連載小説
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サバト スーパーエクスプレス 中編
 総員起こしから真っ先に持ち場に着いた砲術要員達は主砲塔下の弾薬庫から星弾射撃に使用する砲弾を探していた。砲弾の先端がそれぞれの用途に分けられて着色されている。しかし、夜間照明のため色の見分けが付きづらい状況となっていたがそれを想定して線の本数でも表されているため、困難な作業ではなかった。

 「照明弾はこいつで良いんだよな。」
 「それは三式弾だ。こっちが照明弾、さっさと揚弾機に乗せるぞ。」

 1,2番砲塔内では総員起こしから急いでやってきた砲術員が装填作業をしている。装填を最優先にするあまりその格好は端から見たらその目を疑うものであった。普段の教育でも緊急時の総員起こしでは戦闘態勢の早期確立を優先としているためにこのようになっていた。だから他の部署でも同じ状況が散見されている。

 「1,2番砲塔星弾射撃準備完了。」
 「3番砲塔要員配置完了。」

 射撃指揮所内では既に全員が配置についた。そこに集まった要員の格好も主砲塔内の要員と似たり寄ったりであるが、その表情は真剣そのものである。砲術班長が水兵帽ではなくナイトキャップを被っているのをはじめとして、その他の要員の格好は察しの通りである。後部の4,5番砲塔に人を配置しないのは輸送船を曳航しているため発射時の衝撃で輸送船が破損することを防ぐためであった。

 「何か見える?」
 「まだ何も見えないよ。」

 高倍率望遠鏡をワーバットにのぞかせてその隣で砲術員が測距儀を同じ方向へと向けている。夜目の利く彼女に船を早く発見させるためである。発見した際の測距操作もワーバットに簡単ではあるが教えている。


 「星弾射撃準備完了。」
 「敵艦隊まだ発見できず。」

 艦橋内では星弾射撃後の行動について話し合われていた。

 「とりあえず辺りを照らして、隙間を突破だな。」
 「万が一敵じゃなかった場合を考えると戦闘はできるだけ避けたいね。」
 「どう考えても敵としか思えないんだけどね。」
 「せめて掲げてる旗とか帆の紋章さえ判別できたらよかったんだけどな。」

 展開している海域や編成から、味方の可能性は限りなく低いとしか言いようがないが、今は輸送が最優先任務であるために少しでも戦闘は避けたいとこの場にいる全員が思っている。
 
 「敵艦隊を発見、距離はおよそ2万4千。その数は多数。」

 射撃指揮所からの報告が入ると艦橋内には一気に緊張が走る。

 「ついに見つけたぜ、ぐっすり寝てることを期待してるぞ。」
 「どこにこんな真夜中の暗闇で、自分たちの間を突っ切るのがいるなんて予想するのよ。」
 「懐に突入してしまえば同士討ちを恐れて攻撃はしてこないと思うよ。」


 「妙高より、『コレヨリ敵艦隊ヘ突入スル』とのことです。」
 「各員に腹をくくれと伝えておけ。」

 妙高からのメッセージを副長より受けた輸送船の船長はそう一言だけ告げた。停泊地から出発してそれほどの時間が経ってないが、今までに体験したことがない速さを思えば何ら不思議ではなかった。

 普通、単独で艦隊の中へ突入など自殺行為以外の何物でも無いが、暗闇の中、足の速さを生かして突破する計画を受けたときはにわかに信じがたかった。しかし、実際にこの速さは快速帆船を軽く引き離すに十分すぎる。絶対とはいえないが、このままうまく突破できることを教団の神以外に祈ることにした。


 射撃指揮所では艦隊との距離を測りつつ、通常の砲撃とは違う星弾射撃のための諸元をはじき出していた。命中させるための計算ではなく、照明点を目標の直上又はやや近にして艦隊を直接照明して突破コースを見つけ出すことになる。

 「距離12000です。」
 「8000まで距離を詰めます。」

 艦橋に敵艦隊との距離は逐次報告され、星弾射撃を距離8000から開始するとの報告も既にされていた。航海士は現在の速度で射撃開始から敵艦隊へ到達する時間を計算して導き出す。

 「射撃開始からおよそ12分で敵艦隊へ到達します。」
 「照射時間がおよそ2分だから10分の間に戦闘準備が完了されたら終わりということだな。」
 「ぐっすり寝てる乗員を一斉に起こしてから動き出すまでにどれくらい掛かるかが鍵だね。」
 「こっちみたいに10分で完了することはまずあり得ないだろうしな。」
 「まずこちらを見つけられるかどうですかね。」

 星弾射撃の目的は単にルートの確認だけではなく、その明るさによりより暗闇で目が利かなくなることを期待した物だ。明順応よりも暗順応の方が時間が掛かることを利用している。寝起きのはっきりしない状態でのカノン砲の準備はかなり時間が掛かる物と予想してこの手段を執ることとなった。

 「距離8500。」
 「撃ち方はじめ。」

 この命令をした後、撃つタイミングは射撃指揮所にある。それを理解しているカズヤ以外の者は発射に備えて身構える。

 「距離8000切らないと撃たないからそんなに身構えるなよ。」
 「あ、そうだっけ。」
 「今のは射撃許可であって、今すぐ撃てという意味じゃないよ。」


 射撃指揮所内では敵艦隊の分布を大まかに測的をしながら射撃方向と角度を算出し射手に伝える。射手は方位と角度を設定し各砲塔を連動させる。ただし、射手の操作によって動いているのは1,2番砲塔のみ。3番砲塔は構造上前方への射撃ができないために要員は配置されているが、弾薬は装填されていない状態である。

 「距離8100。」
 「総員対閃光防御。」

 射撃指揮所では射手以外の全員がゴーグルを装着し始める。ただでさえ薄暗いところにゴーグルを装着すると視界は真っ暗闇となる。外の星明かりさえも判別できないほどに。

 同じ頃、艦橋内でも各人がゴーグルを装着するが、操舵士は額のところにゴーグルをかけている。

 「すげえな、これ。何も見えないぜ。」
 「発射前には合図が来るから、すぐにかけられるよう準備しておけば良いよ。」
 「ねえ、本当にこんな物が必要なの?」

 アヤもゴーグル越しに外を見ているが何も見えるわけでもなく、言われたとおりに装着している者の中にもアヤと同じ疑問を持っていた。

 「夜間の砲撃は発射炎がかなりの光量になるから目がくらんでしまうかもしれないからその対策として。」


 「距離8000。」

 射撃指揮所内では報告と同時に発射合図のブザーをしばらく鳴らし、それが鳴り止むと、

 「撃て!!」

 砲術長の号令で射手が角度を微調整した後、目を閉じて引き金を引いた。


 「合図が来たぞ、これが鳴り終わったら発射だ。」

 艦橋内にブザーが鳴り響くと操舵士も額にかけてあったゴーグルを、直ぐに装着した。そしてみんなが前方へを目を向けると、1番砲塔が轟音とともに火を噴いた。ゴーグル越しでもはっきりとその形と周りの風景が浮かび上がった。
 しばらくすると、二つの光源により艦隊がその姿をあらわした。ワーバットからの報告通り、帆は完全に畳まれている状態であり広範囲に様々な向きで停泊しているのを確認した。

 「かなりばらけてるな、このまま突っ切って行けそうだ。」
 「天佑は我らにありということかな。」
 「次弾発射は距離5000です。」
 「次弾発射後、両舷の銃座に要員を配置。」

 艦隊を照らしている光源は離れたこちらからもはっきりと見えている。照らされている艦隊にとっては太陽ほどではないがかなりの明るさとなるだろう。操舵士が照らし出された船の一番大きな隙間に向かって微妙に進路を修正する。


 「何だ今の音は。」
 「要塞砲でもぶっ放したのか?」

 曳航されている輸送船の船員達は今まで聞いたこともない爆音とともに、昼間かと間違えるほどの明かりを目の当たりにしていた。船長もその音を聞き船室から出てきた。

 「お前達、うろたえるな。こんな物でいちいち驚いてたらきりが無いぞ。」

 船長の一括で、浮き足立っていた船員達も少しは落ち着きを取り戻してきた。船長自身も船内にいたはずなのにその音と衝撃を耳だけではなく体でも感じ船員と同様に驚いていたが、流石に彼らの手前そんな無様をさらけ出すわけにはいかなかった。副長もそんな船長の心情を察していたのか、

 「流石にあれは我々の理解の範疇を遙かに超えてますな。」
 「それに我々は乗ったのだからな、これから先は驚きの連続かもしれんな。」

 ニヤリと笑う船長にやれやれと思う副長だが、内心得も言われぬ高揚感がわき上がってくるのを感じた。

 「これでも我々は砲戦の最中を駆け巡ってきた強者どもの集まりだ。今回は敵に同情するよ。」



 間者を通じて攻略予定の都市に援助物資を輸送しようという船団が居るという情報を仕入れて、予想航路上に展開をしている船団はそのほとんどが反魔物国家の主力艦隊が集まって編成されている。

 その都市は要塞を構築し、そこからの遠距離砲撃は少なからず被害をもたらしていたが、物流船を無差別に拿捕または撃沈して兵糧攻めの持久戦に持ち込み、もう少しで食料等が底を尽きるはずと算段していた。
 教団からも都市攻略のために精鋭部隊を乗せた船団がこちらに向かっているため、それらと合流し一気に攻略するための前哨戦として、都市への援軍であろう艦隊を粉砕しようと虎視眈々と待ち構えていた。

 

 「風はない、これだけの大艦隊を前にやってくるバカどもが居るのかねぇ。」

 とある80門戦のマストで見張りをしている者が眠い目をこすりながら、相方に問いかけるが彼も肩をすくめて答えた。そんなバカがいたらこの目で見てみたいものだと言いたそうな様子で。事実、別の船団が救援のために都市へと派遣されたのだが、この艦隊によってことごとく全滅していたのだ。
 その戦利品として奪い取った酒や食料で宴をしていたためにこの時間に起きているのは各船の見張りぐらいしか居ない。

 「お偉様達は豪勢にしているが、俺たちは寒空の星の下で見張りときたもんだ。」
 「そう腐るなよ、どうせ何もないだろうし給金だって良い額だ。最高の仕事だと思わないか?」

 不意に独特の風切り音が聞こえ、その方向に注意を向けた瞬間。パァンと何かが破裂した音と同時に周りが急激に明るくなった。真昼かと間違うほどの明るさに照らし出され上を見ると、二つの光源がゆっくりと艦隊の真上を漂っていた。

 「おい、なんだあれは?」
 「敵襲か、魔力探知機が反応しないから魔法弾じゃなさそうだが。」
 「信号弾でもなさそうだな。」

 この光に各戦列艦の見張り達が一斉に注目していたが、艦内にいる乗員達のほとんどは夢の中という状態であった。

 「周囲に怪しいのが居ないか探すしかないぞ。」

 この状態で全員をたたき起こすかどうかの判断に困った見張り達は、風切り音が聞こえてきた方角に注意を向けるが、明るく照らされている状態では全く周りが見えづらかった。

 しばらくすると、その明かりは海中に没して辺りは再び暗闇に包まれること
となった。

 「なあ、次に同じことが起こったらとりあえず・・・」

 見張り員が相方にそう言うやいなや再び先ほどと同じ風切り音とともに、再び同じ光球が出現した。もはやこれは敵襲と同じことではないのかと、各船の見張り達はさっきよりも真剣に辺りを見回すが、光源によって照らされているために良く見えない。どの方向から来たのかもはっきり言ってよく分からなかったため更に焦りの色を色濃くしていった。

 「もう、どやされてもかまわないから敵襲の伝達をするんだ。」

 通常なら見張り台から叫べばすぐに戦闘準備に入るのだが、今は真夜中であり、酒が入り寝入っているために見張り台から直ぐに降りて、艦長室と砲列甲板にその旨を伝えると再び見張り台に戻り、相方に異常が無いかを聞き辺りを警戒するが、眼前に広がるのは漆黒の闇のみであった。

 「さすがにすぐ戦闘準備が整うわけないよな。」
 「あれだけしこたま飲んでりゃ無理もない。」

 見張り台から甲板上の動きを見るが、砲門が開いてないどころか人の動きがほとんど感じられない。しかし、数においては完全にこれから来るであろう船団を遙かに凌駕しているのでそう簡単にはやられることはないと安心はしていた。
 それでも万が一に備えて怪しい物はないかを見張るが、上空に輝く照明のため良く見えないのが気がかりとなっていた。



 妙高は距離5000で次弾を発射。最終経路を確認させた後、両舷の機銃や高角砲に準備命令を出した。

 「あと7分で敵艦隊に突入します。」

 リョウは航海士からの報告を聞き照明弾で浮かび上がる艦隊を見たあと海図を再び確認し、

 「照射時間がおよそ2分だから、消える頃にはだいたい3000ぐらいまでには接近するだろうね。」
 「カノン砲の最大射程に入ってますね。」

 更に進路を微妙に修正しながら、操舵士はリョウに対して一言付け加えた。

 「あくまでも最大射程で有効射程じゃないから命中率はカスみたいなもんだぜ。それ以前に奴らが攻撃準備を完了するとは思えんがな。既に主砲どころか高角砲の有効射程に入ってるから先制攻撃も可能だ。」

 カズヤは余裕たっぷりの表情で少し不安げな操舵士の背中を叩いた。少々力が入りすぎているのか操舵士は少し咳き込んでいたが、すぐに操艦に集中していた。

 両舷の機銃座や高角砲には主砲の次弾発射からすぐに砲術班員が配置についた。機銃には既に弾倉がつけられているが薬室に装弾はされていない状態で待機している。高角砲も砲弾は装填台に乗せられたままで砲身には装填されてはいない。
 準備命令を受けて配置についている彼らはいつでも撃てるようにと思っていたが、装填はしないという付け足しを射撃指揮所から言われていたため、不思議に思いながらも従っていた。

 「てっきり敵艦隊にぶちかますのかと思ったんだけどな。」
 「あくまでも備えであって戦闘する気はないと思いますよ。この暗さでは高角測距儀が使えませんから高射器照準もできませんし。」

 高角砲内で待機している砲手に砲術員の魔女が答えるが、相変わらず頭にはナイトキャップのままで寝間着姿である。

 「距離的には目と鼻の先だから照準望遠鏡だけでも十分だと思うけどな。」
 「速やかな突破が優先されていますから、戦闘になることは無いと思いますよ。」
 「こいつの足の速さなら、奴らが大砲に点火する前に余裕で振り切れそうだな。」

 敵艦隊を照らしていた照明弾が海没すると辺りは再び暗闇に包まれた。その真っ只中に妙高は突入を開始した。
13/02/17 14:59更新 / うみつばめ
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