読切小説
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Would you marry me?
 死にたくない。
 死にたくない。
 死にたくない。
 
 「はぁッ、はぁ、はぁッ……」

 あのまま僕が怖い人に連れて行かれたらどうなるか、想像するだけで叫んでしまいそうだ。
 僕を人間として見ていない、見下したようなあの視線が怖かった。
 がむしゃらに暴れて抵抗して、一歩でも多くあの人たちから逃げたかった。

 「はぁ、はぁ、は、は、はぁッ」

 それは神様がくれたたった一度きりのチャンスだった。両手足を縛って大きな袋の中に入れられた僕を乗せた馬車が、馬の悲鳴と同時に止まった事。そして僕を運んでいた男達が次々といなくなっていった事。
 何があったのかなんてわからないし確かめるなんて恐ろしくて出来なかった。
 真っ暗な袋の中で精一杯もがいて、両足を縛っていた縄がほどけてから滅茶苦茶に動き回って、その時馬車から落ちた。同時に袋から出られたから逃げ出した。
 あてなんて一つもなくて、僕が一体何処へ向かっているのかもわからなかった。もしかしたら僕が運ばれていく予定だった場所へ行っているかもしれないから、馬車が向かおうとしていた場所へは行かずに、かと言って僕が住んでいたあの村へも戻れない。僕はお父さんとお母さんに、モノとして売られたんだから。
 
 「は、は、はッ、はッ、ハァ……ッ!」

 もう随分長い事走り続けている気がする。走り続けてから一度も止まらないままだった。
 一度休憩したかったけれど、その間あの人たちが僕を探しに来るのではないかと思うと僕の足はずっと走り続けようとした。
 胸が苦しい。さっきから呼吸の間隔が短くなっている。
 お腹が痛い。ずっと何も食べていなかったからキリキリと痛み出している。
 汗が止まらない。水も飲まずに走っていて、口の中が乾ききっている。
 
 「はッ、はッ、はッ、はッ、はッ!」

 それでも止まらずには居られなかった。
 何処までも続いていく森をずっと、ずっと。
 今度捕まれば、もう僕の命はないだろう。ただそれだけで僕に残っている全ての力を使って走っていた。
 そう言えば、これだけ走っていても魔物一人いない。ハニービーやホーネット、グリズリーなどの森に住んでいそうな魔物たち。
 彼女達に見つかれば、どうなってしまうだろう。
 …………また僕の中にもう一つ恐怖の種が増えてしまった。

 「は、はぁ、は……うわぁッ!?」

 足が棒みたいになって、もつれて転んだ。両手は縄で縛られたままだから受身すら取れずにそのまま。
 
 「はぁ、はぁ……ん、はぁ……」

 幸い何処も痛くない。
 曇った空を見ながら、大きく胸を上下させて荒くなった呼吸がどんどん収まっていく。
 疲れた。
 一体どれだけの距離は走ったのかわからないけれど、こんなに走った事なんてなかった。
 
 「…………はぁ……はぁ」

 呼吸が元に戻ったら、次は喉の渇きが襲ってきた。
 汗まみれになった僕の服が気持ち悪い。今すぐお風呂に入って新しい服に着替えたい。
 ……でもこんな森の中で服なんてあるはずがない。
 それならせめて、川か湖に飛び込みたい。
 熱くなった僕の身体と汗を冷やしてくれるなら、なんでもよかった。
 
 「…………?」

 ゴロゴロ……という音が聞こえた。
 空?
 そう思った瞬間、僕の顔に一滴の水が当たった。
 次第にそれは次々降った。

 「…………はは」

 なんでもいいとは思ったけれど、まさか雨で身体を冷やす事になるなんて。

 「はは、ははは……っ」

 倒れたまま僕は雨に打たれ、口を開けて飲んだ。水分を欲しがっていた僕には雨が天然の恵みのように感じた。身体も冷えていく。
 …………そろそろ、行かなくちゃ。
 けれどもう走る事は出来そうになかった。足が棒のように固まってしまって歩く事しか出来ない。

 「…………あぁ」

 雨に打たれながらあてもなく歩く僕。
 僕はこれからどうなってしまうのだろう。
 このまま、飢えで死んでしまうのかな。
 嫌だ、な……。

 「はは……ははは……」

 なんだかおかしくなってきた。
 面白い事なんて一つもありはしないのに、僕は笑った。
 いや、違う。
 もう笑うしかなかったんだ。

 「ははは、はははは……ッ」

 そうだよ。
 そうだったんだ。

 「はは、僕があの人たちに連れて行かれて死ぬ事じゃなくって」

 このまま歩き続けて飢えで死ぬ事でもなくて。

 「売られた時に、僕はもう……死んでいたんじゃないか」

 売られた時点で僕の未来は決まっていたんだ。
 僕はもう、死ぬしか…………ないんだ。

 「はは、ははは…………」

 僕は死ぬ。
 このまま死ぬしかない。
 死ぬ以外に道がないんだ。

 「はは…………は…………う、う……」

 それでも。

 「う、うぅぅ……」

 僕は。

 「うぁ、うぁぁぁ……うぁああああああッ!」

 死にたく、ないよ。

 「うぁぁぁああぁぁあああああああーッ!!」

 大声で泣き叫びながら、僕は雨の中歩いていった。



 やがて雨は止んで、雲が切れた先には月があった。
 いつの間にか夜になっていたらしい。
 泣くだけ泣いて、目が腫れるくらいに涙を流した僕はもう何も考える事無く歩き続けた。
 ……お腹がすいた。
 さっきからずっと僕のお腹から音が鳴っている。馬車で運ばれてから、もう二日食べていないはずだ。
 僕がまだあの村に住んでいた頃は、いつも小さなパンと少しの野菜しか食べられなかった。でもお母さんが作ってくれたスープはいつも美味しかった。たまにお父さんがお肉を買ってきてくれた時は本当に嬉しかったなぁ。
 貧しかったって自覚はあったけれど、それでも僕はお父さんとお母さんが好きだったし、毎日が楽しかった。
 でも、僕の見えていない所でお父さんとお母さんは苦しんでいたのかもしれない。
 だから僕は売られて、こうして暗い森の中を歩いているのだろう。

 「…………」

 声すら出ない。
 涙も、もう流しきってしまった。
 地面を見ながら、ただ歩くだけ。
 …………もしかしたら、魔物に出会えば少しは変わるのかな。
 ハニービーの蜂蜜って、凄く美味しいって聞くけど……。美味しいの、かな。
 でも一度も出会うこともなかった。
 なんでかなぁ。
 もしかしたらこの辺に魔物はいないのかもしれない。
 ……魔物の事ばかり考えていたけれど、それ以外に凶暴な動物にも遭遇していない。
 運がいいのか悪いのか、それを考える気力はもう残されていなかった。
 見上げると、満月が僕を見ていた。
 あの月は僕をどう見ているのだろう。
 疲れきった僕の顔はどんな顔をしているだろう?
 ああ、あの月は僕を見て笑っているのかもしれない。
 ……と、近くでがさがさ、と木が揺れた音が聞こえた。
 風はない。とすると近くでフクロウか何かが飛んだのかもしれない。
 こんな森の中だし、居てもおかしくない。それほど気にせずに僕は足を引き摺りながら歩いた。
 がさがさ。
 また音がした。今度はもっと近い場所から。
 
 「…………?」

 「ガァァァアアッ!!」
 「うわあああッ!?」
 
 熊だ。それもとてつもなく大きな熊。
 さっきの音はこの熊が動いていたんだ。そして熊は、僕を……ッ!!
 そう思った時、黒い何かが横切った。月の光に反射した刃物が一瞬……見えた。

 「ッ!?」

 死…………ッ!
 突然目の前に迫った死の気配に僕は何も出来ず立ちすくむ事しか出来なかった。

 「…………」

 目の前に降り立ったその人は、手に何かを持っていた。
 よく見ると、それは熊の首だった。

 「うわぁああああっ!!?」

 何が、何があったの?
 尻餅をついたら、今度は地面にぬちゃ、とした何かが。
 見ると、僕の右後ろに大きな熊の身体が倒れていて、そこから血が…………。
 
 「うわ、わ、あああああっ!!」

 声すら出ないと思っていた僕は、狂ってしまったかのように叫んだ。
 今僕の目の前に居る人は、多分刃物でこの熊を殺したんだ。たったの一回で首を落とすぐらいの力……。僕になんて到底、叶いっこない。
 しかも、その人は……人間とは違うシルエットだった。
 頭には虫のような触覚、腕に鎌のような刃物、お尻の先にある袋のようなもの。
 …………魔物、マンティスだ。
 
 「…………」

 マンティスは僕を見ていたかと思うと、そのまま近づいてきた。
 無表情でやってくるその様は、次の瞬間には僕の首が飛んでいる映像が見えた。殺される。

 「い、いや……だ」

 逃げ出したいのに、身体はもう疲れで動けない。立ち上がる事すら出来ずに。
 マンティスが服の中から何かを取り出した。
 ……草?
 そのままマンティスは鎌付きの腕で僕の顔に……。

 「いたっ」

 ほっぺに、草を押し付けた。
 さっきはなんともなかったはずの場所が急に痛み出して驚く。痛くなった場所に触れると、ぬるっとした液体に触れた。…………血?
 恐る恐る指でなぞってみると、どうやら傷は一直線に伸びているみたいだった。まるで刃物に切られたような……。
 もしかして、マンティスの鎌にかすったの?
 でもあの時痛みなんてなかった。
 …………もしかしたらこの熊も、痛みもなく突然首を落とされたのかも知れない。
 返り血を浴びたマンティスは、黙々と草を僕のほっぺに押し付けている。ぺた、ぺた、と傷をなぞるように当てている。これ、もしかして薬草?
 傷の治療を、してくれているの?

 「あ……あの……」

 しかし僕の声なんか聞こえていないのか、そのままマンティスは別の薬草を出して絞った。薬草の液で僕の傷をなぞった。
 僕に怪我をさせたから、こうしているの……かな。
 マンティスは人に対して興味を持たない魔物って言われているから、てっきりこの人もそうなのかと思ったけれど……。

 「…………」

 塗り終わったのか、マンティスは薬草を捨てて倒れた熊の身体を引き摺って歩き始めた。
 僕は未だに尻餅をついたままマンティスの後姿を眺めていた。

 「あ、あの……!」

 しかしマンティスは止まらなかった。
 どんどん僕から離れていく。
 …………やっと、やっと誰かに会えたのに、また僕は一人になってしまう。
 一人で逃げて、足を引き摺りながら彷徨って。
 誰でもいい、僕は傍に居て欲しかった。それだけで安心出来る……。そう思うと僕はマンティスの後を追った。

 「あの……マンティス、さん……」

 追いかけてくる僕に、やっとマンティスは足を止めて僕を見た。
 …………けど何も言わずにまた歩き出した。
 ついて来るな、と言いたかったのかな。
 それでも、僕は……。
 誰かの傍に居たかった。
 もう、一人は嫌だ。どんな事をしてもいい。何をされてもいい。魔物であっても構わない。
 僕はひたすらマンティスの後を追った。
 その間彼女は何も言わず、僕を見る事もなく、熊を引き摺ったままだった。



 そのまま彼女は僕の事など忘れたかのように、洞窟の中へと入っていった。
 多分ここが彼女の住んでいる場所なのだろうけれど……。
 …………入っていい、のかな。
 
 「…………」

 彼女はすたすたと入っていっちゃったし、来るなとも言われていないし……。
 …………入っちゃえ。

 「…………うわ」

 入ってから、狭い道を行くと中は結構広い洞窟だった。よく見ると地面に血の跡がずっと続いている。
 広く、意外と明るかった。広場のようになっている場所の天井には穴が開いていて、そこから月の光が入っている。水が満ちて湖になっていて、飲み水にもなりそうだ。
 …………と、その湖の中に誰かが居た。多分彼女だろう。
 何をしているのかなと思い近づいてみると、

 「…………」

 彼女は、裸だった。
 さらに目が合った。

 「わ、わああ、ご、ごめ、ごめんなさいっ」

 慌てて彼女に背を向ける。一瞬だけだけど、月の光に当たったマンティスである彼女の身体はとても、綺麗だった。
 …………女の人の身体を見るのは、これが初めてだ。
 と、後ろで湖から上がった音が聞こえた。恐る恐る振り返ると、彼女は火を熾していた。やっぱり、裸だった。

 「あわ、あわわっ」

 また慌てて目を反らすが、彼女は何も言ってこない。
 それどころか僕を見る事無くせっせと木に肉を刺して焼いている。
 …………やっぱり、僕の事なんてどうでもいいのかな。
 僕が近づいても、それに興味を持つこともなくただ火を見つめている彼女。
 何を考えているのだろう。
 燃える火の明かりで照らされた彼女の表情はまさに無、そのものでわからない。
 マンティスという魔物に出会う事なんてなかったから、どう接すればいいのかもわからない。ただそういう魔物が居るという事しか知らないんだ。

 「…………あの」

 それでも僕は彼女に言わなくてはいけない事がある。
 今はもう痛みも治まっているけれど、ほっぺの傷を治療してくれたのは彼女だから。
 呼びかけると彼女は顔を動かさずに瞳だけで僕を見た。

 「ほっぺの傷……治してくれてありがとうございました」
 「…………」
 「…………」
 「…………」

 返事すらしてくれない。
 マンティスは……そこまで人に対して興味が沸かないものなの?
 いや、だとしてもあの時彼女は…………。

 「…………私が」

 段々落ち込んできた僕の耳に、静かで落ち着いた声が聞こえた。
 初めて僕に対して話してくれた。

 「私が、キミの頬に傷を作ったから。キミは獲物じゃない」
 「確かに、そうですけど」
 「傷を作った事に対しては謝る」

 そう言うと彼女は視線を僕から火へと戻した。
 意外とマンティスという種族は優しいのかもしれない。無表情無口無慈悲の森のアサシンという異名があるけれど、本当は違うようだ。
 傷の事はこれでいいと思う。
 後は……一番言いにくい事しかなかった。

 「あの……」

 僕が呼ぶと、また彼女は視線を僕に移した。

 「ご迷惑じゃなかったらで、いいんですけれど……あの……」
 「…………」

 彼女の瞳を見ていると、何故か怒られているような気分になった。彼女の冷たい視線が刺さる。

 「一晩で構わないので……ここに、泊めてください」
 「……好きにすればいい」
 「あ、ありがとうござ―――」

 ぐぅぅぅ。

 こ、こんな時にお腹の音が……ッ!
 肉の焼けた香ばしい匂いが僕の鼻へと伝わったせいだ。

 「…………」
 「……あ、あの、これは」
 「お腹、空いてる?」

 空いているなんてものじゃない。このままだと飢え死にするんじゃないかって位にぺこぺこだ。もう二日も食べていないのだから。
 たった二日かもしれないけれど、まだ僕は十代になったばかりの子供だから……。

 「……はい。とても、空いてます」
 「そう……」

 彼女は手を伸ばし、程よく焼けた肉を僕に差し出した。
 多分これ……あの熊の、だよね。

 「食べていい」
 「ほ、本当ですか?」

 今度はしっかりと頷いた。
 ……と、彼女の視線が僕から手に移った。
 ひゅん、と音がした瞬間、僕の両手を縛っていた縄がほどけた。

 「いい」
 「ありがとうございます……っ」

 焼けた肉を受け取り、食らいつく。
 丁度よく焼けた肉の味は、今まで食べたものの中で一番美味しかった。
 一口食べれば次、次、と僕の身体が欲しがる。
 一心不乱に食べている僕をマンティスが見ている事すら忘れて、僕は肉にかぶりついた。
 美味しい。
 美味しい。
 こんなに美味しいなんて。

 「こんなに美味しいの、生まれて初めて……」
 「…………」

 いつの間にか僕の目から涙が溢れていた。
 悲しい時だけじゃなくって、嬉しい時にも涙が出るって事を思い知った。
 彼女も焼けた肉を食べ始めた。僕とは違って落ち着いてゆっくり食べている。それを見たら僕はなんて行儀が悪いんだ、と恥ずかしくなってしまった。
 もらったものなんだから、味わって食べなきゃ。
 一つ食べて、僕の身体はまだ肉を欲しがった。でも一つ分けてくれただけでも感謝するべきであって、ねだっちゃ……ダメだ。家に居た頃はいつもそうだったじゃないか。
 けれど彼女は僕を見て、

 「もういいの?」

 と言ってきた。
 僕は頷いた。

 「一つもらっただけでも、ありがたい、ですから。十分……です」

 本当はもっと食べたい。
 それこそお腹いっぱいになるまで食べたかった。けれどこの肉を手に入れたのは彼女であって僕ではない。だからそれでいいんだ。
 
 ぐぎゅるるる……。

 だから、これ以上鳴らないでよぉ……ッ!
 そんな僕に彼女はまた一つ、焼けた肉を差し出した。

 「いい。沢山ある」
 「…………ありがとうございます」

 なんで彼女はこんなにも優しいんだろう。
 でも疑う前に彼女の好意がありがたかった。
 僕は肉を頬張りながら、何度もありがとうと彼女に言ったのだった。



 その後、僕はお腹がいっぱいになるまで肉を食べてすぐに眠気がやってきた。
 ずっと走って、雨に濡れて。僕の身体にある力を消耗しきってしまったから。気絶したように僕は眠り、気がつけばもう日は昇っていた。
 瞼を開けてすぐ見えたのは、洞窟の天井から差し込んでくる日の光に反射する湖。とても綺麗で、目を奪われてしまう。
 …………あぁ、ここはマンティスの住んでいる洞窟……だったっけ。
 
 「う……いたっ」

 足が痛い。昨日あれだけ走ったのだからそれも当然だろう。こんなに痛くなるまで僕はずっと彷徨っていたんだ。昨夜マンティスに遭遇したのは、本当に幸運だった。だから僕は今こうして一晩無事に眠る事が出来た。
 
 「……あれ、マンティス……さん?」

 彼女は昨日と変わらない位置で木の実を食べていた。目覚めた僕には目もくれずにただ黙々と食べているだけ。

 「おはよう、ございます」
 「……おはよう」

 ちら、と僕を見ただけでまた彼女は木の実を食べ始める。

 「…………」
 「…………」

 沈黙が辛い。
 元々彼女、マンティスの種族は必要以上に喋らない事は知っているけれど、段々僕はここに居ていいのかわからなくなってきた。
 そもそも僕は昨日、一晩泊めて欲しいと言った。彼女は了承したけれど長居していい事にはならない。僕がずっとここに居ても彼女には迷惑……だろうし。
 だから僕は足の痛みで苦労しながらも立ち上がり、彼女に頭を下げた。

 「泊めてもらって、ありがとうございました」
 「…………」
 「この恩は……忘れません」
 「…………」
 「それじゃあ、僕は行きます」

 もう一度僕は彼女に頭を下げて、壁を伝って歩き出す。
 けれど足がもつれて転んでしまった。
 …………情けない。
 余りにも情けなさ過ぎて、涙が出てきた。
 なんで僕はこんな目に遭わなくちゃいけないの。身体が痛い。ふかふかのベッドで寝たい。

 「う、うぅ……ううう」

 彼女が見ているのに、僕は静かに泣いた。
 身体の痛みと先にある不安。僕はこの先、生きていけるのか。明日の太陽を見る事が出来るのか?
 また飢えで動けなくなるのではないか?

 「……うう、ううぅう……」

 泣いている僕にマンティスは近づいて、僕の手首に残っている縄の痕を見た。

 「何があったのかは知らない。話したくなかったら話さなくていい。キミは一人で生きていくには幼すぎる。猛獣に襲われて死ぬか飢えで死ぬかのどちらか」
 「……あ……あの……」
 「私はここを利用しているだけ。キミもここを利用すればいい」

 無感情のまま淡々と喋る彼女の心には何があるのかはわからなかったけれど。

 「ここに居て……いいんですか?」
 「いい」

 気がつけば、僕は彼女の胸に飛び込んで大きな声で泣き叫んでいた。
 久しぶりに感じた、人の体温。魔物でもそれは変わらないんだろう。彼女の身体は温かくて、それが嬉しくて心地よくて。泣き疲れるまで涙を流した。
 彼女はそんな僕を見ながら、動かないでいてくれた。



 「……僕は、両親に売られたんです」
 「…………」

 涙を流すだけ流した後、僕はつい最近起きた出来事を彼女に話していた。
 話さなくてもいいと言われたけれど、僕は彼女……レオナさんになら話してもいいと思えた。

 「僕の家族は貧しくて、満足にご飯も食べられませんでした。でもお父さんとお母さんが居たから、それも辛くはないんだって思ってました。お父さんもお母さんも優しくて……」
 「…………」

 真っ直ぐに僕の目を見ながらレオナさんは黙って話を聞いている。

 「でも、三人で生きていく事は出来なかったんだと……思います。初めて家族で出かけようって言われて喜んで行ったら……怖い顔のおじさんたちが居て……。お母さんが僕に泣きながらごめんなさいって言ってきて……。どうして泣くのって言っても何も言ってくれなくて。それで……僕の手と足をおじさんたちに縛られて…………。袋に入れられる時に、僕見たんです。お父さんが怖いおじさんから小さな袋を受け取っている所を」

 つまりそれは売ったお金。その袋の中にあるお金が僕の価値だった。どれぐらい入っていたのかはわからない。今更そんな事を知りたくないし、知ったとしたら……僕はおかしくなってしまうかもしれないから。

 「そして僕は馬車で何処かへ運ばれていたんです。その途中でおじさんたちが居なくなって、必死にもがいていたら逃げる事が出来ました。その後は、レオナさんと出会うまでずっと森を彷徨っていました」
 「…………そう」

 レオナさんはそれっきり何も言わずに、ただ光る湖を眺めた。
 僕も、同じように綺麗な湖を見て、少し気分が楽になったのを感じた。
 同情をして欲しかったつもりじゃない。ただ、誰かに聞いて欲しかった。辛い事があれば誰かに話してごらんなさい、とお母さんに言われたけれど本当だった。
 …………何も言わずに聞いて、特に何をするでもないレオナさんが逆にありがたかった。
 僕の中でやっと、両親に対してのお別れが出来たような気がした。ただ聞いてくれるだけの役をしてくれたレオナさんには、感謝してもしきれない。
 いつかは大人になって一人で生きていく。僕はそれがたまたま早くなっただけなんだって思えるようになった。
 これで……僕はお父さんとお母さんを憎んだりしなくて済む。
 僕を売ったけれど……それでもあの時流していた涙は信じてもいいと思える。僕にとってはかけがえのない血の繋がった人たち、だもん。憎んだって……仕方がないんだ。

 「…………はぁぁ」

 少しだけ長く息を吐いて、気持ちを新たにする。
 お父さんお母さん。あなたたちの息子、リオは頑張って生きます。育ててくれた恩……忘れません。
 …………なんて、僕は大人ぶりすぎたかな。誰かに聞かれたら笑われちゃいそうだ。

 「あの、レオナさん」
 「なに」
 「身体を洗いたいんですけど……洗う場所ってありますか?」

 僕の肩に乗っていた重たい荷物を下ろしたら、なんだかすっきりしたくなった。そういえば僕は二日もお風呂に入っていなかった。
 意識すると段々身体が痒くなってくる。それに今の僕、臭いかもしれない。
 僕の言葉にレオナさんはさっきまで眺めていた湖を指差した。

 「あれ」
 「あ……あれ?」
 「入るとさっぱりする」
 「……そうですか」

 なんとなくそんな気はしていた。昨日レオナさんがあそこで裸に……う、思い出しちゃった。
 それを忘れるように僕はいそいそと立ち上がって湖の前で服を脱ごうと……………………したけれど、振り返るとレオナさんが見ていた。

 「見ないでください……恥ずかしいです」
 「?」
 「…………なんでもないです」

 …………マンティスは人の裸を見る事も、自分の裸を見られる事も恥ずかしくないみたい。
 そ、そりゃそうだよね……だって僕はまだ子供だし、魅力なんてこれっぽっちもないし。自意識過剰だった。
 背中にレオナさんの視線を感じながら僕は汚れた服を脱いで湖に入った。
 冷たいけれど、胸まで浸かるとそれも心地よくなってきた。息を吸い込んで一気に頭まで潜ると、僕の汚れが水面に浮いてちょっと嫌な気持ちになった。というかこの湖って飲み水にはしてないのかな……。

 「レオナさん、この湖って飲み水なんじゃ?」
 「こっちに湧き水があるから大丈夫」
 「そうですか」
 「そっちは身体を洗う時に使う」

 なるほど。流石にそこまでは無頓着じゃないみたいだ。汚れが浮いた水なんて僕も飲みたくない。
 もう一度潜って、髪を洗ってからすぐに上がった。気持ちいいけれど長く入っていたら風邪を引いちゃうかもしれないし。
 服……はどうしよう。
 こっそりレオナさんを見るとまだ僕を見ていた。けれどその顔は何の感情もない。
 気にしたらだめだ気にしたらだめだ……。
 裸のままで僕は服をざぶざぶと洗って干した。レオナさんも使っているらしい。
 
 「…………」
 「…………」

 服を洗ったのはいいけれど、それが乾くまで僕は裸だ。当たり前だけれど持っている服は今まで着ていた服しかない。
 
 「…………」
 「…………」

 結局僕とレオナさんは何も話す事無く、服が乾くまで二人で洞窟から見える空を見たりしていた。
 一応僕のが見えないように足は閉じたまま。



 やっと乾いて、ちょっとしわしわになった服を着るとレオナさんは急に立ち上がった。
 そしてそのまま洞窟の外へと行ってしまった。

 「え? え?」

 いきなり一人になった僕は不安になり慌ててレオナさんの後を追う。
 まだ足が痛いけど、それでも走る事は出来た。すぐにレオナさんの特徴であるカマキリのようお腹を見つけて声をかけた。

 「あの、レオナさん、何処へ?」
 「狩り」
 「狩り……?」
 「食料探し」

 マンティスは必要な事以外話さない。つまりはそういう事だ。僕がついていったって何の役にも立たないだろう。
 ……けど、僕はいつまでもレオナさんに甘えてちゃいけない。僕は生きる為に強くならなくちゃいけないんだから。

 「ついていっても、いいですか?」
 「武器は?」
 「ぶ……武器?」
 「キミが素手で熊を殺せるとは思えない」
 「う……っ」

 何も言えない。
 確かに僕は剣どころかナイフすら上手に使えないだろう。包丁だって握った事はない。
 でも。でもそれじゃ強くはなれないんだ。
 僕は近くにある太い木の枝を折ってレオナさんに見せた。

 「それでも……僕はついていきます」
 「…………」

 僕と木の枝を見て、レオナさんは腕を振った。
 すると僕の持っていた木の枝がすぱっと切れて先が尖った。

 「殴るよりも刺す方が確実」
 「あ……ありがとうございます」

 つまり、ついてきてもいいって事だよね。
 頑張らなきゃ…………!



 その時はそう思っていた。
 少しだけでも役に立てればって思った。けれど、僕は結局何も出来なかった。
 何故なら、マンティスは森のアサシンと呼ばれている種族。あの後遭遇した猪に対してレオナさんはたった一撃で倒してしまった。
 せめて、せめて何か出来ないのか考えた挙句、僕がやったのは苦労して火を熾したことだけだった。
 僕って役に立たないなぁ……。
 けれどそんな僕にレオナさんは何も言わずに狩った猪の肉を分けてくれた。昨日といい今日といい僕はレオナさんにお世話になりっぱなし。
 居てもたってもいられなくなった僕は、ご飯の後に聞く事にした。

 「僕がレオナさんに出来る事って……何かありますか?」
 「ない」

 即答でした。
 種族の差というのは大きくて、僕は弱すぎるんだ。
 それにレオナさんは一人で全てこなしてしまう。今まで一人で生活してきていたから当たり前なのだろうけれど、余りにも完璧に出来すぎて僕なんかが手伝おうとしても邪魔になるだけみたいだ…………。
 僕は溜息を一つついて、改めてレオナさんの顔を見た。

 「…………」

 火をじっと見ているレオナさんは凄く綺麗だ。多分、マンティスという種族じゃなくて人間として生まれていたなら、きっと色んな男の人からモテるんじゃないかなぁ。
 というか、こんな森の中でたった一人で過ごしているのが勿体無い気がする。何処か近くの街で暮らせばいい人だって居るだろうし。
 
 「レオナさんはどうしてここで生活しているんですか?」

 だから思わず聞いてしまった。ただ生きる為だけに生活しているマンティスにこんな事を聞くのは変かもしれないと後から後悔した。

 「母さんの提案」
 「提案?」

 しかしレオナさんの返答は予想とは違った。

 「元々私はフェリーチェという街で生まれた。私が十五になった時、一人でも生きていけるように森で生活するように言われた」
 「え……」

 てっきり僕はこの森で生まれたものだと思っていた。でも……そっか。レオナさんは孤独なんかじゃなくって、帰る場所があるんだ。

 「マンティスとしての生存本能を鍛える為」
 「……それでここで生活しているんですね」
 「七年前から」
 「七年!?」

 七年って……まだ僕はその時三歳だよ。その時からレオナさんは一人でこんな森の中で生活していたんだ。凄い……。

 「あの……寂しいとか、思わなかったんですか?」
 「別に。母さんの言う事は正しかったから」
 「そうですか……」

 やっぱり人間とマンティスだと全然違う。きっとレオナさんは十五歳の時からあの鎌を武器に生きていたんだ。僕なんかじゃ到底出来そうにない。

 「人間と出会ったのはキミが初めて」
 「え……?そうなんですか?」
 「私の森での生活は夫を見つけたら終わる」
 「でも七年間出会う事もなかった……って事ですか?」

 あ、今僕凄く失礼な事を言った。

 「そう」

 でもレオナさんは全く気にしていなかった。
 それどころかレオナさんは結構おしゃべり……なのかも。ただ僕の質問に答えているだけだと思うけれど。

 「あの……ごめんなさい」
 「?」
 「えっと…………その」

 レオナさんのこの生活の終わりが夫を見つける事。七年も続けてやっと出会えた男がこんな子供で申し訳なくなってきた。

 「こんな子供、で」
 「言っている意味がわからない」
 「だって……僕はお酒も飲めないし、力もないただの子供……ですし」
 「リオ。射精した事はある?」
 「え、ええ!?」

 突然の質問に僕は驚いて飛び跳ねてしまった。ま、まさかあのレオナさんからそんな話をされるなんて。
 しかしレオナさんの表情は至って普通。いつもの無表情だ。

 「射精。おちん―――」
 「し、知ってます!」

 それ以上レオナさんの口からあの言葉が出ると恥ずかしすぎてレオナさんの顔が見られなくなっちゃう。
 一応……というか僕は精通している。ある朝パンツの中がぐちゃぐちゃになっていて、おねしょなんてした事がなかったのにパンツを汚してしまってお母さんに怒られないか怖かった。けれどお母さんは嬉しそうに笑って、大人に近づいている証拠だ、なんて言ってくれた。

 「あるの?」
 「…………うぅ、その……」
 「あるの?」
 「……………………はぃ」

 顔から火が出そうだった。というか恥ずかしさでそのまま消えてしまいたいくらいだ。まだお母さんは家族だったから割り切れたけれど、レオナさんは他人でしかも女性だ。射精をした事があるかを答えるなんて、意地悪だよ……レオナさん。

 「なら、リオは私の夫になり得る」
 「えええええ!?」

 と、ととと、突然レオナさんは何を……!!?
 焦ってわたわたしている僕を見ながらも無表情、トーンも変わらずにレオナさんは続ける。

 「リオの精子で孕む事も可能」
 「ちょ、ちょっとレオナさんっ」
 「…………?」

 それ以上意地悪するのはやめてえええええ!

 「あの……僕には早いっていうか」
 「……?射精出来るなら―――」
 「そ、そうじゃなくって!」
 「リオの言っている意味がわからない」
 「せ、世間一般的な意味で、というかですね……っ」
 「でも妊娠は可能」
 「もうこの話はやめにしましょう!ねっ、ねっ!」
 「わかった」

 …………なんだか、大人の階段を一気に駆け上がった気分だ。
 おかげで恥ずかしさのあまり寝付けなかった。それに……僕の…………が大きくなって……。
 目を閉じるとレオナさんと…………な事をしている想像が勝手に描かれて余計に眠れなくなる。
 マンティスという種族は恥じらいなんてないんだと知った夜だった……。



 朝に目が覚めた時、僕の身体はなんだか重たくて気だるかった。もう筋肉痛は消えているし、ただの睡眠不足だろう。昨日の夜はレオナさんの事を意識しすぎたせいだ。眠っているレオナさんの呼吸、盗み見た時に見えた綺麗な足とおっきな……おっぱい。
 それまではあまり意識していなかったのに昨日のあの話でレオナさんが凄く綺麗に見える。
 ずっと森の中で暮らしていたらしいけれど、何処も汚れたところなんかなくって、引き締まったあの……ふともも……とか。だ、だめだ、命の恩人なのに変な想像なんかしちゃだめだっ。
 眠っている間にレオナさんは何処かへ出かけたらしく、僕が目覚めた時には居なかった。何処へ行ったのかな、とレオナさんの事を考えていたらさっきの想像……ううん、もはや妄想が出てきて大変だった。
 それを忘れようと僕はいそいそと身体を洗ってまた横になった。
 一人で外に出るとそのまま帰ってこれる自信はないし、何よりさっきから身体が重たい。夜更かしなんてした事がなかったから、かな。
 今もレオナさんは何か動物を狩ってるのかなぁ。あの鎌と脚力を生かした一撃は凄く格好よかったなぁ……。あんなので切られたら、僕なんて真っ二つになっちゃうだろうなぁ。
 色々な事を考えていたら、また僕の意識は落ちていった。



 …………気がつけば、僕はレオナさんの膝の上で眠っていた。

 「……っ!?」
 「動かないで」

 いつもの表情でレオナさんが僕を見ている。一体何が起こったのかわからない僕は、その時異常に気がついた。
 何もしていないのに息が荒い。それに身体が熱い。

 「レオナ、さん……どうして」
 「熱がある」
 「ねつ……?」
 「戻ってきたらリオの呼吸が荒かった。顔も赤くて体温が高かった」
 「あの……それで」

 膝まくらって事……?うわ、レオナさんのふとももってやっぱり柔らか……じゃなくて。
 レオナさんの言うとおり、いつもより息が荒くて頭もぼーっとしている。彼女の言うとおり熱が出たのかもしれない。

 「私はどうすればいい?教えて」

 もしかして、心配してくれているのかな……。だとしたら嬉しいなぁ。
 あまり上手く頭が働かないけれど、昔僕が高熱を出した時にどうしていたかを思い出す。
 えっと……えっと……あの時は……。

 「お医者さんに……お薬を……」
 「薬?」
 「はい……」

 そう言うと急に僕の身体が浮いた。

 「え……!?」

 正確には浮いたのではなくレオナさんに抱きかかえられた、だった。しかもこれ……お姫様だっこだ……。

 「医者に見てもらう」
 「お医者さん……居るんですか……?」
 「私の故郷に居る」
 「こきょう……って」

 フェリーチェ、だっけ……。
 でもレオナさんはまだ旦那さんを見つけてない……のに。

 「だめ……ですよ」
 「どうして」
 「だって……レオナさん……まだ……旦那さんを」
 「リオを見捨てる訳にはいかない」

 ああ、やっぱり心配してくれてるの……かな。
 あはは……なんだか嬉しいなぁ。

 「急ぐから、捕まって」
 「…………はい」

 とは言ってもあまり力が入らない。なんとかレオナさんの首に捕まろうとはしたけれどだめだった。だらんとだらしなく腕を下ろし、思わず笑ってしまった。

 「ごめ……なさい、ちから……はいらな……」
 「いい。しっかり掴んでいる」

 そうレオナさんが言った瞬間、景色が高速で流れ始める。
 風のびゅう、と言う音を聞きながら僕はレオナさんの顔をずっと見ていた。
 やっぱり……マンティスって凄いなぁ。僕の何倍も早く走れるんだもん。それでいて僕の身体が揺れないようにしっかり固定しているし……やっぱり敵わないや。
 獲物を狩る時も食べる時も、水浴びする時も変わらないその表情。常に冷静で時々レオナさんが怖く感じたりもしたけれど、今のレオナさんは……すごく格好いい。僕が大人になった時、レオナさんのようになれるだろうか……?大きな猛獣を素早く一撃で仕留めるような、凄い男に……。
 レオナさん……。
 そうか……いつの間にか僕はレオナさんに憧れていたんだ。
 強くて格好よくて、綺麗なお姉さん。
 こんなお姉ちゃん……欲しかった…………なぁ。



 狩りでの経験と持ち前の運動神経によって鍛え上げられたマンティス、レオナの脚力は、フェリーチェから離れた場所であってもすぐに辿りつく事が出来た。その速さは目にも留まらない、まるで地上を駆ける流れ星のようだった。
 七年前にフェリーチェを出ても、レオナはそれまでの道のりをはっきり覚えている。何せレオナが暮らしていたあの洞窟からフェリーチェは地図上から見れば一直線なのだ。
 難なくフェリーチェまで辿りついたレオナは、七年前とは大きく違ったフェリーチェの外壁の前に一瞬場所を間違えたのかと錯覚した。しかし数多くのジャイアントアントと人間の男性達によって作られている途中の外壁の傍に一度だけ見た事のある魔物が居た。
 高速でやってきたレオナの存在にすぐ気がついたその魔物は首を傾げる。

 「そんなに急いでどうした?その少年は?」
 「高熱を出している。医者に診せる」

 レオナがそう言うと、明るい青の鱗が美しい黒髪のドラゴンは困った表情になり頭を掻いた。

 「ふむ……そうか。確かに医者は居るが、一応部外者を簡単に通す訳にはいかないんだ」
 「待っている時間はない」
 「…………そうだな。その少年に一刻も早く見せるべきだな」

 そう言うと青のドラゴンは頷いた。

 「後で我(わたし)が言っておく。君は早くその少年に―――」

 しかしレオナはその言葉を最後まで聞かずに、助走をつけて高い外壁を軽々と飛び越えてしまった。
 突然の外壁越えに驚きの声を上げるジャイアントアントと男たち。飛んだレオナの後ろ姿を見ていた青のドラゴンは呆気に取られたが、すぐに温かい笑みを浮かべた。

 「これは……フェリーチェの新しい住人が増えた、か」
 「あの、リリィさん」

 と、青のドラゴンの名を呼んだジャイアントアントが恐る恐る尋ねる。

 「あぁ、彼女なら心配ない。人間に興味のないマンティスがああやって少年を助けていると言う事はそういう事だろう」
 「は……はぁ」
 「それより、何名か君達に特別な仕事を与えたい」
 「特別な仕事、ですか?」

 首を傾げるジャイアントアントにリリィと呼ばれた青のドラゴンはにや、と笑った。

 「マンティスと少年の為に新しい家を建ててやれ」
 「え……?」

 突然の事にジャイアントアントは目を丸くする。

 「そうだな……まだ夫の居ない者がいいだろう。その仕事が終われば、今日は帰って構わない」
 「い、いいんですか!?」

 普通の人間ならば一軒の家を建てるのに暫く時間がかかる。だが魔物であるジャイアントアントが一斉に取り掛かれば、見る見るうちに新しい一軒家が建つだろう。元々働き者なジャイアントアントは、仕事がハードであればあるほどやりがいを感じる魔物だ。こなした達成感もあるのだが、彼女達の本命は仕事が終わった後の夫とのお楽しみだ。疲れて発情した彼女達は家に帰ってすぐに夫と交わろうとする。彼女達にはそのひと時が生きがいと言ってもいい。
 青のドラゴンの言葉に大喜びしたジャイアントアントはすぐさま仲間を集めて魔物と人間の居住区へと向かった。

 「…………全員行ってしまった。我は何名か、と言ったのだがな」

 フェリーチェを治める蒼穹のドラゴンの娘であるリリィは苦笑した。



 外壁をひとっ飛びしたレオナは、そのまま家の屋根を走り目的地である病院へと向かった。まだフェリーチェに住んでいた頃のレオナは病院という施設とはほぼ無関係なくらいに健康であった。故に高熱も出した事がなく、倒れたリオに対してどうする事も出来なかったのだ。
 屋根伝いに走っていくマンティスの姿に街道を行く魔物や人間達は驚き何事かと騒いだが、レオナにとってはただの雑音でしかない。
 レオナが記憶していた病院まであと少し。
 近づいていくにつれて、やはり七年前とは大きく変わった病院がレオナの視界に入る。七年前にフェリーチェを出て行った時よりも遥かに街は成長している。住人が増えれば病院の利用者も増える。だがこの街に限っては怪我や病気の為に利用、ではなく出産や懐妊の可能性がある者たちが圧倒的に多い。
 やがて目的地へ降り立ったレオナは、運良くすぐに医者を見つける事が出来た。

 「ん?マンティス……?」
 「高熱だ。すぐ治療して欲しい」
 「どれ…………。ふむ。高熱なのもあるが……」

 ぼさぼさの髪の医者はリオの額に手を当て、そしてリオの頬にある傷を見た。

 「化膿している。細菌が侵入した可能性がある」
 「……?早く治療を」
 「待った。逸る気持ちはわかるし俺もこの子を助けたい。だがまずはこの傷をどうにかしなきゃな」

 そう言うと、ぼさぼさの髪の医者は大声で誰かの名を呼んだ。

 「おーいメルー!急患だ。化膿した部分を取り除く。手術の準備を」
 「はぁーい」

 少し間の抜けた返事が聞こえたかと思うと、滑車を運んできたのは小さなホブゴブリンだった。たぷんたぷんとその大きな胸を揺らしながらやってくる姿は、免疫がない男性が見ると思わず見惚れてしまうだろう。

 「はい、ここに乗せてくださいねー」
 「…………わかった」

 レオナは一瞬彼らに任せても平気なのか躊躇ったが、ここは病院だ。本当ならばレオナがしてやりたかったが医学については全くの素人だ。七年のサバイバル経験はあるものの、それは役に立たない。
 未だに呼吸の荒いリオを滑車に乗せて、レオナはぼさぼさ髪の医者を見た。
 レオナの視線の意味を感じ取った医者は笑った。

 「心配すんな。必ず助ける」
 「わかった」
 「シルドさーん、早くぅー」
 「あぁ」

 滑車に乗ったリオが運ばれていく姿をレオナはただ見送った。
 リオは医者に託した。もう自分がすべき事はないだろう。
 何処へ行く理由もないレオナは、ただその場でリオを待ち続けた。
 病院内に入る事もせず、一歩も動かないまま。
 ただひたすらレオナは待ち続けた。ただ、ただひたすら。
 そして先ほどのぼさぼさ髪の医者が汗だくで戻ってきた。時間にして二時間ほど一歩も動かずに待っていたマンティスに半ば呆れながらも言った。

 「処置は完了した。化膿した部分を除去。薬の投与も終わって今ぐっすり眠っているよ」
 「……そう」
 「あの子は君の知り合いか何かか?」
 「数日前に知り合った」
 「何処で?」
 「私の住処の近く。ここから少し離れた森の中」
 「……この街以外に近くには街はないんだがなぁ。まぁいい。その時、あの子の頬に傷はあったか?まるで刃物で斬られたような痕だった」
 「私の鎌に当たった」

 ぴく、と医者は眉を動かして質問を続けた。

 「当たった?当てたのではなく?」
 「私は狩りをしていた。獲物の傍にリオが居た」
 「つまり……偶然当たってしまったという事か?」
 「私のミス」
 「……そうか。傷の治療は?」
 「薬草を当てて、搾って塗った」
 「賢明な判断だ」

 その後、医者から何度か質問をしてレオナはすぐに返答した。
 リオが奴隷商人に売られた子供である事。偶然の出来事で逃亡しレオナと遭遇した事。そして二日間、洞窟で過ごしていた事。
 一通りの質問を終えたのか、ホブゴブリンにシルドと呼ばれたぼさぼさ髪の医者は大きな溜息を一つ。

 「レオナ。君がリオ君を匿ったのは悪い事ではないし、むしろあれほどの幼い少年が一人で森の中を彷徨うのは危険だ。その判断は正しい。……だがな、急速に環境が変わった事でリオ君の身体はついていけなかったんだ。それに薬草で処置したとは言え、傷が化膿するまで放置していたのは駄目だ。傷口に細菌が入って高熱を引き起こしたのはそれが原因だろう」
 「…………そう」
 「しかし君はすぐにここまで運んできた。だから、リオ君が回復するまで責任を持って付き添ってあげなさい」
 「…………わかった」

 レオナ自身も気がついていた。自分が誤って怪我を負わせたのが原因でリオが高熱を出したのだと。
 猛獣の首を狩る事に何の疑問も持たないが、獲物ではない人間、しかも少年の頬に傷を作った事をレオナは悔いていた。だからレオナはリオに狩った獲物の肉を分けた。
 それにレオナは、繁殖期がやってきた時にリオが居れば子孫を残せるとも考えていた。毎年繁殖期になっても人間は現れず、かと言ってフェリーチェまで戻るのは許されない。だからレオナにとってリオは絶好の交尾相手だった。自分よりも十歳以上離れた少年だが精通しているなら関係なかった。
 しかし繁殖期を前に交尾候補が病によって倒れてしまい、結局この街に戻ってきた。
 リオはいずれ回復するだろうが、またあの洞窟で一緒に暮らす訳にもいかないだろう。やはり十代になったばかりの幼い少年に、レオナと同じサバイバル生活をするにはまだ厳しいのだ。

 「ん?おお、リリィじゃないか」
 「やぁ。シルド」

 リオが回復するまで責任を持つ事を考えていたレオナをよそに、シルドは青のドラゴンの姿を見て名前を呼んだ。

 「もうあの少年は大丈夫なのか?」
 「あぁ。治療は済んでる」
 「そうか。よかったじゃないか、マンティスの娘。……あと、用件を君に伝える」
 「…………?」
 「君とあの少年の家を建てた。つい先ほど完成したばかりだ」
 「おい、リリィ。それはどういう―――」

 シルドは眉間に皺を寄せてリリィに尋ねるが、リリィはくく、と笑った。

 「つまりはそういう事さ」
 「お、おい。あの子はまだ幼い少年だぞ?」
 「だが性交が可能なら話は別だろう?」
 「いや、かといってあんな少年を襲うのはマズイだろ、色々」
 「だが…………」

 リリィはレオナを見た。視線が合うとリリィはウィンクをひとつ。

 「マンティスはそんな難しい事を考えるか?」
 「…………」
 「君はあの子をどうするつもりだった?」
 「交尾」
 「…………ったく、魔物ってのはこれだから……」
 「同意の下なら年の差など関係ないさ。なぁ?」
 「受精できればそれで十分」
 「…………」

 今まで数多くの魔物たちと知り合い、それぞれの家庭がある事は知っていたシルドだったが、ここまで極端な話は聞いた事がない。シルドは大きな溜息を一つ。

 「もう頭痛ぇ」
 「それは大変だな。仕事のしすぎはよくないぞシルド。なぁメル?」
 「頭痛ですか!?シルドさん、無理しちゃめっ、てこの前言ったばかりですよぉ!」
 「い、いつの間に居たんだよ。メル」
 「いいですからっ、あっちで休みましょうっ。頭なでなでして頭痛なんて治しちゃうんですからっ!」
 「い、いや、だから俺は―――」

 シルドの妻、ホブゴブリンのメルに引き摺られていったシルドをリリィは見送り、

 「それでは、君たちの新居に……」

 と言いかけたが、レオナは首を振った。

 「いい。リオの傍に居る」
 「……そうか。ならばしっかり看病してあげるといい」
 「そうする」

 レオナの返事にすっかり上機嫌になったリリィは満足げに帰っていった。
 そしてレオナはリオの居る病室へ向かったのだった。



 温かくて、とても心地いい。
 沢山の事が起きすぎてすっかり忘れてしまったその感触。
 気がつけば僕は知らない場所のベッドで眠っていた。

 「……あ、れ……」

 ここ、どこだろ……。
 僕はレオナさんにフェリーチェという街へと連れて行ってもらっていたはず、なのに。

 「…………」
 「あ……レオナ……さん」

 よかった。レオナさんはすぐ傍に居た。僕の顔をじっと見て、マンティスの最大の特徴である鎌が付いている腕を伸ばして……僕のほっぺに触れた。

 「もう、平気」
 「そうですか……。ありがとうレオナさん」

 僕なんかの為にあんな早く走って病院まで運んでくれた。しかもレオナさんのお母さんとの約束を破ってまで……。
 けれどレオナさんは首を振った。

 「こうなったのは私のせい」
 「え?」
 「私がリオに怪我をさせて、そこに細菌が入ったから高熱を出したと言われた」
 「あ……」

 レオナさんが触れている場所はまさしくその場所だった。けれどもう痛くない。傷は治った……のかな。

 「リオに一生消えない傷を作ってしまった」
 「…………」

 鏡を見ないとわからないけれど、僕の顔にはきっと傷がわかりやすいくらいに見えているのだろう。レオナさんは傷のあった場所を撫でながら言った。

 「ごめんなさい」
 「そ、そんな……謝らないでください。僕を救ってくれたのはレオナさん、ですから。僕は怒ってなんかいませんよ」
 「でも―――」
 「僕なら大丈夫です。傷跡があったってへっちゃらです」
 「…………」

 僕のほっぺに触れていた手が離れて、レオナさんは変わらない無表情で、

 「私が傍に居る。リオの傍に居る」
 「え……え、え……っ!?」

 突拍子もない事をさらっと言うのだった。
 え、え、えぇぇっ!?

 「あの、えと……レオナさん……それって……その」
 「言葉の通り」
 「でも……僕、まだ子供……ですし」
 「知ってる」
 「でも、でも……僕なんかより魅力的な男の人だって」
 「興味ない」
 「……弱いし」
 「私が守る」

 僕の言葉をどんどん斬り捨てていく。
 きっと僕が何を言ったとしても同じ事を言うのだろう。
 僕だって嫌じゃない。むしろレオナさんのような女性が傍に居てくれるなんて、嬉しいに決まってる。
 けど……。

 「僕なんかじゃ、不釣合い……ですよ」

 姉弟のように一緒に居てくれるのなら嬉しい。
 でも……レオナさんの言っている事はそうじゃないんだ。

 「…………」

 そしてレオナさんは立ち上がり、何を思ったのかいきなり素早く腕を振った。
 びゅん、という音がしたかと思うと、遅れて僕の身体にかかっていた毛布と服、さらにはパンツまで縦に真っ二つにしてしまった。突然僕のが見えた時にはもう既に遅かった。

 「えっ、え、レオナさん……!?」
 「…………」
 「黙ったまま跨らないでくださいっ、レオナさん!怖いですっ!」

 僕の顔をじっと見つめたまま、その手は……僕の、おちんちんを握った。

 「ひぅっ」
 「…………」

 小さくなっていた僕のおちんちんは憧れの人であるレオナさんに触られて、みっともなく大きくなっていく。最初は揉み解すような触り方から、おちんちんが硬くなって上下に擦る動きに変わる。

 「あっ、やめ……レオナさ、ん」
 「…………」

 僕の声にも耳を貸さず、レオナさんは手に唾液を垂らして、その手で僕の大きくなったおちんちんをまるで磨くように乱暴にこする。ぬちゅ、ぬちゅと聞いていて恥ずかしい音を立てて容赦なくいじめてくるレオナさんの顔は、やっぱりいつもの無表情だった。一体その瞳の奥には何があるのだろう。
 動きも相まって、僕はレオナさんに犯されているんだという実感が嫌でもわかる。
 同じ間隔で僕のおちんちんをこすられて、生まれて初めての感覚を味わっている。でも今の僕にはその刺激が強すぎて、がくがくと腰が震えていく。

 「れ、レオナ、さ……う、う」

 そしておちんちんの周りから鳥肌のようなゾクゾクが駆け巡る。
 もうレオナさんにやめてと言う余裕すら、なくなって、きた。

 「う、うあぁ、あ、あ、れ、お……な……さ……」

 怖い。
 怖いのに、レオナさんの手が……腰が動くくらいに……。

 「気持ちいい?」
 「き……も…………ち?」

 気持ちいい?
 レオナさんに言われたその一言は、まさしく僕の状態に当てはまっていた。
 温かいお風呂に入った時やベッドでたっぷり寝た時のあの気持ちよさとは全然違う、僕が僕ではなくなってしまいそうな、そんな怖さを秘めた気持ちよさだった。
 うん、ともはい、とも言えない僕は操り人形のようにこくこくと頷くしかない。

 「そう」
 「あ、はぁっ、あ……ううぅっ」

 レオナさんが僕に跨っておちんちんを擦っている。
 あの時レオナさんから射精した事があるか、という恥ずかしい思いをした日の夜に妄想していた映像と一致しているこの現実に、僕は抵抗も出来ない。
 乱暴で、機械的で、でもレオナさんだから。
 レオナさんがしてくれているから、僕は、僕は…………っ!

 「で、で……ちゃ……っ!」

 胸の中でどんどん膨らんでいく想いと一緒に気持ちよさが膨れ上がって、限界を迎えてしまいそうだ。

 「いい。出して」
 「ぐ、う、うう、れお、な……さん」

 それでもレオナさんは擦るスピードを緩める事無く続ける。
 容赦も躊躇いもないその姿は、猛獣を狩る姿と一緒だった。
 ああ、そうか。
 僕は……マンティスに狩られているんだ。

 「………………ッ!れおな、さ―――ッ!」
 「…………」

 そして限界は訪れた。僕のおちんちんの先から白い液、精液が勢いよく噴出されていく。
 どく、どくんと一定の間隔を開けてレオナさんの手、さらにお腹まで精液が付いてしまった。
 レオナさんは手を止めて、その手にかかった僕の精液をまじまじと眺めた。

 「これがリオの子種……」

 う、そんなに見ないで欲しい。
 いくらなんでもそれは、恥ずかしすぎる。

 「…………れろ」
 「えっ、レオナさん!?」
 「ちゅ、ず、ずず……」

 何を思ったのか、レオナさんは突然僕の精液を飲んでしまった。

 「何をしているんですか!?」
 「…………ごく。味見」
 「あ、味見……って」
 「…………あ」

 すると何かに気がついたのか、レオナさんは自分のお腹らへんを見た。つられて僕も見ると……。

 「あ、あぁ……」
 「リオの子種を飲んだら濡れた」

 レオナさんの……あそこの形がわかるくらいに、そこはびっしょり濡れていた。紺のインナーのあそこの部分だけが染みている。
 ただそれを見ただけで、僕のおちんちんはまた硬くなってしまった。
 だって、僕にとっては憧れのお姉さんのレオナさんのエッチな姿なんて…………。それだけで、痛いくらいに大きくなってしまう。

 「リオ」
 「……はい」
 「挿入れる」
 「…………え?」

 今、レオナさんはなんと言った?
 挿入れる?
 何を?
 指?

 「な、なにを……」
 「おちんちん」
 「―――――ッ!?」

 それって。それって、もしかして、いや、もしかしなくても、あの、レオナさん。
 もしかしてあなたは…………。

 「子作りする」
 「〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 予想通りだった。
 レオナさんは本気で、僕との赤ちゃんを……作る気なんだ。

 「ま、待ってください、僕はまだ子供で……!」

 子供なのに、赤ちゃんなんて早すぎるよ!
 僕はまだ大人にすらなっていないのに!

 「関係ない」
 「関係ありますよぉっ!」
 「リオとの子供が欲しい」
 「う、うぅぅぅっ」

 どうしてそれを言う時もいつもと変わらない表情なんですかぁっ。
 僕一人だけが顔を真っ赤にして恥ずかしい思いをしているって言うのに!

 「始める」
 「え、ちょっと、待って!」
 「待たない」

 そしてレオナさんはインナーをずらした。
 れ、れ、レオナ、さんの…………あそこ。
 ひくん、と動いているその場所は、どうしてかさっきまでの抗議する気持ちすら引っ込めてしまうほどに釘付けになって見てしまう。
 その場所へ、僕のおちんちんがどんどん…………はい、って……!

 「な、なに、これ……!」
 「…………」

 手とは全く違う、おちんちん全部をぎゅう、と締め付けるような感触。
 そして僕はレオナさんとエッチをしている実感。
 …………と、僕のおちんちんのえらの部分が隠れようとしている時に何かが引っかかった。

 「…………」
 「…………レオナさん?」

 何も言わず一気にレオナさんは腰を下ろした。
 引っかかっていた何かを無理矢理突き通して、ついに僕のおちんちんはレオナさんのあそこの中へと全部入ってしまった。

 「―――ッ!!!? あぁあぅッ!?」
 「え……レオナ……さん?」

 突然異変は起こった。おちんちんを入れている時だって声も出さないままだったのに、腰を下ろした瞬間、いつものトーンよりも高い声を上げて僕に倒れこんだ。
 シーツをぎゅっと握りしめて、時々ぴくぴく、と腰が痙攣している。
 一体何が起こったのかわからない僕は、心配になってレオナさんの顔を見ようと…………。

 「ま……って、いま……うご、か……ない、で」
 「ど、どうしたんですかレオナさん」

 ほんの少し身体を動かしただけで、レオナさんは弱々しい声を出した。
 未だに腰は痙攣したままだ。

 「あの……もしかして、痛い、とか」
 「…………」

 だがレオナさんは首を振った。一気に下ろして痛かったのかなと思ったのだが違うらしい。

 「ど、どうしたんですか……?」
 「…………ぃ」
 「え?」
 「きもひ、いぃ……♪」

 その声と同時に、僕のおちんちんを包んでいたレオナさんのあそこが急に締め付けた。
 驚きで感覚を忘れていたのだけれど、その締め付けですぐに戻った。

 「リオ……」

 僕の名前を呼ぶレオナさんの顔が、いつもと違っていた。
 獲物を狩る時も食べる時も同じような目だったのに、今はその目が潤んでいて、ほんのりと頬が赤くなっているのだ。

 「レオナ、さん」
 「すき……わたし、リオ、すき」
 「レオナさ―――んぶっ!?」
 「んちゅ、ちゅ、ちゅっ、ちゅぅぅぅうぅぅううっ♪」

 吸い付いて、押し付けて、想いが直接伝わってくるようなキス。
 僕の頭を大切な宝物のように抱きしめてくる。
 僕はそんなレオナさんにされるがままだった。
 唇を舐められて、舌を吸われて。
 レオナさんの唾液と吐息に、意識がどんどんとろけていく。

 「れろっ、れろれろ、ちゅぶっ、ちゅ、ちゅっちゅ、ちゅっちゅっちゅっ」
 「ん、ん、ちゅ、はぁ、んんぅっ」
 「んぷ、ぷちゅっ、ちゅるっ、んっ、ぷぁ…………っ」
 「はぁっ、はぁっ」

 人が変わってしまったかのようなレオナさんにひたすら唇を貪られ、そして今度は僕とレオナさんが繋がっている場所を動かす。
 でもそれは探り探りで、僅かに動いて確かめるような動き。

 「んぅ……うぁあ……あっ、あぁっ!?」
 「く、ぅ」
 「なに、これ……。わたし、しら……な、あぁんっ!?」
 「うううっ」

 よく見ると僕のおちんちんに血がついていた。
 でも僕は痛くない。むしろ、レオナさんのあそこの中が気持ちよすぎて気絶しそうだ。
 じゃあ、これはレオナさんの……?

 「れ、レオナさ、血、血が……」
 「血……?あっ、いたく、な……っ、あはぁ、きもち、いぃ……!」

 ゆっくりだけれど、腰を上下に動かしているレオナさんの表情は痛みなんて感じていないように見える。それどころか、嬉しそう……に見える。
 僕のおちんちんを包むレオナさんのあそこは、今もぎゅうぎゅうと締め付けて、射精をさせようと促している。血の混じった透明なレオナさんの液が、腰を下ろすたびにエッチな音を出す。

 「り、お……のおちん、ちん……いい、いい……」
 「レオナさんの、も……ううぁっ!」
 「ひ……ぅ、おまんこの中で、びくってぇ……♪」
 「おま……ん?」

 聞きなれない言葉だった。

 「リオの、おちんちん……あン、はいってる、とこ、ろ……あぁあっ」
 「おまん……こ」
 「そう……う、はぁあ……っ」
 「レオナさんのおまんこ……気持ち、いい、です」

 そう言うとレオナさんはエッチな顔でニコ、と笑った。
 レオナさんの笑顔……初めて、見た。とても綺麗で、可愛くて……いつでも冷静で格好いいレオナさんの姿を見ているからこそ、今のレオナさんが凄く魅力的だ。

 「わた、わたし……もぉ、リオのおちんちん……いい、いいよぅっ」
 「そう、ですか……?」
 「子供、なのに、ふぁぁあっ、立派なおちん、ちんで……」
 「く、ぅう、はずかし……」
 「いいの……そのおちんちんで、ああ、んぁぁっ、私のおまんこ、あじわ、って……♪」

 そう言うレオナさんの姿はとてもエッチで、その大きなおっぱいも揺れてエッチだ。
 視覚的にも感覚的にも刺激が強すぎて、やってはいけない事、してはいけない事をやっていると余計にわかる。
 でも、それでも、それが凄く……気持ちいい。

 「っ!? はああ、おっぱいも……うん、うん、もんでっ、もんで……っ」
 「う、すご……」

 そこもレオナさんの腕や足のように引き締まっていて、凄く弾力があった。
 おっぱいも一緒に触ってさらに気持ちよくなったのか、レオナさんは腰のスピードをどんどん早くしていく。
 それだけでわかってしまった。レオナさんが何を欲しがっているのかを。
 僕も、レオナさんにしてあげられる事をしてあげたい。欲しがるなら、それを叶えたい。

 「んんぁっ、ぁあう、すご、いぃ、りお、りお、りおぉ♪」
 「んぁ、れおな、れおなさん……ッ」
 「すごい、よ、こんなの、こんな、あ、あぁ、すき、すきだよ……っ♪」
 「ぼくも、ぼくも……!」
 「ずっと、いっしょ、いっしょにいる……からぁ」
 「はい、いっしょに、いっしょに……!」
 「ずっと、ずっとぉ……っ!」
 「は……はぃ、れおなさ……ッ」
 「あ、はああっ、いく、いくぅ、いっしょに、いって、いってぇ♪」
 「れおなさ、れおなさんっ」
 「ふぁぁあっ、あぁあ、おっき、おっきくぅ……っ!しきゅう、しきゅうおりちゃう……っ♪」
 「も、で、でます……ッ!」
 「だしてっ、だしてっ、ぜんぶ、ぜんぶ、うけとめる、うけとめるから……、あ、ああぁあ、ああぁあっ!にんしん、させて……ぇっ♪」
 「れ、お……な、さ……ッ!!」
 「―――――ッ!!」

 そしてレオナさんの奥に当たった瞬間、とどめのような締め付けに我慢が出来なかった。

 「イッ――――ひゃぁあぁああああんっ♪♪♪」
 「あ、ああ、あああっ!!」
 「あ、あ、あああぅ、すご、い…………」
 「れおなさん…………ッ」

 レオナさんに手で出されてしまった時よりもずっと多い精液を吐き出していく。
 ひくひく、とおまんこが動いて、レオナさんは悦びの顔で受け止めてくれている。

 「あ……あ……ぁっ」

 長い射精が終わり、残ったのは僕とレオナさんの荒い呼吸だけ。
 レオナさんの肌と直接触れ合って、身体が凄く温かい。
 それに、心も。
 格好よくて憧れていたレオナさんとエッチをした事。僕に好きだと言ってくれた事。
 それが凄く嬉しくて、嬉しくてしょうがなかった。

 「リオ…………♪」
 「わ……レオナさん……?」

 優しく僕を抱きしめてきたレオナさんは、一度だけキスをしてから、

 「ちゅ……っ。これから、ずっといっしょだよ……」

 そう言って、微笑んだのだった……。



 僕とレオナさんの想いが一つになったのは嬉しい。これからずっと一緒に居られる喜びも大きい。

 「……するなとは言わない。つーか病室でするなんてよくある事だしな。だがな」

 けどその前に僕は高熱を出したばかりの病み上がりなのだ。

 「つい昨日まで高熱で寝込んで、またぶり返したらどうすんだ馬鹿者」
 「…………ごめんなさい」
 「…………」

 お医者さんのシルドさんにその事で怒られてしまった。
 流れでしてしまった事を後悔しても遅い。むしろ後悔なんてしたくないしするつもりなんてない。
 でも、反省はすべきだった。
 僕はシルドさんに頭を下げた。レオナさんは僕の手を握って黙っている。

 「でもおねつがさがってよかったですね♪」
 「えっちして汗をいっぱいだしたから、それで治ったんだよ♪」

 シルドさんの傍できゃっきゃと喋っている二人は、ホブゴブリンという魔物で、シルドさんの娘だそうだ。僕とそんなに変わらない年齢らしいけれど、その年齢と釣り合わない大きな胸が……凄かった。

 「こら、ルルにメリー。余計な事を言うんじゃありません」
 「はーいパパ」
 「でもびっくりだよね。入ったらふたりがはだかでだきあってたんだもん♪」

 メリーと呼ばれたホブゴブリンは顔を赤くしてくねくねしている。……ちょっとおませさんだ。いや、僕が言えたことじゃないか……。
 と、病室のドアからノックの音。

 「入るぞ」
 「おお、レオナ!こんなに大きくなって……!」

 入ってきたのは見知らない男の人と、レオナさんに似た顔で髪の長いマンティス。

 「母さん。父さん」
 「えっ?」

 こ、この二人がレオナさんのご両親?
 あわ、あわわ。まだ心の準備とか済んでないのにっ!

 「レオナが帰った、と聞いたから来た」
 「子供を抱えてマンティスが屋根を凄い速さで走っていったって話でもちきりだったからなぁ。この街じゃマンティスはエリカかレオナしか居ないからな。すぐにレオナだってわかったぞ!」

 心底嬉しそうにレオナさんのお父さんは笑った。
 しかしレオナさんのお母さんのエリカさんは真っ直ぐ僕を見た。
 …………う。やっぱりマンティスの視線はちょっと怖い。

 「レオナ。帰ってきたという事は、夫は居るのだろう?」
 「はい、母さん。彼が……リオが私の夫です」
 「お、おいおい、冗談言って……」
 「…………そう」
 「ちょっ、エリカは何納得してんだ!」
 「はい……」
 「レオナはレオナで何赤くなってんだ!ま、まだ子供じゃねぇか!」

 全く持って正論だ。レオナさんのお父さんは慌てて二人を交互に見ている。
 僕自身もそれはわかっている。まだ僕は子供で、働く事なんてまだ出来ないだろう。なのに結婚するなんて早すぎる。

 「父さん。リオは……」

 状況を理解出来ずに慌てているレオナさんのお父さんに、レオナさんは僕が今までの事を全て話した。
 決して面白い話なんかじゃない。さっきまで慌てふためいていたレオナさんのお父さんも落ち着いて、そうか、と言った。

 「だから私はリオの傍に居る」
 「しかし……」
 「あの……レオナさんのお父さん」
 「…………」
 「僕はまだ子供で、働くなんてまだ出来ないような男です。それでも……僕は」

 そっと、レオナさんの手を握る。

 「いつかレオナさんに相応しい男になります。必ず」
 「………………はぁぁぁ」

 レオナさんのお父さんは大きく溜息をついた。そしてニッ、と笑った。

 「ガキが一丁前に吼えるじゃねぇか。その心意気、信じるぞ。リオ君」
 「……はいっ!」
 「私も、応援する」
 「はい、レオナさんの応援があれば、絶対に……!」
 「わぁ♪新しいふうふだね、パパ!」
 「…………年の差夫婦……しかも子供……。ったく、これだから魔物は」

 レオナさんのお母さん、エリカさんは僕に近づいてから微笑んで、言った。

 「…………レオナを頼んだ」

 さっきのマンティス特有の冷たい視線とは打って変わったその期待の目に、僕は笑顔で答えた。

 「はいっ!」
 「ふふ。…………レオナ」
 「はい」
 「素敵な夫を見つける事が出来てよかったな」

 エリカさんの言葉にレオナさんの手は僕の手をぎゅっと強く握った。

 「はい…………。しあわせです」

 愛しい僕のマンティス、レオナさんはそう言って微笑んでくれた。
11/12/27 02:06更新 / みやび

■作者メッセージ
相変わらずタイトル考えるの苦手でござる……。

どうも、みやびです。
今回はマンティスさんのお話でした。
いいよね、あのふともも!おっぱい!
本物のカマキリを見たら悲鳴を上げるくらいに虫は苦手ですが、図鑑世界のマンティスさんなら襲われたいです^p^

ここまで読んでいただきありがとうございました!

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