連載小説
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前編
夢を見ていた。

「遊びに――」

記憶の泥に沈殿した、ふとしたはずみで掬われる想い出。
酷く理不尽で、整合性のまるで無い夢――もっとも、夢というのは総じてそういうものであるけれど。

「遊びに行きましょう――」

とうに忘れ去った過去の中で、僕は5歳の僕だった。

「家の中よりも、外に行きましょうよ」
「ダメだよ、だってお外は大雨だよ?」

部屋の中で僕は返事をした。――誰に?
誰もいなかった。
けど声は、確かに目の前からする。

くすくすくす・・・・・・、と『彼女』が笑った。
笑顔も見えないのに、笑ったなんて可笑しな表現だ。正体を見せぬ相手に僕は空恐ろしくなるが、僕の中の僕にとっては些末な問題らしい。

「それとも・・・・・・、家の中でしか出来ない遊びをする?」



――・・・・・・場面が変わった。
僕はいつの間にやら成長して17歳になっていた。現実の僕と同じ年齢だ。誰に言われたわけでもないが、はっきりとわかった。
場所も自宅の自室ではなかった。ここは何処か――どこかの公園か。
公園だけど周りには誰もいなかった。
当然だった。何故なら公園には雨が降っていたからだ。

槍のような雨だった。ざああああ、という水滴が地面を叩く音以外なにも聞こえない。世界中の音という音が雨粒に変わったみたいだ。
僕の背すじがぶるりと震えた。遅まきながら雨に打たれて身体を冷やしたらしい。
寒い、寒い・・・・・・。雨脚があまりに強くて、雨宿りできる場所があるかもよく見えない。

そうだ、雨具だ。何をぼけっと突っ立っていたのだろう。天気が悪ければ傘を差す――常識じゃあないか。
今更になって僕は気付いた。

――と同時に、愕然とした。
無い。持ってない。右手にも左手にも、傘が無かった。そんな馬鹿な。確かに――さっきまで放さなかったはずなのに。
・・・・・・さっきまで? いや、違う、本当は、ずっと――――

「ねえ――」

声が聞こえた。
嘘だ、聞こえるはずない。だってほら、雨の音は、こんなにも大きいのだから。
誰かが喋っているのなら――、声が届くくらい近くで喋っているのなら、見えないはずがない。その姿が、はっきりと肉眼で視認できないはずがない!

「ねえってば――」

僕は走り出した。
泥土を蹴立てる。雨粒が目に入って目を開けていられない。前がわからない。それでも遮二無二、足を動かす。・・・・・・けれど、けれど。


「――いつになったら、わたしを迎えに来てくれるのかしら?」



僕は目を開いた。
一瞬何が起こったかわからなかった。だが太鼓のような心臓の鼓動と、時計の秒針が刻むリズムでようやっと自分が覚醒したことに気がついた。

「夢・・・・・・、か・・・・・・?」
我ながら酷い独り言だった。
夢でなかったら何だというのだろうか。夢・・・・・・、以外の・・・・・・――

窓の外から音がしたのでカーテンを開いたら、案の定大雨が降っていた。風呂桶をひっくり返したような凄い雨だ。
まさに五月雨。梅雨の到来だった。

「何だったんだ、今のは・・・・・・」
こんな轟音を聞きながら寝たから、無意識にあんな夢を見たのだろうか。
時計を見ると、昼の11時だった。遅起きは週末の、それも起こす人のいない一人暮らしにしか味わえない贅沢だ。

ここは夢の中の公園でも、ましてや5歳の僕がいた自室でもない。六畳一間の、学生寮のボロアパートだ。
「きょうの予定は・・・・・・、特にないな」

ふつう夢の内容というのは眠気が消えるにつれ薄まっていくものだ。しかし微睡みから覚めても、あの情景は魚の小骨のように引っかかった。
夢の中で、僕は謎の声を聞いて駆け出したわけだ。けどそれは、果たして恐怖によるものからだったのだろうか。
もしかして――もしかしたら夢の中の僕は逃げ出したのではなく・・・・・・、声の主を捜したかったのではないか。好奇心のような、猜疑心のような・・・・・・、いや、もっと・・・・・・、寂寥感のような――

なんだか臆病者の自己欺瞞に聞こえてきた。・・・・・・まあいい、どっちでも関係ない。実際にすることに変わりはないのだ。
別に何が見つかるとも思っていない。ただ久しぶりに親の顔を見るのに、都合の良い口実だ――それくらいの気持ちだった。

「たまには実家にも帰っておかないとな」
深い考えもなく、そうして僕こと前原栄(まえはら・はる)は、雨合羽と自転車の鍵を取り出したのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。

結論から言うと、収穫はあった。
ただし謎は解けなかった。・・・・・・いや、解けなかったのだから、得た物はなかったと言った方が正しいのか?

「なんだい栄ったら、連絡も無しに急に来たと思ったら昔の写真を見せてくれ、だなんて。何か気になることでもあったのかい」
「うん、まあ・・・・・・、ね」
呆れた声の母親への返事もそぞろに、僕は没頭してテーブルに積まれたアルバムをめくっていた。

調べる対象は、僕が5歳だった頃の記録。当時親しくしていて、現在の僕が忘れている――もしそういう友人がいたなら、一枚くらいは自然いっしょに写っているはずであろう。
しかし、どうもそういうものはなかった。写真の中ではしゃぎ回る彼らは今の僕でも覚えているか、あるいは記憶を辿ってもそこまで親しくはなかったか――そのどちらかだ。
念のため心霊写真の類はないか目を皿にしたが、もちろん発見できなかった。アルバム三冊も撮って一枚も無いとか、逆に面白くない。見当違いすぎる憤懣が、なぜだか親に湧いてきた。

しかし、その写真たちに特異性を見つけなかったわけではなかった。
いや特異というよりは、一貫性と言うべきか。僕が5歳の写真――いや正しくは、3〜5歳の間の写真には、必ずあるモノが同伴していたのだ。

「母さん、これ・・・・・・?」
「んん? あ、あ〜これね、懐かしいわねえ」
それは『傘』だった。黄緑の一色の、子ども用のミニサイズの傘だ。水玉や雲の模様があるわけでもない。キャラクターのプリントがしているわけでもない。
地味――忌憚なく言えば、そんな印象の傘だった。

「どうしてこの子、晴れの日も家の中でもこんな変なカサ持ち歩いてるんだ?」
「この子っていうか、あんたなんだけどね」
男の子たるもの、傘に特別な感情を抱くのは当たり前だ。もはや義務とすら言ってもいい。持っただけで3割増しくらい強くなった気がする、それが傘だ。伝説の剣にもピストルにもなる。
しかし記念写真に一枚の例外もなく所持しているというのは、はっきり言って異常だ。こいつは文字通り肌身離さずこの傘と暮らしていたというのか。

「物心ついて初めて買ってもらった物だからかねえ。栄ったらこの傘を自分の分身みたいに気に入っちゃって。普段は大人しいのに、家の中じゃ危ないって取り上げたら炎みたいに泣き出しちゃって。覚えてないの?」
「・・・・・・・・・・・・」
記憶に無い。というか、覚えている方がどうかしてるだろう。
アルバムを見返すと、最後の方は使い古してかなりガタが来ているようだった。きっと新しく買ってやると言われても、頑として受け付けなかったのだろう。子ども特有の、よくある意固地というやつだ。

ただしページを小学校あたりまで進めると、ぱたりと黄緑の傘は出番を消した。
さすがに学校に通うまでになってボロボロの傘を常時持ち運ぶほど世間知らずではなかったことに、我がことながらホッとする。下手をすれば、頭のおかしな奴と石を投げられたかもしれない。

「ああそうそう、この傘、まだ土蔵に仕舞ってあるわよ」
「はあ!?」



――というわけで、僕は実家の裏手、久しく物置としてしか使われていない蔵へ足を運んだのだった。
しみじみ――といった風情で母さんは嘯いた。

『いやあ、子どもが大切にしてたものってのは、親としては捨てられないもんよ』

僕が捨てないでと頼んだものに限ってゴミに出すくせによく言うよ。
大体そんなもの取っておいたって、どう足掻いても使い道もないだろうに。使い切ったものはきちんと処分してあげるのが、礼儀だ。

「・・・・・・って、電球すら点かないし」
一体いつから使われてないのか。天窓から漏れる心許ない陽の光と懐中電灯を頼りに、埃にむせながら土蔵の中を彷徨う。

「なるほど、これか・・・・・・」
ようやっと発見したそれは、確かに写真のものと一致した。ただしあんなに綺麗だった黄緑の色艶は、古びれてくすんで見るも無惨と言うほかなかった。
恐る恐る、僕は手に取ってみる。
小さい。よくこんなもので雨露を凌げたな、と今更ながら自分がいかに大きくなったか感慨を抱く。

しかしどうも、骨組みが壊れているわけではなさそうだ。
意外だった。てっきり錆び錆びにでもなっているかと思ったのに。はじきを押すと、まるで新品のようにぱんっと音を立てて親骨が開いた。
――纏っていた大量の埃を巻き上げて。

「・・・・・・ッ、げほっごほッ、ぅ・・・・・・、へぇ、こりゃひどい」
当たり前か。12年も使われていなかった傘だ。障りなく作動しただけでも、驚嘆に値すべきかもしれない。

「まあ・・・・・・、最期に垢を落とせたようなもんで本望だろうさ」
どちらにせよこの傘に、もう仕事の機会はない。あとは袋に詰めて、いやその前にバラバラに分解して・・・・・・、――と、その時だった。

「あら・・・・・・、それならここから出すわけにはいかないですね」

「え・・・・・・?」
空耳か――と僕が澄ましたその刹那、ズバン・・・・・・、というほとんど落雷みたいな轟音が鳴り響いた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」
僕は文字通り飛び上がって、何事かと土蔵の入口へ目を凝らした。急な突風に煽られて、凄まじい勢いで扉が閉ざされたのだ。ただでさえ薄暗かった室内の暗闇がいや増して、心臓ががんがんと暴れ出した。

「あ・・・・・・ッ、ライトを落とした!」
傘もだ。
さっき驚いた拍子にだ。捜したいがこんな状況では、懐中電灯を見つけるための明かりがない。
僕は毒づいて、手探りするために四つん這いになって――・・・・・・?

「うふふ、ようやっと気付きましたか?」

僕は唖然とした。
一体いつからそこにいたのか。いや、最初からしか考えられない。僕が蔵に入ったときから、様子を窺って隠れていたのか。

立っていたのは女の子だった。とにかく暗くて詳細はわからない。だが背格好と舌足らずな声からして、十歳にはまず満たないだろう。顔もよく見えない――が、不気味なほど爛々と輝く黒目が、薄闇の中で無邪気に僕を見下ろしていた。

「きみ・・・・・・、君は、誰だい? そうか、近所に住んでる子かな。だとしたらいけないよ。他所の家の物置に、勝手に入りこんで――」
「――久しぶりですね、栄(はる)」
「・・・・・・・・・・・・ッ!?」
僕の、名前を――?

僅かだが暗がりに目が慣れてきた。それに伴い少女の――その異様さに僕も気付いた。
年齢はやはり十くらいだろう。あどけなさを残したその顔はしかし、ともすれば息を呑むほど美しかった。作り物じみている――その表現が、真っ先に浮かんだ。
けどそれは・・・・・・、いい。まあいい。異例でこそあれ異様ではない。問題はその先だ。

まず第一に、少女は傘を差していた。
密閉された土蔵の中でだ。いくら外では未だしとしとやっているとはいえ、なぜ屋内でまで? はっきり言って異常だ。意図がわからない。
第二に、彼女の服装は――、

「な・・・・・・、なァ・・・・・・ッ!?」

我が目を疑った。
だが何度見ても間違いない。少女の身体を覆うのは、首から垂らした薄い前掛け一枚のみだ。この位置からは見えないが、信じがたいことだけど、背中もお尻も丸出しのように窺えた。

「き、きみ・・・・・・、な、なんて格好してるんだ! 破廉恥にもほ、程が・・・・・・」
「うふふふ、赤くなっちゃってどうしたんです? わたしの服装が気になりますか。もう・・・・・・、可愛いですね、栄ったら・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・!」
まただ。また僕の名を。
間違いない。この子は僕を知っている。だけど――何でだ? 僕は知らない。僕は・・・・・・、この子を・・・・・・――

ぴしゃぁ・・・・・・ッ、とそのとき、梅雨には珍しい稲光が空に走った。そのはずみで天窓から光が漏れた一瞬――確かに僕は、目撃した。
「え・・・・・・?」

彼女は傘を差しているように見えた。しかし、違う。彼女の両手はどちらも柄を握っていない。いやそもそも、彼女の傘には柄がなかった。
まるで風船のように、それは彼女の頭上に浮いていた。それが自然だと、それが道理だと言わんばかりに。雷光の下に浮かび上がった生地の色は――黄緑色だった。

ぴちょん、ぴちょんと何かが床に滴った。それはきっと、乾き切っていない雨水が露先から落ちる音だと思いたかった。
けど――だけど、僕は見た。一瞬だけど、この世のものとは思えないほど大きな舌が、彼女の背後で悦ぶように身を震わせたのを。
まるで獲物を前に、舌舐めずりするような――――

「逃、げ・・・・・・っ」
ここにいてはまずい。
反射的に僕は土蔵の出口へと駆け出した。ほとんど体当たりの勢いで、扉を開かんと渾身の力をこめる。
しかし、

「なん、で・・・・・・ッ?」
「無駄ですよ、むだむだ。わたしの神通力で、かた〜くロックしましたからね。栄ひとりの力で開けるのなんて、出来るわけありません♪」
少女の黒目が、ますます爛々と輝く。

「きみは――、きみは、何なんだ・・・・・・?」
「ふふ・・・・・・、皆まで言わずともわかってるくせに」
「そんな・・・・・・、そんな・・・・・・ッ」
あの傘だというのだろうか。
この目の前の――僕を見据えながら艶っぽく頬を上気させているこの少女が。12年前の写真の中の、今しがた驚いて僕が取り落とした、あのボロボロの傘の化身だというのだろうか。

「そんなことを、信じろというのか・・・・・・? きみは――」
「笛菜(ふえな)・・・・・・とお呼びください」
傘の少女が、壊れ物でも扱うかのように名乗った。・・・・・・笛菜。――笛菜。

「まあ・・・・・・、疑うのも無理はありません。こうして栄と話せるのも、姿を見せることが出来るのも、今日が初めてなのですからね。けれど・・・・・・、わたしは栄と過ごしたあの日々を、一日たりとて忘れたことはありませんよ」
まるで大切な宝箱の鍵を開けるかのように、笛菜は胸に手を当てて想い出を反芻した。

「栄のことならば、何だって覚えています。雨の日の田んぼではしゃいでカエルを捕まえたこととか、車に泥水を撥ね飛ばされたくらいでわんわん泣き出したこととか・・・・・・。ああそうだ、母屋の窓ガラスを叩き割ったこともありましたね――庭でわたしを振り回していたせいで」
それは――僕自身ですら言われて初めて思い出す、しかし僕自身しか知りえないはずの記憶。

「あの時とっても痛かったんですよ。しかも・・・・・・、パニックになったあなたはお母さまに咄嗟に、嘘をついたんですよね。野球ボールが飛んできた・・・・・・だなんて。本当に――いけない悪い子」
「そ、それは・・・・・・」
十年以上も前の僕の罪をなじる笛菜の瞳は、蛇のようにねっとりとした光を帯びていた。まるで閻魔の前に引っ立てられたみたいに、僕は身を竦ませる。

「そんな・・・・・・、そんなの昔のことじゃあないか」
「栄にしてみたらそうでしょうね。あなたはわたしがいない間も、いくらでも想い出を作ることが出来た。わたし以外の友達、わたし以外の家族、わたし以外の――、・・・・・・けど、けどね」
訥々と語っている間も笛菜は笑みを崩さない。どす黒い――笑顔のままだ。

「わたしには栄しかいなかった。それはそうでしょう。わたしはあなたの傘なのだから。道具なのだから。・・・・・・ずっと、ずっと待ってた。次の雨の日は、次の次の雨の日はきっと使ってくれる。次の次の次の日こそは。次の次の次の次の――――」
狂気が形を為したような渦が、笛菜の眼窩の中でたゆたっている。見えない鎖で縛られたみたいに、ぶるぶると震えながら僕は尻餅をついた。

「あ、ぁ・・・・・・、ごめ、ごめんな、さ――」
「いいですよ、いいんですよ謝罪なんて。求めてませんもの。欲しいのは言葉じゃないんです。栄です。わたしは栄が欲しいんです。栄の肉体(からだ)も、栄の精神(こころ)も・・・・・・。栄の全部をわたしは手に入れたいんです」
桃色に可視化できるかと錯覚するほど荒い息を吐きながら、ゆっくりと笛菜がにじり寄ってくるのを、僕は抵抗もできず眺めていた。

「だけど、所詮わたしは道具に過ぎない。雨の日に栄を濡れることから守ってあげるしか、そんなことしかわたしは出来ない。イヤ、嫌ですそんなの。もっと栄といたい。もっともっと栄に使ってほしい。そうやって12年間も、来る日も来る日もこの蔵の中で考えていたんです。孤独で、ひとりぼっちで。栄と一緒になる方法を。・・・・・・そしてある日、気がついたんですよ」
見えない指で喉元を締めつけられているようだった。僕は混乱していた。だって、こんなに怖いのに、目は笛菜から離せないのだ。

「そうだ――、傘でいることをやめればいいんだ」

暗闇の中でも、彼女の美しさがわかる。童女特有の、まだ何物にも侵されていない瑞々しい肌。赤みを帯びたそれは汗でしっとりと濡れそぼり、彼女の首から垂れた前掛けがぴしりと身体のラインに張りつく。
まだ二次性徴を迎えていない、膨らみとは無縁の扁平な線形。しかし――ぷっくりとした二つの突起は、彼女が紛れもなく雌として興奮していることを示していて――

おかしい。僕はおかしくなってる。
逃げなきゃ、身を守らなきゃって、理性はめまぐるしく袋小路を駆け回っているのに。釘付けになったように目が、手が、足が動かない。
ふいに、下半身に疼痛が走った。こんな状況だというのに僕の男根が――痛いほど張り詰めてズボンを押し上げていた。

「ふふ・・・・・・♪」
笛菜が跪いた。股間に手を伸ばす。ジッパーが、焦らすようにじっくりと下ろされる。
ぼろん、と僕の男根が、信じられないほどの大きさと熱を伴って笛菜の眼前にまろび出た。極上のお菓子でも振る舞われたかのように、笛菜は感嘆の息をつく。そして彼女の指が、ゆっくり、ゆっくりと・・・・・・、

「あ、ぁ・・・・・・、なんで、なんでぇ・・・・・・ッ?」
こんなの間違っている。理屈に合わない。
支配しているのは恐怖のはずだ。目の前にいるのは一回りも下の女の子だ。それなのに・・・・・・、これは、これは一体どうして――・・・・・・?

「それは、ね――」
それは――――

「栄が年下の女の子に責められて悦ぶ変態・・・・・・、ってこと♥」

きゅっ・・・・・・、とややもすれば優しく、笛菜が僕のペニスを握りしめた。
だが僕にしてみればそれは、剥き出しの神経をかきむしられたようで――ほぼ反射的に、僕の口から情けない嬌声が漏れる。

「あっぁ、ぁあぁっああぁあァ〜〜〜〜ッ♪ ぅ、ひ、くぁ・・・・・・、は・・・・・・ッ? な、なにこ、れぇぇぇ・・・・・・っ♪」
「ふふ、ふふふふ・・・・・・っ♪ 栄ったらひどいカオ。とても人様に見せられない表情をしてますよ。・・・・・・いいですよぉ、もっと蕩けさせてあげますからね? ほぉら、ご〜しごぉ〜〜し・・・・・・♪」
「ぁ・・・・・・、か、ひゃぁぁぁぁぁぁぁっ!? ま、まっひぇまってまっへぇぇ・・・・・・ッ♪ そ、れはげしすぎぅからァァァ・・・・・・っ!」

笛菜の掌は――小さかった。
指だって短いし、とてもじゃないが繊細な作業に向いているようには見えない。なのに・・・・・・、そんな未発達な両手が上下するたび、どうしてこうも気持ちいいのか。
「栄のことなら何だってわかります。だから隠したって無駄♪ ここですかぁ? あるいはこっちがいいかな。それともぉ、こ・ち・ら・・・・・・? あ♪ 今とってもぴくんってしましたね?」

カリ首の溝を爪がなぞるたび、背すじに電流が走る。
「ぅくぁあはぁあ、ぁぁぁあああっ」

くちゅくちゅと我慢汁が掬い取られ、竿の部分にまんべんなくまぶされる。
「ふ、んぅぅぅうくぅぅぅうううっ」

亀頭の敏感な部分を指の腹が、まるでいたぶるように何度も何度も磨き上げる。
「あ・・・・・・、がぁぁぁアアああああッ!? むぃ、そぇ無理ぃぃぃっ♪ やぇて、やめへやめてよぉ・・・・・・ッ」

ぞく・・・・・・、となにかが迫り上がる感覚がした。
快楽の電流は身体を痙攣させ、助長した背徳感は罪悪感を麻痺させる。駄目なのに、駄目なのに・・・・・・。膨張して行き場を失った快感が、形を為して精管を経由し、そして――
「あ・・・・・・、で、射精、る・・・・・・――?」


「はい、ストップ♪」


ぴたり・・・・・・、と笛菜の指遣いが冗談のように止まった。
「ぇ、え・・・・・・・・・・・・?」
「あら、どうしたんですか? 栄が言ったんですよ、やめて・・・・・・って。手コキやめてほしかったんじゃないんですか?」

「ぁ、あ・・・・・・――」
僕は絶望を覚えた。
眼前の、あと一歩のところにぶら下げられた、極上の幸福。そのご馳走を寸前で取り下げられることの、なんともどかしいことか。
それでも僕はねだるような目で、笛菜に温情を期待することしかできない。

「また――、嘘をつきましたね」
笛菜のくちびるが、蛇のように三日月に歪む。
「本当に栄ったら・・・・・・、いけない子です。悪い子には躾をしないと・・・・・・、いけませんね?」
自分より遥かに年下の外見の少女の『しつけ』という単語に、僕の男根がぶるりと震えた。まるで答えられない僕を――代返するように。

「あ、ぁぅ――――」
くちゅり、と何事か言おうとした僕の口がふいに塞がれた。ペニスから片方離した笛菜の指が、気持ち良すぎて半開きだった口の中に進入してきた。

「この舌が・・・・・・、嘘ばっかりつく悪い子の舌ですね。ふふ・・・・・・、そんな素直じゃない舌にはぁ・・・・・・♪」
つつつ・・・・・・、とぷにぷにの指先が僕の舌の腹を撫でた。
未体験の――快感だった。

「ぇぅ、あ・・・・・・、む、んぅむぅぅぅうううううッ♪」
文字通り言葉にならない嬌声が漏れた。
本来なら他人に触れられるのを想定してない器官。舌尖を、味蕾を、歯列の裏を――、人体でもっとも敏感な部位を、じっくりと焦らすようになぞられる感覚。のたうち回りたくなるような、それでいて指先から力が抜けていくような。
ぽたりぽたり、と口の端から涎を垂らし、目尻に涙を浮かべる僕を恍惚のまなざしで眺めながら、笛菜は手淫を再開した。

「ほぉら、ご〜しごし、ご〜しごし・・・・・・♪ ふふ・・・・・・、はい、ストップ。――――ごしごし、ご〜しごぉ〜〜し・・・・・・、ストップ。ごしごし・・・・・・、ストップ・・・・・・、ごしごし・・・・・・、ストップ――――・・・・・・・・・・・・」
――ァァァァァぁぁぁぁぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛♪♪♪
イきたい、イきたいイきたいイきたい我慢デキないイきたい射精シタいイきたい絶頂イきたい解放イきたいイきたいイきたいイきたい!!

グズグズに溶けている! 脳が、身体が、理性が、チンポが、僕そのものが!
何が良いとか悪いとか常識とか年齢とか公序良俗とかそんなものが混ざって沈んで砕けて消えて――僕の心が、幾度もの寸止めプレイに完全に屈服しかかった。
その時、だった――

『――栄、蔵の中にいるの? まったく傘を捜すのにいつまでかかってるのよ』

ひくん・・・・・・、としゃっくりみたいな変な声が出た。
突然の母さんの呼びかけが、混沌としていた僕の意識を静寂に引き戻した――幸か不幸か。

『いるんなら返事してちょうだい。もう、開けるわよ――』
(マズイ、マズイマズイマズイマズイ・・・・・・!)
現状を整理してみる。

ひとつ、僕は真っ暗な土蔵の中にいる。
ひとつ、一緒に母さんが見知らぬ女の子がいる。
ひとつ、その女の子は前掛け一丁の半裸である。
ひとつ、そして僕はその女の子に、ペニスを――――
身の破滅と、犬も食わない言い逃れの山がゲル状の脳の裡で輪転する。・・・・・・無理だ、どう足掻いても、年端も行かぬ幼女に淫行させているようにしか見えない。

(いや、だが、待て――)
諦観は早い。だって、ほら、蔵の扉は、笛菜が閉めていたのだった。
神通力だ。僕が渾身の力をこめても、びくともしないほど厳重だった。僕より非力な母さんに、どうこうできる道理はない。

道理、は・・・・・・・・・・・・――――
≪かちり・・・・・・≫

「あらいけない、ついうっかり――鍵を開けてしまいました♪」
(あ、ぁ・・・・・・・・・・・・)
目の前が真っ暗に染まる。きぃぃ、と軋んだ音とともに扉が開いていく。終末の、僕の――――

「まっ待って! いるから、中にいるから! 心配せんでも、開けなくていい――っていうか、開けないで!」
二十年は歳を食ったような上擦った声が、喉から出た。あからさまに焦っている息子の調子に、能天気な母さんもさすがに面食らった。

『ど、どうしたの・・・・・・?』
「ど、ど、どうもしてないよ! 何もない、何もしてない――いやしてるけど! 傘見つけたけど! そ、それだけ! それだけだから! もう済んだから、用は。すぐ戻るから! だから開けなくていいよ!」
自分でも何を喋っているのかまるでわからない。だがどうやら、あまりの剣幕に気圧されたらしい。

『はあ・・・・・・、わかったわ。なんだかよくわからないけど。身体が冷える前に戻ってきなさいよ』
とだけ言って、母さんは戻っていった。
足音が――遠ざかっていく。

「はぁ・・・・・・ッ、はぁ・・・・・・ッ、はあ・・・・・・ッ、はあ・・・・・・ッ」
心臓が、こぼれ落ちそうだ。死ぬかと思った。社会的にも、肉体的にもだ。屈辱だった。なんで僕がこんな目に。
だが一番屈辱だったのは――この状況においてなお、僕の男根がまるで萎えていないことだ。興奮していた。昂揚していた。あんな危機を。あんな危機に――笛菜に握られていたことを。

「くす、くすくす・・・・・・、危なかったですねぇ、栄」
まったく悪びれていない口調で、笛菜が言う。逸物を扱く手は再開している。気持ちいい――だが決して、果てさせる気はない蠢き。

「きみは・・・・・・、きみの目的は、一体何なんだ?」
耐えられずに、僕は訊いた。ほとんど涙声だった。

「ふふふ・・・・・・、簡単なことですよ」
ぺろり、と笛菜がくちびるを舐めた。
「栄がいま住んでいるところに、わたしも持っていってください。わたしも一緒に暮らさせてください。それだけです・・・・・・、それだけがわたしの望み。あ・・・・・・、もちろん家に他の傘があったら、全部捨ててくださいね♪」

何でもないことのように、まるで女の子が甘い菓子をねだるかのように、笛菜が囁く。
だが、それは毒だ。
聞いちゃいけない。聞き入れちゃあいけない。頭では――、思考の中では、そう、思っているのに――

「わかっ・・・・・・、たァ。連れていく、から・・・・・・。全部言うこと聞く、から。だから、だからァ・・・・・・ッ」
抗えない。逆転できない。
もうちょっとで届く位置に見え隠れする甘露を、撥ね除けることなんてできない。薄弱だ、軟弱だ――、だがそんな自省すら、笛菜が指を這わせるたび溶けてなくなっていって・・・・・・。

「ふ、ふふふふふふ・・・・・・ッ♪ 言いましたね、確かに約束しましたね・・・・・・? いいですよ、正直な子はわたし、大好きですよ」
僕の唇を嬲るように撫で上げながら、笛菜の表情が陶然としてほころぶ。
しゅ、しゅ・・・・・・、ともう片方の手が、男根をさする速度を増していく。

「約束ですからね。良い子の栄には、ちゃんとご褒美をあげますからね」
さっきとは――さっきまでとは違う、本気の愛撫。これはもう、前戯じゃ――『戯れ』じゃなかった。
口内を虐めていた方の手が、ふと離れた――次の瞬間、睾丸が鷲掴みされた。

「ぅ、ぁぁぁああああああ・・・・・・ッ?!」
「栄、知ってますか? 射精の直前って男のひと、このタマの部分が硬くなるんですよ?」
こりこりと陰嚢を揉みしだかれ、ぬちゃぬちゃと陰茎が絶えない水音を立てる。
ぱちぱちと、視界が明滅する。身体中のあらゆる部位が突っ張って、それでいてどの箇所にも力が入らない。ごぽり・・・・・・、と精嚢が弾丸を装填する。
限界を――迎えた。

「あっぁあっっあっあっあ、くるく、くるっくくるるすごいのくるぅぅぅぅぅぅッ!」
締めつけるようだった指の輪が緩まり、そして――


「イッちゃえ♥」


「ぅ、ぁぁぁぁぁあああ゛あ゛あ゛ッッッ」
信じられないほどの勢いで射出された白濁が、噴水のように弧を描いた。ぱたぱたと散らばった飛沫が、所構わず土蔵の床に舞い落ちる。
まるで、粘性の雨かのように。

「ああ、素敵・・・・・・♪」
当然、一度の吐精では終わらない。
笛菜の小さな手が上下するたび、第二射第三射が水鉄砲のように飛び出る。どぷり、どぷり・・・・・・、と一回射精すごとに、まるで体力を啜り取るように僕を蝕む。
ようやっと落ち着いたときには――、僕はすっかり虚脱していた。
「あ、あぁ・・・・・・、ふ、きもちぃ、よか・・・・・・っ、たぁ・・・・・・」

くら・・・・・・、と目眩がした。
当たり前だ。貧血か、脱水か、酸欠か――、なんにせよ、眠い。とても眠かった・・・・・・。

「ごめん、笛菜、ちょっと、寝る・・・・・・」
「ええ、いいですよ。わたしがずっと、ついていてあげますからね・・・・・・」
寝転がると、頭に柔らかい感触が当たった。それが笛菜の膝枕だと、僕は夢に落ちつつ理解した。

「笛菜、起きたら・・・・・・、また・・・・・・」
「ええ、また、後で・・・・・・、ね・・・・・・」
笛菜の膝は――良い匂いがした。



雨上がりの匂いみたいだと思った。
15/08/08 04:55更新 / メガカモネギ
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■作者メッセージ
タイトルの元ネタはマーク・トウェインの「銀行は天気に傘を貸し、雨の日にそれを奪い取る」より。(うろ覚え)

小さい子どもってよくわからないものに執着したりしますよね。
かくいう私もガキの頃は何故か常にガーゼを持ち歩いていて、取り上げられると泣き喚いたそうです。
ちなみにヒロインの名前は某エロゲの傘使いさんから取ったんですが、わっかんねだろうな〜・・・・・・。

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