第二話 吹雪と火の山と火蜥蜴
俺が目を覚ましたのは、熱い地面の上だった。
「あっちっちっち、何なんだここ。」
辺りを見回してみる。
周囲に広がっているのは岩だらけの山肌。
そして、俺の今いる場所からだいぶ登って行った先には、
「煙……なのか?」
天に向かってもうもうと立ち上る、一筋の大きな大きな煙の柱。
「ってことはここ火山かよ……ついてねぇ……」
しかもおそらく活火山だ、早く逃げないと今噴火しようものなら確実に俺は溶岩に焼かれるか火砕流に飲まれるかして焼死した後降り注いでくる火山堆積物に埋められてサヨウナラだ。
「下……下……」
とりあえず山を下る方向に向かって歩き出す。
愛用の木刀を一応持っておいてよかったと思う、こんな場所で野生動物が出てきたとしても、こいつを持ってればどうにか切り抜ける自信がある。
そう言えば、なんだか身が軽くなった気がする。
「あのときの魔法陣の効果だよな、俺がこんなところにいるのは。」
連れ三人と一緒に面白半分でやってみた魔法の儀式。
もしかしたらあのつまんねぇ日常から抜け出せるかもしれないと思っていた。
けどまさか本当にもしかするとは思わなかった。
不謹慎にも、偶然の作用で訪れてしまったファンタジーなワールドに俺はワクワクしていた。ちょっち熱いのが気がかりとはいえ、今までの日常からなら考えられなかった体験だ。
とはいえ今は安全第一、ゲーム開始すぐの死亡エンドなんてどっかの絶体絶命な災害勉強ゲームだけで十分だ。
ひたすら山肌を下って行く。
スタート地点から五百メートルは進んできただろうか、十メートルしか降りてない気がするけど。まだ安全とは思えない、もっともっと下に降りよう、それこそ火山から離れなくちゃまずい。
「そういや、他の三人は無事かねぇ……」
山肌を慎重にしかし時として大胆に下りながら、一緒にこの世界に来ていた三人の連れのことを考えてみる。
昊は……まぁ無事だろうな、要領いいし頭も切れるしあれで意外に喧嘩強い。
平崎も、おそらく無事だ、あいつは頭が良いし、神に愛されてる。
一番不安なのは天満か、体力ないし勉強もそこそこだし、要領悪い。
一番年上の女が一番不安がられてるってのも妙な話だが、不安になるとしたらあいつだ。
「おっと、崖じゃねーの。」
目の前に崖出現。
とりあえず熱い地面に我慢しながら這いつくばると、
「うん無理だな。」
高さ八メートルほどの崖で、降りられないことを確認する。
三メートルくらいなら飛び降りる自信はあるけど、五メートル超えるとさすがに無理だ、あとのことを考えると無茶はできない。
降りられそうな場所を探してみる。
「ようよう其処行くお兄さん。」
いきなり後ろから声をかけられた。
振り向いてみると、そこには俺の好みがほぼストライクの良い女がいた。
まず身長が俺と同じくらいある、これで通らなかった女は多い。
次に髪、少し手入れの悪さがうかがえるが、後ろで纏められたあまり長くない髪はちょうど俺の好みの長さ、赤いのは気になるがこの際目をつぶる。
次にスタイル、程よく出るところが出て、しかし無駄な肉はあまり感じさせない見事な曲線美を描く褐色の体を、水着に見えるような面積の小さな布と鎧のようなもので守っている。
で、最後に顔。
気の強くて快活そうな顔立ちが、こっちを見ている。
ただ何と言うか、人間ではなさそうだ。
だって、尻尾生えてるし。
その上その尻尾燃えてるし。
ファンタジーだなぁ。
しみじみ思う俺に向かって、その女は
「暇そうじゃん、私と勝負してくれよ。」
いきなり決闘を申し込んできた。
「どう言う理屈で暇なら勝負に繋がるんだ?」
「私の中では十分理屈が通ってる!!」
「俺の中でも通らないなら意味ねぇから。」
何と言うか、どうにもどうやらバカっぽい。
「それに暇でもないんだよ、あんたも見えるだろ?」
俺は迷わず火山の頂上で起ち上る黒い煙の柱を指差す。
「もし噴火しようもんなら俺は死ぬ、冗談抜きでそれは勘弁してほしいんだよ。」
「大丈夫だよ、この山いつもこんな感じだから。」
いつも大丈夫であっても今も大丈夫だとは限らないと思うが。
「それより、私と勝負。」
尻尾女はどこからか大きな鉈のような刀を取り出す。
見るからに、真剣だ、二つの意味で。
「いざ、参る!!」
「ちょっと、待てやぁっ!!」
丁寧に精密な動きで俺の首を狙ってきた一太刀を、反射的にかがんで避ける。
避けんかったら胴体から首が分離していただろう。
死にたくないなら、殺るしかないか。
恨まないでほしい、正当防衛だ。
左手だけで木刀を一気に薙ぎ、女の腹にたたきつける。
むき出しの女の腹を木刀でぶん殴るとか、気が引けるんだけどなぁ……
女は一瞬だけ動きを止めたが、すぐ俺に向かい剣を振り下ろす。
それを横に飛び避ける。
「痛い痛い、やるなー兄さん」
痛いで済むのかよ、素人なら一撃で悶絶してるレベルだぞ。
「そういや名前聞いてないな、私はハートだ。」
「吹雪だ、因幡吹雪。」
「フブキか、なんか強そうな名前だな。」
名前で人の実力は決まらないがそう言うことにしておこう。
しかしこいつ「ハート」って感じか? ハートはハートでもギザギザハートっぽいぞ。
俺より強いかどうかは別として、恐ろしくタフだ。
まぁ、さっきのやり取りの上では俺の方がわずかに強い。
もともと俺の使う十夜流剣術亜流は真剣を相手に木刀で戦うことが基本想定。
ならばこれほどこの剣術が活きる場はないと思うべきか。
剣を構えたハートが俺に切りかかってくる。
下段、俺の両足を狙った一閃。
足を上げて刀を踏みつけようとした瞬間、
軌道が曲がって俺の脚に向けて垂直に刃が向かってくる。
とっさに足を引き、体をそらすように避けると、俺の首の高さに来たところでまた軌道が変わる。
今度の狙いは首。
「便利な連携技術だな。」
手首の動作とグリップの変化によってここまで器用に太刀筋を変えるとは思わなかった。
けど、まだ甘い。
木刀を右手だけで持つと、よけた直後にすぐ左手でハートの手首を抑える。
こうすれば俺は安全。
逆に木刀で右わき腹を撃ちすえる。
バギィっ
武術の達人でもこの部位に強打をもらえばかなりのダメージを追う。
「いぎっ…………」
ハートはその激痛に悶える。
昔先生に同じのを食らったんだが、そのとき俺は年下の女の子が見てる前で盛大にゲロ吐いた。どれだけ痛いのかは推して知るべし。
念のため繰り返すが、俺がやってるのは「剣道」ではなく「殺人剣術」だから、当然のように剣道での禁じ手も使う、と言うかむしろ駆使する。
当然、痛みに悶えてる相手に容赦するとか辞書にないわけだ、使うときは非常時だからそんな情緒かなぐり捨てるしかない。
動きが完全に止まったハートの額を柄でうちすえて、さらに倒れ行くハートの喉に突きを仕掛ける。
ハートは白目をむき、口から何か液体を吐きながら地に落ちた、
そう思った俺が甘かったんだろう。
ブリッジのようなギリギリの姿勢で(見た目かなりマニアック)ハートはダウンを拒否、そのまま逆立ちすると腕の力だけで飛びあがってまた直立姿勢に戻る。
どれだけタフなんだよ、一流の武芸者でもあの一連コンボくらったら死ぬかもしれないってのに。
「効いた、かなり効いた、意識飛んだ。」
「そのまま落ちてくれたらよかった。」
俺がそう言い返すと、
ブォオオオオオオ
ハートの尻尾の炎が勢いを増す。
「燃えてきた! こんなに強い相手とは初めてだ!!」
燃えなくていいっての。
ハートがまた切りかかってくる。
踏み込みながら無駄のない逆袈裟切り、それを一歩後ろにさがって避けた俺の腹に向かってさらに前進しながらの突き。
横に流れるように逃げると、今度はそのまま腹狙いの切り込み。
さっきよりいくらか早い。
逃げるには難しいと判断した俺は、
「どっせい!」
一気に彼女の懐に潜り込んでブチカマシを仕掛けた。
俺よりどうやら体重は軽かったらしく、少しだけよろめく。
その隙に頭を狙って木刀を振り下ろす。
がごっ
痛そうな音がなってハートの頭に木刀がめり込む。
かなり効いただろうが、反撃を恐れて俺はすぐに距離をとる。
さっきから常人なら一発で気絶してるレベルの打撃を複数回ぶちこんでるのに、平然と勝負を継続してくる。だから、たぶんこれも反撃が来る。
もし俺の獲物が真剣だったら、そうでなくとも鉄製だったら、彼女はもうとっくに複数回死んでいる。そう言う急所を何度も殴っている。
真剣なんか使わないから、無意味な想定だけど。
「くぉんのォっ!!」
どうやらブチ切れたらしく、ハートはがむしゃらに刀を振ってくる。
「決めたぞフブキぃっ!!」
「何をだよ。」
袈裟、逆袈裟、突き、横薙ぎ、切り上げ、ツバメ返し。
さまざまな技術を駆使しながら飛んでくる剣戟をかいくぐりながら、質問する。
「私はお前を夫にする!!」
「刃物振り回しながらプロポーズとか洒落になってねーよ!!」
どうにか止めなくては夫になる前に俺は死体になりかねない。
最終手段に出るしかなさそうだ。
あれ本当にやってから気分が悪いからやりたくないんだけど。
基本的に、この勝負はどちらかが戦えなくなるまで続くようだ。
そしてこいつを気絶させるのは俺には無理、今までのやり取りで否応なく知らされた。
ならば、気絶させることなく相手を制圧するにはどうするか。
戦えなくすればいい。
ハートの隙を突いて肩関節に木刀の先端をねじ込む。
そしてそのまま、捻りを加えつつ一気に剣を振り上げる。
ごぎん
肩が嫌な音を立てて外れる。
「―――――――――っ!!」
ハートの顔が一瞬で真っ青になり、
「いギぁああああああああああああっっっ!!!!」
悲鳴と言う表現すら生易しいと感じるような悲痛な声を上げて、ハートは痛みに悶える。
「痛い! 痛い! 痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイイタイ!!!!!」
どうやら無理やり肩を外される痛みは初体験だったらしい。
肩を抑えて地面に転がると、そのまま七転八倒。
一瞬痛いだけじゃなくて、本当に長く痛みが続くんだよな。
尻尾の炎も見る見るうちに収縮していき、
「痛い……痛いよぉ……」
火が弱弱しくなるとついに泣き出してしまった。
なんか、ものすっげぇ罪悪感……
そのあと俺はハートの肩を入れてやり(先生に実演込みで脱臼のさせ方と治し方を教えてもらってたおかげだ。)彼女の家に案内された。
頭が冷えると人体は一気に痛みを感じるようになる、脳内麻薬の効果だな。
肩をはずされたときに興奮状態だったハートの頭は一気に冷えたんだろう、自分の体に起きた初めての事態に冷静に対処するために。
しかしそれが逆効果になり、強い痛みを知覚させるにいたった。
こんなところだろう、詳しい理由は俺には分からん。
「いや、本当に済まんかった。」
俺はハートに詫びていた。
何せ彼女の初めてを、脱臼させるという行為ながら奪ってしまったのである。
冗談はさておき、いくらなんでも女の子に脱臼までさせておいて平然と相手に向き合えるほど俺の神経図太くない。
「いい、もともと私が襲いかかったからお前は身を守ろうとしたんだ。」
「それはそうかもしれないが、しかし脱臼なんてエグイ真似はないだろう。」
「ああでもされなかったら私は止まらなかった。」
ハートは言い切る。
それはまぁ否定しようがない、俺が最終手段に出たくらいだし。
けど罪悪感はなくならない。
だってちょっと目が腫れてるんだぜ、泣きはらした跡まであるんだぜ?
これで平然としてられる奴いたらそいつマジで鬼か悪魔だよ。
「ところでフブキ、お前どこから来たんだ?」
「どこからって、どう言うのが正確なんだろうな……異世界?」
その表現が一番しっくり来る気がする。
少なくとも俺の知る限り彼女のような生き物は俺の暮らしていた世界にはいなかったから、異世界と考えるのが妥当なんだろう。
「異世界から来たのか……じゃあこの世界のことは全然知らないよな?」
「まあそうだな。」
「説明してやるよ。」
こうして俺はハートのこの世界の情報をもらった。
まずこの世界には、人間の他にそれの女とよく似た姿の「魔物」がいること。
魔物には多種多様な種類が存在するが基本的に見た目は美しく、本能に忠実であることが多いこと、そしてすべてメスであり人間の男を愛すること。
生まれてくる子供はすべて魔物になること。
魔物にとって人間は必要不可欠の存在だが、人間の中には魔物と敵対することが正しいと考えている者がいること。
そして今俺たちがいるのが、魔物とは仲良くするタイプの人間が多いイグノー王国のヘラトナ火山であること。
そして、彼女がサラマンダーと言う魔物であること。
「ところでフブキ。」
「ん?」
「これからどうする?」
「そうだな……」
帰りたいかどうかは別として、一緒にこの世界に来た友達には会いたい。
昊の奴はたぶんうまくやってるし、平崎の奴もどうせいい人に拾ってもらって安全にこの世界に関する知識を広げていることだろう。
問題は天満、とにかくあいつのことは色々心配で行けない。
とはいえ、どうしたらいいのかと具体的な行動は思い浮かばない。
「一緒にこの世界に来て、はぐれちまった友達に会いたいな。」
「どこにいるのかは分かるのか?」
「いやさっぱり、だから困ってる。」
「……良かったら私の家で暮らせ、情報が入ってくるかもしれない。」
「……いいのか?」
「良いに決まってる、私はお前の妻だからな。」
あ、結婚決定しちまってんだ。
「あっちっちっち、何なんだここ。」
辺りを見回してみる。
周囲に広がっているのは岩だらけの山肌。
そして、俺の今いる場所からだいぶ登って行った先には、
「煙……なのか?」
天に向かってもうもうと立ち上る、一筋の大きな大きな煙の柱。
「ってことはここ火山かよ……ついてねぇ……」
しかもおそらく活火山だ、早く逃げないと今噴火しようものなら確実に俺は溶岩に焼かれるか火砕流に飲まれるかして焼死した後降り注いでくる火山堆積物に埋められてサヨウナラだ。
「下……下……」
とりあえず山を下る方向に向かって歩き出す。
愛用の木刀を一応持っておいてよかったと思う、こんな場所で野生動物が出てきたとしても、こいつを持ってればどうにか切り抜ける自信がある。
そう言えば、なんだか身が軽くなった気がする。
「あのときの魔法陣の効果だよな、俺がこんなところにいるのは。」
連れ三人と一緒に面白半分でやってみた魔法の儀式。
もしかしたらあのつまんねぇ日常から抜け出せるかもしれないと思っていた。
けどまさか本当にもしかするとは思わなかった。
不謹慎にも、偶然の作用で訪れてしまったファンタジーなワールドに俺はワクワクしていた。ちょっち熱いのが気がかりとはいえ、今までの日常からなら考えられなかった体験だ。
とはいえ今は安全第一、ゲーム開始すぐの死亡エンドなんてどっかの絶体絶命な災害勉強ゲームだけで十分だ。
ひたすら山肌を下って行く。
スタート地点から五百メートルは進んできただろうか、十メートルしか降りてない気がするけど。まだ安全とは思えない、もっともっと下に降りよう、それこそ火山から離れなくちゃまずい。
「そういや、他の三人は無事かねぇ……」
山肌を慎重にしかし時として大胆に下りながら、一緒にこの世界に来ていた三人の連れのことを考えてみる。
昊は……まぁ無事だろうな、要領いいし頭も切れるしあれで意外に喧嘩強い。
平崎も、おそらく無事だ、あいつは頭が良いし、神に愛されてる。
一番不安なのは天満か、体力ないし勉強もそこそこだし、要領悪い。
一番年上の女が一番不安がられてるってのも妙な話だが、不安になるとしたらあいつだ。
「おっと、崖じゃねーの。」
目の前に崖出現。
とりあえず熱い地面に我慢しながら這いつくばると、
「うん無理だな。」
高さ八メートルほどの崖で、降りられないことを確認する。
三メートルくらいなら飛び降りる自信はあるけど、五メートル超えるとさすがに無理だ、あとのことを考えると無茶はできない。
降りられそうな場所を探してみる。
「ようよう其処行くお兄さん。」
いきなり後ろから声をかけられた。
振り向いてみると、そこには俺の好みがほぼストライクの良い女がいた。
まず身長が俺と同じくらいある、これで通らなかった女は多い。
次に髪、少し手入れの悪さがうかがえるが、後ろで纏められたあまり長くない髪はちょうど俺の好みの長さ、赤いのは気になるがこの際目をつぶる。
次にスタイル、程よく出るところが出て、しかし無駄な肉はあまり感じさせない見事な曲線美を描く褐色の体を、水着に見えるような面積の小さな布と鎧のようなもので守っている。
で、最後に顔。
気の強くて快活そうな顔立ちが、こっちを見ている。
ただ何と言うか、人間ではなさそうだ。
だって、尻尾生えてるし。
その上その尻尾燃えてるし。
ファンタジーだなぁ。
しみじみ思う俺に向かって、その女は
「暇そうじゃん、私と勝負してくれよ。」
いきなり決闘を申し込んできた。
「どう言う理屈で暇なら勝負に繋がるんだ?」
「私の中では十分理屈が通ってる!!」
「俺の中でも通らないなら意味ねぇから。」
何と言うか、どうにもどうやらバカっぽい。
「それに暇でもないんだよ、あんたも見えるだろ?」
俺は迷わず火山の頂上で起ち上る黒い煙の柱を指差す。
「もし噴火しようもんなら俺は死ぬ、冗談抜きでそれは勘弁してほしいんだよ。」
「大丈夫だよ、この山いつもこんな感じだから。」
いつも大丈夫であっても今も大丈夫だとは限らないと思うが。
「それより、私と勝負。」
尻尾女はどこからか大きな鉈のような刀を取り出す。
見るからに、真剣だ、二つの意味で。
「いざ、参る!!」
「ちょっと、待てやぁっ!!」
丁寧に精密な動きで俺の首を狙ってきた一太刀を、反射的にかがんで避ける。
避けんかったら胴体から首が分離していただろう。
死にたくないなら、殺るしかないか。
恨まないでほしい、正当防衛だ。
左手だけで木刀を一気に薙ぎ、女の腹にたたきつける。
むき出しの女の腹を木刀でぶん殴るとか、気が引けるんだけどなぁ……
女は一瞬だけ動きを止めたが、すぐ俺に向かい剣を振り下ろす。
それを横に飛び避ける。
「痛い痛い、やるなー兄さん」
痛いで済むのかよ、素人なら一撃で悶絶してるレベルだぞ。
「そういや名前聞いてないな、私はハートだ。」
「吹雪だ、因幡吹雪。」
「フブキか、なんか強そうな名前だな。」
名前で人の実力は決まらないがそう言うことにしておこう。
しかしこいつ「ハート」って感じか? ハートはハートでもギザギザハートっぽいぞ。
俺より強いかどうかは別として、恐ろしくタフだ。
まぁ、さっきのやり取りの上では俺の方がわずかに強い。
もともと俺の使う十夜流剣術亜流は真剣を相手に木刀で戦うことが基本想定。
ならばこれほどこの剣術が活きる場はないと思うべきか。
剣を構えたハートが俺に切りかかってくる。
下段、俺の両足を狙った一閃。
足を上げて刀を踏みつけようとした瞬間、
軌道が曲がって俺の脚に向けて垂直に刃が向かってくる。
とっさに足を引き、体をそらすように避けると、俺の首の高さに来たところでまた軌道が変わる。
今度の狙いは首。
「便利な連携技術だな。」
手首の動作とグリップの変化によってここまで器用に太刀筋を変えるとは思わなかった。
けど、まだ甘い。
木刀を右手だけで持つと、よけた直後にすぐ左手でハートの手首を抑える。
こうすれば俺は安全。
逆に木刀で右わき腹を撃ちすえる。
バギィっ
武術の達人でもこの部位に強打をもらえばかなりのダメージを追う。
「いぎっ…………」
ハートはその激痛に悶える。
昔先生に同じのを食らったんだが、そのとき俺は年下の女の子が見てる前で盛大にゲロ吐いた。どれだけ痛いのかは推して知るべし。
念のため繰り返すが、俺がやってるのは「剣道」ではなく「殺人剣術」だから、当然のように剣道での禁じ手も使う、と言うかむしろ駆使する。
当然、痛みに悶えてる相手に容赦するとか辞書にないわけだ、使うときは非常時だからそんな情緒かなぐり捨てるしかない。
動きが完全に止まったハートの額を柄でうちすえて、さらに倒れ行くハートの喉に突きを仕掛ける。
ハートは白目をむき、口から何か液体を吐きながら地に落ちた、
そう思った俺が甘かったんだろう。
ブリッジのようなギリギリの姿勢で(見た目かなりマニアック)ハートはダウンを拒否、そのまま逆立ちすると腕の力だけで飛びあがってまた直立姿勢に戻る。
どれだけタフなんだよ、一流の武芸者でもあの一連コンボくらったら死ぬかもしれないってのに。
「効いた、かなり効いた、意識飛んだ。」
「そのまま落ちてくれたらよかった。」
俺がそう言い返すと、
ブォオオオオオオ
ハートの尻尾の炎が勢いを増す。
「燃えてきた! こんなに強い相手とは初めてだ!!」
燃えなくていいっての。
ハートがまた切りかかってくる。
踏み込みながら無駄のない逆袈裟切り、それを一歩後ろにさがって避けた俺の腹に向かってさらに前進しながらの突き。
横に流れるように逃げると、今度はそのまま腹狙いの切り込み。
さっきよりいくらか早い。
逃げるには難しいと判断した俺は、
「どっせい!」
一気に彼女の懐に潜り込んでブチカマシを仕掛けた。
俺よりどうやら体重は軽かったらしく、少しだけよろめく。
その隙に頭を狙って木刀を振り下ろす。
がごっ
痛そうな音がなってハートの頭に木刀がめり込む。
かなり効いただろうが、反撃を恐れて俺はすぐに距離をとる。
さっきから常人なら一発で気絶してるレベルの打撃を複数回ぶちこんでるのに、平然と勝負を継続してくる。だから、たぶんこれも反撃が来る。
もし俺の獲物が真剣だったら、そうでなくとも鉄製だったら、彼女はもうとっくに複数回死んでいる。そう言う急所を何度も殴っている。
真剣なんか使わないから、無意味な想定だけど。
「くぉんのォっ!!」
どうやらブチ切れたらしく、ハートはがむしゃらに刀を振ってくる。
「決めたぞフブキぃっ!!」
「何をだよ。」
袈裟、逆袈裟、突き、横薙ぎ、切り上げ、ツバメ返し。
さまざまな技術を駆使しながら飛んでくる剣戟をかいくぐりながら、質問する。
「私はお前を夫にする!!」
「刃物振り回しながらプロポーズとか洒落になってねーよ!!」
どうにか止めなくては夫になる前に俺は死体になりかねない。
最終手段に出るしかなさそうだ。
あれ本当にやってから気分が悪いからやりたくないんだけど。
基本的に、この勝負はどちらかが戦えなくなるまで続くようだ。
そしてこいつを気絶させるのは俺には無理、今までのやり取りで否応なく知らされた。
ならば、気絶させることなく相手を制圧するにはどうするか。
戦えなくすればいい。
ハートの隙を突いて肩関節に木刀の先端をねじ込む。
そしてそのまま、捻りを加えつつ一気に剣を振り上げる。
ごぎん
肩が嫌な音を立てて外れる。
「―――――――――っ!!」
ハートの顔が一瞬で真っ青になり、
「いギぁああああああああああああっっっ!!!!」
悲鳴と言う表現すら生易しいと感じるような悲痛な声を上げて、ハートは痛みに悶える。
「痛い! 痛い! 痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイイタイ!!!!!」
どうやら無理やり肩を外される痛みは初体験だったらしい。
肩を抑えて地面に転がると、そのまま七転八倒。
一瞬痛いだけじゃなくて、本当に長く痛みが続くんだよな。
尻尾の炎も見る見るうちに収縮していき、
「痛い……痛いよぉ……」
火が弱弱しくなるとついに泣き出してしまった。
なんか、ものすっげぇ罪悪感……
そのあと俺はハートの肩を入れてやり(先生に実演込みで脱臼のさせ方と治し方を教えてもらってたおかげだ。)彼女の家に案内された。
頭が冷えると人体は一気に痛みを感じるようになる、脳内麻薬の効果だな。
肩をはずされたときに興奮状態だったハートの頭は一気に冷えたんだろう、自分の体に起きた初めての事態に冷静に対処するために。
しかしそれが逆効果になり、強い痛みを知覚させるにいたった。
こんなところだろう、詳しい理由は俺には分からん。
「いや、本当に済まんかった。」
俺はハートに詫びていた。
何せ彼女の初めてを、脱臼させるという行為ながら奪ってしまったのである。
冗談はさておき、いくらなんでも女の子に脱臼までさせておいて平然と相手に向き合えるほど俺の神経図太くない。
「いい、もともと私が襲いかかったからお前は身を守ろうとしたんだ。」
「それはそうかもしれないが、しかし脱臼なんてエグイ真似はないだろう。」
「ああでもされなかったら私は止まらなかった。」
ハートは言い切る。
それはまぁ否定しようがない、俺が最終手段に出たくらいだし。
けど罪悪感はなくならない。
だってちょっと目が腫れてるんだぜ、泣きはらした跡まであるんだぜ?
これで平然としてられる奴いたらそいつマジで鬼か悪魔だよ。
「ところでフブキ、お前どこから来たんだ?」
「どこからって、どう言うのが正確なんだろうな……異世界?」
その表現が一番しっくり来る気がする。
少なくとも俺の知る限り彼女のような生き物は俺の暮らしていた世界にはいなかったから、異世界と考えるのが妥当なんだろう。
「異世界から来たのか……じゃあこの世界のことは全然知らないよな?」
「まあそうだな。」
「説明してやるよ。」
こうして俺はハートのこの世界の情報をもらった。
まずこの世界には、人間の他にそれの女とよく似た姿の「魔物」がいること。
魔物には多種多様な種類が存在するが基本的に見た目は美しく、本能に忠実であることが多いこと、そしてすべてメスであり人間の男を愛すること。
生まれてくる子供はすべて魔物になること。
魔物にとって人間は必要不可欠の存在だが、人間の中には魔物と敵対することが正しいと考えている者がいること。
そして今俺たちがいるのが、魔物とは仲良くするタイプの人間が多いイグノー王国のヘラトナ火山であること。
そして、彼女がサラマンダーと言う魔物であること。
「ところでフブキ。」
「ん?」
「これからどうする?」
「そうだな……」
帰りたいかどうかは別として、一緒にこの世界に来た友達には会いたい。
昊の奴はたぶんうまくやってるし、平崎の奴もどうせいい人に拾ってもらって安全にこの世界に関する知識を広げていることだろう。
問題は天満、とにかくあいつのことは色々心配で行けない。
とはいえ、どうしたらいいのかと具体的な行動は思い浮かばない。
「一緒にこの世界に来て、はぐれちまった友達に会いたいな。」
「どこにいるのかは分かるのか?」
「いやさっぱり、だから困ってる。」
「……良かったら私の家で暮らせ、情報が入ってくるかもしれない。」
「……いいのか?」
「良いに決まってる、私はお前の妻だからな。」
あ、結婚決定しちまってんだ。
11/06/14 15:53更新 / なるつき
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