読切小説
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慶びと共に
おお、…清清しい気分だ。空を飛ぶってこんなに気持ち良いのか。ドラゴンやワイバーン、ハーピー達が羨ましい。俺はこのまま飛べるとこまで飛んでいってやるぞ・・・、嘘です、前言撤回します。助けてくれええええええええええええ。

「うおおおおおおおおおおっ!マジで死んでしまうーーー!」

俺は今、空を飛んでいる。それも放物線を描くような綺麗な飛び方だ。こんな事になるなら興味本位であんな物をサバトに頼むんじゃなかった。今更後悔してもしょうがないがどうしようも無い。もうすぐ下降するだろうが俺は気にしない。このままだと森のド真ん中に墜落するだろう。・・・短い人生だったな。済まない、父さん・・母さん・・、バカが先に逝きます。バカな息子でスミマセン。

「ああ・・・・あぁ・・、ダメだ・・。失速してきてる、もうすぐ墜落しちまう・・。こんな時に限ってハーピー達やワイバーンとか誰も飛んでねぇ!やっぱりまだ死にたくねえええええええええ!」

高い上空で一人の男が喚いている頃、森の中で何かに聞き耳を立てるようにふさふさの耳を前後にパタパタと動かしているワーウルフが居た。

「・・・・・・、獲物は・・・この辺りには居ないか。せめて野ウサギでも居たら良かったんだけど・・・、ん?・・・・・何か聞こえる・・・」

ワーウルフは周辺を見回し音の発生源を探るが何も見つからない。だが確実に近づいてくる声。しばらく悩んでいたワーウルフだったが、高い位置から見渡せば見えるだろうと判断し木々の幹を蹴り三角飛びの要領で器用に木の天辺まで登りつめる。そして見てしまった。男がこちらに飛んできているのを・・。

「・・・・・・?・・・嘘でしょ!なんで男が空を飛んでるんだ!?」

男はワーウルフに向かって一直線に飛んで来ていた。飛んでいた男がワーウルフに気付く。

「そこの人!頼む!助けてくれええええええええ!」

「えっ!?ちょっと待って!いきなり言われてもどうしたらいいの!?」

「俺をキャッチして樹の幹にでも引っ掛けてくれーーーー!」

無茶苦茶な要望だったがワーウルフは体を少し仰け反らせ男に向かって勢いよく飛び巧く空中キャッチした。そして落ちざまに男を枝に引っ掛けワーウルフは綺麗に地面に着地する。

「だいじょうぶ〜〜?」

ワーウルフは枝に引っ掛けた男に声を掛けるが返事が返ってこない。気を失っているのだろうか心配になったが、やや遅れて返ってきた言葉は「お・・・、折れる。枝が折れそうだ・・」だった。男の言葉通りに枝が折れバキバキと他の枝を折りながら落下する。

「あだだだだだだだっ!いてぇぇーーーー!」

ワーウルフは落下してきた男を御姫様抱っこのように綺麗にキャッチし優しく地面に降ろした。

「大丈夫?かなり枝を捲き込んで落ちたけど怪我してない?」

「だい・・じょうぶだ。・・・ッ!う・・あああ!右足が変な方向に向いてるじゃないか!?」

男の脛の真ん中から下が曲がってはいけない方向に曲がっていた。落下の恐怖と助けられた安堵で痛みに気付いていなかったが認識した途端に痛みを覚え始める。

「ぐぅぅっ・・、いてぇぇ〜」

「見事に折れてるね・・、うちで手当てしていく・・?」

「出来れば御願いします…」

ワーウルフは肩を貸し、男をズルズルと森の奥へと導いていく。

「此処からあんたの家までどれぐらい掛かるんだ・・?」

「もう目の前だよ。ほら、あの小屋だから頑張って」

男が落下した場所からすぐの場所に簡素だが綺麗な小屋が建てられていた。偶然にも助けてくれたワーウルフの小屋近くに落ちたのは幸いだ。ワーウルフは小屋の中に男を引き摺りこみ、なんとかベットに寝かせると急いで添え木になる物と痛み止めの薬を探し出した。

「ちょっとだけ我慢してて、・・・これとこれかな。後は・・・」

ごそごそと何かを探すワーウルフを横目に男の意識は落ちていった。

「・・・おまたせ。気絶しちゃってるし、・・なんでこの人・・兎スリッパ履いてるんだろ?」









翌朝、男が痛む足に苦悶しながら起床すると添え木が右足に縛られていた。

「あ、起きた?昨日すぐに気を失ったから驚いたけど、おかげで楽に治療出来たよ」

「痛みで暴れられないで済んだし」と付け加えながら朝食を運んでくる。

「ねぇ、まだ痛む?」

「いや大丈夫だ。・・・ありがとうな」

素直に礼を述べる男にワーウルフは手にお椀を持って男に差し出す。

「この辺りで獲れる野ウサギで作ったシチューだけど・・食べる?」

男は差し出された椀を受け取り心の底から感謝する。

「何から何まで本当にありがとう・・。あんたが居なかったら俺は死んでいたよ」

屈託の無い笑顔で受け取ると胃に流し込むように勢いよく一心不乱で食べる。よほど空腹だったのか僅か数分で平らげてしまう。

「美味い!美味いな!」

美味い、美味いと言われワーウルフの顔は徐々に赤くなっていく。赤面していく自分を誤魔化す為にワーウルフは男に昨日の出来事を訊ねた。

「ちょっと聞きたいんだけど、昨日どうして空を飛んでたの?」

「あ、えっと・・、笑わないなら、言ってもいい・・」

「別に何があっても笑う気は無いよ。それどころか男が空を飛んできたなんて驚きすぎて・・・」

「あ〜〜・・・まあ、えっとな・・・」

男の話を省略すると、飛んできた男はワーラビットの跳躍力に目を付けサバトに兎のような跳躍力が出る靴を頼み込んだ。その出来栄えは満足するほどの高性能だった。少し跳躍するだけで簡単に3mほどジャンプし駆けるとコカトリスのように一気に前方に走れる。その出来栄えに喜びサバトの前で跳ねまわっているとそこに暴走特急よろしくなサンドウォームが現れ撥ねられたらしい。ただ撥ねられるだけなら良かったが兎シューズの性能も重なってこんな山奥までぶっ飛ばされたという事だった。

「えと、災難だったね」

それしか言えなかったワーウルフだったがふと気付いた。目の前の男の名を知らない事に。

「そういえば名前聞いてなかったけど、アタシはアルネ。アナタの名は?」

「俺はエスナンだ。たぶん此処から見えると思うけど麓のほうに小さな街があるだろ。俺はそこに住んでるんだ」

アルネも時々、獲物を持って換金に行くから知っている街だ。知っていると言ってもアルネの足でも往復半日掛かる距離だ。まさかそんな遠くから飛ばされてくるとは思ってもみなかったがサバト特製の兎シューズの性能を考えれば納得がいく。一先ず納得はしたがこれからどうしようかと思ったがアルネは独り身、目の前の男を出来れば逃がしたくない。

「エスナン、あの街までアタシの足でも往復半日掛かる距離だけど・・・、歩けるようになるまでうちで厄介になる?」

「出来ればそうしたいが仕事があるんでな。なんとかして戻れる方法が無いか?」

アルネの思惑とは逆にエスナンは急ぎ戻りたいと言う。今エスナンを逃せばアルネはまた当分は独り身になるだろう。久しぶりに誰かと会った、それも男なのに今すぐ手放すなんて事をしたくない。アルネはなんとかしてエスナンを此処に留めておきたい。留めるどころか今すぐにでも種付けして欲しいと欲望が沸き上がってくるがエスナンは怪我人だ。本来ワーウルフは相手が怪我人だろうと搾取する性格だがアルネは独り身が長かったせいか怪我人を襲う気になれなかった。だが今襲っておかないとエスナンは他の女に取られるであろう事もわかっている。そんな葛藤を知らずエスナンが再度訊ねて来る。

「アルネ、すまないけどなんとかしてすぐに帰れる方法は無いか?」

「・・・・・・」

「アルネ?」

「ああ、そうだな。今すぐ帰れる方法は近くにある川を下ればすぐに着くが麓に着くまでにサハギンかグリズリーに襲われるだろうな」

「・・そうか。川下りは無理か」

エスナンは暫く黙りこんでいたがアルネに羊皮紙と書く物を借り何かを書き込んでいく。

「アルネ。悪いんだけど、これを街の門番に届けて欲しいんだが頼めるか?」

「それぐらいならいいよ。渡すだけでいいのか?」

「渡せばわかるから大丈夫だ」

アルネは羊皮紙を受け取ると全速力で森を駆け抜けていく。今からだと昼過ぎにはなんとか到着するだろう。森の中を颯爽と駆け抜けながらアルネは思った。この羊皮紙を届けるとエスナンはどうなるのだろうか、それに今エスナンは小屋で一人きりだ。他の魔物娘に襲われないだろうか、それどころかこっそり抜け出してないだろうか。様々な想像が沸きあがってくるが街まで必死に走る。予定通りに昼過ぎに街に着いたアルネは門番に羊皮紙を渡すと急いで戻ろうとするがバフォメットに声を掛けられる。

「何か急いでおるようじゃがどうしたのじゃ?」

アルネはバフォメットを暫く見つめていたがエスナンの事を思い出し兎シューズの事を聞いてみた。

「おおお、あれは最高の出来栄えじゃったわい。見た目も良し、性能も良しなプリチーな靴じゃからお兄ちゃんの心は鷲掴みじゃわい♪・・・ところで何で知っておるのじゃ?」

「エスナンという男が兎シューズを履いたまま森まで飛んできたのだが・・・。今は足を骨折してアタシの小屋で寝ている」

「なんじゃと!?こうしちゃおれん。我がサバトの製品で怪我人を出すなどあってはならん事じゃ!はよう案内するのじゃ!」

「いや、・・・怪我したのは木から落ちただけなんだけど」

アタシがある程度の経緯をバフォメットに話すと納得してくれたようだが間接的とはいえ怪我人が出たのはあまり宜しくないと考えているようだった。

「ふむ、それじゃワシが迎えに行くとするかのう。そこな御主よ、その小屋を強くイメージするのじゃ。良いか?小屋だけをイメージするのじゃぞ?」

バフォメットはブツブツと何かを唱えたかと思うと一瞬にして景色が変化した。気が付けばアタシとバフォメットはいつのまにか小屋の前に立っている。アタシ達ワーウルフには無い羨ましい能力だと感心しているとバフォメットは何事も無かったように小屋に入っていきエスナンに声を掛けた。

「おお、久しぶりじゃな。と言っても1日しか経っておらんがのー」

「あ、あんたか。あんたが作った兎シューズすごかったぞ!まぁ、・・・サンドウォームに撥ねられなかったら最高だったんだがな」

「ふむふむ、性能は完璧じゃったか。これなら量産しても大丈夫じゃの」

二人の会話を他所にアタシは黙って聞いてるしか無かった。バフォメットが来たからにはエスナンは街まで簡単に帰れるだろう。ほっとしたが心の中では逆にモヤモヤした物が溜まっていく。たった一晩世話しただけだったがアタシはエスナンの匂いが気に入ってた。だけど、エスナンはもう帰ってしまうだろう。

「アルネ、世話になったな。この礼は必ずするからな」

「アルネとやら、御主のおかげで早く怪我人に気付けて助かったわい。では、すぐにワシの屋敷に飛ぶぞい。・・・・さらばじゃ」

二人の姿が目の前から消える。そしてアタシはただ黙って立っているだけだった。また一人きりの寂しい小屋になってしまう。一晩とはいえ誰かが居てくれるだけであんなに温かい気持ちになれるなんて思ってもみなかった。エスナンに手料理を褒められ心がドキドキした時は嬉しかった。でも、・・・もう居ない。アタシは一人寂しく朝の食器を片付けようとしたがお椀の下に小さな羊皮紙が挟まれている事に気付いた。それを軽く摘んで読んでみる。

(アルネ、ありがとうな。もしこっちに来る事があるならいつでも歓迎するぞ)

「・・・・・・(クゥゥゥゥゥゥッーーー!!)」

アタシは小さな羊皮紙を握り締め床の上をゴロゴロ転がり一人悶絶する。もしこの場に他の誰かが居たらアタシは間違いなく変態と言われるだろう。紙切れを握って床に転がって悶絶するワーウルフなんてワーウルフらしくない。そして一人悶絶に満足したアタシは狩りに出る。大物を狙って街に換金に行こう、と。そのついでにエスナンに逢いにいこう。

「今日もおもいっきり狩るぞ!絶対に大物を仕留めてやる!」

意気揚々と狩りに出る。そして数日後、アタシは大きな野生の豚を仕留め爽やかな笑顔で山を下りる。街の肉屋でなかなか良い値段で換金されホクホク顔で街中をぶらぶらと歩くアタシ。きっと良い笑顔で歩いてるんだろうな。そして、アタシは換金ついでにエスナンに逢いに行く。ついでなんだからね。アタシは自慢の耳と鼻をピクピクと動かしエスナンの声と匂いを拾っていく。どうやらいつも換金する肉屋に近いようだ、エスナンの匂いと声がはっきりわかる。誰かと話しをしているみたい。

「・・・で靴が、・・・サバ・・・保証する・・・」

相手は客のようだ。エスナンは何か商売をしているのだろう。アタシはエスナンが居るであろう路地に身を滑らせる。ちょうど路地を曲がった所にエスナンが立っていた。そしてエスナンもこちらに気付く。

「よぉ、アルネじゃないか!こないだは世話になったな!んで、今日はどうしたんだ」

「ん、今日は大物の野生豚を持ってきて換金してたんだ。それで・・その、・・・換金ついでにエスナンの具合を確認しようと・・・」

「俺は換金ついでか・・「ぁ、ぃゃ・・・ちがぅ・・」な〜〜んてな!」

「アルネの事だからなんとかして理由作ろうと考えてたんだろ?」

図星だった。普段なら野ウサギなどを持ち込んで換金し、すぐに帰るのだが今回は大物を仕留めてエスナンに自慢したかったのだ。もっとも自慢したかった野生豚はもう換金した後だが。

「んで、アルネ。今日はもう帰るのか?」

「いや、今日は思いのほか高値で売れたので、雑貨品でも買っていこうかと」

「んじゃ、うちで揃えていくか?こないだの礼もしたいしな」

「うちって?・・もしかしてこの店は」

「ああ、小さいけど雑貨店を営んでるんでな。どうだ?ちょっと覗いていくか?」

「もちろんだ!!」

アタシはつい声を荒げてしまってエスナンを驚かせてしまったがエスナンはアタシの尻尾を見て笑っていた。アタシの尻尾が店先を掃除するかのようにバッサバッサと力強く振られていたからだ。アタシは顔を赤らめつつも喜び表現をする尻尾を掴んだまま店内を見回す。

「結構揃ってるんだな。日用品から・・・夜のお供まで・・」

「夜のお供はキニシナイでくれ。一応売れ筋商品だから置いてるんだ」

大量のローションにディルド、アロマキャンドルに鞭などの小道具。誰が購入するかはわかるが雑貨品に混ぜてもいいのだろうか。アタシは店内を物色し必要な生活用品を集めていく。なかなか良い品揃えの店だ。どれもこれもアタシ好みの生活用品が置いてある。だけど、なんというか独り身に優しい道具ばかりで少し悲しかったがアタシは一通り欲しい物をエスナンに渡すと勘定をしてもらう。

「ふむ、これぐらいなら銀貨3枚でいいよ」

「えっ?ちょっと待って!少なくとも銀貨8枚ぐらいするよね!」

「あんたには世話になったんだ。仕入れ値で充分だ」

エスナンはそれだけを言うと麻のような袋に品物を詰めていく。アタシは少し気が引けたが黙って好意を受け取った。

「アルネ。今日はどれぐらい街に居るんだ?時間があるなら後で飯でも行かないか?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「お〜い、アルネ。聞いてるかー?」

「……(男に初めて食事に誘われた・・、食事に・・・食事に・・・)」

「アルネ?もしかして何か用事でもあるのか?」

「ハッ!?いいいいいいいや、何も無いぞ!あるわけないじゃないか!」

「本当に大丈夫か・・?まぁ、もうちょいしたら店閉めるんでそれまでの間はその辺ブラブラしてくるか?」

「・・・・ここで・・」

「ん、ここで何?」

「此処で・・、待っててもいいか・・?」

アタシは顔を真っ赤にしながら聞いた。エスナンも何かを察したように静かに大きめの椅子を持ってくる。

「それじゃ、この椅子にでも掛けて待っててくれないか。でも、俺の仕事見ても退屈だと思うけど」

そう言ってエスナンはのんびりと商品の整理を始めていく。アタシはそんなエスナンを見てるだけでドキドキしていた。エスナンの匂いが籠もった店内、エスナンの僅かな汗の匂い、さきほど貰った麻のような袋からもエスナンの匂いが漂ってくる。エスナンは時折、客の相手をしていたがアタシはエスナンの匂いを嗅ぐのに必死だった。麻袋に顔を埋めひたすらクンカクンカする。時々エスナンと客の声が聞こえるが全く気にしない。

「なぁ、エスナン。あの子は誰なんだ?」

「アルネの事か。アルネは俺の命の恩人だ、あの子が居なかったら俺は今頃墓の下だろうなー」

「ふーん、そっか・・。でもいいのか?あの子、袋に顔突っ込んでハァハァしてるが大丈夫なのか?」

「…気にしたら負けだ。さっきからずっと匂いを嗅いでるみたいだから邪魔するなよ?」

「惚れられたか?それともまさか『俺の匂いだけで興奮する体に調教してやる!』とか考えてるんじゃないだろうな?」

「するか!!俺がお前の中でどんだけ変人扱いになってるんだ!さっさと帰れ!」

シッシッと追い払うように客を追い出すエスナン。だけどアタシは先ほどの客が言ってたように匂いだけでも調教されそうなほど興奮しているのは確かだった。すでに乳首は立っていて少し動くだけでも擦れて気持ち良い。下着にちょっとでも擦れると甘く切ない感じが疼きだす。もう少しで軽い絶頂に差し掛かろうとした時、不意に声を掛けられた。

「もうそろそろ締めるぞー。って、顔赤いが大丈夫か?」

「…ハァハァ・・、えっ?あ・・、だだだだだだだいじょうぶだから!」

アタシは必死に誤魔化す。でもエスナンには完全にばれているだろう。服の上からでもわかるぐらいに乳首がツンと自己主張していたし、そんなアタシを見たエスナンも顔を少し赤らめ明後日の方向へと顔を向ける。御互いに顔を赤くしながらも店の戸締りをしていく。

「あー、アルネさ〜、熱い物って平気か?」

「え?熱い物って何だ?」

「今から飯食いに行く店なんだがちょっとばかり熱い食べ物なんだが平気か?」

「大丈夫だ。アタシは猫舌じゃないし多少熱くても食べれるよ」

「そっか、んじゃ最近大陸からこの街に来た珍しい店でも行くか」

「大陸からの店ってどんな感じなんだ?」

「えっとな、前に一度だけ行ったんだが麺とか言われる食べ物をスープみたいなのに浸けて食うんだったかな?あれが案外美味くてなー。なんだったか忘れたが豚の油や肉とかで取ったダシのスープだったはず」

「・・・・・・(ジュルリ」

「お?おいおい、すっげー涎が垂れてるぞ。んじゃ、御嬢さんが涎だらけにならない内に行きますか」

エスナンはアタシの手を握り急いで駆け出す。

「エスナン、そんなに急がなくても飯は逃げないぞ!」

そう叫ぶアタシに走りながらエスナンは答える。

「あの店はすぐに行列が出来るんで急がないと30分以上は待たされてしまう!それに・・」

「それに・・、何?」

「アルネを一度誘ってみたかったしな・・・」

アタシの顔が一気に赤くなる。いきなりこんな事を言われるなんて思わなかったアタシは顔が赤いのは急いで走ってるからだ、とムリヤリ決め付けた。ほどなくしてアタシ達は目的の店に到着したが既に店の前には10人ほど並んでいる。

「お、幸運だな。10人しか並んでないぞ」

「いや10人も並んでいるんだろう?」

「良く見てみろよ。まだ開店してないだろう。だから俺達は真っ先に店に入れるぞ」

「あ、そうか・・。ところでエスナン。あれ、何て読むんだ?」

「えとな、向こうの大陸の言葉でラーメンとか言ってたぞ。そのラーメンってのがすっげー美味くてな。特に豚の出汁のスープは逸品だ」

「・・・・・(ジュル」ポタッ

「おいおい、また涎が垂れてるぞ」

アタシはまだ見ぬ豚スープに入った麺とやらを想像すると腹がグゥゥゥ〜〜、と鳴る。そういえば朝から何も食べてなかったんだった。

「もう開店するからな、店に入ったら絶対にカウンター席に座るぞ!」

「なんで・・(ジュルリ)カウンター席なの?向かい合える席ではダメなのか?」

「向かい合わせの席でもいいんだが俺は店主の正面のカウンター席が好きでな。ラーメンが出来上がるまでのワクワク感と叉焼(チャーシュー)の匂いが好きなんだ」

「チャーシュー…、また美味しそうな名前が・・」

そんな遣り取りをしていると店が開店した。前に並んでいた客が一気に店内に押しかけ好きな席を死守していく。そしてアタシ達はカウンター席に座る。後から入ってきたミノタウロスが「あーーーっ!アタイの特等席がーーー!」と叫んでいたがそんなにカウンター席に人気があるとは驚きだった。そしてエスナンは店主に注文する。

「えと、こないだの何だっけ・・。豚の背油とか肉の出汁のやつ?」

「豚骨スープか。そこのお嬢ちゃんもそれでいいか?」

「・・・・・・(コクコク!!」

アタシは必死に頭を上下に振る。

「出来れば大盛りで頼む。もちろん両方な」

「あいよ!豚骨ラーメン大盛り2人前ね!」

アタシはエスナンが何を注文したかわからなかったが店主が掻き混ぜてる大鍋を見てすぐに理解した。豚の骨付き肉や野菜などが一緒に煮込まれたスープ。その大鍋から香る今まで嗅いだ事の無い濃密な匂い。時折何かと混ぜ合わせてるようだがアタシには関係無い。ただ目の前の極上の匂いに涎を我慢するのが精一杯だった。店主の横では奥さんであろう妖狐が細い何かを湯掻いている。あの細いのは何だろう。

「ね、エスナン。あの細いのは何?」

「あれが麺ってやつだよ。実際に出来上がりを食えばどんなもんかわかるぞ」

奥さんの妖狐が湯掻いた麺とやらを器に入れ、そこに店主がさきほど煮込んでいたスープを注ぐ。そこに半熟卵に叉焼、僅かな葱に摩り下ろしたニンニクを入れて完成。そしてアタシ達の前に置かれる2つのラーメン。すごく熱そうだけどあまりの美味しそうな匂いにまたもや涎が止まらない。

「ほぃ、アルネ。このフォークで麺を掬って、それと、このレンゲというやつでスープを飲むんだ。俺は直飲み派だけどな。」

そういってエスナンは箸と呼ばれる物で器用に麺を掴み啜っていく。アタシもそれに習ってフォークをスープの中に入れ麺を掬う。フォークに何か絡まっているがこれが麺なんだろう。アタシはそれを一口啜ると軽く口の中で咀嚼する。

「!!・・・美味い!すごく美味いよ!こんな美味いの初めて食べたよ!」

アタシは夢中で食べる。そんなアタシをエスナンが嬉しそうに眺めてきたがアタシは必死に食べた。半熟卵も叉焼も美味しい。スープもエスナンのように器を持って直飲みする。こんな美味しい物があったなんて全く知らなかった。器の中を全て空にしたアタシは隣を見るとエスナンはまだ半分ほどしか食べていない。

「店主、すまないがアルネにもう一杯いいか」

エスナンが同じ物をもう一度注文してくれる。

「うーん・・、次の御客も待って居るが・・。嬢ちゃんの食いっぷりが良かったし今回はオマケだ!もう一杯食っていけ!」

そしてまたアタシの前にラーメンが置かれる。2杯目だというのにアタシの胃袋は1杯目と同じスピードで詰め込んでいく。折角久しぶりに会えたというのにムードも何も無くアタシは必死にラーメンを啜っていく。隣ではエスナンも同じようにラーメンを啜っていた。そしてアタシとエスナンは同時に器を置く。

「「ごちそうさま!」」

同時にハモッた言葉に御互い顔を見合わせる。アタシはちょっと気恥ずかしくなったがエスナンは嬉しそうに笑っていた。なんだか心が温かくなった気がした。そんなアタシの手を引いて次の店に行こうとするエスナン。それに黙って付いて行くアタシ。ムードなんて無いけれどこんなデートも楽しいなと感じたアタシは前を歩くエスナンに付いていく。それから後は楽しかった。見た事が無いデザートを食べたり可愛らしい下着ショップに一緒に行ったりアタシの為に新しいハーフパンツを買ってくれたり色々と嬉しい事だらけだった。そして深夜に差し掛かる頃、アタシは帰ろうとしたがエスナンが「もう遅いから泊まっていけよ」という言葉に甘え気が付けばアタシはエスナンが経営する雑貨店の二階で隣同士で寝ている。これは襲ってもいいよ、という合図なのだろうか。アタシの隣で無防備に寝てるエスナン。今すぐにでもエスナンを襲って既成事実を作りたい衝動に駆られたアタシは静かに隣のベットに忍び込んだ。

「…エスナン、あんたが悪いんだからね。アタシみたいな魔物娘を簡単に泊めるあんたが・・・」

アタシは音を立てずにエスナンの寝間着をずり下げていく。時折エスナンが身を捩ったがアタシは気にせず下着に手を掛けようとしたが、いきなりその手を掴まれた。

「ぇ!エスナン、もしかして起きてたの・・?」

「始めから起きてたよ。なんとなくこうなる予感があったんでな。それに寝る前に少しだけ見たが・・・、アルネ、お前濡れてただろ」

アタシは驚いて自分の股間をチラリと見ると下着越しに薄く湿っているのが見えた。いつのまに濡れていたのかわからなかった。

「たぶん近い内にアルネに襲われるかもな、と思ったがまさか夜這いとは思わなかったぞ。ワーウルフだから青姦も覚悟してたんだがな」

「アタシは・・・群れで育ってないから他のワーウルフのように皆で襲いかかるような事はしないんだ。ずっとあの小屋で生活してたから性格が人間寄りになってるのかもね」

そう言ってアタシはエスナンのベットから降り自分のベットへと体を潜り込ませた。

「ゴメン、今の事は忘れて欲しい。明日の朝一番にアタシは帰る・・か・・ら?」

アタシが朝一番に帰ると言った時、不意に後ろからエスナンに抱きつかれた。

「別に無理しなくていいぞ。俺もな・・アルネの事が気になってたし。助けて貰った次の日の飯、美味かったぞ。それに、俺がバフォメットと一緒に帰る瞬間、アルネの顔が酷く寂しげに見えてな。あの時からどうしてもお前の事が・・・」

アタシは嬉しさのあまり振り返りざまにエスナンと深く濃密なディープキスを交わす。

「本当にアタシでいいの・・?エスナンだったらもっといい女を捕まえれるんじゃないの・・?」

「俺はお前が欲しいんだ。アルネ・・、俺はこんな小さな雑貨屋の主人だが俺と結婚・・してくれないか」

「ううぅっ・・・」

「どうしたんだ、アルネ?」

「嬉しいよぉぉぉーー!」

アタシはエスナンを力強く抱きしめた。エスナンもアタシを力強く抱き締め返してくる。

そして、その晩アタシ達は結ばれた。













「ねー、パパ〜。アロマキャンドルが無いよ〜?」

「お、そうか。それじゃグリシェちょっと倉庫から在庫を持ってきてくれないか」

「うん、持ってくるー!」

あの日から十年、アタシはエスナンの雑貨店で一緒に生活し今は二人目を身籠っている。娘のグリシェが店を手伝ってくれるのでアタシは椅子に深く腰掛けながら大きくなったお腹を擦る。

「アナタ、この子の名前もう決めてあるの?」

「もちろん決めてあるぞ。お前に似て可愛い子が産まれるだろうな」

「もぅ、・・・それじゃ今夜も頑張ってもらうからね」

「ははは、御手柔らかに頼むよ」

「それで、この子の名前は?」

「この子の名前は−−−−−−−−」

13/06/20 21:35更新 / ぷいぷい

■作者メッセージ
久しぶりの投稿なのにグダグダですいません。諸事情により更新速度が遅くなりますが生温かい目で見てくれると助かります。

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