらゆる怒りに任せ、わたくしたちはその男を何度も何度もたたきました、それこそ、原型を完全に失ってしまうほど。それが人であったことすら、たとえ医者であろうが判別することは不可能なほどに。
あっけにとられて動きを止めていたほかの魔術師団の方々も、捕まえては同じように粉砕していきました。
わたくしたちの愛する夫がなってしまったのと同じ姿に、夫を奪った人たち全員を変えていきました。
「うふふふふふふふふふっふふふふふふふふふふふふふ」
自然と笑い声が漏れていたことをよく覚えています。
きっとあの時のわたくしたちは、怒りで狂っていたのだと思います。
「ふふふふふふふふふっふふふふふふふっふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっふふふふふふふふふふふふふっふううふふふふふふふふふ」「あはははははははあははははあはははははははははははは」「きゃははははあははははははははははは」
わたくしたちの笑い声と、肉と骨が砕かれる音だけが洞窟の跡地でしばらく静寂を乱し続けました。
やがて日が暮れると、そこには腐臭を放ちハエのたかる「何か」がたくさんと、体中が真っ赤になってしまうほどの血をすすってようやく落ち着いたわたくしたちの姿だけが残りました。
一通りの殺戮を終え、わたくしたちの胸に去来したのは虚無感でした。
愛する夫はもうこの世のどこにもいない。
たとえ理不尽に夫を奪っていった人たちを皆殺しにしたとしてももう帰ってこない。
わたくしたちにとって、リセルさんこそが世界のすべてでした。
彼を失ったということは、わたくしたちには何も残っていないのと同義です。
わたくしたちがぼんやりと空を見上げる日々は、そこから始まりました。
四年ほどたったころのことです。
「あんたが、『百人組』のマリアか?」
旅人のような恰好をして、黒く塗った長い棒を持った男の方がわたくしたちの前に現れたのは。
「…………」
無視しました。
どうでもよかったのです、何もかもが。
既に人数は十人まで減っていました、生命を維持するために分体を体の一部に組み替えることによって、わたくしたちは全員の死を免れていました。
極限まで空腹に陥り、魔物の本能をいつ暴発させてもおかしくない状態でした。しかし、彼は全く恐れることなくわたくしたちに寄ってきました。
「俺はクロード、十八年くらい前までは勇者だった。」
勇者という言葉にわたくしたちは反応して男を見ました。
「警戒しないでくれよ、俺にあんたと戦う意思はない、勝てないし。」
クロードと名乗った男はそう言って、わたくしたちの射程内に座ります。
「……夫を失ったんだってな、何も悪いこともしてないのに。」
「…………」
「勇者だったころから俺は魔物と戦うことに疑問を感じてた、この国のあちこちに魔物は確かにいるけど、どれも人間との戦いなんか求めてないやつばかりだった。」
あの当時は魔物も王国のところどころにいました。だからこそ、王国軍が魔物を利用して重税を課すには今以上に都合のいい時代だったともいえるでしょう。
「俺たちは、魔物と人間が共存できる街を作ってる、今はまだ情けないくらい小さな規模だけど、いつか俺たちは魔物と共存できる世界を作りたい。」
クロードさんは、あくまで落ち着いた様子で語ります。
「あんたたちのような悲劇を生まないために……協力してくれないか?」
それが、わたくしたちとこのクルツ自治領との出会いでした。
そういうわけでわたくしたちはこのクルツの住民の加わったわけです。
あれからいろいろなことがありましたけれど、ちっとも後悔はしていません。
これでわたくしたちのお話は終わりですよ。
次はどなたのところに?
え? ルビーさん?
それはまた、難儀ですね。
怒らせてはだめですよ、あの方意外と短気ですから。
では、また機会があれば。
11/06/25 23:41更新 / なるつき
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