連載小説
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新型戦列艦出発前夜
 その日港は大賑わいだった。サバトからの戦列艦隊と輸送船団が到着したからだ。100門戦4隻、70門戦6隻、それ以下のフリゲートやコルベットなど合わせて8隻、大型の高速輸送船が7隻。さすがにすべての船が入港できるほど大きくはないため輸送船を優先的に港内に停泊させ、戦列艦隊は港の出入り口付近で停泊することとなった。

 「何だよこの大艦隊は、いったいどこの国と戦争するんだ?」
 「それだけ危険な航海になるということなんだろうね。」
 「確か反魔物都市連合の勢力圏内を横断する航路だよね。」
 「史上最大の海戦と言われ、サバトが壊滅的な被害を受けたあの場所だ。」

 実際に見たわけではないが、その当時の乗員からの話と記録からその情景を想像して、新型戦列艦なら十分に対抗できると確信した。
 ワンサイドゲームとなってしまったが、2隻の船を撃破した。乗員達への教育や訓練は間違いなく正しかったことの証明であり、そのおかげで乗員の士気はかなり高い。特に史上最大の海戦で生き残った乗員達は特にそうだった。

 サバトの大艦隊にほとんどが夢中になっているのと対照的に、街の外れにある造船所そばの岸壁は静寂に支配され、新型戦列艦も今はほぼ休止状態であった。
 煙突からの煙はなくわずかに陽炎が立ち上っているだけ。そこに、各支部代表の魔女とともにすべてを統括するサバトの長バフォメットがやってきた。

 「リョウにカズヤよ久しぶりじゃのう。」
 「これはバフォ様、お忙しいところようこそ。」
 「進水式以来じゃが、ずいぶんと様になっておるのう。」

 「これがあの新型戦列艦。」
 「なんて大きさなのかしら。」
 「これがほとんど鋼鉄でできた蒸気船なのですね。」

 停泊している新型戦列艦を満足そうに眺めているバフォ様と不思議そうに見上げている付き添いの魔女達との対比が奇妙な情景を作り出している。

 「小物ではあるが海賊を2隻葬ったと聞いておるぞ。」
 「葬ったと言うよりは戦闘不能にしただけですよ。」
 「俺たちはあいつらとは違うんでね。」
 「ふふ、言いおるわい。」

 どう見ても悪魔のほほえみです、本当にありがとうございました。と言いたくなるような笑顔をバフォ様はこちらに向けているが、リョウもカズヤも失敗したらデビルバクの巣への永久封印というのを思い出して背筋に冷たいものを感じてしまう。

 「そういえばこの艦の種類と名前を聞いておらんかったな。」
 「種類は設計図に書いてあったはずだが。」
 「HeavyCruiserと書いてあったがどういう意味なのだ。海洋の哨戒警備、偵察を行う艦というのは分かるのだがな。」
 「遠洋を航海する重装艦ということで、重巡洋艦です。」

 「海を駆け巡る重武装の艦ということか。して、名前は何というのだ。」
 「妙高といいます。」
 「ミョウコウじゃと?」

 聞き慣れていた戦列艦の名前とは全く系列が違う上に、どう聞いてもこの国の言葉ではない。ジパングの言葉に近いようだと気づくがその意味までは分からなかった。
 お付きの魔女の中にはジパングの商人と取引をしている者がいるので、ジパングの言葉とは分かってもバフォ様と同じくその意味までは分からなかった。

 「こう書いて妙高です。」

 アヤが半紙に力強く書かれた字をバフォ様に見せると、その半紙をしげしげと見ながら何かを納得したように頷き、

 「意味はよく分からんがとても力強そうじゃのう。」
 「私の里にある山の名前です。」
 「海を走る船に山の名前をつけるとは。」

 普通は力強そうな名前とか、いかにも速そうな物を連想させる名前をつけるのが戦列艦の命名における常識だが、強くも速くもない山の名前をつけることに少し疑問に思い、

 「これの他に蒸気機関を搭載した新型戦列艦はグラディエータと言っておったがのう。」
 「ジパングには揺るぎなく力強い存在ということで山岳信仰がありますから、その名前にしました。」
 「ジパングの言葉というものはなかなかいい響きを持っておるからのう。その名前に恥じないような活躍を期待しておるぞ。」

 バフォ様は納得がいったという表情で、アヤは自分のセンスが認められたことに満足した表情がそれぞれシンクロしているのが面白いのか、お付きの魔女の中から笑いを押し殺したような声が聞こえてくる。

 「蒸気機関搭載船なんていつの間に作ったんだ?」

 カズヤが疑問に思ったことをすぐに口に出す。確かにこのサバトでは造船計画の中に蒸気船を作る予定はなかったはず。ボイラーは既に存在はしているが、せいぜい温水や暖房用に使われている無圧ボイラーぐらいしかない。
 動力として使えるほどの蒸気ボイラーはほんのわずかしかなく、その用途も工場での簡易動力として使われている程度。
 唯一の蒸気船ともいえる妙高は、簡易動力用の蒸気機関とは比べもににならないほどの高圧ボイラーを採用している。このサバト独自で同じ物が作れるかというと、まず無理。技術者や職人達と設計段階で頑丈にしたにもかかわらず、現在の形になるまで何度爆発したことか。

 「教団からの脱走者がちょうど工廠の所属でな、処分するつもりのフリゲートを与えて研究させたら完成させおったわ。」
 「それで、性能は?」

 蒸気機関自体は珍しくないが、教団の技術者が完成させたと言うことは教団の戦列艦に蒸気船が存在する可能性が考えられ、既に就航しているかもしれない。そうなるとこちらにとってはかなり不利となってくる。どんな推進装置を採用しているのかで大きく違ってくるが。

 「グラディエータは複動式蒸気機関の外輪船じゃからのう、性能的には妙高とは比べものにならんわい。そもそも鉄が水に浮くわけがないと思っておる奴らがこいつを超える物を作れるとでも思うたか。」
 「お褒めの言葉ありがとうございます。」

 カズヤが仰々しく頭を下げ、バフォ様も満足そうに頷きながらも普段では見せない少し険しい表情となり、

 「お主らにはかなりの無理を言ってしまうかもしれん。それほど状況は逼迫しておるのじゃ。」
 「そうですね、100門級戦列艦の数十隻分の予算を使ってますから覚悟はしていますよ。」
 「ここのギルドやその知り合い達のおかげでかなり費用が浮いたが、それでもバフォ様には感謝してるんだぜ。」
 「普通の神経ならこんな建造計画を受け入れませんからね。」
 「まるでわしが普通じゃないみたいな言い方ではないか。」

 言葉とは裏腹に豪快に笑いながら言うバフォ様はサバトの長として、この問題には頭を悩ましていることはよく分かっていたので艦が完成してからが本番なのだと心に強く刻み込んだ。

 「して、中を見たいのだがよいか?」
 「どうしてバフォ様に見て貰わない理由がありましょうか。艦首から艦尾まで隅々まで見て貰いますよ。」
 「それは楽しみだわい、お前達も付いてこい。」

 お付きの魔女達も含めてリョウ達は艦内を案内することとなった。


 「これのおかげで風向きを気にせずとも好きな進路を取れるというわけじゃな。」
 「順風を捕まえた快速船でさえも軽々と引き離すことができるぜ。実際にはスキュラも追いつけなかったからな。」
 「その代わりに運用には十分注意しないといけませんけどね。」

 バフォ様一行は機関室へと案内され、巨大なボイラー群とそれに伴う補機や推進装置をみている。停泊中で余熱待機、発電用にボイラー1基が稼働しているだけなので意外に静かであり室温も高くはない。

 「そんなに運用には気を遣うのか?」
 「ボイラーの点火一つとっても下手をすると大爆発しますから。」
 「そんなのが12基もあればどうなるか想像してみてくださいよ。」

 見上げるような大きさのボイラーを見てバフォ様は頷いていたが、お付きの魔女達は顔が青ざめていた。

 「そんなことにならないよう、ここの要員にはさんざん教育をしてきたから心配は無用だ。」
 「それは頼もしいのう、次はどこを見せてくれるのじゃ?」
 「艦の中枢部ともいえる艦橋へご案内いたします。」

 バフォ様一行はしばらく歩き階段を上り艦橋へと到着する。帆船の見張り台よりは低いが、それでも帆船の甲板よりはかなり高いため結構見晴らしはよく、お付きの魔女達は窓際に集まりその風景に見入っていた。

 「結構見晴らしがいいのう。ここで操船をするというのか。」
 「ここで速力や進路を決定し、戦闘の際の指揮も執ります。」
 「これだけの高さだと3層艦のカノン砲でも届きそうにないのう。」
 「カノン砲の射程までこいつに近づくことはまず無理だけどな。」

 艦橋にある航法装置の数々を興味深そうに観察し、時折質問をリョウ達に投げかけてそれに答えることしばらく繰り返すと、

 「確かに帆船とはかなり違っているのう。これだけの船体を操るのにこのような物で済むというのは驚かされるわい。」
 「図体はかなりでかいが結構素直で操艦しやすいからかなり楽だぜ。」
 「次は戦闘の際に重要な役割を果たす射撃指揮所へとご案内いたしますよ。ただし、そんなに広くないので全員を案内することはできませんが。」
 「うむ、かまわんぞ。」

 人数をほぼ半分に分け、バフォ様を先に案内することにして残りは艦橋でしばらく待ってもらうことにした。
 更に階段を上り、射撃指揮所に着くとバフォ様は見張り台の望遠鏡に興味を示して覗き始める。

 「おお、これはかなり遠くまではっきり見えるのう。沖合に停泊してる戦列艦の旗が手に届きそうなほどにな。」
 「こちらでご覧なればさらによく見えますよ。」

 リョウはバフォ様を測距儀の方へと案内する。測距儀を覗き込むと先ほど望遠鏡で見ていた戦列艦のマスト先端にある見張り台が更にはっきりと見え、そこにいる見張りの顔が判別できそうなほどであった。ただ、望遠鏡と違うのは上半分に上下逆の同じ像が見えることである。

 「良く見えるのだが、なぜ上下に見えるのじゃ?」
 「上下にそれぞれ表示された像を合致させ測距する、立体視倒像式測距儀です。制作にはかなり苦労しましたが、精度が高く遠距離での小さな目標の測距に威力を発揮します。」
 「距離を正確に計る必要があるのか?」
 「砲戦時における命中率を上げるためです。主砲の射程は36ポンド砲の倍以上はありますから。」
 「できるだけ引きつけて舷側砲の斉射という戦法はとらないと言うことか。」
 「目視とカンで距離を測って照準器を使わずに当てようと思えばそうするしか手段はないでしょう。」
 「威力なら主砲じゃなくても充分なんだけどな。」

 バフォ様と一緒に艦橋へ降りて、残り半分の魔女達を案内し同じ説明をした後、甲板へと案内して主砲を見せることにした。遠くから見てもその大きさは目立っていたが、目の前で見るとその巨大さが見る者を圧倒する。

 「カルバリン砲よりもかなり長いのう。」
 「口径はカノン砲ぐらいはありそうですね。」
 「これ装填するのが大変そう。」

 砲口を覗き込みながら魔女が呟くが、そんなの第2砲塔を見れば無理だとは分からないのかとカズヤは少しいらだっているようだが、今まで想像も付かないような物をすぐに理解しろというのは無理であって、きちんと教えさえすれば今の乗員のように動いてくれる。

 「これは後送式だからそんな心配はいらない。それにどうやって36ポンド砲の9倍近くの重さがある砲弾を前から込めるんだ?」

 カズヤが第2砲塔を指さすと魔女達はその先を見上げてカズヤの言ったことを理解した。

 「とりあえずこの中に入るからよく見ておくんだな。」
 「あまりワシのかわいい部下達を虐めんでくれないかのう。」

 バフォ様もちょっと苦笑いをしながらも砲塔内部について行く。それぞれの砲塔に人数を分けて説明をする。

 「普段は射撃指揮所から目標への指向から発射までを制御されます。」
 「ここには弾を込める人員しかおらぬのか?」
 「砲塔単独でも照準から発射までを行うことはできるので、それができるように訓練しています。」
 「測距儀というものがこれにもついておるのか?」
 「射撃指揮所と同じ物が付いてますよ。ただし、位置が低いのでそんなに遠くを見渡せないことと、命中率が少し低下するぐらいですね。」

 別の砲塔ではカズヤが魔女達に同じような説明をしているが、さすがにすぐ理解できるはずがなく、仕方が無いかと思いつつ説明を続けていた。

 そして本当に隅々まで回ったものだから下船する頃には日が傾きかけていた。バフォ様は目新しいことの連続でかなりご満悦ではあったが、お付きの魔女達はほとんどが疲れ切った表情をしていた。

 「本当にいい物を見せて貰ったぞ。かかった予算分以上の働きを期待しておるぞ。」
 「こいつで国を一つ落とせと言うことですか?バフォ様。」
 「誰も戦争をしろとは言うておらんわ、被害額をなくすだけでも充分おつりが来るわい。」
 「そんなに被害額大きいんですか。」
 「サバトの信用問題もありますし。」

 魔女がつらそうに言うと周りの魔女達も同じように頷いていた。

 「わかった、それ以上の被害を奴らに与えて痛い目を見せてやる。」
 「まずは護衛船団としての働きを見せて貰うとしようかの。」
 「大船に乗ったつもりで任せてくれ。」
 「文字どおりの大船じゃな。後は頼んだぞ。」

 バフォ様ご一行は船団のいる港の方へと行った。港の方が明るくなり出していた。戦列艦の乗員も上陸してるはずだから街や酒場はさぞ賑やかになるだろう。かく言う妙高の乗員はなぜか造船所で盛り上がってた。確かに今日は天気もいいし、広さも十分すぎるほどはあるけどどこからテーブルや椅子を調達してきたのやら。
 鉄板の上では分厚い肉がいい具合に焼かれている、だがその鉄板はどう見ても建造時に余った鋼板の切れ端じゃないのか。

 「艦長、皆さんも来ませんか?美味しい物たくさんありますから。」

 魔女に手を引かれてドックに行くと、まさにそこはパーティー会場かという程の食事やら飲み物が並んでいた。そこにいる人(魔物)たちは乗員とギルドのメンバーと戦列艦の乗員が一部混ざっていた。

 「どこの酒場も満杯で、ここのうまい料理を食いそびれるかと思ったらちょうどいいところがあるってことで来たわけよ。」

 戦列艦の乗員だろうか豪快に肉をほおばりながら上機嫌で話しかけてくる。並んでいる料理や作っている様子を見ると、ここが酒場のような錯覚さえする。

 「ねえねえ、このチキン美味しいから食べて。」

 振り向くとアヤが口にくわえつつ手に持ったチキンを差し出していた。それを受け取ってから食べると結構スパイスがきいて美味しい。ただ、同じように美味しそうに食べるアヤを見ると共食いじゃないのかという言葉が頭に浮かんだ。

 「いつの間にこんなに大がかりな準備をしてたんだ?」
 「旦那達への景気づけだよ。」
 「ロゼさんでしたか。」

 両手に杯を持って話しかけてきた。見ているこっちが楽しくなるほどの笑顔だ。ロゼさんには妙高を作るときからずっと世話になりっぱなしの上、こんなことまでしてくれるのはかえって申し訳なく思ってしまう。

 「そんなしけた面は似合いませんぜ、この艦が活躍してくれれば職人冥利に尽きるってことだ。」
 「その職人のおかげで完成が予定期間の半分以下になっちまったからな。」
 「だからといって手は抜いちゃいませんぜ。」

 杯をカズヤに差し出し、カズヤはそれを受け取り一口飲むと、

 「これエールじゃないな。」
 「黒何とかって言う高級茶だ。こういう料理には合うって狸の嬢ちゃんから買ったんだ。」
 「気を遣ってくれるのはうれしいんですが、他のみんなはエールじゃなくて不満を言ってませんか?」
 「逆に酒以外の飲み物はないかなんて言われましてね、何かないかと探していたら狸の嬢ちゃんがいい物あるよって。」

 既に乗員達は考えていたんだなと思い、楽しそうに騒いでいるのを見ていた。
12/02/18 20:55更新 / うみつばめ
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■作者メッセージ
大海戦バトルという物は非常に難しい物です。

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