読切小説
[TOP]
路地裏名店
〜春〜

花は咲き、気温も上がり人々の動きが活発になる時期。明るい季節なのに純喫茶ブルームは暗く静まりかえっていた。それもそのはず、時刻は既に10時半を廻ろうとしているのに店内には客が居ない。マスターの東雲 政治(しののめ せいじ)は溜息を吐きながらカウンターに突っ伏した。突っ伏したマスターの横では、息子2人が黙々と店内を掃除していく。兄は現在大学1年生、弟は高校3年生である。二人はいつもの日課のように掃除を始めるが今日は雰囲気が違った。2人は軽くアイコンタクトを交わすとカウンターで溜息を吐く政治に声を掛けた。

「「父さん、少し話があるんだけど」」

見事にハモった。
息子2人に同時に話し掛けられ少し困惑した政治だったが、気を取り直して返答する。

「二人同時とは珍しいが何か頼み事でもあるのか?」

「いや、頼み事じゃないけど・・・。父さん…優(ゆう)も後一年で高校卒業するから・・・その時に店を畳まない?」

兄の啓一から聞きたくない言葉を受けた政治は愕然とする。意識が少し飛びそうになったが政治は堪える。だがトドメとばかりに弟の優も言葉を繋ぐ。

「父さん…。この店は亡くなった母さんとの思い出の店なのは解ってるんだ。でも、これ以上は無理をしてほしくないんだ。僕達の学費もぎりぎりの生活費を削って出してくれているのは知ってるんだよ。だから…」

それ以上の言葉を出さず、優は黙りこんでしまう。この店は母である、東雲 葉子(しののめ ようこ)と共に頑張って立ち上げた店。だが葉子は、優を出産して僅か3年ほどで病で此の世を去った。それからは息子2人の為に必死に生活を守り、愛情を欠かす事無く育ててきた。だが現実は非情だ。店の経営が危うい事も理解している。魔物娘達が現れてから税金などの負担は法律の改正により軽減されたがそれでも綱渡りな状態だった。本当は政治もわかっていた。このままだと数年先には店を手放す事になるだろう、と…。思案に暮れているとドアベルが鳴り出した。
   リリリン

「あら、可愛らしい音ね。」

久しぶりの客に政治の顔は親の顔からマスターの顔になるが客を見た瞬間に表情が凍りついたが、すぐに常套句を切り出す。

「いらっしゃいませ、ブルームへようこそ。御注文がお決まりでしたらお伺い致します。」

そういうとマスターは息子2人にアイコンタクトを送ろうとするがいつのまにか厨房に逃げられていた。それもそのはず、政治も啓一も優も全く魔力に汚染されていないので魔物娘を相手にするには骨が折れる仕事となる。もちろん一番の理由は誘惑に抗う事。これが最初の仕事と成る為に2人は厨房に逃げたのだ。マスターは少しばかり息子達を恨んだがしょうがないと諦めた。客がエキドナだったからだ。エキドナの高魔力、そして魅惑的な体、近くに居るだけで襲いたくなる衝動に息子達は耐えれない為、早々に逃げたのだ。だがマスターの政治だけは違った。上位種の魔物が近くに居ても魔力が浸透しにくい体質だったので平然としていた。エキドナはマスターに軽く流し目をすると媚びるような口調で話しかける。

「ねぇ…マスター。蛇体も休めたいんだけど、ラミア用の席って無い?」

「ん、あぁ・・。ちょっとだけ待ってくれないか。窓際の席を円卓にするから・・」

そういうとマスターはテキパキと窓際の4人様用の席を円状になるように移動させる。蛇体が見た目よりも長そうだったので8人分の席を使い綺麗に丸く席を設けた。

「お待たせいたしました。ごゆっくりとおくつろぎください」

「ありがとう・・・(・・・変ね、少し魔力を込めて話しかけたのに全く効いてないわ)」

エキドナは蛇体を円状になった席に乗せマスターを眺める。マスターは不思議そうな顔をするがそれだけだった。少しばかり興味が湧いたエキドナはマスターに訊ねた。

「ねぇ、マスター?貴方はもしかして・・・インキュバス?」

「なんとなく聞かれるのは予想してましたが、…私は普通の人間です。ただ魔力が浸透しにくい体質なだけなのです」

そう答えるとマスターはカウンターの中に入りのんびりと注文を待つ。エキドナは席でメニュー表を広げ思案中。まったりとした雰囲気が流れる中、エキドナは注文する。

「ベーコンレタスサンドとブレンドお願いねー」

注文を受けたマスターは厨房に居た息子達にベーコンレタスサンドとブレンドを作るよう指示する。だが、指示をした瞬間・・・エキドナの目が光った。

「厨房の御二人は息子さんでしょうか?…(マスターの匂いも好みだけど、2人の匂いも若々しくていいわぁ・・・)」

「あぁ。自慢の息子達でね。妻を亡くしてからは常に私の傍で手伝ってくれているのです。」

答えた後にマスターは昔を思い出すかのように軽く目を閉じる。

「ゴメンナサイ…不躾な質問でしたわ」

「いえ、いいのですよ。もう14年になりますから気にしないでください」

マスターは軽く笑顔で答えると優しく微笑む。その微笑にエキドナは少しばかり欲情しかけた。

「…///(今の爽やかな笑顔は反則じゃない・・・)」

そんな会話の中、息子がサンドとブレンドを持ってくる。息子達はエキドナに近寄れないので必然的に私が運ぶ役目をする。

「お待たせ致しました。ベーコンレタスサンドとブレンドです。ごゆっくり御寛ぎくださいませ」

ゆっくりと席を離れカウンターに戻りカップを磨く。席ではエキドナがベーコンレタスサンドとブレンドを見つめ驚いている。それを横目で見ていたマスターは、何か嫌いな物でも混じっていたのか、と考えていたが違うようだった。サンドを口一杯に頬張りもきゅもきゅと嬉しそうに食べている。子供のような食べ方をするエキドナを見たマスターは笑顔でカップを磨く作業に戻る。一通りカップを磨き終えた所でエキドナに話掛けられた。

「マスター、もしかしてだけど、ここの食材は魔力に侵されていない物ばかりじゃないかしら?」

そう、喫茶ブルームの食材は魔力に侵されていない物ばかりなのだ。それを一目で見抜かれた。さすがはエキドナといったところ。

「よくわかりましたね…、今の世の中だと魔力に侵されていない食材を集めるのは苦労しますが・・・これが私の拘りなのです」

「でも、・・・これって魔界産の同じ食材よりも値段高いでしょう」

「そうですねー。多少コスト面は厳しいでしょうが、この味を続けていきたいのです」

そう答えられたエキドナは尻尾を嬉しそうに軽く回しブレンドを啜る。

「これも魔力が全く無い珈琲なのね、…この苦味が美味しいわ♪ 気に入ったわ!これから毎日食べに来るわね♪」

一瞬理解出来なかったマスターだったが慌てて答える。

「うち以上の店なんて大通りに行けばいくらでもあるでしょう?」

「この店には大通りでは味わえない素晴らしさがあるのに行く必要が無いでしょう?」

間髪入れずに切り返された。魔物娘は一度でも気に入ると離れない性格はマスターも知っていたが、ここまで気に入られると後が怖いような気がしてきた。そんな心中を察しないままエキドナは言う。

「マスター、私の名前はミリナね。これからよろしくね♪マスターのお名前はなんていうの?」

「ん、あぁ。東雲 政治だ。よろしく」

「政治さんね。覚えたわ・・・それじゃ、またね。ダーリン///」

ミリナは言うだけ言うとテーブルに握り拳ほどの袋を置くと嬉しそうに去っていった。…政治は思った・・・今どこから袋を出したのだ?と。このままテーブルに袋を置きっぱなしも失礼なのでカウンターに置き、こっそりと中身を確認すると金貨が50枚ほど詰まっていた。それと小さな紙切れが1つ。

「あわわわわ・・、金貨だらけだ・・。ん、??この紙は・・えー・・これからの朝食ヨロシクね、愛しのダーリン♪」

・・・・・・・・

これがミリナとの出会いだった・・。どうやってメモを入れたのかわからないがエキドナなら簡単に出来るのだろう、と納得する事にした。次の日からミリナは毎日来るようになった。そんなこんなの出会いの春。

〜夏〜

「ねぇ〜・・・だ〜〜〜り〜〜〜〜ん。少しだけでも出掛けないの〜〜??」

「私はマスターだからな。息子達に任せてもいいと思ってるが・・「じゃ、行きましょうよ」・・でもダメですからね」

あの春の出会いから僅か2〜3ヶ月で呼び名がマスターからダーリンにされてしまった。それともう1つ、・・・ミリナが来るようになってから魔物娘の客が増え始めた。どういう事かと訊ねたらミリナがこっそり口コミをしたらしい。蛇足付きの説明だったが・・「裏通りの喫茶ブルームに独身兄弟が居るのよ〜。あ、でもでもマスターは私のダーリンだからダメだからね!」と広めたのが原因らしい。店に活気があるのは嬉しい事なのだが・・・、嬉しい事なのだが客の9割が魔物娘なのはどうしたものか。残りの1割は何かって?そりゃ勿論、伴侶のインキュバスだ。息子達は注文を取りに行くたびにナンパされてる日々。普通は逆だろう、と言いたいが慣れてしまった。そしてまた・・目の前で息子が逆ナンされている。

「ねぇねぇ〜、啓一さ〜ん。今度の夏祭りだけど、一緒に楽しもうよ〜」

あ〜ぁ、…親である私の目の前でサキュバスが啓一を誘い出そうとしてるよ。啓一は無難に断わろうとしてるがサキュバスは必死だ。もし断わられたら他の客が次は自分の番だ!と言わんばかりに狙っているからだ。このサキュバスはミリナが口コミした日に来た客だ。ミリナの次に付き合いが長い魔物娘なのだが、明らかに啓一狙いで毎日来ている。弟の優に関してはハーレム状況になっている。それでも誰にも手を出さないのは親として誇らしい限りだ。健全な付き合いをしてる間は見守ろう…。ん、どうやらサキュバスのほうは限界が近いようだ。だが何を思ったのか私に話しかける。

「パパからも啓一に言ってよ!!」

「誰がパパだ!・・・アスリー、今日は諦めなさい。それにほら・・周りの子達が・・・」

「・・・(何よ、あのサキュバス!マスターを利用するなんて!)」
「……(今、…啓一さんを助ければ好感度Upするかも…///)」
「(啓一さんもいいけど・・マスターも美味しそう・・ジュルリ)」

今、一瞬だけ悪寒が走ったが気のせいか。渋々と引き下がるアスリーを尻目に他の魔物娘達が一斉に啓一に群がった。

「啓一さん!今日は危険日だから一緒に寝ましょう!」(おぃおぃ・・・)
「啓ちゃ〜〜ん、私のミルク飲んでください〜〜〜」 (…美味そうだな)
「啓一、今から釣りの予定だから行くぞ!」 (元気なワンコだな・・)
「駄目よ!釣りになんて行ったらマーメイドやメロウの標的になるじゃない!」

もうツッコミ入れる気も起きない。そんな呆れ顔の私にミリナが言う。

「ねぇ、ダーリン…。さっきミルク美味しそうとか思わなかった?」

「なんの事だ?別に私は、って・・・・イタイイタイイタイイタイ!尻尾で太腿絞めないで!地味に痛いから!」

「だ〜り〜〜〜ん…、少しだけど心が読めるのよ〜(怒」

「悪かった!お願いだから!これ以上絞めないで!」

太腿にくっきりと残る鱗模様…。放してもらえたのは有難いが何で私がこんな目に遭うんだろう。気を取り直し作業に戻ろう。確かホットケーキが5人前だったな。少し時間が掛かるが客は魔物娘なのが助かる。時間が掛かる分、息子達に自分をアピールする時間が出来るから1時間でも待つだろう。だが、気を緩めないで作業に掛かる。そんな中、ミリナが横に立つ。

「手伝うわ。貴方ばかりに苦労かけたくないからね」

「有難う。でも無理しなくていいぞ?これぐらいなら私一人でも充分だと・・「いいから任せなさい!」・・・はぃ」

ミリナは時々だが、こうして私の補助をしてくれる。本当に有難いの一言に尽きる。

「本当に有難いと思ってるのなら・・・私の思いにも気付いて欲しいんだけどな〜・・・」

「それは初めて会った時から気付いてますよ。なんとなくな感じでしたけど、好意が向けられているのは知っていました。ですが・・・」

そこまで答えたマスターは口を閉じ考えこむ。ミリナは薄々感じていた事を口に出す。

「亡くなった奥さんの事が気がかりなのね…、それでも私は・・」

マスターが過去に縛られているのを知っていたミリナだったが、初めて会った時の思いは変わらない。終わらせたくない。その思いからか、ミリナは強引にキスをした。でもそれは、優しく、それでいて癒すようなキス。

「今は・・これぐらいしか出来ないけど。いつかは振り向かせるからね」

「ミリナ…。ありがとう・・」

御互いに顔を紅くしながら俯いていると歓声が飛び交う。

「マスター!おめでとう!結婚はいつなの!?」
「次は私達の番だよね、啓一さん!」
「ふざけないで!啓一さんは私の両親と会う予定なんだ!」
「優〜♪御父様に負けないようにチュッチュしよう〜〜」

店内で歓声が飛び交う中、2人は自分達の世界に入りすぎて客の事をすっかり忘れていた事を恥じた。そんな夏の思い出。

〜秋〜

もうすっかり魔物娘だらけの喫茶店になってしまったが、政治はこれでいいと感じていた。自分の拘りさえ忘れなければ大丈夫なのだから。そう自分に言い聞かせていつもの作業に取り掛かる。…はずだったが、急ぎドアのプレートをcloseに切り替えた。大急ぎで窓に暗幕を垂らし外から見えないように店全体を暗くする。

「・・・・どうしたらいいんだ。」

政治は窮地に落ちていた。一人のラージマウスが食材の半分以上を盗み食いした挙句、堂々とカウンター席で寝ていたからだ。そんなラージマウスに目もくれる事なく政治は悩んでいた。残った食材だけだと頑張っても20人分作れたらいいほうだ。そんな時、ドアを叩く音が聞こえてきた。

「ねぇ〜、ダーリン〜。closeになっちゃってるけど?」

「ぁ、ちょ・・・ちょちょちょ・・ちょっと待ってくれにゃいか!」

政治の頭はすでにパニック状態。言葉遣いも少しおかしくなっていた。ドアの外で異変を感じたミリナは転移魔法で店内に飛ぶ。が、カウンターで堂々と寝てるラージマウスを見て興奮する。

「どうして・・・、どうしてこんなネズミに浮気するのよぉぉぉぉぉ!私じゃダメなの!?小さい子が好きだったの!?教えてよおおお!!」

ミリナは政治の首根っこに掴みかかり激しく揺さぶる。ガクガクと揺れる意識の中、政治が答える。

「ミ・・ミリ、ナ・・・、この子・・うちの・・・食・・ざ・・・い。全部・・食べ・・たみ・・たい」

ガクガクと揺さぶっていた手を止めたミリナは政治と同じく食材の保管庫を確認した。

「な・・なななな・・・ほとんど・・無い・・」

ミリナは保管庫の前で呆然としていたが、急に首だけを反転させ堂々と寝ているラージマウスに強烈な魔力の衝撃波を飛ばした。ラージマウスがとんでもない勢いで飛んだ瞬間、政治は思った。

「・・(ミリナを怒らせないようにしよう)」

壁に張り付くぐらいの衝撃を受けたラージマウスは気絶していた。正確に言えば飛ばされた瞬間に目を覚ましたが壁に叩きつけられ二度も眠るはめになった。ミリナはラージマウスに近づくと魔法で拘束し、頬を叩く。

「起きなさい…、起きないと可愛らしい耳に穴が開きますよ・・?」

そんなミリナの横では政治が震えていた。エキドナが怒ると恐ろしいのは知っていた政治だったが、実際に目の前で見ると膝の震えが一生止まらないんじゃないか、というほどの恐ろしさだった。ミリナが怒りで魔力をだだ漏れにしてる状況。魔力に侵されにくい政治でも体が石のようになって動かない。

「早く起きなさい。寝た振りして過ごそうなんて安直な考えは捨てる事ね。エキドナである私には通用しませんよ?」

「ヒィ!!ごめんなさい!ごめんなさいぃぃぃぃ!」

「さぁ、なんで食材を盗み食いしたか・・答えてもらいましょうか?内容次第では・・わかっているわね?」

「ぅぅぅ…。あたし・・1週間前にこの街に来たんだけど・・仕事が無くて・・お金もそんなに持ってなくて・・。」

「いいわ・・、後の事は記憶を少しだけ覗いたから喋らなくていいわ」

「ごめんなさい・・ごめんなさい・・ごめんなさい・・・うっ・・ぅぅぅぅ」

ミリナは一人納得したように拘束を解くと優しくラージマウスを抱きしめた。ラージマウスも泣きながらミリナを抱きしめる。そして蚊帳の外に居る政治は全く意味がわからない。とりあえず、ミリナにどういう事か聞いてみると、

「この子、・・2日前に仕事と食事を提供してあげる、って誘われて仕事場に付いていったら…男性5人にレイプされかけて必死に逃げてたみたい」

・・・・・・・・・

魔物娘の特性を活かしてレイプする、という非常に残念な思考の持ち主が未だに居る事に政治は憤慨したが、ミリナは手で制した。

「大丈夫よ、この子の記憶は見たから場所はわかるわ。今、念話で通報したから・・・今頃捕まってるんじゃないかしら?」

念話って便利いいな、と思った政治だったがこれからどうしようと・・。食材は無い、今日は休みとしてお客に納得してもらっても明日も食材が無いという事実。今から生産地に連絡しても届くのは最低でも5日は掛かるだろう。そう悲観しているとラージマウスが泣きながら謝ってきた。

「ごめん・・なさ・・い。あたしのせいで・・お店が・・」

「いや、気にしなくていい。寧ろ、君は被害者じゃない」

政治はラージマウスを抱きしめ安心させる。だが、ちょっと間が悪かった。ミリナの尻尾が政治の胴に巻き付き始める。

「私という正妻が居る前で他の女を抱きしめるなんて・・(ギリギリッ」

「げふぅ!!いや、正妻じゃないし!痛い痛い痛い!」

「ま、いいわ。それよりも食材をなんとかしないとね」

なんとか解放された政治だったが明日からの事を考えると鬱になりそうだった。そんな政治とは裏腹にミリナは平然としている。何か良い案でもあるのだろうか。いや、いくら魔物娘、それも上位のエキドナでも失った物は元に戻せないだろう。一人、明日からの事に頭を悩ませているとミリナが食材の取引先を聞いてきた。一体どうするのだろう。

「うん・・これぐらいなら今日の晩・・遅くても深夜には集める事が出来るわ」

???どういう事か。遅くても深夜には集まる?意味がわからなかったが、数分後に店の周りが騒がしくなりこっそり暗幕を外すと、いつもの常連、そして見知らぬハーピーが数人居た。ハーピー達はcloseのドアを気にせず店に入りミリナの前に整列する。

「お久しぶりです〜、ミリナさん。今日はどういった御用件ですか〜?」

どうやらハーピー達はミリナの顔見知りのようだ。

「ちょっとお願いがあってね、貴方達に持ってきてもらいたい物があるの。出来れば皆バラバラで動いて欲しいんだけどいいかしら?」

「わかりました〜、それでは〜、御用件を伺います〜」

なんだかすごくのんびりした口調だが大丈夫だろうか、と考えている間にミリナは指示を出していく。内容物を確認したハーピーが一人ずつ外に出て待機している。一体、何をするんだろう。最後の一人が外に出たのを確認するとミリナが一緒に外に出るように促してきた。よくわからないが自分も外に出る。

「急な御願いでごめんなさいね。ちょっと辛いかもしれないけど、貴女達だけが頼りなの」

その言葉を聞いた瞬間にはハーピー達は目の前から消えていた。いや、・・・遠くの空に微かに見える。瞬間移動でもしたのかと思うぐらいの速さだった。ハーピー達の速さに見惚れているとミリナが腕を絡ませながら説明してきた。

「あの子達はハーピー便の中でも最速組に所属してるの。だから安心して♪」

食材に関してはこれで安心出来るだろう。だが、もう1つ仕事が残っている。あのラージマウスだ。別に通報する気は無いがそれなりの処罰を与えないと周りに示しがつかない。私はラージマウスを店から呼び出し、皆の前で罰を言い渡す。

「ダメにした食材分、明日から店で働いてきっちり返してもらうからな。それと逃亡防止の為に、うちの余ってる部屋で住み込みで働いてもらおう。以上」

それだけを言うと、私はラージマウスを隠す為に取り付けていた暗幕を全て外すと、いつも通りに看板をopenにする。

「今日は飲み物しか出せないが…それでも良ければ」

政治が飲み物しか無いと宣言したにも関らず、常連の魔物娘や今の状況を詳しく知った野次馬達が店になだれ込む。

「マスター!あんた最高だよ!」
「キャー♪マスターに惚れちゃいそうー!」
「アッ、ちょっと濡れてきちゃった・・」

そんな騒ぎの中、ミリナがそっと近づき政治の右腕をふくよかな胸に押し付けるように抱きしめる。

「貴方らしい罰なのね。でも、…浮気は許さないからね」

「浮気はしないよ。それに、ミリナには返しきれないほど感謝してるんだから。…これが、その証拠です」

政治はミリナの腰に手を回すと一気に体を引き寄せ長い長いキスをした。心から信頼しあう者同士の深いキス。ミリナの心は充分に満足したが体は大丈夫じゃなかった。

「ごめんね、ダーリン…キスで感じちゃってちょっと漏れちゃった…エヘッ」

そんな状況を、偶然にも同時に帰宅した啓一と優に見られたが2人は気にしていなかった。逆に「遅すぎるよ・・父さん」と嘆かれた。そんな感謝感謝の秋の思い出。

〜冬〜

気温が一気に下がりはじめ、街ゆく人も減りつつある季節。それでも喫茶ブルームはいつも通りの繁盛だった。秋での一件以来、喫茶ブルームの評判は上がり続けている。ミリナの集団強姦魔の通報、そして政治のラージマウスに下した裁量の良さに市長が感謝状を贈ったからだ。そして追い討ちを掛けるように評判が上がってるのは、啓一と優の存在があったからだ。父親である政治がミリナと結婚するまでは誰とも付き合わないと宣言したのだ。肉親の幸せを第一に願う兄弟を見た魔物娘達は股間が熱く・・・いや、心が熱くなりそれが原因で店の中で失神する娘まで出る始末。私の知らない間に問題が増えたような気がするが・・・。

「寒くなってきたな・・。そういえば今日はミリナ遅いな?」

「パパ〜。蛇は寒いのに弱いんだよ。冬は動きが鈍っちゃうからねー」

アスリーが目の前のカウンター席にいつのまにか座っていた。それと、パパ言うな。周りの目が怖いんだからな。

「そうか、蛇は変温動物だったかな」

その時、ちょうどミリナが店に入ってきた。しかし様子が少し変だった。寝ぼけているような、酔っ払いのような怪しい動きをしていた。

「ミ・・ミリナ・・?なんだかフラフラしてるけど、…大丈夫かい?」

「だいじょうぶょ〜〜、ちょっとだけ眠いけど〜〜」

ああ、確かに変温動物だ。納得した。だが、これはこれで危なっかしい。このままの状態で店を手伝ってもらうなんて危なくて見ていられない。どうすればいいのやら・・・。私が考えこんでいると正面に座っているアスリーが「打開策があるよ」と言ってきたので聞いてみた。教えてもらった策は「抱くといいよ」だった。どうしてこうも魔物娘はすぐに性行為に走るのか、と疑問に感じたがアスリーは真面目に答える。

「私達はね、愛しい人に抱いてもらえるだけで嬉しくて舞い上がっちゃうんだよ。特にラミア系は大好きな人との抱擁が世の中で一番最高だと思ってる種族だから…、だから、パパ頑張って抱きしめてあげてね♪」

「抱擁が大事なのはわかったけど…、パパは早い!」

「えっ!?パパは早いって事は・・啓ちゃんとの結婚は認めてくれるの!?」

「それとこれとは別だ」

膨れっ面でカウンター席でごろごろするアスリーを放置してミリナに近づく。近づいたが反応が全く無い。あ、立ったまま寝てる。仕方が無いので2階の自室に運ぶ事にしたが…蛇体って重いんだね。自室のベットになんとか寝かせたが起きる気配は全くしない。しっかり寝ている事を確認したら毛布を掛け、すぐに店に戻る。しかし、戻った先では批難の目が自分に集中していた。自分が何故そこまで批難の目を向けられるのか解らなかった。

「マスタ〜。ミリナさんを起こさないなんて残酷です・・」
「そうだよねー、マスターが鈍いのは知ってたけど、ここまで鈍いなんて・・」
「私だったら・・気が狂いそう・・」

次々と政治を批難していくが店のマスターとして仕事を放っておくわけにはいかない。ミリナも大事だが、店も大事なのだ。そう説明すると、皆は一応納得はしてくれたが少し不満顔だった。その夜、店の看板をcloseに裏返して自室に戻るとミリナは起きていた。少しばかり焦点が合ってなかったがフラフラしながらも起きていた。

「ミリナ、大丈夫?」

「・・・(ポテッ」

声を掛けた途端に後ろに倒れこむようにベッドに沈んでしまった。きっと政治が戻ってくるまで必死に起きていたんだろう。こんなに愛されているというのに政治は後一歩が踏み出せなかった。政治の心には、若くして去った葉子との思い出が今でも鮮明に残ってるいるからだ。自分でも臆病者と知っている。ミリナの心に気付いているのに返事を出せない自分が情けないという事も。そして、また・・大切な人を失いたくない、という感情もあって踏み出せない。亡き妻を理由に逃げているだけの卑怯な男だと自負している。政治は考えるのを辞め、ベッドに眠るミリナのお腹を枕変わりに眠りにつく事にした。そして翌朝、目が覚めた時は全裸の状態でミリナにぐるぐる巻きに拘束されていた。

「お、・・おはよう、ミリナ」

「おはよう、貴方。貴方の体温で起きれるなんて幸せだわ♪」

「えと、・・ミリナさん。この状況は何かな?」

「もちろん、貴方を抱きしめているのよ?それ以外の何に見えるの?」

「いや、そうなんだけど…。服はどこに行ったのかな〜、なんて・・」

「それだったら、邪魔だったからポィしたわよ」

良く見ると、部屋の隅に昨日まで自分の服であっただろうと思わしき物が捨てられていた。さようなら、お気に入りの服。そして、こんにちは、全裸の自分。そんな馬鹿な事を想像していると、不意に頭を撫でられた。

「ねぇ、政治さん。私は消えたりしないわ・・・貴方を残して消える事なんて無いから安心して・・」

「!!」

「ごめんなさい・・、貴方が私のお腹を枕代わりにして寝てた時に貴方の記憶が全部私に流れてきちゃったの」

「………」

「記憶を覗いてしまった事は・・本当にごめんなさい。でも!これだけは信じて!わざと覗こうと考えたわけじゃないから!…それに、奥さんとの記憶、羨ましいぐらいに素敵だった。だから・・、勝手に覗いた形になって・・・ごめんなさい・・」

「・・・いや、それはいいんだ。記憶を覗いた事なんて些細な事だよ。ただ、それを理由に逃げ続けていた自分が情けないだけなんだ。本当はミリナと結婚したかった。だけど、臆病な自分は無意識に避けていたんだ。謝るのは君じゃない、私が謝罪するべきだった」

本心を聞けたミリナは嬉しさの余り、政治を力一杯に抱きしめた。までは良かったが、政治は普通の人間、ミリナはエキドナ。この余りの力の差に政治の肩と肋骨が綺麗にぽっきりと折れた。全治3ヶ月だった。マスターは急遽入院となったが、啓一と優がマスター代わりとなって切り盛りしている。マスターが一時的とはいえ、啓一と優になったから魔物娘が行列を作るほど繁盛しているらしい。そして、春・・・

「やっと完治したなぁ〜。もっと早く治したかったけど、魔力が浸透しにくい体はちょっと難儀だね〜。おかげで治療の大半が自然治癒じゃないか・・」

そんな事をぼやきながら、左肘を横に突き出す。その肘に絡まるように、寄り添うようにミリナがくっつく。

「ねえ、アナタ♪店は啓ちゃんと優ちゃんが頑張ってるみたいだし、私達は寄り道しない?」

「あぁ、いいな。このまま宝石店に行こうか?」

「それって、もしかして・・」

「もちろん結婚指輪さ。要らないと言っても嵌めてもらうからね」

「ヤダ♪無理矢理にでもハメるなんて…///」

ミリナと出会って一年、騒がしい日、楽しい日、辛い日、様々な事があったがこれからも共に歩んで行こうと、心に誓いながら結婚指輪を…。

「あ、私達って結婚したら・・啓ちゃんと優ちゃんが解禁されちゃうのよね?」

…前途多難な生活が待っていそうだ



13/05/03 06:23更新 / ぷいぷい

■作者メッセージ
すいません、すいません、すいません。ヘタな文章な上にダラダラ長く書いてしまいました。初挑戦したSSでしたが、5km/hぐらいのヘボい勢いな内容になってしまいました。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33