1.はじまり
目が覚めると、見慣れない天井が見えた。
いつもなら超絶我儘ボディのグラドル、綾瀬なつきの笑顔が俺の目覚めを祝福してくれる筈なのだ。今は何も見えない。妹と大喧嘩した時、腹いせに破かれた時以来である。
「……?」
そして寝心地が違う。この硬さ、ベッドではなく敷布団だ。我が家に布団を敷く場所といえば、客間を兼ねている和室だけ。和室は1階に、寝室はすべて2階にあり、俺の部屋もそこにある。
つまりは、ここは俺の部屋ではない。
ましてや、俺の家でもなかった。
「どこだ、ここ……?」
フローリングの8畳間。
上体を起こして周囲を見回すと、部屋にはノートパソコンの乗ったテーブル、洋服箪笥、姿見が置いてある。壁にはよく分からないオリエンタルな装飾品と、時計が掛かっていた。カーテンから漏れ出た光とを合わせるに、朝の10時だろう。
殺風景だ。物が数えるほどしかない。そして当然のごとく、俺の私物は見当たらなかった。
明かりの少ない部屋は薄暗い。不気味さが拭えず、俺はそそくさと立ち上がった。ここを出よう。今すぐに。
そこで気づく。俺はパンツ一丁であった。
「あ???」
慌てて自分の身体をペタペタ触る。怪我はない。パンツも履きなれた俺のもので、息子も無事だ。異常らしい異常はない。いや、半裸な時点でイレギュラー全開だけども。
こんな恰好で寝るような真似はしたことがない。何かが起こっている。俺の預かり知らぬところで。
記憶を辿るも、昨夜からの行動が曖昧だ。確か部屋で課題に取り組もうとして……何があったんだっけか。
「っつか昨日が金曜とか、今日は土曜じゃね?」
休日に何やってんだよと悪態を吐いたが、それは今考えることじゃない。とにかく動いて、とにかく脱出だ。洒落になってないこれは。
俺の背後の壁には木製のドアがついていて、意外にもすんなりと開いた。ドアの向こうには廊下が続いており、両側に引き戸があり、正面には玄関が見えた。玄関に靴は何もなかったが気にしていられない。身なりを整えるよりも先に、ここから抜け出したい衝動のが強かった。
素足のままドアにしがみつき、サムターンをぐいと捻って押し開ける。
ゴオッと風が強く吹いた。恐る恐るドアから顔を出して確認すると、横にまっすぐの廊下が伸びていた。数メートル間隔で同じような扉が設置されており、俺から見て右の突き当たりには、階段が見えた。
おそらくここはどこかのマンションだろう。正面にはこちらよりも高いビルが見え、廊下の手すりから下を覗けば、道路を歩く人の姿が見えた。
外の景色が見えたことで気持ちに少し余裕が生まれる。拉致監禁、とまではなっていないようだ。まだ腰に浸かったくらい。
(半裸で裸足……いや、言ってらんねえ)
一刻も早くここを抜け出すべきだ。意を決してドアを離れ、階段に近づく。住民に見られるかも知れないが、むしろ好都合だ。警察なり管理人なりを呼んでもらおう。
階段の傍に立つと、壁に6という数字が見えた。ここは6階か。壁に手をつき、タシタシと階段を下っていく。管理室はおそらく1階だろう。声を掛けて警察と家に電話を、
タン、タン、タン、
「っ!?」
誰かが下から上がってくる音。思わず身がすくみ、咄嗟に隠れる場所を探してしまうが、そうじゃない、と強く思い留まる。
(落ち着け……落ち着けるわけないけど、理性的に判断しろ。見つかる、通報される、それでいいんだ)
両手を上げるべきか。いや下手に目立つ真似はするべきじゃない。腰を低くして、相手に過度な警戒を与えないように、ああくそ歯が勝手にカチカチ鳴っちまうぞいっそ口を覆うかいや待て俺をさらった犯人が昇ってきてたら、
「ん?」
「――うわぁ!?」
急に相手が現れたものだから、素っ頓狂な声をあげてしまった。
曲がり角から顔を出した相手は、肌の日焼けた美女だった。顔つきは若い。大学生くらいだろうか。身長はかなりある、俺もそれなりに高いけど、同じくらいかも知れない。
長い黒髪をポニーテールに結い上げた褐色美女は両手に買い物袋を提げ、不思議そうに俺を見つめて固まっている。当然の反応だろう。
俺はと言えば、美女にパンツ一張羅な姿をガン見されて心臓が飛び出そうなほど緊張し――
ムクムクムク
これでもかというほど勃起した。
(はぁああああ!!??)
もうね。アホかと。バカかと。
ただでさえ不審者全振りな恰好してる癖に、変質者属性をつぎ足してどうすんだ。俺が被害者だとしても、擁護には限度がある。無関係な人に勃起竿を見せつけるなんていう、痴漢まがいの行為をして許される道理などない。
「ごめんなさいぃぃぃぃ!!」
たまらず俺は階段を駆け上がった。ボルンボルンと怒張した息子が嫌ってほど邪魔してくるが、構うものか。一秒だってここには居られない。恥ずかしさに耐えられない。
だけど、どこに逃げるというのだろう。俺が身を隠す場所なんてさっきの怪しげな部屋しかない。あそこに留まるなんてそれこそ愚策だ。
だが悲しいかな、無意識的に俺は元の場所――さっきの部屋の前まで逃げてしまった。中に入る気はないが、階段で女性とすれ違う方が気まずい。とりあえずここで時間を潰して、また隙を見て1階に降りよう。……こいつが落ち着いたら。
(お前、何で元気なんだよ……)
今日は風が強いので体温がどんどん奪われるし、素足でコンクリの床はとても冷える。ブルリと背筋が震える非常に寒々しい状態だが、股間だけがやけに張り切っていた。
(そりゃ、美人だったけど)
目を丸くしてこっちを見ていた、ポニーテール褐色美女。化粧っ気のない顔だが、鼻筋の通った涼やかな顔つきとキレ長の目元が見事で、余計な装飾こそ邪魔に思えた。そのうえ、
(デカかった……!)
ボンッ! キュッ! ボンッ!のリズム天国。内なるゴリラがドラミングである。
ノースリーブのブラウスは前部が大きく突き出して凶悪な谷間を見下ろす視界いっぱいに映し、大きなお山のせいで浮き上がった裾からは綺麗に引き締まった腰が露出、ムッチリとした下半身はデニム生地をパンパンに張り詰めさせ、健脚美脚を飛び越えたエロチシズムを醸し出していた。
視界に収めたのは一瞬でも、一年分のオカズを手に入れた気分だ。そりゃ息子も張り切ろうというもの。
ただまあ、振り返るのは今じゃない。この訳の分からない状況を抜け出してからである。
(ここがどこなのかも分かってないし、真剣になれよ俺……!)
現状は依然としてカオス。いま尻込みしてる場合ではない。
思考を戻して股間が甘勃起になるまで、数秒の時間を要した。
「よし、行くか」
「どこにだ」
「おほっ」
背後からの突然の声に、俺は慌てて飛びずさる。振り返ったそこには、先ほどの超絶体型の褐色美女が立っていた。
彼女の身体を視界に入れた途端、ズクズクズク、とまたしても股間が張り詰めていく。即堕ちであった。不甲斐なさに涙が出る。
「……」
スウっと彼女の視線が明らかに俺の下半身へと向けられ、俺は情けなくも前かがみになった。両手を使っても隠し切れない恥勃起、せめて隠そうという意志は示さなければ。こそこそと後ろを向く。
「あの、違うんですよ、おれ、意味わかんないんだけど、こんなとこにいて、わけわかんないと思うんですけど、俺もわけわかんなくて」
階段は彼女を越えた先にあり、どうしたって通り抜けるしかない。しどろもどろになりながら、無害さをアピールするために後ずさる。彼女の部屋のドアまで下がるべきだろうか。いや、部屋を特定したと思われても良くない気がする。どうしよ。泣きそう。
「……ふん」
ぷいっと彼女はそっぽを向くと、右手の買い物袋の取っ手を手首に回し、空いた右手でドアノブを掴んだ。
その、俺が逃げ出してきた部屋のドアノブを。
「――」
そこ? なん? です? か?
驚愕が喉を飛び出るよりも先に。彼女は軽く開いたドアをそのデカケツでグンと押し出し、全開にした。
「とっとと入れ。処理してやる」
髪を不機嫌そうに揺らし、彼女は部屋に上がっていく。
俺は訳の分からぬまま、フラフラと引き寄せられるように、彼女の揺れるポニーテールを追いかけていた。
いつもなら超絶我儘ボディのグラドル、綾瀬なつきの笑顔が俺の目覚めを祝福してくれる筈なのだ。今は何も見えない。妹と大喧嘩した時、腹いせに破かれた時以来である。
「……?」
そして寝心地が違う。この硬さ、ベッドではなく敷布団だ。我が家に布団を敷く場所といえば、客間を兼ねている和室だけ。和室は1階に、寝室はすべて2階にあり、俺の部屋もそこにある。
つまりは、ここは俺の部屋ではない。
ましてや、俺の家でもなかった。
「どこだ、ここ……?」
フローリングの8畳間。
上体を起こして周囲を見回すと、部屋にはノートパソコンの乗ったテーブル、洋服箪笥、姿見が置いてある。壁にはよく分からないオリエンタルな装飾品と、時計が掛かっていた。カーテンから漏れ出た光とを合わせるに、朝の10時だろう。
殺風景だ。物が数えるほどしかない。そして当然のごとく、俺の私物は見当たらなかった。
明かりの少ない部屋は薄暗い。不気味さが拭えず、俺はそそくさと立ち上がった。ここを出よう。今すぐに。
そこで気づく。俺はパンツ一丁であった。
「あ???」
慌てて自分の身体をペタペタ触る。怪我はない。パンツも履きなれた俺のもので、息子も無事だ。異常らしい異常はない。いや、半裸な時点でイレギュラー全開だけども。
こんな恰好で寝るような真似はしたことがない。何かが起こっている。俺の預かり知らぬところで。
記憶を辿るも、昨夜からの行動が曖昧だ。確か部屋で課題に取り組もうとして……何があったんだっけか。
「っつか昨日が金曜とか、今日は土曜じゃね?」
休日に何やってんだよと悪態を吐いたが、それは今考えることじゃない。とにかく動いて、とにかく脱出だ。洒落になってないこれは。
俺の背後の壁には木製のドアがついていて、意外にもすんなりと開いた。ドアの向こうには廊下が続いており、両側に引き戸があり、正面には玄関が見えた。玄関に靴は何もなかったが気にしていられない。身なりを整えるよりも先に、ここから抜け出したい衝動のが強かった。
素足のままドアにしがみつき、サムターンをぐいと捻って押し開ける。
ゴオッと風が強く吹いた。恐る恐るドアから顔を出して確認すると、横にまっすぐの廊下が伸びていた。数メートル間隔で同じような扉が設置されており、俺から見て右の突き当たりには、階段が見えた。
おそらくここはどこかのマンションだろう。正面にはこちらよりも高いビルが見え、廊下の手すりから下を覗けば、道路を歩く人の姿が見えた。
外の景色が見えたことで気持ちに少し余裕が生まれる。拉致監禁、とまではなっていないようだ。まだ腰に浸かったくらい。
(半裸で裸足……いや、言ってらんねえ)
一刻も早くここを抜け出すべきだ。意を決してドアを離れ、階段に近づく。住民に見られるかも知れないが、むしろ好都合だ。警察なり管理人なりを呼んでもらおう。
階段の傍に立つと、壁に6という数字が見えた。ここは6階か。壁に手をつき、タシタシと階段を下っていく。管理室はおそらく1階だろう。声を掛けて警察と家に電話を、
タン、タン、タン、
「っ!?」
誰かが下から上がってくる音。思わず身がすくみ、咄嗟に隠れる場所を探してしまうが、そうじゃない、と強く思い留まる。
(落ち着け……落ち着けるわけないけど、理性的に判断しろ。見つかる、通報される、それでいいんだ)
両手を上げるべきか。いや下手に目立つ真似はするべきじゃない。腰を低くして、相手に過度な警戒を与えないように、ああくそ歯が勝手にカチカチ鳴っちまうぞいっそ口を覆うかいや待て俺をさらった犯人が昇ってきてたら、
「ん?」
「――うわぁ!?」
急に相手が現れたものだから、素っ頓狂な声をあげてしまった。
曲がり角から顔を出した相手は、肌の日焼けた美女だった。顔つきは若い。大学生くらいだろうか。身長はかなりある、俺もそれなりに高いけど、同じくらいかも知れない。
長い黒髪をポニーテールに結い上げた褐色美女は両手に買い物袋を提げ、不思議そうに俺を見つめて固まっている。当然の反応だろう。
俺はと言えば、美女にパンツ一張羅な姿をガン見されて心臓が飛び出そうなほど緊張し――
ムクムクムク
これでもかというほど勃起した。
(はぁああああ!!??)
もうね。アホかと。バカかと。
ただでさえ不審者全振りな恰好してる癖に、変質者属性をつぎ足してどうすんだ。俺が被害者だとしても、擁護には限度がある。無関係な人に勃起竿を見せつけるなんていう、痴漢まがいの行為をして許される道理などない。
「ごめんなさいぃぃぃぃ!!」
たまらず俺は階段を駆け上がった。ボルンボルンと怒張した息子が嫌ってほど邪魔してくるが、構うものか。一秒だってここには居られない。恥ずかしさに耐えられない。
だけど、どこに逃げるというのだろう。俺が身を隠す場所なんてさっきの怪しげな部屋しかない。あそこに留まるなんてそれこそ愚策だ。
だが悲しいかな、無意識的に俺は元の場所――さっきの部屋の前まで逃げてしまった。中に入る気はないが、階段で女性とすれ違う方が気まずい。とりあえずここで時間を潰して、また隙を見て1階に降りよう。……こいつが落ち着いたら。
(お前、何で元気なんだよ……)
今日は風が強いので体温がどんどん奪われるし、素足でコンクリの床はとても冷える。ブルリと背筋が震える非常に寒々しい状態だが、股間だけがやけに張り切っていた。
(そりゃ、美人だったけど)
目を丸くしてこっちを見ていた、ポニーテール褐色美女。化粧っ気のない顔だが、鼻筋の通った涼やかな顔つきとキレ長の目元が見事で、余計な装飾こそ邪魔に思えた。そのうえ、
(デカかった……!)
ボンッ! キュッ! ボンッ!のリズム天国。内なるゴリラがドラミングである。
ノースリーブのブラウスは前部が大きく突き出して凶悪な谷間を見下ろす視界いっぱいに映し、大きなお山のせいで浮き上がった裾からは綺麗に引き締まった腰が露出、ムッチリとした下半身はデニム生地をパンパンに張り詰めさせ、健脚美脚を飛び越えたエロチシズムを醸し出していた。
視界に収めたのは一瞬でも、一年分のオカズを手に入れた気分だ。そりゃ息子も張り切ろうというもの。
ただまあ、振り返るのは今じゃない。この訳の分からない状況を抜け出してからである。
(ここがどこなのかも分かってないし、真剣になれよ俺……!)
現状は依然としてカオス。いま尻込みしてる場合ではない。
思考を戻して股間が甘勃起になるまで、数秒の時間を要した。
「よし、行くか」
「どこにだ」
「おほっ」
背後からの突然の声に、俺は慌てて飛びずさる。振り返ったそこには、先ほどの超絶体型の褐色美女が立っていた。
彼女の身体を視界に入れた途端、ズクズクズク、とまたしても股間が張り詰めていく。即堕ちであった。不甲斐なさに涙が出る。
「……」
スウっと彼女の視線が明らかに俺の下半身へと向けられ、俺は情けなくも前かがみになった。両手を使っても隠し切れない恥勃起、せめて隠そうという意志は示さなければ。こそこそと後ろを向く。
「あの、違うんですよ、おれ、意味わかんないんだけど、こんなとこにいて、わけわかんないと思うんですけど、俺もわけわかんなくて」
階段は彼女を越えた先にあり、どうしたって通り抜けるしかない。しどろもどろになりながら、無害さをアピールするために後ずさる。彼女の部屋のドアまで下がるべきだろうか。いや、部屋を特定したと思われても良くない気がする。どうしよ。泣きそう。
「……ふん」
ぷいっと彼女はそっぽを向くと、右手の買い物袋の取っ手を手首に回し、空いた右手でドアノブを掴んだ。
その、俺が逃げ出してきた部屋のドアノブを。
「――」
そこ? なん? です? か?
驚愕が喉を飛び出るよりも先に。彼女は軽く開いたドアをそのデカケツでグンと押し出し、全開にした。
「とっとと入れ。処理してやる」
髪を不機嫌そうに揺らし、彼女は部屋に上がっていく。
俺は訳の分からぬまま、フラフラと引き寄せられるように、彼女の揺れるポニーテールを追いかけていた。
19/06/21 16:43更新 / カイワレ大根
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