連載小説
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第五話 昊と魔法の修行
「魔法を……身につける?」
領主館にもう一度呼び出された僕にクロードさんが告げた「提案」を、僕はオウム返しに聞いた。
「そうだ、細かく言えば探査系の魔法を利用して、はぐれたお前の仲間が今どっちの方角にいるのかを割り出す。通信魔法でも使えれば最上だが、身の危険を考えると悠長にはしていられん。」
クロードさんはつらつらと提案の細かな内容まで僕に語って聞かせてくれる。
「えっと、僕以外の人の探査魔法に頼るのは?」
「お前しかお前の仲間に接触してるやつがいないんだ、使えない。」
あっさりと僕の意見を否定してくれる、どうやら魔法もそこまで便利にはできていないようだ。
しかし、いくらファンタジー世界に飛ばされてきたとはいえまさか僕自身が魔法を使うことになるとは思っていなかった。
魔法がどんなふうに使えるようになるのか、どんなことをして身につければいいのかはよくわからないけど、とりあえずクロードさんの意見に反対はない。
「さて、俺では基礎しか教えられんから、特別教諭にここからは任せよう、入ってくれ。」
クロードさんの声と同時にドアを開いて入ってきた女性は、
「天満……?」
長い黒髪、黒い瞳。
僕たち日本人と同じ特徴を持っていたその女性は、はぐれてしまった僕の姉である天満にそっくりだった。
いやけど天満よりも年上のようだ、天満はまだ学生だけど、彼女は見た目からしておそらく二十台の中盤ぐらいだろう。
「違う違う、私はアイリ、君ももう会ったことあるでしょ? 南部開発局のロイドのお姉ちゃんよ。」
天満そっくりの陽気な笑顔で笑って見せる。
「言われてみれば……なんか天満より体つきが貧相な気がする……」
「丸焼きにされたいのかしら? ウェルダンかミディアムなら要望聞いてあげるわよ?」
「ごめんなさい。」
思っていたことが声に出てしまっていたらしい、アイリと名乗る女性は手のひらに火の玉を浮かべて、こめかみに青筋を走らせた笑顔で僕を見た。
「新婚の人妻捕まえて体つきが貧相とか、失礼にもほどがあるわ。」
アイリさんは火の玉を消すと、忌々しげにつぶやく。
別段アイリさんが貧相なわけじゃない、ただちょっと、天満と比べると貧相に見えるだけで。
「なんかまた失礼なこと思ってない?」
「思ってません!」
心を読まれた。
「まぁいいわ、私の体はハルトが褒めてくれさえすれば……」
どこか遠い目をしてアイリさんが言う。
「ついてきなさい、時間はないんだからさっそく修行よ。」
そういうとすぐにアイリさんはクロードさんの執務室を出ていく。
僕もすぐに後を追う。


連れてこられたのは、町から離れたところにある小屋だった。
どうやら何かの研究所のようだけど、それにしては設備がオンボロすぎやしないだろうか。
「ほいこれ握って。」
アイリさんは戸棚から小さなビー玉のような球体を取り出すと、僕に投げる。
言われたとおりに握ると、手の中から緑色の光が溢れてくる。
「これは?」
「その人の魔法の適性と、どんな魔法が向いてるか調べる道具。君の場合は結構魔法に適性があって、風の魔法が特に相性がいいみたいね。」
すらすらとアイリさんは僕に説明する。
「運がいいわ、風の魔法は一番探索系統に優れてるから。」
そう言うと、今度はアイリさんは腕輪を一個取り出す。
「魔法を身につけるにはまず魔術を習得するのがいいわね、いきなり魔法から身に着けて扱いこなす例外もいるけど、暴走したら危ないもの。」
「魔法と魔術はどう違うんですか?」
僕の知る限り同じものだというイメージがある。
もっとも、魔法も魔術も存在しない世界で生きてきたからイメージが混同しているのかもしれないけど。
「よその土地では一緒に扱われることのほうが多いわ、基本的に魔術は細かな手順を使わず即座に魔力を消費して発動できるもの、その分力は散りやすくて安定しないわ。魔法はある程度細かな手順と一定の手続きを要求してくるからすぐに使えないけど、安定して強い力を発揮できる。これが王国の分類ね。」
わかったようなわからないような。
「とりあえず、力の行使の手段から覚えてもらうわ。」
「どんなふうに?」
ボクの質問に答えるようにアイリさんは燭台を用意して、そこに蝋燭を一本ずつさしていく。そして蝋燭に火をつけると、
「消しなさい、そこから一歩も動かずに、口から息吹きかけるのは禁止だからね。」
とだけ僕に言って、そのまま近くにあった椅子に座ってしまう。
あまりに意味不明なその展開に、僕は思わず立ち尽くす。
いやいやいやいやいや、無理ですから。
「手から息を吐くイメージ、はいやってみる。」
手から息をって……
とりあえず言われたとおりに考えてみる。
手の平に口があると仮定、その上でそこから息を吐く、イメージしてみて、
手のひらを蝋燭の火に向ける。
イメージ、イメージ、
肺に貯めた空気を、手のひらから吐く。
変化なし。
「まぁそりゃそうか、いくら素養があってもまず自分の力を感じ取れてないんだから不可能よね。焦りは禁物……と。」
アイリさんは当たり前のような顔で言ってのける。
あれ? 僕が今やってたイメージって無駄?
アイリさんは今度は床に何やら文様の入ったマットを敷く。
「そこに座りなさい、姿勢は自由。」
言われたとおりに座る。姿勢は慣れている正座
「起動、開門。」
その言葉とともに、マットに接した部分から全身を何かが流れてくる。
血流にのってそれは全身を駆け巡り、そして頭の中で何かが開いた気がした。
次の瞬間には、今まで体になかった感覚がある。
全身に何か血以外のものがめぐっているような謎の感覚。
何が起きているのかはよくわからないけど悪い気がしないのでおとなしく成行きに任せる。
「はい、流れを止めてみなさい。」
言われたとおりに流れを止めるイメージをしてみる。
というより全身の力を抜くイメージのほうが近いだろうか。
体のなかを流れていた何かの感触がなくなる。
「やっぱり才能あるのね、異世界からきてこれなんて。」
アイリさんは感心したように言うが、僕はいまいち状況がつかめていなかった。
「えっと……今のは何を?」
「頭の中の、こっちの世界に慣れてない部分を無理やり適応させたの、魔力を認識する能力を目覚めさせたっていえばわかりやすいかしら。」
全身に何かを流し込まれたこの感触に、この世界の人は当たり前に適応しているんだろうか。
「すぐに慣れるわ。一生認識できない人もいるくらいだし。」
うーん、気になってしょうがない。
「さて、もう一回やってごらんなさい?」
言うが早いかアイリさんはまた椅子に座る。
やってみろって言われても。
動かせるのかな、これ。
試しに手のひらに意識を集めてみると、そこに「何か」が集まった感触がした。
えっと、今度は出すイメージ。
ソフトボールくらいの球を、固めて、投げる。
手のひらから出た球体が、燭台に一直線に向かっていく。
蝋燭の火を消すんじゃなくて、蝋燭の先端ごとぶっ壊してしまった。
「あれま……まぁ第一段階はクリアね。」
苦笑いを浮かべながら、アイリさんは言った。
「次は光弾飛ばしみたいな基礎中の基礎じゃなくて、もう少し発展した魔術を身に着けてもらうわ、まだまだやることは山ほどあるのよ?」


そのあと一通り戦闘用や基礎の魔術を習って、僕の魔力が尽きて僕が立てなくなったのでそこで終わりということにした。
「才能もあるんでしょうけど、目的意識の強さもあるんでしょうね、そこまで頑張るってことは友達の中に好きな子でもいた?」
「いえ、天満にそんな感情は向けてなかったですし、如月は怖いので。」
笑顔で訪ねてくるアイリさんに真面目に答える。
「けど、天満が心配なのはあります、彼女は一人じゃ何もできないですし、それに僕のたった一人の家族ですから。」
両親が事故で亡くなって以来、彼女だけが僕の家族だった。
父方、母方とも祖父母はすでに亡くなっていて、僕の両親は一人息子一人娘だったから。
彼女がいたからこそ僕は孤独を感じずに済んだ、遺産目当てに近づいてくる連中から自分たちを守るためにどんな汚い手でも使うことができた。
全部天満のおかげだった、本人は気づいてなかったかもしれないけれどそれは事実だ。
「たった一人の家族……私も似た思いはしたわね。」
「アイリさんも家族がロイドしかいないんですか?」
「今は違うわよ、夫がいて、義理の妹ができて、これから増える予定だし。」
そういえば新婚だって言ってたっけ、義理の妹ってことはロイドにも奥さんがいるってことだよな? どんな人なんだろう。
「けど、四年前まではロイドしかいなかったわ、皆殺されちゃったもの。」
悲しそうな眼をしてアイリさんが言う。
何があったんだろう、聞きたい気はするけど、人の心の傷をえぐるのは……
「私とロイドの住んでた村は、八年前に貴族の私兵たちに滅ぼされたのよ。」
アイリさんは僕が意図して聞かなかった話を、自分から語りだした。
「この国では貴族が領民を虐殺して金品を巻き上げることがたまにあるわ、それを全部魔物のせいにして責任逃れをするの。私とロイドの暮らしていた村も同じように……」
「貴族に滅ぼされたんですか?」
「そうよ、生き残ったのは村を離れていた私とロイド、それに通りがかったクロードさんに助けられたヘルマンの三人だけ。まぁヘルマンはその後ずっとクルツにいたから私たちも生きてると知らなかったけどね。」
僕はもしかしたらとんでもない国に来てしまったのかもしれない。
クロードさんがまさかそんなことをするなんて思えないけれど、でももし天満たちのうちの誰かがそんなことの被害にあったらと思うとぞっとする。
「それより屈辱なのは、そのあとよ……」
アイリさんは今度は瞳に怒りを浮かばせて憎々しげにつぶやく。
「私たちは親や友達の敵に騙されて、ロイドに至っては勇者になったんだから。」
「勇者?」
「そう、祝福によって人を超える力を得た魔物討伐のための最高戦力っていうのが建前だけど、本当のところこの国ではお飾りよ。」
「ロイドさんはそれなんですか?」
「ええ、このクルツを侵攻する戦に勇者として参加し、今の妻であるルビーにボッコボコにされてここに囚われ、そして全部を知ったのよ。」
ちょっと待った、今の妻であるルビーにボッコボコにされたっていったいルビーって何者? さっきまでの話を勘案するとロイドさんってかなり強いことになるはずだけど。
「村が滅んですぐ私たちは近くにあった町の教会に孤児として引き取られて、そのあといろいろあってロイドは勇者候補生に、私はロイドを守るために魔術を身につける道を選びました。」
家族を守るための魔術……
なんだか僕と少し事情が似ている気がする。
「貴族連中はともかく、騎士団にはよくお世話になったわね……とくにマクワイア元帥には……」
「マクワイア元帥?」
「そ、王国軍の最高司令官、多分今はもう退職してるでしょうけど。」
なんだかすごい名前を出されている気がする……
「ロイドより一つ下の娘がいたわね、確かリィレって名前で……第二王女の護衛騎士だったかしら。」
いろいろそれはすごい情報なんじゃないだろうか。
「どんなふうにお世話になったんですか?」
「私たち姉弟の身元引受人が彼の一家だったのよ、だからロイドが正式に勇者になって私たちが勇者パーティを結成するまでは本当の家族みたいに扱ってもらったわ。」
とても悲しそうな顔で、アイリさんは言う。
何かすごく辛いことがあったんだと思う。
王国軍の最高司令官と、王国を裏切った勇者とその姉。
そこに何があるのかを僕は知らないけれど、でもあまり考えたくなかった。
「今日はもう休みましょう、この研究所の一室をルミネさんが貸してくれるらしいから使わせてもらいなさい。」
しばらく座っていたおかげだろう、大分僕の体力は回復していた。
アイリさんに案内されて、貸してもらえる寝室に向かう。
そして来たのは、寝室というよりは物置にベッドが置かれたような小さな部屋だった。
「じゃ、いい夢見なさいよ?」
それだけ言ってアイリさんは僕が反論する機会も与えず立ち去っていく。
とりあえず、寝ることにした。


その晩僕は夢を見た。
両親が死んだ日の夢。
やけに風の音がうるさかったあの日は、天満の誕生日だった。
誕生日パーティのために早く帰ると言っていた父さんと母さんを待って、僕たちは二人でゲームしていた。
格闘ゲームで僕が天満を何度もボコボコにして、リアルで数回蹴られながら、僕たちは両親の帰りを今か今かと待っていた。
そんなときに、電話がかかってきた。
一抹の不安を覚えながら僕が電話を取った、電話口の相手は淡々と病院の名前を告げて、
『……君のご両親は事故に会って……即死だったんだ。手の施しようがなかった。』
そう告げられた。
夢なら覚めてくれ、そう思った僕の足元の地面が、粉々に砕ける。

11/06/17 16:02更新 / なるつき
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■作者メッセージ
何が夢で何が夢ではないのか。
その定義は極めてあいまいで、何かの拍子に消えてしまいます。
けれど、認めたくない事実に限って現実だったりするんですよね。

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