第四話
僕がクルツで暮らすようになってから一カ月が過ぎた。
腕は完治して、ランスとクロードさんがみっちり鍛えてくれたおかげで実力もついたし経験も積めたと思う。
そういうわけで、姉さんを迎えに行くことが決定した。
姉さんだけじゃなくて他の仲間たちもできれば連れて帰りたいけど、人数が多いと潜伏も楽じゃなくなるからそこら辺は臨機応変に。
「通行証だ。」
クロードさんがそう言って渡してくれたのは魔力のこもった一枚の木簡。
「これがないと守衛のマリアに性的な意味で食われる。それとこれは通信機として作用するような魔法も仕込んである。」
「そりゃまた便利な……」
王国内でも念話や長距離の情報通信を可能にする魔道具は無いわけではないけれど、こんな携帯サイズでそれを可能にするには複雑な術式と高い知識が必要だったはずだ。
「生産は一日一枚が限界だけど、効果は保障する。」
こんな板っ切れがとは絶対思わない、このクルツの民が全体的にどこかスペックがおかしいのは一カ月も過ごしていれば自然にわかる。
「それと、ルビーがお前に同行してくれるそうだ。」
「え?」
「言ってたの聞いてなかったのか?」
「いえ……本気だと思ってませんでした。」
確かにルビーは「お前は私が守る」だの「私が同行しよう」だの言ってた。
けどまさか何の関係もないのに「半殺しにしたせいで姉と一緒にいられなくしてしまった」なんて責任感だけでそこまでしてくれるなんて思わないだろう。
「あいつも苦労するな……」
クロードさんはどこか遠い目をしてそう言った。
「数日分の食糧とかその他旅に必要そうな道具はランスが用意してくれた、給料から天引きだそうだ。」
「奢ってはくれないんですね……」
「あいつにそれは期待するな。」
クロードさんはまたも遠い目をしていった。
ランスはいい人のようで意外に冷たい、というかやたら現実的というべきか。
クロードさんは顔が厳格そうでかなり怖いし口数もそんなに多い方じゃないけど良い人だってわかる、そういう意味では親子で逆のタイプなんだろう。
「あいつは母親に似たんだ、性格もそのほかも。」
「そうですか……」
ランスの母親ってことはこの人の奥さんだ。けどこの人の妻になれるってどんな人なんだろう、かなり気になる。
一度も会ったことないけど確かにいるんだろうな、クルツのどこかに。
「ルビーが荷物持って城壁で待ってるから行ってやれ。」
「はい。」
言われてすぐに領主館から出る。
そこから城壁へと向かう道すがら、考え事をする。
しばらくルビーと二人旅か。
彼女がこのクルツでどんな仕事をしているのか僕は知らない。
大体の魔物はその適性に合った仕事か、もしくは自分の趣味を仕事にしている。
ツィリアさんとかライアは適性に合った仕事の代表。
ブリジットは趣味の仕事の代表だ。
ネリスやルミネさんはまあ適正だとは思えないけどとりあえずその仕事を自分たちがしなくちゃいけないからしっかりこなしてる感じ。あの二人は魔物の領主一家なんだから例外だよね。
そんなことを考えているうちに城壁にたどりつく。
「改めて見ると、そんなに高くないよね……」
それでも登るのに一晩かかったけど。
この上でルビーと戦い、そして負けた。
「遅い。」
城壁の脇にルビーが座り込んでいる。
その隣には小さなポーチがある、まさかこれが旅の用意じゃないよね?
通行証一個がやっと入りそうな大きさしかしてない。
「いや、クロードさんから旅の注意を受けてて」
「言い訳をするな。」
効果音をつけるなら「ギヌロ」くらいだと思う。
両目から常人なら浴びただけでショック死できそうな殺人光線を放っている。
何でこんなに機嫌悪いかな……待たせちゃダメだった?
「行くぞ。」
ルビーが立ち上がってさっさと歩きだす。
よく見たら僕より背低いんだな、ちょっと意外、いつも上から目線だし。
城壁に入ってほんの少し行くと明るい場所に出た。
「え? 明るい?」
僕とルビーが戦ったのは城壁の上だ。
でもここから上を見上げてみるとそこには空が見える。
「どういうこと?」
「ここは、ルミネさんがわたくしのために作ってくださったちょっと特別な空間なのですよ。」
目の前の水たまりから声がしたかと思ったら、水たまりが形を変える。
さまざまな体つきをした複数人の裸の女性の形になる。
中でもとりわけ豊満な体つきの女性だけが、ティアラのような飾りを頭につけている。
クイーンスライムだ。
「初めまして、クルツの守衛をしております、クイーンスライムのマリアです。」
「初めまして、ロイドと申します。」
「新しい人」「最近人が良く増える」「今度はルビー?」「うらやまし」「どうして中に?」「少し前の戦い……」
背後の集団が何やらこちらをうかがいながらヒソヒソ話をしている。
「マリア、通行証だ。」
ルビーが自分の通行証を見せる。
「はい、どうぞお通りください。」
マリアさんが体を変形させて道を作る。
ルビーが通行していったのに合わせて僕も通行する。
通って行く間ずっと僕のことをスライム達が凝視していた。
城壁を通ると今度はクルツの民により整備された街道に出る。
一か月前の戦いではここで激戦が繰り広げられていたはずなのに、もうそんなことはうかがえないほどに修復されている。
「クルツの領域を抜けた後の旅程はルミネが決めてくれた、人の多い地域を極力避けて、王都付近の人口密集地は一気に突き進む。」
ここから僕たちの体力なら王都へ徒歩五日ほどの距離になる。
途中でいくつか人口密集地帯を抜けなくてはいけなくなるから、そのことを考えて二日ほど遅くなると踏むべきだろう。
「そういえば。」
「ん?」
「人も魔物も神が作り出した存在なんだよね?」
「そう言われているな。」
人間の、特に反魔物派の人間の多い社会においてはそう記述されていない。
むしろそれどころか神に敵対する存在だとすら記されている。
「どうして、主神は魔物を嫌うんだろう、人間もそれ以外の種族も皆神が作ったものなのに。魔物だけを異端として排斥するのはどう言うことなのかな。」
魔物は魔王によって作られた存在であり神の作った種族の敵。
それが僕に与えられた情報だった。
実際には、ぜんぜんそんなことはなかったけど。
堕落を導く存在だから嫌っているっていう人もいるけど、クルツの住民たちを見ているとただ堕落する一方だけじゃないのはよくわかる。
「さぁな、だが私なりに仮説は立つ。」
「どんな?」
「面白いんだ、その方が。」
「面白い?」
全く意味のわからない言葉だった。
面白いとは何がだろう。
「おそらく、主神は人と魔物を戦わせたいんだ、そしてどちらかが勝ってすべてが終わるまでそのさまを見物して楽しみたい。しかし今の魔物は人間と対立するどころか友好関係を築こうとしている、だから人に戦いをするよう仕向けている。」
「ええっと、それはつまり……」
「私の仮説が正しければ、私たちは主神の娯楽のために戦っているんだよ、今も昔も。」
ルビーは心底嫌そうな顔でそう言った。
「娯楽って……」
人に正しい生き方を説き、堕落を嫌うのが主神の考え方のはずだ。
それが人と魔物を戦わせてその様子を見物して楽しむなんて理論の飛躍じゃないのかな。
「あくまで私の考えだ、少なくとも私は神が嫌いだからな。」
「……参考までにその可能性も考えてみるよ。」
常識で知られている範囲と照らし合わせてみるとちょっと無理がないかとも思ったけど、話した内容だけに着目すれば無理はなかった。
話した内容だけに限定して物を見たい?
少し考えて、正解っぽいものにたどりつく。
ルビーの家族を奪ったのは神に踊らされた教会の騎士たち。
だとすれば、彼らを突き動かした主神を彼女が嫌ってもおかしくはない。
そして嫌うのなら、とびっきり嫌な奴であった方が都合がいいのも事実。
だから彼女はあんな風に考えるんだ。
そうやって、僕は少しだけ彼女のことを知った。
そうして歩くうちにその日の夜。
ポーチの中から明らかにポーチより大きな折り畳みテントが出てきたときに、僕はそれがマリアさんの中庭と同様の空間魔法の仕込まれたものだと理解した。
昔なら驚いてたんだろうな、慣れって怖い。
僕たちがテントを張ったのは人里離れた山奥の川沿いだった。
けどこのテント、狭くない?
「水浴びをしてくる、少しでも清潔を保ちたいからな。」
「いってらっしゃい。」
「別に私は一緒に来ても構わんが……」
「遠慮しておく。」
ルビーはとても残念そうな顔でタオル片手に歩いて行った。
夕食と言いたいところだけど味気なさそうな保存食しかない。
量もあんまり多くない、っていっても僕が大食いなだけだけど。
「狩りにでも行くか……」
二人で食べるには量がちょっと物足りないから、動物でも捕まえておかずにしよう。
「川があっち、だから向こうにはルビーがいるから近づかない方がいい。」
胸見られても平然としてたくらいだし裸を覗いても気にすることはなさそうだけど、何となく後からからかわれそうで嫌だ。
「さてと、獲物獲物。」
気配を殺して野山を行く。
狩りにアルマダなんか持ってても邪魔になるだけだから、ランスに貰った短刀だけをもって行動。
茂みの中を移動しながら、周囲の気配に敏感になる。
射程の長い銃やクロスボウでもあればもっと狩りも楽だっただろうけど、無い物ねだりしてても仕方がない。
出来るだけ音をたてないように茂みの中を移動して、
「……いた。」
野生の鹿だった、まだ小鹿で、親とはぐれたのかもしれない。
気配を消して茂みの中からゆっくりと近づく。
あと十歩の距離。
九歩八歩、七歩、六歩。
この距離なら、気付かれても走り出す前に一気に獲れる。
意を決して茂みから飛び出し、一撃で首を切り落とす。
切断面から血を噴き出しながら崩れ落ち、少しして動かなくなった鹿を持ってテントに戻る。
まさか自分に狩りの才能があったとは思わなかった。
確実に、躊躇を持たずに生物の息の根を止める訓練なら以前もしたことがあったからそれが役に立ったんだろう。
で、戻ってきて、
「うっわ……」
周囲に教会騎士たちが四人たむろしている。
「テントがあるということは、この近くに魔物がいるようだな。」
「近隣住民の目撃情報からするとそのはずだ、しかも、相手はドラゴン。」
「ドラゴンか……最上位の魔物じゃないか、なぜここに?」
「しらねーよ、別にいいじゃねぇか何でも、ドラゴン狩って報告すればスピード昇進間違いないぜ」
ドラゴンって……もしかしなくてもルビーのことだ。
森を移動するのを誰かに見られてたのかな。
全身赤いからよく目立つよね、森の中じゃ。
「それより気になんのが、これだよ。」
騎士の一人がアルマダを持って立ち上がる。
「剣がここに放置されてるってことがおかしいぜ、もしかしたら、ドラゴンと一緒に背信者が一人行動してるかもな。」
大正解。
それにしてもどうしたものかな。
向こうが僕の顔を知ってたらどう言い訳してもいい方向には転がらないと思うし、油断したルビーが帰ってきても良い結果にはつながらないと思う。
「ロイド、お前を水浴びを……誰だ貴様ら。」
ルビーがけもの道を通って戻って来た。
しかも、全裸で。
タオルを片手に持って、そのスタイルの良い体を惜しげもなくさらして。
呆気に取られる教会の騎士たちは、
ガズッ ゴッ メキャ グシャ
次の瞬間には全裸のルビーに一人一撃で倒されていた。
気のせいかな、皆股間が盛り上がってる気がするんだけど。
それと、ルビーの目に涙が浮かんでるように見える。
「……ロイド?」
「ここにいるよ、とりあえず服着て。」
茂みの中から顔を出す。
ルビーは苦虫を噛み潰してそれを青汁で流し飲みしたような顔で服を着る。
「どこかに適当につるして来よう。」
「分った。」
反論する気になれないほどものすごく機嫌が悪い。
裸を見られたことが嫌だったんだろうか、それとも川の水が予想より冷たかったのかな。
ルビーは男たちの服を丁寧に脱がすと、それで男たちの体を縛りつける。
両腕両足をそれぞれ拘束してから、そのあとそれぞれ別の恥ずかしいポーズで固定して森の奥に二人で捨てておいた。
ひどいことすると思ったけど、反対したら同じ目に合いそうだから大人しく従った。
男たちを森の奥に捨ててきてから夕食。
取って来た鹿を火をおこして丸焼きにして、保存食と一緒に食べる。
「獲って来たのか、これを。」
「うん、そしたらその隙に騎士がテント周りに来てて」
「……不幸にも全裸の私が出くわしたということか……」
「……ごめん。」
本気で怖いから素直に謝っておく、僕が狩りに行くことを先に伝えるかあそこに残っているかどちらかしていればあんな事態には陥らなかった。
それにしても、綺麗な体だった。胸が大きくて腰はしっかりくびれてて、体つきも全体にバランスが良く綺麗だった、まさに僕の思う理想的な女性の体つきだった。
そう思っていると自然に彼女の裸を思い出しそうになり、首を振って雑念を頭から追い出す。もし彼女に頭の中が読まれていたら僕もさっきの騎士たちと似たような格好で一晩過ごす羽目になりそうで怖い。
「予想外というか予定外というか、まさかこんな所で騎士に出くわすとは、道程を急いだ方がよさそうだな。」
「そうだね、夜明けと共に起きて一気にできるだけここから離れよう。」
騎士たちが増援を呼んでしまえば一気に状況は悪くなる。
口封じにいっそ殺してしまうのもありかもしれないが、それは教会にとって魔物が人間を殺す証拠になりうるからクルツの逆風になる。
出来るだけ早く、騎士たちが発見される前にここから離れるのが良策。
「とりあえず、食事だな。」
良い具合に焼けた鹿の肉を爪でそぎながら、ルビーは言った。
そして夜。
クルツを出た捜索員が野外で寝泊まりするためのテントは、僕たち二人で使うにはあまりに小さい。
何せ捜索員は基本的に一人で外に出ていくのだから、当たり前だ。
たとえそれ以外のパターンでも一緒に行動するのは恋人同士。
つまり寄り添って寝ても何の問題もない。
けど僕たちは違う、ただ同行してるだけの二人組。
どうしたものかと逡巡していると、ルビーが横になる。
そして僕の方を見て当たり前のような顔で
「ほら、早くしろ。」
「え? 何を?」
「言わんと分らんか?」
いや言わなくても分る、けど出来ることなら遠慮したい。
要するに彼女は「一緒に寝るぞ」と言っている。
この狭い空間で横に並んで寝ようものなら、寝ようにも寝られない。
だって、密着するじゃないですか。
ぴったりくっついちゃいますよ? ルビーと。
寝がえりでもしちゃったらへたすりゃ顔面に蹴りが入ったりしますよ?
そんな命がけの睡眠タイムは全力でごめんこうむります。
それぐらいなら寝ない方がましです。
「じれったい。」
ルビーは起き上がったと思ったら僕の頭をつかんでもう一度引き倒すように横になる。
「最初からこうしていればよかった。」
目の前にあるのは、とても嬉しそうなルビーの笑顔。
「どうしてだ……?」
「何がだ?」
「どうして僕に、こんなことをする? これじゃまるで」
「分らないか?」
心底疑問そうな顔でルビーは僕に尋ねて来る。
「全然さっぱり。」
正直に答えると、「そうか。」と残念そうに言ってから、
「では、理解できるまで続けよう。」
そう言って僕のことを抱きしめるようにした。
そしてすぐに寝入ってしまう。
なんなのかな……
「すぅ……すぅ………」
寝息を立てるルビーの顔を見ていて思う。
寝顔、可愛いな。
いつもは凛々しくて綺麗な大人の女性の感じだけど、寝顔はこんなに子供っぽいんだ。
ルビーの腕が僕を抱き寄せる。
それによりもっと彼女に密着すると、その胸の感触が伝わってくる。
柔らかいし、結構大きい。
そして何よりも、体の芯に伝わってくるみたいにあったかい。
そうだ、彼女は温かい。
生きているのだから当たり前のことのはずなのに、なぜか僕はそれをしみじみ感じた。
最後に誰かとこうやって肌と肌で触れあったのはいつだっただろう。
親とよくスキンシップをしていたけど十歳を過ぎたくらいからそれもやめた。
姉さんと手をつないだのはもう六年前が最後。
勇者になってからはずっと自分を磨くことに熱中していて全然人とふれあうことをしてこなかった。
だから忘れていた、生き物が暖かいという当たり前のことを。
それは人でも魔物でも一緒だということ。
だから、決して戦い続ける必要なんかないんだ。
僕たちがこうして一緒にいられるように、人と魔物は分り合える。
「ルビー」
それを教えてくれたのは彼女だった。
今言ってもたぶん気づいてはくれないだろうけど、起きているうちに言うのはなんだか恥ずかしいから今言おう。
「ありがとう。」
心からの、感謝の言葉を。
僕の言葉に反応したように、ルビーの腕がまた僕を強く抱き寄せる。
ん? いやちょっと待った強過ぎる。
ミシミシミシミシ
「がぁっ……!?」
骨のきしむ音がする。
ルビーの強烈すぎる抱擁に僕の体が追い付いてない。
「ちょっと、ルビー起きて! 死ぬ、内臓出て死んじゃうから!!」
その後目を覚ましたルビーは素直に僕に謝ってくれた。
やっぱり、一緒に寝るのは無理かも……
腕は完治して、ランスとクロードさんがみっちり鍛えてくれたおかげで実力もついたし経験も積めたと思う。
そういうわけで、姉さんを迎えに行くことが決定した。
姉さんだけじゃなくて他の仲間たちもできれば連れて帰りたいけど、人数が多いと潜伏も楽じゃなくなるからそこら辺は臨機応変に。
「通行証だ。」
クロードさんがそう言って渡してくれたのは魔力のこもった一枚の木簡。
「これがないと守衛のマリアに性的な意味で食われる。それとこれは通信機として作用するような魔法も仕込んである。」
「そりゃまた便利な……」
王国内でも念話や長距離の情報通信を可能にする魔道具は無いわけではないけれど、こんな携帯サイズでそれを可能にするには複雑な術式と高い知識が必要だったはずだ。
「生産は一日一枚が限界だけど、効果は保障する。」
こんな板っ切れがとは絶対思わない、このクルツの民が全体的にどこかスペックがおかしいのは一カ月も過ごしていれば自然にわかる。
「それと、ルビーがお前に同行してくれるそうだ。」
「え?」
「言ってたの聞いてなかったのか?」
「いえ……本気だと思ってませんでした。」
確かにルビーは「お前は私が守る」だの「私が同行しよう」だの言ってた。
けどまさか何の関係もないのに「半殺しにしたせいで姉と一緒にいられなくしてしまった」なんて責任感だけでそこまでしてくれるなんて思わないだろう。
「あいつも苦労するな……」
クロードさんはどこか遠い目をしてそう言った。
「数日分の食糧とかその他旅に必要そうな道具はランスが用意してくれた、給料から天引きだそうだ。」
「奢ってはくれないんですね……」
「あいつにそれは期待するな。」
クロードさんはまたも遠い目をしていった。
ランスはいい人のようで意外に冷たい、というかやたら現実的というべきか。
クロードさんは顔が厳格そうでかなり怖いし口数もそんなに多い方じゃないけど良い人だってわかる、そういう意味では親子で逆のタイプなんだろう。
「あいつは母親に似たんだ、性格もそのほかも。」
「そうですか……」
ランスの母親ってことはこの人の奥さんだ。けどこの人の妻になれるってどんな人なんだろう、かなり気になる。
一度も会ったことないけど確かにいるんだろうな、クルツのどこかに。
「ルビーが荷物持って城壁で待ってるから行ってやれ。」
「はい。」
言われてすぐに領主館から出る。
そこから城壁へと向かう道すがら、考え事をする。
しばらくルビーと二人旅か。
彼女がこのクルツでどんな仕事をしているのか僕は知らない。
大体の魔物はその適性に合った仕事か、もしくは自分の趣味を仕事にしている。
ツィリアさんとかライアは適性に合った仕事の代表。
ブリジットは趣味の仕事の代表だ。
ネリスやルミネさんはまあ適正だとは思えないけどとりあえずその仕事を自分たちがしなくちゃいけないからしっかりこなしてる感じ。あの二人は魔物の領主一家なんだから例外だよね。
そんなことを考えているうちに城壁にたどりつく。
「改めて見ると、そんなに高くないよね……」
それでも登るのに一晩かかったけど。
この上でルビーと戦い、そして負けた。
「遅い。」
城壁の脇にルビーが座り込んでいる。
その隣には小さなポーチがある、まさかこれが旅の用意じゃないよね?
通行証一個がやっと入りそうな大きさしかしてない。
「いや、クロードさんから旅の注意を受けてて」
「言い訳をするな。」
効果音をつけるなら「ギヌロ」くらいだと思う。
両目から常人なら浴びただけでショック死できそうな殺人光線を放っている。
何でこんなに機嫌悪いかな……待たせちゃダメだった?
「行くぞ。」
ルビーが立ち上がってさっさと歩きだす。
よく見たら僕より背低いんだな、ちょっと意外、いつも上から目線だし。
城壁に入ってほんの少し行くと明るい場所に出た。
「え? 明るい?」
僕とルビーが戦ったのは城壁の上だ。
でもここから上を見上げてみるとそこには空が見える。
「どういうこと?」
「ここは、ルミネさんがわたくしのために作ってくださったちょっと特別な空間なのですよ。」
目の前の水たまりから声がしたかと思ったら、水たまりが形を変える。
さまざまな体つきをした複数人の裸の女性の形になる。
中でもとりわけ豊満な体つきの女性だけが、ティアラのような飾りを頭につけている。
クイーンスライムだ。
「初めまして、クルツの守衛をしております、クイーンスライムのマリアです。」
「初めまして、ロイドと申します。」
「新しい人」「最近人が良く増える」「今度はルビー?」「うらやまし」「どうして中に?」「少し前の戦い……」
背後の集団が何やらこちらをうかがいながらヒソヒソ話をしている。
「マリア、通行証だ。」
ルビーが自分の通行証を見せる。
「はい、どうぞお通りください。」
マリアさんが体を変形させて道を作る。
ルビーが通行していったのに合わせて僕も通行する。
通って行く間ずっと僕のことをスライム達が凝視していた。
城壁を通ると今度はクルツの民により整備された街道に出る。
一か月前の戦いではここで激戦が繰り広げられていたはずなのに、もうそんなことはうかがえないほどに修復されている。
「クルツの領域を抜けた後の旅程はルミネが決めてくれた、人の多い地域を極力避けて、王都付近の人口密集地は一気に突き進む。」
ここから僕たちの体力なら王都へ徒歩五日ほどの距離になる。
途中でいくつか人口密集地帯を抜けなくてはいけなくなるから、そのことを考えて二日ほど遅くなると踏むべきだろう。
「そういえば。」
「ん?」
「人も魔物も神が作り出した存在なんだよね?」
「そう言われているな。」
人間の、特に反魔物派の人間の多い社会においてはそう記述されていない。
むしろそれどころか神に敵対する存在だとすら記されている。
「どうして、主神は魔物を嫌うんだろう、人間もそれ以外の種族も皆神が作ったものなのに。魔物だけを異端として排斥するのはどう言うことなのかな。」
魔物は魔王によって作られた存在であり神の作った種族の敵。
それが僕に与えられた情報だった。
実際には、ぜんぜんそんなことはなかったけど。
堕落を導く存在だから嫌っているっていう人もいるけど、クルツの住民たちを見ているとただ堕落する一方だけじゃないのはよくわかる。
「さぁな、だが私なりに仮説は立つ。」
「どんな?」
「面白いんだ、その方が。」
「面白い?」
全く意味のわからない言葉だった。
面白いとは何がだろう。
「おそらく、主神は人と魔物を戦わせたいんだ、そしてどちらかが勝ってすべてが終わるまでそのさまを見物して楽しみたい。しかし今の魔物は人間と対立するどころか友好関係を築こうとしている、だから人に戦いをするよう仕向けている。」
「ええっと、それはつまり……」
「私の仮説が正しければ、私たちは主神の娯楽のために戦っているんだよ、今も昔も。」
ルビーは心底嫌そうな顔でそう言った。
「娯楽って……」
人に正しい生き方を説き、堕落を嫌うのが主神の考え方のはずだ。
それが人と魔物を戦わせてその様子を見物して楽しむなんて理論の飛躍じゃないのかな。
「あくまで私の考えだ、少なくとも私は神が嫌いだからな。」
「……参考までにその可能性も考えてみるよ。」
常識で知られている範囲と照らし合わせてみるとちょっと無理がないかとも思ったけど、話した内容だけに着目すれば無理はなかった。
話した内容だけに限定して物を見たい?
少し考えて、正解っぽいものにたどりつく。
ルビーの家族を奪ったのは神に踊らされた教会の騎士たち。
だとすれば、彼らを突き動かした主神を彼女が嫌ってもおかしくはない。
そして嫌うのなら、とびっきり嫌な奴であった方が都合がいいのも事実。
だから彼女はあんな風に考えるんだ。
そうやって、僕は少しだけ彼女のことを知った。
そうして歩くうちにその日の夜。
ポーチの中から明らかにポーチより大きな折り畳みテントが出てきたときに、僕はそれがマリアさんの中庭と同様の空間魔法の仕込まれたものだと理解した。
昔なら驚いてたんだろうな、慣れって怖い。
僕たちがテントを張ったのは人里離れた山奥の川沿いだった。
けどこのテント、狭くない?
「水浴びをしてくる、少しでも清潔を保ちたいからな。」
「いってらっしゃい。」
「別に私は一緒に来ても構わんが……」
「遠慮しておく。」
ルビーはとても残念そうな顔でタオル片手に歩いて行った。
夕食と言いたいところだけど味気なさそうな保存食しかない。
量もあんまり多くない、っていっても僕が大食いなだけだけど。
「狩りにでも行くか……」
二人で食べるには量がちょっと物足りないから、動物でも捕まえておかずにしよう。
「川があっち、だから向こうにはルビーがいるから近づかない方がいい。」
胸見られても平然としてたくらいだし裸を覗いても気にすることはなさそうだけど、何となく後からからかわれそうで嫌だ。
「さてと、獲物獲物。」
気配を殺して野山を行く。
狩りにアルマダなんか持ってても邪魔になるだけだから、ランスに貰った短刀だけをもって行動。
茂みの中を移動しながら、周囲の気配に敏感になる。
射程の長い銃やクロスボウでもあればもっと狩りも楽だっただろうけど、無い物ねだりしてても仕方がない。
出来るだけ音をたてないように茂みの中を移動して、
「……いた。」
野生の鹿だった、まだ小鹿で、親とはぐれたのかもしれない。
気配を消して茂みの中からゆっくりと近づく。
あと十歩の距離。
九歩八歩、七歩、六歩。
この距離なら、気付かれても走り出す前に一気に獲れる。
意を決して茂みから飛び出し、一撃で首を切り落とす。
切断面から血を噴き出しながら崩れ落ち、少しして動かなくなった鹿を持ってテントに戻る。
まさか自分に狩りの才能があったとは思わなかった。
確実に、躊躇を持たずに生物の息の根を止める訓練なら以前もしたことがあったからそれが役に立ったんだろう。
で、戻ってきて、
「うっわ……」
周囲に教会騎士たちが四人たむろしている。
「テントがあるということは、この近くに魔物がいるようだな。」
「近隣住民の目撃情報からするとそのはずだ、しかも、相手はドラゴン。」
「ドラゴンか……最上位の魔物じゃないか、なぜここに?」
「しらねーよ、別にいいじゃねぇか何でも、ドラゴン狩って報告すればスピード昇進間違いないぜ」
ドラゴンって……もしかしなくてもルビーのことだ。
森を移動するのを誰かに見られてたのかな。
全身赤いからよく目立つよね、森の中じゃ。
「それより気になんのが、これだよ。」
騎士の一人がアルマダを持って立ち上がる。
「剣がここに放置されてるってことがおかしいぜ、もしかしたら、ドラゴンと一緒に背信者が一人行動してるかもな。」
大正解。
それにしてもどうしたものかな。
向こうが僕の顔を知ってたらどう言い訳してもいい方向には転がらないと思うし、油断したルビーが帰ってきても良い結果にはつながらないと思う。
「ロイド、お前を水浴びを……誰だ貴様ら。」
ルビーがけもの道を通って戻って来た。
しかも、全裸で。
タオルを片手に持って、そのスタイルの良い体を惜しげもなくさらして。
呆気に取られる教会の騎士たちは、
ガズッ ゴッ メキャ グシャ
次の瞬間には全裸のルビーに一人一撃で倒されていた。
気のせいかな、皆股間が盛り上がってる気がするんだけど。
それと、ルビーの目に涙が浮かんでるように見える。
「……ロイド?」
「ここにいるよ、とりあえず服着て。」
茂みの中から顔を出す。
ルビーは苦虫を噛み潰してそれを青汁で流し飲みしたような顔で服を着る。
「どこかに適当につるして来よう。」
「分った。」
反論する気になれないほどものすごく機嫌が悪い。
裸を見られたことが嫌だったんだろうか、それとも川の水が予想より冷たかったのかな。
ルビーは男たちの服を丁寧に脱がすと、それで男たちの体を縛りつける。
両腕両足をそれぞれ拘束してから、そのあとそれぞれ別の恥ずかしいポーズで固定して森の奥に二人で捨てておいた。
ひどいことすると思ったけど、反対したら同じ目に合いそうだから大人しく従った。
男たちを森の奥に捨ててきてから夕食。
取って来た鹿を火をおこして丸焼きにして、保存食と一緒に食べる。
「獲って来たのか、これを。」
「うん、そしたらその隙に騎士がテント周りに来てて」
「……不幸にも全裸の私が出くわしたということか……」
「……ごめん。」
本気で怖いから素直に謝っておく、僕が狩りに行くことを先に伝えるかあそこに残っているかどちらかしていればあんな事態には陥らなかった。
それにしても、綺麗な体だった。胸が大きくて腰はしっかりくびれてて、体つきも全体にバランスが良く綺麗だった、まさに僕の思う理想的な女性の体つきだった。
そう思っていると自然に彼女の裸を思い出しそうになり、首を振って雑念を頭から追い出す。もし彼女に頭の中が読まれていたら僕もさっきの騎士たちと似たような格好で一晩過ごす羽目になりそうで怖い。
「予想外というか予定外というか、まさかこんな所で騎士に出くわすとは、道程を急いだ方がよさそうだな。」
「そうだね、夜明けと共に起きて一気にできるだけここから離れよう。」
騎士たちが増援を呼んでしまえば一気に状況は悪くなる。
口封じにいっそ殺してしまうのもありかもしれないが、それは教会にとって魔物が人間を殺す証拠になりうるからクルツの逆風になる。
出来るだけ早く、騎士たちが発見される前にここから離れるのが良策。
「とりあえず、食事だな。」
良い具合に焼けた鹿の肉を爪でそぎながら、ルビーは言った。
そして夜。
クルツを出た捜索員が野外で寝泊まりするためのテントは、僕たち二人で使うにはあまりに小さい。
何せ捜索員は基本的に一人で外に出ていくのだから、当たり前だ。
たとえそれ以外のパターンでも一緒に行動するのは恋人同士。
つまり寄り添って寝ても何の問題もない。
けど僕たちは違う、ただ同行してるだけの二人組。
どうしたものかと逡巡していると、ルビーが横になる。
そして僕の方を見て当たり前のような顔で
「ほら、早くしろ。」
「え? 何を?」
「言わんと分らんか?」
いや言わなくても分る、けど出来ることなら遠慮したい。
要するに彼女は「一緒に寝るぞ」と言っている。
この狭い空間で横に並んで寝ようものなら、寝ようにも寝られない。
だって、密着するじゃないですか。
ぴったりくっついちゃいますよ? ルビーと。
寝がえりでもしちゃったらへたすりゃ顔面に蹴りが入ったりしますよ?
そんな命がけの睡眠タイムは全力でごめんこうむります。
それぐらいなら寝ない方がましです。
「じれったい。」
ルビーは起き上がったと思ったら僕の頭をつかんでもう一度引き倒すように横になる。
「最初からこうしていればよかった。」
目の前にあるのは、とても嬉しそうなルビーの笑顔。
「どうしてだ……?」
「何がだ?」
「どうして僕に、こんなことをする? これじゃまるで」
「分らないか?」
心底疑問そうな顔でルビーは僕に尋ねて来る。
「全然さっぱり。」
正直に答えると、「そうか。」と残念そうに言ってから、
「では、理解できるまで続けよう。」
そう言って僕のことを抱きしめるようにした。
そしてすぐに寝入ってしまう。
なんなのかな……
「すぅ……すぅ………」
寝息を立てるルビーの顔を見ていて思う。
寝顔、可愛いな。
いつもは凛々しくて綺麗な大人の女性の感じだけど、寝顔はこんなに子供っぽいんだ。
ルビーの腕が僕を抱き寄せる。
それによりもっと彼女に密着すると、その胸の感触が伝わってくる。
柔らかいし、結構大きい。
そして何よりも、体の芯に伝わってくるみたいにあったかい。
そうだ、彼女は温かい。
生きているのだから当たり前のことのはずなのに、なぜか僕はそれをしみじみ感じた。
最後に誰かとこうやって肌と肌で触れあったのはいつだっただろう。
親とよくスキンシップをしていたけど十歳を過ぎたくらいからそれもやめた。
姉さんと手をつないだのはもう六年前が最後。
勇者になってからはずっと自分を磨くことに熱中していて全然人とふれあうことをしてこなかった。
だから忘れていた、生き物が暖かいという当たり前のことを。
それは人でも魔物でも一緒だということ。
だから、決して戦い続ける必要なんかないんだ。
僕たちがこうして一緒にいられるように、人と魔物は分り合える。
「ルビー」
それを教えてくれたのは彼女だった。
今言ってもたぶん気づいてはくれないだろうけど、起きているうちに言うのはなんだか恥ずかしいから今言おう。
「ありがとう。」
心からの、感謝の言葉を。
僕の言葉に反応したように、ルビーの腕がまた僕を強く抱き寄せる。
ん? いやちょっと待った強過ぎる。
ミシミシミシミシ
「がぁっ……!?」
骨のきしむ音がする。
ルビーの強烈すぎる抱擁に僕の体が追い付いてない。
「ちょっと、ルビー起きて! 死ぬ、内臓出て死んじゃうから!!」
その後目を覚ましたルビーは素直に僕に謝ってくれた。
やっぱり、一緒に寝るのは無理かも……
11/04/17 23:30更新 / なるつき
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