読切小説
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つめあわせ‗全部ママン編
――雨の音が聞こえる。

 部屋の外からはザァザァと地面を打ち付ける音が聞こえる。
 どうやら結構な量の雨が降り出したらしい。
 少し前まで虫が鳴く声が届いていたのだけれど、今は雨音が他の音を全てかき消してしまっていた。

 雨の日は複雑だ。
 好きと言えば好きな日である。
 だけど、決まって少し胸が締め付けられる日でもある。
 理由は母の存在だった。

 布団に横たわっている僕の頬を、傍らに座る母が優しく撫でた。
 僕を見下ろす彼女の頭上には大きな傘が被さっている。
 唐傘おばけ――それが魔物娘である母の種族だ。

 母の表情は明るくなかった。
 僕に微笑みかけるその瞳の中には、隠しきれない負の感情が浮かんでいた。
 無理もない。まだ物心すらつかない年齢だった僕と違って、彼女は鮮明に思い出せてしまうのだろう。
 僕ら二人が、捨てられた日のことを。



 僕は捨て子だった。
 どんな人だったかも知らない。
 どんな事情があったかも知らない。
 ただ、僕を産んだ人は、赤ん坊の僕を道に捨てた。
 上等と言えない籠に布で包み、そして最後の優しさとして。

 雨に濡れぬよう、一本の傘をそこに置き捨てて。

 冷たい雨から僕を守ってくれたのは、他の誰でも無い、母だった。
 主人に捨てられたことへの無念、嘆き。
 それ以上に湧き上がる、実の子を捨てた相手への怒り。
 他の全ての感情に勝った、このままでは消えてしまう小さな命への、憐れみと母性。

 母は女性の姿を得た。
 赤ん坊の僕を抱き上げ、僕を決して濡れぬように庇い、雨の中を歩き出した。

――大丈夫だよ、お母さんが守ってあげるからね。

 そう、呼びかけ続けながら。



 以来、僕はずっと母に育てられている。

 不満を抱いたことは無い。あるはずもない。
 母はどこまでも優しく、時折痛々しさすら感じられるほど、懸命に僕を養ってくれている。

 僕をいつまでも守り続けてくれている。

 しかし、僕の――そしてある意味で、唐傘おばけとしての母の出生は、彼女に暗い影を落としているのだ。

 怖い、という。
 雨の日になると、二人で捨てられた記憶が蘇ってしまうという。
 そして、こんなことすら考えてしまうという。

 自分がいつかまた、不要な存在として捨てられるのでないか。
 他の誰でもない、最愛の息子に。
 どれだけそれらしく振舞おうが、自分は単なる傘であって。
 愛する人の本当の母親ではないのだから、と。



――母さん、と呼びかける。

 大して頭にも入っていなかった文庫本を放り出し、母の腕を引いて抱き寄せた。
 もう小さくも感じられるようになった、母のしなやかな肢体の感触。
 微かな悲鳴を上げた唇を奪うと、母もそれを簡単に受け入れて、積極的に舌を絡め始めた。

 過去のことを打ち明けられてから、何度も母の恐れを否定してきたが、中々その不安を拭い去ることはできなかった。
 それほど根の浅い問題ではないらしい。当然でもあった。

 だったら、言葉だけで僕の思いが伝わらないのなら、身体にも伝えれば良い。
 単純に僕はそう考えて、雨の日には必ず母のことを求めるようになっていた。
 そうすることで、少しでも母の恐怖が薄れるのなら、願ってもないことだ。

 下世話な話をすれば、雨の日は母も普段より一層乱れてくれる。二人で得られる快楽も強い。
 今日も存分にあられもない痴態を見せ、僕の獣欲を満たしてくれることだろう。

 貪るような口づけをしながら、母の女性の部分に指を差し込む。
 そこは既にじっとりと濡れ、中は熱くうねっていた。
キスをする口からくぐもった嬌声が聞こえ、僕はさらに指を進めていく。



 雨の音は、まだ途切れることなく続いている。

 けれど、二人でこうして、相手の存在を確かめ合っていれば、いつか。

 きっと、この雨も止むだろう。





ヴァンパイアママン「…………」
ダンピールママン「どうして正座させられてるか分かってる?」
ヴァンパイアママン「はい」
ダンピールママン「それはね、赤ちゃんはとーっても可愛いよね」
ヴァンパイアママン「はい」
ダンピールママン「それに人間の男の子だもんね。キミも貴族の意地なんてあっという間にポイして溺愛してるもんね」
ヴァンパイアママン「はい」
ダンピールママン「あの子を早く立派なインキュバスにしたいって思っちゃうよね」
ヴァンパイアママン「はい」
ダンピールママン「血だって吸いたくなっちゃうよね。我慢できないよね」
ヴァンパイアママン「はい」
ダンピールママン「分かるよ……? 分かるけどね、でもね……?」
ヴァンパイアママン「はい」

ダンピールママン「よりにもよってどうしてオチンチンに噛みついたのかな?」
ヴァンパイアママン「欲望を抑えきれなかった。今では反省している」

ダンピールママン「オムツ換えてる時に噛み傷に気付いたから良かったものの……」
ヴァンパイアママン「本当に申し訳ない」
ダンピールママン「ボクだって死ぬほど我慢したんだからもう止めてよね」
ヴァンパイアママン「はい、あの子が大きくなるまで二度としません」





 卵型寝袋、というものが一部の魔物娘で流行っている。
 この寝袋、成人男性でもスッポリ収まりそうなラージサイズであり。
 その中に伴侶を入れてイチャイチャ温めるのが楽しいらしい。うん、よく分からないね。
 しかしこれがハーピー種やラミア種、リザード種等々には結構な需要があるらしく。
 我が家の母もその例に漏れず、この卵型寝袋を買い求めてしまい。
 現在、僕は絶賛卵の中に押し込められ、ずーっと抱きしめられている。

「…………」
「…………♪」

 顔を上げて背後の母さんの様子を伺うと、超満足気。
 オウルメイジなので口数は少なめなものの、決まって機嫌が良い時に出てくる「クルルルル……」という鳴き声をずっと鳴らし続け。
 理性の中にも鋭い光を宿す猛禽の瞳は、今はすっかり蕩けた母性と慈愛の光で上書きされており。
 これまたご丁寧に、長年愛用している大量の木の枝型クッションに埋もれながら、ウットリと卵の僕を温めている。

「……母さん?」
「なぁに?」
「楽しい?」
「うん、とっても」

 とってもと来ましたか、と思わずため息が漏れた。
 僕としてはあんまり楽しくない。
 何せ今の僕は孵化前の卵も同然。
 どこにも移動できず、かろうじて首だけ出してる状態で、ぽけーっと母鳥の温もりを感じてほこほこしてる他無いのだ。
 これがまだ子供の頃なら母さんに甘えるってことで良いのかもだけど、僕ももう大人にはなってきたわけで。
 適当なところで孵化したい。じっと卵になっているのもそれなりに大変なのだ。

「えいっ」
「はぐぁ」

 オマケに母さんの孵化作業、妙な部分でリアルな嗜好があるみたいで。
 時折、ぽけっと僕のことを蹴り転がしてクッションの上を移動させる。
 転卵というヤツである。卵の内部で胚が殻に癒着してしまうのを防ぐらしい。変なところで凝っている。
 さらに言えば、この転卵は孵化の数日前にはもうする必要のない行為。
 つまり母さん的に、僕の孵化にはまだまだ時間がかかるらしい。お遊びというかスキンシップというかの延長のようなものとしても、だ。

「えいっ、えいっ、えいっ、えいっ」
「ひぐぃ、ふぐぅ、へぐぇ、ほぐぉ」

 適当にクッションでできた巣の中をころころ転がされた後、横倒しになった僕を起こし。
 再びぎゅーっとフカフカ大きな羽で卵を抱きしめて、孵化作業にいそしみ出す母さん。
 首を僅かに傾けて、目を細めつつ陶酔するような表情はとっても幸せそうだ。

 ……いかん、このまま母さんに付き合ってると今日一日を卵の中で過ごすことになってしまう。早いところ卵から孵ってついでに巣立ちもしてお菓子でも食べに行こう。

「おや? タマゴのようすが……!」
「あっ……!」

 まるでポケットなモンスターのテキストのようなことを口走り、僕は卵ごと身体を揺すり出し。
 小さな声を上げた母さんが抱きしめる羽を解いたところで、にゅっと腕を出して卵からの脱出を図る。

「孵る……お母さんのヒナくんが……!」

 もぞもぞと卵から出てくる僕を見て、母さんは感激で目をキラキラ輝かせていた。
 いやそんな、まるで本当に雛が孵る光景を見ているんじゃないんだからさ。

「よいしょ……っと!」

 手を出し脚を出し、全身を出して卵をぽけっと蹴り倒し。
 ようやく卵から自由になり、頭に乗っけられていた卵の殻クッションもポイと放ったところで。

「ヒナくん……!」
「わぷっ」

 むぎゅーっと、今度は真正面から母さんに抱きしめられてしまった。

「ヒナくん、お母さんだよ……♪」
「あの、はい。とってもよくご存じでございますが」

 胸の中の僕を見下ろして尚も目をキラキラさせている母さん。
 顔を上げて答えても、それが分かってるのか分かってないのか。
 またも僕を胸に押し付け、とびきりの力で僕を包み込んだ。

「むぅーむぅー」
「よしよし。ヒナくん、お母さんだからね。ヒナくんのお母さんだからね」

 僕らにとって当たり前のことで、だけどとても幸せなことを口にしながら、母さんは僕の頭を撫で続ける。
 クルルルル、という鳴き声と、トクントクンという心臓の音。
 母さんのたわわに実ったフクロウ胸は柔らかくて、とても安心する匂い。

 結局卵から孵っても、自由になるどころか密着がよりダイレクトに変わり。
 いくらかの抵抗をしても母さんは僕を離してはくれず、仕方ないかと諦めて手足の力を抜いて。

「ヒナくん……♡」
「むぅー」

 僕もまあ、卵から孵ったら雛鳥だもんなと。
 雛鳥らしく母さんの温もりを感じながら、ふかふかむにゅむにゅの感触を楽しんでいた。











おわらない♪












「……え? まだ続くの?」

 卵型寝袋から無事に孵化。ふかふかの母さんの抱擁をたっぷりと堪能した後。
 そろそろオヤツでも食べたいからと何とか身を離したところ。
 母さんはフクロウらしく左右に大きく首を傾けつつ、またも目を輝かせて「お母さんが取ってくるね」と言ってバサバサとお菓子を入れた籠の方まで飛んで行った。

 この時点で嫌な予感はした。
 後ろ姿から母さんがチョコチップクッキーの箱をその場で開けているのも見えてしまった。
 取ってくると言ったはずのチョコチップクッキーを一つ口に咥えているらしかった。
 そして嫌な予感は的中した。

 母さんはこっちに飛んで戻ってきた。
 咥えられたチョコチップクッキーと母性マシマシの瞳。
 クルルルル、という喜びでノドを鳴らす様子。

 そう、まだ僕は雛鳥を継続中らしい。
 雛鳥は雛鳥らしく、食べ物は親鳥に与えてもらうということなんだろう。口移しで。

「…………」

 ずい、と木の枝クッションの山をかきわけて、こっちに身を乗り出してくる母さん。
 とりあえずクッキーを取ろうと手を伸ばす。
 が、途端に母さんは首をプイっと逸らして、チョコチップクッキーを遠ざけてしまう。
 手を引っ込めると、母さんの顔は正面を向く。ずいずい、と更に顔が近づく。

「……あー」

 大きく口を開けてみた。
 すると母さんはすかさず僕の口にクッキーを放り込んだ。もちろん口移しで。
 サクサク。口の中にはバターの風味とチョコチップの苦みが豊かに広がっていく。

「んぐ……母さん?」
「おかわり?」
「違う。何これ?」
「チョコチップクッキー」
「違う違う。何してるのってこと」
「だってヒナくんはヒナくんだもん」

 答えになっていない答えを返されてしまい、僕はクッションに沈み込んで天を仰いでしまった。
 楽しいかどうかは聞くまでもない。ウットリと細められた母さんの目にはピンク色のハートマークが浮かんでいる。

「母さん?」
「なぁに?」
「どうしたら僕は巣立ちできるの?」
「ヒナくんがたくさん食べて大きくなったら」

 母さんはそう言い残すと、またもチョコチップクッキーを向こうから咥えて持ってきた。
 こうなっては何を言っても無駄だろうことは明らかだった。
 僕は大人しく雛鳥となって母さんを満足させるしかない。
 けれど人間としての理性を残したまま雛鳥をするのはもう辛かった。

 ちょっとばかりの躊躇があった。

 脳内で大きなセントバーナードが哀しそうな瞳で僕を見上げてきた。
 僕はそのセントバーナードの頭を撫でた。
 良いんだ、パトラッシュ。
 僕はもう疲れたんだ。人間であることに疲れたんだよ……。

 そうして、僕は。

「……ぴー」

 僕は人間を辞めることにした。

「ぴー、ぴー」
「ん……♪」
「ぴー、ぴー……んぐんぐ」

「ヒナくん、おかわり?」
「ぴぴー、ぴぴー」
「うん、すぐとってくるからね……!」

 まさしく雛鳥のように手をバタつかせて催促をすると、母さんは喜びに満ち満ちた顔で飛び立っていく。
 お菓子の箱はこっちに置いておいた方が楽じゃないかと思ったけれど、多分母さんにとっては、飛んで取ってくるというこの往復が楽しいんだろう。何も言うまい。今の僕は雛鳥なのだから、ただ母さんにクッキーをせびって鳴けば良いのだ。

「ぴー、ぴー……んぐんぐ」
「ヒナくん、美味しい……?」
「ぴぴー、ぴぴー」
「そう、良かった……♡」

 再び戻ってきた母さんからチョコチップクッキーを貰うと、母さんは心底から満たされた微笑みを浮かべた。

 あぁ、雛鳥というのは何て楽な生き物なんだろうか。
 人間というアイデンティティを捨ててぴーぴー鳴いているだけで、母鳥が食べ物を取ってきてくれるんだから。
 でもどうしてだろう。何だか僕の中の大事なモノが音を立てて崩れていった気がするよ。

「ぴー、ぴー」
「ん……」
「んぐんぐ……ぴー、ぴー」
「はいはい、そんなに鳴かないでね、ヒナくん。お母さんがすぐに取ってきてあげるから……♡」

 さくさく、ぴーぴー、ばさばさ。
 さくさく、ぴーぴー、ばさばさ。

 部屋に一定のリズムで決まった音が響く。
 時折、僕の口の端っこについたクッキーの欠片を母さんが舐めとったり。
 逆に僕がクッキーを咥えて差し出せば、母さんも大喜びでそのクッキーを口にしたり。

 こうして僕は満腹になるまで母さんにクッキーを食べさせてもらい。
 母さんの方も、ヒナくんが自分に甘えてくれることにたいそう満足したとさ。
 とっぴんぱらりのぷう。





息子くん(ショタ)「おかーさーん♪」
リビングドールちゃんママン(以下、リビママ)「あら、どうしたの?」
息子くん「あのね、これお母さんにプレゼント!」
リビママ「まぁ、この子ったら♡ ありがとう、ママ感激しちゃう♡」ナデナデ
息子くん「えへへー♪」
リビママ「さて、それじゃ何が入ってるのかしら……」ガサゴソ

リビママ「……ロボットのプラモデル?」

息子くん「お母さん、ちょっと頭借りるねー」スポンッ
リビママ「きゃっ!? あ、こら! お母さんの頭を取るんじゃありません!」
息子くん「この頭をこっちに取り付けて……できた!」
リビママ「ちょっと、お母さんの体はそっち! プラモデルの方じゃないわよ!」
息子くん「1/60スケールパーフェクトグレード、フルアーマーお母さん最終決戦仕様!!」パシャパシャ
リビママ「なっ、ショタのくせにパーフェクトグレードですってぇ!?」

リビママ「こらぁっ! ママを玩具にしちゃダメって前も叱ったでしょ、はやく戻しなさい!」
息子くん「うん、スマホで写真も撮ったから戻すねー」スマホポチポチー
リビママ「写真……!? まさかあなた、その写真どうしたの!?」
息子くん「もうSNSに上げちゃったー。すごーい、通知が鳴りやまなーい」
リビママ「ダメっ、早く消さないと――いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁもうバズってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

※この後メチャメチャ叱られました。





 ゆらゆら、ゆらゆら。
 ゆらゆら、ゆらゆら。

「ゆらゆら、ゆらゆら……♪」

 ゆらゆら、ゆらゆら。
 ゆらゆら、ゆらゆら。

「ゆらゆら、ゆらゆら……♪」

 ゆらゆら、ゆらゆら。
 ゆらゆら、ゆらゆら。

「ゆらゆら、ゆらゆら……♪」

 ゆらゆら、ゆらゆら……って、いい加減にしないと読者に情報が伝わらんぞ。

「ゆらゆら、ゆらゆら……♪」

 いったい何がどうしてどんな状況なのか。
 それはつまり以下のような状況だ。

 俺の背後で俺を抱きかかえてるのが母さん。
 種族はレンシュンマオ。つまりパンダ女である。
 パンダらしく、遊ぶことが大好きである。
 息子の俺と遊ぶのも大好きである。
 息子の俺で遊ぶのも大好きである。
 で、遊んでいるのである。
 タイヤのごとく仰向けに俺を抱えて、ひたすらゆらゆらゆらゆら。
 ベッドの上で揺り籠になって、ずっとゆらゆら揺れているのである。

「ゆらゆら、ゆらゆら……♪」

 俺を抱きしめるモフモフの手と、後頭部のでっかい乳枕。
 そしてずっと一定のリズムで揺られる身体。
 こんな状態でずっと、ゆらゆらゆらゆら。

「ゆらゆら、ゆらゆら……♪」
「あー……」

 思わずだらしのない声が漏れた。
 だって仕方がない、気持ち良いのだ。途轍もなく。
 何せこんな風に赤ん坊のころから母さんにあやされていたらしく。
 いくら大きくなって思春期ってやつを経たとしても、この魅力には抗いがたいのである。
 で、大人しく俺は揺られている。母さんの揺り籠に包まれて、ぼーっと、ゆらゆらゆらゆら。

「あーくん、気持ち良い……?」
「最高……」

 そもそもスキンシップを恥ずかしがって嫌がるような相手ではないのだ、魔物娘というのは。
 仮に俺が母さんの要求を拒んだとしよう。そうすれば必ず、この人はその場で手足をジタバタさせて転がり駄々を捏ねるに決まっている。
 今まで幾度も目にした光景だ。そんな様子を往来の人に見られて忍び笑いを漏らされる方が余程恥ずかしいってもので。

「ゆらゆら、ゆらゆら……♪ あーくんと、ゆらゆら……♪」
「かーさんと、ゆらゆら……」

 というわけで、どうせ他人に見られるものでもなし、羞恥心なんて邪魔になるだけ。
 俺は母さんに揺り籠をしてもらっているのである。

「ふきゅぅ……♪」

 時折母さんの肉球をいじれば、母さんはくすぐったそうに手をきゅっと握り。
 互いに手をいじいじしながら、なおも二人で、ゆらゆらと揺れ続ける。

「ゆらゆら、ゆらゆら……♪」

 ゆらゆら、ゆらゆら。
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 幸せなリズムと、幸せな空間で。

「ゆらゆら、ゆらゆら……♪」

 ゆらゆら、ゆらゆら。
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 ずっと一緒に。

「ゆらゆら、ゆらゆら……♪」





バフォ様「うーむ、中々理想の兄上というのは現れんのぅ……」

バフォ様「そうじゃ! 兄上が現れないなら自分で一から兄上を育てれば良いのじゃ!」

バフォ様「サバトの主たるワシにかかれば最高の兄上になるに違いないのじゃ!」

バフォ様「そうと決まれば早速赤ん坊を見つけてこないとのう、くふふふふ……!」
――それから20年後――

バフォ息子「ママー!」

バフォ様「これ、兄上! ワシをママと呼んではいけないと何度も言っておろうに!」

バフォ息子「ママー! おっぱい飲みたいー!!」

バフォ様「ええい、部屋で待っておれ! まったく、兄上になるべく厳しく育てたつもりなのにどうしてこう甘えん坊になってしまったんじゃか!」

魔女ちゃん「それはだって、バフォ様がメチャクチャ甘やかしてベッタリ育てたからですよねー」

ファミリアちゃん「見た目はモ〇ハンに出てきそうな筋骨隆々のガチムチなんですけどねー」





 小さな頃から、母さんと買い物に行くのが大好きだった。

 母さんに手を引かれて着いていけば、お菓子売り場に行ってお目当てのオマケつきお菓子を手に取ってきて、母さんの身体を揺さぶって。
『これを買って』と、あの手のこの手で甘えた言葉に上目遣いで母さんにおねだりを始め。
 かがんだ横顔に頬ずりを受けると、仕方ないとばかりに小さく息を吐いてから、小さな体を引き剥がし。
『もぅ、一つだけですよ?』と言って、俺の鼻をちょんと小突いてから、お菓子を買い物かごの中に入れて。
 そして最後は俺の頭を撫でながら、柔らかな微笑みを向けてくれた。

 母さんは俺のために、いつまでも本を読んでくれて。
 俺は本当に、そんな母さんのことが大好きで大好きで仕方なくて。
 今でも母さんのことが大好きで。





 でもね。

 でもね、母さん。





「さぁ、ミーくん♪ お菓子は一つだけですからねー♪」



 俺はもう食玩を買ってもらうような年じゃないってば。



「いや、別に一つもいらないからね」


 そう言って俺は今日の買い物メモの方に目を落とす。
なるほど今日の夕飯にはクリームシチューでも作るのかな。それらしき野菜も買ったし、シチューのルーもメモの中にあるし。


「……っ!?」


 しかし俺のそっけない反応に、背後からは母さんが大げさにハッと息を呑む声が聞こえ。
 それから直ぐにこっちの身体を大きく揺さぶり、必死な様子で俺をお菓子売り場に引きずり始めた。


「ど、どうしてそんなことを言うんですかっ!? ミーくんの大好きなお菓子ですよっ!? お母さんが買ってあげますよっ!?」

「どこの世界に幼児向けの食玩を買ってと母親にせがむ男子高校生がいるのさ」


 そう。今では俺も立派な男子高校生(16才)。少ないながらもバイトはしているので、お菓子も自分で買えるようになったのだ。
 子供の頃からすれば夢のようなお菓子の大人買いだってできてしまうし、その気になれば『魔物娘に敗北しちゃったショタ勇者くんフィギュア』だって集め放題なのである。子供向けの食玩ながらショタ勇者くんの造形とシチュエーションが秀逸なシリーズで大人のファンもいる人気シリーズだ。なんで詳しいかって? 諸事情あるから聞かないで。
 まあ、そんなことはさておき。俺はとっくに食玩を卒業している年なんだけれど。


「ほら、早くしないと特売のバターが売り切れちゃうかもよ」

「いやっ、どうしてミーくんはお母さんにそんなに冷たいことを言うんですか!? 反抗期になってしまったんですか!? お母さんの愛情が足りなかったんですかぁっ!」

「むしろ愛情の大瀑布に押し流されそうなんだけど、俺」


 ところが母さんの方はと言えば、残念なことに食玩を買ってあげることから卒業できていない。ていうか子離れというものができていない。
 それは確かに、独り身の魔物娘に一人息子という組み合わせである。
 どんな魔物娘だろうと息子を溺愛するし、『(息子が)おおきくなったらママがあかちゃんをうんであげるの!』とか言うに決まってる。白蛇なら尚更に殊更に、愛情が深い。

 が、それにしたって。


「お願いです、ミーくん……今日はお菓子は二つまで買って良いですから……一個100円以上のお菓子でも良いですから……」


 背後から俺に抱き着き、すすり泣きを始める母さん。
器用に買い物かごを提げた蛇の下半身がとぐろを巻いてこっちを抱き込み、縋りつくようにして、しくしくぐすぐす。
 このように、母さんは『ムスコ・コンプレックス』、略して『ムスコン』を酷く拗らせており。
 ことあるごとに息子を呆れさせる言動の数々を披露しているわけである。

 ……いや、俺もしっかりばっちりマザコンのはずなんだけどさ。


「……おかーさーん、これとこれかってー」

「ミーくぅん……!」


 このまま放っておけばお菓子コーナーで泣きはらして動かないに決まっている。
 そうなると、隣の幼気な唐傘お化けちゃんに「ねー、おとーさん。あのおにいちゃん、かのじょさんなかしてるよー」なんて指を差されている現状から抜け出したくとも抜け出せないため。
 適当な所で諦めをつけてお菓子を手に取ると、すぐに母さんは喜びに顔を綻ばせて俺を抱きしめてきた。


「もぅ、ミーくんってば♪ 今日は特別の特別ですからね♪」

「わぁーいおかーさんありがとーおかげでこのおかしのおまけぜんぶあつまりそうだよーもうなんどもなんどもかってもらってるからさー」

「さぁ、他の物も買ってお家に帰りましょうねー♪」


 俺の皮肉交じりの棒読みに気付かずにちょんと鼻を小突いてから、いそいそと俺と腕を組んで、乳製品売り場に移動を始める。

 ……ここでどうして腕を組むことになるんだろう。


「母さん、せめて息子とは手をつなぐぐらいにしておかな……うにゃ」

「いいんですよぅ、ミーくんはお母さんの息子で彼氏で未来の旦那様なんですからぁ♪」


 二人で並んだところで、母さんは心底嬉しそうに俺の横顔に頬ずりを繰り返す。
 昔から事あるごとに母さんに頬ずりをしていたのが、大きくなってこうしてお返しされているわけで。
 懐かしい気持ちと気恥ずかしさが入り混じって、触れ合う箇所がちょっと熱くなっていく。


「あのさぁ、せめて腕を組むのはデートの時ぐらいにして欲しいんだけど」

「それなら今はお母さんとお買い物デートということにしましょうね♪」

「生活臭溢れすぎだってば」

「良いんですぅ。お母さん、ミーくんとお出かけする時はいつもデート気分なんですぅ」

「分かったからあんまりくっ付かないでよ。向こうで若いご夫婦が娘さんと一緒に僕らを見て笑ってるから」

「……ミーくぅん? 他の女に目移りなんてしちゃいけませんよぉ?」

「大丈夫、母さん以上の女の人なんて俺にはいやしないって」

「そうですよぉ、お母さんがミーくんにとって一番の女なんですからねぇ♡ ね、ね、ね、ミーくぅん♡」

「うにゃ、うにゃ、やめ、うにゃ――ちょっと、人前であんまりイチャつくのはやめよ、うにゃ、うにゃ」


 明るく笑いながら、俺への独占欲丸出しの発言と、連続頬ずり攻撃。

 その声に。その温もりに、その愛情に息苦しいほど包まれて。

 俺はいつも、母さんの息子である幸せを感じて生きていて。

 いつか少しでも、俺の幸せを母さんに返せる日が来ることを夢見て。

 俺は母さんに買ってもらったお菓子のオマケを、丁寧に自分の机の上に並べている。


――後日――


「さぁ、ミーくん♪ お菓子は一つだけですからねー♪」

「いやだから、俺はもうお菓子は買ってもらわなくて――っ!?」

「? ミーくん、どうしましたか?」

「『魔物娘に敗北しちゃったショタ勇者くんフィギュアVol2』……こ、この前ようやくシークレットまで全種類コンプしたのにVol2が出たのかっ……!」

「……ミーくん?」

「……おかーさーん、これかってー♪」

「もぅ、ミーくんってば一個だけですよ♡」


 ◇


「――さっきの白蛇さんと男の子、面白かったね」

「そうだね。昔は僕も母さんにお菓子買ってもらったっけ」

「ふふ……まだあの頃はお父さんもちっちゃくて可愛かったなぁ」

「? おとーさんがちっちゃくてかわいかったの?」

「うん、そうなの。お父さんったらお母さんにオモチャの指輪買ってもらって、それを私に渡して『おかーさん、ぼくとけっこんして!』なんて言ってね?」

「ちょっと、そんな恥ずかしい話をこの子にバラさないでよ」

「それでおかーさんはおとーさんとけっこんしたの?」

「ううん。お母さんはお父さんが赤ちゃんの頃からずぅーっとお父さんのこと好きだったけど、結婚したのはお父さんが大きくなってから」

「ちゃんと玩具じゃない指輪だって自分で買ったんだぞー」

「ふーん、そーなんだー」

「君が今日買ってもらった指輪をお父さんにくれたら、お父さん君との結婚も考えるんだけどなー」

「やだー、おとうさんにはあげなーい」

「ぐっ……母さーん、娘が僕に冷たいよー」

「もぅ、お父さんにはお母さんがいるでしょ? 娘だからって浮気なんてダメなんだからね」

「おかーさぁん、ばぶぅ……」

「よちよち大丈夫でちゅよー、お母さんがずっと守ってあげまちゅからねー」

「あー。またおとーさん、あかちゃんのまねしてるー。はずかしー」

「ふふっ……だって、お父さんはいつまでもお母さんの息子だもんね――」





















おしまい♪
20/07/29 17:03更新 / まわりちゃん

■作者メッセージ
お気に入りはオウルメイジママンの前半。
ご賞味いただいた皆様はどのネタが気に入られたでしょうか?

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