THE GREAT ESCAPE?
「ウェッジ!ミールはまだか!」
「ハッ!ウェルズ隊長、あちらに見える村です!」
俺達、第28聖槍騎士団は魔物討伐では無く、ミールという小さな山村に税の徴収に行く最中だ。ミールは教団領の一部だが、それが半年ほど前あたりから全く税を納めなくなり今では音信不通の状況。我らが崇める主神様の加護で生きてるだけの村民如きが税を納めず返事も寄こさないとは許しがたい行為。これは主神のみならず教団への背徳行為と見ていいだろう。だが、教団に対する背徳行為とはいえ、第28聖槍騎士団全員でミールに出向く事は出来ない。たかが小さな村から税を徴収するだけだ。小さな村程度に全員で行けば面目が立たん。第28聖槍騎士団隊長である俺、ウェルズ=ディーカン。そして横に居るのが副隊長のウェッジ=ホール。後は兵8名の計10名。
「おい、ミールからの音信不通はどれぐらいの期間だ?」
「ハッ!半年と11日であります!」
「ふん、怪しいな・・。いくら教団領の端といっても教団領内で半年もの間、税も納めず返事も返ってこないとはな。ウェッジ、お前はどう思っている」
「・・・・考えられるのは2つです。魔物の手に堕ちたか・・あるいは村民全てが消えたか・・。それと隊長、気になる事があるのですが・・」
「なんだ?何でもいいから言ってみろ」
「今、我々はミールの村が目視出来ます。こちらから見えるということは向こうからも我々が見えると言う事ですが・・・何故誰も人が出てこないのか・・」
「・・・・・・・!!しまった!これは罠だ!全員撤退するぞ!」
「どういう事ですか隊長!?」
「まだわからんのか!お前が言ったように向こうからも見えるって事は我々が村に着く頃には多数の罠が待っているはずだ!もしかすると、もうこの辺りまで来ている可能性がある!全員全速力で走れ!誰か一人だけでも本部に伝えるのd「あらぁ〜、・・それはもう無理ね〜。」誰だ!」
「あらあら、随分な御挨拶ね。でもね、・・お話する御時間があれば宜しいのですが今は急いでますの。大人しくミールに来てもらいたのですが」
若い兵が叫ぶ。
「ふざけるな!たかが変なラミア風情が我々に勝てると思っているのか!今すぐ槍の錆にしてくr「止めろ馬鹿者!」・・た・・隊長・・・何故・・」
まだ若い一兵卒を嗜め槍を下ろさせる。
「こいつはラミアでは無い。・・・・エキドナだ。我ら10人が同時に飛びかかっても一瞬で地に伏すのは我々だ・・。お前はもう少し魔物について学んでおくべきだったな」
「えええええええ・・・エキドナと言えば魔物の母と呼ばれる高位の存在・・・。小さな街一つなら一夜で魔界に変貌させる事も可能と言われるあのエキドナが何故ここに・・」
「そういう事ですので大人しく付いてきてもらえませんか?私達としましても未来の旦那様達に傷を付けるような無粋な真似はしたくありません」
「わ・・私達・・だと?」
いつの間にか我々は包囲されていた。信じられない事に目の前に居るエキドナばかりに集中していたせいか周囲に50を超える魔物達が隠れていた事に気付けなかった。これでは隊長として失格だ。
「どうやら貴方が・・この部隊の隊長さんのようですね。どうしますか?素直に付いてきますか?それとも此処で全員襲われ(輪姦され)ますか?」
「・・・(何か妙な言葉が混じっていた気がするが・・)わかった。ただし、我が部下に手をかけるな。拷問に掛けるなら俺だけにしろ」
「やだ・・。拷問(濃密セックス)だなんて・・///」
頬に手を当て首をイヤイヤと振ってるエキドナってなんだか可愛いな。いや騙されるな。魔物はこうやって人間を騙し食らっていく存在。俺は騙されん。
エキドナを先頭に我々は50を超える魔物達に囲まれたままミールに連行された。村に到着した我々を待っていたのは村民からの歓迎ムードだった。くそったれが。魔物の凱旋がそんなに嬉しいか。俺達を捕虜にしたのがそんなに楽しいのか。心の中で悪態をつくが我々10名だけでは例え戦闘経験の無い村民と見る限りでは200は軽く超える魔物達相手では勝てる気がしない。さらに言えばここのリーダーがエキドナである以上は下手に動かないほうが得策だろう。
「それでは、貴方達にはこの収容所で生活をしてもらいます。必要な物などは随時揃えていきますので御要望があればなんなりとお申し付けください」
・・・我々は収容所を見た途端に溜息が漏れた。てっきり薄暗い牢屋か窓一つ無い建物に放り込まれると考えていたがどう見ても屋敷だ。それも我が国では貴族が住むような立派な建物。これを収容所と呼ぶには些かおかしい。
「おい。これは誰の屋敷なんだ?このミールには領主が居るのか?」
「??いえ、ここは収容所ですよ?この屋敷は元々、貴方達教団が贅沢の限りを尽くし税を払えなかった村民を弄び尽くしたとも言われている屋敷。この屋敷ほど収容所に相応しい建物はありません」
嫌味な回答を口に出すエキドナ。
「それに今は、定期的に清掃する以外には誰も居ません。そして領主なども居ません」
それだけ答えるとエキドナは去っていってしまった。そして我々は魔物達に突付かれるように屋敷に収容された。副官以下、全員の顔が強張っている。これからどんな拷問が来るのか想像出来ないうえに、このような贅沢の全てをあしらった建物に収容されては、来るべき拷問の日まで優雅に過ごしてくれ、という配慮をされたとしか思いようがない。俺はなんとか膝の震えを正し冷静を装い全員に声を掛ける。
「全員傾注!!我々はただいまより捕虜と成った。そして来るべき拷問の日まで我々は生かされるであろうがそれから後の事は保証されないであろう。今、我々に残された道は此処より脱走しミールの内情を本部に伝える事。異論は無いな?」
「ウェルズ隊長。脱走と言っても村には200を超える魔物達が居ます。その目を掻い潜り村の外に出るのは難しいと思われます」
隣で立っていたウェッジが意見を述べた。確かにそうだ。最低でも300人以上はこの村に住んでいるだろう。そして、この村のリーダーは間違いなくエキドナ。容易には抜け出せないだろう。
「安心しろ、俺に秘策がある。だが秘策を実行するには奴等の警戒心を解く必要がある。暫くの間は魔物達の言う通りにするんだ、いいな?」
「「ハッ!了解しました!!」」
そして俺は捕虜としての記録を書き残す事にする。これからどのような経路で脱出するか、そしてこの村の内情を鮮明に記録し本部に持ち返る為に。
---『捕虜生活一日目』---
いつもなら日課である槍の鍛錬、そして朝の警邏、書類整理。その時間にも関らず我々は食堂で優雅に食事をしている。魔物達から支給された焼きたてのパン、紅茶、サラダの盛り合わせ等等、初めは警戒していた我らだったが空腹に勝てないのと魔物達を油断させる為に食事にありつく。
「むぐ・・・、この紅茶すごく美味いな。我らの配給品より遥かに美味い」
「隊長、このパンですが僅かに甘味があって口の中で蕩けます」
「・・・モグモグモグ。(どうしよう、こっちの飯のほうが美味いなんて隊長に言えないぞ・・)」
「ゴキュッゴキュッ!!プハー・・この牛乳すっげー美味い」
口々に感想が出る中、隊長である俺は全員の言葉を書き記していく。
「隊長は食べないのですか?」
「いや、俺はお前達が食べ終わった後に食う」
俺が一人、これからの事を日記に書き記していると不意に食堂のドアが開く。俺達を捕らえたあのエキドナが立っている。
「貴方は食べないのかしら?折角の手料理が冷めてしまいますよ?」
「俺は後でいい。それより何の用だ。もう拷問の時間か?それとも尋問か?それなら早く俺を連れていけ」
「ヤダもう・・、拷問(濃密セックス)や尋問(搾乳)だなんて・・・///」
あの時のように頬に手を当ててイヤイヤしているエキドナ。一体何がおかしいと言うのだ。魔物達の考えには理解に苦しむ。
「さぁ、どこへなりと連行しろ。俺は逃げも隠れもしない」
「別に連行なんてしないわよ。そろそろ食事が終わった頃じゃないかと見に来ただけよ」
エキドナはそれだけを言うと屋敷の清掃を始めた。
「何をしているのだ?」
「見てわからないの?掃除に決まってるじゃない」
本当に魔物というのはおかしい連中ばかりだ。捕虜に対して豪華な食事を提供したり収容所と言われる屋敷を魔物のリーダー自らが清掃したり。いや、いかんいかん。これこそが魔物の手なのだ。我々から警戒心を解き然る後、襲うのであろう。我々教団と魔物の間には協定も何も無い、我々教団は捕虜にした魔物は見せしめの為に新しい新薬の実験体にしたり民を安心させる為に公開処刑にもする。もし、もしもだ、魔物側も同じ事をしているとすれば。もしくは我々を生きたまま腕や足を食い千切り最後の最後まで絶望と恐怖を与えながら処刑するのかも知れない。そんな俺の考えを他所にエキドナは掃除を済ませると足早に館を去っていった。
「一体、何だったんだ・・。本当に掃除だけして帰っていくとは・・」
その後も昼の配給、夜の配給と続く。風呂は屋敷のを自由に使っていいとの事だった。風呂も屋敷に似合う素晴らしく豪華な作りの風呂だ。我ら10名が全員入ってもまだ余裕があるほどだ。ううむ、素晴らしい。はっ、いかん!これこそが魔物達が得意とする堕落では無いか。こうやって堕落させ油断した所を狙うとは恐るべし。
だが、俺の考えは杞憂に終わり何もなく一日が過ぎた。
---『捕虜生活二日目』---
いつも通りの起床時間。うむ、まだ隊の誰も堕落していない。一先ずは安心だ。そして昨日と同じ時間に運び込まれる朝食。昨日わかった事は食事に毒は盛られていないという事、そして魔物は時が来るまでは我々に一切関知しないという事。まだ情報が少ない。あまりにも情報が少ないと脱走計画に支障をきたす。なんとかして村の細かい情報、正確な人数、どんな魔物が居るかを探らないといけない。それに、この屋敷は村の中のどの位置に建てられているのか。色々と探る事が多いが今は魔物を油断させる為に今日からは俺も兵達と共に食事に在りつこう。
「・・・焼きたてのパンは美味いもんだな。ふむ、今日は珈琲か。なんという贅沢な朝食なんだ」
「隊長、これを見てください!」
「ん、・・?目玉焼きがどうした?」
「この目玉焼きですが・・胡椒が振られています!」
「な!なんだと・・、我が教団では胡椒は金貨2枚に匹敵する値段。それを惜しげも無く使っているとは・・ううむ・・」
「我々の配給でも1ヶ月に一回しか配給されない胡椒がこんなに・・」
隊がざわめきだす。これはまずい傾向だ。まさか食事にこのような贅沢品を混ぜているとはあなどれない。このままでは兵達が贅沢品に慣れてしまう。それだけは避けねばならない。
「あら、皆さんおはようございます」
上手いタイミングでエキドナが顔を出してきた。
「おい、これはどういうことだ」
「どういう事と仰いますと?」
「この目玉焼きには胡椒がふんだんに使われている。この地方では胡椒は高価な物だ、これは一体どういう事だ!」
「それはもちろんハーピー達にお願いして送ってもらっているのですよ?それがどうかしましたか?」
まるで当たり前のように説明される。なんという事だ、もしかしたら昨日の食事にもわからないように贅沢な食材が紛れ込んでいたかも知れん。このままでは隊に動揺が走ってしまう。なんとかして話しを逸らさなければ・・。
「それはそうと、今日は何しに来た」
「あら、それはもちろん尋問に来たのですわ」
この一言で別の意味で隊に動揺が走る。とうとう本性を現したか。
「そうか・・、とうとう本音が出たか。約束通り、俺を尋問しろ。他の者には一切手を出すな」
「ええ、朝食中に無粋ですが・・・今から尋問を始めますね。それじゃあ、皆入ってきてちょうだい」
食堂扉が開き魔物達が10人ほど入ってくる。これは一体どういう事だ。今から尋問じゃないのか。
「それでは・・、聴き取りを行いますね。それでは貴方から」
「・・・。俺は第28聖槍騎士団隊長のウェルズ=ディーカンだ。そして隣に居るのが副隊長のウェッジ=ホール。そしてまだ新兵に近い8名。計10名だ」
「ありがとうございます。それでは、まず全員にお聞きしたい事があります。貴方達は未婚ですか?それとも既婚ですか?」
「それが一体なんだと言うのだ?」
「大事な事ですのでお聞きしているのです」
「我ら全員未婚だ。これでいいか」
「それは貴方も含めてですよね?」
「我ら全員と言ったのがわからないのか?それ以外に何か聞きたい事はあるのか?」
エキドナの隣に居るアヌビスがこちらに質問してくる。
「私はアヌビスのチェシ。次は私の質問に答えてもらおう」
どうやらこいつはエキドナの次にこの村で権力がありそうだ。
「あらあら・・、私とした事が・・。私は見ての通りエキドナ。エキドナのヲーシスイよ。よろしくね」
「ヲーシスイ様、今は尋問の時間ですので自己紹介は後にしてください」
「チェシったら〜、いけずなんだから〜」
「では、聞きますが貴方達は全員童貞ですか?」
「んなっ!ふざけてるのか!それのどこが尋問なんだ!」
「もう一度言います。全員童貞ですか?」
「答える必要性が無い!」
我々は全員口を閉ざす。当たり前だ、尋問というから内情などを聞き出すのかと思えば童貞確認だと?ふざけているにもほどがある。
「そうですか・・・、あまり実力行使はしたくありませんが・・」
アヌビスが持っていた杖を軽く振ると我々全員が何かに縛られたように動けなくなってしまう。
「再度、お聞きします。貴方達全員・・・童貞ですか?」
「全員未婚と言っただろう!もちろん全員童貞だ!これでいいのか!」
「・・・・・・嘘は全く感じられませんね。わかりました、これにて尋問を終わらせていただきます」
エキドナとアヌビスが去っていく。そして後を追うように他の魔物も去っていくが去り際にこちらを血走った目で見ていた。あれは完全に獲物を前にして御預けを食らってる獣の目だ。
「・・・・・た・・・隊長・・。我々は一体どうなるのでしょうか・・」
「まだわからん・・。しかし、何故童貞を気にするのだ・・。はっ!まさか清き体が魔物達にとって最高の食事と成るのか!」
「ううぅ・・こんな事なら娼婦相手でもいいから穢れておくべきだった・・」
「あの時、弓隊の友人と娼館に行っていれば・・」
次次に出てくる兵達の後悔。くそっ、清き肉体がこんな時に裏目に出てしまうとはなんたる事だ。そうだ、この事も日記に記さなければならない。魔物は清き童貞の肉体を好む、と。
尋問は朝だけで終わり結局昨日と同じように就寝した。
---『捕虜生活三日目』---
今日も朝から贅沢な食事だ。パンの横にはクッキーが添えられている。ジャムもある、珈琲、紅茶、甘く濃厚なミルクもある。新鮮サラダにサンドイッチ、遥か遠き東の地にあるジパング茶というのも用意してある。俺の喉がゴクリと鳴る。日を追う毎に贅沢になっていく食事。今朝までに食った食費を計算すると間違いなく我らの半月分の食費が飛んでるだろう。それを僅か三日目の朝までに浪費してしまうとは。もしかすると魔物側には何か大掛かりな組織があるのではないだろうか。この事も日記に記しておこう。魔物側に食料の難は無し、と。
今日はどういう事だろうか、食事の用意以外に何も起こらない。自由に過ごせとも言われた。だが、屋敷から出る事だけは許されなかった。まぁいい、この油断が命取りだ。俺は早速全員集合させ屋敷の中で脱出に使えそうな物を探していく。だが屋敷の探索中に一人の兵がとんでもない事を口走った。
「・・・脱出しなかったら、処刑されるまではあんな美味いもん毎日食えるんだよな・・」
その一言を聞いた瞬間、俺は兵を殴る。
「貴様寝返るつもりか!それとも贅沢品の誘惑に負けるのか!もしここで誘惑に負ければお前は丸々と太った後に奴等に食い散らかされるんだぞ!気をしっかり持て!」
「・・・ハッ!そうでした!・・・(だけど・・美味かったよなぁ・・)」
こいつはもう駄目だろう。きっと近いうちに奴等に食われる運命だ。確かにあの料理には俺も陥落する所だった。若い新兵の気持ちもよくわかる。だが、ここでしっかりしないと誰が此処の現状を本部に知らせるのだ。脱出の際にはこいつを見捨てていくしかない。まだ新兵というのに残念だ。
「隊長!地下倉庫に投石機があります!これを上手く利用すれば村の外に出れます!」
「・・そうか!改良して人を飛ばすというわけか!」
「はい!その通りです!」
俺達は急ぎ改良に取り掛かった。なかなかのペースで改良は進み夕方にはなんとか大人一人なら簡単に投げれるほどに改良出来た。
「これでなんとかなるぞ!だが問題はこれからだ。まず、これを奴等にばれないように設置しなければならない。それとだ、誰が伝達兵になるか、だ」
新兵の一人が手を挙げる。
「その任務、私が行きましょう!」
「本当にいいのか!?例え成功しても本部まではかなりの距離だ。それまでに魔物に襲われる危険性もあるんだぞ?」
黙って頷く若き新兵。俺は良い部下を持った。視界が涙で滲みそうになったがグッと堪える。
「決行は今夜だ。幸いにも今日は新月。闇夜に紛れて飛べば気付かれる恐れは無いだろう」
・・・・・・・・・・・
そして深夜、我々はこっそり屋敷の裏手に回り投石機を設置する。志願した新兵は少しでも体重を軽くする為に鎧を外し、剣も捨て身に付けているのは今はではインナー用のシャツと下着だけだ。
「では・・、いくぞ。本部に無事帰還したら伝えてくれ。まだ全員無事だと・・」
「はっ!命に代えましても・・・」
新兵を投石台に乗せ、俺達は必死に弦を巻く。ピンと張った瞬間、手を離すと新兵がすごい勢いで村の外目掛けて飛ばされる。
「これなら・・・これなら行ける!頼んだぞ!」
俺達は急いで投石機を隠し、何食わぬ顔で屋敷に戻る。これであの新兵が無事に本部に戻れば俺達は助かる。・・・だが、1時間後、俺達は地獄を見る事になった。屋敷の窓から外を眺めていた一人の兵が何かに気付き大慌てで俺に報告してくる。
「隊長!大変です!ああ・・・あいつが・・あいつが・・・ううっ」
「おい!どうした!何があったんだ!?」
「外を・・外を見てください・・」
泣き崩れる兵に言われるまま窓からチラリと外を窺うと、あの志願兵がブラックハーピーにどこかに運ばれるのが見えた。
「こ・・これは・・・。そうか・・、闇夜に紛れていたのは俺達だけじゃなかったという事か・・。すまん、・・本当に済まない。お前の死は無駄にしない」
気を失っているのか、それとも既に絶たれた後なのか。ぐったりした状態で運ばれていく新兵。我々は失意の中、明日の脱出の為に体力を温存する為に就寝する。闇夜にも魔物は存在する、と記録しておく・・。
---「捕虜生活四日目』---
目覚めは最悪だ。策が失敗したせいで若い命を無駄に散らしてしまった。
「おはよう、皆さん。・・あら?一人少ないようですがどうかしましたか?」
「別に気にするな・・(くっ、こいつわかってて言ってやがる!)」
「そうですか。それならば無理に聞くような事は致しません」
このエキドナ、何が嬉しいのかニヤニヤとしている。きっと深夜の事はもう知られているのだろう。
「今日も自由行動です。ですが昨日と同じように屋敷内だけで御願いしますね。私はこれから結婚式の準備で忙しいのでそれでは」
結婚式だと、ふざけやがって。こっちは若い兵を失ったというのに。それでも俺は顔に出さず心を冷静にする。
「行ったか・・・。ウェッジ!次の策を考えるぞ。このままだと我々が食われるのも時間の問題だ。あの若き兵の命を無駄にしない為にも絶対に脱出する!」
「隊長、すでに次の策を設けております。昨日の探索中、地下室を発見したのですがどうやら昔は非常事態の際に脱出出来るように設計をしていたらしいのです」
「何!それは本当か!?」
「ええ、この見取り図を見てください。これは昨日偶然発見したのですが・・・ここが地下室で・・・この先には・・そしてここに出てくる予定になっております」
なるほど、これはいい案だ。昨日の短時間でよく見つけたものだ。どうやら魔物はこういう物には無頓着らしい。確か、今日は結婚式で忙しいと言っていたな。これは最高のチャンスかもしれない。
「今すぐ作戦に入るぞ!奴等は今、結婚式の準備で出払っている。決行するなら今だ!」
今回は前日の失策を繰り返さないために新兵5人で行う事にした。何かあった時の為と魔物が屋敷に来た時の為に俺とウェッジ、そして新兵2人が残る。どうやら5人は順調に進んでるようだ。時折、合図である金属音が地下室の抜け穴から響く。
カキーン…カキーン・・・カキーン・・・・・・カキーン
合図の音が段々遠くなっていく。いいぞ、順調に外に向かっているぞ。
カキーン・・・・カキーン……カキーン・・・ギャリン!ギャギャギャリン!ガリガリ・・カチャン・・・
なんだ今の音は。明らかに戦闘音じゃないか。中はどうなっているんだ。それに最後の音は・・剣を地面に落としてしまった音。まさか、この地下脱出ルートは。
「すっごぉ〜〜い♪まさか地下道に5人も男が居るなんて〜。今日は結婚式もあるし最高な一日ね」
「ね、ね、お姉ちゃん!早く食べたいよ!今すぐでもいいでしょ!」
「しょうがないわね〜。ちょうど私達も5人だし・・。イタダキマショウ♪」
・・・・・ウウゥゥゥ・・・アッ・・・・ウウォォォォ・・・・アアアァァァァッ・・
兵達の呻き声が地下道に響き渡る。代わりに聞こえてくるのは魔物達の嬉しげな声。
「あははははははっ!もっともっとお腹イッパイ食べさせなさい!」
「お姉ちゃん、すっごく美味しいよ〜・・」
「満腹になったら結婚式会場に持っていこうよー」
聞こえてくる阿鼻叫喚。俺達は地下道への入り口を塞ぎ屋敷のロビーに戻った。
「くそったれぇ!空も地下も塞がってやがる!どういう事だ!」
「申し訳無い・・隊長。俺があんな見取り図を見つけたばかりに5名の兵が・・」
「お前が悪いわけではない。悪いのは此処の地理に疎かった我々だ・・」
そう、全て地理に疎かった我々の落ち度だ。深夜でも徘徊する魔物、そして地下道だから誰も居ないだろうと考えてしまった浅はかさ。どれもこれも全て我々の落ち度だ。そんな中、一人の新兵が狂ったように叫び出した。
「俺はもう嫌だ!こんなとこに居たくねぇぇ!」
大声で叫ぶと屋敷を飛び出し村の外へと走っていく。なんて事だ、狂気に耐えられず自ら魔物の群れに飛び込んでいくとは・・、ん、あれはどういうことだ。新兵は真っ直ぐ村の外に走っていくが誰も気にしていない。
「何故だ・・?何故襲われないんだ。あんなに魔物が居るのに誰も襲わないぞ?あのまま走れば・・あいつは村を抜けれる!」
だが、村から出れる一歩手前で新兵は捕まってしまった。そしてそのまま近くの草むらに押し倒される。
「くっ・・、後一歩という所だったのに・・。しかし、何故あいつはぎりぎりまで捕まらなかったんだ・・。あんなに魔物が居たというのに誰もあいつを見なかった。いや・・、むしろ興味が無いという感じだ・・」
「隊長、あの新兵は何か・・魔物が嫌う物でも持っていたのでしょうか・・?」
「いや、あいつは何も持っていなかった。それどころか丸腰だ。魔物から見たら何でもない一般人・・・・一般人・・。そうか!一般人だ!」
「どうしました隊長!?」
「あいつは一般人と変わらない姿で飛び出した。どういう事かわかるか!?俺達は捕まった当初は教団の鎧を纏っていた。でも今は鎧も無く、一般人と同じ服装だ。鎧を纏えば教団兵と認識されるが一市民と同じ服装で歩けばなかなか気付かれないって事なんだ!」
「そうか!木の葉を隠すなら森の中ですね!・・・ですが、本当にそう上手くいくでしょうか・・」
「さきほどの光景を見ただろう。あいつが走っていく中、回りに居た魔物は急いで走ってる男としか見ていなかった。もし、・・これが合っているなら・・ちょっとだけ待っていろ」
俺は堂々と屋敷の門から出て適当に歩く。近くに居た魔物に襲われるかと思ったが挨拶をされる程度で終わる。これで確信した。村人に混じって動けば誰も疑ってこないという事に。
「どうだ。全く襲われなかっただろう」
「さ・・・、流石隊長です!こんな抜け道があったとは盲点でした!」
「だが、今日は結婚式と言っていた。・・・人も魔物も多いだろう。三日後・・三日後に我々は村人に混じって外へ脱出するぞ」
「・・・?何故三日後ですか?」
「今日から決行日まではこの辺りをうろつき村人の動きを真似するんだ。それにお前達はまだ歩いていないだろう。今からちょっとだけ屋敷の回りを歩いて慣れるんだ」
「わかりました!さぁ、いくぞ!」
たった一人残った新兵と共に屋敷の外に出るウェッジ。それにビクビクしながらも付いていく新兵。これで無事に戻ってきたら俺の考えは完璧だ。そして予測通りに二人は無事に屋敷に戻ってくる。
「隊長!やはり襲われませんでした。挨拶はされるものの全く襲われず普通に歩いてこれました」
「あ、ぁのぉ〜・・、隊長・・。少し聞きたい事が・・」
一人残った新兵が質問してくる。
「なんといいましょうか・・。あそこに居る魔物が・・自分をずっと眺めてくるのですが・・。どういう事なんでしょう・・」
「ふ〜む・・。あれはワーキャットだな・・。お前、何か持ってるのか?」
「いえ、自分は何も・・あっ!」
新兵の尻に猫じゃらしのような草がくっついていた。
「もしかして・・これ欲しいんじゃないのか?」
俺はそれを摘みワーキャットの前で左右に振りちらつかせる。すると案の定嬉しそうに尻尾を振りながら目で追ってくる。これは、・・なかなかおもしろい行動だ。ワーキャットは猫じゃらしに弱い、と日記に記しておこう。相手の弱点を覚えておくのも隊長の務めだ。
ひとしきり遊び相手になると満足したのかワーキャットは去っていった。
「これでなんとなくだが、奴等の弱点は掴んだ。猫科ならさっきのようにすればいい。犬科ならきっと肉などの誘惑に弱いだろう。蛇だと卵・・のはずだ」
「では、これからどうしますか?」
「今から三人で村の中を観察するぞ」
「ハッ!了解しました!」
結婚式の最中、俺達は見事に溶け込み誰にも気付かれる事なく村を観察する事が出来た。だが、何故かどこからか・・聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。だが、気のせいだろう。この村に知り合いなど居ないのだからな。
屋敷に戻り今日の成果を確認し合った我々は確実に脱出出来ると確信した。今日一日、魔物の群れに混じっても誰も襲ってこなかった。それどころか食事まで提供された。魔物達は我々を完全に村人と錯覚している。後は三日後の決行日まで魔物慣れをして堂々と村の外に出れるように準備しておく。
---『捕虜生活五日目』---
いつも通りに朝食を摂る。すぐ横ではエキドナのヲーシスイがニヤニヤとこちらを眺めているが無視する。きっとこいつは全て気付いてるはずだ。僅か四日間で兵が半分以下になれば誰でも気付く。
今日も三人揃って散歩に出てみる。やはり昨日と同じく挨拶される程度で襲われる事は無かった。昼過ぎ、腹が減ったので一旦屋敷に戻ろうとしたが妙に親切なメデューサから食事を頂いた。
「べ、べ、別に多く作りすぎただけなんだから!勘違いしないでよね!」
なんだか良くわからないが上手く馴染んでる証拠だ。メデューサは言うだけ言うと顔を真っ赤にしてどこかへ行ってしまった。ふむ、なかなか美味い。
そして夕刻、またもや食事を奢られる。さきほどのメデューサでは無く、ワーラビットだった。人参料理が多いが有難く頂こう。人参がこんなに甘く感じるとは思わなかった。俺は感謝を示す為にワーラビットの両耳を軽く揉んだ。両耳を揉まれたワーラビットは嬉しそうにモジモジしている。今日は色々と良い収穫だ。メデューサは見た目と違い温厚、と・・。そしてワーラビットは両耳を揉まれると喜ぶ、と。ウェッジも新兵もどうやら上手く溶け込んでるようだ。なかなかの成果を上げている。
「隊長、えと・・ハーピーから産みたて卵を頂きました」
「こちらは雑貨店で蜂蜜を頂きました」
「よし・・、上手く溶け込んでる証拠だな」
「本当に隊長の言う通りでしたね・・。まさか村人と同じようにしていれば怪しまれないとは・・」
「流石隊長っす!これでばっちりですね!」
「いや、まだ明日がある。明日を乗り切れば俺達の勝ちだ」
「「了解!!」」
追記:こちらから敵意を見せない限りは友好的だ。
---『捕虜生活六日目』---
今日は三人ばらばらで行動してみた。俺は村の中心をウェッジと新兵は村の外周を歩く。やはり昨日と同じだ、ふらふらと適当に歩けば声を掛けられ何かを渡される。きっと向こうでも同じ事が起こってるだろう。このまま信用を得れば明日は必ず脱出出来る。そして昼、村の中央で落ち合う。やはり二人も何かを持っていた。
「たいちょ〜〜・・・。重くてしんどいです・・・」
「ウェッジ・・、お前はいくつもらったんだ・・。ひー、ふー、みー、よー・・・20個ほども貰ったのか・・」
「隊長・・、先日のワーキャットが付いてくるのですが・・」
「適当に構ってやれ。それだけで満足するはずだ。前と同じように猫ジャラシでも持っていくか?それとも猫が喜ぶような物を持っていくか?」
ごそごそとウェッジの荷物を漁るといい物が出てきた。
「またたび・・か。よし、これを持って相手してやれ」
「ハッ!了解です」
新兵はワーキャットへと近づきマタタビをちらつかせる。効果は覿面だ。ワーキャットはその場で蹲りゴロゴロと体を地面に擦りつけている。なかなか良い光景だ。戦場で会った時は素早くて鬱陶しいと思っていたがマタタビ一つでこうなるとはな。
「さて、ワーキャットはあいつに任せても大丈夫だろう」
「では、我々は再度村の探索に行きますか」
「そうだな」
ウェッジと共に村を見て回る。なんとなく気付いた事だが、この村は朝も夜も人気が多い。だが、明け方だけは何故か人が少ない。狙うなら明け方がいいだろう。そして屋敷に戻る前に新兵を回収しておく。
「・・・お前・・、まだ構っていたのか。あれから3時間以上は経っているぞ」
「すいません、隊長。なんだか近所に居る猫を相手してるような気がして・・」
「まぁ、いいが・・。それより屋敷に戻る時間だ。そこのワーキャットも早く家に戻るんだな」
「ニャ〜〜ン♪」
一声鳴くと去っていった。なかなか聞き分けのいい猫だ。
屋敷に戻り、昨日と同じく今日の成果を纏める。
「ウェッジは・・、外周で警備の薄い所を確認している。そしてお前は・・・、あのワーキャットの警戒心を0にしたという事で・・」
猫系の魔物を抑えておけば追われる事は無いだろう。あいつらは異常な速さだから一度でも狙われると確実に捕まるだろうからな。この村で足が速そうなのは猫系だけだ。これで安心して脱出する事が出来る。
「少しばかり早いが仮眠を取る。そして明け方に行動する。脱出ルートは一番手薄な此処を狙う。いいな?」
3日間で作り上げた簡易地図を広げ再度確認する。夕食もそこそこに俺達は仮眠を取った。
---『捕虜生活七日目』---
まだ陽も上がらぬ夜明け前。俺達は村の外に居る。簡単だった、何食わぬ顔で警備兵の前を通り過ぎ村の外へと出た。こんなに簡単に抜け出せるとは思っていなかった。
「隊長・・・やりましたね!これで本部に応援を!」
「ああ!まさかこんな簡単にいくとは思ってなかったがな!」
「俺、隊長信じて良かったっす!」
三人、足並みを揃えながら森へと入っていく。そして我々の部隊が捕らえられた地点まで差し掛かる頃、またもや悪夢を見る事になる。
「お疲れさま、ここまで歩くのにしんどかったでしょ?」
「な・・何故、お前が此処に居るんだ・・」
俺達三人の前にはヲーシスイが立っていた。
「あら?簡単な事よ。貴方達の匂いが村の中から消えたから此処まで転移しただけ♪ただそれだけよ?」
「匂い・・だと?」
クンクンと体中の匂いを確認するが僅かな汗の匂いしかわからない。
「貴方達から発する極上の精の匂い・・・。逃がすわけないでしょう・・うふふふ・・」
だが、こんな時の為に秘策を用意しておいた。
「くくくっ・・・、これを見てもそこに立っていられるかな・・?」
俺は懐に隠していた卵を明後日の方向に投げた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「それは何の冗談かしら?」
「あ・・あれ?あのラミアには効いたのに・・」
「私をその辺のラミアと一緒にして欲しくないわ・・。どうやらきつい御仕置きが必要みたいね・・」
「「「うわああああああああああああ!!」」」
俺達はすぐに森の中に逃げ込もうとしたが、いつから居たのかワーキャットが新兵に襲い掛かる。昨日懐かせたワーキャットだ。二人はもつれあうように森の中へ消えていった。
「ニャッ!ニャニャニャ・・・にゃぁ〜〜ん」
「うわああああああああ!たいちょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
森の中に響く新兵の声と獲物を捕らえ嬉しそうに鳴くワーキャットの声が木霊する。隣ではウェッジがアヌビスに押さえ込まれていた。
「ふふふ・・。これから私がお前を毎日監視してやろう・・」
「くっ・・、これまでか・・」
ウェッジも捕らえられ、残すは俺一人となってしまった。
「さて、最後は貴方だけですね・・。貴方のように行動力のある方は好みですよ。その体力を活かして存分に私を満足させてくださいね」
結果は俺の完敗だった。成すすべも無く尻尾で拘束され村へと連れていかれた。
---『結婚生活七十三日目』---
昔の日記を読み返しながら思う。俺はなんであんな馬鹿な事をしていたのだろう。こんなに素晴らしい世界を壊そうとしていた過去の俺を殴ってやりたい気分だ。あの日捕まったウェッジも他の新兵達も愛する妻と子作りする為に今日も精を出している。そして俺も・・・
「ア・ナ・タ♪今日はタケリダケを買ってきちゃった。だから今日も・・頑張ってね♪」
「もちろんだ、今日も子宮から精液が溢れても辞めないからな!」
今日もミール村は平和です。
「ハッ!ウェルズ隊長、あちらに見える村です!」
俺達、第28聖槍騎士団は魔物討伐では無く、ミールという小さな山村に税の徴収に行く最中だ。ミールは教団領の一部だが、それが半年ほど前あたりから全く税を納めなくなり今では音信不通の状況。我らが崇める主神様の加護で生きてるだけの村民如きが税を納めず返事も寄こさないとは許しがたい行為。これは主神のみならず教団への背徳行為と見ていいだろう。だが、教団に対する背徳行為とはいえ、第28聖槍騎士団全員でミールに出向く事は出来ない。たかが小さな村から税を徴収するだけだ。小さな村程度に全員で行けば面目が立たん。第28聖槍騎士団隊長である俺、ウェルズ=ディーカン。そして横に居るのが副隊長のウェッジ=ホール。後は兵8名の計10名。
「おい、ミールからの音信不通はどれぐらいの期間だ?」
「ハッ!半年と11日であります!」
「ふん、怪しいな・・。いくら教団領の端といっても教団領内で半年もの間、税も納めず返事も返ってこないとはな。ウェッジ、お前はどう思っている」
「・・・・考えられるのは2つです。魔物の手に堕ちたか・・あるいは村民全てが消えたか・・。それと隊長、気になる事があるのですが・・」
「なんだ?何でもいいから言ってみろ」
「今、我々はミールの村が目視出来ます。こちらから見えるということは向こうからも我々が見えると言う事ですが・・・何故誰も人が出てこないのか・・」
「・・・・・・・!!しまった!これは罠だ!全員撤退するぞ!」
「どういう事ですか隊長!?」
「まだわからんのか!お前が言ったように向こうからも見えるって事は我々が村に着く頃には多数の罠が待っているはずだ!もしかすると、もうこの辺りまで来ている可能性がある!全員全速力で走れ!誰か一人だけでも本部に伝えるのd「あらぁ〜、・・それはもう無理ね〜。」誰だ!」
「あらあら、随分な御挨拶ね。でもね、・・お話する御時間があれば宜しいのですが今は急いでますの。大人しくミールに来てもらいたのですが」
若い兵が叫ぶ。
「ふざけるな!たかが変なラミア風情が我々に勝てると思っているのか!今すぐ槍の錆にしてくr「止めろ馬鹿者!」・・た・・隊長・・・何故・・」
まだ若い一兵卒を嗜め槍を下ろさせる。
「こいつはラミアでは無い。・・・・エキドナだ。我ら10人が同時に飛びかかっても一瞬で地に伏すのは我々だ・・。お前はもう少し魔物について学んでおくべきだったな」
「えええええええ・・・エキドナと言えば魔物の母と呼ばれる高位の存在・・・。小さな街一つなら一夜で魔界に変貌させる事も可能と言われるあのエキドナが何故ここに・・」
「そういう事ですので大人しく付いてきてもらえませんか?私達としましても未来の旦那様達に傷を付けるような無粋な真似はしたくありません」
「わ・・私達・・だと?」
いつの間にか我々は包囲されていた。信じられない事に目の前に居るエキドナばかりに集中していたせいか周囲に50を超える魔物達が隠れていた事に気付けなかった。これでは隊長として失格だ。
「どうやら貴方が・・この部隊の隊長さんのようですね。どうしますか?素直に付いてきますか?それとも此処で全員襲われ(輪姦され)ますか?」
「・・・(何か妙な言葉が混じっていた気がするが・・)わかった。ただし、我が部下に手をかけるな。拷問に掛けるなら俺だけにしろ」
「やだ・・。拷問(濃密セックス)だなんて・・///」
頬に手を当て首をイヤイヤと振ってるエキドナってなんだか可愛いな。いや騙されるな。魔物はこうやって人間を騙し食らっていく存在。俺は騙されん。
エキドナを先頭に我々は50を超える魔物達に囲まれたままミールに連行された。村に到着した我々を待っていたのは村民からの歓迎ムードだった。くそったれが。魔物の凱旋がそんなに嬉しいか。俺達を捕虜にしたのがそんなに楽しいのか。心の中で悪態をつくが我々10名だけでは例え戦闘経験の無い村民と見る限りでは200は軽く超える魔物達相手では勝てる気がしない。さらに言えばここのリーダーがエキドナである以上は下手に動かないほうが得策だろう。
「それでは、貴方達にはこの収容所で生活をしてもらいます。必要な物などは随時揃えていきますので御要望があればなんなりとお申し付けください」
・・・我々は収容所を見た途端に溜息が漏れた。てっきり薄暗い牢屋か窓一つ無い建物に放り込まれると考えていたがどう見ても屋敷だ。それも我が国では貴族が住むような立派な建物。これを収容所と呼ぶには些かおかしい。
「おい。これは誰の屋敷なんだ?このミールには領主が居るのか?」
「??いえ、ここは収容所ですよ?この屋敷は元々、貴方達教団が贅沢の限りを尽くし税を払えなかった村民を弄び尽くしたとも言われている屋敷。この屋敷ほど収容所に相応しい建物はありません」
嫌味な回答を口に出すエキドナ。
「それに今は、定期的に清掃する以外には誰も居ません。そして領主なども居ません」
それだけ答えるとエキドナは去っていってしまった。そして我々は魔物達に突付かれるように屋敷に収容された。副官以下、全員の顔が強張っている。これからどんな拷問が来るのか想像出来ないうえに、このような贅沢の全てをあしらった建物に収容されては、来るべき拷問の日まで優雅に過ごしてくれ、という配慮をされたとしか思いようがない。俺はなんとか膝の震えを正し冷静を装い全員に声を掛ける。
「全員傾注!!我々はただいまより捕虜と成った。そして来るべき拷問の日まで我々は生かされるであろうがそれから後の事は保証されないであろう。今、我々に残された道は此処より脱走しミールの内情を本部に伝える事。異論は無いな?」
「ウェルズ隊長。脱走と言っても村には200を超える魔物達が居ます。その目を掻い潜り村の外に出るのは難しいと思われます」
隣で立っていたウェッジが意見を述べた。確かにそうだ。最低でも300人以上はこの村に住んでいるだろう。そして、この村のリーダーは間違いなくエキドナ。容易には抜け出せないだろう。
「安心しろ、俺に秘策がある。だが秘策を実行するには奴等の警戒心を解く必要がある。暫くの間は魔物達の言う通りにするんだ、いいな?」
「「ハッ!了解しました!!」」
そして俺は捕虜としての記録を書き残す事にする。これからどのような経路で脱出するか、そしてこの村の内情を鮮明に記録し本部に持ち返る為に。
---『捕虜生活一日目』---
いつもなら日課である槍の鍛錬、そして朝の警邏、書類整理。その時間にも関らず我々は食堂で優雅に食事をしている。魔物達から支給された焼きたてのパン、紅茶、サラダの盛り合わせ等等、初めは警戒していた我らだったが空腹に勝てないのと魔物達を油断させる為に食事にありつく。
「むぐ・・・、この紅茶すごく美味いな。我らの配給品より遥かに美味い」
「隊長、このパンですが僅かに甘味があって口の中で蕩けます」
「・・・モグモグモグ。(どうしよう、こっちの飯のほうが美味いなんて隊長に言えないぞ・・)」
「ゴキュッゴキュッ!!プハー・・この牛乳すっげー美味い」
口々に感想が出る中、隊長である俺は全員の言葉を書き記していく。
「隊長は食べないのですか?」
「いや、俺はお前達が食べ終わった後に食う」
俺が一人、これからの事を日記に書き記していると不意に食堂のドアが開く。俺達を捕らえたあのエキドナが立っている。
「貴方は食べないのかしら?折角の手料理が冷めてしまいますよ?」
「俺は後でいい。それより何の用だ。もう拷問の時間か?それとも尋問か?それなら早く俺を連れていけ」
「ヤダもう・・、拷問(濃密セックス)や尋問(搾乳)だなんて・・・///」
あの時のように頬に手を当ててイヤイヤしているエキドナ。一体何がおかしいと言うのだ。魔物達の考えには理解に苦しむ。
「さぁ、どこへなりと連行しろ。俺は逃げも隠れもしない」
「別に連行なんてしないわよ。そろそろ食事が終わった頃じゃないかと見に来ただけよ」
エキドナはそれだけを言うと屋敷の清掃を始めた。
「何をしているのだ?」
「見てわからないの?掃除に決まってるじゃない」
本当に魔物というのはおかしい連中ばかりだ。捕虜に対して豪華な食事を提供したり収容所と言われる屋敷を魔物のリーダー自らが清掃したり。いや、いかんいかん。これこそが魔物の手なのだ。我々から警戒心を解き然る後、襲うのであろう。我々教団と魔物の間には協定も何も無い、我々教団は捕虜にした魔物は見せしめの為に新しい新薬の実験体にしたり民を安心させる為に公開処刑にもする。もし、もしもだ、魔物側も同じ事をしているとすれば。もしくは我々を生きたまま腕や足を食い千切り最後の最後まで絶望と恐怖を与えながら処刑するのかも知れない。そんな俺の考えを他所にエキドナは掃除を済ませると足早に館を去っていった。
「一体、何だったんだ・・。本当に掃除だけして帰っていくとは・・」
その後も昼の配給、夜の配給と続く。風呂は屋敷のを自由に使っていいとの事だった。風呂も屋敷に似合う素晴らしく豪華な作りの風呂だ。我ら10名が全員入ってもまだ余裕があるほどだ。ううむ、素晴らしい。はっ、いかん!これこそが魔物達が得意とする堕落では無いか。こうやって堕落させ油断した所を狙うとは恐るべし。
だが、俺の考えは杞憂に終わり何もなく一日が過ぎた。
---『捕虜生活二日目』---
いつも通りの起床時間。うむ、まだ隊の誰も堕落していない。一先ずは安心だ。そして昨日と同じ時間に運び込まれる朝食。昨日わかった事は食事に毒は盛られていないという事、そして魔物は時が来るまでは我々に一切関知しないという事。まだ情報が少ない。あまりにも情報が少ないと脱走計画に支障をきたす。なんとかして村の細かい情報、正確な人数、どんな魔物が居るかを探らないといけない。それに、この屋敷は村の中のどの位置に建てられているのか。色々と探る事が多いが今は魔物を油断させる為に今日からは俺も兵達と共に食事に在りつこう。
「・・・焼きたてのパンは美味いもんだな。ふむ、今日は珈琲か。なんという贅沢な朝食なんだ」
「隊長、これを見てください!」
「ん、・・?目玉焼きがどうした?」
「この目玉焼きですが・・胡椒が振られています!」
「な!なんだと・・、我が教団では胡椒は金貨2枚に匹敵する値段。それを惜しげも無く使っているとは・・ううむ・・」
「我々の配給でも1ヶ月に一回しか配給されない胡椒がこんなに・・」
隊がざわめきだす。これはまずい傾向だ。まさか食事にこのような贅沢品を混ぜているとはあなどれない。このままでは兵達が贅沢品に慣れてしまう。それだけは避けねばならない。
「あら、皆さんおはようございます」
上手いタイミングでエキドナが顔を出してきた。
「おい、これはどういうことだ」
「どういう事と仰いますと?」
「この目玉焼きには胡椒がふんだんに使われている。この地方では胡椒は高価な物だ、これは一体どういう事だ!」
「それはもちろんハーピー達にお願いして送ってもらっているのですよ?それがどうかしましたか?」
まるで当たり前のように説明される。なんという事だ、もしかしたら昨日の食事にもわからないように贅沢な食材が紛れ込んでいたかも知れん。このままでは隊に動揺が走ってしまう。なんとかして話しを逸らさなければ・・。
「それはそうと、今日は何しに来た」
「あら、それはもちろん尋問に来たのですわ」
この一言で別の意味で隊に動揺が走る。とうとう本性を現したか。
「そうか・・、とうとう本音が出たか。約束通り、俺を尋問しろ。他の者には一切手を出すな」
「ええ、朝食中に無粋ですが・・・今から尋問を始めますね。それじゃあ、皆入ってきてちょうだい」
食堂扉が開き魔物達が10人ほど入ってくる。これは一体どういう事だ。今から尋問じゃないのか。
「それでは・・、聴き取りを行いますね。それでは貴方から」
「・・・。俺は第28聖槍騎士団隊長のウェルズ=ディーカンだ。そして隣に居るのが副隊長のウェッジ=ホール。そしてまだ新兵に近い8名。計10名だ」
「ありがとうございます。それでは、まず全員にお聞きしたい事があります。貴方達は未婚ですか?それとも既婚ですか?」
「それが一体なんだと言うのだ?」
「大事な事ですのでお聞きしているのです」
「我ら全員未婚だ。これでいいか」
「それは貴方も含めてですよね?」
「我ら全員と言ったのがわからないのか?それ以外に何か聞きたい事はあるのか?」
エキドナの隣に居るアヌビスがこちらに質問してくる。
「私はアヌビスのチェシ。次は私の質問に答えてもらおう」
どうやらこいつはエキドナの次にこの村で権力がありそうだ。
「あらあら・・、私とした事が・・。私は見ての通りエキドナ。エキドナのヲーシスイよ。よろしくね」
「ヲーシスイ様、今は尋問の時間ですので自己紹介は後にしてください」
「チェシったら〜、いけずなんだから〜」
「では、聞きますが貴方達は全員童貞ですか?」
「んなっ!ふざけてるのか!それのどこが尋問なんだ!」
「もう一度言います。全員童貞ですか?」
「答える必要性が無い!」
我々は全員口を閉ざす。当たり前だ、尋問というから内情などを聞き出すのかと思えば童貞確認だと?ふざけているにもほどがある。
「そうですか・・・、あまり実力行使はしたくありませんが・・」
アヌビスが持っていた杖を軽く振ると我々全員が何かに縛られたように動けなくなってしまう。
「再度、お聞きします。貴方達全員・・・童貞ですか?」
「全員未婚と言っただろう!もちろん全員童貞だ!これでいいのか!」
「・・・・・・嘘は全く感じられませんね。わかりました、これにて尋問を終わらせていただきます」
エキドナとアヌビスが去っていく。そして後を追うように他の魔物も去っていくが去り際にこちらを血走った目で見ていた。あれは完全に獲物を前にして御預けを食らってる獣の目だ。
「・・・・・た・・・隊長・・。我々は一体どうなるのでしょうか・・」
「まだわからん・・。しかし、何故童貞を気にするのだ・・。はっ!まさか清き体が魔物達にとって最高の食事と成るのか!」
「ううぅ・・こんな事なら娼婦相手でもいいから穢れておくべきだった・・」
「あの時、弓隊の友人と娼館に行っていれば・・」
次次に出てくる兵達の後悔。くそっ、清き肉体がこんな時に裏目に出てしまうとはなんたる事だ。そうだ、この事も日記に記さなければならない。魔物は清き童貞の肉体を好む、と。
尋問は朝だけで終わり結局昨日と同じように就寝した。
---『捕虜生活三日目』---
今日も朝から贅沢な食事だ。パンの横にはクッキーが添えられている。ジャムもある、珈琲、紅茶、甘く濃厚なミルクもある。新鮮サラダにサンドイッチ、遥か遠き東の地にあるジパング茶というのも用意してある。俺の喉がゴクリと鳴る。日を追う毎に贅沢になっていく食事。今朝までに食った食費を計算すると間違いなく我らの半月分の食費が飛んでるだろう。それを僅か三日目の朝までに浪費してしまうとは。もしかすると魔物側には何か大掛かりな組織があるのではないだろうか。この事も日記に記しておこう。魔物側に食料の難は無し、と。
今日はどういう事だろうか、食事の用意以外に何も起こらない。自由に過ごせとも言われた。だが、屋敷から出る事だけは許されなかった。まぁいい、この油断が命取りだ。俺は早速全員集合させ屋敷の中で脱出に使えそうな物を探していく。だが屋敷の探索中に一人の兵がとんでもない事を口走った。
「・・・脱出しなかったら、処刑されるまではあんな美味いもん毎日食えるんだよな・・」
その一言を聞いた瞬間、俺は兵を殴る。
「貴様寝返るつもりか!それとも贅沢品の誘惑に負けるのか!もしここで誘惑に負ければお前は丸々と太った後に奴等に食い散らかされるんだぞ!気をしっかり持て!」
「・・・ハッ!そうでした!・・・(だけど・・美味かったよなぁ・・)」
こいつはもう駄目だろう。きっと近いうちに奴等に食われる運命だ。確かにあの料理には俺も陥落する所だった。若い新兵の気持ちもよくわかる。だが、ここでしっかりしないと誰が此処の現状を本部に知らせるのだ。脱出の際にはこいつを見捨てていくしかない。まだ新兵というのに残念だ。
「隊長!地下倉庫に投石機があります!これを上手く利用すれば村の外に出れます!」
「・・そうか!改良して人を飛ばすというわけか!」
「はい!その通りです!」
俺達は急ぎ改良に取り掛かった。なかなかのペースで改良は進み夕方にはなんとか大人一人なら簡単に投げれるほどに改良出来た。
「これでなんとかなるぞ!だが問題はこれからだ。まず、これを奴等にばれないように設置しなければならない。それとだ、誰が伝達兵になるか、だ」
新兵の一人が手を挙げる。
「その任務、私が行きましょう!」
「本当にいいのか!?例え成功しても本部まではかなりの距離だ。それまでに魔物に襲われる危険性もあるんだぞ?」
黙って頷く若き新兵。俺は良い部下を持った。視界が涙で滲みそうになったがグッと堪える。
「決行は今夜だ。幸いにも今日は新月。闇夜に紛れて飛べば気付かれる恐れは無いだろう」
・・・・・・・・・・・
そして深夜、我々はこっそり屋敷の裏手に回り投石機を設置する。志願した新兵は少しでも体重を軽くする為に鎧を外し、剣も捨て身に付けているのは今はではインナー用のシャツと下着だけだ。
「では・・、いくぞ。本部に無事帰還したら伝えてくれ。まだ全員無事だと・・」
「はっ!命に代えましても・・・」
新兵を投石台に乗せ、俺達は必死に弦を巻く。ピンと張った瞬間、手を離すと新兵がすごい勢いで村の外目掛けて飛ばされる。
「これなら・・・これなら行ける!頼んだぞ!」
俺達は急いで投石機を隠し、何食わぬ顔で屋敷に戻る。これであの新兵が無事に本部に戻れば俺達は助かる。・・・だが、1時間後、俺達は地獄を見る事になった。屋敷の窓から外を眺めていた一人の兵が何かに気付き大慌てで俺に報告してくる。
「隊長!大変です!ああ・・・あいつが・・あいつが・・・ううっ」
「おい!どうした!何があったんだ!?」
「外を・・外を見てください・・」
泣き崩れる兵に言われるまま窓からチラリと外を窺うと、あの志願兵がブラックハーピーにどこかに運ばれるのが見えた。
「こ・・これは・・・。そうか・・、闇夜に紛れていたのは俺達だけじゃなかったという事か・・。すまん、・・本当に済まない。お前の死は無駄にしない」
気を失っているのか、それとも既に絶たれた後なのか。ぐったりした状態で運ばれていく新兵。我々は失意の中、明日の脱出の為に体力を温存する為に就寝する。闇夜にも魔物は存在する、と記録しておく・・。
---「捕虜生活四日目』---
目覚めは最悪だ。策が失敗したせいで若い命を無駄に散らしてしまった。
「おはよう、皆さん。・・あら?一人少ないようですがどうかしましたか?」
「別に気にするな・・(くっ、こいつわかってて言ってやがる!)」
「そうですか。それならば無理に聞くような事は致しません」
このエキドナ、何が嬉しいのかニヤニヤとしている。きっと深夜の事はもう知られているのだろう。
「今日も自由行動です。ですが昨日と同じように屋敷内だけで御願いしますね。私はこれから結婚式の準備で忙しいのでそれでは」
結婚式だと、ふざけやがって。こっちは若い兵を失ったというのに。それでも俺は顔に出さず心を冷静にする。
「行ったか・・・。ウェッジ!次の策を考えるぞ。このままだと我々が食われるのも時間の問題だ。あの若き兵の命を無駄にしない為にも絶対に脱出する!」
「隊長、すでに次の策を設けております。昨日の探索中、地下室を発見したのですがどうやら昔は非常事態の際に脱出出来るように設計をしていたらしいのです」
「何!それは本当か!?」
「ええ、この見取り図を見てください。これは昨日偶然発見したのですが・・・ここが地下室で・・・この先には・・そしてここに出てくる予定になっております」
なるほど、これはいい案だ。昨日の短時間でよく見つけたものだ。どうやら魔物はこういう物には無頓着らしい。確か、今日は結婚式で忙しいと言っていたな。これは最高のチャンスかもしれない。
「今すぐ作戦に入るぞ!奴等は今、結婚式の準備で出払っている。決行するなら今だ!」
今回は前日の失策を繰り返さないために新兵5人で行う事にした。何かあった時の為と魔物が屋敷に来た時の為に俺とウェッジ、そして新兵2人が残る。どうやら5人は順調に進んでるようだ。時折、合図である金属音が地下室の抜け穴から響く。
カキーン…カキーン・・・カキーン・・・・・・カキーン
合図の音が段々遠くなっていく。いいぞ、順調に外に向かっているぞ。
カキーン・・・・カキーン……カキーン・・・ギャリン!ギャギャギャリン!ガリガリ・・カチャン・・・
なんだ今の音は。明らかに戦闘音じゃないか。中はどうなっているんだ。それに最後の音は・・剣を地面に落としてしまった音。まさか、この地下脱出ルートは。
「すっごぉ〜〜い♪まさか地下道に5人も男が居るなんて〜。今日は結婚式もあるし最高な一日ね」
「ね、ね、お姉ちゃん!早く食べたいよ!今すぐでもいいでしょ!」
「しょうがないわね〜。ちょうど私達も5人だし・・。イタダキマショウ♪」
・・・・・ウウゥゥゥ・・・アッ・・・・ウウォォォォ・・・・アアアァァァァッ・・
兵達の呻き声が地下道に響き渡る。代わりに聞こえてくるのは魔物達の嬉しげな声。
「あははははははっ!もっともっとお腹イッパイ食べさせなさい!」
「お姉ちゃん、すっごく美味しいよ〜・・」
「満腹になったら結婚式会場に持っていこうよー」
聞こえてくる阿鼻叫喚。俺達は地下道への入り口を塞ぎ屋敷のロビーに戻った。
「くそったれぇ!空も地下も塞がってやがる!どういう事だ!」
「申し訳無い・・隊長。俺があんな見取り図を見つけたばかりに5名の兵が・・」
「お前が悪いわけではない。悪いのは此処の地理に疎かった我々だ・・」
そう、全て地理に疎かった我々の落ち度だ。深夜でも徘徊する魔物、そして地下道だから誰も居ないだろうと考えてしまった浅はかさ。どれもこれも全て我々の落ち度だ。そんな中、一人の新兵が狂ったように叫び出した。
「俺はもう嫌だ!こんなとこに居たくねぇぇ!」
大声で叫ぶと屋敷を飛び出し村の外へと走っていく。なんて事だ、狂気に耐えられず自ら魔物の群れに飛び込んでいくとは・・、ん、あれはどういうことだ。新兵は真っ直ぐ村の外に走っていくが誰も気にしていない。
「何故だ・・?何故襲われないんだ。あんなに魔物が居るのに誰も襲わないぞ?あのまま走れば・・あいつは村を抜けれる!」
だが、村から出れる一歩手前で新兵は捕まってしまった。そしてそのまま近くの草むらに押し倒される。
「くっ・・、後一歩という所だったのに・・。しかし、何故あいつはぎりぎりまで捕まらなかったんだ・・。あんなに魔物が居たというのに誰もあいつを見なかった。いや・・、むしろ興味が無いという感じだ・・」
「隊長、あの新兵は何か・・魔物が嫌う物でも持っていたのでしょうか・・?」
「いや、あいつは何も持っていなかった。それどころか丸腰だ。魔物から見たら何でもない一般人・・・・一般人・・。そうか!一般人だ!」
「どうしました隊長!?」
「あいつは一般人と変わらない姿で飛び出した。どういう事かわかるか!?俺達は捕まった当初は教団の鎧を纏っていた。でも今は鎧も無く、一般人と同じ服装だ。鎧を纏えば教団兵と認識されるが一市民と同じ服装で歩けばなかなか気付かれないって事なんだ!」
「そうか!木の葉を隠すなら森の中ですね!・・・ですが、本当にそう上手くいくでしょうか・・」
「さきほどの光景を見ただろう。あいつが走っていく中、回りに居た魔物は急いで走ってる男としか見ていなかった。もし、・・これが合っているなら・・ちょっとだけ待っていろ」
俺は堂々と屋敷の門から出て適当に歩く。近くに居た魔物に襲われるかと思ったが挨拶をされる程度で終わる。これで確信した。村人に混じって動けば誰も疑ってこないという事に。
「どうだ。全く襲われなかっただろう」
「さ・・・、流石隊長です!こんな抜け道があったとは盲点でした!」
「だが、今日は結婚式と言っていた。・・・人も魔物も多いだろう。三日後・・三日後に我々は村人に混じって外へ脱出するぞ」
「・・・?何故三日後ですか?」
「今日から決行日まではこの辺りをうろつき村人の動きを真似するんだ。それにお前達はまだ歩いていないだろう。今からちょっとだけ屋敷の回りを歩いて慣れるんだ」
「わかりました!さぁ、いくぞ!」
たった一人残った新兵と共に屋敷の外に出るウェッジ。それにビクビクしながらも付いていく新兵。これで無事に戻ってきたら俺の考えは完璧だ。そして予測通りに二人は無事に屋敷に戻ってくる。
「隊長!やはり襲われませんでした。挨拶はされるものの全く襲われず普通に歩いてこれました」
「あ、ぁのぉ〜・・、隊長・・。少し聞きたい事が・・」
一人残った新兵が質問してくる。
「なんといいましょうか・・。あそこに居る魔物が・・自分をずっと眺めてくるのですが・・。どういう事なんでしょう・・」
「ふ〜む・・。あれはワーキャットだな・・。お前、何か持ってるのか?」
「いえ、自分は何も・・あっ!」
新兵の尻に猫じゃらしのような草がくっついていた。
「もしかして・・これ欲しいんじゃないのか?」
俺はそれを摘みワーキャットの前で左右に振りちらつかせる。すると案の定嬉しそうに尻尾を振りながら目で追ってくる。これは、・・なかなかおもしろい行動だ。ワーキャットは猫じゃらしに弱い、と日記に記しておこう。相手の弱点を覚えておくのも隊長の務めだ。
ひとしきり遊び相手になると満足したのかワーキャットは去っていった。
「これでなんとなくだが、奴等の弱点は掴んだ。猫科ならさっきのようにすればいい。犬科ならきっと肉などの誘惑に弱いだろう。蛇だと卵・・のはずだ」
「では、これからどうしますか?」
「今から三人で村の中を観察するぞ」
「ハッ!了解しました!」
結婚式の最中、俺達は見事に溶け込み誰にも気付かれる事なく村を観察する事が出来た。だが、何故かどこからか・・聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。だが、気のせいだろう。この村に知り合いなど居ないのだからな。
屋敷に戻り今日の成果を確認し合った我々は確実に脱出出来ると確信した。今日一日、魔物の群れに混じっても誰も襲ってこなかった。それどころか食事まで提供された。魔物達は我々を完全に村人と錯覚している。後は三日後の決行日まで魔物慣れをして堂々と村の外に出れるように準備しておく。
---『捕虜生活五日目』---
いつも通りに朝食を摂る。すぐ横ではエキドナのヲーシスイがニヤニヤとこちらを眺めているが無視する。きっとこいつは全て気付いてるはずだ。僅か四日間で兵が半分以下になれば誰でも気付く。
今日も三人揃って散歩に出てみる。やはり昨日と同じく挨拶される程度で襲われる事は無かった。昼過ぎ、腹が減ったので一旦屋敷に戻ろうとしたが妙に親切なメデューサから食事を頂いた。
「べ、べ、別に多く作りすぎただけなんだから!勘違いしないでよね!」
なんだか良くわからないが上手く馴染んでる証拠だ。メデューサは言うだけ言うと顔を真っ赤にしてどこかへ行ってしまった。ふむ、なかなか美味い。
そして夕刻、またもや食事を奢られる。さきほどのメデューサでは無く、ワーラビットだった。人参料理が多いが有難く頂こう。人参がこんなに甘く感じるとは思わなかった。俺は感謝を示す為にワーラビットの両耳を軽く揉んだ。両耳を揉まれたワーラビットは嬉しそうにモジモジしている。今日は色々と良い収穫だ。メデューサは見た目と違い温厚、と・・。そしてワーラビットは両耳を揉まれると喜ぶ、と。ウェッジも新兵もどうやら上手く溶け込んでるようだ。なかなかの成果を上げている。
「隊長、えと・・ハーピーから産みたて卵を頂きました」
「こちらは雑貨店で蜂蜜を頂きました」
「よし・・、上手く溶け込んでる証拠だな」
「本当に隊長の言う通りでしたね・・。まさか村人と同じようにしていれば怪しまれないとは・・」
「流石隊長っす!これでばっちりですね!」
「いや、まだ明日がある。明日を乗り切れば俺達の勝ちだ」
「「了解!!」」
追記:こちらから敵意を見せない限りは友好的だ。
---『捕虜生活六日目』---
今日は三人ばらばらで行動してみた。俺は村の中心をウェッジと新兵は村の外周を歩く。やはり昨日と同じだ、ふらふらと適当に歩けば声を掛けられ何かを渡される。きっと向こうでも同じ事が起こってるだろう。このまま信用を得れば明日は必ず脱出出来る。そして昼、村の中央で落ち合う。やはり二人も何かを持っていた。
「たいちょ〜〜・・・。重くてしんどいです・・・」
「ウェッジ・・、お前はいくつもらったんだ・・。ひー、ふー、みー、よー・・・20個ほども貰ったのか・・」
「隊長・・、先日のワーキャットが付いてくるのですが・・」
「適当に構ってやれ。それだけで満足するはずだ。前と同じように猫ジャラシでも持っていくか?それとも猫が喜ぶような物を持っていくか?」
ごそごそとウェッジの荷物を漁るといい物が出てきた。
「またたび・・か。よし、これを持って相手してやれ」
「ハッ!了解です」
新兵はワーキャットへと近づきマタタビをちらつかせる。効果は覿面だ。ワーキャットはその場で蹲りゴロゴロと体を地面に擦りつけている。なかなか良い光景だ。戦場で会った時は素早くて鬱陶しいと思っていたがマタタビ一つでこうなるとはな。
「さて、ワーキャットはあいつに任せても大丈夫だろう」
「では、我々は再度村の探索に行きますか」
「そうだな」
ウェッジと共に村を見て回る。なんとなく気付いた事だが、この村は朝も夜も人気が多い。だが、明け方だけは何故か人が少ない。狙うなら明け方がいいだろう。そして屋敷に戻る前に新兵を回収しておく。
「・・・お前・・、まだ構っていたのか。あれから3時間以上は経っているぞ」
「すいません、隊長。なんだか近所に居る猫を相手してるような気がして・・」
「まぁ、いいが・・。それより屋敷に戻る時間だ。そこのワーキャットも早く家に戻るんだな」
「ニャ〜〜ン♪」
一声鳴くと去っていった。なかなか聞き分けのいい猫だ。
屋敷に戻り、昨日と同じく今日の成果を纏める。
「ウェッジは・・、外周で警備の薄い所を確認している。そしてお前は・・・、あのワーキャットの警戒心を0にしたという事で・・」
猫系の魔物を抑えておけば追われる事は無いだろう。あいつらは異常な速さだから一度でも狙われると確実に捕まるだろうからな。この村で足が速そうなのは猫系だけだ。これで安心して脱出する事が出来る。
「少しばかり早いが仮眠を取る。そして明け方に行動する。脱出ルートは一番手薄な此処を狙う。いいな?」
3日間で作り上げた簡易地図を広げ再度確認する。夕食もそこそこに俺達は仮眠を取った。
---『捕虜生活七日目』---
まだ陽も上がらぬ夜明け前。俺達は村の外に居る。簡単だった、何食わぬ顔で警備兵の前を通り過ぎ村の外へと出た。こんなに簡単に抜け出せるとは思っていなかった。
「隊長・・・やりましたね!これで本部に応援を!」
「ああ!まさかこんな簡単にいくとは思ってなかったがな!」
「俺、隊長信じて良かったっす!」
三人、足並みを揃えながら森へと入っていく。そして我々の部隊が捕らえられた地点まで差し掛かる頃、またもや悪夢を見る事になる。
「お疲れさま、ここまで歩くのにしんどかったでしょ?」
「な・・何故、お前が此処に居るんだ・・」
俺達三人の前にはヲーシスイが立っていた。
「あら?簡単な事よ。貴方達の匂いが村の中から消えたから此処まで転移しただけ♪ただそれだけよ?」
「匂い・・だと?」
クンクンと体中の匂いを確認するが僅かな汗の匂いしかわからない。
「貴方達から発する極上の精の匂い・・・。逃がすわけないでしょう・・うふふふ・・」
だが、こんな時の為に秘策を用意しておいた。
「くくくっ・・・、これを見てもそこに立っていられるかな・・?」
俺は懐に隠していた卵を明後日の方向に投げた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「それは何の冗談かしら?」
「あ・・あれ?あのラミアには効いたのに・・」
「私をその辺のラミアと一緒にして欲しくないわ・・。どうやらきつい御仕置きが必要みたいね・・」
「「「うわああああああああああああ!!」」」
俺達はすぐに森の中に逃げ込もうとしたが、いつから居たのかワーキャットが新兵に襲い掛かる。昨日懐かせたワーキャットだ。二人はもつれあうように森の中へ消えていった。
「ニャッ!ニャニャニャ・・・にゃぁ〜〜ん」
「うわああああああああ!たいちょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
森の中に響く新兵の声と獲物を捕らえ嬉しそうに鳴くワーキャットの声が木霊する。隣ではウェッジがアヌビスに押さえ込まれていた。
「ふふふ・・。これから私がお前を毎日監視してやろう・・」
「くっ・・、これまでか・・」
ウェッジも捕らえられ、残すは俺一人となってしまった。
「さて、最後は貴方だけですね・・。貴方のように行動力のある方は好みですよ。その体力を活かして存分に私を満足させてくださいね」
結果は俺の完敗だった。成すすべも無く尻尾で拘束され村へと連れていかれた。
---『結婚生活七十三日目』---
昔の日記を読み返しながら思う。俺はなんであんな馬鹿な事をしていたのだろう。こんなに素晴らしい世界を壊そうとしていた過去の俺を殴ってやりたい気分だ。あの日捕まったウェッジも他の新兵達も愛する妻と子作りする為に今日も精を出している。そして俺も・・・
「ア・ナ・タ♪今日はタケリダケを買ってきちゃった。だから今日も・・頑張ってね♪」
「もちろんだ、今日も子宮から精液が溢れても辞めないからな!」
今日もミール村は平和です。
13/07/18 00:19更新 / ぷいぷい