その1
ここはミズガルズ砦と呼ばれている。
魔王軍領地と教会領の境界近く。
私はヨルムンガンド。
誇り高き竜族にして神話の時代から永劫とも思える時を生きている。
本来であれば魔界でゆるりと過ごすものを魔王閣下の命により人間との戦に駆り出されている。
ここミズガルズ砦は魔王軍にとっても人間共にとっても要衝であるために私が遣わされている。
頻繁に人間共の侵攻こそあるものの私にとっては児戯に等しき力。
来るたびに蹴散らしている。
にも関わらず繰り返し侵攻してくるのはここが魔界へ通じる地であるためか。
それとも神々に匹敵するとも言われる私の力をもってしても未だ倒しきれないあの人間がいるためか・・・
「敵襲!敵襲です!!」
斥候からの知らせが耳に届く。小さき者共が今日も我が炎に焼かれに来たか・・・
私は砦内大広間にてそっと目を開く。
この砦には私が配置されたため、私以外の戦力は薄い。
小さき者共は直ぐにこの大広間へとやってくるだろう。
前回は魔法使いの集団だったか。
その前は戦士の集団だったか。
いずれにせよ我が炎の前には塵と化し、我が毒の前には溶け、我が爪の前には肉塊となる。
あの忌々しい人間さえいなければ・・・・!
「今日こそ主神の名において貴様を討伐してくれる!!黒竜よ!」
いつものように主神教の僧侶と思しき者ががなりたてる。
毎回聞いているが貴様らはろくに私に傷すら付けられないではないか・・・
「な、なんという巨大さ・・・あの傷一つない漆黒の体・・・なんと禍々しい・・・」
ふん、私を初めて見る者はそう言うな。
「人間共よ・・・また焼かれに来たか?」
「き、今日こそはこの砦を渡してもらおう!行け、神の使徒たちよ!!!」
勝てぬことが解っていながら向かってくるとは・・・呆れた奴らよ。
私は次の句を待つことなく我が煉獄の炎を吐き出す。
人間ごとき、一瞬で塵に帰す我が炎。しかし私には確信があった。
ゴォォォォ・・・
「フン・・・こんなものでは届かないことは知っている。忌々しい人間め・・・!」
炎により引き起こされた粉塵の中で人間共の前に長身の男が姿を現す。
「よく解っているじゃないか、黒竜。今日も遊ぼうぜ?」
「馴れ馴れしいのだ。貴様さえいなければ私は人間共を殲滅して魔界に帰れるものを・・・」
「やってみろよ。できるもんならな!」
そのやりとりを合図に、神聖魔法による加護がかかった人間共が我に向かってくる。
後方では魔法使い共が詠唱をしているな。
どの道私に傷を負わせることなど出来はしない。
この忌々しい、人間を除いて・・・!
私は尾を振り、爪を振りかざし、炎を吐いて人間共を蹴散らす。
「行くぜ・・・!」
人間が背中から長い得物を抜き、斬りかかってきた。
東国の刀とかいう変わった武器か。
今日こそ貴様を葬ってくれるぞ、人間め・・・・!
「閣下、本日も奴らを撃退できました。これも閣下の・・・」
「世辞はいらぬ。彼奴らは完全に撤退したのか?」
「はっ。しかしながら、被害は多くない模様であります。」
「よい、知っている。あの忌々しい人間が来てからというもの、彼奴らはしぶといのでな・・・」
今日も人間共に与えた被害は多くない。
以前より戦闘後の私の傷も増えた。
直ぐに治るものとは言え、人間ごときに付けられたと思うと忌々しさが増す。
「いつかその喉掻っ切ってくれる・・・・!!」
忌々しいはずの私の声になぜか喜色があることに気付いた。
いつ以来であろうか。
私が全力で戦う相手など・・・
私の役目はここで人間共の足止めをすること。
その役目を忘れてしまいそうなほど、あの人間と戦うことは私の闘争本能を満たしてくれる。
私が永劫の時を生きてきたのはあの人間と出会い、殺しあうためだったのか、と
そう感じてしまうほどあの人間との戦いは私を満たしてくれる。
奴を殺した時の恍惚を思い浮かべ、私は今日もそっと目を閉じた・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「戦士トールよ、今日も貴方の働きであの神敵との戦いが行えました。
討伐せしめることはできませんでしたが、回を追うごとに優勢になっています。」
「いえ。今日も奴を倒すことができませんでした。次回こそ奴を仕留めて見せます。」
「おお、なんと心強い言葉。次の働きにも期待していますよ、戦士トールよ。」
「仰せのままに。」
オレは司祭の部屋を去った。
オレはトール。傭兵だ。
人殺しは好きじゃないから専ら魔物専門。
魔物もできれば殺したくはないんだけどな。
「お〜い、トール!」
同僚からお呼びがかかった。
「今日も凄かったな、トールの活躍!」
「よせよ、今日も大して奴にダメージ与えられなかったしな。」
「いや、お前が来てから、黒竜討伐での死者がグッと減ったんだ。
怪我人だって少なくなった。」
「できれば誰にも死んでほしくはないからな。死者は極力出さないようにしてるんだよ。」
「ハハッ、また始まったか。」
「いや、本当は傭兵なんてやりたくないんだけどなぁ。」
「それだけ強い力を持っているのにお前は変わってるな。」
「力があるから仕方なく、さ。本当はゆっくり暮らしたいんだけどな。これが一番儲かるからな。」
そう、これは本音。
「でもお前、今日も楽しそうだったぜ?」
「あぁ、あいつと戦うのは楽しいなぁ・・・今までオレに敵う奴になんて会ったことなかったんだけどな。
あいつが初めてだ。こんなに倒せないのは・・・」
「楽しむのもいいけど程々にしてくれよ?司祭殿に聞かれたら怒られちまう。」
「解っているさ。次こそ仕留めてやるよ。」
「頼むぜ?」
同僚とハイタッチをして部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。
黒竜。奴がどう思っているか知らないが、戦うことで見えてくるものがある。
美しい漆黒の体。
こちらを睨めつける強い眼光。
非戦闘員は襲わない。
必要以上に殺さない。
逃げるものは追わない。
神々に等しいクラスの魔物ってことだが・・・
あの堂々とした誇り高い姿を思い出すと胸が熱くなる。
戦いなんて雑魚を狩るものだと思っていた。
物心ついた時には、オレは敵なしだった。
心配した両親がオレを診せた医者は言っていたよ。
超人だと。
力自慢のミノタウロスすら軽々ひねる力。
強力な魔法を連発できる魔力。
にも関わらず、コカトリスすら追い抜く脚力。
一体なぜこんな力を持って生まれたのかはわからないが・・・
あの竜相手ならオレは本気で戦える。
それが楽しくて仕方なかった。
勝手な思い込みかもしれないが、黒竜も同じなんだろう。
戦っている間、あいつはいつも嬉しそうに見える。
竜の表情なんてよくわからないけど。
いつか決着をつけてやる。
それが、あんなことになるなんて・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ん・・・」
私は目を覚ました。
ここは魔界。
正確に言うと、魔界と化した元レスカティエ教国の古城だ。
魔王閣下交代の後、我々魔の者は姿を変えられた。
それにより、私は・・・人間の女の姿に近しき姿となった。
私は新魔王閣下に配置転換を願い出て、兼ねてからの望みどおり魔界と化したレスカティエにて
悠々自適の生活を送っている。
自室のドアをノックする音が聞こえた。
「入って良いぞ。」
「・・・ヨルムンガンド様。おはよう・・・ございます。」
この城に住むこととなった時に与えられたメイドであるゾンビのウリル。
無口だが、言われたことはきっちりこなす。
静けさを好む私のメイドとしてはうってつけの人材である。
短いが艶のある黒髪に大人しい少女のような顔立ちに、
均整のとれた体をやけに露出の多いメイド服に包んでいる。
「うむ、おはよう。」
返事をして執務のため、私は部屋を出た。
午前中は朝の紅茶を飲みながら城主としての執務を行う。
竜形であった時には飲まなかったが、存外悪いものでもないな。
「本日の報告に上がりました。」
「入れ。」
ドアを開けて入ってきたのはリザードマンのティール。
この城及び領内の警備長である。
リザードマンらしく、真面目で剣の腕が立つ。
茶色がかった髪を肩のあたりで切り揃え、ややもすると少年とも見える勝気な容貌をしている。
ゾンビメイドのウリルとは違い、露出が少ない鎧に見を包んでいるが、
その下にはウリルよりも豊満な体が隠れていることは隠しきれていない。
「本日、領内にて教会勢力と思しき人間を見かけた者がおりましたが、逃げられてしまいました。
引き続き付近を捜索中です。」
「お前たちが逃がすとは珍しいな。」
「申し訳もありません。発見し次第、捕らえてご覧に入れます。」
「うむ。任せた。」
「ヨルムンガンド様、失礼します。」
「入れ。」
今度入ってきたのは、ダークエルフのフレイヤ。
私の統治における右腕であり、優秀な魔術師でもある。
やや奔放なところこそあるものの、柔軟な思考と高い魔力で我が統治を盤石のものとしてくれている。
銀色の長髪に妖艶さの漂う顔つき。
こちらはティールの引き締まった豊満さとは違い、女性らしさが溢れでた豊満さを隠すことなく
露出の多い私服を着用している。
「昨日ご指示のあった人間達の領内における動向についての報告書を作成しましたのでご確認ください。」
「うむ。目を通しておく。」
こうして領主として穏やかな日々を送っていると、ふとあの闘争の日々が懐かしくなる時がある。
しかしあの日々はもう帰ってはこない。何より、こうして穏やかな日々を送ることは私自身が望んだことでもあるのだ。
あの男はどうしているだろうか。
名前も知らぬまま、再戦することもなくなってしまった。
あの男の強さなら、勇者として名を馳せているだろうか。
それとも、どこかの地でその生命を散らしたか。
はたまた何処かの魔物娘の夫となっているだろうか。
少し胸が痛む。再戦できないことがこんなに残念であるとは・・・
しかし、こんな人間の女のような姿をあの男に晒したくはなかった。
私は誇り高き竜のまま、あの男の元を去りたかったのだ。
こんな姿をあの男に晒して、あの男が失望する顔を見たくはなかったのだ。
闘うことを通して好敵手となった相手を失望させたくなかったのだ。
人間にしておくには惜しい、心身共に強き男だった・・・
何とも情けないものだ・・・永劫の時を生き、神々に匹敵する力を持つとも言われたこの私が・・・
独り自嘲しながらフレイヤの報告書に目を通す。
「ふむ・・・?」
最近レスカティエ内に人間の男が入り込んで各所で暴れまわっているらしい。
単身であるためか、領地を奪われたりすることもなく、また怪我人こそ大量に出ているものの
死亡した者はいないということだ。
しかしいつ何が起こるかわからない。強い力を持つ者なら特に警戒すべきである。
「通称超人トールか・・・まぁこんなに力を持つ者であれば近々強力な魔物に狙われて堕落するだろうな・・・」
あの男ほどの力を持つ者ならばともかく。あんな人間がそうそういるはずもない。
「しかし妙だな・・・」
ここレスカティエは既に魔界と化しているため、人間の侵攻は難しい。
ただいるだけで女はサキュバスに、男はインキュバスになってしまうからだ。
にも関わらず長い間人間のままとは・・・
「当該個体の目的・所属は不明。しかしながら殺意は認められない。以上を勘案し危険度をA とする、か・・・」
そこで報告書は結ばれている。
まぁいい、ここへ来たら私自ら引導を渡してやる。
幸い我が領にも独身の魔物娘達は多い。誰かにくれてやるのもいいだろう。
魔王閣下交代の日以来、魔物は人間の男を欲するようになった。
だが、私はなぜか男を見ても欲情することはなかった。
恐らく精神は昔のままなのだろう。私には不要だ。
そんな平和な生活に突然嵐が訪れようとは、この時の私には想像もつかなかった・・・
魔王軍領地と教会領の境界近く。
私はヨルムンガンド。
誇り高き竜族にして神話の時代から永劫とも思える時を生きている。
本来であれば魔界でゆるりと過ごすものを魔王閣下の命により人間との戦に駆り出されている。
ここミズガルズ砦は魔王軍にとっても人間共にとっても要衝であるために私が遣わされている。
頻繁に人間共の侵攻こそあるものの私にとっては児戯に等しき力。
来るたびに蹴散らしている。
にも関わらず繰り返し侵攻してくるのはここが魔界へ通じる地であるためか。
それとも神々に匹敵するとも言われる私の力をもってしても未だ倒しきれないあの人間がいるためか・・・
「敵襲!敵襲です!!」
斥候からの知らせが耳に届く。小さき者共が今日も我が炎に焼かれに来たか・・・
私は砦内大広間にてそっと目を開く。
この砦には私が配置されたため、私以外の戦力は薄い。
小さき者共は直ぐにこの大広間へとやってくるだろう。
前回は魔法使いの集団だったか。
その前は戦士の集団だったか。
いずれにせよ我が炎の前には塵と化し、我が毒の前には溶け、我が爪の前には肉塊となる。
あの忌々しい人間さえいなければ・・・・!
「今日こそ主神の名において貴様を討伐してくれる!!黒竜よ!」
いつものように主神教の僧侶と思しき者ががなりたてる。
毎回聞いているが貴様らはろくに私に傷すら付けられないではないか・・・
「な、なんという巨大さ・・・あの傷一つない漆黒の体・・・なんと禍々しい・・・」
ふん、私を初めて見る者はそう言うな。
「人間共よ・・・また焼かれに来たか?」
「き、今日こそはこの砦を渡してもらおう!行け、神の使徒たちよ!!!」
勝てぬことが解っていながら向かってくるとは・・・呆れた奴らよ。
私は次の句を待つことなく我が煉獄の炎を吐き出す。
人間ごとき、一瞬で塵に帰す我が炎。しかし私には確信があった。
ゴォォォォ・・・
「フン・・・こんなものでは届かないことは知っている。忌々しい人間め・・・!」
炎により引き起こされた粉塵の中で人間共の前に長身の男が姿を現す。
「よく解っているじゃないか、黒竜。今日も遊ぼうぜ?」
「馴れ馴れしいのだ。貴様さえいなければ私は人間共を殲滅して魔界に帰れるものを・・・」
「やってみろよ。できるもんならな!」
そのやりとりを合図に、神聖魔法による加護がかかった人間共が我に向かってくる。
後方では魔法使い共が詠唱をしているな。
どの道私に傷を負わせることなど出来はしない。
この忌々しい、人間を除いて・・・!
私は尾を振り、爪を振りかざし、炎を吐いて人間共を蹴散らす。
「行くぜ・・・!」
人間が背中から長い得物を抜き、斬りかかってきた。
東国の刀とかいう変わった武器か。
今日こそ貴様を葬ってくれるぞ、人間め・・・・!
「閣下、本日も奴らを撃退できました。これも閣下の・・・」
「世辞はいらぬ。彼奴らは完全に撤退したのか?」
「はっ。しかしながら、被害は多くない模様であります。」
「よい、知っている。あの忌々しい人間が来てからというもの、彼奴らはしぶといのでな・・・」
今日も人間共に与えた被害は多くない。
以前より戦闘後の私の傷も増えた。
直ぐに治るものとは言え、人間ごときに付けられたと思うと忌々しさが増す。
「いつかその喉掻っ切ってくれる・・・・!!」
忌々しいはずの私の声になぜか喜色があることに気付いた。
いつ以来であろうか。
私が全力で戦う相手など・・・
私の役目はここで人間共の足止めをすること。
その役目を忘れてしまいそうなほど、あの人間と戦うことは私の闘争本能を満たしてくれる。
私が永劫の時を生きてきたのはあの人間と出会い、殺しあうためだったのか、と
そう感じてしまうほどあの人間との戦いは私を満たしてくれる。
奴を殺した時の恍惚を思い浮かべ、私は今日もそっと目を閉じた・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「戦士トールよ、今日も貴方の働きであの神敵との戦いが行えました。
討伐せしめることはできませんでしたが、回を追うごとに優勢になっています。」
「いえ。今日も奴を倒すことができませんでした。次回こそ奴を仕留めて見せます。」
「おお、なんと心強い言葉。次の働きにも期待していますよ、戦士トールよ。」
「仰せのままに。」
オレは司祭の部屋を去った。
オレはトール。傭兵だ。
人殺しは好きじゃないから専ら魔物専門。
魔物もできれば殺したくはないんだけどな。
「お〜い、トール!」
同僚からお呼びがかかった。
「今日も凄かったな、トールの活躍!」
「よせよ、今日も大して奴にダメージ与えられなかったしな。」
「いや、お前が来てから、黒竜討伐での死者がグッと減ったんだ。
怪我人だって少なくなった。」
「できれば誰にも死んでほしくはないからな。死者は極力出さないようにしてるんだよ。」
「ハハッ、また始まったか。」
「いや、本当は傭兵なんてやりたくないんだけどなぁ。」
「それだけ強い力を持っているのにお前は変わってるな。」
「力があるから仕方なく、さ。本当はゆっくり暮らしたいんだけどな。これが一番儲かるからな。」
そう、これは本音。
「でもお前、今日も楽しそうだったぜ?」
「あぁ、あいつと戦うのは楽しいなぁ・・・今までオレに敵う奴になんて会ったことなかったんだけどな。
あいつが初めてだ。こんなに倒せないのは・・・」
「楽しむのもいいけど程々にしてくれよ?司祭殿に聞かれたら怒られちまう。」
「解っているさ。次こそ仕留めてやるよ。」
「頼むぜ?」
同僚とハイタッチをして部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。
黒竜。奴がどう思っているか知らないが、戦うことで見えてくるものがある。
美しい漆黒の体。
こちらを睨めつける強い眼光。
非戦闘員は襲わない。
必要以上に殺さない。
逃げるものは追わない。
神々に等しいクラスの魔物ってことだが・・・
あの堂々とした誇り高い姿を思い出すと胸が熱くなる。
戦いなんて雑魚を狩るものだと思っていた。
物心ついた時には、オレは敵なしだった。
心配した両親がオレを診せた医者は言っていたよ。
超人だと。
力自慢のミノタウロスすら軽々ひねる力。
強力な魔法を連発できる魔力。
にも関わらず、コカトリスすら追い抜く脚力。
一体なぜこんな力を持って生まれたのかはわからないが・・・
あの竜相手ならオレは本気で戦える。
それが楽しくて仕方なかった。
勝手な思い込みかもしれないが、黒竜も同じなんだろう。
戦っている間、あいつはいつも嬉しそうに見える。
竜の表情なんてよくわからないけど。
いつか決着をつけてやる。
それが、あんなことになるなんて・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ん・・・」
私は目を覚ました。
ここは魔界。
正確に言うと、魔界と化した元レスカティエ教国の古城だ。
魔王閣下交代の後、我々魔の者は姿を変えられた。
それにより、私は・・・人間の女の姿に近しき姿となった。
私は新魔王閣下に配置転換を願い出て、兼ねてからの望みどおり魔界と化したレスカティエにて
悠々自適の生活を送っている。
自室のドアをノックする音が聞こえた。
「入って良いぞ。」
「・・・ヨルムンガンド様。おはよう・・・ございます。」
この城に住むこととなった時に与えられたメイドであるゾンビのウリル。
無口だが、言われたことはきっちりこなす。
静けさを好む私のメイドとしてはうってつけの人材である。
短いが艶のある黒髪に大人しい少女のような顔立ちに、
均整のとれた体をやけに露出の多いメイド服に包んでいる。
「うむ、おはよう。」
返事をして執務のため、私は部屋を出た。
午前中は朝の紅茶を飲みながら城主としての執務を行う。
竜形であった時には飲まなかったが、存外悪いものでもないな。
「本日の報告に上がりました。」
「入れ。」
ドアを開けて入ってきたのはリザードマンのティール。
この城及び領内の警備長である。
リザードマンらしく、真面目で剣の腕が立つ。
茶色がかった髪を肩のあたりで切り揃え、ややもすると少年とも見える勝気な容貌をしている。
ゾンビメイドのウリルとは違い、露出が少ない鎧に見を包んでいるが、
その下にはウリルよりも豊満な体が隠れていることは隠しきれていない。
「本日、領内にて教会勢力と思しき人間を見かけた者がおりましたが、逃げられてしまいました。
引き続き付近を捜索中です。」
「お前たちが逃がすとは珍しいな。」
「申し訳もありません。発見し次第、捕らえてご覧に入れます。」
「うむ。任せた。」
「ヨルムンガンド様、失礼します。」
「入れ。」
今度入ってきたのは、ダークエルフのフレイヤ。
私の統治における右腕であり、優秀な魔術師でもある。
やや奔放なところこそあるものの、柔軟な思考と高い魔力で我が統治を盤石のものとしてくれている。
銀色の長髪に妖艶さの漂う顔つき。
こちらはティールの引き締まった豊満さとは違い、女性らしさが溢れでた豊満さを隠すことなく
露出の多い私服を着用している。
「昨日ご指示のあった人間達の領内における動向についての報告書を作成しましたのでご確認ください。」
「うむ。目を通しておく。」
こうして領主として穏やかな日々を送っていると、ふとあの闘争の日々が懐かしくなる時がある。
しかしあの日々はもう帰ってはこない。何より、こうして穏やかな日々を送ることは私自身が望んだことでもあるのだ。
あの男はどうしているだろうか。
名前も知らぬまま、再戦することもなくなってしまった。
あの男の強さなら、勇者として名を馳せているだろうか。
それとも、どこかの地でその生命を散らしたか。
はたまた何処かの魔物娘の夫となっているだろうか。
少し胸が痛む。再戦できないことがこんなに残念であるとは・・・
しかし、こんな人間の女のような姿をあの男に晒したくはなかった。
私は誇り高き竜のまま、あの男の元を去りたかったのだ。
こんな姿をあの男に晒して、あの男が失望する顔を見たくはなかったのだ。
闘うことを通して好敵手となった相手を失望させたくなかったのだ。
人間にしておくには惜しい、心身共に強き男だった・・・
何とも情けないものだ・・・永劫の時を生き、神々に匹敵する力を持つとも言われたこの私が・・・
独り自嘲しながらフレイヤの報告書に目を通す。
「ふむ・・・?」
最近レスカティエ内に人間の男が入り込んで各所で暴れまわっているらしい。
単身であるためか、領地を奪われたりすることもなく、また怪我人こそ大量に出ているものの
死亡した者はいないということだ。
しかしいつ何が起こるかわからない。強い力を持つ者なら特に警戒すべきである。
「通称超人トールか・・・まぁこんなに力を持つ者であれば近々強力な魔物に狙われて堕落するだろうな・・・」
あの男ほどの力を持つ者ならばともかく。あんな人間がそうそういるはずもない。
「しかし妙だな・・・」
ここレスカティエは既に魔界と化しているため、人間の侵攻は難しい。
ただいるだけで女はサキュバスに、男はインキュバスになってしまうからだ。
にも関わらず長い間人間のままとは・・・
「当該個体の目的・所属は不明。しかしながら殺意は認められない。以上を勘案し危険度をA とする、か・・・」
そこで報告書は結ばれている。
まぁいい、ここへ来たら私自ら引導を渡してやる。
幸い我が領にも独身の魔物娘達は多い。誰かにくれてやるのもいいだろう。
魔王閣下交代の日以来、魔物は人間の男を欲するようになった。
だが、私はなぜか男を見ても欲情することはなかった。
恐らく精神は昔のままなのだろう。私には不要だ。
そんな平和な生活に突然嵐が訪れようとは、この時の私には想像もつかなかった・・・
12/05/04 05:19更新 / もょもと
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