冒険者ギルド魔界支部へ、ようこそ!
「ここが魔界の街か」
俺は黄昏時のような暗い空の下、魔物娘たちの街を目の前にして、顔がだらしなく緩んだ。
一か月前までの俺には、まさかこんなところに来るとは想像もしていなかっただろう。生まれ育った村で、貧しいながらも清らかに慎ましく生活して、あと数年もすれば村の誰かと結婚して、子供を作り、年老いて、孫たちに囲まれて穏やかに死んでいくとばかり思っていた。
そう。あのことがなければ。
一か月ほど前のこと、俺は森に山菜を採りに行った。山菜は乾燥させておけば、保存がきいて、非常食になるから、いつも春には、村人が総出で山菜採りに行くことになっていた。
ただ、今年の春、そろそろ山菜採りの時期となったころ、行商人がやってきて、ここから十日ほど行ったところにある大きな街の、その近くにある森に魔物が現れたという情報を教えてもらった。
話によると、森に狩りをしに行っていた貴族のお方が二人と、その護衛の戦士たち全員が魔物の餌食になったという。その話を聞いて、村の中で話し合い、今年の山菜採りは中止にしようということになった。
村のみんなは非常食を作れないことに不安がったが、しょうがないと納得した。
それもそうだ。その街に魔物が出たのなら、この村のあたりは魔物が行き来していることになる。人通りのある街道ならまだしも、魔物たちの領域に近い山に入るのは、山を熟知している狩人でも危ないことだった。山菜採り程度しか山に入らない村人が対応できることじゃなかった。
だが、俺はどうしても、ビビシツルの若芽が食べたかった。
というのも、それを食べないと、その年は俺は病気をする。もちろん、村にそういう風習もないし、根拠があるわけではない。ビビシツルの若芽は保存もきかない、どちらかというと、山菜採りのおまけ、ご褒美の類なのだ。
だが、一度、それを食べなかった年に流行り病にかかり、死にかけたことがあった。それからというもの、どうしても食べないと不安で落ち着かないのだ。
山のどこにビビシツルの生えているかはわかっている。そこへ行って帰ってくるだけならと、俺は軽く考えていた。
そして、俺は魔物に襲われた。正確に言うと、魔物娘に犯された。
魔物娘から解放され、村に帰って、長老に襲われたことを話すと、随分と怒られたが、特徴から俺を襲った魔物娘はワーウルフだろうと教えてくれた。
ワーウルフが俺を襲い掛かるときの動きは獣以上だった。気配を消して、俺が間合いに入ったら、茂みから飛び出し、一瞬にしてズボンを下げられ、俺の息子をくわえられていた。俺は驚くと同時に襲いくる快感に混乱した。
それから、ワーウルフの口や膣に何度も射精をした。最後の方は俺の方が積極的に腰を振っていた。
自分では交わりは淡白な方だと思っていたが、本当の快感を知らないだけだったことを思い知らされた。村の女を祭の時に何人か抱いたことがあったが、誰よりも、というか、比較するのがおかしいレベルで気持ちよかった。
だが、魔物娘は俺を犯しつくし、全てを搾り取られて転がっている俺を見て、少し考えてから、「ま、いっか」と明るく笑って、「ばいばい」と手を振って森の中に帰っていった。その時は、何が「いい」のかわからなかったし、命拾いしたと思ったが、長老にその意味を教えてもらった。
魔物娘は、気に入った相手はそのままさらって、自分の夫にするのだという。主神教の神父様たちは、魔物は人間をさらって殺すのだと言っていたが、それは間違いらしい。ただ、長老たちも神父様に逆らうのは賢くないので、反論せずに信じているふりをしているのだという。
つまり、俺を襲ったワーウルフは、俺は夫にするまでもないと思って、解放されたのだということだった。その話を教えてもらったときは、少し悔しくもあったが、魔物の夫にされなくてよかったと思った。その時は。
だが、日を追うごとに、あのワーウルフとの濃厚な交わりが頭の中を占領していくのだった。そればかり考えてしまって、仕事はもちろん、食事すらもままならない状態になってしまった。そうして、俺はあのワーウルフを求めて、森をさまようようになるのに一週間もかからなかった。
見かねた長老が、俺に魔界の場所を教えてくれた。そこへ行けば、魔物娘が大勢いると言ってくれた。俺は長老に涙を流して感謝した。
そして、俺はすぐに旅支度を整えた。村を出るときの決まりは、畑と家財道具を村に寄付して、長老たちからそれに応じた餞別を受け取る。ただ、俺は魔界へと行くので、人間世界のお金がどれほど通用するかわからなかったので、魔界に入るまでの路銀だけを受け取って、残りは村の貯蓄にしてもらった。
村は若い男の働き手を一人失うのだ。労働力が減って、大変なのだ。それだけじゃなくて、村にやってくる代官様にも俺が行方不明になったと嘘を言って誤魔化さないといけない。色々と厄介をかけることになる。俺のわがままで、村を抜けるのだから、これぐらいは当然のことだ。
そして、俺はそっと、誰にも見送られることなく、魔界へと旅立った。
人間と魔物は対立している。少なくとも、人間側からすれば、そうなので、魔界にすんなりとは入れるはずはなかった。魔界へつながる道は領主様の兵士たちが守る砦で封鎖されていた。
以前はその砦を俺たちを守るためのものとして、領主様たちに感謝していたが、今の俺には、魔物娘への愛を邪魔するもの以外でもなんでもない。
俺は長老に教えてもらった、砦を迂回する獣道のようなところを通り、なんとか魔界へと入ることができた。
といっても、ここからが魔界という確かな境界線があるわけじゃなかった。だが、徐々に空は暗く、紫になり、生えている植物も見たことのないものが増えていった。気づけば、いつの間にか人間の住む世界とはまったく違う景色に視界が支配されていた。
これが魔界かと、俺は魔物娘との出会いを想像して、股間をときめかせていた。だが、意外なほど魔物娘には遭遇しなかった。遭遇しても男と一緒か、一人の魔物娘もいたが、こちらには無視された。
確かに、村で一番もてるなど言うわけではないが、それでも俺に気のある村の女はいるぐらいの、ごく普通かもしれないが、悪くはない、少なくとも最悪ではない容姿だと思っていた。
だが、見かける魔物娘たちが、村の女などと比べ物にならないぐらい美人ばかりだった。そういえば、俺を襲ったワーウルフもかなり美人だった。そんな美人にとっては、俺程度の普通の容姿では魅力ないということだろうか?
だが、何人か見かけた、魔物娘と一緒にいた男の容姿と比べたら、対等か少し勝っている気がする。俺が自信過剰なんだろうか?
俺が道の真ん中で男として自信を無くしていると、荷馬車が通りかかり、声をかけられた。
「にいさん、人間だね? ここは魔界だよ。迷い込んだのか?」
荷馬車は、馬一頭に幌もない露天の荷台の小さなもので、俺に声をかけてきた御者一人が乗っているだけのものだった。御者は、俺と同じぐらいの年のさわやかな男だった。
親切に馬車を止めてくれたので、俺はここに来たいきさつを簡単に男に話した。
「なるほどねー。そりゃあ、しょうがないな」
男は淫靡な魔界に似合わないさわやかな笑顔をして、俺を荷馬車に乗せてくれた。
「魔物娘にも好みはあるからな。まあ、普通は好みの男しか襲わないんだが、ちょっと興奮してたとか、溜まってたとか、春だからとかで、好みじゃない男にも手を出しちまうことがあるんだよ。男なら、そういうの、わかるだろ?」
「そ、そうなんですか……」
男の説明に俺はますます落ち込んだ。俺とのことは遊びだったんだ。あんなに激しく求めてくれたのに。
「俺、魔物娘にしたら、男としての魅力ないんだな。魔界に入ってから何人か魔物娘に会っても無視されているし」
親切にしてくれた相手に愚痴を言うのも悪いのだが、村を捨ててここまでやってきて、魔物娘とイチャイチャラブラブライフが送れないとなると、股間が発狂しそうだった。
「いやいや。それは違うよ、にいさん。このあたりの魔物娘は、もう旦那がいるのばっかりだからな。魔物娘は『この人』と、旦那を決めると、それ以外の男には見向きもしないんだ」
俺は信じられないという顔をしたと思う。男が、俺の表情を見て、にかっと笑った。
「信じられないだろう? 人間の女を知っていればな。だが、そこが魔物娘が人間の女と違うところなんだよ。いいぜ、自分だけを愛してくれる嫁さんは。ああ、俺も早く帰って、あいつをかわいがってやりたい」
心なしか馬車のスピードが上がった気がした。
「魔物娘の奥さんがいるんですか?」
「ああ、むちゃくちゃ、かわいいぜ。本当はこの仕入れも、旅行がてらに一緒に行く予定だったんだ。だけど、あいつのお腹に赤ちゃんができたからな。まあ、ちょっとの旅でどうこうなるわけはないんだが……。やっぱり、俺とあいつの間にできた、大事な大事な宝物だ。もしもの事を考えたら、大事を取ってしまうんだよな」
ウキウキと話す男が心底うらやましかった。そして、少し妬ましかった。だが、そんな急ぐ帰路に俺を拾って乗せてくれたのは、いい人なのだろう。ちょっとだけ感謝した。
「そんな急ぐところを拾ってくれて、すいません」
俺は、そういえば、ここまでお礼を言っていなかったと気付き、お礼を言った。村では礼儀正しいで通っていたのに、股間に血が上っていたようだ。
「そんなの気にしなくてもいいぜ、にいさん。街は帰る通り道なんだしさ。でも、俺も早く家に帰って、あいつを安心させてやりたいから、街の中まで送っていくのは無理なんだ。悪いな」
男はどこまでも爽やかで、そして、逆に謝られた。
「とんでもないです。それだけでも助かります。それに、まだ俺にも希望があることも教えてくれたし」
特に後で言った方を強く感謝している。これで魔物娘と交われる希望に股間を膨らませれる。
「だけど、街に着いたら、ちゃんと門番に話し通してやるよ。そこまでは面倒見させてくれな」
「ありがとうございます。でも、見ず知らずの俺なんかにどうして、こんなに親切にしてくれるんですか?」
村では村人同士、お互いに助け合うが、余所者などには積極的に親切にすることはない。逆にそうする時は、何か裏があるときだった。
「なーに、にいさんは魔物娘が好きなんだろ? 魔物娘が好きな奴に悪い奴はいない。だから、これぐらいのこと、なんでもないのさ」
こんな気持ちのいい男だ。きっと、奥さんの魔物娘もすごくエロくて美人なんだろうな。俺もそんな嫁を見つけれるように頑張ろう。
そんな話をしていると、荷馬車が街の前に到着したというわけだった。
魔界の街はもともとは人間の街だったという。だが、かなり昔に魔界になったのだろう。今では、元の街を中心に拡張されつづけ、最初に街の外周を囲っていたはずの城壁までは、ここからかなり距離があった。
拡張された街の外郭は、子供でも頑張れば越えれるぐらいの簡単な柵が設けているだけだった。敵が攻めてきたら防御力は一切望めない防御設備だ。作るだけ無駄のような気がするが、目的は迷子が外に出ないようにするためなんだろうか?
防御力が低いとはいえ、ここまで人間の軍が攻め込むのはムリだろう。従軍した経験はないが、長老たちの話によると、ワーウルフが魔物たちの一般兵レベルだという。それであの動きなのだ。ちょっとぐらい訓練した人間の兵士など、この街の柵よりも貧弱だろう。
街への入り口となるところには、大きな石柱が二本、門柱のように建てられていた。その石柱の上には、翼の生えた女の子の石像が飾っていた。そして、その根元に一人ずつ甲冑をまとった美少女が門番としてだろう、立ち番をしていた。
男は荷馬車を降りると、その門番をしている甲冑美少女の一人の方へ歩み寄って行った。俺もそれに続こうとすると、その甲冑美少女が腰の剣に手をかけて、抜刀の構えを取ったので、あわてて、後ろに下がった。
「少し話がつくまで、そこにいてくれ。門番の役目上、許してやってくれ」
男は俺にそう謝った。俺はその理屈はわかると、不用意に近づいたことを謝罪した。
仕方なく、俺は男が話をしている間、街の門を眺めながら、これから娶る魔物娘を妄想して顔を緩ませていたのだ。
「にいさん。話はついたよ。あとは、頑張れ」
男に交渉をお願いして、惚けていたのを思い出し、俺は恥ずかしくなって、男に何度もお礼を言った。
「いいってことさ。それより、いい魔物娘を見つけて、幸せにしてやれよ。それが魔物娘好きの使命だ」
意味ありげな笑みを浮かべて爽やかな青空スマイルをした。
「はい、頑張ります。君と奥さん、それと生まれてくる子供に神の祝福があらんことを」
俺も、男に奥さんと生まれてくる子供の健康と幸福を祈った。
「ありがとう、兄さん。でも、その神様はここじゃ、ちょっとまずいから、気を付けてな」
男が少し苦笑した。俺はその言葉にはっとした。
「ごめんなさい。そうだった……。えーと、今のは、魔物の神……魔王様に祈ったことにするよ」
「ありがとう。でも、まあ、言っておいてなんだが、あんまり気にしなさんな、にいさん。魔物たちは、そういうのに緩いのが多いからな」
注意しておいて、男は笑い飛ばした。
「そういうのにうるさい奴は滅多にいないが、それでも気を付けておいた方がいいのは確かだってぐらいで気に留めておいてくれ」
俺は神妙にうなずいた。余計なトラブルは避けるに越したことはない。
「じゃあ、また、嫁さんができたら、紹介してくれな」
そういって、男は急いで荷馬車に乗り込むと街道に戻っていった。俺はそれに手を振り、見送った。
「あの? もう、いいですか?」
甲冑姿の美少女が俺に声をかけてきた。さっきは遠目と剣を抜かれかけて、それどころではなかったが、小柄な体格に武骨な甲冑を着て、まだあどけない幼さの残る顔を精一杯、真剣そうに引き締めている背伸びっぷりがかわいくて、なんだか顔がにやける。
「いいですか?」
甲冑美少女がいらだたしげにもう一度俺に訊いてきた。怒った顔もかわいいね。
「あ、ああ。大丈夫。もう、いいよ」
これ以上怒らせると、剣を抜かれそうなので、俺は怒った顔の鑑賞をほどほどにした。
この甲冑の美少女、かわいいし、外見としては俺のタイプだけど、性格はこういう強い子じゃなくて、もっと、こう、献身的な子がいいな。それでいて、エロくて、俺の前だけ甘えてくるような。いかん。ヨダレがとまらん。
「じゃあ、案内しますので、ついてきてください。道中、あまり、ヨダレをたらしながら女の子たちをじろじろ見ないでください。誘っていると思われて襲われても文句が言えませんから」
「わかった。努力するよ」
それは逆に望むところだが、案内をお願いしておいて、途中でそんなことになっては、この子にも悪いし、急いでいるところ話をつけてくれた――しまった。あの男の人の名前を聞いていなかった。まあ、ともあれ、彼にも悪い。
街の様子は人間の街とあまり変わりがなかった。ただ、道幅が人間の街よりも少し広めに取っているように思えた。それに、ところどころ、扉のサイズがおかしいものもあったし、二階に扉があるものもあったり、窓がまったくない家など、よく見ると、人間の街とは違っていた。
そんな街並みよりも、さすが街ともあって、魔物娘は大勢いた。だいたい、半分ぐらいがサキュバスと言われる種族のようだ。すごいきわどい服に抜群のプロポーションで、目のやり場に困る。どこを、誰を見ればいいのか、迷ってしまう。
すれ違う魔物娘の何人かが、俺に愛想を向けてくれている。これは、いける。俺は、いけてる。
俺は失いかけていた自信を取り戻し始めた。男の話を信じていなかったわけではないが、それでもそれを全面的に信じるほど、俺はピュアではない。俺は舞台なんかだと、田舎の村人A程度だろうが、村人Aなりに人生の辛酸を経験したフツメンなのだ。
俺に誘いをかけてきそうになったサキュバスは、案内役の甲冑少女が「案内中なので、ご遠慮ください」とシャットアウトしたりしていた。実にもったいないが、しょうがない。でも、こんな感じなら、後でいくらでもチャンスはある。
俺はとりあえず、甲冑少女の小ぶりだが、形のいいお尻を後ろから眺めて楽しみながら、彼女に大人しくついていった。
ああ、こんな少女も魔物娘なら、男と楽しんだりするんだろうか? やっぱり、ベッドでも、命令口調で男に指示するんだろうか? マゾとか言う人種の男にはご褒美だろうな。俺は違うけど。でも、一度ぐらいなら経験してみたいかも。
そんなことを考えると、息子が元気になりそうになる。それをなんとか、抑制していると、小ぶりのお尻がぴたりと止まった。
「着きました。ここです」
そういって、示された場所は、一階が食堂で、二階が宿のようになっているところだった。街の商人が使う逗留宿みたいな造りだ。そして、看板に書いてある文字は……俺に読めるわけがない。
人間の世界の文字も読めないのに、魔物の世界の文字など読めるわけがない。看板には、文字と一緒に剣と盾が重なった絵が書いてある。武器屋なんだろうか?
「詳しい説明は、ここの冒険者ギルドのものがするので」
甲冑少女はそういって、中に入っていった。俺は驚いた。冒険者ギルドだって? そんなゴロツキ集団のたまり場になんで? 俺は善良な村人Aだぞ!
「早く来てください。私も早く門番に戻らなくてはいけないんですから」
ついてこない俺を甲冑少女が呼びに来た。ここで逃げるのは色々とまずい気がした。俺は覚悟を決めて、中に入った。
「おじゃましまーす」
中は少し薄暗かったが、外も薄暗いので、あまり気になる感じはなかった。板張りの床だが、きれいに掃除しているのか、不潔さはなかった。壁も下半分が板張りで上が漆喰になっている。思ったよりも普通の食堂の内装だった。
「それでは、私はこれで」
甲冑少女が俺にそう言うと、さっさと表に出て、帰っていった。愛想がないな。俺は彼女の好みではなかったようだ。まあ、しょうがない。
「デュラハンちゃんはぁ誰にでもぉ、あんな感じですよぉ」
ずいぶんと間の伸びた声をかけられ、振り返ると、ふわふわの毛に覆われた癒し系美人の魔物娘が店の奥にあるカウンターのようなところに立っていた。
「えーと、彼女、デュラハンっていうんですか? 変わった名前ですね」
俺は反射的に受け答えしてしまったが、誰だろう? まあ、ギルドの人なんだろうけど。
顔だちも癒し系だが、オッパイもふくよかで癒し系だ。俺はオッパイ属性はないが、それでも、この柔らかそうな二つの半球には心惹かれるものを感じてしまう。くっ! 揉んでみろとでも、俺を誘惑しているのか?
「んん? デュラハンは種族の名前ですよぉ。名前はぁ……まぁ、いいですよねぇ。デュラハンはぁ、魔物の中ではお固い種族だからぁ、気にしないでねぇ。でもぉ、あれでも、ちゃ〜んと、あなたの事を歓迎しているんですよぉ」
俺がオッパイへの関心をしていると、のんびりと癒し美人の魔物娘が俺の間違いを指摘してくれた。
「そ、そうですか。俺、あんまり、魔物に詳しくなくて」
俺は勘違いとオッパイ妄想に赤面した。
「大丈夫ですよぉ〜。すこしずつぅ、私たちをぉ知ってくれればぁ、うれしいですぅ」
のんびりした喋り方に力が抜ける。ここまでの緊張感が吸い取られていくようだ。
「ありがとうございます。えーと……」
「私はぁ、冒険者ギルドのぉ、受付嬢をしているぅ、アーシェでぇす。見ての通りぃ、ワーシープなんですぉ。よろしくお願いしますねぇ」
喋っている間に寝てしまいそうになるのを必死にこらえた。ワーシープということは、羊の魔物というわけか。ふわふわもこもこなのも納得だ。
「えーとぉ、冒険者ギルドのぉ説明をしますねぇ。ちゃんとぉ、聞いておいてくださいねぇ。そんなに難しくないですからぁ」
説明の難易度よりも睡魔の難易度の方が高そうに感じたが、俺は何とか頷いた。
「まずはぁ、冒険者ギルドはぁ、えーと……冒険者に仕事を斡旋するのがぁ主なお仕事でぇす」
「冒険者って? 俺のこと?」
一応、そうだとは思うが、確認した。じゃないと、寝てしまう。間違いなく、寝てしまう。
「はぁい。そうですぅ。ギルドで冒険者として登録してくれるとぉ、毎週ぅ、お給金が出まぁす。登録料もぉ、今ならキャンペーンでタダでぇす。キャンペーンは、二百三十八年後の三月末日までぇ。お友達がぁ入りたいとぉいう方はぁお早めにと勧めておいてねぇ」
それって、期間を区切る必要はあるのかと思ったが、説明を長引かせると、ノックアウトしそうなので、黙って流した。
「もぉ、ちゃんと、期間長すぎ! とか、つっこんでくださいよぉ」
怒った顔もほんわかしているが、マジで寝そうだ。こっそりと腕をつねって意識を覚醒させた。
「とりあえずぅ、依頼は受けてなくてもぉ、お給金はちゃんとぉ、支払われまぁす。お給金の額はぁ、冒険者ランクによって変わりまぁす」
「なるほど、依頼を受けて、冒険者ランクが上がれば、固定給が上がるんですね」
とりあえず、寝ないように当たり前のことを確認するように言った。
「ぶっぶーぅ。違いまーす。登録してくれるとぉ、最初はみんな、オリハルコンという、最高ランクなんですよぉ。一定量の依頼を受けるとぉ、ランクが維持されるんですぅ。依頼をこなさないとぉランクが下がっていく仕組みでぇす。ランクがぁ一回下がるとぉ、なかなか上がらないんですよぉ」
アーシェの回答に、少しびっくりした。普通は逆だろうと思ったが、よく考えると、普通の冒険者ギルドというのも、噂で聞いた程度しか知らないので、反論しないことにした。
「あ、でもぉ、安心してくださいねぇ。例え、最低ランクまで下がったとしてもぉ、生きていくには困らない生活保障をしてくれますからぁ。ここはぁ安心安全のぉ冒険者ギルドでぇーす」
冒険者が安心安全というのもなんか違う気がする。だけど、ありがたい話だ。とりあえず、野垂れ死にだけはしなくて済みそうだ。
「ですけどぉ、もしぃ、狙っている女の子がぁいるんでしたらぁ、ランクはあんまりぃ下げないほうがぁいいですよぉ」
「どうして? やっぱり、お金があった方がもてるとか?」
俺は目が覚めてしまった。ここでも貧富の差があるのか。無い方がおかしいが、世知辛さを感じた。
「違いますよぉ。魔物にとってぇ、お金はぁ、娯楽というかぁ、評価というかぁ……ゲームの得点? 二の次のものだからぁ、たくさんあったらぁ、すごいねって感じだけですぅ」
魔物と人間ではやはり価値観が違うのだなと改めて思った。
「じゃあ、どうして?」
「宿でぇ、鍵付きの部屋に泊まるにはぁ、ランクがぁオリハルコンかぁ、ミスリルじゃないとぉ、部屋代の支払いがぁ難しいからぁ」
アーシェの回答にまだ疑問符が取れずにいた。
「うちの宿はぁ、鍵があるとぉ、夜這い禁止なのぉ。寝ている間にぃ、魔物に襲われてぇ貞操を奪われないようにぃできるんですよぉ」
「夜這いって、魔物娘が? それは、それで美味しいシチュエーションと思うけど?」
夜這いしたことはあるが、されたことは無い。ちょっと、されてみたいんですけど?
「誰でもぉよければぁ、それでもいいんですけどぉ、自分の好みにあったぁ魔物と一緒になりたい人はぁそういうわけにもいかないでしょぉ?」
ここまで説明されて、やっと理由がわかった。
「せっかくなんだからぁ、好みの魔物とぉ結ばれたいというのもぉ、男心でしょ?」
俺は納得した。だが、ちょっとおかしい感じがする。
「それはそうだが、自分の好みじゃなければ、夫になるのを断ればいいんじゃないか?」
俺は向こうに選ぶ権利があるなら、こっちにもあるはずだと言い放った。
「あはははぁ。おもしろいぃ。本気で言ってるんですかぁ?」
アーシェに本気で大笑いされた。
「そんなの無理ですぅ。不可能ですぅ」
俺はそんな事はないと反論しようとしたが、アーシェの瞳が穏やかなものから、ぞっとするほど好色なものに変わって、言葉を飲み込んでしまった。
「魔物がぁ気に入ればぁ、相手がぁどんなにぃ嫌がってもぉ、全身全霊でぇ相手を快楽漬けにしてぇ、好き嫌いなんてぇ理性を簡単にぃ消し飛ばしちゃいますよぉ。だからぁ、魔物がぁ男にぃ気を使ってくれなければぁ、男側にぃ拒否権なんてないんですよぉ」
ニコニコしているが、目が恐い。瞳孔が水平に伸びている。
「あなたもぉ、身に覚えがあるからぁ、ここまで来たんでしょぉ?」
俺はその問いに頷くことしかできなかった。
「でもぉ、心配ご無用ですよぉ。魔物はぁみんなぁ、いい子だからぁ、誰と一緒になってもぉ、きっとぉ幸せになれますよぉ」
アーシェの雰囲気がほわっと緩んだ。俺はそれで、ほっと息をついた。
「俺もそう思いますよ」
俺はよくしらないけど、そうだと直感でわかった気がしていた。なんというか、荷馬車のあの男を見ていると、そう思う。
「あとぉ、気をつけて欲しいのはぁ。最初のぉ、お給金はぁ一週間後に出るからぁ、それまでは、ここでの支払いはぁツケになりまぁす。鍵付きのぉお部屋でぇ、一週間食事つきでぇ、オリハルコンクラスのお給金の三分の二ぐらいですねぇ」
高いのか安いのか、よくわからないが、手持ちのお金がない俺にはどうしようもない。
「心配しなくてもぉ、三分の一でぇ、武器とか防具とか標準レベルのがぁ余裕で買えちゃうからぁ、安心してくださぁい」
そうだ。冒険者になるなら、そういうのも必要になるか。だけど、クワはベテランだけど、剣を振るのは素人なのに、冒険者なんて務まるのか?
「最初はぁ、みんな、初心者ですよぉ。簡単な依頼からぁこなせばぁ問題ないでぇす。あ、それとぉ、他の店ではぁツケがきかないこともあるんでぇ、買い物は注意してくださいねぇ。最悪ぅ、身体と人生でぇ御代をぉ払わされちゃいますよぉ」
「き、気をつけるよ」
さすがは魔界。油断ならないところのようだ。
「冒険者ギルドからのぉ、脱会はぁ随時自由にできまぁす。ペナルティーもありませぇん。あ、ツケは払ってもらうことになりますけどぉ」
至極当然のことだが、何か不都合があっても、脱会するのにお金がかかるわけでないと聞いて、少しほっとした。
「とりあえずぅ、だいたいのぉ説明はぁ終わりましたぁ。冒険者ギルドにぃ、登録しますかぁ?」
登録しないという選択肢はあるが、それを選ぶ理由も無い。
「登録、お願いします」
「それじゃあぁ、お名前を教えてくれますかぁ?」
そういえば、まだ名乗っていなかったことを思い出した。
「俺の名前は、マーベリックです」
村の名前を言うべきかと迷ったが、村を捨てた身の上では、なんだか村の名前は名乗りにくかった。
「マーベリックさんですねぇ。はーい、登録完了ですぅ」
「はやっ!」
「のんびり見えてもぉ、仕事は迅速ぅ。それが私のぉ特技ですぅ。じゃあ、他の細かいことはぁ、起きてからにしましょぉ。おやすみなさぁい……」
俺は意味がわからなかったが、にっこりと微笑みながら手を振るアーシェを薄れゆく視界に感じながら意識は闇に沈んで行った。
「おわっ!」
俺は意識を取り戻して、身体を勢いよく起こした。
あたりを見渡すと、部屋はそれほど広くはないが、一人なら十分な大きさで、清潔感のあふれる、シンプルな内装だった。そして、部屋に不釣合いなほど大きなベッドが置いてあり、俺はその上で寝ていたようだ。
ベッドは俺がこれまで寝ていた、藁を布でくるんだものなど冗談かと思うほど上等なものだった。こんなベッドは貴族様か何かが使うレベルのものだろう。シーツから藁が突き出てちくちくしないし、ふわふわであたたかい。
どうして俺がここで寝ているの、記憶がはっきり繋がらない。冒険者ギルドの受付で、説明を聞いていたのだと思っていたが、目が覚めたら、この部屋にいた。
ベッドの横のテーブルにメモが置かれていた。そこに書かれていた文字は、当然読めない。だが、よく見ると、人間の世界で使っている文字と同じだ。読めないが、形ぐらいはなんとなく知っている。
同じ文字とわかっても、読めないことは変わりない。ただ、最後に絵が書いてあり、それは受付をしていたアーシェの簡易似顔絵だった。
「ということは、夢じゃない?」
魔界にやってきたことは夢ではない。俺は確信した。よく見ると、窓の外の空は濃い紫色に染まっていた。こんな空は人間の世界ではお目にかかれない。
そういえば、魔界に入るのに強行軍をして、そのまま歩き通しだった。ここ数日はろくに寝ていないことを思い出した。目的地について、気が抜けて寝てしまうのも納得だ。しかも、あの眠りを誘う喋り方のアーシェを相手に、最後まで寝なかった方がすごいと思える。
俺が気持ちを落ち着かせると、いい匂いが漂ってくるのに気づいた。耳を澄ますと、階下からにぎやかな声が聞こえる。
「そういえば、ろくに食ってもいなかった」
たしか、食事つきと言っていた。下に降りれば、何か食べさせてくれるだろう。
俺はベッドから降りて、扉を開けた。途端、にぎやかな音といい匂いがして、完全に目が覚めた。そして、空腹にお腹がなった。
俺は廊下を歩いて、階段を降りて食堂のような場所に入った。
食堂はかなり混雑していた。魔物娘と人間の男が大勢いて、みなが楽しそうに騒ぎながら食事をしている。その喧騒はまるで村の祭りを思い出させる。ここではこれが日常なのだろう。すごいところだと、田舎者の俺は気後れしかけた。
「あらぁ、やっと、起きたんですねぇ。お疲れはぁ、取れましたかぁ?」
受付嬢のアーシェが、エプロンをして、ふかふかの自前の羊毛よりもほっかほかの湯気の立つスープを持ちながら俺に話しかけてきた。
「はい。おかげさまで。それで、あのぉ……」
俺が何か言う前に腹の虫がそれを雄弁に語った。
「ああ、はぁい。適当なお席にぃ座っていてぇくださぁい。お食事、すぐにお持ちしまぁす」
アーシェが笑顔で俺に言ったが、俺は恥ずかしさで顔を真っ赤にした。
とりあえず、俺は席を探したが、空いているテーブルはなさそうなので、相席を頼もうと見渡した。魔物娘と男のカップルの席は向こうも嫌だし、俺も勘弁だ。見渡していると、ひとつのテーブルで俺のことを手招きしているのに気づいた。
知り合いなどいないはずだが、俺はそっちの方へと歩いて行った。
「やあ、席を探しているのなら、一緒にどうだい?」
軽い調子で俺に声をかけてきたのは、少し長めの髪をした、都会育ちっぽい優男だった。くすんだブロンドの髪をして、顔には少しそばかすがある。歳は俺よりも少し若いか同じぐらいだろう。
「ありがとう。それじゃあ、そうさせてもらうよ」
他に席も無いし、このテーブルは男ばかり、三人が集まっている。俺はそこに四人目として加わった。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。俺はマック。君と同じ、冒険者さ」
都会育ちっぽい男が俺に自己紹介した。一応は、冒険者らしい皮の鎧を身につけているが、まったくと言っていいほど、似合っていない。
「俺は、マシュー。同じく冒険者だ。よろしくな」
同じテーブルにいた戦士か何かしていたのだろう、古傷が体中にある、厳つい男が俺に自己紹介してきた。こっちの男こそ、鎧が似合いそうだが、なぜだか、妙に小洒落た服を着ていた。
「トリは俺だな。俺はマイク。三人とも、頭文字がMだから、俺たち、このあたりではMスリーって呼ばれてる」
最後に自己紹介したのは、俺と同じく農村出身だろう。背が低くずんぐりとした体型の少し頭髪の寂しい男だった。年齢は俺よりも十ほど上の三十路あたりだろうか。格好は普通なのだが、指や手首に宝飾品が妙に目立つ。
「俺はマーベリック。今日、ここに来たばかりで、こっちのことは何も知らないんです。よろしくお願いします」
俺は自己紹介しながら、椅子に座った。
「まじか? 頭文字Mじゃないか! これで、俺たち、Mフォーになるな」
「そりゃあ、すばらしい」
「めでたいな。乾杯をしよう。酒はいけるな?」
俺の返事を待たずにウェイトレスをしている魔物娘の一人に酒を注文した。そして、すぐにジョッキになみなみと注がれたエールを持ってきてくれた。
「それじゃあ……みんな! 聞いてくれ!」
そういって、年長者のマイクが椅子の上に立ち上がったかと思うと、食堂の全員に向かって大声で呼びかけた。食堂で食事をしていたお客たちが、皆こちらに注目している。ちょっと恥ずかしい。
「知っての通り、今日、我々に新しい仲間が加わった!」
そういって、俺の方へ腕を振ってきた。俺に注目が集まり、俺は照れながらも周囲にぺこぺこと頭を下げていた。
「彼の名前は、マーベリック! 驚いたか? 驚くのも無理はない。俺が驚いている。これから、俺たちを呼ぶときは、Mフォーと呼んでくれ。さあ、新たな仲間の成功と幸せを祈ってやろう。祝ってやろうというご機嫌な奴はジョッキを掲げろ!」
食堂の客が歓声を上げて、全員がジョッキを掲げた。俺は少し、感動してしまった。俺はここにきたことを歓迎されているんだ。それがわかった。
「はははは! お前ら、全員、愛してるぜ! それじゃあ、いくぜ! 乾杯の歌だ!
♪さあ 乾杯だ
♪乾杯しよう
♪ジョッキを飲み干せ
♪一滴残らず
♪準備はいいか?
♪1、2の3だ
♪それっ 乾杯だ!」
村のとは少し違ったが、乾杯の歌を歌い、ジョッキを高く上げて、ジョッキを互いに当てた。他のテーブルからも俺のジョッキに当てに来てくれたりして、ちょっとばかりぐだぐだした乾杯になったが、俺はエールを飲んで、拍手を浴びた。
こんなに人に注目されるのは、村の祭で芝居の主役をしたとき以来だ。
「がんばれよ!」「いい嫁、見つけるのよ」「あんまり、高望みすんなよ」「幸せになれよ」「もちろん、相手も幸せにするのよ」「主に、あれで」
それぞれが色々と声をかけてくれて、俺はちょっと泣きそうになった。きっと、すきっ腹にエールを飲んだせいだ。
やっと、乾杯が落ち着いて、俺はテーブルの椅子に座ることができた。その頃には、いつの間にか、おいしそうな料理がテーブルに並んでいた。
「こんなご馳走、祭でも食べたことがない」
肉の香草焼きや、野菜とベーコンのスープ、鶏肉の串焼き、野菜の蒸し焼きもある。
「そうだろう。だが、遠慮しなくても、いいんだ。ここでは、これがいつもの食事だ」
マシューが俺に言ってくれた。俺は魔界と言うところが夢の国に思えた。今までの村でお腹をすかせて働いていたのが、バカらしくなってしまう。
「領主に年貢を納めて、教団にお布施を払う。おまけに、商人に作物を買い叩かれる。俺たち農民は養分を吸い取られ続ける土人形だったんだ」
マイクがしみじみと、俺の背中を叩いた。
「だが、ここではそういうのはないのさ。食べてみなよ。ここの料理は美味いよ」
マックの勧めに俺は肉を一口、口に運んだ。それから記憶がない。気がついたときは、俺の腹が膨れて、テーブルの料理が消えていた。
「……どんだけ、食ってなかったんだ?」
マシューが呆れたように呟いた。俺は小さな声で謝った。
「まあ、最初はそんなもんさ」
マックが俺を慰めてくれた。
「そういえば、マーベリックは、どうして、魔界に来たんだ? 俺と同じで、多分、農村の出身だろ? 魔物娘とはあんまり接点はなさそうだが」
マイクが気を使ってか、違う話題に切り替えてくれた。俺は、魔物娘に襲われて振られたということを話した。
「よし! 俺の勝ち!」
マイクとマックがハイタッチした。マシューはテーブルに突っ伏している。俺は意味がわからなかった。
「実はお前さんがどういう理由でここに来たかを賭けてたんだ。俺たちは、魔物娘に襲われたけど、夫にしてもらえなかった」
「俺は、親魔物国家の出身で、魔物娘の嫁を探しにってね」
親魔物国……聞いたことがある。確か、教団から離脱して、魔物と共存することを目指した国があると。神父様たちは悪の尖兵、堕落した国といっていた。だが、俺の住んでいるところからは、かなり離れた国とも聞いた。
「ああ、多分、君がいた国とは、魔界を挟んで反対側にあるんだ。魔界を経由しなければ、随分と離れた国に思うかもな」
俺の疑問を感じてか、マシューが説明してくれた。後で、マシューはその親魔物国家の出身だと言っていた。
「だけど、俺みたいなの、結構、いるんですね」
ここにいるのは三人だが、他にも冒険者ギルドに所属している人間は結構いるらしい。俺は話を聞いて安心した。
「魔物娘たちもやっぱり、一生の伴侶を選ぶのに真剣なんだよ」
「まあ、こっちも真剣だけどな」
俺はその意見に頷いて、笑った。
「そういえば、ギルドの依頼とか、どんなのがあるんですか? 俺、普通の農民なんで、剣とか持ったことも無いですよ」
俺はいい機会だとギルドの先輩に不安を相談した。
「そうだな。剣とかの武術を鍛えたければ、そういう修練所があるよ。そこで練習すれば、少しは強くなれるさ。受付で講習を申し込めば手続きしてくれるよ」
マックがニコニコしながら俺に教えてくれた。
「こいつが狙ってる魔物娘は武闘派なんだ。だから、相手に勝たなきゃ、夫にしてくれないんだよ。まったく、剣もろくに振れないのに無理しやがって」
マシューが呆れたようにマックのことを言った。
「いいでしょう、別に。それより、明日、約束どおり、剣の稽古に付き合ってくださいよ」
マシューは元傭兵をしていたらしく、この中では一番剣を使えるらしい。マックは修練所以外でもマシューに剣を教えてもらっているそうだ。
「そういえば、依頼の中に時々、討伐依頼というのもあるな。そういうのを引き受けたければ、剣の腕は磨いておかないとな」
「討伐ですか……ここには悪い魔物もいるんですか?」
言い方は変だが、性格は様々でも、悪い魔物娘を想像できなかった。
「いないと思う。でも、実際にそういう依頼があるんだ。俺たちもどこから依頼されるのかわからんし、色々あるんだろ? こっちにも」
マイクが肩をすくめた。
「そういえば、少し前に、バフォメット様の討伐依頼があったらいいぞ。もう、削除されてたが。誰が出したんだよって、俺たちの間で話題になったんだ」
後で教えてもらったが、バフォメットという魔物は、ロリコンを推進推奨するサバドという団体の代表で、魔物の中でも最強の部類に入る大物魔物らしい。もちろん、かわいさも最強レベルというのも聞かされた。
「でも、どこかのバフォメット様と、まともに渡り合った人間の騎士がいたらしいと噂を聞いたぞ」
「まじか? というか、それって、人間か?」
マイクたちは、なにやら盛り上がっていたが、魔界事情に疎い俺は少し置いてけぼりの気分だった。
「ああ、悪い。えーと、依頼の種類だったな。他は、護衛の依頼だな。荷物を運ぶ護衛だったり、要人警護だったり。まあ、俺たちみたいな人間に頼むのも変なんだが、依頼は依頼だしな」
マイクが自分たちだけ盛り上がっていたことをわびて、説明を続けてくれた。やっぱり、荒事が多いらしい。剣の修行はしなくちゃいけないみたいだ。
「ああ、でも、安心していいよ。森や山に材料を採りに行く、材料採取という依頼もあるから」
俺が心配しているとマックが笑いながらそういってくれた。
「あ。それなら、俺にもできそうです」
森で薬草や木の実を集めることは村でもやっていたことだ。種類の見分け方さえ覚えれば、俺でもこなせそうな仕事だ。
「それに、お仕事のお手伝いというのもあって、中には農作業の手伝いもあるからな」
そういう依頼だったら、俺の専門なので安心した。
「でも、やっぱり、一番多いのは、おつかいだな」
マイクの言葉に全員が頷いた。
「おつかい?」
「ああ、小荷物を届けたりする簡単なお仕事なんだ。届ける先も街の中か、近郊だったりで、一応、荷物運搬依頼となっているんだが、子供のおつかいみたいなんで、みんな、おつかいって呼んでる」
確かに、子供のおつかいみたいだ。それでお金になるのか?
「ただ、仕事が簡単なんで、報酬も安いんだけどな」
「でも、どんな依頼でも、依頼を受けるのはいいぞ。依頼人の魔物娘ともお近づきになれるしな。出会いのチャンスだ」
マイクの言葉に他の二人も頷いた。
「で、でも、そんな不純な……仕事なんだから真面目に……」
俺は村を捨てて魔界に来たが、生来の貧乏性が抜けていなかった。
「ここじゃあ、それが正義なんだよ。不純じゃない。純粋な欲望だ」
三人が力強くそういってきた。確かに、ここまできたのは、それが目的だった。
「まあ、どっちにしても、それは明日からの話だ。今日は、祝いだ。さあ、飲もう」
そういって、俺はまたエールを勧められて、ジョッキを傾けた。
俺が目を覚ましたのは、次の日の昼前だった。こんなに日が高くなってから、というか、魔界というところは、曇天のように日中でも薄暗くて、日が昇っているかどうかわからないが、なんにしても、こんなにゆっくり寝たのはいつ以来だろう?
俺はもぞもぞとベッドから降りて、身支度を整えると、階下の食堂に降りた。客はいなかったが、受付には何人かがたむろしていた。どうやら、俺と同じ冒険者らしく、色々と依頼を受けて、食堂を後にしていった。
冒険者たちが誰もいなくなってから、俺は受付に行った。
「おはようございまぁす。よく、ねむれましたかぁ?」
アーシェの声を聞くと、また眠たくなった。
「おはよう。おかげで、ぐっすり寝れたよ」
俺はあくびをかみ殺しながらそう答えておいた。
「それでぇ、どのようなぁ、御用ですかぁ?」
アーシェはニコニコと微笑みを浮かべている。よく考えれば、昼は受け付け、夜はウェートレス。よく働く人だなと思った。俺も頑張って働こう。
「えーと、依頼を受けたいんだ。何か、いい依頼はあるかな?」
俺は昨日の夜に教えてもらった依頼の種類を思い出しながら、アーシェに訊いた。
「ええとぉ、ワーウルフの討伐依頼とか、ありますけどぉ?」
アーシェが手元の台帳を開いた。中には色々と文字が書かれているが、もちろん俺には読めない。
「いや、そ、それはハードルが高すぎるよ。俺は元農民なんだ。もっと、農作業の手伝いとか、森での材料集めとか、そういう依頼はないですか?」
ワーウルフは俺がここに来るきっかけになった魔物だから、興味はあったが、それだけにその強さは身に染みてわかっている。もう一度、襲われて捨てられたら、ちょっとショックで立ち直れないかもしれない。
「そぉですかぁ? うーん……農作業とかはぁ人気あるからぁ、すぐに依頼がぁなくなっちゃいますしぃ、森の材料採取もぉ人気のぉ依頼なんですぅ」
よく考えれば、俺と同じような農村出身者にしてみれば、そういうのは美味しい依頼と思うのは同じだろう。こんな遅い時間では先を越されたか。失敗した。
「えーと、じゃあ、おつかいとか言うのは?」
「おつかいですかぁ?」
アーシェが台帳をめくった。
「ありますねぇ。どれにしますぅ?」
アーシェが台帳を俺の方に差し出した。
「いや、俺、字が読めないんだ。それに、来たばかりで、どれがいいかも判断するのも難しいし。初心者の俺にもできそうな、お勧めのはあるかな?」
俺は慌てて、台帳を押し戻した。文字が読めないのはかっこ悪いが、見栄を張るところでもない。
「ええとぉ……それじゃぁ、これなんて、いかがですかぁ?」
台帳に書かれている依頼の一つに指差した。
「ええとぉ、小荷物運搬依頼。期限は、今日の夕方までぇ。場所は、マスタレード通りだから、ここからそんなに遠くないですぅ。ええとぉ、荷物は……」
一旦、受付の奥に引っ込んで、そこから長さが俺の肩幅ほどの長細い箱を持ってきた。
「これですぅ」
俺はそれを持ってみた。ずっしりと重量感のある箱だったが、これぐらいなら、隣村まで持っていくのも苦労しないぐらいの重さだった。
「報酬はぁ、二クラウンですぅ。ええとぉ、オリハルコンクラスの一週間分がぁ百クラウンだからぁ。そんなところでぇ想像してぇくださぁい」
ここでのお金の価値はよくわからないが、昨日飲んでいるときに先輩たちに聞いた感じだと、二クラウンだと、農村で一日分の収入ぐらいだろうと想像した。それなら、俺の中では十分に割のいい仕事だ。
「その依頼、引き受けるよ。どうすればいい?」
俺がそういうと、アーシェは台帳のところにサインを入れた。そして、別の紙に台帳を見ながら、何かを書き写して、俺の方に差し出した。
「ここにぃサインをぉしてくれればぁいいんですぅ。サインはぁ文字じゃなくてもぉ、自分だって、わかるぅ記号でいいでぇす」
「わかった。ところで、俺の名前、マーベリックだけど、どういう字を書くのか、教えてくれないかな? せっかくだし、自分の名前ぐらいは書けるようになりたいし」
俺はついでとばかりに、アーシェにお願いした。彼女は快く、別の紙に俺の名前を書いてくれた。俺はアーシェに捨てる紙をもらって、アーシェの手本を真似て練習した。
「とっても上手ですよおぉ。これなら、マーベリックさんって読めますぅ」
何度か、アーシェに教えてもらいながら書いた名前の文字を見ながら、彼女がにっこり笑ってくれた。
「ありがとう、アーシェ」
そういって、俺は依頼を受ける紙にはじめての自分の名前をサインした。ちょっとだけ、誇らしかった。
一応、手本のアーシェが書いてくれた名前の紙を俺はズボンのポケットに入れた。帰ってきてから、もう少し練習しよう。次からは、手本を見ないで書けるようにしたい。
それと、もし、習うことができるなら、これを機会に読み書きを憶えるのもいいかもしれない。そうすれば、仕事の幅も広がるかもしれない。
「はぁい、ありがとうございまぁす。これで、依頼の受注は完了でぇす」
俺は箱を受け取ろうとしたが、その手をアーシェに止められた。
「先にぃ、お届け先のぉ場所をぉ地図でぇ説明しますねぇ」
そういって、街の簡易マップをとりだして、受付台の上に広げた。
「ここがぁ冒険者ギルドでぇす。もし、道に迷った場合はぁ、冒険者ギルドの場所を聞けばぁ、教えてくれまぁす。それでぇ、お届けさきはぁここですぅ。マスタレード通り。ここのぉ、三本剣のマークのあるアパートの一〇三でぇす」
地図の上に丸をつけてくれて、三本剣のマークを書いてくれた。地図は、目印になる建物のマークが書いてあり、文字の読めない俺でも読めるようになっていた。
「一〇三はぁ、こういう字だよぉ。扉にぃこの字がぁ書いてある部屋にぃ届けてねぇ」
地図に文字を書き込んで、丸で囲んでくれた。
「最初は迷子になるのも当たり前だからぁ。恥ずかしがらずにぃ、道を聞いてぇくださぁい。そのうち、なれまぁす」
「うん。そうするよ。ありがとう」
俺は地図を受け取り、荷物を持とうとしたが、また、止められた。
「これをぉ首にかけておいてくださぁい」
そういって、淡い金色に光る長細いプレートの両端に鎖がついて、ネックレスのようになっているものを首にかけられた。
「それはぁ、冒険者ギルドのパスでぇす」
「ああ、これをつけていれば、冒険者ギルドの人間とわかるわけか」
そうでなければ、人間界からのスパイと間違われるのかもしれないというわけか。今日は俺一人の行動になるしな。
「ギルドのぉお仕事をしている間はぁ、それをつける決まりなんですぅ。それをしているとぉ、ギルドの保護にある証拠だからぁ色々便宜をぉ図ってくれるんですぅ。だからぁ、お仕事ぉ終わったらぁ、受け付けにぃ返却してぇくださいねぇ。それとぉ交換でぇ報酬が払われまぁす」
「わかりました。なくさないように大事にします」
俺は自分の勘違いに顔を赤らめた。そして、今度こそ、荷物を受け取った。
「もう、行くんですかぁ? 夕方までぇ、時間、ずいぶん、ありますよぉ」
「はい。道に迷うかもしれないから、早めにいきます。しばらく、迷いながら、道を覚えるにもいいですし」
そういって、俺は荷物にロープをかけて、肩にかけれるようにした。これで、地図を見たりするのも両手でできる。
「そうですかぁ。それじゃぁ、いってらっしゃぁい。がんばってぇくださぁい」
のんびりとした見送りを受けて、俺は冒険者ギルドを後にした。
冒険者ギルドの外を見ると、道には大勢の魔物娘がいた。昨日は案内されてついていっただけだが、今日は一人である。荷物を届けるまでは、誘惑されないように気をつけよう。
俺が気合を入れて冒険者ギルドを出ると、視線が集まった気がしたが、すぐにその視線は霧散した。
ちょっと、へこむ。俺って、本当に魅力ないのかもしれない。もし、俺のことを気に入ってくれる魔物娘がいるなら、選り好みせずに誘いに乗った方がいいかもしれない。
俺はそんな事を思いながらも、地図を見ながら道を歩いていた。
クモの身体に綺麗な女性の上半身の魔物や、空を鳥のように飛んでいる魔物もいた。よくみると、屋根の上で丸くなって寝ている魔物もいた。忙しそうにしていたり、暇そうだったり、魔界の住人はみんな、それぞれらしい。
俺は地図に書いてある看板のマークを手がかりに角を曲がり、あっさりと、目的の通りにたどり着いた。……と思う。
「うーん、少し、訊いてみよう」
俺はあたりを見渡した。すると、上半身が女性で、馬の身体をした魔物娘と目が合った。
「何か用か?」
俺が声をかける前に声をかけて来てくれたが、どこかぶっきらぼうで、声をかけてきた割には少し距離を取っていた。地味に傷つく。
「えーと、マスタレード通りというのは、ここであってますか?」
俺はいちいち傷ついていては魔界でやっていけないと反省して、地図を指差して、馬の魔物娘に聞いた。
「ふむ。私も今朝ここについたばかりなのだが……」
訊く相手を間違った。というか、向こうから声をかけてきたんだけど。
「確かに、間違いはないようだ。そこの看板に通りの名前が書いてある」
そういって、指差したのは、かなり向こうにある看板だった。目は悪くない方だが、文字が読めたとしても、看板に何が書いてあるかまでは読めないだろう。
「あんな遠くの看板が見えるんですか?」
「これぐらい見えなくては、森の戦士は務まらん」
「すごいですね」
「この程度で驚かれては、私も安く見られたものだな」
俺が感心していると、腕組みしてそっぽを向いた。腕組みした腕にオッパイがのかって、エロいです。でも、機嫌を損ねた感じだから、ここはもっと褒めておこう。
「でも、俺なんか、ぜんぜん見えませんから。やっぱり、すごいです」
「そんなに褒めるな。褒められると、抑えが利かなくなる」
俺は何のことかわからずに首をかしげた。
「そのプレートをしているということは、冒険者ギルドの仕事中だろう? さっさと仕事を終わらせて来たらどうだ?」
俺は首に下がったプレートを見て、「ああ」と気がついた。
「そうですね。すいません。でも、助かりました。ありがとうございました」
頭を下げて、お礼を言って、通りにあるはずのアパートを探しにかかった。
うーん、後頭部に視線を感じる。さっきの馬の魔物娘のだろうか? 何か怒らせたかな? 振り返るのが恐いんだが。
俺は視線に気づかない振りをして、三本剣のマークを探すのに集中した。
しばらく行くと、さっき馬の魔物の人が指差していた看板があった。文字は読めないが、最初の文字は見覚えがあった。マスタレード通りだから、最初の音がマなのだ。だから、俺の名前の文字と同じなんだ。
そういえば、昨日の先輩たちもマからはじまる名前で、確かMと言っていた。マからはじまると、文字はMからはじまるんだろうな。うむ。意外と簡単? これなら早く文字が覚えられるかもしれない。
俺は安易な考えをして、再び三本剣の看板を探し始めた。
「あった」
意外と言うか、あっさりと見つかった。しかし、よく考えれば、それはそうだろう。見つかりにくい場所の配達先を「おすすめの依頼」とは言わないだろう。
しかし、これで農村一日分の報酬というと、仕事を舐めているのかと思いたくなる。受付でアーシェに話しかけてから、一刻もたっていない。だが、これがここでの普通なんだろう。
俺は、一〇三と地図に書いてくれた字と同じ形のを見つけて、その扉をノックした。
「はっ、はーい!」
返事と共に中からけたたましい音が響いた。そして、少ししてから、扉がそっと開いた。
「えーと、冒険者ギルドから、お届け物を持ってきました……あっ」
俺はそういって、扉を開いた人物を見て、声を上げた。
「随分と早かったのですね」
なぜか頭を押さえながら、少し顔を赤らめて、扉を開けたのは、軽装の鎧に身を包んでいるが、俺の知っている魔物娘だった。
「昨日の門番の人」
確か、デュラハンとかいう種族だと、受付のアーシェが昨日、言っていた。
淡い金髪が肩につかないあたりで切りそろえられて、きりっと引き締まった表情はちょっと少年っぽいかもしれないが、男装の美少女っぽくて、俺はありだと思う。
なにより、小ぶりだけど形のいいオッパイもポイントが高い。大きいのもいいが、手に収まる感じも俺としては萌える。そういえば、俺がそんなに大柄じゃないから、小柄な女が好みなんだよな。村にはいなかったけど。
「何を見ているのですか?」
「あ、すいません」
俺はとっさに謝った。俺の好みではあるが、相手は俺に好意はないし、俺も外見は好みでも、献身的な甘えてくる娘の方が好きだ。
「そこでは、他の邪魔になるので、中に入ってください」
そういって、扉を開けられた。そう言われたら、入るしかない。
「おじゃましまーす」
中は外よりも少し明るくなっていた。天井を見ると、魔法か何かで照明がつけてあった。
部屋の中は魔物娘だったら、エログッズが飾ってあったりするのかと期待していたが、真逆だった。壁には剣や槍などの武器がかけられ、三体ほど鎧が置かれていて、その他は、テーブルと椅子、それにベッドがあるだけの簡素な部屋だった。
「何をじろじろ見ているんですか?」
「あ、すいません」
また謝ることになった。
「色気がない部屋だと思っているのでしょう」
「いえ、そんなことは……」
俺は図星を言い当てられて動揺した。
「でも、私は魔王軍の軍人です。まだ、駆け出しで下っ端ですが。だから、今は部屋を飾るよりも、武を磨くのが私の務めです」
自分の仕事に誇りを持って、そう答える、このデュラハンの少女を俺は見直した。
「仕事熱心なんだね」
「当たり前です。私たちがしっかりしなければ、規律のゆるい魔王軍はばらばらになってしまいます」
睨まれてしまったが、俺は苦笑いでそれを受け止めた。会話が少し途切れて、気まずくなりかけたので、俺は用事をさっさと済ますことにした。
「えーと、これが頼まれていた荷物です。テーブルの上に置けばいいかな?」
「そうしてください」
そして、彼女は蓋をあけて、中を確かめた。予想通りというか、中は一般的にショートソードといわれる長剣よりも短めの剣が入っていた。彼女はそれを確認すると、箱の中に戻した。
「間違いありません。ありがとう」
彼女はそういって、俺に微笑んだ。
ちょっと、反則気味に不意打ちを食らって、俺のドキドキゲージが上がってしまっているんだが。
「そ、それじゃあ、依頼達成ということで」
俺はこのままドキドキしているとまずいと野生の勘が働いて、そそくさと帰ろうとした。
「ちょっと、待ちなさい」
俺が立ち去ろうとすると、彼女に呼び止められた。俺は悪い予感が当たったのかと足を止めて、おそるおそる彼女を見た。
「伝票を出してください。受け取りのサインをしなくちゃいけないでしょう?」
彼女は俺に向かって、何かを受け取るように手を差し出した。
「伝票?」
俺が何のことかと目をしばたかせていると、彼女の方が少し驚いて、ため息をついた。
「アーシェさん、ちゃんと仕事してませんね」
そして、俺に説明してくれた。
「こういう配達の依頼の場合は、相手が確かに受け取りましたというサインを伝票にもらうんです。そうでないと、もし、私が受け取っておきながら、受け取ってないと言ったら、あなたが困るでしょう? それに、あなたが届けなくて、届けたといったら、私が困るでしょう? だから、そういうトラブルがないように、受け取ったら、伝票にサインをするのです」
俺はなるほどと納得した。
「じゃあ、今から、取りに戻ります」
「そんな手間をかけさせちゃ悪いです」
ギルドに戻ろうとする俺はまた呼び止められた。
「冒険者ギルドはすぐそこですから」
だが、それを振り切って俺は出て行こうとすると、今度は腕を掴まれた。
「大した報酬を出しているわけじゃないから、そこまでされるのは困ります。そのマップ以外で、何かサインできる紙を持っていませんか?」
「紙と言われても……この家にはないのですか?」
農民の家ならまだしも、魔界の家なら紙ぐらいはありそうに思った。実際、本なども少ないながらあるようだし。
「私の家にある紙に私のサインをしたものだと、あなたが盗んできたという疑いが掛けられます」
俺は仮定でも盗人扱いされたが、「なるほど」と納得した。そして、お手本で自分の名前を書いてもらった紙のことを思い出した。
「これでいいですか?」
俺はズボンのポケットから、少し皺のよった紙を取り出して彼女に差し出した。
「……これは?」
彼女が受け取って、少し怪訝な顔をした。
「はい。俺の名前を書いてもらった紙です。俺、字が書けないし、読めないんです。だから、ギルドの受付のアーシェさんに自分の名前の字を教えてもらったんです。これは、その時のお手本です」
彼女に紙の正体を明かした。字の読み書きができないのは恥ずかしいが、隠したところでしょうがない。
「そうですか……アーシェさんに書いてもらった手本を大事にしているのですね」
彼女がなんだか寂しそうに呟いた。俺はその様子に首をかしげた。
「大事というか、まだ憶えたばかりなんで、仕事が終わって宿に帰ってから、部屋で練習しようかと思って、取っておいたんです」
そこまで言ってから、俺は合点がいった。
「ああ、大丈夫ですよ。お手本はまた書いてもらいますから」
彼女は俺がその手本を大事に持っていると思って、それに何か書くのをためらっていると納得した。
「代わりの手本なら、私が書いてあげます」
彼女は俺を睨みつけて、少し怒鳴るように言われた。
「伝票代わりに、これにサインします。だから、これをアーシェさんに渡して、伝票代わりだと言っておいて下さい」
彼女は、俺の名前の下に彼女の名前を書いた。そして、何故だか、俺と彼女の名前の間に矢印みたいなものを書いた。
「ありがとうございます。えーと、これ、なんて読むんですか?」
最初の文字は俺と同じだった。だが、それ以外はよくわからない。
「マリーです。デュラハンのマリー」
ふむ。この矢印みたいなのは、デュラハンのマークなのかな? だが、やっぱり、音がマからはじまると、最初の文字はMなんだ。
「マリーさんもMなんですね。俺と一緒ですね」
俺の言葉にマリーは顔を真っ赤にした。
「誰が、Mですか、誰が!」
まさか間違った? 同じ字に見えたのに。文字は奥が深い!
「ご、ごめんなさい。えーと、俺、音がマからはじめると、文字はMからはじまるのだけ、わかったつもりでいて……。それで……すいません」
俺はしょんぼりとうなだれた。いい気になりすぎてしまった。やっぱり、俺に読み書きは難しいか。簡単と思っていた少し前の俺に教えてやりたい。
「え? あ、そ、それはあってます。あってるというか、例外もあるかもしれないけど、大体あってるし……ああ、もうっ! 確かに、私の名前の最初の文字はMであってます」
しょんぼりする俺にマリーはまた顔を真っ赤にして、なんだか慌てた様子で、俺の言っていることが正しいと言ってくれた。
「よかった……」
俺はほっと胸をなでおろした。間違ったことより、マリーが怒っていないことにほっとしていた。
「変な事言ってごめんなさい。私の勘違いでした」
マリーは俺に向かって、改めてちゃんと頭を下げてくれた。
「いや、こっちこそ、なんかすいません」
俺も慌てて頭を下げた。
お互いに頭を下げあうと、なんだかおかしくなって、二人して笑顔になった。
「お詫びというのも、変だけど、こんな安い報酬の依頼を受けてくれたお礼も兼ねて、お茶をご馳走したいのですが、お時間はいいですか?」
笑顔になっている俺にマリーはお茶を勧めてきた。
「それぐらいなら、時間は大丈夫と思います」
俺がそう答えると、マリーはなぜだかほっとした表情で、剣の入った箱をしまって、お茶の準備をした。
金属製のカップに黒い液体を半分注ぎ、多分、ミルクだろう、白い液体を残り半分注いだ。カップの中で薄い茶色の液体になって、それを一つ俺に渡した。
「カフェオレという飲み物です。本当はコーヒーを飲みたいのですけど、私には苦くて……。ミルクで割った、こちらの方が好きなんです。さあ、どうぞ」
マリーは飲み物の説明してくれた。コーヒーというのは、俺も噂で聞いたことがある。都会で流行っている飲み物らしいが、すごく苦いのだと物知りのトムが言っていた。それをミルクで割ったなら、苦いのはマシなのだろう。
俺は恐る恐るコップに口をつけた。ほんのりとした苦味はあったが、甘い味が口に広がった。
「……うまい」
「よかった」
ほっとした表情でマリーが笑った。だから、それは反則です。
俺は笑顔から視線を外すために壁の方を見た。そこに掛けられている武器は、よく手入れされていた。俺は武器のことは素人だが、道具を大切にしているかどうかぐらいは見抜ける自信はあった。鎧の方もきっちりと磨き上げられ、傷はあったが、綺麗に手入れされていた。
「剣や鎧の手入れをしっかりしているのですね」
俺は話題を変えるのにそのことを口にした。
「それは当然です。鎧は私の身を守ってくれるものです。そして、剣はこの魔界に住む魔物とその伴侶、そして人間を守るものです。万全にしておくのは、一兵卒でも将軍でも変わりありません」
そう語る彼女の深い青の瞳はまっすぐで、引き込まれそうだった。
「そうだね。俺もマリーさんに守ってもらってるんだな。これからも、よろしくね」
俺がしみじみそういうと、マリーは顔を真っ赤にした。
「どうかしたんですか?」
「なんでもないです」
そういいながら顔をそむけた。その時に、マリーの首の辺りに黒いスジというか、何か隙間のようなものがあるのを見つけた。
「首に何か傷が? 本当に大丈夫ですか? もしかして、怪我で体調が悪いとかじゃないんですか?」
俺は心配して、腰を浮かして、彼女の方に体を乗り出した。
「首? あっ! さっき転んだときに」
マリーは自分の首を触って、異変に気づいたみたいだった。
「転んだ? もしかして、その時に怪我をしてるんじゃ? 見せてみて」
俺は彼女のそばに寄って、首の傷を見ようとした。傷を見たところで、農民の俺に何かできるわけではないが、医者がいるなら、そこへ行って、症状を伝えることはできる。
「ちょ、ちょっと、それ、ほんとに、だめっ!」
俺が傷を見ようとするのを、マリーは激しく拒否した。ちょっとした揉みあいになり、その拍子に、彼女の首が……落ちた。
「う、うわぁぁぁあああ!」
俺は心臓が止まって、小便を漏らしたかと思った。実際、ちょっと止まったし、ちょっと漏らした。
しかし、俺の驚きをよそに、マリーは何事もなかったかのように首のない身体で、転げ落ちた頭を拾い上げた。
いや、何事もあった。彼女の雰囲気が変わっていた。
「だから、ダメだって言ったのにー。もう、抑えられなくなっちゃいますから、覚悟してくださいね」
マリーはそれまでの堅苦しい雰囲気はどこかに消えて、甘い声で俺に言ってきた。
「抑え? 覚悟?」
さっきも馬の魔物娘に抑えがどうこうと言っていたが、どういうことだ?
「あたしだって、魔物娘なんだぞ。いい人と一緒になりたいって、思っててもいいじゃない。マーベリックのこと、最初に見たときに、いいなって思ってたんだよ」
俺が半分腰を抜かしているところへ、首を小脇に抱えたまま、俺に擦り寄ってきた。
「いいなって、剣を抜こうとしてたじゃないか」
「一応、仕事中だし。それに、いいなと思っても、いきなりとか、デュラハンのクセに自制心ないとか言われちゃうじゃない」
マリーが拗ねたように口を尖らせた。というか、俺の胸の乳首の辺りでのの字を書くのは止めてください。
「そ、そういうものですか?」
「そういうものなの。でも、こうして、運命の再開を果たしたんだから、もう我慢しません」
頭のない身体がぎゅっと抱きしめてきた。小ぶりだけど、意外に柔らかいものが腕にあたっております、隊長!
「え? え? ええ!」
「もしかして、あたしじゃ、いや?」
首だけを持って、俺の顔の前に持ってきた。
「嫌なことはないけど……」
「もしかして、アーシェがいいの? ふわふわでもこもこで、柔らかそうだから?」
マリーさん、痛いです。なんか、力が入っているんですけど?
「い、いや、アーシェさんは受付の人で、なんとも思っていませんよ」
「じゃあ、他に気に入っている魔物がいるの?」
折れる。折れます。俺の腕の骨は人並みに丈夫なんです。
「そんな。ここに来たばっかりで、まともに話した魔物娘なんて、まだ数人ぐらいですよ」
「もう数人いるなんて! あたしとだけ話して。お願い、マーベリックぅ」
顔を押し付けて、身体を擦り付けてきた。柔らかくていい匂いがする。マリーさんって、軍人じゃないの?
「あ、あの。全然、さっきまでと性格が違うんですけど、本当にマリーさん?」
「むーっ。本物よ。頭が外れてなかったら、理性で欲望を抑えれるの。でも、もう、マーベリックがあたしの頭をはずしちゃったから、あたしのマーベリックへの愛がとまらないの。責任取ってね、未来のパパ」
「もう、色々吹っ飛ばしてるんですけど、マリーさん?」
「ふふ。そんなの、誤差の範囲ぐらいだから」
「え? あ? ええ! ちょ、ちょっと、待って!」
あの、自然な流れで、服を剥ぎ取らないで。手を拘束するのが素早いですよ。そんなところに武人スキルを発揮しないで。
「だーめ。待てませーん」
「ああ、ああああああああああ!」
俺がマリーを伴って、冒険者ギルドに戻れたのは、依頼を受けた日から三日後のことだった。
一応、律儀に伝票代わりのサインの入ったメモをアーシェに渡すと、それを見て。
「あらあらぁ。ごちそうさまぁ」
にっこり微笑んで、報酬の二クラウンを受け取り、冒険者ギルドの首飾りを返した。そして、マリーによって、俺の冒険者ギルドから脱会の手続きされ、名簿から抹消された。
「初仕事でリタイアできるとは、ついている野郎だな」
「まったく、すごい新人だ。しかも、デュラハンとはな」
「これで、また、Mスリーに逆戻りだね。君に幸多からんことを」
先輩たちに祝福され、俺はマリーの伴侶となった。マリーは街の警備兵は一応続けることになったが、フルタイムじゃなくて、パートタイマーとなり、大半の時間を俺と過ごすことになった。
「いいのか? 魔物と伴侶を守るって言ってたのに」
「いいの。自分の夫を幸せにするのは、その上にあるから。ふふ、大丈夫。例え、魔王が攻めてきても、あたしがあなたを守ってあげるから。愛してるマーベリック」
「まあ、いいか。俺も愛してるよ、マリー」
俺たちは末永く、幸せに暮らしますとさ。めでたしめでたし。
マーベリックが冒険者ギルドに登録した日の夕方、起きてくる少し前。
「あらぁ、マリーさん、めずらしいですねぇ。依頼ですかぁ?」
受付のアーシェがギルドにやってきたマリーを見て、意外というよりも、やっとという表情で迎えた。
「はい。そうです。よろしくお願いします」
「ふふふ、やっぱり、狙いはぁ今日入ったぁマーベリック君ですかぁ?」
のんびりしているが、ちょっと意地悪お姉さんのようにマリーをからかった。
「そ、そんなこと……彼、マーベリックというんですね」
マリーはマーベリックの名前を知って、それだけで、顔が赤くなって、モジモジしていた。
アーシェが「あらあら、うふふ」という感じに微笑んでいた。
「彼、とーっても、かわいいですもんねぇ」
「もしかして、アーシェさんも狙っているんですか?」
言葉は疑問形だが、目が戦闘モードになっていた。
「私はぁ、受付嬢だからぁ中立ですよぉ」
「そういうことにしておきます」
もちろん、アーシェの言葉は嘘だが、彼に関しては本当だというのはマリーは感じ取ったので、戦闘モードを解除した。
「それでぇ、どの形式の依頼にしますかぁ?」
「えーと……おつかいで、お願いします」
マリーは苦渋の選択をするように搾り出すように言った。
「おつかいですかぁ? 依頼料、高いですよぉ? この間ぁ新しい剣を買ったばかりでぇ大丈夫ですかぁ?」
「う……でも、彼、ひ弱そうだし……」
アーシェの言葉にマリーはうなだれた。うなだれすぎて、頭が落ちそうになっている。
「確かにぃそうですよねぇ」
「だから、しょうがないんです」
マリーがため息混じりに財布を取り出した。
「じゃあ、おつかいはぁ、報酬の二十五倍でぇ、指名だから、その倍のぉ五十倍だけどぉ、報酬をいくらにしますぅ?」
「一……いや、思い切って、二クラウン」
断腸の思い出、財布の中を見ながら気合を入れた。
「張り込みましたねぇ」
「仕事頑張るし、いざとなれば、鎧とか売るし」
仕事道具を手放すのは惜しいが、使っていない鎧なら売ってもいいだろうと、血の涙を流しそうに言った。
「うふふふ。じゃあぁ、依頼受理しましたぁ。手付金でぇ、報酬金をおねがいしまぁす」
「じゃあ、二クラウン。残りは依頼成立後でよかったですよね?」
マリーは財布から銀貨を取り出して、二クラウンを支払った。依頼を受けてもらえなければ、手付金は没収されるが、それ以上は支払わなくていい決まりであった。
「はぁい、依頼期間はぁどうしますかぁ? 一週間まで設定できますがぁ」
二週間など延期する場合は、手付金がその分、必要になる仕組みだった。
「お休みもらったのは、明日だから、明日一日でお願いします」
「攻めますねぇ。一週間でもぉ一日でもぉ手付金はぁ変わらないですよぉ」
「悪いですか?」
「いいえぇ。でもぉ、同じおつかいでぇ、五クラウンとか、四クラウンもいるんですよぉ。フリーですけどぉ」
本来は他の依頼に関しては秘密だが、アーシェはあっさりとその一部をマリーにばらした。
「……そっちにいったなら、それはしょうがないです。縁がなかったと諦めます」
軽く唇をかみながらマリーがいうのに、アーシェが微笑んだ。
「でもぉ、私はぁ個人的にぃ応援しちゃいますぅ」
「不正はダメです」
マリーが即座に言うのに、アーシェも思わず苦笑いを浮かべた。
「不正じゃありませんよぉ。もしぃ、私にぃ、お勧めをぉ聞いてきてくれたらぁ。マリーちゃんのをぉ、お勧めしちゃうだけですぅ」
アーシェが抜け道を教えると、マリーは少し考えて頷いた。
「羊の皮をかぶった狼ですね」
「魔物はぁみんなぁ狼でぇす」
人畜無害の魔物の笑顔をアーシェがした。
「そうですね。じゃあ、私の幸運を祈っておいて下さい」
マリーはそういって、踵を返して、ギルドの受付を後にした。
「はぁい。ご依頼、ありがとうございましたぁ」
魔界にも、意外なことに、独身の男性が少なからず存在しています。
魔物に襲われたが夫にされなかったもの。親魔物国家などから嫁探しにくるもの。諸事情で人間の世界で生きていくのが難しくなったもの。様々な理由はありますが、一定数の独身男性がやってきて、魔界に住み着いています。
そんな彼らは、彼らが望むも望まざるも、そう長くない時間で、どこかの魔物と夫婦になっているでしょう。
ただ、人はほとんど、街に住んでしまうため、街にいない魔物たちには、そういった独身男性との出会いのチャンスがありません。
自由に移動できる魔物であれば、頑張って街を訪れて夫を探すこともできるでしょうが、制約があり移動することのできない魔物もいます。
街に住んでいても、まじめな性格だったり、引っ込み思案だったり、積極的でないタイプだった場合も、夫を得るチャンスをみすみす逃してしまいがちです。
夫を選ぶのは早い者勝ち。そう言ってしまえば、それまでですし、否定するつもりはありません。しかし、すべての魔物が幸せになるためにも、少しばかり、チャンスを分け合う。そのため設立されたのが、冒険者ギルド魔界支部です。
冒険者ギルドと名乗っていますが、人間世界の冒険者ギルドとはまったく別物なので、ご注意ください。
冒険者ギルド魔界支部では、まず、独身男性の方には冒険者として登録していただきます。そして、魔物がそれぞれ、冒険者に依頼を出すのです。自分のもとを訪れてくれるように。
おつかい。採取。討伐。依頼内容は形態はさまざまあります。自分に見合った、相手の選びそうな依頼を出しましょう。
そして、やってきた冒険者という名の独身男性を襲うもよし、誘惑するもよし。依頼した魔物の思うがままです。もちろん、気に入らなければ、夫にする必要はありません。ギルドもそれを強要したりはしません。
また、冒険者が依頼遂行中に他の魔物に襲われないよう、ギルドが保証いたしますので、ご安心ください。
さあ、あなたも、冒険者ギルド魔界支部に依頼を申し込んで、最愛の夫を見つけるチャンスを掴んでみませんか?
――冒険者ギルド魔界支部広報部
俺は黄昏時のような暗い空の下、魔物娘たちの街を目の前にして、顔がだらしなく緩んだ。
一か月前までの俺には、まさかこんなところに来るとは想像もしていなかっただろう。生まれ育った村で、貧しいながらも清らかに慎ましく生活して、あと数年もすれば村の誰かと結婚して、子供を作り、年老いて、孫たちに囲まれて穏やかに死んでいくとばかり思っていた。
そう。あのことがなければ。
一か月ほど前のこと、俺は森に山菜を採りに行った。山菜は乾燥させておけば、保存がきいて、非常食になるから、いつも春には、村人が総出で山菜採りに行くことになっていた。
ただ、今年の春、そろそろ山菜採りの時期となったころ、行商人がやってきて、ここから十日ほど行ったところにある大きな街の、その近くにある森に魔物が現れたという情報を教えてもらった。
話によると、森に狩りをしに行っていた貴族のお方が二人と、その護衛の戦士たち全員が魔物の餌食になったという。その話を聞いて、村の中で話し合い、今年の山菜採りは中止にしようということになった。
村のみんなは非常食を作れないことに不安がったが、しょうがないと納得した。
それもそうだ。その街に魔物が出たのなら、この村のあたりは魔物が行き来していることになる。人通りのある街道ならまだしも、魔物たちの領域に近い山に入るのは、山を熟知している狩人でも危ないことだった。山菜採り程度しか山に入らない村人が対応できることじゃなかった。
だが、俺はどうしても、ビビシツルの若芽が食べたかった。
というのも、それを食べないと、その年は俺は病気をする。もちろん、村にそういう風習もないし、根拠があるわけではない。ビビシツルの若芽は保存もきかない、どちらかというと、山菜採りのおまけ、ご褒美の類なのだ。
だが、一度、それを食べなかった年に流行り病にかかり、死にかけたことがあった。それからというもの、どうしても食べないと不安で落ち着かないのだ。
山のどこにビビシツルの生えているかはわかっている。そこへ行って帰ってくるだけならと、俺は軽く考えていた。
そして、俺は魔物に襲われた。正確に言うと、魔物娘に犯された。
魔物娘から解放され、村に帰って、長老に襲われたことを話すと、随分と怒られたが、特徴から俺を襲った魔物娘はワーウルフだろうと教えてくれた。
ワーウルフが俺を襲い掛かるときの動きは獣以上だった。気配を消して、俺が間合いに入ったら、茂みから飛び出し、一瞬にしてズボンを下げられ、俺の息子をくわえられていた。俺は驚くと同時に襲いくる快感に混乱した。
それから、ワーウルフの口や膣に何度も射精をした。最後の方は俺の方が積極的に腰を振っていた。
自分では交わりは淡白な方だと思っていたが、本当の快感を知らないだけだったことを思い知らされた。村の女を祭の時に何人か抱いたことがあったが、誰よりも、というか、比較するのがおかしいレベルで気持ちよかった。
だが、魔物娘は俺を犯しつくし、全てを搾り取られて転がっている俺を見て、少し考えてから、「ま、いっか」と明るく笑って、「ばいばい」と手を振って森の中に帰っていった。その時は、何が「いい」のかわからなかったし、命拾いしたと思ったが、長老にその意味を教えてもらった。
魔物娘は、気に入った相手はそのままさらって、自分の夫にするのだという。主神教の神父様たちは、魔物は人間をさらって殺すのだと言っていたが、それは間違いらしい。ただ、長老たちも神父様に逆らうのは賢くないので、反論せずに信じているふりをしているのだという。
つまり、俺を襲ったワーウルフは、俺は夫にするまでもないと思って、解放されたのだということだった。その話を教えてもらったときは、少し悔しくもあったが、魔物の夫にされなくてよかったと思った。その時は。
だが、日を追うごとに、あのワーウルフとの濃厚な交わりが頭の中を占領していくのだった。そればかり考えてしまって、仕事はもちろん、食事すらもままならない状態になってしまった。そうして、俺はあのワーウルフを求めて、森をさまようようになるのに一週間もかからなかった。
見かねた長老が、俺に魔界の場所を教えてくれた。そこへ行けば、魔物娘が大勢いると言ってくれた。俺は長老に涙を流して感謝した。
そして、俺はすぐに旅支度を整えた。村を出るときの決まりは、畑と家財道具を村に寄付して、長老たちからそれに応じた餞別を受け取る。ただ、俺は魔界へと行くので、人間世界のお金がどれほど通用するかわからなかったので、魔界に入るまでの路銀だけを受け取って、残りは村の貯蓄にしてもらった。
村は若い男の働き手を一人失うのだ。労働力が減って、大変なのだ。それだけじゃなくて、村にやってくる代官様にも俺が行方不明になったと嘘を言って誤魔化さないといけない。色々と厄介をかけることになる。俺のわがままで、村を抜けるのだから、これぐらいは当然のことだ。
そして、俺はそっと、誰にも見送られることなく、魔界へと旅立った。
人間と魔物は対立している。少なくとも、人間側からすれば、そうなので、魔界にすんなりとは入れるはずはなかった。魔界へつながる道は領主様の兵士たちが守る砦で封鎖されていた。
以前はその砦を俺たちを守るためのものとして、領主様たちに感謝していたが、今の俺には、魔物娘への愛を邪魔するもの以外でもなんでもない。
俺は長老に教えてもらった、砦を迂回する獣道のようなところを通り、なんとか魔界へと入ることができた。
といっても、ここからが魔界という確かな境界線があるわけじゃなかった。だが、徐々に空は暗く、紫になり、生えている植物も見たことのないものが増えていった。気づけば、いつの間にか人間の住む世界とはまったく違う景色に視界が支配されていた。
これが魔界かと、俺は魔物娘との出会いを想像して、股間をときめかせていた。だが、意外なほど魔物娘には遭遇しなかった。遭遇しても男と一緒か、一人の魔物娘もいたが、こちらには無視された。
確かに、村で一番もてるなど言うわけではないが、それでも俺に気のある村の女はいるぐらいの、ごく普通かもしれないが、悪くはない、少なくとも最悪ではない容姿だと思っていた。
だが、見かける魔物娘たちが、村の女などと比べ物にならないぐらい美人ばかりだった。そういえば、俺を襲ったワーウルフもかなり美人だった。そんな美人にとっては、俺程度の普通の容姿では魅力ないということだろうか?
だが、何人か見かけた、魔物娘と一緒にいた男の容姿と比べたら、対等か少し勝っている気がする。俺が自信過剰なんだろうか?
俺が道の真ん中で男として自信を無くしていると、荷馬車が通りかかり、声をかけられた。
「にいさん、人間だね? ここは魔界だよ。迷い込んだのか?」
荷馬車は、馬一頭に幌もない露天の荷台の小さなもので、俺に声をかけてきた御者一人が乗っているだけのものだった。御者は、俺と同じぐらいの年のさわやかな男だった。
親切に馬車を止めてくれたので、俺はここに来たいきさつを簡単に男に話した。
「なるほどねー。そりゃあ、しょうがないな」
男は淫靡な魔界に似合わないさわやかな笑顔をして、俺を荷馬車に乗せてくれた。
「魔物娘にも好みはあるからな。まあ、普通は好みの男しか襲わないんだが、ちょっと興奮してたとか、溜まってたとか、春だからとかで、好みじゃない男にも手を出しちまうことがあるんだよ。男なら、そういうの、わかるだろ?」
「そ、そうなんですか……」
男の説明に俺はますます落ち込んだ。俺とのことは遊びだったんだ。あんなに激しく求めてくれたのに。
「俺、魔物娘にしたら、男としての魅力ないんだな。魔界に入ってから何人か魔物娘に会っても無視されているし」
親切にしてくれた相手に愚痴を言うのも悪いのだが、村を捨ててここまでやってきて、魔物娘とイチャイチャラブラブライフが送れないとなると、股間が発狂しそうだった。
「いやいや。それは違うよ、にいさん。このあたりの魔物娘は、もう旦那がいるのばっかりだからな。魔物娘は『この人』と、旦那を決めると、それ以外の男には見向きもしないんだ」
俺は信じられないという顔をしたと思う。男が、俺の表情を見て、にかっと笑った。
「信じられないだろう? 人間の女を知っていればな。だが、そこが魔物娘が人間の女と違うところなんだよ。いいぜ、自分だけを愛してくれる嫁さんは。ああ、俺も早く帰って、あいつをかわいがってやりたい」
心なしか馬車のスピードが上がった気がした。
「魔物娘の奥さんがいるんですか?」
「ああ、むちゃくちゃ、かわいいぜ。本当はこの仕入れも、旅行がてらに一緒に行く予定だったんだ。だけど、あいつのお腹に赤ちゃんができたからな。まあ、ちょっとの旅でどうこうなるわけはないんだが……。やっぱり、俺とあいつの間にできた、大事な大事な宝物だ。もしもの事を考えたら、大事を取ってしまうんだよな」
ウキウキと話す男が心底うらやましかった。そして、少し妬ましかった。だが、そんな急ぐ帰路に俺を拾って乗せてくれたのは、いい人なのだろう。ちょっとだけ感謝した。
「そんな急ぐところを拾ってくれて、すいません」
俺は、そういえば、ここまでお礼を言っていなかったと気付き、お礼を言った。村では礼儀正しいで通っていたのに、股間に血が上っていたようだ。
「そんなの気にしなくてもいいぜ、にいさん。街は帰る通り道なんだしさ。でも、俺も早く家に帰って、あいつを安心させてやりたいから、街の中まで送っていくのは無理なんだ。悪いな」
男はどこまでも爽やかで、そして、逆に謝られた。
「とんでもないです。それだけでも助かります。それに、まだ俺にも希望があることも教えてくれたし」
特に後で言った方を強く感謝している。これで魔物娘と交われる希望に股間を膨らませれる。
「だけど、街に着いたら、ちゃんと門番に話し通してやるよ。そこまでは面倒見させてくれな」
「ありがとうございます。でも、見ず知らずの俺なんかにどうして、こんなに親切にしてくれるんですか?」
村では村人同士、お互いに助け合うが、余所者などには積極的に親切にすることはない。逆にそうする時は、何か裏があるときだった。
「なーに、にいさんは魔物娘が好きなんだろ? 魔物娘が好きな奴に悪い奴はいない。だから、これぐらいのこと、なんでもないのさ」
こんな気持ちのいい男だ。きっと、奥さんの魔物娘もすごくエロくて美人なんだろうな。俺もそんな嫁を見つけれるように頑張ろう。
そんな話をしていると、荷馬車が街の前に到着したというわけだった。
魔界の街はもともとは人間の街だったという。だが、かなり昔に魔界になったのだろう。今では、元の街を中心に拡張されつづけ、最初に街の外周を囲っていたはずの城壁までは、ここからかなり距離があった。
拡張された街の外郭は、子供でも頑張れば越えれるぐらいの簡単な柵が設けているだけだった。敵が攻めてきたら防御力は一切望めない防御設備だ。作るだけ無駄のような気がするが、目的は迷子が外に出ないようにするためなんだろうか?
防御力が低いとはいえ、ここまで人間の軍が攻め込むのはムリだろう。従軍した経験はないが、長老たちの話によると、ワーウルフが魔物たちの一般兵レベルだという。それであの動きなのだ。ちょっとぐらい訓練した人間の兵士など、この街の柵よりも貧弱だろう。
街への入り口となるところには、大きな石柱が二本、門柱のように建てられていた。その石柱の上には、翼の生えた女の子の石像が飾っていた。そして、その根元に一人ずつ甲冑をまとった美少女が門番としてだろう、立ち番をしていた。
男は荷馬車を降りると、その門番をしている甲冑美少女の一人の方へ歩み寄って行った。俺もそれに続こうとすると、その甲冑美少女が腰の剣に手をかけて、抜刀の構えを取ったので、あわてて、後ろに下がった。
「少し話がつくまで、そこにいてくれ。門番の役目上、許してやってくれ」
男は俺にそう謝った。俺はその理屈はわかると、不用意に近づいたことを謝罪した。
仕方なく、俺は男が話をしている間、街の門を眺めながら、これから娶る魔物娘を妄想して顔を緩ませていたのだ。
「にいさん。話はついたよ。あとは、頑張れ」
男に交渉をお願いして、惚けていたのを思い出し、俺は恥ずかしくなって、男に何度もお礼を言った。
「いいってことさ。それより、いい魔物娘を見つけて、幸せにしてやれよ。それが魔物娘好きの使命だ」
意味ありげな笑みを浮かべて爽やかな青空スマイルをした。
「はい、頑張ります。君と奥さん、それと生まれてくる子供に神の祝福があらんことを」
俺も、男に奥さんと生まれてくる子供の健康と幸福を祈った。
「ありがとう、兄さん。でも、その神様はここじゃ、ちょっとまずいから、気を付けてな」
男が少し苦笑した。俺はその言葉にはっとした。
「ごめんなさい。そうだった……。えーと、今のは、魔物の神……魔王様に祈ったことにするよ」
「ありがとう。でも、まあ、言っておいてなんだが、あんまり気にしなさんな、にいさん。魔物たちは、そういうのに緩いのが多いからな」
注意しておいて、男は笑い飛ばした。
「そういうのにうるさい奴は滅多にいないが、それでも気を付けておいた方がいいのは確かだってぐらいで気に留めておいてくれ」
俺は神妙にうなずいた。余計なトラブルは避けるに越したことはない。
「じゃあ、また、嫁さんができたら、紹介してくれな」
そういって、男は急いで荷馬車に乗り込むと街道に戻っていった。俺はそれに手を振り、見送った。
「あの? もう、いいですか?」
甲冑姿の美少女が俺に声をかけてきた。さっきは遠目と剣を抜かれかけて、それどころではなかったが、小柄な体格に武骨な甲冑を着て、まだあどけない幼さの残る顔を精一杯、真剣そうに引き締めている背伸びっぷりがかわいくて、なんだか顔がにやける。
「いいですか?」
甲冑美少女がいらだたしげにもう一度俺に訊いてきた。怒った顔もかわいいね。
「あ、ああ。大丈夫。もう、いいよ」
これ以上怒らせると、剣を抜かれそうなので、俺は怒った顔の鑑賞をほどほどにした。
この甲冑の美少女、かわいいし、外見としては俺のタイプだけど、性格はこういう強い子じゃなくて、もっと、こう、献身的な子がいいな。それでいて、エロくて、俺の前だけ甘えてくるような。いかん。ヨダレがとまらん。
「じゃあ、案内しますので、ついてきてください。道中、あまり、ヨダレをたらしながら女の子たちをじろじろ見ないでください。誘っていると思われて襲われても文句が言えませんから」
「わかった。努力するよ」
それは逆に望むところだが、案内をお願いしておいて、途中でそんなことになっては、この子にも悪いし、急いでいるところ話をつけてくれた――しまった。あの男の人の名前を聞いていなかった。まあ、ともあれ、彼にも悪い。
街の様子は人間の街とあまり変わりがなかった。ただ、道幅が人間の街よりも少し広めに取っているように思えた。それに、ところどころ、扉のサイズがおかしいものもあったし、二階に扉があるものもあったり、窓がまったくない家など、よく見ると、人間の街とは違っていた。
そんな街並みよりも、さすが街ともあって、魔物娘は大勢いた。だいたい、半分ぐらいがサキュバスと言われる種族のようだ。すごいきわどい服に抜群のプロポーションで、目のやり場に困る。どこを、誰を見ればいいのか、迷ってしまう。
すれ違う魔物娘の何人かが、俺に愛想を向けてくれている。これは、いける。俺は、いけてる。
俺は失いかけていた自信を取り戻し始めた。男の話を信じていなかったわけではないが、それでもそれを全面的に信じるほど、俺はピュアではない。俺は舞台なんかだと、田舎の村人A程度だろうが、村人Aなりに人生の辛酸を経験したフツメンなのだ。
俺に誘いをかけてきそうになったサキュバスは、案内役の甲冑少女が「案内中なので、ご遠慮ください」とシャットアウトしたりしていた。実にもったいないが、しょうがない。でも、こんな感じなら、後でいくらでもチャンスはある。
俺はとりあえず、甲冑少女の小ぶりだが、形のいいお尻を後ろから眺めて楽しみながら、彼女に大人しくついていった。
ああ、こんな少女も魔物娘なら、男と楽しんだりするんだろうか? やっぱり、ベッドでも、命令口調で男に指示するんだろうか? マゾとか言う人種の男にはご褒美だろうな。俺は違うけど。でも、一度ぐらいなら経験してみたいかも。
そんなことを考えると、息子が元気になりそうになる。それをなんとか、抑制していると、小ぶりのお尻がぴたりと止まった。
「着きました。ここです」
そういって、示された場所は、一階が食堂で、二階が宿のようになっているところだった。街の商人が使う逗留宿みたいな造りだ。そして、看板に書いてある文字は……俺に読めるわけがない。
人間の世界の文字も読めないのに、魔物の世界の文字など読めるわけがない。看板には、文字と一緒に剣と盾が重なった絵が書いてある。武器屋なんだろうか?
「詳しい説明は、ここの冒険者ギルドのものがするので」
甲冑少女はそういって、中に入っていった。俺は驚いた。冒険者ギルドだって? そんなゴロツキ集団のたまり場になんで? 俺は善良な村人Aだぞ!
「早く来てください。私も早く門番に戻らなくてはいけないんですから」
ついてこない俺を甲冑少女が呼びに来た。ここで逃げるのは色々とまずい気がした。俺は覚悟を決めて、中に入った。
「おじゃましまーす」
中は少し薄暗かったが、外も薄暗いので、あまり気になる感じはなかった。板張りの床だが、きれいに掃除しているのか、不潔さはなかった。壁も下半分が板張りで上が漆喰になっている。思ったよりも普通の食堂の内装だった。
「それでは、私はこれで」
甲冑少女が俺にそう言うと、さっさと表に出て、帰っていった。愛想がないな。俺は彼女の好みではなかったようだ。まあ、しょうがない。
「デュラハンちゃんはぁ誰にでもぉ、あんな感じですよぉ」
ずいぶんと間の伸びた声をかけられ、振り返ると、ふわふわの毛に覆われた癒し系美人の魔物娘が店の奥にあるカウンターのようなところに立っていた。
「えーと、彼女、デュラハンっていうんですか? 変わった名前ですね」
俺は反射的に受け答えしてしまったが、誰だろう? まあ、ギルドの人なんだろうけど。
顔だちも癒し系だが、オッパイもふくよかで癒し系だ。俺はオッパイ属性はないが、それでも、この柔らかそうな二つの半球には心惹かれるものを感じてしまう。くっ! 揉んでみろとでも、俺を誘惑しているのか?
「んん? デュラハンは種族の名前ですよぉ。名前はぁ……まぁ、いいですよねぇ。デュラハンはぁ、魔物の中ではお固い種族だからぁ、気にしないでねぇ。でもぉ、あれでも、ちゃ〜んと、あなたの事を歓迎しているんですよぉ」
俺がオッパイへの関心をしていると、のんびりと癒し美人の魔物娘が俺の間違いを指摘してくれた。
「そ、そうですか。俺、あんまり、魔物に詳しくなくて」
俺は勘違いとオッパイ妄想に赤面した。
「大丈夫ですよぉ〜。すこしずつぅ、私たちをぉ知ってくれればぁ、うれしいですぅ」
のんびりした喋り方に力が抜ける。ここまでの緊張感が吸い取られていくようだ。
「ありがとうございます。えーと……」
「私はぁ、冒険者ギルドのぉ、受付嬢をしているぅ、アーシェでぇす。見ての通りぃ、ワーシープなんですぉ。よろしくお願いしますねぇ」
喋っている間に寝てしまいそうになるのを必死にこらえた。ワーシープということは、羊の魔物というわけか。ふわふわもこもこなのも納得だ。
「えーとぉ、冒険者ギルドのぉ説明をしますねぇ。ちゃんとぉ、聞いておいてくださいねぇ。そんなに難しくないですからぁ」
説明の難易度よりも睡魔の難易度の方が高そうに感じたが、俺は何とか頷いた。
「まずはぁ、冒険者ギルドはぁ、えーと……冒険者に仕事を斡旋するのがぁ主なお仕事でぇす」
「冒険者って? 俺のこと?」
一応、そうだとは思うが、確認した。じゃないと、寝てしまう。間違いなく、寝てしまう。
「はぁい。そうですぅ。ギルドで冒険者として登録してくれるとぉ、毎週ぅ、お給金が出まぁす。登録料もぉ、今ならキャンペーンでタダでぇす。キャンペーンは、二百三十八年後の三月末日までぇ。お友達がぁ入りたいとぉいう方はぁお早めにと勧めておいてねぇ」
それって、期間を区切る必要はあるのかと思ったが、説明を長引かせると、ノックアウトしそうなので、黙って流した。
「もぉ、ちゃんと、期間長すぎ! とか、つっこんでくださいよぉ」
怒った顔もほんわかしているが、マジで寝そうだ。こっそりと腕をつねって意識を覚醒させた。
「とりあえずぅ、依頼は受けてなくてもぉ、お給金はちゃんとぉ、支払われまぁす。お給金の額はぁ、冒険者ランクによって変わりまぁす」
「なるほど、依頼を受けて、冒険者ランクが上がれば、固定給が上がるんですね」
とりあえず、寝ないように当たり前のことを確認するように言った。
「ぶっぶーぅ。違いまーす。登録してくれるとぉ、最初はみんな、オリハルコンという、最高ランクなんですよぉ。一定量の依頼を受けるとぉ、ランクが維持されるんですぅ。依頼をこなさないとぉランクが下がっていく仕組みでぇす。ランクがぁ一回下がるとぉ、なかなか上がらないんですよぉ」
アーシェの回答に、少しびっくりした。普通は逆だろうと思ったが、よく考えると、普通の冒険者ギルドというのも、噂で聞いた程度しか知らないので、反論しないことにした。
「あ、でもぉ、安心してくださいねぇ。例え、最低ランクまで下がったとしてもぉ、生きていくには困らない生活保障をしてくれますからぁ。ここはぁ安心安全のぉ冒険者ギルドでぇーす」
冒険者が安心安全というのもなんか違う気がする。だけど、ありがたい話だ。とりあえず、野垂れ死にだけはしなくて済みそうだ。
「ですけどぉ、もしぃ、狙っている女の子がぁいるんでしたらぁ、ランクはあんまりぃ下げないほうがぁいいですよぉ」
「どうして? やっぱり、お金があった方がもてるとか?」
俺は目が覚めてしまった。ここでも貧富の差があるのか。無い方がおかしいが、世知辛さを感じた。
「違いますよぉ。魔物にとってぇ、お金はぁ、娯楽というかぁ、評価というかぁ……ゲームの得点? 二の次のものだからぁ、たくさんあったらぁ、すごいねって感じだけですぅ」
魔物と人間ではやはり価値観が違うのだなと改めて思った。
「じゃあ、どうして?」
「宿でぇ、鍵付きの部屋に泊まるにはぁ、ランクがぁオリハルコンかぁ、ミスリルじゃないとぉ、部屋代の支払いがぁ難しいからぁ」
アーシェの回答にまだ疑問符が取れずにいた。
「うちの宿はぁ、鍵があるとぉ、夜這い禁止なのぉ。寝ている間にぃ、魔物に襲われてぇ貞操を奪われないようにぃできるんですよぉ」
「夜這いって、魔物娘が? それは、それで美味しいシチュエーションと思うけど?」
夜這いしたことはあるが、されたことは無い。ちょっと、されてみたいんですけど?
「誰でもぉよければぁ、それでもいいんですけどぉ、自分の好みにあったぁ魔物と一緒になりたい人はぁそういうわけにもいかないでしょぉ?」
ここまで説明されて、やっと理由がわかった。
「せっかくなんだからぁ、好みの魔物とぉ結ばれたいというのもぉ、男心でしょ?」
俺は納得した。だが、ちょっとおかしい感じがする。
「それはそうだが、自分の好みじゃなければ、夫になるのを断ればいいんじゃないか?」
俺は向こうに選ぶ権利があるなら、こっちにもあるはずだと言い放った。
「あはははぁ。おもしろいぃ。本気で言ってるんですかぁ?」
アーシェに本気で大笑いされた。
「そんなの無理ですぅ。不可能ですぅ」
俺はそんな事はないと反論しようとしたが、アーシェの瞳が穏やかなものから、ぞっとするほど好色なものに変わって、言葉を飲み込んでしまった。
「魔物がぁ気に入ればぁ、相手がぁどんなにぃ嫌がってもぉ、全身全霊でぇ相手を快楽漬けにしてぇ、好き嫌いなんてぇ理性を簡単にぃ消し飛ばしちゃいますよぉ。だからぁ、魔物がぁ男にぃ気を使ってくれなければぁ、男側にぃ拒否権なんてないんですよぉ」
ニコニコしているが、目が恐い。瞳孔が水平に伸びている。
「あなたもぉ、身に覚えがあるからぁ、ここまで来たんでしょぉ?」
俺はその問いに頷くことしかできなかった。
「でもぉ、心配ご無用ですよぉ。魔物はぁみんなぁ、いい子だからぁ、誰と一緒になってもぉ、きっとぉ幸せになれますよぉ」
アーシェの雰囲気がほわっと緩んだ。俺はそれで、ほっと息をついた。
「俺もそう思いますよ」
俺はよくしらないけど、そうだと直感でわかった気がしていた。なんというか、荷馬車のあの男を見ていると、そう思う。
「あとぉ、気をつけて欲しいのはぁ。最初のぉ、お給金はぁ一週間後に出るからぁ、それまでは、ここでの支払いはぁツケになりまぁす。鍵付きのぉお部屋でぇ、一週間食事つきでぇ、オリハルコンクラスのお給金の三分の二ぐらいですねぇ」
高いのか安いのか、よくわからないが、手持ちのお金がない俺にはどうしようもない。
「心配しなくてもぉ、三分の一でぇ、武器とか防具とか標準レベルのがぁ余裕で買えちゃうからぁ、安心してくださぁい」
そうだ。冒険者になるなら、そういうのも必要になるか。だけど、クワはベテランだけど、剣を振るのは素人なのに、冒険者なんて務まるのか?
「最初はぁ、みんな、初心者ですよぉ。簡単な依頼からぁこなせばぁ問題ないでぇす。あ、それとぉ、他の店ではぁツケがきかないこともあるんでぇ、買い物は注意してくださいねぇ。最悪ぅ、身体と人生でぇ御代をぉ払わされちゃいますよぉ」
「き、気をつけるよ」
さすがは魔界。油断ならないところのようだ。
「冒険者ギルドからのぉ、脱会はぁ随時自由にできまぁす。ペナルティーもありませぇん。あ、ツケは払ってもらうことになりますけどぉ」
至極当然のことだが、何か不都合があっても、脱会するのにお金がかかるわけでないと聞いて、少しほっとした。
「とりあえずぅ、だいたいのぉ説明はぁ終わりましたぁ。冒険者ギルドにぃ、登録しますかぁ?」
登録しないという選択肢はあるが、それを選ぶ理由も無い。
「登録、お願いします」
「それじゃあぁ、お名前を教えてくれますかぁ?」
そういえば、まだ名乗っていなかったことを思い出した。
「俺の名前は、マーベリックです」
村の名前を言うべきかと迷ったが、村を捨てた身の上では、なんだか村の名前は名乗りにくかった。
「マーベリックさんですねぇ。はーい、登録完了ですぅ」
「はやっ!」
「のんびり見えてもぉ、仕事は迅速ぅ。それが私のぉ特技ですぅ。じゃあ、他の細かいことはぁ、起きてからにしましょぉ。おやすみなさぁい……」
俺は意味がわからなかったが、にっこりと微笑みながら手を振るアーシェを薄れゆく視界に感じながら意識は闇に沈んで行った。
「おわっ!」
俺は意識を取り戻して、身体を勢いよく起こした。
あたりを見渡すと、部屋はそれほど広くはないが、一人なら十分な大きさで、清潔感のあふれる、シンプルな内装だった。そして、部屋に不釣合いなほど大きなベッドが置いてあり、俺はその上で寝ていたようだ。
ベッドは俺がこれまで寝ていた、藁を布でくるんだものなど冗談かと思うほど上等なものだった。こんなベッドは貴族様か何かが使うレベルのものだろう。シーツから藁が突き出てちくちくしないし、ふわふわであたたかい。
どうして俺がここで寝ているの、記憶がはっきり繋がらない。冒険者ギルドの受付で、説明を聞いていたのだと思っていたが、目が覚めたら、この部屋にいた。
ベッドの横のテーブルにメモが置かれていた。そこに書かれていた文字は、当然読めない。だが、よく見ると、人間の世界で使っている文字と同じだ。読めないが、形ぐらいはなんとなく知っている。
同じ文字とわかっても、読めないことは変わりない。ただ、最後に絵が書いてあり、それは受付をしていたアーシェの簡易似顔絵だった。
「ということは、夢じゃない?」
魔界にやってきたことは夢ではない。俺は確信した。よく見ると、窓の外の空は濃い紫色に染まっていた。こんな空は人間の世界ではお目にかかれない。
そういえば、魔界に入るのに強行軍をして、そのまま歩き通しだった。ここ数日はろくに寝ていないことを思い出した。目的地について、気が抜けて寝てしまうのも納得だ。しかも、あの眠りを誘う喋り方のアーシェを相手に、最後まで寝なかった方がすごいと思える。
俺が気持ちを落ち着かせると、いい匂いが漂ってくるのに気づいた。耳を澄ますと、階下からにぎやかな声が聞こえる。
「そういえば、ろくに食ってもいなかった」
たしか、食事つきと言っていた。下に降りれば、何か食べさせてくれるだろう。
俺はベッドから降りて、扉を開けた。途端、にぎやかな音といい匂いがして、完全に目が覚めた。そして、空腹にお腹がなった。
俺は廊下を歩いて、階段を降りて食堂のような場所に入った。
食堂はかなり混雑していた。魔物娘と人間の男が大勢いて、みなが楽しそうに騒ぎながら食事をしている。その喧騒はまるで村の祭りを思い出させる。ここではこれが日常なのだろう。すごいところだと、田舎者の俺は気後れしかけた。
「あらぁ、やっと、起きたんですねぇ。お疲れはぁ、取れましたかぁ?」
受付嬢のアーシェが、エプロンをして、ふかふかの自前の羊毛よりもほっかほかの湯気の立つスープを持ちながら俺に話しかけてきた。
「はい。おかげさまで。それで、あのぉ……」
俺が何か言う前に腹の虫がそれを雄弁に語った。
「ああ、はぁい。適当なお席にぃ座っていてぇくださぁい。お食事、すぐにお持ちしまぁす」
アーシェが笑顔で俺に言ったが、俺は恥ずかしさで顔を真っ赤にした。
とりあえず、俺は席を探したが、空いているテーブルはなさそうなので、相席を頼もうと見渡した。魔物娘と男のカップルの席は向こうも嫌だし、俺も勘弁だ。見渡していると、ひとつのテーブルで俺のことを手招きしているのに気づいた。
知り合いなどいないはずだが、俺はそっちの方へと歩いて行った。
「やあ、席を探しているのなら、一緒にどうだい?」
軽い調子で俺に声をかけてきたのは、少し長めの髪をした、都会育ちっぽい優男だった。くすんだブロンドの髪をして、顔には少しそばかすがある。歳は俺よりも少し若いか同じぐらいだろう。
「ありがとう。それじゃあ、そうさせてもらうよ」
他に席も無いし、このテーブルは男ばかり、三人が集まっている。俺はそこに四人目として加わった。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。俺はマック。君と同じ、冒険者さ」
都会育ちっぽい男が俺に自己紹介した。一応は、冒険者らしい皮の鎧を身につけているが、まったくと言っていいほど、似合っていない。
「俺は、マシュー。同じく冒険者だ。よろしくな」
同じテーブルにいた戦士か何かしていたのだろう、古傷が体中にある、厳つい男が俺に自己紹介してきた。こっちの男こそ、鎧が似合いそうだが、なぜだか、妙に小洒落た服を着ていた。
「トリは俺だな。俺はマイク。三人とも、頭文字がMだから、俺たち、このあたりではMスリーって呼ばれてる」
最後に自己紹介したのは、俺と同じく農村出身だろう。背が低くずんぐりとした体型の少し頭髪の寂しい男だった。年齢は俺よりも十ほど上の三十路あたりだろうか。格好は普通なのだが、指や手首に宝飾品が妙に目立つ。
「俺はマーベリック。今日、ここに来たばかりで、こっちのことは何も知らないんです。よろしくお願いします」
俺は自己紹介しながら、椅子に座った。
「まじか? 頭文字Mじゃないか! これで、俺たち、Mフォーになるな」
「そりゃあ、すばらしい」
「めでたいな。乾杯をしよう。酒はいけるな?」
俺の返事を待たずにウェイトレスをしている魔物娘の一人に酒を注文した。そして、すぐにジョッキになみなみと注がれたエールを持ってきてくれた。
「それじゃあ……みんな! 聞いてくれ!」
そういって、年長者のマイクが椅子の上に立ち上がったかと思うと、食堂の全員に向かって大声で呼びかけた。食堂で食事をしていたお客たちが、皆こちらに注目している。ちょっと恥ずかしい。
「知っての通り、今日、我々に新しい仲間が加わった!」
そういって、俺の方へ腕を振ってきた。俺に注目が集まり、俺は照れながらも周囲にぺこぺこと頭を下げていた。
「彼の名前は、マーベリック! 驚いたか? 驚くのも無理はない。俺が驚いている。これから、俺たちを呼ぶときは、Mフォーと呼んでくれ。さあ、新たな仲間の成功と幸せを祈ってやろう。祝ってやろうというご機嫌な奴はジョッキを掲げろ!」
食堂の客が歓声を上げて、全員がジョッキを掲げた。俺は少し、感動してしまった。俺はここにきたことを歓迎されているんだ。それがわかった。
「はははは! お前ら、全員、愛してるぜ! それじゃあ、いくぜ! 乾杯の歌だ!
♪さあ 乾杯だ
♪乾杯しよう
♪ジョッキを飲み干せ
♪一滴残らず
♪準備はいいか?
♪1、2の3だ
♪それっ 乾杯だ!」
村のとは少し違ったが、乾杯の歌を歌い、ジョッキを高く上げて、ジョッキを互いに当てた。他のテーブルからも俺のジョッキに当てに来てくれたりして、ちょっとばかりぐだぐだした乾杯になったが、俺はエールを飲んで、拍手を浴びた。
こんなに人に注目されるのは、村の祭で芝居の主役をしたとき以来だ。
「がんばれよ!」「いい嫁、見つけるのよ」「あんまり、高望みすんなよ」「幸せになれよ」「もちろん、相手も幸せにするのよ」「主に、あれで」
それぞれが色々と声をかけてくれて、俺はちょっと泣きそうになった。きっと、すきっ腹にエールを飲んだせいだ。
やっと、乾杯が落ち着いて、俺はテーブルの椅子に座ることができた。その頃には、いつの間にか、おいしそうな料理がテーブルに並んでいた。
「こんなご馳走、祭でも食べたことがない」
肉の香草焼きや、野菜とベーコンのスープ、鶏肉の串焼き、野菜の蒸し焼きもある。
「そうだろう。だが、遠慮しなくても、いいんだ。ここでは、これがいつもの食事だ」
マシューが俺に言ってくれた。俺は魔界と言うところが夢の国に思えた。今までの村でお腹をすかせて働いていたのが、バカらしくなってしまう。
「領主に年貢を納めて、教団にお布施を払う。おまけに、商人に作物を買い叩かれる。俺たち農民は養分を吸い取られ続ける土人形だったんだ」
マイクがしみじみと、俺の背中を叩いた。
「だが、ここではそういうのはないのさ。食べてみなよ。ここの料理は美味いよ」
マックの勧めに俺は肉を一口、口に運んだ。それから記憶がない。気がついたときは、俺の腹が膨れて、テーブルの料理が消えていた。
「……どんだけ、食ってなかったんだ?」
マシューが呆れたように呟いた。俺は小さな声で謝った。
「まあ、最初はそんなもんさ」
マックが俺を慰めてくれた。
「そういえば、マーベリックは、どうして、魔界に来たんだ? 俺と同じで、多分、農村の出身だろ? 魔物娘とはあんまり接点はなさそうだが」
マイクが気を使ってか、違う話題に切り替えてくれた。俺は、魔物娘に襲われて振られたということを話した。
「よし! 俺の勝ち!」
マイクとマックがハイタッチした。マシューはテーブルに突っ伏している。俺は意味がわからなかった。
「実はお前さんがどういう理由でここに来たかを賭けてたんだ。俺たちは、魔物娘に襲われたけど、夫にしてもらえなかった」
「俺は、親魔物国家の出身で、魔物娘の嫁を探しにってね」
親魔物国……聞いたことがある。確か、教団から離脱して、魔物と共存することを目指した国があると。神父様たちは悪の尖兵、堕落した国といっていた。だが、俺の住んでいるところからは、かなり離れた国とも聞いた。
「ああ、多分、君がいた国とは、魔界を挟んで反対側にあるんだ。魔界を経由しなければ、随分と離れた国に思うかもな」
俺の疑問を感じてか、マシューが説明してくれた。後で、マシューはその親魔物国家の出身だと言っていた。
「だけど、俺みたいなの、結構、いるんですね」
ここにいるのは三人だが、他にも冒険者ギルドに所属している人間は結構いるらしい。俺は話を聞いて安心した。
「魔物娘たちもやっぱり、一生の伴侶を選ぶのに真剣なんだよ」
「まあ、こっちも真剣だけどな」
俺はその意見に頷いて、笑った。
「そういえば、ギルドの依頼とか、どんなのがあるんですか? 俺、普通の農民なんで、剣とか持ったことも無いですよ」
俺はいい機会だとギルドの先輩に不安を相談した。
「そうだな。剣とかの武術を鍛えたければ、そういう修練所があるよ。そこで練習すれば、少しは強くなれるさ。受付で講習を申し込めば手続きしてくれるよ」
マックがニコニコしながら俺に教えてくれた。
「こいつが狙ってる魔物娘は武闘派なんだ。だから、相手に勝たなきゃ、夫にしてくれないんだよ。まったく、剣もろくに振れないのに無理しやがって」
マシューが呆れたようにマックのことを言った。
「いいでしょう、別に。それより、明日、約束どおり、剣の稽古に付き合ってくださいよ」
マシューは元傭兵をしていたらしく、この中では一番剣を使えるらしい。マックは修練所以外でもマシューに剣を教えてもらっているそうだ。
「そういえば、依頼の中に時々、討伐依頼というのもあるな。そういうのを引き受けたければ、剣の腕は磨いておかないとな」
「討伐ですか……ここには悪い魔物もいるんですか?」
言い方は変だが、性格は様々でも、悪い魔物娘を想像できなかった。
「いないと思う。でも、実際にそういう依頼があるんだ。俺たちもどこから依頼されるのかわからんし、色々あるんだろ? こっちにも」
マイクが肩をすくめた。
「そういえば、少し前に、バフォメット様の討伐依頼があったらいいぞ。もう、削除されてたが。誰が出したんだよって、俺たちの間で話題になったんだ」
後で教えてもらったが、バフォメットという魔物は、ロリコンを推進推奨するサバドという団体の代表で、魔物の中でも最強の部類に入る大物魔物らしい。もちろん、かわいさも最強レベルというのも聞かされた。
「でも、どこかのバフォメット様と、まともに渡り合った人間の騎士がいたらしいと噂を聞いたぞ」
「まじか? というか、それって、人間か?」
マイクたちは、なにやら盛り上がっていたが、魔界事情に疎い俺は少し置いてけぼりの気分だった。
「ああ、悪い。えーと、依頼の種類だったな。他は、護衛の依頼だな。荷物を運ぶ護衛だったり、要人警護だったり。まあ、俺たちみたいな人間に頼むのも変なんだが、依頼は依頼だしな」
マイクが自分たちだけ盛り上がっていたことをわびて、説明を続けてくれた。やっぱり、荒事が多いらしい。剣の修行はしなくちゃいけないみたいだ。
「ああ、でも、安心していいよ。森や山に材料を採りに行く、材料採取という依頼もあるから」
俺が心配しているとマックが笑いながらそういってくれた。
「あ。それなら、俺にもできそうです」
森で薬草や木の実を集めることは村でもやっていたことだ。種類の見分け方さえ覚えれば、俺でもこなせそうな仕事だ。
「それに、お仕事のお手伝いというのもあって、中には農作業の手伝いもあるからな」
そういう依頼だったら、俺の専門なので安心した。
「でも、やっぱり、一番多いのは、おつかいだな」
マイクの言葉に全員が頷いた。
「おつかい?」
「ああ、小荷物を届けたりする簡単なお仕事なんだ。届ける先も街の中か、近郊だったりで、一応、荷物運搬依頼となっているんだが、子供のおつかいみたいなんで、みんな、おつかいって呼んでる」
確かに、子供のおつかいみたいだ。それでお金になるのか?
「ただ、仕事が簡単なんで、報酬も安いんだけどな」
「でも、どんな依頼でも、依頼を受けるのはいいぞ。依頼人の魔物娘ともお近づきになれるしな。出会いのチャンスだ」
マイクの言葉に他の二人も頷いた。
「で、でも、そんな不純な……仕事なんだから真面目に……」
俺は村を捨てて魔界に来たが、生来の貧乏性が抜けていなかった。
「ここじゃあ、それが正義なんだよ。不純じゃない。純粋な欲望だ」
三人が力強くそういってきた。確かに、ここまできたのは、それが目的だった。
「まあ、どっちにしても、それは明日からの話だ。今日は、祝いだ。さあ、飲もう」
そういって、俺はまたエールを勧められて、ジョッキを傾けた。
俺が目を覚ましたのは、次の日の昼前だった。こんなに日が高くなってから、というか、魔界というところは、曇天のように日中でも薄暗くて、日が昇っているかどうかわからないが、なんにしても、こんなにゆっくり寝たのはいつ以来だろう?
俺はもぞもぞとベッドから降りて、身支度を整えると、階下の食堂に降りた。客はいなかったが、受付には何人かがたむろしていた。どうやら、俺と同じ冒険者らしく、色々と依頼を受けて、食堂を後にしていった。
冒険者たちが誰もいなくなってから、俺は受付に行った。
「おはようございまぁす。よく、ねむれましたかぁ?」
アーシェの声を聞くと、また眠たくなった。
「おはよう。おかげで、ぐっすり寝れたよ」
俺はあくびをかみ殺しながらそう答えておいた。
「それでぇ、どのようなぁ、御用ですかぁ?」
アーシェはニコニコと微笑みを浮かべている。よく考えれば、昼は受け付け、夜はウェートレス。よく働く人だなと思った。俺も頑張って働こう。
「えーと、依頼を受けたいんだ。何か、いい依頼はあるかな?」
俺は昨日の夜に教えてもらった依頼の種類を思い出しながら、アーシェに訊いた。
「ええとぉ、ワーウルフの討伐依頼とか、ありますけどぉ?」
アーシェが手元の台帳を開いた。中には色々と文字が書かれているが、もちろん俺には読めない。
「いや、そ、それはハードルが高すぎるよ。俺は元農民なんだ。もっと、農作業の手伝いとか、森での材料集めとか、そういう依頼はないですか?」
ワーウルフは俺がここに来るきっかけになった魔物だから、興味はあったが、それだけにその強さは身に染みてわかっている。もう一度、襲われて捨てられたら、ちょっとショックで立ち直れないかもしれない。
「そぉですかぁ? うーん……農作業とかはぁ人気あるからぁ、すぐに依頼がぁなくなっちゃいますしぃ、森の材料採取もぉ人気のぉ依頼なんですぅ」
よく考えれば、俺と同じような農村出身者にしてみれば、そういうのは美味しい依頼と思うのは同じだろう。こんな遅い時間では先を越されたか。失敗した。
「えーと、じゃあ、おつかいとか言うのは?」
「おつかいですかぁ?」
アーシェが台帳をめくった。
「ありますねぇ。どれにしますぅ?」
アーシェが台帳を俺の方に差し出した。
「いや、俺、字が読めないんだ。それに、来たばかりで、どれがいいかも判断するのも難しいし。初心者の俺にもできそうな、お勧めのはあるかな?」
俺は慌てて、台帳を押し戻した。文字が読めないのはかっこ悪いが、見栄を張るところでもない。
「ええとぉ……それじゃぁ、これなんて、いかがですかぁ?」
台帳に書かれている依頼の一つに指差した。
「ええとぉ、小荷物運搬依頼。期限は、今日の夕方までぇ。場所は、マスタレード通りだから、ここからそんなに遠くないですぅ。ええとぉ、荷物は……」
一旦、受付の奥に引っ込んで、そこから長さが俺の肩幅ほどの長細い箱を持ってきた。
「これですぅ」
俺はそれを持ってみた。ずっしりと重量感のある箱だったが、これぐらいなら、隣村まで持っていくのも苦労しないぐらいの重さだった。
「報酬はぁ、二クラウンですぅ。ええとぉ、オリハルコンクラスの一週間分がぁ百クラウンだからぁ。そんなところでぇ想像してぇくださぁい」
ここでのお金の価値はよくわからないが、昨日飲んでいるときに先輩たちに聞いた感じだと、二クラウンだと、農村で一日分の収入ぐらいだろうと想像した。それなら、俺の中では十分に割のいい仕事だ。
「その依頼、引き受けるよ。どうすればいい?」
俺がそういうと、アーシェは台帳のところにサインを入れた。そして、別の紙に台帳を見ながら、何かを書き写して、俺の方に差し出した。
「ここにぃサインをぉしてくれればぁいいんですぅ。サインはぁ文字じゃなくてもぉ、自分だって、わかるぅ記号でいいでぇす」
「わかった。ところで、俺の名前、マーベリックだけど、どういう字を書くのか、教えてくれないかな? せっかくだし、自分の名前ぐらいは書けるようになりたいし」
俺はついでとばかりに、アーシェにお願いした。彼女は快く、別の紙に俺の名前を書いてくれた。俺はアーシェに捨てる紙をもらって、アーシェの手本を真似て練習した。
「とっても上手ですよおぉ。これなら、マーベリックさんって読めますぅ」
何度か、アーシェに教えてもらいながら書いた名前の文字を見ながら、彼女がにっこり笑ってくれた。
「ありがとう、アーシェ」
そういって、俺は依頼を受ける紙にはじめての自分の名前をサインした。ちょっとだけ、誇らしかった。
一応、手本のアーシェが書いてくれた名前の紙を俺はズボンのポケットに入れた。帰ってきてから、もう少し練習しよう。次からは、手本を見ないで書けるようにしたい。
それと、もし、習うことができるなら、これを機会に読み書きを憶えるのもいいかもしれない。そうすれば、仕事の幅も広がるかもしれない。
「はぁい、ありがとうございまぁす。これで、依頼の受注は完了でぇす」
俺は箱を受け取ろうとしたが、その手をアーシェに止められた。
「先にぃ、お届け先のぉ場所をぉ地図でぇ説明しますねぇ」
そういって、街の簡易マップをとりだして、受付台の上に広げた。
「ここがぁ冒険者ギルドでぇす。もし、道に迷った場合はぁ、冒険者ギルドの場所を聞けばぁ、教えてくれまぁす。それでぇ、お届けさきはぁここですぅ。マスタレード通り。ここのぉ、三本剣のマークのあるアパートの一〇三でぇす」
地図の上に丸をつけてくれて、三本剣のマークを書いてくれた。地図は、目印になる建物のマークが書いてあり、文字の読めない俺でも読めるようになっていた。
「一〇三はぁ、こういう字だよぉ。扉にぃこの字がぁ書いてある部屋にぃ届けてねぇ」
地図に文字を書き込んで、丸で囲んでくれた。
「最初は迷子になるのも当たり前だからぁ。恥ずかしがらずにぃ、道を聞いてぇくださぁい。そのうち、なれまぁす」
「うん。そうするよ。ありがとう」
俺は地図を受け取り、荷物を持とうとしたが、また、止められた。
「これをぉ首にかけておいてくださぁい」
そういって、淡い金色に光る長細いプレートの両端に鎖がついて、ネックレスのようになっているものを首にかけられた。
「それはぁ、冒険者ギルドのパスでぇす」
「ああ、これをつけていれば、冒険者ギルドの人間とわかるわけか」
そうでなければ、人間界からのスパイと間違われるのかもしれないというわけか。今日は俺一人の行動になるしな。
「ギルドのぉお仕事をしている間はぁ、それをつける決まりなんですぅ。それをしているとぉ、ギルドの保護にある証拠だからぁ色々便宜をぉ図ってくれるんですぅ。だからぁ、お仕事ぉ終わったらぁ、受け付けにぃ返却してぇくださいねぇ。それとぉ交換でぇ報酬が払われまぁす」
「わかりました。なくさないように大事にします」
俺は自分の勘違いに顔を赤らめた。そして、今度こそ、荷物を受け取った。
「もう、行くんですかぁ? 夕方までぇ、時間、ずいぶん、ありますよぉ」
「はい。道に迷うかもしれないから、早めにいきます。しばらく、迷いながら、道を覚えるにもいいですし」
そういって、俺は荷物にロープをかけて、肩にかけれるようにした。これで、地図を見たりするのも両手でできる。
「そうですかぁ。それじゃぁ、いってらっしゃぁい。がんばってぇくださぁい」
のんびりとした見送りを受けて、俺は冒険者ギルドを後にした。
冒険者ギルドの外を見ると、道には大勢の魔物娘がいた。昨日は案内されてついていっただけだが、今日は一人である。荷物を届けるまでは、誘惑されないように気をつけよう。
俺が気合を入れて冒険者ギルドを出ると、視線が集まった気がしたが、すぐにその視線は霧散した。
ちょっと、へこむ。俺って、本当に魅力ないのかもしれない。もし、俺のことを気に入ってくれる魔物娘がいるなら、選り好みせずに誘いに乗った方がいいかもしれない。
俺はそんな事を思いながらも、地図を見ながら道を歩いていた。
クモの身体に綺麗な女性の上半身の魔物や、空を鳥のように飛んでいる魔物もいた。よくみると、屋根の上で丸くなって寝ている魔物もいた。忙しそうにしていたり、暇そうだったり、魔界の住人はみんな、それぞれらしい。
俺は地図に書いてある看板のマークを手がかりに角を曲がり、あっさりと、目的の通りにたどり着いた。……と思う。
「うーん、少し、訊いてみよう」
俺はあたりを見渡した。すると、上半身が女性で、馬の身体をした魔物娘と目が合った。
「何か用か?」
俺が声をかける前に声をかけて来てくれたが、どこかぶっきらぼうで、声をかけてきた割には少し距離を取っていた。地味に傷つく。
「えーと、マスタレード通りというのは、ここであってますか?」
俺はいちいち傷ついていては魔界でやっていけないと反省して、地図を指差して、馬の魔物娘に聞いた。
「ふむ。私も今朝ここについたばかりなのだが……」
訊く相手を間違った。というか、向こうから声をかけてきたんだけど。
「確かに、間違いはないようだ。そこの看板に通りの名前が書いてある」
そういって、指差したのは、かなり向こうにある看板だった。目は悪くない方だが、文字が読めたとしても、看板に何が書いてあるかまでは読めないだろう。
「あんな遠くの看板が見えるんですか?」
「これぐらい見えなくては、森の戦士は務まらん」
「すごいですね」
「この程度で驚かれては、私も安く見られたものだな」
俺が感心していると、腕組みしてそっぽを向いた。腕組みした腕にオッパイがのかって、エロいです。でも、機嫌を損ねた感じだから、ここはもっと褒めておこう。
「でも、俺なんか、ぜんぜん見えませんから。やっぱり、すごいです」
「そんなに褒めるな。褒められると、抑えが利かなくなる」
俺は何のことかわからずに首をかしげた。
「そのプレートをしているということは、冒険者ギルドの仕事中だろう? さっさと仕事を終わらせて来たらどうだ?」
俺は首に下がったプレートを見て、「ああ」と気がついた。
「そうですね。すいません。でも、助かりました。ありがとうございました」
頭を下げて、お礼を言って、通りにあるはずのアパートを探しにかかった。
うーん、後頭部に視線を感じる。さっきの馬の魔物娘のだろうか? 何か怒らせたかな? 振り返るのが恐いんだが。
俺は視線に気づかない振りをして、三本剣のマークを探すのに集中した。
しばらく行くと、さっき馬の魔物の人が指差していた看板があった。文字は読めないが、最初の文字は見覚えがあった。マスタレード通りだから、最初の音がマなのだ。だから、俺の名前の文字と同じなんだ。
そういえば、昨日の先輩たちもマからはじまる名前で、確かMと言っていた。マからはじまると、文字はMからはじまるんだろうな。うむ。意外と簡単? これなら早く文字が覚えられるかもしれない。
俺は安易な考えをして、再び三本剣の看板を探し始めた。
「あった」
意外と言うか、あっさりと見つかった。しかし、よく考えれば、それはそうだろう。見つかりにくい場所の配達先を「おすすめの依頼」とは言わないだろう。
しかし、これで農村一日分の報酬というと、仕事を舐めているのかと思いたくなる。受付でアーシェに話しかけてから、一刻もたっていない。だが、これがここでの普通なんだろう。
俺は、一〇三と地図に書いてくれた字と同じ形のを見つけて、その扉をノックした。
「はっ、はーい!」
返事と共に中からけたたましい音が響いた。そして、少ししてから、扉がそっと開いた。
「えーと、冒険者ギルドから、お届け物を持ってきました……あっ」
俺はそういって、扉を開いた人物を見て、声を上げた。
「随分と早かったのですね」
なぜか頭を押さえながら、少し顔を赤らめて、扉を開けたのは、軽装の鎧に身を包んでいるが、俺の知っている魔物娘だった。
「昨日の門番の人」
確か、デュラハンとかいう種族だと、受付のアーシェが昨日、言っていた。
淡い金髪が肩につかないあたりで切りそろえられて、きりっと引き締まった表情はちょっと少年っぽいかもしれないが、男装の美少女っぽくて、俺はありだと思う。
なにより、小ぶりだけど形のいいオッパイもポイントが高い。大きいのもいいが、手に収まる感じも俺としては萌える。そういえば、俺がそんなに大柄じゃないから、小柄な女が好みなんだよな。村にはいなかったけど。
「何を見ているのですか?」
「あ、すいません」
俺はとっさに謝った。俺の好みではあるが、相手は俺に好意はないし、俺も外見は好みでも、献身的な甘えてくる娘の方が好きだ。
「そこでは、他の邪魔になるので、中に入ってください」
そういって、扉を開けられた。そう言われたら、入るしかない。
「おじゃましまーす」
中は外よりも少し明るくなっていた。天井を見ると、魔法か何かで照明がつけてあった。
部屋の中は魔物娘だったら、エログッズが飾ってあったりするのかと期待していたが、真逆だった。壁には剣や槍などの武器がかけられ、三体ほど鎧が置かれていて、その他は、テーブルと椅子、それにベッドがあるだけの簡素な部屋だった。
「何をじろじろ見ているんですか?」
「あ、すいません」
また謝ることになった。
「色気がない部屋だと思っているのでしょう」
「いえ、そんなことは……」
俺は図星を言い当てられて動揺した。
「でも、私は魔王軍の軍人です。まだ、駆け出しで下っ端ですが。だから、今は部屋を飾るよりも、武を磨くのが私の務めです」
自分の仕事に誇りを持って、そう答える、このデュラハンの少女を俺は見直した。
「仕事熱心なんだね」
「当たり前です。私たちがしっかりしなければ、規律のゆるい魔王軍はばらばらになってしまいます」
睨まれてしまったが、俺は苦笑いでそれを受け止めた。会話が少し途切れて、気まずくなりかけたので、俺は用事をさっさと済ますことにした。
「えーと、これが頼まれていた荷物です。テーブルの上に置けばいいかな?」
「そうしてください」
そして、彼女は蓋をあけて、中を確かめた。予想通りというか、中は一般的にショートソードといわれる長剣よりも短めの剣が入っていた。彼女はそれを確認すると、箱の中に戻した。
「間違いありません。ありがとう」
彼女はそういって、俺に微笑んだ。
ちょっと、反則気味に不意打ちを食らって、俺のドキドキゲージが上がってしまっているんだが。
「そ、それじゃあ、依頼達成ということで」
俺はこのままドキドキしているとまずいと野生の勘が働いて、そそくさと帰ろうとした。
「ちょっと、待ちなさい」
俺が立ち去ろうとすると、彼女に呼び止められた。俺は悪い予感が当たったのかと足を止めて、おそるおそる彼女を見た。
「伝票を出してください。受け取りのサインをしなくちゃいけないでしょう?」
彼女は俺に向かって、何かを受け取るように手を差し出した。
「伝票?」
俺が何のことかと目をしばたかせていると、彼女の方が少し驚いて、ため息をついた。
「アーシェさん、ちゃんと仕事してませんね」
そして、俺に説明してくれた。
「こういう配達の依頼の場合は、相手が確かに受け取りましたというサインを伝票にもらうんです。そうでないと、もし、私が受け取っておきながら、受け取ってないと言ったら、あなたが困るでしょう? それに、あなたが届けなくて、届けたといったら、私が困るでしょう? だから、そういうトラブルがないように、受け取ったら、伝票にサインをするのです」
俺はなるほどと納得した。
「じゃあ、今から、取りに戻ります」
「そんな手間をかけさせちゃ悪いです」
ギルドに戻ろうとする俺はまた呼び止められた。
「冒険者ギルドはすぐそこですから」
だが、それを振り切って俺は出て行こうとすると、今度は腕を掴まれた。
「大した報酬を出しているわけじゃないから、そこまでされるのは困ります。そのマップ以外で、何かサインできる紙を持っていませんか?」
「紙と言われても……この家にはないのですか?」
農民の家ならまだしも、魔界の家なら紙ぐらいはありそうに思った。実際、本なども少ないながらあるようだし。
「私の家にある紙に私のサインをしたものだと、あなたが盗んできたという疑いが掛けられます」
俺は仮定でも盗人扱いされたが、「なるほど」と納得した。そして、お手本で自分の名前を書いてもらった紙のことを思い出した。
「これでいいですか?」
俺はズボンのポケットから、少し皺のよった紙を取り出して彼女に差し出した。
「……これは?」
彼女が受け取って、少し怪訝な顔をした。
「はい。俺の名前を書いてもらった紙です。俺、字が書けないし、読めないんです。だから、ギルドの受付のアーシェさんに自分の名前の字を教えてもらったんです。これは、その時のお手本です」
彼女に紙の正体を明かした。字の読み書きができないのは恥ずかしいが、隠したところでしょうがない。
「そうですか……アーシェさんに書いてもらった手本を大事にしているのですね」
彼女がなんだか寂しそうに呟いた。俺はその様子に首をかしげた。
「大事というか、まだ憶えたばかりなんで、仕事が終わって宿に帰ってから、部屋で練習しようかと思って、取っておいたんです」
そこまで言ってから、俺は合点がいった。
「ああ、大丈夫ですよ。お手本はまた書いてもらいますから」
彼女は俺がその手本を大事に持っていると思って、それに何か書くのをためらっていると納得した。
「代わりの手本なら、私が書いてあげます」
彼女は俺を睨みつけて、少し怒鳴るように言われた。
「伝票代わりに、これにサインします。だから、これをアーシェさんに渡して、伝票代わりだと言っておいて下さい」
彼女は、俺の名前の下に彼女の名前を書いた。そして、何故だか、俺と彼女の名前の間に矢印みたいなものを書いた。
「ありがとうございます。えーと、これ、なんて読むんですか?」
最初の文字は俺と同じだった。だが、それ以外はよくわからない。
「マリーです。デュラハンのマリー」
ふむ。この矢印みたいなのは、デュラハンのマークなのかな? だが、やっぱり、音がマからはじまると、最初の文字はMなんだ。
「マリーさんもMなんですね。俺と一緒ですね」
俺の言葉にマリーは顔を真っ赤にした。
「誰が、Mですか、誰が!」
まさか間違った? 同じ字に見えたのに。文字は奥が深い!
「ご、ごめんなさい。えーと、俺、音がマからはじめると、文字はMからはじまるのだけ、わかったつもりでいて……。それで……すいません」
俺はしょんぼりとうなだれた。いい気になりすぎてしまった。やっぱり、俺に読み書きは難しいか。簡単と思っていた少し前の俺に教えてやりたい。
「え? あ、そ、それはあってます。あってるというか、例外もあるかもしれないけど、大体あってるし……ああ、もうっ! 確かに、私の名前の最初の文字はMであってます」
しょんぼりする俺にマリーはまた顔を真っ赤にして、なんだか慌てた様子で、俺の言っていることが正しいと言ってくれた。
「よかった……」
俺はほっと胸をなでおろした。間違ったことより、マリーが怒っていないことにほっとしていた。
「変な事言ってごめんなさい。私の勘違いでした」
マリーは俺に向かって、改めてちゃんと頭を下げてくれた。
「いや、こっちこそ、なんかすいません」
俺も慌てて頭を下げた。
お互いに頭を下げあうと、なんだかおかしくなって、二人して笑顔になった。
「お詫びというのも、変だけど、こんな安い報酬の依頼を受けてくれたお礼も兼ねて、お茶をご馳走したいのですが、お時間はいいですか?」
笑顔になっている俺にマリーはお茶を勧めてきた。
「それぐらいなら、時間は大丈夫と思います」
俺がそう答えると、マリーはなぜだかほっとした表情で、剣の入った箱をしまって、お茶の準備をした。
金属製のカップに黒い液体を半分注ぎ、多分、ミルクだろう、白い液体を残り半分注いだ。カップの中で薄い茶色の液体になって、それを一つ俺に渡した。
「カフェオレという飲み物です。本当はコーヒーを飲みたいのですけど、私には苦くて……。ミルクで割った、こちらの方が好きなんです。さあ、どうぞ」
マリーは飲み物の説明してくれた。コーヒーというのは、俺も噂で聞いたことがある。都会で流行っている飲み物らしいが、すごく苦いのだと物知りのトムが言っていた。それをミルクで割ったなら、苦いのはマシなのだろう。
俺は恐る恐るコップに口をつけた。ほんのりとした苦味はあったが、甘い味が口に広がった。
「……うまい」
「よかった」
ほっとした表情でマリーが笑った。だから、それは反則です。
俺は笑顔から視線を外すために壁の方を見た。そこに掛けられている武器は、よく手入れされていた。俺は武器のことは素人だが、道具を大切にしているかどうかぐらいは見抜ける自信はあった。鎧の方もきっちりと磨き上げられ、傷はあったが、綺麗に手入れされていた。
「剣や鎧の手入れをしっかりしているのですね」
俺は話題を変えるのにそのことを口にした。
「それは当然です。鎧は私の身を守ってくれるものです。そして、剣はこの魔界に住む魔物とその伴侶、そして人間を守るものです。万全にしておくのは、一兵卒でも将軍でも変わりありません」
そう語る彼女の深い青の瞳はまっすぐで、引き込まれそうだった。
「そうだね。俺もマリーさんに守ってもらってるんだな。これからも、よろしくね」
俺がしみじみそういうと、マリーは顔を真っ赤にした。
「どうかしたんですか?」
「なんでもないです」
そういいながら顔をそむけた。その時に、マリーの首の辺りに黒いスジというか、何か隙間のようなものがあるのを見つけた。
「首に何か傷が? 本当に大丈夫ですか? もしかして、怪我で体調が悪いとかじゃないんですか?」
俺は心配して、腰を浮かして、彼女の方に体を乗り出した。
「首? あっ! さっき転んだときに」
マリーは自分の首を触って、異変に気づいたみたいだった。
「転んだ? もしかして、その時に怪我をしてるんじゃ? 見せてみて」
俺は彼女のそばに寄って、首の傷を見ようとした。傷を見たところで、農民の俺に何かできるわけではないが、医者がいるなら、そこへ行って、症状を伝えることはできる。
「ちょ、ちょっと、それ、ほんとに、だめっ!」
俺が傷を見ようとするのを、マリーは激しく拒否した。ちょっとした揉みあいになり、その拍子に、彼女の首が……落ちた。
「う、うわぁぁぁあああ!」
俺は心臓が止まって、小便を漏らしたかと思った。実際、ちょっと止まったし、ちょっと漏らした。
しかし、俺の驚きをよそに、マリーは何事もなかったかのように首のない身体で、転げ落ちた頭を拾い上げた。
いや、何事もあった。彼女の雰囲気が変わっていた。
「だから、ダメだって言ったのにー。もう、抑えられなくなっちゃいますから、覚悟してくださいね」
マリーはそれまでの堅苦しい雰囲気はどこかに消えて、甘い声で俺に言ってきた。
「抑え? 覚悟?」
さっきも馬の魔物娘に抑えがどうこうと言っていたが、どういうことだ?
「あたしだって、魔物娘なんだぞ。いい人と一緒になりたいって、思っててもいいじゃない。マーベリックのこと、最初に見たときに、いいなって思ってたんだよ」
俺が半分腰を抜かしているところへ、首を小脇に抱えたまま、俺に擦り寄ってきた。
「いいなって、剣を抜こうとしてたじゃないか」
「一応、仕事中だし。それに、いいなと思っても、いきなりとか、デュラハンのクセに自制心ないとか言われちゃうじゃない」
マリーが拗ねたように口を尖らせた。というか、俺の胸の乳首の辺りでのの字を書くのは止めてください。
「そ、そういうものですか?」
「そういうものなの。でも、こうして、運命の再開を果たしたんだから、もう我慢しません」
頭のない身体がぎゅっと抱きしめてきた。小ぶりだけど、意外に柔らかいものが腕にあたっております、隊長!
「え? え? ええ!」
「もしかして、あたしじゃ、いや?」
首だけを持って、俺の顔の前に持ってきた。
「嫌なことはないけど……」
「もしかして、アーシェがいいの? ふわふわでもこもこで、柔らかそうだから?」
マリーさん、痛いです。なんか、力が入っているんですけど?
「い、いや、アーシェさんは受付の人で、なんとも思っていませんよ」
「じゃあ、他に気に入っている魔物がいるの?」
折れる。折れます。俺の腕の骨は人並みに丈夫なんです。
「そんな。ここに来たばっかりで、まともに話した魔物娘なんて、まだ数人ぐらいですよ」
「もう数人いるなんて! あたしとだけ話して。お願い、マーベリックぅ」
顔を押し付けて、身体を擦り付けてきた。柔らかくていい匂いがする。マリーさんって、軍人じゃないの?
「あ、あの。全然、さっきまでと性格が違うんですけど、本当にマリーさん?」
「むーっ。本物よ。頭が外れてなかったら、理性で欲望を抑えれるの。でも、もう、マーベリックがあたしの頭をはずしちゃったから、あたしのマーベリックへの愛がとまらないの。責任取ってね、未来のパパ」
「もう、色々吹っ飛ばしてるんですけど、マリーさん?」
「ふふ。そんなの、誤差の範囲ぐらいだから」
「え? あ? ええ! ちょ、ちょっと、待って!」
あの、自然な流れで、服を剥ぎ取らないで。手を拘束するのが素早いですよ。そんなところに武人スキルを発揮しないで。
「だーめ。待てませーん」
「ああ、ああああああああああ!」
俺がマリーを伴って、冒険者ギルドに戻れたのは、依頼を受けた日から三日後のことだった。
一応、律儀に伝票代わりのサインの入ったメモをアーシェに渡すと、それを見て。
「あらあらぁ。ごちそうさまぁ」
にっこり微笑んで、報酬の二クラウンを受け取り、冒険者ギルドの首飾りを返した。そして、マリーによって、俺の冒険者ギルドから脱会の手続きされ、名簿から抹消された。
「初仕事でリタイアできるとは、ついている野郎だな」
「まったく、すごい新人だ。しかも、デュラハンとはな」
「これで、また、Mスリーに逆戻りだね。君に幸多からんことを」
先輩たちに祝福され、俺はマリーの伴侶となった。マリーは街の警備兵は一応続けることになったが、フルタイムじゃなくて、パートタイマーとなり、大半の時間を俺と過ごすことになった。
「いいのか? 魔物と伴侶を守るって言ってたのに」
「いいの。自分の夫を幸せにするのは、その上にあるから。ふふ、大丈夫。例え、魔王が攻めてきても、あたしがあなたを守ってあげるから。愛してるマーベリック」
「まあ、いいか。俺も愛してるよ、マリー」
俺たちは末永く、幸せに暮らしますとさ。めでたしめでたし。
マーベリックが冒険者ギルドに登録した日の夕方、起きてくる少し前。
「あらぁ、マリーさん、めずらしいですねぇ。依頼ですかぁ?」
受付のアーシェがギルドにやってきたマリーを見て、意外というよりも、やっとという表情で迎えた。
「はい。そうです。よろしくお願いします」
「ふふふ、やっぱり、狙いはぁ今日入ったぁマーベリック君ですかぁ?」
のんびりしているが、ちょっと意地悪お姉さんのようにマリーをからかった。
「そ、そんなこと……彼、マーベリックというんですね」
マリーはマーベリックの名前を知って、それだけで、顔が赤くなって、モジモジしていた。
アーシェが「あらあら、うふふ」という感じに微笑んでいた。
「彼、とーっても、かわいいですもんねぇ」
「もしかして、アーシェさんも狙っているんですか?」
言葉は疑問形だが、目が戦闘モードになっていた。
「私はぁ、受付嬢だからぁ中立ですよぉ」
「そういうことにしておきます」
もちろん、アーシェの言葉は嘘だが、彼に関しては本当だというのはマリーは感じ取ったので、戦闘モードを解除した。
「それでぇ、どの形式の依頼にしますかぁ?」
「えーと……おつかいで、お願いします」
マリーは苦渋の選択をするように搾り出すように言った。
「おつかいですかぁ? 依頼料、高いですよぉ? この間ぁ新しい剣を買ったばかりでぇ大丈夫ですかぁ?」
「う……でも、彼、ひ弱そうだし……」
アーシェの言葉にマリーはうなだれた。うなだれすぎて、頭が落ちそうになっている。
「確かにぃそうですよねぇ」
「だから、しょうがないんです」
マリーがため息混じりに財布を取り出した。
「じゃあ、おつかいはぁ、報酬の二十五倍でぇ、指名だから、その倍のぉ五十倍だけどぉ、報酬をいくらにしますぅ?」
「一……いや、思い切って、二クラウン」
断腸の思い出、財布の中を見ながら気合を入れた。
「張り込みましたねぇ」
「仕事頑張るし、いざとなれば、鎧とか売るし」
仕事道具を手放すのは惜しいが、使っていない鎧なら売ってもいいだろうと、血の涙を流しそうに言った。
「うふふふ。じゃあぁ、依頼受理しましたぁ。手付金でぇ、報酬金をおねがいしまぁす」
「じゃあ、二クラウン。残りは依頼成立後でよかったですよね?」
マリーは財布から銀貨を取り出して、二クラウンを支払った。依頼を受けてもらえなければ、手付金は没収されるが、それ以上は支払わなくていい決まりであった。
「はぁい、依頼期間はぁどうしますかぁ? 一週間まで設定できますがぁ」
二週間など延期する場合は、手付金がその分、必要になる仕組みだった。
「お休みもらったのは、明日だから、明日一日でお願いします」
「攻めますねぇ。一週間でもぉ一日でもぉ手付金はぁ変わらないですよぉ」
「悪いですか?」
「いいえぇ。でもぉ、同じおつかいでぇ、五クラウンとか、四クラウンもいるんですよぉ。フリーですけどぉ」
本来は他の依頼に関しては秘密だが、アーシェはあっさりとその一部をマリーにばらした。
「……そっちにいったなら、それはしょうがないです。縁がなかったと諦めます」
軽く唇をかみながらマリーがいうのに、アーシェが微笑んだ。
「でもぉ、私はぁ個人的にぃ応援しちゃいますぅ」
「不正はダメです」
マリーが即座に言うのに、アーシェも思わず苦笑いを浮かべた。
「不正じゃありませんよぉ。もしぃ、私にぃ、お勧めをぉ聞いてきてくれたらぁ。マリーちゃんのをぉ、お勧めしちゃうだけですぅ」
アーシェが抜け道を教えると、マリーは少し考えて頷いた。
「羊の皮をかぶった狼ですね」
「魔物はぁみんなぁ狼でぇす」
人畜無害の魔物の笑顔をアーシェがした。
「そうですね。じゃあ、私の幸運を祈っておいて下さい」
マリーはそういって、踵を返して、ギルドの受付を後にした。
「はぁい。ご依頼、ありがとうございましたぁ」
魔界にも、意外なことに、独身の男性が少なからず存在しています。
魔物に襲われたが夫にされなかったもの。親魔物国家などから嫁探しにくるもの。諸事情で人間の世界で生きていくのが難しくなったもの。様々な理由はありますが、一定数の独身男性がやってきて、魔界に住み着いています。
そんな彼らは、彼らが望むも望まざるも、そう長くない時間で、どこかの魔物と夫婦になっているでしょう。
ただ、人はほとんど、街に住んでしまうため、街にいない魔物たちには、そういった独身男性との出会いのチャンスがありません。
自由に移動できる魔物であれば、頑張って街を訪れて夫を探すこともできるでしょうが、制約があり移動することのできない魔物もいます。
街に住んでいても、まじめな性格だったり、引っ込み思案だったり、積極的でないタイプだった場合も、夫を得るチャンスをみすみす逃してしまいがちです。
夫を選ぶのは早い者勝ち。そう言ってしまえば、それまでですし、否定するつもりはありません。しかし、すべての魔物が幸せになるためにも、少しばかり、チャンスを分け合う。そのため設立されたのが、冒険者ギルド魔界支部です。
冒険者ギルドと名乗っていますが、人間世界の冒険者ギルドとはまったく別物なので、ご注意ください。
冒険者ギルド魔界支部では、まず、独身男性の方には冒険者として登録していただきます。そして、魔物がそれぞれ、冒険者に依頼を出すのです。自分のもとを訪れてくれるように。
おつかい。採取。討伐。依頼内容は形態はさまざまあります。自分に見合った、相手の選びそうな依頼を出しましょう。
そして、やってきた冒険者という名の独身男性を襲うもよし、誘惑するもよし。依頼した魔物の思うがままです。もちろん、気に入らなければ、夫にする必要はありません。ギルドもそれを強要したりはしません。
また、冒険者が依頼遂行中に他の魔物に襲われないよう、ギルドが保証いたしますので、ご安心ください。
さあ、あなたも、冒険者ギルド魔界支部に依頼を申し込んで、最愛の夫を見つけるチャンスを掴んでみませんか?
――冒険者ギルド魔界支部広報部
16/09/04 22:13更新 / 南文堂