第四話
鳥のさえずりを聞きながら目を開く。
どうやら朝まで眠っていたらしい。
ネリスとセックスして、すぐに眠りに就いたはずだ。
なんか……すごくだるいのは気のせいじゃないと思う。
昨日まで童貞だったのにいきなり恋人ができてはしゃぎ過ぎたのかな。
「本当……可愛かったな、ネリス。」
いつも可愛い気がするけど、している途中のネリスはそれとは別方面に魅力的だった。
意外と淫らにあえぐ姿も、おねだりする声も淫美で性欲をあおった。
いけないいけない、思い出したら起ってきちゃうよ。
「おはようございま……起きてましたね……」
ドアのところからネリスがちょっと残念そうな顔を出している
「お目覚めのご奉仕とか、ちょっとやってみたかったんですけど……」
別に今すぐしてくださってもかまいませんよ僕は。
とは思っても口に出さない、また気絶するまでしたらいつまでたってもクルツに行くことができない。
「テリュンさんがたくさん食べさせてくれたので魔法を利用してパンを焼いてみました、それと保存食を使って朝ごはんが用意してあります。」
ワオ 家庭的。
ネリスに導かれるまま食堂に行ってみると、本当に食事の用意が整っていた。
ネリスは食べる必要がないと断ったので、僕だけいただいた。
とても美味だった。
停留所を出るとすぐに、山道に入った。
道というよりも動物が歩いて自然にできたけもの道に近い。
険しくて、しかも曲がりくねっている。
「してた時も思ったんですけど、テリュンさんって、意外と足腰強いんですね。これなら日が出ているうちにはクルツにつきそうです。」
「これでも猟師だからね、野山を下手したら鹿一匹持って歩かなくちゃいけないんだから、自然と強くなるよ。」
僕の少し前を、華奢な体躯に似合わず当たり前のように歩きながら言ったネリスに、僕は現実的な内容の返事をする。
ちょっと気になるのが、「してた時も思った」って言葉だ。
してたときに足腰の強さとか分るものなのかな……
「ネリスは大丈夫なの？ 見たとこ僕より華奢だし、体持ち上げた時も僕よりずっと軽かったけど。」
「大丈夫ですよ、歩けなくなったら飛びますし。」
そういえば、収納してるみたいだけどサキュバスって翼もあるんだっけ。
日が真上にくるあたり、僕たちはけもの道を抜けた。
「道路が整備されてる……」
驚いたことに、街道のような石畳の道がそこからは伸びていた。
「ここからクルツまではこの街道にそって行けばつきます、あと三時間くらいでしょうか。」
とりあえず持ってきておいたパンと保存食の一部で昼食にしていると、前から誰かが来た。
日焼けしたような色の肌で、角を生やし、骨太の体格をして、露出の多い格好をしている。
足が人間の物ではなく牛の蹄のようになっている、ミノタウロスだ。
何か引いているのは……荷車？
「ライアさん！」
「よう、ネリスじゃねぇか、ずいぶん元気そうに帰ってきたな、いつもは今にも死にそうな顔で帰ってくんのに。」
ライアと言うらしいミノタウロスもこっちに気づいた、いやネリスに気づいた。
「お、そっちの若いの良い男じゃないか、アタシの男に――」
「なりません。」
僕に気づくとすぐに口説こうとしてきたが、迷わず断る。
ネリスがライアさんをにらみ、ライアさんは肩をすくめて「チッ、もう確保されてやがる。」と残念そうに言った。
「もしかして迎えに来てくれたんですか？」
「そうだよ、リカルドの奴に頼まれてな。代金もあいつ持ちだ。」
「リカルド？」
「私のお父さんの名前です。ライアさんは運送業者で、代金さえ払えば人でも物でも運んでくれるんです。」
もしかして、その荷車使ってライアさん自身が牽くの？
魔物の体力を今改めて理解した、ネリスが山道を普通に歩いてたのもちょっと納得できる。
「ほら乗りな、マリアのとこまでは連れてってやる。」
「ありがとうございます」
ネリスと一緒に荷車に乗り込む。
席とかはないようだから、とりあえずネリスと並んで隅に座る。
「行くぜ。」
ライアさんの掛け声とともに荷車が発進する。
およそ、人の足で出すのは無理だろうあり得ないスピードで。
「ヒイャッハァ――――――――――――！ 新記録狙うぜぇ―――――――！！」
馬車も真っ青のスピードで荷車が疾駆する。
風を感じながら、僕は思っていた。
新記録って何？
三十分ほどノンストップで街道を爆走していた荷車がいきなり停車する。
僕たちは慣性に従い急停止した荷車から投げ出される。
目に見える風景が回転していたと思ったら、止まる。
どうやらネリスが僕をキャッチしてくれたらしい、彼女は翼をひろげて宙に浮いている。
「ライアさん……前に事故起こして安全運転を心掛けるよう言われませんでしたっけ？」
「そうだったか？ いやぁ忘れちまったな、アタシ頭悪いから。」
笑って言うことではないと思う。
ネリスに地面に下ろしてもらい、前を見る。
目の前に広がっているのは、城壁だった。
高さはそうでもないが、崖の間をきっちりと埋めている。
当然ながら天然の物ではないし、そこまで古いものでもない。
「アタシは先に行くぜ、リカルドとルミネにはお前が帰ってきたこと伝えてやらないといけないだろ？」
「まあそうですね……二人とも過保護ですから……」
不用心なことに、城壁には入り口のようなものがある。
ライアさんはそこからずかずかと中に踏み込んで行った。
「どうせなら中に乗せてってくれてもいいのに……」
「それは無理です、『荷車の中に人を乗せた状態でここを通ってはいけない』ライアさんにとって一番守らないと危ない決まりですので。」
「破ったら？」
「営業停止です、二週間。」
それだけの間収入がゼロと考えると家計に大打撃だな……
たぶんそれはこの中に許可なく忍び込む人間対策だろう。
それにしてもは防備がざるじゃないかな、入り口を開いたままにしておくなんて。
「ところで、マリアさんっていうのは誰？」
「ここの守衛さんです。」
守衛って、いないじゃん。
「行きましょう、あってみたらわかります。」
ネリスが城壁にある入り口の中に入って行く。
反対側の光が良く見える、あんまり厚い壁じゃないんだな。
すぐに壁を抜けたけど、そこはまだ街じゃなかった。
中心に向かってなだらかに下る中庭のような場所で、光が差し込んでいる。
反対側にもまた城門があり、今僕が通ってきた城門同様に入口らしき穴がある。
二つの壁のちょうど真ん中、中庭のくぼみ部分には水がたまっている。
けど、濠にしては浅すぎる、簡単に泳いで渡れそうだ。
立ち止まるネリスを気にせず、僕は歩いて行く。
池に足を踏み入れようとした瞬間、ネリスが急いで襟首をつかんだ。
「待ってください……危ないです。」
「え？ ただの水たまり……」
「マリアさん、意地悪はやめてくださいよ……」
水たまりに向かいネリスが声をかける。
その瞬間だった。
「くすくす……」「あら残念……」「行きのいい男の子……」「ネリスさんの彼氏？」
水たまりから声がしたと思ったら、水たまりが形を変えて女性が姿を現した。
一人や二人ではなく、二十人ほど。
体つきや顔つき、髪型や身長はそれぞれ違うけれど、全員一様に裸で、水色をしている。スライムだ、それもたくさんの。
ほとんど全員頭に同種のカチューシャのような飾りがある
その中心、一人だけが少し豪華な頭飾りをつけている。
一番彼女の体が魅惑的に見える。
スライム達の中でどうやら中心は彼女のようだ。
「あらあら、ごめんなさいね、可愛い男の人を食べるチャンスだと思ったの。」
「食べたら、マリアさんでも許しません。」
どうやら、このスライム達のリーダーのような人がマリアさんのようだ。
「はじめまして、ネリスさんの恋人さん。わたくしはクイーンスライムのマリアと申します。」
「クイーンスライム？」
「ええ、分裂機能に欠陥のあるスライムの派生種で、この子たち全員がわたくしです。」
彼女の周りにいた侍従スライム達が同時にお辞儀する。
ところで僕、ネリスの恋人って認識されてるみたいだけどいいのかな。
ネリスをちらりと見ると、目があった。
顔は赤いが、まあ付き合っているということでいいだろう。
否定したとしても、この人が聞くかちょっと疑わしい。
「通行証を持たずにクルツに入ろうとする人や、侵略してこようとした教会の騎士さんたちを追い払うのがわたくしたちの仕事です。やり方は一任されております。」
「とてもエッチなことを全員でして、足腰立たなくするんです、前に一度だけ光景を見ましたけど、すごいですよ……六人相手にまさに酒池肉林でした」
ネリスが僕の耳元で囁く。
つまり僕が彼女に足を踏み入れようものなら、逆輪姦されてたってことか……
本当にありがとうネリス、助けてくれて。
「ネリスさん、通行証を見せてください。」
いつの間に取り出していたのか、ネリスが良くわからない木簡を見せる。
「はい、どうぞお通りください。」
マリアさんの下に、トンネルのようにして空洞ができる。
城壁を抜けると、そこには町があった。
それも、かなり広い。
城壁を出たところは町から少し離れていて人家はまばら。
盆地の中央には街並みが広がっていて、外側に行くにつれ人家が減って行き、そのうち畑や牧場の方が多くなっていく。僕たちのいる場所から階段を下りてそう遠くない場所には、大きな建物が立ち並ぶ場所がある。
「ようこそ、クルツ自治領へ。」
ネリスが僕の傍らで、笑顔でそういう。
「とりあえず、戸籍登録とか通行証の発行とか、手続きがあるから領主館に行きましょう。」
ネリスに手をひかれて向かったのは、町の中央付近にある大きな建物。
ネリスがドアを開ける。
「こんにち――」
「ネリスぅ―――――――――――！！！！」
僕より少し年を取った感じの男が、ドアを開けた瞬間ネリスに飛びついた。
「ああ帰ってきた帰ってきてくれた僕の愛しいネリス。一体どれほど心配したと思ってるんだそれはもう飯ものどを通らないほどなんだぞ――」
ガゴン
次に飛んできたのは椅子だった。
男の頭に直撃した椅子はそのままブーメランのように戻って行く。
「人の娘に触れるんじゃないわよクソキザ野郎。」
片手で椅子をキャッチしながらそう言ったのは、サキュバスの女性だった。
サキュバスらしい妖艶さと、どこか高貴さを漂わせる独特の服装をした女性は、靴の音を鳴らしながら僕に近付いてくる。
「はじめまして、ネリスの母のルミネです。あなたがネリスが見染めた男の人ね？ ああこいつのことは気にしないで頂戴、ネリスに昔から付きまとっていた男だけど、あなたが登場してあきらめると思うから。」
「え？ あ？」
握手を求められたのでとりあえず握手は返しておいた。
けど一体いつの間にそんな話になったんだろう。
と思ったら、領主館の中にライアさんがいる。
絶対あの人だ、あの人が話を流したんだ。
「式はいつがいいかしら？」
「僕未成年ですけど……」
「クルツでは法的には十歳を迎えれば結婚できるわ。」
そりゃまたずいぶん若いのに結婚可能な年齢ですね。
若いっていうかそれもう幼いっていうような……
「ネリスは奥手だから心配してたのよ、変な男には言い寄られるしあの人は過保護になりすぎるし……けどもう安心ね、バックアップ完璧だから心配いらないわ。」
「それはどう言う……」
「新居も新生活の用意も戸籍手続きも全部やっておいたから。」
周到なことで……
っていうかそれってもしかして
「……お母さん、私もうテリュンさんと入籍したことになるんですか？」
ネリスが圧倒されている僕に代わって肝心な質問をルミネさんにしてくれた。
すっかり流されていたけれど、僕たちは一応相思相愛ではあっても結婚しているわけではないし恋人としての時間もまだない。
あると言えばあるのかもしれないけど短すぎる。
「いいえ？ 戸籍手続きの用意ってのはまだよ、でも時間の問題でしょう？」
そうかもしれないけど当人同士の話し合いのあとに準備を進めるものなんじゃないのかな……
「とりあえず、クロにあって戸籍取ってきなさい、話はそれからよ。」
ルミネさんが指さした先には、眼鏡をかけた四十くらいの男が座っている。
「あの人は？」
ネリスに尋ねる。
「現在の『人間の領主』二代目クロード・ラギオンさんです。」
「二代目？」
「人間の領主は初代人間の領主、開拓者クロード・ラギオンの名前を受け継ぐ決まりなんです、魔物の領主が私たちの血筋であるのと同様に。」
「そ、まぁ早いところクルツの法律とかは覚えなさいね。二代目『魔物の領主』の夫になるのよ君は。」
ルミネさんが僕の肩に手を置く。
そう言えば、ネリスのお母さんは魔物の領主だって言ってたっけ……
とりあえず、クロードさんのところに行く。
「席変えるぞ、ここじゃ話しづらい。」
そう言って、クロードさんは席を立つと僕に「ついてこい」と短く言って歩き出した。
案内された部屋は二階の、まるで領主の執務室のような部屋だった。
まるでっていうか……さっき執務室って書いてあった。
目の前にはクロードさんが座っている。
「この書類に、必要事項を記入してくれ。」
そう言ってクロードさんは僕にペンと書類を渡してくれた。
なぜか膝の上に長い棒を持ってるのが不安でたまらない。
厳格そうな顔立ちと真正面からにらめっこするのは避けたかったので、見せられた書類に目を通している。
まるでアンケートのようだ。
第一項目。
どうしてクルツに移住しようと思ったのか。
色んな選択肢がある中に「好きな相手がここに住んでいるから」がある。
これ本当に書いちゃっていいのかな、とか思いながらとりあえず記入。
クロードさんが立ちあがったと思ったら、天井を棒でいきなり突いた。
ズドォン
細い棒でついたとは思えないような轟音が響く。
「少し待ってろ……」
クロードさんが部屋を出る。
何？ 何があったの？ 僕もしかして怒らせた？
茫然として用紙に記入する姿勢で硬直しているうちに、クロードさんが戻ってきた。
片手に一人ずつ合計二人、ワーキャットを引きずって。
どうやら二人とも気を失っているようだ。
片方は背が僕より高いくらいで、灰毛で出るところの出た体つき。
もう片方が背が低くて、黄色の毛で少し子供っぽい体つき。
服装は同じで、青色のショートパンツと黒のランニングシャツ。
姉妹なのだろうか、反応に困る。
「えっと？」
「屋根裏から覗いてたから捕まえてきた。」
それで説明終わりと言わんばかりにクロードさんはまた部屋を出ていく。
三十秒ほどで戻ってきた。
「用紙……」
「はい？」
「記入してくれ。」
「あ、ハイ。」
言われたとおりに書類に目を戻す。
第二項目
住む期間はどのくらいを希望する？
一番最初の「一生」に記号をつける。
第三項目
得意分野は？（複数回答可）
これには選択肢がなくて空白部分ばかりだ。
自分の得意分野と言えば……
狩りに利用する罠の設置と書類整理等雑務、および料理。
一人暮らしが長かったから、日常的な家事は全部できるし書類整理とかはかなり上手だと知り合いには評価されていた。
書き終わる直前、
ドバァン！
とんでもなく乱暴に執務室のドアが開かれる、吹っ飛んだんじゃないかと思ったけど、どうやら壊れてはいないようだ。
「ようクロ、ネリスの夫ってのはどいつだ？ 祝い酒でオレの店で一番いい酒持ってきてやったから渡させろよ。」
入ってきたのはクロードさんよりさらに背の高い緑色の肌の女性。
片手には酒瓶が握られている。
まとっているのは服というよりはボロ切れで、大事な部分をかろうじて隠せている程度の面積しかない。
オーガだ、やっぱり魔物、粗野な感じがするけど結構な美人。
「そこに置いといてやれ。」
クロードさんは呆れたような顔で僕の右前を指差す。
オーガの女性は僕の右前に言われたとおりに酒瓶を置くと、やっと僕に気づいたらしい。
「おう！ お前がネリスの夫かよ、ライアに聞いてた通りになかなかいい男じゃねぇか、オレの店に来たら色々サービスす――」
「面接の邪魔だ。」
快活な笑顔を浮かべていたオーガの女性の顔が、六十度ほど一瞬で傾く。
どうやら顎にクロードさんの棒がぶつけられたらしい。
膝から崩れたオーガの足をクロードさんがつかみ、逆さづりにする。
ボロ切れがずれて全部見えている。
「窓、開けてくれ。」
言われたとおりに大きな窓を空ける。
クロードさんが振りかぶり、
「うォオオァアアアアア！！！！」
雄たけびと共にオーガを窓からほうり投げる。
なんていうか……容赦ないなこの人。
「記入、終わったか？」
「いえ、まだです。」
第四項目
希望する職種は？
最後の「特になし」を選択。
っていうか一つ前にある「殺人鬼」って何……
第五項目
伴侶・婚約者はいますか？ いるなら魔物か人間か・種族をお答えください。
既に「いる・魔物サキュバス」って書かれてる……！
なんだか逃げ道のないマリッジコース一直線なんだけど……
第六項目
名前
テリュン・マグノース
名前の最後のｓを書いた瞬間、またしてもクロードさんが立ちあがった。
今度は何かと思ったら、執務机に向かって歩く。
机の下を覗き込み、手を突っ込む。
女の子が姿を現した、まだ子供のようだけど……やたら胸が大きい。
クロードさんはため息をつきながらその女の子を猫掴み状態で運び去って行く。
多分あの子はホブゴブリンだな……あんな特徴だって聞いた気がする。
「書けました。」
戻ってきたクロードさんに書類を渡す。
「おう」
内容をきっちり確認するクロードさん。
「テリュン。」
僕の目を見て僕の名前を呼んでくる。
「明日にでも斡旋される職業のリストを掲示しておくから、見に来てくれ。面接はこれで終わりだ。」
案内された僕とネリスの自宅には、ネリスとルミネさん以外にも、さっき面接を覗いていたワーキャット姉妹やライアさん、酒を持ってきたオーガに、黒い紳士服を着た男がいた。
「お待ちしてました、テリュンさん。」
ネリスが笑顔で出迎えてくれる。
「まず皆の紹介をします、このワーキャット二人は姉妹で、灰毛が姉のシェンリ、黄色の方が妹のクリムです。こちらのオーガの人は酒蔵のブリジットさんで、この黒い服の男の人が私のお父さん、リカルドです。」
「初めまして、娘がお世話になります。」
「いえ、こちらこそネリスには世話になってばかりで。」
丁寧に頭を下げてきたリカルドさんに、思わず僕もかしこまってしまう。
それにしても、リカルドさんは若い。
「娘をよろしく頼むよ……では、君の歓迎会なんだからたっぷり飲んでたっぷり語らおうじゃないか。」
ネリスの隣の椅子に無理やり座らされる。
歓迎会という名の宴会が始まった。
四時間が過ぎると、ワーキャット姉妹とネリスとルミネさん、それにライアさんは完全に動きを止めた。というか、酔いつぶれて寝てしまった。
未成年なのでと酒を断っていたが、皆飲んでいるのでと押し切られて酒を飲み僕がやたらアルコールに強いことを知った。
ブリジットさんは酒をあおりながらまだまだ料理にがっついている、たまに僕を見る目がなんだかやたら誘惑するようだったので、料理が片付く前に逃げないと危ないかもしれない。
リカルドさんが解放してくれればだけど。
リカルドさんは僕の肩を抱き、妻としてきたいろんなこと（主にエッチ）武勇伝を熱く語っている、内容が絶対ネリスにはできないくらいハードすぎて二分で聞く気を失い、右から左に受け流す。
「ふぅ……そろそろお開きにするか。
「そうですね。」
既に主賓のはずの僕全然楽しくないし。
「本当は乱交パーティまで繋ぎたかったんだが、ブリジットが来て酒をふるまった時点であきらめるべきだったね。」
「ネリスもルミネさんもすぐつぶれましたね、そう言えば。」
「そうそう、君に渡しておきたいものがあるんだ。」
リカルドさんは部屋の隅に置いてあったカバンから、プレゼント用の包みを一つ取りだす。
受け取ってみると、長さは僕のひじから手首あたりまで。
細長い形状。
「僕が昔使っていた品だ、有効利用してくれたまえ。」
リカルドさんはそう言ってから振り向き「ブリジット、撤収だ」と言った。
素早く後片付けがなされ、つぶれたうちのネリスを除く四人が荷車に乗せられていった。
プレゼントの包みを開けてみる。
中にあったのは、特大ディルドーだった。
リカルドさん、ドン引きです……
どうやら朝まで眠っていたらしい。
ネリスとセックスして、すぐに眠りに就いたはずだ。
なんか……すごくだるいのは気のせいじゃないと思う。
昨日まで童貞だったのにいきなり恋人ができてはしゃぎ過ぎたのかな。
「本当……可愛かったな、ネリス。」
いつも可愛い気がするけど、している途中のネリスはそれとは別方面に魅力的だった。
意外と淫らにあえぐ姿も、おねだりする声も淫美で性欲をあおった。
いけないいけない、思い出したら起ってきちゃうよ。
「おはようございま……起きてましたね……」
ドアのところからネリスがちょっと残念そうな顔を出している
「お目覚めのご奉仕とか、ちょっとやってみたかったんですけど……」
別に今すぐしてくださってもかまいませんよ僕は。
とは思っても口に出さない、また気絶するまでしたらいつまでたってもクルツに行くことができない。
「テリュンさんがたくさん食べさせてくれたので魔法を利用してパンを焼いてみました、それと保存食を使って朝ごはんが用意してあります。」
ワオ 家庭的。
ネリスに導かれるまま食堂に行ってみると、本当に食事の用意が整っていた。
ネリスは食べる必要がないと断ったので、僕だけいただいた。
とても美味だった。
停留所を出るとすぐに、山道に入った。
道というよりも動物が歩いて自然にできたけもの道に近い。
険しくて、しかも曲がりくねっている。
「してた時も思ったんですけど、テリュンさんって、意外と足腰強いんですね。これなら日が出ているうちにはクルツにつきそうです。」
「これでも猟師だからね、野山を下手したら鹿一匹持って歩かなくちゃいけないんだから、自然と強くなるよ。」
僕の少し前を、華奢な体躯に似合わず当たり前のように歩きながら言ったネリスに、僕は現実的な内容の返事をする。
ちょっと気になるのが、「してた時も思った」って言葉だ。
してたときに足腰の強さとか分るものなのかな……
「ネリスは大丈夫なの？ 見たとこ僕より華奢だし、体持ち上げた時も僕よりずっと軽かったけど。」
「大丈夫ですよ、歩けなくなったら飛びますし。」
そういえば、収納してるみたいだけどサキュバスって翼もあるんだっけ。
日が真上にくるあたり、僕たちはけもの道を抜けた。
「道路が整備されてる……」
驚いたことに、街道のような石畳の道がそこからは伸びていた。
「ここからクルツまではこの街道にそって行けばつきます、あと三時間くらいでしょうか。」
とりあえず持ってきておいたパンと保存食の一部で昼食にしていると、前から誰かが来た。
日焼けしたような色の肌で、角を生やし、骨太の体格をして、露出の多い格好をしている。
足が人間の物ではなく牛の蹄のようになっている、ミノタウロスだ。
何か引いているのは……荷車？
「ライアさん！」
「よう、ネリスじゃねぇか、ずいぶん元気そうに帰ってきたな、いつもは今にも死にそうな顔で帰ってくんのに。」
ライアと言うらしいミノタウロスもこっちに気づいた、いやネリスに気づいた。
「お、そっちの若いの良い男じゃないか、アタシの男に――」
「なりません。」
僕に気づくとすぐに口説こうとしてきたが、迷わず断る。
ネリスがライアさんをにらみ、ライアさんは肩をすくめて「チッ、もう確保されてやがる。」と残念そうに言った。
「もしかして迎えに来てくれたんですか？」
「そうだよ、リカルドの奴に頼まれてな。代金もあいつ持ちだ。」
「リカルド？」
「私のお父さんの名前です。ライアさんは運送業者で、代金さえ払えば人でも物でも運んでくれるんです。」
もしかして、その荷車使ってライアさん自身が牽くの？
魔物の体力を今改めて理解した、ネリスが山道を普通に歩いてたのもちょっと納得できる。
「ほら乗りな、マリアのとこまでは連れてってやる。」
「ありがとうございます」
ネリスと一緒に荷車に乗り込む。
席とかはないようだから、とりあえずネリスと並んで隅に座る。
「行くぜ。」
ライアさんの掛け声とともに荷車が発進する。
およそ、人の足で出すのは無理だろうあり得ないスピードで。
「ヒイャッハァ――――――――――――！ 新記録狙うぜぇ―――――――！！」
馬車も真っ青のスピードで荷車が疾駆する。
風を感じながら、僕は思っていた。
新記録って何？
三十分ほどノンストップで街道を爆走していた荷車がいきなり停車する。
僕たちは慣性に従い急停止した荷車から投げ出される。
目に見える風景が回転していたと思ったら、止まる。
どうやらネリスが僕をキャッチしてくれたらしい、彼女は翼をひろげて宙に浮いている。
「ライアさん……前に事故起こして安全運転を心掛けるよう言われませんでしたっけ？」
「そうだったか？ いやぁ忘れちまったな、アタシ頭悪いから。」
笑って言うことではないと思う。
ネリスに地面に下ろしてもらい、前を見る。
目の前に広がっているのは、城壁だった。
高さはそうでもないが、崖の間をきっちりと埋めている。
当然ながら天然の物ではないし、そこまで古いものでもない。
「アタシは先に行くぜ、リカルドとルミネにはお前が帰ってきたこと伝えてやらないといけないだろ？」
「まあそうですね……二人とも過保護ですから……」
不用心なことに、城壁には入り口のようなものがある。
ライアさんはそこからずかずかと中に踏み込んで行った。
「どうせなら中に乗せてってくれてもいいのに……」
「それは無理です、『荷車の中に人を乗せた状態でここを通ってはいけない』ライアさんにとって一番守らないと危ない決まりですので。」
「破ったら？」
「営業停止です、二週間。」
それだけの間収入がゼロと考えると家計に大打撃だな……
たぶんそれはこの中に許可なく忍び込む人間対策だろう。
それにしてもは防備がざるじゃないかな、入り口を開いたままにしておくなんて。
「ところで、マリアさんっていうのは誰？」
「ここの守衛さんです。」
守衛って、いないじゃん。
「行きましょう、あってみたらわかります。」
ネリスが城壁にある入り口の中に入って行く。
反対側の光が良く見える、あんまり厚い壁じゃないんだな。
すぐに壁を抜けたけど、そこはまだ街じゃなかった。
中心に向かってなだらかに下る中庭のような場所で、光が差し込んでいる。
反対側にもまた城門があり、今僕が通ってきた城門同様に入口らしき穴がある。
二つの壁のちょうど真ん中、中庭のくぼみ部分には水がたまっている。
けど、濠にしては浅すぎる、簡単に泳いで渡れそうだ。
立ち止まるネリスを気にせず、僕は歩いて行く。
池に足を踏み入れようとした瞬間、ネリスが急いで襟首をつかんだ。
「待ってください……危ないです。」
「え？ ただの水たまり……」
「マリアさん、意地悪はやめてくださいよ……」
水たまりに向かいネリスが声をかける。
その瞬間だった。
「くすくす……」「あら残念……」「行きのいい男の子……」「ネリスさんの彼氏？」
水たまりから声がしたと思ったら、水たまりが形を変えて女性が姿を現した。
一人や二人ではなく、二十人ほど。
体つきや顔つき、髪型や身長はそれぞれ違うけれど、全員一様に裸で、水色をしている。スライムだ、それもたくさんの。
ほとんど全員頭に同種のカチューシャのような飾りがある
その中心、一人だけが少し豪華な頭飾りをつけている。
一番彼女の体が魅惑的に見える。
スライム達の中でどうやら中心は彼女のようだ。
「あらあら、ごめんなさいね、可愛い男の人を食べるチャンスだと思ったの。」
「食べたら、マリアさんでも許しません。」
どうやら、このスライム達のリーダーのような人がマリアさんのようだ。
「はじめまして、ネリスさんの恋人さん。わたくしはクイーンスライムのマリアと申します。」
「クイーンスライム？」
「ええ、分裂機能に欠陥のあるスライムの派生種で、この子たち全員がわたくしです。」
彼女の周りにいた侍従スライム達が同時にお辞儀する。
ところで僕、ネリスの恋人って認識されてるみたいだけどいいのかな。
ネリスをちらりと見ると、目があった。
顔は赤いが、まあ付き合っているということでいいだろう。
否定したとしても、この人が聞くかちょっと疑わしい。
「通行証を持たずにクルツに入ろうとする人や、侵略してこようとした教会の騎士さんたちを追い払うのがわたくしたちの仕事です。やり方は一任されております。」
「とてもエッチなことを全員でして、足腰立たなくするんです、前に一度だけ光景を見ましたけど、すごいですよ……六人相手にまさに酒池肉林でした」
ネリスが僕の耳元で囁く。
つまり僕が彼女に足を踏み入れようものなら、逆輪姦されてたってことか……
本当にありがとうネリス、助けてくれて。
「ネリスさん、通行証を見せてください。」
いつの間に取り出していたのか、ネリスが良くわからない木簡を見せる。
「はい、どうぞお通りください。」
マリアさんの下に、トンネルのようにして空洞ができる。
城壁を抜けると、そこには町があった。
それも、かなり広い。
城壁を出たところは町から少し離れていて人家はまばら。
盆地の中央には街並みが広がっていて、外側に行くにつれ人家が減って行き、そのうち畑や牧場の方が多くなっていく。僕たちのいる場所から階段を下りてそう遠くない場所には、大きな建物が立ち並ぶ場所がある。
「ようこそ、クルツ自治領へ。」
ネリスが僕の傍らで、笑顔でそういう。
「とりあえず、戸籍登録とか通行証の発行とか、手続きがあるから領主館に行きましょう。」
ネリスに手をひかれて向かったのは、町の中央付近にある大きな建物。
ネリスがドアを開ける。
「こんにち――」
「ネリスぅ―――――――――――！！！！」
僕より少し年を取った感じの男が、ドアを開けた瞬間ネリスに飛びついた。
「ああ帰ってきた帰ってきてくれた僕の愛しいネリス。一体どれほど心配したと思ってるんだそれはもう飯ものどを通らないほどなんだぞ――」
ガゴン
次に飛んできたのは椅子だった。
男の頭に直撃した椅子はそのままブーメランのように戻って行く。
「人の娘に触れるんじゃないわよクソキザ野郎。」
片手で椅子をキャッチしながらそう言ったのは、サキュバスの女性だった。
サキュバスらしい妖艶さと、どこか高貴さを漂わせる独特の服装をした女性は、靴の音を鳴らしながら僕に近付いてくる。
「はじめまして、ネリスの母のルミネです。あなたがネリスが見染めた男の人ね？ ああこいつのことは気にしないで頂戴、ネリスに昔から付きまとっていた男だけど、あなたが登場してあきらめると思うから。」
「え？ あ？」
握手を求められたのでとりあえず握手は返しておいた。
けど一体いつの間にそんな話になったんだろう。
と思ったら、領主館の中にライアさんがいる。
絶対あの人だ、あの人が話を流したんだ。
「式はいつがいいかしら？」
「僕未成年ですけど……」
「クルツでは法的には十歳を迎えれば結婚できるわ。」
そりゃまたずいぶん若いのに結婚可能な年齢ですね。
若いっていうかそれもう幼いっていうような……
「ネリスは奥手だから心配してたのよ、変な男には言い寄られるしあの人は過保護になりすぎるし……けどもう安心ね、バックアップ完璧だから心配いらないわ。」
「それはどう言う……」
「新居も新生活の用意も戸籍手続きも全部やっておいたから。」
周到なことで……
っていうかそれってもしかして
「……お母さん、私もうテリュンさんと入籍したことになるんですか？」
ネリスが圧倒されている僕に代わって肝心な質問をルミネさんにしてくれた。
すっかり流されていたけれど、僕たちは一応相思相愛ではあっても結婚しているわけではないし恋人としての時間もまだない。
あると言えばあるのかもしれないけど短すぎる。
「いいえ？ 戸籍手続きの用意ってのはまだよ、でも時間の問題でしょう？」
そうかもしれないけど当人同士の話し合いのあとに準備を進めるものなんじゃないのかな……
「とりあえず、クロにあって戸籍取ってきなさい、話はそれからよ。」
ルミネさんが指さした先には、眼鏡をかけた四十くらいの男が座っている。
「あの人は？」
ネリスに尋ねる。
「現在の『人間の領主』二代目クロード・ラギオンさんです。」
「二代目？」
「人間の領主は初代人間の領主、開拓者クロード・ラギオンの名前を受け継ぐ決まりなんです、魔物の領主が私たちの血筋であるのと同様に。」
「そ、まぁ早いところクルツの法律とかは覚えなさいね。二代目『魔物の領主』の夫になるのよ君は。」
ルミネさんが僕の肩に手を置く。
そう言えば、ネリスのお母さんは魔物の領主だって言ってたっけ……
とりあえず、クロードさんのところに行く。
「席変えるぞ、ここじゃ話しづらい。」
そう言って、クロードさんは席を立つと僕に「ついてこい」と短く言って歩き出した。
案内された部屋は二階の、まるで領主の執務室のような部屋だった。
まるでっていうか……さっき執務室って書いてあった。
目の前にはクロードさんが座っている。
「この書類に、必要事項を記入してくれ。」
そう言ってクロードさんは僕にペンと書類を渡してくれた。
なぜか膝の上に長い棒を持ってるのが不安でたまらない。
厳格そうな顔立ちと真正面からにらめっこするのは避けたかったので、見せられた書類に目を通している。
まるでアンケートのようだ。
第一項目。
どうしてクルツに移住しようと思ったのか。
色んな選択肢がある中に「好きな相手がここに住んでいるから」がある。
これ本当に書いちゃっていいのかな、とか思いながらとりあえず記入。
クロードさんが立ちあがったと思ったら、天井を棒でいきなり突いた。
ズドォン
細い棒でついたとは思えないような轟音が響く。
「少し待ってろ……」
クロードさんが部屋を出る。
何？ 何があったの？ 僕もしかして怒らせた？
茫然として用紙に記入する姿勢で硬直しているうちに、クロードさんが戻ってきた。
片手に一人ずつ合計二人、ワーキャットを引きずって。
どうやら二人とも気を失っているようだ。
片方は背が僕より高いくらいで、灰毛で出るところの出た体つき。
もう片方が背が低くて、黄色の毛で少し子供っぽい体つき。
服装は同じで、青色のショートパンツと黒のランニングシャツ。
姉妹なのだろうか、反応に困る。
「えっと？」
「屋根裏から覗いてたから捕まえてきた。」
それで説明終わりと言わんばかりにクロードさんはまた部屋を出ていく。
三十秒ほどで戻ってきた。
「用紙……」
「はい？」
「記入してくれ。」
「あ、ハイ。」
言われたとおりに書類に目を戻す。
第二項目
住む期間はどのくらいを希望する？
一番最初の「一生」に記号をつける。
第三項目
得意分野は？（複数回答可）
これには選択肢がなくて空白部分ばかりだ。
自分の得意分野と言えば……
狩りに利用する罠の設置と書類整理等雑務、および料理。
一人暮らしが長かったから、日常的な家事は全部できるし書類整理とかはかなり上手だと知り合いには評価されていた。
書き終わる直前、
ドバァン！
とんでもなく乱暴に執務室のドアが開かれる、吹っ飛んだんじゃないかと思ったけど、どうやら壊れてはいないようだ。
「ようクロ、ネリスの夫ってのはどいつだ？ 祝い酒でオレの店で一番いい酒持ってきてやったから渡させろよ。」
入ってきたのはクロードさんよりさらに背の高い緑色の肌の女性。
片手には酒瓶が握られている。
まとっているのは服というよりはボロ切れで、大事な部分をかろうじて隠せている程度の面積しかない。
オーガだ、やっぱり魔物、粗野な感じがするけど結構な美人。
「そこに置いといてやれ。」
クロードさんは呆れたような顔で僕の右前を指差す。
オーガの女性は僕の右前に言われたとおりに酒瓶を置くと、やっと僕に気づいたらしい。
「おう！ お前がネリスの夫かよ、ライアに聞いてた通りになかなかいい男じゃねぇか、オレの店に来たら色々サービスす――」
「面接の邪魔だ。」
快活な笑顔を浮かべていたオーガの女性の顔が、六十度ほど一瞬で傾く。
どうやら顎にクロードさんの棒がぶつけられたらしい。
膝から崩れたオーガの足をクロードさんがつかみ、逆さづりにする。
ボロ切れがずれて全部見えている。
「窓、開けてくれ。」
言われたとおりに大きな窓を空ける。
クロードさんが振りかぶり、
「うォオオァアアアアア！！！！」
雄たけびと共にオーガを窓からほうり投げる。
なんていうか……容赦ないなこの人。
「記入、終わったか？」
「いえ、まだです。」
第四項目
希望する職種は？
最後の「特になし」を選択。
っていうか一つ前にある「殺人鬼」って何……
第五項目
伴侶・婚約者はいますか？ いるなら魔物か人間か・種族をお答えください。
既に「いる・魔物サキュバス」って書かれてる……！
なんだか逃げ道のないマリッジコース一直線なんだけど……
第六項目
名前
テリュン・マグノース
名前の最後のｓを書いた瞬間、またしてもクロードさんが立ちあがった。
今度は何かと思ったら、執務机に向かって歩く。
机の下を覗き込み、手を突っ込む。
女の子が姿を現した、まだ子供のようだけど……やたら胸が大きい。
クロードさんはため息をつきながらその女の子を猫掴み状態で運び去って行く。
多分あの子はホブゴブリンだな……あんな特徴だって聞いた気がする。
「書けました。」
戻ってきたクロードさんに書類を渡す。
「おう」
内容をきっちり確認するクロードさん。
「テリュン。」
僕の目を見て僕の名前を呼んでくる。
「明日にでも斡旋される職業のリストを掲示しておくから、見に来てくれ。面接はこれで終わりだ。」
案内された僕とネリスの自宅には、ネリスとルミネさん以外にも、さっき面接を覗いていたワーキャット姉妹やライアさん、酒を持ってきたオーガに、黒い紳士服を着た男がいた。
「お待ちしてました、テリュンさん。」
ネリスが笑顔で出迎えてくれる。
「まず皆の紹介をします、このワーキャット二人は姉妹で、灰毛が姉のシェンリ、黄色の方が妹のクリムです。こちらのオーガの人は酒蔵のブリジットさんで、この黒い服の男の人が私のお父さん、リカルドです。」
「初めまして、娘がお世話になります。」
「いえ、こちらこそネリスには世話になってばかりで。」
丁寧に頭を下げてきたリカルドさんに、思わず僕もかしこまってしまう。
それにしても、リカルドさんは若い。
「娘をよろしく頼むよ……では、君の歓迎会なんだからたっぷり飲んでたっぷり語らおうじゃないか。」
ネリスの隣の椅子に無理やり座らされる。
歓迎会という名の宴会が始まった。
四時間が過ぎると、ワーキャット姉妹とネリスとルミネさん、それにライアさんは完全に動きを止めた。というか、酔いつぶれて寝てしまった。
未成年なのでと酒を断っていたが、皆飲んでいるのでと押し切られて酒を飲み僕がやたらアルコールに強いことを知った。
ブリジットさんは酒をあおりながらまだまだ料理にがっついている、たまに僕を見る目がなんだかやたら誘惑するようだったので、料理が片付く前に逃げないと危ないかもしれない。
リカルドさんが解放してくれればだけど。
リカルドさんは僕の肩を抱き、妻としてきたいろんなこと（主にエッチ）武勇伝を熱く語っている、内容が絶対ネリスにはできないくらいハードすぎて二分で聞く気を失い、右から左に受け流す。
「ふぅ……そろそろお開きにするか。
「そうですね。」
既に主賓のはずの僕全然楽しくないし。
「本当は乱交パーティまで繋ぎたかったんだが、ブリジットが来て酒をふるまった時点であきらめるべきだったね。」
「ネリスもルミネさんもすぐつぶれましたね、そう言えば。」
「そうそう、君に渡しておきたいものがあるんだ。」
リカルドさんは部屋の隅に置いてあったカバンから、プレゼント用の包みを一つ取りだす。
受け取ってみると、長さは僕のひじから手首あたりまで。
細長い形状。
「僕が昔使っていた品だ、有効利用してくれたまえ。」
リカルドさんはそう言ってから振り向き「ブリジット、撤収だ」と言った。
素早く後片付けがなされ、つぶれたうちのネリスを除く四人が荷車に乗せられていった。
プレゼントの包みを開けてみる。
中にあったのは、特大ディルドーだった。
リカルドさん、ドン引きです……
11/03/20 16:43更新 / なるつき
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