第一話 昊と扉とクルツの民
二つ作られた大きさの違う○。
大きいほうの半径と直径が同じの大きさの○が、大きな丸の右側に含まれている。二つの丸は十字の線で四つに区切られ、その四等分した部分それぞれが半径の半分当たりのところでもう一度一本の線で二つに分けられる。
二つに分けられた図形のそれぞれにサンスクリット語かギリシア文字のようなものや幾何学模様が幾重にもつづられて、隙間なく円を埋めている。
「これで、完成。」
山奥の廃屋に、白いチョークで書かれたその図形は、今僕が描いた一線で完成になる。
「本の通りの魔法陣だ、書き終わるのに三日かかるなんて思わなかった。」
右手にコピーした本のページの写しを、左手にチョークを持って、僕は皆に報告する。
「おー、すげぇすげぇ、完璧に一緒じゃん。」
それを見た因幡吹雪は、感嘆の声を上げて拍手する。彼は僕の一番の友人で、近所では有名な不漁で通っているけど実はそんなに危険な奴じゃない。
木刀を使って人を殺すっていう、木刀のコンセプトをおよそ無視しためちゃくちゃな剣術を使うけど、それだって護身のためにしか使わない。
「器用だよね、昊君って。」
そう言ったのは平崎如月、同じ学校の同じクラスに通う女子で、なぜか一緒に行動するようになって今回のこれにも参加した。
黒髪のショートカットの似合う元気で可愛い女の子で、クラスの人気者。
僕の名前は三条昊、えっと、昊の漢字は「そら」って読みますのでご注意を。
そしてもう一人、僕たちの後ろで寝ているのが、
「ほら天満、出来たよ。」
僕の姉、三条天満。
「てんま」じゃなくて「あまみ」と読む、姉弟そろって読みづらい字で失礼。
黒髪ロングが麗しい大人の女って感じがするけど、子供っぽくて頼りにならない。
僕たち四人の共通点が一つだけ、ほんの一つだけ挙げられる。
それが、僕たちが皆ここに居場所がないと感じていること。
そして、他のどこかに行ってしまいたいと願っていること。
少し前に僕たち四人で僕と天満が二人きりで暮らす家の蔵で、僕たちが見つけた本には今僕が書いた魔法陣が載っていた。
「旅立ちたいと願うなら、夢を見たいと願うなら。」
そう書いてあった。
退屈しのぎと幾許かの好奇心で、僕たちは学校からチョークを一個かすめ取って、一番製図の上手な僕の手でこの魔法陣を書き上げた。
魔法なんてないと思いながらも、もしあったら何が起きるんだろうと思いながらこれを書き上げた。
「じゃ、始めようか。」
僕たちはみんなで手をつないで輪になると、魔法陣の上に立つ。
『我らは旅立ちを求めし者、扉よ開き、その道を示せ。』
本に書いてあった通りの呪文を呟く。
何も起きなければただの痛い人たちだった。
けど、「何か」が起きたから痛くはなかった。
魔法陣が発光しながら崩れるように床ごと形を失っていく。
そして僕たちの足下に開いた穴には、ファンタジーゲームで出てきそうな空間が広がっていて、
光が僕たちの体を覆ったと思うと、
僕たちは落下を開始した。
「うぅぉおおおおおおおおおわぁああああああああああああああああ!!!」
「きぃやぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
四人そろって絶叫しながら、僕たちは落下する。
無意識のうちに皆手を放していた。
体の大きさのせいか体勢のせいか、わずかに吹雪の落下速度が速い。
真下にある街並みまで、僕たちは一気に落下していく。
そう思った瞬間だった。
ガギィン
テレビでよく剣を交わした時にするような音がして、吹雪は「跳ねかえった」
そして落下の勢いのまま、今までとは全く違う方向に飛んでいく。
ガギィン
次に跳ねかえったのは天満だった。
吹雪とも違う方向に、その軽さが災いしてか吹雪よりさらに速く遠くまで飛んでいく。
次は僕の番だった。
ガギィン
凄まじい衝撃に一発で意識を飛ばされて、僕はそのままどこかに飛んで行った。
消えゆく視界の中で、如月だけがほとんど落下の方向を変えずに堕ちていくのが見えた。
目が覚めると、そこは森の中だった。
全身が痛いけど、不思議とどこにも怪我なはい。
落下していくときに体を包んでいた光の影響だろうか。
とりあえず立ち上がって、あたりを見る。
全く知らない土地だった。
僕の暮らしていた街は結構な田舎だったけど、それでもこんなに家の近くの木は太くなかった、それに日本にはない品種の木だと思う。
地面はどうやら腐葉土らしい、それは日本とあまり変わらない。
たぶん僕は今の魔法でどこか他の世界に飛ばされてしまったんだろう。
魔法も他の世界も全く信じていなかったけれど、こうなってしまったら信ぜざるを得ない。
「いい加減……結婚したらどうなのさ。」
「それ言われると弱いんだよな、恋人でもない期間が長く続いて、そんで今度は恋人としての期間が過ぎて、そうするといつの間にかその関係でいいやと思っちまう。」
誰かが話しながら近づいてくる。
雰囲気から察するに、僕とあまり年も離れていない若い男が二人。
その二人は、木の陰から姿を現した。
一人は黒髪で背の高い、細身だが鍛錬を積んだ筋肉質の男、意志の強そうな黒い瞳に、整った顔立ちをしている。
もう一人は銀髪で中肉中背、コバルトブルーの目をした真面目そうな優等生タイプ。
どちらもなかなかの美青年だ、素直にそう思う。
そして二人とも、片手に斧を持っている。
銀髪の男の方はかなり使いこんであるのが一目でわかる。
二人も僕に気づく。
黒髪の方は動きを止めたけど、銀髪の方はこっちに向かってくる
そして僕の三歩手前ほどで飛ぶと、そのまま空中で頭を狙った回し蹴り。
あわてて飛び退いた僕に向かい、男は尋ねる。
「何者だ、お前。」
「えっと……良くわからないんだけど魔法を使って、そしたら空中にいて、何かに跳ね返されたと思ったら、目が覚めたらここにいた。」
僕が把握している限りの事実をできるだけ簡潔に述べると。
男はいらついた表情で僕を見る。
「その、チグハグって表現すんのが甘いくらい意味不明な返答に対し、俺は率直な意見を述べさせていただこう。」
斧を持っている手を振り上げて、
「ふざ・けんなぁああああああああ」
勢いよく振り下ろしながら斧を投擲する。
僕の頭の真横を異常なスピードで手斧が突っ切って行く。
当たっていたら、何の言い訳のしようもなく頭破壊されて即死だっただろう。
「ランス、ちょっと落ち着きなよ。」
ランスと呼ばれた銀髪の男を制するように、黒髪の男が前に躍り出る。
「邪魔すんじゃねぇロイド、このふざけた野郎のどタマカチ割って殺るぁああ!」
ものすっごく物騒な声を出しながら、ランスはロイドと呼んだ黒髪の青年に制されながらも暴れる。
「あら、ここにいたのね。」
また新しい声がした。
それも、僕の背後から。
振り返ってみて、一瞬見惚れてしまい、すぐに恥ずかしくなって目をそらす。
背後にいたのは、外見年齢二十代後半あたりの大人の女性だった。
とてもスタイルが良い体の大事な部分だけを隠すような服を着ていて、あとちょっと高貴な雰囲気がした。
そしてその女性、尻尾があって羽根が生えていた。
「ルミネさん、知り合いですか?」
ロイドが僕の背後の女性に向かって声をかける。
「いいえ? けど探してはいたわね。」
ルミネと呼ばれた女性のその返答にロイドは首をかしげる。
「色々話が込むし、しなきゃいけないこともあるから場所を変えましょう。」
そう言って、ルミネは僕の前を通過してどこかに歩き去って行く。
ランスとロイドが僕たちに向かってくると、
「そういうわけで連行する。」
「力で負けることはないと思うけど、大人しくしてよ?」
ランスが左腕を、ロイドが右腕をつかんで、僕を運び始めた。
「……そいつが今朝言ってた奴か。」
連行された僕を見て、眼鏡をかけた赤毛に青黒い瞳の男はそう言う。
連れてこられたのは、レトロな雰囲気漂うお屋敷のような建物の中だった。
数人の人たちがせわしなく書類片手に歩き回っていて、ここが役場であることを僕に想像させる。
「そうよ、光の球になって森に落ちた人。」
「……何の魔法だ?」
赤毛の男は僕に向かってそうたずねて来る。
「僕にもよくわからないんです、僕の暮らしていたところには魔法とかそういうのはなかったですし、魔法の知識もなかったので。」
赤毛の男のこめかみに青筋が確かに走った。
眼鏡の下のもともと険しい目つきがさらに険しくなる。
「自分がどこから来たとか、誰と一緒にどんな魔法できたとかそういう情報は?」
男の質問に、僕はあることを思い出した。
「魔法はこれです、この魔法陣」
ポケットの中に入れておいた、本のコピー。
魔法の陣が詳細に載せられている。
ルミネがそれをひったくり、まじまじと見つめる。
「誰と一緒かっていうと僕の姉と、友達二人です。」
「その姉と友達は?」
「この世界に来た時に……はぐれました。」
良くわからないのだけど、町の上に現れたと思ったらいきなり跳ね返されるみたいに方向転換して飛ばされてしまった。
常識でありえないことを僕がホイホイ口に出しているのは、常識が通じない状態に陥った時に常識にとらわれて行動するだけ無駄だと吹雪に教わったからだ。
「バフォメットみたいな完全な専門家じゃないから細かいことまでは分んないけど、おそらく次元移動系の高度な魔術よ、異世界から来たのね。」
ルミネが魔法陣の術式を読み取って言う。
「ってことは異世界人かよ……面倒くせぇ……」
忌々しそうに赤毛の男は言う。
「お前、名前は?」
「昊です、三条昊。」
「ファーストネームがソラでいいのか?」
「はい。あなたの名前は?」
「クロードだ、クロード・ラギオン、このクルツ自治領で『人間の領主』を務めてる。」
「私はルミネよ、このクルツの『魔物の領主』をしてるわ。」
クロードと名乗った赤毛の男と、ルミネと名乗る女の人には明らかな違いがあった。
クロードは僕が見る限り人間らしいけど、ルミネには角と翼と尻尾がある。
「この世界にはこいつみたいに、人間の女性と類似した姿の『魔物』と言われる生き物が存在してる、女しかおらず、人間の男と子を為して繁殖する。」
「ふむふむ。」
「人間の内、多くは彼女らを敵とみなす『反魔物』と、彼女らとの共存を目指す『親魔物』に分けられる、で、このクルツは親魔物だ。」
クロードの淡々とした説明を、僕はゆっくりと頭に入れていく。
要するに、僕が来た世界はファンタジー世界のようだ。
「このローディアナ王国の大半は反魔物、このクルツが唯一の親魔物だ」
「反魔物の理由は?」
「人を食って殺すと言われてるからが大半、しかし実態はそんなことはなく魔物は人を基本的に殺さない、むしろ共存を望む。」
「なのに魔物が人を殺すって話が蔓延してる理由なら、答えられないわよ? 分んないし。」
クロードの話を補完するように、ルミネが言う。
「さてと、次の話に移ろう、他の友達は?」
「皆はぐれて、どこにいるかもわからないです。」
「会いたいのか?」
「それはもちろん、できれば皆で帰りたいです。」
帰れるかどうかも定かではないけれど、少なくとも帰れる可能性に賭けてみたい。
「良く言った、俺たちも少しならフォローしてやろう。」
「! ありがとうございます!!」
「だがその前に、」
クロードは立ちあがったと思うと、ゆっくり僕の前まで歩いてくる。
そして、
ズンッ
みぞおちに強烈な鉄拳をぶちこんだ。
「うぐぅっ………おぇっ」
こみあげてくる強烈な嘔吐感にうずくまる。
「この馬鹿が! 知識もなく魔術を行使することがどれだけ危険だかわかってんのかテメェは!!」
クロードがさっきまでの低トーンからは考えられないほどの大声を張り上げて僕を怒鳴りつける。
「いいか、二度とそんな危険な真似はすんな、次は死ぬかも知れんぞ。」
胃の中からせりあがってくる液体をどうにか押しとどめながら、僕はその注意を聞いていた。
視界がかすみ、徐々に何も見えなくなる。
そして僕は意識を失った。
「まぁ、クロードさんなら納得だけど……」
目を覚ましたら、どこかのソファに寝かされていた。
近くに男が一人いる、僕よりほんの少し年上だろう、茶髪でわずかに垂れた感じのある赤い瞳は人の良さそうな雰囲気がある。
「あ、起きたんだね、確かソラ君だっけ。」
「あなたは?」
「テリュン、テリュン・マグノース。」
テリュンと名乗った茶髪の男の赤色の目を見て一瞬、僕の危険物レーダーが反応した気がした。前に反応したのは吹雪と初めて会った時だった。
「この領主館の役人で、クロードさんの部下だよ。」
「貴方みたいな若い人が役人?」
「このクルツでは、実力のある人間は皆若くても仕事をもらうものなんだ。」
自分に実力があると当たり前のように言ってのけた。
「クロードさんからの伝言だよ、しばらくここにとどまるように。」
「理由は?」
「君の友達を探すことについて、提案があるとか言ってた。」
今のところ信じられるかは微妙なところだけど、
「提案も何も乗るしかないでしょう。」
僕はこの世界のことをほとんど知らない以上、手助けは絶対に必要なんだから。
大きいほうの半径と直径が同じの大きさの○が、大きな丸の右側に含まれている。二つの丸は十字の線で四つに区切られ、その四等分した部分それぞれが半径の半分当たりのところでもう一度一本の線で二つに分けられる。
二つに分けられた図形のそれぞれにサンスクリット語かギリシア文字のようなものや幾何学模様が幾重にもつづられて、隙間なく円を埋めている。
「これで、完成。」
山奥の廃屋に、白いチョークで書かれたその図形は、今僕が描いた一線で完成になる。
「本の通りの魔法陣だ、書き終わるのに三日かかるなんて思わなかった。」
右手にコピーした本のページの写しを、左手にチョークを持って、僕は皆に報告する。
「おー、すげぇすげぇ、完璧に一緒じゃん。」
それを見た因幡吹雪は、感嘆の声を上げて拍手する。彼は僕の一番の友人で、近所では有名な不漁で通っているけど実はそんなに危険な奴じゃない。
木刀を使って人を殺すっていう、木刀のコンセプトをおよそ無視しためちゃくちゃな剣術を使うけど、それだって護身のためにしか使わない。
「器用だよね、昊君って。」
そう言ったのは平崎如月、同じ学校の同じクラスに通う女子で、なぜか一緒に行動するようになって今回のこれにも参加した。
黒髪のショートカットの似合う元気で可愛い女の子で、クラスの人気者。
僕の名前は三条昊、えっと、昊の漢字は「そら」って読みますのでご注意を。
そしてもう一人、僕たちの後ろで寝ているのが、
「ほら天満、出来たよ。」
僕の姉、三条天満。
「てんま」じゃなくて「あまみ」と読む、姉弟そろって読みづらい字で失礼。
黒髪ロングが麗しい大人の女って感じがするけど、子供っぽくて頼りにならない。
僕たち四人の共通点が一つだけ、ほんの一つだけ挙げられる。
それが、僕たちが皆ここに居場所がないと感じていること。
そして、他のどこかに行ってしまいたいと願っていること。
少し前に僕たち四人で僕と天満が二人きりで暮らす家の蔵で、僕たちが見つけた本には今僕が書いた魔法陣が載っていた。
「旅立ちたいと願うなら、夢を見たいと願うなら。」
そう書いてあった。
退屈しのぎと幾許かの好奇心で、僕たちは学校からチョークを一個かすめ取って、一番製図の上手な僕の手でこの魔法陣を書き上げた。
魔法なんてないと思いながらも、もしあったら何が起きるんだろうと思いながらこれを書き上げた。
「じゃ、始めようか。」
僕たちはみんなで手をつないで輪になると、魔法陣の上に立つ。
『我らは旅立ちを求めし者、扉よ開き、その道を示せ。』
本に書いてあった通りの呪文を呟く。
何も起きなければただの痛い人たちだった。
けど、「何か」が起きたから痛くはなかった。
魔法陣が発光しながら崩れるように床ごと形を失っていく。
そして僕たちの足下に開いた穴には、ファンタジーゲームで出てきそうな空間が広がっていて、
光が僕たちの体を覆ったと思うと、
僕たちは落下を開始した。
「うぅぉおおおおおおおおおわぁああああああああああああああああ!!!」
「きぃやぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
四人そろって絶叫しながら、僕たちは落下する。
無意識のうちに皆手を放していた。
体の大きさのせいか体勢のせいか、わずかに吹雪の落下速度が速い。
真下にある街並みまで、僕たちは一気に落下していく。
そう思った瞬間だった。
ガギィン
テレビでよく剣を交わした時にするような音がして、吹雪は「跳ねかえった」
そして落下の勢いのまま、今までとは全く違う方向に飛んでいく。
ガギィン
次に跳ねかえったのは天満だった。
吹雪とも違う方向に、その軽さが災いしてか吹雪よりさらに速く遠くまで飛んでいく。
次は僕の番だった。
ガギィン
凄まじい衝撃に一発で意識を飛ばされて、僕はそのままどこかに飛んで行った。
消えゆく視界の中で、如月だけがほとんど落下の方向を変えずに堕ちていくのが見えた。
目が覚めると、そこは森の中だった。
全身が痛いけど、不思議とどこにも怪我なはい。
落下していくときに体を包んでいた光の影響だろうか。
とりあえず立ち上がって、あたりを見る。
全く知らない土地だった。
僕の暮らしていた街は結構な田舎だったけど、それでもこんなに家の近くの木は太くなかった、それに日本にはない品種の木だと思う。
地面はどうやら腐葉土らしい、それは日本とあまり変わらない。
たぶん僕は今の魔法でどこか他の世界に飛ばされてしまったんだろう。
魔法も他の世界も全く信じていなかったけれど、こうなってしまったら信ぜざるを得ない。
「いい加減……結婚したらどうなのさ。」
「それ言われると弱いんだよな、恋人でもない期間が長く続いて、そんで今度は恋人としての期間が過ぎて、そうするといつの間にかその関係でいいやと思っちまう。」
誰かが話しながら近づいてくる。
雰囲気から察するに、僕とあまり年も離れていない若い男が二人。
その二人は、木の陰から姿を現した。
一人は黒髪で背の高い、細身だが鍛錬を積んだ筋肉質の男、意志の強そうな黒い瞳に、整った顔立ちをしている。
もう一人は銀髪で中肉中背、コバルトブルーの目をした真面目そうな優等生タイプ。
どちらもなかなかの美青年だ、素直にそう思う。
そして二人とも、片手に斧を持っている。
銀髪の男の方はかなり使いこんであるのが一目でわかる。
二人も僕に気づく。
黒髪の方は動きを止めたけど、銀髪の方はこっちに向かってくる
そして僕の三歩手前ほどで飛ぶと、そのまま空中で頭を狙った回し蹴り。
あわてて飛び退いた僕に向かい、男は尋ねる。
「何者だ、お前。」
「えっと……良くわからないんだけど魔法を使って、そしたら空中にいて、何かに跳ね返されたと思ったら、目が覚めたらここにいた。」
僕が把握している限りの事実をできるだけ簡潔に述べると。
男はいらついた表情で僕を見る。
「その、チグハグって表現すんのが甘いくらい意味不明な返答に対し、俺は率直な意見を述べさせていただこう。」
斧を持っている手を振り上げて、
「ふざ・けんなぁああああああああ」
勢いよく振り下ろしながら斧を投擲する。
僕の頭の真横を異常なスピードで手斧が突っ切って行く。
当たっていたら、何の言い訳のしようもなく頭破壊されて即死だっただろう。
「ランス、ちょっと落ち着きなよ。」
ランスと呼ばれた銀髪の男を制するように、黒髪の男が前に躍り出る。
「邪魔すんじゃねぇロイド、このふざけた野郎のどタマカチ割って殺るぁああ!」
ものすっごく物騒な声を出しながら、ランスはロイドと呼んだ黒髪の青年に制されながらも暴れる。
「あら、ここにいたのね。」
また新しい声がした。
それも、僕の背後から。
振り返ってみて、一瞬見惚れてしまい、すぐに恥ずかしくなって目をそらす。
背後にいたのは、外見年齢二十代後半あたりの大人の女性だった。
とてもスタイルが良い体の大事な部分だけを隠すような服を着ていて、あとちょっと高貴な雰囲気がした。
そしてその女性、尻尾があって羽根が生えていた。
「ルミネさん、知り合いですか?」
ロイドが僕の背後の女性に向かって声をかける。
「いいえ? けど探してはいたわね。」
ルミネと呼ばれた女性のその返答にロイドは首をかしげる。
「色々話が込むし、しなきゃいけないこともあるから場所を変えましょう。」
そう言って、ルミネは僕の前を通過してどこかに歩き去って行く。
ランスとロイドが僕たちに向かってくると、
「そういうわけで連行する。」
「力で負けることはないと思うけど、大人しくしてよ?」
ランスが左腕を、ロイドが右腕をつかんで、僕を運び始めた。
「……そいつが今朝言ってた奴か。」
連行された僕を見て、眼鏡をかけた赤毛に青黒い瞳の男はそう言う。
連れてこられたのは、レトロな雰囲気漂うお屋敷のような建物の中だった。
数人の人たちがせわしなく書類片手に歩き回っていて、ここが役場であることを僕に想像させる。
「そうよ、光の球になって森に落ちた人。」
「……何の魔法だ?」
赤毛の男は僕に向かってそうたずねて来る。
「僕にもよくわからないんです、僕の暮らしていたところには魔法とかそういうのはなかったですし、魔法の知識もなかったので。」
赤毛の男のこめかみに青筋が確かに走った。
眼鏡の下のもともと険しい目つきがさらに険しくなる。
「自分がどこから来たとか、誰と一緒にどんな魔法できたとかそういう情報は?」
男の質問に、僕はあることを思い出した。
「魔法はこれです、この魔法陣」
ポケットの中に入れておいた、本のコピー。
魔法の陣が詳細に載せられている。
ルミネがそれをひったくり、まじまじと見つめる。
「誰と一緒かっていうと僕の姉と、友達二人です。」
「その姉と友達は?」
「この世界に来た時に……はぐれました。」
良くわからないのだけど、町の上に現れたと思ったらいきなり跳ね返されるみたいに方向転換して飛ばされてしまった。
常識でありえないことを僕がホイホイ口に出しているのは、常識が通じない状態に陥った時に常識にとらわれて行動するだけ無駄だと吹雪に教わったからだ。
「バフォメットみたいな完全な専門家じゃないから細かいことまでは分んないけど、おそらく次元移動系の高度な魔術よ、異世界から来たのね。」
ルミネが魔法陣の術式を読み取って言う。
「ってことは異世界人かよ……面倒くせぇ……」
忌々しそうに赤毛の男は言う。
「お前、名前は?」
「昊です、三条昊。」
「ファーストネームがソラでいいのか?」
「はい。あなたの名前は?」
「クロードだ、クロード・ラギオン、このクルツ自治領で『人間の領主』を務めてる。」
「私はルミネよ、このクルツの『魔物の領主』をしてるわ。」
クロードと名乗った赤毛の男と、ルミネと名乗る女の人には明らかな違いがあった。
クロードは僕が見る限り人間らしいけど、ルミネには角と翼と尻尾がある。
「この世界にはこいつみたいに、人間の女性と類似した姿の『魔物』と言われる生き物が存在してる、女しかおらず、人間の男と子を為して繁殖する。」
「ふむふむ。」
「人間の内、多くは彼女らを敵とみなす『反魔物』と、彼女らとの共存を目指す『親魔物』に分けられる、で、このクルツは親魔物だ。」
クロードの淡々とした説明を、僕はゆっくりと頭に入れていく。
要するに、僕が来た世界はファンタジー世界のようだ。
「このローディアナ王国の大半は反魔物、このクルツが唯一の親魔物だ」
「反魔物の理由は?」
「人を食って殺すと言われてるからが大半、しかし実態はそんなことはなく魔物は人を基本的に殺さない、むしろ共存を望む。」
「なのに魔物が人を殺すって話が蔓延してる理由なら、答えられないわよ? 分んないし。」
クロードの話を補完するように、ルミネが言う。
「さてと、次の話に移ろう、他の友達は?」
「皆はぐれて、どこにいるかもわからないです。」
「会いたいのか?」
「それはもちろん、できれば皆で帰りたいです。」
帰れるかどうかも定かではないけれど、少なくとも帰れる可能性に賭けてみたい。
「良く言った、俺たちも少しならフォローしてやろう。」
「! ありがとうございます!!」
「だがその前に、」
クロードは立ちあがったと思うと、ゆっくり僕の前まで歩いてくる。
そして、
ズンッ
みぞおちに強烈な鉄拳をぶちこんだ。
「うぐぅっ………おぇっ」
こみあげてくる強烈な嘔吐感にうずくまる。
「この馬鹿が! 知識もなく魔術を行使することがどれだけ危険だかわかってんのかテメェは!!」
クロードがさっきまでの低トーンからは考えられないほどの大声を張り上げて僕を怒鳴りつける。
「いいか、二度とそんな危険な真似はすんな、次は死ぬかも知れんぞ。」
胃の中からせりあがってくる液体をどうにか押しとどめながら、僕はその注意を聞いていた。
視界がかすみ、徐々に何も見えなくなる。
そして僕は意識を失った。
「まぁ、クロードさんなら納得だけど……」
目を覚ましたら、どこかのソファに寝かされていた。
近くに男が一人いる、僕よりほんの少し年上だろう、茶髪でわずかに垂れた感じのある赤い瞳は人の良さそうな雰囲気がある。
「あ、起きたんだね、確かソラ君だっけ。」
「あなたは?」
「テリュン、テリュン・マグノース。」
テリュンと名乗った茶髪の男の赤色の目を見て一瞬、僕の危険物レーダーが反応した気がした。前に反応したのは吹雪と初めて会った時だった。
「この領主館の役人で、クロードさんの部下だよ。」
「貴方みたいな若い人が役人?」
「このクルツでは、実力のある人間は皆若くても仕事をもらうものなんだ。」
自分に実力があると当たり前のように言ってのけた。
「クロードさんからの伝言だよ、しばらくここにとどまるように。」
「理由は?」
「君の友達を探すことについて、提案があるとか言ってた。」
今のところ信じられるかは微妙なところだけど、
「提案も何も乗るしかないでしょう。」
僕はこの世界のことをほとんど知らない以上、手助けは絶対に必要なんだから。
11/07/10 19:44更新 / なるつき
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