第四話 並ぶ
「いいん……ですか?」
僕に背中から抱きしめられたままの状態で、イリヤが言う。
「何が?」
「一生隣にいますよ? 私が先に死んだって化けて出ますよ? もういやだって言っても絶対聞きませんよ? ……本当にずっと隣に居座りますよ……こんな地味で暗い女の子が……」
「別に、そんなの大して気にしないよ。」
そんな覚悟もなく隣にいてくれと頼むような軽薄な男じゃない。
「君は本当に美人で、それにすごく一途な女の子だ、それを保証する。」
暗い洞窟の中でも光る様に目立っていたイリヤの透けるように白い顔にわずかな赤みが差す。
「そんなに自信がないなら、ちょっと自信つくように頑張ってみようか。」
ちょっとおもしろいことを考えついた。
そう言うわけで、僕はイリヤの手を引いて洞窟を出た。
「ど、どこに連れてく気ですか!?」
「町、なんかおかしいかな?」
僕の考えついた計画を実行するために町の中心部に向かっていると、その行き先に気づいたイリヤが突然抵抗を始めた。
火事場の馬鹿力ってやつなのか、小さな体からは考えられないような意外な力で僕に抵抗する、力は強くはないけど並程度にはあるのに、僕。
「町なんて嫌です! こんな恰好皆指さして笑うに決ってます!」
凄い言いよう、クルツの民はそんなに冷たい人多いわけじゃないのに。
まぁ、ブリジットに薬持って凌辱するような連中がかつて出たくらいだから皆が皆善良ってわけじゃないのは僕も痛いくらい理解してるけど。
「気にしなければいいじゃないか。」
「……無理です…私が笑われるのは平気でも、一緒にいるロナルドさんまで笑われるのは耐えられません。」
いやはや……本当ダメにもほどがある僕をよくこんなに一途に思ってくれるもんだよ。
とはいえ、抵抗されっぱなしじゃ良くないかな。
さっきから訓練場から戻ってきた人たちが僕たちを見てひそひそ話してる。
「仕方ない。」
イリヤの腕をつかんでいた手を放す。
イリヤが今まで振り絞っていた力に引っ張られてバランスを崩すと、その背中と膝の下に手を滑り込ませて持ち上げる。
所謂「お姫様抱っこ」の姿勢になると、
「じゃ、行こうか。」
顔を真っ赤にして抵抗をやめたイリヤを連れて、クルツ唯一の服屋に向かう。
地味な格好で、自信がないなら、ちょっと着飾って自信をつけれもらえばいい。
素材は絶対に良いんだから、少し服装を工夫すればイリヤは光る。
大通りをお姫様抱っこの状態のまま通り抜け、服屋に向かうために左に曲がると、ちょうど服屋の目の前にツィリアさんがいた。
ショーウィンドウに飾られている白い清楚なワンピースをじっと見つめている。
もしかして……興味あるのかな。
いつも着ている羽衣と似たようなデザインだ。
「ツィリアさん?」
近づいて行って後ろから声をかけてみる。
「はひぃっ!!!!?」
奇妙な声を出しながら、勢いよく背筋が異常なまでにピンとした直立姿勢をとる。
変な声を出したのが恥ずかしかったのかそれとも服を見ていたことを見られたのが恥ずかしかったのか、ツィリアさんは恐る恐る僕を見る。それも出来の悪い機械のようにぎこちなく僕の方を振り向く。
「あ……ああロナルド、その娘は誰だ?」
いきなり思いっきり視線をそらそうとするあたり、本気で恥ずかしいらしい。
「ああっと……ドッペルゲンガーのイリヤーナです。」
僕がどうこたえるのか決めあぐねていると、先にイリヤが答えてしまう。
「魔物住民票に載っていない名前だな……」
「……はい、クルツにこっそり忍び込んだので……」
「どうやらロナルドに憑いて、しかも本性を暴かれた後のようだな、私は全く話を聞いていないんだが。」
ツィリアさんは見られた気恥かしさも相まってか何だか機嫌悪そうに僕たちを問い詰める。
「……領主館に連行する、私に抵抗できると思うなよ?」
そう言ったツィリアさんは羽根を広げて低空飛行しながら領主館に向かって行く。
そのあとを僕たちの体がフルオートで追跡する、ツィリアさんの神通力(本当は念動の魔法の一種)によって体を動かされているんだ。
ツィリアさんよりはるかに弱い魔力しか持っていないと、簡単に操作される。
十分ほど経過して、領主館。
ルミネさんが訓練日の今の時間帯にデスクについてることなんてありえないと思っていたけど、確かにそこにはルミネさんがいた。
「あらま、ホントに可愛い子が来たわ、しかも変態坊やに抱えられて。」
イリヤが僕の腕の中でむすっとした顔を見せる。
「相変わらずネリスに付きまとってたことを怒ってるんですね。」
「あったり前よ、あんたがクロの息子じゃなければとっくに氷漬けにして魔界に捨ててるわ。」
あっさり恐ろしいことを言ってくれる。
実際氷漬けにはしなくとも魔界に捨てられていた可能性は少なからずあっただろう、そうなったら僕はどこかの魔物にテイクアウトされていた。
「イリヤーナと言うらしい、ドッペルゲンガーだ。」
ツィリアさんがルミネさんに向かって言う。
「ああ、振られた坊やに憑いたのね、物好き。」
呆れた口調で言うルミネさんに向かって、
「さっきから何なんですか貴女は!」
イリヤが勢いよく僕の腕から飛び降りたと思うと、小さな体でルミネさんにつかみかかる。
ちなみに、つかみかかったのってそれブラだよね? びよんて伸びて……
あわてて目をそらす、胸がはだけている。
「失礼にほどがあります! ロナルドさんに謝ってください!」
「いやよ。」
さすがに即答。
「なんてのは冗談、からかいすぎたわ、ごめんなさい。」
真面目な態度で頭を下げてくれる。
普段ふざけているけど意外と真面目た人だと父さんは言っていた、たまに親御さんに会いに里帰りしてるって話も聞くし、真面目なことは疑いないだろう。
ふざけるときはとことんふざける人でもあるけど。
「けど何でドッペルゲンガーが『私の可愛いネリス』の姿をしてないのかしら? そこの坊やが惚れていたのはネリスのはずなのに。」
イリヤが驚いたように肩を震わせる。
何かまずいことでもあるんだろうか。
「それは、僕が本性を見てしまったからで……」
「違うわね。」
ルミネさんは説明しようとした僕の言葉をさえぎって言いきる。
「違いません……本当の姿で壁の向こうから話しかけてたときに、ちょっと事件が起きてロナルドさんに見られちゃったから……」
「だからそれが嘘だって言ってるのよ、今日は新月でもないし晴天。ドッペルゲンガーが声以外まで変えるなんてヘマするとも思えないわ。」
ルミネさんは淡々と冷静な口調でイリヤを追い詰めていく。
言われてみればそうかもしれない。
「貴方もしかして、変身できないんじゃない?」
「ッ――――――――――!!」
イリヤの顔が真っ青になる。
いやいやそんなことはありえないだろう。
「いや、ルミネさんそれはありえないです、だって僕と会った時イリヤは確かにネリスの姿に化けてましたから。」
「そのとき可能であったのが、今可能とは限らないわ。ドッペルゲンガーは対象の『恋しいと思う相手』にしか変身できないんだから。」
つまり感情が動いてしまえばその力は失われかねないほど不安定なものと言うことになる。
「失った恋を埋めるには、新しい恋が一番、ロナルドも分ってるんじゃないの!」
肩をバンバン叩きながらルミネさんが言う。
意外なくらいの馬鹿力のおかげで、肩が外れそうに痛い。
言ってることの意味がさっぱり分からないし。
ツィリアさんがあるいて僕の横を通り過ぎようとする。
その瞬間に
「気付いていない感情にはとことん愚鈍のようだな」
と言われた。
何のことなのかさっぱりだったけど、悪口じゃないかとは何となく思った。
「ルミネ、さっさと戸籍に登録してやれ。」
「あらいけない忘れてたわ。」
そう言うとルミネさんは念動の魔法で書類と羽根ペンを飛ばして運んでくる。
昔ネリスに飛びついてたときとかよくあれで椅子を投げ付けられたなぁ。
書類の記入が終わると、イリヤの住所は僕たちの家になることが決定した。
いつまでもあの洞窟で過ごしているわけにもいかなかったからだ。
すべての登録が終わると、僕たちはまた服屋の前に来ていた。
僕とイリヤと、そしてツィリアさん。
「……驚いたか?」
「何がですか?」
僕の左に立ったツィリアさんが顔を真っ赤にしながら僕に聞いてくる。
反対側に立つイリヤは逃げることを諦めたらしく、黙って僕に従ってくれた。
「私が……服屋にいたことがだ。」
「まぁ……ちょっと驚きました。」
いつも同じ羽衣を着ているから、他の服なんて必要ないと思ってるんだと思ってた。でもキラキラした瞳でショーウィンドウ眺めてたツィリアさんは、普通の容姿相応の女の子のようで可愛げがあった。
「別にいいじゃないですか、女の子が服を眺めておかしい道理が立ちませんよ。」
ツィリアさんがと言われれば意外に思う人や笑う人もいるかもしれないけど。
「女の子か……そうか女の子か。ランスやハロルド、それどころかクロですら私のことは『女のひと』と考えるものを、お前は意外なところで肝が据わっているな。」
「そう言えば、見た目幼いですけどツィリアさんって一応八十歳以上行ってるんでしたっけ。」
寿命の概念を持たない天使の中には幼い姿のうちから成長が止まるものも少なくないから、エルフと同様に天使を見た目で判断してしまうのはよくない。
「そうだ、正確には八十七歳八カ月。」
そこまで正確に把握しているのは几帳面なツィリアさんだからだろう。
「気になったんですけど、服って買ってるんです?」
「…………買っている、五着ほど……」
顔を真っ赤にしながらツィリアさんが答える。
意外と多いけど、それにしては普段ずっと羽衣一着しか来ていない気がする。
「着てるんですか? その服、見たことないですけど。」
「誰もいない自宅で鏡の前で着てみているんだ! 文句があるか!!」
顔を真っ赤にしてツィリアさんが答える。
ってことは人に見せてみたことはないんだ。
「ロナルドさん……」
イリヤがくいくいと僕の服の裾を引っ張る。
どうやら待たされてその上僕がツィリアさんとばかり会話しているのがお気に召さないらしく、ちょっとだけ頬を膨らませて微笑ましい怒り顔を見せている。
「ごめんごめん、行こうか。」
イリヤの頭を軽く撫でてあげてから、服屋に入る。
「おやいらっしゃい、ツィリアさんにロンなんて妙な組み合わせだね。」
迎えてくれたのは店員のヘルマンだ。
イリヤがすぐに僕の影に隠れたから、イリヤのことは気付かなかったらしい。
七年ほど前に父さんが偶然立ち寄った、貴族の私兵に襲われていた村で救出した青年、最近入植した元勇者ロイドとは友人。
「トリーさんは?」
「店長なら奥だよ、他の皆と一緒に新しい服作ってる。」
服屋の店長、トリーさんことトリニスタさんはアラクネ……ではない。
クルツにアラクネはいないし、基本的にアラクネが服を作るのは自分の夫に向けてだけなのでいたとしても服屋の店長などしていないだろう。
彼女は外界で服屋の娘だったのだが、見た目が綺麗だったとかの理由である日奴隷商人に捕まり、それをお祖父さんに助けられたらしい。
基本的に服屋はすべて手作りだから、あまり品揃えはよくない。
ただオーダーメイドの服は簡単に作ってくれるし材料も豊富にあるので、クルツの民は皆ここのお世話になっている。
それに、未婚でその上恋人を持たない魔物はほぼ必ずこの店のお世話になる。
彼女らは絶対に体に『自分の体の一部を含む』衣服や装飾品を身につけなくてはいけない慣習がある。それにルミネさんが施す魔法によって、魔物の本能の抑制を容易にする。
身につけるものは魔物によって変わる、大体自分の毛髪を服に仕込んで利用しているけど、最近ロイドと恋人になったルビーだけは落ちた鱗をピアスに加工してある。
猫姉妹ならリストバンドだし、ネリスなら腰帯代わりに利用している大きなリボン。
ツィリアさんは確か髪と同じ色の髪留めをつけてある、どこにあるか不明。
とりあえず僕とイリヤは店の奥へ、ツィリアさんは店内を回ることにした。
「トリーさん、ちょっといいかな?」
奥を覗き込んで声をかけてみると、トリーさん他数人の店員が型紙をもとにそれぞれ服を仕立てている。
トリーさんは僕に気づくとすぐにこっちに近付いてくる。
「何かしらロン。」
僕は体の後ろに隠れていたイリヤを前に出すと、
「彼女に似合う服を仕立ててほしいんだ、上限額は……このくらい。」
僕が提示できる余裕のあるお金全部の額を示す。
「あら可愛い♪ 良いわね…ちょっと貴女こっちに来て。」
トリーさんはイリヤを誰何することなく迷わず奥の採寸室に連れていく。
どうやら、イリヤのことを気に入ったらしい。
待つこと五分。
ご満悦の表情のトリーさんとなんだか疲れた様子のイリヤが戻ってきた。
「原色は似合わないみたいだから配色は主に白黒ね、一週間あれば仕上がるから期待してなさい。」
「はい。」
トリーさんに一礼すると、僕たちは店を出た。
戻ってきたのは僕の家だった。
とりあえず家族にもイリヤのことを紹介して、一緒に暮らすことも許可してもらわないといけない。皆温かい人たちなんだから嫌な顔をするとも断るとも思ってないけど、どう紹介するか部屋で悩んでいた。
僕が思案にふけっていると、イリヤが突然倒れる。
「え? イリヤ? どうしたんだ!?」
僕に背中から抱きしめられたままの状態で、イリヤが言う。
「何が?」
「一生隣にいますよ? 私が先に死んだって化けて出ますよ? もういやだって言っても絶対聞きませんよ? ……本当にずっと隣に居座りますよ……こんな地味で暗い女の子が……」
「別に、そんなの大して気にしないよ。」
そんな覚悟もなく隣にいてくれと頼むような軽薄な男じゃない。
「君は本当に美人で、それにすごく一途な女の子だ、それを保証する。」
暗い洞窟の中でも光る様に目立っていたイリヤの透けるように白い顔にわずかな赤みが差す。
「そんなに自信がないなら、ちょっと自信つくように頑張ってみようか。」
ちょっとおもしろいことを考えついた。
そう言うわけで、僕はイリヤの手を引いて洞窟を出た。
「ど、どこに連れてく気ですか!?」
「町、なんかおかしいかな?」
僕の考えついた計画を実行するために町の中心部に向かっていると、その行き先に気づいたイリヤが突然抵抗を始めた。
火事場の馬鹿力ってやつなのか、小さな体からは考えられないような意外な力で僕に抵抗する、力は強くはないけど並程度にはあるのに、僕。
「町なんて嫌です! こんな恰好皆指さして笑うに決ってます!」
凄い言いよう、クルツの民はそんなに冷たい人多いわけじゃないのに。
まぁ、ブリジットに薬持って凌辱するような連中がかつて出たくらいだから皆が皆善良ってわけじゃないのは僕も痛いくらい理解してるけど。
「気にしなければいいじゃないか。」
「……無理です…私が笑われるのは平気でも、一緒にいるロナルドさんまで笑われるのは耐えられません。」
いやはや……本当ダメにもほどがある僕をよくこんなに一途に思ってくれるもんだよ。
とはいえ、抵抗されっぱなしじゃ良くないかな。
さっきから訓練場から戻ってきた人たちが僕たちを見てひそひそ話してる。
「仕方ない。」
イリヤの腕をつかんでいた手を放す。
イリヤが今まで振り絞っていた力に引っ張られてバランスを崩すと、その背中と膝の下に手を滑り込ませて持ち上げる。
所謂「お姫様抱っこ」の姿勢になると、
「じゃ、行こうか。」
顔を真っ赤にして抵抗をやめたイリヤを連れて、クルツ唯一の服屋に向かう。
地味な格好で、自信がないなら、ちょっと着飾って自信をつけれもらえばいい。
素材は絶対に良いんだから、少し服装を工夫すればイリヤは光る。
大通りをお姫様抱っこの状態のまま通り抜け、服屋に向かうために左に曲がると、ちょうど服屋の目の前にツィリアさんがいた。
ショーウィンドウに飾られている白い清楚なワンピースをじっと見つめている。
もしかして……興味あるのかな。
いつも着ている羽衣と似たようなデザインだ。
「ツィリアさん?」
近づいて行って後ろから声をかけてみる。
「はひぃっ!!!!?」
奇妙な声を出しながら、勢いよく背筋が異常なまでにピンとした直立姿勢をとる。
変な声を出したのが恥ずかしかったのかそれとも服を見ていたことを見られたのが恥ずかしかったのか、ツィリアさんは恐る恐る僕を見る。それも出来の悪い機械のようにぎこちなく僕の方を振り向く。
「あ……ああロナルド、その娘は誰だ?」
いきなり思いっきり視線をそらそうとするあたり、本気で恥ずかしいらしい。
「ああっと……ドッペルゲンガーのイリヤーナです。」
僕がどうこたえるのか決めあぐねていると、先にイリヤが答えてしまう。
「魔物住民票に載っていない名前だな……」
「……はい、クルツにこっそり忍び込んだので……」
「どうやらロナルドに憑いて、しかも本性を暴かれた後のようだな、私は全く話を聞いていないんだが。」
ツィリアさんは見られた気恥かしさも相まってか何だか機嫌悪そうに僕たちを問い詰める。
「……領主館に連行する、私に抵抗できると思うなよ?」
そう言ったツィリアさんは羽根を広げて低空飛行しながら領主館に向かって行く。
そのあとを僕たちの体がフルオートで追跡する、ツィリアさんの神通力(本当は念動の魔法の一種)によって体を動かされているんだ。
ツィリアさんよりはるかに弱い魔力しか持っていないと、簡単に操作される。
十分ほど経過して、領主館。
ルミネさんが訓練日の今の時間帯にデスクについてることなんてありえないと思っていたけど、確かにそこにはルミネさんがいた。
「あらま、ホントに可愛い子が来たわ、しかも変態坊やに抱えられて。」
イリヤが僕の腕の中でむすっとした顔を見せる。
「相変わらずネリスに付きまとってたことを怒ってるんですね。」
「あったり前よ、あんたがクロの息子じゃなければとっくに氷漬けにして魔界に捨ててるわ。」
あっさり恐ろしいことを言ってくれる。
実際氷漬けにはしなくとも魔界に捨てられていた可能性は少なからずあっただろう、そうなったら僕はどこかの魔物にテイクアウトされていた。
「イリヤーナと言うらしい、ドッペルゲンガーだ。」
ツィリアさんがルミネさんに向かって言う。
「ああ、振られた坊やに憑いたのね、物好き。」
呆れた口調で言うルミネさんに向かって、
「さっきから何なんですか貴女は!」
イリヤが勢いよく僕の腕から飛び降りたと思うと、小さな体でルミネさんにつかみかかる。
ちなみに、つかみかかったのってそれブラだよね? びよんて伸びて……
あわてて目をそらす、胸がはだけている。
「失礼にほどがあります! ロナルドさんに謝ってください!」
「いやよ。」
さすがに即答。
「なんてのは冗談、からかいすぎたわ、ごめんなさい。」
真面目な態度で頭を下げてくれる。
普段ふざけているけど意外と真面目た人だと父さんは言っていた、たまに親御さんに会いに里帰りしてるって話も聞くし、真面目なことは疑いないだろう。
ふざけるときはとことんふざける人でもあるけど。
「けど何でドッペルゲンガーが『私の可愛いネリス』の姿をしてないのかしら? そこの坊やが惚れていたのはネリスのはずなのに。」
イリヤが驚いたように肩を震わせる。
何かまずいことでもあるんだろうか。
「それは、僕が本性を見てしまったからで……」
「違うわね。」
ルミネさんは説明しようとした僕の言葉をさえぎって言いきる。
「違いません……本当の姿で壁の向こうから話しかけてたときに、ちょっと事件が起きてロナルドさんに見られちゃったから……」
「だからそれが嘘だって言ってるのよ、今日は新月でもないし晴天。ドッペルゲンガーが声以外まで変えるなんてヘマするとも思えないわ。」
ルミネさんは淡々と冷静な口調でイリヤを追い詰めていく。
言われてみればそうかもしれない。
「貴方もしかして、変身できないんじゃない?」
「ッ――――――――――!!」
イリヤの顔が真っ青になる。
いやいやそんなことはありえないだろう。
「いや、ルミネさんそれはありえないです、だって僕と会った時イリヤは確かにネリスの姿に化けてましたから。」
「そのとき可能であったのが、今可能とは限らないわ。ドッペルゲンガーは対象の『恋しいと思う相手』にしか変身できないんだから。」
つまり感情が動いてしまえばその力は失われかねないほど不安定なものと言うことになる。
「失った恋を埋めるには、新しい恋が一番、ロナルドも分ってるんじゃないの!」
肩をバンバン叩きながらルミネさんが言う。
意外なくらいの馬鹿力のおかげで、肩が外れそうに痛い。
言ってることの意味がさっぱり分からないし。
ツィリアさんがあるいて僕の横を通り過ぎようとする。
その瞬間に
「気付いていない感情にはとことん愚鈍のようだな」
と言われた。
何のことなのかさっぱりだったけど、悪口じゃないかとは何となく思った。
「ルミネ、さっさと戸籍に登録してやれ。」
「あらいけない忘れてたわ。」
そう言うとルミネさんは念動の魔法で書類と羽根ペンを飛ばして運んでくる。
昔ネリスに飛びついてたときとかよくあれで椅子を投げ付けられたなぁ。
書類の記入が終わると、イリヤの住所は僕たちの家になることが決定した。
いつまでもあの洞窟で過ごしているわけにもいかなかったからだ。
すべての登録が終わると、僕たちはまた服屋の前に来ていた。
僕とイリヤと、そしてツィリアさん。
「……驚いたか?」
「何がですか?」
僕の左に立ったツィリアさんが顔を真っ赤にしながら僕に聞いてくる。
反対側に立つイリヤは逃げることを諦めたらしく、黙って僕に従ってくれた。
「私が……服屋にいたことがだ。」
「まぁ……ちょっと驚きました。」
いつも同じ羽衣を着ているから、他の服なんて必要ないと思ってるんだと思ってた。でもキラキラした瞳でショーウィンドウ眺めてたツィリアさんは、普通の容姿相応の女の子のようで可愛げがあった。
「別にいいじゃないですか、女の子が服を眺めておかしい道理が立ちませんよ。」
ツィリアさんがと言われれば意外に思う人や笑う人もいるかもしれないけど。
「女の子か……そうか女の子か。ランスやハロルド、それどころかクロですら私のことは『女のひと』と考えるものを、お前は意外なところで肝が据わっているな。」
「そう言えば、見た目幼いですけどツィリアさんって一応八十歳以上行ってるんでしたっけ。」
寿命の概念を持たない天使の中には幼い姿のうちから成長が止まるものも少なくないから、エルフと同様に天使を見た目で判断してしまうのはよくない。
「そうだ、正確には八十七歳八カ月。」
そこまで正確に把握しているのは几帳面なツィリアさんだからだろう。
「気になったんですけど、服って買ってるんです?」
「…………買っている、五着ほど……」
顔を真っ赤にしながらツィリアさんが答える。
意外と多いけど、それにしては普段ずっと羽衣一着しか来ていない気がする。
「着てるんですか? その服、見たことないですけど。」
「誰もいない自宅で鏡の前で着てみているんだ! 文句があるか!!」
顔を真っ赤にしてツィリアさんが答える。
ってことは人に見せてみたことはないんだ。
「ロナルドさん……」
イリヤがくいくいと僕の服の裾を引っ張る。
どうやら待たされてその上僕がツィリアさんとばかり会話しているのがお気に召さないらしく、ちょっとだけ頬を膨らませて微笑ましい怒り顔を見せている。
「ごめんごめん、行こうか。」
イリヤの頭を軽く撫でてあげてから、服屋に入る。
「おやいらっしゃい、ツィリアさんにロンなんて妙な組み合わせだね。」
迎えてくれたのは店員のヘルマンだ。
イリヤがすぐに僕の影に隠れたから、イリヤのことは気付かなかったらしい。
七年ほど前に父さんが偶然立ち寄った、貴族の私兵に襲われていた村で救出した青年、最近入植した元勇者ロイドとは友人。
「トリーさんは?」
「店長なら奥だよ、他の皆と一緒に新しい服作ってる。」
服屋の店長、トリーさんことトリニスタさんはアラクネ……ではない。
クルツにアラクネはいないし、基本的にアラクネが服を作るのは自分の夫に向けてだけなのでいたとしても服屋の店長などしていないだろう。
彼女は外界で服屋の娘だったのだが、見た目が綺麗だったとかの理由である日奴隷商人に捕まり、それをお祖父さんに助けられたらしい。
基本的に服屋はすべて手作りだから、あまり品揃えはよくない。
ただオーダーメイドの服は簡単に作ってくれるし材料も豊富にあるので、クルツの民は皆ここのお世話になっている。
それに、未婚でその上恋人を持たない魔物はほぼ必ずこの店のお世話になる。
彼女らは絶対に体に『自分の体の一部を含む』衣服や装飾品を身につけなくてはいけない慣習がある。それにルミネさんが施す魔法によって、魔物の本能の抑制を容易にする。
身につけるものは魔物によって変わる、大体自分の毛髪を服に仕込んで利用しているけど、最近ロイドと恋人になったルビーだけは落ちた鱗をピアスに加工してある。
猫姉妹ならリストバンドだし、ネリスなら腰帯代わりに利用している大きなリボン。
ツィリアさんは確か髪と同じ色の髪留めをつけてある、どこにあるか不明。
とりあえず僕とイリヤは店の奥へ、ツィリアさんは店内を回ることにした。
「トリーさん、ちょっといいかな?」
奥を覗き込んで声をかけてみると、トリーさん他数人の店員が型紙をもとにそれぞれ服を仕立てている。
トリーさんは僕に気づくとすぐにこっちに近付いてくる。
「何かしらロン。」
僕は体の後ろに隠れていたイリヤを前に出すと、
「彼女に似合う服を仕立ててほしいんだ、上限額は……このくらい。」
僕が提示できる余裕のあるお金全部の額を示す。
「あら可愛い♪ 良いわね…ちょっと貴女こっちに来て。」
トリーさんはイリヤを誰何することなく迷わず奥の採寸室に連れていく。
どうやら、イリヤのことを気に入ったらしい。
待つこと五分。
ご満悦の表情のトリーさんとなんだか疲れた様子のイリヤが戻ってきた。
「原色は似合わないみたいだから配色は主に白黒ね、一週間あれば仕上がるから期待してなさい。」
「はい。」
トリーさんに一礼すると、僕たちは店を出た。
戻ってきたのは僕の家だった。
とりあえず家族にもイリヤのことを紹介して、一緒に暮らすことも許可してもらわないといけない。皆温かい人たちなんだから嫌な顔をするとも断るとも思ってないけど、どう紹介するか部屋で悩んでいた。
僕が思案にふけっていると、イリヤが突然倒れる。
「え? イリヤ? どうしたんだ!?」
11/06/06 06:34更新 / なるつき
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