連載小説
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第五話
夜が明けるとすぐに僕たちは移動を開始した。
テントを片づけて焚き火の後始末もして、迅速に移動を開始したはずだった。
「いたぞ! 魔物だ!」
それでも、教会の騎士十数人と鬼ごっこする羽目になっている。
どうやらあの四人は夜の内に目覚めて、どうにか縄をほどいて教会に戻り、僕たちの存在を報告していたらしい。
「決して逃がすな! まず男から捕まえろ!」
魔術師タイプの騎士が二人、それ以外は剣や槍で武装している。
「そう簡単に捕まるか。」
こちとら元勇者、腕には覚えがあるしルビーも相手を一蹴できるほどの強さはある。
けどいかんせん数が多すぎる。
とりあえず二手に分れて相手の数を減らしてから各個撃破するつもりだったんだけど、全員僕を追ってきたおかげで狙いがより僕に集中してしまった。
「あーもう!」
振り返って手近な一人を死なない程度に切りつけて、気を失ったその男を蹴って仲間にぶつけてやる。
これで一人、うまくいけば二人減った。
残り十四人、もしくは十五人。
これなら、
「って勝てるかぁっ!」
いくらなんでも多過ぎる!
ルビーが早く追いついてきてくれればもう少し楽になるんだろうけど。
と思ったら、
「うわぁ!?」
「背後から奇襲! ドラゴンだ、強い!」
どうやら後ろからルビーが強襲をしかけたらしい、僕も振りかえると注意が逸れた相手に向かって峰打ちをくれてやる。
気を失った相手をそのまま押し飛ばして数人を薙ぎ倒す。
ちょうどそのとき、
「ロイド! 無事か!?」
ルビーが合流してくれた。
その背後には気を失った僕の倒した以外の騎士たち。
やっぱりインチキくさいほど強いな、全員一撃でのされてる。
「一体どこにいっていたんだ! 探したんだぞ!」
「二手に分かれて、狙いを分散させようと。もしかして心配してくれた?」
ルビーの息が切れている、僕と同じ速さでも大して疲れていなかった彼女がここまで息を切らすってことは、必死に僕を探してくれてた証拠だと思う。
「そんなことは……ない…」
顔を真っ赤にして目をそらす、なんだか微笑ましい。
「それより、こいつらがまた追ってきていたちごっこを繰り広げるのは私は嫌だぞ。」
「僕も嫌だね、どうしよう。」
正直追ってこなくても増援を呼ばれれば困る。
それを防ぐには彼らの機動力をそぐのが一番だと思うけど。
「……考えはある、だが、お前の許しがほしい。」
「……非常事態だから仕方ないね、何するかは知らないけどいいよ。」
「感謝する。」
その言葉と共にルビーは男たちに近付いて行く。
そして男の一人の足を抑えたかと思うと、
バキン ぶぢぶぢぶぢぶぢぶぢぶぢ
かつて僕の腕にやったように、足の骨を折って筋繊維を引きちぎった。
「いぎゃぁああああああああああああああ!!!!」
された騎士が痛みのあまり目を覚ましてみっともない悲鳴を上げる。
僕もされた経験があるから分かるけど、あれは死んだ方がましだってくらい本気で痛い。
快感とかそんなもの混じりようもない純粋すぎる痛みは人を殺せるんだよルビー。
「フレッドから聞いた、『複雑骨折や粉砕骨折、筋繊維断裂の類は回復魔法や回復魔術による治療をするとおかしなことになりかねない』とな。」
聞いたことがある気がする。
自然回復っていうのは要するに結合を失った部分を繋ぎ直すことで、魔法・魔術による回復は失った部分を作り直すことになる。
粉砕骨折の類はばらばらになった部分一つ一つが再生して相互癒着するから、骨の向きがおかしくなったり筋肉のバランスを著しく失うことに繋がるのだそうだ。
下手すると腕の関節が三つになるらしい。
一人一人丁寧にルビーが騎士たちの足を破壊していく。
ボギッ ぶちぶちぷちぶぢぶぢぶづん
パギッ ぶぢぶぢぶちぶちぶち
僕の心の方が先に耐えられなくなりそうなほど残虐なので飛ばしてお送りいたします。
三十分ほどして全員の足を破壊したルビーが、僕のところに戻ってくる。
「これで安心だ。」
「うんそうだねー」
さわやかな笑顔で言ってくれるが正直怖すぎる。
「さぁ、余計な時間を食ってしまったが、王都に急ぐとするか。」
恐怖のドラゴン様は、そう言ってまた歩き出す。


四日が過ぎた。
大した事件もなく、(ルビーは僕を抱いて寝るのは諦めてくれたけど一緒に寝るのはあきらめてくれなかったから毎晩隣り合って寝てたけど)王都まで歩を進めることができた。
で、僕は一度ルビーとは別行動して町の中へ。
一応元勇者だとばれないように旅人の格好をして、気休め程度に認識錯誤の魔術(要するに僕が僕であるという認識をなくす魔術)もはって、アルマダも町の外で待機するルビーに持ってもらってある。
勘のいい人に見られたりしっかり凝視されたりしたら一発でばれるから、気付かれそうだと思ったらさっさと逃げる。
街中が何やら騒がしい。
「何かあったのかな……」
騒ぎの中心の方向に向かってみる。
たくさんの人がそこに集まっていて、そしてその中心にはだれか僕の知らない青年が、やたら仕立てばかりいい派手な服を着て、ハエでも見るような眼で観衆に手を振りながら歩いている。
年は僕と同じくらい、背は普通くらいで、体格は華奢。
見た目からして騎士じゃない、どこかの貴族の子弟?
けどだったらこんなパレードを開く必要もないよな。
その後ろにいる数人の人間に、僕は目をひかれた。
(姉さん……それにフェムナとハルトも……)
僕のパーティだった三人だ。
魔術師で僕の姉のアイリ。
生意気だけど可愛いところもある狙撃手のフェムナ。
そして医術師のハルト。
三人が、仕立てのいい服を着た若い男の後ろにつき従うように歩いている。
何があったのかは分らないけど、無事には無事みたいだ。
けど三人とも顔には元気がない。
それにこんなパレードに参加したがるような性格じゃないはずだ。
(いや……元気がないのは僕のせいか、すぐ帰ってくるなんて言っておいて、死んだ扱いになってるんだから。)
実際は今もこうやって生きていて、しかも三人を迎えに来たんだけど、今ここで目立つのは避けた方がいいと思う、武器がないし、ルビーも一緒じゃない。
ところでこれ、結局何なんだろう。
「あの、すみません。」
近くの人に声をかける。
「何だい?」
「これは何のパレードなんでしょう、あの三人って王都に駐留していた勇者のパーティの人ですよね?」
僕がその勇者だってことがばれないよう気をつけながら言う。
「ああ……君は知らないのか、勇者様は一か月前に、魔物たちの討伐戦に参加して戦死したんだよ。それで今、新しい勇者に」
やっぱり僕戦死したことにされたんだな、マクワイア元帥には悪いことをした。
男の人は着飾ったパレードの中心の男を指差して
「ドスカナ公爵家の長男、ライドンさんが抜擢されたんだ、これはその記念パレードだよ。」
ドスカナ公爵。
王国で一番の金持ち貴族であるとともにとにかく派手好きで散財好き。
それはまあ勇者に抜擢されただけでもこんなパレードを開きかねない。
「あの三人がいる理由は?」
「ライドンさんはあの三人を自分のパーティに加えたいみたいだよ、三人とも実力あったんだから当然だね。」
「……三人は納得してるんでしょうか、到底そんな顔に見えませんけど。」
「勇者のパーティに二回連続で加われるんだから、名誉なことじゃないか。」
そうでもないと思う。
フェムナとハルトは評判を聞いた僕の方から頭を下げて仲間になってもらったんだから、頭も下げられず貴族の子弟に当たり前のよう仲間に加えられるのは光栄どころか不愉快だろう。
姉さんはもともと僕を守るために魔術を身につけたと自分で言っていたし、僕でなかったら味方をする気もさらさらないんじゃないだろうか。
とりあえず、ライドンに勇者としての実力があるとは到底思えない。
昔の僕でも一撃で倒せそうなほど貧弱な体つきをしている。
「あの三人は今はどこに逗留しているんでしょう。」
「ドスカナ公のお屋敷だよ、三人は遠慮してたみたいだけど、ライドンさんの熱意に負けてそこにとどまってるみたいだね。」
「公爵のお屋敷……ってことは貴族階層ですか。」

山を登るように作られた王都には五つの階層が存在していて、それぞれを城壁城門が区切っている。奥に行くには城門をくぐるように作られた階段を利用していくしかなく、攻めがたく守り易い構造だと言える。
一つ目が貧民階層、あちこちから流れてきた難民が身を寄せ合って作っている階層とも言えない区域で、城壁に守られてもいない。
二つ目が市民階層。
主に市民たちが生活を営んでいる階層で一番広い、労働ギルド商業ギルドも存在していて、王都の市民生活の中心と言える。
三つ目が兵士階層。
一番狭いけど、兵舎などが集中していてその先の貴族たちを守るために騎士や兵士たちが大量に駐屯している階層。軍事力の中心ともいえる。
ここを突破すれば、あとは大した危険はない。
四つ目が貴族階層。
特権をもった貴族や上位聖職者たちが暮らしている階層で、二番目に広い。
僕たちの目的地となるドスカナ公のお屋敷もここにある。ここにも貴族の私兵がいるけど、兵士階層ほど危なくはない。
五つ目が王城階層。
その名の通りに王城が存在して、王家の人間のほとんどがこの中で暮らしている。一般の人間からしたら用のない階層で、よほどのことがない限り城門も閉ざされている。
その上近衛騎士団が配備されてるから、正直侵入は避けたい。
僕も一回しか入ったことがない。
各城壁に十門ずつ大砲が設置されていて、侵入者には容赦なく浴びせられる。
機能してるとこ、見た記憶はないけどね。

あの三人が熱意に負けることなんてないと思う。
何らかの圧力を受けたと考える方がむしろ自然だ。
「前の勇者様が戦死した時はどうなることかと思ったけど、これで安心だね、新しい勇者様は『かつてのどの勇者よりも気高く戦って見せる』なんて息まいてたし。」
気高く戦うってどんな風だろう、想像できない。
貴族であることを鼻にかけた雰囲気が見て取れるあの男が新しい勇者であってくれてある意味良かったかもしれない、当分クルツは安泰だ。
一度ルビーのところまで戻るとするか。
「ありがとうございました、僕は先を急ぐので。これで。」
「ああ、最近物騒だから気をつけるんだよ。」


「――ってわけなんだ。」
貧民階層のさらに外の森で待機していたルビーのもとに戻った僕は、彼女に大まかな状況や目的の説明をした。
「貴族階層に侵入し、仲間三人と接触。その後私が竜の姿に戻り、飛行能力を利用して一気に王都を離脱する、それでいいんだな?」
「察しが良くて助かる、そういうとこ好きだよ。」
「……馬鹿なことを言うな。」
顔を少しだけ赤く染めて、ルビーはそう言った。
「作戦決行はいつだ?」
「今日の夜、それまではここで待機しよう。」
「ふむ……分った。」
夜の方が人に気づかれる危険は減る、それでも王都のしかも貴族階層に侵入するんだからかなり危険だけど、それでも僕はもう一度仲間たちに会いたかった。
せめて、嫌われたとしても僕が生きていたことを示したい。
できることなら話し合って、魔物を憎むことも終わりにしたかった。
でなかったら、教会や王国の思うつぼになってしまう。
「そういえば、そこまでしてもう一度会いたい仲間とはどんな連中なんだ?」
煙が上がって気付かれたら困るので火は起こせず、僕たちはテントの中で向かい合うように座り込んで話し合う。
「姉さんは……子供っぽくて変な人かな、何も言わずに落ち着いて本読んでたと思ったらいつの間にかハルトにいたずらしてたり。とらえどころのない人だよ。」
他にもカエルが大の苦手なフェムナの靴につぶれたカエルを仕込んだり、僕の料理にたくさん砂糖を混ぜたり、ハルトの本の文字に透明化の魔法をかけたりとにかくいろんないたずらをしては僕たちを困らせていた。
「フェムナは……見栄を張ったり意地を張ったり、気付かれないように気を使うのが大変だったかな。」
もともと育ちのよかった狙撃手フェムナは、僕たちと同じように魔物に(本当はどこかの貴族の私兵だろうけど)住んでいた町を滅ぼされて流れてきたらしい。
彼女の狙撃術を見込んで僕が頭を下げて仲間に加わってもらった。
「女の名前だな……」
ええ、フェムナは確かに女の子ですが、
何ですかその目は、めっさ怖いんですけど!
クロードさんが怯えて逃げ出しそうな迫力になってますよルビーさん!
「えっと、最後のハルトは医術師なんだ、僕が無理を言って仲間になってもらったけど本来ならあちこちめぐって貧しい人に治療を施してた人だよ。」
王国には貧しくて満足な治療も受けられずに病で倒れて行く人がたくさんいる。もともとハルトはそんな人たちの治療を無償でやってたけど、僕が無理を言ってそれを中止させてしまった。
僕たち四人の中では一番の年長者で、治療術以外にもいろんなことで頼りになった。
「……」
何か疑うような眼でルビーが僕を見つめる。
「三人とも、僕には大切な仲間たちだ、もちろんルビーもね。」
「―――――ッ!」
一気にルビーの顔が真っ赤になる、なんかマズイこと言ったかな。
「だから、できれば五人皆でクルツに帰りたい。」
「…………そうだな…」
三人にとってクルツに行くことが帰ることかはさておき、とりあえず便宜上帰ると言っておく。
「大切………」
なんかちょっと嬉しそうな目のルビーをテントにおいて、僕は見回りに行くことにした。


日が沈み、夜。
黒髪に黒い鎧で、アルマダにも黒い布を巻いてあるから、僕の姿はかなり地味。
けど目立ってはいけない環境だからむしろ良かったかもしれない。
隣に立つルビーは魔物であることを悟られないように黒いローブをまとっている。
「じゃ、行こうか。」
「ああ。」
暗い森を抜けて、貧民階層に入る。
貧民階層に警備兵が訪れることはほとんどない。
だから安心して貧民階層を抜けて、市民階層へ。
夜になると市民は半強制的に自らの家に帰されるので、この時間帯は市民ではなく警備兵に見つかることだけ心配すればいい。
僕たちは前にこの市民階層の一角に住居を借りてそこで寝泊まりしていたが、今はその住居ももぬけの殻だろう。
たまに松明を持った警備兵が歩いているけど、正直隠れるのは簡単だ。
視界に入らないようにこっそりと移動して、兵士階層に続く階段に接近する。
けど、ここからが問題。
市民階層の警備兵なんてさせられるのはほとんどが訓練を受け始めたばかりの見習い連中でその分隙も多いけど、熟練した騎士や兵士が兵士階層には腐るほど駐屯している。
「ルビー止まって。」
兵士階層に続く階段の様子をうかがう。
人の気配はない、理由は分からないけどなぜか防備がざるだ。
「……何かあったのかな。」
「わからん、だが好機だ。」
透明化の魔法を自分とルビーにそれぞれ使う。
透明化とは言っても効果時間は二分程度が限度。
一気に駆け抜ける。
走りに走って、一分半でどうにか次の階段に到着する。
騒音が貴族階層から聞こえてくる。
走って貴族階層に登り、そして信じられないものを見た。
百人ほどの市民とそれを守る様に戦う兵士たち。
そしてそれを取り囲み、攻撃を仕掛けるのも同じく兵士たち。
一瞬目を疑って、とりあえずルビーを見る。
彼女も僕の方を見ていたらしく目が合う。
そしてもう一回視線を戻すと、やはり戦いが繰り広げられている。
「反乱? か?」
「いや……それにしては数が少ない、抗議行動?」
それにしては双方殺気立ち過ぎている。
市民側に僕も加勢したいところだけど、今は時間が惜しい。
「気にするより、僕たちは僕たちで先を急ごう。」
気付かれないように集団を無視してドスカナ公の屋敷を探す。
貴族の屋敷は一軒一軒が無駄に大きくて嫌になる。
歩き回るのも面倒、というか、時間の無駄。
「共鳴探知。アイリ・ストライ」
僕が透明化と同様に使える数少ない魔法、共鳴探知。
僕と縁の深い人に限るけど、対象になった相手の居場所が分る魔法。
ただし、相手にも僕の居場所が伝わってしまう難点がある。
けどこの場合はむしろ都合が良い。
「見つけた……」
ここから北にある屋敷のようだ。
高さからして屋敷の三階か四階、他の二人もいるかどうかは分からないけど、少なくとも姉さんと合流できれば今の状況も少しはましになるだろう。
走ってドスカナ候の屋敷の前にたどりつく、兵に合わなかったのは幸運だった。
「ルビー、その門壊して。」
「分った。」
ルビーの腕が無理やり門に僕たちの通れるような穴を作る。
かなり強引な手段だったけど、僕たちはこうしてドスカナ候の屋敷に侵入することには成功した。


11/11/10 14:09更新 / なるつき
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■作者メッセージ
骨折りシーンは同じこと続ける手間省いたんだろとは思ってはいけません。
反論の余地がなくなってしまいますから。

次回はちょっと派手な戦闘をお送りできたらと思います。
これもあと二話くらいで完結を予定。

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