ショゴス六畳一間付き
意識高い系とかいう人たちがいるけど、人間、そんな向上心がある人間ばかりじゃない。
多分、どっちかというと、向上心が低い人間の方が多い。冷めてるわけじゃない。どっちかというと諦めてる。そういう人間が大多数なのだ。僕も含めて。
だいたい、頑張っても、できるとは限らない。才能の壁を越えられずに無駄な努力で終わることは珍しくない。
そもそも、自分が頑張れば、どれぐらいまでできるかなんて、高校生ぐらいまででなんとなくわかるものだ。
それが分かると、努力するっていうのが虚しくなる。
しかも、努力して目標を達成しても、責任や仕事だけ増えるだけで給料はほとんど増えないとかだと、頑張る気力とかわくわけない。
頑張るのを諦めた僕が、安月給の派遣社員をしているのは自然な流れで、分相応だと思う。
派遣された会社で僕に期待されているのは、単なる数合わせだ。
アリの巣で働くアリはごく一部で、大半が遊んでいるって話だ。でも、だからって働くアリだけ集めたら、それまで働いてたアリが一定割合、サボりだすらしい。
つまり、僕みたいな人間を机に座らせておくことで、働くやつが働いてくれるってわけだ。
いうなれば、僕はドラマやアニメでいうモブだ。リアル社会の主人公たちが活躍するのを盛り上げる背景。それが僕のリアル社会での役目だ。
ただ、そんな僕でも主人公になれる場所がある。
サブカルチャの商品を扱った店が所狭しと並ぶ通称「電気街」。その路地にある雑居ビルの急な階段を上がった2階。少し薄汚れた廊下には不釣り合いな、チョコレート色の木目調壁紙を適当に貼って、重厚さを出そうとしている扉がある。
普通なら開けることをためらう怪しさが一杯だが、僕はその扉をためらいもなく開けた。
扉を開けると、ドアベルの軽やかな音がして、ミニ丈のメイド服で女子高生ぐらいのツインテールにした女の子が僕を出迎えた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいま、マユちゃん。今日もかわいいね」
僕は雰囲気だけでもイケメンのつもりで微笑を浮かべる。
「わあ、ありがとうございますっ、ご主人様。そんなふうに褒められたら、マユ、勘違いしちゃいますよ?」
僕の言葉に、メイドの少女がかわいく上目遣いで応じてくれた。
会社では良くて空気、悪ければ汚物の僕だが、ここでは僕の存在を誰も無視しないし、格上として敬ってくれる。
「ははは、マユちゃんはメイドなんだから、ご主人様に恋しちゃダメだよ」
僕は会社の人間たちが見たら驚くほど堂々とした態度で、案内なしに、いつもの窓際のテーブルに座った。
ここはメイドカフェ『マーチラビッツ』
最近は、メイドカフェもずいぶんと数は減っている。そんな中、『マーチラビッツ』は質のいいサービスで5周年を迎える老舗のメイドカフェだ。
僕は、このメイドカフェが開店、間もないころからの常連ご主人様だ。
僕の身長は160ちょっとで、正直、肥満体型で汗っかきだ。それで学生時代からよく女子から気持ち悪がられたが、ここではそんな態度をする女の子はいない。
僕もこのメイドカフェに通うようになって、ちょっとは見た目に拘るようにしている。
ご主人様らしいファッションを心掛けて服を買ったり、髪を伸ばして、ボブぐらいにしたり、勇気を振り絞って美容院にも毎月通っている。
そういえば、最近、美容院で髪が重たいからと染めることを勧められているのだが、美容師は髪を染めたら、重量が軽くなると思っているのに驚いた。さすがの僕も、そんな馬鹿な事は物理的にあり得ないので丁重に断っている。
僕がそんな物思いにふけっていると、マユちゃんがメニューと水を持って、僕のテーブルへとやってきた。
「ご主人様! 新しいメニューに挑戦したんですよ。ぜひ、食べて感想、聞かせてね」
マユちゃんが小首をあざとく傾けてメニューを差し出してきた。この娘は僕の最近のお気に入りのメイドさんだ。
「マユちゃんは料理好きだね。いいよ。それをお願いするよ」
新メニューが何かを確認せずに僕は注文して、彼女の持ってきた水に口をつけた。
「はーい! 森妖精の炎のタンタン麺、一つですね? あ、トッピングはどうします? ハートバーニングラー油と、ツンツンネギパラと、チュッとチャーシューって、三種類あるんだけど? あ、三種類セットにすると、ちょっとお得なんですよ〜。ご主人様だけには、こっそり教えてあげる♥」
「ありがとう。それじゃあ、三種セットで頼むよ。あと、食後にホットコーヒーをお願いしようかな?」
トッピングとかは、正直な話、値段が割高だが、それを受け持ちのテーブルの客が頼むと彼女たちにポイントが加算されるシステムになっている。ポイントは彼女たちの給料に反映される。
客も使った金額でポイントが貯まるが、それをサービスの良かったメイドに与えることができる。こうして、サービスをよくしているのが、このメイドカフェの良いところだ。
ただ、ここのオーナーは変なチャレンジ精神を時々見せるので、さっきのように新メニューがメイドカフェなのに担々麺とか、意表を突いてくる。それもある意味、通ってて飽きないところでもある。
「おまたせしました、ご主人様。マユが愛情いーっぱいこめて、つくったからね。きっと、おいしいはずだよ」
僕がスマホでネットをチェックしていると、15分ほどして、マユちゃんがトレイに乗せた中華ドンブリを持ってきた。
彼女はずっとフロアにいたので、作ったというのは嘘だ。だが、それを嘘と指摘するのは、歌舞伎を見て「黒子がいる」というのと同じ無粋なことだ。メイドカフェにはメイドカフェの作法があって、それをわかって楽しむのが正しいメイ道というものだ。
「うん。おいしそうだね」
テーブルに置かれた器に入った担々麺は、某社の袋麺の担々麺に酷似していても、それを指摘してはいけない。それがここでのテーブルマナーだ。
「じゃあ、トッピングしますねー。まずは、バーニングハートラー油でーす」
マユちゃんがSとBの食品メーカーのラー油を構えた。
「私のハートがどっきどき! ご主人様を見ちゃったら真っ赤になっちゃう。恥ずかしい。届いて私のこの想い。ラブラブ、バーニングハート♥」
前口上してドンブリの中の担々麺にラー油でハートマークを描かれた。
「じゃあ、次はツンツンネギパラでーす」
刻みネギの入ったタッパを手に、トングを僕に突き付けて、そっぽを向く。
「おいしくしようだなんて思ってないけど、風邪を引かないようにネギを入れるだけなんだからね。勘違いしないでよっ」
トングで刻みネギを挟んで、パラっとひとつまみだけ入れられた。
「それで、ラストは、チュッとチャーシューでーす」
トングで別皿に置いていたチャーシューを挟んで持ち上げ、自分の口の前に持ってくると。
「豚さん豚さん。おしくなーれ。ちゅっ♥」
投げキッスの要領で唇で音を鳴らすと、ドンブリの中にチャーシューをトッピングしてくれた。僕はその様子に小さく感嘆の声を上げた。
「はーい。トッピング終了です。召し上がれー」
「いただきます」
僕は初めて食べるが、いつも食べている味を楽しんだ。
そして、この担々麺とチュッとチャーシューのトッピングマシマシはアリだと、心の中の定番メニューにランクインさせていた。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
僕はメイドたちに見送られ、『マーチラビッツ』を出た。閉店時間までいたので、階段の蛍光灯が灯っている。
「またの帰宅をお待ちしてますね、ご主人様」
階段を少し降りてから振り返ると、閉店作業で看板を片付けるマユちゃんがにっこり微笑んでくれた。急な階段で下から見上げる形なので、スカートの中が見えそうで見えない。
「あ、ああ、うん」
僕は少し顔を赤くして、それだけ言うと、階段を急いで降りた。
あの太ももだけで、一週間はオカズには困らない。
そんなことを考えながら足取り軽く駅に向かう途中、僕は店に携帯を忘れたことに気が付いた。
すぐに急いで引き返して雑居ビルの階段を昇った。少し小走りに戻ってきたので息が上がっていた。
「まだ、誰か残っているかな? 例えば、マユちゃんとか」
僕はそんなことを思いながら、扉の前で汗を拭いて息を整えていると、中から人の話し声が聞こえてきた。
「あー、誰か携帯忘れてるみたい」
「んー……、そこの席なら豚まん男爵のじゃない?」
「豚まん男爵かぁ……あの脂マシマシなのは無理系? マユ、よく相手できるよねー」
「フッヒー伯爵に比べれば、まだ大丈夫だよー」
「フッヒー伯爵はヤベェよなー。ってか、許容範囲広いねー」
「別に許容してるわけじゃないって。昔、地下アイドルしてたし、ああいうのは慣れてるだけ。それにちょっと愛想ふりまいたら、ポイントくれるからさー」
「確かに、太客だよな。名実ともに」
「あはは、言いすぎ。でも、私も欲しい服あるから、ポイント稼ぎしようかな? ぽっきり子爵あたりなら、まだマシかも」
「ぽっきり子爵はあたしが攻略しちゃったよ。あんたは、半魚ドンファンでも相手してな」
「うげぇー、あれは無理! 目の位置が離れすぎて人類から外に出てるって!」
そんな笑えない会話でメイドたちの笑い声が響いていた。
僕の楽園が、オアシスが崩壊する笑い声だった。
僕が扉の前で呆然としていると、扉が突然に開いた。
「げっ!」
扉を開けたマユちゃんが、ゴミ袋を手に僕の顔を見て、顔をひきつらせていた。
「……携帯、忘れたみたいで……」
僕は死んだような目だったかもしれないが、奇跡的に用件を言うことができた。
「あ……はい。ありましたよー。大事なもの忘れちゃだめですよ、ご主人様」
営業モードで僕の携帯を渡してくれた。表情は思いっきり引きつっていたけど。
僕は携帯を受け取り、何も言わずにフラフラと階段を下りて行った。
それから、僕はどこで何をしていたのかは記憶にない。
気が付いたら、自分の家の最寄りの駅のベンチに座っていた。
なんとなく、携帯で時間を見ると、日付が変わっていた。
「……なんだこれ?」
携帯に知らない番号から大量に着信があった。
掛け直すのも怖いので着信は無視して、真っ暗な駅前を見渡した。どこかで消防車のサイレンが鳴っているのが聞こえるだけの静かな駅前だ。
身体が冷え切っている。僕は結構長い時間、ここで呆然としていたみたいだ。でも、誰も僕のことは気に留めてくれなかったようだ。
また、僕はこの世界のモブで背景だと再認識してしまった。
そうだった。僕が主人公になれる場所なんて、所詮は儚い砂上の楼閣だった。
あの楽園が無くなったのはショックだけど、今までも、お気に入りのメイドカフェが閉店したり、推しのメイドさんが引退することは何度もあった。
今回もそれと同じだ。
無くなったなら、また、新しい楽園を作ればいい。ただ、それだけだ。
とりあえず、今日はこの悲しみを家にある嫁たちに慰めてもらおう。明日、仕事も休んでしまおう。
僕がそんなことを思いながら家に向かって歩いていると、何台もの消防車がサイレンを鳴らしながら追い抜いていった。
「そういえば、今夜はやけに消防車が多いな」
近くで火事があったのだろうかと家の方を見ると、夜の空が赤く染まっていた。
僕は嫌な予感がして走り出した。
汗だくになり辿り着いたそこで見たものは、僕の住んでいた六畳一間バストイレ付、家賃共益費込みで6万8千円のアパートが、野次馬に見守られる中、炎に包まれている光景だった。
「あ、ああ、ああっ!」
言葉にならない声を吐き出しながら野次馬を押しのけて前に出た。立ち入り禁止のテープを越えて中に入ろうとしたら、警官に捕まえられた。
「危険だから、入らないで!」
「ああ、あああっ!」
僕の家が燃えているのに、なんで止めるんだ。離せ! 僕は警官を振り払おうと暴れたが、非力な僕に振りほどけるわけがなかった。
「あのアパートの住人の方ですか?」
僕のただならぬ様子で警官が察したようだった。僕は何度もうなずいた。
「203号室の沢田敬さんですか?」
防火服の完全装備をした消防隊員がやってきて、僕に質問してきたので、また何度もうなずいた。
「こちら、朝比奈。指令、203号室の沢田敬さんの安否確認できました。住人全員避難完了です」
なにやら無線で連絡していた。警官もホッとしたのか、僕を取り押さえる手を緩めた。
僕は火事場の馬鹿力で警官を振りほどき、アパートへ、僕の部屋へ走り出そうとしたが、今度は消防隊員に羽交い締めにされた。
「沢田さん! 危険です!」
「ぼ、僕の、僕の嫁が!」
思わず叫んだ僕の言葉に消防隊員の空気が変わった。
「それは本当ですか!」
僕はその迫力に思わずうなずいてしまった。
「こちら、朝比奈。指令、203号室に要救助者がいる可能性が――行かせてください!――しかし!」
消防隊員が僕を羽交い絞めにしながら無線で何かやり取りしていた。
「お前ひとりだと無茶するから許可出ないんだよ」
いつの間にかやってきたもう一人のクール系の消防隊員が、僕を羽交い締めしていた熱血系の消防隊員を宥めて、無線を操作しはじめた。
「指令、甘粕です。俺がついていきますんで、確認にだけ行かせてください――ええ、無茶はしません――はい。了解です。ありがとうございます」
「甘粕……」
「礼は後だ、朝比奈――それで、沢田さんの奥さんの年齢と体型、どこにいそうかを教えてください」
クール系の消防隊員に訊かれて、僕は血の気が引いた。
「……です」
「すいません。聞こえなかったので、もう一度、お願いします!」
「……フィ、フィギュアと、抱き枕とかですっ。す、すいません」
僕は大きな声で二人に告げると、二人は苦笑を漏らして、僕の肩を叩いた。
「申し訳ありませんが、諦めてください」
「…………はい。勘違いするようなことを言って、すいませんでした……」
僕は消え入るような声で謝った。集まっていた野次馬からも失笑が聞こえる。
「いえ。火事で逃げ遅れた人がいなかったんです。それ以上のことはありません」
消防隊員たちの優しい笑顔が僕には残酷だった。
そうして、腑抜けて落ち着いた僕には、誰も興味を示そうとはしなかった。それぞれがそれぞれの仕事や自分の興味にかかりっきりになり、僕の存在はまた消えてしまった。
僕は、ふらふらと立ち上がり、野次馬の集まりから離れ、夜の街をさまよった。
楽園に続いて、僕の安住の地まで奪われた。
僕はこの世界に何をしたというんだ? 大人しくモブをしていたのに、背景になっていたのに……
どれだけ歩いたか、気が付くと、どこかのビルとビルの間の狭い路地の奥に迷い込んでいた。
運動不足の足が鉛のように重く感じた。思い出したように疲労が背中にのしかかってきた。
「あ……ホテル探さなきゃ」
それで、やっと現実的なことを考えて、携帯を取り出した。
だけど、携帯の画面は真っ黒で、電源を入れても、バッテリー切れの警告が一瞬出て真っ暗な画面に戻った。
「くそっ! どいつもこいつも僕のことをバカにしやがって!」
携帯を地面に投げ捨て、ビール箱の上に座り込んで、俯いて頭を抱えた。
楽園は崩れ去り、メイドは消え失せ、安住の地を失い、嫁たちは燃えた。そして、世界とのつながりも今切れた。
もう、世界は僕を必要としていないんじゃないだろうか?
そんな不安で押しつぶされそうな時だった。
「どうかなさいましたか?」
落ち着いているが軽やかな透き通る女性の声がした。
僕が声に反応して顔を上げると、そこにはメイド姿の女性が立っていた。
今、冷静に考えれば、肌の色は青紫だし、白目が黒くて、瞳が白い。肌も髪も、服ですら、粘液に包まれているメイド――いや、人でも、怪しい以外に言葉はない。でも、その時は、何故かそんなことは気にならなかった。
そのメイドは黒髪をポニーテールにして、少し凛とした顔立ちをしていた。身長が高く、細身なのに出るところはしっかり出ている。スカートはロング丈で、装飾も華美でないメイド服を着て、手を前で重ねて、背筋を伸ばして微動だにしていない。
顔もスタイルも服も姿勢も、何から何まで僕の好みのメイドだったが、だからこそ、怒りが込み上げてきた。
こいつも、あの『マーチラビッツ』のクソメイドと同じで、僕のことを笑いに来たのだと。
「はんっ! 言ったところで、メイド風情に僕の何が分かる!」
僕は彼女のメイド服に唾を吐いた。
メイドはそれに、顔をほんのりを赤く染めていた。
「はっ! 怒ったか? 怒りたければ怒れよ。僕はもう何も怖くない。僕は何もかも無くしたんだからな!」
僕は自棄になって叫ぶと、目から涙があふれ出てきた。
メイドは、どこからか取り出したハンカチを手にして、汚い路地裏の地面に跪き、真っ白なエプロンが汚れるのも気にせず、僕の涙を優しく拭ってくれた。
「何もかも無くしたのであれば、どうか、私をもらってくださいませ、ご主人様」
メイドは頬を赤らめ、喜びの表情を浮かべて、僕の手を取った。
「え? あ、いや……でも、僕は火事で家も燃えて、仕事も派遣だし、貯金もないし……」
予想外のメイドの行動に僕は急に冷静になって、慌てふためいた。
「そんなもの、私に命じていただければ、家など私が用意いたします。ご主人様が仕事だなんてなさる必要はございません。お金など、心配する必要はございません。ご主人様はすべてを私に命じて、私にすべてを任せてくださればよいのです」
手を両手で握られて、彼女の凛とした顔が何か蕩けたような表情になっていた。
このメイドはマゾなんだろうか? さっき、僕につばを吐きかけられて、スイッチが入ったんだろう。そうでなければ、説明がつかない。
それか、手の込んだ詐欺か……
それでも問題ない。全てを失った僕から何かを奪うなんて不可能だから。
それに気づくまで、この女を利用してやる。僕があのクソメイドたちにされたように。
僕は黒い感情に突き動かされて、暗黒微笑を浮かべた。
「いいだろう。お前をもらってやる。なんでも、僕の言う通りにしろよ」
「ありがとうございます、ご主人様。もちろんでございます。ご主人様のためなら何でも致します」
僕の言葉に歓喜の表情を浮かべ、メイドは平伏した。こんな薄汚い路地裏で躊躇なく。さすが、マゾか詐欺師かは知らないが、感心する。
「じゃあ、疲れたから寝る。ベッドを用意しろ。なければ――」
「かしこまりました、ご主人様」
僕は、お前の家に連れていけ。と続けるつもりだったが、言い終わる前にメイドの後ろに西洋風のお城が出現した。
なんとなく、デザインがラブホテルっぽいが、そんなことはどうでもいい。この狭い路地裏にどうやって建っているのか、常識が行方不明になっているようだ。
「それでは、お運びいたします。失礼します」
僕が唖然としていると、メイドが僕をお姫様抱っこした。
「お、おい!」
「ご主人様に歩かせるなど、とんでもございません。これから、移動されたいときは、私をお呼びください」
きりっとした表情で言われてしまって、二の句が継げなかった。
恥ずかしいが、こうやって運ばれるのは、彼女の柔らかい身体に密着されて、なんだかいいかもしれない。股間がキュンとなる。
ラブホテルみたいと言った城の中は、僕の貧相な想像を超えて圧巻だった。
豪華絢爛な吹き抜けのロビー、一目で数えられない部屋の数、その一室も学校の体育館ぐらい広くて豪華だった。
「こ、これは……」
「ご主人様のために用意させていただきました家でございます。お気に召しませんでしたでしょうか? 確かに、少々、貧相で狭くはありますが……」
メイドが不安そうに僕に問いかけてくる。ちょっと、言いにくいが、これは僕が落ち着かないから言わせてもらわないとダメだ。
「こ、こんなに広い必要はないよ。六畳一間で十分だ」
「六畳一間でございますか? そのような狭いところにご主人様を……はっ! 大きさが狭ければ、より高濃度にご主人様と密接できる上に、ご主人様は必要最小限の動きで全てを行える……なるほど。これは盲点でございました。さすがは、ご主人様でございます。そのようなことまでお考えとは、私の不明をお許しください」
メイドは途中まで不満そうだったが、何か気が付いたのか、尊敬のまなざしを向けられた。
そんな目で見られるのは、生まれて初めてかもしれない。
「それでは、少々お待ちくださいませ……」
メイドがそういうと、耳と鼻が何かこそばい気がした。メイドが何かしているようだ。
「ふむふむ……なるほど。こういう感じでございますね」
メイドが何かつぶやくと、部屋の形が一気に変わった。そして、ついさっき、目の前で炎に包まれ消えた部屋が再現されていた。
「いかがでございましょうか、ご主人様?」
仕事をやり切った感を出していたメイドに頼んで、フィギュアの陳列台のところまで行ってもらった。そして、お気に入りのフィギュアを手に取ると、地震で落としてしまった時の傷がある。まちがいなく、僕のフィギュアだった。
「これは……夢なのか?」
城といい、部屋といい、メイドといい、何もかも都合がよすぎる。
「いいえ。全て、現実でございます、ご主人様」
メイドの言葉に僕は「ああ、やっぱり夢なんだ」と思った。僕が言ったことを肯定するなんて現実なはずがない。
僕はそんな虚無感に包まれて、意識が薄れていった。
ああ、きっと目が醒めたら、さっきの路地裏にいるんだろ? オチは分かってるよ、くそったれ……
目が醒めたら、僕の部屋だった。
ただし、部屋の大半を占領している買った覚えのない大きなベッドの上で寝ていた。ベッドの脇には夢に出てきた青紫色の肌をした美女メイドが静かに控えていた。
「おはようございます、ご主人様」
メイドが完璧な姿勢で頭を下げている。
寝たことで頭がすっきりしたが、すっきりしたから謎だらけの現状に困惑した。
「えーと、これは……」
「昨夜、私はご主人様に仕えさせていただくことになりました。不束者ですが、よろしくお願いいたします」
美女メイドが澄ました表情で僕の記憶と寸分の狂いもない現状を教えてくれた。
「アレは夢じゃなかったのか?」
僕は自分でほっぺをつねってみた。
「ご主人様! 自傷行為など、何か、私が不手際をいたしましたか! ああ、今はそんなことよりも早く治療を! ユニコーンを召喚――いえ、ダメです。童貞厨のユニコーンなど、ご主人様に会わせれば、死ぬまで粘着するに決まっています。ならば、ダークプリーストを――」
落ち着き払っていたメイドが僕がほっぺをつねっただけで慌てふためいて取り乱した。
「お、大げさだな。ちょっとつねっただけじゃないか」
僕は彼女が何を言っているかわからなかったが、大げさであることは感じ取れて苦笑を浮かべた。
「大げさではございません。ご主人様のお身体に傷などついて、そこから悪い菌が入りでもしたら……考えるだけで、私は、私は……」
彼女の動揺でなんだか部屋が歪んでいる気がする。何かすごく危険な予感がする。
「お、落ち着いて! だ、大丈夫だから。怪我してないし! もし、したとしても、こんなの、舐めときゃ治るもんだし」
僕は何とか彼女の動揺を鎮めるために頑張った。
「舐めておけば……そうでした! 人間の世界には、傷を舐めて治す伝統的治療法があるのでした。それでは、さっそく!」
メイドの目がきらりと光っていた。なんとか動揺が収まったようだが、別の感情があふれている感じだ。
メイドはベッドの上に乗ると、ギラギラした白い瞳で、荒い呼吸を吹きかけながら、赤く長い舌で僕の頬を舐めた。
「ひゃうっ♥」
頬を舐められただけなのに、僕の背筋に電気が走ったような快感が通り抜けた。
「ああ、ご主人様の汗がおいしゅうございます」
メイドの方も恍惚とした表情を浮かべていた。なんか、目的変わっている気がするが、とにかく、落ち着いたようなので何よりだ。
ホッと一息して、何気なく時計を見ると、すでに会社の始業時間を過ぎていた。
「げっ! 遅刻! で、電話しなきゃ!」
派遣社員で遅刻なんてしたら、減給がヤバい。しかも連絡を入れなかったとしたら、次の契約更新はないだろう。
「っ! 携帯、昨日、投げ捨てたんだ」
うちには固定電話などないのだ。唯一の電話を捨てるなんて昨夜の僕を怒鳴りたい。
「ご主人様、携帯電話でございます」
僕が慌てているとメイドがスマホを差し出してきた。拾っておいてくれたみたいだ。
「ありがとう!」
急いで、携帯で会社に電話をかけた。
「あ、沢田です。申し訳ありません――」
「ああ、沢田君。君、今日から異動になったよ」
電話に出た課長の言葉に僕は心の中で舌打ちした。この課長は、パワハラで訴えられないギリギリで派遣社員に嫌がらせをしてくる嫌な奴だ。
「すいません。今すぐに会社に――」
「いや、大丈夫。君は今日から自宅警備部部長に昇進になったんだよ。おめでとう、沢田部長」
こちらの落ち度が100%だから、ここぞとばかりに嫌味を言ってくる。こういう言い返せない時にネチネチしてくるのが、この課長の嫌なところだ。
「遅刻したことは、本当に申し訳ありません。社会人にあるまじき失敗と反省していますので――」
「あー、電話、代わりました。鳥井です」
「部長! 申し訳――」
鳥井部長は仕事ができて、派遣社員も差別せずに接してくれる公正な人だ。派遣イジメをしている課長を叱責もしてくれる。でも、それだけに、この失敗は許してくれないだろう。
「沢田君。課長の言うことが信じられないのも無理はないが、彼の言っていることは本当だよ。君のメイドさんから聞いていないかね?」
そう言われて、メイドを見ると、辞令を広げて見せてくれた。
そこには確かに、「沢田敬 自宅警備部 部長を命じる」と書かれていた。
押されている会社の印鑑も本物っぽい。
「そういうことだから、出社する必要はないからね。じゃあ、大変な仕事だけど、君ならできると信じているよ。何か困ったことがあったら、電話してきなさい。できるだけ、力になるよ」
僕は鳥井部長の言葉に生返事するだけしかできず、電話を切った。
「ご主人様、ご昇進、おめでとうございます」
メイドにお祝いを言われて、僕は頭が変になりそうだった。昨日の夜から僕の常識は宇宙旅行に出かけたようだ。
なんだよ、自宅警備部って、それって、引きこもりじゃないか。
だけど、鳥井部長にも言われて、辞令もあるとなると、本当なのだろう。あとで派遣会社の方にも、一応、確認を取っておこう。
なんだか、安心したら、トイレに行きたくなった。
「ご主人様、どちらへ?」
ベッドから降りようとするとメイドが迫ってきた。ちょいちょい、このメイドは圧がすごい。
「いや、トイレに……」
「それでしたら、その場でしていただいても、一向に――」
「いや、それはダメでしょう!」
それをすると人として何か終わる気がする。
「そうですか? それでは」
メイドがまた僕をお姫様抱っこして、そのままトイレへと連れて行ってくれた。
あまりにもナチュラルでスムーズな動きで抱き上げられたので、拒否するタイミングがない。どうやら、昨日、言っていた「歩かせない」は本気のようだ。
「……」
そして、なぜか、抱っこしたまま、メイドも一緒にトイレに入ってきた。
「あのー……」
「なんでしょうか、ご主人様?」
僕が抗議の声をあげようとすると、メイドはあっという間に僕のズボンとパンツを脱がして、両足を抱えられて、幼児がおしっこをさせられる格好にされていた。
「さ、さすがに、これは恥ずかしいです……」
僕は顔を真っ赤にして顔を覆った。後ろから抱えられているので、背中に人類の夢が詰まった膨らみが押し当てられているのは気持ちいいのだけど、さすがに恥ずかしさの方が勝る。
「そんなことをおっしゃらずに、さあ、シーシーしましょうね、ご主人様」
メイドの落ち着いているのに熱い吐息混じりの声が僕の耳に流れ込んできた。
背中のオッパイの感触と、その甘い声の刺激で脳が痺れて、理性が蕩ける。
気がつけば、僕は下半身の力が抜けて、半分勃ちかけた僕の砲身から放尿していた。
「あ、ああぁ……」
いつもよりも高い位置から放物線を描いておしっこが便器に注がれ、派手な音を立てていた。おしっこの音が聞かれるのが、こんなに恥ずかしいなんて思いもしなかった。
「シーシー、おじょうずですよ、ご主人様」
だけど、熱っぽく、優しく耳元でささやかれて、また快感が湧いてきて、おしっこを止めようとは思えない。なんだか、新しい扉を開いちゃったみたいだ。
それに東洋な陶器の便器に放尿しているのに、どういうわけかメイドの口に向かって放尿している気分になってきて、倒錯的な興奮で砲身の角度が上がっていく。自分自身、ちょっと僕の頭が心配だ。
「ちゃんとシーシーできて、ご立派でございます、ご主人様」
長い放尿を終え、熱のこもった声で感想を言われた。正直、字面だけ見ると馬鹿にされていると感じるだろう。でも、メイドが本気で言っているのがわかるので、こんな馬鹿な賛辞が嬉しく感じてしまう。
もう、僕は人としてダメになり始めているかもしれない。
おしっこの後は、トイレットペーパーで砲身の先端を綺麗に拭かれた。その手つきが絶妙すぎて勃起してしまったが、なんとか射精するのは我慢した。
これで射精したら、マジで人生が終わる。
「それにしても、いつの間に脱がせたり、履かせたりしたんだ?」
人生終了を回避してトイレを出る時には、いつの間にかにズボンとパンツをはかされていた。
「この程度ができなければメイドなどと名乗れません」
なぜかドヤ顔で言われて、思わず苦笑してしまった。このメイドは何と戦っているんだろう?
「あ、せっかくだから顔を洗っていくよ」
洗面所の前を通り過ぎようとしたので、僕はメイドに止まるように命じた。
「かしこまりました、ご主人様。では、失礼いたします」
やっと自分の足で立てると思ったら、どこからともなく現れた椅子に座らされていた。しかも、買った覚えのない本革張りっぽい立派な椅子だ。
「お、おい! この椅子――」
そう言いかけて、そういえば、さっきまで寝ていたベッドも、ツッコむのを忘れていた。
「ご主人様は調度品のことなど些事に気を回す必要はございません。私がご主人様にふさわしいものをそろえて差し上げます。もちろん、ご不満がありましたら、何なりと申し付けくださいませ。全身全霊全力全開でご要望に応えさせていただきます」
メイドの、白目と黒目が逆転した目を見れば、それが本気であるのは容易にわかる。そして、これは逆らってはいけないことだというのも理解し、僕は小さく頷いた。
「改めて、ご主人様。お口を洗わせていただきます」
メイドが手に持っているのは、いつも使っている電動ブラシなのだが、なぜだか、彼女の身体と同じ粘膜に包まれているような錯覚がした。だが、僕にメイドの奉仕を拒否する権利はない。
「ああ、素晴らしいです……この上左第一小臼歯の造形は奇跡でございます。こちらの、下右犬歯の野性味もなんと素晴らしいのでしょう。しかも、この上右第二大臼歯の包容力は、この歯ですりつぶされる食べ物に嫉妬さえ感じてしまいます」
口の中を高速で磨かれながらマニアックな賛辞を聞き続けた。褒められ慣れていない僕はお尻がむず痒くなりつつも、ちょっぴりうれしさも感じていた。
歯を磨き終わり、顔を洗うだけで済ますはずが、そのままシャンプーまでされ、ヘアセットまでされてしまった。
「これが僕?」
しかも、メイドがシャンプーすると、何度洗っても、シャンプーを変えても脂ぎっていた髪がサラサライケメンヘアに変わっていた。
「ご主人様の濃厚で豊富な油分をつい、ぬぐい取ってしまい、申し訳ありません」
メイドは僕の驚く表情を見て、何か不安そうに頭を下げていた。
「いや。とてもいいよ。綺麗にしてくれてありがとう」
僕はメイドの頭を撫でてあげた。柔らかいけど、ぬるっとしているようで、すべすべとした、形容しがたい感触だが、気持ち悪いことはない。むしろ、気持ちいいぐらいだった。
「ご、ご主人様……そのようなことで、褒めないでくださいませ」
メイドは僕に撫でられて、恥ずかしくも嬉しそうに頬を赤らめていた。
このメイド、なんだか、かわいい。
その事実の前には、白目と黒目が逆とか、肌の色が青紫とか、全身が粘液に包まれているとか、ちょっと、常軌を逸しているところはあるとか、些細な事だ。
昔から言われている。かわいいは正義だと。
「これからは、ご主人様を綺麗にすることを第一に心がけさせていただきます!」
メイドが僕に褒められたことに目を輝かせて、目標の誓いを立ててきた。
「あ、ああ。じゃあ、よろしく頼むよ。ゆっくりでいいからね」
使用人のやる気を削ぐのはご主人様としてはダメだと頷いておいた。
そして、僕は再び抱っこされて部屋に戻ると、ベッドが消えていて、見たことないテーブルセットが部屋にあった。
テーブルには白いテーブルクロスがかけられ、その上には白磁の洋食器が並んでいた。
「今朝のメニューは、トーストにベーコンエッグ、生野菜サラダ、コーンポタージュスープ、ブルベリージャムを入れたヨーグルト、フルーツスムージーでございます」
「いつの間に――」
「この程度ができないようではメイドと名乗るのはおこがましいです」
もうそろそろ、僕も受け入れることにしよう。これが本物のメイドの実力なのだと。
でも、段々とこの規格外の奉仕に慣れてきている自分が少し怖い。彼女がいなくなったら、社会復帰できないかもしれない。
メイドが椅子に座り、その上に僕を横向きに座らされた。小さい子がお母さんの膝の上に座らされて、食事させられるあの体勢だ。
「食べたいものを見つめていただければ、お口にお運びいたします。咀嚼も任せていただいても構いませんので、遠慮なくご申し付けください」
やっぱり、食べさせる気なんだと僕は諦めた。でも、これだけは言っておかないといけない。
「咀嚼ぐらいはさせて。お願いだから」
「そうですか? そうおっしゃられるなら、仕方ありません」
すごく残念そうな顔をされた。だが、この顔に絆されてはいけない。断固として咀嚼する権利を守るんだ。
最初にサラダをいただこうと見つめると、メイドは当たり前のようにサラダを手に取り、ドレッシングのかかった生野菜を乗せたフォークを僕の口に運んできた。
「はい。あーんしてくださいませ、ご主人様」
僕が口を開けると、絶妙な量のサラダが口の中に入れられた。みずみずしい歯ごたえとドレッシングの油分と塩味を楽しんで飲み込んだ。
「何だこれ? ただのサラダなのに、すごく美味しい!」
僕は目を見開いて驚いた。
「お褒めにあずかり、嬉しく思います、ご主人様」
僕はサラダを平らげ、スープを飲み干し、次々と皿を空にしていった。どの料理も食べたことあるのに、食べたことがないようなおいしさだった。
「ご馳走様」
「お粗末様です、ご主人様。追加は必要ありませんか?」
メイドが僕の汚れた口元をナプキンで綺麗に拭ってくれる。なぜか、頬を少し上気させ、軽く潤ませた瞳をしていて、ちょっと発情しているかのような表情だった。
「もう十分、お腹いっぱいだよ」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げるメイドに、ふと食事中に気になったことを思い出した。
「そういえば、口の中でベーコンが動いた気がしたんだが」
「……きっと、生きがよろしいんでございましょう」
なぜかメイドが微妙に目をそらした。
「いや、ベーコンって、殺して、捌かれて、塩漬けされて、燻製されて、これぐらいないってくらいに徹底的に死んでるよね?」
「不屈の闘志を持った根性ある豚だったのです、きっと」
「どんな豚だよ」
「……ちょっぴり動く程度なら直ちに健康に影響はありません。世界広しと言えども、ベーコンの踊り食いを体験したのは、ご主人様だけです。オンリーワンでございます」
何か論点が違う気がするが、そう言われると悪い気はしない。
「次からは、ちゃんと動かないように、きっちりと言いつけますので」
「あ……うん。わかった」
言いつけて言うことを聞く食材とか、意味不明だが深くツッコんではいけない気がした。
世の中、知らないことが幸せなことはたくさんある。そう、あのクソメイドたちの本心のように。
僕は突然、あの扉の前での記憶が鮮明に蘇ってきた。まるで、あの時間、あの場所にタイムスリップしたかのように鮮明に。
「っ!」
全身から汗が噴き出て、呼吸が浅くなり、動悸が激しくなって、視界がゆがんできた。
胃がひっくり返るような不快感に襲われ、今さっき食べたものがこみ上げてきた。
なんとか、口に手を当てて、それを抑え込もうとしたら、柔らかく温かいものが頭に押し当てられ、いい香りに包まれた。
「どうぞ、そのまま、吐いてください。心配いりません。私がすぐに綺麗にしますから」
僕はメイドに優しく頭を抱きしめられていた。
「我慢しなくていいのですよ、ご主人様」
吐くのを堪える僕の背中をメイドに優しく撫でられ、僕は胃の中のものをメイドのエプロンの上にもどした。メイドはそれを嫌がりもせずに全て受け止めた。
「ご主人様。ご主人様は何も心配する必要はありません。もう、あなたを苦しめるものは何もありません。今まで、よく我慢されてこられました。だから、もう我慢する必要はありません」
メイドの優しい落ち着いた声を聞いて、彼女のぬくもりに包まれていると、僕の呼吸が段々と楽になり、激しかった動悸が徐々に治まった。そして、その安寧から離れることが恐怖に感じ、メイドの身体に抱きついていた。
「私がいます。ずっとそばに。いつ、いかなる時も片時も離れず。だから、ご主人様はすべてを私にお命じになって、私にすべてをゆだねられたらよいのですよ」
メイドの優しい言葉が僕の擦り傷だらけの心に甘い毒のように染み込んでいく。
「だ、ダメだ……そんな、こと……僕は一人前の男なんだ。誰かに頼りきりになって甘えるなんて……」
僕は抱き着いたままだが、ゆりかごの中に戻る心地よさに、精いっぱいの理性で抵抗した。
「ご主人様は、誰が何と言おうと一人前の男でございますよ。私がそれを知っています。それだけで、十分ではありませんか?」
柔らかく頭をなでられ、幼い日の記憶が蘇る。世界中が希望にあふれて、なんにでもなれると信じていた、愛に満ちた幸せな頃の記憶が。
「僕は、僕は……」
自然と涙があふれてきた。汚い世界で汚れた心を洗い流すかのように、涙が、鼻水が止まらなかった。
メイドはそれも、いつの間にか綺麗になっているメイド服のエプロンで受け止めていた。
どれぐらい抱きついていたのか、僕はやっと落ち着きを取り戻して、メイドを抱きしめていた手を緩めた。
「……なんか、ごめん……みっともないところ、見せちゃって」
幼児のように泣きじゃくっていた自分を思い出して僕は赤面した。
「みっともないなど、とんでもございません、ご主人様」
メイドが真剣な顔で首を横に振った。いつの間にか、僕らは朝、目覚めたときに寝ていた大きなベッドの上に座っていた。
「私はご主人様に命じられれば快感に打ち震えます。ご主人様に奉仕できることは何よりも楽しいのです。そして、ご主人様に求められることは、どんなことであっても、何よりも幸せを感じます」
僕の手を取り、凛とした顔を発情したメスのように蕩けさせ、メイドは僕に告白した。
「昨夜、ご主人様は、自分は何もない。誰にも必要にされていない。そうおっしゃって、泣いておられました。ですが、ご主人様には私がいます。私はご主人様が必要です。それだけでは足りませんでしょうか?」
僕の手をメイドの胸に押し当てさせた。胸の鼓動は感じないが、彼女の脈動が感じられた。
薄々というか、最初から分かっていたが、彼女は人間ではないのだろう。きっと、化け物とか呼ばれる類のものだろう。でも、僕たちは似た者同士だ。
この世の輪から外れてしまったもの同士なんだ。だから、出会った。
僕を必要とするメイド。メイドを必要とする僕。
二人は一つで、表と裏。彼女は僕の愛おしい半身。
そう気づくと、僕は自然と彼女を抱きしめ、唇を奪った。より一つになるために。
彼女の柔らかい唇が僕の唇に吸い付き、舌が絡まり、お互いの唾液がまじりあった。
彼女の唾液は蜂蜜のように甘く粘り気があり、僕の唾液と混じりあうと、花のような香りを放った。鼻腔をくすぐる匂いを感じながら、人間ではあり得ない絡み方をする舌が、キスもしたことない童貞の僕には刺激的過ぎた。
昨夜から彼女から感じる妖艶さに当てられて、常に興奮状態を維持していた男性器はキスの快感で暴発した。
あまりにも早すぎる。しかも、キスしただけで発射したことに僕は恥ずかしくなり、泣きそうになった。
「ああ、私とのキスにそんなに感じてくださるなんて、嬉しゅうございます♥」
メイドは僕の目に口づけして涙を吸い取り、シーツの上にばらまかれた精液を指で拭い取った。指先についた精液をためらいもなく口に含んで、口元をだらしなく緩めていた。
「ご主人様の体液はどれも美味しゅうございますが、精液は格別でございます」
彼女は僕の出した精液を綺麗に全て舐め取ってくれた。そして、情けなさに元気をなくしている僕の竿に頬ずりをして、手で玉を優しく包み込み愛撫しはじめた。
僕はそこまでされて、やっと自信を取り戻して、再び竿を固くした。
いつの間にかメイドは、メイド服を脱いでいて、全裸となっていた。
青紫の肌が粘液に包まれて、光沢を帯びて、何とも神秘的であった。そして、何より、その抜群で完璧なプロポーションは、僕の視覚的興奮を容赦なく煽った。
「どうぞ、私の身体を隅から隅まで、ご堪能くださいませ♥ 私の髪の毛一本ですら、ご主人様のものでございます」
そんなこと言われて、手を広げられたら、僕は躊躇なく、その大きな胸に飛び込み、立派なオッパイを揉むしか思いつかなかった。
手の動きに合わせて変形するが、揉みごたえがある。表面の粘膜が癖になる触感を生み出していた。
オッパイを触ったのは、赤ん坊の時以来で記憶にないが、これはオッパイ以上のオッパイだと確信できる。
多分、僕の揉み方は乱暴だったと思う。普通の女の子にしたら、痛がられる揉み方だっただろう。
「ああっ! もっと、揉んでください。求めてください」
でも、メイドは僕の乱暴な愛撫にすら歓喜の声を上げて、甘い吐息を漏らし、体を震わせていた。
ぷっくりと膨らんだ乳首に吸い付き、舐めまわすと、母乳ではないが、何か甘い汁がにじみ出てきた。その汁をすすると、脳髄が熱くなる快感に襲われ、股間が痛いほどに勃起している。
「ご主人様ぁ♥ そんなに、激しく、求められてはぁ……感じすぎてしまいますぅ♥」
頬を赤くして、もじもじとウチ太ももをこすり合わせながら、僕の方を物欲しそうに熱い視線を向けてきた。
ちらりと自分の股間を見ると、いつもよりも二回りは大きくなっている。
なんだか、大きくなったそれを見ると根拠のない自信が湧いてきた。
「め、命令だ。お、オッパイで、ご奉仕し、しろっ」
僕はどもりながらもメイドに命じてみた。内心、嫌がられるかもと、ドキドキしたが、メイドは僕に命令されて、目を輝かせて、嬉しそうに笑顔になった。
「はいっ! ご主人様♥」
そして、上に覆いかぶさっていたはずが、一瞬でベッドの上に仰向けに寝かされてしまった。
「それでは、失礼いたします」
柔らかい丘の谷間に僕の肉棒をサンドした。それだけで、中の肉汁が噴き出そうだった。
メイドは左右からオッパイを手で押さえて、身体を上下しはじめた。表面を覆う粘液が程よい潤滑剤となって、適度な刺激を肉棒に与えつつ、谷間を行き来する。
夢に見たまでのパイズリを、好みの顔立ちのフリルカチューシャをつけたポニーテールの女の子がしている。それを見るだけでも興奮が限界値を突破しそうだった。
「ふぁっ! ご主人様のが、びくっとしています♥ いつでも、好きな時に出してください♥」
メイドは目を細めながら期待に満ちた声で言った。
オッパイの間から顔をのぞかせた瞬間を狙いすまして舌で先端を舐め、さらなる刺激を与えてきた。
「うぅっ!」
その新たな刺激に我慢できず、こらえていたものが尿道を暴走して噴き出した。
メイドは顔に向かって発射された白濁液を避けずに、それを顔で受け止めた。
「ご、ゴメン!」
「謝られることなど何もありません。それどころか、ご主人様の精液を顔射していただけるなんて……私にとってはご褒美をいただいたようなものでございます♥」
メイドは目を細めて、口の近くについている精液を舌で舐め取り、うっとりとして色っぽい表情をしていた。
その表情だけでまた股間のものが硬くなり始めるのを感じた。
最近は、オナニーするのも週に二回程度、しかも一回出したら満足していた。でも、二回も出していても、まだ立ち上がろうとするのを見て自分でも驚いた。
「ご主人様、お手伝いいたします♥」
メイドは好色そうな顔をして、そのまま、顔を股間の方へ移動させた。
僕はてっきりフェラチオされるものだと期待したが、予想は見事に裏切られた。
「ふひゃぁ!」
お尻の穴に舌を這わされ、僕は間抜けな声を上げてしまった。
「力を抜いてください、ご主人様。何もかも私に身を任せて」
メイドに肛門様を丹念に舐められ、最初は驚き、次に戸惑い、やがて、それが甘い電流を背筋に走らせる刺激になってきた。
「あっ♥」
舌が中に侵入してきたが、驚くほど抵抗感はなかった。そして、想像していたよりも強い快感に腰が浮いた。
「ふあぁぁあ♥」
内臓を舐められる不思議な感覚に身体が何度も痙攣し、視界がチカチカした。よだれが止まらず、声が出るのが止められなかった。
「んほぉ♥」
腸の奥の奥まで侵入され、その中を綺麗に舐められていく感覚は、今までの経験で言葉にしにくく、刺激的だった。お尻を犯されるのが癖になりそう……
メイドの舌がどれほど長いのかなど、常識的な疑問はもはやどうでもよかった。ただただ、気持ちいい。それがすべてで、それ以外はどうでもよかった。
どれほどの時間、おなかの中を舐められていたのだろう? ようやくメイドが僕の肛門から口を離して顔を上げた。
「これで、ご主人様の中の不純物は除去できました」
メイドが素晴らしく爽快そうに、にっこり微笑んでいたのが印象的だった。
ただ、僕の方は、半分意識が飛んでいて、何度となく絶頂しているのに射精することなく、我慢汁が染み出るだけだった。すっかり、僕のお腹のあたりがびちょびちょになっている。
「も、もう……出させてぇ……」
僕は腰をくねらせ、お願いした。このまま、射精しなかったら、男の僕が消えてしまいそうな気がした。
「かしこまりました、ご主人様」
メイドはいつものようにすました表情だが、目をかすかにハートマークにしていた。
仰向けになっている僕を跨いでメイドは膝立ちになり、他の箇所よりも粘液がたっぷり滴っている股間の割れ目を指で開いて見せつけてきた。
「どうぞ、ご覧下さいませ、ご主人様」
ネットの画像では見たことはあったが、生で見るのはこれが初めてだ。
ネットで見た女性器の画像は少しグロテスクと思っていたが、メイドのは不快感は全くなかった。それどころか、綺麗とさえ思えた。
あの中に僕のものを入れれるのかと思うと、それだけで果てそうなほど興奮する。
「私のオマンコは、まだ未使用の新品でございます。ですが、いつの日かご主人様をお迎えする日を夢見て、幾千の夜の間、鍛えてまいりました。存分に、味わっていただきたく思います」
すました表情も崩れて、口元が緩んでいるのが見えて、彼女も僕と同じ気持ちなのがわかって、すごく嬉しくなった。
「ああ、君の処女を僕の童貞でもらってあげるよ」
「はいっ♥ ご主人様♥」
メイドが歓喜の表情を浮かべて、頬を赤らめながら腰をゆっくり落としてきた。
僕の粘膜の先端が彼女の粘膜の入り口に接触して、すんなりと挿入していった。
あまりにもあっさりした童貞と処女の喪失で呆気にとられた。
「ふあぁっ!」
呆気にとられたのは一瞬だった。僕のものを包み込む柔らかい粘膜が絡みつき、蕩けそうな快感にのけぞった。
「ご主人様の、おちんぽぉ♥」
メイドも気持ちよさそうに口の端からよだれを垂らしていた。
「はぁあんっ……あ……ご、ご奉仕しなきゃぁ……」
メイドが思い出したように腰を振りはじめた。その動きは単なる上下動のはずなのに、彼女の膣の中でしごかれるものは、そんな単純な刺激ではなかった。
「はぁあぁあ! ふぅふぁぁっ♥」
至高の快楽に何かせりあがってくるのを感じたが、射精ではなかった。
「な、なに、これ? なにこれぇ!」
快感が高ぶり、いつもなら射精しているのに射精できずに、快感だけが上がり続ける。僕の身体は痙攣しっぱなしで、視界が真っ白になって、脳細胞がショートしまくった。
「ご主人様のチンポォ、ご主人様のぉチンポォ、ご主人様ぁ♥」
何かリミッターが外れたかのようにメイドは、淫らに腰を振り、尻を僕の股間に打ち付け、大きな胸を揺らし、蕩け切った表情で僕を求め続けた。
彼女からあふれ出る愛液が僕の身体を濡らし、その愛液も蠢くように僕を包んで僕の体に染み込むようだった。
「はぁ♥ あぁんっ! あっあっああぁ……♥」
もう、どちらが出している喘ぎ声かわからない。何が気持ちいのかもわからなくなる。ただただ、気持ちいい。それだけしかなく、それ以外なにもいらない。
股間だけでなく、全身が気持ちよくなっていた。
「あっ、あっ、ああっ!」
「いいっ、いぃ! いいぃっ!」
粘液と汗が混じりあい、身体が絡み合い、我慢汁と愛液をかき混ぜ続ける。
いつまでも続くと思った快楽の螺旋階段だったが、不意に終わりが近づくのを感じた。
「出る! 出りゅぅ、出ちゃう♥」
「出して! 出してください。ご主人様♥」
今まで存在を忘れていた精液が尿道を広げるようにまかり通ってくるのを感じた。
「ううぅ、うぁっ!」
僕はメイドの中に思いっきり射精した。
射精は一瞬で終わることなく、まるでおしっこをするかのように、長く大量に彼女の中に精を注ぎ続けた。こんなに精液を溜め込めるなんて、自分の身体も何か変わっているのを感じたが、些細なことにしか思えなかった。
彼女の方は、僕に注がれたものをお腹の中に溜め込み、引き締まった細い下腹部を妊娠したかのように少し膨らませていた。
「はぁぁぁあぁぁあぁ……」
僕は射精の解放感で息を漏らした。途端に、それまでの快楽での疲労に襲われた。
心地よい疲労感を楽しみながら、ベッドの上で手足を投げ出した。
愛液や汗で汚れているはずのシーツは完璧に綺麗になっている。いろいろと不思議だが、気にしてはいけない。僕はご主人様なのだから、些細なことは考える必要はない。
「素敵でございました。ご主人様」
いつの間にかにメイド服を完璧に着込んだメイドが、ベッドの上で座りつつ下腹部のふくらみを愛おしくなでながら目を細めていた。
「ああ、僕も気持ちよかったよ」
「お役に立てて、何よりの幸せでございます」
僕の感想に心からの笑みを浮かべるメイドに僕の胸はときめいた。
「これからも、ずっと、一生、永遠に僕といてくれるかい?」
答えは分かっているが、改めて彼女の口から聞きたくて仕方なかった。
「もちろんでございますよ、ご主人様。たとえ、宇宙が滅ぼうとも、私はご主人様とともに在ります」
メイドの言葉に僕は安心してほほ笑むと、押し寄せる疲労感に身を任せて眠りに落ちた。
彼女は誰かを必要としていた。僕は誰かに必要とされたかった。
プラスとマイナス。オスとメスが出会ったら、一つになることは、ごく自然なことだ。
前に、欠けた自分にぴったりとあうピースを見つける旅に出る図形の話を聞いたことがあった。結局はそんな都合のいいものは見つからないというのが、その話のオチだった。
でも、もし、そんなピースに出会ってしまったら?
そのピース以外は必要なくなってしまうんじゃないかと思う。
僕は、そんなぴったりのピースと出会ってしまった。まるで、彼女が僕の欠けた部分に合わせて変形したようにぴったりだった。
ここは僕とメイドの二人で完璧な小さな世界。
ここには不要なものはなく、モブなんていない。
僕が主人公で、メイドがヒロインであり、メイドが主人公で、僕がヒロインの世界。
僕は本当の楽園と安住の地を見つけた。
多分、どっちかというと、向上心が低い人間の方が多い。冷めてるわけじゃない。どっちかというと諦めてる。そういう人間が大多数なのだ。僕も含めて。
だいたい、頑張っても、できるとは限らない。才能の壁を越えられずに無駄な努力で終わることは珍しくない。
そもそも、自分が頑張れば、どれぐらいまでできるかなんて、高校生ぐらいまででなんとなくわかるものだ。
それが分かると、努力するっていうのが虚しくなる。
しかも、努力して目標を達成しても、責任や仕事だけ増えるだけで給料はほとんど増えないとかだと、頑張る気力とかわくわけない。
頑張るのを諦めた僕が、安月給の派遣社員をしているのは自然な流れで、分相応だと思う。
派遣された会社で僕に期待されているのは、単なる数合わせだ。
アリの巣で働くアリはごく一部で、大半が遊んでいるって話だ。でも、だからって働くアリだけ集めたら、それまで働いてたアリが一定割合、サボりだすらしい。
つまり、僕みたいな人間を机に座らせておくことで、働くやつが働いてくれるってわけだ。
いうなれば、僕はドラマやアニメでいうモブだ。リアル社会の主人公たちが活躍するのを盛り上げる背景。それが僕のリアル社会での役目だ。
ただ、そんな僕でも主人公になれる場所がある。
サブカルチャの商品を扱った店が所狭しと並ぶ通称「電気街」。その路地にある雑居ビルの急な階段を上がった2階。少し薄汚れた廊下には不釣り合いな、チョコレート色の木目調壁紙を適当に貼って、重厚さを出そうとしている扉がある。
普通なら開けることをためらう怪しさが一杯だが、僕はその扉をためらいもなく開けた。
扉を開けると、ドアベルの軽やかな音がして、ミニ丈のメイド服で女子高生ぐらいのツインテールにした女の子が僕を出迎えた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいま、マユちゃん。今日もかわいいね」
僕は雰囲気だけでもイケメンのつもりで微笑を浮かべる。
「わあ、ありがとうございますっ、ご主人様。そんなふうに褒められたら、マユ、勘違いしちゃいますよ?」
僕の言葉に、メイドの少女がかわいく上目遣いで応じてくれた。
会社では良くて空気、悪ければ汚物の僕だが、ここでは僕の存在を誰も無視しないし、格上として敬ってくれる。
「ははは、マユちゃんはメイドなんだから、ご主人様に恋しちゃダメだよ」
僕は会社の人間たちが見たら驚くほど堂々とした態度で、案内なしに、いつもの窓際のテーブルに座った。
ここはメイドカフェ『マーチラビッツ』
最近は、メイドカフェもずいぶんと数は減っている。そんな中、『マーチラビッツ』は質のいいサービスで5周年を迎える老舗のメイドカフェだ。
僕は、このメイドカフェが開店、間もないころからの常連ご主人様だ。
僕の身長は160ちょっとで、正直、肥満体型で汗っかきだ。それで学生時代からよく女子から気持ち悪がられたが、ここではそんな態度をする女の子はいない。
僕もこのメイドカフェに通うようになって、ちょっとは見た目に拘るようにしている。
ご主人様らしいファッションを心掛けて服を買ったり、髪を伸ばして、ボブぐらいにしたり、勇気を振り絞って美容院にも毎月通っている。
そういえば、最近、美容院で髪が重たいからと染めることを勧められているのだが、美容師は髪を染めたら、重量が軽くなると思っているのに驚いた。さすがの僕も、そんな馬鹿な事は物理的にあり得ないので丁重に断っている。
僕がそんな物思いにふけっていると、マユちゃんがメニューと水を持って、僕のテーブルへとやってきた。
「ご主人様! 新しいメニューに挑戦したんですよ。ぜひ、食べて感想、聞かせてね」
マユちゃんが小首をあざとく傾けてメニューを差し出してきた。この娘は僕の最近のお気に入りのメイドさんだ。
「マユちゃんは料理好きだね。いいよ。それをお願いするよ」
新メニューが何かを確認せずに僕は注文して、彼女の持ってきた水に口をつけた。
「はーい! 森妖精の炎のタンタン麺、一つですね? あ、トッピングはどうします? ハートバーニングラー油と、ツンツンネギパラと、チュッとチャーシューって、三種類あるんだけど? あ、三種類セットにすると、ちょっとお得なんですよ〜。ご主人様だけには、こっそり教えてあげる♥」
「ありがとう。それじゃあ、三種セットで頼むよ。あと、食後にホットコーヒーをお願いしようかな?」
トッピングとかは、正直な話、値段が割高だが、それを受け持ちのテーブルの客が頼むと彼女たちにポイントが加算されるシステムになっている。ポイントは彼女たちの給料に反映される。
客も使った金額でポイントが貯まるが、それをサービスの良かったメイドに与えることができる。こうして、サービスをよくしているのが、このメイドカフェの良いところだ。
ただ、ここのオーナーは変なチャレンジ精神を時々見せるので、さっきのように新メニューがメイドカフェなのに担々麺とか、意表を突いてくる。それもある意味、通ってて飽きないところでもある。
「おまたせしました、ご主人様。マユが愛情いーっぱいこめて、つくったからね。きっと、おいしいはずだよ」
僕がスマホでネットをチェックしていると、15分ほどして、マユちゃんがトレイに乗せた中華ドンブリを持ってきた。
彼女はずっとフロアにいたので、作ったというのは嘘だ。だが、それを嘘と指摘するのは、歌舞伎を見て「黒子がいる」というのと同じ無粋なことだ。メイドカフェにはメイドカフェの作法があって、それをわかって楽しむのが正しいメイ道というものだ。
「うん。おいしそうだね」
テーブルに置かれた器に入った担々麺は、某社の袋麺の担々麺に酷似していても、それを指摘してはいけない。それがここでのテーブルマナーだ。
「じゃあ、トッピングしますねー。まずは、バーニングハートラー油でーす」
マユちゃんがSとBの食品メーカーのラー油を構えた。
「私のハートがどっきどき! ご主人様を見ちゃったら真っ赤になっちゃう。恥ずかしい。届いて私のこの想い。ラブラブ、バーニングハート♥」
前口上してドンブリの中の担々麺にラー油でハートマークを描かれた。
「じゃあ、次はツンツンネギパラでーす」
刻みネギの入ったタッパを手に、トングを僕に突き付けて、そっぽを向く。
「おいしくしようだなんて思ってないけど、風邪を引かないようにネギを入れるだけなんだからね。勘違いしないでよっ」
トングで刻みネギを挟んで、パラっとひとつまみだけ入れられた。
「それで、ラストは、チュッとチャーシューでーす」
トングで別皿に置いていたチャーシューを挟んで持ち上げ、自分の口の前に持ってくると。
「豚さん豚さん。おしくなーれ。ちゅっ♥」
投げキッスの要領で唇で音を鳴らすと、ドンブリの中にチャーシューをトッピングしてくれた。僕はその様子に小さく感嘆の声を上げた。
「はーい。トッピング終了です。召し上がれー」
「いただきます」
僕は初めて食べるが、いつも食べている味を楽しんだ。
そして、この担々麺とチュッとチャーシューのトッピングマシマシはアリだと、心の中の定番メニューにランクインさせていた。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
僕はメイドたちに見送られ、『マーチラビッツ』を出た。閉店時間までいたので、階段の蛍光灯が灯っている。
「またの帰宅をお待ちしてますね、ご主人様」
階段を少し降りてから振り返ると、閉店作業で看板を片付けるマユちゃんがにっこり微笑んでくれた。急な階段で下から見上げる形なので、スカートの中が見えそうで見えない。
「あ、ああ、うん」
僕は少し顔を赤くして、それだけ言うと、階段を急いで降りた。
あの太ももだけで、一週間はオカズには困らない。
そんなことを考えながら足取り軽く駅に向かう途中、僕は店に携帯を忘れたことに気が付いた。
すぐに急いで引き返して雑居ビルの階段を昇った。少し小走りに戻ってきたので息が上がっていた。
「まだ、誰か残っているかな? 例えば、マユちゃんとか」
僕はそんなことを思いながら、扉の前で汗を拭いて息を整えていると、中から人の話し声が聞こえてきた。
「あー、誰か携帯忘れてるみたい」
「んー……、そこの席なら豚まん男爵のじゃない?」
「豚まん男爵かぁ……あの脂マシマシなのは無理系? マユ、よく相手できるよねー」
「フッヒー伯爵に比べれば、まだ大丈夫だよー」
「フッヒー伯爵はヤベェよなー。ってか、許容範囲広いねー」
「別に許容してるわけじゃないって。昔、地下アイドルしてたし、ああいうのは慣れてるだけ。それにちょっと愛想ふりまいたら、ポイントくれるからさー」
「確かに、太客だよな。名実ともに」
「あはは、言いすぎ。でも、私も欲しい服あるから、ポイント稼ぎしようかな? ぽっきり子爵あたりなら、まだマシかも」
「ぽっきり子爵はあたしが攻略しちゃったよ。あんたは、半魚ドンファンでも相手してな」
「うげぇー、あれは無理! 目の位置が離れすぎて人類から外に出てるって!」
そんな笑えない会話でメイドたちの笑い声が響いていた。
僕の楽園が、オアシスが崩壊する笑い声だった。
僕が扉の前で呆然としていると、扉が突然に開いた。
「げっ!」
扉を開けたマユちゃんが、ゴミ袋を手に僕の顔を見て、顔をひきつらせていた。
「……携帯、忘れたみたいで……」
僕は死んだような目だったかもしれないが、奇跡的に用件を言うことができた。
「あ……はい。ありましたよー。大事なもの忘れちゃだめですよ、ご主人様」
営業モードで僕の携帯を渡してくれた。表情は思いっきり引きつっていたけど。
僕は携帯を受け取り、何も言わずにフラフラと階段を下りて行った。
それから、僕はどこで何をしていたのかは記憶にない。
気が付いたら、自分の家の最寄りの駅のベンチに座っていた。
なんとなく、携帯で時間を見ると、日付が変わっていた。
「……なんだこれ?」
携帯に知らない番号から大量に着信があった。
掛け直すのも怖いので着信は無視して、真っ暗な駅前を見渡した。どこかで消防車のサイレンが鳴っているのが聞こえるだけの静かな駅前だ。
身体が冷え切っている。僕は結構長い時間、ここで呆然としていたみたいだ。でも、誰も僕のことは気に留めてくれなかったようだ。
また、僕はこの世界のモブで背景だと再認識してしまった。
そうだった。僕が主人公になれる場所なんて、所詮は儚い砂上の楼閣だった。
あの楽園が無くなったのはショックだけど、今までも、お気に入りのメイドカフェが閉店したり、推しのメイドさんが引退することは何度もあった。
今回もそれと同じだ。
無くなったなら、また、新しい楽園を作ればいい。ただ、それだけだ。
とりあえず、今日はこの悲しみを家にある嫁たちに慰めてもらおう。明日、仕事も休んでしまおう。
僕がそんなことを思いながら家に向かって歩いていると、何台もの消防車がサイレンを鳴らしながら追い抜いていった。
「そういえば、今夜はやけに消防車が多いな」
近くで火事があったのだろうかと家の方を見ると、夜の空が赤く染まっていた。
僕は嫌な予感がして走り出した。
汗だくになり辿り着いたそこで見たものは、僕の住んでいた六畳一間バストイレ付、家賃共益費込みで6万8千円のアパートが、野次馬に見守られる中、炎に包まれている光景だった。
「あ、ああ、ああっ!」
言葉にならない声を吐き出しながら野次馬を押しのけて前に出た。立ち入り禁止のテープを越えて中に入ろうとしたら、警官に捕まえられた。
「危険だから、入らないで!」
「ああ、あああっ!」
僕の家が燃えているのに、なんで止めるんだ。離せ! 僕は警官を振り払おうと暴れたが、非力な僕に振りほどけるわけがなかった。
「あのアパートの住人の方ですか?」
僕のただならぬ様子で警官が察したようだった。僕は何度もうなずいた。
「203号室の沢田敬さんですか?」
防火服の完全装備をした消防隊員がやってきて、僕に質問してきたので、また何度もうなずいた。
「こちら、朝比奈。指令、203号室の沢田敬さんの安否確認できました。住人全員避難完了です」
なにやら無線で連絡していた。警官もホッとしたのか、僕を取り押さえる手を緩めた。
僕は火事場の馬鹿力で警官を振りほどき、アパートへ、僕の部屋へ走り出そうとしたが、今度は消防隊員に羽交い締めにされた。
「沢田さん! 危険です!」
「ぼ、僕の、僕の嫁が!」
思わず叫んだ僕の言葉に消防隊員の空気が変わった。
「それは本当ですか!」
僕はその迫力に思わずうなずいてしまった。
「こちら、朝比奈。指令、203号室に要救助者がいる可能性が――行かせてください!――しかし!」
消防隊員が僕を羽交い絞めにしながら無線で何かやり取りしていた。
「お前ひとりだと無茶するから許可出ないんだよ」
いつの間にかやってきたもう一人のクール系の消防隊員が、僕を羽交い締めしていた熱血系の消防隊員を宥めて、無線を操作しはじめた。
「指令、甘粕です。俺がついていきますんで、確認にだけ行かせてください――ええ、無茶はしません――はい。了解です。ありがとうございます」
「甘粕……」
「礼は後だ、朝比奈――それで、沢田さんの奥さんの年齢と体型、どこにいそうかを教えてください」
クール系の消防隊員に訊かれて、僕は血の気が引いた。
「……です」
「すいません。聞こえなかったので、もう一度、お願いします!」
「……フィ、フィギュアと、抱き枕とかですっ。す、すいません」
僕は大きな声で二人に告げると、二人は苦笑を漏らして、僕の肩を叩いた。
「申し訳ありませんが、諦めてください」
「…………はい。勘違いするようなことを言って、すいませんでした……」
僕は消え入るような声で謝った。集まっていた野次馬からも失笑が聞こえる。
「いえ。火事で逃げ遅れた人がいなかったんです。それ以上のことはありません」
消防隊員たちの優しい笑顔が僕には残酷だった。
そうして、腑抜けて落ち着いた僕には、誰も興味を示そうとはしなかった。それぞれがそれぞれの仕事や自分の興味にかかりっきりになり、僕の存在はまた消えてしまった。
僕は、ふらふらと立ち上がり、野次馬の集まりから離れ、夜の街をさまよった。
楽園に続いて、僕の安住の地まで奪われた。
僕はこの世界に何をしたというんだ? 大人しくモブをしていたのに、背景になっていたのに……
どれだけ歩いたか、気が付くと、どこかのビルとビルの間の狭い路地の奥に迷い込んでいた。
運動不足の足が鉛のように重く感じた。思い出したように疲労が背中にのしかかってきた。
「あ……ホテル探さなきゃ」
それで、やっと現実的なことを考えて、携帯を取り出した。
だけど、携帯の画面は真っ黒で、電源を入れても、バッテリー切れの警告が一瞬出て真っ暗な画面に戻った。
「くそっ! どいつもこいつも僕のことをバカにしやがって!」
携帯を地面に投げ捨て、ビール箱の上に座り込んで、俯いて頭を抱えた。
楽園は崩れ去り、メイドは消え失せ、安住の地を失い、嫁たちは燃えた。そして、世界とのつながりも今切れた。
もう、世界は僕を必要としていないんじゃないだろうか?
そんな不安で押しつぶされそうな時だった。
「どうかなさいましたか?」
落ち着いているが軽やかな透き通る女性の声がした。
僕が声に反応して顔を上げると、そこにはメイド姿の女性が立っていた。
今、冷静に考えれば、肌の色は青紫だし、白目が黒くて、瞳が白い。肌も髪も、服ですら、粘液に包まれているメイド――いや、人でも、怪しい以外に言葉はない。でも、その時は、何故かそんなことは気にならなかった。
そのメイドは黒髪をポニーテールにして、少し凛とした顔立ちをしていた。身長が高く、細身なのに出るところはしっかり出ている。スカートはロング丈で、装飾も華美でないメイド服を着て、手を前で重ねて、背筋を伸ばして微動だにしていない。
顔もスタイルも服も姿勢も、何から何まで僕の好みのメイドだったが、だからこそ、怒りが込み上げてきた。
こいつも、あの『マーチラビッツ』のクソメイドと同じで、僕のことを笑いに来たのだと。
「はんっ! 言ったところで、メイド風情に僕の何が分かる!」
僕は彼女のメイド服に唾を吐いた。
メイドはそれに、顔をほんのりを赤く染めていた。
「はっ! 怒ったか? 怒りたければ怒れよ。僕はもう何も怖くない。僕は何もかも無くしたんだからな!」
僕は自棄になって叫ぶと、目から涙があふれ出てきた。
メイドは、どこからか取り出したハンカチを手にして、汚い路地裏の地面に跪き、真っ白なエプロンが汚れるのも気にせず、僕の涙を優しく拭ってくれた。
「何もかも無くしたのであれば、どうか、私をもらってくださいませ、ご主人様」
メイドは頬を赤らめ、喜びの表情を浮かべて、僕の手を取った。
「え? あ、いや……でも、僕は火事で家も燃えて、仕事も派遣だし、貯金もないし……」
予想外のメイドの行動に僕は急に冷静になって、慌てふためいた。
「そんなもの、私に命じていただければ、家など私が用意いたします。ご主人様が仕事だなんてなさる必要はございません。お金など、心配する必要はございません。ご主人様はすべてを私に命じて、私にすべてを任せてくださればよいのです」
手を両手で握られて、彼女の凛とした顔が何か蕩けたような表情になっていた。
このメイドはマゾなんだろうか? さっき、僕につばを吐きかけられて、スイッチが入ったんだろう。そうでなければ、説明がつかない。
それか、手の込んだ詐欺か……
それでも問題ない。全てを失った僕から何かを奪うなんて不可能だから。
それに気づくまで、この女を利用してやる。僕があのクソメイドたちにされたように。
僕は黒い感情に突き動かされて、暗黒微笑を浮かべた。
「いいだろう。お前をもらってやる。なんでも、僕の言う通りにしろよ」
「ありがとうございます、ご主人様。もちろんでございます。ご主人様のためなら何でも致します」
僕の言葉に歓喜の表情を浮かべ、メイドは平伏した。こんな薄汚い路地裏で躊躇なく。さすが、マゾか詐欺師かは知らないが、感心する。
「じゃあ、疲れたから寝る。ベッドを用意しろ。なければ――」
「かしこまりました、ご主人様」
僕は、お前の家に連れていけ。と続けるつもりだったが、言い終わる前にメイドの後ろに西洋風のお城が出現した。
なんとなく、デザインがラブホテルっぽいが、そんなことはどうでもいい。この狭い路地裏にどうやって建っているのか、常識が行方不明になっているようだ。
「それでは、お運びいたします。失礼します」
僕が唖然としていると、メイドが僕をお姫様抱っこした。
「お、おい!」
「ご主人様に歩かせるなど、とんでもございません。これから、移動されたいときは、私をお呼びください」
きりっとした表情で言われてしまって、二の句が継げなかった。
恥ずかしいが、こうやって運ばれるのは、彼女の柔らかい身体に密着されて、なんだかいいかもしれない。股間がキュンとなる。
ラブホテルみたいと言った城の中は、僕の貧相な想像を超えて圧巻だった。
豪華絢爛な吹き抜けのロビー、一目で数えられない部屋の数、その一室も学校の体育館ぐらい広くて豪華だった。
「こ、これは……」
「ご主人様のために用意させていただきました家でございます。お気に召しませんでしたでしょうか? 確かに、少々、貧相で狭くはありますが……」
メイドが不安そうに僕に問いかけてくる。ちょっと、言いにくいが、これは僕が落ち着かないから言わせてもらわないとダメだ。
「こ、こんなに広い必要はないよ。六畳一間で十分だ」
「六畳一間でございますか? そのような狭いところにご主人様を……はっ! 大きさが狭ければ、より高濃度にご主人様と密接できる上に、ご主人様は必要最小限の動きで全てを行える……なるほど。これは盲点でございました。さすがは、ご主人様でございます。そのようなことまでお考えとは、私の不明をお許しください」
メイドは途中まで不満そうだったが、何か気が付いたのか、尊敬のまなざしを向けられた。
そんな目で見られるのは、生まれて初めてかもしれない。
「それでは、少々お待ちくださいませ……」
メイドがそういうと、耳と鼻が何かこそばい気がした。メイドが何かしているようだ。
「ふむふむ……なるほど。こういう感じでございますね」
メイドが何かつぶやくと、部屋の形が一気に変わった。そして、ついさっき、目の前で炎に包まれ消えた部屋が再現されていた。
「いかがでございましょうか、ご主人様?」
仕事をやり切った感を出していたメイドに頼んで、フィギュアの陳列台のところまで行ってもらった。そして、お気に入りのフィギュアを手に取ると、地震で落としてしまった時の傷がある。まちがいなく、僕のフィギュアだった。
「これは……夢なのか?」
城といい、部屋といい、メイドといい、何もかも都合がよすぎる。
「いいえ。全て、現実でございます、ご主人様」
メイドの言葉に僕は「ああ、やっぱり夢なんだ」と思った。僕が言ったことを肯定するなんて現実なはずがない。
僕はそんな虚無感に包まれて、意識が薄れていった。
ああ、きっと目が醒めたら、さっきの路地裏にいるんだろ? オチは分かってるよ、くそったれ……
目が醒めたら、僕の部屋だった。
ただし、部屋の大半を占領している買った覚えのない大きなベッドの上で寝ていた。ベッドの脇には夢に出てきた青紫色の肌をした美女メイドが静かに控えていた。
「おはようございます、ご主人様」
メイドが完璧な姿勢で頭を下げている。
寝たことで頭がすっきりしたが、すっきりしたから謎だらけの現状に困惑した。
「えーと、これは……」
「昨夜、私はご主人様に仕えさせていただくことになりました。不束者ですが、よろしくお願いいたします」
美女メイドが澄ました表情で僕の記憶と寸分の狂いもない現状を教えてくれた。
「アレは夢じゃなかったのか?」
僕は自分でほっぺをつねってみた。
「ご主人様! 自傷行為など、何か、私が不手際をいたしましたか! ああ、今はそんなことよりも早く治療を! ユニコーンを召喚――いえ、ダメです。童貞厨のユニコーンなど、ご主人様に会わせれば、死ぬまで粘着するに決まっています。ならば、ダークプリーストを――」
落ち着き払っていたメイドが僕がほっぺをつねっただけで慌てふためいて取り乱した。
「お、大げさだな。ちょっとつねっただけじゃないか」
僕は彼女が何を言っているかわからなかったが、大げさであることは感じ取れて苦笑を浮かべた。
「大げさではございません。ご主人様のお身体に傷などついて、そこから悪い菌が入りでもしたら……考えるだけで、私は、私は……」
彼女の動揺でなんだか部屋が歪んでいる気がする。何かすごく危険な予感がする。
「お、落ち着いて! だ、大丈夫だから。怪我してないし! もし、したとしても、こんなの、舐めときゃ治るもんだし」
僕は何とか彼女の動揺を鎮めるために頑張った。
「舐めておけば……そうでした! 人間の世界には、傷を舐めて治す伝統的治療法があるのでした。それでは、さっそく!」
メイドの目がきらりと光っていた。なんとか動揺が収まったようだが、別の感情があふれている感じだ。
メイドはベッドの上に乗ると、ギラギラした白い瞳で、荒い呼吸を吹きかけながら、赤く長い舌で僕の頬を舐めた。
「ひゃうっ♥」
頬を舐められただけなのに、僕の背筋に電気が走ったような快感が通り抜けた。
「ああ、ご主人様の汗がおいしゅうございます」
メイドの方も恍惚とした表情を浮かべていた。なんか、目的変わっている気がするが、とにかく、落ち着いたようなので何よりだ。
ホッと一息して、何気なく時計を見ると、すでに会社の始業時間を過ぎていた。
「げっ! 遅刻! で、電話しなきゃ!」
派遣社員で遅刻なんてしたら、減給がヤバい。しかも連絡を入れなかったとしたら、次の契約更新はないだろう。
「っ! 携帯、昨日、投げ捨てたんだ」
うちには固定電話などないのだ。唯一の電話を捨てるなんて昨夜の僕を怒鳴りたい。
「ご主人様、携帯電話でございます」
僕が慌てているとメイドがスマホを差し出してきた。拾っておいてくれたみたいだ。
「ありがとう!」
急いで、携帯で会社に電話をかけた。
「あ、沢田です。申し訳ありません――」
「ああ、沢田君。君、今日から異動になったよ」
電話に出た課長の言葉に僕は心の中で舌打ちした。この課長は、パワハラで訴えられないギリギリで派遣社員に嫌がらせをしてくる嫌な奴だ。
「すいません。今すぐに会社に――」
「いや、大丈夫。君は今日から自宅警備部部長に昇進になったんだよ。おめでとう、沢田部長」
こちらの落ち度が100%だから、ここぞとばかりに嫌味を言ってくる。こういう言い返せない時にネチネチしてくるのが、この課長の嫌なところだ。
「遅刻したことは、本当に申し訳ありません。社会人にあるまじき失敗と反省していますので――」
「あー、電話、代わりました。鳥井です」
「部長! 申し訳――」
鳥井部長は仕事ができて、派遣社員も差別せずに接してくれる公正な人だ。派遣イジメをしている課長を叱責もしてくれる。でも、それだけに、この失敗は許してくれないだろう。
「沢田君。課長の言うことが信じられないのも無理はないが、彼の言っていることは本当だよ。君のメイドさんから聞いていないかね?」
そう言われて、メイドを見ると、辞令を広げて見せてくれた。
そこには確かに、「沢田敬 自宅警備部 部長を命じる」と書かれていた。
押されている会社の印鑑も本物っぽい。
「そういうことだから、出社する必要はないからね。じゃあ、大変な仕事だけど、君ならできると信じているよ。何か困ったことがあったら、電話してきなさい。できるだけ、力になるよ」
僕は鳥井部長の言葉に生返事するだけしかできず、電話を切った。
「ご主人様、ご昇進、おめでとうございます」
メイドにお祝いを言われて、僕は頭が変になりそうだった。昨日の夜から僕の常識は宇宙旅行に出かけたようだ。
なんだよ、自宅警備部って、それって、引きこもりじゃないか。
だけど、鳥井部長にも言われて、辞令もあるとなると、本当なのだろう。あとで派遣会社の方にも、一応、確認を取っておこう。
なんだか、安心したら、トイレに行きたくなった。
「ご主人様、どちらへ?」
ベッドから降りようとするとメイドが迫ってきた。ちょいちょい、このメイドは圧がすごい。
「いや、トイレに……」
「それでしたら、その場でしていただいても、一向に――」
「いや、それはダメでしょう!」
それをすると人として何か終わる気がする。
「そうですか? それでは」
メイドがまた僕をお姫様抱っこして、そのままトイレへと連れて行ってくれた。
あまりにもナチュラルでスムーズな動きで抱き上げられたので、拒否するタイミングがない。どうやら、昨日、言っていた「歩かせない」は本気のようだ。
「……」
そして、なぜか、抱っこしたまま、メイドも一緒にトイレに入ってきた。
「あのー……」
「なんでしょうか、ご主人様?」
僕が抗議の声をあげようとすると、メイドはあっという間に僕のズボンとパンツを脱がして、両足を抱えられて、幼児がおしっこをさせられる格好にされていた。
「さ、さすがに、これは恥ずかしいです……」
僕は顔を真っ赤にして顔を覆った。後ろから抱えられているので、背中に人類の夢が詰まった膨らみが押し当てられているのは気持ちいいのだけど、さすがに恥ずかしさの方が勝る。
「そんなことをおっしゃらずに、さあ、シーシーしましょうね、ご主人様」
メイドの落ち着いているのに熱い吐息混じりの声が僕の耳に流れ込んできた。
背中のオッパイの感触と、その甘い声の刺激で脳が痺れて、理性が蕩ける。
気がつけば、僕は下半身の力が抜けて、半分勃ちかけた僕の砲身から放尿していた。
「あ、ああぁ……」
いつもよりも高い位置から放物線を描いておしっこが便器に注がれ、派手な音を立てていた。おしっこの音が聞かれるのが、こんなに恥ずかしいなんて思いもしなかった。
「シーシー、おじょうずですよ、ご主人様」
だけど、熱っぽく、優しく耳元でささやかれて、また快感が湧いてきて、おしっこを止めようとは思えない。なんだか、新しい扉を開いちゃったみたいだ。
それに東洋な陶器の便器に放尿しているのに、どういうわけかメイドの口に向かって放尿している気分になってきて、倒錯的な興奮で砲身の角度が上がっていく。自分自身、ちょっと僕の頭が心配だ。
「ちゃんとシーシーできて、ご立派でございます、ご主人様」
長い放尿を終え、熱のこもった声で感想を言われた。正直、字面だけ見ると馬鹿にされていると感じるだろう。でも、メイドが本気で言っているのがわかるので、こんな馬鹿な賛辞が嬉しく感じてしまう。
もう、僕は人としてダメになり始めているかもしれない。
おしっこの後は、トイレットペーパーで砲身の先端を綺麗に拭かれた。その手つきが絶妙すぎて勃起してしまったが、なんとか射精するのは我慢した。
これで射精したら、マジで人生が終わる。
「それにしても、いつの間に脱がせたり、履かせたりしたんだ?」
人生終了を回避してトイレを出る時には、いつの間にかにズボンとパンツをはかされていた。
「この程度ができなければメイドなどと名乗れません」
なぜかドヤ顔で言われて、思わず苦笑してしまった。このメイドは何と戦っているんだろう?
「あ、せっかくだから顔を洗っていくよ」
洗面所の前を通り過ぎようとしたので、僕はメイドに止まるように命じた。
「かしこまりました、ご主人様。では、失礼いたします」
やっと自分の足で立てると思ったら、どこからともなく現れた椅子に座らされていた。しかも、買った覚えのない本革張りっぽい立派な椅子だ。
「お、おい! この椅子――」
そう言いかけて、そういえば、さっきまで寝ていたベッドも、ツッコむのを忘れていた。
「ご主人様は調度品のことなど些事に気を回す必要はございません。私がご主人様にふさわしいものをそろえて差し上げます。もちろん、ご不満がありましたら、何なりと申し付けくださいませ。全身全霊全力全開でご要望に応えさせていただきます」
メイドの、白目と黒目が逆転した目を見れば、それが本気であるのは容易にわかる。そして、これは逆らってはいけないことだというのも理解し、僕は小さく頷いた。
「改めて、ご主人様。お口を洗わせていただきます」
メイドが手に持っているのは、いつも使っている電動ブラシなのだが、なぜだか、彼女の身体と同じ粘膜に包まれているような錯覚がした。だが、僕にメイドの奉仕を拒否する権利はない。
「ああ、素晴らしいです……この上左第一小臼歯の造形は奇跡でございます。こちらの、下右犬歯の野性味もなんと素晴らしいのでしょう。しかも、この上右第二大臼歯の包容力は、この歯ですりつぶされる食べ物に嫉妬さえ感じてしまいます」
口の中を高速で磨かれながらマニアックな賛辞を聞き続けた。褒められ慣れていない僕はお尻がむず痒くなりつつも、ちょっぴりうれしさも感じていた。
歯を磨き終わり、顔を洗うだけで済ますはずが、そのままシャンプーまでされ、ヘアセットまでされてしまった。
「これが僕?」
しかも、メイドがシャンプーすると、何度洗っても、シャンプーを変えても脂ぎっていた髪がサラサライケメンヘアに変わっていた。
「ご主人様の濃厚で豊富な油分をつい、ぬぐい取ってしまい、申し訳ありません」
メイドは僕の驚く表情を見て、何か不安そうに頭を下げていた。
「いや。とてもいいよ。綺麗にしてくれてありがとう」
僕はメイドの頭を撫でてあげた。柔らかいけど、ぬるっとしているようで、すべすべとした、形容しがたい感触だが、気持ち悪いことはない。むしろ、気持ちいいぐらいだった。
「ご、ご主人様……そのようなことで、褒めないでくださいませ」
メイドは僕に撫でられて、恥ずかしくも嬉しそうに頬を赤らめていた。
このメイド、なんだか、かわいい。
その事実の前には、白目と黒目が逆とか、肌の色が青紫とか、全身が粘液に包まれているとか、ちょっと、常軌を逸しているところはあるとか、些細な事だ。
昔から言われている。かわいいは正義だと。
「これからは、ご主人様を綺麗にすることを第一に心がけさせていただきます!」
メイドが僕に褒められたことに目を輝かせて、目標の誓いを立ててきた。
「あ、ああ。じゃあ、よろしく頼むよ。ゆっくりでいいからね」
使用人のやる気を削ぐのはご主人様としてはダメだと頷いておいた。
そして、僕は再び抱っこされて部屋に戻ると、ベッドが消えていて、見たことないテーブルセットが部屋にあった。
テーブルには白いテーブルクロスがかけられ、その上には白磁の洋食器が並んでいた。
「今朝のメニューは、トーストにベーコンエッグ、生野菜サラダ、コーンポタージュスープ、ブルベリージャムを入れたヨーグルト、フルーツスムージーでございます」
「いつの間に――」
「この程度ができないようではメイドと名乗るのはおこがましいです」
もうそろそろ、僕も受け入れることにしよう。これが本物のメイドの実力なのだと。
でも、段々とこの規格外の奉仕に慣れてきている自分が少し怖い。彼女がいなくなったら、社会復帰できないかもしれない。
メイドが椅子に座り、その上に僕を横向きに座らされた。小さい子がお母さんの膝の上に座らされて、食事させられるあの体勢だ。
「食べたいものを見つめていただければ、お口にお運びいたします。咀嚼も任せていただいても構いませんので、遠慮なくご申し付けください」
やっぱり、食べさせる気なんだと僕は諦めた。でも、これだけは言っておかないといけない。
「咀嚼ぐらいはさせて。お願いだから」
「そうですか? そうおっしゃられるなら、仕方ありません」
すごく残念そうな顔をされた。だが、この顔に絆されてはいけない。断固として咀嚼する権利を守るんだ。
最初にサラダをいただこうと見つめると、メイドは当たり前のようにサラダを手に取り、ドレッシングのかかった生野菜を乗せたフォークを僕の口に運んできた。
「はい。あーんしてくださいませ、ご主人様」
僕が口を開けると、絶妙な量のサラダが口の中に入れられた。みずみずしい歯ごたえとドレッシングの油分と塩味を楽しんで飲み込んだ。
「何だこれ? ただのサラダなのに、すごく美味しい!」
僕は目を見開いて驚いた。
「お褒めにあずかり、嬉しく思います、ご主人様」
僕はサラダを平らげ、スープを飲み干し、次々と皿を空にしていった。どの料理も食べたことあるのに、食べたことがないようなおいしさだった。
「ご馳走様」
「お粗末様です、ご主人様。追加は必要ありませんか?」
メイドが僕の汚れた口元をナプキンで綺麗に拭ってくれる。なぜか、頬を少し上気させ、軽く潤ませた瞳をしていて、ちょっと発情しているかのような表情だった。
「もう十分、お腹いっぱいだよ」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げるメイドに、ふと食事中に気になったことを思い出した。
「そういえば、口の中でベーコンが動いた気がしたんだが」
「……きっと、生きがよろしいんでございましょう」
なぜかメイドが微妙に目をそらした。
「いや、ベーコンって、殺して、捌かれて、塩漬けされて、燻製されて、これぐらいないってくらいに徹底的に死んでるよね?」
「不屈の闘志を持った根性ある豚だったのです、きっと」
「どんな豚だよ」
「……ちょっぴり動く程度なら直ちに健康に影響はありません。世界広しと言えども、ベーコンの踊り食いを体験したのは、ご主人様だけです。オンリーワンでございます」
何か論点が違う気がするが、そう言われると悪い気はしない。
「次からは、ちゃんと動かないように、きっちりと言いつけますので」
「あ……うん。わかった」
言いつけて言うことを聞く食材とか、意味不明だが深くツッコんではいけない気がした。
世の中、知らないことが幸せなことはたくさんある。そう、あのクソメイドたちの本心のように。
僕は突然、あの扉の前での記憶が鮮明に蘇ってきた。まるで、あの時間、あの場所にタイムスリップしたかのように鮮明に。
「っ!」
全身から汗が噴き出て、呼吸が浅くなり、動悸が激しくなって、視界がゆがんできた。
胃がひっくり返るような不快感に襲われ、今さっき食べたものがこみ上げてきた。
なんとか、口に手を当てて、それを抑え込もうとしたら、柔らかく温かいものが頭に押し当てられ、いい香りに包まれた。
「どうぞ、そのまま、吐いてください。心配いりません。私がすぐに綺麗にしますから」
僕はメイドに優しく頭を抱きしめられていた。
「我慢しなくていいのですよ、ご主人様」
吐くのを堪える僕の背中をメイドに優しく撫でられ、僕は胃の中のものをメイドのエプロンの上にもどした。メイドはそれを嫌がりもせずに全て受け止めた。
「ご主人様。ご主人様は何も心配する必要はありません。もう、あなたを苦しめるものは何もありません。今まで、よく我慢されてこられました。だから、もう我慢する必要はありません」
メイドの優しい落ち着いた声を聞いて、彼女のぬくもりに包まれていると、僕の呼吸が段々と楽になり、激しかった動悸が徐々に治まった。そして、その安寧から離れることが恐怖に感じ、メイドの身体に抱きついていた。
「私がいます。ずっとそばに。いつ、いかなる時も片時も離れず。だから、ご主人様はすべてを私にお命じになって、私にすべてをゆだねられたらよいのですよ」
メイドの優しい言葉が僕の擦り傷だらけの心に甘い毒のように染み込んでいく。
「だ、ダメだ……そんな、こと……僕は一人前の男なんだ。誰かに頼りきりになって甘えるなんて……」
僕は抱き着いたままだが、ゆりかごの中に戻る心地よさに、精いっぱいの理性で抵抗した。
「ご主人様は、誰が何と言おうと一人前の男でございますよ。私がそれを知っています。それだけで、十分ではありませんか?」
柔らかく頭をなでられ、幼い日の記憶が蘇る。世界中が希望にあふれて、なんにでもなれると信じていた、愛に満ちた幸せな頃の記憶が。
「僕は、僕は……」
自然と涙があふれてきた。汚い世界で汚れた心を洗い流すかのように、涙が、鼻水が止まらなかった。
メイドはそれも、いつの間にか綺麗になっているメイド服のエプロンで受け止めていた。
どれぐらい抱きついていたのか、僕はやっと落ち着きを取り戻して、メイドを抱きしめていた手を緩めた。
「……なんか、ごめん……みっともないところ、見せちゃって」
幼児のように泣きじゃくっていた自分を思い出して僕は赤面した。
「みっともないなど、とんでもございません、ご主人様」
メイドが真剣な顔で首を横に振った。いつの間にか、僕らは朝、目覚めたときに寝ていた大きなベッドの上に座っていた。
「私はご主人様に命じられれば快感に打ち震えます。ご主人様に奉仕できることは何よりも楽しいのです。そして、ご主人様に求められることは、どんなことであっても、何よりも幸せを感じます」
僕の手を取り、凛とした顔を発情したメスのように蕩けさせ、メイドは僕に告白した。
「昨夜、ご主人様は、自分は何もない。誰にも必要にされていない。そうおっしゃって、泣いておられました。ですが、ご主人様には私がいます。私はご主人様が必要です。それだけでは足りませんでしょうか?」
僕の手をメイドの胸に押し当てさせた。胸の鼓動は感じないが、彼女の脈動が感じられた。
薄々というか、最初から分かっていたが、彼女は人間ではないのだろう。きっと、化け物とか呼ばれる類のものだろう。でも、僕たちは似た者同士だ。
この世の輪から外れてしまったもの同士なんだ。だから、出会った。
僕を必要とするメイド。メイドを必要とする僕。
二人は一つで、表と裏。彼女は僕の愛おしい半身。
そう気づくと、僕は自然と彼女を抱きしめ、唇を奪った。より一つになるために。
彼女の柔らかい唇が僕の唇に吸い付き、舌が絡まり、お互いの唾液がまじりあった。
彼女の唾液は蜂蜜のように甘く粘り気があり、僕の唾液と混じりあうと、花のような香りを放った。鼻腔をくすぐる匂いを感じながら、人間ではあり得ない絡み方をする舌が、キスもしたことない童貞の僕には刺激的過ぎた。
昨夜から彼女から感じる妖艶さに当てられて、常に興奮状態を維持していた男性器はキスの快感で暴発した。
あまりにも早すぎる。しかも、キスしただけで発射したことに僕は恥ずかしくなり、泣きそうになった。
「ああ、私とのキスにそんなに感じてくださるなんて、嬉しゅうございます♥」
メイドは僕の目に口づけして涙を吸い取り、シーツの上にばらまかれた精液を指で拭い取った。指先についた精液をためらいもなく口に含んで、口元をだらしなく緩めていた。
「ご主人様の体液はどれも美味しゅうございますが、精液は格別でございます」
彼女は僕の出した精液を綺麗に全て舐め取ってくれた。そして、情けなさに元気をなくしている僕の竿に頬ずりをして、手で玉を優しく包み込み愛撫しはじめた。
僕はそこまでされて、やっと自信を取り戻して、再び竿を固くした。
いつの間にかメイドは、メイド服を脱いでいて、全裸となっていた。
青紫の肌が粘液に包まれて、光沢を帯びて、何とも神秘的であった。そして、何より、その抜群で完璧なプロポーションは、僕の視覚的興奮を容赦なく煽った。
「どうぞ、私の身体を隅から隅まで、ご堪能くださいませ♥ 私の髪の毛一本ですら、ご主人様のものでございます」
そんなこと言われて、手を広げられたら、僕は躊躇なく、その大きな胸に飛び込み、立派なオッパイを揉むしか思いつかなかった。
手の動きに合わせて変形するが、揉みごたえがある。表面の粘膜が癖になる触感を生み出していた。
オッパイを触ったのは、赤ん坊の時以来で記憶にないが、これはオッパイ以上のオッパイだと確信できる。
多分、僕の揉み方は乱暴だったと思う。普通の女の子にしたら、痛がられる揉み方だっただろう。
「ああっ! もっと、揉んでください。求めてください」
でも、メイドは僕の乱暴な愛撫にすら歓喜の声を上げて、甘い吐息を漏らし、体を震わせていた。
ぷっくりと膨らんだ乳首に吸い付き、舐めまわすと、母乳ではないが、何か甘い汁がにじみ出てきた。その汁をすすると、脳髄が熱くなる快感に襲われ、股間が痛いほどに勃起している。
「ご主人様ぁ♥ そんなに、激しく、求められてはぁ……感じすぎてしまいますぅ♥」
頬を赤くして、もじもじとウチ太ももをこすり合わせながら、僕の方を物欲しそうに熱い視線を向けてきた。
ちらりと自分の股間を見ると、いつもよりも二回りは大きくなっている。
なんだか、大きくなったそれを見ると根拠のない自信が湧いてきた。
「め、命令だ。お、オッパイで、ご奉仕し、しろっ」
僕はどもりながらもメイドに命じてみた。内心、嫌がられるかもと、ドキドキしたが、メイドは僕に命令されて、目を輝かせて、嬉しそうに笑顔になった。
「はいっ! ご主人様♥」
そして、上に覆いかぶさっていたはずが、一瞬でベッドの上に仰向けに寝かされてしまった。
「それでは、失礼いたします」
柔らかい丘の谷間に僕の肉棒をサンドした。それだけで、中の肉汁が噴き出そうだった。
メイドは左右からオッパイを手で押さえて、身体を上下しはじめた。表面を覆う粘液が程よい潤滑剤となって、適度な刺激を肉棒に与えつつ、谷間を行き来する。
夢に見たまでのパイズリを、好みの顔立ちのフリルカチューシャをつけたポニーテールの女の子がしている。それを見るだけでも興奮が限界値を突破しそうだった。
「ふぁっ! ご主人様のが、びくっとしています♥ いつでも、好きな時に出してください♥」
メイドは目を細めながら期待に満ちた声で言った。
オッパイの間から顔をのぞかせた瞬間を狙いすまして舌で先端を舐め、さらなる刺激を与えてきた。
「うぅっ!」
その新たな刺激に我慢できず、こらえていたものが尿道を暴走して噴き出した。
メイドは顔に向かって発射された白濁液を避けずに、それを顔で受け止めた。
「ご、ゴメン!」
「謝られることなど何もありません。それどころか、ご主人様の精液を顔射していただけるなんて……私にとってはご褒美をいただいたようなものでございます♥」
メイドは目を細めて、口の近くについている精液を舌で舐め取り、うっとりとして色っぽい表情をしていた。
その表情だけでまた股間のものが硬くなり始めるのを感じた。
最近は、オナニーするのも週に二回程度、しかも一回出したら満足していた。でも、二回も出していても、まだ立ち上がろうとするのを見て自分でも驚いた。
「ご主人様、お手伝いいたします♥」
メイドは好色そうな顔をして、そのまま、顔を股間の方へ移動させた。
僕はてっきりフェラチオされるものだと期待したが、予想は見事に裏切られた。
「ふひゃぁ!」
お尻の穴に舌を這わされ、僕は間抜けな声を上げてしまった。
「力を抜いてください、ご主人様。何もかも私に身を任せて」
メイドに肛門様を丹念に舐められ、最初は驚き、次に戸惑い、やがて、それが甘い電流を背筋に走らせる刺激になってきた。
「あっ♥」
舌が中に侵入してきたが、驚くほど抵抗感はなかった。そして、想像していたよりも強い快感に腰が浮いた。
「ふあぁぁあ♥」
内臓を舐められる不思議な感覚に身体が何度も痙攣し、視界がチカチカした。よだれが止まらず、声が出るのが止められなかった。
「んほぉ♥」
腸の奥の奥まで侵入され、その中を綺麗に舐められていく感覚は、今までの経験で言葉にしにくく、刺激的だった。お尻を犯されるのが癖になりそう……
メイドの舌がどれほど長いのかなど、常識的な疑問はもはやどうでもよかった。ただただ、気持ちいい。それがすべてで、それ以外はどうでもよかった。
どれほどの時間、おなかの中を舐められていたのだろう? ようやくメイドが僕の肛門から口を離して顔を上げた。
「これで、ご主人様の中の不純物は除去できました」
メイドが素晴らしく爽快そうに、にっこり微笑んでいたのが印象的だった。
ただ、僕の方は、半分意識が飛んでいて、何度となく絶頂しているのに射精することなく、我慢汁が染み出るだけだった。すっかり、僕のお腹のあたりがびちょびちょになっている。
「も、もう……出させてぇ……」
僕は腰をくねらせ、お願いした。このまま、射精しなかったら、男の僕が消えてしまいそうな気がした。
「かしこまりました、ご主人様」
メイドはいつものようにすました表情だが、目をかすかにハートマークにしていた。
仰向けになっている僕を跨いでメイドは膝立ちになり、他の箇所よりも粘液がたっぷり滴っている股間の割れ目を指で開いて見せつけてきた。
「どうぞ、ご覧下さいませ、ご主人様」
ネットの画像では見たことはあったが、生で見るのはこれが初めてだ。
ネットで見た女性器の画像は少しグロテスクと思っていたが、メイドのは不快感は全くなかった。それどころか、綺麗とさえ思えた。
あの中に僕のものを入れれるのかと思うと、それだけで果てそうなほど興奮する。
「私のオマンコは、まだ未使用の新品でございます。ですが、いつの日かご主人様をお迎えする日を夢見て、幾千の夜の間、鍛えてまいりました。存分に、味わっていただきたく思います」
すました表情も崩れて、口元が緩んでいるのが見えて、彼女も僕と同じ気持ちなのがわかって、すごく嬉しくなった。
「ああ、君の処女を僕の童貞でもらってあげるよ」
「はいっ♥ ご主人様♥」
メイドが歓喜の表情を浮かべて、頬を赤らめながら腰をゆっくり落としてきた。
僕の粘膜の先端が彼女の粘膜の入り口に接触して、すんなりと挿入していった。
あまりにもあっさりした童貞と処女の喪失で呆気にとられた。
「ふあぁっ!」
呆気にとられたのは一瞬だった。僕のものを包み込む柔らかい粘膜が絡みつき、蕩けそうな快感にのけぞった。
「ご主人様の、おちんぽぉ♥」
メイドも気持ちよさそうに口の端からよだれを垂らしていた。
「はぁあんっ……あ……ご、ご奉仕しなきゃぁ……」
メイドが思い出したように腰を振りはじめた。その動きは単なる上下動のはずなのに、彼女の膣の中でしごかれるものは、そんな単純な刺激ではなかった。
「はぁあぁあ! ふぅふぁぁっ♥」
至高の快楽に何かせりあがってくるのを感じたが、射精ではなかった。
「な、なに、これ? なにこれぇ!」
快感が高ぶり、いつもなら射精しているのに射精できずに、快感だけが上がり続ける。僕の身体は痙攣しっぱなしで、視界が真っ白になって、脳細胞がショートしまくった。
「ご主人様のチンポォ、ご主人様のぉチンポォ、ご主人様ぁ♥」
何かリミッターが外れたかのようにメイドは、淫らに腰を振り、尻を僕の股間に打ち付け、大きな胸を揺らし、蕩け切った表情で僕を求め続けた。
彼女からあふれ出る愛液が僕の身体を濡らし、その愛液も蠢くように僕を包んで僕の体に染み込むようだった。
「はぁ♥ あぁんっ! あっあっああぁ……♥」
もう、どちらが出している喘ぎ声かわからない。何が気持ちいのかもわからなくなる。ただただ、気持ちいい。それだけしかなく、それ以外なにもいらない。
股間だけでなく、全身が気持ちよくなっていた。
「あっ、あっ、ああっ!」
「いいっ、いぃ! いいぃっ!」
粘液と汗が混じりあい、身体が絡み合い、我慢汁と愛液をかき混ぜ続ける。
いつまでも続くと思った快楽の螺旋階段だったが、不意に終わりが近づくのを感じた。
「出る! 出りゅぅ、出ちゃう♥」
「出して! 出してください。ご主人様♥」
今まで存在を忘れていた精液が尿道を広げるようにまかり通ってくるのを感じた。
「ううぅ、うぁっ!」
僕はメイドの中に思いっきり射精した。
射精は一瞬で終わることなく、まるでおしっこをするかのように、長く大量に彼女の中に精を注ぎ続けた。こんなに精液を溜め込めるなんて、自分の身体も何か変わっているのを感じたが、些細なことにしか思えなかった。
彼女の方は、僕に注がれたものをお腹の中に溜め込み、引き締まった細い下腹部を妊娠したかのように少し膨らませていた。
「はぁぁぁあぁぁあぁ……」
僕は射精の解放感で息を漏らした。途端に、それまでの快楽での疲労に襲われた。
心地よい疲労感を楽しみながら、ベッドの上で手足を投げ出した。
愛液や汗で汚れているはずのシーツは完璧に綺麗になっている。いろいろと不思議だが、気にしてはいけない。僕はご主人様なのだから、些細なことは考える必要はない。
「素敵でございました。ご主人様」
いつの間にかにメイド服を完璧に着込んだメイドが、ベッドの上で座りつつ下腹部のふくらみを愛おしくなでながら目を細めていた。
「ああ、僕も気持ちよかったよ」
「お役に立てて、何よりの幸せでございます」
僕の感想に心からの笑みを浮かべるメイドに僕の胸はときめいた。
「これからも、ずっと、一生、永遠に僕といてくれるかい?」
答えは分かっているが、改めて彼女の口から聞きたくて仕方なかった。
「もちろんでございますよ、ご主人様。たとえ、宇宙が滅ぼうとも、私はご主人様とともに在ります」
メイドの言葉に僕は安心してほほ笑むと、押し寄せる疲労感に身を任せて眠りに落ちた。
彼女は誰かを必要としていた。僕は誰かに必要とされたかった。
プラスとマイナス。オスとメスが出会ったら、一つになることは、ごく自然なことだ。
前に、欠けた自分にぴったりとあうピースを見つける旅に出る図形の話を聞いたことがあった。結局はそんな都合のいいものは見つからないというのが、その話のオチだった。
でも、もし、そんなピースに出会ってしまったら?
そのピース以外は必要なくなってしまうんじゃないかと思う。
僕は、そんなぴったりのピースと出会ってしまった。まるで、彼女が僕の欠けた部分に合わせて変形したようにぴったりだった。
ここは僕とメイドの二人で完璧な小さな世界。
ここには不要なものはなく、モブなんていない。
僕が主人公で、メイドがヒロインであり、メイドが主人公で、僕がヒロインの世界。
僕は本当の楽園と安住の地を見つけた。
21/02/19 22:35更新 / 南文堂