第六話
門と同じように玄関のドアも今度は僕が斬って破壊し、二人で中に入る。
メイドらしき数人の女性が口をあんぐりあけて棒立ちしているのは無視、エントランスを突破して廊下に入る。
「キャァアアアアアアアアア!!!」
背後から、やっと事態を呑みこんだらしき女性たちの悲鳴。
それを聞きつけて、待機していた私兵らしき男たちがあちこちから出てくる。
あっという間に僕たちは取り囲まれる、相手の数は十人ちょっと。
「……こいつらとは戦っても?」
「いいよ、もう騒いでも問題ない。」
「背後は任せる。」
「うん。」
切りかかってきた一人の剣をギリギリのところでよけて、その相手の腕の腱を狙って斬りつける、男が落とした剣を床に落ちる前に拾って、
ガゴッ
その柄で男の顎を殴りつける。
男は後ろに倒れて、床に頭を思い切りぶつけた。
クロードさんとランスに鍛えてもらったおかげで相手の動きが良く見える。
ガスッ
背後ではルビーが男一人を一撃で気絶させ、
「はぁッ!」
気合一閃、男をボールのように投げて他の男にぶつける。
三歩下がってルビーの少し後ろに。
二人同時に突っ込んできたのを今度はさっきの男から奪った剣を片方に投げてけん制にし、ひるんでいない相手の左足を切る。
崩れていく男を蹴りで仲間にぶつけてやり、二人まとめて転倒させる。
そしてその二人の頭を連続で踏んで気絶させながら敵に突っ込み、相手の頭にアルマダの峰打ちをくれてやる。
硬質で重量のあるアルマダの峰打ちは、脳をかなり揺さぶる。
動きを止めた男に構わず剣を振り回し、周囲の相手も一気に薙ぎ払う。
多数相手での力任せと少数相手の技を使った戦いの融合形、実戦で使うのは初めてだけど、良い感じだ。
周りに起き上がっている敵の姿は見当たらない。
全員気を失っているようだ。
「思ったよりも呆気なかったな。」
「そうだね。」
はっきり言ってあっけないどころか弱かった。
とはいえ、質はともかく名門貴族の私兵たちがこの程度の数で終わりだとは思えない、長期戦になるのは避けたい。
それに、仮にもここには新勇者ライドンがいる。
僕の仲間三人はでてきても戦わなくて済みそうだからともかく、ライドンのパーティの連中が実力のない寄せ集めではなくそれなりの実力者だったら面倒だ。
と思っていると、共鳴探知の効果時間が切れた。
「あ……」
「どうした?」
「共鳴探知が切れた、しばらく使えないし……どうしよう。」
「……大まかな場所は覚えているだろう、それを手掛かりに探すしかあるまい。」
確かにそれはかなり確実な手段だとは思う。
けど、あんまり敵と出くわしたくはない。
姉さんの方から僕を探知してくれれば助かるけど、チマチマした構成を必要にする魔法が苦手な姉さんに探知系魔法は期待できない。
とりあえず階段を上って三階へ。
この階だけ、人気がない。
たぶんここに三人がいるんだろう。
部屋のドアを探して歩いていると、
「……ロイド?」
廊下を歩いていた男に会った。
高い身長、くすんだ灰色の髪、艶のない黒い瞳。
「ハルト……久しぶり……」
医術師のハルト・ワインダーその人だった。
「久しぶりというか……アイリが『ロイドが来る』などと騒ぎだすから弟を喪ってトチ狂ったと思ってたんだが……まさか生きてたとは……」
「うん、色々話したいことがあるんだ。」
さすがに冷静なハルト、驚いてはいるけど騒ぎはしない。
「こっちもお前に伝えたいことは色々ある、だがとりあえず俺たちの部屋に戻ろう。」
「分った。ルビーもこの人は安全だから安心して。」
殺気立っていたルビーがしぶしぶ僕に従う。
ハルトの案内で僕たちは三人が寝泊まりしている部屋に向かう。
ドアを開けると、
「ロイド!」「ロイドさん!?」
姉さんとフェムナが大きな声で出迎えてくれた。
「トイレに行く途中偶然会った。では俺はトイレに行ってくる。」
そう言ってハルトは部屋を出ていく。
色んな偶然が重なるなぁ……
「ロイド。」
「ああうん、とりあえずまず僕から報告、僕は皆も知る通りクルツ殲滅戦でこのルビーと戦い、完全な敗北を喫しました。その後僕はクルツ内の施療院で治療を受け、そして一つ事実を知りました。」
「……何?」
「魔物は、人を喰い殺さない。」
僕の代わりに口に出したのはルビーだった。
姉さんは驚いた表情を見せて、フェムナはあまり驚いていないような、むしろ何かに納得したような表情を見せる。
「それってどういう」
「貴族たちの中に、自らが略奪行為を行う責任逃れに魔物を利用しているものがいるということですね。」
さすがに、没落した家とはいえ貴族の娘、フェムナはそれなりにこの国の実情を理解しているようだ。
「知ってたんだね。」
「私の家の領地もそう言う貴族に滅ぼされたんです、いやでも覚えます。」
そういうことだったのか、貴族が会いに来た時すごく嫌そうな顔をしてたのは。
「教えてくれたらよかったのに。」
「そうなって教会や騎士に目をつけられるのは嫌ですので。」
淡々と述べる。
僕たち以外の人間に身分を隠していたのもそんな理由だったんだろう。
滅ぼしたはずの家の人間が生きているのは攻めた側にとって都合が悪い。
「色々あって僕はクルツで暮らすことになった、使命も放棄する。」
それだけは宣言する。
「ただいま戻った。」
ハルトがドアを開いて戻ってくるとすぐにドアのカギを締める。
「お前手荒に侵入しただろう、屋敷の中が大騒ぎだ。」
「あ〜 門壊したのはルビー。」
「お前の指示だろう、第一玄関を切り破ったのはお前だ。」
責任を押し付け合う僕たちをよそに、
「ハルト、魔物は人を殺さないことが判明しました、王国内で魔物に襲われた町が存在せず、貴族が自分の略奪を魔物の所為と偽っていたことも。」
フェムナが事情をハルトに説明する。
「……は?」
入った直後に出会ったメイドさんたち同様に、ハルトがあんぐり口を開く。
さすがのハルトもこれは予想外だったんだな。
まあ、知らない限りはそんなこと予想する方がひねくれてるけど。
「今度はこちらの報告です、正直私たちはここに軟禁されている状態なのであまり多くのことは知りませんが、最近になって市民の間で貴族に対する抗議行動が何度か行われています。」
「ああうん、貴族階層で騒いでた。」
それを守る様に戦う兵士と攻撃する兵士に分かれている印象的な光景だった。
抗議行動は僕も何度か見たけど、あれほど殺気立ってるのは初めてだった。
「主な理由が貴族の専横に対する反発ですね、貴族の子弟が市民階層で暴行や窃盗を働き、親のコネで無罪にすることが頻発して市民の不満が増大しているのが原因のようです。」
「その不満回避のために『貴族が市民を守っている』ことを示そうとライドン氏が勇者に名乗りを上げたわけだ。」
ハルトが息継ぎをしたフェムナの後に言葉を続ける。
「馬鹿だねー。」
としか言いようがないと思うね。
貴族の中には市民を見下している人や、切り捨てて当然の存在だとしか思っていないような人も結構いるらしいけど、いくらなんでも舐めすぎだ。
「うんまあそんなので収まるはずもないわよね、そういうわけで市民の皆様はとうとうこの貴族階層まで抗議に侵入したわけよ。」
次に口を開いたのは姉さんだった。
一般に貴族階層に市民が入ることは許されていない、勝手に入ろうものなら即兵士たちにとらえられて下手をすれば監獄送りだ。
けど侵入に成功してることを考えると、貴族に対して不満を持っていた兵士は抗議行動を行う市民を守ろうと考えて、上からの命令に従って市民を捕らえようとする兵士たちと衝突してる。
こんなところかな。
「もう一つ報告しておきたいことが」
ドンドンドン
ハルトの言葉をさえぎるようにドアが乱暴にノックされる。
「三人とも、この館に賊が侵入した、掃討に手を貸せ。」
若い男の声だ。
「ライドンだな……脅迫まがいのことをしてここに軟禁しておいて、困ったらすぐに俺たちに頼ろうと考えるあたりやはり見下している。」
ハルトが腹立たしげに言う。
「どんな脅迫?」
「『勇者に逆らうのは王国に逆らう背信者、一生追われたいのか?』だったかしら?」
「それであってます。」
それが今は自分たちの手だけでは僕たちに対抗できないから協力するよう命令している、いくらなんでも相手のことを考えてなさすぎるだろう。
こんな連中ばかりが王国の支配階層に君臨し続けていたら、王国も長くはない。
「脱出しよう。」
「そうだね。」
とはいえ、この部屋には窓がない。
たぶんこの三人が抜け出すことを阻止しようとしてたからだろうけど、結果としてはそいつらの判断は良かったのかもしれない。
「……一番近い窓のあるところは階段だな。」
「そこまで突破か……皆装備は?」
「ないわ、取り上げられてる。」
どこまで信用してないんだろう、っていうか本当にこの三人を自分のパーティに入れようとか思ってたのかな、だとしたらどうしてこんな扱いに?
考えてても仕方ないか。
「開けるよ。」
ドアを開くとすぐにライドンが入ってきた、
メキョッ
その顔面にルビーの拳が炸裂して、ライドンは宙に舞う。
グルゥングルゥン ダァン
一回転二回転して床に落下、動かなくなった。
「「「お〜」」」
三人が感心して拍手する。
「こいつは本当に勇者か? ロイドを殴った時より手加減したぞ。」
白目をむき大の字で倒れているライドンの脇をすり抜けながら、ルビーが呟く。
僕の時よりっていうことは僕と戦った時も手加減してたんだね。
それにしては雄々しく宙を舞った記憶があるんだけど。
「皆の装備はどこにあるの?」
ハルトの医療道具とメイスに、フェムナの拳銃、姉さんの魔法書。
どれもここを出るならついでに持って行った方がいいだろう、
「分らん。」
そりゃ取り上げた装備のありかを相手に伝える方がどうかしてるよね、うん僕の質問の方が頭悪かった。
「好ましくないけど虱潰しか……時間かけたくないんだけど。」
本当今まで良い偶然が導いてくれた分だけ状況がここで悪化してる気がしてならない、塞翁が馬……なんか違うな。
「……おきろボンクラ。」
ルビーがライドンの胸倉をつかんで持ち上げている。
「あ、そいつにありか聞くのか、頭いいね。」
目的にしてることがすぐに分かったので僕も力を貸すことにした。
ライドンを脅迫してありかを聞いたところ二階のライドンの私室にあるそうなので案内させて回収に成功した。
用事が片付くとすぐにもう一回ルビーが頭を強打して気絶させてた。
まぁ記憶喪失になったら悪いけど、因果応報だね。
ついでに、ライドンの部屋には窓があった。
「あんまりなりたくないんだ……あの姿は……」
小さな声でルビーが言う。
「……竜の姿になると私は人の言葉を話せなくなる、だから先に言っておくが決して振り落とされるな、死ぬ覚悟でしがみつけ、以上。」
それだけ言うと、ルビーは竜に姿を変えた。
一瞬だった。
彼女の体が光って大きくなったと思ったら、彼女はその姿になっていた。
全身が意志を持った炎のように赤く美しく、力強い四本の足で立ち、巨大な翼をはためかせる一頭の竜。
それはまさしく伝説に描かれるような「大地の王者」の姿そのものだった。
ただ、ちょっと小ぶりなことを除いては。
「なんか、ちょっと小さくないかしら?」
「あまり大きくはないです。」
竜形態は個体差こそあれその大きさは最低でも全長六メートル。
で、ルビーの竜形態は全長八メートルくらい、平均より明らかに小ぶりだ。
不満はあるにはあったが行っても仕方ないのでとりあえずルビーに乗る。
四人が結構距離を詰めてやっと全員乗り込める大きさだった。
グルルル
うなり声が何となく「しっかりつかまっていろ」と言っていた気がした。
助走をつけ、ルビーが窓から飛び出す。
巨大な翼が風を切り、彼女は飛んだ。
王都の街並みを上から見下ろすのはこれが初めてだ。
貴族階層で、多くの市民や兵士たちが戦っている。
できれば、不毛な争いは終わらせたい。
「ルビー……」
僕の意図を正確に理解してくれたルビーは、騒ぎの中心に向かって急降下する。
ドラゴンの突進に気づいた人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
中心にぽっかりあいた空間に、ルビーが着地する。
「ド……ドラゴン…」
「王都にまで魔物が……」
「くそっ、やってやる!」
自棄になった兵士が、剣を構えて向かってくる。
どうやら、僕たちのことは目についてないらしい。
ルビーはそれを相手に、体を半転させたかと思うと尻尾を振り回す。
うなりをあげて兵士を襲った尻尾が、六人全員をまとめて吹っ飛ばした。
グォオオオオオオオオオオン!!
もう一度一団に向き直ると、ルビーが吠える。
ただの威嚇でも、圧倒的な力を見せつけた直後のこれは心を折ったらしい。
人々はそれこそさっきまで争っていた敵も味方もなく、ひたすら我先にと逃げ出す。
僕はそれよりもあることに気づいて、
「ルビー、飛んで!」
あわてて声をかける。
それに反応してルビーが急上昇して、
さっきまで僕たちのいた場所に砲弾が命中し、あたりを爆炎が包む。
壁上砲の攻撃だ。
「人もいなくなったし相手は魔物、そりゃ遠慮なく撃てるよね。」
いくつかの砲弾がこちらに突っ込んでくる。
貴族階層にいるんだから下手したら貴族の屋敷を破壊してしまう危険があるだろうに、それを考えずに撃ってきてる。
もしくは、貴族の屋敷なんか壊れてもいいやと思ってるか。
「確か王都には『翼の天蓋』って結界があって、大砲の届く以上の高さには飛べないわよ?」
「そうなの?」
姉さんが僕も聞いたことのないような知識を教えてくれる。
うまくいくと思っていた脱出作戦だったけど、思わぬところに壁があった。
「ルビー、聞こえてたよね? 作戦変更、城門から王都を出よう。」
まさかルビーが通常の大砲を食らう可能性なんてないと思うけど、上に乗ってる僕たちが邪魔で万が一があるかもしれないから。少しでも安全なルートを選んだほうがいいだろう。
ルビーは着地するとすぐに走りだす。
速い、凄く速い。
馬だってこんな速度で走ることなんかできないんじゃないかと思うようなものすごい速度でルビーは走り出す。
逃げ惑う人々を綺麗に避けて、兵士階層に抜ける城門に向かう。
僕たちを止めるためか市民を止めるためかまでは分からないけど、そこにはバリケードが構築されている。
その前にはたくさんの兵士たちが並んでいる、どうやら本格的に兵士が動いたらしい。
ルビーでもこの数を突っ切るのは厳しいだろう、そう判断した僕は、
「先に謝っとく、ごめん!」
アルマダを構えて飛び降りる。
手近な男の頭を強打して、魔法の炎で数人の体をあとが残らないように工夫して焼く。数人の間をすり抜けるように走りながら、剣を動かして彼らの戦闘能力を確実に消す。
「こいつ、勇者ロイド!?」
「どうして!? 戦死したんじゃなかったのか!」
僕が誰かに気づいた兵士たちに困惑が広がって行く。
その隙を見逃さず、バリケードに向かう道を作るために前の敵を斬り伏せていく。ルビーは僕が兵士たちの間に作ったスペースに突撃して、バリケードにたどりつく。
前足を振り上げて、力任せにたたきつける。
バキバキバキバキィ
立った一発でバリケードはその意味をなさないほどに破壊され、ルビーは姉さんたちを乗せてそこを通りぬける。
尻尾に掴まった僕ももう一回背中に乗る。
「無茶するわねぇ……」
「ルビー一人に無理させるわけにもいかないからね。」
もともと僕に付き添ってきてくれたんだから、僕が彼女のために何かしないとおかしいだろう。
とはいえ、ここからは危険地帯の兵士階層。
同じように城門にたどりつくまでにもきつい戦闘になるだろう。
兵士たちが僕たちの周囲をすぐに取り囲み、砲台もすべてこちらを狙っている。
そして、城門も閉ざされている。
「ルビー、フェムナと一緒に大砲を奪って……」
城門を壊すには大砲を使うのが一番手っ取り早い、そして僕たちの中で一番大砲を含めた飛び道具の取り扱いが上手なのはフェムナだ。
ルビーの背から僕とハルトと姉さんが下りると、周囲からはどよめきが起こった。
そりゃあ、戦死したはずの勇者がドラゴンに乗って貴族の屋敷に軟禁されていたはずのその仲間と一緒に現れる、驚かない要素がどこにもない。
「腕なまってないよね?」
「安心しろ、むしろ少し上達したほどだ。」
「それは良かった。」
剣を構えて、敵の一団に突っ込む。
最初の一人の右手首の腱を切り、次に向かってきた男の腹を致命傷にならない程度に浅く切る、全員血祭りにあげられたらそれはそれで楽だけど、あとのことを考えるとそれはやめた方がいいだろう。
ハルトが僕の倒し損ねた相手をメイスで殴って昏倒させ、姉さんが攻撃魔法で周囲の相手を吹き飛ばす。
集団戦時には僕が切り込んで他の皆で援護のこのスタンスが僕たちの基本だった。
「腕を上げたか? ロイド。」
「鍛えてたからね、もう一回皆と会うために。」
こんなことになるなんて予想もしてなかったけど今は鍛えておいてよかったと思う。
出てきた兵士の軍勢を片っ端から倒していると、
ドォン
砲弾が僕たちから一番近い城壁を攻撃するのが見えた。
けど、一発では壊れなかったらしい。
もう一発着弾して壊れるころには、僕たちも城門にたどりつくだろう。
そう思った瞬間だった。
前方、城門のすぐそばに、その人を見つけたのは。
「マクワイア元帥……」
王国軍最高司令官、グラハム・マクワイア元帥。
その人が、城門の前に立ちふさがるように仁王立ちしていた。
「お久しぶりです。」
「できればこうして会いたくはなかった。」
「それは僕も同じです、見逃してもらえませんか?」
出来ないとは分かっている。
王国軍最高司令官が、まさか魔物と共に王都を荒らした元勇者を見逃すわけにもいかないだろう。
「最大限の譲歩だ、王国軍元帥グラハム・マクワイア、貴様に決闘を申し込む、この決闘にお前が勝てば、この門を空けよう。」
「……ロイド・ストライ。その決闘、お受けします。ハルト、立会人を。」
「そこのお前、立会人になれ。」
僕の言葉と同時に、近くの兵士が持っていた銃から煙弾が上げられる。
黄色の煙、それは決闘の合図。
ルビーの時は誰も近くにいなかったから必要なかったそれは、いかなる手出しも禁止される完全な「傍観」を要求するものだ。
決着を待たなくてはいけない。
「勝敗条件は相手を戦闘不能にすることで良いな?」
「それと、負けを認めてもです。」
マクワイア元帥が長剣を構える。
僕も同じ構えでアルマダを構える。
僕とマクワイア元帥の戦闘スタイルはよく似ている。
いやよく似ていたというべきか、僕の戦い方は前と違うから。
「行くぞ。」
言葉と同時、元帥が袈裟がけに切りつけて来る。
見えるけど、速い。
ただしそれが防げない速さかって聞かれたら、答えは否定。
ルビーの方が速かった。
キィン
いとも簡単にとは言わないけどそれなりの余裕を持って防御する。
そのまま力を逃すように太刀筋を流し、隙を作らせる。
この人を相手に、「殺さないように」なんて甘ったれたことは言ってられない。
無駄をそいだ突きを元帥の胸に向けて放つ。
いつの間にか戻ってきていた剣がそれを防ぐ。
今度は僕から攻める。
手首を狙って切り払い、
ヒュン
当たり前のように避けられるけどそれは織り込み済み、むしろ当たった方が予想外だった。
手首の動きだけで剣の向きを修正してそのまま頭狙いの突きに変える。
キィン
剣で防御されて、弾かれる。
弾かれた勢いそのまま距離をとる。
「動きが前より良くなったな。」
「ありがとうございます。」
おほめの言葉は素直に受け取っておく。
姿勢を低くしながら元帥が突っ込んでくる。
わき腹、肝臓に向けた一撃を防ごうと剣を動かすと、
その位置に剣は来ない、さっき僕がやったように手首だけで剣の向きを変えて、元帥が本当に狙ったのは僕の腹、突きだった。
防御が間に合わず、突きささる。
幸い狙いに気づくのが速かったから臓器には当たらず済んだ。
僕も剣によって元帥の肩口を切りつける。
力任せにそのまま肩を切り落とそうと体重をかけると、元帥はそうなる前に剣を引き抜いて僕から距離をとる。
僕は腹から出血、放置するにはよろしくない血の出方をしている気がする。
元帥の方は左肩に重傷、おそらく左腕は役に立たない。
どちらも戦い続けるには不利な状況だろう。
もう一度構える。
予想通り元帥は本来両手で使うために作られた剣を持つのに右手しか使っていない。
僕は足元が少しふらつく気がするけど、普通に戦う程度はいける。
突っ込んで、腹を狙って薙ぎ払う。
キィン
剣で受け止められる。
続けざまに上段下段を織り交ぜながら連続で切りかかる。
キキキキキギィン
元帥は防戦一方だけどそれでも僕の攻撃を丁寧にすべて防いでいる。
焦って攻めるのはよくない。
動きを読まれてカウンターでもされようものなら負ける。
けど、僕には時間がない。
今も出血を続けている腹は、早いところ処置しないと命にかかわるだろう。
「ふっ!」
勢いをつけて思い切り頭を狙い剣を振り下ろす。
当然ながら受け止められるけど、
「ぐぅ……ぬっ……」
片手と両腕、いくらなんでも力に差がある。
元帥の剣を僕のアルマダが押し、
バキン
ついにへし折る。
だが、まだ勝ちじゃない。
軍人は素手でも戦える。
だから確実に、腕を落とさなくては勝とは認められない。
元帥は懐からナイフを取り出して、僕の胸に突き刺そうとした。
僕より速い。
死んだと確信した。
なのに、元帥の動きは僕の胸の前で不自然に止まる。
その瞬間、僕は彼の右腕を切り落としていた。
王都は静寂としていた。
兵士たちの誰もが信じされないという顔でその決闘の終わりを見つめていた。
最高司令官、グラハム・マクワイアの敗北。
その光景に誰もが言葉を失い、戦意を失った。
勝者は、新しく人間を裏切った勇者に名を連ねることになるであろう。
僕だ。
ロイド・ストライだ。
「お前の勝ちだ。」
「なぜです?」
「何が?」
地面に横たわったまま立つこともできない元帥に向けて、僕は言った。
「最後、貴方は僕を殺すことができました、なのになぜ、あそこで手を止めたんです?」
そうだ。
あれは無意識に止まってしまったわけでもましてや僕の錯覚でもない。
明らかに彼は、僕を殺すことのできる状況下で僕を殺さず、腕を捨てて僕に負ける道を「選んで」いた。
「なぜだろうな……お前の適当な解釈に任せる。」
「最後の最後に秘密主義ですか……」
「いい機会だ、そろそろ退役を考えてたとこだった。」
「ご謙遜を、まだ現役でしたよ。」
僕の視界はぼやけている。
ちょっと血を流しすぎたかもしれない。
「仲間も集まってきたな、行くといい。」
「そうします。」
城門が開く音がした。
アルマダをもう一度布の中に戻す。
ルビーがフェムナを乗せて降りてくる。
「元気でな、お前のことは息子のように思っていた。」
「僕も、貴方のことは父親のように思っていました。」
仲間たちに抱えられて、僕はルビーの上に載せられた。
消えていく体の感覚の中で、赤い星が空の上に光るのだけがやけによく見える。
メイドらしき数人の女性が口をあんぐりあけて棒立ちしているのは無視、エントランスを突破して廊下に入る。
「キャァアアアアアアアアア!!!」
背後から、やっと事態を呑みこんだらしき女性たちの悲鳴。
それを聞きつけて、待機していた私兵らしき男たちがあちこちから出てくる。
あっという間に僕たちは取り囲まれる、相手の数は十人ちょっと。
「……こいつらとは戦っても?」
「いいよ、もう騒いでも問題ない。」
「背後は任せる。」
「うん。」
切りかかってきた一人の剣をギリギリのところでよけて、その相手の腕の腱を狙って斬りつける、男が落とした剣を床に落ちる前に拾って、
ガゴッ
その柄で男の顎を殴りつける。
男は後ろに倒れて、床に頭を思い切りぶつけた。
クロードさんとランスに鍛えてもらったおかげで相手の動きが良く見える。
ガスッ
背後ではルビーが男一人を一撃で気絶させ、
「はぁッ!」
気合一閃、男をボールのように投げて他の男にぶつける。
三歩下がってルビーの少し後ろに。
二人同時に突っ込んできたのを今度はさっきの男から奪った剣を片方に投げてけん制にし、ひるんでいない相手の左足を切る。
崩れていく男を蹴りで仲間にぶつけてやり、二人まとめて転倒させる。
そしてその二人の頭を連続で踏んで気絶させながら敵に突っ込み、相手の頭にアルマダの峰打ちをくれてやる。
硬質で重量のあるアルマダの峰打ちは、脳をかなり揺さぶる。
動きを止めた男に構わず剣を振り回し、周囲の相手も一気に薙ぎ払う。
多数相手での力任せと少数相手の技を使った戦いの融合形、実戦で使うのは初めてだけど、良い感じだ。
周りに起き上がっている敵の姿は見当たらない。
全員気を失っているようだ。
「思ったよりも呆気なかったな。」
「そうだね。」
はっきり言ってあっけないどころか弱かった。
とはいえ、質はともかく名門貴族の私兵たちがこの程度の数で終わりだとは思えない、長期戦になるのは避けたい。
それに、仮にもここには新勇者ライドンがいる。
僕の仲間三人はでてきても戦わなくて済みそうだからともかく、ライドンのパーティの連中が実力のない寄せ集めではなくそれなりの実力者だったら面倒だ。
と思っていると、共鳴探知の効果時間が切れた。
「あ……」
「どうした?」
「共鳴探知が切れた、しばらく使えないし……どうしよう。」
「……大まかな場所は覚えているだろう、それを手掛かりに探すしかあるまい。」
確かにそれはかなり確実な手段だとは思う。
けど、あんまり敵と出くわしたくはない。
姉さんの方から僕を探知してくれれば助かるけど、チマチマした構成を必要にする魔法が苦手な姉さんに探知系魔法は期待できない。
とりあえず階段を上って三階へ。
この階だけ、人気がない。
たぶんここに三人がいるんだろう。
部屋のドアを探して歩いていると、
「……ロイド?」
廊下を歩いていた男に会った。
高い身長、くすんだ灰色の髪、艶のない黒い瞳。
「ハルト……久しぶり……」
医術師のハルト・ワインダーその人だった。
「久しぶりというか……アイリが『ロイドが来る』などと騒ぎだすから弟を喪ってトチ狂ったと思ってたんだが……まさか生きてたとは……」
「うん、色々話したいことがあるんだ。」
さすがに冷静なハルト、驚いてはいるけど騒ぎはしない。
「こっちもお前に伝えたいことは色々ある、だがとりあえず俺たちの部屋に戻ろう。」
「分った。ルビーもこの人は安全だから安心して。」
殺気立っていたルビーがしぶしぶ僕に従う。
ハルトの案内で僕たちは三人が寝泊まりしている部屋に向かう。
ドアを開けると、
「ロイド!」「ロイドさん!?」
姉さんとフェムナが大きな声で出迎えてくれた。
「トイレに行く途中偶然会った。では俺はトイレに行ってくる。」
そう言ってハルトは部屋を出ていく。
色んな偶然が重なるなぁ……
「ロイド。」
「ああうん、とりあえずまず僕から報告、僕は皆も知る通りクルツ殲滅戦でこのルビーと戦い、完全な敗北を喫しました。その後僕はクルツ内の施療院で治療を受け、そして一つ事実を知りました。」
「……何?」
「魔物は、人を喰い殺さない。」
僕の代わりに口に出したのはルビーだった。
姉さんは驚いた表情を見せて、フェムナはあまり驚いていないような、むしろ何かに納得したような表情を見せる。
「それってどういう」
「貴族たちの中に、自らが略奪行為を行う責任逃れに魔物を利用しているものがいるということですね。」
さすがに、没落した家とはいえ貴族の娘、フェムナはそれなりにこの国の実情を理解しているようだ。
「知ってたんだね。」
「私の家の領地もそう言う貴族に滅ぼされたんです、いやでも覚えます。」
そういうことだったのか、貴族が会いに来た時すごく嫌そうな顔をしてたのは。
「教えてくれたらよかったのに。」
「そうなって教会や騎士に目をつけられるのは嫌ですので。」
淡々と述べる。
僕たち以外の人間に身分を隠していたのもそんな理由だったんだろう。
滅ぼしたはずの家の人間が生きているのは攻めた側にとって都合が悪い。
「色々あって僕はクルツで暮らすことになった、使命も放棄する。」
それだけは宣言する。
「ただいま戻った。」
ハルトがドアを開いて戻ってくるとすぐにドアのカギを締める。
「お前手荒に侵入しただろう、屋敷の中が大騒ぎだ。」
「あ〜 門壊したのはルビー。」
「お前の指示だろう、第一玄関を切り破ったのはお前だ。」
責任を押し付け合う僕たちをよそに、
「ハルト、魔物は人を殺さないことが判明しました、王国内で魔物に襲われた町が存在せず、貴族が自分の略奪を魔物の所為と偽っていたことも。」
フェムナが事情をハルトに説明する。
「……は?」
入った直後に出会ったメイドさんたち同様に、ハルトがあんぐり口を開く。
さすがのハルトもこれは予想外だったんだな。
まあ、知らない限りはそんなこと予想する方がひねくれてるけど。
「今度はこちらの報告です、正直私たちはここに軟禁されている状態なのであまり多くのことは知りませんが、最近になって市民の間で貴族に対する抗議行動が何度か行われています。」
「ああうん、貴族階層で騒いでた。」
それを守る様に戦う兵士と攻撃する兵士に分かれている印象的な光景だった。
抗議行動は僕も何度か見たけど、あれほど殺気立ってるのは初めてだった。
「主な理由が貴族の専横に対する反発ですね、貴族の子弟が市民階層で暴行や窃盗を働き、親のコネで無罪にすることが頻発して市民の不満が増大しているのが原因のようです。」
「その不満回避のために『貴族が市民を守っている』ことを示そうとライドン氏が勇者に名乗りを上げたわけだ。」
ハルトが息継ぎをしたフェムナの後に言葉を続ける。
「馬鹿だねー。」
としか言いようがないと思うね。
貴族の中には市民を見下している人や、切り捨てて当然の存在だとしか思っていないような人も結構いるらしいけど、いくらなんでも舐めすぎだ。
「うんまあそんなので収まるはずもないわよね、そういうわけで市民の皆様はとうとうこの貴族階層まで抗議に侵入したわけよ。」
次に口を開いたのは姉さんだった。
一般に貴族階層に市民が入ることは許されていない、勝手に入ろうものなら即兵士たちにとらえられて下手をすれば監獄送りだ。
けど侵入に成功してることを考えると、貴族に対して不満を持っていた兵士は抗議行動を行う市民を守ろうと考えて、上からの命令に従って市民を捕らえようとする兵士たちと衝突してる。
こんなところかな。
「もう一つ報告しておきたいことが」
ドンドンドン
ハルトの言葉をさえぎるようにドアが乱暴にノックされる。
「三人とも、この館に賊が侵入した、掃討に手を貸せ。」
若い男の声だ。
「ライドンだな……脅迫まがいのことをしてここに軟禁しておいて、困ったらすぐに俺たちに頼ろうと考えるあたりやはり見下している。」
ハルトが腹立たしげに言う。
「どんな脅迫?」
「『勇者に逆らうのは王国に逆らう背信者、一生追われたいのか?』だったかしら?」
「それであってます。」
それが今は自分たちの手だけでは僕たちに対抗できないから協力するよう命令している、いくらなんでも相手のことを考えてなさすぎるだろう。
こんな連中ばかりが王国の支配階層に君臨し続けていたら、王国も長くはない。
「脱出しよう。」
「そうだね。」
とはいえ、この部屋には窓がない。
たぶんこの三人が抜け出すことを阻止しようとしてたからだろうけど、結果としてはそいつらの判断は良かったのかもしれない。
「……一番近い窓のあるところは階段だな。」
「そこまで突破か……皆装備は?」
「ないわ、取り上げられてる。」
どこまで信用してないんだろう、っていうか本当にこの三人を自分のパーティに入れようとか思ってたのかな、だとしたらどうしてこんな扱いに?
考えてても仕方ないか。
「開けるよ。」
ドアを開くとすぐにライドンが入ってきた、
メキョッ
その顔面にルビーの拳が炸裂して、ライドンは宙に舞う。
グルゥングルゥン ダァン
一回転二回転して床に落下、動かなくなった。
「「「お〜」」」
三人が感心して拍手する。
「こいつは本当に勇者か? ロイドを殴った時より手加減したぞ。」
白目をむき大の字で倒れているライドンの脇をすり抜けながら、ルビーが呟く。
僕の時よりっていうことは僕と戦った時も手加減してたんだね。
それにしては雄々しく宙を舞った記憶があるんだけど。
「皆の装備はどこにあるの?」
ハルトの医療道具とメイスに、フェムナの拳銃、姉さんの魔法書。
どれもここを出るならついでに持って行った方がいいだろう、
「分らん。」
そりゃ取り上げた装備のありかを相手に伝える方がどうかしてるよね、うん僕の質問の方が頭悪かった。
「好ましくないけど虱潰しか……時間かけたくないんだけど。」
本当今まで良い偶然が導いてくれた分だけ状況がここで悪化してる気がしてならない、塞翁が馬……なんか違うな。
「……おきろボンクラ。」
ルビーがライドンの胸倉をつかんで持ち上げている。
「あ、そいつにありか聞くのか、頭いいね。」
目的にしてることがすぐに分かったので僕も力を貸すことにした。
ライドンを脅迫してありかを聞いたところ二階のライドンの私室にあるそうなので案内させて回収に成功した。
用事が片付くとすぐにもう一回ルビーが頭を強打して気絶させてた。
まぁ記憶喪失になったら悪いけど、因果応報だね。
ついでに、ライドンの部屋には窓があった。
「あんまりなりたくないんだ……あの姿は……」
小さな声でルビーが言う。
「……竜の姿になると私は人の言葉を話せなくなる、だから先に言っておくが決して振り落とされるな、死ぬ覚悟でしがみつけ、以上。」
それだけ言うと、ルビーは竜に姿を変えた。
一瞬だった。
彼女の体が光って大きくなったと思ったら、彼女はその姿になっていた。
全身が意志を持った炎のように赤く美しく、力強い四本の足で立ち、巨大な翼をはためかせる一頭の竜。
それはまさしく伝説に描かれるような「大地の王者」の姿そのものだった。
ただ、ちょっと小ぶりなことを除いては。
「なんか、ちょっと小さくないかしら?」
「あまり大きくはないです。」
竜形態は個体差こそあれその大きさは最低でも全長六メートル。
で、ルビーの竜形態は全長八メートルくらい、平均より明らかに小ぶりだ。
不満はあるにはあったが行っても仕方ないのでとりあえずルビーに乗る。
四人が結構距離を詰めてやっと全員乗り込める大きさだった。
グルルル
うなり声が何となく「しっかりつかまっていろ」と言っていた気がした。
助走をつけ、ルビーが窓から飛び出す。
巨大な翼が風を切り、彼女は飛んだ。
王都の街並みを上から見下ろすのはこれが初めてだ。
貴族階層で、多くの市民や兵士たちが戦っている。
できれば、不毛な争いは終わらせたい。
「ルビー……」
僕の意図を正確に理解してくれたルビーは、騒ぎの中心に向かって急降下する。
ドラゴンの突進に気づいた人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
中心にぽっかりあいた空間に、ルビーが着地する。
「ド……ドラゴン…」
「王都にまで魔物が……」
「くそっ、やってやる!」
自棄になった兵士が、剣を構えて向かってくる。
どうやら、僕たちのことは目についてないらしい。
ルビーはそれを相手に、体を半転させたかと思うと尻尾を振り回す。
うなりをあげて兵士を襲った尻尾が、六人全員をまとめて吹っ飛ばした。
グォオオオオオオオオオオン!!
もう一度一団に向き直ると、ルビーが吠える。
ただの威嚇でも、圧倒的な力を見せつけた直後のこれは心を折ったらしい。
人々はそれこそさっきまで争っていた敵も味方もなく、ひたすら我先にと逃げ出す。
僕はそれよりもあることに気づいて、
「ルビー、飛んで!」
あわてて声をかける。
それに反応してルビーが急上昇して、
さっきまで僕たちのいた場所に砲弾が命中し、あたりを爆炎が包む。
壁上砲の攻撃だ。
「人もいなくなったし相手は魔物、そりゃ遠慮なく撃てるよね。」
いくつかの砲弾がこちらに突っ込んでくる。
貴族階層にいるんだから下手したら貴族の屋敷を破壊してしまう危険があるだろうに、それを考えずに撃ってきてる。
もしくは、貴族の屋敷なんか壊れてもいいやと思ってるか。
「確か王都には『翼の天蓋』って結界があって、大砲の届く以上の高さには飛べないわよ?」
「そうなの?」
姉さんが僕も聞いたことのないような知識を教えてくれる。
うまくいくと思っていた脱出作戦だったけど、思わぬところに壁があった。
「ルビー、聞こえてたよね? 作戦変更、城門から王都を出よう。」
まさかルビーが通常の大砲を食らう可能性なんてないと思うけど、上に乗ってる僕たちが邪魔で万が一があるかもしれないから。少しでも安全なルートを選んだほうがいいだろう。
ルビーは着地するとすぐに走りだす。
速い、凄く速い。
馬だってこんな速度で走ることなんかできないんじゃないかと思うようなものすごい速度でルビーは走り出す。
逃げ惑う人々を綺麗に避けて、兵士階層に抜ける城門に向かう。
僕たちを止めるためか市民を止めるためかまでは分からないけど、そこにはバリケードが構築されている。
その前にはたくさんの兵士たちが並んでいる、どうやら本格的に兵士が動いたらしい。
ルビーでもこの数を突っ切るのは厳しいだろう、そう判断した僕は、
「先に謝っとく、ごめん!」
アルマダを構えて飛び降りる。
手近な男の頭を強打して、魔法の炎で数人の体をあとが残らないように工夫して焼く。数人の間をすり抜けるように走りながら、剣を動かして彼らの戦闘能力を確実に消す。
「こいつ、勇者ロイド!?」
「どうして!? 戦死したんじゃなかったのか!」
僕が誰かに気づいた兵士たちに困惑が広がって行く。
その隙を見逃さず、バリケードに向かう道を作るために前の敵を斬り伏せていく。ルビーは僕が兵士たちの間に作ったスペースに突撃して、バリケードにたどりつく。
前足を振り上げて、力任せにたたきつける。
バキバキバキバキィ
立った一発でバリケードはその意味をなさないほどに破壊され、ルビーは姉さんたちを乗せてそこを通りぬける。
尻尾に掴まった僕ももう一回背中に乗る。
「無茶するわねぇ……」
「ルビー一人に無理させるわけにもいかないからね。」
もともと僕に付き添ってきてくれたんだから、僕が彼女のために何かしないとおかしいだろう。
とはいえ、ここからは危険地帯の兵士階層。
同じように城門にたどりつくまでにもきつい戦闘になるだろう。
兵士たちが僕たちの周囲をすぐに取り囲み、砲台もすべてこちらを狙っている。
そして、城門も閉ざされている。
「ルビー、フェムナと一緒に大砲を奪って……」
城門を壊すには大砲を使うのが一番手っ取り早い、そして僕たちの中で一番大砲を含めた飛び道具の取り扱いが上手なのはフェムナだ。
ルビーの背から僕とハルトと姉さんが下りると、周囲からはどよめきが起こった。
そりゃあ、戦死したはずの勇者がドラゴンに乗って貴族の屋敷に軟禁されていたはずのその仲間と一緒に現れる、驚かない要素がどこにもない。
「腕なまってないよね?」
「安心しろ、むしろ少し上達したほどだ。」
「それは良かった。」
剣を構えて、敵の一団に突っ込む。
最初の一人の右手首の腱を切り、次に向かってきた男の腹を致命傷にならない程度に浅く切る、全員血祭りにあげられたらそれはそれで楽だけど、あとのことを考えるとそれはやめた方がいいだろう。
ハルトが僕の倒し損ねた相手をメイスで殴って昏倒させ、姉さんが攻撃魔法で周囲の相手を吹き飛ばす。
集団戦時には僕が切り込んで他の皆で援護のこのスタンスが僕たちの基本だった。
「腕を上げたか? ロイド。」
「鍛えてたからね、もう一回皆と会うために。」
こんなことになるなんて予想もしてなかったけど今は鍛えておいてよかったと思う。
出てきた兵士の軍勢を片っ端から倒していると、
ドォン
砲弾が僕たちから一番近い城壁を攻撃するのが見えた。
けど、一発では壊れなかったらしい。
もう一発着弾して壊れるころには、僕たちも城門にたどりつくだろう。
そう思った瞬間だった。
前方、城門のすぐそばに、その人を見つけたのは。
「マクワイア元帥……」
王国軍最高司令官、グラハム・マクワイア元帥。
その人が、城門の前に立ちふさがるように仁王立ちしていた。
「お久しぶりです。」
「できればこうして会いたくはなかった。」
「それは僕も同じです、見逃してもらえませんか?」
出来ないとは分かっている。
王国軍最高司令官が、まさか魔物と共に王都を荒らした元勇者を見逃すわけにもいかないだろう。
「最大限の譲歩だ、王国軍元帥グラハム・マクワイア、貴様に決闘を申し込む、この決闘にお前が勝てば、この門を空けよう。」
「……ロイド・ストライ。その決闘、お受けします。ハルト、立会人を。」
「そこのお前、立会人になれ。」
僕の言葉と同時に、近くの兵士が持っていた銃から煙弾が上げられる。
黄色の煙、それは決闘の合図。
ルビーの時は誰も近くにいなかったから必要なかったそれは、いかなる手出しも禁止される完全な「傍観」を要求するものだ。
決着を待たなくてはいけない。
「勝敗条件は相手を戦闘不能にすることで良いな?」
「それと、負けを認めてもです。」
マクワイア元帥が長剣を構える。
僕も同じ構えでアルマダを構える。
僕とマクワイア元帥の戦闘スタイルはよく似ている。
いやよく似ていたというべきか、僕の戦い方は前と違うから。
「行くぞ。」
言葉と同時、元帥が袈裟がけに切りつけて来る。
見えるけど、速い。
ただしそれが防げない速さかって聞かれたら、答えは否定。
ルビーの方が速かった。
キィン
いとも簡単にとは言わないけどそれなりの余裕を持って防御する。
そのまま力を逃すように太刀筋を流し、隙を作らせる。
この人を相手に、「殺さないように」なんて甘ったれたことは言ってられない。
無駄をそいだ突きを元帥の胸に向けて放つ。
いつの間にか戻ってきていた剣がそれを防ぐ。
今度は僕から攻める。
手首を狙って切り払い、
ヒュン
当たり前のように避けられるけどそれは織り込み済み、むしろ当たった方が予想外だった。
手首の動きだけで剣の向きを修正してそのまま頭狙いの突きに変える。
キィン
剣で防御されて、弾かれる。
弾かれた勢いそのまま距離をとる。
「動きが前より良くなったな。」
「ありがとうございます。」
おほめの言葉は素直に受け取っておく。
姿勢を低くしながら元帥が突っ込んでくる。
わき腹、肝臓に向けた一撃を防ごうと剣を動かすと、
その位置に剣は来ない、さっき僕がやったように手首だけで剣の向きを変えて、元帥が本当に狙ったのは僕の腹、突きだった。
防御が間に合わず、突きささる。
幸い狙いに気づくのが速かったから臓器には当たらず済んだ。
僕も剣によって元帥の肩口を切りつける。
力任せにそのまま肩を切り落とそうと体重をかけると、元帥はそうなる前に剣を引き抜いて僕から距離をとる。
僕は腹から出血、放置するにはよろしくない血の出方をしている気がする。
元帥の方は左肩に重傷、おそらく左腕は役に立たない。
どちらも戦い続けるには不利な状況だろう。
もう一度構える。
予想通り元帥は本来両手で使うために作られた剣を持つのに右手しか使っていない。
僕は足元が少しふらつく気がするけど、普通に戦う程度はいける。
突っ込んで、腹を狙って薙ぎ払う。
キィン
剣で受け止められる。
続けざまに上段下段を織り交ぜながら連続で切りかかる。
キキキキキギィン
元帥は防戦一方だけどそれでも僕の攻撃を丁寧にすべて防いでいる。
焦って攻めるのはよくない。
動きを読まれてカウンターでもされようものなら負ける。
けど、僕には時間がない。
今も出血を続けている腹は、早いところ処置しないと命にかかわるだろう。
「ふっ!」
勢いをつけて思い切り頭を狙い剣を振り下ろす。
当然ながら受け止められるけど、
「ぐぅ……ぬっ……」
片手と両腕、いくらなんでも力に差がある。
元帥の剣を僕のアルマダが押し、
バキン
ついにへし折る。
だが、まだ勝ちじゃない。
軍人は素手でも戦える。
だから確実に、腕を落とさなくては勝とは認められない。
元帥は懐からナイフを取り出して、僕の胸に突き刺そうとした。
僕より速い。
死んだと確信した。
なのに、元帥の動きは僕の胸の前で不自然に止まる。
その瞬間、僕は彼の右腕を切り落としていた。
王都は静寂としていた。
兵士たちの誰もが信じされないという顔でその決闘の終わりを見つめていた。
最高司令官、グラハム・マクワイアの敗北。
その光景に誰もが言葉を失い、戦意を失った。
勝者は、新しく人間を裏切った勇者に名を連ねることになるであろう。
僕だ。
ロイド・ストライだ。
「お前の勝ちだ。」
「なぜです?」
「何が?」
地面に横たわったまま立つこともできない元帥に向けて、僕は言った。
「最後、貴方は僕を殺すことができました、なのになぜ、あそこで手を止めたんです?」
そうだ。
あれは無意識に止まってしまったわけでもましてや僕の錯覚でもない。
明らかに彼は、僕を殺すことのできる状況下で僕を殺さず、腕を捨てて僕に負ける道を「選んで」いた。
「なぜだろうな……お前の適当な解釈に任せる。」
「最後の最後に秘密主義ですか……」
「いい機会だ、そろそろ退役を考えてたとこだった。」
「ご謙遜を、まだ現役でしたよ。」
僕の視界はぼやけている。
ちょっと血を流しすぎたかもしれない。
「仲間も集まってきたな、行くといい。」
「そうします。」
城門が開く音がした。
アルマダをもう一度布の中に戻す。
ルビーがフェムナを乗せて降りてくる。
「元気でな、お前のことは息子のように思っていた。」
「僕も、貴方のことは父親のように思っていました。」
仲間たちに抱えられて、僕はルビーの上に載せられた。
消えていく体の感覚の中で、赤い星が空の上に光るのだけがやけによく見える。
11/10/16 20:09更新 / なるつき
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