<後編>時の架け橋となった御猪口
あの日からどんだけ時が過ぎちまったんだろうなぁ。100年?200年?いや、もっと過ぎてるかもしんねぇな。村が焼けちまったあの日からアタイは人を襲わず、ひっそりと生きてきた。これまでにアイツほどの男に出逢えなかったってのもあるがアイツ以上に気に入る奴なんて絶対にいねぇ。それだけは言える。
「さぁ〜て、今日も呑むかねぇ〜」
アタイはお気に入りの山桜を見る為に丘へと出掛ける。あれからかなりの年月が経っちまったが、あの丘は今でも残っている。ジパングという国から日本という国に変わっちまったというのによ。アタイがいつもの丘で呑んでいるといつもの調子で浅葱がやってきた。
「今日も相変わらず呑んでるわね〜」
「へっ、よく言うぜ。そういうお前こそ毎日来てんじゃねぇか」
「あらあら・・酷いわ・・、一人寂しく呑んでる貴女の為と思って足繁く通っているというのに・・」
また浅葱の演技が始まったか。全くいつもいつも飽きねぇなー。そういえばいつの間にか浅葱の尾が4本に。
「また尾が増えたのか。…歳食ったな」
「ひ、酷いわ!どうしてそんな酷い事を言うの!歳を経て得ただけの尻尾が物寂しく揺れて男を誘ってるだなんて!」
「いやいや、そこまで言ってねぇからな?って、いうか図星だったのかよ・・。なんか・・すまねぇな」
「悪いと思ってるのでしたら旦那様ください〜〜・・」
御互いに旦那居らずの寂しい身。なんとも情けねぇ姿だなあ。あの一件以来、何故かアタイらは男との縁がめっきり無くなってしまった。どうしたもんだか。情けなく頭をボリボリと掻き毟りながら酒を呷る。不味い。今日も酒が美味く無い。隣を見れば浅葱もしかめっ面で酒を呷っている始末。どうやら昔の事でも思い出しながら呑んでるんだろうな。今でも思い出す。アイツの姿を。声を。優しい言葉を。そして、朴念仁のような性格を。そういや、アイツに渡したままの御猪口、結局戻ってこずだな。ま、いいかね。アイツへの手向けだ。向こうでもアタイの御猪口で楽しく呑んでくれや。
「ふぅ〜〜・・・、なぁ、浅葱」
「どうしたの?」
「お前さぁ・・。アイツの事、どう思ってたんだ?」
「・・・そうねぇ、絶対に旦那様にしたかった御方ですわね」
やっぱりそうだよなあ。幾度となく続く酒の席での話。もう何年続けたんだろうか。御互いにアイツの事を忘れられないなんてな。もし、あの日、戦が無かったら。もし、あの時、アイツが生き残ってくれてたら。いや、よそう。今更考えたところでアイツは生きてねぇし。もし生きてたとしても、とっくの昔に寿命でくたばっちまってるはずだしな。ウシオニのアタイがなんとも女々しく情けねぇな。たった一人の男が忘れられないなんてな。
「はぁ〜・・酒が不味い。・・・浅葱、なんか食いもん持ってねぇか?」
「そうねぇ・・、何かあったかしら・・」
浅葱が袖の中をごそごそしていると袖口から栗が一つ落ちた。
「・・・あら?どうして栗が?」
「へっ、どうやらアイツがあの世からアタイらを見てるんだろうぜ」
アタイは落ちた栗を摘み上げ昔を懐かしむ。アイツが好きだった栗を眺めながら酒を呷るとなんだか懐かしい味がしてきた。
「・・・今日の酒は美味くなりそうだなあ?なぁ、浅葱?」
「そうねぇ、きっとあの頃の味がもう一度味わえるのかもね」
栗の皮を裂き実を取り出し、まだ渋そうな栗の実を口に頬張るとあの時の味が蘇ってきたが、やっぱり渋かった。
「ん、・・やっぱ渋かったか。アイツの性格みたいな味してやがんな」
「ふふ・・・、それは貴女も同じでしょう?」
「そりゃどういう意味だい?」
「本当は襲いたかったはずなのに渋い顔して我慢しちゃって♪」
「そりゃ御互い様だろ・・・、お前だってアイツの事かなり気に入ってたくせによ」
御互いに軽口を叩きひとしきり笑うと浅葱は急に真剣な面持ちでアタイに妙な事を聞いてきた。
「ねぇ珠洲莉。最近何か変わった事がありませんでしたか?」
「・・・?いんや?呑んで食って寝ての繰り返しだ。それぐらいおめぇも知ってるだろ」
「そぅ・・ですか」
「ぁん?どうしたんだ?変なもんでも食っちまったか?」
「いえ、つい最近になってからなんだか懐かしい匂いがするのです・・・。それも私を興奮させるような・・いえ、なんだか優しく包んでくれるようなそんな匂いが・・」
「はぁ〜??何言ってやがんだ?そんな匂いなんぞ気付かねぇよ?」
そうですか、気のせいでしょうか、と首をかしげ何かを悩む浅葱。はぁ、全くもってわっかんねぇやつだなぁ。ま、いいさ、今日はその懐かしい匂いとやらを探しながら酒を味わうかねぇ。
そして夕刻、夕陽が沈むのを浅葱と酒を呑みながら眺めていると不意にアタイの鼻先に何かまだるっこしい甘い酒の匂いが付き纏う。隣を見れば浅葱も何かに気付いたようだ。
「浅葱!この匂いって・・まさか!?」
「この匂いは・・・アタイの匂いじゃないか!!なんでアタイと同じ匂いがどっからか流れてきてやがんだ!?」
僅かに匂うアタイそっくりの匂い。こりゃあどういうこった。アタイが二人居るってのかい。そんなわきゃねぇ。アタイはアタイだ。姉も居なけりゃ妹も居ねぇ。それなのに感じるアタイそっくりの匂い。浅葱は浅葱でアタイを見たり遠くを見たりして何かを探しているようだ。
「スンスン・・・。これは一体どういう事かしら・・?どうして珠洲莉と同じ匂いが・・・」
「浅葱・・匂いの出所わかるか・・?」
「いえ、・・・匂いが薄くて出所までは・・。でも・・・」
「でも、何だ?」
「そんなに遠くない場所・・だと思うわ。此処まではっきりわかるのですから・・」
「ま、考えてもしょうがねぇ。何かありゃあ、向こうさんから飛び込んでくるだろうよ」
アタイは小難しい事を考えるのは嫌いだから適当に答えた。浅葱もアタイの言葉に何か納得したように匂いの出所を探すのを止めたようだ。
「ま、今日はこの辺でお開きにすっか」
「・・・そうねぇ、匂いは気になりますけど。貴女の言う通りに何かあったらこちらに飛び込んでくるかもしれませんし。・・気長に待ちましょうか」
「ああ、じゃあな!」
アタイはゆっくりと丘を下りながらも匂いの事を考えていた。どうしてアタイと同じ匂いが流れてきたのか。そしてアタイそっくりの匂いと一緒に流れてきた甘ったるい酒の匂い。これも気になる。ああ、くそっ、もぅ止めだ止めだ。いくら考えてもわかんねぇもんはわかんねぇ。こういう日はさっさと寝るに限る。
いつものように近くの山の洞穴で体を休めていると突然アタイの体が震え出した。いや、震えたんじゃねぇ。体が男を求めようとしているんだ。その証拠にアタイの穴からは粘り気を帯びた液が僅かだが漏れだしている。なんで今頃になって発情しやがんだ。今まで一度足りとも男が欲しいなんて思ってなかったのによ。
「くぅぅ・・、なんなんだよ一体!?」
アタイが震える手で濡れた穴を触るとねっとりとした液体が指に絡みもっと溢れさせろと催促してきやがる。だけどアタイはそれ以上は触らずひたすら耐えた。アタイが欲しいのはアイツだけだ。それ以外の男なんて興味ねぇ。体の疼きを誤魔化すように酒を呷る。酔って潰れちまえば今日の事は忘れちまうからな。だけど、体の疼きは朝になっても止まらなかった。
翌朝、アタイは不機嫌な顔でいつもの丘の上で酒を呷る。未だに体の奥底から沸きあがってくる性欲に苛立ちを覚える。昨日の晩から止まる気配がねぇ。今更興味も沸かねぇ男を攫ってもおもしろくもなんともねぇのによ。アタイが一人酒を呷っているといつものように浅葱が姿を見せる。だが、浅葱は何か考え事をしながら歩いてきやがった。
「・・・おぅ、どうした?男日照りの顔がますます乾いちまうぞ?」
「おはよう・・。珠洲莉、昨日の事なんだけど」
「んぁ??昨日がどうした?」
やや間を置いて浅葱は言葉を続けてきた。
「あの匂い・・・実は今日も匂ってきたのですけど・・。あの時の匂いにそっくりなのです」
「あの時?なんだそりゃ?夢でも見てんのか?」
「違います!あの人の・・・庄平さんの匂いがするのです!」
「・・・!?」
そんな馬鹿な。あれから何年経ったと思ってんだ。アイツは人間だ、アタイらのように何百年と生きれる体じゃねぇ。それは浅葱もわかってるはずだし言ってる事が矛盾してるのもわかってるはず。
「へっ!馬鹿馬鹿しいな。そんな事あるわけねぇな。どう考えても生きてるわきゃねぇし。・・・それに、もし生きてたら・・他の誰かに取られちまったって事だしな」
「・・・・そうなりますわね」
アタイらみたいな妖と番になった人間の雄はアタイら同様に長生きするってのは聞いた事がある。もし、それが本当だったら・・の話だがな。もし本当にアイツが誰かの番になって生き延びていたら。それを思うだけでアタイの心が苛立ってくる。アイツがアタイら以外の誰かと番になっちまうなんて想像出来ねぇ。苛立ちを感じながら酒を呷っていると浅葱が何かを感じ取ったように鼻をヒクヒクと動かしてる。
「・・・・!!珠洲莉!あの匂いが近づいてきてる!」
「な、なんだって!?それ本当かよ!?」
アタイも鼻を利かせてみると確かに匂う。昨日よりもはっきりわかるアイツの匂い。
「匂う・・・、確かに今はっきりと匂ったぞ!」
アタイの鼻が感じ取ったのは懐かしい庄平の匂い。間違い無い、本当に庄平の匂いがする。こりゃあどういうこった。あれから何年経ってると思ってやがんだ。今更になってのこのこと此処にやってくるってのか。アタイらの知らない妖を隣に連れて。だけど何故か突然匂いが消えてしまった。
「・・・あら??匂いが・・消えましたわ?どういうことかしら??」
「本当だ・・、どういうこった??さっきまで確かにアイツの匂いがしてたはずなのに?」
アタイと浅葱は二人して頭を抱えるが匂いが消えた以上は何も出来ねぇ。さっぱりわかんねぇよ。一体全体、何が起こってやがるんだ。
「しょうがねぇな・・。なぁ、浅葱、・・おめえの事だからある程度はわかってるんだろ?」
「ええ、かなり近かったですわ!ですが・・・何故突然匂いが消えたのかまでは判りませんわ」
やれやれ。ま、近い場所にアイツが居るのが判っただけでもいいか。さて、これからどうすっかな。仕切りなおしに呑んでもいいが、浅葱がこの調子じゃなぁ。アタイの隣では浅葱が丘の天辺から見える街をずっと眺めている。どうやら浅葱の勘ではあの街に何かあると見てるようだ。そういや、あの街の位置は・・遠い昔に庄平が住んでた村があった場所だ。いや、まさか、な・・・。
「珠洲莉!あの街に庄平さんが居るわ!」
突然馬鹿でかい声で庄平が街で生きていると言いだす浅葱。だけどアタイには信じられなかった。それもそのはず。
「ちょい待ち。それはおかしいんじゃないか?もし生きていたら今までアタイ達が気付かないわけがないだろ?それにアイツの匂いだって昨日今日いきなり匂ってきたんだし、それっておかしくねぇか?」
「そ、それは・・そうですけど・・。でも!今、確かに庄平さんの匂いがしたのです!こればかりは間違える事はありません!!」
アタイと違って浅葱は鼻が利く。僅かな匂いでも出所を探し中てる能力があるのでこういう時はすごく便利だ。
「・・・よおっし!そんじゃいっちょ匂い探しに行くとすっか!!酒はその後でゆっくり呑むぞ!」
「・・・・ッ!ええ、行ってみましょう!」
アタイと浅葱は何十年ぶりになるだろうかわからない街へと足を運ぶと、人、人、妖、妖と溢れ返っているのを見た。どうやらいつのまにかアタイらのような妖でも気軽に住めるような世界になっちまってたみてぇだ。
「へぇ〜〜・・・、こりゃたいしたもんだ・・。アタイの知らない間にこんなになっちまってたとはな・・」
「私は時折見てましたから知ってましたが」
「なっ!ずるいぞ!お前だけ楽しんでやがったのか!」
「楽しむだなんて人聞きの悪い・・・。私だって時には人と触れ合いたいのですわ」
こ、こいつは・・。アタイに内緒で街で遊んでたとは。しっかし、広い街だなぁ、庄平が居た頃とは大違いなほど馬鹿でけぇなー。と、そうじゃねぇ、アタイらは探すもんがあったんだ。
「んで、浅葱。どの辺りだと思う?」
暫し手を頬に当てて目を閉じ悩んだ浅葱だったが、わかりませんわ、とだけぬかしやがった。それじゃあ此処に来た意味がねぇだろ。こうなったら仕方ねぇ、気になる建物を片っ端から潰して探してみっか。そう思って腕を振りかぶった時、またあの匂いが鼻に纏わりついた。
「え?ま、まさか!?」
「珠洲莉!丘の上から庄平さんの匂いがするわ!」
そんな馬鹿な。アタイらはさっきまで丘に居たはず。はっ、まさか入れ違いで庄平が丘に行っちまったのか。アタイらは急ぎ丘に戻ったがそこには誰も居なかった。
「そ、そんな・・・、確かに此処から庄平さんの匂いがしてたはずなのに・・」
「ああ、確かにそれはアタイも感じた。確かにアイツは此処に居たはずなんだ!」
だけど、それ以降アイツの匂いは全くしなくなった。そして何事も無く春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、そして雪が舞う季節を迎えた。
「おぉ〜・・・寒くなってきやがったなぁー」
「そうねぇ〜・・・こんな日は焼き栗でも食べて暖まりますか」
「おっ、いいねー。やっぱ寒い日はそれに限るな!」
毎年恒例となった浅葱の袖口から零れ落ちる栗を拾い集め焚き火の中に放り込む。パチパチと小気味良く爆ぜる音を聞きながらいつものように二人で酒を呷る。
「ハァ〜〜、やっぱこれが無いと冬が来たって気にならねぇなー」
「そうですわね、お芋も美味しいですが私達はやはりコレですわね」
そう言って栗を一つ摘み上げ火中に放り込む浅葱。どこか懐かしむ顔で焚き火を眺め焼き上がった栗を一つ一つ手で取り出していく。
「ハハッ、本当におめぇの手は不思議だな。火を受け付けないなんてよ」
「フフッ・・・、そうじゃなければ稲荷なんてやってられませんわ♪」
そして毎年恒例としてやっている事がもう1つだけある。アタイはあの時のように浅葱の真似をして火中の栗を拾うのだ。
「あちゃちゃちゃちゃ!!ふぃ〜・・・やっぱあちいなぁー・・ハハッ」
アタイが手を引っ込めた途端、誰かが急に後ろからアタイの手を掴み覗き込んできた。
「おい、無茶するんじゃないぞ!ウシオニとはいえ女だろう!」
アタイの手を掴んでいた男の顔を見た瞬間、アタイは時が止まるのを感じてしまった。何故なら・・・。そこには庄平が居たからだ。浅葱も驚いた顔をして庄平を見ている。
「ん?流石はウシオニだな。一瞬で治ってしまうとは」
アタイの手を掴んでいた庄平はそれだけを言うと手を離し小さな木箱を腋に抱え去っていこうとしたがアタイ達は震える声で呼び止めた。
「しょ・・・しょう・・へい・・」
「庄平・・さん・・」
「ん?」
アタイは立ち上がり力無い足使いで庄平に近づく。見れば浅葱もふらふらと揺れながらも庄平に近づいていく。
「庄平・・・しょうへいいいいいいいい!!」
蜘蛛足がもつれ何度も躓きそうになるが、それでもアタイはなんとか庄平に抱き付いた。浅葱も庄平を後ろから抱き締めている。
「な、何だ!?庄平って誰の事だ!?俺は庄一って名前なんだが!?」
「何言ってやがんだ!・・今頃になって・・今頃になって・・帰って・・・きやがって・・ウウッ・・」
「嗚呼、庄平さん・・戻ってきてくれましたのね・・。あの時からずっと・・私は貴方だけをお慕いしておりました・・」
「いや、だから俺は・・。・・・・あっ!箱が!」
コロリと転がる箱から懐かしい物が出てくる。出てきた物はアタイが庄平にあげたあの御猪口。落ちた御猪口を浅葱が震える手でそっと摘み上げる。
「嗚呼・・庄平さんの匂いが・・。もしかして貴方は・・」
「あ、いや、俺は庄一って言うんだが・・」
庄平に瓜二つの庄一とやらが浅葱の手から御猪口を受け取ると大事そうに胸ポケットに仕舞い込む。
「はぁ、・・・割れなくて良かった・・。家宝を壊したらどんな目に遭うやら」
「「か、家宝!?」」
アタイと浅葱は同時に驚いた。アタイがあげた御猪口がこいつの家宝と言うことは・・まさか!
「な、なぁ!おめえもしかして!」
「ねぇ!貴方の御先祖様って・・!」
「ん、御先祖様?ただの侍としか聞いた事が無いが・・それが何だ?」
侍・・・、そうか。それでアイツの周りには触れれば斬られそうな気が充満していたのか。いや、待てよ。まだコイツが本当に庄平の子孫かどうかまだわからない。とりあえずアタイの御猪口がどうやってコイツの手にあるのか聞いてからじゃないとな。
「なぁ、おめぇ。おめぇが持ってる御猪口だが、それ誰の物か知ってるのか?」
「一応は知っている。確か・・妖から授かった貴重な御猪口だとは聞いてる」
「・・・ははっ!そうかそうか!くくく・・、まさか巡り巡ってアタイの手元に戻ってくるとはな!」
それを聞いた庄平は驚きつつも胸ポケットから御猪口を取り出しアタイの手に握らせてきやがった。
「お、おぃ・・いきなり何しやがんだ」
「これでやっと・・約束が果たせた」
約束?一体何の事だ?アタイは庄平と何も約束なんてしてねぇぞ。
「うちには代々続く変な口伝が残っててな・・・。『いつか誰かがこの御猪口を妖に返してくれる事を願っている』、という言葉が残ってるんだ」
「そっか・・、庄平のやつ・・最後の最後までアタイらを想ってくれてたんだな・・」
あの馬鹿が最後の最後までアタイらの事をずっと気に掛けてくれてたのが嬉しかったが、突然浅葱が手を打ちとんでも無い事を言いやがる。
「庄一さんと仰いましたわね?」
「そうだけど、俺に何か?」
「ねぇ、・・・私と珠洲莉・・どちらがお好みかしら?」
いきなり何て事を言いやがるんだ。ほれ見ろ、庄平そっくりのコイツが焦ってんじゃねぇか。
「あー、あー・・。この馬鹿の言う事は気にしなくていいぞ。いつもの事だからな・・」
でも、庄一は律儀に返事しやがった。それも一番欲しかった言葉で。
「二人共美人だしなぁ・・、甲乙付けれないな」
それを聞いたアタイらは同時に吹きだした。まさか、庄平と同じ返事しやがるとは思ってもみなかった。コイツはやっぱり庄平の子孫だ、間違いねぇ。こんな所までアイツそっくりに似てやがるとは。見ればいつの間にか浅葱が蕩けたような表情で庄一にしなだれかかってやがる。
「おい!庄一はアタイのもんだぞ!」
「何を仰いますの?庄一さんは私と巡り会う為に生まれ変わってきたのですよ!」
「ふざけんな!庄一はアタイの御猪口をわざわざ返しに来たんだ!アタイに会う為に来たんだ。だからアタイが食う権利があるんだ!」
「あ、あの、すまないが話しが見えて来ないんだが・・」
「おめぇは黙ってろ!!」
「貴方は黙っててください!」
「は、はぁ・・・」
夕暮れ時まで続く喧騒の中、庄一はただ黙ってアタイらの口論をずっと聞いていた。本当に律儀な奴だな。
「はぁはぁ・・・、しょうがねぇ・・・。こうなったらコイツに決めてもらおうじゃないか!」
「ええ!望むところですわ!」
アタイは乳の前で腕を組み、浅葱はしなを作り流し目で庄一を見つめる。
「なぁ庄一。おめぇは乳がでかい女が好きだよな?」
「庄一さん、奥ゆかしい女性はお好みでしょうか?」
「え?え?今すぐ答えないとダメなのか!?」
急に話を振られた庄一はあたふたしながらもさきほどと同じ事を言いやがった。
「俺にはどちらが何て決めれない。二人共好み・・だしな」
くそっ!可愛い事を言ってくれるじゃねぇか。だけど要らんとこまでアイツに似やがって。こいつアタイと浅葱、両方選ぶつもりなのか。まぁそれもいいさ。これからはじっくり時間があるんだ。戦も無ければ殺しあうような世界でも無いんだ。しばらくの間は目を瞑ってやるよ。だけど最後にゃぜってぇにアタイを選べよな。
庄一と出逢ってからアタイらの生活が一気に変わった。あの日に戻ったような気がするが、もう昔のように春になって突然居なくなるなんて事は無いんだ。これだけは天に感謝するぜ。もう一度だけアタイらに夢を、いや楽しみを与えてくれてよ。
「さぁ〜て、今日も呑むかねぇ〜」
「ふふ・・そうですわね♪今日はとっておきの栗を持ってきましたわ♥」
「ハハッ!まさかアイツも栗好きだったとはな。血は争えんってやつか」
今日も丘の上でアタイらの宴が始まる。これから一生続く最高の宴会がな!
「さぁ〜て、今日も呑むかねぇ〜」
アタイはお気に入りの山桜を見る為に丘へと出掛ける。あれからかなりの年月が経っちまったが、あの丘は今でも残っている。ジパングという国から日本という国に変わっちまったというのによ。アタイがいつもの丘で呑んでいるといつもの調子で浅葱がやってきた。
「今日も相変わらず呑んでるわね〜」
「へっ、よく言うぜ。そういうお前こそ毎日来てんじゃねぇか」
「あらあら・・酷いわ・・、一人寂しく呑んでる貴女の為と思って足繁く通っているというのに・・」
また浅葱の演技が始まったか。全くいつもいつも飽きねぇなー。そういえばいつの間にか浅葱の尾が4本に。
「また尾が増えたのか。…歳食ったな」
「ひ、酷いわ!どうしてそんな酷い事を言うの!歳を経て得ただけの尻尾が物寂しく揺れて男を誘ってるだなんて!」
「いやいや、そこまで言ってねぇからな?って、いうか図星だったのかよ・・。なんか・・すまねぇな」
「悪いと思ってるのでしたら旦那様ください〜〜・・」
御互いに旦那居らずの寂しい身。なんとも情けねぇ姿だなあ。あの一件以来、何故かアタイらは男との縁がめっきり無くなってしまった。どうしたもんだか。情けなく頭をボリボリと掻き毟りながら酒を呷る。不味い。今日も酒が美味く無い。隣を見れば浅葱もしかめっ面で酒を呷っている始末。どうやら昔の事でも思い出しながら呑んでるんだろうな。今でも思い出す。アイツの姿を。声を。優しい言葉を。そして、朴念仁のような性格を。そういや、アイツに渡したままの御猪口、結局戻ってこずだな。ま、いいかね。アイツへの手向けだ。向こうでもアタイの御猪口で楽しく呑んでくれや。
「ふぅ〜〜・・・、なぁ、浅葱」
「どうしたの?」
「お前さぁ・・。アイツの事、どう思ってたんだ?」
「・・・そうねぇ、絶対に旦那様にしたかった御方ですわね」
やっぱりそうだよなあ。幾度となく続く酒の席での話。もう何年続けたんだろうか。御互いにアイツの事を忘れられないなんてな。もし、あの日、戦が無かったら。もし、あの時、アイツが生き残ってくれてたら。いや、よそう。今更考えたところでアイツは生きてねぇし。もし生きてたとしても、とっくの昔に寿命でくたばっちまってるはずだしな。ウシオニのアタイがなんとも女々しく情けねぇな。たった一人の男が忘れられないなんてな。
「はぁ〜・・酒が不味い。・・・浅葱、なんか食いもん持ってねぇか?」
「そうねぇ・・、何かあったかしら・・」
浅葱が袖の中をごそごそしていると袖口から栗が一つ落ちた。
「・・・あら?どうして栗が?」
「へっ、どうやらアイツがあの世からアタイらを見てるんだろうぜ」
アタイは落ちた栗を摘み上げ昔を懐かしむ。アイツが好きだった栗を眺めながら酒を呷るとなんだか懐かしい味がしてきた。
「・・・今日の酒は美味くなりそうだなあ?なぁ、浅葱?」
「そうねぇ、きっとあの頃の味がもう一度味わえるのかもね」
栗の皮を裂き実を取り出し、まだ渋そうな栗の実を口に頬張るとあの時の味が蘇ってきたが、やっぱり渋かった。
「ん、・・やっぱ渋かったか。アイツの性格みたいな味してやがんな」
「ふふ・・・、それは貴女も同じでしょう?」
「そりゃどういう意味だい?」
「本当は襲いたかったはずなのに渋い顔して我慢しちゃって♪」
「そりゃ御互い様だろ・・・、お前だってアイツの事かなり気に入ってたくせによ」
御互いに軽口を叩きひとしきり笑うと浅葱は急に真剣な面持ちでアタイに妙な事を聞いてきた。
「ねぇ珠洲莉。最近何か変わった事がありませんでしたか?」
「・・・?いんや?呑んで食って寝ての繰り返しだ。それぐらいおめぇも知ってるだろ」
「そぅ・・ですか」
「ぁん?どうしたんだ?変なもんでも食っちまったか?」
「いえ、つい最近になってからなんだか懐かしい匂いがするのです・・・。それも私を興奮させるような・・いえ、なんだか優しく包んでくれるようなそんな匂いが・・」
「はぁ〜??何言ってやがんだ?そんな匂いなんぞ気付かねぇよ?」
そうですか、気のせいでしょうか、と首をかしげ何かを悩む浅葱。はぁ、全くもってわっかんねぇやつだなぁ。ま、いいさ、今日はその懐かしい匂いとやらを探しながら酒を味わうかねぇ。
そして夕刻、夕陽が沈むのを浅葱と酒を呑みながら眺めていると不意にアタイの鼻先に何かまだるっこしい甘い酒の匂いが付き纏う。隣を見れば浅葱も何かに気付いたようだ。
「浅葱!この匂いって・・まさか!?」
「この匂いは・・・アタイの匂いじゃないか!!なんでアタイと同じ匂いがどっからか流れてきてやがんだ!?」
僅かに匂うアタイそっくりの匂い。こりゃあどういうこった。アタイが二人居るってのかい。そんなわきゃねぇ。アタイはアタイだ。姉も居なけりゃ妹も居ねぇ。それなのに感じるアタイそっくりの匂い。浅葱は浅葱でアタイを見たり遠くを見たりして何かを探しているようだ。
「スンスン・・・。これは一体どういう事かしら・・?どうして珠洲莉と同じ匂いが・・・」
「浅葱・・匂いの出所わかるか・・?」
「いえ、・・・匂いが薄くて出所までは・・。でも・・・」
「でも、何だ?」
「そんなに遠くない場所・・だと思うわ。此処まではっきりわかるのですから・・」
「ま、考えてもしょうがねぇ。何かありゃあ、向こうさんから飛び込んでくるだろうよ」
アタイは小難しい事を考えるのは嫌いだから適当に答えた。浅葱もアタイの言葉に何か納得したように匂いの出所を探すのを止めたようだ。
「ま、今日はこの辺でお開きにすっか」
「・・・そうねぇ、匂いは気になりますけど。貴女の言う通りに何かあったらこちらに飛び込んでくるかもしれませんし。・・気長に待ちましょうか」
「ああ、じゃあな!」
アタイはゆっくりと丘を下りながらも匂いの事を考えていた。どうしてアタイと同じ匂いが流れてきたのか。そしてアタイそっくりの匂いと一緒に流れてきた甘ったるい酒の匂い。これも気になる。ああ、くそっ、もぅ止めだ止めだ。いくら考えてもわかんねぇもんはわかんねぇ。こういう日はさっさと寝るに限る。
いつものように近くの山の洞穴で体を休めていると突然アタイの体が震え出した。いや、震えたんじゃねぇ。体が男を求めようとしているんだ。その証拠にアタイの穴からは粘り気を帯びた液が僅かだが漏れだしている。なんで今頃になって発情しやがんだ。今まで一度足りとも男が欲しいなんて思ってなかったのによ。
「くぅぅ・・、なんなんだよ一体!?」
アタイが震える手で濡れた穴を触るとねっとりとした液体が指に絡みもっと溢れさせろと催促してきやがる。だけどアタイはそれ以上は触らずひたすら耐えた。アタイが欲しいのはアイツだけだ。それ以外の男なんて興味ねぇ。体の疼きを誤魔化すように酒を呷る。酔って潰れちまえば今日の事は忘れちまうからな。だけど、体の疼きは朝になっても止まらなかった。
翌朝、アタイは不機嫌な顔でいつもの丘の上で酒を呷る。未だに体の奥底から沸きあがってくる性欲に苛立ちを覚える。昨日の晩から止まる気配がねぇ。今更興味も沸かねぇ男を攫ってもおもしろくもなんともねぇのによ。アタイが一人酒を呷っているといつものように浅葱が姿を見せる。だが、浅葱は何か考え事をしながら歩いてきやがった。
「・・・おぅ、どうした?男日照りの顔がますます乾いちまうぞ?」
「おはよう・・。珠洲莉、昨日の事なんだけど」
「んぁ??昨日がどうした?」
やや間を置いて浅葱は言葉を続けてきた。
「あの匂い・・・実は今日も匂ってきたのですけど・・。あの時の匂いにそっくりなのです」
「あの時?なんだそりゃ?夢でも見てんのか?」
「違います!あの人の・・・庄平さんの匂いがするのです!」
「・・・!?」
そんな馬鹿な。あれから何年経ったと思ってんだ。アイツは人間だ、アタイらのように何百年と生きれる体じゃねぇ。それは浅葱もわかってるはずだし言ってる事が矛盾してるのもわかってるはず。
「へっ!馬鹿馬鹿しいな。そんな事あるわけねぇな。どう考えても生きてるわきゃねぇし。・・・それに、もし生きてたら・・他の誰かに取られちまったって事だしな」
「・・・・そうなりますわね」
アタイらみたいな妖と番になった人間の雄はアタイら同様に長生きするってのは聞いた事がある。もし、それが本当だったら・・の話だがな。もし本当にアイツが誰かの番になって生き延びていたら。それを思うだけでアタイの心が苛立ってくる。アイツがアタイら以外の誰かと番になっちまうなんて想像出来ねぇ。苛立ちを感じながら酒を呷っていると浅葱が何かを感じ取ったように鼻をヒクヒクと動かしてる。
「・・・・!!珠洲莉!あの匂いが近づいてきてる!」
「な、なんだって!?それ本当かよ!?」
アタイも鼻を利かせてみると確かに匂う。昨日よりもはっきりわかるアイツの匂い。
「匂う・・・、確かに今はっきりと匂ったぞ!」
アタイの鼻が感じ取ったのは懐かしい庄平の匂い。間違い無い、本当に庄平の匂いがする。こりゃあどういうこった。あれから何年経ってると思ってやがんだ。今更になってのこのこと此処にやってくるってのか。アタイらの知らない妖を隣に連れて。だけど何故か突然匂いが消えてしまった。
「・・・あら??匂いが・・消えましたわ?どういうことかしら??」
「本当だ・・、どういうこった??さっきまで確かにアイツの匂いがしてたはずなのに?」
アタイと浅葱は二人して頭を抱えるが匂いが消えた以上は何も出来ねぇ。さっぱりわかんねぇよ。一体全体、何が起こってやがるんだ。
「しょうがねぇな・・。なぁ、浅葱、・・おめえの事だからある程度はわかってるんだろ?」
「ええ、かなり近かったですわ!ですが・・・何故突然匂いが消えたのかまでは判りませんわ」
やれやれ。ま、近い場所にアイツが居るのが判っただけでもいいか。さて、これからどうすっかな。仕切りなおしに呑んでもいいが、浅葱がこの調子じゃなぁ。アタイの隣では浅葱が丘の天辺から見える街をずっと眺めている。どうやら浅葱の勘ではあの街に何かあると見てるようだ。そういや、あの街の位置は・・遠い昔に庄平が住んでた村があった場所だ。いや、まさか、な・・・。
「珠洲莉!あの街に庄平さんが居るわ!」
突然馬鹿でかい声で庄平が街で生きていると言いだす浅葱。だけどアタイには信じられなかった。それもそのはず。
「ちょい待ち。それはおかしいんじゃないか?もし生きていたら今までアタイ達が気付かないわけがないだろ?それにアイツの匂いだって昨日今日いきなり匂ってきたんだし、それっておかしくねぇか?」
「そ、それは・・そうですけど・・。でも!今、確かに庄平さんの匂いがしたのです!こればかりは間違える事はありません!!」
アタイと違って浅葱は鼻が利く。僅かな匂いでも出所を探し中てる能力があるのでこういう時はすごく便利だ。
「・・・よおっし!そんじゃいっちょ匂い探しに行くとすっか!!酒はその後でゆっくり呑むぞ!」
「・・・・ッ!ええ、行ってみましょう!」
アタイと浅葱は何十年ぶりになるだろうかわからない街へと足を運ぶと、人、人、妖、妖と溢れ返っているのを見た。どうやらいつのまにかアタイらのような妖でも気軽に住めるような世界になっちまってたみてぇだ。
「へぇ〜〜・・・、こりゃたいしたもんだ・・。アタイの知らない間にこんなになっちまってたとはな・・」
「私は時折見てましたから知ってましたが」
「なっ!ずるいぞ!お前だけ楽しんでやがったのか!」
「楽しむだなんて人聞きの悪い・・・。私だって時には人と触れ合いたいのですわ」
こ、こいつは・・。アタイに内緒で街で遊んでたとは。しっかし、広い街だなぁ、庄平が居た頃とは大違いなほど馬鹿でけぇなー。と、そうじゃねぇ、アタイらは探すもんがあったんだ。
「んで、浅葱。どの辺りだと思う?」
暫し手を頬に当てて目を閉じ悩んだ浅葱だったが、わかりませんわ、とだけぬかしやがった。それじゃあ此処に来た意味がねぇだろ。こうなったら仕方ねぇ、気になる建物を片っ端から潰して探してみっか。そう思って腕を振りかぶった時、またあの匂いが鼻に纏わりついた。
「え?ま、まさか!?」
「珠洲莉!丘の上から庄平さんの匂いがするわ!」
そんな馬鹿な。アタイらはさっきまで丘に居たはず。はっ、まさか入れ違いで庄平が丘に行っちまったのか。アタイらは急ぎ丘に戻ったがそこには誰も居なかった。
「そ、そんな・・・、確かに此処から庄平さんの匂いがしてたはずなのに・・」
「ああ、確かにそれはアタイも感じた。確かにアイツは此処に居たはずなんだ!」
だけど、それ以降アイツの匂いは全くしなくなった。そして何事も無く春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、そして雪が舞う季節を迎えた。
「おぉ〜・・・寒くなってきやがったなぁー」
「そうねぇ〜・・・こんな日は焼き栗でも食べて暖まりますか」
「おっ、いいねー。やっぱ寒い日はそれに限るな!」
毎年恒例となった浅葱の袖口から零れ落ちる栗を拾い集め焚き火の中に放り込む。パチパチと小気味良く爆ぜる音を聞きながらいつものように二人で酒を呷る。
「ハァ〜〜、やっぱこれが無いと冬が来たって気にならねぇなー」
「そうですわね、お芋も美味しいですが私達はやはりコレですわね」
そう言って栗を一つ摘み上げ火中に放り込む浅葱。どこか懐かしむ顔で焚き火を眺め焼き上がった栗を一つ一つ手で取り出していく。
「ハハッ、本当におめぇの手は不思議だな。火を受け付けないなんてよ」
「フフッ・・・、そうじゃなければ稲荷なんてやってられませんわ♪」
そして毎年恒例としてやっている事がもう1つだけある。アタイはあの時のように浅葱の真似をして火中の栗を拾うのだ。
「あちゃちゃちゃちゃ!!ふぃ〜・・・やっぱあちいなぁー・・ハハッ」
アタイが手を引っ込めた途端、誰かが急に後ろからアタイの手を掴み覗き込んできた。
「おい、無茶するんじゃないぞ!ウシオニとはいえ女だろう!」
アタイの手を掴んでいた男の顔を見た瞬間、アタイは時が止まるのを感じてしまった。何故なら・・・。そこには庄平が居たからだ。浅葱も驚いた顔をして庄平を見ている。
「ん?流石はウシオニだな。一瞬で治ってしまうとは」
アタイの手を掴んでいた庄平はそれだけを言うと手を離し小さな木箱を腋に抱え去っていこうとしたがアタイ達は震える声で呼び止めた。
「しょ・・・しょう・・へい・・」
「庄平・・さん・・」
「ん?」
アタイは立ち上がり力無い足使いで庄平に近づく。見れば浅葱もふらふらと揺れながらも庄平に近づいていく。
「庄平・・・しょうへいいいいいいいい!!」
蜘蛛足がもつれ何度も躓きそうになるが、それでもアタイはなんとか庄平に抱き付いた。浅葱も庄平を後ろから抱き締めている。
「な、何だ!?庄平って誰の事だ!?俺は庄一って名前なんだが!?」
「何言ってやがんだ!・・今頃になって・・今頃になって・・帰って・・・きやがって・・ウウッ・・」
「嗚呼、庄平さん・・戻ってきてくれましたのね・・。あの時からずっと・・私は貴方だけをお慕いしておりました・・」
「いや、だから俺は・・。・・・・あっ!箱が!」
コロリと転がる箱から懐かしい物が出てくる。出てきた物はアタイが庄平にあげたあの御猪口。落ちた御猪口を浅葱が震える手でそっと摘み上げる。
「嗚呼・・庄平さんの匂いが・・。もしかして貴方は・・」
「あ、いや、俺は庄一って言うんだが・・」
庄平に瓜二つの庄一とやらが浅葱の手から御猪口を受け取ると大事そうに胸ポケットに仕舞い込む。
「はぁ、・・・割れなくて良かった・・。家宝を壊したらどんな目に遭うやら」
「「か、家宝!?」」
アタイと浅葱は同時に驚いた。アタイがあげた御猪口がこいつの家宝と言うことは・・まさか!
「な、なぁ!おめえもしかして!」
「ねぇ!貴方の御先祖様って・・!」
「ん、御先祖様?ただの侍としか聞いた事が無いが・・それが何だ?」
侍・・・、そうか。それでアイツの周りには触れれば斬られそうな気が充満していたのか。いや、待てよ。まだコイツが本当に庄平の子孫かどうかまだわからない。とりあえずアタイの御猪口がどうやってコイツの手にあるのか聞いてからじゃないとな。
「なぁ、おめぇ。おめぇが持ってる御猪口だが、それ誰の物か知ってるのか?」
「一応は知っている。確か・・妖から授かった貴重な御猪口だとは聞いてる」
「・・・ははっ!そうかそうか!くくく・・、まさか巡り巡ってアタイの手元に戻ってくるとはな!」
それを聞いた庄平は驚きつつも胸ポケットから御猪口を取り出しアタイの手に握らせてきやがった。
「お、おぃ・・いきなり何しやがんだ」
「これでやっと・・約束が果たせた」
約束?一体何の事だ?アタイは庄平と何も約束なんてしてねぇぞ。
「うちには代々続く変な口伝が残っててな・・・。『いつか誰かがこの御猪口を妖に返してくれる事を願っている』、という言葉が残ってるんだ」
「そっか・・、庄平のやつ・・最後の最後までアタイらを想ってくれてたんだな・・」
あの馬鹿が最後の最後までアタイらの事をずっと気に掛けてくれてたのが嬉しかったが、突然浅葱が手を打ちとんでも無い事を言いやがる。
「庄一さんと仰いましたわね?」
「そうだけど、俺に何か?」
「ねぇ、・・・私と珠洲莉・・どちらがお好みかしら?」
いきなり何て事を言いやがるんだ。ほれ見ろ、庄平そっくりのコイツが焦ってんじゃねぇか。
「あー、あー・・。この馬鹿の言う事は気にしなくていいぞ。いつもの事だからな・・」
でも、庄一は律儀に返事しやがった。それも一番欲しかった言葉で。
「二人共美人だしなぁ・・、甲乙付けれないな」
それを聞いたアタイらは同時に吹きだした。まさか、庄平と同じ返事しやがるとは思ってもみなかった。コイツはやっぱり庄平の子孫だ、間違いねぇ。こんな所までアイツそっくりに似てやがるとは。見ればいつの間にか浅葱が蕩けたような表情で庄一にしなだれかかってやがる。
「おい!庄一はアタイのもんだぞ!」
「何を仰いますの?庄一さんは私と巡り会う為に生まれ変わってきたのですよ!」
「ふざけんな!庄一はアタイの御猪口をわざわざ返しに来たんだ!アタイに会う為に来たんだ。だからアタイが食う権利があるんだ!」
「あ、あの、すまないが話しが見えて来ないんだが・・」
「おめぇは黙ってろ!!」
「貴方は黙っててください!」
「は、はぁ・・・」
夕暮れ時まで続く喧騒の中、庄一はただ黙ってアタイらの口論をずっと聞いていた。本当に律儀な奴だな。
「はぁはぁ・・・、しょうがねぇ・・・。こうなったらコイツに決めてもらおうじゃないか!」
「ええ!望むところですわ!」
アタイは乳の前で腕を組み、浅葱はしなを作り流し目で庄一を見つめる。
「なぁ庄一。おめぇは乳がでかい女が好きだよな?」
「庄一さん、奥ゆかしい女性はお好みでしょうか?」
「え?え?今すぐ答えないとダメなのか!?」
急に話を振られた庄一はあたふたしながらもさきほどと同じ事を言いやがった。
「俺にはどちらが何て決めれない。二人共好み・・だしな」
くそっ!可愛い事を言ってくれるじゃねぇか。だけど要らんとこまでアイツに似やがって。こいつアタイと浅葱、両方選ぶつもりなのか。まぁそれもいいさ。これからはじっくり時間があるんだ。戦も無ければ殺しあうような世界でも無いんだ。しばらくの間は目を瞑ってやるよ。だけど最後にゃぜってぇにアタイを選べよな。
庄一と出逢ってからアタイらの生活が一気に変わった。あの日に戻ったような気がするが、もう昔のように春になって突然居なくなるなんて事は無いんだ。これだけは天に感謝するぜ。もう一度だけアタイらに夢を、いや楽しみを与えてくれてよ。
「さぁ〜て、今日も呑むかねぇ〜」
「ふふ・・そうですわね♪今日はとっておきの栗を持ってきましたわ♥」
「ハハッ!まさかアイツも栗好きだったとはな。血は争えんってやつか」
今日も丘の上でアタイらの宴が始まる。これから一生続く最高の宴会がな!
13/12/20 00:28更新 / ぷいぷい
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