キキーモラの魔物的家事講習会
ここは魔物たちが暮らす街にあるセミナーハウス、その一室。
部屋は、幅は5メートルほど、長さは7メートルぐらいの大きさで、廊下側の壁には部屋の前後に入口があり、反対側の壁は大きな窓が並んでいる。だが、窓は分厚い遮光カーテンで隠されている。部屋の上手には大きなホワイトボードが置かれていて、いくつもの机と椅子がそのホワイトボードの方を向いて並べられている。
大きさも構造も学校の教室――視聴覚教室の小型版を想像してもらえれば、それとほぼ同じである。
その部屋には、十数人の魔物たちが集まり、それぞれ思い思いの席についていた。
あるものは一番前の席に陣取り筆記用具を用意しているかと思えば、後ろの方の席に陣取り椅子の背もたれに身体を預けてふんぞり返っているものもいた。他の魔物と雑談にふけるものもいれば、それを横目に見ながら話しかけれずにいるものもいる。
それぞれがそれぞれなりの過ごし方をして、部屋の中は学校の教室さながらざわめいていた。
彼女たちの種族は多種多様で、共通しているのは、この部屋を使用するのに不都合のない人型であることぐらいであった。
魔物たちにとって夫とイチャイチャするのは何よりも楽しい嬉しい気持ちいい。
それだけしていても、なんら生活に支障はない。むしろ望ましいこととされているぐらいだった。
だが、だからといって他の楽しいことはどうでもいいかと言えば、そうではない。快楽主義の彼女らは楽しいことが大好きであり、また変化することや新鮮な刺激は欲しいのである。
それに、魔物は夫のことを誰よりも熟知しているが、熟知しているからと言って、魔物がそれに安心しているとは限らない。
夫をもっと喜ばせるためにはどうすればいいか? 夫は本当に今の自分に満足してくれているのか? そのような向上心と不安とで、日々、夫のために心技体を変化発展進化を続けているのであった。
そんな健気で愛すべき魔物たちの手助けをするために講演会や、講習会、各種習い事が開催されていた。セミナーハウスはそのために建てられた施設であった。
ざわついている教室の上手側の扉が開くと、タイトなミニスカートのスーツに身を包んだサキュバスが姿を現した。それに気がつき、教室の魔物たちは雑談をやめて、それぞれの席に座りなおして、彼女の方に注目した。
彼女は教室の隅にある司会者卓に立つとマイクのスイッチを入れた。
「そろそろ、時間となりましたので、魔物的家事講習会を始めたいと思います。
本日は、イチャイチャするのに忙しい中、ご足労いただきまして、ありがとうございます。
本日の進行役を努めさせていただきます、サキュバスのアンネクローゼです。よろしくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をすると、魔物たちから拍手で応えられた。中には「よろしく!」など、声で返事したものもいたが、魔物の講習会などではよくある光景である。
「それでは、本日、講師を務めてくださる先生をお呼びします。みなさん、声を合わせて――失礼いたしました。さっきまで精戦士戦隊の司会をしておりましたので……では、あらためて、本日、講師を務めてくださるキキーモラのルリ先生です」
司会者の紹介に沸き上がる拍手の中、扉からメイド服を着たキキーモラがお辞儀をして入室してきた。澄ました表情のまま、氷の上でも滑るかのように滑らかに中央の教壇まで進み、その前で再び受講者たちに向かって深々とお辞儀をした。
焦げ茶色の髪に白いメイドキャップを被り、一見、ボブに見える髪形は、うなじの一房だけ伸ばしシックなリボンを結んでいた。物静かで従順そうな落ち着いた顔立ちで、少しばかり伏し目がちではあるが、カーキ色の瞳は己への確かな誇りと自身への確固たる自信があることは見て取れた。
手首と尻尾にはかつての姿の名残である羽根が残っており、一見するとメイド服の飾りのようにも見えた。羽根は根元に向けて焦げ茶色から白へとグラデーションがかかっていた。
「本日、皆様の講師を務めさせていただきます、キキーモラのルリです。よろしくお願いいたします」
改めてキキーモラは自己紹介して、軽く頭を下げた。それから、会場をさっと一瞥して、微笑を浮かべた。
「家事ができるより、床上手の方が旦那が喜ぶんじゃないか?」
彼女がいきなり少しばかり張った声で受講者たちに向けて問いかけるように話を始めた。その問いかけに受講者の魔物たちは何事かと緊張した。
「家事なんて意味があるの? そう思っていらっしゃる方が多いと思います。ですが、今日はその認識を変えて差し上げます」
にこやかな表情だが、あきらかに受講者たちを挑発していた。
「やれるもんなら、やってみな」
売られたケンカは買わない選択肢がない魔物が、タイムセールのお買い得品のように速攻で買い上げした。
「ありがとうございます」
キキーモラはお買い上げいただいたお客様に笑顔でお礼を言った。
「なぜ家事をするのか? 疑問に思っていらっしゃる方。正直に手を挙げてみてください」
教室を占めようとしている剣呑な空気をまるで午後の木漏れ日のように眺めつつ、彼女は今度は受講者たちに挙手を求めた。
受講者の半分ぐらいが手を上げた。家事の講習会に来ておきながら、家事を疑問視するのはいかがなものかと思うが、彼女たちも彼女たちなりの考えや事情があるのである。そして、キキーモラもそのことをよく承知していた。
「はい。多いですね。手を上げられなかった方も聞いておいてください」
手を上げていない魔物の中にも懐疑的なものがいることを承知の上で彼女は講義をスタートした。
「まず、家事をすることで旦那様の生活環境を向上させることができます」
「それがそんなに重要なのか?」
キキーモラの言葉に突っかかるように声が上がった。彼女はそれを当然のように受け止めた。
「重要でございます。たとえば、旦那様が出かけられるとします。着ている服がしわだらけだとしたら、旦那様は外で恥をかくことになります」
実際は魔物たちや年季の入ったインキュバスたちは、そんなことをさほど気にしない。だが、人間だった時の感覚を強く残しているものたちはそれを恥と思うこともあった。受講者の魔物たちも「夫が恥をかく」という言葉にちょっとひるんでいた。
「部屋が汚れていれば、旦那様は客人も家に呼べません」
「だ、だけど、イチャイチャしてたら、そういうのって後回しになるじゃない」
言い訳じみた言葉が受講者の間から漏れ聞こえ、それに同意するような空気が部屋に満ちた。
「ええ、でも、大好きな旦那様が、外に出かけて笑われたりして悔しくありませんか? 友達を家に呼べないと思っていたら、旦那様に申し訳なくありませんか?」
「そ、それは……」
キキーモラの静かな追撃に魔物たちは完全に圧されていた。多勢に無勢と油断していたところ、夫という弱点を一点突破され、形勢不利に陥ったようなものだった。
ただ、キキーモラとしては、受講者たちを屈服させるのが目的ではない。にこやかな笑顔を向けて受講者たちを解放した。
「そして、なにより大事なことは、家事には家事イチャイチャシチュエーションというものがあるのです」
「その話、詳しく聞こう」
最前列に陣取っていた真面目なヴァルキリーが食いついた。他の受講者たちも心なしか、身体が前のめりになっていた。
「男性というのは、子供っぽいところがございます。そこが可愛いのですが。皆様も思い当たる節はございませんか?」
キキーモラの言葉に受講者たちの大半がうんうんと頷いていた。
「おありのようですね。旦那様は妻が何かをしていると、それが気になって、ちょっかいをかけてくることが多いのです。自分にかまってくれないと、寂しいと思う男性は意外と多いのです」
「そういうものなのか?」
ここにいる魔物たちはどちらかというと、夫にかまってほしくて仕方ない魔物たちばかりだった。積極的に絡むかどうかは差があっても、基本は、夫の方ばかりを向いているものたちであった。
「あと、家事をしている間は、当然ながら旦那様以外の方を向いています。旦那様は普段見ない角度の皆様を見ることになります。そこで皆様の新鮮な姿に胸がときめくこともあるのです。ねえ、アンネクローゼさん?」
キキーモラはいきなり司会役のサキュバスに話を振った。
「え? ええ、この間も私が窓ガラスを拭いていると、後ろから夫がやってきて、抱きすくめられました。そして、耳元で私に言うんです。君のうなじがこんなに綺麗なんて今まで知らなかった僕が愚かだったよ。って……もう、ぞくぞくしちゃいました。それで、そのまま夫と……」
サキュバスは顔を赤らめ、嬉し恥ずかしの告白を身体をくねらせながら話し始めようとした。
「う、うらやましくなんてないもん。あたしだって、ベッドの中でもっと激しく愛してくれてるもん」
どう聞いても負け惜しみの声が上がった。
「でも、普段はくつろいでいるリビングで。
普段は行き来するだけのただの廊下で。
お食事作るキッチンで、子作り。
いつもと違う刺激がより高い興奮を感じさせてくれますよ」
負け惜しみを優しくフォローするほど講師のキキーモラは優しくはない。なにしろ、怠け者のご主人様には性的指導を行うほどの鬼教官である。
「うっ、ううぅ……」
受講者たちの負け惜しみは一気に鎮圧された。そもそも、この講習会に参加したのが、新たな刺激を夫婦生活に取り込もうとしているがためなのだから勝ち目などはない。
「これらを可能にしているのが、家事なのです。そもそも、家が散らかっていたら、どこでもできないです。下手すると旦那様に怪我させてしまうかもしれませんからね」
キキーモラの補足説明に一部の魔物はハッとした。
「帰ったら、掃除する」
「私も」
「大事なあいつに怪我なんかさせられないよな」
人間の夫をひ弱な存在と思っている魔物たちは、夫が怪我をするかもしれないという言葉に敏感に反応していた。
「ふふ。家事の良さや重要性を最初よりかは感じてくれるようになりましたね」
ここまで全てがキキーモラの脚本どおりというような微笑を浮かべた。受講者たちは、この講師に立ち向かうだけ無駄なのではないかとひっそりと感じていた。
「さて、家事の内容は、炊事、お洗濯、お掃除、お裁縫と主に四つの仕事が代表的なものです。今日はその中から炊事についての講義いたします」
時間はかかったが、やっと本題に入れるとキキーモラはホワイトボードに四つの仕事を書いて、炊事にところを丸で囲んだ。
「飯なんか食わなくたって、やってたら腹なんか空かねーよ。飯作ってる暇あったら、旦那の肉棒舐めてた方がよっぽど、腹が膨れる。それよりも、掃除を教えてくれよ」
最後列でやる気なさそうだったオーガが家を掃除するという目標に向かって走り出すのを止められて、腹立たしそうに声を上げた。
「ふふ。そうですね。でも、お忘れになっていませんか? 旦那様は人間であったことを」
どれだけ講義を中断されようと、キキーモラは変わらぬ笑顔でそれに応えていた。そして、その笑顔を見るたびに、これも脚本のうちかもという戦慄が受講者たちに走った。
「そ、そんなの忘れるかよ。あたり前のことだろ?」
オーガは少し気圧されながらも強気に言い返した。
「いいえ。旦那様たちは、おそらく、魔物との結婚生活でこちらの生活様式や習慣に馴染んでおいででしょう。だから、つい忘れがちになっているのです」
気圧され気味に言い返した言葉など力はないと言わんばかりに、キキーモラはすっぱりと否定した。
「馴染んでるならいいのではないですか?」
意外にもオーガに助け舟を出したのは、最前列のヴァルキリーであった。
「はい。ですが、ご自身のことで思い返してみてください。ごみごみした街で生活をしていて思いませんか? 思いっきり戦場を駆け回りたい。悪戯をして遊びたい。上昇気流を翼に受けて空を漂いたい。心行くまで魂の拳を交えたい。草原を思いのままに走り回りたい」
それぞれ、該当する魔物たちの方を向いて、ゆっくりと眠っているだろう欲望を言葉にした。
「思ったことはありませんか?」
「そ、それは……」
受講者たちは口ごもった。確かに、夫との性生活が一番楽しいが、そういうことに興味を失ったわけではない。
「私たちは旦那様を迎えて、生まれ変わったかのような幸せな日々を過ごしております。とは言っても、種族が変わったわけではありません。種族の本能が欲求として感じることはございます」
キキーモラは自分もそうだという風に、自分自身の胸に手を当てて、そっと目を閉じた。種族としての本能はアイデンティティーの一部であり、恥ずべきことではないと言うように。
「ああ……まあ、そうだな……」
受講者たちも自分の中の欲求を認めた。彼女はそっと目を開き、教室内の受講者を見渡した。
「これは旦那様も同じなのではないでしょうか?」
彼女は問いかけるように受講者に言ったが、それを否定する意見は出ないと確信を持った問いかけだった。
「改めて、申します。旦那様は人間でございます。人間には三大欲求というものがございます。性欲、睡眠欲、そして、食欲です」
ホワイトボードに性欲を頂点に三角形に配置した三大欲求を書いた。
「なるほど。食欲を満たすことで彼が喜んで、より一層に私のことを愛してくれるわけだな」
「はい。それもあります」
「それも、とは? どういった意味なのだ?」
「それをお話する前に、皆様は料理はお得意ですか?」
ヴァルキリーの質問を一時保留とし、受講者全員へ尋ねた。
大抵のものがその質問に目をそらすなどしていた。ただ、意外にもオーガが妙に自信満々にふんぞり返っているなどの例外もいたが。
「ご存知かもしれませんが、おいしい料理を作るのは、それなりに練習と経験が必要です」
キキーモラに言われるまでもなくそのハードルの高さを知っている受講者たちは顔を伏せた。しかし、彼女は容赦なく鬼教官スマイルであった。
「でも、それが作れれば、旦那様により一層愛されることでしょう」
より一層愛されるという甘美の響きに受講者たちは、料理に対するやる気ゲージを上昇させた。
「人間の世界では、女性が意中の男性をつなぎ留めておく最大の方法が胃袋を掴むことだと言われています」
「ストマックブローだと? 人間の女もやるな。それが決まれば悶絶するだろうからな」
料理の得手不得手を聞いたときも、なぜか自信満々だったオーガが反応した。
「違います」
さすがにここまでは自分の脚本になかったのか、キキーモラも苦笑を浮かべてきっぱり否定した。
「いや、あれはかなり効く。うまく入れば、一発KOも可能だ」
握りこぶしを作って、座ったままボディーブローを打つ格好をしていた。
「そういう意味ではありません。どんなに浮気な男でも、最終的にはおいしいものを食べさせてくれる人のところに帰ってくるという意味です」
もっとも、魔物の世界では浮気などはない。だが、人間の男女の間ではそういうことがあるということは、魔物たちも知っていた。
「では、料理人の魔物が最強となるのか?」
「いいえ。料理人の料理は美味しいですが、旦那様の趣向に合わせたうえで愛情が加わる妻の料理を男性たちは望んでいるのです」
「そ、そうなのか?」
「そうです。いわば、料理人の料理は万人に対するものですが、妻の料理は旦那様のみに対するものです。
旦那様専用。いい響きではありませんか?
それは旦那様にとっても甘美な響きなのです。
旦那様の多くは、妻の心の篭った手料理を心待ちにしているのです」
キキーモラのきっぱりと迷いのない回答に受講者たちはざわついた。何人かの受講者は実際に夫に手料理を食べてみたいとか言われたことがあったのだろう。
「だ、だけど、料理なんて……」
「なにビビってんだ? そんなの簡単だよ。生肉を出せばいいだよ、新鮮な生肉を」
キキーモラはどうして彼女が自信満々だったのかを納得して、笑顔でスルーした。
「確かに料理は一朝一夕で上手くはなりません。ですが、ご安心ください。それはこれから講習会を続けていただければ、それらの技術を叩き込んで差し上げます」
彼女の笑顔に少しばかりスパルタを予感して受講者たちは生唾を飲んだ。
「だけど、それまでは料理でラブラブはお預けなのかー」
料理の重要性は理解したが、高いハードルが下がったわけでもない。受講者たちの落胆がはっきりした声であふれた。
「ええ、普通はそうです。ですが、先程、私が『それもあります』と申したのを覚えておいででしょうか?」
キキーモラが再び微笑を浮かべた。その笑顔に受講者たちの顔が明るくなった。
「じゃあ、別の方法が?」
「お店で買ってきたものを、さも作ったように出すとか?」
「いや、幻術でおいしいと錯覚させるのだな?」
「薬とかも使えるよね?」
「だから、生肉をだな」
「はいはい。お静かにお願いいたします」
それぞれが別の方法を検討しだしたのを手をたたいてキキーモラが止めた。
「お店で買ってきたことがばれると、旦那様がかなり、ものすごく、がっかりしてしまいますよ? 旦那様に対して自分の都合で魔法や薬を使うのもいかがなものかと思います。どちらにしても、自分の愛する旦那様を騙していることになるのですから、自分が後ろめたく感じてしまう可能性があります」
夫を騙すという言葉には、さすがに魔物たちは抵抗があり、自分たちの方法を主張するのがためらわれた。
「やっぱ、生肉だな」
「それは旦那様がイヌイットでないかぎり、ハードルがかなり高いです。旦那様を困惑させたくなければ、止めておいた方が賢明でしょう」
放っておくと、本当に血の滴る生肉の塊を皿に乗せて出しそうな勢いだったので、講師として釘は刺しておいた。
「さて、少し話は変わりますが、ここにとある場所で男性の方々に、『女性のコスチュームであなたが一番興奮するものは?』というアンケートをした結果がございます」
いつの間にか、部屋の照明が落とされ、司会役のサキュバスがスクリーンを下ろし、プロジェクターにより『日本橋で男性百人に聞きました。一番興奮する女性コスチュームトップ5』と書かれた映像が映し出された。
「家事、関係ないじゃん。興味はあるけど」
「確かに、唐突ではあるな。興味はあるけど」
「もったいぶらずに教えなさいよ。興味があるから」
軽いブーイングを受けつつ、キキーモラはそれを平然と受け止め、手元のスイッチを押した。空欄になったトップ5の枠が表示されると、受講者たちが画面に集中した。
「これも家事につながる重要なことですので、興味のあるなしに関わらずにご覧ください」
そう言って、手元のスイッチを押すと、空欄が文字を埋まった。
「第一位はメイド服。第二位は裸エプロン。第三位はスクール水着。第四位はセーラー服。第五位がブルマ。という結果になりました」
「もっと溜めるとか、五位から順番に発表するとか、盛り上げてよ。味気ないじゃない」
「そういう趣旨のものではありませんので」
もったいつけるなと言っておきながら、溜めがないとの苦情にさすがのキキーモラも苦笑を浮かべた。
「ちなみに、第五位のブルマは、色の限定ありません。もちろん、ラインありのものも含みます。ただし、ちょうちんブルマは除外しました。第四位のセーラー服も、セーラー襟のデザインのものはセーラー服としました。特定の学校名を上げられている方もありましたが、それも含んでいます。第三位はスクール水着は新旧、白を含みます」
「うちの夫なら、新旧は一緒にするなと怒りそう」
「うちはセーラーワンピはそれだけで一分野と言いそうだけど」
「でも、確かに好きそうなコスチュームだよな」
発表されたトップ5に受講者たちがあれこれコメントしていた。キキーモラはしばらくはそれを自由にさせてから、再び手をたたいた。
「はい。お静かにお願いします」
注目が集まって、教室が静かになったところで、部屋の照明を明るくした。
「私が皆様に本日、家事をするのにおすすめするコスチュームは第二位の裸エプロンです」
「なんで一位のメイド服じゃないんだ」
「家事をするなら、メイド服がいいと思うんですけど?」
「そうだそうだ。自分はメイド服着ているのに」
「ちゃんと理由をお話ししますので、落ち着いてください」
予想通りなのだろう受講者の反応に微笑みを浮かべつつ、彼女らをなだめた。
「このメイド服を見て、どう思いますか?」
その場で軽くターンして、ふわりとロングスカートのすそを膨らませ、そっと停止して、遠心力で膨らんだスカートを手で軽く押さえた。
「かわいいと思う」
「ありがとうございます。他にはありませんか?」
にっこり微笑んでお礼を言ったが、正解ではないのか、別の答えを待った。
「露出が少ないよな。そんな恰好じゃ、旦那を興奮させれない」
まだ少し反抗心を保っている受講者から声が上がった。
「はい。その通りです。この服は肌の露出が少ないのです」
「はーい。でも、うちの夫くんは隠れているところがちらりと覗くチラリズムこそ正義って言ってました」
ゴブリンが手を上げて元気に発言した。
「はい。まさにその通りです。この服の戦闘力を最大限に発揮するのは、チラリズムです」
受講者の大半がなるほどと納得する中、それに納得しない者もいた。
「簡単だな、そんなもの。スカート捲し上げたり、ボタン外せばいいだけじゃないか」
リザードマンが鼻で笑った。
「なるほど。剣など振ればいい。槍など突けばいいということですね?」
キキーモラはにこやかに、受講者のリザードマンに喧嘩を売った。
「武器をなめているのか? 一人前に使えるまでには訓練が必要だ」
彼女も売られた喧嘩は特売じゃなくても買うのが家訓なので、すぐにお買い上げした。
「そうでしょうね。そして、それはメイド服も同じでございます」
「うっ」
リザードマンは自分の発した言葉で返されて言葉に詰まった。
「メイド服の良さを損なわない、さりげないチラリズムはもちろんのこと。旦那様に求められたときに、旦那様にスムーズに行為をしていただけるようにする服の着崩し方。
しかも、それを旦那様に悟られないようにする自然な動き。
着崩してもなお、メイド服の魅力を旦那様に感じさせるための、最適なはだけ具合。
これらは常日頃からメイド服を着て、愛液のにじむような修練によって身に着くのでございます」
「侮って悪かった。確かに、どんな道具でもそれをうまく使うには訓練が必要だ」
熱血で短気だが悪い魔物ではない。素直に自分の非を詫びた。
「いいえ。ご理解いただければ嬉しく思います。こちらも挑発するようなことをして、申し訳ありませんでした」
キキーモラも謝罪して、お互いに言葉の剣を鞘に納めた。
「さて、このように、メイド服は着ればそれでいいというものではありません。これは上級者用の装備とお考えください」
「じゃあ、順位は低いけど、スク水とか、セーラー服とか、ブルマはだめなの? うちの旦那、そっちの方が好きそうなんだけど?」
「ダメではございません。しかし、アンケート結果の中に、このような意見が数多くありました。それを紹介いたします」
手元の冊子を取り上げてページをめくって、軽く咳払いをした。
「スク水は神の装備だが、選ばれし神の戦士以外が装備しては、呪いがかかるのだ。24歳夢の旅人」
「あれって、天使とか、そっち専用装備だったの? だけど、サハギンの鱗とかは?」
「だが、神の装備ならヴァルキリーは大丈夫だな」
「ずるーい。いいなぁ……」
「ふふ、悪く思わないでくれ」
目の前で頷いている豊満なお姉さんボディのヴァルキリーの言葉に、キキーモラが苦笑を浮かべた。
「いいえ。少々、意見の言葉使いが特殊すぎましたが、これは比喩的表現で、セーラー服、スク水、ブルマというコスチュームはナイスバディな女性が着用すると、その魅力が逆にそがれるという、人を選ぶ装備なのです」
キキーモラが翻訳して受講者にアンケートの意見を伝えた。
「具体的に着用するとどうなるのだ?」
「安っぽいAVみたいになって萎えるという意見が大半でした」
萎えるという単語に魔物たちは眉をしかめた。正直、エッチ大好きの彼女らにすれば、それだけはなんとしても避けたい現象である。
「くっ! この大きな胸のせいで」
「なにそれ、嫌味?」
受講者の中にはプロポーションのよろしくないものもおり、それらの間で亀裂が走る音がした。
「しかし、ご安心ください。第二位の裸エプロンはそういった制限はありません」
キキーモラがそちらに話がシフトすると収拾がつかないとばかりに、少しばかり声を張り断言した。
「胸が大きくても?」
「もちろん」
「小さくても?」
「大丈夫でございます」
「なあ、裸エプロンはメイド服みたいに修業はいらないのか?」
先ほどのリザードマンが不安そうに訊いてきた。
「はい。初心者用装備ですので、本日中に正しい活用をご教授できます。ですので、おすすめなのでございます」
その質問にキキーモラは笑顔で答えた。リザードマンだけでなく、他の魔物たちも若干安堵の表情を浮かべていた。
「では、これより具体的な裸エプロンの活用法をお教えします」
キキーモラはサンプルとばかりに白いフリルのついた、通称若妻エプロンを取り出して広げて見せた。
「まずは、活用をするにあたり裸エプロンの最大の弱点を知っておかねばなりません」
彼女は少し間を置いて、注目がしっかり集まったところで続けた。
「裸エプロンの最大の弱点は、出オチであるところです」
「出オチ?」
「最初のインパクトが高いだけで、そのあとが続かないという意味です」
「いわゆる奇襲作戦というわけか」
「はい。ですが、裸エプロンを正しく使えば、奇襲を成功させて、効果を最大限得ることができます」
残念な空気を払拭するように彼女が言うと、全員が真剣な顔で彼女の方に注目した。
「まず、旦那様が帰宅された時、裸エプロンで出迎えます」
「なんだ、普通じゃないか」
「裸エプロンは、非常に手軽なコスチュームであるのに普通の人間女性は羞恥心のためか、ほとんど行わないレアコスチュームです。旦那様は感覚的に人間の判定基準を失っておりません。ですので、皆様の裸エプロンを見ても、まさかと思うのです」
「でも、裸エプロンなんですよね? なんで、まさかなんて思うんですか?」
「例えば、チューブトップにショートパンツの格好にエプロンをすると、正面からは裸エプロンに見えます。こういった格好を裸エプロンもどき、もしくは、似非裸エプロンと呼ばれています。正面からだけでは判別することが難しいのです」
「なるほど」
「旦那様は、まさか裸エプロンじゃないだろうと思いつつも、そう見えることにドキドキしています」
「わかった。そこを襲うんだな?」
「旦那様に求められるよりも、襲うのが好きであれば」
「で、できたら、向こうから来てほしいな。いつも、こっちからばっかりだし……」
意外にもオーガが顔を赤くしながらそう呟き、近くにいたリザードマンもそれに頷いた。
「ええ、そう思います。裸エプロンを見て、獣欲を全開に襲い掛かってくるような旦那様をお持ちでしたら、この講習会にはおそらく参加されていません」
キキーモラがにっこりと微笑んでみせた。
「うっ……悪かったな。うちの旦那はシャイなんだよ。それに……優しんだ」
微笑まれたことで口を尖らせてノロケで言い返した。
「悪くないですよ。これは、そんな旦那様が自ら皆様を求めてくれるようにするための講習会なのですから」
優しく微笑を浮かべて、大きく頷いた。
「わかった。続けてくれ」
「旦那様は皆様の格好が本当に裸エプロンかどうか気になって仕方ありません。それを確認するのは、皆様に直接訊くか、後姿を見るしかありません。でも、シャイな旦那様たちは、皆様に直接訊くのは恥ずかしがって後ろを確認しようとするでしょう」
「そこで見せてやるのか?」
「ここで見せるぐらいなら、出迎えたときにおかえりと言いながらターンした方がマシです」
「そういう方法もあるのか!」
「それをしたらシャイな旦那様の場合、引かれますよ」
キキーモラは苦笑して裸エプロンターンを止めておいた。
「さて、旦那様に決して後ろを見せないように体の向きを注意してください。旦那様を前に歩かせるなどしてください。また、鏡やガラスなどで後ろが見えるのも注意してください」
そういって、司会役のサキュバスを呼び寄せ、彼女を旦那様と見立てて、身体を上手く方向を変えて後ろを見せないようにする方法を実演して見せた。
「この体捌きは、後ほど皆様にも練習していただきます」
「まるで武術だな」
その程度なら見るだけで十分だと武闘派の魔物たちは余裕の表情をしていた。
「女の闘いですから。そして、そのまま旦那様は部屋着に着替えのために寝室などに行かれるでしょう。この時に、普通に自然体で後姿を見せてあげてください」
「ふむふむ。そこでアピールはしなくていいのか?」
「はい。あえてアピールはしません。あくまで自然体で、です。おそらく、旦那様はびっくりするでしょう。裸エプロン疑惑のドキドキが、疑惑確定してさらにドキドキされます。きっと、なんて格好してるんだとかおっしゃられると思います」
「言いそうだ。すごく、言いそうだ」
何人もの魔物が頷いた、
「そこでの返しとして、例をあげます」
そして、打ち合わせしていたのだろう。司会役のサキュバスが再び中央にやってきて、サキュバスが旦那役、キキーモラが妻役で寸劇を始めた。
「な、なんて格好をしているんだ?」
「エプロンかわいくなかった?」
「いや、エプロンじゃなくて、なんで裸にエプロンだけなんだ?」
「これだと、服が汚れないのよ。私って頭いいでしょ?」
「いや、だから」
「ちょっと待っててね。すぐにお食事、用意するから」
そういって、旦那役のサキュバスから離れるようにしてキキーモラはそこで足を止めた。
「このような返しをされるとよいでしょう」
「あの。頭いいでしょとか、馬鹿っぽいのは少し抵抗があるのだが」
「それぞれキャラクターにあわせたバリエーションは後程、実技で考えますが、一例として、合理的だろう? など言い方は色々できます」
納得して頷くのを見て、彼女は話を続けた。
「お尻を振りながら、鼻歌でも歌いながら、楽しそうに食事の用意をしてください。旦那様の視線は皆様にくぎ付けになります。もしくは、見ないふりをしながら見ています」
「むっつりだな」
「むっつりね」
そういいつつも、顔がにやけている魔物たちも十分むっつりであるが、それは言わない約束である。
「質問!」
そこに元気よく手を上げたものがいた。小柄なゴブリンであった。
「その料理ができないんだけど。そういうのはどうすればいいの?」
「はい。今のところは出来合いの――買ってきたもので構いません。できれば、さりげなく、精のつくものを選択しておきましょう。でも、買ってきたままではなく、お皿に盛り付けるぐらいはしてくださいね」
「しかし、先ほど、買ってきたものとばれたらまずいといっていなかったか?」
「隠すからいけないのです。まだ、料理が上手くないから、買ってきたものだということを素直に最初に言えば問題ありません」
「そ、そうなの? よかった」
「でも、全て買ってきたものだと寂しいので、今日、簡単な料理を一品、皆様には憶えて帰ってもらいます。それを作ってお出しましょう」
「だ、大丈夫なのだろうか?」
急に不安が教室内に満ちだした。今まで食事はどうしていたのだろうかとキキーモラはふと思ったが、考えないことにした。
「料理をするときにお教えしますが、まずは教えられたとおりに料理すれば、大外れにはなりません。失敗するのは大抵が自己流で余計なものをくわえたり、工程を飛ばしたりするためです」
キキーモラはこれまでに数々の過去の受講者たちがやった失敗例を思い浮かべて、軽く遠い目になった。
「だが……」
料理に何かトラウマでもあるかのように受講者たちは及び腰であった。
「それに、多少不味くても、旦那様はお優しいので食べてくれます。今日のところは、愛情優先で作りましょう。その後は、旦那様のお優しさに甘えることなく、練習をすればよいのです」
「そ、そうか……わかった」
やっと重い腰を上げてくれる気になった受講者たちに安堵しながらキキーモラは少し間をおいて、再び話を始めた。
「それと、食事の準備をする際に少し高いところのものを取る動作をしましょう」
「どういう意味があるんですか?」
「裸エプロンは普通の服とは違い、脇が甘い服でございます」
自分自身が横を向いて見せて、手を上げてメイド服の側面を見せた。メイド服がエプロンだけだとすると、確かに脇が丸見えであった。
「普段ではなかなか見る機会がない、横チチをアピールできる機会です。これは胸のサイズには関係ありません。レアな角度からオッパイを見ることで旦那様は興奮を覚えるでしょう」
「そのために高いところのものを取る仕草をするのね」
「腕を下ろした状態ですと脇が隠れます。腕を後ろに引けば、エプロンが後ろに引っ張られてしまいますし、そのような動きがそもそも不自然です。自然に腕のガードをずらすには、腕を上げる。つまりは、高いところのものを取る動作が最適なのです」
受講者たちが納得しているのを確認してから、先を続けた。
「そして、食事の用意が整い、配膳が済みましたら、お料理を旦那様に食べさせてあげてください」
「口移しでか?」
嬉々とした声で間髪入れずに質問がやってきた。
「それも魅力的ですが、今回はあえてしないでおきましょう」
キキーモラはきっぱりと口移しを推奨しなかった。
「なぜだ! ここまできて、キスもまだできていないじゃないか」
「そうだ、そうだ! もう、うずいて我慢できないよ」
「あたしらの性欲をなめるな!」
受講者たちはブーイングを上げた。
「旦那様から求めてもらうため我慢をしてください。キスするのと、キスされるの。どっちがいいですか?」
「どっちもいいけど、やっぱり、されたい!」
ゴブリンの素直な声が間髪いれずに返ってきた。他の魔物たちも口にしないだけで同じ気持ちだろう。
「はい。なので、我慢です」
キキーモラににっこり笑顔で言われてしまい、ブーイングは収まった。
「旦那様の隣へ行き、座らずに前屈みになり、食事をスプーンですくい、食べさせてあげましょう。このときに、ご主人様の目とスプーンの延長線上に胸の谷間を配置するよう心がけます。裸エプロンは胸元を大きく開いた服と同じなので、胸の谷間を見せるのに適しています」
「先生! 胸のない人は諦めろってことですか!」
ぺたんこ胸を押さえながら涙目になっているゲイザーが悲痛な叫びを上げた。いつのまにか、ぺたんこ同士座る場所が固まっていた。
「小さい場合は、エプロンと胸の間にスペースが生まれ、そこから乳首を見せることができます。これは、大きな胸の人にはできない技です」
キキーモラの回答に貧乳同盟のおのおのが「戦える」と気合が入れているのがわかった。
「先生!」
「普通サイズでも、前屈みになれば、多少はサイズアップできます。胸元をのぞかせるのは、谷間がなくても十分に興奮してくれることです」
何か言う前にどちらでもない普通サイズへの回答もした。
「いや、そうじゃなくて、先生。ウチの夫はアーンなんて、恥ずかしいのは照れると拒否しそうなんですけど? こういう場合はどうすればいいんですか?」
「あ、えー……そうですね」
キキーモラは調子に乗って少し勇み足だったのを恥ずかしそうに、わずかに顔を赤らめた。
「恥ずかしがり屋さんの旦那様は、普段はお堅い感じでしょうか? その場合だったら、理屈とおねだりで解消できると思います」
そういうと、キキーモラは胸の前で手を組んで祈るよう膝を折った。
「私、今まで家事なんてしなかったけど、旦那様のためにエッチ以外でも何かしてあげたいの。それで今日から家事の講習会に通ってるの。でも、はじめたばかりだから、まだなにもできなくて。だから、アーンって旦那様に食べさせてあげることしかできないの。これから、料理とか掃除とか、家事を覚えるように頑張るから、アーンってさせて。お願い!」
そういい終わると、祈りのポーズを解いて、普通に立ち上がった。
「このような台詞で少し目を潤ませながら上目使いで訴えれば、大抵の旦那様は折れてくださいます。それでも拒否されれば、しょんぼりと大人しく引き上げましょう」
「それで諦めるのか? 貴様の夫に対するアーンして食べさせたい欲はその程度なのか?」
最前列のヴァルキリーが意外にも突っかかってきた。しかし、それもキキーモラは笑顔で受け止めていた。
「いいえ。これは戦略的撤退です」
「物は言いようだな」
無能な指揮官の常套文句だとばかりに吐き捨てた。
「戦略的と申しましたのは、皆様の旦那様は、皆様がしょんぼりしているのを見て、心痛まない冷血漢ではないでしょう? お優しい旦那様で、少し優しすぎるぐらいだと思ってるのでしょう?」
「くっ! 見てきたように言うのだな」
キキーモラが微笑みと共に言うと、自分の夫の性格を言い当てられて、ヴァルキリーは悔しそうに顔をゆがめた。
「ここに講習を受けに来る魔物は大抵がそうなのです」
優しく彼女は言うと、講義を続けた。
「きっと、しょんぼりしている皆様を見て、旦那様はしょうがない。一口だけだぞとか、折れてくださいます。そしたら、満面の笑顔で食べさせてあげてください」
「ああ……。よくわかったが、私にそんな演技ができるかな?」
不安そうにヴァルキリーが呟いた。
「演技などしなくても大丈夫でございます。素でできますから」
「いや、そんなことは……」
さすがにそれはないと、ヴァルキリーは苦笑を浮かべた。
「では、皆様。目を閉じて、旦那様にアーンを断られたことを想像してみてください」
教室の空気が目に見えて、一段重くなったのを感じた。
「皆様、ちゃんとしょんぼりできています。ご安心ください」
キキーモラは受講者たちに目を開けさせた。
「演技はしないでいいのですが、一つだけ、決して泣かないこと。涙は強力な武器ですが、強力すぎるので使いどころを注意しましょう」
「そうなのか。それは注意せねば」
ヴァルキリーが自分のメモに注意事項を書き込んだ。真面目にメモを取っているので、走り書きだが、ノートはすでに数ページが消費されていた。
「そして、食事が終われば、使った食器の洗い物です。くれぐれも、旦那様の唾液がついているからとねぶらないように」
キキーモラの注意に目をそらす魔物も何人かいた。それは優しくつっこまずに話を続けた。
「もし、洗い物を旦那様がすると言い出した場合は、一緒にしようと提案して、共同作業をしましょう。旦那様との共同作業で親密度が上がります」
キキーモラ的には旦那様の申し出は却下して一人で洗い物するのが正解だが、受講者たちの家事レベルでは旦那様の方が家事レベルが高い可能性が高い。それならば、そこで手取り足取り腰取りで教えてもらう方が正解であろうと考えていた。
「そういう申し出がなかった場合でも、楽しそうに洗い物をしていてください」
「食事の用意をするときと同じなんだね。アピールしなくていいの?」
ここまで直接的にアピールしないことに不安を覚えて質問があがった。
「ある格闘技の格言に、押さば押せ。引かば押せ。というのがございます。しかし、格言だからと盲信していては勝つことはできません」
受講者たちが真剣に話に聞き入っているのを見て、キキーモラは軽く頷いた。
「いままで、皆様は猛烈に直接的なアピールを旦那様にしてこられたと思います。押す力はもう十分に身についています。ここで引く力を手に入れれば、サキュバスに肉棒です」
「引く力?」
「裸エプロンという、扇情的なコスチュームを着ているのに、積極的に迫ってこない皆様を旦那様はどう思うでしょう? どうせ最後はエッチしようとせがんでくるに違いないと考えるでしょう。でも、皆様はそこを我慢して、直接的にアピールせずに間接的に旦那様の劣情を刺激していくのです。そうして、旦那様の我慢の限界を超えさせ、手を出させるわけです」
「上手くいくのか?」
「布石は十分です。上手くすると、洗い物をしているところで手を出してくださいます」
キキーモラの言葉に受講者たちがぱっと華やいだ。
「なるほど。食事をして、三大欲求の一つ、食欲を満たした後は、性欲が増大するわけだな?」
見事な戦術だとヴァルキリーが頷いた。
「その通りでございます。食欲、性欲、睡眠欲はそれぞれ関係は密接ですので、一つを刺激し、満足すると別の欲が膨らみます」
「それだったら、睡眠欲が膨らむかもしれないじゃない」
ゴブリンがお腹が膨らんで寝てしまうのはよくあると、彼女の戦術に欠陥を見つけた。
「その可能性もあります。それを性欲に誘導するための、精のつく食事と裸エプロンなのです。そして、裸エプロンの効果を強化ために、横チチちらり、あーんの谷間による視覚的アピールをしています」
キキーモラが冷静にその欠陥への対応策を答えた。
「これほどの知略に満ちているとは、家事とは侮れんものだな」
「とはいいましても、裸エプロンの弱点を皆様、憶えていらっしゃいますか?」
せっかく褒めてもらったのだが、キキーモラは軽く困った表情を浮かべた。
「出オチだったっけ?」
「はい。ここまで平然と裸エプロンでいたために、旦那様の頭の中では、裸エプロンはすでに普段着に近い感覚へと麻痺してしまっています。要は慣れてしまっているのです」
「人間って、どの種族と比べても状況に慣れるのって早いよねー」
流されやすいとも言うが、その適応能力が世界最多数の知的生命体になった理由だろう。最近増えてきている親魔物国家などはそのよい例と言える。
「とはいえ、これは一時的な麻痺なので、時間を置けば、おおよそ元に戻りますが」
「でも、今っていうか、その時に麻痺されても困るじゃない」
ゴブリンの言葉に確かにその通りと受講者たちは同意の声を上げた。
「そこでハプニングを起こします」
それも対応済みだと、キキーモラが即答した。
「ハプニング?」
「洗い物をしている水を自分に掛けてください。蛇口を上手く押さえれば、簡単にできます」
キキーモラの言葉に受講者の全員が意味がわからないと首をひねった。
「エプロンが白であったなら、水がかかれば透けます」
「透けるだと?」
軽く腰を浮かせたものもいたために机と椅子の音が教室に響いた。
「このように薄手のものであれば、より一層です」
キキーモラがサンプルとして見せていた若妻エプロンを霧吹きで濡らすと、うっすらと透けていた。
「なんてこと!」
「しかも、濡れたことで肌に張り付き、プロポーションも裸同然です」
手の平にそのエプロンを載せると、うっすらと手の平が透けて見えて、手の平の形にエプロンの生地が馴染んでいた。
「それなら、脱いで裸じゃダメなの?」
透けて見えるよりもはっきり裸を見せられる方が露出は高いとゲイザーが触手を上げた。
「ベッドの上で、見せるつもりで見せている裸と違って、裸エプロンとはいえ、隠している状態です。それがアクシデントによって見える。これはチラリズムと同じ心理効果を与えます」
「おお!」
教室が感嘆の声で満たされた。
「先生! エプロン買ってきます」
気の早い受講者が教室を飛び出そうとして立ち上がりかけた。
「本日の講習を最後まで受けた方には、私が監修しましたこの裸エプロン専用エプロンをプレゼントしますので落ち着いてください」
席を立とうとする魔物をキキーモラは止めた。
「それを早く言ってください!」
「申し訳ありません」
軽く謝って話を続けた。
「さて、水を被ったら、かわいく悲鳴など上げてください。そして、へたり込んでください」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいな」
リザードマンが顔を赤らめて、そういう姿を夫に見せるのはちょっとと照れていた。
「照れないで頑張ってください。そうすれば、旦那様は皆様を心配して、声をかけてくれるでしょう。大丈夫か? どうしたんだ? という風に」
魔物たちはそれぞれの夫でそれを想像して顔を緩めていた。
「そこで、慣れてないから、失敗しちゃった。と照れ笑いでも浮かべてください。これも家事スキルの低さがあればこそのハプニングです。今のうちに使いましょう」
「なんか、馬鹿にされてる気もするが、そうだな。使えるときに使おう」
「水に濡れた裸エプロン姿は結構、淫靡なものでございますし、普段とは違う様子に旦那様は興奮してくださっているでしょう。しかも、皆様はへたり込んでいるので、旦那様からすると皆様を見下ろしている形になりますから、旦那様の支配欲征服欲も刺激します」
キキーモラの言葉に受講者全員が感心を通り越して、心酔していた。
「起き上がるときに旦那様にお尻を向けて四つんばいになるなどすれば、もう十分でございます。そのころには、皆様の大事なところは、焦らしに焦らされ、旦那様を迎える準備は万端に整って、甘い香りを漂わせておいででしょう」
誰かが生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
「その甘い香りの意味するところを知らない旦那様はいらっしゃらないでしょう。きっと家事を頑張ったご褒美をくださいますでしょう」
その言葉に受講者の誰とはなしに拍手が沸き起こった。そして、それが教室全体に広がり、果ては立ち上がっての拍手となった。
キキーモラはスタンディングオベーションを受けながら、満足げな微笑を浮かべて一礼した。
「引き続きまして、皆様には裸エプロンを着用していただき、実地練習を行っていただきます。会場を移動いたしますので、お忘れ物のなきよう、お願いいたします」
司会役のサキュバスが出てきて告知すると、受講者たちは荷物をいそいそとまとめ始めた。
「家事がこれほど奥が深いなんて知らなかったよ」
「ためになるよね。家事できるようになったら、うちの人、可愛がってくれるかな?」
「なるにきまってるって。でも、実地練習、上手くできるかな? あたしはそっちが不安」
「あの先生なら、きっと私たちを家事の勇者に導いてくれる」
「うん。そうだね」
わいわいと受講者同士が雑談しているのを尻目に一番後ろの席にいたオーガが前に出てきて、司会役のサキュバスに近づいていった。
「あの、ちょっと聞きたいんだけど、実地練習の講師は?」
サキュバスにした質問を聞いて、受講者たちは実地練習の講師が変わる可能性にその時初めて気付いた。
「大丈夫ですよ。そのまま、キキーモラのルリ先生が行ってくださいます。それと、今の講義の内容で不明なところがございましたら、実地練習のときに質問していただければお答えくださいます」
サキュバスが笑顔で答えると、オーガが小さくガッツポーズをした。彼女だけでなく、周りで聞き耳を立てていた受講者たちも、ほっとした表情をしていた。
「ルリ先生、大人気ですね。まあ、わからなくもないけど」
サキュバスは心の中でそう呟いて、少し興奮している受講者たちを実習室に誘導していった。
キキーモラ。
働き者の男性の家に赴き、その世話を焼くことに喜びを見出す、家庭的で温和な魔物として人魔にその名を知られている。
しかし、その主人はついつい家事をしているキキーモラにエッチなことをしてしまうことでも知られている。だが、その原因は謎と言われている。
部屋は、幅は5メートルほど、長さは7メートルぐらいの大きさで、廊下側の壁には部屋の前後に入口があり、反対側の壁は大きな窓が並んでいる。だが、窓は分厚い遮光カーテンで隠されている。部屋の上手には大きなホワイトボードが置かれていて、いくつもの机と椅子がそのホワイトボードの方を向いて並べられている。
大きさも構造も学校の教室――視聴覚教室の小型版を想像してもらえれば、それとほぼ同じである。
その部屋には、十数人の魔物たちが集まり、それぞれ思い思いの席についていた。
あるものは一番前の席に陣取り筆記用具を用意しているかと思えば、後ろの方の席に陣取り椅子の背もたれに身体を預けてふんぞり返っているものもいた。他の魔物と雑談にふけるものもいれば、それを横目に見ながら話しかけれずにいるものもいる。
それぞれがそれぞれなりの過ごし方をして、部屋の中は学校の教室さながらざわめいていた。
彼女たちの種族は多種多様で、共通しているのは、この部屋を使用するのに不都合のない人型であることぐらいであった。
魔物たちにとって夫とイチャイチャするのは何よりも楽しい嬉しい気持ちいい。
それだけしていても、なんら生活に支障はない。むしろ望ましいこととされているぐらいだった。
だが、だからといって他の楽しいことはどうでもいいかと言えば、そうではない。快楽主義の彼女らは楽しいことが大好きであり、また変化することや新鮮な刺激は欲しいのである。
それに、魔物は夫のことを誰よりも熟知しているが、熟知しているからと言って、魔物がそれに安心しているとは限らない。
夫をもっと喜ばせるためにはどうすればいいか? 夫は本当に今の自分に満足してくれているのか? そのような向上心と不安とで、日々、夫のために心技体を変化発展進化を続けているのであった。
そんな健気で愛すべき魔物たちの手助けをするために講演会や、講習会、各種習い事が開催されていた。セミナーハウスはそのために建てられた施設であった。
ざわついている教室の上手側の扉が開くと、タイトなミニスカートのスーツに身を包んだサキュバスが姿を現した。それに気がつき、教室の魔物たちは雑談をやめて、それぞれの席に座りなおして、彼女の方に注目した。
彼女は教室の隅にある司会者卓に立つとマイクのスイッチを入れた。
「そろそろ、時間となりましたので、魔物的家事講習会を始めたいと思います。
本日は、イチャイチャするのに忙しい中、ご足労いただきまして、ありがとうございます。
本日の進行役を努めさせていただきます、サキュバスのアンネクローゼです。よろしくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をすると、魔物たちから拍手で応えられた。中には「よろしく!」など、声で返事したものもいたが、魔物の講習会などではよくある光景である。
「それでは、本日、講師を務めてくださる先生をお呼びします。みなさん、声を合わせて――失礼いたしました。さっきまで精戦士戦隊の司会をしておりましたので……では、あらためて、本日、講師を務めてくださるキキーモラのルリ先生です」
司会者の紹介に沸き上がる拍手の中、扉からメイド服を着たキキーモラがお辞儀をして入室してきた。澄ました表情のまま、氷の上でも滑るかのように滑らかに中央の教壇まで進み、その前で再び受講者たちに向かって深々とお辞儀をした。
焦げ茶色の髪に白いメイドキャップを被り、一見、ボブに見える髪形は、うなじの一房だけ伸ばしシックなリボンを結んでいた。物静かで従順そうな落ち着いた顔立ちで、少しばかり伏し目がちではあるが、カーキ色の瞳は己への確かな誇りと自身への確固たる自信があることは見て取れた。
手首と尻尾にはかつての姿の名残である羽根が残っており、一見するとメイド服の飾りのようにも見えた。羽根は根元に向けて焦げ茶色から白へとグラデーションがかかっていた。
「本日、皆様の講師を務めさせていただきます、キキーモラのルリです。よろしくお願いいたします」
改めてキキーモラは自己紹介して、軽く頭を下げた。それから、会場をさっと一瞥して、微笑を浮かべた。
「家事ができるより、床上手の方が旦那が喜ぶんじゃないか?」
彼女がいきなり少しばかり張った声で受講者たちに向けて問いかけるように話を始めた。その問いかけに受講者の魔物たちは何事かと緊張した。
「家事なんて意味があるの? そう思っていらっしゃる方が多いと思います。ですが、今日はその認識を変えて差し上げます」
にこやかな表情だが、あきらかに受講者たちを挑発していた。
「やれるもんなら、やってみな」
売られたケンカは買わない選択肢がない魔物が、タイムセールのお買い得品のように速攻で買い上げした。
「ありがとうございます」
キキーモラはお買い上げいただいたお客様に笑顔でお礼を言った。
「なぜ家事をするのか? 疑問に思っていらっしゃる方。正直に手を挙げてみてください」
教室を占めようとしている剣呑な空気をまるで午後の木漏れ日のように眺めつつ、彼女は今度は受講者たちに挙手を求めた。
受講者の半分ぐらいが手を上げた。家事の講習会に来ておきながら、家事を疑問視するのはいかがなものかと思うが、彼女たちも彼女たちなりの考えや事情があるのである。そして、キキーモラもそのことをよく承知していた。
「はい。多いですね。手を上げられなかった方も聞いておいてください」
手を上げていない魔物の中にも懐疑的なものがいることを承知の上で彼女は講義をスタートした。
「まず、家事をすることで旦那様の生活環境を向上させることができます」
「それがそんなに重要なのか?」
キキーモラの言葉に突っかかるように声が上がった。彼女はそれを当然のように受け止めた。
「重要でございます。たとえば、旦那様が出かけられるとします。着ている服がしわだらけだとしたら、旦那様は外で恥をかくことになります」
実際は魔物たちや年季の入ったインキュバスたちは、そんなことをさほど気にしない。だが、人間だった時の感覚を強く残しているものたちはそれを恥と思うこともあった。受講者の魔物たちも「夫が恥をかく」という言葉にちょっとひるんでいた。
「部屋が汚れていれば、旦那様は客人も家に呼べません」
「だ、だけど、イチャイチャしてたら、そういうのって後回しになるじゃない」
言い訳じみた言葉が受講者の間から漏れ聞こえ、それに同意するような空気が部屋に満ちた。
「ええ、でも、大好きな旦那様が、外に出かけて笑われたりして悔しくありませんか? 友達を家に呼べないと思っていたら、旦那様に申し訳なくありませんか?」
「そ、それは……」
キキーモラの静かな追撃に魔物たちは完全に圧されていた。多勢に無勢と油断していたところ、夫という弱点を一点突破され、形勢不利に陥ったようなものだった。
ただ、キキーモラとしては、受講者たちを屈服させるのが目的ではない。にこやかな笑顔を向けて受講者たちを解放した。
「そして、なにより大事なことは、家事には家事イチャイチャシチュエーションというものがあるのです」
「その話、詳しく聞こう」
最前列に陣取っていた真面目なヴァルキリーが食いついた。他の受講者たちも心なしか、身体が前のめりになっていた。
「男性というのは、子供っぽいところがございます。そこが可愛いのですが。皆様も思い当たる節はございませんか?」
キキーモラの言葉に受講者たちの大半がうんうんと頷いていた。
「おありのようですね。旦那様は妻が何かをしていると、それが気になって、ちょっかいをかけてくることが多いのです。自分にかまってくれないと、寂しいと思う男性は意外と多いのです」
「そういうものなのか?」
ここにいる魔物たちはどちらかというと、夫にかまってほしくて仕方ない魔物たちばかりだった。積極的に絡むかどうかは差があっても、基本は、夫の方ばかりを向いているものたちであった。
「あと、家事をしている間は、当然ながら旦那様以外の方を向いています。旦那様は普段見ない角度の皆様を見ることになります。そこで皆様の新鮮な姿に胸がときめくこともあるのです。ねえ、アンネクローゼさん?」
キキーモラはいきなり司会役のサキュバスに話を振った。
「え? ええ、この間も私が窓ガラスを拭いていると、後ろから夫がやってきて、抱きすくめられました。そして、耳元で私に言うんです。君のうなじがこんなに綺麗なんて今まで知らなかった僕が愚かだったよ。って……もう、ぞくぞくしちゃいました。それで、そのまま夫と……」
サキュバスは顔を赤らめ、嬉し恥ずかしの告白を身体をくねらせながら話し始めようとした。
「う、うらやましくなんてないもん。あたしだって、ベッドの中でもっと激しく愛してくれてるもん」
どう聞いても負け惜しみの声が上がった。
「でも、普段はくつろいでいるリビングで。
普段は行き来するだけのただの廊下で。
お食事作るキッチンで、子作り。
いつもと違う刺激がより高い興奮を感じさせてくれますよ」
負け惜しみを優しくフォローするほど講師のキキーモラは優しくはない。なにしろ、怠け者のご主人様には性的指導を行うほどの鬼教官である。
「うっ、ううぅ……」
受講者たちの負け惜しみは一気に鎮圧された。そもそも、この講習会に参加したのが、新たな刺激を夫婦生活に取り込もうとしているがためなのだから勝ち目などはない。
「これらを可能にしているのが、家事なのです。そもそも、家が散らかっていたら、どこでもできないです。下手すると旦那様に怪我させてしまうかもしれませんからね」
キキーモラの補足説明に一部の魔物はハッとした。
「帰ったら、掃除する」
「私も」
「大事なあいつに怪我なんかさせられないよな」
人間の夫をひ弱な存在と思っている魔物たちは、夫が怪我をするかもしれないという言葉に敏感に反応していた。
「ふふ。家事の良さや重要性を最初よりかは感じてくれるようになりましたね」
ここまで全てがキキーモラの脚本どおりというような微笑を浮かべた。受講者たちは、この講師に立ち向かうだけ無駄なのではないかとひっそりと感じていた。
「さて、家事の内容は、炊事、お洗濯、お掃除、お裁縫と主に四つの仕事が代表的なものです。今日はその中から炊事についての講義いたします」
時間はかかったが、やっと本題に入れるとキキーモラはホワイトボードに四つの仕事を書いて、炊事にところを丸で囲んだ。
「飯なんか食わなくたって、やってたら腹なんか空かねーよ。飯作ってる暇あったら、旦那の肉棒舐めてた方がよっぽど、腹が膨れる。それよりも、掃除を教えてくれよ」
最後列でやる気なさそうだったオーガが家を掃除するという目標に向かって走り出すのを止められて、腹立たしそうに声を上げた。
「ふふ。そうですね。でも、お忘れになっていませんか? 旦那様は人間であったことを」
どれだけ講義を中断されようと、キキーモラは変わらぬ笑顔でそれに応えていた。そして、その笑顔を見るたびに、これも脚本のうちかもという戦慄が受講者たちに走った。
「そ、そんなの忘れるかよ。あたり前のことだろ?」
オーガは少し気圧されながらも強気に言い返した。
「いいえ。旦那様たちは、おそらく、魔物との結婚生活でこちらの生活様式や習慣に馴染んでおいででしょう。だから、つい忘れがちになっているのです」
気圧され気味に言い返した言葉など力はないと言わんばかりに、キキーモラはすっぱりと否定した。
「馴染んでるならいいのではないですか?」
意外にもオーガに助け舟を出したのは、最前列のヴァルキリーであった。
「はい。ですが、ご自身のことで思い返してみてください。ごみごみした街で生活をしていて思いませんか? 思いっきり戦場を駆け回りたい。悪戯をして遊びたい。上昇気流を翼に受けて空を漂いたい。心行くまで魂の拳を交えたい。草原を思いのままに走り回りたい」
それぞれ、該当する魔物たちの方を向いて、ゆっくりと眠っているだろう欲望を言葉にした。
「思ったことはありませんか?」
「そ、それは……」
受講者たちは口ごもった。確かに、夫との性生活が一番楽しいが、そういうことに興味を失ったわけではない。
「私たちは旦那様を迎えて、生まれ変わったかのような幸せな日々を過ごしております。とは言っても、種族が変わったわけではありません。種族の本能が欲求として感じることはございます」
キキーモラは自分もそうだという風に、自分自身の胸に手を当てて、そっと目を閉じた。種族としての本能はアイデンティティーの一部であり、恥ずべきことではないと言うように。
「ああ……まあ、そうだな……」
受講者たちも自分の中の欲求を認めた。彼女はそっと目を開き、教室内の受講者を見渡した。
「これは旦那様も同じなのではないでしょうか?」
彼女は問いかけるように受講者に言ったが、それを否定する意見は出ないと確信を持った問いかけだった。
「改めて、申します。旦那様は人間でございます。人間には三大欲求というものがございます。性欲、睡眠欲、そして、食欲です」
ホワイトボードに性欲を頂点に三角形に配置した三大欲求を書いた。
「なるほど。食欲を満たすことで彼が喜んで、より一層に私のことを愛してくれるわけだな」
「はい。それもあります」
「それも、とは? どういった意味なのだ?」
「それをお話する前に、皆様は料理はお得意ですか?」
ヴァルキリーの質問を一時保留とし、受講者全員へ尋ねた。
大抵のものがその質問に目をそらすなどしていた。ただ、意外にもオーガが妙に自信満々にふんぞり返っているなどの例外もいたが。
「ご存知かもしれませんが、おいしい料理を作るのは、それなりに練習と経験が必要です」
キキーモラに言われるまでもなくそのハードルの高さを知っている受講者たちは顔を伏せた。しかし、彼女は容赦なく鬼教官スマイルであった。
「でも、それが作れれば、旦那様により一層愛されることでしょう」
より一層愛されるという甘美の響きに受講者たちは、料理に対するやる気ゲージを上昇させた。
「人間の世界では、女性が意中の男性をつなぎ留めておく最大の方法が胃袋を掴むことだと言われています」
「ストマックブローだと? 人間の女もやるな。それが決まれば悶絶するだろうからな」
料理の得手不得手を聞いたときも、なぜか自信満々だったオーガが反応した。
「違います」
さすがにここまでは自分の脚本になかったのか、キキーモラも苦笑を浮かべてきっぱり否定した。
「いや、あれはかなり効く。うまく入れば、一発KOも可能だ」
握りこぶしを作って、座ったままボディーブローを打つ格好をしていた。
「そういう意味ではありません。どんなに浮気な男でも、最終的にはおいしいものを食べさせてくれる人のところに帰ってくるという意味です」
もっとも、魔物の世界では浮気などはない。だが、人間の男女の間ではそういうことがあるということは、魔物たちも知っていた。
「では、料理人の魔物が最強となるのか?」
「いいえ。料理人の料理は美味しいですが、旦那様の趣向に合わせたうえで愛情が加わる妻の料理を男性たちは望んでいるのです」
「そ、そうなのか?」
「そうです。いわば、料理人の料理は万人に対するものですが、妻の料理は旦那様のみに対するものです。
旦那様専用。いい響きではありませんか?
それは旦那様にとっても甘美な響きなのです。
旦那様の多くは、妻の心の篭った手料理を心待ちにしているのです」
キキーモラのきっぱりと迷いのない回答に受講者たちはざわついた。何人かの受講者は実際に夫に手料理を食べてみたいとか言われたことがあったのだろう。
「だ、だけど、料理なんて……」
「なにビビってんだ? そんなの簡単だよ。生肉を出せばいいだよ、新鮮な生肉を」
キキーモラはどうして彼女が自信満々だったのかを納得して、笑顔でスルーした。
「確かに料理は一朝一夕で上手くはなりません。ですが、ご安心ください。それはこれから講習会を続けていただければ、それらの技術を叩き込んで差し上げます」
彼女の笑顔に少しばかりスパルタを予感して受講者たちは生唾を飲んだ。
「だけど、それまでは料理でラブラブはお預けなのかー」
料理の重要性は理解したが、高いハードルが下がったわけでもない。受講者たちの落胆がはっきりした声であふれた。
「ええ、普通はそうです。ですが、先程、私が『それもあります』と申したのを覚えておいででしょうか?」
キキーモラが再び微笑を浮かべた。その笑顔に受講者たちの顔が明るくなった。
「じゃあ、別の方法が?」
「お店で買ってきたものを、さも作ったように出すとか?」
「いや、幻術でおいしいと錯覚させるのだな?」
「薬とかも使えるよね?」
「だから、生肉をだな」
「はいはい。お静かにお願いいたします」
それぞれが別の方法を検討しだしたのを手をたたいてキキーモラが止めた。
「お店で買ってきたことがばれると、旦那様がかなり、ものすごく、がっかりしてしまいますよ? 旦那様に対して自分の都合で魔法や薬を使うのもいかがなものかと思います。どちらにしても、自分の愛する旦那様を騙していることになるのですから、自分が後ろめたく感じてしまう可能性があります」
夫を騙すという言葉には、さすがに魔物たちは抵抗があり、自分たちの方法を主張するのがためらわれた。
「やっぱ、生肉だな」
「それは旦那様がイヌイットでないかぎり、ハードルがかなり高いです。旦那様を困惑させたくなければ、止めておいた方が賢明でしょう」
放っておくと、本当に血の滴る生肉の塊を皿に乗せて出しそうな勢いだったので、講師として釘は刺しておいた。
「さて、少し話は変わりますが、ここにとある場所で男性の方々に、『女性のコスチュームであなたが一番興奮するものは?』というアンケートをした結果がございます」
いつの間にか、部屋の照明が落とされ、司会役のサキュバスがスクリーンを下ろし、プロジェクターにより『日本橋で男性百人に聞きました。一番興奮する女性コスチュームトップ5』と書かれた映像が映し出された。
「家事、関係ないじゃん。興味はあるけど」
「確かに、唐突ではあるな。興味はあるけど」
「もったいぶらずに教えなさいよ。興味があるから」
軽いブーイングを受けつつ、キキーモラはそれを平然と受け止め、手元のスイッチを押した。空欄になったトップ5の枠が表示されると、受講者たちが画面に集中した。
「これも家事につながる重要なことですので、興味のあるなしに関わらずにご覧ください」
そう言って、手元のスイッチを押すと、空欄が文字を埋まった。
「第一位はメイド服。第二位は裸エプロン。第三位はスクール水着。第四位はセーラー服。第五位がブルマ。という結果になりました」
「もっと溜めるとか、五位から順番に発表するとか、盛り上げてよ。味気ないじゃない」
「そういう趣旨のものではありませんので」
もったいつけるなと言っておきながら、溜めがないとの苦情にさすがのキキーモラも苦笑を浮かべた。
「ちなみに、第五位のブルマは、色の限定ありません。もちろん、ラインありのものも含みます。ただし、ちょうちんブルマは除外しました。第四位のセーラー服も、セーラー襟のデザインのものはセーラー服としました。特定の学校名を上げられている方もありましたが、それも含んでいます。第三位はスクール水着は新旧、白を含みます」
「うちの夫なら、新旧は一緒にするなと怒りそう」
「うちはセーラーワンピはそれだけで一分野と言いそうだけど」
「でも、確かに好きそうなコスチュームだよな」
発表されたトップ5に受講者たちがあれこれコメントしていた。キキーモラはしばらくはそれを自由にさせてから、再び手をたたいた。
「はい。お静かにお願いします」
注目が集まって、教室が静かになったところで、部屋の照明を明るくした。
「私が皆様に本日、家事をするのにおすすめするコスチュームは第二位の裸エプロンです」
「なんで一位のメイド服じゃないんだ」
「家事をするなら、メイド服がいいと思うんですけど?」
「そうだそうだ。自分はメイド服着ているのに」
「ちゃんと理由をお話ししますので、落ち着いてください」
予想通りなのだろう受講者の反応に微笑みを浮かべつつ、彼女らをなだめた。
「このメイド服を見て、どう思いますか?」
その場で軽くターンして、ふわりとロングスカートのすそを膨らませ、そっと停止して、遠心力で膨らんだスカートを手で軽く押さえた。
「かわいいと思う」
「ありがとうございます。他にはありませんか?」
にっこり微笑んでお礼を言ったが、正解ではないのか、別の答えを待った。
「露出が少ないよな。そんな恰好じゃ、旦那を興奮させれない」
まだ少し反抗心を保っている受講者から声が上がった。
「はい。その通りです。この服は肌の露出が少ないのです」
「はーい。でも、うちの夫くんは隠れているところがちらりと覗くチラリズムこそ正義って言ってました」
ゴブリンが手を上げて元気に発言した。
「はい。まさにその通りです。この服の戦闘力を最大限に発揮するのは、チラリズムです」
受講者の大半がなるほどと納得する中、それに納得しない者もいた。
「簡単だな、そんなもの。スカート捲し上げたり、ボタン外せばいいだけじゃないか」
リザードマンが鼻で笑った。
「なるほど。剣など振ればいい。槍など突けばいいということですね?」
キキーモラはにこやかに、受講者のリザードマンに喧嘩を売った。
「武器をなめているのか? 一人前に使えるまでには訓練が必要だ」
彼女も売られた喧嘩は特売じゃなくても買うのが家訓なので、すぐにお買い上げした。
「そうでしょうね。そして、それはメイド服も同じでございます」
「うっ」
リザードマンは自分の発した言葉で返されて言葉に詰まった。
「メイド服の良さを損なわない、さりげないチラリズムはもちろんのこと。旦那様に求められたときに、旦那様にスムーズに行為をしていただけるようにする服の着崩し方。
しかも、それを旦那様に悟られないようにする自然な動き。
着崩してもなお、メイド服の魅力を旦那様に感じさせるための、最適なはだけ具合。
これらは常日頃からメイド服を着て、愛液のにじむような修練によって身に着くのでございます」
「侮って悪かった。確かに、どんな道具でもそれをうまく使うには訓練が必要だ」
熱血で短気だが悪い魔物ではない。素直に自分の非を詫びた。
「いいえ。ご理解いただければ嬉しく思います。こちらも挑発するようなことをして、申し訳ありませんでした」
キキーモラも謝罪して、お互いに言葉の剣を鞘に納めた。
「さて、このように、メイド服は着ればそれでいいというものではありません。これは上級者用の装備とお考えください」
「じゃあ、順位は低いけど、スク水とか、セーラー服とか、ブルマはだめなの? うちの旦那、そっちの方が好きそうなんだけど?」
「ダメではございません。しかし、アンケート結果の中に、このような意見が数多くありました。それを紹介いたします」
手元の冊子を取り上げてページをめくって、軽く咳払いをした。
「スク水は神の装備だが、選ばれし神の戦士以外が装備しては、呪いがかかるのだ。24歳夢の旅人」
「あれって、天使とか、そっち専用装備だったの? だけど、サハギンの鱗とかは?」
「だが、神の装備ならヴァルキリーは大丈夫だな」
「ずるーい。いいなぁ……」
「ふふ、悪く思わないでくれ」
目の前で頷いている豊満なお姉さんボディのヴァルキリーの言葉に、キキーモラが苦笑を浮かべた。
「いいえ。少々、意見の言葉使いが特殊すぎましたが、これは比喩的表現で、セーラー服、スク水、ブルマというコスチュームはナイスバディな女性が着用すると、その魅力が逆にそがれるという、人を選ぶ装備なのです」
キキーモラが翻訳して受講者にアンケートの意見を伝えた。
「具体的に着用するとどうなるのだ?」
「安っぽいAVみたいになって萎えるという意見が大半でした」
萎えるという単語に魔物たちは眉をしかめた。正直、エッチ大好きの彼女らにすれば、それだけはなんとしても避けたい現象である。
「くっ! この大きな胸のせいで」
「なにそれ、嫌味?」
受講者の中にはプロポーションのよろしくないものもおり、それらの間で亀裂が走る音がした。
「しかし、ご安心ください。第二位の裸エプロンはそういった制限はありません」
キキーモラがそちらに話がシフトすると収拾がつかないとばかりに、少しばかり声を張り断言した。
「胸が大きくても?」
「もちろん」
「小さくても?」
「大丈夫でございます」
「なあ、裸エプロンはメイド服みたいに修業はいらないのか?」
先ほどのリザードマンが不安そうに訊いてきた。
「はい。初心者用装備ですので、本日中に正しい活用をご教授できます。ですので、おすすめなのでございます」
その質問にキキーモラは笑顔で答えた。リザードマンだけでなく、他の魔物たちも若干安堵の表情を浮かべていた。
「では、これより具体的な裸エプロンの活用法をお教えします」
キキーモラはサンプルとばかりに白いフリルのついた、通称若妻エプロンを取り出して広げて見せた。
「まずは、活用をするにあたり裸エプロンの最大の弱点を知っておかねばなりません」
彼女は少し間を置いて、注目がしっかり集まったところで続けた。
「裸エプロンの最大の弱点は、出オチであるところです」
「出オチ?」
「最初のインパクトが高いだけで、そのあとが続かないという意味です」
「いわゆる奇襲作戦というわけか」
「はい。ですが、裸エプロンを正しく使えば、奇襲を成功させて、効果を最大限得ることができます」
残念な空気を払拭するように彼女が言うと、全員が真剣な顔で彼女の方に注目した。
「まず、旦那様が帰宅された時、裸エプロンで出迎えます」
「なんだ、普通じゃないか」
「裸エプロンは、非常に手軽なコスチュームであるのに普通の人間女性は羞恥心のためか、ほとんど行わないレアコスチュームです。旦那様は感覚的に人間の判定基準を失っておりません。ですので、皆様の裸エプロンを見ても、まさかと思うのです」
「でも、裸エプロンなんですよね? なんで、まさかなんて思うんですか?」
「例えば、チューブトップにショートパンツの格好にエプロンをすると、正面からは裸エプロンに見えます。こういった格好を裸エプロンもどき、もしくは、似非裸エプロンと呼ばれています。正面からだけでは判別することが難しいのです」
「なるほど」
「旦那様は、まさか裸エプロンじゃないだろうと思いつつも、そう見えることにドキドキしています」
「わかった。そこを襲うんだな?」
「旦那様に求められるよりも、襲うのが好きであれば」
「で、できたら、向こうから来てほしいな。いつも、こっちからばっかりだし……」
意外にもオーガが顔を赤くしながらそう呟き、近くにいたリザードマンもそれに頷いた。
「ええ、そう思います。裸エプロンを見て、獣欲を全開に襲い掛かってくるような旦那様をお持ちでしたら、この講習会にはおそらく参加されていません」
キキーモラがにっこりと微笑んでみせた。
「うっ……悪かったな。うちの旦那はシャイなんだよ。それに……優しんだ」
微笑まれたことで口を尖らせてノロケで言い返した。
「悪くないですよ。これは、そんな旦那様が自ら皆様を求めてくれるようにするための講習会なのですから」
優しく微笑を浮かべて、大きく頷いた。
「わかった。続けてくれ」
「旦那様は皆様の格好が本当に裸エプロンかどうか気になって仕方ありません。それを確認するのは、皆様に直接訊くか、後姿を見るしかありません。でも、シャイな旦那様たちは、皆様に直接訊くのは恥ずかしがって後ろを確認しようとするでしょう」
「そこで見せてやるのか?」
「ここで見せるぐらいなら、出迎えたときにおかえりと言いながらターンした方がマシです」
「そういう方法もあるのか!」
「それをしたらシャイな旦那様の場合、引かれますよ」
キキーモラは苦笑して裸エプロンターンを止めておいた。
「さて、旦那様に決して後ろを見せないように体の向きを注意してください。旦那様を前に歩かせるなどしてください。また、鏡やガラスなどで後ろが見えるのも注意してください」
そういって、司会役のサキュバスを呼び寄せ、彼女を旦那様と見立てて、身体を上手く方向を変えて後ろを見せないようにする方法を実演して見せた。
「この体捌きは、後ほど皆様にも練習していただきます」
「まるで武術だな」
その程度なら見るだけで十分だと武闘派の魔物たちは余裕の表情をしていた。
「女の闘いですから。そして、そのまま旦那様は部屋着に着替えのために寝室などに行かれるでしょう。この時に、普通に自然体で後姿を見せてあげてください」
「ふむふむ。そこでアピールはしなくていいのか?」
「はい。あえてアピールはしません。あくまで自然体で、です。おそらく、旦那様はびっくりするでしょう。裸エプロン疑惑のドキドキが、疑惑確定してさらにドキドキされます。きっと、なんて格好してるんだとかおっしゃられると思います」
「言いそうだ。すごく、言いそうだ」
何人もの魔物が頷いた、
「そこでの返しとして、例をあげます」
そして、打ち合わせしていたのだろう。司会役のサキュバスが再び中央にやってきて、サキュバスが旦那役、キキーモラが妻役で寸劇を始めた。
「な、なんて格好をしているんだ?」
「エプロンかわいくなかった?」
「いや、エプロンじゃなくて、なんで裸にエプロンだけなんだ?」
「これだと、服が汚れないのよ。私って頭いいでしょ?」
「いや、だから」
「ちょっと待っててね。すぐにお食事、用意するから」
そういって、旦那役のサキュバスから離れるようにしてキキーモラはそこで足を止めた。
「このような返しをされるとよいでしょう」
「あの。頭いいでしょとか、馬鹿っぽいのは少し抵抗があるのだが」
「それぞれキャラクターにあわせたバリエーションは後程、実技で考えますが、一例として、合理的だろう? など言い方は色々できます」
納得して頷くのを見て、彼女は話を続けた。
「お尻を振りながら、鼻歌でも歌いながら、楽しそうに食事の用意をしてください。旦那様の視線は皆様にくぎ付けになります。もしくは、見ないふりをしながら見ています」
「むっつりだな」
「むっつりね」
そういいつつも、顔がにやけている魔物たちも十分むっつりであるが、それは言わない約束である。
「質問!」
そこに元気よく手を上げたものがいた。小柄なゴブリンであった。
「その料理ができないんだけど。そういうのはどうすればいいの?」
「はい。今のところは出来合いの――買ってきたもので構いません。できれば、さりげなく、精のつくものを選択しておきましょう。でも、買ってきたままではなく、お皿に盛り付けるぐらいはしてくださいね」
「しかし、先ほど、買ってきたものとばれたらまずいといっていなかったか?」
「隠すからいけないのです。まだ、料理が上手くないから、買ってきたものだということを素直に最初に言えば問題ありません」
「そ、そうなの? よかった」
「でも、全て買ってきたものだと寂しいので、今日、簡単な料理を一品、皆様には憶えて帰ってもらいます。それを作ってお出しましょう」
「だ、大丈夫なのだろうか?」
急に不安が教室内に満ちだした。今まで食事はどうしていたのだろうかとキキーモラはふと思ったが、考えないことにした。
「料理をするときにお教えしますが、まずは教えられたとおりに料理すれば、大外れにはなりません。失敗するのは大抵が自己流で余計なものをくわえたり、工程を飛ばしたりするためです」
キキーモラはこれまでに数々の過去の受講者たちがやった失敗例を思い浮かべて、軽く遠い目になった。
「だが……」
料理に何かトラウマでもあるかのように受講者たちは及び腰であった。
「それに、多少不味くても、旦那様はお優しいので食べてくれます。今日のところは、愛情優先で作りましょう。その後は、旦那様のお優しさに甘えることなく、練習をすればよいのです」
「そ、そうか……わかった」
やっと重い腰を上げてくれる気になった受講者たちに安堵しながらキキーモラは少し間をおいて、再び話を始めた。
「それと、食事の準備をする際に少し高いところのものを取る動作をしましょう」
「どういう意味があるんですか?」
「裸エプロンは普通の服とは違い、脇が甘い服でございます」
自分自身が横を向いて見せて、手を上げてメイド服の側面を見せた。メイド服がエプロンだけだとすると、確かに脇が丸見えであった。
「普段ではなかなか見る機会がない、横チチをアピールできる機会です。これは胸のサイズには関係ありません。レアな角度からオッパイを見ることで旦那様は興奮を覚えるでしょう」
「そのために高いところのものを取る仕草をするのね」
「腕を下ろした状態ですと脇が隠れます。腕を後ろに引けば、エプロンが後ろに引っ張られてしまいますし、そのような動きがそもそも不自然です。自然に腕のガードをずらすには、腕を上げる。つまりは、高いところのものを取る動作が最適なのです」
受講者たちが納得しているのを確認してから、先を続けた。
「そして、食事の用意が整い、配膳が済みましたら、お料理を旦那様に食べさせてあげてください」
「口移しでか?」
嬉々とした声で間髪入れずに質問がやってきた。
「それも魅力的ですが、今回はあえてしないでおきましょう」
キキーモラはきっぱりと口移しを推奨しなかった。
「なぜだ! ここまできて、キスもまだできていないじゃないか」
「そうだ、そうだ! もう、うずいて我慢できないよ」
「あたしらの性欲をなめるな!」
受講者たちはブーイングを上げた。
「旦那様から求めてもらうため我慢をしてください。キスするのと、キスされるの。どっちがいいですか?」
「どっちもいいけど、やっぱり、されたい!」
ゴブリンの素直な声が間髪いれずに返ってきた。他の魔物たちも口にしないだけで同じ気持ちだろう。
「はい。なので、我慢です」
キキーモラににっこり笑顔で言われてしまい、ブーイングは収まった。
「旦那様の隣へ行き、座らずに前屈みになり、食事をスプーンですくい、食べさせてあげましょう。このときに、ご主人様の目とスプーンの延長線上に胸の谷間を配置するよう心がけます。裸エプロンは胸元を大きく開いた服と同じなので、胸の谷間を見せるのに適しています」
「先生! 胸のない人は諦めろってことですか!」
ぺたんこ胸を押さえながら涙目になっているゲイザーが悲痛な叫びを上げた。いつのまにか、ぺたんこ同士座る場所が固まっていた。
「小さい場合は、エプロンと胸の間にスペースが生まれ、そこから乳首を見せることができます。これは、大きな胸の人にはできない技です」
キキーモラの回答に貧乳同盟のおのおのが「戦える」と気合が入れているのがわかった。
「先生!」
「普通サイズでも、前屈みになれば、多少はサイズアップできます。胸元をのぞかせるのは、谷間がなくても十分に興奮してくれることです」
何か言う前にどちらでもない普通サイズへの回答もした。
「いや、そうじゃなくて、先生。ウチの夫はアーンなんて、恥ずかしいのは照れると拒否しそうなんですけど? こういう場合はどうすればいいんですか?」
「あ、えー……そうですね」
キキーモラは調子に乗って少し勇み足だったのを恥ずかしそうに、わずかに顔を赤らめた。
「恥ずかしがり屋さんの旦那様は、普段はお堅い感じでしょうか? その場合だったら、理屈とおねだりで解消できると思います」
そういうと、キキーモラは胸の前で手を組んで祈るよう膝を折った。
「私、今まで家事なんてしなかったけど、旦那様のためにエッチ以外でも何かしてあげたいの。それで今日から家事の講習会に通ってるの。でも、はじめたばかりだから、まだなにもできなくて。だから、アーンって旦那様に食べさせてあげることしかできないの。これから、料理とか掃除とか、家事を覚えるように頑張るから、アーンってさせて。お願い!」
そういい終わると、祈りのポーズを解いて、普通に立ち上がった。
「このような台詞で少し目を潤ませながら上目使いで訴えれば、大抵の旦那様は折れてくださいます。それでも拒否されれば、しょんぼりと大人しく引き上げましょう」
「それで諦めるのか? 貴様の夫に対するアーンして食べさせたい欲はその程度なのか?」
最前列のヴァルキリーが意外にも突っかかってきた。しかし、それもキキーモラは笑顔で受け止めていた。
「いいえ。これは戦略的撤退です」
「物は言いようだな」
無能な指揮官の常套文句だとばかりに吐き捨てた。
「戦略的と申しましたのは、皆様の旦那様は、皆様がしょんぼりしているのを見て、心痛まない冷血漢ではないでしょう? お優しい旦那様で、少し優しすぎるぐらいだと思ってるのでしょう?」
「くっ! 見てきたように言うのだな」
キキーモラが微笑みと共に言うと、自分の夫の性格を言い当てられて、ヴァルキリーは悔しそうに顔をゆがめた。
「ここに講習を受けに来る魔物は大抵がそうなのです」
優しく彼女は言うと、講義を続けた。
「きっと、しょんぼりしている皆様を見て、旦那様はしょうがない。一口だけだぞとか、折れてくださいます。そしたら、満面の笑顔で食べさせてあげてください」
「ああ……。よくわかったが、私にそんな演技ができるかな?」
不安そうにヴァルキリーが呟いた。
「演技などしなくても大丈夫でございます。素でできますから」
「いや、そんなことは……」
さすがにそれはないと、ヴァルキリーは苦笑を浮かべた。
「では、皆様。目を閉じて、旦那様にアーンを断られたことを想像してみてください」
教室の空気が目に見えて、一段重くなったのを感じた。
「皆様、ちゃんとしょんぼりできています。ご安心ください」
キキーモラは受講者たちに目を開けさせた。
「演技はしないでいいのですが、一つだけ、決して泣かないこと。涙は強力な武器ですが、強力すぎるので使いどころを注意しましょう」
「そうなのか。それは注意せねば」
ヴァルキリーが自分のメモに注意事項を書き込んだ。真面目にメモを取っているので、走り書きだが、ノートはすでに数ページが消費されていた。
「そして、食事が終われば、使った食器の洗い物です。くれぐれも、旦那様の唾液がついているからとねぶらないように」
キキーモラの注意に目をそらす魔物も何人かいた。それは優しくつっこまずに話を続けた。
「もし、洗い物を旦那様がすると言い出した場合は、一緒にしようと提案して、共同作業をしましょう。旦那様との共同作業で親密度が上がります」
キキーモラ的には旦那様の申し出は却下して一人で洗い物するのが正解だが、受講者たちの家事レベルでは旦那様の方が家事レベルが高い可能性が高い。それならば、そこで手取り足取り腰取りで教えてもらう方が正解であろうと考えていた。
「そういう申し出がなかった場合でも、楽しそうに洗い物をしていてください」
「食事の用意をするときと同じなんだね。アピールしなくていいの?」
ここまで直接的にアピールしないことに不安を覚えて質問があがった。
「ある格闘技の格言に、押さば押せ。引かば押せ。というのがございます。しかし、格言だからと盲信していては勝つことはできません」
受講者たちが真剣に話に聞き入っているのを見て、キキーモラは軽く頷いた。
「いままで、皆様は猛烈に直接的なアピールを旦那様にしてこられたと思います。押す力はもう十分に身についています。ここで引く力を手に入れれば、サキュバスに肉棒です」
「引く力?」
「裸エプロンという、扇情的なコスチュームを着ているのに、積極的に迫ってこない皆様を旦那様はどう思うでしょう? どうせ最後はエッチしようとせがんでくるに違いないと考えるでしょう。でも、皆様はそこを我慢して、直接的にアピールせずに間接的に旦那様の劣情を刺激していくのです。そうして、旦那様の我慢の限界を超えさせ、手を出させるわけです」
「上手くいくのか?」
「布石は十分です。上手くすると、洗い物をしているところで手を出してくださいます」
キキーモラの言葉に受講者たちがぱっと華やいだ。
「なるほど。食事をして、三大欲求の一つ、食欲を満たした後は、性欲が増大するわけだな?」
見事な戦術だとヴァルキリーが頷いた。
「その通りでございます。食欲、性欲、睡眠欲はそれぞれ関係は密接ですので、一つを刺激し、満足すると別の欲が膨らみます」
「それだったら、睡眠欲が膨らむかもしれないじゃない」
ゴブリンがお腹が膨らんで寝てしまうのはよくあると、彼女の戦術に欠陥を見つけた。
「その可能性もあります。それを性欲に誘導するための、精のつく食事と裸エプロンなのです。そして、裸エプロンの効果を強化ために、横チチちらり、あーんの谷間による視覚的アピールをしています」
キキーモラが冷静にその欠陥への対応策を答えた。
「これほどの知略に満ちているとは、家事とは侮れんものだな」
「とはいいましても、裸エプロンの弱点を皆様、憶えていらっしゃいますか?」
せっかく褒めてもらったのだが、キキーモラは軽く困った表情を浮かべた。
「出オチだったっけ?」
「はい。ここまで平然と裸エプロンでいたために、旦那様の頭の中では、裸エプロンはすでに普段着に近い感覚へと麻痺してしまっています。要は慣れてしまっているのです」
「人間って、どの種族と比べても状況に慣れるのって早いよねー」
流されやすいとも言うが、その適応能力が世界最多数の知的生命体になった理由だろう。最近増えてきている親魔物国家などはそのよい例と言える。
「とはいえ、これは一時的な麻痺なので、時間を置けば、おおよそ元に戻りますが」
「でも、今っていうか、その時に麻痺されても困るじゃない」
ゴブリンの言葉に確かにその通りと受講者たちは同意の声を上げた。
「そこでハプニングを起こします」
それも対応済みだと、キキーモラが即答した。
「ハプニング?」
「洗い物をしている水を自分に掛けてください。蛇口を上手く押さえれば、簡単にできます」
キキーモラの言葉に受講者の全員が意味がわからないと首をひねった。
「エプロンが白であったなら、水がかかれば透けます」
「透けるだと?」
軽く腰を浮かせたものもいたために机と椅子の音が教室に響いた。
「このように薄手のものであれば、より一層です」
キキーモラがサンプルとして見せていた若妻エプロンを霧吹きで濡らすと、うっすらと透けていた。
「なんてこと!」
「しかも、濡れたことで肌に張り付き、プロポーションも裸同然です」
手の平にそのエプロンを載せると、うっすらと手の平が透けて見えて、手の平の形にエプロンの生地が馴染んでいた。
「それなら、脱いで裸じゃダメなの?」
透けて見えるよりもはっきり裸を見せられる方が露出は高いとゲイザーが触手を上げた。
「ベッドの上で、見せるつもりで見せている裸と違って、裸エプロンとはいえ、隠している状態です。それがアクシデントによって見える。これはチラリズムと同じ心理効果を与えます」
「おお!」
教室が感嘆の声で満たされた。
「先生! エプロン買ってきます」
気の早い受講者が教室を飛び出そうとして立ち上がりかけた。
「本日の講習を最後まで受けた方には、私が監修しましたこの裸エプロン専用エプロンをプレゼントしますので落ち着いてください」
席を立とうとする魔物をキキーモラは止めた。
「それを早く言ってください!」
「申し訳ありません」
軽く謝って話を続けた。
「さて、水を被ったら、かわいく悲鳴など上げてください。そして、へたり込んでください」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいな」
リザードマンが顔を赤らめて、そういう姿を夫に見せるのはちょっとと照れていた。
「照れないで頑張ってください。そうすれば、旦那様は皆様を心配して、声をかけてくれるでしょう。大丈夫か? どうしたんだ? という風に」
魔物たちはそれぞれの夫でそれを想像して顔を緩めていた。
「そこで、慣れてないから、失敗しちゃった。と照れ笑いでも浮かべてください。これも家事スキルの低さがあればこそのハプニングです。今のうちに使いましょう」
「なんか、馬鹿にされてる気もするが、そうだな。使えるときに使おう」
「水に濡れた裸エプロン姿は結構、淫靡なものでございますし、普段とは違う様子に旦那様は興奮してくださっているでしょう。しかも、皆様はへたり込んでいるので、旦那様からすると皆様を見下ろしている形になりますから、旦那様の支配欲征服欲も刺激します」
キキーモラの言葉に受講者全員が感心を通り越して、心酔していた。
「起き上がるときに旦那様にお尻を向けて四つんばいになるなどすれば、もう十分でございます。そのころには、皆様の大事なところは、焦らしに焦らされ、旦那様を迎える準備は万端に整って、甘い香りを漂わせておいででしょう」
誰かが生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
「その甘い香りの意味するところを知らない旦那様はいらっしゃらないでしょう。きっと家事を頑張ったご褒美をくださいますでしょう」
その言葉に受講者の誰とはなしに拍手が沸き起こった。そして、それが教室全体に広がり、果ては立ち上がっての拍手となった。
キキーモラはスタンディングオベーションを受けながら、満足げな微笑を浮かべて一礼した。
「引き続きまして、皆様には裸エプロンを着用していただき、実地練習を行っていただきます。会場を移動いたしますので、お忘れ物のなきよう、お願いいたします」
司会役のサキュバスが出てきて告知すると、受講者たちは荷物をいそいそとまとめ始めた。
「家事がこれほど奥が深いなんて知らなかったよ」
「ためになるよね。家事できるようになったら、うちの人、可愛がってくれるかな?」
「なるにきまってるって。でも、実地練習、上手くできるかな? あたしはそっちが不安」
「あの先生なら、きっと私たちを家事の勇者に導いてくれる」
「うん。そうだね」
わいわいと受講者同士が雑談しているのを尻目に一番後ろの席にいたオーガが前に出てきて、司会役のサキュバスに近づいていった。
「あの、ちょっと聞きたいんだけど、実地練習の講師は?」
サキュバスにした質問を聞いて、受講者たちは実地練習の講師が変わる可能性にその時初めて気付いた。
「大丈夫ですよ。そのまま、キキーモラのルリ先生が行ってくださいます。それと、今の講義の内容で不明なところがございましたら、実地練習のときに質問していただければお答えくださいます」
サキュバスが笑顔で答えると、オーガが小さくガッツポーズをした。彼女だけでなく、周りで聞き耳を立てていた受講者たちも、ほっとした表情をしていた。
「ルリ先生、大人気ですね。まあ、わからなくもないけど」
サキュバスは心の中でそう呟いて、少し興奮している受講者たちを実習室に誘導していった。
キキーモラ。
働き者の男性の家に赴き、その世話を焼くことに喜びを見出す、家庭的で温和な魔物として人魔にその名を知られている。
しかし、その主人はついつい家事をしているキキーモラにエッチなことをしてしまうことでも知られている。だが、その原因は謎と言われている。
16/10/02 00:37更新 / 南文堂