初めての艦隊行動
「足の速い船をやや先行させて、本体はその後方を行くことにする。デカ物のお前は輸送船の後ろにくっついて後方からの襲撃を警戒しろ。」
「鈍重そうだからあまり無理するなよ。」
「それでは船団のしんがりを勤めさせていただきます。」
サバト艦隊の旗艦「アレクサンダー」に艦長達が航路についての情報交換と航行時における規定を話し合っていた。
前回は敵の発見が遅れたせいで包囲を許してしまったと言うことで、索敵を重視して、自分たちをおとりにして輸送船から敵の目を逸らそうという内容だった。
ちなみに、デカ物とか鈍重そうと言うのは妙高に向けられた言葉である。カズヤの額に何本もの青筋が現れていたが、そこでぐっとこらえているのは本当に感謝したいほどだ。ただ、いつ爆発してもおかしくないところの一歩手前まで来ているため、他には聞こえないような小声で、
「好きなように言わせておけばいい、少なくともバフォ様は認めてくれているのだから。」
カズヤは黙って頷くだけだが幾分落ち着いたのだろう、額の青筋は少なくなっていた。そして海図やそこに書かれたルートをよく見て、
「艦隊司令さんよ、敵方の戦力は分かってるのか?どこから出現するとかさ。」
「だいたいの出現場所はそこに書いてあるとおりだ。規模についてはこちらの倍以上はあるだろうな。」
「勝算というか、輸送船の安全は保証されるのか?」
「そのために戦列艦隊で敵を引きつけるのだ。分かったなら、正午に出港する。特にそこのデカ物は遅れるなよ。」
「わかりました、正午出港ですね。」
流れ解散的に船長達は船を下りてそれぞれの船へと向かっていった。リョウとカズヤは造船所までのんびりと歩くことにした。
「デカ物って、ちゃんと妙高という名前があるのに何かの嫌がらせか?」
「さっきも言ったけど言わせたいやつには言わせておけばいい。」
「俺なんかあと少しであいつらを海にたたき込んでたところだぜ。」
「まだ、乗員のほとんどが女子供だの言われなかっただけマシとしよう。」
「そう言われてたらどうする気だったんだ?」
「主砲に装填して引き金を引くだけだ。」
「…えげつないな、おまえ。」
滅多に怒ることがないリョウだが、だからこそ最も怒らせてはいけないやつなんだと長い付き合いのカズヤは改めて思った。
「二人ともお帰り。」
「今帰ったぜ。」
アヤが妙高の見張り台から飛んで出迎えるが、リョウは何かを考えているようでアヤの言葉が耳に入って無いのか無反応。
アヤがリョウの目の前で羽を振っても反応がないためにそのまま両羽を頬に添えてそのまま口づけをする。さすがにカズヤもしばらく成り行きを見守っていたが、すぐにリョウは我に返りアヤを引き離す。
「気づいた?」
「ああ、おかげさまで。」
いたずらっ子のような笑顔のアヤと顔がアカオニかと言うほどに真っ赤なリョウがそのまま妙高に乗艦すると、乗員からどうしたんですかなどと詰め寄られる。カズヤも乗艦しようとすると、いつでも出港できる準備は完了していることが煙突からの陽炎が休止時よりかなり多くなっているから分かった。
「艦長さん、このルートは襲ってくださいと言ってるようなもんだぜ。」
艦橋には戦闘を担当するであろう元戦列艦乗りの乗員とそれぞれの長を集めて旗艦上で行われた会議について決定したことを伝達していた。元戦列艦乗りの乗員にとっては、この航路だと間違いなく戦闘は避けられないということ、あのときも同じように航行して待ち伏せに遭ったあげく包囲されてしまったということをみんなに語った。
「ということは、その艦長はよほどのバカか、何か対策があるからそうしているのかが分からないな。」
「もしあるとすれば、夜間のうちに突破するつもりなのかな。」
「闇に紛れて突破するということか。」
闇に紛れる方法は有効かもしれないが、逆にこちらも敵の動向が分からなくなるということになる。夜間の索敵についてこちらは問題ないが、戦列艦はどうするのか気になってきた。
「夜目の利く見張りといっても限度があるからな。」
「もし夜の戦闘になったら精一杯するだけです。」
砲術長の魔女も未知数が多すぎる今回の航海については不安を感じているはずだが、部下達やこの艦を信用してくれているのかそういったことはおくびにも出していない。
「その時はその時だ。36ポンド砲なんて豆鉄砲ごときでこの艦は沈まねえよ。」
「20.3センチ砲ですべて粉砕して見せますよ。」
「あのときの借りを利子つけてたっぷりと返してやるぜ。」
なんだかんだ言っても暗い雰囲気になることもなく、それぞれに気合い十分と言ったところか、カズヤの方を見てもみんなの気持ちが伝わってきているのか不敵な笑みを浮かべていたりする。
「艦長、船団が出港を始めました。」
見張り台にいたセイレーンが艦橋に入りそう報告する。時計を見ると正午を少し回っていた。港の方に目を向けると確かに船団がゆっくりと外洋に向けて進んでいる。
「すぐに出るか?」
「慌てなくてもすぐに追いつけるし、いつでも出港できる態勢は整っているんだよね、機関長?」
「はい、すぐに最大戦速まで出せます。」
カズヤは黙って手刀を彼女の頭に落とした。
「あう、痛いです。」
「前を行く船団に追突するだろ。」
「よし、出港準備、配置につけ。」
艦橋からそれぞれの持ち場へと急いで駆けだしていく。再び港の方へ目を向けると、最後の輸送船が動き出したところだ。
「早く出港しないとあの艦隊司令様がうるさいぞ。」
「分かってるよ。」
「揚錨完了、出港準備完了です。」
「両舷前進最微速。」
岸壁からゆっくりと離れていく妙高を見送る者が少なからずいた。あのバフォ様達が他の人たちに混ざって見送っていた。船団を見送ってからわざわざここまで来てくれたのであろう。
「バフォ様達が見送ってくれてるぞ。」
「それだけ期待してくれている証拠さ。」
リョウは艦橋の窓越しではあるがバフォ様に対して一礼をした。それに対してバフォ様は応えるかのように手を大きく振っていた。
「バフォ様、本当に動きましたね。」
「動くことぐらい当たり前じゃろう。あの船団の運命は妙高にすべて掛かっておると言っても過言じゃないわい。」
艦尾にはためいているサバトの旗が見えなくなるまでその姿を見ていた。
「港を出ます。」
「両舷微速。後尾続行。」
船団の陣形は当初の打ち合わせ通りに快速船を先行させて、戦列艦旗艦アレクサンダーを先頭に一列で航行している。最初の停泊地までは特に何も無いので艦橋内は終始和やかな雰囲気であった。
「このまま目的地まで行ければいいんだけどな。」
「残念ながらそうはいかないだろうね。」
「ねえねえ、私の出番まだ?」
アヤがリョウのそばに寄ってきた、2人のセイレーンとともに索敵と偵察の役割を与えられているが、今はその必要が無いため待機しているはずだけど暇をもてあましているのかそんな表情がうかがえた。
「適当に周りを飛んでていいよ。まだ怪しい船とは遭遇しないだろうし。」
「風が弱いから予定より遅れそうね。だけどそのうち遭遇するかも。」
「両舷微速赤10」
操舵士の指示により速力が下げられるが、風が珍しく弱いために満足に速度が稼げないらしい。こちらとしては追突しないように微妙に速力を調整する。蛇行すれば追突は防げるのだが、それをやったら艦隊行動を乱すなと怒られそうなのでやめた。
「ほんとに風無いんだな、前の船の帆があまり張ってないぞ。」
「両舷微速赤20」
「まじかよ。」
「本当に風がないのか。これだと予定地の沿岸に着く時間はかなり遅れそうだね。」
太陽が水平線に沈み辺りが暗くなってくると、交代で哨戒していたアヤとセイレーン達がワーバット達に任務の引き継ぎをしていた。それが終わったのかワーバットの一人が飛び立っていった。
「特に怪しいのは見なかったけど、見張り台の人がとても辛そうにしてかわいそうだったから交代はと聞いたら、まだ交代の時間じゃないって。」
「おいおい、そんなに目のいいやつがいないのか?」
「前の艦隊の索敵能力は当てにできそうにはないな。」
戦列艦のマスト上の見張り台は妙高の測距儀よりも高い位置にあるが、見張り要員の目にすべてが掛かっており、望遠鏡は渡されているらしいがこちらで使っている高倍率望遠鏡ほどではないので索敵能力が心許ない。
こちらはアヤをはじめとしたセイレーン達で上空からの索敵を行っている。夜間に関してはワーバット達にその役目を担って貰うのだが、飛行能力に差があるため昼間に比べればその範囲は狭くなってしまう。
「サバトの情報網を持ってしても敵勢力の把握は難しいということか。」
「これだけ風が弱ければ向こうもすぐにはこれないと思うよ。最初の停泊地までは安全とみるね。」
「これだけ暗くなると戦闘どころじゃないからな。」
そして、予定より遅れてしまったが最初の停泊地に着き錨を降ろすこととなった。
「砲術班はすべて就寝させて、その他の部署は必要最低限の人数を残して就寝させよう。」
「そうだな、はじめから気を張ってたら本番で実力を発揮できないもんな。」
「カズヤも好きなところで寝てていいよ。」
「お前はどこで寝るんだ?」
「この椅子で寝るよ。意外と座り心地もいいし何かあったらすぐに対応しないといけないからね。」
「これを使え、風邪を引くぞ。」
カズヤが渡したのはいわゆる寝袋なのだが、一般的な筒状ではなく腕の部分がある人形型の物だ。
「何か起きた場合に腕だけでも動かせれば格好が付くだろ。」
「微妙な心遣いありがとう。」
「空調効いてるけどな。」
艦橋の要員は既に交代をしていて操舵士も魔女から元戦列艦乗りの男性へと変わっていた。
「俺、前の船でも夜の操船を担当してたから大丈夫ですよ。」
「周囲の見張りは前部マストにワーバット2人が付いてます。」
「朝日が昇る頃か、船団が出発しかけたら起こして。」
「わかりました、後は任せてください。」
カズヤは艦橋から出て行き、リョウは人形型の寝袋に入り椅子の背もたれを調整して寝ることにした。常夜灯がほんのりと室内を照らし出していた。
「静かになったね。」
「みんな寝ちゃったかな。」
前部マストでは2人のワーバットがぶら下がっていた。夜目が利くと言うこともあるが最大の利点は耳が良いということ。妙高からの音に関してはもう慣れたので、後はそれと異質の音に注意しながらあたりをぼんやりと眺めていた。
「こんなに風がないのは初めてだ。何か悪い前兆じゃないだろうな。」
「いいじゃないですか、その方があのデカ物にはちょうど良い速さで。」
「順風を捕まえた快速船以上の速さだというが眉唾物だな。」
「あのグラディエーターと同じ蒸気船なんだろ。あんな鈍足船と同じ仕組みで動く船だ大して当てになるものか。」
「鋼鉄でできてるらしいから船団の盾としては十分に役立つんじゃないのか?」
この場にカズヤがいたら容赦なく全員を海にたたき込むであろう会話をしているのは、アレクサンダーに集まった各戦列艦の艦長達だ。いかに早く発見して有利な位置を占めようとしていたのだが予想以上の遅れが彼らの焦りを募らせていた。
これから先の航路は護衛無しでは自殺行為といわれるほどの海賊船や反魔物国家所属の船との遭遇が多い海域となる。
どこの国の領海でもない公海のはずなのだが、いつしか反魔物国家しか無事に航行できないところとなりつつあった。サバトが大打撃を受けてからそれがかなり顕著になってきていることに親魔物勢力は不安を抱いていた。
だから、この航海で敵の主力を叩いて少しでも勢力を取り戻し、安全な航路の確保が流通が止まり孤立状態の都市や国にとっては重要となる。転送魔法にも限度があるため、必要量の物資を十分に確保できない状態が続き慢性的な食糧難が大きな問題となっている。
「早くあの海域で我が物顔でいる奴らを叩き出さないと。」
「それが叶わなくとも、輸送船の物資を届けないとあの都市はもう持たないだろう。」
「あの都市を攻略するために教団の船団が向かっているとも聞いてるからな。」
「下手をすれば挟み撃ちに遭うわけだ。」
「なのにこの風はどうなってるんだ。すべてがこっちに不利に働いてるとしか思えない。」
「それでもしなきゃいけないんだよ。」
艦長室の空気がいっそう重く感じられるとともに、
「本当にあのデカ物は役に立つのか?」
「そいつにかかった予算で100門戦の大艦隊が編成できるんだと。」
「俺たちは大艦隊ということか?笑えない冗談だな。」
艦長室に半ばやけになったような笑い声が響き渡り、しばらく続くかと思われた次の瞬間、
「それで…?」
全員が声の方へ向くとアヤが開いた窓に座り艦長達を見つめていた。
「ブラックハーピーが何の用だ。」
「ば、ばか。そつはカラステングだぞ。」
先ほどの会話を聞いて不機嫌気味だったのが更に増して、表情は微笑んでいるがいわゆる目が笑ってない状態で、艦長達はそれ以上何も言わなくなった。いや、何も言えなくなったというのが正しい。
彼らはカラステングを見るのは初めてで、図鑑のイラストでしか見たことがなかったがハーピー種の中では最も力があり、気むずかしい性格というのを思い出し、下手に刺激すると何をされるかいやな汗が噴き出してきた。
「それで、さっきの話もう少し詳しく聞かしてくれない?」
アヤは座っていた窓から降りて、彼らのテーブルまでゆっくりと歩き出した。
後に、艦長達は口をそろえて
『あのときあんなことを言わなかったら、あの驚くべき出来事はなかっただろう。』と。
「鈍重そうだからあまり無理するなよ。」
「それでは船団のしんがりを勤めさせていただきます。」
サバト艦隊の旗艦「アレクサンダー」に艦長達が航路についての情報交換と航行時における規定を話し合っていた。
前回は敵の発見が遅れたせいで包囲を許してしまったと言うことで、索敵を重視して、自分たちをおとりにして輸送船から敵の目を逸らそうという内容だった。
ちなみに、デカ物とか鈍重そうと言うのは妙高に向けられた言葉である。カズヤの額に何本もの青筋が現れていたが、そこでぐっとこらえているのは本当に感謝したいほどだ。ただ、いつ爆発してもおかしくないところの一歩手前まで来ているため、他には聞こえないような小声で、
「好きなように言わせておけばいい、少なくともバフォ様は認めてくれているのだから。」
カズヤは黙って頷くだけだが幾分落ち着いたのだろう、額の青筋は少なくなっていた。そして海図やそこに書かれたルートをよく見て、
「艦隊司令さんよ、敵方の戦力は分かってるのか?どこから出現するとかさ。」
「だいたいの出現場所はそこに書いてあるとおりだ。規模についてはこちらの倍以上はあるだろうな。」
「勝算というか、輸送船の安全は保証されるのか?」
「そのために戦列艦隊で敵を引きつけるのだ。分かったなら、正午に出港する。特にそこのデカ物は遅れるなよ。」
「わかりました、正午出港ですね。」
流れ解散的に船長達は船を下りてそれぞれの船へと向かっていった。リョウとカズヤは造船所までのんびりと歩くことにした。
「デカ物って、ちゃんと妙高という名前があるのに何かの嫌がらせか?」
「さっきも言ったけど言わせたいやつには言わせておけばいい。」
「俺なんかあと少しであいつらを海にたたき込んでたところだぜ。」
「まだ、乗員のほとんどが女子供だの言われなかっただけマシとしよう。」
「そう言われてたらどうする気だったんだ?」
「主砲に装填して引き金を引くだけだ。」
「…えげつないな、おまえ。」
滅多に怒ることがないリョウだが、だからこそ最も怒らせてはいけないやつなんだと長い付き合いのカズヤは改めて思った。
「二人ともお帰り。」
「今帰ったぜ。」
アヤが妙高の見張り台から飛んで出迎えるが、リョウは何かを考えているようでアヤの言葉が耳に入って無いのか無反応。
アヤがリョウの目の前で羽を振っても反応がないためにそのまま両羽を頬に添えてそのまま口づけをする。さすがにカズヤもしばらく成り行きを見守っていたが、すぐにリョウは我に返りアヤを引き離す。
「気づいた?」
「ああ、おかげさまで。」
いたずらっ子のような笑顔のアヤと顔がアカオニかと言うほどに真っ赤なリョウがそのまま妙高に乗艦すると、乗員からどうしたんですかなどと詰め寄られる。カズヤも乗艦しようとすると、いつでも出港できる準備は完了していることが煙突からの陽炎が休止時よりかなり多くなっているから分かった。
「艦長さん、このルートは襲ってくださいと言ってるようなもんだぜ。」
艦橋には戦闘を担当するであろう元戦列艦乗りの乗員とそれぞれの長を集めて旗艦上で行われた会議について決定したことを伝達していた。元戦列艦乗りの乗員にとっては、この航路だと間違いなく戦闘は避けられないということ、あのときも同じように航行して待ち伏せに遭ったあげく包囲されてしまったということをみんなに語った。
「ということは、その艦長はよほどのバカか、何か対策があるからそうしているのかが分からないな。」
「もしあるとすれば、夜間のうちに突破するつもりなのかな。」
「闇に紛れて突破するということか。」
闇に紛れる方法は有効かもしれないが、逆にこちらも敵の動向が分からなくなるということになる。夜間の索敵についてこちらは問題ないが、戦列艦はどうするのか気になってきた。
「夜目の利く見張りといっても限度があるからな。」
「もし夜の戦闘になったら精一杯するだけです。」
砲術長の魔女も未知数が多すぎる今回の航海については不安を感じているはずだが、部下達やこの艦を信用してくれているのかそういったことはおくびにも出していない。
「その時はその時だ。36ポンド砲なんて豆鉄砲ごときでこの艦は沈まねえよ。」
「20.3センチ砲ですべて粉砕して見せますよ。」
「あのときの借りを利子つけてたっぷりと返してやるぜ。」
なんだかんだ言っても暗い雰囲気になることもなく、それぞれに気合い十分と言ったところか、カズヤの方を見てもみんなの気持ちが伝わってきているのか不敵な笑みを浮かべていたりする。
「艦長、船団が出港を始めました。」
見張り台にいたセイレーンが艦橋に入りそう報告する。時計を見ると正午を少し回っていた。港の方に目を向けると確かに船団がゆっくりと外洋に向けて進んでいる。
「すぐに出るか?」
「慌てなくてもすぐに追いつけるし、いつでも出港できる態勢は整っているんだよね、機関長?」
「はい、すぐに最大戦速まで出せます。」
カズヤは黙って手刀を彼女の頭に落とした。
「あう、痛いです。」
「前を行く船団に追突するだろ。」
「よし、出港準備、配置につけ。」
艦橋からそれぞれの持ち場へと急いで駆けだしていく。再び港の方へ目を向けると、最後の輸送船が動き出したところだ。
「早く出港しないとあの艦隊司令様がうるさいぞ。」
「分かってるよ。」
「揚錨完了、出港準備完了です。」
「両舷前進最微速。」
岸壁からゆっくりと離れていく妙高を見送る者が少なからずいた。あのバフォ様達が他の人たちに混ざって見送っていた。船団を見送ってからわざわざここまで来てくれたのであろう。
「バフォ様達が見送ってくれてるぞ。」
「それだけ期待してくれている証拠さ。」
リョウは艦橋の窓越しではあるがバフォ様に対して一礼をした。それに対してバフォ様は応えるかのように手を大きく振っていた。
「バフォ様、本当に動きましたね。」
「動くことぐらい当たり前じゃろう。あの船団の運命は妙高にすべて掛かっておると言っても過言じゃないわい。」
艦尾にはためいているサバトの旗が見えなくなるまでその姿を見ていた。
「港を出ます。」
「両舷微速。後尾続行。」
船団の陣形は当初の打ち合わせ通りに快速船を先行させて、戦列艦旗艦アレクサンダーを先頭に一列で航行している。最初の停泊地までは特に何も無いので艦橋内は終始和やかな雰囲気であった。
「このまま目的地まで行ければいいんだけどな。」
「残念ながらそうはいかないだろうね。」
「ねえねえ、私の出番まだ?」
アヤがリョウのそばに寄ってきた、2人のセイレーンとともに索敵と偵察の役割を与えられているが、今はその必要が無いため待機しているはずだけど暇をもてあましているのかそんな表情がうかがえた。
「適当に周りを飛んでていいよ。まだ怪しい船とは遭遇しないだろうし。」
「風が弱いから予定より遅れそうね。だけどそのうち遭遇するかも。」
「両舷微速赤10」
操舵士の指示により速力が下げられるが、風が珍しく弱いために満足に速度が稼げないらしい。こちらとしては追突しないように微妙に速力を調整する。蛇行すれば追突は防げるのだが、それをやったら艦隊行動を乱すなと怒られそうなのでやめた。
「ほんとに風無いんだな、前の船の帆があまり張ってないぞ。」
「両舷微速赤20」
「まじかよ。」
「本当に風がないのか。これだと予定地の沿岸に着く時間はかなり遅れそうだね。」
太陽が水平線に沈み辺りが暗くなってくると、交代で哨戒していたアヤとセイレーン達がワーバット達に任務の引き継ぎをしていた。それが終わったのかワーバットの一人が飛び立っていった。
「特に怪しいのは見なかったけど、見張り台の人がとても辛そうにしてかわいそうだったから交代はと聞いたら、まだ交代の時間じゃないって。」
「おいおい、そんなに目のいいやつがいないのか?」
「前の艦隊の索敵能力は当てにできそうにはないな。」
戦列艦のマスト上の見張り台は妙高の測距儀よりも高い位置にあるが、見張り要員の目にすべてが掛かっており、望遠鏡は渡されているらしいがこちらで使っている高倍率望遠鏡ほどではないので索敵能力が心許ない。
こちらはアヤをはじめとしたセイレーン達で上空からの索敵を行っている。夜間に関してはワーバット達にその役目を担って貰うのだが、飛行能力に差があるため昼間に比べればその範囲は狭くなってしまう。
「サバトの情報網を持ってしても敵勢力の把握は難しいということか。」
「これだけ風が弱ければ向こうもすぐにはこれないと思うよ。最初の停泊地までは安全とみるね。」
「これだけ暗くなると戦闘どころじゃないからな。」
そして、予定より遅れてしまったが最初の停泊地に着き錨を降ろすこととなった。
「砲術班はすべて就寝させて、その他の部署は必要最低限の人数を残して就寝させよう。」
「そうだな、はじめから気を張ってたら本番で実力を発揮できないもんな。」
「カズヤも好きなところで寝てていいよ。」
「お前はどこで寝るんだ?」
「この椅子で寝るよ。意外と座り心地もいいし何かあったらすぐに対応しないといけないからね。」
「これを使え、風邪を引くぞ。」
カズヤが渡したのはいわゆる寝袋なのだが、一般的な筒状ではなく腕の部分がある人形型の物だ。
「何か起きた場合に腕だけでも動かせれば格好が付くだろ。」
「微妙な心遣いありがとう。」
「空調効いてるけどな。」
艦橋の要員は既に交代をしていて操舵士も魔女から元戦列艦乗りの男性へと変わっていた。
「俺、前の船でも夜の操船を担当してたから大丈夫ですよ。」
「周囲の見張りは前部マストにワーバット2人が付いてます。」
「朝日が昇る頃か、船団が出発しかけたら起こして。」
「わかりました、後は任せてください。」
カズヤは艦橋から出て行き、リョウは人形型の寝袋に入り椅子の背もたれを調整して寝ることにした。常夜灯がほんのりと室内を照らし出していた。
「静かになったね。」
「みんな寝ちゃったかな。」
前部マストでは2人のワーバットがぶら下がっていた。夜目が利くと言うこともあるが最大の利点は耳が良いということ。妙高からの音に関してはもう慣れたので、後はそれと異質の音に注意しながらあたりをぼんやりと眺めていた。
「こんなに風がないのは初めてだ。何か悪い前兆じゃないだろうな。」
「いいじゃないですか、その方があのデカ物にはちょうど良い速さで。」
「順風を捕まえた快速船以上の速さだというが眉唾物だな。」
「あのグラディエーターと同じ蒸気船なんだろ。あんな鈍足船と同じ仕組みで動く船だ大して当てになるものか。」
「鋼鉄でできてるらしいから船団の盾としては十分に役立つんじゃないのか?」
この場にカズヤがいたら容赦なく全員を海にたたき込むであろう会話をしているのは、アレクサンダーに集まった各戦列艦の艦長達だ。いかに早く発見して有利な位置を占めようとしていたのだが予想以上の遅れが彼らの焦りを募らせていた。
これから先の航路は護衛無しでは自殺行為といわれるほどの海賊船や反魔物国家所属の船との遭遇が多い海域となる。
どこの国の領海でもない公海のはずなのだが、いつしか反魔物国家しか無事に航行できないところとなりつつあった。サバトが大打撃を受けてからそれがかなり顕著になってきていることに親魔物勢力は不安を抱いていた。
だから、この航海で敵の主力を叩いて少しでも勢力を取り戻し、安全な航路の確保が流通が止まり孤立状態の都市や国にとっては重要となる。転送魔法にも限度があるため、必要量の物資を十分に確保できない状態が続き慢性的な食糧難が大きな問題となっている。
「早くあの海域で我が物顔でいる奴らを叩き出さないと。」
「それが叶わなくとも、輸送船の物資を届けないとあの都市はもう持たないだろう。」
「あの都市を攻略するために教団の船団が向かっているとも聞いてるからな。」
「下手をすれば挟み撃ちに遭うわけだ。」
「なのにこの風はどうなってるんだ。すべてがこっちに不利に働いてるとしか思えない。」
「それでもしなきゃいけないんだよ。」
艦長室の空気がいっそう重く感じられるとともに、
「本当にあのデカ物は役に立つのか?」
「そいつにかかった予算で100門戦の大艦隊が編成できるんだと。」
「俺たちは大艦隊ということか?笑えない冗談だな。」
艦長室に半ばやけになったような笑い声が響き渡り、しばらく続くかと思われた次の瞬間、
「それで…?」
全員が声の方へ向くとアヤが開いた窓に座り艦長達を見つめていた。
「ブラックハーピーが何の用だ。」
「ば、ばか。そつはカラステングだぞ。」
先ほどの会話を聞いて不機嫌気味だったのが更に増して、表情は微笑んでいるがいわゆる目が笑ってない状態で、艦長達はそれ以上何も言わなくなった。いや、何も言えなくなったというのが正しい。
彼らはカラステングを見るのは初めてで、図鑑のイラストでしか見たことがなかったがハーピー種の中では最も力があり、気むずかしい性格というのを思い出し、下手に刺激すると何をされるかいやな汗が噴き出してきた。
「それで、さっきの話もう少し詳しく聞かしてくれない?」
アヤは座っていた窓から降りて、彼らのテーブルまでゆっくりと歩き出した。
後に、艦長達は口をそろえて
『あのときあんなことを言わなかったら、あの驚くべき出来事はなかっただろう。』と。
12/02/28 00:35更新 / うみつばめ
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