もう大人だもん!『幼女達(笑)の無謀な挑戦』
朝早くに一軒の民家から聞こえてくる叫び声。
「イヤじゃイヤじゃイヤじゃーーーー!」
「だーめーでーすっ!今日という今日は我儘は許しませんから!」
「兄上のわからず屋ーーーー!」
バタンと大きな音を立ててドアを開け放ち街中を駆けていく一人のバフォメット。目には涙が溜まっている。ただいま街中を爆走しているのはラーニャ=キオ=ルートというバフォメットだ。そんなラーニャを周囲の人々は生温かい視線で見守っている。
「本当にラーニャは懲りないわねぇ〜・・。あ、でも私もあの人とたまには喧嘩しちゃおうかな♪そしたらあの人はきっとこう言うの・・『俺は君の全てを愛したいんだ!それの何がいけないんだ!』って・・あぁん♪想像しただけで我慢出来ないかも♥♥」
「あら、それもいいわね♪でもダメよ?愛を試す為に喧嘩するのもいいけど、やっぱり御互いに想い合ってないと効果は薄いわよ?」
ラーニャをダシに周囲の人達は新しい試みを考えている。
「それで今日の喧嘩の原因は何かしらね?」
「え〜と、・・前は3時のおやつに虜の果実が無くて喧嘩して・・その前は・・珈琲2:8ホルミルクじゃなかったって飛び出して・・」
あまりにも低レベルな内容に街の人達は呆れつつも「いつものように夕方には帰ってくるだろう」と楽観的に見守っている。そして、同時刻・・・。
朝早くから豪勢な食事を用意している男が居た。その男がジパング出身という事もあってか、贅沢にも寿司を握っていたのだ。
「うむ、・・・久しぶりの寿司はいいものだ。どれ、先に一つ食ってみるか・・。ん・・んまい!!」
「あら?ダーリン何作ってるの〜?・・や、やだ・・、すごいわ♪特に・・この太巻きなんて・・黒くて太くて長くて・・なんて立派なの♥」
「そうだろう、そうだろう♪良い出来だろう・・と、すまないけどルルルを起こしてくれないか?」
「ええ♪」
朝の食卓に並ぶ豪勢な寿司の数々。起こされたルルルも大喜びだ。
「パパすっごぉ〜〜〜い!!これがお寿司なんだね!学校で稲荷のお姉ちゃんが作ってたのと一緒だよ♪美味しそう♥」
胸を張って喜びを表現するパパさん。なかなか様になってる。
「さ、ルルル。好きなのから食べなさい」
「はぁ〜〜い♪」
一家団欒とはこの事か、夫も妻も娘のルルルもにこにこ顔で食べている。
「美味しいわ〜♪アナタの手料理って久しぶりだから最高♥」
「うん!パパのお寿司美味しくて大好き!」
ルルルが上機嫌で口一杯にお寿司を頬張っていると向かいではパパとママがお寿司の上に何かを乗せて頬張っている。
「パパ〜、それなぁ〜に?」
「これはワサビと言ってね、とってもとっても辛いんだよ」
「ルルルも食べたーい!」
「だめだめ、これは大人が食べるものだからね。それに、ルルルにはちょっと早いかも知れないよ?」
「ぶぅ〜〜っ・・、ルルル、もう17歳だもん!大人だもん!ね、ママいいでしょ!」
「ぅ〜〜ん・・、ワタシもパパと同じ意見かしらねー。ルルちゃんにはまだ早いと思うの」
「ルルル、子供じゃ・・ないもん。子供じゃ・・・・・ウウッ・・、パパとママの・・・・」
「ばかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
子供扱いされた事に腹を立て家を飛び出すルルル。それを見た御近所さんは溜息を吐く。
「ラーニャといい・・ルルちゃんといい・・、毎度毎度飽きないわねぇ〜・・」
「そこが可愛らしいんだけどね♪二人共まだまだお子様だし♪」
御近所さんの暖かい眼差しを受けながらルルルは街の外へと飛び出していく。行き先は木々に囲まれた小さな広場。街から出て徒歩10分ほどという近場にある広場でルルルは一人泣いていた。
「ルル・・・子供じゃ・・グスッ・・ないもん・・」
「兄上なんか・・・嫌いじゃ・・・グスッ・・・」
いつから居たのかルルルから少しだけ離れた位置で膝を抱えて泣いているバフォメットが居た。
「・・・?・・ぁ、ラーニャちゃん・・・グスン・・・」
「・・・!?ルルルでは無いか・・、こんな所でどうしたのじゃ・・」
「ラーニャちゃんだって・・」
二人は御互いに目を腫らしながら愚痴を零しあう。
「兄上は酷いのじゃ!あれほど言ったのに朝食のサラダにピーマンと玉葱を入れおって・・・」
「うんうん!ピーマン苦いもんね!」
「それでお主はどうして飛び出してきたのじゃ?」
「・・・ぅん、・・・パパとママがね、・・ルルは子供だから・・・お寿司にワサビ付けて食べちゃいけません!って・・・」
「ななななっ、・・なんと・・お主の両親はワサビを食べるのか!?なんと恐ろしい事を・・・・」
「エッ!?ワサビってそんなにコワイの!?パパとママ、嬉しそうに食べてたのに!?」
「うむ!ワサビとは・・全ての幼女に恐怖を与え、見た者に一生トラウマを残し、食べれば悶絶、匂いを嗅げばアヌビスも泡を噴くという、・・それはそれは恐ろしい食べ物なのじゃ!」
「こ、・・コワイ・・・。で、でも・・・ルルルも・・食べてみたい・・。ルルル・・もう17歳だもん!大人だもん!」
ルルルの言葉にラーニャは深く感動し頷く。
「素晴らしい!素晴らしいぞルルル!アリスの身でありながらワサビに挑む姿はまさしく幼女の鏡!ワシも手伝ってやろう!我がサバトの集会所に来るが良い!」
意気投合した二人はラーニャのサバトへと向かう。その姿たるや旧世代の魔王に立ち向かうかのような勇者の雰囲気を身に纏っている。しかし、膝から下は産まれ立ての小鹿のようにぷるぷると震えている。
「ラ、ラーニャちゃん・・・やっぱりコワイかも・・」
「ダッダダダ・・大丈夫じゃ・・・。ワシが付いておるわい・・」
集会所に着いた二人は逃げ腰になりながらも建物の一番最奥を目指してじわじわと近づいていくと、ケサランパサランを胸に抱いた魔女が向かいから歩いてくる。
「・・・あれ?ラーニャ様、今日はお早いのですね?」
「うむ、ちょうど良いとこに居た。済まぬが倉庫の鍵はどこじゃったかな?」
「倉庫の鍵ですか?それなら私が預かってます。どうぞ、ラーニャ様。今日は何か新しい実験でもするのですか?」
「今日はワサビを食ってみようかと思っての」
ワサビと聞いた魔女はケサランパサランを放り投げ腰を抜かす。
「ラ・・ラ、ラーニャ様!正気ですか!?」
「うむ、ここに居るルルルと食ってみようかという話になっての」
「ひぃぃぃぃぃ・・・・・」
腰を抜かしながらも必死に逃げる魔女を見たラーニャは軽く溜息を吐く。
「なんとも情けないもんじゃ・・。まだ若いルルルが挑戦すると言うのにウチの連中と来たら・・・」
「わはー♪」
「ん?なんじゃお主は?」
魔女に放り投げられたケサランパサランが二人の周りをふわふわと飛んでいたかと思うとルルルの頭の上に留まる。自分も付いて行きたいとアピールするように何度も頭の上でぽふぽふと跳ねる。
「ねーねー、この子も付いて行きたいみたいだよ?」
「うむうむ、良い良い。お主も付いて来るが良い」
「わはー♪」
ルルルは頭にケサランパサランを乗せたままラーニャに付いて行く。ケサランパサランはこの先に人生最大の試練が待ち構えているとも知らず終始楽しそうな笑顔でぽふぽふとルルルの頭を小さな手で叩く。
「着いたぞい・・・、こ、ここが・・劇薬物倉庫じゃ・・・」
なんの変哲も無いドアの前に立ち説明するラーニャ。危険な物が沢山ある場所にしては結構地味だった。
「ラーニャちゃん、・・本当にここなの?」
「うむ、ここで合っておる。一見すれば普通のドアと思うのじゃが・・、鍵を差し込みながら・・・ほれ、ここに小さな穴があるじゃろ。ここにワシの指を入れると・・・」
カチャン、と鍵が外れた音が廊下に響く。
「これは特殊なドアでな、鍵だけじゃなく管理してる者の魔力も必要なのじゃ。それじゃ入るぞい」
ガラガラと大袈裟な音を立てながらドアが開くと同時に部屋の中から異様な匂いが漂ってくる。否、漏れだしてきたというのが正しいかもしれない。先ほどまで何も匂わなかったのは部屋自体とドアに特殊な加工が施されており匂いが外部に漏れないように細工されていたからだ。
「く・・・くちゃぃ・・・」
「わ、・・・わは〜・・・」
「久しぶりに開けたが・・・これほどまで匂ったかのぉ・・?」
普段から笑顔が絶えないはずのケサランパサランですら眉を八の字にさせ多少困り顔になっている。
「ま、良いかの。それじゃワサビを持ってくるからそこで待っておれ」
「ぅ・・ぅん・・・・」
「わは〜・・」
そう言うと倉庫の奥へとダッシュし、大きなガラス瓶を抱えて速攻で戻ってくるラーニャ。
「はぁ・・・はぁ・・・、こ、怖かったのじゃ・・・」
きっと、この倉庫の中にはラーニャの嫌いな物ばかりが危険物扱いされて保管されてるのであろう。本当に元は古代の叡智と呼ばれた魔獣バフォメットなのかと疑いたくなるような情けない姿だ。
「目的の物は手に入ったし、こんな部屋はさっさと封印してしまうのじゃ!」
乱暴に鍵を差し、大量の魔力を穴に注ぎ込み厳重にロックしてしまうと勝ち誇ったかのように無い胸を反らし鼻息荒く溜息を吐く。
「フンッ!!これで当分は開かないのじゃ!・・・ちょっとだけちびりかけたのじゃ・・」
最後に情けない言葉を漏らしながらもガラス瓶を抱えサバトの厨房へと歩き出す。ルルルも頭にケサランパサランを乗せたまま一緒に付いて行く。ラーニャは厨房に入るとガラス瓶の蓋を外し中に入っていたワサビをキッチン台の上にゴロリと無造作に放り出した。
「ほぇ〜〜〜・・・??これなぁに?マンドラゴラちゃんの根っこ?」
「わはー」
「これがワサビなのじゃ、見た目は確かにマンドラゴラの根に見えるかもしれんが、これは正真正銘のワサビなのじゃ」
「ふ〜〜ん・・・?でもでも、パパとママが食べてたのはエメラルド色してたよ?」
「ふむ、それではお主に見せてやろう・・。これから始まる究極の地獄をな!!」
いつの間に出したのか、右手には大きな鎌が握られていた。その鎌を大きく振り上げワサビへ叩きつけるラーニャ。綺麗に真っ二つにされたワサビの断面をルルルが覗く。
「どうじゃ、緑色をしているじゃろう」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「どうしたのじゃ?何故黙っておるのじゃ?」
「ヒッ・・・」
「ひっ?」
「ひにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!鼻が!鼻がぁぁーーーー!」
厨房内をゴロゴロと転がる二人の姿を見たラーニャは軽く溜息を吐く。
「やれやれ・・しょうがないやつじゃのぉ・・。この程度の匂いで・・・」
自分は平気だ、とアピールするかのようにワサビを摘み、鼻先へと近づけ一気に香りを嗅ぐ。
「&%\@-\('),*_?#$!!」
匂いを嗅いだラーニャもまた、ルルルと同じように厨房内を転げ回る。
「ハァ・・ハァ・・・・なんと恐ろしい匂いなのじゃ・・。もう少しで死ぬところじゃったわい・・」
「ぅぅぅぅ〜〜〜・・・、お鼻の奥がツンとして痛ぃ〜〜・・・」
「わは〜〜・・・」
三者三様情けない顔をしながらワサビを囲む。
「ぅ〜〜〜・・・、まだお鼻の奥が痛いよぉ・・」
「わはー・・・・」
「う、・・うむ。よもやこれほどの破壊力だとは・・」
ルルルはラーニャがどこからともなく取り出したマスクを付け真っ二つに切られたワサビを指で突付き転がす。その横ではケサランパサランがもう片方のワサビを掴み振り回していた。
「これこれ、遊ぶでないぞ。次はこれを摩り下ろすのじゃ」
「・・・?どうして摩っちゃうの?」
「この状態では意味が無いのじゃ。これを摩る事によって真価が発揮されるのじゃ」
小さな擂り鉢を片手に持ち、ケサランパサランからワサビを受け取り目に大量の涙を溜めながらゴリゴリと音を鳴らしながら摩り練っていく。
「ううぅ・・・ふぐぅぅ〜〜・・・、辛いのじゃ・・・苦しいのじゃぁ〜・・・」
「大丈夫・・ラーニャちゃん・・?」
「な、なんのこれしき・・・ふぎゅぅ・・・」
完全に摩り下ろされたワサビを見たルルルとケサランパサランは驚きの声を上げた。
「わぁ〜〜〜♪綺麗な色だね〜♪」
「わは〜〜♪」
「ぜぇ・・ぜぇ・・・・、ワシ・・もうダメかも・・・」
「ね、ね!これをどうするの!」
擂り鉢の底に溜まったとろりとした緑色の液体を興味津々で指差し次にする事を催促する。
「ぜぇ・・ぜぇ・・、それを・・お主が朝食べてた寿司に付けて食うのじゃ」
「ほぇ〜〜?本当に美味しいのかなぁ〜?」
「わは〜?」
いまいち意味が理解出来ていなかったケサランパサランが擂り鉢に手を突っ込み、その小さな指にトロリとワサビを掬いそのまま口に運ぶ。
「あっ!?・・・そんな事しちゃダメだよぉ〜・・、あれ?どうしたの?」
指を口に咥えたままピクリともしないケサランパサランに言い様の無い恐怖を覚えながら肩を軽く突付くとゴトリと仰向けに倒れピクリとも動かなくなった。
「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーー!!」」
満面の笑顔を顔に張りつかせたままケサランパサランは気絶していたのだ。それを見てしまったルルルの膝はガクガクと震え、ラーニャに至っては失禁している始末。歯をガチガチと鳴らしながら小さな被害者を見つめる二人。
「ラ、ラ、ラ、ラ・・・ラーニャちゃん・・・きょ、今日の所は・・か、か、か、・・・帰るね!」
その場から急いで逃げようとするルルルの尻尾をラーニャが掴む。
「ククククク・・・、どこへ行こうと言うのじゃ・・?こうなれば一蓮托生じゃあああああ!!」
あまりの恐怖にラーニャの精神は完全に崩壊していた。失禁しながらも指に練りワサビを掬いルルルのマスクを外し口に強引に押し込む。
「%&-:☆▽#@?\●♥!?」
ルルルの口から言葉にならない悲鳴が飛び出す。厨房内を全速力で駆け巡り全身あちこちぶつけ、それでも尚、暴走は止まらない。
「ウククククク・・・!ルルルよ・・お主の犠牲は無駄にはせんぞ!」
焦点の合わない狂った瞳で練りワサビを指で掬い、ルルルと同じように自らの口に突っ込むラーニャ。
そして夕刻、なかなか帰ってこないルルルを心配した両親が「きっとラーニャちゃんと一緒にサバトにでも居るんでしょう」という勘を頼りにサバトへと向かえに来た。そこで両親が見たものは凄惨たる光景だった。厨房の端で体をビクンビクンと痙攣させながらうつ伏せに倒れている愛娘。キッチン台の上で笑顔を張りつかせたまま気を失っているケサランパサラン。なにより最悪だったのは部屋の真ん中でアヘ顔で泡を噴き、お漏らしをしながら仰向けに倒れているラーニャだった。
「・・・一体何があったんだ・・!?」
「きゃぁぁぁぁーーー!ラーニャ様ぁぁぁあぁああ!?」
ルルルは両親に抱き抱えられ、ラーニャとケサランパサランは魔女達に医務室に運ばれた。
「うぅ〜〜・・、もう我儘言わないのじゃぁ〜兄上〜・・・・・」
「ぱぱぁ・・・、ままぁ・・ごめんなさぁぃ・・・」
「・・・わは・・」
それから数日経ったある日、いつもの懲りない喧嘩が始まる。
「ルル・・子供じゃないもん!もう大人だもん!パパとママのバカーーー!」
「兄上のわからず屋ーーー!」
「わはー??」
本当に懲りない幼女達である。
「イヤじゃイヤじゃイヤじゃーーーー!」
「だーめーでーすっ!今日という今日は我儘は許しませんから!」
「兄上のわからず屋ーーーー!」
バタンと大きな音を立ててドアを開け放ち街中を駆けていく一人のバフォメット。目には涙が溜まっている。ただいま街中を爆走しているのはラーニャ=キオ=ルートというバフォメットだ。そんなラーニャを周囲の人々は生温かい視線で見守っている。
「本当にラーニャは懲りないわねぇ〜・・。あ、でも私もあの人とたまには喧嘩しちゃおうかな♪そしたらあの人はきっとこう言うの・・『俺は君の全てを愛したいんだ!それの何がいけないんだ!』って・・あぁん♪想像しただけで我慢出来ないかも♥♥」
「あら、それもいいわね♪でもダメよ?愛を試す為に喧嘩するのもいいけど、やっぱり御互いに想い合ってないと効果は薄いわよ?」
ラーニャをダシに周囲の人達は新しい試みを考えている。
「それで今日の喧嘩の原因は何かしらね?」
「え〜と、・・前は3時のおやつに虜の果実が無くて喧嘩して・・その前は・・珈琲2:8ホルミルクじゃなかったって飛び出して・・」
あまりにも低レベルな内容に街の人達は呆れつつも「いつものように夕方には帰ってくるだろう」と楽観的に見守っている。そして、同時刻・・・。
朝早くから豪勢な食事を用意している男が居た。その男がジパング出身という事もあってか、贅沢にも寿司を握っていたのだ。
「うむ、・・・久しぶりの寿司はいいものだ。どれ、先に一つ食ってみるか・・。ん・・んまい!!」
「あら?ダーリン何作ってるの〜?・・や、やだ・・、すごいわ♪特に・・この太巻きなんて・・黒くて太くて長くて・・なんて立派なの♥」
「そうだろう、そうだろう♪良い出来だろう・・と、すまないけどルルルを起こしてくれないか?」
「ええ♪」
朝の食卓に並ぶ豪勢な寿司の数々。起こされたルルルも大喜びだ。
「パパすっごぉ〜〜〜い!!これがお寿司なんだね!学校で稲荷のお姉ちゃんが作ってたのと一緒だよ♪美味しそう♥」
胸を張って喜びを表現するパパさん。なかなか様になってる。
「さ、ルルル。好きなのから食べなさい」
「はぁ〜〜い♪」
一家団欒とはこの事か、夫も妻も娘のルルルもにこにこ顔で食べている。
「美味しいわ〜♪アナタの手料理って久しぶりだから最高♥」
「うん!パパのお寿司美味しくて大好き!」
ルルルが上機嫌で口一杯にお寿司を頬張っていると向かいではパパとママがお寿司の上に何かを乗せて頬張っている。
「パパ〜、それなぁ〜に?」
「これはワサビと言ってね、とってもとっても辛いんだよ」
「ルルルも食べたーい!」
「だめだめ、これは大人が食べるものだからね。それに、ルルルにはちょっと早いかも知れないよ?」
「ぶぅ〜〜っ・・、ルルル、もう17歳だもん!大人だもん!ね、ママいいでしょ!」
「ぅ〜〜ん・・、ワタシもパパと同じ意見かしらねー。ルルちゃんにはまだ早いと思うの」
「ルルル、子供じゃ・・ないもん。子供じゃ・・・・・ウウッ・・、パパとママの・・・・」
「ばかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
子供扱いされた事に腹を立て家を飛び出すルルル。それを見た御近所さんは溜息を吐く。
「ラーニャといい・・ルルちゃんといい・・、毎度毎度飽きないわねぇ〜・・」
「そこが可愛らしいんだけどね♪二人共まだまだお子様だし♪」
御近所さんの暖かい眼差しを受けながらルルルは街の外へと飛び出していく。行き先は木々に囲まれた小さな広場。街から出て徒歩10分ほどという近場にある広場でルルルは一人泣いていた。
「ルル・・・子供じゃ・・グスッ・・ないもん・・」
「兄上なんか・・・嫌いじゃ・・・グスッ・・・」
いつから居たのかルルルから少しだけ離れた位置で膝を抱えて泣いているバフォメットが居た。
「・・・?・・ぁ、ラーニャちゃん・・・グスン・・・」
「・・・!?ルルルでは無いか・・、こんな所でどうしたのじゃ・・」
「ラーニャちゃんだって・・」
二人は御互いに目を腫らしながら愚痴を零しあう。
「兄上は酷いのじゃ!あれほど言ったのに朝食のサラダにピーマンと玉葱を入れおって・・・」
「うんうん!ピーマン苦いもんね!」
「それでお主はどうして飛び出してきたのじゃ?」
「・・・ぅん、・・・パパとママがね、・・ルルは子供だから・・・お寿司にワサビ付けて食べちゃいけません!って・・・」
「ななななっ、・・なんと・・お主の両親はワサビを食べるのか!?なんと恐ろしい事を・・・・」
「エッ!?ワサビってそんなにコワイの!?パパとママ、嬉しそうに食べてたのに!?」
「うむ!ワサビとは・・全ての幼女に恐怖を与え、見た者に一生トラウマを残し、食べれば悶絶、匂いを嗅げばアヌビスも泡を噴くという、・・それはそれは恐ろしい食べ物なのじゃ!」
「こ、・・コワイ・・・。で、でも・・・ルルルも・・食べてみたい・・。ルルル・・もう17歳だもん!大人だもん!」
ルルルの言葉にラーニャは深く感動し頷く。
「素晴らしい!素晴らしいぞルルル!アリスの身でありながらワサビに挑む姿はまさしく幼女の鏡!ワシも手伝ってやろう!我がサバトの集会所に来るが良い!」
意気投合した二人はラーニャのサバトへと向かう。その姿たるや旧世代の魔王に立ち向かうかのような勇者の雰囲気を身に纏っている。しかし、膝から下は産まれ立ての小鹿のようにぷるぷると震えている。
「ラ、ラーニャちゃん・・・やっぱりコワイかも・・」
「ダッダダダ・・大丈夫じゃ・・・。ワシが付いておるわい・・」
集会所に着いた二人は逃げ腰になりながらも建物の一番最奥を目指してじわじわと近づいていくと、ケサランパサランを胸に抱いた魔女が向かいから歩いてくる。
「・・・あれ?ラーニャ様、今日はお早いのですね?」
「うむ、ちょうど良いとこに居た。済まぬが倉庫の鍵はどこじゃったかな?」
「倉庫の鍵ですか?それなら私が預かってます。どうぞ、ラーニャ様。今日は何か新しい実験でもするのですか?」
「今日はワサビを食ってみようかと思っての」
ワサビと聞いた魔女はケサランパサランを放り投げ腰を抜かす。
「ラ・・ラ、ラーニャ様!正気ですか!?」
「うむ、ここに居るルルルと食ってみようかという話になっての」
「ひぃぃぃぃぃ・・・・・」
腰を抜かしながらも必死に逃げる魔女を見たラーニャは軽く溜息を吐く。
「なんとも情けないもんじゃ・・。まだ若いルルルが挑戦すると言うのにウチの連中と来たら・・・」
「わはー♪」
「ん?なんじゃお主は?」
魔女に放り投げられたケサランパサランが二人の周りをふわふわと飛んでいたかと思うとルルルの頭の上に留まる。自分も付いて行きたいとアピールするように何度も頭の上でぽふぽふと跳ねる。
「ねーねー、この子も付いて行きたいみたいだよ?」
「うむうむ、良い良い。お主も付いて来るが良い」
「わはー♪」
ルルルは頭にケサランパサランを乗せたままラーニャに付いて行く。ケサランパサランはこの先に人生最大の試練が待ち構えているとも知らず終始楽しそうな笑顔でぽふぽふとルルルの頭を小さな手で叩く。
「着いたぞい・・・、こ、ここが・・劇薬物倉庫じゃ・・・」
なんの変哲も無いドアの前に立ち説明するラーニャ。危険な物が沢山ある場所にしては結構地味だった。
「ラーニャちゃん、・・本当にここなの?」
「うむ、ここで合っておる。一見すれば普通のドアと思うのじゃが・・、鍵を差し込みながら・・・ほれ、ここに小さな穴があるじゃろ。ここにワシの指を入れると・・・」
カチャン、と鍵が外れた音が廊下に響く。
「これは特殊なドアでな、鍵だけじゃなく管理してる者の魔力も必要なのじゃ。それじゃ入るぞい」
ガラガラと大袈裟な音を立てながらドアが開くと同時に部屋の中から異様な匂いが漂ってくる。否、漏れだしてきたというのが正しいかもしれない。先ほどまで何も匂わなかったのは部屋自体とドアに特殊な加工が施されており匂いが外部に漏れないように細工されていたからだ。
「く・・・くちゃぃ・・・」
「わ、・・・わは〜・・・」
「久しぶりに開けたが・・・これほどまで匂ったかのぉ・・?」
普段から笑顔が絶えないはずのケサランパサランですら眉を八の字にさせ多少困り顔になっている。
「ま、良いかの。それじゃワサビを持ってくるからそこで待っておれ」
「ぅ・・ぅん・・・・」
「わは〜・・」
そう言うと倉庫の奥へとダッシュし、大きなガラス瓶を抱えて速攻で戻ってくるラーニャ。
「はぁ・・・はぁ・・・、こ、怖かったのじゃ・・・」
きっと、この倉庫の中にはラーニャの嫌いな物ばかりが危険物扱いされて保管されてるのであろう。本当に元は古代の叡智と呼ばれた魔獣バフォメットなのかと疑いたくなるような情けない姿だ。
「目的の物は手に入ったし、こんな部屋はさっさと封印してしまうのじゃ!」
乱暴に鍵を差し、大量の魔力を穴に注ぎ込み厳重にロックしてしまうと勝ち誇ったかのように無い胸を反らし鼻息荒く溜息を吐く。
「フンッ!!これで当分は開かないのじゃ!・・・ちょっとだけちびりかけたのじゃ・・」
最後に情けない言葉を漏らしながらもガラス瓶を抱えサバトの厨房へと歩き出す。ルルルも頭にケサランパサランを乗せたまま一緒に付いて行く。ラーニャは厨房に入るとガラス瓶の蓋を外し中に入っていたワサビをキッチン台の上にゴロリと無造作に放り出した。
「ほぇ〜〜〜・・・??これなぁに?マンドラゴラちゃんの根っこ?」
「わはー」
「これがワサビなのじゃ、見た目は確かにマンドラゴラの根に見えるかもしれんが、これは正真正銘のワサビなのじゃ」
「ふ〜〜ん・・・?でもでも、パパとママが食べてたのはエメラルド色してたよ?」
「ふむ、それではお主に見せてやろう・・。これから始まる究極の地獄をな!!」
いつの間に出したのか、右手には大きな鎌が握られていた。その鎌を大きく振り上げワサビへ叩きつけるラーニャ。綺麗に真っ二つにされたワサビの断面をルルルが覗く。
「どうじゃ、緑色をしているじゃろう」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「どうしたのじゃ?何故黙っておるのじゃ?」
「ヒッ・・・」
「ひっ?」
「ひにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!鼻が!鼻がぁぁーーーー!」
厨房内をゴロゴロと転がる二人の姿を見たラーニャは軽く溜息を吐く。
「やれやれ・・しょうがないやつじゃのぉ・・。この程度の匂いで・・・」
自分は平気だ、とアピールするかのようにワサビを摘み、鼻先へと近づけ一気に香りを嗅ぐ。
「&%\@-\('),*_?#$!!」
匂いを嗅いだラーニャもまた、ルルルと同じように厨房内を転げ回る。
「ハァ・・ハァ・・・・なんと恐ろしい匂いなのじゃ・・。もう少しで死ぬところじゃったわい・・」
「ぅぅぅぅ〜〜〜・・・、お鼻の奥がツンとして痛ぃ〜〜・・・」
「わは〜〜・・・」
三者三様情けない顔をしながらワサビを囲む。
「ぅ〜〜〜・・・、まだお鼻の奥が痛いよぉ・・」
「わはー・・・・」
「う、・・うむ。よもやこれほどの破壊力だとは・・」
ルルルはラーニャがどこからともなく取り出したマスクを付け真っ二つに切られたワサビを指で突付き転がす。その横ではケサランパサランがもう片方のワサビを掴み振り回していた。
「これこれ、遊ぶでないぞ。次はこれを摩り下ろすのじゃ」
「・・・?どうして摩っちゃうの?」
「この状態では意味が無いのじゃ。これを摩る事によって真価が発揮されるのじゃ」
小さな擂り鉢を片手に持ち、ケサランパサランからワサビを受け取り目に大量の涙を溜めながらゴリゴリと音を鳴らしながら摩り練っていく。
「ううぅ・・・ふぐぅぅ〜〜・・・、辛いのじゃ・・・苦しいのじゃぁ〜・・・」
「大丈夫・・ラーニャちゃん・・?」
「な、なんのこれしき・・・ふぎゅぅ・・・」
完全に摩り下ろされたワサビを見たルルルとケサランパサランは驚きの声を上げた。
「わぁ〜〜〜♪綺麗な色だね〜♪」
「わは〜〜♪」
「ぜぇ・・ぜぇ・・・・、ワシ・・もうダメかも・・・」
「ね、ね!これをどうするの!」
擂り鉢の底に溜まったとろりとした緑色の液体を興味津々で指差し次にする事を催促する。
「ぜぇ・・ぜぇ・・、それを・・お主が朝食べてた寿司に付けて食うのじゃ」
「ほぇ〜〜?本当に美味しいのかなぁ〜?」
「わは〜?」
いまいち意味が理解出来ていなかったケサランパサランが擂り鉢に手を突っ込み、その小さな指にトロリとワサビを掬いそのまま口に運ぶ。
「あっ!?・・・そんな事しちゃダメだよぉ〜・・、あれ?どうしたの?」
指を口に咥えたままピクリともしないケサランパサランに言い様の無い恐怖を覚えながら肩を軽く突付くとゴトリと仰向けに倒れピクリとも動かなくなった。
「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーー!!」」
満面の笑顔を顔に張りつかせたままケサランパサランは気絶していたのだ。それを見てしまったルルルの膝はガクガクと震え、ラーニャに至っては失禁している始末。歯をガチガチと鳴らしながら小さな被害者を見つめる二人。
「ラ、ラ、ラ、ラ・・・ラーニャちゃん・・・きょ、今日の所は・・か、か、か、・・・帰るね!」
その場から急いで逃げようとするルルルの尻尾をラーニャが掴む。
「ククククク・・・、どこへ行こうと言うのじゃ・・?こうなれば一蓮托生じゃあああああ!!」
あまりの恐怖にラーニャの精神は完全に崩壊していた。失禁しながらも指に練りワサビを掬いルルルのマスクを外し口に強引に押し込む。
「%&-:☆▽#@?\●♥!?」
ルルルの口から言葉にならない悲鳴が飛び出す。厨房内を全速力で駆け巡り全身あちこちぶつけ、それでも尚、暴走は止まらない。
「ウククククク・・・!ルルルよ・・お主の犠牲は無駄にはせんぞ!」
焦点の合わない狂った瞳で練りワサビを指で掬い、ルルルと同じように自らの口に突っ込むラーニャ。
そして夕刻、なかなか帰ってこないルルルを心配した両親が「きっとラーニャちゃんと一緒にサバトにでも居るんでしょう」という勘を頼りにサバトへと向かえに来た。そこで両親が見たものは凄惨たる光景だった。厨房の端で体をビクンビクンと痙攣させながらうつ伏せに倒れている愛娘。キッチン台の上で笑顔を張りつかせたまま気を失っているケサランパサラン。なにより最悪だったのは部屋の真ん中でアヘ顔で泡を噴き、お漏らしをしながら仰向けに倒れているラーニャだった。
「・・・一体何があったんだ・・!?」
「きゃぁぁぁぁーーー!ラーニャ様ぁぁぁあぁああ!?」
ルルルは両親に抱き抱えられ、ラーニャとケサランパサランは魔女達に医務室に運ばれた。
「うぅ〜〜・・、もう我儘言わないのじゃぁ〜兄上〜・・・・・」
「ぱぱぁ・・・、ままぁ・・ごめんなさぁぃ・・・」
「・・・わは・・」
それから数日経ったある日、いつもの懲りない喧嘩が始まる。
「ルル・・子供じゃないもん!もう大人だもん!パパとママのバカーーー!」
「兄上のわからず屋ーーー!」
「わはー??」
本当に懲りない幼女達である。
14/03/09 14:10更新 / ぷいぷい