ウェンディゴと人間
―――ウェンディゴと呼ばれる魔物が存在する
これから語られる物語は、ある人には悲劇にも見えるだろうし、ある人には喜劇にも見えるだろう
これは、恋したウェンディゴと恋した人間のささやかな、小さな物語だ
〜〜〜
ある雪山に小さな集落がいくつかありました
その集落と集落を繋ぐ、配達人が何人かいました
そんな配達人の一人はいつも、誰かの視線を感じていました
吹雪の時、まるで直ぐ後ろに誰かが居てくれている様な、安心感の様な、不安のような、よく解らない気配でした
また、そんな気配と一緒に聞こえてくる声があります
「そっち…危ないよ」
「今日は…こっちの方が早くいけるよ」
「…いつも、お疲れ様」
鈴のような、とは陳腐と思ってしまいますが、そんな綺麗な少女の声が聞こえてくるのです
―――配達人の気配の正体は、ウェンディゴでした
彼女は小さい時に見掛けた彼に一目惚れしていました
ですが、ウェンディゴは恥ずかしがり屋が多く、また雪山には他にも魅力的な魔物娘がいました
彼女は、配達人の彼を見守れるだけで、その恋心を紛らわしていました
―――最も配達人も、ウェンディゴの事は知らない訳ではありません
しかし、彼はウェンディゴを見かけた事がない為、本当かどうかは他の魔物娘に聞くしかありません
ですが、他の魔物娘は微笑んだり、笑ったりで答えてくれません
そんな配達人が、ウェンディゴの彼女を見かける機会が与えられました
―――決して喜ばしい事ではありませんが、彼は吹雪の中で遭難してしまったのです
その日の配達物の量は今までより多く、時間が掛かるものでした
また、仲間達も普段の疲れが出てしまっていた為、彼はより多く自分で引き受けたのです
彼は焦っていました
―――このままでは、配達物がだめになってしまう
その配達物の中には食料は勿論、手紙などもあります
それが人の手に渡された時の笑顔…それが彼の原動力でもあります
ですが、今この吹雪では動く事もままなりません
意識も遠くなるかも知れない…このまま倒れて死ぬかもしれない…
そんな恐怖の中、あの声が聞こえてきました
「大丈夫?」
その声と共に、誰かが自分を抱きしめてくれたのがわかりました
「寒くない、寒くないよ…」
抱きしめてくれながら、彼女は耳元で彼を励まします
「少し休んだら…また動けるよ…私が案内するから…がんばって」
そんな声に元気付けられ、彼は感謝を述べようとします
「ありがと―――」
ですが、動けるようになったと思った瞬間、その温もりは消えてしまいました
そして、いつものように道案内が始まりました
どの位歩いたのかわかりません
が、他の集落にたどり着くことが出来ました
同じ位に、吹雪が落ち着き始め、視界もよくなりました
「たどり着けたよ…」
彼は普段ならそのまま礼を言って集落に向かいます
が、今回はそうはしませんでした
「ありがとう」
そう言いながら、振り向いたのです
―――そこには、外套を身に包んだ少女が立っていました
分厚く、本来なら顔も見えない位に着込んでいる外套です
ですが、愛の神エロスが悪戯でもしたのでしょうか?
―――一瞬、強い風が吹きました
その風で顔の部分だけ外套が脱げてしまいました
―――ウェンディゴにとって全てが一瞬の出来事でした
普段と違う彼の行動、一瞬の強風…
彼女は気が付いたらその場から直ぐにいなくなっていました
―――彼に顔を見られた!
その事が恥ずかしく、その場から逃げてしまったのです
その後は直ぐに近くの樹にもたれかかりました
配達人は集落について、配達物を配っていました
が、配達物を配りながら出てくるのは、あのウェンディゴの顔でした
強風で外套がめくれて見えたその顔はまだ幼さを残しながらも美しいという言葉が似合う、素敵な女性に見えたのです
一瞬、たった一瞬しか見られなかったとしても、その思いは変わりません
また、彼女が抱きしめてくれた所が、妙に寒く感じました
それがウェンディゴの力なのかはわかりません
それでも…
あの一瞬見えた彼女の笑顔を―――
いつも聞こえるあの声で自分の名を―――
彼女の温もりを自分のものに―――
そんな願望が募っていきました
何日か立ち、配達人は雪山に入っていきました
ウェンディゴを探す為です
雪山にはグラキエスやイエティといった様々な魔物娘が居ます
彼女達に聞けば、あのウェンディゴに会えるかも知れない
そんな思いから、雪山に入り、彼は様々な魔物娘に話を聞いていきます
が、返ってきた答えは空振りな物ばかりでした
「どこに住んでいるかは知らない」
そんな答えに困り果て、さらに雪山の奥に歩を進めます
吹雪になりそうなのに、彼は歩を止めません
傍から見たら、狂って見えるでしょう
ですが、それだけ彼は真剣でした
「これ以上は吹雪であぶないよ…」
その声は、待ち望んでいたあのウェンディゴの声でした
「だから…引き返そう?」
「…いやだ」
ウェンディゴは驚きました
彼が反応し、反論したのは今回が初めてだったからです
「僕は…君を探しに来たんだ!君を見ずに…君を抱きしめずに帰れるか!」
彼はこの時から、ウェンディゴにとり憑かれていたのかもしれません
ですが、今この場に居るのは彼とウェンディゴだけ…
彼は振り向き、彼女を見つけます
「あの時君が抱きしめてくれてから…ずっとなにか足りないんだ…」
彼は力強く彼女を抱きしめます
―――この場で放せば、二度と会えなくなると言わんばかりに、です
「お願いだ…君と一緒に居させてくれ…」
腕の中のウェンディゴは顔も全て外套で覆っており、表情がわかりません
本来、ウェンディゴはそういったものです
「私で…いいの?」
そう言いながら、彼女は外套を外し―――
「私が…一緒でいいの?」
その素顔を彼に見せます
白い髪に、独特な角
幼さを残しながらも美しいその顔は、喜びからか涙に濡れています
「君が、良いんだよ」
そんな彼女に、彼はキスをし―――
雪山に消えていきました
〜〜〜
え?この後二人がどうなったのか?
そんな事は誰にも解らないよ
集落から配達人が一人消えたんだから、割と集落では大変だったらしいよ
…いや、吹雪限定で手伝ってくれる、魔物娘がいたからそうでもないんだったか…
まぁどちらにしても人一人と魔物娘一人が居なくなった
それがこの物語の結末なんじゃないかな?
…え?あの客外套が大きすぎないかって?
さぁな?人のことを興味本位で調べないほうが身のためだぜ?
…ささっ、今夜も冷え込むからね
気をつけて、夜をすごすんだよ
これから語られる物語は、ある人には悲劇にも見えるだろうし、ある人には喜劇にも見えるだろう
これは、恋したウェンディゴと恋した人間のささやかな、小さな物語だ
〜〜〜
ある雪山に小さな集落がいくつかありました
その集落と集落を繋ぐ、配達人が何人かいました
そんな配達人の一人はいつも、誰かの視線を感じていました
吹雪の時、まるで直ぐ後ろに誰かが居てくれている様な、安心感の様な、不安のような、よく解らない気配でした
また、そんな気配と一緒に聞こえてくる声があります
「そっち…危ないよ」
「今日は…こっちの方が早くいけるよ」
「…いつも、お疲れ様」
鈴のような、とは陳腐と思ってしまいますが、そんな綺麗な少女の声が聞こえてくるのです
―――配達人の気配の正体は、ウェンディゴでした
彼女は小さい時に見掛けた彼に一目惚れしていました
ですが、ウェンディゴは恥ずかしがり屋が多く、また雪山には他にも魅力的な魔物娘がいました
彼女は、配達人の彼を見守れるだけで、その恋心を紛らわしていました
―――最も配達人も、ウェンディゴの事は知らない訳ではありません
しかし、彼はウェンディゴを見かけた事がない為、本当かどうかは他の魔物娘に聞くしかありません
ですが、他の魔物娘は微笑んだり、笑ったりで答えてくれません
そんな配達人が、ウェンディゴの彼女を見かける機会が与えられました
―――決して喜ばしい事ではありませんが、彼は吹雪の中で遭難してしまったのです
その日の配達物の量は今までより多く、時間が掛かるものでした
また、仲間達も普段の疲れが出てしまっていた為、彼はより多く自分で引き受けたのです
彼は焦っていました
―――このままでは、配達物がだめになってしまう
その配達物の中には食料は勿論、手紙などもあります
それが人の手に渡された時の笑顔…それが彼の原動力でもあります
ですが、今この吹雪では動く事もままなりません
意識も遠くなるかも知れない…このまま倒れて死ぬかもしれない…
そんな恐怖の中、あの声が聞こえてきました
「大丈夫?」
その声と共に、誰かが自分を抱きしめてくれたのがわかりました
「寒くない、寒くないよ…」
抱きしめてくれながら、彼女は耳元で彼を励まします
「少し休んだら…また動けるよ…私が案内するから…がんばって」
そんな声に元気付けられ、彼は感謝を述べようとします
「ありがと―――」
ですが、動けるようになったと思った瞬間、その温もりは消えてしまいました
そして、いつものように道案内が始まりました
どの位歩いたのかわかりません
が、他の集落にたどり着くことが出来ました
同じ位に、吹雪が落ち着き始め、視界もよくなりました
「たどり着けたよ…」
彼は普段ならそのまま礼を言って集落に向かいます
が、今回はそうはしませんでした
「ありがとう」
そう言いながら、振り向いたのです
―――そこには、外套を身に包んだ少女が立っていました
分厚く、本来なら顔も見えない位に着込んでいる外套です
ですが、愛の神エロスが悪戯でもしたのでしょうか?
―――一瞬、強い風が吹きました
その風で顔の部分だけ外套が脱げてしまいました
―――ウェンディゴにとって全てが一瞬の出来事でした
普段と違う彼の行動、一瞬の強風…
彼女は気が付いたらその場から直ぐにいなくなっていました
―――彼に顔を見られた!
その事が恥ずかしく、その場から逃げてしまったのです
その後は直ぐに近くの樹にもたれかかりました
配達人は集落について、配達物を配っていました
が、配達物を配りながら出てくるのは、あのウェンディゴの顔でした
強風で外套がめくれて見えたその顔はまだ幼さを残しながらも美しいという言葉が似合う、素敵な女性に見えたのです
一瞬、たった一瞬しか見られなかったとしても、その思いは変わりません
また、彼女が抱きしめてくれた所が、妙に寒く感じました
それがウェンディゴの力なのかはわかりません
それでも…
あの一瞬見えた彼女の笑顔を―――
いつも聞こえるあの声で自分の名を―――
彼女の温もりを自分のものに―――
そんな願望が募っていきました
何日か立ち、配達人は雪山に入っていきました
ウェンディゴを探す為です
雪山にはグラキエスやイエティといった様々な魔物娘が居ます
彼女達に聞けば、あのウェンディゴに会えるかも知れない
そんな思いから、雪山に入り、彼は様々な魔物娘に話を聞いていきます
が、返ってきた答えは空振りな物ばかりでした
「どこに住んでいるかは知らない」
そんな答えに困り果て、さらに雪山の奥に歩を進めます
吹雪になりそうなのに、彼は歩を止めません
傍から見たら、狂って見えるでしょう
ですが、それだけ彼は真剣でした
「これ以上は吹雪であぶないよ…」
その声は、待ち望んでいたあのウェンディゴの声でした
「だから…引き返そう?」
「…いやだ」
ウェンディゴは驚きました
彼が反応し、反論したのは今回が初めてだったからです
「僕は…君を探しに来たんだ!君を見ずに…君を抱きしめずに帰れるか!」
彼はこの時から、ウェンディゴにとり憑かれていたのかもしれません
ですが、今この場に居るのは彼とウェンディゴだけ…
彼は振り向き、彼女を見つけます
「あの時君が抱きしめてくれてから…ずっとなにか足りないんだ…」
彼は力強く彼女を抱きしめます
―――この場で放せば、二度と会えなくなると言わんばかりに、です
「お願いだ…君と一緒に居させてくれ…」
腕の中のウェンディゴは顔も全て外套で覆っており、表情がわかりません
本来、ウェンディゴはそういったものです
「私で…いいの?」
そう言いながら、彼女は外套を外し―――
「私が…一緒でいいの?」
その素顔を彼に見せます
白い髪に、独特な角
幼さを残しながらも美しいその顔は、喜びからか涙に濡れています
「君が、良いんだよ」
そんな彼女に、彼はキスをし―――
雪山に消えていきました
〜〜〜
え?この後二人がどうなったのか?
そんな事は誰にも解らないよ
集落から配達人が一人消えたんだから、割と集落では大変だったらしいよ
…いや、吹雪限定で手伝ってくれる、魔物娘がいたからそうでもないんだったか…
まぁどちらにしても人一人と魔物娘一人が居なくなった
それがこの物語の結末なんじゃないかな?
…え?あの客外套が大きすぎないかって?
さぁな?人のことを興味本位で調べないほうが身のためだぜ?
…ささっ、今夜も冷え込むからね
気をつけて、夜をすごすんだよ
15/07/15 09:14更新 / ネームレス