連載小説
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諦めない心
「ハァッ!セイ!ハッ!」

「ハッ!セイ!ハッ!」

小さな街の空手道場から勇ましい声が聞こえる。門下生は97人。小さな街としてはかなりの人数だ。門下生達が正拳突きを一通り終わらせた頃、道場の師範代が奥の部屋から現れる。

「師範代、突き100回、藁打ち100回終了しました!」

「よし、今日はこれまで!」

「「ありがとうございました!」」

師範代は門下生全員を送り出すと急ぎ道場に隣接している自宅に戻る。平屋建て一軒家というちょっと贅沢な家だ。師範代は音を立てず、こっそりと玄関を開けるが、まるで待ってましたと言わんばかりに腕を組み、仁王立ちでこちらを睨む女性の姿が。

「遅いぞ、我が主よ」

「す、すまん、…門下生全員を送り出すとこんな時間になるのだから我慢してくれ。」

仁王立ちの女性は、仕方が無いな、と腕を下ろし優しい目つきになった。女性は奥の居間にスタスタと歩いていく。その女性を追いかけるように師範代も急いで上がる。先に居間でくつろぐ女性を持て成す為に師範代は台所に立ち茶を沸かす。程好い熱さになった茶を湯呑みに注ぎ、居間で待つ女性に持っていく。居間では先ほどの女性がちゃぶ台の前で正座して待って居る。女性の前に静かに置かれる湯呑み。そして師範代も向かいに座り軽く茶をすする。

「ふぅ〜・・、茶が美味い」

師範代が茶を一口すすったのを確認した女性も同じように茶をすすりはじめる。

「うむ、いつ飲んでも茶は美味いな、我が主よ」

「…今は門下生も居ないんだから主ってのは辞めてくれよ」

「む、そうか。すまなかったな。まだこの国の知識がはっきり解らぬのでな」

少し堅い口調の女性、向かいに座る師範代。これからの話は奇妙な出逢いをした二人の過去。







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小さな空手道場から気合の篭もった掛け声が聞こえる。

「はぁっ!せいや!はっ!」

道場の中で一人、師範代と思われる男が寂しく藁打ちをしていた。周りには誰も居らず閑散とした空間で一人。今の時間は午後二時。本来なら生徒、もしくは門下生が居る時間だが誰も居ない。生徒は居るのだが、午前の部しか来ないのだ。理由はもちろん、小さな街なうえに師範代が毎年参加してる社会人空手の成績が微妙というなんとも言えない現実。師範代は軽く溜息を吐くと藁打ちを辞め畳の上に正座する。

「・・・前回、2回戦で負けたのが誰も来ない理由だろうな・・」

なんとも言えない成績を残してしまったが為に、生徒数が減り、門下生も一人、また一人と去っていった。師範代はもう一度だけ軽く溜息を吐くと壁に掛けられている自分の札を返す。その札には 師範代 神埼 進(かんざき すすむ)という文字。札を返した師範代は隣接する我が家へトボトボと歩く。その後姿からは哀愁漂うほどの暗い雰囲気が滲み出ていた。道場を出て隣の我が家の玄関前に立った時、師範代は家に入らず外へと歩き出した。

「ダメだ!このままだと俺自身がダメになる!軽く走りこみでもして気を入れ替えよう」

師範代は道着のまま着替えずに軽くジョギングを始めた。師範代は海岸線を目指し走り始める。走る事、数分。海岸線の国道に出た師範代は奇妙な店を見つけた。

「パーラーDE☆A☆I・・・。いつのまに出来たんだ?先日の走り込みでは見かけなかったが・・?」

師範代は別に珍しくは無いな、と店の前を通過・・・しようとしたが偶然チラリと見えた店員に目を惹かれ立ち止まる。

「な、なんて美しい人なんだ・・・。この街にあんな綺麗な人が居たとは知らなかった・・・。」

見た感じ、身長175前後、腰まで届く綺麗でストレートな銀髪。そして触れなくてもわかるほどの柔らかそうな足。そんな女性が店の中で掃除をしていた。

「あれほどの美人がパチンコ店の店員だなんて・・。モデルになれば間違いなく一躍トップになるだろうに。・・・と、走り込みの最中に余計な事を考えるのはよそう」

そういうと、また国道沿いを走ろうとしたが店に張ってあった一枚のポスターに興味が湧いた。

「ほぅ、竜の峡谷(栄光への道程)か・・。変わった台を置いてるんだな。名前もすごくいい。・・って、何考えてんだ俺は。」

師範代は後ろ髪を引かれる思いだったが誘惑を振りきり走りだす。だが走った先は何故か家だった。そのまま急ぎ家に上がり軽くシャワーを浴びラフなジーンズとTシャツ一枚に着替え、タンスの中に隠してた虎の子を握りしめポケットにねじこむ。そして急ぎ、パーラーDE☆A☆Iへと走った。

「はぁはぁ・・・、なんで俺は金を握り締めて此処に来たんだ・・。」

よくわからないまま店に入ると女性が近づいてきた。

「本日は当店に起こしくださいましてありがとうございます。当店ではDE☆A☆Iをモットーに御客様に御満足頂けるよう楽しめる空間を提供いたします」

それだけを言うと女性はカウンターの方へと歩き出した。

「すげぇ・・、間近で見るとすっげー美人だ。・・・俺ももうすぐ三十路だし、あんな美人な彼女と結婚出来れば・・、なんて都合良くないな」

ほんの少しだけ願望を口にした後、気になってた竜の峡谷という台を探し始める。店内をくるりと回るとお目当ての台はカウンター正面にあった。カウンターではあの美人な店員が椅子に腰掛け、何かのコインを整理している。

「・・・(あの美人な店員の正面か。・・出来れば負けたくないな)」

そして竜の峡谷の椅子に座り千円札を入れ、打ち始める。液晶画面が回る事、数回。奇妙な事に気付いた。絵柄が全部一緒なのだ。いや、正確には一緒では無い。手は鈎爪のような、同じく足も鈎爪、背にはファンタジー映画で見たドラゴンのような翼、顔立ちは凛々しく何者にも負けないような強い意志を持った瞳。そんなキャラクター達が回っている。先程、全部一緒だと思ったが微妙に違うと感じた。髪の色、翼の大きさはもちろん、身長が違うのも混じっている。意味がわからない。どうせ当るなら別に同じでもいいんじゃないか?と不思議に感じたが、とりあえず打つ。そして早くも三千円を投資した所でリーチが掛かった。

「ん、リーチか。こんなに早くリーチが来る台はなかなか当らないな。」

予想通りに軽くスルーして別のキャラクターが止まる。

「同じようなキャラに見えるが皆どこか違うな・・。髪の色とか身長とか・・」

こんなもんだな、と納得し再度打つ。玉が無くなれば千円札を投入。打つ。投入。これを繰り返す。その間にもリーチが掛かるがもちろんスルーしていく。所持金は大丈夫だろうか、とポケットに手を入れ確認すると、残金は4万円だった。確かタンスの虎の子は8万円ほどあったはずだから、既に4万円ほど負けている計算になる。このままだと秘蔵の虎の子が無くなるどころか、明日からの生活にも影響が出る、と危険を感じた時、自動ドアの開く音が聞こえた。

「ん、客か。」

それだけ言うと一度だけ手を止めて考え込む。今この台から逃げたら次の客が当ててしまうんじゃないだろうか、もし当てられたら折角気になって打ち込んだ自分が馬鹿じゃないか。そう思った時、次の千円札を投入していた。だが、そんな不安は的中せず客はこちらをチラリと一瞥すると別の台に座った。

「お目当てはこちらじゃないって事か・・・」

それからはひたすら打つ、投入、打つ、投入。そんな感じで時間が過ぎた頃、先ほどの客だろうか何か話し声が聞こえる。

「おい!金貨が出てきたぞ!」
「こっちもだ!可愛い女の子の金貨だ!」

何か妙な言葉が聞こえたが気にしないでおこうと思った時、「金貨」という単語が頭の片隅に響き渡った。

「まさかな・・(金貨って、あの金貨だよな・・)」

そう考えた瞬間に閉店の合図のほたるの光が流れ出す。もうそんな時間だったのか、とカウンターの時計をチラリと確認すると時刻は午後9時50分。なんてことだ・・。一回も当らず、ただ投資しただけの無意味な博打。ポケットを探ると千円札が残り一枚。なんて悲しい結末なんだ。こんな意味の無い時間を過ごしてしまったなんて、と後悔したがここで諦めるのは嫌だった。玉が無くなる。残り時間も後5分。悔しいと思う反面、一度でも当ててやりたいと思い、最後の千円札も投入してしまう。もう完全に一文無しだ。それでも回す。残り僅かの玉しか手元に残っていない。それでも打つ。最後の数個の玉が釘に弾かれ回収口に流れる中、1個の玉がスタートチャッカーに入る。

「はは・・最後の最後で諦めの悪い玉が入ったか。」

画面は回り出し、キャラクター達の動きが止まる、とか思いきや、偶然にもリーチが掛かる。

「最後のリーチか。俺みたいに諦め悪い台だな」

たぶん、このリーチもスルーしていくだろうと思ったが絵柄の女の子が語り出す。

「よくここまで耐えた。ここからは我の出番だ」

キャラクターの女の子が光り出し、大きなドラゴンの姿になる。その迫力に驚いたが更に驚く事が起きる。ドラゴンが液晶画面を内側から掴み握り潰そうとする。

「とんでもない迫力だな。最後の最後にいいものが見れた」

ハズレかもしれない、けど、出来れば当って欲しい。そう祈りつつ画面に釘付けになる。ドラゴンの手に力が篭り液晶画面にヒビが入りはじめた。壊れるんじゃないか、と思うほどのリアルさ。ドラゴンの息遣い。まるで本物のようだった。

「当ってくれ・・当ってくれ!」

願いが通じたのか、画面が割れるエフェクトが消えると同時に綺麗に縦一列にドラゴンになった女の子が並んでいる。

「やった!最後の悪足掻きだったが当ったぜ!」

だが、肝心の玉はもう手元に無い。焦った。とにかく焦った。どこかに玉が無いかと思ったが液晶画面の女の子が喋る。

「これが我から主への褒美だ。受け取るが良い」

液晶画面に↓のマークが現れる。顔を下に向け受け皿を確認すると、いつのまに出てきたのか大きな金貨があった。直径10cm 厚さがだいたい10mmといった感じの金貨が受け皿に乗っている。音も無く現れた金貨に怪しい雰囲気を感じたが、これが褒美と言われた以上受け取るしかなかった。

「いいんだろうか・・。こんな馬鹿でかい金貨なんて初めてみたぞ。んんん??ここに彫られてる女の子って・・さっきドラゴンになったキャラクターだよな?」

じっくり眺めて確認しているとカウンターの店員に声を掛けられた。

「あら?御客様、その台を当てていただいたのですね。ありがとうございます。その台はなかなか気難しくて当ってくれなかったのですが安心しました。」

「あ、いや・・当った事は嬉しいんだが・・この金貨はどうすればいいんだ・・」

まさか怪しい物じゃないよな、と詮索しかけたが店員の一言に納得する。

「その金貨は正真正銘の純金ですよ。もちろんその金貨は当ててくれた御客様の物です。一応、換金も行いますがどういたします?」

しばし悩んだが、これほどの金貨を手放すのが惜しくなった。

「いや、このまま頂こう」

「ありがとうございます。今日は本当におめでたい日になりました。まさか3人も当るなんて・・」

3人・・そうか。先ほどの客も当てていたな。どんな金貨か気になるが俺はこの金貨が気に入った。

「それでは、本日の当店の御利用ありがとうございました。願わくば、再び御客様に出会えるよう・・・」

その言葉を聞いた俺は気が付けば家の玄関前に立っていた。いつのまに帰ってきたのだろう。突っ立っているのも何だし、それに金貨を早く飾らないと。そう思い、家に上がり、押入れからすこしばかり高級な座布団を出し真ん中に金貨を乗せる。

「いい感じだ。美しいうえに、このなんともいえない輝き。家宝にしたいぐらいだ」

(主よ、そんなに褒めないで欲しいものだが…)

「えっ!?誰だ!」

周囲を見渡すが誰も居ない。空手の師範代をしているだけあって周囲への気配を感じる能力は高い。しかし誰も居ないし人の気配も感じない。

「??」

金貨を手に入れた事で俺はおかしくなったのか?と思ったが

(我が主よ、出来れば眠る時は傍に我を置いてくれないか?)

「ぎゃああああああああああああ!聞こえるうううううううう!!」

(・・・主?どうしたのだ?)

「なんまんだぶ・・なんまんだぶ・・・」

(主!ここだ!我は目の前に居るぞ!)

「なんまんだぶ・・なんまん・・・えっ?…金貨が喋ってる・・、呪いの金貨だあああああ!」

(いい加減にしないか、主よ。・・我は高貴なるドラゴン。主に巡り会う為に金貨に身を変えた者だ)

「・・・(そうか、…これは夢だ。馬鹿でかい金貨が喋るなんて夢だ)」

(主よ、夢では無いぞ?む、もうすぐ0時か。ちょうど良い、我を月にかざすのだ)

「月・・に?月にかざすとどうなるんだ?」

(我の高貴なる姿を主に披露しよう)

「わかった・・、なんだかわからんが月にかざせばいいのだな?」

金貨を持ち、縁側のほうへと歩く。まもなく0時になろうとしている。少し緊張しながらも0時になった瞬間、縁側で金貨を高く突き出した。金貨は月の光を吸収するかのように輝きだす。目が眩む。眩しくて前が見えない。光が収まった時、目の前には金貨に彫られていた女の子が立っていた。

「やっと巡り逢えた主よ、名を何と言う?」

「ぇ、ぁ・・俺は神崎 進だ・・。(うわ・・彫られていた子は少女っぽく感じたが俺の年に近い感じだ、それにしても、あの店員に負けず劣らず・・・)」

「何を考えておるのだ?まさか他の女の事ではあるまいな?」

凄みのある目で睨んでくる。でも、怒った顔も可愛いな、と感じた。

「いや、別にあの店員に負けず劣らずなんて考えてな・・・はっ!?」

馬鹿正直に答えた瞬間、あの液晶画面で見た鈎爪がゆらりと動く。

「いい度胸だ、我が主よ。・・・我という嫁が居ながら他の女と比べるとは・・」

「ちょ、ちょっと待って!嫁って何!?俺めっちゃ独身なんだけど!」

「問答無用!!」

この後、朝まで関節技を極められ、投げられ、挙句には稽古を付けてやる、と言われ、容赦の無い暴力を受ける事になった。



「う〜・・・、いてぇ・・・体中いてぇ・・」

「それは主が悪いのだ、我という嫁の前で他の女と比べるからだ」

「・・・でも、なんで嫁なんだ。俺はあんたとは初見だろう・・。イテテ・・」

「なんだ?何も知らずに店に来たのか?」

「どういう事だ?」

「あの店は相性の良い者同士を結びつける店なのだ。もちろん我もその内の一人だった。今は主に出逢えたから登録して良かったと思っている」

「相性?結びつける?登録?意味がわからないぞ?」

「ふぅ・・。しょうがない、何も知らない主に全て教えてやろう。あの店には我のような者達が金貨に姿を変え、相性の良い雄が来るのを待っているのだ。それと、あの店には特殊な魔法が掛かっていて伴侶となる雄だけが見えるように細工しておる。登録というのは雄を探している同胞達が月単位、もしくは年単位で金貨になる事なのだ」

一気に説明をされ、理解に苦しんだが確実にわかった事が1つだけあった。

「と、いうことは・・俺はお前の旦那に選ばれたと・・」

「そうだ、今日から我は主の嫁として此処に住むからな。…それはそうと、主よ・・なかなかの筋肉だが何かしておるのか?」

「ああ、俺は隣接している道場で空手の師範代をしている。まぁ・・前回無様な負け方をしてしまって生徒数は減ってしまったがな・・」

「空手というものはよくわからんが、格闘技というのは理解した」

「理解が早くて助かる」

「よし、我に空手とやらを教えるのだ。我は高貴なる種族にして最強の王だ。主の鍛錬相手になってやろう」

「ま、・・待て。お前に空手を教えたら俺が死んでしまいます!いや死にます!」

「大丈夫だ、我が大事な雄を殺すなんて事は無い。ぎりぎりで手加減もしてやる。さぁ、善は急げだ。道場とやらで稽古をつけてやろう」

「俺が稽古されるの!?逆じゃないの!?」

首根っこを鈎爪で掴まれズルズルと引き摺られる師範代。なんとも情けない姿だった。生徒達が道場に集まりだす時間には、ボロボロの雑巾のほうがマシだ、と思えるような師範代の姿があった。そんな毎日を過ごしたせいか、次の年の空手大会で簡単に優勝を勝ち取ってしまった。ドラゴン相手に修行をしたせいか、一般の相手では物足りないほどに成長していた。

「良くぞ優勝した、我が主よ。だが、これに驕らず精進するのだ」

「ああ、もっと強くなって・・いつかはお前の名前を聞き出してやるよ」

師範代・神崎は嫁であるドラゴンの名前を教えてもらっていない。「我に一撃でも当てれば教えてやろう」と言われ日々精進している。

「ふふふ・・、その意気だ・・。(いつかは・・我が名リスナ=フェンドールを聞けるほどになってくれ、愛する主よ)」



















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「ん〜〜〜〜、まさか・・あの子が選ばれるなんて思わなかったわ〜。あの子、なかなかの堅物だから契約期間を過ぎちゃうかと思ったけど。でも困ったわね〜・・・、リスナが選ばれるなんて予想してなかったから急ぎ補充しないと〜・・。誰か雄を欲しがってるドラゴンの子って居たかしら?」



今日もパーラーDE☆A☆Iは通常運転です。



13/05/08 22:26更新 / ぷいぷい
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■作者メッセージ
今回はドラゴンさんということで・・。1話目にこっそり居た師範代のお話を書かせていただきました。師範代が名を聞けるのはいつの日になるか・・。

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