連載小説
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後編
夢を見ていた。
場所は――いつだったかの公園で、今日も視界を覆うような激しい雨が降っていた。僕は東屋の中で、何をするでもなくぼんやりと眺めている。

ぴちゃ、ぴちゃ・・・・・・、と庇から水滴が落ちる。
ざあああ、と雨の音。それ以外何も聞こえない。
ぴちゃ、ぴちゃ・・・・・・。身じろぎする。ぴちゃ、ぴちゃ・・・・・・。雨垂れを食い入るように見つめる。ぴちゃ、ぴちゃ・・・・・・。あまりの気持ち良さに、ほうと熱い吐息が漏れ――え、気持ちいい・・・・・・?

「――――って!」
僕は飛び起きて、慌てて布団を剥ぎ取った。そこには、

「むぁ・・・・・・、くちゅ、あ、もふ起きらんでふか。ぇろ・・・・・・、栄、おふぁようございまふ」
つい先日取り憑いてきた傘の妖怪が、僕の股間に顔をうずめていた。
無邪気な顔に、あどけない所作。およそ肉棒をしゃぶるなどという行為からは縁遠く見える存在。だが彼女は、アイスキャンディーでも頬張るかのように僕の朝勃ちの味を堪能していた。

「ふ、笛菜・・・・・・っ、だ、だ、ダメだって、朝から、そん、な・・・・・・、ぅぁぁああっ」
「だってぇ、仕方なひらないふぇすか・・・・・・。ここのとほろ毎日、大雨でからふぁすごく疼くのに、こぉんなバキバキになったおひんちん見せられひぇ・・・・・・、我慢なんてできませんよぉ・・・・・・♪」
れろぉぉ、といやらしく笛菜が舌を這わせるたび、ふわふわとした多幸感が僕を包んだ。金切り声をあげたくなるくらい気持ち良かった。

外を見れば、夢の中と同じくらいの雨が降っていた。笛菜曰く、彼女にとって雨の日は発情期なのだと。
梅雨明けまではまだ当分だ。連日この調子で、果たして身体が保つのだろうかと不安になるがかといって誘惑には抗えない。
初めは流されまいと臨んでも、いつも気がつけば笛菜の童女の部分に気を許し、娼婦の側面にほだされてしまう。笛菜が与えてくれる快楽に、溺れてしまっている。

このままじゃいけない。このままじゃ駄目になる。
そうだ、僕も笛菜も・・・・・・、このままじゃよくないんだ。

「笛菜・・・・・・、聞いてくれないか」
「いやでふ」
ばっさりと斬り捨てられた。話し合うことに価値などないと。
僕が愕然としていると、それに気付いたのか笛菜は肉棒を咥えながら妖艶な笑みを形作った。

「んふ・・・・・・、栄が何を言いたいか、わかってますよ。だって栄ですもの。栄のことならわたしは、何だって知ってるんです」
笛菜が含み笑いをするたびに、口腔内の陰茎がぴくぴくと跳ねる。
「でも駄目です、わたしは栄がだらしなくよがっている声が聞きたいんです。良識とか節制とか、そんなお為ごかしは必要ありません。栄はどうせ悪い子なんですから・・・・・・、大人しくわたしを性欲の捌け口にしていればいいんです♪」

小さい口の何処にそんな、と思うほど深く飲みこまれる。柔らかい笛菜の内頬の肉が、僕の亀頭の形に歪むのが見える。
どうしようもなく――、征服感が満たされる光景だった。

「あ・・・・・・っ、ぁ、く、ふ、ふぇ・・・・・・、なァァ・・・・・・ッ」
くちゅくちゅと水音が鳴るたび、反骨心とか抗議する気持ちとかが消えていく。まるで笛菜の甘い唾液に咀嚼され、消化されるような――――
このまま身も心も委ねてしまいたい。どうして耐えなければならないんだ。
我慢の琴線を超えついには僕が完全に堕ちかけた、その時だった――

『ごめんくださーい、大家ですけど。前原くん、いるかしらー?』

こんこん、というノックの音に僕は心臓が止まりかけた。
ぱっと見ると、笛菜が見当たらない。
いやいた。どんな早業か――いつの間にか元来の黄緑の傘に戻って下駄箱に立てかかっていた。

「は、はいいます! いま出ます、ちょっと待ってください・・・・・・」
自分でもびっくりするくらい素早く身なりを整える。玄関を開けると、大家さんが申し訳なさそうに立っていた。

「ごめんなさいね、こんな朝早くに。まだ寝てたでしょ?」
「は、はい・・・・・・。それで、どういった用件で・・・・・・」
僕が訊くと、大家さんはそれがね――、と渋るように言った。

「前原くんの部屋から、女の子の声がするって」
ごくり――、と生唾を飲んだ。
「そんな苦情があったのよ。おかしな話よねぇ。まあ・・・・・・、私は前原くんの真面目さは知ってるけど、一応・・・・・・、男子寮だし、ね」
ちらと横目で見やる。笛菜は傘のまま大人しく沈黙を保っている。

もし・・・・・・。もしも、だ。
ここで笛菜が正体を現し、全てぶちまけてしまったら――――ありえない仮定が、頭の中でほとばしる。時に何もかもをぶち壊してしまいたくなるような、誰の得にもならない――そんな妄想。
本当に僕は――どうしてしまったのだろう。

「なにかの間違いじゃないですか・・・・・・? きっとテレビの音かなにかでしょう」
「そうよねぇ、前原くんに限ってそんなことあるわけないわよねえ」
ばくん、ばくん・・・・・・、と心臓が鳴っている。いま、この瞬間にも――
「まあ、それだけだから。起こしてしまって、すまなかったわね。それじゃ」
とだけ言って、大家さんは去っていった。僕は何食わぬ顔をして、ゆっくりと扉を閉めた。

「ハァ、ハァ・・・・・・、ハァ、ハァ・・・・・・ッ!」
どっ、と全身から汗が噴き出る。
生きた心地がしない――この世の終わりかと思った――けど、だけど・・・・・・。

「ふぅん、ずいぶんと信頼されてるんですねえ」
耳元で囁くようになじる声。人間態に戻った笛菜が、僕の背中にしなだれかかった。
「本当の栄は、嘘つきで物を大事にしない悪い子のくせに。でも、それもいいかもしれません。わたしだけの、ああ・・・・・・、わたしだけが知っている栄・・・・・・」

「笛菜、僕・・・・・・、もう、もう・・・・・・ッ」
まさに切羽詰まったと言わんばかりに、情けない声が喉から出る。それを聞いて笛菜は満足そうに微笑んだ。それはとても嗜虐的で――と同時に、全てを包みこむ慈母のようで。

「切ないんですね、苦しいんですね。かわいそうに・・・・・・。可愛い可愛いわたしの栄。行き場のない獣欲が、膨れあがって出口を捜してる。本能は答えを出してるのに、理性が行動を恐れているんですよね」
「ぅぁ、あ・・・・・・」
笛菜の言葉は、執拗に僕の思考の罅をひっかく。

「正解は簡単――わたしに劣情をぶちまければいいんですよ」
正面に回った笛菜が、僕の目をまっすぐ見つめる。
「何を迷うんです? 処女なんてとうに破ったじゃないですか。いまさら良識人ぶったところで、過去が消えたりもしないのに」
それに――、と笛菜が服に手をかける。あの日出会った時と同じ、前掛け一枚しかない薄布に。

「わたしのおまんこ、もうこんなになっちゃったんですよ・・・・・・」
たくしあげ露わになったそこは、洪水のようにしとどに濡れていた。
まるで初物のようにぴっちり閉じているにもかかわらず、雨漏りのように続々と愛液が陰唇から溢れ出る。つつ・・・・・・、と内股をつたうそれを、僕はほとんど血走った目で眺めていた。
凝視されて頬を赤らめながら、柄にもなく恥ずかしそうに笛菜が言った。

「栄を想って疼くここに――どうかお情けをいただけませんか?」

「あぁ・・・・・・、うああぁぁッ!」
気がついた時には、すでに笛菜に襲いかかっていた。ベッドまで待つとか、そんなまだるっこしいことできない。
明らかに彼女には大きすぎる肉槍を、にもかかわらず一息で根元まで突きこむ。気遣いなど棄てたケモノの抽送に、笛菜の口からも堪らず嬌声がこぼれる。

「ぅ、はあああぁぁぁっ♪ いっ、きにき、たぁぁっ♪ 栄の、はりゅのおちんぽ、しゅご、すごいぃぃぃっ」
「ちょ、ちょっと笛菜・・・・・・、声がでかいよ。外に聞こえる・・・・・・!」
また誰かが戸を叩かないかと、びくびくしながら僕が呟く。しかし笛菜は、挿入れただけで気をやったのか酩酊したようにかぶりを振った。

「そ、んなこと言われてもぉぉ・・・・・・っ! 栄の、栄のが、良いとこごちゅごつひて、きもひぃのおさ、おさえられな――んくぃぃぃぃッ♪」
ほとんど忘我の笛菜に、いよいよ僕も進退窮まる。
ここでやめるのは簡単だ。だがそれが出来るなら、そもそもこんな事態にはなっていない。こうして繋がっている今も、やわらかい膣肉は僕の逸物を歓迎の抱擁で包み、早く早くと催促してくる。

口を塞ごうにもこう向かい合って密着していては、手で覆い隠すことも難しい。かといってこのままでは、隣室に嬌声が届くのは時間の問題だ。
どうにかしなければ。どうにか・・・・・・――

「方法なら――あるじゃないですか」
目尻に涙を溜めながら、行き詰まる僕を笛菜が見上げた。その視線は挑発的で――まるで、毒蛇がリンゴを差し出すような。

「どうい、う・・・・・・?」
「口を塞ぐ方法――なら。ふふふ・・・・・・、わかっているくせに」
ぺろり・・・・・・、と扇情的に笛菜が上唇を舐めた。ずくん、と僕の中の何かが昂ぶる。
それは――、だが――、しかし――・・・・・・。
「ダメ、だ・・・・・・。だって、それ、は・・・・・・」
「何故です? そうでも、しなければ――」

「だって――ふ、ファーストキスなんだぞ!」
そうだ、最初の接吻とは――もっと厳粛であるべきだ。
それは神聖で、不可侵で・・・・・・、なんというかこう、誓い合った愛の結晶でなければならない。決してこんな、非常手段に使っていいものではないんだ!

「う、ぷ、く・・・・・・、あはははははははははっ」
「な・・・・・・、何がおかしいんだよ」
ぼっ、と顔が熱くなる。

「失敬・・・・・・、いや、だって・・・・・・、これが笑わずにいられますか。言うに事欠いてロマンチズムですか? ええ確かに、おまんこに肉棒ぶちこみながらでなければ、映えるセリフでしょうね?」
そんなだから――お子ちゃまなんですよ。笛菜の目が、言外にそう語っていた。
「ぅぐ・・・・・・、けど、けど――」
「栄――あなたに、選択の余地なんてないんですよ」

吸いこまれそうな眼と、吸い寄せられそうな声が僕に向けられる。
「栄にはもう、出来ることなんて一つしかないんです。わたしの唇を吸いながら、それでもってバキバキになったおちんちんでわたしを突き上げるしかないんです。口もアソコも、本能のままに貪り尽くすしかないんです――それでいいじゃないですか。何を躊躇うんです? それとも――」
笛菜が寂しそうに、うつむいた。

「栄はわたしと、キスなんかしたくないんですか」

それは――反則だった。
「ふぇ、な・・・・・・、笛菜ァッ!」
「栄、きて、は・・・・・・、ンむぅっ」
覆いかぶさるように、笛菜のくちびるを奪った。
ほとんど犯罪的な絵面だった。言い逃れできない。けど――、だけど、止めることなんてできない。

「むく、ぅ、んむぅ・・・・・・、栄、ちょ、激し――、ぁ♪ んぁむぅぅぅっ」
「んく、んむ、ちゅ、く、ちゅく、ちゅ・・・・・・、笛菜、ああ、笛菜・・・・・・」
やってしまった。キスしてしまった。
いけないことをしている。それはわかっている。頭の中で迫られて仕方なかったと言い訳する自分と、そんな弱さを許せない自分とで、情けなくて、みっともなくて。けど、それが・・・・・・。そんな背徳感の中で味わう、笛菜の味が――

「(どうしようもなく・・・・・・、病みつきなんですよね?)」
どくん、どくんと繋がる秘所の脈動が、さっきから痛いほど伝わってくる。結合部は上からも下からも、甘い蜜がだらだらと垂れていて。
我慢なんてもう――できるはずがなかった。 

「・・・・・・・・・・・・ッ!?? ふくぅ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ♪」
ずん、と僕は力強く腰を押し出す。
笛菜の狭すぎる無防備な、それでいて男を誘って離さない弱い部位にカリを何度も何度も擦り合わせる。そのたび笛菜は文字通り杭で打たれたみたいに、びくりびくりと身を震わせる。

「ふぅぁ、ふくぅぁふぅ♪ むふむ、むっんんむぅぅぅ・・・・・・ッ!」
感じ入る都度に笛菜が何事か叫ぶが、それが言葉として意味を為すことはない。ぜんぶ僕の口腔に、熱い空気の塊となって納まるだけだ。そしてそれを、まるで石炭を補充するように僕のピストンが加速する。そうすると更に、笛菜の呼吸が荒くなる。それがますます僕の抽送を――
静寂の室内に響くのは、二匹のケモノの乱れた吐息と結合部から漏れる厭らしい水音だけだった。言葉は――必要なかった。

「んむ、くむふく・・・・・・、くふあ・・・・・・。ぅくふあ・・・・・・?」
ふいに、僕はこの体勢がかなりきついなと思った。
それもそうだろう。笛菜の身長は僕の胸くらいまでしかない。そんな彼女と口づけを交わしながら対面立位するには、かなり腰を屈めなければならない。
だから僕は――いきなり笛菜を持ち上げた。

「んぅぅううむっ!? んふく、ふくふむ、ふくふむ〜〜〜〜ッ!」
俗に言う駅弁というやつだ。
地に足つかずバランスを失って、さしもの笛菜も焦って暴れ出す。だがいま笛菜の軽い軽い身体を支えているのは、未だ愛液をだらだら零しているアソコと、脇に差し入れた腕二本だけだ。
その状態で、僕が腕の力だけを緩めるとどうなるか――

「ん、む、ン・・・・・・? んんゥん〜〜〜〜〜〜〜〜ッ♪♪♪」
ぴん・・・・・・っ、と笛菜の背すじがのけぞる。
当然キスしたままなので、嬌声が外に漏れることはない。そしてまた持ち上げて、重力を借りてずり落とすのを繰り返す。

「んふ・・・・・・ッ、んふんむんむ! んぐんむんふぅ・・・・・・ッ」
いやいやと笛菜が首を振ろうとするが、それすら口づけで許さない。こつん、こつん・・・・・・、と未熟すぎる彼女の肢体ではまだ準備が出来てない箇所――子宮口をひたすら突き立てる。
振り落とされそうな、あるいは吹き飛ばされそうな快楽の嵐に笛菜が出来るのはせいぜいぎゅう、と僕の首筋を痛いほどに抱きしめるくらいだ。

「(こんな幼気な少女を玄関先で、それも口を封じてお人形みたいに抱っこして犯すとか・・・・・・、随分と鬼畜になったものですね・・・・・・)」
きっ、と涙を浮かべながら睨みつけてくる瞳が、そう語りかけてきた気がした。

「(笛菜、僕・・・・・・、もう・・・・・・)」
「(いいですよ、あなたの欲望の素・・・・・・、栄の新鮮な子種、わたしの中に全部、ぜんぶ・・・・・・!)」
互いの舌が言葉を紡がなかろうと、僕らは繋がり合っていた。
ぞく・・・・・・、と粟立つ快感が総身を走る。笛菜の膣道の締めつけが増し、子宮口が亀頭に吸いつき離さなくなる。まるでふたりの、口づけのように。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッッ♪♪」」
声にならない絶頂が、二人を満たした。
痛いくらいに脈動し精を吐き出し続ける男根に、注がれながらも複雑にうねり続ける甘美な膣肉。どぷ、どぷ・・・・・・っ、と結合部から、有り余った欲望を象徴するように白濁が次々と溢れ出す。
笛菜を内側から僕の色で塗り潰している――そう考えるだけで、どうしようもなく昂奮した。

「ぷは・・・・・・っ、ふえ、な・・・・・・」
「はる・・・・・・、あぁ、わたしの膣中、栄の熱いので、いっぱい・・・・・・♪」
とろりとした眼差しで、うっとりと恍惚に浸る。ようやく床に下ろしても、笛菜は一向に首に回した手を緩めはしなかった。

「笛菜、少し苦しいよ」
「ふふ、我慢してください。離さないですから。わたしは栄のものです。永遠に栄のものなんです」
ぎゅう、と笛菜が僕の胸板に顔をうずめる。

「だから――絶対にこの手は離さないんです」
所有物が所有者を手放さないというのも、おかしな話だなと僕は思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。

学生たるもの平日であれば学校に行かねばならない。
しかし梅雨明けはまだまだ先のことで、今日も今日とて天気は相変わらずしとしとしている。そうなるとチャップリンでもないいち人間としては当然雨除けが必要になるわけだが、ここで問題が出てくる。
我が家の今まで使ってきたビニール傘は、笛菜との口約に従って真っ先に処分されてしまった。となれば通学にも、笛菜本人を用いるしか選択肢がない。高校生にもなって、子ども用の小さな原色の傘で校門をくぐるのはちょっと恥ずかしかった。

「栄は心配性ですよ」
渋る僕に、こともなげに笛菜は言った。
「あなたなんかをわざわざ気にかけるヒトなんか、わたししかいません」
それはそれで酷い言い草だった。かちんと来た僕はもしいたらどうするのか――と訊いてみたくなったが、剣呑に微笑む笛菜を見るとそれ以上は怖くて追及できなかった。

結果としては笛菜が言った通りだった。
ちょっと目立つな、変だな程度には思われているかもしれないが、だからといって僕の学校生活や交友関係には微塵も変化はなかった。言われてみれば友人がどんな傘を使っているかとか、いちいち気にしたこともなかった。
そんなわけで、その日も放課後の昇降口で僕はいつも通り黄緑色の傘を開いた。

「うわ最悪、降ってるじゃん。天気予報だと今日は大丈夫って言ってたのに〜」
ふいに横手から、ついてないわと愚痴る女生徒の声が聞こえた。彼女はまるでこの世の終わりみたいに大袈裟な表情で、目の前の水滴のカーテンに肩を落としていた。

「えっと・・・・・・、隣のクラスの・・・・・・」
確か――須々木さんといったか。
いつも誰にでも明るくて、周囲を賑やかにしてくれるタイプの、ひとことで言えば学年のアイドルだ。特段親しいわけでもないが、二言三言会話したことくらいは自然にある。
そんな須々木さんが、僕が今まさに広げた傘をまじまじと見た。

「前原くん、予報じゃ晴れなのにちゃんと用意してきたんだ。周到だねえ」
「いや、まあ・・・・・・、ね」
実際のところは、天候に関係なく毎日持ち歩いているだけだ。家に置いていこうとすると、笛菜は曇天のように機嫌を損ねるのだ。
僕が曖昧に返事していると、須々木さんは閃いた、とふいに手を打った。

「歩きってことは前原くんの家、そんな遠くないよね。どっちの方向?」
「えっと、三丁目の方だけど」
「お願いっ」
ずずいっ、と須々木さんが僕の前に身を乗り出した。

「途中まででいいから、入れてくんない? きょう用事があって、どうしても早く帰んないといけないの!」
まるで拝むみたいに、須々木さんが頼みこんできた。

「いや、けど・・・・・・、一緒にってのはちょっと。須々木さんだってイヤでしょ」
「そんなん気にしないって。前原くんなら、むしろ――」
「え?」
「いやなんでも。ね、頼むって。このとぉーり」
ふわ、とフローラルな香りが鼻腔をくすぐった。
それが鼻先まで迫った須々木さんのものだとわかって、頬が少し熱くなる。着崩した制服から覗く須々木さんの肌に、どうしてもちらちらと目が行ってしまう。じめじめとした湿気のせいで、ところどころが汗ばんでいた。

「と、とにかく」
困っているのは事実なようだ。雨足は弱まりそうにないし、じゃあ関係ないねと何もせずこの場を去るのは、さすがに後ろ髪引かれる。かといって相合い傘はハードルが高すぎる。

「だから――僕の傘を須々木さんに貸すよ」
「え・・・・・・っ、でもそれじゃ・・・・・・、本当にいいの?」
「うん、どうも急いでいるみたいだし仕方ないかなと」
『それで、あなたはどうするんですか?』
「僕は濡れるけど、走って帰るよ。まあすぐ近くだしなんとかなるでしょ」
『ふぅん、じゃあ傘はいつ返すんですか?』
「そりゃもちろん明日また学校に持ってきてくれればいいよ」
「あの・・・・・・」
『へえ、一晩中貸し出すと?』
「食い下がるなあ。須々木さんがどうしてもっていうなら、今晩中にうちに来てくれて・・・・・・、も・・・・・・・・・・・・?」
「あの・・・・・・」
そこまで喋ってようやく、須々木さんが怪訝な顔をしているのに気付いた。

「あの・・・・・・、前原くん、ひとりで誰と話してるの・・・・・・?」

さあ・・・・・・、と雨足みたいな音を立てて血の気が引いていく。
須々木さんの方も青い顔をして不気味なものを見るようにしていたが、こっちはそれどころではない。目なんて何処にもついてないはずなのに、ねちっこい視線を傘から感じた。
『そうですか、どこの馬の骨とも知らぬ女に丸一日わたしを預けて――それでも栄は平気へっちゃらですか』

「い、いや・・・・・・ッ、これは――」
弁明の声をあげた瞬間、須々木さんは弾かれたように僕と距離を取った。
「あ・・・・・・っ、ごめ、ゴメン前原くん! あたしきょう用事あって、どうしても早く帰んないとだから!」
そう言って鞄から折りたたみ傘を取り出すと、雨の中を脱兎のごとく駆け出していった。・・・・・・え? さっき傘持ってきてないって――

『栄――――』
「ひゃいっ!」
馬鹿みたいに上擦った声が出た。
どこのマヌケだ。・・・・・・ああ、僕か。
ぴんと背すじを伸ばして、走馬燈のように押し寄せる怒濤の言い訳を選別する。

『栄は――、優しい子ですねえ』
笛菜の第一声は・・・・・・、我が子を慈しむような猫撫で声だった。責めるでもなく、叱るでもなく。腕があったらよしよしと撫でてあげるくらい、上機嫌に弾んだ声だった。
間違いない――かつてないほど怒っている。

『あんな女郎の見え見えの言葉も信じて疑わない・・・・・・、なんて純粋な脳味噌なんでしょう。本当に・・・・・・、食べちゃいたいくらい可愛い脳みそ。しかも彼女とわたしを秤にかけて、困ってそうな方を選ぶなんて・・・・・・、とても素晴らしい平等主義ですね。秤に――わたしと、あいつを――あんな女を――同じ秤に――』
「ふ、笛菜、少し落ち着いて――」
『わたしが落ち着いてないっていうんですか!? わたしは冷静ですよ! 冷静に見えないっていうんなら、栄が間違っているんです! え、どこです!? わたしのどの辺が冷静じゃないのか、はっきり言ってごらんなさい!』
「わわわ・・・・・・、わかったよ。落ち着いてるよ。笛菜はいつだってクールだよ・・・・・・」
もはや反論は火に油どころか、TNT爆薬を注ぎこむようなものだった。

「ごめん、笛菜・・・・・・」
我ながら――自分が情けなくなる。
笛菜がかつて味わった孤独も、僕を想う気持ちも理解したつもりでいた。しかしふとしたきっかけで、すぐにまたこうやって彼女を傷つけてしまう。自分がこの上なく未熟な子どもな気がして、酷く惨めだった。

『あなたは――本当に馬鹿ですね』
ふう、とため息をついて笛菜が呟いた。
『呆れかえるほど馬鹿です。真実の馬鹿、愚者です、愚か者です。愚鈍です、無知蒙昧です、そのうえ変態で、朴念仁、性倒錯者――』
何もそこまで言わんでも。

『謝罪など要らないと――初めて会ったときも言ったでしょう。わたしは言葉が持っているちっぽけなものなど、重要だなどと持っていません。何故ならわたしと子どもだった頃の栄の間に、会話などありませんでした。それでもわたしたちは通じ合えていた――少なくとも、わたしはそう思っています』
「うん・・・・・・、うん・・・・・・・・・・・・」
確かにその通りだ。だけど、それならこの後ろ暗い気持ちはどうすれば――

『だから――罰ゲームです』
うん・・・・・・?
『心と心を繋ぐのは、いつだって行動です。誠意です、罰則です。身につまされるきつ〜〜〜〜いお仕置きを施されることで初めて、このわたしの傷心は慰められるのです。栄だって、そう思うでしょう?』
「そ、そう・・・・・・、なのかな?」
なんだか煙に巻かれたような、雲行きが怪しくなってきた気がする。

『だからこれは決して、愛する栄に仕返しとか虐めたいとか、そんなサディスティックな感情とは関係ないのです。仕方なく――仕方なく振るう、コミュニケーションのための愛の鞭なのです』
後半はほとんどただの自己弁護になっていた。何故だろう、悪戯を企む子どもみたいに、傘が笑ったように見えた。

『せっかく思いついたシチュエーションとか、そんなんじゃ断じてないですよ?』
しかし不躾を働いたのはこちらの手前、いまさら僕から撤回を求むわけにもいかない。
それに――、

『それに・・・・・・、お仕置きと聞いて栄のここは、こんなに大きくなってます』
声帯を通さないねちっこい声が、僕の鼓膜を震わす。
『欲しがりの栄には、ふふふ・・・・・・っ♪ 思う存分あげないといけませんね・・・・・・?』
言葉もなく僕はごくり――と、生唾を飲むしかできなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。

翌日。
「ん、ぁ、ああ、そこ、ぉ、深いぃ・・・・・・ッ♪ そこ、栄、ぃいです・・・・・・♪」
「ぅく・・・・・・、ぁあ、は・・・・・・ッ、ふえ、な・・・・・・、き、つ・・・・・・くぅぅッ!」

宣言通り、僕は笛菜の『おしおき』を甘んじて受けることとなった。
くちゅ、ぐちゅ・・・・・・、と結合部からは粘性の水音が絶えず奏でられる。いま僕らは床に座りこみ、対面座位の形で互いに肉欲を堪能していた。相変わらず何度味わっても、笛菜の秘裂は僕を離すまいときつく包みこむ。
とはいえこの程度だけで、到底特別なセックスとは言うほどのものでもない。そう、いつもと・・・・・・、違うのは――――

『昨日のテレビ見た? 超やばかったんだけど・・・・・・――』
『サキったらそれしか食べないの? なに、ダイエット・・・・・・――』
『うわ次、現国じゃん。だりぃねみぃ・・・・・・――』
『放課後どっか行く? 遊びに、カラオケとか・・・・・・――』

――喧噪。
取り留めがなく、纏まりもない会話の塊が繋がり合う僕と笛菜を追いつき追い越し追い抜いていく。獣のようなまぐわいのすぐ隣を、学生服を纏った集団が素知らぬ顔で通り過ぎる。
それもそのはず、僕たちが今いるのは、昼休み真っ只中の学校の廊下だ。束の間の拘束から解放された生徒たちは自然、購買や手洗いや他クラスの友人を目指してひっきりなしに行き交う。
そのど真ん中で僕が幼女に陵辱されていることなど、気付きもせずに。

「ふふ・・・・・・、どうです、わたしの神通力は。知り合いに囲まれながら、屈辱的な公開セックス。マゾヒストの栄には、たまらないでしょう・・・・・・?」
「ぅ、くぁぁ・・・・・・、あ、誰、が・・・・・・、マゾか・・・・・・ッ」
下手に刺激することは言わない方がいいのだが、どうしても口にしてしまう。にまり、と笛菜が満足げに笑った。

こうして濡れ場をさらけ出しながらも騒ぎになっていないのは、ひとえに笛菜の妖術の賜物だ。
人間態に戻った笛菜の頭上の傘がいきなり膨らんだかと思うと、二人をすっぽりと覆い包んだ。するとどうしたことか、こちらからは外側が透けて見えるのに、向こうからは僕たちを視認できない――ばかりか、背景に同化して擬態の効果まで発揮したではないか。
事実いまの廊下を俯瞰すれば、不自然に人が通らないスペースができているのに、笛菜の魔力の影響下にある生徒たちは誰もそれを不思議に思わない。

「知ってますよ、こういうの・・・・・・。人間はマジックミラー号って呼ぶんでしょう?」
「また・・・・・・、要らん知恵を・・・・・・ッ」
十二年もの退屈を極めたせいか笛菜は非常に知識に貪欲だ。特に男性を――僕を悦ばす手段は、まさにスポンジのように吸収していく。子ども顔負けの学習意欲に魔物の行動力が合わさって、いまの笛菜の前では歴戦の娼婦も裸足で逃げ出すだろう。
それを一身に受ける、僕の身にもなってほしいものだ。

『ところで・・・・・・、前原を誰か見てねえ?』
ふいに、僕のクラスメイトが教室から顔を出して呟いた。
『さあ、便所じゃねえの?』
『昼休みにいないなんて珍しいな』
『けどあいつ最近付き合い減りがちじゃね?』
『確かに放課後すぐ帰るようになったよな。まさか・・・・・・女か』

友人たちの目と鼻の先で貪るようなセックスをしている。改めて突きつけられると無性に恥ずかしくて、僕の顔がむやみに火照った。
「ふふふ・・・・・・、当たってるじゃないですか。正解、って叫んでみたらどうです。あるいは・・・・・・、助けてとか? 聞こえやしませんけど、ね」
「馬鹿、言うな・・・・・・っ、ぅ、くあ、それ――――」
戯れ言を口にしながらも、笛菜の膣肉は的確に僕を責め立ててくる。思わずふやけた声をあげそうになった、その瞬間――

『やだーもぉー』『それマジー?』
仲の良さげな二人の女生徒が、僕を挟んで両隣を通り抜けた。
そんなつもりは微塵もないのだろうが、談笑し合う二人のそれがまるで見えない僕を嘲弄しているみたいで。
喘ぎ声が遮断されていることすら忘れて、僕は反射的に口をつぐ、もうと・・・・・・――

「ふぅ――――っ♥」

笛菜の柔らかい吐息が、僕の耳朶に吹きかけられた。
「うはぁぁぁぁぁぁぁぁッ?!」
それだけで僕は、縫い目のほつれたぼろ布みたいに唇をわななかせた。くす、くす、くす・・・・・・、と笛菜の含み笑いが鼓膜を通して僕の奥の奥の方へと反響する。

「敏感ですねぇ。でも、しょうがないですよね。開発重ねて、変態の栄はすっかりお耳で感じるようになっちゃいましたものね。耳元でわたしに囁かれたり、なじられたりするのたまらないんですよね?」
「あ♪ あ♪ あ♪ あ・・・・・・ッ♪」
「栄のここはぁ・・・・・・、もう完全に――性・感・帯♥」
かぷり・・・・・・、と僕の耳たぶが甘噛みされる。神経の集中した、僕の弱点に小さな小さな歯と舌が襲いかかる。

「ぅああああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ♪」
意思と関係なく、快楽の電流に身体が跳ねた。
ぞくぞくり、と肌は粟立ち全身から力が虚脱する。抱かれるままに抵抗できないその状態は、まるで意識を持たぬ笛菜の玩具に僕がなったように錯覚させて。そしてその倒錯が、ますます僕を昂ぶらさせて。
ごぷり、と音を立てんばかりに膣内の男根がその硬さをいや増した。もう、もう限界だ――――

「栄、わかってますか・・・・・・?」
しかし笛菜の口から出たのは、射精の許しではなかった。まるで赤ん坊をあやすように頭をかき抱きながら、諭すように笛菜は語った。
「今わたしたちが周りに見えていないのは、わたしの術のせいなんです。わたしの集中力のおかげで、栄は体裁を保てているに過ぎないわけです」
それは、つまり――――?

「わたしが絶頂してしまったら、この醜態が白日に――と、いうことです♪」

悪魔のようにすがすがしい笑顔を浮かべて、目の前の少女は僕に絶望を告げる。
「あ・・・・・・、あ・・・・・・? そん、そんな、のって・・・・・・」
「だから、栄・・・・・・、ほら、ちゃんと我慢してください。栄の熱い子種をこの準備万端の子宮に注がれたりなんかしたら、嬉しくて嬉しすぎて、わたし間違いなくイっちゃいますよぉ♪」
くいくい、と笛菜の腰が浅く揺すられる。それだけで拷問に足ると、わかりきっている蠢きだった。

「はか、無理、むり、ィ・・・・・・ッ、そんな、こんな、の・・・・・・、ぁぁ、耐えられるわけな、いぃぃぃ・・・・・・! 射精したい、だした、いッ」
懇願しながら僕は、もうべそをかいていた。既に恥も外聞も、なかった。
それが恥や外聞を守るための行動であるという――矛盾にすら気付かなかった。

「そう・・・・・・、そうですか。なら仕方ないですね。心苦しいですが、栄には破滅してもらいましょう。昼日中の往来のど真ん中で十にも満たない容姿の女の子を犯している姿を、同級生たちに思う存分見せつけてやりましょう」
「やらぁ・・・・・・、やだよぉ、ぐすっ、そんなの、いやだよぉ・・・・・・」
まるでだだをこねる赤ん坊のようだった。最早どちらが子どもかすらわからなかった。
ただもう僕には、腰を前後させながら嫌だ嫌だとぐずることしかできなかった。

「もう、栄ったら・・・・・・、ワガママばっかり、言っちゃあいけませんよ。めっ」
ぴんっ・・・・・・、と笛菜が叱りつけるように軽く指で弾いた――僕の、耳たぶを。
「あ、か――――――――?」
歯を思い切り食いしばって、すんでのところで暴発を防いだ。防ぎながらも、しかし腰は変わらず絶えず笛菜の小さな秘所に打ちつけ続けられる。止めようだとか遅らせようだとか、そういう思考自体が浮かばなかった。

射精のために全精力を注ぎながら、一方で全意識を以て射精を堪え忍ぶ。
破綻している。明らかに論理的でない。およそ理性を持ついち個人として、相応しくないこと甚だしかった。
しかし、だから何だというのだ。理屈なんてどこにもなかった。脳裡では言葉はとっくに瓦解し、思考の体系はよくわからない曲線や刺激的なギザギザだけに埋め尽くされた。
射精したいという願いと、射精したくないという希み。
二律背反するそれは――、いや果たして、それは背反しうるものなのだろうか?

「助けて――、助けてよぉ、笛菜ぁ・・・・・・ッ!」
最早どうして欲しいのかすら言えず――どうしたいかすらわからず、目の前の彼女にすがり救いを求めることしかできない。託すことしかできない。
笛菜なら、笛菜ならきっと――

「だいじょうぶ、大丈夫ですよ・・・・・・」
だから彼女は抱き返してくれた。
優しく。苛烈に。慈母のように。毒婦のように。聖者のように・・・・・・、死神のように――――
「何があっても――わたしは絶対離しませんから。だから・・・・・・、あなたを曝してください。泣かないでください、栄」

「ふえ、なぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああッッッ!!」

欲望が、愛情が――文字通り堰を切ったように溢れ出した。
鉄砲水のような白濁の奔流が、笛菜の膣中を一直線に駆け抜けた。僕と同じくらい――いやそれ以上に待ち侘びていた子宮を洗う精液に満たされて、笛菜もまたこの上ない絶頂を迎える。

「ゥ、はあああアアああああッ♪ 栄、はるぅぅぅっ♪ 好きです、大好きです! 言葉を百億回重ねても足りないくらい、あなたを愛してますぅぅぅっ♥」
「僕も――僕も・・・・・・、だ! きみしか、もうッ、きみに、しか・・・・・・ッ、ぅ、ああああああああああっ!」
どぷどぷどぷ・・・・・・、とまるで増水した河川のように秘所から精液が氾濫した。獣欲の結晶がしとどに床を汚すのを、僕は霞んだ思考とともにぼうっと見ていた。

・・・・・・・・・・・・終わった。
信頼とか、沽券とか、社会的生命とか――、今までの人生で優等生として積み上げてきたものは、みんな水泡に帰してしまった。もう僕に残っているのは、目の前の彼女だけ。僕に置き去りにされて――、僕に酷い目に遭わされて、それでも僕をなお慕ってくれる可愛い可愛い傘の妖怪だけ。

「あは、あはははは・・・・・・」
けど、いいんだ。
笛菜は――、笛菜だけは、僕を見捨てないでいてくれる。他の何を失おうとも、笛菜さえいれば、僕は、僕は・・・・・・――――

「・・・・・・・・・・・・って、あれ?」
予期していたはずの、同級生たちの悲鳴がいつまで経っても無い。異常を気にかける者がいない。精液でお腹をぽっこり膨らませた少女なんてものがいきなり廊下に現れれば、混乱は必定なはずだ。
だというのに、校内は変わらず喧噪としていて――というか、誰ひとりとして僕たちには気付いて・・・・・・――

「笛菜・・・・・・?」
「なーんちゃって。もう・・・・・・、いくら気持ちよかったからって、栄を抹殺なんかするわけないじゃないですか。それくらいの余裕と節度は、ちゃんと合わせ持っていますよ」
愕然と口をぱくぱくさせる僕に、当たり前じゃないかと悪戯っぽく笛菜は嘯いた。

「もしかして――信じちゃってました?」
ぷつり・・・・・・、と切れたのは、堪忍袋の緒だろうか。
いやどっちかと言えば、張り詰めていた緊張か。もう、怒る気にもなれない。へなへなと崩れ落ちた僕は、そのままぼんやりとまぶたを閉じた。

(ああ、やっぱり・・・・・・『唐傘お化け』なんだなあ・・・・・・)

最後に大きくぺろりと出した、笛菜の舌を眺めながら――益体もないことを考えながら、ゆっくりと僕は意識を手放した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・

〜〜おまけ〜〜

「やっと終わったか・・・・・・。これまた随分と大胆なことする魔物ね、あの子も」
廊下の影にたたずんでいた、ひとりの女生徒が呆れたように呟く。
風貌は存在感の希釈な、有り体に言えば地味な少女だった。特に髪の毛はぼさぼさで、前髪に至っては目の部分をすっぽり覆い隠している。

「けど――参考になった部分が、無かったわけでもないわ。ふふ・・・・・・、今日のセンパイとのセックスに、取り入れてみようかな」
用は済んだ、ととりあえず女性とはその場を去ろうとするが、

「そこの貴方」
「あら・・・・・・?」
いつの間にやら不可視化を維持したまま、少女の隣に笛菜が肉薄していた。

「やはり『視えて』いましたね? わたしの術を見破るとは驚きです。成る程・・・・・・、『目』の妖怪というわけですか。まさかこんな近くに、ご同輩がいらっしゃるとは」
「私もこんな身近に傘の魔物娘がいたなんて驚いているわ。ところで・・・・・・、私に何か用向き?」
「いえ、それは済みました。交合の間もじっと見つめられていたので、よもや栄を狙う出歯亀かと危惧していたのですが・・・・・・」
くんくん、と笛菜は鼻を利かせた。人間には決して、嗅ぎ取れることのない類のにおい。

「どうやら先約がいるようで」
「理解が早い子らしくて助かるわ。男の子をいじめるのも魅力的かもだけど・・・・・・、やっぱり喘がせるなら愛しのセンパイが一番だから」
「ふむ、どうやら貴方とは、赤の他人の気がしませんね」
「私も・・・・・・、もしよかったらあなたと友達になれやしないかと思ったところよ」
一瞬の間。そして――固い固い握手。

この件からひとつ判ることがあるとすれば――友情はいつの世だって尊いが、しかし同盟とは得てしてそれが結ばれることで不利益を被る者がいるということだ。・・・・・・・・・・・・まあ、本当に不利益かどうか決めるのは『彼ら』自身だが。

「「むしろ、ご褒美でしょう?」」
何食わぬ顔で、少女ふたりはそうほくそ笑むのだった。
15/09/25 07:00更新 / メガカモネギ
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■作者メッセージ
傘と言えば牙突かアバンストラッシュか。大概のひとはこの二択でしょう。
まあ私はもっぱらYAIBAのかみなり斬りでしたけどね。(歳がバレる)

というわけで何とか後編をあげられました。
ちゃうねん、ギル○ィギアの新作がおもしろすぎるのが悪いねん。モリモリ時間が奪われていくよ!

しかし・・・・・・、どうして私の書く女の子たちはみんなこうも性格がねちっこいんですかね・・・・・・?(今更)

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