マカロフさんのレストランでは基本的にデートでイチャイチャすることは禁止されていない、むしろ見せつけてくれた方が料理の創作意欲がわくとか対抗意識が芽生えてくるとかでマカロフさんは大いに推奨している。
ただし公然プレイになってしまうのでセックス行為は禁止、それは家まで我慢する必要がある。
僕たちはお互いに隣り合って、キスをして食べた物の味を教え合ったりも交えてイチャイチャしながら一通り食事を楽しんでから店を出て、
「ここにいたか。」
こめかみに青筋を浮かべているツィリアさんに出くわした。
クリムとあまり変わらない幼女体型に、綺麗な金髪。
白い羽に同じ色の羽衣を着た彼女は要するにエンジェル。
このクルツの法を司る、恐怖の執行者。
普通にしてればかわいらしいこの人は、しかし今見るからに怒っている。
「ライア。」
「へぃっ！！」
ライアさんがかしこまった直立不動で固まる。
以前暴走してスティードをぶっ飛ばした時は厳重注意で済んでいたけれど、ツィリアさん直々のお出ましということはまた何かあったんだろうか。
「ブリジットが探していたぞ、新作に使うリンゴを今日果樹園から届けてもらうはずなのにいつまでたっても来ないと言っていた。」
「あちゃー………」
今日はほぼ一日僕とベッドの上で過ごしていた。
それが理由で運送の仕事を忘れたとなれば、ブリジットさんはカンカンだろう。
下手をしたら悶絶するほど強烈な一撃を腹に食らうかもしれない。
年度恒例クルツ自治領腕相撲大会魔物の部、不動の王者の拳は痛い。
「やっべぇ……ブリジット怒らせるのだけは勘弁だあいつ怖いんだよ……」
ライアさんが焦りだす。力自慢の彼女がこのクルツで唯一力勝負に勝てないのがブリジットさんだ、恐れるのも無理はない。
「一緒に僕も謝りに行きますから。」
「それはそれでよくない気がする……」
青ざめた表情でライアさんは即答する。
「ノーティ・ノア」
「はいぃっ！？」
ツィリアさんの空色の瞳が次に捉えたのは僕だった。
体が勝手にかしこまる、クルツの民の半数以上はこれが癖になっている。
「そう恐怖するな、傷つく。」
そんな風に言われても怖いものは怖い。
「あの、ツィリア、ノーティが」
「お前はさっさと仕事を片づけてこい！！」
ライアさんは怒鳴りつけられ、「イエスマム！！」と敬礼してから荷車を牽きながら猛スピードで行ってしまった。
「お前からライアの匂いがするがどう言うことだ？　ライアからは精臭がしたし。」
「えっとあの……」
隠し立てすると後が怖いので正直に一昨日から今日までにあったことを簡潔に説明する。
「なるほど、良かったじゃないか。」
「良かった……まあそうですね。」
「どうかしたのか？」
歯切れの悪い僕に対してツィリアさんが怪訝な顔をする。
正直、流れと乗りで付き合う形になってしまったことは否定できない。
そのまま僕たちの生活が維持できるとも思えないし、それに今日みたいにセックスに夢中になって職務怠慢に陥れば次はしばらく不能にされかねない。
それが僕たちにとって「良かった」ことなのかは自信がない。
「僕はライアさんのことを本気で愛してる自信があります、ライアさんも僕のことを大事にしてくれるとは思うんです、あれで優しい人ですし。」
「そうだな、注意力と学習能力には欠けるが面倒見はいい。」
「でも、今のままで暮らしていけば必ずどこかで歪みが出ます、それが怖いんです。」
正直ズッコンバッコンやりっぱなしのこの二日間はまずい。
堕落していく一方では僕たちに先はないだろう。
「……魔物との結婚に関しては、先達に聞くのが一番だろう。」
ツィリアさんはそう言った。
「先達？」
まさか魔物との恋愛を成就させたクルツの猛者たちのことだろうか。
もう夜もだいぶ更けた時間だし、家に行けば普通に会えるかもしれないがしかし何となくまずいシーンに出くわしそうで怖い。
「家に訪ねて行って色々聞いてみろ、同じ魔物を恋人に持つ者同士、色々と話し合える内容のこともあるだろう。」
「そうかもしれませんけどね……」
このクルツも純粋なクルツ生まれは少数派で、ほとんどの人が外の世界で生き場に困っていた人たちだから、魔物に対する抵抗がぬぐい切れていない。
でもいくらか魔物と人のカップルは成立している。
一年ほど前にラッシュがあってその時三組増えた。
まず外界の猟師だったテリュンさんと、魔物の領主ルミネさんの娘、サキュバスのネリスさんのカップル。担当こそ違えど二人とも同じ仕事場でしょっちゅうイチャイチャしていると聞く。
次にランスさんと、クリム、シェンリさんの猫姉妹の三人。独占欲の強い魔物を相手にドンブリが成立するのは二人の仲が良いからだろう。
三組目が、正直ちょっと話を聞くのが怖い。
元勇者ロイドさんと、ドラゴンのルビーさんカップル。
それ以外にも昔から夫婦として暮らしているのが猫姉妹の親、アレミネルさんとルーティさん夫妻と、魔物の領主であるネリスさんの両親、ルミネさんとリカルドさんの夫婦。
それ以外のクルツの魔物は皆独身。
参考になる話が一番聞けるとしたら……
テリュンさんネリスさん夫妻かな？
ネリスさんは奥手で有名だったけどサキュバスだから好きな人ができたらその人と一日中交わっていたいと思うほどの強い欲求を持っているだろうし、ライアさんの性欲の強さに通じるところはあるだろう。
確かここからあまり遠いわけでもないし、行ってみよう。


静かな住宅街にある、庭の広い一軒家。
ここが二人の住居のはずだ。
玄関に近付いてみると、
「ン……あんっ、テリュンさん…」
「顔隠さないでネリス、せっかく可愛い顔になってるんだからちゃんと見せてよ。」
中から二人の甘い声が聞こえる。
……どうやらタイミング良くセックス中っぽい。
リビングでしてるのかな？
玄関のドアをノックするべきか迷う。
下手にノックしてお楽しみの時間を邪魔してしまうのも申し訳ない気がしたし、気付かれなかったら気付かれなかった場合で何となく傷つく。
「ネリスは、ここをこうされるのが弱いんだよね？」
「ひゃぅン！　そこダメですっ、エッチな人になっちゃいます！」
「何言ってるのかな？　ネリスはもともとエッチだろ？」
いけない情事を覗き見ている気分ってこんなのかな？
しばらく考えて、あとにすることにした。
あの二人、セックスの密度が異常に高いけど時間はそんなに長くないって聞いてるし。
近いところはランスさんと猫姉妹が一緒に暮らしてるアレミネルさんの家か。
とりあえず行ってみよう、カップル二組いるんだから有用な話が聞けそうだ。
家に近付いてくる。
「んにゃあっ、あっはぁっ」
「ん……んんっ！」
「あっあっ、良いよぉ……もっと、もっとぉ…」
「三人同時に発情期とか、これじゃまるで乱交パーティだ。」
「同感だよ……今夜は眠れないね。」
玄関先まで来たところで、中からそんな声が聞こえてきた。
「…………ここも？」
今日はフィーバーなのかな？
一気に二家族つぶれまして、他を当たろう。
と言っても多くないんだよね、ぶっちゃけ言うと後二組。
ロイドさんルビーさんの最強夫婦か、ルミネさんリカルドさんの魔物の領主夫婦。
テリュンさん宅に戻ったらもう終わってるかもしれないけど、でもまだちょっと早い。
少し考えてから、ロイドさん夫妻のところに行くことにした。
ルビーさんは怒ると怖いからともかく、ロイドさんはそんなに悪い人でもなさそうだったし、何よりルミネさんのところはこの流れだと遠慮なくズコバコしてそうだ。
十分ほど歩いて、ルビーさんとロイドさんが暮らす家の前へ。
住宅地からは少し距離のある、クルツでは人口密度が低い地域だ。
コンコン
とりあえずドアをノックしてみる。
ロイドさんの仕事は南部開発局の局員。
正直言って事実上樵と大差ないとか言われてるけど、このクルツが大きくなっていくことに関して最も重要な役割を担っている人の一人だ。
まぁ……してることは確かに樵に近いけど。
ルビーさんの仕事は教師、共同学校で基礎科目の一つである建築技術学や発展科目の一つである木造技術学を教えている。ほとんどの教師が何かしらの兼業であるのに対して、ルビーさんは共同学校の事務も任せられた専業教師。
ボランティアの他の教員とは違って、それで給料をもらっている。
「はいはい、どちらさまでしょうか。」
ロイドさんがドアを開いて出迎えてくれる。
「えっと……ノーティ君だったかな？」
「はい、施療院のフレッドの孫、ノーティ・ノアです」
とりあえず挨拶。
「何か用かな？　あいにく妻は留守だけど。」
「ああいえ……ルビーさんとの結婚生活の話をよければ聞かせてほしくて。」
そう言ってから、わけを説明する。
「なるほど……でも参考にはならないと思うよ、結局恋愛なんて言うものはあ互いがお互いらしくあって、その上で折り合いつけるのが難しいところを話し合うものだと思うから。」
そう言えばこの二人は肉体関係とか先立たないただの恋愛結婚だっけ。
体の相性を知らないまま結ばれるのって魔物相手じゃ特例だけど。
「ロイドさんはルビーさんと折り合いつかないところがあるんですか？」
「ん〜……するときにいつもルビー上位なのは僕も飽きてるかな……」
だったらドラゴンのルビーさんを打ち負かせばいいんですよ。
とは思っても絶対言わない、人形態でもかなり強いし、竜形態になればクルツ最強を誇るルビーさんに勝てとか理不尽な話だ。
「あと、仕事の時以外はいつも一緒に居たがるんだよね、それはそれで可愛いから好きだけど、ちょっと楽にしてほしいと思う時もある。」
「魔物は独占欲強い人が多いですし、特にドラゴンはその傾向が強いっていう謂れがありますからね。」
ドラゴンにとり自分より弱い夫は何より大切な宝。
自分より強い夫は従うべき主人。
そういう傾向がある中でドラゴンより弱いということは彼女らに所有されるという意味にも等しく、強い独占欲の対象になる。
「けどルビーさんの拘束なんか優しい方ですよ、ドラゴンの中には自分の夫を一生巣から出さないような人もいるって聞きますし。」
一応ロイドさんが働きに出てることを考えると、ルビーさんは一応夫にある程度の自由を許していることになる。
「そうなのかな……」
「そうですよ、まぁ参考になりました、ありがとうございます。」
手を振ってロイドさんたちの家から遠ざかる。
ライアさんが荷車を引っ張りながら走ってきて、僕の前で停まる。
「ノーティ、ここにいたのか。」
「はい、ロイドさんに話を聞いてみたんです。」
ライアさんにもその事情を説明する。
「……結婚のこと考えてたのか。」
「はい、今すぐとは言いませんけどやっぱりしたいと思って、それでするならクルツに生きる民としてしっかり生活も両立させないといけないって考えたらこのままじゃ良くないよなって。」
ライアさんは優しげな笑みを浮かべると、僕を抱きしめて来る。
「本当、お前はいい子に育ってるよな……」
なんだかちょっと子ども扱いされてる気がしないでもないけど、悪い気はしない。
「アタシも似たようなこと考えてたよ、気持ちいいからって今日みたいにズコバコし続けてたら絶対他の皆に迷惑かけるよなって、ブリジットにも鼓膜破れそうなくらい怒鳴られたし。」
殴られはしなかったみたいでちょっと安心した。
僕は数少ない施療院の医者。
ライアさんはクルツで唯一の運送業者。
どちらもこのクルツではかなり有用視されているお仕事。
それが二人揃ってサボるなんて、あっていいことじゃない。
「決めた！　アタシはもうお前を調教するのやめにする！」
ライアさんは高らかにそう宣言する。
「は？」
「アタシのことこんなに真剣に考えてるお前が浮気なんてするはずないもんな、だからもっと直接的な方法でお前を拘束することにした。」
ライアさんは僕の方を振り向くと、
「ノーティ・ノア、アタシをお前の嫁にしろ。」
そう言った。
確かに僕に向かってそう言った。
「はい、こちらこそ、あなたを幸せにさせてください。」
そう言って、僕は深々とお辞儀をした。

■作者メッセージ
これで終わりじゃありません。
もうこうなったらやるっきゃないっしょ。
ってなわけで次はいつも通り濃厚に行ってみたいと思います。