<前編>徒然なる酒を酌み交わし
アタイがあいつと初めて出会ったのは雪が降り始めた頃だった。お気に入りの場所で一杯やろうかと馬鹿でかい徳利と肴を持ち出し向かった先にあいつは居たんだ。ただ何をする訳でも無く冬の薄暗い空を丘の上で見上げていた。アタイも釣られて空を見上げてみたが何も無い。何も無い空を見つめ続けるあいつは本当に奇妙な奴としか思えなかった。だが、アタイにとっちゃそんな事はどうでもいい。目の前の活きのいい獲物が早く喰ってくれと言わんばかりに待ってるんだからな。アタイは蜘蛛足をドスドスと音を立てながらあいつに近づく。アタイに気付いたあいつは逃げもせず怖がりもせず黙って近づく此方を見てる。本当に不思議な奴だ、このジパングでアタイを見りゃ赤子でさえ逃げ出すというのに。
「よぉ、そこはアタイのお気に入りの場所なんだ。それをわかってて此処に来たのか？それともアタイに喰われたくて待ってたのか？」
「・・・・」
「なんだぁ？びびってんのか？それとも今更命乞いでもしたくなったのか？」
だけど、あいつは何も言わなかった。癪に障る無表情のままアタイを見据える。
「おい、なんとか言ったらどうだ？もしかしてアタイに喧嘩でも売りに来たのか？」
暫し時を置いてからあいつが口を開いた。
「・・・・別に何もない。ただ、ここに居たかっただけだ」
呆れたやつだ。アタイにびびるどころか、その場に腰を下ろそうとしている。目の前に居るウシオニを完全に無視し、その場に腰を下ろすとはたいした度胸だ。今まで見てきた男の中でもとびっきりに最高だ。
「おめぇ、一体何モンなんだ！？」
「何モンと言われてもな・・。ほら、ここからちょうど正面に村が見えるだろ。あそこに住んでるただの阿呆よ」
自らの事をただの阿呆と言ったが瞳の奥には野心の炎が渦巻いているのがチラリと見える。こいつはただの阿呆じゃない。度胸もあるし、瞳の奥には野心が見え隠れしている。それにほどよく鍛えられた体から発せられる気。これも中々のもんだ。アタイもこいつに釣られて隣に腰を下ろし持ってきた酒を口に含む。
「くはぁ〜〜〜…、やっぱ酒はうめぇな〜〜〜」
「・・・そうか」
「おいおい、おめぇ辛気くせぇなぁ。もちっと愛想良くできねぇのか？んぐ・・んぐ・・」
「ふむ、…それじゃ一献貰おうか。と、でも言えばいいのか？」
それを聞いた途端、アタイは盛大に酒を噴き出した。まさか、ウシオニ相手に酒を寄こせと言う奴が居るとは。ここまで度胸があるのは本物の阿呆かでっけぇ器の持ち主ぐらいだ。たぶんこいつは後者だろう。
「くくくくっ・・・、あははははははは！おもしれぇ！おめぇ最高におもしれぇよ！ウシオニに酒をくれなんて・・・くくくっ・・」
何が可笑しかったのかわからず首をかしげたまま考え込んでいるあいつの手を掴み持っていた人間用の御猪口を握らせてやった。
「ほれ、まぁ呑めよ！たいしたもんだぜ！アタイに酒をくれと言うなんてな！」
アタイは御猪口に酒を注ぎ早く呑めと勧める。ついでに肴として持ってきた猪の干し肉を引き裂き手渡す。
「それ食ってみな。なかなかいい味するぞ！」
「ほぉ・・・、豪勢だな。猪の干し肉とは」
アタイに勧められるまま干し肉を一口齧ると同時に酒を口に含む。口の中で肉の旨味と酒を堪能しながら嚥下すると僅かに表情を綻ばせた。
「へぇ…いい顔すんじゃねぇか。時化たツラしてるよりかそっちが似合ってるぜ」
「そういうもんか？」
「そういうもんだ」
御互いに無言で酒を啜る。ただ、それだけだというのに今日の酒はとびっきり上等な酒に思えてくる。今まで、誰も近寄って来なかったこの丘にまさかこんな図太い神経の持ち主が来るなんてな。それになかなか渋みのある良い顔をしてるじゃないか。ますますアタイ好みだ。
「なぁ？」
「ん、なんだ？」
「おめぇの名、なんていうんだ？」
「庄平だ。そこに見える村で百姓をしてる・・『嘘だな』・・」
「アタイに嘘は効かないぜ？それぐらいおめぇもわかってんだろ？」
「……」
おやおや、今度はだんまりか。一癖も二癖もありそうなやつだ。だが、こういうのは嫌いじゃない。余計な事を喋るやつよりかは多少マシだ。アタイは黙って酒を呷り何も無い空を眺めた。
「ふぅ〜〜〜〜…、誰かと酒を呑むっつうのもいいもんだ・・」
「・・・・」
「その相手がアタイ好みの男なら尚更だな」
「それは恐縮至極・・」
「・・・おいおい、それだけか？・・かぁ〜〜〜〜っ・・！全くとんだ無頼漢だな。・・・ん？おめぇ、酒ねぇじゃねえか、いつの間に呑んだんだ。ほら、御猪口出せ」
庄平は黙ってアタイの言う通りに御猪口を差し出してくる。意外にも結構呑むやつだな。ウシオニに合わせた強烈に辛い酒なのにあっさりと呑んでやがる。おもしれぇ、本当におもしれぇ。アタイの酒を呑むやつなんて山ん中でひっそり建ってる社に住んでる稲荷ぐらいだというのによ。こいつはなかなか良い呑み相手が出来た。
「おう、そういやアタイの名を言ってなかったな。珠洲莉だ」
「・・・・硯・・？？」
「硯じゃねぇ！珠洲莉だ！わざと言ってんのか！」
「硯・・すずり・・。珠洲・・珠洲莉・・。覚えた」
本当に覚えたんだろうか。ま、アタイの事なんてどうでもいい。そろそろ頃合だしな。アタイの酒を御猪口二杯とはいえ呑んだんだ。もうじき動けなくなるだろう。そうなればコイツを。
だが、一刻を過ぎても平気な顔でアタイの酒を呑んでやがる。どうなってんだ、コイツは化け物か。そして更に一刻が過ぎようとした頃、突然アイツは帰ると言い出し去っていった。アタイは呆然とした顔で見送るしかなかった。本当に不思議なやつだ。
「あらあら〜、珠洲莉ともあろう者が黙って男を見送るんだ。それじゃあの人は私が・・・」
「後ろから覗いてたおめぇが何言ってんだ。それにアタイはアイツが気に入った！おめえにやる気は毛頭ねぇよ」
後ろからひょこっと現れた稲荷の浅葱が去っていくアイツを物欲しげに眺めていやがる。艶町の女のように男を誘う目をしてやがる。とんでもない女狐だな。
「んで、浅葱。ここに来たって事は一杯やりに来たのか？」
「うふふふ・・・、それこそまさか。貴女があの人と御酒を酌み交わしてたのを見守っていただけよ」
「けっ！性悪女狐め・・。ま、・・・次はアイツの代わりにおめえが呑めよ」
「あら？私があの人の代わりなんて務まるのかしら？ねぇ、・・・フフッ」
全く嫌味な女狐だ、それでもコイツとは彼是100年近い付き合いだ。御互いに本心を打ち明けれる事が出来る呑み仲間。こういうのも悪くないもんだ。一人酒ほど不味いもんは無いしな。
「そういや浅葱、こないだの男とはどうなったんだ？」
「・・・それがねぇ〜・・、聞いてよぉ〜。あの人ったら、既に御手付きだったのよ〜・・」
両手を口に宛ててヨヨヨと泣き崩れる姿は芝居を見てるようでおもしれぇ。
「んで、いまだに一尾のままってわけか。御愁傷様だな」
「それが傷心の私に掛ける御言葉なのですか・・。嗚呼、私はなんという思慮の浅い友を持ったのでしょう・・。これほどの仕打ちと辱めを受けるぐらいなら・・いっそ・・」
「へーへー・・。そりゃ悪かったな。全く・・とりあえず呑め、そして忘れろ」
「ううぅ・・・、頂きます・・」
浅葱は胸元から御猪口を取り出しアタイに酒を注がれる。やっぱり呑む気満々じゃねぇか。全くめんどくせぇやつだな。どうせ後で酔い潰れてアタイが背負う事になるのによ。
その後、やっぱり浅葱は酔い潰れてアタイに背負われながら社まで運ばれた。
そして次の日、あいつは昨日のように丘の上で火を焚いてアタイを待ってやがった。肴のおまけ付きでな。
「…よぉ、今日は俺が肴を持ってきたぞ。上手い具合に鹿肉を手に入れてな」
「おお・・・、アタイの好物じゃないか！よしよし、今日もたんまり呑むぞ！おめぇも呑め呑め！」
アタイに勧められるままに昨日渡した御猪口で一杯ひっかける庄平。今日もなかなかの呑みっぷりだ。こりゃあますますアタイ好みの男だ。ウシオニの酒を二日連続で呑む人間なんざ初めて見た。これほどの男が一人でこんな所に来るとはアタイにも運が向いてきたか。ちぃとばかし悪戯してみるかねぇ。
「ほれ、もうちょいこっちに寄ってこいよ。寒いだろうに」
「いや、平気だ。この酒があれば十分よ」
ちっ、乗ってこないか。心の中で舌打ちしながらもアタイは強引に庄平の肩を掴み引き寄せようと考えたが、浅葱の介入によって邪魔されてしまう。
「あら〜〜、珠洲莉ったら私に内緒で男の方と呑むなんて・・。私、・・・村八分みたいで悲しいですわ・・」
この馬鹿、今いい所だったのに。
「お初にお目に掛かります、稲荷の浅葱と申します。以後よろしゅうに」
浅葱めぇ、…完全に色目使ってやがる。しなを作り女を強調させ情を誘ってやがる。まだお手付きじゃない庄平を狙ってやがるな、なんてやつだ。こいつはアタイが先に見つけたんだ。アタイは軽く睨みを利かせるが浅葱はどこ吹く風のようにさらりと受け流している。そうだった、浅葱には全く通じないんだった。
「あらら〜、そこなお兄さん。御猪口が空ですわ。珠洲莉、早く注いであげないと」
「んっ、・・ああ、おぅ！そうだったな」
浅葱は狙ってる訳じゃないのか、どうやらアタイの勘違いのようだ。
「ねぇ、お兄さん・・・、私と珠洲莉・・・どちらとお酒を酌み交わしたいですか・・？」
こいつやっぱり狙ってやがる。くそっ、こうなったらアタイのほうが分が悪いじゃないか。だけど庄平は。
「そうだな・・、御二方と呑めるだけでも十分満足だというのに、これ以上を望めと言うのか」
アタイと浅葱の目が点になる。まさかこんなアタイを気に入ってくれるやつが居るなんてな。
「ふふっ・・・、本当におもしろい御方ですわ。既に私達を気に入ってくれてたようで・・。それでも、おなごというものは殿方を独り占めしたい怖ろしい生き物なのです。くふふふ・・、どう致しますか？」
「・・・そうだなぁ」
暫し顎に手を当て悩む庄平。出来ればアタイを選んで欲しいもんだ。だけどやはり返ってきた言葉は。
「正直申すと、やはり御二方と酌み交わしたいもんだ」
それを聞いたアタイは大笑いしてしまう。
「くくくくっ・・・あはははははははははっははははは・・。聞いたか浅葱！アタイら二人共選ぶみたいだぜ！ぶははははははっはははは・・・！」
「…大した御方ですわ、本当に。これほどまでの御方を見た事がありませんわ」
浅葱の目に情念の炎が灯るのが見えた。どうやらコイツにも火が付いちまったみたいだな。
「さ、それでは御近づきの標しに・・」
浅葱は得意の妖術で酒を呼び出し庄平の御猪口に注いでいく。
「おお、済まんな・・。んっ・・んぐ・・んぐ・・。はぁ〜〜・・・、やはり麗しいおなご達と呑むと美味いもんだな」
う、麗しいだと。言うに事欠いてなんて事を言いやがるんだ。浅葱も同じように反応したようで袖口で赤くなった顔を半分隠してやがる。
「へっ、初心なネンネじゃあるめぇし顔を隠しやがって」
「あら？好いた殿方に褒められては初心な生娘のようになるのは当然でしょう？」
アタイ達のいつものじゃれ合いを尻目に庄平は鉄串に次々と鹿肉を刺し焚き火の周囲に立てていた。なかなか図太い神経をしてやがる。アタイらを無視して肉を焼くなんてな。
「スンスン・・・・いい匂いですわね？これは何かしら？」
「昨日獲れた鹿の肉だ。多少癖があるが美味いぞ」
癖があるのはオマエだろうと言いたかったが、鹿肉から溢れる芳ばしい匂いに負け、アタイは焚き火の前でじっと静かに焼き上がるのを待つ。ほどよく焼き上がった肉を庄平は手際良くアタイらに配り浅葱の酒を盃に注いでくれる。
「う、美味そうだな・・じゅる・・。それじゃ頂くとすっか！」
適度に焼かれた鹿肉から滴る脂が舌の上で転がりアタイを十分満足させてくれる。見れば、浅葱も嬉しそうな顔をして鹿肉を頬張っていやがる。
「ん〜〜、初めて食べたけど鹿肉って美味しいわ〜」
「ああ！こんなに美味い肉を食ったのは初めてだな！」
男と火を囲み酒を酌み交わし、美味い肉を食う。これがどれだけ贅沢な事か。
「ん〜〜、はふはふ・・。それじゃぁ、鹿肉のお返しに私が・・」
浅葱が袖を軽く振ると袖口から栗がいくつか落ちる。便利な袖だとつくづく思うが同時にしまったと思った。今日のアタイは酒しか持ってきてねぇ。なんてこった。庄平の目は栗にくぎづけになっていやがる。どうやら好物だったみてぇだな。
「おお、栗じゃないか！それもこんなに・・」
「御気に召したようでなによりですわ」
浅葱は出した栗を火の中に投げ込み焼き上がるのを待っている。時折、栗の皮の弾ける音が焚き火の中から聞こえてくる。そして、程好い焼き加減になった栗を浅葱は素手で焚き火の中から取り出し庄平を驚かせていた。
「お、おい！手は大丈夫なのか！？」
「うふふ・・、これしきの火では私には火傷一つ付きませんよ？」
そう言って得意気に火中の栗を掻き出していく。浅葱だけにいいとこ見させてたまるか。そしてアタイも火中の栗を拾おうとして。
「あちゃちゃちゃちゃ・・！ふーっ・・ふーっ・・！おお〜・・・あっちぃなぁー」
いやぁ〜、慣れない事はするもんじゃないな。幸いアタイはウシオニだから多少の傷なんて一瞬で治っちまうが庄平は何も知らずにアタイの手を掴み火傷を確認しようと手を見つめてくる。
「・・・んん？どういう事だ？何故火傷していないのだ？先ほどは確かに・・？」
「アタイはウシオニだからな。多少の怪我や火傷なんざ、一瞬で治っちまうんだ。それも瞬きしてる間ぐらいにな」
「それでもお主は女なのだ・・。あまり無茶するんじゃない」
お、女だと。アタイに向かって女呼ばわりとは。これには隣で聞いてた浅葱も驚いている。へへっ、怪我の巧妙ってやつかな。これはこれで嬉しいもんだ。好いた男に心配されるたぁアタイもまだまだ捨てたもんじゃないねぇ。
「・・・はい！焼き栗どうぞ!!」
突然庄平の頬に焼き栗を押し付ける浅葱。
「づあぁぁあーーー！！あちちちちちっ！何をするのだ浅葱さん！？」
「ふーんだ、私も居るのに珠洲莉ばかり気に掛ける人には焼き栗がお似合いなのです」
浅葱はそっぽを向いて頬を膨らませて拗ねだした。ヤキモチってやつかねぇ、浅葱のヤキモチなんざ初めてみたからおもしろくてしょうがねぇや。
「いやいや、別に浅葱さんを忘れていた訳では無いのだ。ただ火傷が気になってな」
「…私も火の中に手を入れましたのに・・・」
「ああ、あれには随分驚かされた。まさか、火の中に手を入れても平気な女が居るとは思わなかったからな」
「その割には心配してくれませんのね・・。私・・それが悲しくて・・悲しくて」
ああ、いつもの癖がまた始まった。こいつはすぐに芝居染みた演技で男を誘うんだよなぁ。全く大したもんだよ、アタイには真似できねぇよ。
「何を言う！あれには流石に肝を冷やしたぞ。もし大火傷をしていれば今すぐにでも抱き抱えて薬師の所まで走って行こうと思ったぐらいだ」
「まぁ・・！抱き抱えてだなんて・・・、そのような事を言われましたら私は・・」
むぅ、なんだかモヤモヤしてくる。庄平のやつ、浅葱の色香に絆されやがって。くそっ、こうなったら奥の手だ。
「なぁ庄平。おめぇ、でっけぇ乳は好きか？」
自慢じゃないがアタイの乳は浅葱よりでっけぇ。胸に巻いたサラシを緩めて軽く見せつける。男は決まって乳に弱ぇもんだしな。これで庄平は確実にアタイのもんだ。
「乳、…乳か。そうだな、確かに乳の大きい女子は子を育て易いと聞く・・」
「何言ってるのですか、お乳は確かに大きいほうがいいかも知れませんが・・やはり何と言っても愛する旦那様を陰ながら支える良妻賢母がいいのですわ」
「うぅぅーーー…!!」
「むむぅ〜〜〜！！」
アタイと浅葱は暫し睨み合う。だが、そんなアタイ達を尻目に庄平は黙々と栗の皮を剥き実を取り出し、アタイと浅葱の口に捻じ込んだ。
「御二方、何をそんなに意地を張ってるのかわからぬが折角の美貌が台無しになってしまうではないか」
「・・・・むぐっ・・・」
「ふむっ・・・・！！」
本当にコイツは。自分で何を言ってるのかわかっちゃいねぇ。アタイらのような妖相手に麗しいだの、美貌だの言ってるとその内に喰われちまうぞ。喰うのは勿論アタイだけどな。
「・・・ふふっ、そうね・・。こんな些細な事で張り合ってもしょうがありませんわね。それよりも今は、お酒と御肴を楽しみましょうか」
「そうだな」
今日は昨日と違って浅葱も居るせいか話が弾む。だけど、ちっとばかしでも油断すると浅葱のヤツが庄平に色目使ってきやがる。
「おっと、そろそろ戻らないとな・・・。なかなか楽しかった、また近い内にいずれ」
そう言い残し庄平は村に戻っていく。その後ろ姿をアタイと浅葱は黙って見送る。
「ねえ、珠洲莉」
「んぁ？なんだ？」
「あの方は・・一体何者なんでしょうね？」
「アタイが知るかよ。ただ・・」
「ただ？」
「アイツ・・・すっげぇ気を発してるぐらいしかわかんねぇよ。たぶん無意識だろうけどな」
「それはそれは・・・美味しそう・・いえ、素晴らしい御方ですわね」
「…おい、今『美味しそう』とか言わなかったか？」
「気のせいでしょう？」
確かに美味しそうと言った。アタイも庄平を見る度に美味そうだと思うんだが、何だか得体の知れない何かがアタイ達の動きを止めている。なんていうか、研ぎ澄まされた無数の刀がアイツを守っているような、そんな気がする。きっと浅葱も同じ事を考えてるだろうな。この日を境にアタイらの生活が急変するが悪い意味じゃなく良い意味でだ。。むしろ歓迎しているぐらいだ。二、三日置きにアイツが丘にやってくるのが楽しみでたまんねぇ。浅葱も結構楽しみにしてやがるしな。だが・・・そんな楽しい一時もいつかは消える。
「・・・アイツの村が・・・・」
「・・・どうして人は争うのでしょうか・・」
春先、アタイらが朝早くに丘の上でアイツを待っていると村が燃えているのが見えた。どうやら戦に巻き込まれちまったみてぇだ。
「・・・庄平、ぜってぇ無事で居ろよ・・」
「本当に・・人は醜い争いが大好きなのですね・・」
「浅葱！それ以上言う・・・ッ!!」
隣に立つ浅葱は無表情のまま涙を流してた。いつものような芝居掛かった演技でも何でもない。まるで顔が凍っちまったみてぇな。
「しょ・・庄平さん・・。ううっ・・」
アタイらは妖である以上、人同士の争いに関る事が出来ない。例え目の前で好いた男が殺されようと助ける事が出来ないのがもどかしい。ただ黙って見守るしか出来ないアタイらは丘の上で朽ち焼ける村を見つめるしかなかった。
それからどれほどの時が過ぎただろうか、アタイらが居る丘の前には焼け爛れ朽ち果てた村だけが残った。何も残っちゃいない。
その晩・・・アタイらは庄平が丘にやってくるのを火を焚いて待っていた。もしかしたらひょっこり現れるんじゃないだろうかという僅かな期待を込めて。
だけどアイツは・・その晩も・・明くる日も・・初めて会った雪が降る日になっても現れる事は無かった。そしてアタイらは・・・。
「よぉ、そこはアタイのお気に入りの場所なんだ。それをわかってて此処に来たのか？それともアタイに喰われたくて待ってたのか？」
「・・・・」
「なんだぁ？びびってんのか？それとも今更命乞いでもしたくなったのか？」
だけど、あいつは何も言わなかった。癪に障る無表情のままアタイを見据える。
「おい、なんとか言ったらどうだ？もしかしてアタイに喧嘩でも売りに来たのか？」
暫し時を置いてからあいつが口を開いた。
「・・・・別に何もない。ただ、ここに居たかっただけだ」
呆れたやつだ。アタイにびびるどころか、その場に腰を下ろそうとしている。目の前に居るウシオニを完全に無視し、その場に腰を下ろすとはたいした度胸だ。今まで見てきた男の中でもとびっきりに最高だ。
「おめぇ、一体何モンなんだ！？」
「何モンと言われてもな・・。ほら、ここからちょうど正面に村が見えるだろ。あそこに住んでるただの阿呆よ」
自らの事をただの阿呆と言ったが瞳の奥には野心の炎が渦巻いているのがチラリと見える。こいつはただの阿呆じゃない。度胸もあるし、瞳の奥には野心が見え隠れしている。それにほどよく鍛えられた体から発せられる気。これも中々のもんだ。アタイもこいつに釣られて隣に腰を下ろし持ってきた酒を口に含む。
「くはぁ〜〜〜…、やっぱ酒はうめぇな〜〜〜」
「・・・そうか」
「おいおい、おめぇ辛気くせぇなぁ。もちっと愛想良くできねぇのか？んぐ・・んぐ・・」
「ふむ、…それじゃ一献貰おうか。と、でも言えばいいのか？」
それを聞いた途端、アタイは盛大に酒を噴き出した。まさか、ウシオニ相手に酒を寄こせと言う奴が居るとは。ここまで度胸があるのは本物の阿呆かでっけぇ器の持ち主ぐらいだ。たぶんこいつは後者だろう。
「くくくくっ・・・、あははははははは！おもしれぇ！おめぇ最高におもしれぇよ！ウシオニに酒をくれなんて・・・くくくっ・・」
何が可笑しかったのかわからず首をかしげたまま考え込んでいるあいつの手を掴み持っていた人間用の御猪口を握らせてやった。
「ほれ、まぁ呑めよ！たいしたもんだぜ！アタイに酒をくれと言うなんてな！」
アタイは御猪口に酒を注ぎ早く呑めと勧める。ついでに肴として持ってきた猪の干し肉を引き裂き手渡す。
「それ食ってみな。なかなかいい味するぞ！」
「ほぉ・・・、豪勢だな。猪の干し肉とは」
アタイに勧められるまま干し肉を一口齧ると同時に酒を口に含む。口の中で肉の旨味と酒を堪能しながら嚥下すると僅かに表情を綻ばせた。
「へぇ…いい顔すんじゃねぇか。時化たツラしてるよりかそっちが似合ってるぜ」
「そういうもんか？」
「そういうもんだ」
御互いに無言で酒を啜る。ただ、それだけだというのに今日の酒はとびっきり上等な酒に思えてくる。今まで、誰も近寄って来なかったこの丘にまさかこんな図太い神経の持ち主が来るなんてな。それになかなか渋みのある良い顔をしてるじゃないか。ますますアタイ好みだ。
「なぁ？」
「ん、なんだ？」
「おめぇの名、なんていうんだ？」
「庄平だ。そこに見える村で百姓をしてる・・『嘘だな』・・」
「アタイに嘘は効かないぜ？それぐらいおめぇもわかってんだろ？」
「……」
おやおや、今度はだんまりか。一癖も二癖もありそうなやつだ。だが、こういうのは嫌いじゃない。余計な事を喋るやつよりかは多少マシだ。アタイは黙って酒を呷り何も無い空を眺めた。
「ふぅ〜〜〜〜…、誰かと酒を呑むっつうのもいいもんだ・・」
「・・・・」
「その相手がアタイ好みの男なら尚更だな」
「それは恐縮至極・・」
「・・・おいおい、それだけか？・・かぁ〜〜〜〜っ・・！全くとんだ無頼漢だな。・・・ん？おめぇ、酒ねぇじゃねえか、いつの間に呑んだんだ。ほら、御猪口出せ」
庄平は黙ってアタイの言う通りに御猪口を差し出してくる。意外にも結構呑むやつだな。ウシオニに合わせた強烈に辛い酒なのにあっさりと呑んでやがる。おもしれぇ、本当におもしれぇ。アタイの酒を呑むやつなんて山ん中でひっそり建ってる社に住んでる稲荷ぐらいだというのによ。こいつはなかなか良い呑み相手が出来た。
「おう、そういやアタイの名を言ってなかったな。珠洲莉だ」
「・・・・硯・・？？」
「硯じゃねぇ！珠洲莉だ！わざと言ってんのか！」
「硯・・すずり・・。珠洲・・珠洲莉・・。覚えた」
本当に覚えたんだろうか。ま、アタイの事なんてどうでもいい。そろそろ頃合だしな。アタイの酒を御猪口二杯とはいえ呑んだんだ。もうじき動けなくなるだろう。そうなればコイツを。
だが、一刻を過ぎても平気な顔でアタイの酒を呑んでやがる。どうなってんだ、コイツは化け物か。そして更に一刻が過ぎようとした頃、突然アイツは帰ると言い出し去っていった。アタイは呆然とした顔で見送るしかなかった。本当に不思議なやつだ。
「あらあら〜、珠洲莉ともあろう者が黙って男を見送るんだ。それじゃあの人は私が・・・」
「後ろから覗いてたおめぇが何言ってんだ。それにアタイはアイツが気に入った！おめえにやる気は毛頭ねぇよ」
後ろからひょこっと現れた稲荷の浅葱が去っていくアイツを物欲しげに眺めていやがる。艶町の女のように男を誘う目をしてやがる。とんでもない女狐だな。
「んで、浅葱。ここに来たって事は一杯やりに来たのか？」
「うふふふ・・・、それこそまさか。貴女があの人と御酒を酌み交わしてたのを見守っていただけよ」
「けっ！性悪女狐め・・。ま、・・・次はアイツの代わりにおめえが呑めよ」
「あら？私があの人の代わりなんて務まるのかしら？ねぇ、・・・フフッ」
全く嫌味な女狐だ、それでもコイツとは彼是100年近い付き合いだ。御互いに本心を打ち明けれる事が出来る呑み仲間。こういうのも悪くないもんだ。一人酒ほど不味いもんは無いしな。
「そういや浅葱、こないだの男とはどうなったんだ？」
「・・・それがねぇ〜・・、聞いてよぉ〜。あの人ったら、既に御手付きだったのよ〜・・」
両手を口に宛ててヨヨヨと泣き崩れる姿は芝居を見てるようでおもしれぇ。
「んで、いまだに一尾のままってわけか。御愁傷様だな」
「それが傷心の私に掛ける御言葉なのですか・・。嗚呼、私はなんという思慮の浅い友を持ったのでしょう・・。これほどの仕打ちと辱めを受けるぐらいなら・・いっそ・・」
「へーへー・・。そりゃ悪かったな。全く・・とりあえず呑め、そして忘れろ」
「ううぅ・・・、頂きます・・」
浅葱は胸元から御猪口を取り出しアタイに酒を注がれる。やっぱり呑む気満々じゃねぇか。全くめんどくせぇやつだな。どうせ後で酔い潰れてアタイが背負う事になるのによ。
その後、やっぱり浅葱は酔い潰れてアタイに背負われながら社まで運ばれた。
そして次の日、あいつは昨日のように丘の上で火を焚いてアタイを待ってやがった。肴のおまけ付きでな。
「…よぉ、今日は俺が肴を持ってきたぞ。上手い具合に鹿肉を手に入れてな」
「おお・・・、アタイの好物じゃないか！よしよし、今日もたんまり呑むぞ！おめぇも呑め呑め！」
アタイに勧められるままに昨日渡した御猪口で一杯ひっかける庄平。今日もなかなかの呑みっぷりだ。こりゃあますますアタイ好みの男だ。ウシオニの酒を二日連続で呑む人間なんざ初めて見た。これほどの男が一人でこんな所に来るとはアタイにも運が向いてきたか。ちぃとばかし悪戯してみるかねぇ。
「ほれ、もうちょいこっちに寄ってこいよ。寒いだろうに」
「いや、平気だ。この酒があれば十分よ」
ちっ、乗ってこないか。心の中で舌打ちしながらもアタイは強引に庄平の肩を掴み引き寄せようと考えたが、浅葱の介入によって邪魔されてしまう。
「あら〜〜、珠洲莉ったら私に内緒で男の方と呑むなんて・・。私、・・・村八分みたいで悲しいですわ・・」
この馬鹿、今いい所だったのに。
「お初にお目に掛かります、稲荷の浅葱と申します。以後よろしゅうに」
浅葱めぇ、…完全に色目使ってやがる。しなを作り女を強調させ情を誘ってやがる。まだお手付きじゃない庄平を狙ってやがるな、なんてやつだ。こいつはアタイが先に見つけたんだ。アタイは軽く睨みを利かせるが浅葱はどこ吹く風のようにさらりと受け流している。そうだった、浅葱には全く通じないんだった。
「あらら〜、そこなお兄さん。御猪口が空ですわ。珠洲莉、早く注いであげないと」
「んっ、・・ああ、おぅ！そうだったな」
浅葱は狙ってる訳じゃないのか、どうやらアタイの勘違いのようだ。
「ねぇ、お兄さん・・・、私と珠洲莉・・・どちらとお酒を酌み交わしたいですか・・？」
こいつやっぱり狙ってやがる。くそっ、こうなったらアタイのほうが分が悪いじゃないか。だけど庄平は。
「そうだな・・、御二方と呑めるだけでも十分満足だというのに、これ以上を望めと言うのか」
アタイと浅葱の目が点になる。まさかこんなアタイを気に入ってくれるやつが居るなんてな。
「ふふっ・・・、本当におもしろい御方ですわ。既に私達を気に入ってくれてたようで・・。それでも、おなごというものは殿方を独り占めしたい怖ろしい生き物なのです。くふふふ・・、どう致しますか？」
「・・・そうだなぁ」
暫し顎に手を当て悩む庄平。出来ればアタイを選んで欲しいもんだ。だけどやはり返ってきた言葉は。
「正直申すと、やはり御二方と酌み交わしたいもんだ」
それを聞いたアタイは大笑いしてしまう。
「くくくくっ・・・あはははははははははっははははは・・。聞いたか浅葱！アタイら二人共選ぶみたいだぜ！ぶははははははっはははは・・・！」
「…大した御方ですわ、本当に。これほどまでの御方を見た事がありませんわ」
浅葱の目に情念の炎が灯るのが見えた。どうやらコイツにも火が付いちまったみたいだな。
「さ、それでは御近づきの標しに・・」
浅葱は得意の妖術で酒を呼び出し庄平の御猪口に注いでいく。
「おお、済まんな・・。んっ・・んぐ・・んぐ・・。はぁ〜〜・・・、やはり麗しいおなご達と呑むと美味いもんだな」
う、麗しいだと。言うに事欠いてなんて事を言いやがるんだ。浅葱も同じように反応したようで袖口で赤くなった顔を半分隠してやがる。
「へっ、初心なネンネじゃあるめぇし顔を隠しやがって」
「あら？好いた殿方に褒められては初心な生娘のようになるのは当然でしょう？」
アタイ達のいつものじゃれ合いを尻目に庄平は鉄串に次々と鹿肉を刺し焚き火の周囲に立てていた。なかなか図太い神経をしてやがる。アタイらを無視して肉を焼くなんてな。
「スンスン・・・・いい匂いですわね？これは何かしら？」
「昨日獲れた鹿の肉だ。多少癖があるが美味いぞ」
癖があるのはオマエだろうと言いたかったが、鹿肉から溢れる芳ばしい匂いに負け、アタイは焚き火の前でじっと静かに焼き上がるのを待つ。ほどよく焼き上がった肉を庄平は手際良くアタイらに配り浅葱の酒を盃に注いでくれる。
「う、美味そうだな・・じゅる・・。それじゃ頂くとすっか！」
適度に焼かれた鹿肉から滴る脂が舌の上で転がりアタイを十分満足させてくれる。見れば、浅葱も嬉しそうな顔をして鹿肉を頬張っていやがる。
「ん〜〜、初めて食べたけど鹿肉って美味しいわ〜」
「ああ！こんなに美味い肉を食ったのは初めてだな！」
男と火を囲み酒を酌み交わし、美味い肉を食う。これがどれだけ贅沢な事か。
「ん〜〜、はふはふ・・。それじゃぁ、鹿肉のお返しに私が・・」
浅葱が袖を軽く振ると袖口から栗がいくつか落ちる。便利な袖だとつくづく思うが同時にしまったと思った。今日のアタイは酒しか持ってきてねぇ。なんてこった。庄平の目は栗にくぎづけになっていやがる。どうやら好物だったみてぇだな。
「おお、栗じゃないか！それもこんなに・・」
「御気に召したようでなによりですわ」
浅葱は出した栗を火の中に投げ込み焼き上がるのを待っている。時折、栗の皮の弾ける音が焚き火の中から聞こえてくる。そして、程好い焼き加減になった栗を浅葱は素手で焚き火の中から取り出し庄平を驚かせていた。
「お、おい！手は大丈夫なのか！？」
「うふふ・・、これしきの火では私には火傷一つ付きませんよ？」
そう言って得意気に火中の栗を掻き出していく。浅葱だけにいいとこ見させてたまるか。そしてアタイも火中の栗を拾おうとして。
「あちゃちゃちゃちゃ・・！ふーっ・・ふーっ・・！おお〜・・・あっちぃなぁー」
いやぁ〜、慣れない事はするもんじゃないな。幸いアタイはウシオニだから多少の傷なんて一瞬で治っちまうが庄平は何も知らずにアタイの手を掴み火傷を確認しようと手を見つめてくる。
「・・・んん？どういう事だ？何故火傷していないのだ？先ほどは確かに・・？」
「アタイはウシオニだからな。多少の怪我や火傷なんざ、一瞬で治っちまうんだ。それも瞬きしてる間ぐらいにな」
「それでもお主は女なのだ・・。あまり無茶するんじゃない」
お、女だと。アタイに向かって女呼ばわりとは。これには隣で聞いてた浅葱も驚いている。へへっ、怪我の巧妙ってやつかな。これはこれで嬉しいもんだ。好いた男に心配されるたぁアタイもまだまだ捨てたもんじゃないねぇ。
「・・・はい！焼き栗どうぞ!!」
突然庄平の頬に焼き栗を押し付ける浅葱。
「づあぁぁあーーー！！あちちちちちっ！何をするのだ浅葱さん！？」
「ふーんだ、私も居るのに珠洲莉ばかり気に掛ける人には焼き栗がお似合いなのです」
浅葱はそっぽを向いて頬を膨らませて拗ねだした。ヤキモチってやつかねぇ、浅葱のヤキモチなんざ初めてみたからおもしろくてしょうがねぇや。
「いやいや、別に浅葱さんを忘れていた訳では無いのだ。ただ火傷が気になってな」
「…私も火の中に手を入れましたのに・・・」
「ああ、あれには随分驚かされた。まさか、火の中に手を入れても平気な女が居るとは思わなかったからな」
「その割には心配してくれませんのね・・。私・・それが悲しくて・・悲しくて」
ああ、いつもの癖がまた始まった。こいつはすぐに芝居染みた演技で男を誘うんだよなぁ。全く大したもんだよ、アタイには真似できねぇよ。
「何を言う！あれには流石に肝を冷やしたぞ。もし大火傷をしていれば今すぐにでも抱き抱えて薬師の所まで走って行こうと思ったぐらいだ」
「まぁ・・！抱き抱えてだなんて・・・、そのような事を言われましたら私は・・」
むぅ、なんだかモヤモヤしてくる。庄平のやつ、浅葱の色香に絆されやがって。くそっ、こうなったら奥の手だ。
「なぁ庄平。おめぇ、でっけぇ乳は好きか？」
自慢じゃないがアタイの乳は浅葱よりでっけぇ。胸に巻いたサラシを緩めて軽く見せつける。男は決まって乳に弱ぇもんだしな。これで庄平は確実にアタイのもんだ。
「乳、…乳か。そうだな、確かに乳の大きい女子は子を育て易いと聞く・・」
「何言ってるのですか、お乳は確かに大きいほうがいいかも知れませんが・・やはり何と言っても愛する旦那様を陰ながら支える良妻賢母がいいのですわ」
「うぅぅーーー…!!」
「むむぅ〜〜〜！！」
アタイと浅葱は暫し睨み合う。だが、そんなアタイ達を尻目に庄平は黙々と栗の皮を剥き実を取り出し、アタイと浅葱の口に捻じ込んだ。
「御二方、何をそんなに意地を張ってるのかわからぬが折角の美貌が台無しになってしまうではないか」
「・・・・むぐっ・・・」
「ふむっ・・・・！！」
本当にコイツは。自分で何を言ってるのかわかっちゃいねぇ。アタイらのような妖相手に麗しいだの、美貌だの言ってるとその内に喰われちまうぞ。喰うのは勿論アタイだけどな。
「・・・ふふっ、そうね・・。こんな些細な事で張り合ってもしょうがありませんわね。それよりも今は、お酒と御肴を楽しみましょうか」
「そうだな」
今日は昨日と違って浅葱も居るせいか話が弾む。だけど、ちっとばかしでも油断すると浅葱のヤツが庄平に色目使ってきやがる。
「おっと、そろそろ戻らないとな・・・。なかなか楽しかった、また近い内にいずれ」
そう言い残し庄平は村に戻っていく。その後ろ姿をアタイと浅葱は黙って見送る。
「ねえ、珠洲莉」
「んぁ？なんだ？」
「あの方は・・一体何者なんでしょうね？」
「アタイが知るかよ。ただ・・」
「ただ？」
「アイツ・・・すっげぇ気を発してるぐらいしかわかんねぇよ。たぶん無意識だろうけどな」
「それはそれは・・・美味しそう・・いえ、素晴らしい御方ですわね」
「…おい、今『美味しそう』とか言わなかったか？」
「気のせいでしょう？」
確かに美味しそうと言った。アタイも庄平を見る度に美味そうだと思うんだが、何だか得体の知れない何かがアタイ達の動きを止めている。なんていうか、研ぎ澄まされた無数の刀がアイツを守っているような、そんな気がする。きっと浅葱も同じ事を考えてるだろうな。この日を境にアタイらの生活が急変するが悪い意味じゃなく良い意味でだ。。むしろ歓迎しているぐらいだ。二、三日置きにアイツが丘にやってくるのが楽しみでたまんねぇ。浅葱も結構楽しみにしてやがるしな。だが・・・そんな楽しい一時もいつかは消える。
「・・・アイツの村が・・・・」
「・・・どうして人は争うのでしょうか・・」
春先、アタイらが朝早くに丘の上でアイツを待っていると村が燃えているのが見えた。どうやら戦に巻き込まれちまったみてぇだ。
「・・・庄平、ぜってぇ無事で居ろよ・・」
「本当に・・人は醜い争いが大好きなのですね・・」
「浅葱！それ以上言う・・・ッ!!」
隣に立つ浅葱は無表情のまま涙を流してた。いつものような芝居掛かった演技でも何でもない。まるで顔が凍っちまったみてぇな。
「しょ・・庄平さん・・。ううっ・・」
アタイらは妖である以上、人同士の争いに関る事が出来ない。例え目の前で好いた男が殺されようと助ける事が出来ないのがもどかしい。ただ黙って見守るしか出来ないアタイらは丘の上で朽ち焼ける村を見つめるしかなかった。
それからどれほどの時が過ぎただろうか、アタイらが居る丘の前には焼け爛れ朽ち果てた村だけが残った。何も残っちゃいない。
その晩・・・アタイらは庄平が丘にやってくるのを火を焚いて待っていた。もしかしたらひょっこり現れるんじゃないだろうかという僅かな期待を込めて。
だけどアイツは・・その晩も・・明くる日も・・初めて会った雪が降る日になっても現れる事は無かった。そしてアタイらは・・・。
13/12/19 22:38更新 / ぷいぷい
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