第七話
目を覚ますと、前にも見上げた記憶のある天井。
前にも嗅いだ事のある薬品のにおい。
ここはクルツの施療院だった。
いつの間に帰って来たんだろう、ルビーの背中の上に仰向けにされた運ばれてく所から記憶がない。
上体を起こしてみると、部屋の隅で花を替えていたルビーと目があった。
彼女は驚きに目を見開いてすぐに、僕に向かって突進してそのまま抱擁してきた。
メキメキメキメキ
骨がきしみ悲鳴を上げるほどの熱烈な抱擁とそのぬくもりに、これは夢ではないと悟る。
「心配させるな馬鹿もの……また…置いて逝かれるかと思っただろうが……」
ルビーの声は震えていて、泣いているのが良くわかった。
僕は彼女の頭に手を回すと、優しく抱きしめた。
胸の奥から温かくて、優しいと感じる。
これが愛情というものだと言われたら、たぶん僕はそれを理解する。
いつから彼女に惹かれていたんだろう。
彼女のどんなところを好きになったんだろう。
全然わからないけど、それでも彼女を愛しく思う。
「ごめん、心配させて。」
「ああ……お前が悪い……」
「でも、これからはそばにいるから、君を一人にさせないから……」
一生彼女の隣にいよう。
決して彼女を置いてどこかに逝ってしまわないとすべての人に誓おう。
愛しい人と共に生きるために。
そのあと僕が意識を失っている間のことをルビーが話してくれた。
重傷だった僕は皆に運ばれてどうにかクルツに帰りついたらしい。
ルビーが必死に飛んでクルツに向かっている間、ハルトや姉さんはずっと僕の処置をして、フェムナは追手を警戒していたそうだ。
マクワイア元帥の粋なはからいで僕たちの追撃は禁止されていたらしいけど、それでもいつ指揮官が交代させられてまた攻撃してくるかわからないからという理由での警戒だった。
とりあえずクルツに帰りつき、施療院に運ばれた僕が目を覚ましたのはそれから一週間がたった時のことだ。
その間にハルトや姉さんやフェムナもそれぞれクルツの住民登録を終えて仕事も斡旋してもらい、クルツに少しずつ馴染み始めていた。
ハルトはどうやら施療院で働くらしいし、フェムナは領主館の役人として働くらしい、姉さんはというと魔術研究所とかいうルミネさんが副業でやってる仕事の手伝いをするんだとか。
僕が目を覚ましたという報告をルビーから受けて、クロードさんに僕の仲間たちにランスに、フレッド先生やツィリアさんまで僕の病室に来た。
それともう二人、クロードさんによく似た青年と、黒い紳士服を着た二十代後半の男。
「意外に元気そうじゃないか。」
ランスが澄ました顔で言う。
「奇跡的に臓器はすべて無事じゃったし、出血量もかなりの物じゃったがそこらへんも迅速な処置が功を奏したんじゃろ。」
「ハルトの成果ね。」
なぜか姉さんが自慢げにいう。
「紹介するぞ、こっちが俺の兄で次期人間の領主のハロルド、でこっちは魔物の領主ルミネさんの夫、インキュバスのリカルドさんだ。」
初対面の二人の紹介を、ランスからされる。
「いやはや、まさか王国を裏切った勇者がまた一人クルツに来るとはね。未来ってものは予想がつかないものだよ。」
楽しそうにリカルドさんが言う。
「それより、報告よロイド、心して聞きなさい。」
リカルドさんを押し飛ばして、姉さんが前に出てくる。
「何?」
「あたしとハルト、結婚するの。」
姉さんがとても嬉しそうに言った。
姉さんとハルトの恋仲は仲間内では公然の秘密だった。
いつごろ一緒になることを決めるか、いつ初体験をするかなど色々フェムナと話し合っていたけれど、まさか僕のいない間にそこまで仲が進展していたとは。
「本当は王都で会ったときに言いたかったんだけど、色々あって言い損ねたでしょ?」
「まぁそうだね。」
そう言えばライドンが来る前にもう一つ報告したいことがあるとか言ってた気がする。
それがまさか実の姉の嫁入り報告だとは。
「明後日くらいに婚姻届を正式に提出して、そこから俺たちは夫婦になる。」
「ってことは僕ハルトのこと『お義兄さん』って呼ぶの?」
「そうなるな。」
将来いつそう呼ぶのかを真剣に考えてた時期があったとはいえ、まさかこんなに早いとは思わなかった。
「ああ、僕の方からも全員に報告いいですか?」
後ろの方で手を挙げたのはハロルドだった。
もしかしたら僕より年下かもしれないけど、同い年かもしれない。
「どうしたんだ兄さん。」
「いや……フレッド先生はもう知ってると思うんですけど、カミナが身籠りまして……」
全員が驚きの声を上げる。
「カミナ?」
「兄さんの奥さん、ってことは……俺伯父さんになるのか。」
「俺なんて……祖父さんだぞ? まだ三十九なのに。」
「え、予想外に若いですねクロードさん。」
僕が思わず呟いたその言葉に、
クロードさんは何と言うか「凄絶な」笑みで返事をしてくれた。
老けて見えることは気にしてるらしい。
迂闊にいったら次は殺されるな、ルビーが敵打ちしてくれたらまだいいけど。
「えっとあの……僕もルビーと結婚したいんですけど……」
ルビーの顔が一瞬でボッと燃えるように真っ赤に染まる。
顔どころかその赤は全身にまで広がって行っている。
全身赤くないところがないくらい見事な真っ赤だった。
「ぃぃぃいいいいいいいいいきなり何を言ってるんだお前は!!!」
「いやだって、一緒にいるって言ったよね、あれプロポーズのつもりだったんだけど。」
ルビーが一瞬硬直する。
視線が泳ぐ。
まず右に、ゆっくりゆっくり。
次に左に急加速、そして急停止。
そしてもう一回急加速して僕を見る。
顔が赤く染まり、青く染まり、もう一回赤く染まり、
ボンッ!
爆発した。
後ろ向きにのけぞるように倒れていく、
と思ったら突然持ち直して、足で踏みとどまる。
「し………」
「し?」
「幸せにしなかったら許さんからな!!」
ものすごい声で怒鳴ったと思ったら、窓から飛び出して行った。
オーケーってことなのかな?
それから一ヵ月後に僕とルビーはめでたく結ばれました。
皆の目の前でキスした直後にルビーはまた爆発して、その時は本当に気絶した。
花嫁姿のルビーは信じられないくらいに綺麗で、僕は一生その姿を忘れないだろうと根拠もなく確信していた。
それから一年がたったある日のこと。
仕事から帰ってのんびりしていると、ルビーが疲れた顔で帰ってきた。
「人魚の血だ。」
そう言って、ルビーは赤い液体の入った瓶を僕の目の前に置いた。
そしてすぐにそっぽを向く。
交わっているときは本当にこっちが恥ずかしいぐらい激しく僕を求めてくるけど、それ以外の時は照れ隠しなのかあんまり僕と目を合わせようとしない。
それでも一緒にいるとなんだか嬉しそうにしているし、毎日一緒に食事もとっているから夫婦仲が悪いなんてことはないはずだ。
そのうちまた僕を直視してくれるといいんだけど。
「人魚の血って……」
人間が飲めば長寿を約束される飲み物、その名の通りにマーメイド属の血そのものである。
魔物が求めるときはほとんどが夫をインキュバスにできない魔物の場合で、夫との寿命の違いをこれを使って埋めるのだそうだ。
確かにいつか必要になるとは思っていた、彼女は三十二歳で僕よりいくらか年上だけど、まだ僕の数倍は確実に長生きをする。
彼女を一人にしないためにどこかで手に入れないといけないと思っていた。
けど彼女がどうやって手に入れてきたんだろう。
「コーラルから貰って来た。」
コーラル。
僕の職場である開拓地区にある洞窟にすむメロウ。
ルビーとは非常に仲が悪かったはずだけど……
「どうやって交渉したの?」
「聞くな!!」
顔を真っ赤にしてルビーは叫んだ。
どうやら本気で何か思い出したくないことがあったようだ。
僕はとりあえず瓶に入った人魚の血を見て思案する。
言っては悪いけど、とっても、マズそうだ。
色赤黒いし。
さらさらした感じが余計に何か不気味な怖さを醸し出している。
はっきり言って、飲むのにすごく度胸のいる色味をしてる。
ランスがちょっと羨ましい、人間と寿命の近いワーキャットが奥さんだから、寿命を延ばす必要もなさそうだし。
「その……飲みたくないなら飲まなくていい、長生きしてほしいのではなくただ単に一人で残されたくないという私の我儘だ。」
瓶のふたを開けて、一気に喉の奥に流し込む。
思った通りにマズイ。
何と言うか当たり前の気がするけど血を飲んだような飲みごたえだった。
喉越し 最悪。
味 最悪。
評価 十二点。
「一緒に生きるんなら、こうしないとね。」
体の方に何か変化があったという感じはしない。
けれど少なくともコーラルがルビーを騙すってことは後が怖いからしないはずだ。
だから少なくとも僕は彼女と一緒の時間を生きられる。
「良かったのか?」
「何が?」
「姉と一緒の時間は生きられないぞ、姉がいなくなっても、仲間たちや他の人間の知り合いが皆いなくなってもお前は生きていることになるんだぞ?」
ルビーが申し訳なさそうな顔をする。
そんな顔はしないでほしいよ。
だって平気だから。
「だって僕には、君がいるだろ?」
前にも嗅いだ事のある薬品のにおい。
ここはクルツの施療院だった。
いつの間に帰って来たんだろう、ルビーの背中の上に仰向けにされた運ばれてく所から記憶がない。
上体を起こしてみると、部屋の隅で花を替えていたルビーと目があった。
彼女は驚きに目を見開いてすぐに、僕に向かって突進してそのまま抱擁してきた。
メキメキメキメキ
骨がきしみ悲鳴を上げるほどの熱烈な抱擁とそのぬくもりに、これは夢ではないと悟る。
「心配させるな馬鹿もの……また…置いて逝かれるかと思っただろうが……」
ルビーの声は震えていて、泣いているのが良くわかった。
僕は彼女の頭に手を回すと、優しく抱きしめた。
胸の奥から温かくて、優しいと感じる。
これが愛情というものだと言われたら、たぶん僕はそれを理解する。
いつから彼女に惹かれていたんだろう。
彼女のどんなところを好きになったんだろう。
全然わからないけど、それでも彼女を愛しく思う。
「ごめん、心配させて。」
「ああ……お前が悪い……」
「でも、これからはそばにいるから、君を一人にさせないから……」
一生彼女の隣にいよう。
決して彼女を置いてどこかに逝ってしまわないとすべての人に誓おう。
愛しい人と共に生きるために。
そのあと僕が意識を失っている間のことをルビーが話してくれた。
重傷だった僕は皆に運ばれてどうにかクルツに帰りついたらしい。
ルビーが必死に飛んでクルツに向かっている間、ハルトや姉さんはずっと僕の処置をして、フェムナは追手を警戒していたそうだ。
マクワイア元帥の粋なはからいで僕たちの追撃は禁止されていたらしいけど、それでもいつ指揮官が交代させられてまた攻撃してくるかわからないからという理由での警戒だった。
とりあえずクルツに帰りつき、施療院に運ばれた僕が目を覚ましたのはそれから一週間がたった時のことだ。
その間にハルトや姉さんやフェムナもそれぞれクルツの住民登録を終えて仕事も斡旋してもらい、クルツに少しずつ馴染み始めていた。
ハルトはどうやら施療院で働くらしいし、フェムナは領主館の役人として働くらしい、姉さんはというと魔術研究所とかいうルミネさんが副業でやってる仕事の手伝いをするんだとか。
僕が目を覚ましたという報告をルビーから受けて、クロードさんに僕の仲間たちにランスに、フレッド先生やツィリアさんまで僕の病室に来た。
それともう二人、クロードさんによく似た青年と、黒い紳士服を着た二十代後半の男。
「意外に元気そうじゃないか。」
ランスが澄ました顔で言う。
「奇跡的に臓器はすべて無事じゃったし、出血量もかなりの物じゃったがそこらへんも迅速な処置が功を奏したんじゃろ。」
「ハルトの成果ね。」
なぜか姉さんが自慢げにいう。
「紹介するぞ、こっちが俺の兄で次期人間の領主のハロルド、でこっちは魔物の領主ルミネさんの夫、インキュバスのリカルドさんだ。」
初対面の二人の紹介を、ランスからされる。
「いやはや、まさか王国を裏切った勇者がまた一人クルツに来るとはね。未来ってものは予想がつかないものだよ。」
楽しそうにリカルドさんが言う。
「それより、報告よロイド、心して聞きなさい。」
リカルドさんを押し飛ばして、姉さんが前に出てくる。
「何?」
「あたしとハルト、結婚するの。」
姉さんがとても嬉しそうに言った。
姉さんとハルトの恋仲は仲間内では公然の秘密だった。
いつごろ一緒になることを決めるか、いつ初体験をするかなど色々フェムナと話し合っていたけれど、まさか僕のいない間にそこまで仲が進展していたとは。
「本当は王都で会ったときに言いたかったんだけど、色々あって言い損ねたでしょ?」
「まぁそうだね。」
そう言えばライドンが来る前にもう一つ報告したいことがあるとか言ってた気がする。
それがまさか実の姉の嫁入り報告だとは。
「明後日くらいに婚姻届を正式に提出して、そこから俺たちは夫婦になる。」
「ってことは僕ハルトのこと『お義兄さん』って呼ぶの?」
「そうなるな。」
将来いつそう呼ぶのかを真剣に考えてた時期があったとはいえ、まさかこんなに早いとは思わなかった。
「ああ、僕の方からも全員に報告いいですか?」
後ろの方で手を挙げたのはハロルドだった。
もしかしたら僕より年下かもしれないけど、同い年かもしれない。
「どうしたんだ兄さん。」
「いや……フレッド先生はもう知ってると思うんですけど、カミナが身籠りまして……」
全員が驚きの声を上げる。
「カミナ?」
「兄さんの奥さん、ってことは……俺伯父さんになるのか。」
「俺なんて……祖父さんだぞ? まだ三十九なのに。」
「え、予想外に若いですねクロードさん。」
僕が思わず呟いたその言葉に、
クロードさんは何と言うか「凄絶な」笑みで返事をしてくれた。
老けて見えることは気にしてるらしい。
迂闊にいったら次は殺されるな、ルビーが敵打ちしてくれたらまだいいけど。
「えっとあの……僕もルビーと結婚したいんですけど……」
ルビーの顔が一瞬でボッと燃えるように真っ赤に染まる。
顔どころかその赤は全身にまで広がって行っている。
全身赤くないところがないくらい見事な真っ赤だった。
「ぃぃぃいいいいいいいいいきなり何を言ってるんだお前は!!!」
「いやだって、一緒にいるって言ったよね、あれプロポーズのつもりだったんだけど。」
ルビーが一瞬硬直する。
視線が泳ぐ。
まず右に、ゆっくりゆっくり。
次に左に急加速、そして急停止。
そしてもう一回急加速して僕を見る。
顔が赤く染まり、青く染まり、もう一回赤く染まり、
ボンッ!
爆発した。
後ろ向きにのけぞるように倒れていく、
と思ったら突然持ち直して、足で踏みとどまる。
「し………」
「し?」
「幸せにしなかったら許さんからな!!」
ものすごい声で怒鳴ったと思ったら、窓から飛び出して行った。
オーケーってことなのかな?
それから一ヵ月後に僕とルビーはめでたく結ばれました。
皆の目の前でキスした直後にルビーはまた爆発して、その時は本当に気絶した。
花嫁姿のルビーは信じられないくらいに綺麗で、僕は一生その姿を忘れないだろうと根拠もなく確信していた。
それから一年がたったある日のこと。
仕事から帰ってのんびりしていると、ルビーが疲れた顔で帰ってきた。
「人魚の血だ。」
そう言って、ルビーは赤い液体の入った瓶を僕の目の前に置いた。
そしてすぐにそっぽを向く。
交わっているときは本当にこっちが恥ずかしいぐらい激しく僕を求めてくるけど、それ以外の時は照れ隠しなのかあんまり僕と目を合わせようとしない。
それでも一緒にいるとなんだか嬉しそうにしているし、毎日一緒に食事もとっているから夫婦仲が悪いなんてことはないはずだ。
そのうちまた僕を直視してくれるといいんだけど。
「人魚の血って……」
人間が飲めば長寿を約束される飲み物、その名の通りにマーメイド属の血そのものである。
魔物が求めるときはほとんどが夫をインキュバスにできない魔物の場合で、夫との寿命の違いをこれを使って埋めるのだそうだ。
確かにいつか必要になるとは思っていた、彼女は三十二歳で僕よりいくらか年上だけど、まだ僕の数倍は確実に長生きをする。
彼女を一人にしないためにどこかで手に入れないといけないと思っていた。
けど彼女がどうやって手に入れてきたんだろう。
「コーラルから貰って来た。」
コーラル。
僕の職場である開拓地区にある洞窟にすむメロウ。
ルビーとは非常に仲が悪かったはずだけど……
「どうやって交渉したの?」
「聞くな!!」
顔を真っ赤にしてルビーは叫んだ。
どうやら本気で何か思い出したくないことがあったようだ。
僕はとりあえず瓶に入った人魚の血を見て思案する。
言っては悪いけど、とっても、マズそうだ。
色赤黒いし。
さらさらした感じが余計に何か不気味な怖さを醸し出している。
はっきり言って、飲むのにすごく度胸のいる色味をしてる。
ランスがちょっと羨ましい、人間と寿命の近いワーキャットが奥さんだから、寿命を延ばす必要もなさそうだし。
「その……飲みたくないなら飲まなくていい、長生きしてほしいのではなくただ単に一人で残されたくないという私の我儘だ。」
瓶のふたを開けて、一気に喉の奥に流し込む。
思った通りにマズイ。
何と言うか当たり前の気がするけど血を飲んだような飲みごたえだった。
喉越し 最悪。
味 最悪。
評価 十二点。
「一緒に生きるんなら、こうしないとね。」
体の方に何か変化があったという感じはしない。
けれど少なくともコーラルがルビーを騙すってことは後が怖いからしないはずだ。
だから少なくとも僕は彼女と一緒の時間を生きられる。
「良かったのか?」
「何が?」
「姉と一緒の時間は生きられないぞ、姉がいなくなっても、仲間たちや他の人間の知り合いが皆いなくなってもお前は生きていることになるんだぞ?」
ルビーが申し訳なさそうな顔をする。
そんな顔はしないでほしいよ。
だって平気だから。
「だって僕には、君がいるだろ?」
11/10/16 20:09更新 / なるつき
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