サバト スーパーエクスプレス 前編
「ねえねえ起きてよ。」
眠りについてから数時間もたたないうちに揺すられて起きると、常夜灯のほのかな光でもそれが誰かすぐに分かる、アヤだった。
「もう船団が動き出した?」
「そうじゃなくて。」
アヤからアレクサンダーで艦長達が話していたことを艦橋の要員共々聞いていたが、これで今回の航路の意味がよく分かった。
「そこまでひどい状態になってるなんて。」
「下手をすれば倍以上の敵に挟撃されるということか。」
「でも、この風だと突破どころの話じゃないよね。」
海図を広げて今回の航路上の現在位置に印をつけて、海戦があった場所に印をつけるとちょうど目的地への航路上にそれらの点が重なる。さらに侵攻してくるであろう船団の予想進路を、最寄りの反魔物勢力の港と目的地とを結ぶと海戦のあった付近で航路と接近している。
「これ、まともな神経持ってたら絶対に行かないよね。」
「それでも行かないと、この都市が教団の攻撃に遭うのは火を見るより明らかだ。」
「俺なら救援に駆けつける船団をここで待ち伏せするな。」
「あら、カズヤさん。」
みんなが海図に見入っていて横から腕を伸ばして海戦のあった海域の手前を指していた。
「俺を仲間はずれにして何面白そうなことを話してるんだよ。」
「あまりにも面白くて笑えないほどだよ。」
リョウはやれやれといった表情でカズヤに応える。アヤも相変わらずのカズヤに半ばあきれ、周りにいる艦橋の要員は沈痛な面持ちで海図を見つめていた。
リョウが外を見ると、輸送船の帆は畳まれており船から明かりが若干漏れているためにまだ何かをしているのだろうと思った。
「急いで目的地に物資を届ける。教団の侵攻から守る。」
「両方やらなくっちゃあならないってのがつらいところだな。」
そして、カズヤは艦橋にいる者達へと振り返り、
「覚悟はいいか?オレはできてる。」
「覚悟は良いんだけど、わざわざ敵の真っ只中に突撃でもする気なの?」
「だいたい合ってるがちょっと違うな。操舵士、快速船の最高速度はどれぐらいになる。」
「嵐にならない程度の強風なら17ノットぐらいに。」
「第一戦速ぐらいか。」
「帆船だから常にその速度を維持できるわけないじゃない。」
「というわけでカラステング様これを輸送船の船長達に渡してくれ。」
「はいはい。」
アヤはカズヤから書簡を受け取ると艦橋から飛び立った。
「まさかお前。」
「その通りだ、艦長さん。」
「いったいどういうことでしょうか?」
リョウとカズヤの会話の意味が全く分からない操舵士が疑問を発すると、カズヤが海図の上に妙高をかたどった駒と輸送船をかたどった駒を置いて、一直線に並べると、
「こうやってカルガモみたいに一列になって突破するんだよ。」
「輸送船はそんなに速く航行できないと思うんですけど。」
「綱でつないで引っ張ればいけるだろ。」
確かに妙高の機関出力なら曳航は不可能じゃないにしろ、輸送船は7隻いる。それをすべてつなげて曳航できるのか、さすがにどんなに頑丈な綱でもさすがにそれは無理かもしれないとみんなは思っていた。
「さすがに7隻全部は無理だろうから、3隻ぐらいからやってみようと思う。」
「綱の強度に問題は無いのですか?」
「アラクネの糸で作った特別製の曳航用の綱を積んでおいた。」
「輸送船の船長が、いや、戦列艦の艦長達が何というか。」
「どうせできっこないとか反対するんだろうさ。だからこそやるんだよ。」
「味方が全員反対するような作戦こそ敵にとって思いも寄らない奇策となる。」
艦橋のみんなはリョウの言葉に多少は納得したものの、外に目を向けるとそこには漆黒の海が広がりを見せていた。
「これは本気で言ってるのか?」
「艦長とその参謀はやる気満々です。」
「しかし、旗艦の指示無しで勝手に…」
「間に合わなくなってもよければ指示に従っててください。」
とある輸送船の船長室で書簡を持ってきたアヤと船長が海図を挟んで話していた。まだ妙高に対する偏見がないのか、アヤに対して普通に接している船長に対して少し拍子抜けはしていた。
「はっきり言ってしまえば、妙高だけであの都市を教団の艦隊から守ることはできます。しかし、今必要なのは物資です。」
「ならば、我らを都市へと届けた後は単独で艦隊に向かうというのか、無謀な。」
「100門戦の大艦隊相当のお金をかけてますからそれぐらいできないといろいろとうるさいので。」
「そういうことか。」
船長の口がわずかに緩むと、アヤから貰った書簡に自分の名前と −面白そうだから話に乗ってやれ、あいつらのことは気にするな− と書き足してアヤに渡す。
「船長さん、これは。」
「こうすれば余計な時間をとらせはせんだろう。間に合わなくなってからでは遅いんだ。まさか敵もこんなことをするとは思わんだろ。」
「賛同ありがと。」
アヤは笑顔で船長に礼を言うと次の船へと飛び立った。それを見送った船長は先任航海士を呼ぶ。
「みんなをたたき起こせ、出港準備だ。だが、帆はそのままでいい。」
「どういうことですか?」
「帆を張ったらこれからの航海で破れてしまうわ。」
「なんか、戦列艦の艦長よりも輸送船の船長の方が大物のような気がしてくるな。」
意外に早く戻ってきたアヤから書簡を受け取り内容を読むと、面白そうだから乗らせて貰うだの、こうなれば一蓮托生だの、やる気満々なのが文面から伝わってくる。
「結局こちらの考えとほぼ同じだったのでしょう。あの都市に物資を届ければ拠点として機能してくれる。」
「そうなれば安心して迎え撃てるからな。防衛のために要塞もあるというし沿岸砲からの支援も期待できそうだな。」
「そう言っているそばから輸送船が後ろに。」
妙高の停泊しているところに輸送船3隻がゆっくりと近づいてきた。暗闇だというのに見事ともいえる操船をしているのを目の当たりにして、感心するほか無かった。
「出港準備だな。俺は曳航用の綱をとってくるから外にいるワーバットと一緒に輸送船に運んでくれないか。」
「ほんと、人使いの荒い人だこと。」
文句を言いながらもいやそうな顔をせずにマストにいるワーバットを呼びに艦橋から出て行った。カズヤも綱のある倉庫へと急いで出て行った。
「艦長、この態勢で行きますか。」
「このままで問題ないよ、機関用意。」
「了解、機関用意。」
「これを後ろの輸送船に渡してくれ、あと少し手伝ってもらえるとうれしいが。」
「これを持って行けば良いんだね。」
「任せて。」
後部甲板でカズヤがワーバットに綱を渡してそれを受け取ると輸送船の方へと飛び立っていった。
「それで私はすぐ後ろの輸送船に持って行けば良いの?」
「俺がこれを結んだらその反対を持って行ってくれ。」
カズヤがボラードに綱を手際よく頑丈に結んでいく様子をアヤは興味深そうに眺めているとすぐに終わり、
「それじゃ、こっちを輸送船に持って行ってくれ。船員に渡せば後は勝手にやってくれるだろう。」
「分かった、行ってくるね。」
アヤは綱の片方を持ってすぐ後ろにいる輸送船へと飛んでいった。
「3隻をいっぺんに曳航するということですか。かなり速度は低下しますね。」
「下手をしたら敵艦隊の中を突っ切ることになるかもね。」
「砲術班を起こした方が良いのでは?」
「カノン砲の特性を考えれば長時間の待機ができないから、見つかったとしても射程外まで逃げることができれば勝ちだ。」
「風上に進路を取れればいうことはないんですけどね。」
リョウは艦橋で操舵士と航海士に対してこれからの方針を話していた。彼らの方からも意見や疑問が上がってくるが、それに対する策も話し彼らを納得させた。
「艦長、輸送船の船長からの書簡です。」
「ありがとう。」
輸送船から帰ってきたワーバットが書簡を持って艦橋に入ってきた。それを受け取り中を見ると思わず笑みがこぼれてしまう。他の者達がその書簡を覗き込むと、
−奴らの艦隊を突っ切ってでも早く都市に物資を届けて奴らを蹴散らしてくれ。−
「すっかり頼りにされてますね、艦長。」
「ここまで信頼されてるならそれに応えないといけませんよね。」
「ただいまー」
「戻りました。」
アヤともう1人のワーバットが戻ってきた。後は曳航索の取り付けが完了したらすぐにでも出港しようと決心する。カズヤも艦橋に戻ってきて輸送船からの完了報告を待ち望んでいた。
「輸送船からの完了報告来ました。」
「よし、両舷前進最微速。」
「了解、両舷前進最微速。」
「いよいよ出発だな。前後とも曳航索の固定の再確認と異常が無いか監視しろ。」
妙高のすぐ後ろの輸送船では出発の灯火信号を受け取り、後続の船へ伝達するように命令する。船長自ら曳航索の確認のために船首に向かっていった。船首付近では既に命令に従って船員達が動き回っていた。そのうちの1人が船長に気づくと慌てて彼の元に駆け寄り、
「船長自ら確認せずともここは我々がしっかりと受け持ちます。」
そんな船員の言葉に満足そうに笑みを浮かべ船首の先を指さすと、船員もその方向に向くと妙高の姿が目に入った。その大きさは息をのむほどで、目の前に山がそびえているかのような錯覚さえ覚える。
「お前達の働きを疑っているわけではない。こんなとんでもない計画を立てて実行してしまう新型戦列艦をよく見ておこうと思ってな。」
「今夜は新月ですから良く見えないかと。」
「かまわんよ、理由はないがあれなら敵艦隊の中に突入しても大丈夫のような気がしてくる。」
波の音に耳を澄ますと、通常の航行とは明らかに違う音が耳に入ってくる。頬に受ける風も徐々に速度を上げていることを判断するのに十分な材料であった。
「両舷強速」
「現在9ノットで安定しています。」
「思った通りだな。欲張って3隻はやり過ぎたか。」
「この作戦は欲張らないと効果が薄くなるんじゃないのかい?」
「おっしゃるとおりで。」
テレグラフは強速の位置となっており、本来なら15ノットは出ているはずだが3隻の輸送船を曳航しているために思ったよりも速度が出ない。しかし、それは想定内のことであり艦橋内は特にざわめくようなことはなかった。
「普通ならとっくに切れててもおかしくないのに、さすがアラクネの糸で作った特別製の曳航索ですね。」
「そうだな、後は輸送船の船体がこれから出す速さに耐えきれるかどうかに掛かってるな。」
「第二戦速へ移行。」
「いきなりそこまで出すか…。ちょっと後ろ見てくるぜ。」
カズヤが後甲板へと向かっていった。目の前に広がる漆黒の海面は幸いなことに荒れておらず、曳航されている輸送船も波や風に振られていないことが艦の速度と進路が安定していることで確証できた。航海士が天測をして進路のずれを割り出して操舵士に伝える。
「現在位置はここになります。」
敵艦隊がいるであろう海域にさしかかっていた。艦橋に緊張が走る。前を見つめても空には星々と漆黒の海のみ。
「曳航索は全く問題ないな。輸送船からもまだまだいけるとの返答だ。」
「もう敵の真っ只中に突入したよ。」
「こんな時間じゃ敵さんもおねんねだろうよ。」
「せめて夜が明ける前にこの海域を突破しましょう。」
「第四戦速へ移行。」
更に速度を上げていくが、大きなうねりを乗り越えるような揺れがほとんど無いため、これで曳航している輸送船に異常が無ければこのまま突破できると考え始めていた。
「すごい風が強いね。」
「風が強いんじゃなくて、この船が速く動いてるんだよ。」
前部マストにぶら下がっていたワーバット達は、ぶら下がりを維持できなくなって見張り台に移動し、普通に立って前を見つめていた。その目の前にアヤが突然現れたのだから2人ともちょっとびっくりしたが、アヤだと分かったのかすぐに落ち着きを取り戻した。
「いきなり目の前に現れないでよ、びっくりしちゃった。」
「ごめんね、悪いけどこの先に敵の船団がいると思うから見に行ってくれないかな?」
「うん、いいよ。」
そう言うと2人のワーバットは見張り台から妙高に先行するように前方へと飛んでいった。
「現在21ノット。」
「第五戦速でもそれぐらいか。3隻も引っ張ってたら上出来な方か。」
「速度を上げるごとに抵抗も増えるからね。」
「それでも十分速いと思いますよ、コルベットやフリゲートでも振り切れます。」
艦橋でカズヤがテレグラフと電磁ログ計の針を見比べて、予想してたとはいえ速度低下にぼやくが、元戦列艦の操舵士が帆船の一般的な速度を引き合いに出して遅くはないと間接的に言っていた。
リョウはワーバットに先行させ、敵船団の発見に努めた。先に発見できればこちらがかなり有利となるからだ。幸い今夜は新月のため灯火管制を敷いているこちらは発見されづらく、夜目の利くワーバットで索敵している分こちらの方が早く発見できる可能性は高い。先に発見してしまえば攻撃をするにしろ回避をするにしろこちらが有利になる。ただし、戦闘に関しては曳航しているということでその選択肢からは自然と外すこととなる。
「できれば進路上には何もいないという報告がほしいところだな。」
「あったところで迂回すれば何も問題は無いよ。」
カズヤのつぶやきに答えるリョウだが、気持ち的にはほぼ一緒だった。
妙高から飛び立って数十分経ったがめぼしい物は何も見つからず、それでも2人のワーバットは暗闇の中を捜索していた。しかし、眼前に広がるのは漆黒の大海原。雲一つ無いために更に高度を上げて注意深く見渡すと何かが視野に入った。
「ねえ、何かいるよ。」
「あっちにもいるね。」
更に近づくとそれは間違いなく帆船だということが分かった。さらにかなりの広範囲に展開しているようで単純に数えただけでも30は軽く超えていた。
所属や種類を判別しようにも帆が完全に畳まれ、風がほとんど無いためマスト上の旗も判別ができなかったが、唯一分かったのは船側に砲列があったこと。それも2段や3段の物があり、中には4段の物もあった。彼女たちは直ぐに反転して妙高へと急いだ。
「もし、この先に大艦隊がいたらどうするの?」
「この艦単独ならぶちかましてやりたいところだが、今の状態だと癪だがこっそりと気づかれないように行くだけさ。」
「それが得策だね。」
ほんのりと常夜灯に照らされている艦橋でこれからどうするのか疑問をアヤが口にしてカズヤが模範的な回答をする。ここで優先されるのは敵の撃滅ではなく物資の速やかな輸送だということ。海図を見る限りこのまま行けば日の出前には目的地に着くことになる。
「あいつら遅いな。迷子になってるんじゃないのか?」
「いくら何でもそれは無いと思うわ。」
「艦隊に遭遇して攻撃されてると?」
「どんな弓の名手や魔法使いでも猫並みの目がなくてこんな暗闇で飛んでるのを落とせるものか。」
ちょっと遅すぎやしないかと心配になってきたのか、カズヤがそう言うと、
「ただいま〜。」
「戻ったよ。」
噂をすれば何とかというタイミングでワーバット達は帰ってきた。そして、彼女たちが見たままを報告すると、艦橋内は緊張が走った。
「俺の予想が本当に当たるなんてな。どこの船か分からんが、どう考えても俺たちの仲間じゃなさそうだよな。」
「広範囲にいる大艦隊か、迂回できそうにないわね。」
「カズヤの言うとおり寝てるのならまたとないチャンスだね。」
「間をすり抜けるつもりか?カノン砲に弾と火薬を詰めたままのはずはないからな。」
「そんなことをしたら火薬が湿気って使い物にならなくなりますね。」
操舵士がカズヤの予想を後押しするように言った。
「もし、艦隊の中をすり抜けるのなら夜目の利く人と交代したいですね。」
「そりゃそうだな。どうするよ、艦長さん。」
カズヤからの問いにリョウはしばらく考え込んだ後、
「総員起こし!!」
艦内にけたたましくベルが鳴り響き、それとともに乗員達が慌ただしく持ち場へと行き、総員起こしの発令から10分後にはそれぞれの持ち場に配置完了し、報告もすべて完了していた。報告を受けたリョウはワーバット達に射撃指揮所に行くよう指示をする。
「なかなかの早さだな、一戦構える気か?」
「さすがにそれは考えてないよ。」
「でも、みんな起こしてどうする気なの?」
「これからすることへの備えだよ。」
リョウは航海士に現在位置を確認させて海図に印をつける。
「星弾射撃用意。進路上の艦隊の発見に努めよ。」
眠りについてから数時間もたたないうちに揺すられて起きると、常夜灯のほのかな光でもそれが誰かすぐに分かる、アヤだった。
「もう船団が動き出した?」
「そうじゃなくて。」
アヤからアレクサンダーで艦長達が話していたことを艦橋の要員共々聞いていたが、これで今回の航路の意味がよく分かった。
「そこまでひどい状態になってるなんて。」
「下手をすれば倍以上の敵に挟撃されるということか。」
「でも、この風だと突破どころの話じゃないよね。」
海図を広げて今回の航路上の現在位置に印をつけて、海戦があった場所に印をつけるとちょうど目的地への航路上にそれらの点が重なる。さらに侵攻してくるであろう船団の予想進路を、最寄りの反魔物勢力の港と目的地とを結ぶと海戦のあった付近で航路と接近している。
「これ、まともな神経持ってたら絶対に行かないよね。」
「それでも行かないと、この都市が教団の攻撃に遭うのは火を見るより明らかだ。」
「俺なら救援に駆けつける船団をここで待ち伏せするな。」
「あら、カズヤさん。」
みんなが海図に見入っていて横から腕を伸ばして海戦のあった海域の手前を指していた。
「俺を仲間はずれにして何面白そうなことを話してるんだよ。」
「あまりにも面白くて笑えないほどだよ。」
リョウはやれやれといった表情でカズヤに応える。アヤも相変わらずのカズヤに半ばあきれ、周りにいる艦橋の要員は沈痛な面持ちで海図を見つめていた。
リョウが外を見ると、輸送船の帆は畳まれており船から明かりが若干漏れているためにまだ何かをしているのだろうと思った。
「急いで目的地に物資を届ける。教団の侵攻から守る。」
「両方やらなくっちゃあならないってのがつらいところだな。」
そして、カズヤは艦橋にいる者達へと振り返り、
「覚悟はいいか?オレはできてる。」
「覚悟は良いんだけど、わざわざ敵の真っ只中に突撃でもする気なの?」
「だいたい合ってるがちょっと違うな。操舵士、快速船の最高速度はどれぐらいになる。」
「嵐にならない程度の強風なら17ノットぐらいに。」
「第一戦速ぐらいか。」
「帆船だから常にその速度を維持できるわけないじゃない。」
「というわけでカラステング様これを輸送船の船長達に渡してくれ。」
「はいはい。」
アヤはカズヤから書簡を受け取ると艦橋から飛び立った。
「まさかお前。」
「その通りだ、艦長さん。」
「いったいどういうことでしょうか?」
リョウとカズヤの会話の意味が全く分からない操舵士が疑問を発すると、カズヤが海図の上に妙高をかたどった駒と輸送船をかたどった駒を置いて、一直線に並べると、
「こうやってカルガモみたいに一列になって突破するんだよ。」
「輸送船はそんなに速く航行できないと思うんですけど。」
「綱でつないで引っ張ればいけるだろ。」
確かに妙高の機関出力なら曳航は不可能じゃないにしろ、輸送船は7隻いる。それをすべてつなげて曳航できるのか、さすがにどんなに頑丈な綱でもさすがにそれは無理かもしれないとみんなは思っていた。
「さすがに7隻全部は無理だろうから、3隻ぐらいからやってみようと思う。」
「綱の強度に問題は無いのですか?」
「アラクネの糸で作った特別製の曳航用の綱を積んでおいた。」
「輸送船の船長が、いや、戦列艦の艦長達が何というか。」
「どうせできっこないとか反対するんだろうさ。だからこそやるんだよ。」
「味方が全員反対するような作戦こそ敵にとって思いも寄らない奇策となる。」
艦橋のみんなはリョウの言葉に多少は納得したものの、外に目を向けるとそこには漆黒の海が広がりを見せていた。
「これは本気で言ってるのか?」
「艦長とその参謀はやる気満々です。」
「しかし、旗艦の指示無しで勝手に…」
「間に合わなくなってもよければ指示に従っててください。」
とある輸送船の船長室で書簡を持ってきたアヤと船長が海図を挟んで話していた。まだ妙高に対する偏見がないのか、アヤに対して普通に接している船長に対して少し拍子抜けはしていた。
「はっきり言ってしまえば、妙高だけであの都市を教団の艦隊から守ることはできます。しかし、今必要なのは物資です。」
「ならば、我らを都市へと届けた後は単独で艦隊に向かうというのか、無謀な。」
「100門戦の大艦隊相当のお金をかけてますからそれぐらいできないといろいろとうるさいので。」
「そういうことか。」
船長の口がわずかに緩むと、アヤから貰った書簡に自分の名前と −面白そうだから話に乗ってやれ、あいつらのことは気にするな− と書き足してアヤに渡す。
「船長さん、これは。」
「こうすれば余計な時間をとらせはせんだろう。間に合わなくなってからでは遅いんだ。まさか敵もこんなことをするとは思わんだろ。」
「賛同ありがと。」
アヤは笑顔で船長に礼を言うと次の船へと飛び立った。それを見送った船長は先任航海士を呼ぶ。
「みんなをたたき起こせ、出港準備だ。だが、帆はそのままでいい。」
「どういうことですか?」
「帆を張ったらこれからの航海で破れてしまうわ。」
「なんか、戦列艦の艦長よりも輸送船の船長の方が大物のような気がしてくるな。」
意外に早く戻ってきたアヤから書簡を受け取り内容を読むと、面白そうだから乗らせて貰うだの、こうなれば一蓮托生だの、やる気満々なのが文面から伝わってくる。
「結局こちらの考えとほぼ同じだったのでしょう。あの都市に物資を届ければ拠点として機能してくれる。」
「そうなれば安心して迎え撃てるからな。防衛のために要塞もあるというし沿岸砲からの支援も期待できそうだな。」
「そう言っているそばから輸送船が後ろに。」
妙高の停泊しているところに輸送船3隻がゆっくりと近づいてきた。暗闇だというのに見事ともいえる操船をしているのを目の当たりにして、感心するほか無かった。
「出港準備だな。俺は曳航用の綱をとってくるから外にいるワーバットと一緒に輸送船に運んでくれないか。」
「ほんと、人使いの荒い人だこと。」
文句を言いながらもいやそうな顔をせずにマストにいるワーバットを呼びに艦橋から出て行った。カズヤも綱のある倉庫へと急いで出て行った。
「艦長、この態勢で行きますか。」
「このままで問題ないよ、機関用意。」
「了解、機関用意。」
「これを後ろの輸送船に渡してくれ、あと少し手伝ってもらえるとうれしいが。」
「これを持って行けば良いんだね。」
「任せて。」
後部甲板でカズヤがワーバットに綱を渡してそれを受け取ると輸送船の方へと飛び立っていった。
「それで私はすぐ後ろの輸送船に持って行けば良いの?」
「俺がこれを結んだらその反対を持って行ってくれ。」
カズヤがボラードに綱を手際よく頑丈に結んでいく様子をアヤは興味深そうに眺めているとすぐに終わり、
「それじゃ、こっちを輸送船に持って行ってくれ。船員に渡せば後は勝手にやってくれるだろう。」
「分かった、行ってくるね。」
アヤは綱の片方を持ってすぐ後ろにいる輸送船へと飛んでいった。
「3隻をいっぺんに曳航するということですか。かなり速度は低下しますね。」
「下手をしたら敵艦隊の中を突っ切ることになるかもね。」
「砲術班を起こした方が良いのでは?」
「カノン砲の特性を考えれば長時間の待機ができないから、見つかったとしても射程外まで逃げることができれば勝ちだ。」
「風上に進路を取れればいうことはないんですけどね。」
リョウは艦橋で操舵士と航海士に対してこれからの方針を話していた。彼らの方からも意見や疑問が上がってくるが、それに対する策も話し彼らを納得させた。
「艦長、輸送船の船長からの書簡です。」
「ありがとう。」
輸送船から帰ってきたワーバットが書簡を持って艦橋に入ってきた。それを受け取り中を見ると思わず笑みがこぼれてしまう。他の者達がその書簡を覗き込むと、
−奴らの艦隊を突っ切ってでも早く都市に物資を届けて奴らを蹴散らしてくれ。−
「すっかり頼りにされてますね、艦長。」
「ここまで信頼されてるならそれに応えないといけませんよね。」
「ただいまー」
「戻りました。」
アヤともう1人のワーバットが戻ってきた。後は曳航索の取り付けが完了したらすぐにでも出港しようと決心する。カズヤも艦橋に戻ってきて輸送船からの完了報告を待ち望んでいた。
「輸送船からの完了報告来ました。」
「よし、両舷前進最微速。」
「了解、両舷前進最微速。」
「いよいよ出発だな。前後とも曳航索の固定の再確認と異常が無いか監視しろ。」
妙高のすぐ後ろの輸送船では出発の灯火信号を受け取り、後続の船へ伝達するように命令する。船長自ら曳航索の確認のために船首に向かっていった。船首付近では既に命令に従って船員達が動き回っていた。そのうちの1人が船長に気づくと慌てて彼の元に駆け寄り、
「船長自ら確認せずともここは我々がしっかりと受け持ちます。」
そんな船員の言葉に満足そうに笑みを浮かべ船首の先を指さすと、船員もその方向に向くと妙高の姿が目に入った。その大きさは息をのむほどで、目の前に山がそびえているかのような錯覚さえ覚える。
「お前達の働きを疑っているわけではない。こんなとんでもない計画を立てて実行してしまう新型戦列艦をよく見ておこうと思ってな。」
「今夜は新月ですから良く見えないかと。」
「かまわんよ、理由はないがあれなら敵艦隊の中に突入しても大丈夫のような気がしてくる。」
波の音に耳を澄ますと、通常の航行とは明らかに違う音が耳に入ってくる。頬に受ける風も徐々に速度を上げていることを判断するのに十分な材料であった。
「両舷強速」
「現在9ノットで安定しています。」
「思った通りだな。欲張って3隻はやり過ぎたか。」
「この作戦は欲張らないと効果が薄くなるんじゃないのかい?」
「おっしゃるとおりで。」
テレグラフは強速の位置となっており、本来なら15ノットは出ているはずだが3隻の輸送船を曳航しているために思ったよりも速度が出ない。しかし、それは想定内のことであり艦橋内は特にざわめくようなことはなかった。
「普通ならとっくに切れててもおかしくないのに、さすがアラクネの糸で作った特別製の曳航索ですね。」
「そうだな、後は輸送船の船体がこれから出す速さに耐えきれるかどうかに掛かってるな。」
「第二戦速へ移行。」
「いきなりそこまで出すか…。ちょっと後ろ見てくるぜ。」
カズヤが後甲板へと向かっていった。目の前に広がる漆黒の海面は幸いなことに荒れておらず、曳航されている輸送船も波や風に振られていないことが艦の速度と進路が安定していることで確証できた。航海士が天測をして進路のずれを割り出して操舵士に伝える。
「現在位置はここになります。」
敵艦隊がいるであろう海域にさしかかっていた。艦橋に緊張が走る。前を見つめても空には星々と漆黒の海のみ。
「曳航索は全く問題ないな。輸送船からもまだまだいけるとの返答だ。」
「もう敵の真っ只中に突入したよ。」
「こんな時間じゃ敵さんもおねんねだろうよ。」
「せめて夜が明ける前にこの海域を突破しましょう。」
「第四戦速へ移行。」
更に速度を上げていくが、大きなうねりを乗り越えるような揺れがほとんど無いため、これで曳航している輸送船に異常が無ければこのまま突破できると考え始めていた。
「すごい風が強いね。」
「風が強いんじゃなくて、この船が速く動いてるんだよ。」
前部マストにぶら下がっていたワーバット達は、ぶら下がりを維持できなくなって見張り台に移動し、普通に立って前を見つめていた。その目の前にアヤが突然現れたのだから2人ともちょっとびっくりしたが、アヤだと分かったのかすぐに落ち着きを取り戻した。
「いきなり目の前に現れないでよ、びっくりしちゃった。」
「ごめんね、悪いけどこの先に敵の船団がいると思うから見に行ってくれないかな?」
「うん、いいよ。」
そう言うと2人のワーバットは見張り台から妙高に先行するように前方へと飛んでいった。
「現在21ノット。」
「第五戦速でもそれぐらいか。3隻も引っ張ってたら上出来な方か。」
「速度を上げるごとに抵抗も増えるからね。」
「それでも十分速いと思いますよ、コルベットやフリゲートでも振り切れます。」
艦橋でカズヤがテレグラフと電磁ログ計の針を見比べて、予想してたとはいえ速度低下にぼやくが、元戦列艦の操舵士が帆船の一般的な速度を引き合いに出して遅くはないと間接的に言っていた。
リョウはワーバットに先行させ、敵船団の発見に努めた。先に発見できればこちらがかなり有利となるからだ。幸い今夜は新月のため灯火管制を敷いているこちらは発見されづらく、夜目の利くワーバットで索敵している分こちらの方が早く発見できる可能性は高い。先に発見してしまえば攻撃をするにしろ回避をするにしろこちらが有利になる。ただし、戦闘に関しては曳航しているということでその選択肢からは自然と外すこととなる。
「できれば進路上には何もいないという報告がほしいところだな。」
「あったところで迂回すれば何も問題は無いよ。」
カズヤのつぶやきに答えるリョウだが、気持ち的にはほぼ一緒だった。
妙高から飛び立って数十分経ったがめぼしい物は何も見つからず、それでも2人のワーバットは暗闇の中を捜索していた。しかし、眼前に広がるのは漆黒の大海原。雲一つ無いために更に高度を上げて注意深く見渡すと何かが視野に入った。
「ねえ、何かいるよ。」
「あっちにもいるね。」
更に近づくとそれは間違いなく帆船だということが分かった。さらにかなりの広範囲に展開しているようで単純に数えただけでも30は軽く超えていた。
所属や種類を判別しようにも帆が完全に畳まれ、風がほとんど無いためマスト上の旗も判別ができなかったが、唯一分かったのは船側に砲列があったこと。それも2段や3段の物があり、中には4段の物もあった。彼女たちは直ぐに反転して妙高へと急いだ。
「もし、この先に大艦隊がいたらどうするの?」
「この艦単独ならぶちかましてやりたいところだが、今の状態だと癪だがこっそりと気づかれないように行くだけさ。」
「それが得策だね。」
ほんのりと常夜灯に照らされている艦橋でこれからどうするのか疑問をアヤが口にしてカズヤが模範的な回答をする。ここで優先されるのは敵の撃滅ではなく物資の速やかな輸送だということ。海図を見る限りこのまま行けば日の出前には目的地に着くことになる。
「あいつら遅いな。迷子になってるんじゃないのか?」
「いくら何でもそれは無いと思うわ。」
「艦隊に遭遇して攻撃されてると?」
「どんな弓の名手や魔法使いでも猫並みの目がなくてこんな暗闇で飛んでるのを落とせるものか。」
ちょっと遅すぎやしないかと心配になってきたのか、カズヤがそう言うと、
「ただいま〜。」
「戻ったよ。」
噂をすれば何とかというタイミングでワーバット達は帰ってきた。そして、彼女たちが見たままを報告すると、艦橋内は緊張が走った。
「俺の予想が本当に当たるなんてな。どこの船か分からんが、どう考えても俺たちの仲間じゃなさそうだよな。」
「広範囲にいる大艦隊か、迂回できそうにないわね。」
「カズヤの言うとおり寝てるのならまたとないチャンスだね。」
「間をすり抜けるつもりか?カノン砲に弾と火薬を詰めたままのはずはないからな。」
「そんなことをしたら火薬が湿気って使い物にならなくなりますね。」
操舵士がカズヤの予想を後押しするように言った。
「もし、艦隊の中をすり抜けるのなら夜目の利く人と交代したいですね。」
「そりゃそうだな。どうするよ、艦長さん。」
カズヤからの問いにリョウはしばらく考え込んだ後、
「総員起こし!!」
艦内にけたたましくベルが鳴り響き、それとともに乗員達が慌ただしく持ち場へと行き、総員起こしの発令から10分後にはそれぞれの持ち場に配置完了し、報告もすべて完了していた。報告を受けたリョウはワーバット達に射撃指揮所に行くよう指示をする。
「なかなかの早さだな、一戦構える気か?」
「さすがにそれは考えてないよ。」
「でも、みんな起こしてどうする気なの?」
「これからすることへの備えだよ。」
リョウは航海士に現在位置を確認させて海図に印をつける。
「星弾射撃用意。進路上の艦隊の発見に努めよ。」
12/03/25 02:48更新 / うみつばめ
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