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閑話 第九話「ドラゴン無法地帯」
 アルトイーリスは息を整えて、夜空の寒さを吐き出した。そして、バー『月明かり』の従業員用の扉から店内に入った。

「サーナ、ルーナ、ありがとう。タンデムハーネスは元の場所に戻しておいたから……って、まだ居たのか、ノエル?」

 金髪碧眼の自分の副官がカウンターに居るのを見つけて呆れてみせた。アルトイーリスがザックを連れて飛び立ってから四時間弱は経っている。そろそろ夜明けの時間も近くなってきていた。

「だって、帰ってもオナニーして寝るしかないですから」

 ドラゴンの体力なら一月ほど不眠不休でも問題ないとは言え、「寝ろよ」と苦笑を漏らさずにいられなかった。

 店内を見渡すと、直属部隊の第零特殊部隊の面々がかなり揃っていた。

「他に行くところないのか?」
「あったら零特にいないっすよ」

 アルトイーリスの問いに隊員の一人が即答した。独身竜を中心に編成された第零特殊部隊。通称、イーリス隊。別名、花嫁候補隊――現状、結婚し隊。もしくは、花嫁候補の墓場とも言われていた。

「でも、行っちゃいましたね、どろぼう君」

 アルトイーリスが四時間前に座っていたカウンターの席に座るとルーナが優しく言った。

「盗んだのはあなたの心です、は禁止だぞ」
「違うわよ。カシドラベリーをよ」

 サーナがしれっと返した。指差した先には出発する時に飲みかけたカシドラベリーがそのまま置いてあった。ザックが店を出るときに一気に飲み干したのはアルトイーリスのグラスだった。

「間接キスだな……ユニにばれると殺されるから黙っておいてくれ」

 アルトイーリスは苦笑して、ザックのを下げさせ、新しいものを頼んだ。

「ザックは一杯で勇気をもらった。私は何杯飲めば勇気が出るのやら」

 何杯飲んだか覚えていない勇気のカクテルを思い出しながら自嘲した。

「さあ、どうなんでしょうね? ですが、これだけはわかります。私の伴侶が見つかった後です」

 隣のノエルがしれっと言うとアルトイーリスはニヤリと笑った。

「残念だが、私が寿退団した暁には、後任の騎士団長としてお前を推薦する予定だから無理だな」

「まあまあ、二人とも落ち着いて。二人ともあたしより遅いのは確定っすから」

 お調子者のワイバーンがからかいに二人のところへやってきた。砂色のクセのある髪ポニーテールにして、ハシバミ色の瞳はいたずらっ子の色を浮かべていた。

「ロザリー、あなたの背中に乗るのは振り落とされないようにするのが大変でしょう? ロリコンで軽業が得意って私たちより地味にハードル高いわよ」

 彼女はワイバーンにしては少し小柄で、胸のサイズも控えめ、幼児体型に近かった。

 ぱっと見た目には落ちこぼれワイバーンと思われるかもしれないが、木々が密集する森の中でもそれを避けて飛べるほどの機動力を持っていた。実際、アクロバット飛行や、遭難者捜索任務の多い第五陸上部隊――レンジャー隊に所属するワイバーンたちに捜索飛行の指導をする実力者であった。

「知らないんすか? 最近は爬虫類系ロリというのが流行りつつあるんすよ」

 ロザリーはない胸を張った。

「かわいそうに。フィクションとごっちゃになっちゃったんだな」

「かわいそうな目で見ないでくださいっすよ〜」

 そのあたりになると他の団員たちもカウンターの周辺に集まってきていた。もちろん、最初からいた独身ワイバーン三人娘もその中にいて、すっかりイーリス隊の面々と馴染んでいた。

「でも、団長。今回は惜しかったですね。新人であんだけ団長に絡むなんて珍しいですから」

「そうそう。晩餐会で呼び捨てにされたしな」

「え? それどういうこと? 聞きたい聞きたい」

「人を酒の肴にするな」

「いやー。気圧されて道を譲る団長なんて滅多に見れないっすよ」

「あー、それで胸キュンしちゃったんだ。団長もメストカゲなんですね」

「おぉい! 勝手に胸キュンさせるな! 私の胸キュンはそんなに安くない」

「何を言ってるんですか、密かに大量生産して倉庫に溜め込んでいるくせに」

「おお! やっぱり!」

「アリィ、乙女ぇ〜」

「だぁ! ノエル! お前も最初に尻尾振ってザックとの話に割り込んできただろうが!」

「ええ! ノエルが!」

「ノエルがでれた! 今夜は赤飯ね」

「恐るべし、ザック!」

「雑魚とは違うのだよ雑魚とは」

「あなたたち、団長を弄るのはいいけど、私を弄るのは止めなさい」

「お前、何気にひどいな」

「まあ、こういうところが、ノエルが零特にいる所以だし」

「零特が花嫁候補の墓場とかいうのを、誰か覆すようなことないのか? 情けない」

「アリィに言われたくないなぁ」

「だよね。あ。そういえば、この間、観光ガイドの仕事をしていたメルが――」

「うわぁわあぁ、言うな。言わないで!」

「私だけ暴露されて、他が秘密なんて不許可です。話なさい」

「横暴だぁ」

「それで、メルがどうしたの?」

「メル、お客さんのこと気に入って、パムムをチョコレーホーンみたいに両端から二人で食べるものだとか嘘のガイドして、どん引きされちゃって。ガイド終わって帰ってきてから大泣きしちゃってねー」

「内緒だって言ったのに!」

「でも、それ、あたしも言ったことある。周りでも食べてるからすぐばれるんだよね」

「その食べ方を推奨するようにラブライドに圧力をかけましょう」

「よせ! 相手は娘さんが竜騎士団に入団する年になってもラブラブマックスの先代騎士団長、大いなる翼のシルヴィア夫妻だぞ。半端な独身竜が太刀打ちできる相手じゃない」

「くっ! リア充め。いっそ、殺せ。ドラゾンになってやる」

「おちつけ。ドラゾンスレイヤーなんて、競争率高過ぎだぞ」

「まあ、それに、よく考えると相手がいないんだよね。ガイドのお客さんもカップル用だと食べない可能性が高くなるしな」

「パムムは手軽だし、人気のファストフードだから、どうにかきっかけに使いたいんだけどなぁ」

「甘いわ。そういう時は汁ダク注文するのよ!」

「なんだ、それ? 竜丼と勘違いしてるんじゃないのか?」

「違うわよ。ソースを多めに注文するの。そして、食べ終わったあと、ほっぺたにソースがついてますよって、それを舐め取ってあげるの」

「パティ! お前は天才か?」

「伊達に年中妄想してないわよ。ただ、実行するのが恥ずかしくてできないだけよ」

「妄想かよ。それじゃあ、そもそも汁ダクってオプション注文できるのか?」

「できるわよ。隠しオプションであるのは確認したから」

「そこまで下調べしておいて……パティ、あんたの妄想は無駄にはしない。明日、実行してみる!」

「よーし! それじゃあ、部隊歌だ! ラブ運を祈る!」

「おお!」

 こうして、第零特殊部隊イーリス隊とゆきずりの仲間たちの夜はいつものように更けていくのであった。



第零特殊部隊部隊歌――



次は誰だ 誰だ 誰だ
次はワタシ!
竜騎士団 零特隊

裏切り者の名を受けても
伴侶にしたい 愛しい男

ドラゴンアイは熱視線
ドラゴンイヤーは耳年増
ドラゴンウィングで彼の床
ドラゴンブレスで「今夜どう?」

竜の力 身に宿し
愛のヒロイン
竜騎士団 零特隊



はじめって知った人の愛
その優しさに 目覚めた女

ドラゴンチョーカー着けたいわ
ドラゴンキックで踏み越えて
ドラゴンアローのラブレター
ドラゴンカッターはヤンデレよ

竜の力 身にまとい
愛のヒロイン
竜騎士団 零特隊



次は誰だ 誰だ 誰だ
次は私
竜騎士団 零特隊

番いの鐘を響かせて
祝福されて寄り添う夫婦

ドラゴントスでブーケ投げ
ドラゴンレシーブは奪い合い
ドラゴンアタックあの人に
ドラゴンカップルを幸せに

竜の力 身につけた
愛のヒロイン
竜騎士団 イーリス隊



「かんぱーい!」










 アルトイーリスが少し離れて、部下たちの騒ぎを微笑んでながめ、軽く息を吐いた。すると、サーナがショートカクテルを彼女の前にすっと置いた。朝焼けのようなオレンジ色のカクテルであった。

「どうぞ。頑張ったあなたに私からのおごりです」

 口に含むと、爽やかな香りが鼻に抜けて、口当たりのいいほどよい甘みが優しく舌を包み、強めのアルコールが喉を刺激した。

「これは?」

 初めて飲んだカクテルにサーナに名前を尋ねた。

「ラブ酒をベースに、ブルーカプリコット・ラブンディーで割って、レモンジュースと虜の実濃縮果汁を加えた、マニャードラよ」

 再び口に含んで味わった。ブルーカプリコット・ラブンディー――夫婦の果実の青い実をラブンディーに漬け込んだ――の風味が爽やかで元気になる。

「私の好きな味だ。ちなみに、酒言葉は?」

「明日は見つかる、よ」

 サーナがいたずらっぽく目を細めた。

「それは、泣けるわ」

 遠い目をして、マニャードラに口をつけた。

「はぁー、私の幸せ――明日はいつ来るのかな?」

 アルトイーリスは爽やかなため息をもらして、オレンジ色の液体に満たされたグラス越しに未来の伴侶を想像しようとグラスを掲げて透かしてみた。



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 アルトイーリス。種族、ドラゴン。職業、ドラゴニア竜騎士団団長。部下からの人望があり、女王陛下からの信任も厚い。趣味、魔界ワインつくり。

 本人からのアピールコメント。
 国の要職に就いているからと気おくれしないでほしい。私も一人の魔物娘なのだ。愛し愛されすることを望んでいる。大丈夫だ。私が貴殿を高みへと連れて行ってやる。そして、天の柱の頂上で……いや、まずは、城下町デートで手をつないでからだな。急いではダメだ。と、とにかく、気軽に声をかけてくれ。


 部下たちからの応援コメント。
 恋に積極的と見せかけて、いざとなると急にヘタレになるので、ぐいぐいとリードしてくれる人じゃないと上手くいきません。いい竜なので、幸せになってほしいです、自分の次に。


 副官からの応援コメント。
 からかうと反応が面白いです。本人もいじられると快感なようです。サドの人におすすめ。でも、泣かしたら、私たちが黙ってませんからね♪

17/03/03 21:03更新 / 南文堂
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■作者メッセージ
 おまけです。
 独身の竜たちの夜って、どんなのかなと想像しながら書いてみました。
 作中の部隊歌は、皆様のお好きなメロディで歌ってください。

 それでは、第二章でお会いしましょう。

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