第四話 再会のその日
ラージマウスについて歩くことおよそ八分、やがて俺たちは広くて明るい場所にたどり着いた、どうやら、天井の裂け目から光が差し込んできているらしい。
そしてそこには、何人もの魔物や、人間の男女が集まっていた。
そして俺に情報提供したおばさんもそこに混じっている。
「おかあ……さん?」
魔物の中でも最前列に立って俺たちを見ていたゴブリンを見たとき、プラムがそう言った。
「プラム、おっきくなったね……」
ゴブリンの女性も目を潤ませて、彼女の言葉に答えた。
プラムが信じられない速さで彼女に駆けより、その板胸に飛び込んだ。
「お母さん、お母さん!」
「よしよし、おっきくなっても甘えん坊なのは変わらないね。」
やはり彼女がプラムの母親で間違いないようだ、結構長い間奴隷狩りを逃れてこんな地下に隠棲していたんだろう。最近では旧王国軍の残党もいることだし、あの家を放棄せず地上で生活することは危険極まりないから、妥当ではある。
どのくらいの期間をかけて作り出したのか、地下の洞窟はかなり広そうだ。
プラムとその母親が感動の再開をしていると、見覚えのある眼光鋭い女性が俺に近づいてきた。
「先ほどはすみません。本来なら最初からここにご案内したかったのですが……」
情報提供の女性が俺に向けて頭を下げるが、事情が分かっているし責める気は俺にはなかった。
「内通者を警戒してのことでしょう? 俺たちの後をつけられここが判明してしまったら今度こそ皆さんは旧王国軍に捕縛される。」
「…………はい、だからこそ、発見してくれる可能性に賭けさせていただきました。入口の一つでありプラムの実家であるあの家の戸を開け、そこに飛び込んできてくださるように下準備だけをして。」
危険な賭けだ、もし上手く行かなかったら俺とプラムが完全に終わっていた。
だが、そのおかげで大事な収穫を得ることができた、クルツを裏切っている内通者が誰なのかもわかったし、旧王国軍と知事に袖の下のつながりがあることも判明した。
証拠を握ることでもできれば最上だったとはいえ、そこまでは高望みだろう。
何よりも、一番大事なこととしてプラムが母親と再会することができた。
本当に心から俺にはそれが何よりもうれしいことだ。
しかしその一方で、気になることもある、彼らのことだ。
「あんたたちは『何』なんだ? クルツとも現王国軍とも繋がりがないみたいだが間違いなく旧王国軍とは敵対してる。そんな派閥は聞いたことがない。」
「そうですね……『避難民』とでも名乗っておきましょうか、正確な集団名はありません、ここレクターンを中心に、周囲の地域でクルツ人に出会うことなく路頭に迷っていたもの、旧王国軍に目をつけられたものが自然と寄り集まってできた集団です。」
女性はそう自己紹介をすると俺に一度頭を下げた。
いくらクルツ人が数人の優秀な人間を募って外邦に困窮者や魔物の捜索と救助、内情調査に行っていたとしてもすべての人間を見つけられるはずはない。
そう言った悪く言えば「漏れてしまった」人たちの中で、少しでも安全に生きられるように自助努力をした集団が彼らなんだろう。
「ここは、天然洞窟なんですか?」
ちょっと聞いてみたかったので聞いてみる、たぶん違うだろうとは思うが、一応聞いてみてもいいかとも思ったからだ。
「いえ、我々が三年以上かけて掘り進めたものです、あの都市で隠れ住むのでは限度があるため。レクターンのスラムに三か所と外の森や枯れ井戸などに三か所の通路があります。」
よくそんなことをして見つからなかったもんだ、足の下で誰かが穴掘ってたら誰かが気にするものだと思うが、意外に気が付かないものなんだろうか。
そういやこの一帯、地下に水脈がある可能性が高い地域なんだったか、勿論この洞窟もどこかで水脈に行きついてるんだろう。
「女王戦争では我々の一部も戦いに参加しました、その時にここにいた多くの仲間がここを去り喪った家族のもとに向かったり、または新天地を目指していったのです。」
「貴方がたはなぜここに? 一緒に去ろうと思わなかったんです?」
寂しそうに語る女性に向け俺は何となく聞いてみた。
「クルツに向かうことすら恐れここにとどまったのは行く宛がないものばかりです、プラムさんの母親。エルテさんはここに残ることを自分で選んだ数少ない魔物の一人ですね。」
そう女性は語ったが俺は違うと思う。
ここを捨てたくなかった人の方が多いんだろう、この国では土地なら少し余ってるくらいのようだから行く宛がなくともどこかほかの場所で生活基盤を立てるくらいならできそうだし、長年みんなで協力して過ごしてきたのなら愛着もあるだろう。
どうやって食事をとっていたのかとか生活をどうやりくりしてたとか聞いてみたいことはいろいろあるがその前に、ハロルド氏やクルツの一行に伝えないといけないことがある。
クルツ人に潜り込んだ、または生まれた裏切り者のことだ。
厄介なことに俺には通信手段がない。
「プラム、少しいいか?」
母親のエルテさんと長々とお話していたプラムに声をかける。
「あ、お母さん、この人が私の旦那様の、ロット。」
「あらあら、娘がお世話に。」
「いえこちらこそ、ってそうじゃなくてだな、プラム、ハロルドさんと連絡できるか?」
そう尋ねるとプラムは連絡に使っていた木の板を取り出した。
「えっと、確かこうやって。」
木片の表面に描かれた線の一部をプラムが指でなぞると、木片の線が光り出す。
「ハロルドにつなげて。」
その言葉を合図に光の線が一つの形を作る。
「ハロルド、聞こえる? ロットが話したいことがあるって。後……私のお母さん、見つかったの。会えた」
そう言ってからプラムは俺に「はい」と木片を手渡す。
『やあロット、プラムのお母さん見つかったんだって?』
「ええ、あの情報提供してくれたおばさんと一緒にいました。それよりも、ドヴィー……本名ルドヴィッヒはそっちにいますか?」
クルツ自治領開拓局の役員だと名乗る男ドヴィー。
俺やプラムが地下室で聞いた声は、明らかにあの男だった、クルツから情報を流しているのがあの男ならば拘束しておかなくてはいけない。
『……なんで、ドヴィーの本名を聞くんだい?』
「賢明なハロルドさんならわかるでしょう……あいつ、裏切り者です。旧王国軍の残党に、キサラギ監査官がここに来て貴方と接触しているという情報を伝達していました。」
俺がそう言うと、ハロルド氏は少し息をのんだ。と思う。
「そっか……なるほど。妙に姿を勝手に消すことが多いと思ったらそう言うことだったのか、僕が数回貧民街を探っても何も見つからないはずだ、先回りして情報を得たうえで隠れてたんだ。」
ハロルド氏は「気づかなかったな。ありがとう」と言って通信を切った。これでたぶん、ドヴィーが捕獲されるのは時間の問題のはずだ。
ただ問題は……
「お話終わった? ……じゃあ、そろそろ行くね、お母さん。」
俺の思考を遮りそう言って、少し名残惜しそうではあるがプラムは立ち上がった。
「クルツに帰るのか? お母さんと一緒にいなくていいのかよ。」
「うん、お母さんとはまた会えるから。今はクルツが、私のおうちだから。」
そう言って涙を拭いてから、プラムはもう一度エルテさんと握手をして俺のところまで歩いてきた。やっぱり特に意識もしないうちに手が出て、プラムもその手を握り返してくれる。
「スラムの出口から出るのは危険でしょう、こちらへ、他の出口へ案内します。」
そう言ってくれた若い男性の後をついて洞窟を進んでいく、しばらく歩くと徐々になだらかな坂になっていき、やがて枯れ井戸の底のような、いや枯れ井戸の底なんだろう、円筒状の空間に出る。
しっかりした梯子が立てかけられていて、昇って外に行けそうだ。
「プラム先行け、落ちたら助けてやる。」
迷いなくプラムを先に行かせる、胸が邪魔でそんなに簡単に登れないだろうし、俺はあの程度なら問題なく上まで行ける自信があるからプラムを先に行かせるべきだろう。
そしてプラムが三度ほど落下しかけ、一度本当に落下してきたのを受け止めてようやく昇りきると俺も昇っていくことにした。
外に出ると俺たちがいたのは確かに人が一人もいない廃村の枯れ井戸、森の中にあるようだが年からこんなに近いのによく打ち棄てられたものだ。いや、むしろ近いからこそ容易に打ち棄てられたのか。都市に移り住んでしまえば大丈夫だもんな。
「どっちに行けばいいか、わかるか?」
どっちに行けばクルツのキャンプかわからないので、とりあえずプラムに聞いてみると俺に続いて上がってきた男が、
「あちらです、レクターンの城壁が見えますよね? およそその反対側にクルツの駐屯地があります。」
そう言ってくれた男性の言葉に従い俺たちは歩いていく、レクターンの城壁を大きく回っていくと確かにそのうちクルツの駐屯地に着いた、そしてハロルド氏に報告しようとうろついていると、
「あ、貴方がロットさんですね?」
短い黒髪を自然に流した、俺より少し若いくらいの女性と少女の中間あたりの女が声をかけてきた。白い、質素だが確かな腕で作られた装飾の施されたスカートタイプの軍服でスカートの下にはスパッツを履いている。
左右の腰に携えた二本の剣も、腕のいい刀匠の作品だろう。
「自己紹介が遅れました、私は『王の目』の隊長キサラギです。」
「……イグノーの傭兵、ロット・イレントだ。よろしく。」
丁寧な口調で自己紹介してきたキサラギ監査官と名乗る女性に俺も自己紹介をする。
思ってたよりずいぶん若い、というか俺より年下くらいじゃないのか?
しかしキサラギ監査官に他の王の目の隊員らしき青年二人が深々と頭を下げているあたり、嘘ではなさそうだ。異世界からやってきた戦士と聞いてそこそこの年齢に達していると思い込んでた俺が浅はかだったんだろうか。
「帰ってきたね、ドヴィーはもう縛り上げてあるよ。」
ハロルド氏が妙ににこにこしながら俺に声をかけてくる、怖いっつの。
棒で示された先を見てみると確かにぐるぐる巻きにされて伸びているドヴィーの姿がそこにあった、伸びたのが先がぐるぐる巻きにされたのが先か。
「『ちょっと用事があるんだけどドヴィー』って言ったら逃げようとしたから気絶させてその間に縛っておいた。」
なるほど伸びたのが先か。
「ほら起きるんだ、クルツを、僕たちを裏切った理由を聞かせてもらおうじゃないか。」
ハロルド氏がそう言って軽くドヴィーの頭をぶつと、ドヴィーが目を開く。
「裏切ってねーよ。もともと俺は、そいつを手に入れるためにクルツに入り込んだだけだからな。」
悪びれもせずそう答えたドヴィーの視線の先にいるのは、俺。
いや、その後ろに隠れたプラムだった。
「……思い出したよ、わたし、ドヴィーとはずっと前に会ってた。奴隷狩りに檻の中に入れられてあちこち回ってた私を、盗もうとした男。」
「奴隷を盗む? それはつまり、助けようとしたってことか?」
そう言った俺に対して迷わず首を縦に振ったドヴィーだったが、ハロルドさんは全く違うと言いたげな顔をしている、そしてまたプラムが口を開く。
「違う、ドヴィーは、私のこと奴隷にして好きに犯そうとしてた。それに言ってたもん『どうせ高くて買い手のつかない希少種なんだし盗んでも罰あたんねーよな』って。」
「……要するに金がなくて買えないから盗もうと思ったと。魔物を平然と奴隷にする奴隷狩りも奴隷狩りならこいつもこいつだな。」
呆れたクズっぷりだ、こんなやつが奴隷として扱われていた頃のプラムを買ってしまわなくてよかったと本気で思う。絶対にプラムを幸せになんかできなかっただろう。
そして嘘もばれ完全に裏切り者と扱われ始めたドヴィーがまた口を開く
「金を奪って回って奴隷市場を見直していなくなってたときは愕然としたぜ、あの値段を出す奴がいるなんて思わなかったからな。けど神様は俺を見離しちゃいなかった。」
クククと含み笑いを始めたドヴィーに向けて非難の目が集中するが、誰も何も言わない。
言い訳は期待できそうにないしさっさと黙らせて反乱分子の掃討に当たるべきと思うが、どうしたもんだろうか。
「話に聞いたクルツ、いるかもしれないと行ってみたらドンピシャだ。最高だったぜ。」
「そうか、もう結構。」
ハロルド氏が棒を大きく振りかぶって、一気に撃ち下ろす。
バゴンと鈍い音がしたと思ったら、ドヴィーの目の前の地面が大きくえぐれている。
「君の処分は追って伝える、言い残しておくことが何かあるなら帰ってきてから伝えてよ。」
そう言い残してハロルド氏がみんなの方を振り向くと、
「今から、『王の目』と共同でレクターン市知事の査察及び旧王国軍残党の掃討に向かう。当初の予定通り、待機人員はここで待機していること。じゃあ、行くよ。」
言い放たれたその言葉と同時に全員が各々必要な行動を始める、俺はどうしたものかと混乱しているとプラムが袖をつかんで
「わたしたちは、待機。ハロルドたちなら大丈夫だから、待ってよう?」
「ああ……そうだな、じゃあテントに戻っておくか、みんななら大丈夫だよな。」
プラムの言葉に従って俺たちはテントに戻る。
小さくて下の石のせいでちょっとばかりゴツゴツする布団ではあるけど、座り込んだ俺の膝の上にプラムも座ってくる。
「……お母さんさ、私に謝ったんだ。『助けてあげられなくてごめん。迎えに行ってあげなくてごめん。お母さんなのに』って。泣いてた。悪いのは言いつけを守らず外で遊んでたわたしなのに。」
「それは、謝るし、泣くだろ。」
可愛い一人娘が浚われたのを自分も危険だからと指をくわえて見ていることしかできず、危険な王国を一人でうろつくこともできなかった、悔しかっただろうし申し訳なかっただろう。
「そうかな……でも、だからあたし言ったんだ。今はわたしは幸せだよ、お母さんにまた会えてうれしいよって。そしたら『お母さんも嬉しいよ』って笑ってくれた。」
どうしていいものかわからず、俺は頭を撫でながら
「偉いな、お前は。」
と言った、そんな言葉しか出てこない自分が何とも嫌だった。
「えへへ……ご褒美、ある?」
照れたように笑ってから、プラムは俺の顔を見上げてくる。
可愛いというよりも魅力的だった、幼い女の子としてではなく一人の女性として、俺は彼女に魅力を感じた。本当に愛していると確信した。
「わたし、ロットの全部が欲しいよ……?」
甘えるような瞳で、プラムが俺を誘惑してくる。
抗えない、魔性の魅力に、俺は彼女を抱きしめていた。
そしてそこには、何人もの魔物や、人間の男女が集まっていた。
そして俺に情報提供したおばさんもそこに混じっている。
「おかあ……さん?」
魔物の中でも最前列に立って俺たちを見ていたゴブリンを見たとき、プラムがそう言った。
「プラム、おっきくなったね……」
ゴブリンの女性も目を潤ませて、彼女の言葉に答えた。
プラムが信じられない速さで彼女に駆けより、その板胸に飛び込んだ。
「お母さん、お母さん!」
「よしよし、おっきくなっても甘えん坊なのは変わらないね。」
やはり彼女がプラムの母親で間違いないようだ、結構長い間奴隷狩りを逃れてこんな地下に隠棲していたんだろう。最近では旧王国軍の残党もいることだし、あの家を放棄せず地上で生活することは危険極まりないから、妥当ではある。
どのくらいの期間をかけて作り出したのか、地下の洞窟はかなり広そうだ。
プラムとその母親が感動の再開をしていると、見覚えのある眼光鋭い女性が俺に近づいてきた。
「先ほどはすみません。本来なら最初からここにご案内したかったのですが……」
情報提供の女性が俺に向けて頭を下げるが、事情が分かっているし責める気は俺にはなかった。
「内通者を警戒してのことでしょう? 俺たちの後をつけられここが判明してしまったら今度こそ皆さんは旧王国軍に捕縛される。」
「…………はい、だからこそ、発見してくれる可能性に賭けさせていただきました。入口の一つでありプラムの実家であるあの家の戸を開け、そこに飛び込んできてくださるように下準備だけをして。」
危険な賭けだ、もし上手く行かなかったら俺とプラムが完全に終わっていた。
だが、そのおかげで大事な収穫を得ることができた、クルツを裏切っている内通者が誰なのかもわかったし、旧王国軍と知事に袖の下のつながりがあることも判明した。
証拠を握ることでもできれば最上だったとはいえ、そこまでは高望みだろう。
何よりも、一番大事なこととしてプラムが母親と再会することができた。
本当に心から俺にはそれが何よりもうれしいことだ。
しかしその一方で、気になることもある、彼らのことだ。
「あんたたちは『何』なんだ? クルツとも現王国軍とも繋がりがないみたいだが間違いなく旧王国軍とは敵対してる。そんな派閥は聞いたことがない。」
「そうですね……『避難民』とでも名乗っておきましょうか、正確な集団名はありません、ここレクターンを中心に、周囲の地域でクルツ人に出会うことなく路頭に迷っていたもの、旧王国軍に目をつけられたものが自然と寄り集まってできた集団です。」
女性はそう自己紹介をすると俺に一度頭を下げた。
いくらクルツ人が数人の優秀な人間を募って外邦に困窮者や魔物の捜索と救助、内情調査に行っていたとしてもすべての人間を見つけられるはずはない。
そう言った悪く言えば「漏れてしまった」人たちの中で、少しでも安全に生きられるように自助努力をした集団が彼らなんだろう。
「ここは、天然洞窟なんですか?」
ちょっと聞いてみたかったので聞いてみる、たぶん違うだろうとは思うが、一応聞いてみてもいいかとも思ったからだ。
「いえ、我々が三年以上かけて掘り進めたものです、あの都市で隠れ住むのでは限度があるため。レクターンのスラムに三か所と外の森や枯れ井戸などに三か所の通路があります。」
よくそんなことをして見つからなかったもんだ、足の下で誰かが穴掘ってたら誰かが気にするものだと思うが、意外に気が付かないものなんだろうか。
そういやこの一帯、地下に水脈がある可能性が高い地域なんだったか、勿論この洞窟もどこかで水脈に行きついてるんだろう。
「女王戦争では我々の一部も戦いに参加しました、その時にここにいた多くの仲間がここを去り喪った家族のもとに向かったり、または新天地を目指していったのです。」
「貴方がたはなぜここに? 一緒に去ろうと思わなかったんです?」
寂しそうに語る女性に向け俺は何となく聞いてみた。
「クルツに向かうことすら恐れここにとどまったのは行く宛がないものばかりです、プラムさんの母親。エルテさんはここに残ることを自分で選んだ数少ない魔物の一人ですね。」
そう女性は語ったが俺は違うと思う。
ここを捨てたくなかった人の方が多いんだろう、この国では土地なら少し余ってるくらいのようだから行く宛がなくともどこかほかの場所で生活基盤を立てるくらいならできそうだし、長年みんなで協力して過ごしてきたのなら愛着もあるだろう。
どうやって食事をとっていたのかとか生活をどうやりくりしてたとか聞いてみたいことはいろいろあるがその前に、ハロルド氏やクルツの一行に伝えないといけないことがある。
クルツ人に潜り込んだ、または生まれた裏切り者のことだ。
厄介なことに俺には通信手段がない。
「プラム、少しいいか?」
母親のエルテさんと長々とお話していたプラムに声をかける。
「あ、お母さん、この人が私の旦那様の、ロット。」
「あらあら、娘がお世話に。」
「いえこちらこそ、ってそうじゃなくてだな、プラム、ハロルドさんと連絡できるか?」
そう尋ねるとプラムは連絡に使っていた木の板を取り出した。
「えっと、確かこうやって。」
木片の表面に描かれた線の一部をプラムが指でなぞると、木片の線が光り出す。
「ハロルドにつなげて。」
その言葉を合図に光の線が一つの形を作る。
「ハロルド、聞こえる? ロットが話したいことがあるって。後……私のお母さん、見つかったの。会えた」
そう言ってからプラムは俺に「はい」と木片を手渡す。
『やあロット、プラムのお母さん見つかったんだって?』
「ええ、あの情報提供してくれたおばさんと一緒にいました。それよりも、ドヴィー……本名ルドヴィッヒはそっちにいますか?」
クルツ自治領開拓局の役員だと名乗る男ドヴィー。
俺やプラムが地下室で聞いた声は、明らかにあの男だった、クルツから情報を流しているのがあの男ならば拘束しておかなくてはいけない。
『……なんで、ドヴィーの本名を聞くんだい?』
「賢明なハロルドさんならわかるでしょう……あいつ、裏切り者です。旧王国軍の残党に、キサラギ監査官がここに来て貴方と接触しているという情報を伝達していました。」
俺がそう言うと、ハロルド氏は少し息をのんだ。と思う。
「そっか……なるほど。妙に姿を勝手に消すことが多いと思ったらそう言うことだったのか、僕が数回貧民街を探っても何も見つからないはずだ、先回りして情報を得たうえで隠れてたんだ。」
ハロルド氏は「気づかなかったな。ありがとう」と言って通信を切った。これでたぶん、ドヴィーが捕獲されるのは時間の問題のはずだ。
ただ問題は……
「お話終わった? ……じゃあ、そろそろ行くね、お母さん。」
俺の思考を遮りそう言って、少し名残惜しそうではあるがプラムは立ち上がった。
「クルツに帰るのか? お母さんと一緒にいなくていいのかよ。」
「うん、お母さんとはまた会えるから。今はクルツが、私のおうちだから。」
そう言って涙を拭いてから、プラムはもう一度エルテさんと握手をして俺のところまで歩いてきた。やっぱり特に意識もしないうちに手が出て、プラムもその手を握り返してくれる。
「スラムの出口から出るのは危険でしょう、こちらへ、他の出口へ案内します。」
そう言ってくれた若い男性の後をついて洞窟を進んでいく、しばらく歩くと徐々になだらかな坂になっていき、やがて枯れ井戸の底のような、いや枯れ井戸の底なんだろう、円筒状の空間に出る。
しっかりした梯子が立てかけられていて、昇って外に行けそうだ。
「プラム先行け、落ちたら助けてやる。」
迷いなくプラムを先に行かせる、胸が邪魔でそんなに簡単に登れないだろうし、俺はあの程度なら問題なく上まで行ける自信があるからプラムを先に行かせるべきだろう。
そしてプラムが三度ほど落下しかけ、一度本当に落下してきたのを受け止めてようやく昇りきると俺も昇っていくことにした。
外に出ると俺たちがいたのは確かに人が一人もいない廃村の枯れ井戸、森の中にあるようだが年からこんなに近いのによく打ち棄てられたものだ。いや、むしろ近いからこそ容易に打ち棄てられたのか。都市に移り住んでしまえば大丈夫だもんな。
「どっちに行けばいいか、わかるか?」
どっちに行けばクルツのキャンプかわからないので、とりあえずプラムに聞いてみると俺に続いて上がってきた男が、
「あちらです、レクターンの城壁が見えますよね? およそその反対側にクルツの駐屯地があります。」
そう言ってくれた男性の言葉に従い俺たちは歩いていく、レクターンの城壁を大きく回っていくと確かにそのうちクルツの駐屯地に着いた、そしてハロルド氏に報告しようとうろついていると、
「あ、貴方がロットさんですね?」
短い黒髪を自然に流した、俺より少し若いくらいの女性と少女の中間あたりの女が声をかけてきた。白い、質素だが確かな腕で作られた装飾の施されたスカートタイプの軍服でスカートの下にはスパッツを履いている。
左右の腰に携えた二本の剣も、腕のいい刀匠の作品だろう。
「自己紹介が遅れました、私は『王の目』の隊長キサラギです。」
「……イグノーの傭兵、ロット・イレントだ。よろしく。」
丁寧な口調で自己紹介してきたキサラギ監査官と名乗る女性に俺も自己紹介をする。
思ってたよりずいぶん若い、というか俺より年下くらいじゃないのか?
しかしキサラギ監査官に他の王の目の隊員らしき青年二人が深々と頭を下げているあたり、嘘ではなさそうだ。異世界からやってきた戦士と聞いてそこそこの年齢に達していると思い込んでた俺が浅はかだったんだろうか。
「帰ってきたね、ドヴィーはもう縛り上げてあるよ。」
ハロルド氏が妙ににこにこしながら俺に声をかけてくる、怖いっつの。
棒で示された先を見てみると確かにぐるぐる巻きにされて伸びているドヴィーの姿がそこにあった、伸びたのが先がぐるぐる巻きにされたのが先か。
「『ちょっと用事があるんだけどドヴィー』って言ったら逃げようとしたから気絶させてその間に縛っておいた。」
なるほど伸びたのが先か。
「ほら起きるんだ、クルツを、僕たちを裏切った理由を聞かせてもらおうじゃないか。」
ハロルド氏がそう言って軽くドヴィーの頭をぶつと、ドヴィーが目を開く。
「裏切ってねーよ。もともと俺は、そいつを手に入れるためにクルツに入り込んだだけだからな。」
悪びれもせずそう答えたドヴィーの視線の先にいるのは、俺。
いや、その後ろに隠れたプラムだった。
「……思い出したよ、わたし、ドヴィーとはずっと前に会ってた。奴隷狩りに檻の中に入れられてあちこち回ってた私を、盗もうとした男。」
「奴隷を盗む? それはつまり、助けようとしたってことか?」
そう言った俺に対して迷わず首を縦に振ったドヴィーだったが、ハロルドさんは全く違うと言いたげな顔をしている、そしてまたプラムが口を開く。
「違う、ドヴィーは、私のこと奴隷にして好きに犯そうとしてた。それに言ってたもん『どうせ高くて買い手のつかない希少種なんだし盗んでも罰あたんねーよな』って。」
「……要するに金がなくて買えないから盗もうと思ったと。魔物を平然と奴隷にする奴隷狩りも奴隷狩りならこいつもこいつだな。」
呆れたクズっぷりだ、こんなやつが奴隷として扱われていた頃のプラムを買ってしまわなくてよかったと本気で思う。絶対にプラムを幸せになんかできなかっただろう。
そして嘘もばれ完全に裏切り者と扱われ始めたドヴィーがまた口を開く
「金を奪って回って奴隷市場を見直していなくなってたときは愕然としたぜ、あの値段を出す奴がいるなんて思わなかったからな。けど神様は俺を見離しちゃいなかった。」
クククと含み笑いを始めたドヴィーに向けて非難の目が集中するが、誰も何も言わない。
言い訳は期待できそうにないしさっさと黙らせて反乱分子の掃討に当たるべきと思うが、どうしたもんだろうか。
「話に聞いたクルツ、いるかもしれないと行ってみたらドンピシャだ。最高だったぜ。」
「そうか、もう結構。」
ハロルド氏が棒を大きく振りかぶって、一気に撃ち下ろす。
バゴンと鈍い音がしたと思ったら、ドヴィーの目の前の地面が大きくえぐれている。
「君の処分は追って伝える、言い残しておくことが何かあるなら帰ってきてから伝えてよ。」
そう言い残してハロルド氏がみんなの方を振り向くと、
「今から、『王の目』と共同でレクターン市知事の査察及び旧王国軍残党の掃討に向かう。当初の予定通り、待機人員はここで待機していること。じゃあ、行くよ。」
言い放たれたその言葉と同時に全員が各々必要な行動を始める、俺はどうしたものかと混乱しているとプラムが袖をつかんで
「わたしたちは、待機。ハロルドたちなら大丈夫だから、待ってよう?」
「ああ……そうだな、じゃあテントに戻っておくか、みんななら大丈夫だよな。」
プラムの言葉に従って俺たちはテントに戻る。
小さくて下の石のせいでちょっとばかりゴツゴツする布団ではあるけど、座り込んだ俺の膝の上にプラムも座ってくる。
「……お母さんさ、私に謝ったんだ。『助けてあげられなくてごめん。迎えに行ってあげなくてごめん。お母さんなのに』って。泣いてた。悪いのは言いつけを守らず外で遊んでたわたしなのに。」
「それは、謝るし、泣くだろ。」
可愛い一人娘が浚われたのを自分も危険だからと指をくわえて見ていることしかできず、危険な王国を一人でうろつくこともできなかった、悔しかっただろうし申し訳なかっただろう。
「そうかな……でも、だからあたし言ったんだ。今はわたしは幸せだよ、お母さんにまた会えてうれしいよって。そしたら『お母さんも嬉しいよ』って笑ってくれた。」
どうしていいものかわからず、俺は頭を撫でながら
「偉いな、お前は。」
と言った、そんな言葉しか出てこない自分が何とも嫌だった。
「えへへ……ご褒美、ある?」
照れたように笑ってから、プラムは俺の顔を見上げてくる。
可愛いというよりも魅力的だった、幼い女の子としてではなく一人の女性として、俺は彼女に魅力を感じた。本当に愛していると確信した。
「わたし、ロットの全部が欲しいよ……?」
甘えるような瞳で、プラムが俺を誘惑してくる。
抗えない、魔性の魅力に、俺は彼女を抱きしめていた。
13/04/14 14:38更新 / なるつき
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