読切小説
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コンビニ強盗
   
朝、コンビニの休憩室で一人の男が頭を抱えて悩んでいた。経営していたコンビニのバイト達が突如一斉に消えてしまったのだ。消えた心当たりも無く途方に暮れる。レジ前に並んでいた客も何事かと休憩室を覗き込んだ。

「あのぉ〜・・・レジどうすんのー?早くしてくれよー」

「・・・はっ!?は、はい!今すぐに!」

作り笑顔で対応するものの額には大量の汗。レジ打つ最中も汗は止まらず客達は怪訝な顔をする。

「体調悪いのなら奥で休んだらどうですか?」

客にそう言われても対応出来る人間が自分一人しか居ないのだ。何もかも全てを放り投げて消えたバイト達の事を思いながらひたすらレジを打つ。別にバイト達を苛めていた事も無く、それなりに給与の面でも他所よりかは待遇していた。それなのに突然の失踪事件。戻ってくる気配も感じられず、お客が全員コンビニを出た時点で男は急いで入り口を閉める。外から店内が見られないようブラインドも下ろし完全に密室状態にする。

「どうしてこうなってしまったんだ・・。俺が一体何をしたって言うんだ」

レジの前で跪き今までの行ないを鑑みるも何も思い当たらない。バイト達とはそれなりに仲も良く、突然の欠勤も快く対処してきた。ある程度の無茶も寛容していたし、このような手酷い仕打ちを受ける謂われも無い。一体何が原因なのかわからない。落ち度が無いどころか、どこに裏切られる要素があったのかすら見受けられない。ただわかっているのは・・・全員が一瞬にして消えてしまった事だけ。作りかけの肉まん、棚に補充する予定だった菓子パン。通路の端に置かれたままの雑誌。明らかに仕事中に突然何かが起きて全員消えてしまったのだ。それもバラバラに起きたのではなく同時だというのがわかる。全てが全て、丸投げ状態だからだ。

「・・・まさか、強盗。もしかして全員人質にされているのか!?」

短絡的な考えだがそれしか答えは出せず、店内を右往左往しながら今後の対応をどうすれば良いかと脳をフル回転させる。身代金目的なのか、それとも店への嫌がらせなのか。どちらにせよ状況は宜しくない。店の従業員が全員消えたと噂されれば売り上げもガタ落ち、勿論周囲や客の信用も無くす。もう既に先程の客達には勘付かれているかもしれない。もし噂されればもう此処では営業が出来なくなるのは確実。

「この先どうすれば・・そ、そうだ!防犯カメラをチェックすれば!絶対に何が起きたかわかるはずだ!」

奥の事務所に籠もり、前日の深夜から明け方までのチェックを開始するオーナー。前日の20時。普段通りの作業を行なうバイト達の姿がモニターに映っている。いつもと変わらない。そう、いつも通り。どこにも違和感を覚える箇所は無い。

「・・・何も無いな。もう少し早送りしてみるか」

21時台のチェック。時折、お客に何かを聞かれているようだが何も変化無し。淡々と時間だけが過ぎていく。21時半、何かがカメラの下を横切った。

「待った、今のもう一度だ・・・」

時間を巻き戻し再度チェック。他の防犯カメラにも映っていないか確認する。

「・・・なんだ、女性の頭がぎりぎり見えてただけか。少しナーバスになってしまってるな。珈琲でも飲んで一旦落ち着こう」

休憩室に設置してある保温器から缶コーヒーを一本取り出しそれを一気に呷ると、空になった缶をゴミ箱に投げるように捨て、もう一本保温器から取り出し奥の事務所へと戻った。

「・・ふぅ、今のところは全く異常が無い。少しだけ早送りにして店内が空になる時間まで進めてみるか」

22時。22時半。23時。バイト達はしっかりとカメラに映っている。独り首を傾げながら色々と頭の中で整理してゆくオーナー。何一つとして何も変化が無い映像に何度も頭を垂れる。まさか嫌気がさして全員が一同にして辞めてしまったのかとオーナーの頭の片隅に何度も流れて額から汗が噴き出してくる。

「そんなはずは・・そんな事あるわけ・・・アッ!?今のもう一度だ!」

時間にして僅か数秒。妙な違和感に心を囚われたオーナーが気になった時間まで巻き戻す。

「おかしい・・、この女性は21時半にも来店してたな。それに同じコーナーを何度も物色している。しかし見た感じでは万引きなどしてる様子は見られない・・何か掴んだな?あの商品は何だ?・・・あ」

女性用商品を手に取りレジへと向かう姿が映っていた。オーナーは少しだけ気まずそうな顔をして画面から顔を逸らし、少しでも疑った自分を恥じる。普段なら疑う事などしない性格だが、今の現状ではどうしても全てが悪意ある行動に見えてしまうのだ。

「さっきから何を見ても疑ってしまってるから少しだけ休憩するか。続きを見るのは後でいい。幸いにも時間は腐るほど出来てしまったしな」

保温器から持ってきた缶コーヒーは既に冷たくなっていたが、それを気にせず半分ほど飲み終えた頃、尻ポケットからタバコを取り出し一息吐いた。

「どうせ客は居ないし此処でのんびり吸わせてもらうか」

本来ならば店内へと通じる部屋で喫煙などもってのほかだが、全てを諦めたような顔付きで思う存分に喫煙を楽しんでいる。今まで店の裏側で吸っていたのが馬鹿馬鹿しく思えるほどにオーナーの心が落ち着いていく。その表情には諦めも混じっているようだ。

「本当に一体どうなってんだ。明け方に連絡受けてすっ飛んできたが、ここまで無人ってのも清清しい通り越して不気味だな」

天井を見上げ軽く煙を吐き出し、紫煙を燻らせていた煙草を灰皿に押し付けるようにして揉み消す。苛立ちを隠そうともせず煙草のフィルターがひしゃげるほどに何度も何度も押し付けていく。普段なら間違い無くしない軽率な行動だが今は誰も咎める者も居ない。

「続き・・見るか」

0時。何も変わらない映像を淡々と見る。流石に深夜を回っているからか客足は一気に減っていく。時折、映像にノイズ線が走るがオーナーは気にもせず画面から目を離さない。

「そろそろ監視カメラも寿命か。近い内に全台買い替えしておこう・・またノイズか・・鬱陶しい」

数分置きに画面を横切るノイズに苛立ちつつもバイト達の動きを追い続ける。あまりのいつも通りに絶望感が増していく。ここから先は本当に見続けていいのか、それともここで映像を見るのを止めて警察署に連絡するべきか悩みだす。オーナーがコンビニに到着したのは明け方。今見ている映像記録は既に午前2時を回ろうとしている。このまま再生を続ければ間違い無く真相に辿り着ける。だが、このまま見てもいいのか?本当に後悔しないんだな?と頭の中を不安が駆け抜け手元の一時停止ボタンに手を置いた。

「はぁ・・はぁ・・、嫌な予感がする。な、んだ・・この汗は、いつのまにこんなに汗が出て・・・」

顎から滴り落ちるほどに汗が噴出していた。尋常では無い汗の量にオーナーは椅子に座ったまま脱力していく。身体が警告を発しているのだろうか、この先にある見えない恐怖を感じ取ってしまったかのように指一本動かせない。この先は視るなと脳が叫ぶ。今ならまだ引き返せる。この場から今すぐに逃げ出すんだ。脳は何度も警告するが身体は一切動かない。首も固定されたかのように動かず目は画面をただ凝視している。

「ど・・どうなってるんだ。もうこれ以上見たくないのに首が動かな・・」

空になった缶が不意に倒れた。安定の良い形の缶が不自然な動きで再生スイッチにそのまま体当たりするかのようにぶつかる。カツンと小さく響く音。まるで誰かが意図的に動かしたかのように狙って動いた缶はそのまま転がり床へと落ちた。

「ひいぃぃぃっっ!?」

止まっていた映像が動き出す。映し出されている映像は何の変哲も無かったが、それが逆にオーナーの恐怖心を更に煽ってゆく。刻一刻と迫る疑惑の時間。それが夜明け前の時間なのか、一時間後なのか、それとももう目前にまで迫ってきているのか。時折横に走るノイズがオーナーの気を紛らわせていたが不意に意識が正常のそれへと戻る。

「ぅ・・あ、なんでノイズが横に走るんだ。普通は上から下へと流れるんじゃ・・ヒッ!?」

オーナーは気付いてしまった。横に走るノイズとノイズの僅かな隙間に人らしき者が映っている事に。否、人とは呼べない存在に。目が合った。それは一瞬の出来事であったが、その目は確実に向こう側からオーナーの姿を見ていた。まるで画面の中から外を覗くかのように、その目は確りとこちらの世界を捕らえていた。恐怖のあまり膝が激しく上下に震えだす。貧乏ゆすりのそれとは比べ物にならない。

「スススウッスウススス・ィッチをを・・・切ってだだだだ・・・」

両足の震えはいつのまにか全身に行き渡っている。小刻みに震える腕を無理矢理頭上まで上げて・・・・その手をスイッチに一気に振り下ろす。砕けるスイッチ。飛び散ったカバーの破片や形が欠けたボタン。砕いた事による安堵感からか一瞬にして体の震えがピタリと止まる。

「は・・ははははあははは・・・止まった・・止まったぞ!ふひ・・・ふへへへへへへへへっへへっへへ・・」

気が狂ったかのような笑いが口から何度も漏れる。常人が見れば即座に病院行きが確定するかのような薄気味悪い笑い。口元は大きく歪み、それはまるで歪な三日月のよう。

「へっ・・、へへへ・・ざまぁみろ・・・、俺の勝ちだ」

−ザザッ・・・・ウィーン−

停止状態だった映像が再度動き出した。スイッチは完全に破壊されたはずなのに初めから何事も無かったように映像の中の時間は進んでいく。

「・・そ・・そん・・な、ぁ・・」

ノイズの線が徐々に増していく。午前3時。画面の半分近くは完全にノイズで占められている。ノイズの隙間から顔を覗かせる若い女性。流れるような黒髪に頭の両サイドには軽くカールを描くような捻じ曲がった角。そして、こちらを見つめる瞳は千年の刻を経てようやく運命の人にでも逢えたかのように潤んでいるかのように見える。画面の中の女性が何かを語っている。防犯カメラに向かって何を囁いているのだろうか。音声など出るはずのない映像だがオーナーの頭の中にはそれが何なのか直接脳裏に響いてゆく。



み つ け た わ よ 。い と し の あ な た


午前3時半、とうとう画面の半分以上がノイズで占められ女性がこちらを凝視しているのがわかる。もう大方ノイズという名の女性映像と言っても過言では無い。もうすぐ夜明けの時間に指しかかろうとしている。アルバイト達が一斉に消えたあの疑惑の時間帯だ。こちらを見つめる女性がカメラに向かって手を差し伸べる。その姿はまるでこちら側へと誘われなさいとアピールしてる様。そこでオーナーは気が付いた。アルバイト達はこれを見てしまったのではないだろうかと。この意味が解らぬまま向こう側へと誘われてしまったのではないのかと。


ふ ふ ふ 、 せ い か い よ 。 あ と は あ な た だ け


オーナーの呼吸が一瞬だけ止まる。世界の全てが止まった感覚を五感全てが拾い上げて。もう後戻りは出来ないと脳が、体が、神経が認めていこうとしていた。


ま だ よ 、 ま だ あ な た は わ た し を み て な い わ 


肩に触れられた感触を感じる。オーナーの体は先程までと違い素直に動き出す。振り返ればそこには防犯カメラに映っていた女性が立っていた。



ね ぇ … た の し い こ と   し ま し ょ














一台の配送トラックが空き地に停車した。運転手は怪訝そうな顔付きで辺りを見回し一旦トラックを降りた後、近くに居た男性二人に声を掛ける。

「あ・・すいません、この辺りにコンビニ無かったですか?」

「何言ってんだ?ここは数年前から売土地だぞ?」

「そうでしたか?おっかしいなー・・・あったような気がするんだけどな」

運転手は何か納得しない顔でトラックに戻り別の場所へと配達に向かっていく。そして配送車を見送った二人は何かを思い出したかのように口を開いた。

「なぁ知ってっか。此処で商売したらいつのまにか消えてるって噂」

「おー、あれな。都市伝説のやつだろ。そんなもんあるわけないだろ」

「でもよー・・・俺、これで何度目かわからんぐらいガキの頃から訊かれてるんだよ『ここに〇〇が無かったか?』って」

「わかったわかった、そんなくだらん都市伝説より飯でも行こうぜ」

馬鹿話に華を咲かせながら去ってゆく二人。後に残された空き地の立て看板が風に揺らされキィキィと周囲に鳴り響く。









どこにでもある都市伝説の一つ。そう、これはありきたりな物語の裏に隠された真実の一つ。この話の続きは貴方自身が語り継ぐ事になるでしょう。





17/02/13 22:38更新 / ぷいぷい

■作者メッセージ
リハビリを兼ねて投稿。ぼちぼち書いていきます。こんな都市伝説ありませんか?ないですか、そうですか

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