以心伝心
ニコラは、ベッドサイドテーブルの上に乗っている髪飾りを見つめていた。
目覚めたばかりでぼやけた視界と思考に、朝日を受けて照りつける桃色の光が、容赦なく突き刺さり、彼は目を細めた。
ベッドの縁に腰掛けたまま、しばし思案する。
――やっぱり、何度見てもこれはどうも……恥ずかしい。
しかし、彼にはこの髪飾りを付けないという選択肢は存在しない。しばしの逡巡の後、彼は諦めたようにため息をつき、ゆっくりとした手つきで、それを右の側頭部の髪に挟み込んだ。
『起きたよ』
頭の中で言葉を思い浮かべた。それにすかさず、別の声が答える。
『ずいぶんと、遅かったじゃない』
不機嫌な女性の声。
『ごめん、ソフィ。布団があんまりにぬくぬくで。つい二度寝を……』
『言い訳できる立場なのかしら』
ソフィと呼ばれた女性の声が、さらに不機嫌さを増す。
『まあいいわ。遅れた分は今日の仕事の誠意で見せてもらうから』
ため息をつきつつ、彼女が言う。
『あー……今日は野菜だっけ?』
ニコラが目線を上げ、髪飾りを人差し指で抑えつつ、思い出すように答える。
ベッドから立ち上がり、彼は流し場に向かった。
『そうよ。にんじんが欲しいわ。あとはたまねぎ、ピーマン、かぼちゃ……』
彼の返事を聞かず、彼女は流れるように欲しい野菜とその数をしゃべり始めた。ニコラは、顔を洗い、歯を磨きながら、一回しか言わない買い物指令を平然と暗記していく。彼は何度も行っていることなので、すっかり慣れてしまっていた。
『わかった。それじゃあ行ってくるよ』
身だしなみを整え、出かけるための服に着替えると、玄関扉を開けつつ彼が言った。
『なるべく早く来なさいよ』
ソフィがそう言うと、それ以降彼女の声は彼の脳内には届かなくなった。
――やっぱり恥ずかしい。
ニコラは市場で目当てのものを探しつつそう思った。
彼の髪の毛の間で光る髪飾り。それはシルバーでできており、花を模した意匠の中央に、桃色の宝石が埋め込まれていた。
家を出る前に、ソフィと互いの顔を見ずに会話ができたのはこの髪飾りのおかげである。埋め込まれた宝石は魔力を固めたもので、おそろいのもう一つの髪飾りをつけている者と、電話のように通話することが可能となるマジックアイテムである。
――全く、緑と桃の二種類だったのに、ソフィが緑を取っちゃうから。
元々女性向けの華やかなものであったが、色によって余計に女性っぽさが増してしまっていると彼は思っていた。
――その上、緑は先にソフィが取っちゃうし。
「蛇といえば緑だから、こっちは私のね」
と、彼の返事も聞かずに緑を選んだ彼女の声が思い起こされる。それと同時に、彼の買出しを待っているであろう、彼女の姿が頭に浮かんできた。
光に透かすと暗い緑になる、海草を思わせる黒髪。その間には、彼と同じ形で、花の中央に鮮やかな翡翠色の宝石が埋め込まれた髪飾りが光る。簡素なワインレッドの紐でまとめられたツインテールの先は、髪よりも少し緑が濃くなった、黒緑の蛇たち。
知性と鋭さを感じさせる、つり上がった目。その中央には、縦に切り裂かれたような瞳孔を持つ、深緑と黄色の混じった瞳。
ほっそりとした首。さらされた鎖骨。上半身は、蛇の鱗と蛇の瞳があしらわれたチューブトップ一枚。それに隠された、慎ましい胸。年中この格好なため、へそが出っ放しで風邪をひいたりお腹を壊したりはしないのだろうかと、彼はいつも心配している。
彼の胸から下をぴったりと隙間なく巻ける程度の蛇の下半身。苔を思わせる、深みのあるグリーンの鱗。尻尾の先端は、彼女の恐ろしい石化能力を思い出させる、灰と黒の硬い素材に覆われている。
上半身と下半身、別の生物の特徴を組み合わせたその境目は、砂漠の砂を思わせる、くすんだ黄色の布で隠されていた。
以上が、これから出会う、彼をこき使っているメドゥーサ、ソフィの姿である。
「やあ、買って来たよ」
お昼時。市場で目的のものを買ってきたニコラは、緩やかな山道を三十分ほどかけて登り、彼女の住む小屋にたどり着いた。
「遅いじゃない。もうお昼よ」
殺風景な小屋の中央、ござが敷かれ、座椅子に座ったソフィが言った。テーブルに載ったカップを持ち上げ、中のコーヒーに口をつける。
「昼ごはんにはちょうどいいんじゃないか?」
彼がふふっと笑いながらうそぶく。
「ふん、そんな言い訳しても通用しないんだからね」
ぷいと彼女がそっぽを向いた。
「あれ、俺の分もあるのか」
そんな不機嫌な彼女の様子を気にすることなく、彼は机の上に目を向けた。彼女がさっき飲んでいたコーヒーのカップ。テーブルの中央に置かれたポットを挟むように、手前にもう一つカップが置いてあった。
「ちょっと、作りすぎちゃったのよ」
体勢を変えないまま、彼女が言う。彼に体の側面を見せたまま、カップを持ち上げぐいと飲み干した。直後、カチャリと音を立て、カップがテーブルに戻る。
「よく一気に飲めるなぁ。俺には無理だな。熱いのは弱くて」
そう言って、彼は恥ずかしそうに笑い、頬をかく。
「まあ、それは置いておいて、せっかくのコーヒーがもったいないし、いただきます」
そう言って、彼はもう一つの座椅子にどっかりと座り、コーヒーに口をつけた。
「……」
彼の眉が少し寄った。
「ああ、その、ごめんな。待たせて」
「何よ、急に」
ちらりと彼の方に横目を向け、彼女がつぶやく。
「いや、そのままの意味だよ。思ったより、待たせてしまったみたいだ」
彼はカップを勢いよく傾け、中身を一気に胃へと流し込んだ。彼の食道に、冷たい感覚が遅れて駆け下りる。
「ふ、ふん。いつでもそうやって素直でいればいいのよ」
自分がどれだけ待っていたかを気取られたことに、彼女は頬を染め抗議する。
「まあ、遅れてきた罰は、当然行動に示してもらうわよ。コーヒーを飲み終わったんだから、ほら、さっさと昼ごはんの準備をしなさいよね」
彼女は彼を立たせ、台所へと急かした。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
テーブルを挟んで向かい合い、二人は手を合わせた。
「我ながら、よくできたな」
「まあまあね」
その言葉でニコラは苦笑する。
「あ、何笑ってるのよ」
「いや、誰かさんのせいで、食料が予想以上に減っちゃったなぁって思って。誰かさんのおかわりのせいで」
何よー!と腕を振り回し、ソフィは彼の頭をぽかぽかと叩いた。
「ほんっと、あんたってばデリカシーがないんだから」
頬を膨らませ、つり上がった目をさらに吊り上げる彼女。
「ふぅ、まあいいや。それなりだったし。お腹いっぱいになれたし。誰かさんが遅かったせいでぐっすり眠れたし。あとは……」
ちらりと、彼女は彼の顔を見上げる。彼女の視線を受け、彼の喉がごくりと鳴った。
「私のためにがんばってくれたんだから、お礼、しないとね……」
彼は、この言葉と同時に彼女の雰囲気が一気に変わったのを感じた。普段は、近寄りがたくチクチクとした印象を受ける彼女であるが、今は違う。まるで自分が蜜を求める虫にでもなったかのような錯覚に陥る。吸い寄せられるような感覚。
「ほら、ズボン脱いで」
彼に拒否する理由はなかった。まるで彼女が一流の催眠術師になったかのように、彼の体が意志を伴わず動く。腰を締め付ける紐を解き、下着と同時にズボンを脱ぎ下ろす。彼の陰茎はすでに重力に逆らい天を指していた。
「全く。お礼と聞いてすぐにこんなにしちゃって……」
あきれたように彼女がため息をつく。その息が亀頭に当たり、ペニスがぴくんと震えた。
「ほんと、どうしようもない子供おちんちんね」
そう言うと、彼女は大きく、彼に見せ付けるように口を広げた。
「ここに、入れて欲しいの?私の口の中に、おちんちん入れて、なめて、しゃぶられたいの?お礼、されたいの?」
口内が外の明かりに照らされ、中があらわになる。蛇の特徴を持つ魔物らしく、彼女の舌は人間のものとは違い、比較的薄く、先はわずかに二股に分かれていた。
こくこくと、彼は大きく何度もうなずいた。息も荒くなり、頬が興奮で赤く染まる。
「そんなに切羽詰った表情しちゃって……そこまでしてほしいなら、してあげる」
しゃべり終えると、ソフィはもう一度大きく口を開き、カリに唇をひっかけるように合わせた。亀頭部分が、口内に隠され見えなくなる。
「う、くっ」
彼女の唇が触れただけで、ニコラは快楽の声を上げる。
「れるん」
わざとらしく声を出しつつ、彼女は彼の皮かぶりの亀頭に、舌の先をねじ入れた。分かれた舌の先端が広がり、包茎の入り口をこじ開ける。
『はぁ……粘膜が外にさらされて……濃い匂いが……』
うっとりとした、彼女の普段のものとは思えない声が、彼の頭に響いた。
「くっ、ソフィぃ、何か、言った……?」
聞き返す彼の声を聞くと、彼女が上目遣いで睨みつける。
「ちゅぽっ、何よ……嫌なの?文句あるならやめちゃうわよ」
ペニスから唇が離れ、ねっとりとした唾液が糸を引く。そう言われると、彼は何も言い返すことができない。彼がこき使われつつもここに通うのをやめないのは、彼女に会えることと、毎回帰る前に彼女がしてくれるこのお礼が目当てだからだ。それを止められたらたまったものではない。
「ふん。そうよ。あんたはそうやって、私の口と舌の感触でだらしない顔してればいいのよ」
垂れた目つきの鋭さが一瞬戻ったが、すぐに中断されていた作業を再開させた。
「くっ、うぅっ」
余り皮と粘膜の間に、無理やり二股の舌が入り込む。快楽の感覚がむき出しで、とても弱い部分。そこを柔らかながらしっかりとこすられて、ニコラの背筋にぞくぞくとした寒気のような快感が走った。
『ふぅぅぅ……これぇ、この味ぃ……それにしっとりと貼り付く感触……好きぃ』
また、彼の脳内に彼女の声が響いた。だが、今度は彼は何も言わない。今度こそ本当に止められるかもしれなかったし、そもそも彼女の舌技がすごすぎて、何かを言う余裕がなかったのだ。
『カリを重点的に、ぞりぞりぃ、ぞりぞりぃ……』
入り込んだ舌の先端が、くるくると回りながらカリの溝の奥をなぞる。
『あはっ、すっごく震えてる。私の舌、そんなに気持ちいいんだ』
思わずうなずいた彼を、不審そうな目で彼女が覗き込む。
「ぬちゅっ、れぇるっ、ちゅっちゅっ」
皮の中が湿り、彼女の舌によって亀頭粘膜とくっついたり離れたりするたびに、ねちねちという粘った音がする。
『もう、むいちゃおう……これ、もう我慢できない。早く、あんたの可愛い顔が見たい』
彼女の余裕のない声が響いた瞬間、彼はぞくりと一際大きな快感を受けた。彼女の口内に納められているため見えはしなかったが、一番大事な部分がすーすーと冷たい感触を受けているのを覚えた。
――ソフィ、一気に、皮を……
そこからの舌責めは、さらに激しさを増した。
「れるん、れるれる」
敏感な部分を、舌の平たい部分で何度もなめられる。
「ちゅぅ、ちゅぅぅ」
唇のやわらかい肉が亀頭を前後にこすり、それと同時に吸引される。
「にちっ、ねちねちっ」
舌先を尖らせて、尿道口に挿し入れ上下に動かす。
ニコラにとっては、股間から這い上がる感覚だけで、もうたまらないものであった。その上、頭に響く彼女の声。
『もう、またこんなに汚して。わざとなの?』
カリに溜まった汚れを、硬く尖らせた舌先でぞりぞりと擦り取られる。
『うふふ、粘ってる美味しい汁出てきた』
一度口内から亀頭を抜き、唇をすぼめて尿道口をキス。
『やっぱり、ここ気持ちいいんだ。ぴくんぴくん震えて、可愛い』
唇を下にずらし、裏筋にキスをしながら息を吸い込む。
「はっ、あっ!それ、だめっ!」
休みなく襲い掛かる快感に、ついに彼の足腰が限界を迎えた。力が抜け、がくりと尻が地に落ちそうになる。
「ちゅっ、だめ!ほら、もう少しだから、我慢してっ」
「そん、なっこと、言われてもっ!」
腰が引け、何とか座り込まないように踏ん張るが、中々力が入らない様子。
「まったく、しょうがないんだから……じゃあ、私の手、にぎって」
彼女があたまの横に両手を持ち上げ、手のひらを彼の方へ向けた。小さくうなずくと、彼はその手を自分の手でにぎる。二人の指が絡まり、しっかりとつながれた。
「そう。私の手をしっかりにぎって。これなら立てるでしょ?」
そう言った後、すぐにフェラチオが再開された。
『まったく、私が言わないと、何もしないんだから……』
心のぼやきが彼の頭に流れ込む。
『でも、もうすぐ終わりそうだね……おちんちんのびくびくに余裕がなくなってきた』
楽しそうな、嬉しそうな声。
一度快感が中断されたので、少し、ニコラの思考が晴れた。そして、考える。
――ソフィの心の声が聞こえる?
今まで、そんなことはなかったはずだ。と、彼は振り返った。二人が付けているおそろいの髪飾り。いくらマジックアイテムといっても、思ったことが全て相手に伝わるわけではない。
髪飾りを指や手で触れ、強く念じないと通話ができないのだ。
――でも、今ソフィの両手は俺の手とつながってるし、そもそもこの状況では……
そこで、彼の思考は止まった。彼女がペニスの根元まで、自らの口内に挿入させたからだ。
「ぐっ、これは……!」
亀頭の先端が、弾力のあるものと当たる。
「んぐんぐ」
とろりと嬉しそうにとろけた表情の彼女がくぐもった声を出すと、亀頭が揉まれ、彼は気の抜けたため息とも声ともつかない喘ぎを漏らす。
――喉の奥に……
『我慢汁の喉越し、いい……ねちっねちって、奥に貼り付いて……』
先ほどまでとは段違いの気持ちよさが、彼の射精欲を一気に限界まで高める。
『あっ、傘がぷくぅって開いた。出る、美味しいの、出る……』
口内だけでなく、頭の動きも加えた。頭を前後に動かし、それによって亀頭が何度も喉奥に当たる。
「あっあっ、もう、だめ、だっ」
『ああ、その顔、可愛い。好き。もっと見たい。もっと可愛くしたい。好き。好き。精液、好き。大好き!』
「にゅぽっ……さっさと、出しなさいよ。あむぅ」
心の本心と、外に出る強がり。その格差に、彼の心は完全に射抜かれた。
「……っ!はっ……あ……っ!」
もう一度喉奥に入れられた瞬間、彼の快楽は弾けた。ぎゅっと縮み上がった睾丸が、出たがっていた精液を大量に放出する。
「んっ、ごくごく……ごく……」
うっとりと目を細め、むせることなく精液を全て飲み干していく。
「あっ、はぁっ……!ああぁ……」
体の力は抜けるが、魂が抜けるのを防ぐかのように、両手はがっちりと彼女のものをにぎる。彼女は、それをしっかりとつなぎとめていた。
『いいよ。もっと。もっと出して。ちゃんと、私が支えてあげるからね』
甘える子供をあやす母親のような、優しい声が、彼の射精をさらに引き出す。
「ごくっ……ごくっ……ふぅ」
外へ漏れた精液を飲み干し、一息つく。
「ほんと、あんた、何でこんなに量が多いのかしら。嫌がらせなの?ああ、もう、まだ溢れてくる」
先からとろりと溢れる薄まった精液を見つけると、彼女はもう一度唇を陰茎へと近づけた。
「れるっ、ちゅっ、あむぅ……」
漏れ汁を舐め取ると、一度唇を離し、様子を確認する。また漏れると、さらにもう一度……と、三回ほど亀頭の掃除を行った。
「ちゅぅぅ……ぽっ。うーん……うん、ようやく全部吸えたわね」
それなら……とニコラは彼女から離れようとするが、がっちりとにぎられた彼女の手が、それを許さない。さらに、彼女の髪の毛の蛇が、彼の服の袖にかぷかぷと噛み付いてきた。
「まだ、掃除が終わってないでしょ?ちゃんと綺麗にして初めてお礼なんだから。もうちょっと我慢しなさいよね」
ほんと、せっかちなんだから……そうつぶやくと、彼女の唾液でぬらぬらと湿り光っているペニスに舌を這わせ始めた。
「んっ、れるぅ……んん、ちゅぅ」
彼女がにぎっていた手を離し、彼の裸の下半身に腕を回す。彼の尻の後ろで両手をにぎり、しっかりと彼の体を固定する。さらに、下半身の蛇身が、彼の足先からとぐろに巻きつき、きゅっと、彼の体を痛めないように締め付ける。灰色の尻尾の先は、ちょうど彼女の両手に触れる直前で止まった。
「ふぅっ、んっ、ちゅぽっじゅぽっ」
舐めていた舌を引っ込めると、ペニス全体が彼女の口内に納められた。精液を抜き取るための前回とは違い、今度は皮膚に貼り付いた唾液をすすり、綺麗にするための、優しい刺激。
「はぁぁ……」
射精したばかりで敏感な粘膜をいたわったソフトタッチに、彼は思わず気の抜けたため息を漏らす。
『うん、いいよ。もっとゆるゆるの顔、見せて』
中断されていた心の声が、また響く。
『もっと甘えていいよ。もっと、私の体に、身を預けて』
彼の体から、力がすっと抜けた。だが、しっかりとつながれた手と、しっかりと巻かれた尻尾が、彼の体を確かに支える。
「ちゅっ、ちゅぅっ、ずっずずずっ……」
何度も吸い付き、すすり、綺麗にする。
『ありがとう。いつも、私のために……』
「れるっ、ちゅぅ」
『私、素直じゃないのに。いつもひどいこと言ってるのに。嫌な顔一つしないで』
「ずるるっ」
『友達ができなくて、人見知りが激しくて、臆病で。でもさびしがり屋で。そんな私に、あんたは、いつも優しく接してくれて』
「はぁむ、ちゅっ」
『ニコラがいなかったら、私、もう……』
「ずずっずずずぅ……ちゅぽっ」
唇が離れると同時に、彼女の心の声が消えた。
「はい、掃除終わり」
そう言うと、彼女は彼を縛っていた拘束を解いた。手は離れ、尻尾は解け、蛇たちは噛むのをやめる。
「ほら、終わったんだから。さっさとズボンはいて、さっさと帰りなさいよね」
夕闇が辺りに漂い、カラスの鳴き声が遠く聞こえる。
橙色の光が差し込む、ソフィの小屋。蝋燭もつけず、ゆるやかに暗さが増す中、主はベッドの上に乗り、熱いため息をついた。
「はぁ……」
ニコラが彼女に急かされながら帰った後、彼女は何度も同じようなため息を漏らしていた。
「ニコラ……」
思わず、彼の名をつぶやく。目尻は下がり、普段の鋭さが感じられない。
手を広げ、それを自分の鼻先へと持っていく。
「はぁぁ……ニコラの匂い」
彼女の鼻腔に、彼の香りが届く。彼の手料理の香りと、土の香り。いつも、彼の体から漂う香り。それが、彼女の頭の中に彼の幻影を見せる。
彼女がどんなに突き放し、棘のある言葉を言っても、彼だけは彼女の元を離れなかった。いつも笑顔でいてくれた。
彼と会い、彼と話し、彼と食事を共にし、彼の大事なものを口にくわえている間だけ、他の全ての者を忘れることができた。
「父さん、母さん……」
両親を思い返す。二人は、彼女と今住んでいるこの小屋、そして身に付けている髪飾りを遺して逝った。反魔物、教団軍の魔物狩りに巻き込まれて。
――ソフィ。もし、あなたに大好きな人が、その人以外に誰もいらないと思えるような男性が現れたら、この髪飾りを渡しなさい。これは、大好きな人とあなたを結びつける、魔法の髪飾りよ。
暖かい、母の言葉と手のぬくもりを思い出す。
それから一週間経たず、両親は娘をかばって死んだ。
今、彼女が住んでいる山の、麓の街は親魔物派の領地となっている。魔王の娘の一人である、デルエラによるレスカティエ占領の余波が届いたせいである。
だが、彼女はそれでも山を降りることはしなかった。両親を殺した人間という種族を信用できなかったから。
それゆえに、彼女は他人に対してつんつんと棘のあるセリフを言い、なるべく他人とは接しないようにしていた。
しかし、ニコラだけは違った。
「ニコラぁ……」
もう一度、想い人の名を呼ぶ。息が荒くなり、頬が紅潮する。
「ニコラ、ニコラ、ニコラぁ……好き、好きぃ」
彼の匂いが染み付いた自らの指を、彼女は口に含んだ。
「はむ、ちゅっ、じゅぅっ、れるぅ……はぁ、はぁ、ニコラの、味……」
自分の手をぎゅっとにぎり締め、自分の口技で達し、自分の喉の一番奥に、大事な大事な子種を吐き出してくれたことを思い返す。
「はぁ、はぁ……ひどいよ、私を、こんなにして……」
唾液で湿った手で、腰に巻かれた布を取り払う。彼女のすでに粘液でねとねとと濡れている股間が、外気にさらされた。
「ずっと、ずっと。あんたの、舐めてる間、ここがじゅんじゅんして、がくがく震えてたんだから……」
割れ目の横のふくらみに指を伸ばし、両手で押し広げる。ねちっこい音がして、粘液の糸を引きながら、桃色の膣肉があらわになった。
「その上、あんなに濃くてたっぷりの精液出して……何てことしてくれるのよ……」
ごくりと喉を鳴らし、昼に出された精液の喉越しと味を思い出す。つぷつぷと、きゅっと締まった肉を押し分け、一本の人差し指が進入していく。
「はぁ、あぁぁ……」
ぞく、ぞくと、股間から生まれる気持ちよさが、寒気のように背筋を這い上がる。
「それに……射精しているときのあの緩んだ顔……くぅっ、あんな顔、されたら……」
くんと挿入された指を曲げ、膣壁の上面を引っかくようにこする。ひぅ!と搾り出すように喘ぎが漏れた。
「好きに、大好きになるに、決まってるじゃないの……!」
それからは、ただひたすらに快楽のツボ、Gスポットをこすり続けるだけだった。
「ふぅっ、きゅぅぅ!はぁっ、あぁぁっ!」
指の腹がつぶつぶの肉壁をこするたび、暴力的な快感に彼女の全身が震え、それと共にギシギシとベッドが鳴る。
「うんっ、ふぅあぁぁぁ!」
弱く、強く、波のように気持ちよさが押し寄せ、強くなると同時にきゅぅきゅぅと、強く指を締め付ける。
大陰唇を押さえつけていたもう片方の指も解放し、割れ目の上の部分、ぷっくりと充血し膨らんだクリトリスをつまむ。
「はぁぁぁ!あぁぁんっ!」
周りには人家が一切ない山の中。彼女は遠慮することなく声を漏らす。
「ふぅぅ、うぅぅん!……だめ、もうだめ……」
がくがくという痙攣が大きくなる。
「イく、だめ、イくぅ……」
それから何秒と経たず、ソフィは弱弱しく一鳴きし、絶頂した。
「ニコラぁ……好きだよぉ……足りないよぉ……」
海老反った背筋が戻り、大きくギシッとベッドが鳴った。
「あ、あのぉ……」
自慰を終え、荒く息をついているソフィに、戸惑ったような声がかけられた。
「え?」
聞こえるはずのない声。彼女は一瞬のうちに上半身を起こし、声がした方向に顔を向ける。
すっかり陽が落ち、月明かりしかないせいでよくは見えなかったが、彼女にはシルエットだけで、一瞬でそれが誰かが分かった。そもそも、この声を聞き間違うわけがない。
「ニ、ニコラ、そんな……」
ついさっきまで思い描いていた人物、ニコラが立っていた。
「何で、何でこんなところにいるのよ!」
枕を投げ、必死で抗議する。
――そんな、さっきのあれ、見られた……?
一番恥ずかしく、最も見られたくない姿を、彼に見られた。彼女の頭の中はパニックになった。
「嫌だぁ!早く出てってよぉ!帰ってよぉ!」
普段の毅然とした態度はどこにもなく、ただ涙して叫ぶばかり。
「ソフィ……その……」
対するニコラは、どことなくばつの悪そうな表情を浮かべていた。しかし、彼の股間は自慰を見せ付けられたせいで、痛いほど充血している。その上、息は荒く、心臓の鼓動が大きく、早くなっている。
もじもじと体を動かし、彼はうつむき赤面する。
「だから、早く……」
「俺さ」
さらに帰るように急かす彼女の言葉を、彼のものがさえぎった。
「ソフィの、その……オナニーを見て、何というか、えーと……」
言葉を選ぶように、慎重に言葉を紡ぐ。
「すごく、興奮した……」
全てを言い切り、彼は意を決したように表情を引き締めた。
「こんなときに何を言ってるのよバカぁ!」
毛布に顔をうずめ、彼女はじたばたと悶えた。尻尾がばたばたとベッドを叩く。
その間に、彼は彼女の元へと歩いていく。その足取りは頼りない。意識なく勝手に動いているような、ゾンビのような歩き方だ。
「ソフィ」
ニコラの腕がベッドに乗り、ギシリときしむ音がする。
「……っ!」
恐る恐る毛布を下げるソフィ。口元を覆うような形になり、おびえた瞳が彼の瞳を見つめる。
「手、毛布から離して」
彼の言葉が、彼女の耳の奥をくすぐる。彼の声はいつも通りの、彼女が思っている通りの優しげなものであったが、彼女は有無を言わさない圧力を感じた。
「は、はい……」
思わず丁寧な口調になってしまい、彼の言う通りにする。すると、彼の片手が、彼女の両手首をつかみ、彼女の頭上に持ち上げて固定した。優しくかつがっちりと拘束し、ベッドマットに押し付ける。
次に、彼は彼女の顔の下半分を隠す毛布に手をかけた。
「あ……」
息で熱されていた毛布がはがされ、こもり湿った肌が外気にさらされる。
彼の指が、彼女の顎に触れる。ビクリと、彼女の体が一度小さく震える。顎が持ち上げられ、二人の顔が真正面に向かい合う。
しばし見詰め合った後、彼がはっと目を見開いた。
「え、あ、その……ごめん」
突如口ごもる。
「そんなにおびえて……そうだよな、いきなりこんなことされたら、誰でも嫌だよな……はは」
力なく笑い、彼が離れようとしたが、それは叶わなかった。彼女のツインテールの先の蛇たちが、彼の髪の毛や服の襟に噛み付き、離れるのを拒んでいたからだ。
「あんた……私の、あ、あれ……見てたんでしょ?」
小さくつぶやく。彼は、しばらく迷った末、うなずいた。
「だったら、聞いたんでしょ?……私の声」
彼がもう一度うなずく。
「そりゃあ、確かに……私は素直じゃないけど……その、あんたがす、す、す……好きってことは、本当、なんだから……」
次の瞬間、彼女の声は彼の唇によってふさがれた。
「ん!?んん!んふぅ!」
抗議や戸惑いの声を上げることすら許されず、すぐに彼の舌が挿入される。
「んっ、んん……んぅ……」
彼女の見開いた目は、次第にとろみを帯び、声も艶っぽくなる。
「んぅ、れるっ、ちゅぅ……」
まぶたが降り、彼女は彼との初めてのキスの感触に浸る。
ニコラも、ゆっくりと目を閉じた。彼女と同じように浸ろうとしたが、それは叶わない。
――何だこれ……ソフィの舌、甘くて、とろとろで……
自慰によって火照り、すっかり準備の整っていた彼女の全身は、すでに男を絡めとり、性欲の海に堕とすためだけの魔性に成り果てていた。
脳内をガツンと打ち付ける強烈な快楽により、体から力が抜け、彼女の体に身を預けてしまう。同時に、彼女の手首を固定していた彼の手がゆるむ。
「んっ、ちゅっ、ちゅぅぅ……あふぅ」
柔らかく微笑んだ彼女は、自由になった両手で彼を押しのけることなく、表情と同じくらい優しく、彼の首に腕を回した。
さわさわと、彼の後頭部をなでる。
「ちゅっ、ちゅっ……んはぁ」
舌を戻すと、ソフィは軽く二度ほど彼の唇に触れ、熱くため息を吐く。
「キス、すごいね……」
興奮と酸欠で緩んだ表情、朱に染めた頬を見せ、甘く囁き微笑む。ズキッとニコラの心が締め付けられる。
――その笑顔、可愛すぎるだろ……
表情一つで、彼の心は完全に射抜かれてしまった。
「キス終わったら、次は、こっちだね」
彼女の下半身が、するすると彼の足先から這い上がる。尻尾の先が、さわさわと優しく、彼の張り詰めた股間をなでた。
「くっ」
ピリリと電流のように駆け上がる快感。彼が思わずうめく。
「昼に出したばっかりじゃない。なのに、もうこんなにぱんぱんにして……」
呆れたような声色で言うが、嬉しくてたまらない表情を浮かべ、彼女は微笑を絶やさない。
「うぅ、さっきからずっと、いてもたってもいられなくて……くっ」
「うん、いいよ。私に、欲情、してくれてるんでしょ?」
じゃあ……と言って、彼女は彼の体を仰向けに寝かし、自分の体を乗せた。
「ごめんね、重い?でも、ニコラの体、もうぐにゃぐにゃのくたくただから……」
下半身に巻きつきつつ、そっとズボンを下ろす。
「私が、してあげるね」
跳ね上がった陰茎が、彼女の腰を叩いた。
「はぁ……すごい……」
うっとりと、熱い吐息を漏らす。
「これ、今から、私の中に……」
ごくりと、彼女が喉を鳴らす。
「あの、その、は、初めて……だから……」
目を伏せ、恥ずかしそうに頬を染める。
「え、ああ、俺も、そうだけど……」
あはは……と彼が笑う。
「そ、そう、じゃあ、初めての、あげっこ、だね……ふふっ」
二人は見合い、しばらく笑い合った。だが、すぐにそれが消える。
「私たち、これから、するんだね……」
目を細め、声のトーンを落とすソフィ。
「嫌なら、そんな無理しないでも」
「バカ」
彼の提案を、彼女はすかさずさえぎる。
「まったく、あんたは本当に……分かってないんだから。優しすぎるのよ……」
彼女が彼の胸にぎゅっとしがみつき、すりすりと鼻を押し付ける。
「それに、もう、我慢できないんでしょ?」
彼女が股間を押し付ける。くちゅりと、粘り気のある音がした。
「私も……もう、我慢、無理」
亀頭が肉の谷に触れ、ヴァギナが押し広げられる。
「うぅ……」
温かな肉が触れるだけでまとわりつくような感覚を与える。彼は切羽詰った声を上げた。
「温かい……入れるね?」
ほぅと感極まったため息を漏らし、彼女が一言。返事を聞かず、ゆっくりと、しかし一気に、奥まで挿入した。
「うっ、ふぅぅ……はぅぅ……うぅんっ」
ずぷり……と、音を立て、根元までしっかりとペニスをくわえ込んだ。
「あっ、あぁっ、あぁぁ……」
『何これ……熱くて、ぐつぐつで……』
「うん、興奮、してたから……もうあそこが、じゅんとしてて……」
「ソフィ、痛く、ない?」
『そういえば、確かに、痛くない……おかしいな、初めては、痛いって、母さんが……』
「もしかして、自分の、指で……」
『あ……そういえば、オナニーで一回、痛かったことが……』
「くっ、うぅっ、でも、そのおかげで、ソフィの中、すごい……」
『あれ、さっきから、しゃべっていないことが』
『何でニコラに私の考えたことが?』
二人の思考が止まる。そして気付いた。今、二人は心の中が相手へだだ漏れであるということに。
「どういうこと……?」
「やっぱり……」
理解した後の二人の反応は正反対だった。ただ戸惑うばかりのソフィと、納得したニコラ。
「やっぱりってどういうことよ?」
「いや、その……」
彼は口ごもる。
「ここに来た理由……」
そこからぽつぽつと、彼はこの小屋にやってくる理由を語った。
「夕方、家に戻って、夕飯の準備をしてたら……急に、胸が締め付けられて、ソフィに会いたい、会いたいって、思った。……全身がゾクゾクして、早く会わないと、体が、どうにかなってしまいそうになって……そうしたら、いつの間にか山に入っていて、気付いたらここに」
彼がここでため息一つ。
「そうしたら、お前がオナニーしてて……最後の言葉を聞いて、『ああ、俺は、ソフィが好きなんだ、心の底から愛しているんだ』って……」
直後、搾り出すようなうめき声を上げ、ガクガクと、彼の全身が震えた。腰が跳ね、彼女の子宮に、愛の証が流れ込む。
「はぁ……あぁっ、ニコラの、精子、出てる……中に、いっぱい……」
うっとりと目を閉じ、初めて味わう子宮での精液を堪能する。
『ああ、ニコラ、好き、好き、好きっ!好きっ!大好き!』
『俺も……だっ、愛してる。世界で一番、俺が、一番、お前を……!』
止まっていた腰が、どちらともなく動き出した。上下に動き、跳ね、時にひねりを加え、全力で愛する。
「んちゅっ、んっ」
目を閉じ、言葉をふさぐかのように、唇が合わせられた。だが、二人の言葉は止まらない。
『ニコラ、気持ちいい、おちんちん、ぐりぐり奥をえぐって、気持ちいいところに、当たって』
『くぅっ、肉が、もんできて、ゾクゾク……』
性感が高まり、すぐに限界に近づいた。
『もう、だめだ、出るっ、中に、出す……』
『うんっ、いいよっ!中に、出して!私、ニコラの、あなたの子供、孕むから、準備してるからっ、そのまま、一番気持ちいいの、出して!』
直後、腰が一際大きな音を鳴らし、二人は一番奥で果てた。
二人の視界は真っ白に染まり、宵闇の中に、バチバチと火花が散る感覚がする。
その後二人は、ぐったりと疲れきった体を互いにいたわり合い、愛しげになで合いながら、眠りについた。
それからいくらかの日数が流れて。
「う、うぅ……」
山の中の小さな小屋に、男のうめき声が聞こえた。ベッドで目覚めた彼は、ぐっと伸びをして、眠気を覚ます。
「おはよう」
直後、真横から女の声がする。彼が起きる前から目を覚ましていたらしく、彼の顔を覗き込みながら、微笑を浮かべていた。
「ああ、ソフィ、おはよう」
彼が、妻の名を呼ぶ。
「うん、おはよう、ニコラ」
ソフィが、答えるように夫の名をささやく。
話し合った結果、二人はソフィの小屋に暮らすことになった。彼女の両親の遺志を、彼が守りたいと考えたからだ。
『あなたはどこまでも、バカみたいに優しいのね』と彼女はそのとき笑った。
「また、俺の顔を覗いていたのか?恥ずかしいのに」
そう言う通り、彼の顔は羞恥に染まり、頬をかいて抗議する。
「だって、あなたの寝顔、とっても可愛いから……あ、そうだ」
にこりと笑っていた彼女が、ぽんと手を叩く。
「お礼、しないとね」
ふっと、彼女の声に艶が出た。ねっとりと、色気のある声色。それに合わせて、彼の喉がごくりと鳴る。
二人の間で、『お礼』という言葉は一種の暗号のようになっていた。
「今日も、私のそばにいてくれてありがとう。私のこと、愛してくれてありがとうってお礼。精一杯するから、精一杯受け止めてね」
そう言うと、彼女はごそごそと布団にもぐり込んだ。
「ちょっと待って、まだ、心の準備が、あぁっ……」
言葉が股間に走る快楽でかき消される。
「んっ、れるっ……んっ、んっ……」
蛇の特徴を持つ通り、ねっとりとした舌使いで、今日も朝から彼は彼女の口に精液を何度も放ってしまうのであった。
目覚めたばかりでぼやけた視界と思考に、朝日を受けて照りつける桃色の光が、容赦なく突き刺さり、彼は目を細めた。
ベッドの縁に腰掛けたまま、しばし思案する。
――やっぱり、何度見てもこれはどうも……恥ずかしい。
しかし、彼にはこの髪飾りを付けないという選択肢は存在しない。しばしの逡巡の後、彼は諦めたようにため息をつき、ゆっくりとした手つきで、それを右の側頭部の髪に挟み込んだ。
『起きたよ』
頭の中で言葉を思い浮かべた。それにすかさず、別の声が答える。
『ずいぶんと、遅かったじゃない』
不機嫌な女性の声。
『ごめん、ソフィ。布団があんまりにぬくぬくで。つい二度寝を……』
『言い訳できる立場なのかしら』
ソフィと呼ばれた女性の声が、さらに不機嫌さを増す。
『まあいいわ。遅れた分は今日の仕事の誠意で見せてもらうから』
ため息をつきつつ、彼女が言う。
『あー……今日は野菜だっけ?』
ニコラが目線を上げ、髪飾りを人差し指で抑えつつ、思い出すように答える。
ベッドから立ち上がり、彼は流し場に向かった。
『そうよ。にんじんが欲しいわ。あとはたまねぎ、ピーマン、かぼちゃ……』
彼の返事を聞かず、彼女は流れるように欲しい野菜とその数をしゃべり始めた。ニコラは、顔を洗い、歯を磨きながら、一回しか言わない買い物指令を平然と暗記していく。彼は何度も行っていることなので、すっかり慣れてしまっていた。
『わかった。それじゃあ行ってくるよ』
身だしなみを整え、出かけるための服に着替えると、玄関扉を開けつつ彼が言った。
『なるべく早く来なさいよ』
ソフィがそう言うと、それ以降彼女の声は彼の脳内には届かなくなった。
――やっぱり恥ずかしい。
ニコラは市場で目当てのものを探しつつそう思った。
彼の髪の毛の間で光る髪飾り。それはシルバーでできており、花を模した意匠の中央に、桃色の宝石が埋め込まれていた。
家を出る前に、ソフィと互いの顔を見ずに会話ができたのはこの髪飾りのおかげである。埋め込まれた宝石は魔力を固めたもので、おそろいのもう一つの髪飾りをつけている者と、電話のように通話することが可能となるマジックアイテムである。
――全く、緑と桃の二種類だったのに、ソフィが緑を取っちゃうから。
元々女性向けの華やかなものであったが、色によって余計に女性っぽさが増してしまっていると彼は思っていた。
――その上、緑は先にソフィが取っちゃうし。
「蛇といえば緑だから、こっちは私のね」
と、彼の返事も聞かずに緑を選んだ彼女の声が思い起こされる。それと同時に、彼の買出しを待っているであろう、彼女の姿が頭に浮かんできた。
光に透かすと暗い緑になる、海草を思わせる黒髪。その間には、彼と同じ形で、花の中央に鮮やかな翡翠色の宝石が埋め込まれた髪飾りが光る。簡素なワインレッドの紐でまとめられたツインテールの先は、髪よりも少し緑が濃くなった、黒緑の蛇たち。
知性と鋭さを感じさせる、つり上がった目。その中央には、縦に切り裂かれたような瞳孔を持つ、深緑と黄色の混じった瞳。
ほっそりとした首。さらされた鎖骨。上半身は、蛇の鱗と蛇の瞳があしらわれたチューブトップ一枚。それに隠された、慎ましい胸。年中この格好なため、へそが出っ放しで風邪をひいたりお腹を壊したりはしないのだろうかと、彼はいつも心配している。
彼の胸から下をぴったりと隙間なく巻ける程度の蛇の下半身。苔を思わせる、深みのあるグリーンの鱗。尻尾の先端は、彼女の恐ろしい石化能力を思い出させる、灰と黒の硬い素材に覆われている。
上半身と下半身、別の生物の特徴を組み合わせたその境目は、砂漠の砂を思わせる、くすんだ黄色の布で隠されていた。
以上が、これから出会う、彼をこき使っているメドゥーサ、ソフィの姿である。
「やあ、買って来たよ」
お昼時。市場で目的のものを買ってきたニコラは、緩やかな山道を三十分ほどかけて登り、彼女の住む小屋にたどり着いた。
「遅いじゃない。もうお昼よ」
殺風景な小屋の中央、ござが敷かれ、座椅子に座ったソフィが言った。テーブルに載ったカップを持ち上げ、中のコーヒーに口をつける。
「昼ごはんにはちょうどいいんじゃないか?」
彼がふふっと笑いながらうそぶく。
「ふん、そんな言い訳しても通用しないんだからね」
ぷいと彼女がそっぽを向いた。
「あれ、俺の分もあるのか」
そんな不機嫌な彼女の様子を気にすることなく、彼は机の上に目を向けた。彼女がさっき飲んでいたコーヒーのカップ。テーブルの中央に置かれたポットを挟むように、手前にもう一つカップが置いてあった。
「ちょっと、作りすぎちゃったのよ」
体勢を変えないまま、彼女が言う。彼に体の側面を見せたまま、カップを持ち上げぐいと飲み干した。直後、カチャリと音を立て、カップがテーブルに戻る。
「よく一気に飲めるなぁ。俺には無理だな。熱いのは弱くて」
そう言って、彼は恥ずかしそうに笑い、頬をかく。
「まあ、それは置いておいて、せっかくのコーヒーがもったいないし、いただきます」
そう言って、彼はもう一つの座椅子にどっかりと座り、コーヒーに口をつけた。
「……」
彼の眉が少し寄った。
「ああ、その、ごめんな。待たせて」
「何よ、急に」
ちらりと彼の方に横目を向け、彼女がつぶやく。
「いや、そのままの意味だよ。思ったより、待たせてしまったみたいだ」
彼はカップを勢いよく傾け、中身を一気に胃へと流し込んだ。彼の食道に、冷たい感覚が遅れて駆け下りる。
「ふ、ふん。いつでもそうやって素直でいればいいのよ」
自分がどれだけ待っていたかを気取られたことに、彼女は頬を染め抗議する。
「まあ、遅れてきた罰は、当然行動に示してもらうわよ。コーヒーを飲み終わったんだから、ほら、さっさと昼ごはんの準備をしなさいよね」
彼女は彼を立たせ、台所へと急かした。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
テーブルを挟んで向かい合い、二人は手を合わせた。
「我ながら、よくできたな」
「まあまあね」
その言葉でニコラは苦笑する。
「あ、何笑ってるのよ」
「いや、誰かさんのせいで、食料が予想以上に減っちゃったなぁって思って。誰かさんのおかわりのせいで」
何よー!と腕を振り回し、ソフィは彼の頭をぽかぽかと叩いた。
「ほんっと、あんたってばデリカシーがないんだから」
頬を膨らませ、つり上がった目をさらに吊り上げる彼女。
「ふぅ、まあいいや。それなりだったし。お腹いっぱいになれたし。誰かさんが遅かったせいでぐっすり眠れたし。あとは……」
ちらりと、彼女は彼の顔を見上げる。彼女の視線を受け、彼の喉がごくりと鳴った。
「私のためにがんばってくれたんだから、お礼、しないとね……」
彼は、この言葉と同時に彼女の雰囲気が一気に変わったのを感じた。普段は、近寄りがたくチクチクとした印象を受ける彼女であるが、今は違う。まるで自分が蜜を求める虫にでもなったかのような錯覚に陥る。吸い寄せられるような感覚。
「ほら、ズボン脱いで」
彼に拒否する理由はなかった。まるで彼女が一流の催眠術師になったかのように、彼の体が意志を伴わず動く。腰を締め付ける紐を解き、下着と同時にズボンを脱ぎ下ろす。彼の陰茎はすでに重力に逆らい天を指していた。
「全く。お礼と聞いてすぐにこんなにしちゃって……」
あきれたように彼女がため息をつく。その息が亀頭に当たり、ペニスがぴくんと震えた。
「ほんと、どうしようもない子供おちんちんね」
そう言うと、彼女は大きく、彼に見せ付けるように口を広げた。
「ここに、入れて欲しいの?私の口の中に、おちんちん入れて、なめて、しゃぶられたいの?お礼、されたいの?」
口内が外の明かりに照らされ、中があらわになる。蛇の特徴を持つ魔物らしく、彼女の舌は人間のものとは違い、比較的薄く、先はわずかに二股に分かれていた。
こくこくと、彼は大きく何度もうなずいた。息も荒くなり、頬が興奮で赤く染まる。
「そんなに切羽詰った表情しちゃって……そこまでしてほしいなら、してあげる」
しゃべり終えると、ソフィはもう一度大きく口を開き、カリに唇をひっかけるように合わせた。亀頭部分が、口内に隠され見えなくなる。
「う、くっ」
彼女の唇が触れただけで、ニコラは快楽の声を上げる。
「れるん」
わざとらしく声を出しつつ、彼女は彼の皮かぶりの亀頭に、舌の先をねじ入れた。分かれた舌の先端が広がり、包茎の入り口をこじ開ける。
『はぁ……粘膜が外にさらされて……濃い匂いが……』
うっとりとした、彼女の普段のものとは思えない声が、彼の頭に響いた。
「くっ、ソフィぃ、何か、言った……?」
聞き返す彼の声を聞くと、彼女が上目遣いで睨みつける。
「ちゅぽっ、何よ……嫌なの?文句あるならやめちゃうわよ」
ペニスから唇が離れ、ねっとりとした唾液が糸を引く。そう言われると、彼は何も言い返すことができない。彼がこき使われつつもここに通うのをやめないのは、彼女に会えることと、毎回帰る前に彼女がしてくれるこのお礼が目当てだからだ。それを止められたらたまったものではない。
「ふん。そうよ。あんたはそうやって、私の口と舌の感触でだらしない顔してればいいのよ」
垂れた目つきの鋭さが一瞬戻ったが、すぐに中断されていた作業を再開させた。
「くっ、うぅっ」
余り皮と粘膜の間に、無理やり二股の舌が入り込む。快楽の感覚がむき出しで、とても弱い部分。そこを柔らかながらしっかりとこすられて、ニコラの背筋にぞくぞくとした寒気のような快感が走った。
『ふぅぅぅ……これぇ、この味ぃ……それにしっとりと貼り付く感触……好きぃ』
また、彼の脳内に彼女の声が響いた。だが、今度は彼は何も言わない。今度こそ本当に止められるかもしれなかったし、そもそも彼女の舌技がすごすぎて、何かを言う余裕がなかったのだ。
『カリを重点的に、ぞりぞりぃ、ぞりぞりぃ……』
入り込んだ舌の先端が、くるくると回りながらカリの溝の奥をなぞる。
『あはっ、すっごく震えてる。私の舌、そんなに気持ちいいんだ』
思わずうなずいた彼を、不審そうな目で彼女が覗き込む。
「ぬちゅっ、れぇるっ、ちゅっちゅっ」
皮の中が湿り、彼女の舌によって亀頭粘膜とくっついたり離れたりするたびに、ねちねちという粘った音がする。
『もう、むいちゃおう……これ、もう我慢できない。早く、あんたの可愛い顔が見たい』
彼女の余裕のない声が響いた瞬間、彼はぞくりと一際大きな快感を受けた。彼女の口内に納められているため見えはしなかったが、一番大事な部分がすーすーと冷たい感触を受けているのを覚えた。
――ソフィ、一気に、皮を……
そこからの舌責めは、さらに激しさを増した。
「れるん、れるれる」
敏感な部分を、舌の平たい部分で何度もなめられる。
「ちゅぅ、ちゅぅぅ」
唇のやわらかい肉が亀頭を前後にこすり、それと同時に吸引される。
「にちっ、ねちねちっ」
舌先を尖らせて、尿道口に挿し入れ上下に動かす。
ニコラにとっては、股間から這い上がる感覚だけで、もうたまらないものであった。その上、頭に響く彼女の声。
『もう、またこんなに汚して。わざとなの?』
カリに溜まった汚れを、硬く尖らせた舌先でぞりぞりと擦り取られる。
『うふふ、粘ってる美味しい汁出てきた』
一度口内から亀頭を抜き、唇をすぼめて尿道口をキス。
『やっぱり、ここ気持ちいいんだ。ぴくんぴくん震えて、可愛い』
唇を下にずらし、裏筋にキスをしながら息を吸い込む。
「はっ、あっ!それ、だめっ!」
休みなく襲い掛かる快感に、ついに彼の足腰が限界を迎えた。力が抜け、がくりと尻が地に落ちそうになる。
「ちゅっ、だめ!ほら、もう少しだから、我慢してっ」
「そん、なっこと、言われてもっ!」
腰が引け、何とか座り込まないように踏ん張るが、中々力が入らない様子。
「まったく、しょうがないんだから……じゃあ、私の手、にぎって」
彼女があたまの横に両手を持ち上げ、手のひらを彼の方へ向けた。小さくうなずくと、彼はその手を自分の手でにぎる。二人の指が絡まり、しっかりとつながれた。
「そう。私の手をしっかりにぎって。これなら立てるでしょ?」
そう言った後、すぐにフェラチオが再開された。
『まったく、私が言わないと、何もしないんだから……』
心のぼやきが彼の頭に流れ込む。
『でも、もうすぐ終わりそうだね……おちんちんのびくびくに余裕がなくなってきた』
楽しそうな、嬉しそうな声。
一度快感が中断されたので、少し、ニコラの思考が晴れた。そして、考える。
――ソフィの心の声が聞こえる?
今まで、そんなことはなかったはずだ。と、彼は振り返った。二人が付けているおそろいの髪飾り。いくらマジックアイテムといっても、思ったことが全て相手に伝わるわけではない。
髪飾りを指や手で触れ、強く念じないと通話ができないのだ。
――でも、今ソフィの両手は俺の手とつながってるし、そもそもこの状況では……
そこで、彼の思考は止まった。彼女がペニスの根元まで、自らの口内に挿入させたからだ。
「ぐっ、これは……!」
亀頭の先端が、弾力のあるものと当たる。
「んぐんぐ」
とろりと嬉しそうにとろけた表情の彼女がくぐもった声を出すと、亀頭が揉まれ、彼は気の抜けたため息とも声ともつかない喘ぎを漏らす。
――喉の奥に……
『我慢汁の喉越し、いい……ねちっねちって、奥に貼り付いて……』
先ほどまでとは段違いの気持ちよさが、彼の射精欲を一気に限界まで高める。
『あっ、傘がぷくぅって開いた。出る、美味しいの、出る……』
口内だけでなく、頭の動きも加えた。頭を前後に動かし、それによって亀頭が何度も喉奥に当たる。
「あっあっ、もう、だめ、だっ」
『ああ、その顔、可愛い。好き。もっと見たい。もっと可愛くしたい。好き。好き。精液、好き。大好き!』
「にゅぽっ……さっさと、出しなさいよ。あむぅ」
心の本心と、外に出る強がり。その格差に、彼の心は完全に射抜かれた。
「……っ!はっ……あ……っ!」
もう一度喉奥に入れられた瞬間、彼の快楽は弾けた。ぎゅっと縮み上がった睾丸が、出たがっていた精液を大量に放出する。
「んっ、ごくごく……ごく……」
うっとりと目を細め、むせることなく精液を全て飲み干していく。
「あっ、はぁっ……!ああぁ……」
体の力は抜けるが、魂が抜けるのを防ぐかのように、両手はがっちりと彼女のものをにぎる。彼女は、それをしっかりとつなぎとめていた。
『いいよ。もっと。もっと出して。ちゃんと、私が支えてあげるからね』
甘える子供をあやす母親のような、優しい声が、彼の射精をさらに引き出す。
「ごくっ……ごくっ……ふぅ」
外へ漏れた精液を飲み干し、一息つく。
「ほんと、あんた、何でこんなに量が多いのかしら。嫌がらせなの?ああ、もう、まだ溢れてくる」
先からとろりと溢れる薄まった精液を見つけると、彼女はもう一度唇を陰茎へと近づけた。
「れるっ、ちゅっ、あむぅ……」
漏れ汁を舐め取ると、一度唇を離し、様子を確認する。また漏れると、さらにもう一度……と、三回ほど亀頭の掃除を行った。
「ちゅぅぅ……ぽっ。うーん……うん、ようやく全部吸えたわね」
それなら……とニコラは彼女から離れようとするが、がっちりとにぎられた彼女の手が、それを許さない。さらに、彼女の髪の毛の蛇が、彼の服の袖にかぷかぷと噛み付いてきた。
「まだ、掃除が終わってないでしょ?ちゃんと綺麗にして初めてお礼なんだから。もうちょっと我慢しなさいよね」
ほんと、せっかちなんだから……そうつぶやくと、彼女の唾液でぬらぬらと湿り光っているペニスに舌を這わせ始めた。
「んっ、れるぅ……んん、ちゅぅ」
彼女がにぎっていた手を離し、彼の裸の下半身に腕を回す。彼の尻の後ろで両手をにぎり、しっかりと彼の体を固定する。さらに、下半身の蛇身が、彼の足先からとぐろに巻きつき、きゅっと、彼の体を痛めないように締め付ける。灰色の尻尾の先は、ちょうど彼女の両手に触れる直前で止まった。
「ふぅっ、んっ、ちゅぽっじゅぽっ」
舐めていた舌を引っ込めると、ペニス全体が彼女の口内に納められた。精液を抜き取るための前回とは違い、今度は皮膚に貼り付いた唾液をすすり、綺麗にするための、優しい刺激。
「はぁぁ……」
射精したばかりで敏感な粘膜をいたわったソフトタッチに、彼は思わず気の抜けたため息を漏らす。
『うん、いいよ。もっとゆるゆるの顔、見せて』
中断されていた心の声が、また響く。
『もっと甘えていいよ。もっと、私の体に、身を預けて』
彼の体から、力がすっと抜けた。だが、しっかりとつながれた手と、しっかりと巻かれた尻尾が、彼の体を確かに支える。
「ちゅっ、ちゅぅっ、ずっずずずっ……」
何度も吸い付き、すすり、綺麗にする。
『ありがとう。いつも、私のために……』
「れるっ、ちゅぅ」
『私、素直じゃないのに。いつもひどいこと言ってるのに。嫌な顔一つしないで』
「ずるるっ」
『友達ができなくて、人見知りが激しくて、臆病で。でもさびしがり屋で。そんな私に、あんたは、いつも優しく接してくれて』
「はぁむ、ちゅっ」
『ニコラがいなかったら、私、もう……』
「ずずっずずずぅ……ちゅぽっ」
唇が離れると同時に、彼女の心の声が消えた。
「はい、掃除終わり」
そう言うと、彼女は彼を縛っていた拘束を解いた。手は離れ、尻尾は解け、蛇たちは噛むのをやめる。
「ほら、終わったんだから。さっさとズボンはいて、さっさと帰りなさいよね」
夕闇が辺りに漂い、カラスの鳴き声が遠く聞こえる。
橙色の光が差し込む、ソフィの小屋。蝋燭もつけず、ゆるやかに暗さが増す中、主はベッドの上に乗り、熱いため息をついた。
「はぁ……」
ニコラが彼女に急かされながら帰った後、彼女は何度も同じようなため息を漏らしていた。
「ニコラ……」
思わず、彼の名をつぶやく。目尻は下がり、普段の鋭さが感じられない。
手を広げ、それを自分の鼻先へと持っていく。
「はぁぁ……ニコラの匂い」
彼女の鼻腔に、彼の香りが届く。彼の手料理の香りと、土の香り。いつも、彼の体から漂う香り。それが、彼女の頭の中に彼の幻影を見せる。
彼女がどんなに突き放し、棘のある言葉を言っても、彼だけは彼女の元を離れなかった。いつも笑顔でいてくれた。
彼と会い、彼と話し、彼と食事を共にし、彼の大事なものを口にくわえている間だけ、他の全ての者を忘れることができた。
「父さん、母さん……」
両親を思い返す。二人は、彼女と今住んでいるこの小屋、そして身に付けている髪飾りを遺して逝った。反魔物、教団軍の魔物狩りに巻き込まれて。
――ソフィ。もし、あなたに大好きな人が、その人以外に誰もいらないと思えるような男性が現れたら、この髪飾りを渡しなさい。これは、大好きな人とあなたを結びつける、魔法の髪飾りよ。
暖かい、母の言葉と手のぬくもりを思い出す。
それから一週間経たず、両親は娘をかばって死んだ。
今、彼女が住んでいる山の、麓の街は親魔物派の領地となっている。魔王の娘の一人である、デルエラによるレスカティエ占領の余波が届いたせいである。
だが、彼女はそれでも山を降りることはしなかった。両親を殺した人間という種族を信用できなかったから。
それゆえに、彼女は他人に対してつんつんと棘のあるセリフを言い、なるべく他人とは接しないようにしていた。
しかし、ニコラだけは違った。
「ニコラぁ……」
もう一度、想い人の名を呼ぶ。息が荒くなり、頬が紅潮する。
「ニコラ、ニコラ、ニコラぁ……好き、好きぃ」
彼の匂いが染み付いた自らの指を、彼女は口に含んだ。
「はむ、ちゅっ、じゅぅっ、れるぅ……はぁ、はぁ、ニコラの、味……」
自分の手をぎゅっとにぎり締め、自分の口技で達し、自分の喉の一番奥に、大事な大事な子種を吐き出してくれたことを思い返す。
「はぁ、はぁ……ひどいよ、私を、こんなにして……」
唾液で湿った手で、腰に巻かれた布を取り払う。彼女のすでに粘液でねとねとと濡れている股間が、外気にさらされた。
「ずっと、ずっと。あんたの、舐めてる間、ここがじゅんじゅんして、がくがく震えてたんだから……」
割れ目の横のふくらみに指を伸ばし、両手で押し広げる。ねちっこい音がして、粘液の糸を引きながら、桃色の膣肉があらわになった。
「その上、あんなに濃くてたっぷりの精液出して……何てことしてくれるのよ……」
ごくりと喉を鳴らし、昼に出された精液の喉越しと味を思い出す。つぷつぷと、きゅっと締まった肉を押し分け、一本の人差し指が進入していく。
「はぁ、あぁぁ……」
ぞく、ぞくと、股間から生まれる気持ちよさが、寒気のように背筋を這い上がる。
「それに……射精しているときのあの緩んだ顔……くぅっ、あんな顔、されたら……」
くんと挿入された指を曲げ、膣壁の上面を引っかくようにこする。ひぅ!と搾り出すように喘ぎが漏れた。
「好きに、大好きになるに、決まってるじゃないの……!」
それからは、ただひたすらに快楽のツボ、Gスポットをこすり続けるだけだった。
「ふぅっ、きゅぅぅ!はぁっ、あぁぁっ!」
指の腹がつぶつぶの肉壁をこするたび、暴力的な快感に彼女の全身が震え、それと共にギシギシとベッドが鳴る。
「うんっ、ふぅあぁぁぁ!」
弱く、強く、波のように気持ちよさが押し寄せ、強くなると同時にきゅぅきゅぅと、強く指を締め付ける。
大陰唇を押さえつけていたもう片方の指も解放し、割れ目の上の部分、ぷっくりと充血し膨らんだクリトリスをつまむ。
「はぁぁぁ!あぁぁんっ!」
周りには人家が一切ない山の中。彼女は遠慮することなく声を漏らす。
「ふぅぅ、うぅぅん!……だめ、もうだめ……」
がくがくという痙攣が大きくなる。
「イく、だめ、イくぅ……」
それから何秒と経たず、ソフィは弱弱しく一鳴きし、絶頂した。
「ニコラぁ……好きだよぉ……足りないよぉ……」
海老反った背筋が戻り、大きくギシッとベッドが鳴った。
「あ、あのぉ……」
自慰を終え、荒く息をついているソフィに、戸惑ったような声がかけられた。
「え?」
聞こえるはずのない声。彼女は一瞬のうちに上半身を起こし、声がした方向に顔を向ける。
すっかり陽が落ち、月明かりしかないせいでよくは見えなかったが、彼女にはシルエットだけで、一瞬でそれが誰かが分かった。そもそも、この声を聞き間違うわけがない。
「ニ、ニコラ、そんな……」
ついさっきまで思い描いていた人物、ニコラが立っていた。
「何で、何でこんなところにいるのよ!」
枕を投げ、必死で抗議する。
――そんな、さっきのあれ、見られた……?
一番恥ずかしく、最も見られたくない姿を、彼に見られた。彼女の頭の中はパニックになった。
「嫌だぁ!早く出てってよぉ!帰ってよぉ!」
普段の毅然とした態度はどこにもなく、ただ涙して叫ぶばかり。
「ソフィ……その……」
対するニコラは、どことなくばつの悪そうな表情を浮かべていた。しかし、彼の股間は自慰を見せ付けられたせいで、痛いほど充血している。その上、息は荒く、心臓の鼓動が大きく、早くなっている。
もじもじと体を動かし、彼はうつむき赤面する。
「だから、早く……」
「俺さ」
さらに帰るように急かす彼女の言葉を、彼のものがさえぎった。
「ソフィの、その……オナニーを見て、何というか、えーと……」
言葉を選ぶように、慎重に言葉を紡ぐ。
「すごく、興奮した……」
全てを言い切り、彼は意を決したように表情を引き締めた。
「こんなときに何を言ってるのよバカぁ!」
毛布に顔をうずめ、彼女はじたばたと悶えた。尻尾がばたばたとベッドを叩く。
その間に、彼は彼女の元へと歩いていく。その足取りは頼りない。意識なく勝手に動いているような、ゾンビのような歩き方だ。
「ソフィ」
ニコラの腕がベッドに乗り、ギシリときしむ音がする。
「……っ!」
恐る恐る毛布を下げるソフィ。口元を覆うような形になり、おびえた瞳が彼の瞳を見つめる。
「手、毛布から離して」
彼の言葉が、彼女の耳の奥をくすぐる。彼の声はいつも通りの、彼女が思っている通りの優しげなものであったが、彼女は有無を言わさない圧力を感じた。
「は、はい……」
思わず丁寧な口調になってしまい、彼の言う通りにする。すると、彼の片手が、彼女の両手首をつかみ、彼女の頭上に持ち上げて固定した。優しくかつがっちりと拘束し、ベッドマットに押し付ける。
次に、彼は彼女の顔の下半分を隠す毛布に手をかけた。
「あ……」
息で熱されていた毛布がはがされ、こもり湿った肌が外気にさらされる。
彼の指が、彼女の顎に触れる。ビクリと、彼女の体が一度小さく震える。顎が持ち上げられ、二人の顔が真正面に向かい合う。
しばし見詰め合った後、彼がはっと目を見開いた。
「え、あ、その……ごめん」
突如口ごもる。
「そんなにおびえて……そうだよな、いきなりこんなことされたら、誰でも嫌だよな……はは」
力なく笑い、彼が離れようとしたが、それは叶わなかった。彼女のツインテールの先の蛇たちが、彼の髪の毛や服の襟に噛み付き、離れるのを拒んでいたからだ。
「あんた……私の、あ、あれ……見てたんでしょ?」
小さくつぶやく。彼は、しばらく迷った末、うなずいた。
「だったら、聞いたんでしょ?……私の声」
彼がもう一度うなずく。
「そりゃあ、確かに……私は素直じゃないけど……その、あんたがす、す、す……好きってことは、本当、なんだから……」
次の瞬間、彼女の声は彼の唇によってふさがれた。
「ん!?んん!んふぅ!」
抗議や戸惑いの声を上げることすら許されず、すぐに彼の舌が挿入される。
「んっ、んん……んぅ……」
彼女の見開いた目は、次第にとろみを帯び、声も艶っぽくなる。
「んぅ、れるっ、ちゅぅ……」
まぶたが降り、彼女は彼との初めてのキスの感触に浸る。
ニコラも、ゆっくりと目を閉じた。彼女と同じように浸ろうとしたが、それは叶わない。
――何だこれ……ソフィの舌、甘くて、とろとろで……
自慰によって火照り、すっかり準備の整っていた彼女の全身は、すでに男を絡めとり、性欲の海に堕とすためだけの魔性に成り果てていた。
脳内をガツンと打ち付ける強烈な快楽により、体から力が抜け、彼女の体に身を預けてしまう。同時に、彼女の手首を固定していた彼の手がゆるむ。
「んっ、ちゅっ、ちゅぅぅ……あふぅ」
柔らかく微笑んだ彼女は、自由になった両手で彼を押しのけることなく、表情と同じくらい優しく、彼の首に腕を回した。
さわさわと、彼の後頭部をなでる。
「ちゅっ、ちゅっ……んはぁ」
舌を戻すと、ソフィは軽く二度ほど彼の唇に触れ、熱くため息を吐く。
「キス、すごいね……」
興奮と酸欠で緩んだ表情、朱に染めた頬を見せ、甘く囁き微笑む。ズキッとニコラの心が締め付けられる。
――その笑顔、可愛すぎるだろ……
表情一つで、彼の心は完全に射抜かれてしまった。
「キス終わったら、次は、こっちだね」
彼女の下半身が、するすると彼の足先から這い上がる。尻尾の先が、さわさわと優しく、彼の張り詰めた股間をなでた。
「くっ」
ピリリと電流のように駆け上がる快感。彼が思わずうめく。
「昼に出したばっかりじゃない。なのに、もうこんなにぱんぱんにして……」
呆れたような声色で言うが、嬉しくてたまらない表情を浮かべ、彼女は微笑を絶やさない。
「うぅ、さっきからずっと、いてもたってもいられなくて……くっ」
「うん、いいよ。私に、欲情、してくれてるんでしょ?」
じゃあ……と言って、彼女は彼の体を仰向けに寝かし、自分の体を乗せた。
「ごめんね、重い?でも、ニコラの体、もうぐにゃぐにゃのくたくただから……」
下半身に巻きつきつつ、そっとズボンを下ろす。
「私が、してあげるね」
跳ね上がった陰茎が、彼女の腰を叩いた。
「はぁ……すごい……」
うっとりと、熱い吐息を漏らす。
「これ、今から、私の中に……」
ごくりと、彼女が喉を鳴らす。
「あの、その、は、初めて……だから……」
目を伏せ、恥ずかしそうに頬を染める。
「え、ああ、俺も、そうだけど……」
あはは……と彼が笑う。
「そ、そう、じゃあ、初めての、あげっこ、だね……ふふっ」
二人は見合い、しばらく笑い合った。だが、すぐにそれが消える。
「私たち、これから、するんだね……」
目を細め、声のトーンを落とすソフィ。
「嫌なら、そんな無理しないでも」
「バカ」
彼の提案を、彼女はすかさずさえぎる。
「まったく、あんたは本当に……分かってないんだから。優しすぎるのよ……」
彼女が彼の胸にぎゅっとしがみつき、すりすりと鼻を押し付ける。
「それに、もう、我慢できないんでしょ?」
彼女が股間を押し付ける。くちゅりと、粘り気のある音がした。
「私も……もう、我慢、無理」
亀頭が肉の谷に触れ、ヴァギナが押し広げられる。
「うぅ……」
温かな肉が触れるだけでまとわりつくような感覚を与える。彼は切羽詰った声を上げた。
「温かい……入れるね?」
ほぅと感極まったため息を漏らし、彼女が一言。返事を聞かず、ゆっくりと、しかし一気に、奥まで挿入した。
「うっ、ふぅぅ……はぅぅ……うぅんっ」
ずぷり……と、音を立て、根元までしっかりとペニスをくわえ込んだ。
「あっ、あぁっ、あぁぁ……」
『何これ……熱くて、ぐつぐつで……』
「うん、興奮、してたから……もうあそこが、じゅんとしてて……」
「ソフィ、痛く、ない?」
『そういえば、確かに、痛くない……おかしいな、初めては、痛いって、母さんが……』
「もしかして、自分の、指で……」
『あ……そういえば、オナニーで一回、痛かったことが……』
「くっ、うぅっ、でも、そのおかげで、ソフィの中、すごい……」
『あれ、さっきから、しゃべっていないことが』
『何でニコラに私の考えたことが?』
二人の思考が止まる。そして気付いた。今、二人は心の中が相手へだだ漏れであるということに。
「どういうこと……?」
「やっぱり……」
理解した後の二人の反応は正反対だった。ただ戸惑うばかりのソフィと、納得したニコラ。
「やっぱりってどういうことよ?」
「いや、その……」
彼は口ごもる。
「ここに来た理由……」
そこからぽつぽつと、彼はこの小屋にやってくる理由を語った。
「夕方、家に戻って、夕飯の準備をしてたら……急に、胸が締め付けられて、ソフィに会いたい、会いたいって、思った。……全身がゾクゾクして、早く会わないと、体が、どうにかなってしまいそうになって……そうしたら、いつの間にか山に入っていて、気付いたらここに」
彼がここでため息一つ。
「そうしたら、お前がオナニーしてて……最後の言葉を聞いて、『ああ、俺は、ソフィが好きなんだ、心の底から愛しているんだ』って……」
直後、搾り出すようなうめき声を上げ、ガクガクと、彼の全身が震えた。腰が跳ね、彼女の子宮に、愛の証が流れ込む。
「はぁ……あぁっ、ニコラの、精子、出てる……中に、いっぱい……」
うっとりと目を閉じ、初めて味わう子宮での精液を堪能する。
『ああ、ニコラ、好き、好き、好きっ!好きっ!大好き!』
『俺も……だっ、愛してる。世界で一番、俺が、一番、お前を……!』
止まっていた腰が、どちらともなく動き出した。上下に動き、跳ね、時にひねりを加え、全力で愛する。
「んちゅっ、んっ」
目を閉じ、言葉をふさぐかのように、唇が合わせられた。だが、二人の言葉は止まらない。
『ニコラ、気持ちいい、おちんちん、ぐりぐり奥をえぐって、気持ちいいところに、当たって』
『くぅっ、肉が、もんできて、ゾクゾク……』
性感が高まり、すぐに限界に近づいた。
『もう、だめだ、出るっ、中に、出す……』
『うんっ、いいよっ!中に、出して!私、ニコラの、あなたの子供、孕むから、準備してるからっ、そのまま、一番気持ちいいの、出して!』
直後、腰が一際大きな音を鳴らし、二人は一番奥で果てた。
二人の視界は真っ白に染まり、宵闇の中に、バチバチと火花が散る感覚がする。
その後二人は、ぐったりと疲れきった体を互いにいたわり合い、愛しげになで合いながら、眠りについた。
それからいくらかの日数が流れて。
「う、うぅ……」
山の中の小さな小屋に、男のうめき声が聞こえた。ベッドで目覚めた彼は、ぐっと伸びをして、眠気を覚ます。
「おはよう」
直後、真横から女の声がする。彼が起きる前から目を覚ましていたらしく、彼の顔を覗き込みながら、微笑を浮かべていた。
「ああ、ソフィ、おはよう」
彼が、妻の名を呼ぶ。
「うん、おはよう、ニコラ」
ソフィが、答えるように夫の名をささやく。
話し合った結果、二人はソフィの小屋に暮らすことになった。彼女の両親の遺志を、彼が守りたいと考えたからだ。
『あなたはどこまでも、バカみたいに優しいのね』と彼女はそのとき笑った。
「また、俺の顔を覗いていたのか?恥ずかしいのに」
そう言う通り、彼の顔は羞恥に染まり、頬をかいて抗議する。
「だって、あなたの寝顔、とっても可愛いから……あ、そうだ」
にこりと笑っていた彼女が、ぽんと手を叩く。
「お礼、しないとね」
ふっと、彼女の声に艶が出た。ねっとりと、色気のある声色。それに合わせて、彼の喉がごくりと鳴る。
二人の間で、『お礼』という言葉は一種の暗号のようになっていた。
「今日も、私のそばにいてくれてありがとう。私のこと、愛してくれてありがとうってお礼。精一杯するから、精一杯受け止めてね」
そう言うと、彼女はごそごそと布団にもぐり込んだ。
「ちょっと待って、まだ、心の準備が、あぁっ……」
言葉が股間に走る快楽でかき消される。
「んっ、れるっ……んっ、んっ……」
蛇の特徴を持つ通り、ねっとりとした舌使いで、今日も朝から彼は彼女の口に精液を何度も放ってしまうのであった。
11/11/01 00:35更新 / 川村人志